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2018年3月28日 水曜日

2018年3月28日 世界中を感動させたダウン症の動画

 3月21日は「世界ダウン症の日」です。そして、この日世界中で話題となり多くの涙を誘った動画があります。2018年3月16日、その動画がアップロードされると、一瞬で世界中を駆け巡り、ユーチューブで10万回以上、フェイスブックで100万回以上閲覧されました。翌日のBBCが報道しています(注1)。(12日後の3月28日時点でユーチューブの再生回数はすでに350万回を超えています)

 この動画は、イギリスのダウン症支援グループに所属する49人の母親たちが作成したものです。クリスティーナ・ペリー(Christina Perri)の2011年の名曲「A Thousand Years」のカラオケを車の中にいる母親とダウン症の子供が手話で歌っています。BBCによれば、「James Corden’s Carpool Karaoke」という(おそらく)テレビの企画があり、その方式で母親とダウン症の子供が歌い、それを父親のひとりが編集したようです。

 BBCの報道から、ひとりの母親のコメントを紹介しておきます。

「私たちは普通の母親で、子供たちを愛しています。子供たちもまた私たちを愛しています。子供たちは他の4歳の子たちと変わりありませんし、私たちは子供たちを変えようとも思いません。そういう思いでビデオを作成しました」(The idea is, we are just normal mums, we love our kids, they love us, and they are just like other four-year-olds, we wouldn’t change them)

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 ダウン症の患者数は日本・英国とも約5万人と言われています。染色体異常のなかで最も多い疾患で、一般的な発生頻度は0.1%程度ですが、高齢出産でリスクが上がることが知られています。40歳以上の初産婦では1%になると言われています。

 ダウン症を知るには映画がお勧めです。ダウン症の子供が登場する映画はいくつかありますが、私が最も推薦したいのは『チョコレート・ドーナツ』です。母親から育児放棄されたダウン症の少年をゲイのカップルが育てようとする、というストーリーです。この映画はハンカチなしでは観られません。すべての人に推薦したい映画です。

注1:BBCの記事のタイトルは「カルプール式のカラオケ、母親とダウン症の子供の画像が拡散される」(Carpool karaoke mums’ Down’s syndrome video goes viral)で、下記URLで読むことができます。

http://www.bbc.com/news/uk-england-coventry-warwickshire-43443510

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年3月18日 日曜日

第182回(2018年3月) 時代に逆行する診療報酬制度

 世間は好景気に浮かれているようですが、日本の社会保障、なかでも医療にかかる費用は増加の一途をたどっており破綻寸前です。すでに破綻している、とみる向きもあるほどです。それに”好景気”といっても、それは株価が上昇していることと新卒の求人倍率が高いことからの判断であり(これらは素晴らしいことですが)、例えば40代以降の人が仕事を探すのは簡単ではありませんし、株を持っていない庶民は好景気と言われてもピンとこないと思います。

 実際、私が日々診ている患者さんのなかにも仕事がなく生活が苦しいと訴える人は少なくありません。そういう人達からかかった医療費の3割をいただくわけですから、医療費が上がるのは避けてほしいというのが現場を見る私の意見です。私が以前から「検査や薬は最小限に」と言い「choosing wisely」の重要性を訴えている最大の理由は、目の前の患者さんの出費を減らしたいからです。

 患者さんが3割を負担する診療報酬の細かい取り決めは2年に一度改定されます。行政側としてはできるだけ医療費の上昇を抑えたいと考える一方で、医療者側(日本医師会など)はある程度の増加を求めます。一応、私も日本医師会に加入していますが、私個人の意見としては診療報酬の増額を求めるその姿勢に疑問を持っています。

 たしかに過疎地域など人口が少ないところで医療機関を運営するのは大変ですから、人件費をきちんと確保できる程度の利益が出るような計らいは必要になります。したがって、極端に診療報酬を下げるとやっていけない医療機関が出てくるとは思います。ですが、医師全体でみたときには高い報酬をもらっている者も少なくありませんから、まずはそこにメスを入れるべきではないか、というのが私の個人的意見です。

 医師の求人サイトをみてみると、なかには年収3千万円というものもちらほらあります。診療報酬増額を求めるだと!その前にもらいすぎている医師の収入を削減させろ! と考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。私が役人で会議に出席したとすれば、診療報酬増額を訴える日本医師会などに対し、医師の求人サイトのコピーを配って、「よくこれで増額希望などと言えますね」とまずはイヤミを言ってやりたくなります。

 膨大し続ける医療費を抑制するには医師の収入を減らすことが不可避だ、というのが私の意見ですが、その前にすべきことがあります。「診療報酬制度」の見直しです。

 そもそも診療報酬制度が複雑怪奇であるが故に、多額の人件費が使われることになり、これが患者さんの負担にもなるわけです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんに対しても、です。谷口医院では電子カルテを使っていますが、会計時にいつも正確に医療費が算出できているとは限りません。あとからカルテを見直して、徴収したお金が20円足りなかったとか、10円もらいすぎた、ということがしばしばあります。お金のことは大切ですからこれを放置しておくわけにはいきません。ですが、わざわざ翌日に忙しい患者さんに電話をして仕事の手をとめてもらい「すみません。昨日10円もらいすぎました」と伝えるのも現実的ではありません。そこで次回受診時に差額を返金(徴収)することになります。

 なぜこのような未収(過徴収)が起こるかというと、診療報酬の内訳にはやたらと「○○加算」とか「〇〇料」いうものがあり、それが診察時には入力されていなかったり、あるいは誤入力されていたりすることがあるからです。さらに、△△加算が算定されれば□□加算は外さねばならない、などの決まりもあり、ものすごく複雑なのです。いっそのこと○○加算などややこしい項目をすべて無視(放棄)して谷口医院は他院よりも安くしようと考えたこともあるのですが、医療費は全国どこを受診しても同じというのが原則ですから、そういったことは許されず国の決めたことには従うしかありません。

 未収(過徴収)を減らすにはどうすればいいか。一番ありがたいのは診療報酬制度をシンプルなものにしてもらうことです。つまり、ルールを簡単なものにし〇〇加算などはできるだけ減らしてもらうのが一番いいのです。ところが、実情はその「逆」です。この制度は2年に1回改訂されます。そしてこの改訂がどんどん複雑になっていくのです。例をあげると、2014年の改定時にはその資料が266ページで、これでもすべて理解するのは大変です。それが、2016年時には380ページに増え、なんと今回の2018年版では492ページにも及んでいるのです。

