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2014年3月22日 土曜日

第134回(2014年3月) 医師に人格者が多い理由

 医師の多くは人格者である、と言われればあなたはどのように感じるでしょうか。

 悪い冗談を・・・、と感じる人もいるかもしれません。私のことを個人的に知っている人なら「おまえが言うな!」とあきれる人もいるでしょう。私自身は人格者ではありませんし、このサイトで医師の犯罪について何度か書いたこともあります(注1)。医師が犯す罪には、違法薬物とわいせつ行為が多いということにも触れたことがありますから、今さら医師が人格者なんてよくそんなことが言えるな、と感じる人もいるかもしれません。

 一方、素晴らしい人格を持ち合わせた医師に治療を受けたことのある人からすれば、医師が人格者という言葉を当然と受け取るかもしれません。自分の時間を犠牲にして献身的に治療をしてもらったという経験がある人などは医師に尊敬の念を持っていることでしょう。

 これまで医師の反社会的な行為についても言及してきたこの私の意見をいえば、医師は、あってはならない犯罪に手を染める者がいるのは事実ですが、それでも多くは人格者ではないかと感じています。私自身が人格者でないことは自明ですが、それでも「人格者的」という形容詞で考えた場合、医学部入学前の自分と今の自分を考えれば人格者的になってきているという程度のことなら言えると思います。

 今回は、医師がなぜかくも人格者になれるのか、ということを述べたいわけですが、その前に医師がどのような人格者なのかについてみておきたいと思います。

 まず医師の多くは利他的です。患者さんによくなってもらうためにあらゆることを考えます。勤務時間を終えてからも他にいい治療はないかということを考えますし、手術の前日には術中の様子をシュミレーションします。医師は高給取りと思っている人が世間には多いようで、たしかに年収をみれば一般の会社員の平均よりは多いかもしれません。しかし時間給でみれば決して高くはありませんし、そもそも医師(の多く)は給料が高いとか低いとかをあまり気にしていません。自分が最も貢献できる場を求めている、という言い方が最も適していると思います。

 次に医師は目の前の患者さんを治療するだけでなく、自分が少しでも貢献できるなら他の医師を通して多くの人の力になりたいと考えています。一般の会社であれば、社内で開発した技術やノウハウを他社に知られたくないと考えるでしょう。そのために特許をとれるものはとり、産業スパイを警戒します。一方、医療の世界では、研修医のみならず中堅の医師でも他の医療機関に見学や研修に行くことがよくあります。他の医療機関からの医師を受け入れる側も、工夫している治療法について説明し、手術を見学してもらいディスカッションの場を設けます。患者さんの情報については医師どうしにも守秘義務がありますが、治療法や手術の方法、治療の工夫などについてはお互いの知識や経験を惜しみなく公開し互いに切磋琢磨をおこないます。これはより多くの患者さんの力になりたいからに他なりません。

 また医師(の多く)は私生活も他人から尊敬されるようなものである場合が多いといえます。日頃から医学以外のことに対しても教養を深め、様々なかたちで社会に貢献しています。「飲む・打つ・買う」という言葉がありますが、仕事に影響がでるほど大酒を飲む医師は(ほぼ)いませんし(違法薬物に耽溺する少数の医師がいるのは事実ですが)、「打つ」については合法・違法を問わずギャンブルにはまっている医師など見たことがありませんし、「買う」についてはほぼ皆無でしょう。

 人格者とは到底言えない私自身でさえも、教養を深め社会に貢献するにはどうすればいいかということを常々考えています。私生活を覗かれてもかまわないとさえ思います。映画『トゥルーマン・ショー』(注2)のように、寝室とトイレ以外ならあらゆる場面でカメラで監視されてもさほどストレスにはならないかもしれません。

 さて、ではなぜかくも医師はこれほど高い人格を有しているのでしょうか。もしもあなたが医学部の入学式をみてもそのようには感じられないでしょう。私自身も医学部に入学した頃は、医学生を尊敬するどころか、「この子たち、本気で医者になりたいと思ってるの?」と感じたのは事実です。なかには立派な人格を持ち合わせている学生もいましたが、大半は「大丈夫?」と言いたくなるような男の子、女の子でした。当時の私は27歳で、入学当初は研究者志望で医師になることは考えていなかったのですが、そんな私自身も今から振り返れば人格者などとは到底呼べるものではなく思い出すのも恥ずかしいくらいです。

 そんな医学生が医師に一歩近づくのは解剖実習です。実際のご遺体に接するとき我々は一種の洗脳を受けます。今思えばこのときに医師としての人格が少し身につくのかもしれません(注3)。次に医師に近づくのは医学部5回生の臨床実習のときです。まだ学生なのにもかかわらず患者さんは「先生、先生」と言って話をしてくれます。このときに「患者さんから期待されている」ことを実感し、より医師の本質に近づきます。そして実際に医師になり、患者さんの主治医になると「期待されている」という感覚がますます強くなり、私生活も含めてより高度な人格者へと進んでいくのです。

 そして医師が人格者へと進んでいきやすいもうひとつの理由があります。それは医師のミッションが分かりやすく明文化されているということです。

 以前見た映画でこのようなシーンがありました。その映画は、ストーリー自体はさほど(私には)面白くなかったのですが、印象に残った場面があります。悪徳企業に雇われた医師が、主人公の患者に対し不利なことをしようとします。そのときその主人公は「ヒポクラテスの誓い」(注4)を暗唱しだしたのです。患者からヒポクラテスの誓いを聞かされたその医師は良心を思い出し「医」に忠実になります。ヒポクラテスの誓いには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し」という一文があります。我々医師は、それは世界中すべての医師ですが、ヒポクラテスの誓いには絶対に逆らえないのです。

 ヒポクラテスの誓いだけではありません。日本医師会が作成している「医の倫理綱領」(注5)というものがありますが、我々はこのミッションにも絶対服従しなければなりません。いえ、しなければならない、というよりはこのミッションに深く共感できるからこそ何を差し置いても遵守しようと思うのです(注6)。

 ちなみに看護師の世界には「ナイチンゲール誓詞」というものがあります(注7)。これはナイチンゲール自身がつくったものではないという説が有力ですが、世界中の看護学校でこの誓詞が教えられていると聞きます。多くの看護師もまた人格者であるのはこの誓詞があるからではないかと私は考えています。

 私はこのコラムで、別に医師(や看護師)が人格者で尊敬されるべき、と言いたいわけではありません。そうではなく、医師が人格者である、というより人格者になることができる、あるいは人格者に近づくことができるのは、解剖実習から実際の臨床への経験と同時に、「ヒポクラテスの誓い」や「医の倫理綱領」といった、わかりやすい一種のミッション・ステイトメントがあるから、ということが言いたかったのです。

