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2017年12月1日 金曜日

2017年11月30日 日本人の年齢別ピロリ菌感染率

 日本の高齢者の半数以上がピロリ菌に感染している…。

 これは私が医学部の学生だった1990年代によく言われていたことですが、それから20年以上経過し、当時と今の「高齢者」の年齢が変わってきています。「高齢者」とは呼ばずに「X0年代生まれ」という言い方にすべきではないか、と個人的に思っていたところ、まさにそのことを調べた論文が発表されました。

 医学誌『Scientific reports』2017年11月14日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。研究を実施したのは愛知医科大学のChaochen Wang氏らで、これまでに発表されている合計86の感染率の研究を総合的に解析(これを「メタ分析」と呼びます)しています。研究の総対象者は170,752人です。

 結果は以下の通りです。数字(%)はピロリ菌の陽性率です。

1910年生まれ 60.9%
1920年生まれ 65.9%
1930年生まれ 67.4%
1940年生まれ 64.1%
1950年生まれ 59.1%
1960年生まれ 49.1%
1970年生まれ 34.9%
1980年生まれ 24.6%
1990年生まれ 15.6%
2000年生まれ  6.6%

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 若年者、というか現在30~40代の世代にもかなり多いことに驚かされます。ピロリ菌は井戸水で感染すると言われています。私は現在49歳。子供の頃、井戸水を使用している家庭はそれほど多くありませんでした。そして私はピロリ菌陰性でした。田舎育ちの私でも陰性なんだから、全国的に私の同世代は大半が陰性だろうと思っていたのですが、この研究をみると「日本人は若年者にもピロリ菌陽性が多い」と認識した方がよさそうです。

 ピロリ菌が原因の疾患は胃がんを始め多数あります。消化器疾患のみならず、血液疾患や一部の皮膚疾患にも関与していると言われています。では、検査して陽性なら除菌を…、と考えたくなる人も多いと思いますが、私自身はピロリ菌除菌には慎重な対応をすべきだと考えています。

参考:
毎日新聞「医療プレミア」2017年7月2日「ピロリ菌「全例除菌」を勧めない理由」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年11月17日 金曜日

2017年11月17日 日本呼吸器学会は「新型タバコ」を推奨せず

 過去のコラム(はやりの病気第168回(2017年8月)「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」)で述べたように、電子タバコは英国・米国など肯定的にとらえている国が増えている一方で、持っているだけで逮捕という国もあり、混乱が続いています。

 東京オリンピックが近づいているというのに、日本政府はいまだにはっきりとした見解を表明せず、「受動喫煙防止対策」で規制するタバコに電子タバコ(及び加熱式タバコ)を含めるかどうかすらも決められていません(2017年11月現在)。

 そんななか、日本呼吸器学会は2017年10月31日、「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコに対する日本呼吸器学会の見解」というタイトルの声明を公表しました。同学会は加熱式タバコや電子タバコを合わせて「新型タバコ」と命名しています。ここからはこのサイトでも「新型タバコ」という名称を用います。

 同学会は英国・米国に倣って新型タバコOKとするのかと思いきや、その反対で「推奨しない」と発表しました。

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 従来の紙タバコを吸っている人に対して、私はよく「電子タバコに替えてみませんか?」と話をします。イギリスでは正式に「推奨」されているわけですし、米国でもそのような動きになりつつあるからです。それに、実際に新型タバコに替えてから、「喘息がよくなった」、「体調がよくなりぐっすり眠れるようになった」という声は少なくなく、さらに、「禁煙に成功した」という患者さんもいます。これは、禁煙をしようと思っていたのではなく、新型タバコに替えてしばらくすると自然にやめることができた、ということです。

 というわけで、私は日本呼吸器学会の表明に全面的には賛成しません。ですが、同学会は表明のなかで次のように主張しています。

「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコの使用者が呼出したエアロゾルは周囲に拡散するため、受動吸引による健康被害が生じる可能性がある。従来の燃焼式タバコと同様に、すべての飲食店やバーを含む公共の場所、公共交通機関での使用は認められない」

 紙タバコよりは軽度とはいえ、新型タバコも受動喫煙(吸引)の可能性があるわけですから、やはり公共の場所では控えるべきでしょう。それからもうひとつ。言うまでもないことですが、現在紙タバコを吸っていない人は絶対に新型タバコに手を出してはいけません。

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2017年11月17日 金曜日

第171回(2017年11月) 慢性腎臓病の予防に最善の方法

 生活習慣病には様々なものがありますが、代表的なものを3つ挙げるとすれば、高血圧、高脂血症(高コレステロール血症と高中性脂肪血症)、糖尿病です。さらに2つ挙げるなら、高尿酸血症と慢性腎臓病(CKD)が入ります。(他には、いくつかのがん、肥満が挙げられます。最近は、歯周病や不眠なども生活習慣病に加えられることが増えてきました)

 さて、これら5つのうちどれが最も治療に難渋するか。もちろん個人によりますが、おしなべて言うと、医師からみたときに最も困難なのは「慢性腎臓病」です。残りの4つ、すなわち、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症には優れた薬がいくつもあります。これら4つの疾患も薬よりも生活習慣の改善が優先されなければならないことは当然ですが、数値を劇的に改善させる薬が何種類もあります。

 一方、慢性腎臓病には薬がほぼないと言っても過言ではありません。高血圧で用いるいくつかの薬には多少効果があるとされていますが、それだけでよくなるわけではなく、手遅れにならないうちに本格的な生活改善をしなければなりません。そして、日本腎臓学会によれば現在日本に慢性腎臓病の患者は1,330万人(20歳以上の成人の8人に1人)もいます。

 そして、慢性腎臓病に対する生活改善は非常に難しいのです。この難しさについては7年前のコラム(はやりの病気第第81回(2010年5月)「慢性腎臓病と塩分制限」)でも述べました。私はその後、慢性腎臓病の患者さんに様々な指導をおこなってきました。幸いなことに進行が止まっている患者さんもいますが、残念ながらじわじわと悪化し、このまま進めば将来は人工透析を免れないのでは、という人もいます。今回は改めて慢性腎臓病の生活改善の難しさを振り返り、それでもできることを述べていきたいと思います。

 慢性腎臓病の生活改善で最重要なのが「塩分制限」ですが、非常に困難で、日本腎臓学会のガイドラインでは、最も軽症のステージ1であったとしても1日の塩分摂取量を6グラム未満にしなければなりません。前出のコラムでも述べたように、味噌汁、鍋焼きうどん、五目そばの塩分は、それぞれ2グラム、7.4グラム、8グラムです。これらの数字を見るだけで、1日合計6グラム未満がどれだけ困難かが分かります。

 実際の日本人の塩分摂取量をみてみましょう。昭和時代に比べれば、現在は摂取量が大きく減っているのは事実です。しかし、それでも下記の通りです(厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」より)。

