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2026年6月9日 火曜日
第274回(2026年6月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(後編)
2000年代になって登場したトリプタン製剤は片頭痛の治療の歴史を変えました。NSAIDs(前回述べたように、イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなどが代表)が無効な激しい頭痛にも非常によく効くトリプタン製剤で救われた患者さんは日本にも何万人あるいは何十万人といるはずです。
しかしトリプタン製剤が有効であったとしても、頭痛の頻度が多ければ、例えば毎日のように起こるタイプの頭痛であれば恩恵にあずかれるのは限定的となります。そういう場合に役立つのが「予防薬」です。
予防薬が正式に登場したのはイミグラン注射剤が発売されるよりも前の1999年でした。その予防薬の商品名は「ミグシス」、一般名を「ロメリジン」と呼びます(尚、かつては「テラナス」という名前のものもありましたが現在は「ミグシス」のみが販売されています)。ミグシスは1回1錠、1日2回を毎日続けて飲みます。毎日飲むことによって片頭痛を起こりにくくするのです。
ミグシスの利点は、まず(私の経験でいえば)副作用がほとんど起こりません。そして安い(3割負担で1錠4円未満です)。では欠点はなにか。私の経験でいえば、決して万人に効くわけではなく、せいぜい3割程度です。また「効いた」という人も、痛みが完全に取れるわけではなく、少しましになったという程度です。しかし、それでも頭痛発生時にはまったく動けなくなるという人がミグシスのおかげで痛いながらも生活を続けられるようになるのであればこれはありがたい薬です。
ミグシス以外には「デパケン(バルプロ酸)」(2010年登場)と「インデラル(プロプラノロール)」(2012年登場)もよく用います。デパケンはもともとてんかんの薬、インデラルは高血圧や頻脈の薬ですが、両者とも片頭痛の予防効果も期待できます。これらとミグシスの3種を同時に飲んでもらうことはありませんが、当院ではデパケン+ミグシス、デパケン+インデラルなど3種のうち2種を組み合わせることもあります。これら3種の優劣を比較した研究はみたことがありませんが、谷口医院の印象でいえばデパケンが最もよく効いて、次いでインデラル、ミグシスと続きます。
これら以外に有名な片頭痛の予防薬は(後述するCGRP関連薬を除けば)、トリプタノール(一般名はアミトリプチリン)という抗うつ薬、トピナ(一般名はトピラマート)という抗てんかん薬も有名ですが、当院では処方していません。そもそもこれらはガイドラインでは紹介されていますが、トリプタノールは抗コリン薬であり長期使用には問題がありますし、トピナには保険適用がありません。
ここまでをまとめると、「片頭痛の重症例には2000年代に登場したトリプタン製剤が奏功し、高頻度発症例にはミグシスに加え、2010年代に使えるようになったデパケン、インデラルのおかげである程度は対処できるようになった」となります。残る問題は「では、これらの予防薬が効かない場合はどうすればいいか」です。
ブレイクスルーが起こったのは、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年でした。「エムガルティ(一般名:ガルカネズマブ)」「アジョビ(一般名:フレマネズマブ)」「アイモビーグ(一般名:エレヌマブ)」という3種の画期的な注射薬が立て続けに発売されたのです。これらの総称はCGRP関連薬と呼ばれるいわゆる「抗体医薬」で、2021年のコラム「抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?」ですでに紹介しました。そのときにも触れたように、これらの薬剤の最大の欠点は費用です。3割負担で月に13,000円ほどかかるのです。注射の頻度は月に一度、または3か月に一度です。
最近はオゼンピック、あるいはマンジャロといったやせ薬(GLP-1受容体作動薬)の普及で自己注射が随分と一般化しましたが、それでも注射薬に対して抵抗がある人は今も少なくありません。そんななか、ついに登場したのが「CGRP関連薬の飲み薬」で、別名「ゲパント薬」です。分子生物学的な説明はおもしろくないと思いますが、少しだけ紹介しておきましょう。
上述の2021年のコラムでも述べたように、頭痛が起こる仕組みとして次のようなメカニズムが考えられています。
・三叉神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出する
↓
・CGRPが脳内の血管の壁の細胞に取り込まれる
↓
・血管が拡張する
↓
・血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが脳内の神経に「炎症」を起こす
↓
・頭痛が起こる
抗体薬のうち、エムガルティとアジョビはCGRPを直接捉え血管に近づかないようにします。アイモビーグは血管の表面に存在する「CGRP受容体」にくっついて、CGRPが血管内に入り込めないようにします。
飲み薬のゲパント薬はアイモビーグに少し似ています。CGRP受容体にCGRPがくっつかないようにするからです。アイモビーグがCGRP受容体の”全体”を覆うのに対し、ゲパント薬はCGRP受容体の一部に入り込んで、CGRPが侵入できないようにするのです。
内服薬は注射薬よりも格段に使用のハードルが下がります。残るは「費用」です。現在日本で処方できるゲパント薬は2種類あります。
#1 ナルティーク(一般名:リメゲパント):2日に1錠飲むタイプの予防薬。頭痛発症時にトリプタン製剤のように内服することも可能。薬価は1錠2,923.2円(3割負担で1錠877円、予防で使えば1月あたり877円x15日=13,154円)
#2 アクイプタ(一般名:アトゲパント):1日1回内服するタイプの予防薬。薬価1,461.6円(3割負担で1錠438円、月13,154円)
医薬品の価格設定には「談合」はないと思いますが、薬価を決める厚労省が似たような薬は似たような価格に設定します。これら2種のゲパント薬もピタリと金額が一致します。こうなると、「2日に1錠」と「毎日1錠」のどちらが飲みやすいか、という対決になるのかもしれません。
おそらく日本の片頭痛の治療の歴史において2026年は重要な年として記録されるでしょう。こうやって振り返ると、2000年代に画期的な治療薬のトリプタン薬が登場し、2010年代にいくつかの薬が予防薬として処方できるようになったけれど万人に効くわけではなかった、2021年に注射薬のCGRP関連薬が登場したが普及はさほど進まなかった、そして2026年ついに内服ゲパント薬が登場し従来の予防薬で効かなかった重度の片頭痛にも期待できるようになった、となります。次の転換点は内服ゲパント薬の後発品が登場する2030年代後半でしょうか。ですが、それを待つまでに内服ゲパント薬は普及していくのではないかと私はみています。片頭痛の苦痛には耐えがたいものがあります。
最後に月並みでおもしろくないけれど最重要事項を。過去20年にわたり片頭痛を診てきた私の経験上、最も大切なのは「規則正しい生活」です。若い人にこのようなことを助言するのはちょっと心苦しいのですが、「休日も含めて毎日同じ時間に起きて、昼寝をしない(しても10分以内)。睡眠時間は短すぎても長すぎてもNG」が大切です。
参考:片頭痛に伴うことが多い「閃輝暗点(Scintillating scotoma ≒ Teichopsia ≒ visual aura)」
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2026年6月7日 日曜日
2026年6月7日 カルシウム、ビタミンDのサプリメントでは骨折が防げない
「骨を丈夫にするために」あるいは「骨粗鬆症を防ぐために」という目的でカルシウムのサプリメントやビタミンDのサプリメント、あるいはその双方を摂取している人がいますが、これらはほとんど意味がありません。