 もちろんこのすべてを一字一句丁寧に読んでいく時間はほとんどの医師にはありませんし、たとえ目を通せたとしても内容が難関すぎて理解できません。そこで、行政側としては診療報酬改定の度に講習会を開いて、我々医師のみならず医療事務の職員も参加することになります。すると休日出勤もしくは通常の業務を犠牲にして参加しなければなりませんし、内容を理解するのに自習をしなければなりません。

 これ、かなりの時間とお金のムダではないでしょうか。行政側も医療機関側も新たな複雑怪奇な決まり事の理解のために労力を費やすことになります。新しい決まりが素晴らしいものなら納得できるかもしれませんが、実際はそうではありません。

 一例をあげると、2018年版の323ページに新たに設定される「抗菌薬適正使用支援加算」の説明があります(またもや・・・加算です)。文書にはむつかしい言葉で書かれていますが、要するに「ムダな抗菌薬投与をやめれば医療機関に加算としてのお金が入りますよ」ということです。そんなこと言われなくても我々医師は「抗生物質ください」という患者さんに「このケースは不要です」ということを日々伝えています。医師の仕事は薬を処方することではなく、いかに薬や検査を減らすかが重要なのです。このようなムダな「加算」はただでさえややこしいルールをさらに複雑にするだけですから即効廃止してもらいたいものです。

 実は、診療報酬の支払いをドラスティックに改善できる簡単な方法があります。医療機関がレセプト(医療機関が診療報酬を請求するときの請求書のようなもの)を適切に作成しているかどうかをすべてコンピュータに調べさせればいいのです。社会保険支払基金によると、少し古いデータですが、職員が4,934人、審査委員と呼ばれる医師と歯科医師からなる委員が4,500人もいます。同基金の主な業務はレセプトのチェックです。これらをすべてコンピュータにやらせれば何千億という費用が不要になるはずです。実際、韓国ではすでにコンピュータに全面的に頼り人件費が大きく削減できたと聞きます。まさか、日本では4,934人の職員の雇用確保のために古い体制を維持しているということではないと思いますが、なぜすべてコンピュータ審査に替えられないのか、私には疑問です。

 ひとつ可能性があるとするなら、コンピュータだけにやらせると医療機関の”巧妙な”不正が見抜けないということがあるのかもしれません。私自身の周囲には不正を働くような医師は見当たりませんし、ときおり報道される医師の「不正請求」というのは、過去にも述べたように医師が必要と考えておこなった医療行為が支払基金で認められなかったというもので理不尽なものが大半です。ですが、悪意のある不正請求が存在するのも事実のようです。

 ならば私が以前から主張しているように、医師の年収の上限(及び下限)を決めて、お金が好きな人は初めから他の職業を選んでください、としてしまえばいいのです。そもそも医師会の倫理要綱には「医師は医業にあたって営利を目的としない」とあります。医学部入学時に「私は営利を求めません」という宣誓文を書いてもらうのも有効でしょう。

 もっといいのは中学や高校の進路指導のときに「お金儲けをしたい人は医師を目指すな」と学校の先生に指導してもらうことです。そのときに「お金を稼ぐことよりもはるかにやりがいのある職業、それが医師です」と付け加えてもらえれば私としては他に言うことはありません。

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2018年3月17日 土曜日

2018年3月17日 女性は低収入が肥満のリスク?パートナーの減量に期待?

 年収が低い女性は肥満になりやすい…。

 このような日本の研究結果が発表されメディアで報道されました。研究は滋賀医大の研究者によりおこなわれ同大学社会医学講座のウェブサイトのトップページで案内されています。

 メディアの報道からこの研究をまとめてみます。対象は、厚労省が実施した2010年国民生活基礎調査と国民健康・栄養調査に参加した全国の20歳以上の男女約2900人。就業状況、教育歴、世帯支出などの社会要因や、食事の傾向など生活習慣が健康にどの程度相関するかが調べられています。

 65歳未満の女性の場合、世帯年収が200万~600万円未満であれば、肥満になるリスクが600万円以上の女性に比べて1.7倍、年収200万円未満ならなんと約2.1倍にもなるそうです。教育歴との関係も調べられており、学歴9年以下(つまり中卒)は、10年以上(大卒以上)に比べて1.7倍肥満になりやすいそうです。

 また、年収が低いほど炭水化物をよく摂ることも分かったそうです。

「肥満」に関して、最近発表された興味深い海外の研究を紹介しましょう。それは同居するカップルの一方が減量に成功すると、ダイエットをしていないパートナーも同時にやせる、というものです。医学誌『Obesity』2018年2月1日号(注1)で報告されています。

 この研究の対象者は合計130組の同居するカップルで、一方がダイエットをおこない、もう一方はおこないません。半数の65組は米国の民間企業「Weight Watchers」が提供する減量プログラムに基づいたダイエットをおこない、残りの65組は自己管理でダイエットしました。

 結果はとても興味深いもので、下記の通りダイエットをおこなっていない「相方」も体重が減ったのです! 

ダイエットをした人の体重減少     3カ月後   6カ月後
 減量プログラム              3.4kg    4.3kg
 自己管理で実施             2.0kg    3.1kg
  
その相方の体重減少
 (パートナーが)減量プログラム      1.5kg    2.2kg
 (パートナーが)自己管理で実施     1.1kg    1.9kg

 論文のタイトルにもあるように、著者はダイエット方法に関わらず同居するだけで「Ripple Effect(波及効果)」があることを強調しています。

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 実は、「肥満(やせ)は伝染する」ということは以前から指摘されています。ある有名な研究では、肥満になるリスクはその人の配偶者が肥満になれば37%上昇し、その人の親友が肥満になるとなんと71%も上昇する、とされています。この研究では、興味深いことに、ただ隣に住んでいるだけの隣人が肥満になってもリスクは上昇せず、一緒に暮らしていなくても、兄弟が肥満になった場合はリスクが上昇することを明らかにしています。