2008年 男性:11.9グラム、女性:10.1グラム
2013年 男性:11.1グラム、女性:9.4グラム

 ちなみに、「目標」は下記のように定められています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」より)。

2005年 男性:10グラム未満、女性:8グラム未満
2010年 男性:9グラム未満、女性:7.5グラム未満
2015年 男性:8グラム未満、女性:7.0グラム未満

 摂取量の数字では男女とも減少していますが、よくみると、それでも2005年の目標すら満たせていません。このまま「目標」を下げ続けても、「絵に描いた餅」にしかなりません。そして、私自身の個人的見解を述べれば、そろそろ日本人の塩分摂取量低下は限界にきています。摂取量が次回発表される2018年は、2013年の数字から比べてさほど減少していないでしょう。つまり、日本人は和食を捨てない限り、これ以上塩分摂取量を下げるのは極めて困難なのです。

 ではどうすればいいか。最も重要なのは慢性腎臓病の「怖さ」を知ることです。最近は職場でも学校でも家庭でも「叱る」のではなく「褒める」ことが重要とされているようで、医師も患者さんに対し「褒める」のが良い、とされています。ですが、私はもともと他人を褒めるのが苦手なこともあり、生活習慣病の指導については褒めるのではなく「恐怖」を植え付けています。もっとちゃんとやらないと将来は透析になりますよぉ…、と言い続けているのです。このような指導(そもそもこれを「指導」と呼べるかどうかも疑問ですが…)しかしていない私は、良医ではありません。医学部でおこなわれる模擬患者とのコミュニケーションの試験なら不合格になるでしょう。

 腎臓はいったん悪化すると元には戻らない臓器です。ですから、それ以上悪くならないように、生活習慣の改善を今以上に厳しくおこなうしありません。少しでもできたことを褒めてあげて…、などと悠長なことを言っている場合ではないのです。

 ではどうすればいいか。まずほとんどの人がすぐに簡単にできることがあります。それは「腎臓に負担がかかる薬やサプリメントを飲まない」ということです。代表的なものは、鎮痛剤(ほとんどの市販の鎮痛剤は腎臓に影響を与えます)と風邪薬(鎮痛剤が含まれる)です。そして、もうひとつの代表がカルシウム及びビタミンDです。これらは骨を強くするため、という理由で飲んでいる人が少なくありませんし、また、健康のため、という漠然とした理由でマルチビタミン(含ビタミンD)やマルチミネラル(含カルシウム)を飲んでいる人が大勢います。筋力強化やダイエットのためにプロテインを飲んでいるという人も少なくありませんが、彼(女)らのどれだけがプロテインが腎臓を悪くすることを知っているでしょう。もちろん医療機関で処方される薬にも腎臓に負担がかかる薬は少なくありませんし、個人輸入で薬を入手するなどということは危険極まりない行為です。

 次にすべきなのはやはり運動と食事です。特に汗をかく運動は非常に効果的です。フルマラソンを走るときには塩分補給をしなければならないことからも分かるように(ただしフルマラソンは腎臓に負担がかかりますから推薦できませんが)、塩分を多少多めに摂ったとしても運動で汗をかけば帳消しになります。ですから、やせるため、あるいは動脈硬化を防ぐため以上に「将来人工透析になるのを回避するため」に運動で汗を流すべきなのです。

 食事はもちろん可能な限り塩分の制限につとめなければなりませんが、他にもすべきことがあります。それは「太らない」ということです。最近はあまり言われなくなりましたが、数年前には「少し太っている方が長生きする」ということがさかんに言われました。たしかにそのような統計が海外のみならず日本にもあります。ですが、私はこの考えに以前から疑問を持っています。私が診ている患者さんでいえば、適正体重の人の方が明らかに健康だからです。そして、肥満やメタボリック症候群は慢性腎臓病のリスクになることが分かっています。つまり、太っていればたとえ長生きできたとしても人工透析で寿命を延ばしているだけ、ということになりかねないのです。

 では太らないためにはどのような食事をすればいいか。今回提案したいのは「蛋白質をしっかり摂る」ことです。ここは誤解しやすいところなので注意が必要です。慢性腎臓病がある程度進行すると蛋白質が腎臓を傷めます。ですから摂取量を制限しなければなりません。そして、以前は、腎機能低下の初期段階から蛋白質を制限する食事療法が推奨されていました。

 ですが、この考えは現在では見直されており、軽症であれば厳しい蛋白制限を指示しない考えが主流になってきています。実際、日本腎臓病学会のガイドラインでもステージ2までは「過剰な摂取をしない」との表現にとどまっています。一般にステージ2までは「1.3g/kg標準体重/日を超えない」が推奨されます。例えば標準体重が60kg(身長160センチ程度)とすれば1.3x60=約80グラムが蛋白質を摂取していい上限となります。

 では肉や魚を食べるとどれくらいの蛋白質を摂取することになるかというと、だいたい肉や魚100グラムで蛋白質20グラムです。私は肉料理が大好きで、月に2回程度は近所の「サイゼリア」でステーキを食べます(999円というリーズナブル価格です!)。このステーキが約160グラムですから蛋白質は32グラムになります。また私は毎朝納豆を1パック食べますがこれは約8グラムです。もちろんタンパク質は米を含む多くの食品に含まれていますから、単純に肉・魚・卵・大豆食品などを合計すればいいわけではありませんが、多くの人にとって「過剰な摂取をしない」というのはむつかしいわけではなく、むしろ肉や魚、大豆をしっかり摂って摂取量を把握することの方が重要です。(先述したようにもちろんプロテインは絶対NGです)

 厳格に制限すべきなのは蛋白質ではなく、総摂取カロリーあるいは炭水化物です。いずれにしても「体重を増やさない」ということが最重要です。慢性腎臓病の予防及び治療に重要とされている塩分制限に異論はありませんが、和食を捨てない限り日本人には極めて困難です。ならば、まだ初期の段階であれば、「汗をかく運動」と「太らない食事療法」をしっかりとおこなうことで、それ以上の進行をとめるべきではないか。これが私の考えです。

 腎臓はいたわっていても年齢と共に誰でも次第に劣化していきます。つまり慢性腎臓病が進んでいきます。あなたの寿命が尽きるまでは腎臓の”寿命”をなんとか持ちこたえさせねばならないのです。

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2017年11月17日 金曜日

第178回(2017年11月) 論文を持参すると医師に嫌われるのはなぜか

「インターネットをみてこういう治療を考えているんですけど…」、と言って受診する人が次第に増えています。一昔前までは、「テレビのパーソナリティが言ってたから」、の方が多かったのですが、最近は、「ネットに書いてあったから」が上回ります。大阪では、かつては「近所のおばちゃんが言ってたから」、というのが頻繁にありましたが、最近は大阪でも「近所のおばちゃん」はネットに負けています。