このことが広く知れ渡るようになったのは2017年、USPSTF(U.S. Preventive Services Task Force=米国予防医療作業部会)の報告です。本ウェブサイトでも医療ニュース「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」で紹介しました。
しかし、日本では相変わらず骨折や骨粗鬆症の予防目的でカルシウムやビタミンDのサプリメントを摂っている人が少なくありません。また、医療機関でも処方されていることがあります。日本人には健康に対する意識が高い人が少なくありませんが、不思議なことに、骨に関しては関心を払う人があまり多いように思えません。これを危惧して2023年に書いたコラムが「なぜ『骨』への関心は低いのか」です。
このように、カルシウムやビタミンDのサプリメントは骨折を防げず骨粗鬆症を予防しないことが分かっているのになぜ人は続けて摂取し続けるのでしょうか。今回紹介する論文もまた、カルシウムやビタミンDのサプリメントが骨折予防目的で大量消費されることに疑問を抱いた学者によって書かれたものです。論文は医学誌「BMJ」2026年5月20日号に掲載された「骨折および転倒予防のためのカルシウム、ビタミンD、またはこれらの併用サプリメントの効果:系統的レビューとメタアナリシス(Calcium, vitamin D, or combined supplementation to prevent fractures and falls: systematic review and meta-analysis)」です。
この論文の構成はメタアナリシスです。つまり過去に公表された研究を総合的に解析したものです。解析した合計の対象者は153,902人で、過去の69件の調査研究が含まれています。全体の年齢中央値は71.2歳です。結果、これらのサプリメントは(カルシウム、ビタミンD単独も、併用も)骨折の予防にまったくまたはほとんど効果がありませんでした(little to no benefits )。
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ではサプリメントにまったく意味がないかというとそういうわけではありません。ビタミンDについてはそもそもサプリメントなしで正常範囲を示している人がほとんどいません(当院での調査では99%以上の人が不足しています)。ですから(カルシウムはともかく)ビタミンDのサプリメントはほとんどの人が摂取すべきです。
しかし、骨折や骨粗鬆症がそれで防げるわけではありません。ではこれらの予防には何をすればいいのか。それは「運動」です。歩いたり走ったりするいわゆる有酸素運動ではなく、ワークアウト(いわゆる「筋トレ」)が必要です。しかし、口でいうほど簡単ではなく、日本人はどうもワークアウトが苦手なようです。谷口医院の患者さんでいえば外国人(特に西洋人)はなんらかのかたちでワークアウトに取り組んでいる人が多いような印象があります。
ここは外国人を見倣うべきだと思います。
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2026年6月7日 日曜日
2026年6月 なぜ総合診療医を目指す若手医師が少ないのか
去る2026年5月29日から31日、第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術学会が京都で開催されました。学会に参加すると人がごった返していますから、「プライマリ・ケア(総合診療)って盛り上がっているのかな?」と錯覚しそうになりますが、この学会は他の学会と比べれば決して大きいわけではなく、むしろかなり小さい方で医学界全体からみればとてもマイナーな領域です。
ここ数年、総合診療という言葉が少しずつ社会に浸透しているような気がしないでもありませんが、医師の立場からみればまだまだ小規模です。本当はもっと注目されていいはずですし、私自身はかつてタイでお世話になった欧米の総合診療医らが今も自分のロールモデルですから、日本の若い医師にも総合診療医になることを勧めたいのですが、最近は諦めモードに入ってきています。
今回は日本の総合診療の歴史を簡単に振り返り、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのか、そして、なぜ総合診療医の私自身が総合診療医が増えることを諦めるようになったのかを述べてみたいと思います。
日本の総合診療の歴史は2010年のコラムでも簡単に紹介しました。まとめると次のようになります。
・日本にはもともと「日本プライマリ・ケア学会」「日本家庭医療学会」「日本総合診療医学会」という似ているようで似ていない3つの学会があった
・2010年にこれら3つの学会が合併して「日本プライマリ・ケア連合学会」が誕生した
・合併にはひと悶着あった。病院で総合診療を担う医師たちが日本プライマリ・ケア連合学会が創立されるのとほぼ同時期に「日本病院総合診療医学会」を設立し、日本プライマリ・ケア連合学会と一定の距離をとることになった
次に、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのかを考えてみましょう。実は2000年代に総合診療が少し盛り上がりを見せたことがあり、過去のコラムでも触れたように、大学病院の総合診療科を描いたテレビドラマ『GM~踊れドクター』も登場したのですが、すでにこの頃には、それは日本プライマリ・ケア連合学会が誕生した頃でもあるのですが、総合診療に対し「冷めたムード」も漂っていました。
2009年のコラムでも紹介したように、実は2000年代の半ば頃から、誕生して間もない大学の総合診療科の医局が次々と廃止されていきました。続編のコラムで、メディアが報じた総合診療科の医局が廃止される5つの理由を紹介しました。ここでもう一度取り上げてみましょう。
#1 利用度が上がらなかった
#2 専門の診療科の方が患者に人気がある
#3 総合診療を担当する医師が少ない
#4 総合診療は時間がかかる割には、手術や高額な検査を行わず、経営側から見れば不採算部門
#5 臓器別の専門診療科よりも地位が低く見られがちなことも、医師側に不人気
そのコラムでも述べたように、大学病院の総合診療科に患者が集まらないのは当然です。なぜなら大学病院は他の医療機関から紹介されて受診するところであり、稀な疾患や難治性が高い疾患、あるいは重症性が高いケースが集まるところだからです。いわば大学病院の役割は総合診療とは対極の位置にあるわけです。
そもそもあらゆる疾患のほとんど(私の肌感覚でいえば9割以上)は総合診療医で治療できます。谷口医院を初診で受診するケースでも、大きな病院や臓器別専門医を紹介するのは5%未満です。それ以外はほぼ全科領域で谷口医院だけで治療できます。もちろん複雑な事例で患者さんが希望すれば希望先に紹介しますが、その場合でもたいていはまた戻ってくることになります。
ということは、本来であれば最も割合の多い領域が総合診療でなければなりません。実際、欧米諸国では全医師における総合診療医の割合が3割以上、なかには5割を超える国(ポルトガルやアイルランド)もあります。
一方、日本では総合診療を専攻する研修医は毎年200人から300人程度(2025年度には300人と過去最高を記録しましたが2026年度に286人に減少)、全研修医(年間約9千人)に占める割合はせいぜい3%程度です。
日本プライマリ・ケア連合学会が設立された2010年の時点では、「今はまだ少ないけれど、これから総合診療を専攻する若い医師が増えていくだろう」と楽観視する意見もありました。しかし、それから15年以上が経過した現在、実態はほとんど変わっていません。
では、なぜ総合診療は若手医師から人気がないのか。その答えは実は2009年にはすでにはっきりと出ていました。上述した「総合診療科の医局が廃止される5つの理由」の#4と#5がその答えです。#1、#2、#3は上述したように大学病院の「特殊性」が原因です。他方、#4と#5は「日本の総合診療の本質」を物語っています。2つを少し詳しくみてみましょう。