 この研究に対する私の「仮説」を紹介しておきます。それは「肉を食べる習慣」です。そして、肉が体重を決めるのではなく、肉に含まれている「抗菌薬」の影響を受けて体重が決まるのではないかというのが私の仮説です。最近は規制される傾向にあるとはいえ、家畜を飼育するときには大量の抗菌薬が使用されます。つまりヒトが肉を食べると抗菌薬も一緒に摂取することになるのです。そして、抗菌薬を与えた家畜は肥満しやすいことが分かっています。そもそも家畜に大量に抗菌薬を投与するのは感染予防ではなく早く身体を大きくして出荷したいという人間の都合によるものなのです。(この理論について興味のある方はかつて私が書いたコラム(注2)を参照ください)

注1:この論文のタイトルは「Randomized Controlled Trial Examining the Ripple Effect of a Nationally Available Weight Management Program on Untreated Spouses」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.22098/abstract

注2;毎日新聞医療プレミア2017年4月2日「やせられない… それは抗菌薬が原因かも」

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2018年3月15日 木曜日

第175回(2018年3月) トキソプラズマ・後編~妊娠前・妊娠中にすべきこと~

 前回、トキソプラズマに気を付けなければならないのは、ネコと過ごすことよりもむしろ、ガーデニングなど屋外での作業、生肉の摂取(タタキ、生ハム、乾燥肉、燻製肉、塩漬肉、滅菌が不十分なミルクなども含む)、さらに生野菜や果物などであることを述べました。

 ではネコとはどのように付き合えばいいのでしょうか。まず、基本事項をおさらいします。生肉は牛でも豚でも鶏でも危険ですが、こういった動物の糞にトキソプラズマが含まれていることはありません。糞に含まれるのはネコだけなのです。ですから、犬の糞を処理するときにはトキソプラズマへの注意は不要です。もちろん、ヒトからヒトへの感染もありません。

 ネコの糞が危険というなら、ネコが糞をすれば直ちに強力な消毒液をかければいいのでは?と思う人もいるかもしれませんが、これは無効です。なぜなら、ネコの糞に混じってでてくるトキソプラズマは「オーシスト」と呼ばれるとても頑丈な構造をしており、消毒薬が効かないのです。オーシストはイメージしにくいと思いますが、外側に頑丈な「殻」のようなものがあると考えればいいと思います。消毒液が無効なだけではありません。土や水のなかに入ると数か月以上生き延びるのです。そういうわけで、屋外での作業や野菜・果物の摂取で感染するのです。

 では、どんなネコの糞にも注意しなければならないのかというとそういうわけでもありません。なぜなら糞にトキソプラズマが混ざるのは、ネコがトキソプラズマに初めて感染したときだけだからです。初めて感染すると数日後から1か月程度の期間に排泄される糞に混ざります。ということは、このときだけを避ければいいわけで、もっと具体的に言えば、①すでに感染して1か月以上経過しているネコ、②まだ感染しておらずしばらくの間感染しないネコ、なら一緒に過ごしても問題ないということになります。

 ということは、妊娠を考えている、またはすでに妊娠している人は、一緒に暮らしているネコの感染の有無を調べるべきだ、ということになります。これは動物病院で血液検査をすれば分かります。では、早速、動物病院へ…、と考えたくなりますが、その前にすべきことがあります。

 それはあなた自身の血液検査です。前回述べたように、トキソプラズマは全世界の人口の約3分の1がすでに感染していて、いったん感染すればその後新たに感染することはありません。また、感染して一定の期間が経過している場合、HIV感染など免疫力が低下する状態にならなければ、発症したり母子感染を起こしたりすることはありません。日本人の陽性率は不明ですが、妊婦健診で1割程度が感染しているという報告があります。もしもこの1割に入っていればトキソプラズマを心配する必要はありません。

 ですから、私がお勧めしたいのは、妊娠してからおこなう妊婦健診ではなく、妊娠を考えた時点でのトキソプラズマの抗体検査です。IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性であれば、感染してからしばらく経過していることを意味し、この場合は妊娠中のトキソプラズマ対策は不要となります。ですが、この検査をおこなう人は極めて少ないのが実情です。

 最近は、ブライダルチェックと言って、妊娠前に「無症状だけど感染しているかもしれなくて、感染していれば出産に影響を与えるかもしれない性行為感染症のチェック」をする人が増えてきています。これはとても素晴らしい対策です。尚、ブライダルチェック(bridal check)というのは和製英語ですが、面白いことに英語のネイティブスピーカーにもまあまあ通じます。このブライダルチェックにトキソプラズマ(とサイトメガロウイルス)の検査を加えるべきだ、というのが私の考えです。妊娠前に状態を把握していれば対策が立てやすいからです。

 あなた自身の抗体検査をおこないトキソプラズマに未感染であることが判った場合、飼いネコの検査をするのがお勧めです。ヒトと同様、IgM抗体陰性かつIgG抗体陽性、であれば、すでに感染してある程度の期間が経過していることになりますから、この場合はこのネコの糞に注意する必要がありません。ただし、先に述べたようにオーシストは数か月以上生き続けています。もしもネコが屋外に出ていく場合、感染して排出したオーシストが庭などに残っている可能性はあります。

 血液検査で飼い猫が感染していなかった場合はどうすればいいでしょうか。もしも屋外でネコを飼っている場合は、外で感染してくる可能性がありますから、この場合は要注意です。可能ならネコを屋外に出さないようにします。それができないのであれば、妊娠中は他人に預かってもらった方がいいでしょう。また、ネコ好きの人はネコ好きの友達がいることが多く、その友達がネコを連れてくることがあるかもしれません。これが危険な行為となります。ネコとネコの接触で感染する可能性があるからです。

 もうひとつ重要なことがあります。それは生肉を与えない、ということです。これはイヌ好きの人にも言えることですが、動物は元々生肉を食べていたのだから生肉を与えるべきだ、と考えている人がいます。野生のイヌやネコは生肉を食べているのは事実ですが、ペットからの感染予防を防ぐには生肉はとても危険なのです。