 この手の話を医師どうしでしたときに、こういう患者さんを否定的にみる意見が多くでます。初めから特定の考えに凝り固まっていると、それをニュートラルな状態に戻すのに時間がかかるからです。ときには、これはマインドコントロールを解くようなものかもしれない、と感じることもあります。

 そんな「〇〇を見て聞いて…」のなかで、おそらく医師が最も嫌がるのが「論文に書いてあった」というもので、その論文(多くは英語)を持参する患者さんもときどきいます。後述するように、私自身はこういう患者さんがどちらかというとイヤではなく、むしろ好感を持ってしまうことが多いのですが、勘弁してほしい…、と感じる医師は大勢います。今回は、なぜそのような患者さんが嫌がられるのかを解説したいと思います。まず、実際にあった症例を紹介します。(ただし、本人特定ができないように細部に変更を加えています)

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【症例】50代男性 A氏 商社勤務

 胃炎があり、近くのXクリニックで胃薬のプロトンポンプ阻害薬(以下「PPI」)を処方してもらい半年になります。ネット上でたまたま見つけたブログにPPIが脳梗塞のリスクになるという話が書いてあり、そこから原著の論文にまでたどりつきました。イギリス駐在経験もあるA氏は英語の論文を読むことにそう抵抗はありません。1週間かけてすべて読み込み9割以上は理解しました。

 やはり、PPIは脳梗塞のリスクになると確信したAさんはその論文を印刷しXクリニックに持参しX医師に話をしました。すると、医師の対応はつれないもので、その論文を読もうともしません…。

X医師:「そういう意見もあるという程度です。気にする必要はありません」

Aさん:「でもこの論文にこう書いてあるんですよ。先生はこの論文を読まれたのですか」

X医師:「読む必要があるとは考えていません。そんなに飲みたくないらやめますか」

Aさん:「なぜ読む必要がないと言い切れるんですか! もういいです!!」
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 X医師といわば喧嘩別れしたAさんは、翌週、職場の近くの太融寺町谷口医院にやってきました。私は、Aさんに「あなたの疑問はもっともだと思います」と答えながら、一方ではX医師の気持ちもよく分かりました。その理由を述べます。

 まず、Aさんが持参した論文が掲載されている医学誌は、一流のものではなく、比較的小規模の研究や症例報告でも採用されるものです。もちろん、そういった論文にもすぐれたものは多数あるのですが、その論文を金科玉条のように考えているAさんにX医師は抵抗を持ってしまったのでしょう。

 次にこの研究は「後ろ向き研究」でした。つまり、脳梗塞を起こした人のいくらかが過去にPPIを飲んでいることを報告したものだったのです。統計学的に「後ろ向き研究」はエビデンスレベル(科学的確証度)が高くありません(注1)。Aさんによると、X医師はAさんが持参したその論文に見向きもしなかったということですが、もしかすると最初のページの「概要」の部分にはさっと目を通し、それが後ろ向き研究であることに気付いたのかもしれません。

 その一方、私はAさんの気持ちもよく分かります。私にも同じような経験があるからです。医学部の1回生の頃、英語の論文をまだ読み慣れていない私はひとつの論文を最後まで読むのにそれなりに苦労しました。読み終えると充実感が得られ、そこに書いてあることが”絶対的な真実”のように思えるのです。おそらく、せっかく頑張って読んだのだから価値のある論文に違いない、と思いたくなるのでしょう。

 ですが、医学をきちんと学ぶとこの「危険性」が理解できるようになります。一般の方の希望を壊すようですが、論文をいくら拾い読みしても医学に精通することはできません。知識レベルで医師と対等になることはほとんど不可能というのが私の意見です。よく「医師と患者は対等に」と言われ、そこから「患者様」と呼べ、という意見もありますが、私は反対です。医師がエラそうにするのはもちろんNGですが、対等になることは無理です。

 医学部に入学しなければ医師と対等になれない、とまでは言いません。ですが、少なくとも教科書を理解していない人がいくら論文を読んでも、まず100%正確には読めないでしょうし、その論文が医学全体のなかでどのような位置づけで、エビデンスレベルはどの程度なのかということは理解できないのです。

 我々医師は最新の医学情報に追いついていかねばなりませんから日々の勉強は欠かせません。ほとんどの医師は、複数の一流の医学誌(もちろんすべて英語です)の目次程度には定期的に目を通しています。ですが、それだけでは医師として失格です。なぜなら、教科書の内容にもキャッチアップしていかねばならず、むしろこちらの方が重要だからです。

 もちろん私自身も複数の教科書を定期的に読むようにしています。私の場合、内科領域で言えば『Harrison’s Principles of Internal Medicine』(以下「ハリソン」)という世界的に有名な教科書の19th editionを読んでいます。これはかなり高価なもので学生の頃は買えず私は図書館で読んでいました。現在私が読んでいるのはKindle版で割安ですがそれでも24,000円もします。

 教科書は最重要なのですが、臨床には直接役に立たないことが多々あります。実際に患者さんの診察をおこなうにはもっと臨床に即したテキストが必要です。私が高頻度に用いているのは『UpToDate』というオンライン上のテキストです。これは文字通り最新の知識、それもエビデンスレベルの高い知識が効率的に得られます。価格は3年間で1,200ドル(約15万円)もしますが、内容を考えるとまったく高くありません。

 私の場合、複数の教科書と『UpToDate』を基本とした上で、日々発表される新しい論文を読んでいます。そして、どのような論文にも同じ価値があるとはみなしておらず、一流の医学誌(注2)に掲載されているものを優先して読みます。

 一般の人は、おそらく24,000円も出して「ハリソン」を買おうと思わないでしょうし、またたとえ入手したとしてもスラスラ読めるものではありません。読みこなそうと思えば、基礎的な解剖学や生理学、生化学の知識が必要であり、それらから勉強してみようとは考えないでしょう。15万円も出して『UpToDate』にアクセスしようと思う人もいないでしょう。

 では、一般の人は、正確で新しい医学情報にアクセスできないのかというとそういうわけではありません。例えば、健康食品やサプリメントでいえば国立健康・栄養研究所が作成している「「健康食品」の安全性・有効性情報」というページは有用なサイトです。また、「コクラン(Cochrane)」というエビデンスレベルの高い医療情報を集めたサイトは分かりやすく私は患者さんにしばしば推薦しています。これらを読みこなせば、ある程度正確で偏りのない知識が得られると思います。

 ですが、限界があります。やはり一番いいのは、「かかりつけ医から学ぶ」という姿勢です。偉そうに言うな、と反発する人もいるかもしれませんが、目の前の患者さんに正確で最新の医療情報を提供するのはかかりつけ医の使命なのです。最後に、日本医師会が定めている「かかりつけ医の定義」を紹介しておきます。