#4は、要するに「総合診療は儲からない」と言っているわけで、実際そのとおりです。患者側からみれば総合診療医には健康に関するありとあらゆることを相談できますから、当然診察時間は長くなります。そして、総合診療の分野では他の領域に比べて「検査や薬は最小限」を原則とします。現在の日本の医療にはほとんど価値のない検査や薬、さらに有害なものすらあります。総合診療では患者にとって有益な診療だけをおこないますから医療機関の利益は下がります。
#5について、2009年の時点では私は「総合診療医がなぜ下なのか分からない。そもそも上も下もない」とする私見を述べました。2026年の今思うのは「若い医師にとって、他科に比べると(若者の言葉を使えば)コスパもタイパも悪い総合診療には魅力がない」ということです。
総合診療は泥臭い分野です。問診には相当の時間がかかりますし、ある程度のコミュニケーション能力が問われます。日々の勉強にもかなりの時間を費やさねばなりません。「総合診療」という臓器があるわけではなく全科に及びますから、読まねばならない新しい教科書や論文の量は膨大なものになります。つまり、ひとりひとりの診察に長時間とられ、ひとりひとりの問題を解決するために多量の文献を読み込み、さらに日頃の勉強を続けなければなりません。このような生活に意義を見出せるかどうか。おそらくその実態を考えると総合診療に魅力を見いだせないのでしょう。
日経メディカルによると、若手医師が定時に帰ることに賛成する医師が過半数を超えるとか。例えば、もしも私が研修医の頃から、今もずっと定時で帰る習慣を維持していたとすれば、そして帰宅後は教科書や論文を読まなかったとすれば、私の臨床能力は現在の20分の1にも満たないでしょう。しかし、医師がどのように過ごすかに関係なく、患者さんは病気になり不安を抱えます。人間の身体や精神は複雑で、医学部の授業で習ったことなど現実にはほとんど役立ちません。ならばひたすら経験を積み、先輩医師から学び、文献を読み込み、努力を重ねていくしかありません。まして総合診療医は全臓器を診るのです。
昨今の社会情勢や若者の心理を考えると、総合診療医を目指す若者が少ないことにも頷けるような気がします。
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2026年5月28日 木曜日
2026年5月28日 長時間の家庭内介護で認知機能が低下
衝撃的な論文が発表されました。「長時間の家庭内介護で認知機能が低下する」というのです。論文は、今月(2026年5月)に医学誌「Age and Ageing」に公開された「高齢期における介護者になることと認知機能の変化との関連性:英国高齢者縦断研究の結果(Association between becoming a carer in later life and changes in the trajectory of cognitive function: results from the English longitudinal study of ageing)」です。研究を実施したのはUCL(University College London)です。
調査の対象者は介護を担っている2,765人(平均年齢60歳、56%が女性)で、介護をしていない同人数が比較されました。
結論は次の通りです。
#1 介護をおこなっていない人に比べて、「週5~9時間程度の介護」、「同居しない家族の介護」、「親か義理の親の介護」をしている人は認知機能低下がゆるやか
#2 介護をおこなっていない人に比べて、「週50時間以上の介護」、「同居する家族の介護」、「パートナー/配偶者の介護」をしている人は認知機能低下が速い
#3 介護による認知機能の低下は「記憶力(memory)」よりも「実行機能(executive function)」で顕著
#4 3年以上介護をおこなっている人は記憶力の低下速度が遅い
#5 介護の負担が限度を超えると、孤独感や睡眠障害が生じ、認知機能への悪影響がさらに悪化する
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この研究では「認知機能」を「実行機能」と「記憶力」に分けています。介護で低下しやすいのは「実行機能」の方でした。「実行機能」とは、複雑な意思決定、問題解決、コミュニケーションなどです。介護に要求されるのはまさにそういった能力です。
通常、能力の原則は「use it or lose it」、つまり「使わなければ失う」で、実行機能についても実践すれば能力を失わないはずです。ということは、介護時間が適度であればこの原則は当てはまるけれども、50時間を超える介護ではこの原則に反する、ということになります。「適度な介護は認知力のなかの特に実行機能の維持に有効だけれど、限度を超えると逆効果」というわけです。
英国の介護者を支援する慈善団体「Carers UK」の2025年の調査によると、介護者の42%が介護によって身体的健康が損なわれていると考えています。そして、74%がストレスや不安を感じ、40%がうつ状態にあると回答しています。
英国では家族を介護する人が急増しているようです。ロンドンの慈善団体IPPR(Institute for Public Policy Research)によると、英国では週に35時間以上介護をおこなう成人の割合は、2003/04年の110万人から、2023/24年の190万人へと70%以上増加しています。
介護問題は日本でも深刻です。厚生労働省によると、2000年度から2021年度にかけて要介護認定者は約2.7倍に増加しています。家族介護者も増えていて、総務省の2024年の報告によると、日本全国で約653万人、国民のおよそ20人に1人に相当します。
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2026年5月24日 日曜日
2026年5月24日 ω3サプリメントの過剰摂取で認知症のリスクが上昇
中性脂肪を低下させ、心血管疾患のリスクを減少させると広く信じられているω3サプリメントは日本を含め世界中で人気があります。ω3は通常、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)のいずれか、または双方を指します。サプリメントのみならず、日本ではエパデール(一般名:イコサペント酸エチル)、ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル)という名称で医薬品としても存在します。エパデールはEPA単剤、ロトリガはEPA+DHAの合剤です。
サプリメントとしても広く流通していることから、ω3といえば「安全で副作用はない」と広く信じられています。ですが、最近驚くべき調査結果が公表されました。なんとω3の長期摂取で認知症のリスクが上昇するというのです。
その調査結果は、医学誌「The Journal of Prevention of Alzheimer’s Disease」2026年6月号に掲載された論文「高齢者におけるω3サプリメント摂取と認知機能低下との関連性(The association between omega-3 supplementation and cognitive decline in older adults)」です。
研究の対象者は、ANDI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative=アルツハイマー病神経画像イニシアチブ)と呼ばれるデータベースに登録された55歳以上の819人で、ほとんどは米国とカナダの白人です。ADNIは、アルツハイマー病の予防と治療の改善を目的とした多施設共同臨床試験であり、患者データは世界中の研究者と自由に共有されています(つまり客観性が担保されたデータベースです)。
819名のうち、273名はω3サプリメントを長期にわたり摂取していて、残りの546名はサプリメントを摂取していない対照群です。平均追跡期間は5年間です。
総合的な認知機能評価には、ミニメンタルステート検査(MMSE)、アルツハイマー病評価尺度認知機能サブスケール13(ADAS-Cog13)、臨床認知症評価尺度合計スコア(CDR-SB)といった標準化された3つのツールが使われました。さらに、脳の構造と代謝を調べるための脳画像検査による評価も加えられました。