 では、血液検査で愛猫がトキソプラズマに最近感染したばかりで、現在トキソプラズマが糞に混じっている可能性がある場合はどうすればいいでしょうか。この場合は、もしも妊娠中なら一緒に過ごさないのが最善ですが、それができない場合はどうすればいいのでしょう。その場合は、ネコが糞をすれば直ちに処理をすることです。実はトキソプラズマのオーシストは、糞に混じり排出されても24時間以内は感染力がないことがわかっています。ということは、糞が出てから24時間以内に処理をしてしまえばいいのです。同居する妊婦さん以外の者が処理するのがいいわけですが、どうしても妊婦さん自身がしなければならない場合は、1日2回、マスクと手袋をして便を密閉し可及的速やかに処分します。これを徹底すれば感染のリスクを大きく減らすことができます。

 ここまでをまとめてみましょう。

1)まず、妊娠する前に自身の抗体を調べる。
   既感染 → 心配不要(飼い猫の検査は不要)
   未感染 → 2)に進む
  (感染直後 → 精査)

2)飼い猫の抗体検査をする
   既感染 → 心配不要
   未感染 → 外に出さない、他のネコと接しない、生肉禁止
   感染直後 → 可能なら他人に預かってもらう
          同居する場合は糞の処理を1日2回。手袋・マスク着用 
 
 もしも、妊娠中に感染してしまった場合はどうすればいいでしょうか。放っておけば生まれてくる赤ちゃんに小頭症などの奇形が生じる可能性があり、これを先天性トキソプラズマ症と呼びます。ですが、トキソプラズマには現在すぐれた治療薬があります。アセチルスピラマイシンという比較的安い抗菌薬に効果があることが分かっているのです。

 ですが、必ずしも有効とは限りませんし、副作用に悩まされることもありますから、妊娠を考えたときは、上記の1)2)を徹底するのが賢明です。

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2018年3月12日 月曜日

2018年3月 無意味な「保守」vs「リベラル」

 尊敬する人物が「自殺」をした、という経験はあるでしょうか。最期を自死で終焉させた歴史上の人物はたくさんいますし、同級生や同僚が自殺したという人もいるでしょう。では、その人の生き方や考え方に感銘を受け、これからも学びたいと思っていた人が突然自殺を遂げたとき、あなたは何を思うでしょうか。

 2018年1月21日、評論家の西部邁氏が多摩川で入水自殺を遂げられました。

 私が初めて西部氏の著作を手にしたのは、ひとつめの大学、関西学院大学の卒業を控えた4回生の終わり、1991年を迎えたばかりの頃でした。その頃から氏は保守派の論客として広く知られていましたが、私は思想よりも、難解でありながら魅力的で何度も読み返したくなる文章に引き込まれました。西部氏の文章は、すっきり爽快に読めるわけではなく、(私の場合)一度ではきちんと理解しにくく繰り返し同じ箇所を読まねばなりません。

 政党の主張や、学生運動をしている人たちの理屈が(単純で)わかりやすいのに対して、西部氏の言論は実に複雑です。しかし、氏の主張されていることこそが世の中の真実であると感じた20代前半の私は氏の著作にのめりこんでいきました。西部氏の主張を正確にまとめられるほど私には読解力がありませんが、私が氏から学んだことのひとつを披露するとすれば、「人間は単純なようで単純でない。自分を犠牲にして他人に貢献するのも人間だが、一方で、同じ人間が醜く残虐で無慈悲になることもある。そして集団になるとさらに複雑になり、非合理的でどうしようもない愚行をおかすことがある。だから我々は歴史を振り返り、常に反省し、多角的な観点から物事を考えなければならないのだ」、というような感じです。

「リベラル」という言葉がよく使われるようになったのはおそらく21世紀になってからでしょう。それまではリベラルに相当する言葉は「革新」あるいは「左翼」「サヨク」などと呼ばれていました。リベラルに対しての言葉が「保守」。そして西部氏は保守派の急先鋒のように言われていました。西部氏自身も「保守」であることを自認し、そういう立場から言論活動をされていたのは間違いありません。

 ですが、現在世間が言うところの”保守”と、西部氏が自認する「保守」はとても一緒にすることはできない、似ても似つかないものではないか、というのが私の意見です。私の印象を述べれば、世間で言われる「保守」から連想されるものは、愛国心をもて、自衛隊を軍隊に、日米安保は維持せよ、原発賛成、生活保護削減、移民反対、同性婚反対・・・、といったところです。

 実際、「週刊ダイヤモンド」2017年11月18日号の特集「右派×左派」では、保守(右派)とリベラル(左派)の「考え」が表にまとめられていてクリアカットに二分されています。たとえば、<憲法>に対しては保守が改憲、リベラルが護憲、<社会保障>では保守が「自己責任重視」、リベラルが「福祉の充実」、<自衛隊>では、保守が「海外派遣に積極参加」、リベラルが「軍備の放棄」、といった感じです。

 ですが、こんなに単純に保守とリベラルを分類するのが現実的でしょうか。例えば、私自身は、同性婚賛成、移民受入賛成、生活保護削減反対で、これらは「リベラル」の主張とされています。しかし、自衛隊については、同誌の記事にあるような、リベラルの「軍備の放棄」に賛成できず、この点については保守派のいう「海外派遣に積極参加」に賛成です。さて、こんな私はリベラルと呼ばれてもいいのでしょうか。

 物事を極端に考えすぎ盲目的になってはいけない、というのは30年近くにわたり西部氏の著作を(すべてではありませんが)読んでいる私が学んだことです。理想を高く掲げすぎることには落とし穴があるのです。

 例えば、私が卒業したもうひとつの大学、大阪市立大学の出身で(卒業はしていませんが)有名な人物に田宮高麿(たみやたかまろ)がいます。田宮は日本航空の飛行機をハイジャックまでして「地上の楽園」を目指したわけです。さて、そこには本当に”楽園”があったのでしょうか。

 一方、「自虐史観を修正すべき」と訴える保守の人たちの主張を私はある程度理解しているつもりですが、いわゆるヘイトスピーチには辟易とさせられます。なぜかというと、そのようなスピーチをする人が、悪口を言う国の人をどれだけ知っているのか疑問だからです。イメージが先行しているが故に偏った意見を持っているとしか思えないのです。以前述べたように、どこの国にもいろんな人がいますから、自身が接した少数の人からその国すべてを嫌いになるのはおかしいのです。(参考:マンスリーレポート2016年2月「外国を嫌いにならない方法~韓国人との思い出~」2016年3月「外国を嫌いにならない方法~中国人との思い出~」2016年4月「インド人の詐欺と外国人との話のタブー」

