医療ニュース
2015年6月5日 12歳アイドル、ヘリウム吸引意識障害報道の”誤解”
テレビ番組の収録中に、12歳のアイドルが声が変わるヘリウムガス入りスプレーを吸い込んで意識消失で救急搬送された、という事件が数ヶ月前にありました。
2015年5月22日、日本小児科学会は事故の発生状況や治療経過をまとめ、同学会のウェブサイトに掲載しました(注1)。
これを受けて、一般のマスコミやネット上でもこのことが話題になっているようですが、どうも問題点がずれているように思えてなりません。この”ズレ”をここで指摘したいと思いますが、まずは事故(事件)の経過を振り返ってみましょう。
2015年1月28日、12歳の女子アイドルは、ヘリウムガス入りのスプレー缶(ヘリウム80%、酸素20%)を吸入しました。アイドルは吸引後に右手を震わせその後後方に倒れ、後頭部強打により痙攣(けいれん)を起こしたそうです。救急車が到着した頃には意識障害と低酸素血症が出現しており、搬送先の病院ではICU(集中治療室)に入ったようです。精査の結果、意識障害は「脳空気塞栓症」といって脳の血管に空気が入り込んだことが原因であることが判明しました。2015年2月5日の時点では、高次脳機能障害を残す可能性が指摘されています。
この事件の報道をみていると、目に付くのが「ヘリウムが危険」という主張です。一部の報道では(小児用でなく)成人用のスプレー缶が使用されたことが問題だとされています。
しかし「ヘリウムが危険」というのは誤解です。ヘリウムは空気より軽いことから風船を膨らませるときに用いられていますがヘリウム自体に有毒性はほとんどありません。
ここでややこしいのは、たしかにヘリウムが「自殺」に使われることがあるからです。ただし、ヘリウムで自殺できるのは、ヘリウムに毒性があるからではなく、頭からビニール袋をかぶってヘリウムをその袋に送り続ければ低酸素状態になるからです。低酸素が進行すると意識混濁となり、やがて死に至ります。
日本ではあまり報じられませんが(あえて報道していないのかもしれませんが)、海外では、ホテルにヘリウムガスを持ちこんで自殺した、というニュースがときどき報道されています。例えば2014年10月にはチェンマイのホテルでイギリス人の62歳の男性旅行客がこの方法で自殺したことがタイの現地新聞で報道されました。
ですから、「ヘリウム=自殺のツール」「12歳の少女がヘリウムで意識消失」とくれば、「ヘリウム=危険」と考えてしまうのも無理もないかもしれません。しかしこれは正確ではありません。
精査の結果、脳空気塞栓症が確認されたということは、スプレー缶を吸うときに強く吸い込み過ぎたことが原因です。つまり、スプレーの中身がただの空気であったとしても同様のことは起こりうるのです。
******************
実は私がこの事件を初めて知ったのは日本のマスコミではなく、タイの英字新聞『The Nation』です(注2)。記事のタイトルは「日本のテレビ番組でヘリウム吸入後に子供の歌手(child singer)が意識消失(coma)」とされています。
この記事を読んで私が最も驚いたのは、記者は完全に日本のテレビをバカにしているということです。その部分を日本語訳してみると次のようになります。
日本のテレビ番組のサイケデリックな幼稚な世界では、ほとんどがたいして才能のない有名人たちが危険で恥辱的なことで競っている・・・。
サイケデリックという単語は、芸術を語るときにはいい意味で使われることが多いですが、ここでは否定的な使い方をされています。また、この記事では2012年に日本のタレントがプールに飛び込んで背中を骨折した事故が引き合いに出されています。
これは極めて私的な意見ですが、私が個人的に付き合いのあるタイ人はほぼ全員が日本人を尊敬してくれています。日本製品の素晴らしさや日本人の勤勉さを称賛するだけでなく、多くのタイ人は日本のアニメが大好きで日本の文化にも一目を置いてくれています。日本で桜と雪を見るのが夢、という話をこれまでどれだけ聞いたことか・・・。
そのタイの新聞で、日本のテレビ番組が蔑まれていることが私には大変複雑です。
日本のマスコミはこの番組をつくった制作会社を非難するのではなく、自分たちがつくっている番組も海外から卑下されるようなものではないかどうか今一度見直してもらいたいと思います。
注1:日本小児科学会の発表は下記URLで全文を読むことができます。
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0053.pdf
注2:『The Nation』のこの記事は下記URLで全文を読むことができます。
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