「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」

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注1:後ろ向き研究に対し「前向き研究」と呼ばれるものがあります。PPIと脳梗塞を例にとるなら、ある時点で2つのグループに分けて、一方にはPPIを、もう一方には偽薬を飲んでもらい、それぞれのグループが脳梗塞をどの程度起こすか観察する方法です。この方法だと信頼度がぐっと上がります。
 
注2:誰もが認める一流の医学誌となると、『British Medical Journal』、『New England Journal of Medicine』、『The Lancet』、『Journal of the American Medical Association』、『Annals of Internal Medicine』あたりが挙げられると思います。

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2017年11月15日 水曜日

2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇

 医療機関で最もよく処方される胃薬のひとつPPI(プロトンポンプ阻害薬)は、過去2年で最も評判の落ちた薬と言えるかもしれません。これまでは、安全でよく効く、といいことづくしの薬だったのが(値段が高いのは欠点ですが)、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る…、と、様々な副作用のリスクが指摘されるようになってきました(下記「医療ニュース」「はやりの病気」参照)。

 今回は、そのPPIがなんと、胃がんのリスクを上昇させる!という驚くべき研究を紹介したいと思います。なぜ驚くかというと、PPIは「最も効く胃の薬」としての”地位”がありますし、胃がんの原因として有名なピロリ菌の除菌をおこなうときにも使う薬だからです。

 この報告がおこなわれたのは医学誌『Gut』2017年10月31日号(オンライン版)です(注1)。研究の対象は、香港の医療データベースClinical Data Analysis and Reporting System(CDARS)に登録されたピロリ菌の除菌をおこない成功した成人63,939人のデータです。対象者はその後の平均追跡期間7.6年の間に全体の0.24%にあたる153人が胃がんを発症しています。

 胃がんとPPI使用の関係を解析した結果、PPI使用により胃がんの発症リスクが2.44倍にもなることが判りました。さらに、リスクはPPIの使用頻度が多ければ多いほど、期間が長ければ長いほど上昇しています。

 具体的な数字は驚くべきものです。PPIを使用していない人に比べると、週に1~6日内服している人のリスクは2.43倍、毎日飲んでいる人ではなんと4.55倍にも上昇します。内服期間では、1年以上内服すれば5.04倍、2年以上で6.65倍、3年以上では8.34倍にまで上昇します。

 一方、PPIとよく比較される胃薬のH2ブロッカーではリスク上昇はなく、内服していない人に比べて0.72倍とむしろ低下していました。

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 衝撃的な報告です。これが真実だとすれば、直ちにPPIを中止しなければならない人が大勢いることになります。

 ところで、この報告の信ぴょう性はどの程度なのでしょうか。この研究はいわゆる「後ろ向き研究」です。つまり、胃がんになった人、ならなかった人が過去にPPIをどの程度内服していたかを調べて分析したものです。一方、統計学的には「前向き研究」の方がエビデンス(科学的確証度)のレベルが高くなります。前向き研究でPPIのリスクを検討するなら、ピロリ菌除菌後の患者をたくさん集め2つのグループに分け、一方にはPPIを使用し、もう一方には使用しない(より正確にするためには偽薬を用いる)でその後の胃がん発症率を調査することになります。

 前向き研究でもPPI使用者で胃がん発症が多いという結果がでればPPIのリスクはほぼ「確定」となります。したがって、より科学的な考え(エビデンスに基づいた考え)をする人たちからは、「後ろ向き研究しかない現時点でPPIを控えるのは時期尚早」という意見が出てくると思われます。

 ですが、私の個人的見解としては、今回の研究のみでも、つまり前向き研究の登場を待たなくても「PPI投与、特に長期投与は慎重にすべき」と考えていいと思います。少なくとも、先にH2ブロッカーを試すべきですし、その他胃薬には多数ありますし、漢方薬にも有用なものが複数あります。もちろん、薬以前に生活習慣の見直しが重要なのは言うまでもありません。

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注1:論文のタイトルは「Long-term proton pump inhibitors and risk of gastric cancer development after treatment for Helicobacter pylori: a population-based study」で、下記URIで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2017/09/18/gutjnl-2017-314605

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」

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2017年11月6日 月曜日

2017年11月 私の苦い体験と残念な薬剤師

 その電話は土曜日の診察終了間際、午後8時の少し前にかかってきました。
 
 太融寺町谷口医院(当時は「すてらめいとクリニック」という名称。以下「谷口医院」)をオープンして間もない2007年のことです。他府県在住の若いカップルからの電話で、「コンドームが破れた。緊急避妊をお願いしたい」という内容でした。

 緊急避妊薬は海外では薬局で買えますが、日本では医療機関で処方しなければならないことになっています。通常、緊急避妊をおこなうのは(大きな)病院ではなく診療所/クリニックです。科としては婦人科か、谷口医院のような総合診療をおこなっているところ、それに一部の内科クリニックとなるでしょう。すべての科でおこなっているわけではありません。

 その他府県のカップルがわざわざ谷口医院に電話してきたのは、「近くに開いているクリニックがないから」です。当時の谷口医院は土曜日も午後8時まで受付をおこなっており(現在土曜は午後7時まで)、他には受診できるところがないと言います。ですが、私はその晩、所用で最終の新幹線に乗らなければなりませんでした。その電話がかかってきたときには、まだ待合室に10人以上の患者さんが診察を待っていました。そのカップルは車を飛ばしても8時には間に合わないと言います。このカップルを診察すると最終の新幹線に間に合わなくなる可能性が出てきます。少し悩んだ挙句、私は「当院では対応できない。救急病院を受診してほしい」と答えました。

 翌日、私はずっとこのカップルのことが気になっていました。いえ、今こうしてこのことを書いているくらいですから、10年が過ぎた今もこの記憶が私を苦しめています。なぜあのとき受け入れなかったのか…。私の「所用」はカップルのお願いを断るほど重要だったのか…。最終の新幹線に間に合わなかったとしても深夜バスを利用すれば済む話だったのではないか…。

 このことが頭をよぎるとき、いつも考えてしまうことがあります。日本ではなぜ薬局で薬剤師が緊急避妊薬を販売しないのでしょう。海外では当たり前のようにおこなっているのに、です。もちろん、この問題に気付いているのは私だけではありません。実際、2017年7月に開催された「第2回医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(通称「スイッチOTC検討会」)では、緊急避妊薬を薬局で販売できるようにすべきではないかという議題が取り上げられました。ですが、肝心の薬剤師が同意しないのです。

 はっきり言えば、薬剤師のこの考え、情けなくないでしょうか。私たち日本の薬剤師は海外の薬剤師と違ってそんな難しいことできませーん、と宣言しているようなものです。確かに緊急避妊の説明は簡単ではありません。単に理屈を覚えればいいわけではないからです。生理学、薬理学、産科学の知識に加え、心理的なケアや社会的な配慮もおこなわなければなりません。なかにはデートレイプの被害ということもあります。被害者に不適切な発言をすると「セカンドレイプ」となり余計に苦しめることになります。また緊急避妊は繰り返す人が多いですから、今後の避妊についても話をしなければなりません。ですから相応の勉強や研修が必要になります。

 もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に申し入れをして「緊急避妊こそ薬剤師の仕事だ!」と訴えます。そもそも性行為というのは日中よりも夜間におこなわれることが多いものです。そして緊急避妊は早ければ早いほど成功率が上がるわけです。そして、都心部には深夜まで開いている薬局があります。一方、診療所/クリニックは夜遅くまで開いておらず(特に土曜日!)、また大病院の救急外来はどこもいっぱいで、受診時に症状のない緊急避妊希望者は後回しにされることが多いのです。

 もうひとつ、私が薬剤師に期待したいこと、というか、情けないと思うことがあります。それは、現在連日のようにメディアに取り上げられている「ヒルドイドを始めとするヘパリン類似物質をなぜ薬剤師が販売しないのか」ということです。

 これについては、以前にも述べました(「はやりの病気第161回(2017年1月)「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)。私が言いたいのは、「ヒルドイドやビーソフテンといったヘパリン類似物質は単なる保湿剤であり、わざわざ医療機関で処方するものではなく、海外では薬局で販売されているし、日本でもすでに一部のヘパリン類似物質は薬局で販売されている。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社が医療機関での処方に固執しているのは事実だが、なぜ薬剤師が自分たちにやらせてくれと言わないのか」ということです。

 2017年10月6日、健康保険組合連合会が公表した「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究III」(76-94ページ)で、ヘパリン類似物質の処方が全国で年間93億円にのぼると推計されています。これは各メディアも報道しており、「ヒルドイドやビーソフテンを治療ではなく単なるスキンケア製品として求める患者(患者ではありませんが)が多い」と言われています。

 しかし我々臨床医の立場からすると、ここはきちんと区別しなければなりません。谷口医院でもオープンした2007年から「スキンケア製品として(または化粧水として)ヒルドイドかビーソフテンを処方してほしい」という初診の患者(患者ではありませんが)が、ちょこちょこやって来ます。もちろん、そのような理由では処方できない、ということを説明しますが(そして保険診療のルールをそれなりに丁寧に説明しているつもりなのですが)、「お金払うって言ってるでしょ!」と捨てゼリフを吐いて帰る人もそれなりにいます。

 ですが、例えばアトピー性皮膚炎や他の慢性湿疹でステロイドまたはタクロリムスでの治療が奏功して炎症がまったくなくなりあとは乾燥だけとなった場合は、再び炎症を起こさないためにヘパリン類似物質を使うことはよくあります。というより、いかに「保湿」が重要であるかの説明をおこない、幾種類もある保湿剤のなかでいかにヘパリン類似物質が有効かという説明をします。ですが、ヒルドイドやビーソフテンには「処方制限」(詳しくは「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)があるので、薬局やネット販売のものも探してね、という話をします。

 先に述べた緊急避妊薬の場合は、心理的、社会的な背景にまで踏み込む必要があり、単に教科書的な知識だけでは対応できません。それなりのトレーニングが必要です。ですが、ヘパリン類似物質の場合は、他のスキンケア製品の販売とほとんど変わらないといっても言い過ぎではありません。実際、すでに一部のヘパリン類似物質は薬局や化粧品屋で販売されているのです。

 もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に対して、「ヘパリン類似物質はすぐに薬局で医師の処方せんなしで薬剤師が販売できるようにすべきだ。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社にも訴えるべきだ!」と主張します。

 ちなみに、私がよく行く近所の薬局は夜遅い時間まで開けてくれているので助かっています。私はそこで格安のお菓子やインスタントラーメンをまとめ買いしています。品揃えの豊富さとスーパー顔負けの安さにはいつも感謝しています。

 ですが、薬剤師が声を張り上げてセール品の案内をしているのを目にすると、感謝の気持ちが残念な気持ちに変わっていきます…(注1)。

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注1:残念な薬剤師については過去のコラムでも書いたことがあります。下記を参照ください。

参考:メディカルエッセイ第154回(2015年11月)「「かかりつけ薬局」という幻想」

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2017年10月25日 水曜日

2017年10月25日 認知症の治療にイチョウの葉は有効か無効か

 認知症の薬には保険診療で認められているものも4種類(先発品)ありますが(注1)、どれも劇的に効くわけではありません。ならばサプリメントに期待したいところですが、残念ながらこちらもいいものがありません。昔から「イチョウの葉」がいいのでは?と言われていますが、これはエビデンス(科学的確証)のデータベース「コクラン」で否定されています(注2)。

 ですが、そのコクランの見解を覆すような研究、つまり、認知症にイチョウが有効という研究が発表されました。医学誌『International psychogeriatrics』2017年9月21日号(オンライン版)(注3)に掲載されています。

 この研究では認知症の患者さんを2つのグループ(それぞれ814人)に分けて、一方にEGb761と呼ばれるイチョウ葉抽出エキス240mgを投与し、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬)を投与しています。投与期間は22~24週です。結果、イチョウを投与したグループは有意にプラセボ群よりも認知症に関連するほとんどの症状が改善したそうです。

 さらに、患者さん本人だけでなく介護者の苦痛も改善したそうです。

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 これまでの見解を覆す興味深い研究ですが、これをもってしてイチョウに期待しすぎるのは時期尚早だと思います。副作用がないなら試してみてもいいのでは、という意見もあるでしょうが、私の経験上、イチョウのサプリメントはけっこうな頻度で頭痛を訴える患者さんがいます。特に片頭痛のエピソードがある人にこの傾向が顕著です。

 認知症は予防も治療も決定的なものがあるとはいえませんが、それでも食事、運動、学習、行動などでリスクが低減するとされているものもありますから、まずはそういった知識を集めるのがいいでしょう。このサイトでも追って新しい情報をお伝えしていきたいと思います。

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第95回(2011年7月)「アルツハイマーにどのように向き合うべきか」

注2:コクランのレポートは下記で読むことができます。尚、ページ上方の「日本語」をクリックすれば日本語訳をも読めます。

http://www.cochrane.org/CD003120/DEMENTIA_there-is-no-convincing-evidence-that-ginkgo-biloba-is-efficacious-for-dementia-and-cognitive-impairment

注3:この論文のタイトルは「Treatment effects of Ginkgo biloba extract EGb 761R on the spectrum of behavioral and psychological symptoms of dementia: meta-analysis of randomized controlled trials」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.cambridge.org/core/journals/international-psychogeriatrics/article/treatment-effects-of-ginkgo-biloba-extract-egb-761-on-the-spectrum-of-behavioral-and-psychological-symptoms-of-dementia-metaanalysis-of-randomized-controlled-trials/B4E1DCC0E7DDCD9898C0294DC437DB54