 田宮が憧れた「地上の楽園」に対して、少なくとも拉致問題が解決するまでは私は国に対しては好意をもてませんが、かの国の国籍をもつ個人と知り合うことがあれば、先入観なく接するつもりです。

 21世紀になってから”流行”している「日本はスゴイ」という意見は多くの保守の人たちから支えられていると聞きます。しかし、こういう日本バンザイ論に嫌気がさしている人も少なくないのではないでしょうか。私もそのひとりで「日本も日本人も良くないことも多いぞ」と思ってしまいます。
 
 ですが、私は日本が嫌いかというとそうではなく、日本を誇りに思っていますし、特に海外に行ったときや外国人と話をしているときに日本に生まれて良かった…、と感じます。私は自分で自分のことを「patriot(パトリオットは和製英語。正確な発音はペイトリオットが近い)」だと思っています。そして「nationalist(ナショナリスト)」ではないとも思っています。(これらの日本語訳は簡単ではありませんが、patriotは「郷土愛」、nationalistは「排他主義」のイメージがあります)

 どこの国にもどんな地域にも「社会的弱者」は存在します。そして、その原因の多くは彼(女)らが努力をしないからでもさぼっているからでもありません。「運」や「縁」に恵まれていないだけであることも多く、努力がむくわれなかった結果ということも多々あるのです。ですから、社会には「生活保護」も「移民の支援」も必要です。むしろ、現在”勝ち組”の人は、相当の努力をされたことは事実だとしても「運」や「縁」があったと考えるべきではないでしょうか。

 外国人、特にヨーロッパの人たちと話しをすると、社会的弱者はみんなで助けなければならず、様々な価値観を受け入れなければならないという考えが(私と交流のある人達の間では)「常識」となっています。この考え方は「リベラル」と呼んでいいでしょう。ですが、彼(女)らはほぼ例外なく(私と同じように)patriotです。自国が嫌いという人などまずいません。

 一方、日本では、移民受け入れ賛成、同性婚賛成、生活保護削減反対といったリベラルの考えをもちながら、patriotであることを自認しているという私のような人はほとんど聞いたことがありません。きっとそういう人もいると思うのですが、先述した週間ダイヤモンドの記事にもあるように、日本ではリベラルと言えば、護憲、軍備の放棄がセットになっています。

 西部邁氏は、私の知る限り、移民、同性婚、生活保護などに対してはっきりとした意見を言及されていません。移民については、以前どこかで「異なる民族や国民が仲良くやっていくことは極めてむつかしい。EUなどうまくいくはずがない」といったことを書かれていましたが、移民反対とは言われていなかったと思います。

 これから残された氏のテクストを読み解いていくと同時に、改めて「死」というものを考えてみたいと思います。「自殺」を美化するつもりはありませんが、西部氏らしい最期だと私には思えます。

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2018年3月2日 金曜日

2018年3月2日 有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する

 腸の疾患で最も多いのはおそらく「過敏性腸症候群」で、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもほぼ毎日患者さんが受診しています。過敏性腸症候群には「下痢型」「便秘型」「混合型」があり、程度も軽症から重症まで様々です。重症化すると、いつ便をもよおすか分からないために、外出が困難になり、電車に乗れないという人もいます。

 治療にはまずプロバイオティクス(整腸剤)を用いますがこれだけで改善するケースはそう多くありません。下痢型の場合には便を固める薬や、お腹の動きを止める薬も用います。また、イリボー(ラモセトロン塩酸塩)と呼ばれる薬や、精神症状も出現している場合はやむを得ず精神安定剤を用いることもあります。

 過敏性腸症候群はよく「ストレスで悪化する」と言われ、これは正しいとは思いますが、精神的ストレスのみで説明できるわけではありません。谷口医院の患者さんには運動、特に有酸素運動を勧めることがあり、それなりに有効であるように思われます。今回、それが正しいことを裏付けるかもしれない研究が発表されたので紹介したいと思います。

 有酸素運動が女性の過敏性腸症候群を改善させる…。

 医学誌『Cytokine』2018年2月号(オンライン版)にこのような研究が発表されました(注1)。

 研究の対象者は、診断基準を満たした過敏性腸症候群の女性患者109人から60人を選び出し、有酸素運動を実施するグループ30人と、運動をしないグループ30人に分けられました。調査期間は24週間。つまり約半年間、有酸素運動をすればしない場合に比べてどの程度症状が改善するかが調べられました。主な指標とされたのが、サイトカインと呼ばれる免疫に関与する物質や抗酸化物質などです。そして、症状の改善と相関関係が認められました。

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 一昔前は過敏性腸症候群といえば「ストレスの病気」と簡単に片づけられていました。それが、サイトカインを代表とする物質の関与が判ってきて、さらに最近では腸内細菌との関連も指摘されるようになってきています。

 今回の研究は小規模ではありますが、有酸素運動が免疫系を整えて過敏性腸症候群の症状を改善することが実証されたわけです。そして、有酸素運動には一切のデメリットはありません。また、過敏性腸症候群ではなく単なる「便秘」の人も、ジョギングなど有酸素運動をするだけで「完治」することも珍しくありません。

 有酸素運動をあえてしない理由など何もないというわけです。

注1:この論文のタイトルは「Low-to-moderate intensity aerobic exercise training modulates irritable bowel syndrome through antioxidative and inflammatory mechanisms in women: Results of a randomized controlled trial」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1043466617303873
 

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2018年2月26日 月曜日

2018年2月26日 片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク

 ちょっと物議をかもしそうな論文が発表されました。

 今から8年前の2010年6月、「片頭痛は脳梗塞のリスク」という論文が発表され、このときは一般のメディアで取り上げられたこともあり話題になりました。この論文の主旨は「前兆(閃輝暗点)を伴う片頭痛のある女性は脳梗塞を起こしやすい」というものでした(注1)。

 今回発表された論文はデンマークの住民を対象としたもので、2010年のものよりも調査の規模がかなり大きく、また結果もインパクトの強いものです。医学誌『British Medical Journal』2018年1月31日(オンライン版)(注2)に掲載されました。