 医療者以外で高い人格を有している人が多い職業に警察官があると思います。警察の不祥事もしばしば報道されますが、それでもおしなべていえば警察官は高い人格をそなえた尊敬できる人物が多いのではないでしょうか。私はこの理由のひとつに「警察官の宣誓」(注8)があるからではないかと考えています。この宣誓は警察学校入学式に読まれ、全員が暗唱できるようになると聞いたことがあります。私は個人的にこの宣誓のファン、というか読む度に感動させられます。特に「何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い」というところが涙があふれるほどの感動に包まれるのですが、こんな風に感じるのは私だけではないでしょう。

 話を戻しましょう。以前別のところでも述べましたが、ミッション・ステイトメントの力は偉大です。私は個人のミッション・ステイトメントを持つようになってから精神の平安を得ることができ、心がぶれなくなったことを実感しています。定期的におこなっているミッション・ステイトメントの見直しは私にとって最も大切な時間でもあります(注9)。

 それにしてもミッション・ステイトメントというのは不思議なものです。短い文を読み直せば、たちまち忘れかけていた良心がよみがえり、まるで魂が真実に導かれるような気持ちになります。ということは、もしも私が変わり者でなく私の感性が一般的なものであるとするなら、すべての組織が、すべての職業人が、そしてすべての人がもしも熟考されたミッション・ステイトメントを持てば、全組織、そして全員が正しい方向に導かれるということになりますが、これは幻想なのでしょうか・・・。

 次回に続きます。

注1:たとえば下記のコラムで医師の犯罪について述べています。

メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」

注2:『トゥルーマン・ショー』は1998年公開のジム・キャリー主演のアメリカの映画。主人公は保険会社のサラリーマンとして平和な生活をしているが、実はテレビの壮大な企画番組であり、周囲の人物や景色はすべて撮影用のセット。いたるところに設置されたカメラで24時間監視され、それが世界中に放送されている、というストーリー。個人的に好きな映画です。

注3:解剖実習についてのコラムは下記を参照ください。

メディカルエッセイ第118回「解剖実習が必要な本当の理由」

注4:『ヒポクラテスの誓い』の日本語訳の一例を下記に記しておきます。

・この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
・師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
・著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
・自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
・依頼されても人を殺す薬を与えない。
・同様に婦人を流産させる道具を与えない。
・生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。
・どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
・医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

注5:「医の倫理綱領」を下記に紹介します。

医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
1.医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
2.医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。
3.医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
4.医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
5.医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
6.医師は医業にあたって営利を目的としない。

注6 他にも医師のミッションが記されたものはあります。下記コラムの最後に紹介したものも良質な医師のミッションです。

マンスリーレポート2013年2月号「幕末時代の勉強法から学ぶこと」

注7:「ナイチンゲールの誓詞」を下記に紹介します。

われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わんーーー
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。
われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、
悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。
われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし。
わが任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、
わが知り得たる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし。
われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。

 
注8:「警察官の宣誓」を下記に記しておきます。

私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令及び条例を遵守し、地方自治の本旨を体し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います。

注9:これについては下記を参照ください

マンスリーレポート2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」

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2014年3月22日 土曜日

第127回(2014年3月) A型肝炎に要注意、可能ならワクチンを

 A型肝炎が2014年になり例年を超える勢いで急増しているようです。国立感染症研究所の報告によりますと、2014年第9週までの報告数は102例になり、例年の倍以上のスピードで推移しているそうです。2月21日までの報告を地域別にみてみると、宮城県、大阪府、埼玉県、東京都あたりでの報告が目立ちます。

 もう少し詳しくみてみると、2月21日までの報告では、年齢の中央値は46.5歳、年齢階級でみると50~69歳が41%で最多、次が20~39歳の32%です。性別では男性が59%、女性が41%です。感染した地域は7割が国内で3割が海外です。海外での感染は、カンボジア、タイ、パキスタン、フィリピン、インドネシア、エチオピア、韓国、モロッコなどとされています。

 感染経路については、2月21日までの報告のうち9割以上が経口感染で、そのうち約4割は生カキの摂取が原因と考えられています。残りの約1割は性感染ではないかとみられています(注1)。

 A型肝炎というのはA型肝炎ウイルスによって発症します。アルファベットがついた肝炎ウイルスにはA型からE型があります。B型とC型については、日本にも感染者が多数いること(どちらも100万人以上と推測されています)、慢性化し将来的に肝臓ガンや肝硬変のリスクがあることなどから広く周知されていると思います。D型は日本にはほとんど存在しないこととB型に感染している人にしか感染しないことから一般にはあまり知られていません。E型はブタやシカを生で食べない限りは国内では感染しませんし、海外での感染もA型ほどは多くないためにそれほど有名ではありません。

 一方、A型肝炎は2~3年前から一躍有名になりましたが、このきっかけはおそらく2011年の夏に発生したタイの大洪水でしょう。一般に洪水被害が起こると「水系感染」といって汚染された水からの感染症が流行することがあります。タイはもちろん水道水は飲めずに飲料水はペットボトルなどで飲みますが、料理に使う水をすべてペットボトルでまかなうわけにはいきません。不衛生な水で野菜を洗ったり、そのような水で洗った包丁を使ってフルーツをカットしたりしますから、野菜や果物にA型肝炎ウイルスが付着していた、ということが起こりうるのです。

 もっとも、日頃から感染症に対する注意をしている人であれば、アジア方面に渡航する前にワクチンを接種していました。A型肝炎はワクチンで防げる病気、つまりVPD(注2)なのです。ワクチンは2回もしくは3回接種でほぼ全員に抗体がつき、少なくとも数年間は有効であり、特にアジア方面の海外渡航には必須のワクチンです。そのため、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、アジア方面への旅行(短期旅行もバックパッカーなどの長期旅行も)、留学、ボランティア、海外駐在や出張などに行く人たちからの依頼が多く、希望があれば全員に接種していました。

 ところがタイの大洪水をきっかけにA型肝炎ウイルスのワクチンが一気に供給不足となり入手できなくなってしまったのです。これは、つまり、「大洪水が起こるまでは感染症に注意している人たちの需要量とワクチンメーカーの供給量がちょうど釣り合っていた。しかし大洪水をきっかけにタイに進出している日系企業が慌てて駐在員や出張する社員にワクチン接種をおこなったせいで一気に供給量が不足した」ということです。

 このサイトで何度も取り上げているように、日本人は感染症に関しては他国に比べると随分と遅れています。海外駐在員も同様で、さすがにB型肝炎ウイルスのワクチンを接種していない駐在員はほとんどいないと思いますが(ただし中小企業の駐在員や大企業でも現地採用の社員では接種していない人もいまだにけっこういます)、A型肝炎ウイルスのワクチンは接種率がさほど高くなかったのです。