結果、3つの認知機能評価尺度の統計結果はすべて同じ結果を示しており、ω3サプリメントを長期にわたり摂取した人は、認知機能の低下速度が有意に速いことが示されました。解析にはApoE遺伝子などの遺伝的要因は取り除かれています(リスク遺伝子の保有率は両群でほぼ同等でした)。
興味深いことに、認知症を発症した参加者に、アルツハイマー病の指標であるアミロイドプラークやタウタンパク質の増加は認められませんでした。認められたのは「グルコース代謝の低下」でした。
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「グルコース代謝の低下」とは、脳細胞(特にニューロンとシナプス)がグルコースを取り込んで消費する能力が落ちている状態を指します。脳細胞のエネルギー源の大半はグルコースですから、グルコース代謝が低下すれば当然認知能力は低下することになります。
この論文では、「ω3サプリメントの長期摂取が認知機能を低下させる」ことが示されていますが、「どれくらいの量を摂取すれば低下するか」については書かれていません。そこで他の論文をあたってみました。
2025年の「Scientific Reports」に掲載された「ω3の補給が認知機能に及ぼす影響に関する系統的レビューおよび用量反応メタ分析(A systematic review and dose response meta analysis of Omega 3 supplementation on cognitive function)」をみてみると、ω3サプリメントは「低用量であれば認知機能に有益かもしれないが、1日あたり1,500mgを超えるとその効果が逆転する可能性がある」と示されています。
この結果には驚かされます。なぜなら冒頭で紹介した医薬品のω3の添付文書上の摂取量は、次のように優に1,500mgを超えているからです。
・エパデール(イコサペント酸エチル):1日あたり1,800~2,700mg
・ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル):1日あたり2,000~4,000mg
今回紹介した2つの論文が正しいとすれば、日々のω3サプリメント摂取及びエパデールやロトリガといった医薬品の服用は認知症のリスクということになります。
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2026年5月21日 木曜日
第273回(2026年5月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(前編)
片頭痛の治療の新しい時代が始まった、と言えるかもしれません。歴史に残るような画期的な薬が発売されたからです。その新しい薬の総称は「ゲパント薬」と言います。今回はまず「片頭痛の治療の歴史」を振り返り、それぞれの薬の特徴と欠点を確認していきたいと思います。
私が医学部の学生だった1990年代後半、頭痛に対してはイブプロフェン(ブルファン)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)といったいわゆるNSAIDs(=Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs=非ステロイド性抗炎症薬)を使うか、決して万人に有効とはいえない一部の漢方薬を用いるか、あるいは依存性と副作用が多いエルゴタミンに手を出すか、といったくらしか打てる手だてがありませんでした。
問題は「薬がなかった」だけではありません。市販の薬(OTC薬)による依存症が大きな問題を起こしていました。そしてこの問題は今もほとんど解決していません。鎮痛剤は基本的にはどのようなものであれ依存性があります。イブプロフェンでもロキソプロフェンでも、月の半分も飲めばかなりの確率で鎮痛薬依存症になり、さらにこの依存が「薬物乱用頭痛(=Medication Overuse Headache=MOH)という新たな頭痛を引き起こします。
しかし本当の問題はその先にあります。NSAIDsは薬局でも買えて、そして薬局で売られているNSAIDsには「危険な成分」が混合されていることが多いからです。「危険な成分」は次の2つです。
#1 ブロムバレニル尿素:名著『完全自殺マニュアル』で”推奨”されている自殺方法第一位の薬物。詩人の金子みすゞ、芥川龍之介、太宰治らがこの薬物を用いて自殺を試みたことはあまりにも有名。現在発売されているものでもっとも有名なのは「ナロンエース」
参考:医療プレミア「市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も」
#2 アリルイソプロピルアセチル尿素:#1と共に厚労省の「習慣性医薬品リスト」に載せられている医薬品で、この成分が含まれる薬品が医師の処方箋なしで買える国は(おそらく)日本だけ。韓国では2025年4月にこの成分を含む鎮痛剤の同国への持ち込みを禁止し(対象者はほぼ全員が日本人)、航空会社Air Premiaは「麻薬性成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」を発表。「イブクイック」「バファリンプレミアム」「ロキソニンSプレミアム」「ノーシンピュア」などといった商品名を名指しにして持ち込み禁止を訴えている
自殺に使うこともできて、強烈な依存性のある薬物を薬局で堂々と売ることに問題がないはずがなく、私は谷口医院を開院してからもう20年にわたりこの問題を指摘し続けているのですが、いまだに「危険性について薬局で説明を受けた」という患者さんを一人も知りません。
「片頭痛の治療の歴史」の話を進めましょう。NSAIDsくらいしかなかった時代に大きな幕開けとなったのは2000年、イミグランという注射薬の登場でした。この薬は私が医学部の学生の頃に登場した画期的な薬で、社会に広く浸透することが期待されていました。実際、まるで魔法のように効きます。
以前私がある病院の深夜の救急外来で勤務していた頃、ある男性の患者さんが激しい頭痛で救急搬送されてきました。問診と簡単な診察をして私がまず疑った疾患はくも膜下出血。そこで救急室からCT撮影を手配しました。ストレッチャーに男性を乗せるとき、もしかすると……、と思って本人の同意を得てイミグランを注射しました。すると、わずか数分後、ストレッチャーに載せた男性がCT室に到着する頃には、頭痛がピタっとやんでいたのです。
こんなにもよく効いてしかも速効性のあるこの注射は、しかしさほど普及しませんでした。この私の救急外来のエピソードはたしか2003年で、当時は医療機関でしか注射ができませんでした。自己注射ができるようになったのは2008年だったと思うのですが、それ以降もさほど普及したとは言えません。その理由のひとつは自己注射に抵抗がある患者さんが少なくないこと、もうひとつの理由は注射剤でなく点鼻薬や内服薬が登場したことです。
イミグランを含む片頭痛の特効薬を「トリプタン製剤」と呼びます。注射剤と点鼻薬があるのはイミグランだけで、他は内服のみとなります。日本で発売となった歴史を振り返ってみましょう。尚、内服については現在すべて後発品があります(下記のかっこ)。
2000年 イミグラン注射剤
2001年 イミグラン内服(スマトリプタン)
ゾーミッグ(ゾルミトリプタン)
2002年 レルパックス(エレトリプタン)
2003年 イミグラン点鼻薬
マクサルト(リザトリプタン)
2008年 アマージ(ナラトリプタン)
トリプタン製剤は非常によく効きます。私の経験では先に紹介した救急外来でのエピソードが最も印象深いものですが、他にも、割れるような頭痛がスーッとひいていったという話をこれまで何百回と聞いています。トリプタン製剤は間違いなく歴史を変えた薬です。
しかし、それほどよく効くトリプタン製剤にも欠点があります。以前は値段が高いことが最大の欠点でしたが、後発品の登場でその問題はほぼ解決しました。先発品はどれも1錠1,000円前後(つまり3割負担で300円ほど)しますが、後発品を使えば1錠100円からせいぜい300円程度(3割負担なら40円から100円程度)ですから、この値段を負担できないという人はほとんどいません。