 研究の対象者は、デンマークの51,032人の片頭痛患者、対照は510,320人の一般住民。調査期間は1995年から2013年です。結果は以下の通りです。数字は「片頭痛あり」と「片頭痛なし」は1,000人あたりの発症者の人数、「リスク」は片頭痛があればない人に比べて何倍になるかを示しています。

           片頭痛あり  片頭痛なし  リスク
心筋梗塞        25       17      1.49
脳梗塞          45       25      2.26
脳出血             11         6      1.94
静脈血栓症       27       18      1.59
心房細動・粗動    47       34      1.25

 さらに、脳卒中(脳梗塞+脳出血)は、片頭痛の診断がついてから短い人の方が発症しやすいことが分かりました。また、閃輝暗点と呼ばれる目の前がチカチカする前兆(これを英語でauraと呼びます。「あの人にはオーラがある」と使うときのオーラと同じ単語です)を伴う人の方がない場合よりもリスクが高いという結果が出ています。性差としては女性にリスクが高いようです。

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 女性で前兆を伴う片頭痛があれば脳梗塞のリスクという2010年の発表に矛盾しない結果となっています。さらに、脳梗塞のみならず他の心血管疾患のリスクにもなるという結果がでたわけです。

 では(特に前兆のある)片頭痛を持っている人がすべきことは何か。まず、こういった心血管疾患の他のリスクを取り除くことが最重要です。喫煙、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症などの生活習慣病があればそれらを治すことを考えるべきです。

 同時にすべきことは「規則正しい生活」です。毎日同じ時間に起きて、できるだけ同じ時間に就寝する、これを徹底するだけで頭痛の頻度が大きく減少する人は少なくありません。そして「治療」です。治療には症状が生じたときに飲む薬のみならず、頻度の多い人は予防薬を上手に使うことが大切になってきます。

注1:過去の「医療ニュース」で取り上げたことがあります。

医療ニュース2017年2月10日「片頭痛があると術後脳卒中のリスク上昇か」

注2:この論文のタイトルは「Migraine and risk of cardiovascular diseases: Danish population based matched cohort study」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/360/bmj.k96

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2018年2月26日 月曜日

2018年2月25日 ペットは精神状態を癒してくれる

 ペットと一緒にいると心が癒される、というのは多くの人が感じていることです。そして、これは科学的にも正しいようです。

 英国リバプール大学が、ペットと飼い主の精神状況の関係についてこれまでに公表された合計17の研究を総合的に解析し(これを「メタアナリシス」と呼びます)、結果を医学誌『BMC Psychiatry』2018年2月5日号(オンライン版)(注1)に発表しました。

 ペットの肯定的な側面と否定的な側面についてそれぞれ考察されています。肯定的な面としては、「つながり」(connectivity)が強くなり、飼い主の精神状態がいくつもの方法で(multifaceted ways)安定することが分かり、特に「危機的な状況」(crisis)になったときにペットは強い味方となってくれるようです。

 一方、否定的な面として、ペットを飼うことの実際的または精神的な「負担」(burden)が挙げられています。また、ペットを失くしたときの心理的ダメージも指摘されています。

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 論文では、研究者らは「さらなる調査が必要」としていますが、この研究は特に真新しい発見があるわけではなく、ほとんどの人が同意することでしょう。先日は「犬を飼えば長生きできる」という研究結果を報告しました。我々は、犬や猫と共に過ごすことが‶自然”なのかもしれません。ただし、一方で、ペットからうつる感染症や「権勢症候群」といった少しやっかいな問題があることもお忘れなく。

注1:この論文のタイトルは「The power of support from companion animals for people living with mental health problems: a systematic review and narrative synthesis of the evidence」で、下記URLで全文を読むことができます。

https://bmcpsychiatry.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12888-018-1613-2

また、医師向けのポータルサイト「Physician’s Briefing」でも紹介されています。

http://www.physiciansbriefing.com/Article.asp?AID=731112

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2018年2月18日 日曜日

第174回(2018年2月) トキソプラズマ・前編~猫と妊娠とエイズ~

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のような総合診療のクリニックでは妊婦さんからの相談をよく受けます。妊娠に関することは産科医に相談してもらいますが、妊娠中に風邪をひいた、湿疹ができた、頭痛が悪化した、などの場合は谷口医院を受診されます。妊娠前から通院していた人のみならず、妊娠してから谷口医院をかかりつけ医にする人もいます。

 そんな妊婦さんからの質問で、以前からしばしばある誤解の多いものが「妊娠中にネコと過ごすのは良くないのですか?」というものです。そして、妊娠中のネコとの付き合い方やその他の注意点については妊婦さんのコミュニティのなかでも混乱があるようです。それはトキソプラズマという寄生虫に対する誤解があるからです。まずはトキソプラズマ全般のことから述べていきます。

 トキソプラズマに感染すると一生体内から消えません、と伝えると多くの患者さんは驚きますがこれは事実です。ヘルペスウイルスやEBウイルスのようなウイルスなら生涯体内に潜むのはなんとなくイメージできるものの、トキソプラズマは寄生虫だから、そんな”虫”がずっと体内に居座っているなんて気持ち悪いし信じられない、と感じる人が多いようです。

 しかし、トキソプラズマがいったん感染すると生涯我々と共に暮らすことになるのは歴然とした事実で、世界の人口のおよそ3分の1が感染していると言われています。では日本人の陽性率はどれくらいかというと、これがきちんとした調査がなく実態はわかりません。一部の自治体では妊婦健診に取り入れられていて、およそ妊婦さんの1割が陽性と言われています。極端な男女差があるとも思えませんし、そういった報告も聞きませんから、男性もこれくらいの陽性率だと考えるべきでしょう。

 ではどのような人がトキソプラズマに感染しやすいのでしょうか。「ネコを飼っている人」と答える人が多く、これは間違いではありませんが、実際に多い感染経路はネコと過ごすことよりもむしろ、生肉の摂取や屋外・野外での作業です。ネコの飼育については後で話すとして、まずはより現実的な話をしましょう。

 牛でも豚でも鶏でも、あるいは鹿や猪でも、肉を生やタタキで食べるとトキソプラズマに感染するリスクがあります。肉の生食で生じる食中毒としては、カンピロバクター、サルモネラ、無鉤条虫、E型肝炎といったところが有名かと思いますが、トキソプラズマも忘れてはならない感染症です。肉の生食は「日本食の文化」という声もありますが危険を孕んでいることを忘れてはなりません。トキソプラズマの場合、生ハム、燻製肉、乾燥肉、塩漬肉などにも注意が必要ですし、滅菌が充分でないヒツジのミルクの危険性も指摘されています。