 現在のワクチンの状況はどうかというと、谷口医院は旅行医学をおこなっているということもあり、ある程度は優先的にワクチンを回してもらっています。ただし以前のように希望者全員に接種できるほどは入手できません。そこで社会的に優先順位の高い人、具体的には、中小企業の駐在員・出張者(大企業の場合は社内で産業医に接種してもらうよう助言しています)、フリーのジャーナリストやカメラマン、ボランティア、留学などの目的の人に接種するようにしています。つまり、現時点では、バックパッカーも含めて単なる旅行目的の人には接種できないこともあります。また性感染症の予防目的という人や、カキを生で食べたいから接種したいという人にもお断りすることがあります。

 A型肝炎という病気やウイルスには馴染みがないという人が多いかもしれませんが、これは現在の日本が清潔になっていて感染の危険性が大きく減少しているからです。戦後間もない頃の不衛生な環境では感染者が珍しくありませんでした。日本は上水道は比較的早くから整備されており水道水がそのまま飲めるありがたい国ですが(水道水をそのまま飲める国というのはそれほど多くないのです)、糞尿を野菜栽培の肥料として使っていたこともありA型肝炎は稀な疾患ではなかったのです。

 実際、現在70代以上の人の採血をすると抗体ができている(つまり感染して治癒している)ということがけっこうあります。実はA型肝炎には不顕性感染(感染したことに気付かずに治っている)ことがあり、特に小児期では不顕性感染が8割以上と言われています。一方、成人の場合は不顕性感染が10~25%程度であろうと言われています。

 A型肝炎ウイルスに罹患し発症すると、発熱や倦怠感などに苦しめられます。初めから確定診断にいたることは少なく、風邪などと誤診されることが多いといえます。症状が継続するために採血をおこなうと肝機能が悪化しておりそこからA型肝炎が疑われて検査をおこない確定にいたる、という流れです。ただ、A型肝炎はB型肝炎やC型肝炎と同様、潜伏期間が長く(1ヶ月以上になることもあります)、問診から感染のエピソードを探りにくいことがあります。B型やC型であればタトゥーやボディピアス(これらは忘れないでしょう)や性交渉(これも忘れないのが普通でしょう)を思い出してもらうのにそれほど苦労しませんが、A型の場合は1ヶ月前に食べたものを思い出してもらうのは簡単ではありません。

 A型肝炎を発症すると通常は入院になります。倦怠感と発熱がしばらく続き日常生活が困難になるからです。入院してもたいした治療はないのですが点滴をつなぎっぱなしにして水分を補うことをします。重症化(劇症化)はB型肝炎などと比べると頻度は低いのですがないわけではありません。今年(2014年)の報告では劇症化はないようですが、劇症肝炎になると命を失うこともあります。

 ところでカキといえば、A型肝炎よりもむしろノロウイルスの方が有名です。ノロウイルスによる下痢症が昨年(2013年)末から急激に増えました。ノロウイルスは感染力が非常に強く、例えば、感染者が嘔吐した絨毯を拭いた後掃除機をかけてウイルスが空気中に散乱しそれを吸って感染、といったこともあります。またアルコールでは死滅せずに特別な対策が必要です。ここ数年間は毎年ノロウイルスが原因と思われる下痢が冬になると増えますが、生カキを食べて、というのはそれほど聞きませんでした。ところが、今シーズン(2013年11月頃から2014年3月にかけて)は、生カキを食べて、と答える人が私の印象で言えば異様に多いのです。

 そして、もう少し踏み込んで言えば、生カキを食べる人が増えた結果としてA型肝炎に罹患する人が増えているのではないか、という印象がぬぐえないのです。ちなみに、我々医療従事者は(全員とは言い切れないかもしれませんが)生カキは食べません。A型肝炎ウイルスのワクチンは接種していますが、ノロウイルスにはワクチンもなく防ぐ術がないからです。そして医療者がノロウイルスに感染したとなると、感染力の強さを考えると仕事は休まなければなりませんし、生カキを食べて下痢で休んだなどということは医療の世界では「恥」以外の何物でもありません。

 もちろん生カキというのは美味しいものですから(実は私も大好物で、引退後に思いっきり食べることを夢見ています)、一般の人は医療者ほど敏感になる必要はありません。ノロウイルス感染のリスクを抱えて食する、という考えがあってもいいと思います。それに小児や高齢者や免疫不全の状態でなければ、感染して数日間は下痢と嘔吐に苦しめられても水分摂取さえ持続できれば命にかかわる状態にはなりません。

 ただしA型肝炎はそういうわけにいきません。稀とはいえ劇症化もありますし、劇症化に至らなくても入院治療が必要になります。A型肝炎ワクチンは(値段は安くありませんが)副作用もほとんどなく極めて有効なワクチンです。海外渡航、生カキの摂取を考えている人は積極的に検討すべきでしょう。

注1:A型肝炎は不衛生な水や食べ物から感染することが多いのですが、性的接触を介して他人の肛門からの感染もあります。詳しくは下記コラムを参照ください。

NPO法人GINAウェブサイト
Dr.谷口のセイフティ・セックス講座(2010年4-5月)

注2:VPDについては下記コラムを参照ください。
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年3月17日 月曜日

2014年3月17日 AGAにはプロペシアよりアボルブが有効?

  現在AGA(男性型脱毛症)の治療に最も多く使われているのはプロペシアですが、数年前よりアボルブの方が有効ではないのか、という議論があり、最近興味深い研究が報告されましたので紹介したいと思います。

 しかしその前にこの「アボルブ」について簡単にまとめておきたいと思います。アボルブは2009年に「前立腺肥大症の治療薬」として国内で処方できるようになった薬です。前立腺肥大症の薬には様々なものがありますが、アボルブは5αリダクターゼ阻害薬と呼ばれるものです。ジヒドロテストステロンという男性ホルモンが前立腺肥大に関与していることがわかっており、5αリダクターゼ阻害薬はこのホルモンの合成を抑制するのです。

 一方で、プロペシアも5αリダクターゼ阻害薬(注1)です。しかしプロペシアは初めからAGAの治療薬として開発され承認されたものであり、前立腺肥大症の薬としては承認されていません。その反対に、アボルブは前立腺肥大症に対して承認されているものでAGAに対しては承認が取得されていません。

 しかし当局に「承認」されるかどうかというのは社会的な課題であり、AGAや前立腺肥大症に悩んでいる人たちからすれば、「承認なんてどうでもいいから効く方を処方してくれ」となるのは当然でしょう。

 さて、プロペシアとアボルブのどちらがAGAに効くかというのは以前から研究者の間でも関心が持たれていました。小規模の比較検討しかなかったなかで、2006年に比較的大規模な研究結果が医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』に発表されました(注2)。この研究では合計416人の男性が、フィナステリド(プロペシアの一般名)5mg、デュタステリド(アボルブの一般名)0.05mg、0.1mg、0.5mg、2.5mg、プラセボ(偽薬)のいずれかに振り分けられ発毛の効果が比較検討されています。結果は、デュタステリド2.5mgが有意にフィナステリドより効果があった、というものでした。

