医療ニュース

2025年6月1日 日曜日

2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」

 2025年5月30日から6月3日までシカゴで米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology’s Annual Meeting = Asco)が開催されています(本稿執筆は6月1日)。その学会の前夜にあたる5月29日、英国の画期的ながんの治療方針が発表されました。英紙The Telegraphは「革命(revolutionise)」という言葉を用いてこの発表を取り上げました。

 その「革命」の解説の前に、最近の肺がんの治療の特徴をまとめておきましょう。

 日本でも過去数年で肺がんの治療が大きく変わってきています。2017年8月、「EGFR遺伝子変異検出」が保険承認され臨床現場で使われるようになりました。「遺伝子検査」と聞くと、「その人がどんな遺伝子を持っているかを調べる検査」とイメージしがちですが、この遺伝子検査はそうではなく、誰もが持っている「EGFR遺伝子」に「変異」があるかどうかを調べるものです。肺がんを発症すると一部の患者さんに(日本人の肺がん患者の3~4割に)EGFR遺伝子に変異が起こります。

 この検査は生検(がんの一部を採取する検査)した組織を使って実施します。単に「変異の有無」が分かるだけでなく、「どのような変異があるか」まで調べることができます。たとえば、「exon19欠失」(非小細胞肺がんでよくある変異)、「L858R変異」(肺腺がんによくある変異)といった感じで、どのような変異があるかが分かるのです。そして、その変異の起こり方でどの薬が効くかを予測することができます。

 以前は(2017年までは)、肺がんの診断がついてもどの抗がん剤が有効かについてはおおまかなことしか分からず、そのため抗がん剤の効果が出ずに副作用に苦しめられるということが多々ありました。ところが、現在では、すべての肺がんで、というわけにはいきませんが、肺がん患者の3~4割はEGFR遺伝子に変異があり、その変異の内容を調べることで、あらかじめ効くと分かっている分子標的薬(従来の抗がん剤とは異なるカテゴリーの薬)を使えるようになったのです。残念ながら、そのうちに「耐性」ができ(つまり、それまで効いていた分子標的薬が効かなくなって)完治するまでには至らないことが多いのですが、それでも余命を大きく伸ばすことができるようになりました。

 では、話を英国の「革命」に進めましょう。英国が発表したのは、この遺伝子検査を「生検したがんの組織」で調べるのではなく、「血液検査」で実施するというものです。これを「リキッドバイオプシー」と呼びます。生検はがん組織を直接取る検査で、気管支鏡を使うか、あるいは胸腔鏡下に直接取ります(手術のようなものです)。もちろん、どちらもそれなりに大変です。これらをせずに採血で済ませるというのですから、「革命」という表現もあながち大げさとは言えないでしょう。では、日本ではなぜ生検をするのか。それはリキッドバイオプシーだと精度に劣るからです。

 ところが英国ではリキッドバイオプシーを広く普及させると言うのです。ということは、詳しいことはまだ分かりませんが、英国ではリキッドバイオプシーの精度向上に成功したということでしょう。The Telegraphによると、英国では今後リキッドバイオプシーが肺がんの標準検査となり、さらに女性の乳がんも対象とし、今年は2万人(肺がん15,000人、乳がん5,000人)に実施し、今後膵臓がん、胆嚢がんを含む合計6種類のがん患者を対象とする予定です。

 驚くことはまだあります。なんと英国ではこのリキッドバイオプシーを「がんの早期発見」に使うというのです。つまり、現在の日本のように「遺伝子検査をがん治療の方針決定のためにおこなう」のではなく、「リキッドバイオプシーでがんの早期発見をする」というのです。そして、最終的には、「40歳以上のすべての人にリキッドバイオプシーをがんのスクリーニング検査として実施する」ことを計画しています。