 屋外の作業で感染するのはネコの糞が口に入るからです。そんなものには触らないし万一触れても口に入ることなどないと考える人もいますが、野生のネコの糞(が散らばったもの)は屋外のあらゆるところ、例えば土や水にも存在すると考えなければなりません。そして、それが手に触れて食べ物に付着して…、ということが実際にあるわけです。ですから、きれいな庭先でガーデニングをしていて感染、ということはあり得ます。これを防ぐには手袋をいつも装着するようにします。
 
 しかし手袋のみですべて防げるわけではありません。屋外に散らばったトキソプラズマが野菜や果物に付着することがあります。ということは、生野菜やフルーツを食べるときにはよく洗わないと感染の可能性がでてくることになります。

 では感染するとどのような症状が出るかというと、ほとんどは不顕性(つまりまったく無症状)と言われていますが、数パーセントに頸部リンパ節炎が生じるという報告もあります。さらに頭痛、発熱、倦怠感が続き、血液検査で異型リンパ球という特殊な白血球が出てくることがあり、見かけ上、急性HIV感染症や、EBウイルスによる伝染性単核球症(いわゆる「キス病」)と区別がつかないこともあります。

 しかしこういった症状は通常は数か月で自然に消失します。ですから、微熱や倦怠感などいろいろと症状が出て長引いて結局原因は分からなかったけれど最終的には治癒した、というエピソードがあったとすればそれはトキソプラズマによるものかもしれません。ただし、一部の人は治癒せずに、肺炎、脳炎、筋炎などを起こすことがあります。トキソプラズマ脳炎は免疫能が低下すると生じますからエイズの合併症として有名ですが、時に免疫正常者でも起こり得るのです。また、後で述べるように、妊娠中に感染すると生まれてくる赤ちゃんに奇形が生じる可能性があります。

 ところで、私がタイのエイズホスピスで本格的にボランティアをしていたのは今から14年前の2004年です。そのときはまだ抗HIV薬が充分に使われておらず、死に至ることが日常的でした。進行すると、脳にも様々な合併症が起こります。その原因はいくつもあり、トキソプラズマ脳炎もそのひとつです。

 このエイズ施設では、重症病棟にもイヌのみならずネコも出入りしていましたからトキソプラズマはいつ発生してもおかしくありません。ただし、エイズ患者にトキソプラズマ脳炎が発症するのは、初感染での可能性もあるでしょうが、むしろ過去に感染して体内でおとなしくしていたトキソプラズマが増殖しだすことの方が多いと考えられます。何しろ世界の人口の3分の1がこの寄生虫を体内に”飼育”しているわけです。

 トキソプラズマのことはいったん置いておくとしても、重症病棟にイヌやネコがいるのはおかしいではないか、と我々日本人は思いますが、そこはタイ。さらに抗HIV薬が使えないとなると、あとは「死へのモラトリアム」となるわけですから、患者さん自身が気にしないというか、むしろ動物と過ごす時間を貴重なものと考えていたのです。ですが、感染予防上好ましくないのは自明ですから、施設に強く抗議をした西洋人もいました。しかし、郷に入っては郷に従え、という言葉があるように、施設側は「自国の価値観を押し付けるな」という対応でした。結局、強く抗議をした西洋人の何人かは施設を追い出されました。

 話を戻します。脳の症状というのは、意識障害、片麻痺(右か左のどちらかの上肢、下肢が動かない)、歩行時にフラフラする、話せない、飲み込めない、物が二重に見える、認知力が低下する、人格が変わる、など様々です。エイズを発症している状態になると、いろんな原因でこういった症状が起こりますから、「これはトキソプラズマが原因に違いない」と推測できることはまずありません。他に、例えば、エイズの合併症として有名なサイトメガロウイルスやクリプトコッカスでもありえますし、結核も鑑別に入れなければなりませんし、進行性多巣性白質脳症という感染症に起因するものもあります。また、HIVが進行すると悪性リンパ腫を起こしやすくなり、脳に起こることもあります。さらにHIV脳症と呼ばれるHIV自体が脳を破壊する病状もあります。これらのいずれでも様々な脳の症状が出てきます。

 当時はちょうど抗HIV薬が無料で入手できつつあったときで、元気のなかった患者さんに使用しだすと、パワーがみなぎってきて食欲が出てくることもありました。ですが、脳に関する症状が出現している場合は、元の姿に戻ることはほとんど望めません。この施設でボランティアをしていたのは医療者だけではありませんでした。性格が狂暴になったり、認知症が進行したり、あるいは夜間に徘徊する患者さんに対するケアというのは本当に困難です。日本の高齢者の施設でも認知症の人は大勢いますが、当時のタイのその施設ではまだ20代の男女がこういった症状を呈していたのです。

 タイのエイズの話になると、ついつい懐かしくなり、述べる予定のなかったことを書いてしまいました。冒頭で言及したように、妊婦さんの話をすることが今回の目的でした。次回は、妊娠を考えたとき、あるいは妊娠しているときにネコとどのように過ごすべきか、そして検査はどのタイミングで受けるべきかについて話していきます。

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2018年2月18日 日曜日

第181回(2018年2月) 英語勉強法・続編~有益医療情報の無料入手法~

 このサイトではいろんな話題を取り上げていますが、英語の勉強については興味を持っている人が多いのか、コラムを書くと問い合わせが増えます。前回の「私の英語勉強法」についても、「早速、NHKの『ニュースで英会話』の会員登録をしました」というメールも届きました。

 そこで今回は英語勉強の応用編として、医学情報を入手する方法について述べたいと思います。なぜこのような話をするかというと、医学情報は日本語より英語で入手する方が断然「正確で新しい」からです。そして、英語の文献を読むことは、世間で考えられているよりも簡単であることを伝えたいからです。しかも後で詳しく述べるように、日本語では有料の同じ記事が英語なら無料で読めます。