 ただ、この研究が残念なのが、デュタステリドが2.5mg、フィナステリドが5mgでの検討であるということです。実際の製品のアボルブは0.5mg、プロペシアは1mgです。これでは、アボルブがプロペシアより有効と断定することはできません。

 同じ医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2014年1月10日号(オンライン版)(注3)に、(私が知る限り)初めてのプロペシアとアボルブのAGAへの有効性を比較検討した大規模研究が報告されました。

 この研究では合計917人の20~50歳の男性が、デュタステリド0.02mg、0.1mg、0.5mg、フィナステリド1mg、プラセボ(偽薬)のいずれかに振り分けられ半年後(24週後)に効果判定がおこなわれています。

 結果は、デュタステリド0.5mg(つまりアボルブと同じもの)がフィナステリド1mg(プロペシアと同じもの)よりも有意に発毛効果があった、というものです。毛髪数、髪の太さのいずれもが有意に増大し、写真での評価もより改善していたそうです。また、副作用は同程度であったようです。

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 この研究結果を受けて、現在プロペシアを服用している人のなかにもアボルブへの変更を希望する人が増えてくることが予想されます。アボルブの販売元のグラクソ・スミスクライン社は現時点ではAGAの承認を取得する予定はないそうですが、AGAで悩んでいる人たちのなかには、承認が取れているかどうかは関係ないと考える人もいるに違いありません。実際、太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも2~3年前から、「プロペシアでなくアボルブを処方してほしい」という患者さんが少しずつ増えてきています。

(谷口恭)

参考:薄毛・抜け毛を治そう
Q6 アボルブがプロペシアよりもいいって聞いたんですが・・・

注1:もう少し詳しくいえば、5αリダクターゼには1型と2型があり、プロペシアは5αリダクターゼの2型のみ阻害しますが、アボルブは1型にも2型も作用します。

注2:この論文のタイトルは「The importance of dual 5α-reductase inhibition in the treatment of male pattern hair loss: Results of a randomized placebo-controlled study of dutasteride versus finasteride」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2806%2901287-4/abstract

注3:この論文のタイトルは「A randomized, active- and placebo-controlled study of the efficacy and safety of different doses of dutasteride versus placebo and finasteride in the treatment of male subjects with androgenetic alopecia」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2813%2901171-7/abstract

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年3月10日 月曜日

2014年3月号 医療費を安くする方法~中編~

 医療費をできるだけ安くする方法として前回述べたのは、診察代は基本的に同じであるから、検査を必要最低限のもの減らして、薬を可能であれば後発品(ジェネリック薬品)にする、というものです。今回は診察代について掘り下げていきたいと思います。

 まず、前回私は「診察代は基本的に同じ」としましたが、正確に言うとその人の疾患によって異なってきます。前回は、紹介状なしで大きな病院に行くと、通常の初診代とは別に数千円から1万円くらいの別料金が徴収されることを述べました。

 大きな病院でない普通の診療所やクリニックであれば初診代は一定に決められており、3割負担で810円(平日の18時以降と土曜日の12時以降はプラス150円)です。これはどのような疾患で受診しようが、3分で診療が終わろうが30分以上かかろうが同じです。もっとも、初診で診察時間が3分などということはあり得ませんが。

 診察代が患者さんごとによって変わるのは「再診」のときです。まず「再診」の定義から考えていきましょう。例えば風邪で2013年3月に一度受診して1年後の2014年3月に再び受診したときには「再度診察を受けた」のは事実ですが「再診」とはみなされません。「再診」とは同じ疾患で継続して受診している場合を差します。

 では、数年前から年に1~2度じんましんが出るという人が、2013年3月にじんましんである医療機関を受診(初診)して1年後の2014年3月に再び受診したときはどうでしょう。この場合は同じ「じんましん」ですが、通常はこの場合も「初診」とみなされます。1年間は期間が長すぎるからです。つまりいったん治療を終了して1年後に改めて診察が始まったと考えられるというわけです。

 では、2013年3月にじんましんで受診して1ヶ月後の2013年4月に同じじんましんで受診したときはどうなるかというと、これは「再診」になると思われます。では、3ヶ月後ではどうか、6ヶ月後ではどうか・・・、という疑問が出てきます。これについては下記のような規定があります。(以下①②③などの番号はこのコラムを分かりやすくするために便宜上つけたものです)

①患者が任意に診療を中止し、1月以上経過した後、再び同一の保険医療機関において診療を受ける場合には、その診療が同一病名又は同一症状によるものであっても、その際の診療は、初診として取り扱う。(『保険診療の手引き』2012年4月版全国保険医団体連合会より)

 これをそのまま読めば、1ヶ月から1日でも過ぎれば新たに初診代がかかることになります。再診代は370円ですから(正確には狭い意味での再診代210円に「外来管理加算」と「明細書発行体制等加算」というのが加わり合計370円になります。平日18時以降と土曜日12時以降はプラス150円になります(注1))、初診代の半額以下になります。つまり「初診」と「再診」で440円もの差が生じるわけで、できることなら「再診」にしてもらいたいものです。

 ここで①の「患者が任意に診療を中止し」に注目してみましょう。「任意に診療を中止する」というのを素直に解釈すれば、「患者側の自己判断で治療を中止した」ということになります。しかし、先に例にあげたじんましんであれば、通常は「薬をしばらく飲んで症状が消失すれば再診されなくてかまいません。再発すれば受診してください」と言われることが多いわけです。例えば2ヶ月後に再発して受診したときに、これが「患者が任意に診療を中止した」とは言えないでしょう。私自身が患者ならそのように思います。

 もっと分かりやすい例を挙げましょう。高尿酸血症で尿酸値を下げる薬を飲んでいる患者さんがいたとしましょう。この患者さんは治療開始までは尿酸値が高値を示しており痛風発作を起こしたこともありましたが現在は安定しています。そこで2013年3月の受診時に2ヶ月分の薬が処方され次回は薬の切れる2ヶ月後に受診するように言われたとします。そして予定通り2ヶ月後に受診した場合「患者が任意に診療を中止した」わけでないのは自明です。
 
 実は①の規定には次のような続きがあります。

②(①にかかわらず)慢性疾患等明らかに同一の疾病または負傷であると推定される場合の診療は、初診として取り扱わない。(同書より)

 つまり、その病気が「慢性疾患」であれば期間があいても「再診」になるというわけです。では、この高尿酸血症の患者さんが薬を飲み忘れることが多く、2ヶ月分の薬を処方されたけれどなくなるまでに4ヶ月かかり4ヶ月後に再診されたとしましょう。この場合は「初診」「再診」のどちらでしょうか。

 規定には次のような補足があります。

③社会通念上治癒したと認められる状態(療養中止後自覚症状もなく相当期間継続して業務に服し日常生活に支障がない)の後に再発した場合は初診料は算定できる。(同書より)