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 これが実現すればまさに「革命」でしょう。40歳になれば健康診断のひとつの項目に「リキッドバイオプシー」が加えられ、早期発見・早期治療ができるようになるというのですから。しかも、「採血→検査→薬剤投与」という流れになり、今後検査の質が上がって薬が改良されていけば、以前は「死に至る病」だったがんが、「採血と内服で完治する病気」になるかもしれません。

 医療費も大きく減少します。The Telegraphは「リキッドバイオプシーの導入で、肺がん治療費が年間1100万ポンド(約20億円)削減される可能性がある」としています。

 

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2025年5月30日 金曜日

2025年5月30日 若者の半数がネットのない世界を望み7割がSNSで病んでいる

 「はやりの病気第257回(2025年3月)人生が辛いなら『スマホを持って旅に出よう』」では、若者が心を病んでいる最大の原因がSNSであることが自明なのに人類はもはやSNSの”魅惑”から逃げられない現実について述べ、ならばスマホを持ったまま旅に出て、画面上ではなく現実の非日常を求めてみてはどうか、という私見を述べました。 

 では、若者はSNSに対してどう考えているのでしょうか。最近、英国で若者を対象とした興味深い調査が実施され、The Guardianが報じました。

 British Standards Institutionが16~21歳の1,293人の若者を対象に実施した調査で、結果は下記の通りです。

・46%が「インターネットのない世界で暮らしたい」と考えている

・68%がSNS利用で自己嫌悪感に苦しみ精神を病んでいる

・50%が午後10時以降のSNS利用を禁じる「デジタル禁止令」を支持している

・4分の1は1日4時間以上SNSを利用している

・42%はオンラインでの行動について両親や保護者に嘘をついている

・42%が年齢を偽ったことがある

・40%が偽アカウントや「使い捨て」アカウントを持っている

・27%が全くの別人になりすましたことがある

・27%が自分の位置情報を知らない人に教えたことがある

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 冒頭のコラムを書いたとき、「まだアイデンティティが確立していない脆弱な発達段階でSNSに触れるのが危険であることに当事者の若者は気づいていないだろう」と私は考えていました。ところが、この英国の調査に鑑みれば、すでに若者自身がSNSの弊害を察しているようです。

 だからといって実際にSNSと縁を切れる若者はほとんどいないでしょうし、現在英国が進めようとしている「午後10時以降のSNSへのアクセス禁止案」もそれほど効果がでるとは私には思えません。

 しかし、誹謗中傷や他者の比較に辟易としている若者も増えてきているのでしょう。ならばSNSから完全に脱却できなくても、従来の(まともな)人間関係構築に向けた動きも広がっていくことを期待したいと思います。もちろん、日本も含めて。

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2025年5月6日 火曜日

2025年5月6日 大気汚染は認知症のリスク

 本サイトでは「大気汚染のリスク」を繰り返し紹介しています。大気汚染は「WHOが定める世界10大脅威」の1つであり、喘息や心血管疾患のリスクになることを「はやりの病気第185回(2019年1月)避けられない大気汚染」で述べ、大気汚染により血圧が上昇することは「医療ニュース2024年2月4日道路の空気汚染が血圧を上昇させる」で紹介しました。大気汚染があらゆる原因の早期死亡リスクの第6位であることは「はやりの病気第249回(2024年5月)健康の最優先事項はパートナーを見つけること」のなかで触れました。

 また、大気汚染が認知症発症リスクの3%を占めることは「はやりの病気第253回(2024年9月)『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」で紹介しました。

 今回は「大気汚染が認知症のリスク」について少し掘り下げてみたいと思います。ちょっと古くなりましたが、科学誌「Nature」2025年1月14日号に掲載された記事「大気汚染と脳損傷:科学が示すもの(Air pollution and brain damage: what the science says)」に掲載されたポイントをまとめてみます。

・これまでに発表された多くの研究で、大気汚染が、認知症、うつ病、不安症、自閉症(発達障害)などのリスクとなることが示されている

・WHOが作成した2021年版の「WHO Global Air Quality Guidelines」(世界大気質ガイドライン)は、大気汚染の神経学的影響の重要性を強調している