では今も残るトリプタン製剤の欠点とは何か。それは「効いたとしても頻度が多いなら足らなくなる」という問題です。ですから、正確には「トリプタン製剤の欠点」というよりも「片頭痛の特徴がもたらす苦しみ」といった方がいいでしょう。つまり、トリプタン製剤が効くのはありがたいのですが、頻繁に起こるために薬が足らなくなるのです。ならばたくさん、例えば1日1錠の処方をすればいいではないか、という疑問がでてきますが、これはできません。
理由は2つあって、1つは保険診療上、処方が認められるのはせいぜい月に10錠程度というルールがあること、そしてもう1つは、トリプタン製剤であっても上述した薬物乱用頭痛が生じることです。NIH(=National Institutes of Health=米国国立衛生研究所)によると、トリプタン製剤はNSAIDsよりも薬物乱用頭痛を起こしやすいのです。尚、ここでいうNSAIDsはイブプロフェンやロキソプロフェン単独のものであり、ナロンエースやイブクイックなどのように、ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬ではありません。米国ではブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素が使われていないためにデータがないのです。また冒頭で少し紹介したエルゴタミンも薬物乱用頭痛を容易に起こすことが知られています。よって、薬物乱用頭痛を起こしやすい順番としては、おそらく、「麻薬(オピオイド)>ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬>エルゴタミン>トリプタン製剤>NSAIDsまたはアセトアミノフェン」となると思います(これらの順位のはっきりとしたエビデンスはありませんが、私の経験からの類推ではこのようになります)。
片頭痛が難儀な2つの理由を繰り返します。1つはNSAIDsでは効かない重症タイプがあること、もう1つはトリプタン製剤は効くけれど(あるいはNSAIDsでも効くけれど)頻度が多すぎて薬が足らなくなること、です。
では高頻度の片頭痛にはどのように対処すればいいのか。「予防薬」があれば解決します。
後編に続きます。
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2026年5月4日 月曜日
2026年5月 退職が老化を促進する
谷口医院は開院してもうすぐ20年になります。2007年のオープンした頃から通い続けている患者さんはもう20年も年を重ねたことになり、2000年代に40代後半だった患者さんは引退に差し掛かっています。すでに退職した人も大勢います。勤務先が近いからという理由で通っていた人のいくらかはそのまま通院を続けられるのですが、なかには受診できなくなる人もいます。それも望ましくない理由で。
例えば認知症。例えばうつ病。あるいは骨折して動けなくなったという人もいれば、歩行や階段の上り下りがしんどくなった、という人もいます。退職後に自宅近くの診療所に通院しだすことに問題はないのですが、その理由が「認知症やうつ病で……」というのは寂しい気がします。
一方、70代どころか80代になってもそれまでと変わらぬ元気さを維持している人もいます。その違いはどこから来ているのでしょうか。20年間総合診療医として谷口医院の患者さんを診てきた私の視点からみれば、最大の要因は「退職」です。
退職すれば健康を害するのは「全体でいえば」ほとんど間違いありません。「自分は大丈夫」と考えている人や、あるいは「退職してからの方が好きなことができて元気になった」という人もそれなりにいますが、退職後1年から1年半たった時点で同じことが言えるかどうかについては慎重に判断すべきです。医師が患者さんの人生プランにまで口出しするのは余計なお世話ですが、私の過去20年の経験に鑑みると「引退していいのですか?」と言いたくなることがあるのです。
開院した当初からこのようなことに気付いていたわけではありません。私自身も60歳くらいになれば引退を考えてボランティアに生きようか、などと以前は考えていました。しかし、引退して急激に元気をなくしていく患者さんらを診ているうちに、「退職は老化を促進する」ことを確信するようになったのです。
それを示した研究もあります。医学誌「Journal of Epidemiology and Community Health」に2016年に掲載された論文「退職年齢と死亡率の関連性:米国高齢者を対象とした人口ベースの縦断研究(Association of retirement age with mortality: a population-based longitudinal study among older adults in the USA )」を紹介しましょう。この研究の対象者は1992年から2010年の追跡期間中に退職した2,956人で、興味深いことに対象者は1,934人の「健康な退職者」と、1,022人の「健康状態の悪い退職者」に分けて分析されています。
結果、「健康な退職者」では、退職年齢が1歳高いほど、全死因死亡リスクが11%低下していました。もちろん、健康に関連する生活習慣などの因子は考慮して分析されています。他方、「健康状態の悪い退職者」では、退職年齢が遅いほど全死因死亡リスクが低値を示していました。
他国の研究もみてみましょう。医学誌「Journal of Public Economics」に2020年に報告された論文「命を失う誘惑? 長期の失業給付金、労働市場からの離脱、そして死亡率(Fatal attraction? Extended unemployment benefits, labor force exits, and mortality)」では、オーストリアの死亡率と退職に関する行政データが解析されています。結果、男性の場合、1年早く退職すると、早死のリスクが5.5%増加、死亡時の年齢が2.2ヶ月低下していたこが分かりました。他方、女性については有意な影響は確認できませんでした。
しかし、このような研究を引き合いに出され「退職すれば早死にするぞ!」と脅されたとしても、「仕事を続けたいのはやまやまだけど、会社の規定では65歳の定年で追い出されてしまう」という人は少なくありません。再雇用制度を採用する企業は年々増えていますが、再雇用されたとしても給料はこれまでの半分から3分の1、仕事内容もこれまでの実績と経験を考えるととても受け入れられるものではない、との声も少なくありません。
他方、企業側からみれば、「高齢により高度な仕事をする能力が低下しているのだから、勤務条件が悪くなるのは当然」という考えになるのかもしれません。
では、定年とされている年齢を過ぎると仕事のパフォーマンスは本当に低下するのでしょうか。ホワイトカラーのほとんどの職種なら、過酷な残業や休日出勤を強いられない限り、身体能力の低下のせいで生産性が低下するとは考えにくいでしょう。
では認知機能はどうでしょうか。高度な業務においては認知機能の低下があればパフォーマンスの低下は避けられません。企業としてはそんな高齢社員に重要なミッションをまかせるわけにはいきません。もしもあなたが2000年前後に40代だったとして、その当時、25歳先輩の、つまり定年間際の先輩たちのパフォーマンスがどの程度だったか思い出してみてください。例えば「人間的には依然魅力のある人だったけれど、定年間際には重要な任務はお願いできなかった」という記憶が蘇るかもしれません。そこから「ならば自分も65歳でそれまでと同じようなパフォーマンスは発揮できない」という発想になるかもしれません。
しかし、その考えは捨てるべきです。IMF(International Monetary Fund=国際通貨基金)が2025年4月に発行した「THE RISE OF THE SILVER ECONOMY: GLOBAL IMPLICATIONS OF POPULATION AGING」を是非読んでみてください。第2章に、現在の高齢者は過去の高齢者とはまったく異なることが言及されています。具体的な内容を紹介しましょう。