 薬を飲み忘れて2ヶ月後の受診予定が4ヶ月後になったとき、規定の読み方によっては①の「患者が任意に診療を中止し」に該当すると解釈できなくはありません。また(元々高尿酸血症に自覚症状はありませんから)痛風発作などを起こしていなければ③の「日常生活に支障がない」に該当します。したがって、この場合は規則の解釈の仕方によっては「初診」とされるかもしれません。

 この解釈は医療機関によって変わってくる可能性があります。太融寺町谷口医院(以下、「谷口医院」)ではこのようなケースでは「再診」にしていますが「初診」とする医療機関もあるかもしれません。先にあげたじんましんのケースでも谷口医院では「再診」にしていますが「初診」としているところもあるかもしれません。

 では、例にあげたじんましんのケースでも高尿酸血症のケースでも、5ヶ月後、6ヶ月後ならどうでしょうか。このあたりの対応は医療機関により様々だと思われます。谷口医院では、だいたい6ヶ月を目処にしています。つまり慢性疾患であれば6ヶ月以内に受診されれば特別な理由がない限りは「再診」の扱いにしています。もっと長い場合もあります。例えば、膠原病で抗核抗体やいくつかの自己免疫系の抗体が陽性となっており定期的な経過観察は必要だけれども症状がないという場合、「症状がなければ1年後の採血で充分です」というようなときは1年後でも「再診」としています。

 今までみてきたのは「同じ疾患」の場合です。別の疾患で受診した場合はどうでしょうか。例えば2013年3月にインフルエンザで、2013年4月に水虫で受診した場合はどうなるでしょう。これには次の規定があります。

④第1病が治癒した後であれば第2病が短時日後の診療開始でも初診料は算定できる。(同書より)

 これを文字通りに解釈すれば、1ヶ月後でなくても、例えばインフルエンザで受診した2週間後に水虫で受診しても新たに「初診」とされてしまいます。しかし患者さんの心理として、わずか2週間後の受診で「初診」というのは納得しがたいのではないでしょうか。それに、通常は2回目の水虫の受診のときにも医師は「インフルエンザはその後どうでしたか」といった質問はするわけで、例えば患者さんが「熱は数日で下がりましたが咳はその後しばらく続いていました。今は元気です」と答えた場合、これはインフルエンザの再診に該当すると言えなくもありません。

 このあたりの解釈は医療機関によって異なると思います。谷口医院でもケースバイケースにしていますが、通常はまったく別の病気で受診されたとしても1ヶ月以内であれば「再診」としています。

 以上みてきたように「初診」「再診」というのは一見簡単そうで実は相当複雑です。「任意に診療を中止」「社会通念上」「相当期間」といった言葉は解釈に幅がありますし、①と②、あるいは②と③は互いに矛盾しているように見えなくもありません。これだけ複雑ですからまったく同じような状況であったとしても医療機関ごとに対応が異なるのはある程度はやむを得ないのです。

 そして、診察代には今回みてきた「初診」「再診」以外にも複雑なからくりがあります。次回はそれについて解説を加え、その上で診察代を安くする方法を検討していきたいと思います。

注1:外来管理加算は多くの場合で算定されますが、されない場合もあります。何らかの処置をおこなったときは算定されません。手術、熱傷や傷の処置、関節内穿刺、(イボなどに対する)液体窒素療法などが代表です。これらの場合、外来管理加算が算定されない代わりに処置料がかかります。家族の者が代理に受診した場合も外来管理加算は算定されません。原則として受診は本人がおこなわなければなりませんが、どうしても受診できない事情があり、様態が変わっておらず必要な薬が慢性疾患のものであれば、同居している家族が代わりに受診することができます。あとは、過去に「診察時間が概ね5分以下の場合は外来管理加算を算定しない」といったルールが決められたこともありましたが、現実的でないとの理由で現在は撤廃されています。

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2014年3月3日 月曜日

2014年3月3日 麻疹(はしか)が増加中

  昨年(2013年)と2012年は風疹が増加し、マスコミの報道や、行政が妊婦さんやその配偶者にワクチン接種の補助をおこなったことなどもあり、社会的な関心が高まり、抗体検査やワクチン接種をおこなう人が増えました。

 一方、世間の関心が非常に低くなっているのが麻疹(はしか)です。麻疹は2007年に国内で流行し、修学旅行でカナダに旅行中の高校生が発症しカナダ当局により学生と教師が隔離されるという出来事があり、また米国では日本から遠征に来ている男子生徒が麻疹の感染源になっていることをCDCが公表し随分と問題になりました。世界中から「日本は麻疹の輸出国」と嘲笑され、日本の行政も麻疹のワクチンをきちんと接種するよう広く呼びかけました。(ちなみに先進国で麻疹が流行するような国は他にはなく、韓国では2006年にWHO(世界保健機構)から「麻疹撲滅国」と認定されています)

 私の印象でいえば2009年の年明けくらいまではまだ麻疹に対する社会的関心はありましたが、ちょうど新型インフルエンザが流行りだした頃からピタッとなくなりました。太融寺町谷口医院でも、その頃から麻疹のワクチンを希望する人が激減していました。

 風疹がじわじわと広がりだし、風疹ワクチンが底をつくと「MRワクチン」の需要が増え出しました。MRワクチンというのは麻疹と風疹の混合ワクチンであり双方に効果がありますから大変有用なものなのですが風疹単独ワクチンに比べて値段が高いのがネックになります。しかし風疹単独ワクチンがない状態であればMRワクチンを接種するしか風疹を防ぐ方法はありません。「麻疹も同時に防げるならMRワクチンの方がいいですね」と話す人もいましたが、大半の人は「風疹だけでいいんだけれどMRワクチンしかないなら高くても仕方ないですね」という感じでMRワクチンを”仕方なく”接種していたのです。

 2013年秋頃より、長らく生産が追いついていなかった風疹ワクチンの供給が再開されました。すると再開されたとたんにMRワクチンの需要はすっかりと鳴りを潜め、谷口医院では風疹ワクチンを希望する人の半数以上が風疹単独ワクチンを選んでいます。

 さて、前置きが長くなりましたが、現在麻疹が再び増加傾向にあるようです。国立感染症研究所の2014年2月7日のレポート(注1)によりますと、海外での感染が推定される輸入例が増加しているそうです。2013年11月25日から2014年1月26日の国内における麻疹報告数は61例で、前年同時期の26例と比べると2.3倍に増加しています。

 61例の内訳をみてみると、感染者は男性32例女性29例で、輸入例が24例です。輸入元の内訳は、フィリピンが17例と最多、スリランカ2例、インドネシア2例で、グアム、インド、オーストラリアが1例ずつです。このうち、グアムとオーストラリアは国民全員がワクチン接種を適切にしているはずですから、観光客からの感染の可能性が強いでしょう。