・WHOは世界人口の99%が推奨レベルを超える大気汚染にさらされていると推定している

・2000年代後半から2010年代初頭にかけてメキシコシティで実施された研究で、大気汚染の深刻な都市に住む子どもは、大気汚染の少ない地域の子どもよりも、脳の各領域をつなぐ白質線維に病変を持つ子どもが多く、特に前頭前皮質が影響を受けやすいことが明らかとなり、都市部の子どもは認知課題の成績が低いことも判明した

・大気汚染は、自動車の排気ガスや工場による汚染に加え、調理用コンロ、山火事、砂漠の砂塵なども原因となる。窒素酸化物、硫黄酸化物、一酸化炭素、オゾンなどが汚染の実態である

・2023年にUK Biobankを元に389,000人以上を対象とした分析により、大気中の粒子状物質、一酸化窒素、二酸化窒素への長期曝露がうつ病や不安症のリスクとなることが示された

・スコットランドの住民20万人以上を対象とした16年間の研究で、二酸化窒素への累積曝露量の増加が精神疾患や行動障害による入院の増加をもたらすことが明らかとなった

・認知症のリスクを検討したLANCETの論文で、フランス米国中国で行われた研究から「大気汚染が改善された地域では高齢者の認知症、認知機能低下、うつ病の発生率が低下していること」が示された

・大気汚染により海馬の容積が減少し認知機能低下を起こしていることを示す研究がある

・大気汚染は白質線維の発達を阻害して脳の各領域間でのコミュニケーションに変化をもたらす可能性を示した報告がある

・成長期のマウスに大気汚染の原因となる超微粒子を曝露させた研究は、超微粒子によって白質路と脳室が拡大し、衝動性が高まり、短期記憶が障害されていることを示した

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 大気汚染といえば、自動車による排気ガスが著しい都市、焼畑農業のエリア、コンロを多用する地域など思い出しがちですが、PM2.5の被害が小さくないわが国でも他人事ではありません。PM2.5を浴びても無症状という人も、認知症のリスクを軽減する目的で、日々の大気汚染情報黄砂情報をチェックした方がいいかもしれません。

 海外渡航を考えるときには「IQAir」を利用してその地域のその時期の大気汚染の程度を参考にするのがいいでしょう。

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2025年4月27日 日曜日

2025年4月28日 認知症予防目的に帯状疱疹ワクチン

 「はやりの病気」第258回(2025年2月)「認知症のリスクを下げる薬」で、「帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを下げる」という話をしました。最近、それを補強する研究が公表されたこともあり、ここでもう少し詳しく掘り下げたいと思います。

 科学誌「Nature」2025年4月2日号に掲載された論文によると、生ワクチンの接種で女性の認知症のリスクが約2割下がります。

 この研究が興味深いのは英国ウェールズのワクチンプログラムに基づいているからです。通常「〇〇のワクチンを接種すると△△の発症リスクが下がる」と言われても、そのまま鵜呑みにはできません。なぜなら、そもそもワクチンを接種する人は日頃から健康意識が高いことが多く△△に対する予防行動もとっている可能性があるからです。

 今回の研究で使われたワクチンプログラムは(拒否しなければ)該当者は誰もが(たぶん)無料で受けられるものです。 2013年、ウェールズ政府は1933年9月2日以降に生まれた人々に対し、弱毒生帯状疱疹ワクチンの提供を開始しました。この日付の直前と直後に生まれた人々を比較することで認知症のリスクを検討することができます。この研究では1925年9月1日から1942年9月1日の間に生まれた28万人以上の認知症診断が追跡調査されました。

 女性については結果があきらかでした。研究者によると、認知症発症のリスクがおよそ2割減少しました。他方、残念ながら男性にはその効果が認められませんでした。

女性は生ワクチンを接種すれば認知症発症リスクが約2割低下する

 