・近年の高齢者は同年齢の以前の高齢者と比べて、身体能力も認知能力も向上している
・認知能力に注目すると「70代は新たな50代」といえる
・先進国および新興市場国41カ国を対象としたデータによると、2022年に70歳の人は、平均して2000年に53歳だった人と同等の認知能力を有していた
・過去10年間で、高齢者は認知能力の向上により、勤務を継続する可能性が20%上がり、平均週労働時間は約6時間増加し、労働所得は30%増加した
もちろん「70代は新たな50代」がすべての人にあてはまるわけではなく個人差はあるでしょう。しかしながら、これまでの常識に縛られた考えに捉われているとチャンスを逃してしまうことになりかねません。また、「70代は新たな50代なのに、わたしの会社では高齢者をないがしろにしている」と感じている人もいるでしょう。
そういう人は起業を考えればどうでしょう。英紙The Telegraphは最近「引退は人生で犯しうる最大の過ちだ(Retiring is the biggest mistake you can ever make)」という挑発的なタイトルで、50代以降の起業が増加している英国の実情を報告しました。
2026年2月22日の日経新聞によると、韓国では専門知識を生かして1人で事業を起こす人が増えていて、直近の統計では100万人を超え(正確な起業数は2022年時点で100万7769社)、5年前の2.5倍に相当します。なかでも最多層は50代で35%にもなるそうです。
この日経の記事からは男女比が分からないのですが、韓国の歴史や文化を考えると起業した人の大半が男性かもしれません。また、上述のオーストリアの研究では、女性は男性と異なり退職後の死亡率が上がらないとされています。谷口医院の患者さんを振り返っても、退職後の女性は男性に比べて元気に過ごしているような印象があります。しかし、同世代の働き続けている女性、あるいは起業している女性たちはもっと元気です。実は世界規模でみれば、すでに起業は女性の得意分野になっています。
50代以降の女性を主な対象とした米国のデジタル雑誌「PROVOKED」に「50代以上の女性たちが静かに起業革命を牽引し成功の定義を塗り替えている(Women over 50 are leading a quiet entrepreneurial revolution and redefining what success looks like)」という記事が2026年3月に掲載されました。記事によると、50代以上の女性が世界で最も急速に成長している起業家のグループであり、最もダイナミックな分野で企業を立ち上げ、若い世代の起業家たちを凌駕する成果を上げています。実際、現在の新規起業家の約26%を50代以上の女性が占めているそうです。
退職後に予定していることを患者さんに尋ねると、世界一周、クルーズ船、ゴルフ三昧、楽器、登山などと実にいろんな答えが返ってきます。それらを否定して「働きましょうよ」などというつもりはありませんが、当院の経験でいえば、そういった趣味や旅行などは1年から1年半で飽きてしまう人が少なくありません。ならば退職後は「1年から1年半のサバティカル休暇を取ってその後仕事を楽しむ」というアイデアはどうでしょうか。まだ50代の人は男女とも起業を考えてみればどうでしょう。
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2026年4月23日 木曜日
2026年4月23日 アルツハイマー病にレカネマブもドナネマブも無効
以前から「本当に効くのか?」「費用対効果が悪すぎる」と評判のよくないアルツハイマー病の”特効薬”「レカネマブ(レケンビ)」「ドナネマブ(ケサンラ)」の有効性が「コクラン(Cochrane)」により正式に否定されました。
コクランとは信頼できるエビデンスを提供する国際的な非営利組織で、世界で最も中立であり信頼性の高い組織です。コクランが発表するデータなら無条件で信頼できると言ってもいいでしょう。
そのコクランがレカネマブもドナネマブも効果がないと断言したわけですから、この発表は世界中の認知症の治療に極めて大きな影響を与えることになります。まずはコクランの発表内容をみてみましょう。タイトルは「抗アミロイド薬は臨床的に意義のある効果を示さない(Anti-amyloid Alzheimer’s drugs show no clinically meaningful effect)」です。
コクランが検証したのは、アルツハイマー病または軽度認知症患者に対する(レカネマブやドナネマブなどの)合計7種類の抗アミロイド薬の効果が調べられた合計17の臨床試験のデータです。試験の対象者は合計20,342人です。結果、抗アミロイド薬が認知機能低下や認知症の重症度に及ぼす絶対的な効果は皆無、もしくはごくわずかであり、臨床的には意味がないことが明らかにされました。
研究を主導したイタリア・ボローニャのIRCCS神経科学研究所の神経内科医兼疫学者Francesco Nonino氏は「残念ながら、これらの薬剤は患者にとって何ら意味のある効果をもたらさないことが示されました」と述べています。
レカネマブを例にとってみてみると、発売当初は、認知機能低下が27%抑制されるとされていました。しかし、記憶力、推論力、日常生活機能を測定する18点満点の尺度で検討したNEJMの研究によると、プラセボ投与群は18ヶ月間で1.66ポイント低下したのに対し、レカネマブ投与群では1.21ポイントの低下にとどまりました。確かに差はありますが、ごくわずかなものです。
さらに、効果がないばかりでなく、有害性も明らかになりました。発売当初から指摘されていたように、抗アミロイド薬は脳の腫脹や出血のリスクを高めるリスクが高いことも明らかにされました。
レカネマブ及びドナネマブは臨床試験で良好な結果が得られたとされたため、英国、米国、日本の規制当局によって承認されました。しかし英国では、費用に見合うだけの「効果が小さすぎる」として、NICE(=National Institute for Health and Care Excellence=英国国立医療技術評価機構)はNHS(=National Health Service=英国国民保健サービス)での使用を却下し、結局英国では使用できない状態が続いています。英国でいったんこれらの承認をしたMHRA(=Medicines and Healthcare products Regulatory Agency=医薬品・医療製品規制庁)は、コクランの発表を受けて再審査をおこなうようです。
費用についてはThe Telegraphの報道をみてみましょう。これらの薬剤を使用するには、定期的な静脈内投与に加え、腰椎穿刺や脳の画像検査が必要となり、患者一人当たり年間4万ポンド以上がかかります。
************
このコクランの発表には反対意見もあります。検討されたのは合計7種類の抗アミロイド薬で、レカネマブとドナネマブ以外に、アデュカヌマブ、バピネウズマブ、クレネズマブ、ソラネズマブなど、既に販売中止となった薬剤も含まれていたからです。しかし、研究の方法としては何ら間違っているわけではなく、これらの薬と同時に検討されたという理由だけではコクランの分析が間違っているとは言えません。
ひとつ言えることはアルツハイマー病の原因をアミロイドだけで説明することはできないということです。「アルツハイマー病の原因がアミロイドβ」を”証明”した有名な論文が捏造されたものであることはすでに白日の下に晒されています。
参考:毎日メディカル「STAP細胞よりひどい…社会を揺るがす二つの捏造論文」
粘着性のあるアミロイドタンパクが脳内に蓄積してプラークを形成し、これがアルツハイマー病に関連しているのは事実でしょう。ですが、それが「原因」ではないことはもはや明白であり、アミロイドを取り除いたからといってアルツハイマー病が治るわけではありません。抗アミロイド薬は、副作用のリスクを抱え、大金を投じておこなうような治療でないことはもはや自明です。
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2026年4月19日 日曜日
2026年4月19日 ApoEがε4でも肉を食べれば認知症リスクが帳消しに!