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 日本には「麻疹のようなもの」という慣用句があり、意味は「誰でも経験するささいなこと」といった感じです。しかし、実際には麻疹というのは死亡することもありますし、SSPEと呼ばれる認知症や植物状態となる大変やっかいな合併症もあります。(詳細は下記はやりの病気第46回を参照ください)

 日本は多くの感染症でワクチン接種率が低いことがよく指摘されます。麻疹もその代表ですが、麻疹の場合は、単に国民の意識が低いからというだけでなく、この悪しき慣用句のせいで軽症のイメージが日本人の潜在意識にすり込まれているのではないか、と私はみています。

 麻疹はワクチン接種(2回接種)をして抗体をつくっておけば100%防げる感染症です。ワクチンを2回接種していない人や不明な人は、一度抗体検査をしておくべきでしょう。

(谷口恭)

注1:このレポートは下記URIで読むことができます。
http://www.nih.go.jp/niid/ja/from-idsc/656-infectious-diseases/disease-based/ma/measles/idsc/idwr-topic/4359-idwrc-1404.html

参考:はやりの病気
第46回(2007年6月)「はしかの予防接種率はなぜ低いのか」
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」
第109回(2012年9月)「これからの風疹対策」

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2014年2月28日 金曜日

2014年2月28日 高齢女性の座りっぱなし、死亡リスクが上昇

 数年前から、「長時間の座りっぱなしは生活習慣病の危険因子となり死亡リスクを上昇させる。そしてこの弊害は運動をしても解消されるわけではなく、危険性は喫煙に匹敵する」ということがしばしば指摘されています。

 今回紹介する研究も似たような結論が導かれています。医学誌『American Journal of Preventive Medicine』2014年2月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、座って過ごす時間が長い高齢女性は、活動的な女性に比べ、早期死亡のリスクが有意に高いそうです。

 この研究の対象は米国の閉経後の女性92,334人です。対象者は調査開始時点で50~79歳であり追跡期間の中間値は12年です。座りっぱなしで「非活動の時間」(注2)が、①4時間以下、②4~8時間、③8~11時間、④11時間以上の4つのグループに分けて死亡リスクが検討されています。

 分析した結果、④の1日11時間以上座っている女性は、①の4時間以下の女性に比べると、全原因による死亡リスクが12%高いということが判ったそうです。疾患ごとにみてみると、脳血管疾患、心疾患、ガンによる死亡率が、それぞれ13%、27%、21%高かったようです。

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 この研究でも、定期的な運動をしていたとしても長時間座りっぱなしのリスクを帳消しにはしてくれない、といったことが述べられています。これまで発表されている座りっぱなしが危険であることを示す研究は比較的大規模のものが多く、座りっぱなしが早期死亡のリスクになることはほぼ間違いないでしょう。我々ひとりひとりの対策が必要になります。

(谷口恭)

注1 この論文のタイトルは「Sedentary Behavior and Mortality in Older Women」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.ajpmonline.org/article/S0749-3797%2813%2900594-1/abstract

注2:原文ではsedentary timeとされています。

参考:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
医療ニュース2010年7月30日「座っている時間が長い人は短命?」

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2014年2月28日 金曜日

2014年2月28日 ビタミンDのサプリメントに有益性なし

  ビタミン剤のサプリメントは健康にいいどころか危険性が多く、安易に使用されるべきでないことが指摘されるようになってきていますが(それでもいまだに過剰な宣伝は一向におさまらず使用者は多いようです・・・)、そのビタミン剤のなかで比較的有益ではないか、とされていたのがビタミンDです。

 しかしそのビタミンDへの期待も”幻想”に過ぎなかったようです。

 医学誌『Lancet Diabetes & Endocrinology』2014年1月24日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、ビタミンDのサプリメントによる健康上の有益性はほとんどないそうです。

 この研究はニュージーランド、オークランド大学のMark J Bolland氏らによっておこなわれています。研究者は、これまでに発表されたビタミンDのサプリメントの効果を評価した複数の調査を総合的に分析(メタ分析)し、ビタミンDの有益性を改めて検討しています。

 分析の結果、虚血性心疾患(患者総数48,647例)、脳血管障害(患者総数46,431例)、ガン(患者総数48,167例)、骨折(患者総数76,497例)におけるビタミンDのサプリメントの効果は、カルシウムの併用をしていてもしていなくても、有意な効果は認められなかったそうです。別の見方をすると、ビタミンDのサプリメントを摂取しても、これら疾患のリスクは15%以上は減少しないことが判ったそうです。

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 ビタミンDのサプリメントの効果が「15%以上は減少しない」ということは「15%近くは減少する」ということでそれならば有益ではないか、という見方をしたくなりますが、これは効果を多く見積もって15%未満ということであり、実際は効果はほとんどないとみるべきでしょう。また、ビタミンDを過剰摂取したときの副作用にも注意しなければなりません。

 ただしビタミンDは危険なものでは決してなく人間には必要なものです。肉や卵に豊富に含まれていますからバランスよく食事をしていれば欠乏することはないのですが、ベジタリアンの人たちは不足しがちになります(注2)。ですから、ベジタリアン(特にヴィーガン)の人たちは肉や卵が食べられないならサプリメントでの摂取も検討すべきです。

 まとめると、ビタミンD欠乏症になればサプリメントも含めてビタミンDの積極的摂取を検討すべき、一方欠乏症でない人はサプリメントに有益性はほとんどないことを理解し、有害性に注意すべき、となると思います。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「The effect of vitamin D supplementation on skeletal, vascular, or cancer outcomes: a trial sequential meta-analysis」で下記の論文で概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/landia/article/PIIS2213-8587%2813%2970212-2/abstract

注2:ベジタリアンについては下記も参照ください。
メディカルエッセイ第126回(2013年7月)「我々はベジタリアンの道を進むべきか」

参考:医療ニュース
2014年1月28日「やはりビタミン・ミネラルのサプリメントは利益なく有害」
2010年2月1日「ビタミンDの不足は大腸ガンのリスク」
2010年2月11日「ビタミンDが不足すると喘息が悪化」

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2014年2月21日 金曜日

第133回(2014年2月) スタチンの功罪とリンゴのことわざ

 著名な医学誌『BMJ(British Medical Journal)』の2013年12月17日号(オンライン版)に「1日1錠のスタチンで医者知らず、ことわざとの比較研究」というタイトルの論文が掲載されました(注1)。(原題は「A statin a day keeps the doctor away: comparative proverb assessment modelling study」です)

 スタチンというのは、コレステロールを下げる薬として有名なもので日本を含め世界中で多くの人が毎日内服しています。今回はこのスタチンについて効果と副作用について紹介したいのですが、BMJのこの論文の「ことわざ」とは何なのかについて先に解説していきたいと思います。