男性は効果がない

 

 もう1つ研究を紹介しましょう。冒頭で紹介した「はやりの病気」でも紹介した2024年7月に「nature medicine」で発表された研究です。

 こちらの対象者は米国民です。米国では2017年に帯状疱疹のワクチンが生ワクチンから組換えワクチン(不活化ワクチンの一種)に全面的に変更されました。その前後で帯状疱疹の発生率のみならず、認知症の発症率がどの程度変化したかが調べられたのです。結果は下記グラフの通りです。

組換えワクチンに切り替わった2017年以降帯状疱疹発症率が低下した

 

 

2017年以降、認知症の発症も減少した

 

研究者によると、組換えワクチンは接種後6年間の認知症リスクが生ワクチン接種時よりも有意に低いことがわかりました。さらに女性の方が男性よりも効果が高かったとされています。

 ただし、帯状疱疹ワクチンがなぜ認知症のリスクを下げるのか、その理由はいまだ解明されていません。

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 なぜ、帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを予防するのか。ものすごく単純に考えれば「水痘帯状疱疹ウイルスが認知症の原因のひとつだから」となります。

 しかし、現在認知症の原因は「アミロイドβ蛋白、またはタウ蛋白の蓄積」とされています。「それは間違っている。実は感染症が認知症の原因だ!」などと言えば馬鹿にされるだけです。しかし、私自身は認知症の一部は感染症によるものではないかと本気で考えています。いずれその考えを公開したいと思います。 

 

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2025年4月10日 木曜日

2025年4月10日 ビタミンAの過剰摂取に注意

 2019年の国民健康・栄養調査では、日本人のビタミンAの摂取量は大幅に少ないことが明らかにされています。男性の摂取量の平均は552ugRAE/日、女性は518ugRAE/日です。必要量は、成人男性で850~900ugRAE/日、成人女性で650~700ugRAE/日ですから、男女ともかなり不足していることが分かります。

 では、サプリメントで補えばいいのか、と考えたくなりますが、現在米国では大変な事態となっています。報道によると、テキサス州ではサプリメントの過剰摂取で「ビタミンA中毒」を起こして治療を受けている子供が増えているのです。

 なぜ、このようなことが起こっているのか。麻疹(はしか)のワクチンをうたなくなったからです。ロバート・F・ケネディ・ジュニア(RFK Jr)保健相の影響を受けて、ワクチンを拒否する人たちが増え、現在テキサス州を中心に麻疹が流行しています。そこで、その予防や治療にビタミンAを内服する人たちが急増し、その結果ビタミンA中毒が相次いでいるというわけです。

 たしかに、麻疹に感染するとビタミンAを治療に使います。ですが、摂取量が過剰になると、頭痛、吐き気、嘔吐、肝機能障害などが起こります。妊娠中に過剰摂取すると新生児の先天異常のリスクとなります(ビタミンAの外用薬が妊娠中に使えないのはそのためです)。

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 栄養調査で「日本人は不足している」と言われ、「サプリメントなどで摂りすぎると危険」と忠告されればいったいどうすればいいのでしょうか。「適量を摂りましょう」とはよく言われるセリフですが、そもそも自身のビタミンAの摂取量は不足しているのか足りているのか、あるいは食事からすでに摂りすぎていないかなどについてはどうやって把握すればいいのでしょう。

 それを調べるには血液検査しかありません。しかし、ビタミンAの血中濃度測定は保険適用がなく自費で実施するしかありません。そして、費用は安くありません(当院の場合3,300円)。ですが、健康の意識が高い人は受けています。これからの時代、ビタミンDや亜鉛などと共に、日本人に不足しがちな栄養素はお金をかけても定期的に調べるべきなのかもしれません。

 