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2017年10月23日 月曜日

2017年10月23日 骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効

 骨を丈夫にして骨折を防ぐためにビタミンDやカルシウムのサプリメントを摂取している人は少なくありませんし、処方薬としてビタミンDを内服している人もいます。ですが、これらの効果は疑わしく、米国予防医療作業部会(U.S. Preventive Services Task Force、以下「USPSTF」)は正式にそれを公表しました。USPSTFの詳細にわたる報告も無料で全文が公開されていますが(注1)、いくつかの米国のメディアが内容をまとめたものを報道しているので(注2)、ここではそちらをまとめたものを紹介したいと思います。

 まず、高齢者の骨折がどれほど重要なものかを数字でみてみましょう。2014年に米国で転倒で救急外来を受診したのは約280万人。そのうち約80万人が入院し、1年以内に約27,000人が死亡しています。また、数字には出ていませんが、死亡を免れたとしても寝たきり、あるいはそれに近い状態になる人は多数いるはずです。そして、米国では65歳以上の3人に1人は少なくとも年に一度は転倒していると言われています。
 
 これを聞くと、では転倒程度では骨折しない丈夫な骨をつくろう、と誰もが思います。そして、従来はビタミンDとカルシウムが有用と言われてきました。結論から言えば、USPSTFの見解はそれをほぼ否定するものです。つまり、それらを積極的に摂取した人に骨折が少ないわけではなく、USPTFとしては骨折予防のためのビタミンDおよびカルシウムの摂取を推奨しないとしたのです。

 もっとも、これらの骨折予防効果は以前から乏しいと言われており、エビデンス(科学的確証)のデータベースである「コクラン」も完全には効果を否定していないものの似たような報告をおこなっています(注3)。

 一方、米国医学研究所(National Academy of Medicine)とWHOは、健康改善を目的としたビタミンDとカルシウム摂取を推奨していますが、どちらの組織も骨折予防のためのサプリメントは推奨していません。

 ではどうすればいいのか。USPSTFが推奨するのは「運動」です。米国保健福祉省(The US Department of Health and Human Services)が提唱している次の運動メニューを勧めています。

・少なくとも週に150分の中~高強度の運動。または、週75分の激しい運動。
・週に2回の筋トレ
・週に3日以上のバランストレーニング

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 私が感じる日米の違いを2点指摘しておきます。

 ひとつは、日本では今でも医療機関でビタミンDやカルシウムが骨折の再発予防などに処方されていることです。エビデンスに乏しい治療がいけないわけではありませんが、運動の重要性が同時に説明されているか、あるいは説明されていたとしても実践できているかどうかを一度見直す必要があるでしょう。

 もうひとつは運動指導についてです。日本では多くの医療者が高齢者の骨折予防にウォーキングを勧めています。一方、米国で推奨されているのは中から高強度の運動(moderate-intensity exercise)ですから、通常のスピードのウォーキングでは不十分ということになります。もちろん運動は「続けること」が最重要ですから、できない運動の指導をすることには意味がありませんが、強度を上げなければ効果に乏しいことは知っておく必要があります。

注1:下記を参照ください。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/Page/Document/draft-evidence-review/vitamin-d-calcium-or-combined-supplementation-for-the-primary-prevention-of-fractures-in-adults-preventive-medication

注2:この記事のタイトルは「USPSTF Draft Recommendations for Falls and Fracture Prevention」です。下記URLを参照ください。

https://www.medscape.com/viewarticle/886193

注3:コクランのウェブサイトで読むことができます。レポートのタイトルは「Vitamin D and related vitamin D compounds for preventing fractures resulting from osteoporosis in older people」です。下記URLを参照ください。尚、この報告はページ上部の「日本語」というところをクリックすれば日本語でも読めます。

http://www.cochrane.org/CD000227/MUSKINJ_vitamin-d-and-related-vitamin-d-compounds-preventing-fractures-resulting-osteoporosis-older-people

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2017年10月16日 月曜日

第170回(2017年10月) 最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~

 最も重篤なアレルギー疾患は?と問われれば、医療者も一般の人たちもおそらく「アナフィラキシー」と答えるでしょう。アナフィラキシーをいったん起こせば、迅速に適切な治療がおこなわれなかった場合、数時間以内に帰らぬ人になってしまうこともあります。

 ですが、アナフィラキシーには必ず原因があります。食べ物、薬剤、蜂などで、これらを避ければ再発は防げます。ときどき原因不明のアナフィラキシーがあり、なかなか原因物質を特定できないことがありますが、そういった場合でも毎日症状に苦しめられることはありません。偶発的に発症した場合はアドレナリンの筋肉注射(自己注射も可能)をおこなえば助かります。

 一方、毎日のように苦しめられ、治療法も確立しているとはいえないアレルギー疾患があります。それが今回紹介する「好酸球性食道炎」と「好酸球性胃腸炎」です。どちらもあまり有名でない疾患でしょうし、罹患者数は喘息やアトピー性皮膚炎と比較すると圧倒的に少ないのは事実ですが、かなりの難治性であることから厚労省の指定難病にも入っています(注1)。

 さらに、難渋するのは治療だけではありません。診断をつけるのにも非常に苦労するのです。2つの疾患をひとつずつみていきましょう。まずは好酸球性食道炎です。

 好酸球性食道炎の症状は、吐き気、胸やけ、飲み込みにくい、などで逆流性食道炎の症状とほとんど変わりません。ですから、このような症状を医師に説明して、「あなたの疾患は好酸球性食道炎に違いない」と初診時に言われることはまずありえません。すぐに内視鏡(胃カメラ)をおこなうべきこともありますが、たいていは胃酸の分泌を抑制する薬をまずは処方されます。

 こういった薬で症状が改善しないときに内視鏡をおこないます。逆流性食道炎の場合は内視鏡をすれば「ただれた粘膜」が観察されますから、この時点で診断がつきます。一方、好酸球性食道炎は、ある程度重症化していないと「異常なし」または「軽度の炎症」と言われるだけで、この時点で診断がつくことはあまりありません。内視鏡で異常がない(または軽度)であり、逆流性食道炎と同じ症状がある場合「非びらん性胃食道逆流症」と呼ばれます。つまり実際には好酸球性食道炎であったとしても、軽度の逆流性食道炎または非びらん性胃食道逆流症と「誤診」されてしまう可能性があるのです。

 逆流性食道炎でも非びらん性胃食道逆流症であっても、症状がある程度進行するとプロトンポンプ阻害薬(以下「PPI」)と呼ばれる薬が処方されます。これである程度改善することがほとんどで、改善度に乏しい場合は手術が検討されることもありますが頻度は稀です。
 
 では好酸球性食道炎はどのようにして診断をつけるのか。それには、食道の一部の粘膜を採取し、生検(顕微鏡の検査)でたくさんの好酸球を確認しなければなりません。ここにこの疾患の診断の難しさがあります。理由は2つあります。