 我々医師は日々世界中の論文を検索し新しい情報の収集に努めています。日本語のサイトを使った情報収集も一応はしますが、はっきり言うと日本語のものは良質なものが少なくあまり役に立ちません。医師向けのポータルサイトはそれなりに参考にはなりますが、内容・量とも不十分です。それに、一般の人は医師向けのサイトにアクセスすることができません。

 おそらく一般の人が医学情報を入手したいときは、グーグルやヤフーで日本語のキーワード検索をすることが多いのではないでしょうか。この方法には2つの「欠点」があります。ひとつは正確な情報が検索上位に上がってくるとは限らない、ということです。DeNA(ディー・エヌ・エー)が運営する医療系サイト「WELQ(ウェルク)」のいい加減さが問題となり廃止に追い込まれたのはまだ記憶に新しい2016年11月です。その後グーグルやヤフーは検索ランキングのアルゴリズムを修正し、有用なサイトが上位に表示されるよう工夫をしています。がんについては、2018年1月に国立がん研究センターとヤフーが連携し、検索上位に同センターの「がん情報サービス」の内容が表示されるようになりました。

 ですが、これでがんに関する有益な情報のすべてが得られるわけではありませんし、広告代を払っているサイトは今も上位に表示されます。また、がん以外の疾患については依然”質の悪い”サイトが出てくるようです。いかがわしい民間療法やサプリメントが上位に現れ、ガイドラインを重視した標準治療に関するものが必ずしも表示されるとは限りません。

 グーグルやヤフーで医療情報を検索するときのもうひとつの欠点は、正確な情報が書いてあるサイトにたどり着いたとしても、日本語だと情報量が少なく必ずしも新しくないということです。ですから、日本語のサイトをみるときにはちょっとした「コツ」がいります。そのコツとは、まず誰が書いているか、そしていつ書かれたものかを確認することです。さらに、その書いた人に連絡が取れるようになっていれば良質なサイトと言えます。医学の情報はどんどん更新されていきますから一昔前の情報だと、そのときは正しかったとしても現在は必ずしも有用とは限らないからです。また、これは私見ですが、ネット上に文章を公開する以上、執筆者は内容の責任をとる義務があると思います。というわけで、執筆者も執筆時期も分からないサイトについては参考にする程度にとどめておくのが無難です。

 さて、英語のサイトについてです。まず、日本の大手メディアと比べると、例えば、Reuter、BBC、CNNといった世界を代表するメディアの情報は新しく正確で参考になります。一部の医療者は、一流の医学誌に掲載された論文でないこういった一般のメディアは不正確と言いますが、そういう人たちも日本のメディアよりは遥かにグレードが高いことは認めています。

 私自身は毎日新聞の医療サイト「医療プレミア」に連載をもっていますから、私の立場で日本のメディアを批判するのは失礼というか非常識かもしれませんが、日本のメディアが欧米(特に米国と英国)のものより劣るのは事実です。それに、医療プレミアは内容が良質であったとしても「有料」であり、ここは欠点だと思います(ただし、月に5本程度は無料の登録だけでも読めるようです)。

 私自身が現在最も有用だと考えていてほぼ毎日閲覧しているのは「Physician’s Briefing」という医師向けのサイトです。これは、編集者が世界中の論文を検索し、良質なものをまとめて読みやすい記事にしてくれています。さらに原論文にもリンクが張られているために詳しく知りたければそちらを参照することもできます。

 このサイトは医師向けですが、同じ会社が運営している別のサイトに一般向けの「Health Day」というサイトがあり、これが非常に優れています。上記の医師用のサイトよりも(当たり前ですが)分かりやすい表現で文章が書かれていて、取り上げている論文が世間の関心を引きそうなものばかりなのです。例を挙げましょう。

 2018年1月19日、同サイトは「Flu May Be Spread By Just Breathing」(インフルエンザは呼吸するだけで感染する)というタイトルの記事を発表しました。そして、遅れること2週間の2月2日、この記事の日本語訳が「医療プレミア」に掲載されました。また、いくつかの他の日本語サイトでも同じものがやはり2週間遅れで掲載されました。それらのほとんどは医師しかログインできないサイトです(注1)。

 調べてみると、「Health Day」は日本語版もあるものの、記事をクリックすると「『ヘルスデーニュース』記事の使用は、有料でのご契約企業様のみとなっております」と表示されます。おそらく毎日新聞やその他の医療系サイトは日本語版の記事をこのサイトから「購入」して自社のサイトに掲載しているものと思われます。

 私がこの会社のビジネスに文句を言う資格はありませんが、ちょっとひどくないでしょうか。英語なら無料で読める記事の日本語版は、同社の日本語版サイトで入手できるのは「ご契約企業様」のみ、その「ご契約企業様」のサイトで記事を読もうと思うと2週間遅れ、しかも有料、もしくは医師しかログインできないのです。ちなみに「Health Day」のスペイン語版サイトは無料で読むことができます。

 最近の流行りの言葉に「健康格差」というものがあります。高学歴・高収入の者が健康で長生きできることを指したものです。最新の医学情報が入手できればそれだけで長生きできるわけではありませんが、日々発展していく医学では次々と新しい知見が生まれ、少し前まで正しいとされていたことが否定されるということも珍しくありません。

 もちろん重要な情報のなかには、日本語でも遅れてなら入手できるものもあるわけですが、日本語のものだと編集者や翻訳者の”手垢”がついていますし、あなたにとって重要なものが取り上げられるとは限りません。繰り返しますが、日本語の医療情報サイトは、いい加減なものが多く、過去に紹介したコクラン共同計画や医療プレミアなどの良質なサイトも、量が満足できるものではありません。

 ならば「Health Day」のオリジナル版(英語版)を各自が読めばいいのです。おそらくこれを読む人口が増えると、自分の訳をブログなどに公開する人も出てくるのではないでしょうか。そこで、適切な訳について意見を交わせるようになると英語の知識もアップして医学情報にも詳しくなれます。

 こんなことが無料でできるわけですから、英語に興味を持てば健康で長生きできて人生を楽しめる、とまで言えば言い過ぎでしょうか…。

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注1:「糖尿病ネットワーク」では「Health Day」の日本語の記事が無料で誰でも読むことができます。ただし、取り上げられているのは生活習慣病関連の記事だけであり、しかも英語版(オリジナル版)に比べると情報量が少なすぎるように感じられます。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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