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2025年3月23日 日曜日

2025年3月24日 魚の油のサプリメントは無効

 魚の油が心血管疾患の予防になることが確立されたのは2002年に医学誌「Circulation」で論文「Fish Consumption, Fish Oil, Omega-3 Fatty Acids, and Cardiovascular Disease」が公開されたときだとされています。そして、この論文が発表されてからも、魚の油が心血管系疾患の予防に、あるいは炎症性疾患や神経疾患など他の疾患にも良いとされる研究が相次いでいます。

 今回はその魚の油は「サプリメントで摂っても意味がない」ことを示した研究を紹介したいと思います。しかし、その前に言葉の整理をしておきましょう。ω3(脂肪酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)などの区分がよく混乱されるからです。しかし、この理解は実は簡単で「魚の油≒ω3脂肪酸≒DHA≒EPA」と考えて差支えありません。

 では2つの研究を紹介しましょう。

 糖尿病患者15,000人以上を対象とした無作為化試験で、ω3サプリメントを摂取した人と摂取しなかった人の間で、重篤な心血管イベントのリスクに有意な差はありませんでした。

 25,000人以上が参加した別の無作為化試験では、ω3サプリメントを摂取しても、重大な心血管イベントやがんを発症するリスクは低下しないことが示されました。

 ちょっと古い記事ですが、米紙Washington Postもω3サプリメントが無効であり、健康食品業者が過剰な宣伝をしていることを指摘しています。

 では、医薬品であれば効果はあるのでしょうか。日本には次の2つの製品があります。

・エパデール:EPA

・ロトリガ:DHA+EPA

 効果を添付文書からみてみましょう。エパデールは中性脂肪の数値を1割程度下げます。ロトリガは4グラム(2グラムを1日2回)飲めば、エパデール服用時に比べて中性脂肪がさらに1割低くなる(何も飲まないときに比べると2割低くなる)とされています。両者とも適応は「高脂血症」とされていますが、これらでLDLコレステロールが下がったとする研究は添付文書に記載されていません。

 費用も加味して今回述べたことをまとめると、次のようになります。

・食事からω3系脂肪酸を摂取すれば心血管系疾患のリスクが低下する

・ω3系サプリメントでは効果がない

・効果が期待できる医薬品は2種類あり、添付文書を読む限りロトリガの方がエパデールよりも有効

・ロトリガの薬価は1日2回なら322円(3割負担で1日97円)。安い後発品を使えば157円(3割負担で1日47円)

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 サプリメントの費用を調べてみました。

・Nature Made: EPA+DHA:1日あたり約20円
・FANCL: EPA+DHA:1日あたり約60円
・小林製薬: EPA+DHA(+αリノレン酸):1日あたり約60円
・サントリー: EPA+DHA(+セサミン):1日あたり約220円

 こうしてみてみると、Nature Made製だけは医薬品より安いことが分かりますが、上述した2つの研究が示しているようにサプリメントの効果が否定された以上は意味がありません。FANCL、小林製薬、サントリーは医薬品よりも高額な上に効かないなら購入する理由がありません。

 ところで中性脂肪は運動(特に心拍数を上げる有酸素運動)で大きく下げることができます。その逆に、運動をおざなりにしてω3脂肪酸をいくら摂取しても中性脂肪は(もちろんコレステロールも)下がらないことは覚えておいた方がいいでしょう。

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2025年3月23日 日曜日

2025年3月20日 女性のADHDが増えている

 ADHDやADHDを含む発達障害が増えているかどうかについては議論が分かれますが、私自身は過去のコラム(「はやりの病気」第219回 2021年11月「発達障害」を”治す”方法)で述べたように、増えていると考えています。

 これは日本に限ったことではなく、英国でも同様で、The Timesによると、イングランドでは、ADHD薬を服用している患者総数は10年間で3倍に増加しています。2015年に同地域でADHDの治療薬を処方されたのは81,000人だったところ、2024年には248,000人にも増えているのです。特に顕著なのが20代後半から30代前半の女性で、なんと10倍に増加しています。