 1つは、生検というのはそれなりに大変な検査です。粘膜を採取するわけですから、出血は起こりますし、稀とはいえその出血が止まらない、あるいは食道の壁を穿孔してしまう可能性もゼロとは言い切れません。つまり危険が伴う検査なのです。ですから、内視鏡をおこなう術者としては、大きな異常が肉眼で確認できない限りはなかなか生検実施を考えにくいのです。そして、好酸球性食道炎の場合、肉眼での大きな異常があるわけではありません。

 もうひとつの理由は、好酸球性食道炎でもPPIがそれなりに効く場合があるということです。なぜ効くのかははっきりとわかっていないのですが、効くときは効くのです。すると「PPIが効いたんだから軽度の逆流性食道炎か非びらん性胃食道逆流症だろう」と診断されてしまいます。

 ですが、好酸球性食道炎であろうがなかろうがPPIで症状がとれるなら「幸運」と言えます。なぜならPPIがまったく無効な好酸球性食道炎の場合は、ほとんど「なす術がない」からです。一般に好酸球が関与した疾患にはステロイドが効くことがあります。好酸球性食道炎の場合も、ステロイド内服は有効ですし、また喘息で用いるステロイド吸入薬を飲み込むという方法もあります。しかしステロイドの副作用を考慮すると、このような治療は安易におこなえません。

 では好酸球性食道炎の診断がつき、PPIが効かない場合はどうすればいいのでしょう。それを述べる前に、もうひとつの疾患、好酸球性胃腸炎をみていきましょう。

 好酸球性胃腸炎の症状は、嘔吐、腹痛、下痢などです。患者さんは「特定のものを食べたときに起こる」と訴えることがありますが、食物アレルギーの腹部症状とは異なります。食物アレルギーの腹部症状は食後運動をしたときに起こることが多く、原因食物のIgE抗体が陽性となるのが普通ですし、プリックテストといって皮膚にその食物を注射する検査をすると陽性となります。一方、好酸球性胃腸炎の場合、血液検査でもプリックテストでも陽性とならないことが多いのです。尚、これは好酸球性食道炎の場合も同様です。

 確定診断を得るには、好酸球性食道炎と同様、内視鏡で粘膜を採取(生検)することになりますが、食道の場合と異なり、小腸の内視鏡というのは簡単ではなくなかなかおこなえません。胃や大腸の生検は比較的おこないやすいですが、採取した部位では好酸球が多くなかった、ということもあります。症例によっては腹水が貯まり、その腹水のなかに多数の好酸球が検出されることもありますが、腹水はある程度の量が貯留しなければ採取が困難です。

 血中の好酸球が増えていることは多いのですが(好酸球性食道炎の場合も同様)、他の好酸球が上昇する疾患(例えば喘息)のために増えている可能性もあり、これらを見分けることは困難です。そもそも、好酸球性食道炎も胃腸炎も、喘息を含むアレルギー疾患を合併していることが多く、好酸球の数値はこれら疾患の決め手にはなりません。それに血中好酸球が上昇しない好酸球性食道炎・胃腸炎もあるのです。

 治療はどうすればいいのでしょうか。食道炎の場合とは異なり、好酸球性胃腸炎の場合は吸入ステロイドの内服は効きません。経口ステロイドの内服は有効ですが、やはり副作用を考慮すると長期で使える方法ではありません。

 ではどうすればいいか。実は、好酸球性食道炎にも好酸球性胃腸炎にも極めて有効な”治療法”があります。しかもその”治療法”は「安全」で「低コスト」です。しかしおこなうのは極めて困難です。というより、その”治療法”が有効で誰もが簡単におこなえるなら、厚労省は難病に指定しません。

 その”治療法”とは「6種食品除去食」を実践するという方法です。先に述べたように、患者さんのなかには「特定のものを食べると症状が出やすい」という人がいます。ということは可能性のあるものをすべて避ければいいのです。それは6つあります。①卵、②牛乳、③小麦、④大豆、⑤ピーナッツ、⑥魚介類です。これらを完全に除去すると、症状が劇的に改善すると言われています。

 ですが、実際にこれらをすべて除去することができるでしょうか。蛋白源として、卵、牛乳、大豆、魚介類がNGだとすればあとは肉しかありません。小麦NGでも炭水化物は米で摂れますが、では米と肉、野菜だけの生活を一生続けることはできるでしょうか。

 今のところ好酸球性食道炎・胃腸炎の予防法はありません。ただ、難病指定されているわけですから有効な治療の研究はおこなわれていますし、診断がつけば治療費は無料となります。疑わしい症状がある人はかかりつけ医に相談してみてください。

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注1:厚労省の下記ページを参照ください。

http://www.nanbyou.or.jp/entry/3935

 

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2017年10月16日 月曜日

第177回(2017年10月) 日本人が障がい者に冷たいのはなぜか

 私がひとつめの大学に在籍していた80年代後半から90年代初頭にかけて、日本はバブル経済真っ盛りであり、世界からは「金持ちの国」と思われていました。1985年のプラザ合意以降、急激な円高が進んだにもかかわらず、自動車や電化製品を中心とする日本製品は当時流行していた「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉を想起させ、世界一高品質の評価を得ていました。

 しかしながら、当時の日本人が世界から好かれていたかというと、残念ながらそのようなことはなかったと思います。お金を持っていてもその使い方に品がないとよく批判されていました。今でも語り継がれているのが、安田海上火災のゴッホ「ひまわり」4千万ドルでの落札、三菱地所のロックフェラーセンター買収、ソニーのコロンビア・ピクチャーズ・エンターテインメント買収などです。大企業だけではありません。日本人が一斉に海外旅行にでかけるようになり、ハワイやパリでは高級ブランド店の商品買い占めが問題になりました。これを思えばここ数年の中国人の「爆買い」などかわいいものです。

 このようなお金の使い方をする日本人が世界から尊敬されるはずがありません。では、以前から日本人の良き特徴と言われていた「勤勉」についてはどうでしょうか。残念ながら、家族や余暇などの私生活を犠牲にし、会社にひたらすら奉公する姿は尊敬どころかむしろ「嘲笑」の対象でさえありました。日本人自身もこのような仕事に対する態度を蔑むこともあり「社畜」という言葉も生まれました。

 バブル経済崩壊後は、企業の不祥事が相次いで発覚、倒産する企業も続出し、リストラという言葉が一般化し自殺者が急増します。90年代には日本を称賛する声は国内からも国外からもほとんどなく「日本は終わった」と考えられるようになりました。日本人の性格や考え方は依然世界水準からズレていることが指摘され、たしか90年代後半には「ここがヘンだよ日本人」というテレビ番組もありました。