 この論文でとりあげられている「ことわざ」は、「an apple a day keeps the doctor away」というもので、日本語にすれば「一日一個のリンゴで医者知らず」となります。これは大変有名なことわざで、英語を本格的に勉強したことのある人なら聞いたことがあると思います。(ちなみに私は、以前からthe doctorではなくa doctorにすべきではないのか、と感じているのですがtheが正しいようです。英語の冠詞は私にとって未だに本当にむつかしいものです。まあ、フランス語やドイツ語よりはましですが・・・。アジアの言語には冠詞という概念がほとんどありませんが特に問題はないわけで、冠詞って本当にいるのか、と思うことすらあります・・・)

 話を戻しましょう。 原題のA statin a day keeps the doctor awayは、このリンゴのことわざに”かけている”のです。スタチンは高コレステロール血症の治療として用いる場合は、その人の状態によって1錠であったり2錠であったりそれ以上であったりしますが、ここでいっているのはスタチンの「予防的投与」です。イギリスでは高コレステロール血症の予防薬としてシンバスタチン40mgの1日1錠服用が認められています。(ちなみに、日本で高コレステロール血症の治療にシンバスタチンを使用するときは5~10mgが標準で重症例でも20mgまでです。40mgというのは日本人の感覚からすればかなりの高用量です)

 今回の研究では、そのシンバスタチン40mg1日1錠を内服しているグループと、1日1個のリンゴを摂取しているグループとを比較し、どちらが心血管系疾患の死亡を減らせるかを検討しています。実際には、シンバスタチンを内服している人もリンゴを食べますし、リンゴ1日1個のグループも、ときには2個食べることもあるでしょうが、そのあたりは統計学的な処理をして調整されています。また総摂取カロリーも同等に調整されています。
 
 解析の結果、もしもイギリスの50歳以上の全国民にシンバスタチンを投与すると年間9,400人の心血管疾患による死亡が回避できることが分かりました。一方、リンゴを摂取すると8,500人が死亡を回避できるそうです。

 ただし、リンゴには副作用がなくスタチンにはあります。分析によると、スタチン摂取であれば年間1,200人が筋肉の障害を発症し、そのうち200人は横紋筋融解症というときに致死的になる重大な筋疾患に発展します。また、12,300人が糖尿病を発症します。
 
 興味深いことに、この研究ではスタチンとリンゴの費用も算出されています。50歳以上の全国民にスタチンを投与するとなると、1億8000ポンド(約306億円)が必要になるのに対し、リンゴであれば2億6000ポンド(約442億円)がかかります。

 お金のことは置いておくとして、スタチン、リンゴのどちらを選択すべきでしょうか。効果面だけをみればスタチンの方に軍配が上がりますが、副作用の問題は無視できません。特に、スタチンのせいで年間12,300人もの人が糖尿病を発症するなら意味がないのではないか、と思えます。

 実は、スタチンは随分と長い間、副作用の少ない有効で安全な薬とされていましたが、最近は糖尿病のリスクを上げるのではないか、ということがしばしば指摘されています。これに反論する報告、つまりスタチンは糖尿病のリスクを上げるわけではない、とするものもありますが、世界的には、スタチンの糖尿病リスクは次第にコンセンサスが得られているように私は感じています。

 ただし、一言で「スタチン」といっても様々な種類のものがあります。そして、スタチン間の比較検討をおこなった研究もあります。医学誌『Circulation』2013年7月9日号(オンライン版)(注2)によりますと、スタチンの種類によっては肝機能障害などの重篤な副作用のでやすいものもあり、安全性を総合的に評価するとシンバスタチンとプラバスタチンがより安全、という結果がでています。ただし、糖尿病についてはどのスタチンも同じようにリスクがあるようです。

 リンゴが嫌いな人、あるいは嫌いじゃないけど毎日も食べられないという人はスタチンを1日1錠飲む方がラクと思われるかもしれません。しかし糖尿病を含めて副作用のリスクを抱えてまで、治療ならともかく予防的にスタチンを飲みたい、という人はそう多くはないでしょう。

 ところで、なんでリンゴなの?と思う人もいるのではないでしょうか。リンゴでなくて例えばみかんとか桃はダメなの?と感じる人もいるでしょう。なぜリンゴなのか、それは先に紹介したことわざにあるからですが、なぜこのようなことわざがあるかというと、ヨーロッパ人にとってリンゴが国民的フルーツであるからに他なりません。

 米原万里さんの『旅行者の朝食』 にこの話が少し出てきます。ウイリアムテルや白雪姫からもわかるようにヨーロッパ人にとってのリンゴというのは単なるフルーツ以上の意味があります。ニュートンが万有引力の法則を発見したのもリンゴがきっかけとされていますし、アダムのリンゴのことを考えれば、単にフルーツではなく「生命」に関する何かの象徴であるようにすら思えてきます。米原万里氏はこの本の中で日本人のリンゴに相当するものは「柿」ではないかと自説を述べられていますが、私は日本人の柿よりもヨーロッパ人のリンゴの方が遙かに果物以上の意味を持っているように感じています。

 話をスタチンに戻しましょう。私個人としてはスタチンの予防投与には賛成していません。効果があるのは事実ですが、副作用のリスクもあるわけですし、リンゴを毎日食べられなければ他の果物などでコレステロールを上昇させないものを探せばいいわけですから無理にスタチンを摂取する必要はありません。

 それにイギリスで予防的に摂取されているシンバスタチンには副作用以外にも「欠点」があります。それはスタチンの種類によっては「グレープフルーツを食べられなくなる(注3)」ということでシンバスタチンも該当します。実際には少量なら特に問題は起こりませんが、例えば毎朝コップ1杯のグレープフルーツジュースを飲むことを習慣にしているような人はシンバスタチンはやめておいた方がいいでしょう。この点では、シンバスタチンと同様に安全という結果がでたとされる「プラバスタチン」(注4)の方が安全です。

 スタチンという薬は世界で最も処方量が多い薬のひとつであり、医学及び薬学の歴史に残る薬です。そしてスタチンが発見されたのは1973年で日本人の学者によるものです。生化学者の遠藤章博士が青カビの培養液から最初のスタチンを発見したのです。この発見はノーベル化学賞に値する功績だと私は考えていますが、なぜかマスコミなどはあまり遠藤博士を取り上げていないような気がします。

 スタチンが医薬品として登場したのは1989年ですから、今年(2014年)で25年目ということになります。スタチンはコレステロールを下げること以外にも、最近は様々な利点や欠点が指摘されるようになり、例えば歯周病を減少させるという研究がありますし、欠点としては白内障のリスクを上げる可能性も指摘されています。

 私自身の結論を述べれば(この手の話題は毎回同じような結論になっていますが)、心血管系疾患を含むほとんどの非感染性の疾患については、薬に頼るのではなく、バランスのいい食事と適度な運動、ストレス軽減、禁煙、早寝早起きなどをまずは心がけるべき、というものです(注5)。