 「所得との関係」にも興味深い現象が生じています。2015年の時点では最も貧しい5分の1の地域の患者数は最も裕福な5分の1の地域の約2倍であったところ、2024年にはその差が縮まり、最も貧しい地域での処方箋数は52,262件、最も裕福な地域では49,073件と、ほとんど差が消失しています。

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 なぜ、裕福な地域にも患者が増え、そして若い女性の間で急増しているのでしょうか。その答えは「診断されやすくなったから」でしょう。ADHDの古典的な症状は「落ち着きがなく騒がしい」ですが、そうでない場合もあります。例えば「クラスで目立たない存在で夢見るように窓の外を見つめるタイプ」は周囲からは気づかれにくいと言えます。

 ところでADHDは「治る」のでしょうか。一般的には「治らない」とされています。実際、ADHDは脳の器質異常とされていて、MRIの所見では小脳や前頭前野の活動が低下していることが指摘されています(このような特徴があるのにも関わらず、画像診断を経ずに診断がつけられているのはおかしいのではないか、という私見を上述のコラムで述べました)。

 しかし、私自身はADHDを含む発達障害は「治る」と考えています。証拠を提示することもできます。ADHDの疫学についての研究によると、ADHDは若年者の5.9%、成人の2.5%に発生するとされています。もしもADHDが「治らない」のであれば、若年者が成人より罹患率が高い理由の説明がつきません。もしも治らないのであれば、(成人になってから診断がつく場合もあるわけですから)罹患率は「成人>若年者」でなければなりません。

 この数字からも分かるようにADHDは治るのです。「治る」が不適切な表現であれば「治療が不要なほど社会に適応できるようになる」でもかまいませんが、ADHDのレッテルを貼られても社会から遠ざかる必要はないわけです。

 ADHDを含む発達障害を議論するときに最も重要なのは「増えているのか、変わらないのか」、あるいは「診断は正しいのか、見逃されていただけではないか」といった議論ではなく、「その人が苦しいのか否か」です。ですから、ADHDであろうがなかろうが、またADHDと診断されようが否定されようが、その人の立場に立って考えれば診断名などどうでもいいわけです。

 「前医でADHDって診断されたんですけど……」と診断に疑問を感じて受診する人や、「わたしはADHDでしょうか……」と相談されに来る患者さんにも私はこのようなことを話しています。

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2025年2月13日 木曜日

2025年2月13日 睡眠薬により脳内に老廃物が貯まるメカニズム

 「睡眠薬には初めから手を出さない方がいい」と当院では言い続けています。この表現は医療者からは嫌がられます。「睡眠障害で苦しんでいる人を余計に苦しめるではないか!」というのが彼(女)らの主張です。ちょうど、「覚醒剤は初めから手を出さない方がいいと」言うと「そんなことを言えば覚醒剤依存症の患者を傷つけるではないか!」という理屈と同じです。

 当院でも大勢の覚醒剤依存症、睡眠薬依存症(≒ベンゾジアゼピン依存症)、その他依存性薬物の依存症の人たちを診てきましたから(今も診ていますから)、依存性物質摂取者をまるで犯罪者のようにみることには反対しますが、かといって最初に手を出す”敷居”を低くすることにはそれ以上に反対します。睡眠薬も覚醒剤も(どうしても必要という場合を除いて)初めから手を出さないのが最善なのは自明だからです。もちろん、「どうしても必要」という場合があるのは事実ですが、それでも危険性を知った上で摂取すべきです。

 科学誌「Cell」2025年2月6日号に興味深い論文が掲載されました。「ノルエピネフリンを介した緩やかな血管運動が睡眠中のグリンパティック・クリアランスを促進する(Norepinephrine-mediated slow vasomotion drives glymphatic clearance during sleep)」です。

