メディカルエッセイ
48 あなたはAEDが使えますか 2007/1/20
それは私が医師1年目、ある病院の救急部で研修を受けていた頃の話・・・。
深夜1時ごろ、救急隊から連絡が入りました。「20歳の女性が突然心肺停止となり、現在救急車内で人工呼吸と心臓マッサージをおこなっている。5分以内に到着するから救命してほしい」、との要請です。
救急部に緊張が走りました。心肺停止での救急搬送は珍しくありませんが、20歳となると話は別です。末期の病気でいつ心臓が止まるかも分からないと医師に言われている高齢者の心肺停止であれば、本人も家族もある程度は”死”というものを受け入れていることが多いのですが、20歳の場合はなんとしても助けなければなりません。
しかし、30分以上に及ぶ救命処置の効果もなく、その女性は享年20歳で生命を終えることになりました。
後にいくつかのことが分かりました。ひとつは、この亡くなった女性は以前心電図の異常を指摘されたことがあるということ、さらにこの女性は看護学生で寮に入っており、通報したのは同じ寮に住む看護学生であるということも分かりました。
そして、もうひとつ分かったことがあります。通報した看護学生は、亡くなった女性が突然意識を無くした現場にいたのにもかかわらず、その場で何もできず、通報したのは女性が倒れてからおよそ10分が経過していたということです。
意識をなくして倒れた同僚に何もできず、通報するのも遅れたということからこの看護学生は大変なショックを受け、救急隊に対してまともに話をすることができなかったそうです。
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突然の心肺停止が目の前で起こったとき、あなたは何ができますか。もちろん、すぐに救急車を呼ぶことが最も大切です。しかし、それ以外にもできることはあります。一般の人にもできる、あるいはおこなう義務のある救命処置です。
この一般の人にもできる(しなければならない)救命処置のことをBLS(一次救命処置)と呼びます。医療従事者はもちろんトレーニングを受けていますが、現在では、医療者以外にも、客室乗務員やスポーツジムのインストラクター、コンサートホールや競技場の警備員といった人たちも訓練を受けています。また、最近では自動車の教習所でも学ぶようになってきています。
なぜ、BLSは一般の人もできるようになっておかなければならないのか・・・。それは、心肺停止が起こったときの措置は一刻を争うからです。呼吸が止まった状態が4分間続けば、脳に回復しないダメージを与えることが分かっています。心肺停止の人を発見してから救急車が到着するまでに4分以上はかかるでしょうから、その間はそばにいる人が人工呼吸をしなければ、その人は命が助かったとしても植物状態になってしまいます。
心停止の場合、少し遅れても電気ショックを与えたり止まっている心臓を動かす薬剤を使ったりすれば再び心拍が再開することもありますが、脳に長時間血流がなくなるとやはり植物状態になりますし、時間がたてば心拍が再開する可能性も格段に低くなります。したがって、そばにいる人が心臓マッサージをおこなわなくてはならないのです。
当たり前の話かもしれませんが、心肺停止ほど時間が勝負の状態はありません。そこで、以前から一般の人もできるだけ医療行為に参加できるようにしようという試みがありました。
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スポーツジムや空港に設置されているランドセルくらいの大きさのオレンジ色の箱を見たことがありますでしょうか。
これは、AED(自動体外式除細動器)と呼ばれる心臓に電気ショックを与える器械です。心停止には心臓マッサージをおこないますが、あるタイプの心停止の場合は、マッサージよりも電気ショックが有効な場合があります。AEDは、電気ショックが有効な心停止かどうかを瞬時に判断することのできる器械です。
心停止を確認すれば、AEDをその人に装着します(2つのパットを胸に貼ります)。すぐにAEDは電気ショックを与えるべきかどうかを判断し、与えるべきときは「電気ショックが必要ですのでボタンを押してください」としゃべります。その声を聞いて、その場にいる人がボタンを押すと電気ショックがパットを伝わって流れます。もしも、電気ショックが無効であると判断した場合は、「そのまま心臓マッサージを続けてください」としゃべります。
アメリカでは、AEDが普及しだしてから突然の心肺停止の救命率が劇的に上昇しています。例えば、シカゴの空港ではAEDを設置してから心肺停止を起こした人の61%が助かったという報告があります。ラスベガスのカジノでも、53%が救命されたというデータがあります。AEDを設置する前のデータははっきりしないのですが、おそらくほとんどが助からなかったものと思われます。
日本でもAEDを普及させようとの動きが数年前から活発になりました。現在は一般の人がおこなえる救命処置(BLS)の項目にAEDの使用が入れられています。AEDだけでなく、人工呼吸も心臓マッサージも理屈を覚えただけではできるようにはなりません。実技指導を受けて模擬演習をしなければ実際にできるようにはならないのです。
ちょうど私が研修医の頃、BLSを一般市民に広めてACLS(二次救命処置)を医療者に普及させようというムーブメントが起こりました。私は、冒頭で述べた20歳の看護学生の死を経験したこともあり、その直後にACLSを覚え、BLS及びACLSのインストラクターをおこなうようになりました。ACLSだけでなく(ACLSは医療者向けの救命処置で薬剤の使用や気管内挿管もおこないます)、BLSにも取り組んだのは、一般の方にもできるだけ救命活動に参加してほしいと思ったからです。
ただ、私がインストラクターをしていた頃は、AEDの使用は医師や救命士に限られており、客室乗務員も日本上空を離れてからでないと使用が許されていませんでした。2004年の7月にようやく一般市民にも認められるようになり、次第に普及するようになってきました。
1月16日の毎日新聞によりますと、広島県では県の医師会が中心となって一般市民にAEDの使用を含むBLSの講習をおこない始めたそうです。
これが全国的に広がり、多くの国民がBLSをできるようになり、さらにAEDがどこにでもある社会になれば、心肺停止の救命率が飛躍的に上昇するでしょう。
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