 ところが、2000年代中頃からこの流れが一転します。ネット社会を中心に、東アジア諸国を蔑むような意見が増えだしたと同時に日本人や日本文化をほめたたえる風潮が出てきました。また、日本人を絶賛するものや、外国人が日本人をうらやましく思っていることを取り上げる書籍なども現れるようになり、ネット住民から知識人まで「日本人礼賛」の大合唱が起こりだしました。

 極めつけは東日本大震災でしょう。家屋が破壊され街が崩壊しても住民たちは取り乱すことなくきちんと列をつくり他人を尊重しました。暴力やレイプがまったく起こらなかったわけではありませんが、これほどまで静かに落ち着き地域住民を助け合う姿は外国ではありえないだろうと言われ、この様子が世界に伝えられると日本人を絶賛する声が集まり、また日本人もこれを誇りに感じました。

 その後「おもてなし」という言葉が流行し、コンビニやコーヒーショップまでもが、これでもか、というような笑顔いっぱいの過剰とも呼べる接客サービスをおこない始めます。「おもてなし」が日本の伝統や文化であると感じている若い人も少なくないのではないでしょうか。

 さて、ここで疑問を呈したいと思います。日本人は本当に「思いやり」があるのでしょうか。もちろんどこの国にもいい人もいれば悪い人もいて、個人によるのは事実ですが、国民全体をおしなべてみたときに日本人は思いやりがあると言えるのか。私の答えは「そうは言えない」です。理由を述べます。

 私が研修医の頃、勤務していた病院は脊髄損傷の患者さんをたくさん診ているところで専門病棟もありました。担当の患者さんが複数いたこともあり、私は頻繁にその病棟に行き患者さんから話を聞きました。家族や友達が見舞いに来ているときは、そういった人たちからも話を聞かせてもらい、また長年その病棟で勤務している看護師や薬剤師からもいろんなことを学びました。

 そこで私が気づいたことは「日本人は障がい者に優しくない」ということです。彼(女)らは車椅子で外に出るのにとても苦労すると言います。技術大国の日本は、車いすに乗ったまま運転できる自動車を開発しており、おそらく技術は世界一でしょう。また、最近はバリアフリーの駅やビルがたくさんつくられています。ですが”肝心の”人が優しくないのです。例えば、バリアフリーでないビルの前で呆然としているとき、声をかけてくれる人はほとんどいないそうです。海外ではこのようなことは考えにくく(注1)、これは日本の「悪しき慣習」と言えるのではないか、と私は考えています。

 また、日本を訪れる外国人からも「日本人は冷たい」というセリフを何度も聞いたことがあります。例えば、60代の米国人女性は、駅で重い荷物を運んでいるときに誰も手を差し伸べてくれなかった、と嘆いていました。20代のタイ人女性は妊娠中でバスのステップを上がるのが困難なのに誰も手を貸してくれず、また荷物を棚に上げる手伝いもしてもらえなかったと寂しそうに話していました。彼女らは共に「母国ではこんなこと考えられない」と言います。

 私自身の経験も紹介しておきましょう。2014年8月、頸椎症の手術を受けた数日後、リハビリの一環で病院付近を散歩していた私は自動販売機でジュースを買おうとコインを入れました。ところが首に大きなカラーを付けていた上に腕も自由に動かないためにジュースを取り出すことができません。そのときフランス人の家族づれが近くにいたのですが、両親に促されたわけでもないのに7歳くらいの男の子が私に駆け寄り「May I help you?」と英語で声をかけてくれたのです。さっきまで両親とフランス語を話していたのに、です。おそらくフランス人は、困っている人がいればすぐに近づき手を差し伸べることが「習慣」となっているのでしょう。しかも瞬間的に母国語から英語に切り替えることができるわけです。まだ小学1年生くらいの男の子が、です。ちなみに、このとき日本人の通行人は何人もいましたが私に気を留める人はひとりもいませんでした。

 ただ、日本人をひいき目にみると、他人に手を差し伸べたときに「余計なお世話です。かまわないでください」と言われるのを恐れているのかな、という気がしないでもありません。例えば、電車のなかで高齢者に席を譲ろうと声をかけると、ムッとされて「結構です!」と冷たくあしらわれたという話を何度か聞いたことがあります。私には同じ経験はありませんが、以前東京の山手線で高齢のご婦人に席を譲ると、なんでそこまで…、と思わずにいられないほど深くお辞儀をされ、さらに横にいたご主人にも何度もお礼を言われました。しかも私が電車を降りるときに、再びご夫婦でお辞儀をしてくれたのです。ちなみに、大阪では「おおきに!」と言われてそれで終わりです。

 もしかすると東京では「可能な限り他人と関わらない」が流儀なのかもしれません。ですが、先述した車椅子の話や、米国人とタイ人の話は大阪での話です。地域によって多少の差はあるかもしれませんが、日本全体でみても、海外諸国と比べて日本人が他人に「無関心」なのは間違いなさそうです。

 そして、穿った見方をすると、東日本大震災で被災者の人たちがきちんと列をつくり静かにしていたのも「他人と関わりたくない」ということの裏返しなのかもしれない…、と思えてきます。他人とぶつかることを避け、大人しく目立たないようにすることが習慣化しているから、結果として整然とした列ができたのではないか、他人に迷惑をかけてはいけないという気持ちが強すぎて他人と関わることに恐怖を覚えているのではないか、という気がするのです。

 米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは、1946年に上梓した『菊と刀』で日本を「恥の文化」と命名しました。この考えは今も賛否両論ありますが、私個人としては日本人の性質をよく現わしていると考えています。障がい者や困っている人に対する支援という観点でみれば、「恥の文化」があるから車椅子の人を見ても目立つことはしたくないと考え、一方、障がい者の方は、障がいを抱えて迷惑をかけることを一種の「恥」と考えてしまい、たとえ声をかけてくれる人がいたとしても遠慮してしまうのではないでしょうか。

 では、どうすればいいか。日本人のいいところはそのままおいておきながら、困っている人にだけは積極的に関わるようにすればどうでしょう。アメリカ人のように、初対面なのにまるで以前からの友達のように気軽に話しかける必要はありません。私が主張したいのは「障がい者や困っている人がいれば何かを考える前にまず駆け寄る」ということです。

 私は医師という立場上、こういったことをしないわけにはいかない、というか、いつのまにか身体が勝手に動くようになっていましたが、ぜひこれを読まれているすべての人に勧めたいと思います。特に海外でこういう行動をとると「日本人も捨てたものじゃないな」と思われるようになるでしょう。

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注1:最近、乙武洋匡氏がこのことについて興味深いコラムを書いています。ロンドンの駅で立ち往生したとき、通行人が集まって来て車椅子を運んでくれたというのです。是非下記を参照ください。

『クーリエジャポン』2017年10月2日号「乙武洋匡・世界へ行く|ロンドンで感じた心のバリアフリー」
 

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