常識を揺るがすような驚くべき論文が発表されました。
アルツハイマー病の最大のリスクがApoEの遺伝子型で、ε4を所有していればリスクが大幅に上昇することは本サイトで繰り返し述べてきました。ε4・ε4の人は(ε4をホモで所有していれば)、ε3・ε3の人に比べ、アルツハイマー病になるリスクが11.6倍にもなるとされています。
日本を含む東アジアではもっとハイリスクだとする研究もあります。2023年に医学誌JAMA Neurologyに掲載された論文「ApoE遺伝子型とアルツハイマー病リスク:年齢、性別、および民族(APOE Genotype and Alzheimer Disease Risk Across Age, Sex, and Population Ancestry)」には各民族におけるε4とアルツハイマー病のリスクが掲載されています。結果は、我々日本人にとっては絶望したくなるようなものです……。
ε4とアルツハイマー病の相関関係は民族によって異なり、東アジアではその関係が最も強くなります。下記のグラフが示すように、ε4を1つ持っていれば(ヘテロで持っていれば)リスクは4.54倍(白人3.46倍、黒人2.18倍、ヒスパニック系1.90倍)です。ε4を2つ保有している場合(ホモの場合)、東アジア人のリスクはなんと30倍近くにもなります(白人13倍、黒人6倍、ヒスパニック系4倍)。

認知症の他のリスクを考えてみると、例えばLDLコレステロールであれば薬(スタチン)を使えば下げられますし、社会的孤立であれば(人によっては大変でしょうが)自身の努力で挽回できる見込みはあります。
一方、遺伝子は生まれたときにすでに決まっていて変更することは絶対にできません。アルツハイマー病のリスクは”運命”として受け入れるしかない、ということになります。
ところが、です。最近、信じられないような(当事者からみれば)歓喜したくなるような研究が報告されました。医学誌「JAMA Network」2026年3月19日号に掲載された論文「ApoE遺伝子別の肉摂取量と認知機能(Meat Consumption and Cognitive Health by APOE Genotype)」です。
なんと、ApoEをε4で持っていても「肉を食べればそのハンディを完全に克服できる」というのです。研究の対象者は調査開始時に認知症がない60歳以上の2,157人(平均年齢71.2歳、女性62.0%)。うち1,680人が継続して調査を続けることができ、569人(26.4%)がApoEを「ε3・ε4」または「ε4・ε4」で持っていました。15年間の追跡期間中、296人が認知症を発症し、690人が認知症を発症せずに死亡しました。肉の摂取量は食物摂取頻度調査票に基づき、認知機能は次の4つが調べられました。
・エピソード記憶(再生と再認):episodic memory (free recall and recognition)
・意味記憶(語彙):semantic memory (vocabulary)
・言語流暢性(動物名と職業名):verbal fluency (animals and professions)
・知覚速度(数字消去課題とパターン比較):perceptual speed (digit cancellation and pattern comparison)
解析の結果、ApoEを「ε3・ε4」または「ε4・ε4」で保有する人たちは、総肉摂取量が最も少ない下位5分の1のグループに比べ、最も多い上位5分の1のグループでは、認知機能の低下が抑制され、認知症発症リスクが大幅に低下していました。下記のグラフが示すように、認知機能低下のリスクがApoEをε4で持たない(ε2かε3で持つ人)となんとまったく同じレベルにまで下がったのです!