 この論文を理解するにはタイトルに含まれる「グリンパティック・クリアランス」を押さえておかねばなりません。グリンパティック・クリアランス(Glymphatic clearance )とは、簡単に言えば「脳内の有害な老廃物が除去される際のプロセス」となります。つまり、このプロセスを経て脳内の老廃物が取り除かれるというわけです。もしも老廃物が脳内に残留したままであれば認知症やその他脳疾患のリスクが上昇するわけです。

 この論文は2つの画期的な事象を証明しました。1つは「グリンパティック・クリアランスがうまく働くにはノルエピネフリンが血管に働きかけるプロセスが必要である」、もう1つは「睡眠薬がこのプロセスを妨げる」です。

 脳の老廃物を取り除くには脳脊髄液(CSF)が循環しなければなりません。その循環には脳の血管がリズミカルに収縮することが必要です。そして、その収縮は脳内神経伝達物質のノルエピネフリンが担います。そして、そのノルエピネフリンは脳の青斑核(locus coeruleus)から放出されます。簡単に言えば次のようになります。

 青斑核 → ノルアドレナリン → 脳内の血管のリズミカルな収縮 → 脳脊髄液の循環

 これを覚醒時と睡眠時で比較すると次のイラストのようになります(この論文のページにあるイラストです)。

https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(24)01343-6

 論文によると、このプロセスはノンレム睡眠(NREM sleep)のときに生じます。そして睡眠薬ゾルピデム(=マイスリー)がこのプロセスを破壊することをこの論文は示したのです。

 もっとも、睡眠薬を使用すれば”深い睡眠”が得られるのは事実です。特に、ゾルピデムのような超短時間型の睡眠薬は「さっと効いてさっと切れる」ために、朝の目覚めも爽快です。だからクセ(=依存症)になるわけですが、実際には重要なクリアランスができなくなってしまっているわけです。

 反対する意見もありますが、ゾルピデムは認知症のリスクを33%上昇させることを示した台湾の研究があります。ゾルピデムのせいで我が子を殺害した40代の母親の話は過去に紹介しました。これらの原因が、ゾルピデムにより上記クリアランスが適切におこなわれなかったことにあると考えるのが自然ではないでしょうか。

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2025年2月6日 木曜日

2025年2月6日 肉食ダイエットはほどほどに……

 8か月間「肉食ダイエット」を続けた40代男性が手のひらが黄色くなったことで病院を受診した事例が症例報告として論文に掲載されました。

 その論文は「JAMA Cardiology」2025年1月22日号に掲載された「肉食を摂る男性の黄色い結節(Yellowish Nodules on a Man Consuming a Carnivore Diet)」です。

 症例は米国フロリダ州在住の40代の男性で、8カ月前からいわゆる「肉食ダイエット」を開始し、手のひら、肘、足の裏に黄色い結節が生じ、そこから滲出液が出てきたためにタンパ市の病院を受診しました。

 男性の日々の食生活は、バター1本(約200グラム)、チーズ6~9ポンド(約3~4キログラム)、及びハンバーガーのパテで、血中総コレステロール値はなんと1,000mg/dLを超えていたそうです。

 ただ、男性は「体重が減り、エネルギーが増し、頭がすっきりした」と報告し、この肉食ダイエットを実施したことに後悔はしていないようです。

 この男性の手のひらの写真が「New York Post」に掲載されていますので貼り付けます(下記タイトルにリンクを貼っています)。

Man who only ate cheese, beef and sticks of butter for 8 months suffers shocking side effect

 「New York Post」によると、肉食ダイエットの熱心な信者は蛋白質摂取を信条とし、野菜も含め他の栄養素を摂らず、この食生活が体重を減らし健康状態を改善するのに役立つと主張しているとのことです。

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 この症例報告を読んで私が思い出したのは、2016年に他界したジャーナリストの桐山秀樹さんです。糖質制限を自ら実践し、その極端な食事療法を絶賛する著書も出版されていましたが、若くして心筋梗塞で亡くなりました。正式に公表されたわけではありませんが、心筋梗塞の原因は極端な糖質制限のせいでLDLコレステロールが高値だったことではないかと推測されています。

参考:はやりの病気第182回(2018年10月) 糖質制限食の行方 その3

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2025年1月30日 木曜日

2025年1月30日 コーヒーは頭頚部がんのリスクを減らし紅茶は喉頭がんのリスクを上げる

 首から頭部にかけての複数の臓器のがんをまとめて「頭頚部がん」と呼ぶことがあります。具体的には、口腔がん、咽頭がん(上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん)、喉頭がん、鼻腔がん、副鼻腔がん、唾液腺がんなどです。GLOBOCANというデータベースによると、このなかで最も多いのが口腔がん、次いで喉頭がん、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん、唾液腺がんと続きます。世界全体では毎年約89万人に頭頚部がんが見つかり、毎年約45万人が死亡しています。頭頚部がんによる死亡者はがん全体の死亡者の約4.5%を占めています。

 頭頚部がんについてまとめられた2023年の論文によると、頭頚部がんは「世界で7番目に多いがん」とされています。発症因子はかなりはっきりとしていて、タバコ、アルコール、ビンロウ(台湾の路上で見かける血を吐いたような唾液が出る実です)、HPV感染です。先進国ではすでにHPV関連の頭頚部がんがタバコやアルコールによるがんを上回っています。

 今回紹介したいのは「リスク」でなく「リスクを下げる因子」で、それがコーヒーと1日1杯未満の紅茶です。医学誌「Cancer」2024年12月23日号に掲載された論文「コーヒーと紅茶の摂取と頭頸部がんのリスク:国際頭頸部がん疫学コンソーシアムにおける最新の統合分析(Coffee and tea consumption and the risk of head and neck cancer: An updated pooled analysis in the International Head and Neck Cancer Epidemiology Consortium)」から引用します。この研究は、これまでに公表されている14件の研究から9,548 件の頭頸部がんの症例と15,783件の対照例を元に分析したものです。結果は次のようになります。

・カフェイン入りコーヒーを1日4杯以上飲む人は、まったく飲まない人と比較して、頭頚部がんのリスクが17%低い。口腔がんのリスクは30%、中咽頭がんのリスクは22%低い

・カフェイン入りコーヒーを1日3~4杯飲む人は、下咽頭がんのリスクが41%低い

・カフェイン抜きのコーヒーを飲むか1日1杯未満のカフェイン入りコーヒーを飲む人は、口腔がんのリスクが25%低い

・紅茶を飲む人は、下咽頭がんのリスクが29%低い

・紅茶を1日0~1杯飲む人は、頭頚部がんのリスクが9%、下咽頭がんのリスクは27%低い

・紅茶を1日1杯以上飲む人は喉頭がんのリスクが38%高い

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 カフェイン抜きのコーヒーでもリスク低下がみられたのはおそらくコーヒーに含まれるポリフェノールの影響でしょう。

 コーヒー好きの人はいいとして紅茶派の人たちはこの結果に戸惑うのではないでしょうか。「1杯以下ならOKで、1杯以上は喉頭がんのリスクを上げる」というのですから。なぜ、咽頭がんのリスクは下がるのに喉頭がんは上がるのでしょう。咽頭は熱に強くて喉頭は弱いということなのでしょうか。だとすると、紅茶はコーヒーに比べて熱い温度で飲んでしまうのでしょうか。

 いずれにしても頭頚部がん予防のためにコーヒーや紅茶を飲むのは筋違いだと思います。リスクを下げたいなら、禁煙、禁酒/節酒、台湾(だけではないですが、私は台湾でしか見たことがありません)渡航時にはビンローを買わない、そしてHPVワクチン接種を検討する、ということになるでしょう。

 

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