************
ApoEをε4で持つ人にとっては思わず踊りだしたくなるような嬉しい報告です。では、アルツハイマー病のリスクを帳消しにするにはどれだけの肉を食べればいいのでしょうか。論文には「肉の摂取量を目標値の2倍以上にすること」と書かれています。では、「2倍」とは実際にはどれくらいの量が相当するのでしょうか。
英国の健康サイトDiabetes UKによると、World Cancer Research Fund(=WCRF=世界がん研究基金)などのがん関連団体は、赤身肉の摂取量を週3食分(調理済み重量で約350~500グラム)以下に制限し、加工肉はほとんど、あるいは全く食べないことを推奨しています。NHS(英国国民保健サービス)のサイトにも「1日70グラム」と書かれています。ApoE遺伝子をε4で持つ人がアルツハイマー病のリスクを帳消しにするためには、これの2倍ですから「1日およそ140グラム」の加工されていない肉を摂取すべし、ということになります。
もうひとつ興味深いのは、上記のグラフからも読み取れますし、論文の本文でも述べられているように、「(加工されていない)赤身肉の摂取量が多いほど、ApoE遺伝子のタイプに関係なく、認知症のリスクが低い」ということです。発がん性のリスクを考えれば肉の摂取はほどほどに、ということになる一方で、認知症のリスクを下げたいのなら積極的に肉を摂取すべし、となるわけです。
気を付けなければならないのは「加工肉を食べない」ということです。論文には「総肉摂取量に対する加工肉の比率が高ければ、遺伝子型にかかわらず認知症リスクが上昇する」と指摘されています。
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2026年4月16日 木曜日
第272回(2026年4月) 「ホルモン補充療法(HRT)は安全」が世界の見解に
ガイドラインやその他治療指針などで推奨されている治療で、なおかつ院長の私が研修を受けている疾患であれば、谷口医院では原則として「実施する」が基本方針なのですが、ほとんど唯一の例外が「ホルモン補充療法」(=Hormone Replacement Treatment、以下「HRT」)でした。「でした」と過去形なのは、2010年代から少しずつ開始し、2020年代に入る頃にはかなり積極的に実施しているからです。ただ、当院が開院した2007年からおよそ3年間は、患者さんが強く希望してもお断りするか、他院を紹介していました。
その理由は、2007年のコラム「ホルモン補充療法の危険性」に書いたとおりです。2007年4月に2つの衝撃的な論文が発表されました。1つは「New England Journal of Medicine」の「米国では乳癌の発生率が近年急激に減少しているのはHRTがおこなわれなくなったから」という論文、もう1つは「Lancet」に掲載された「HRTを実施した女性は、していない女性に比べ卵巣がんで死亡するリスクが2割高い」とする論文です。
論文だけではありません。そのコラムで述べたように、これまで大変お世話になった、私が師と仰ぐ米国の女性医師が、HRTが原因で自らが乳がんに罹患し、それ以降すべての患者に「HRTはやってはいけない」と助言していたからです。この話を聞いたのは私が医師になってまだ3年目の頃で、「この先生が絶対反対する治療なんだから自分もやるべきではない」と誓ったのです。
さらに、当時の世界的潮流も「HRTは避けるべき」というものでした。その流れに大きな影響を与えたのが、2002年に JAMA に掲載された論文です。HRTの安全性を検証する目的で開始された「Women’s Health Initiative (WHI)」試験は、本来約9年の追跡を予定していましたが、平均5.2年で中止されました。心血管疾患および乳がんのリスク上昇が明らかとなり、これ以上継続できないと判断されたためです。
しかし、前医から当院に転院してくる患者さんの中には、すでにHRTを開始しているケースが少なくなく、その評価が非常に高いのです。「メンタルが安定する」「肌がきれいになる」「髪が増えた」など実感しやすい効果があり、さらにLDLコレステロールの低下や骨密度の上昇も期待できます。まるで“魔法の薬”のように感じる人もいます。乳がんのリスクについても「日本人ではそれほど上がらない」という報告があり、リスクを理解し定期的に検診を受けるのであれば、過度に恐れる必要はないのかもしれないと考えるようになっていきました。
最初に処方したのは、「前医と同じ薬を処方してほしい」と希望した患者さんでした。その後、更年期障害に悩む女性に対し「選択肢の1つ」として話をするようになり、そしてあるとき、ついに「更年期障害の治療で最も推薦する治療法」としてHRTを紹介し始めました。
同時に「前医でHRTを受けているが安全か」という相談も増えました。意外なことに「安全ではない」ケースが時折見られました。最も驚いたのは、(子宮を摘出していないのに)卵胞ホルモンのみが処方され、黄体ホルモンが併用されていないケースです。これは子宮内膜増殖のリスクを高め、危険な状態になり得ます。子宮がある場合は原則として黄体ホルモンの併用が必要であり、定期的な経腟超音波検査も欠かせません。こうした「適切でない更年期治療」が目立つようになり(男性に対する更年期障害の治療も)、警鐘を鳴らす目的で書いたのが2023年のコラム「間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療」です。
今回は「(女性の)HRTの安全性が世界的にほぼ確立された」という話をしたいと思います。
第二次トランプ政権の発足後、ケネディ保健長官は、新型コロナワクチンへの慎重姿勢、定期ワクチン接種の見直し、食事療法に関する方針転換、妊娠中のアセトアミノフェン使用への注意喚起など、さまざまな政策を打ち出し、医療関係者の間で議論を呼んでいます。一方で、あまり大きく報じられていませんが、政権はHRTの積極的な導入を支持しており、この方針は多くの女性から支持されています。マーティ・マカリ医師が長官を務めるFDAは、ホルモン剤の添付文書の見直し方針を示し、2026年2月12日にはHRTの安全性を強調するページを公表しました。
具体的には、心血管疾患、乳がん、認知症に関するリスク記述が、FDAが定める最重要警告「boxed warning」から削除されました(安全性評価が改善したことを意味します)。さらに、無作為化比較試験(エビデンスレベルの高い試験)で、更年期開始後10年以内(かつ60歳未満)にHRTを開始した女性は全死亡率と骨折リスクが低下していたことが示されています。
HRTの安全性を強調しているのはFDAだけではありません。医療ガイドラインを集約した世界最大級の臨床ガイドラインデータベース「GuidelineCentral」もHRTの有効性と安全性を高く評価しています。ページ冒頭には「HRTは更年期障害に対する最も効果的な治療法であり、骨量減少や骨折の予防にも効果がある」と明記されています。
英国では米国とはまた違った「動き」が見られます。興味深いことに、英国で更年期医療の分野でもっとも有名な医師は婦人科専門医ではなく、女性GP(総合診療医)の Louise Newson医師です。Newson医師が注目される理由は、一言で言えば「やり過ぎ」と批判されることが多いためです。危険なほど高用量のHRTを処方したとして、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」で取り上げられ、これを受けてか、「British Menopause Society」(BMS=英国更年期学会)から認定資格を剥奪されました。
しかし、Newson医師のクリニックで治療を受けた女性からの評価はすこぶる高く、英国の医療規制当局「Care Quality Commission」は、2026年2月、同クリニックを「outstanding(卓越した)」と最高評価で報告し、「女性のニーズに合ったケアを提供している」と結論付けました。尚、Newson医師は、批判されている「高用量のHRT」に対し、「本当に必要な場合にしか処方していない」とコメントしています。
現在、世界的にHRT導入のムーブメントが強まっています。米国では半年ほど前から品薄が社会問題となり、米国の大手電子カルテ企業Epic Systemsの研究部門Epic Researchによると、ホルモン補充療法の処方件数は2021年から2025年の間に86%も増加しています。その影響を受けているのか、日本でも供給量が減少しています。当院でも、人気の貼付薬「メノエイドコンビパッチ」が入荷しなくなり、その影響で内服薬「ウェールナラ」も入手困難となり、最近まで新規処方を見合わせなければならない状態が続いていました。
今後も需要は増え続けると私は予測しています。最後に、HRTは本当に安全と言えるかどうかをみておきましょう。前半で述べたように、2002年には臨床試験の「Women’s Health Initiative」で「HRTの危険性は明白」とされていました。四半世紀を経て、それが誤解だったと言えるのでしょうか。実際には、HRTのリスクを指摘する研究もそれなりにあり、一方ではリスクは高くないとする研究も少なくありません。結論としては「個別に検討する」というつまらないものになるのですが、ひとつ言えるのは「60歳未満で閉経後10年以内であれば、HRTを検討する価値はじゅうぶんにある」ということです。
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