注1:この論文は下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/347/bmj.f7267

注2 この論文のタイトルは「Comparative Tolerability and Harms of Individual Statins」で下記のURLで概要を読むことができます。
http://circoutcomes.ahajournals.org/content/early/2013/07/09/CIRCOUTCOMES.111.000071.abstract

注3:グレープフルーツがダメなら他の柑橘系は?という疑問がでてくると思います。グループフルーツがスタチンに相性が悪いのは、果肉部分に存在するフラノクマリンという物質の特定のタイプのものが含まれているからです。これはピンクグレープフルーツにはあまり含まれていませんから、グレープフルーツを食べるならスタチンを内服している人はピンクグレープフルーツにしておくべきと言えるかもしれません。また、みかんやオレンジ、レモンなどにはこのタイプのフラノクマリンがほとんど含まれていません。一方、スウィーティー、ザボン、ハッサク、夏みかん、ブンタン、バンペイユ、ダイダイ、サワーオレンジには比較的多く含まれていますからグレープフルーツと同様の注意が必要です。

注4:プラバスタチンは一般名であり、商品名は先発品では「メバロチン」です。後発品も様々なものがあり、当院でも基本的には後発品を処方しています。

注5:このあたりについては下記メディカルエッセイを参照ください。
メディカルエッセイ第129回(2013年10月号)「危険な「座りっぱなし」」

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2014年2月21日 金曜日

第126回 デング熱は日本で流行するか 2014/2/21

 今回は以前私がタイ渡航中にある日本人男性から聞いた話から始めたいと思います。

 西岡直也氏(仮名)は30代半ばの男性です。20代の頃からタイが大好きで、タイでの生活を楽しむために働いていた会社を退職し、時給のいい夜間の工場勤務を数ヶ月間おこない、まとまったお金ができるとタイで数ヶ月過ごし、お金が尽きると日本に戻り再び夜間の工場勤務、という生活を続けていたそうです。

 景気のいい頃はこのような工場勤務の仕事がいくらでもあったのにリーマンショック以降はピタっとなくなった、と西岡氏は言います。仕事の内容にこだわらなければ日本でも仕事がないわけではなかったそうですが、氏の選択した方法は、タイで仕事を探す、というものでした。

 とはいえ、景気が悪いのはタイも同じです。大学を卒業しておらず、特に何ができるというわけでもなく、英語は片言、タイ語については普通の日本人観光客よりはできますし日本企業のタイ駐在者よりも日常用語は話せますが、とてもビジネスに応用できるレベルではありません。そんな西岡氏が選んだタイでの仕事とは日本語教師です。

 日本語教師と聞けばハードルが高そうですが、東南アジアで日本語を教えている日本人は日本語を教える教育を受けているとは限りません。というより、そのような教育を受けている教師の方が少なく、実際は日本人であれば学校のレベルにこだわらなければほとんど誰にでもできる仕事だと言われています。(たしか沢木耕太郎氏の名著『深夜特急』にも、レベルの低い日本人の日本語教師がタイで登場していたような記憶があります)

 ただし日本語教師の給料は驚くほど安いものです。西岡氏はバンコクでの仕事をあきらめ、タイ人の友達のつてを頼ってバンコク近郊のある県の日本語の塾での仕事をみつけました。給料は安いけれど(日本円で月給2万円程度)、家賃も安く(5千円未満)、なんとか生きていくことはできるそうです。

 しかし、タイでお金がなくてもやっていける自信があった西岡氏は、あることに対する知識を充分に持っていませんでした。それは「蚊対策」です。

 ある日の朝、身体がだるく風邪でもひいたかなと思った西岡氏は、いつものように塾には行ったものの昼過ぎからは立っているのも辛くなってきました。塾長に付き添われて現地の公立病院を受診した結果、診断は「デング熱」でした。数日間でよくなるだろうと言われましたが、水分摂取もままならないほど倦怠感が強いため西岡氏は入院することになりました。主治医の話だと当初は1~2日で退院できるだろうとのことだったそうです。

 ところが、西岡氏の様態は急激に悪化していきました。意識が朦朧とし何日間寝ていたのかも分からなかった、と氏は回想します。そのときはタイ語も(西岡氏のタイ語レベルでは病気の話はできません)英語もできない氏は医師の説明がよく分からなかったのですが、後から日本語のできるタイ人(医療関係者)から、それは「デング出血熱」であったことを教えてもらったそうです。血小板が生命を維持する数値を大きく下回っていたと聞かされたと言います。幸運にも西岡氏は何の後遺症もなく回復しましたが、デング出血熱がここまで進行すると助からないことも珍しくありません。

 タイでデング熱にかかる日本人は少なくありません。私自身も過去に何度か、タイでデング熱にかかったという日本人にタイでも日本でも会ったことがあります。しかし、西岡氏のようにデング出血熱に進行したという例は初めて聞きました。

 ここでデング熱についておさらいをしておきましょう。デング熱はデング熱ウイルスに感染することで発症します。感染経路は「蚊に刺されること」です。ネッタイシマカやヒトスジシマカという蚊の体内にデング熱ウイルスが潜んでいることがあり、これらの蚊がヒトを刺すときにそのウイルスがヒトの体内に侵入してくるのです。

 タイではとてもありふれた感染症で、以前タイの医師から聞いたことがあるのですが、私が「デング熱は大変恐ろしい感染症だと思う」と言うと、意外そうな顔をしたその医師は「タイでは全然珍しくないよ。子どもの多くはかかるものだよ」と言いました。その医師によれば、そんなに重症化するものでもなく、マラリアとは質が違うと話していました。

 私はこのタイ人医師の話を聞いて「なるほど」と感じました。東南アジアの渡航者に対し、我々医師は蚊の対策について説明をします。長袖・長ズボンを着用すること、虫除けスプレーやクリームを使用すること(日本製でなく現地で調達することをすすめています)、夜間は窓を開けないこと、もしくは蚊帳を張ることを説明し、蚊取り線香などの利用を勧めることもあります。

 しかしよく考えてみると、ここまでの対策をタイ人の子どもがやっているとは到底思えません。タイの地方に行けば、長ズボンどころか靴もはいておらず短パンに裸足で生活している子どもたちもいます。そんな子どもたちが蚊に刺されてデング熱ウイルスに感染しても何の不思議もありません。実際に大勢の子どもたちが感染していると思われます。しかし、このタイの医師によれば、子どもが感染してもあまり重症化はしないそうです。そういえばA型肝炎ウイルスも、水や食べ物からタイでは幼少時に感染することが多いのですが、幼少時の感染であればそれほど重症化せず、発症しても軽症ですみます。ちなみに、日本も戦後しばらくまでは現在のタイと同じような状況であり、現在70歳以上くらいの人のA型肝炎ウイルスの抗体を調べるとけっこうな確率で陽性になります。

 話をデング熱に戻しましょう。デング熱は子どもに感染しても軽症ですむことが多く、成人でも1回目の感染であれば、普通の風邪よりははるかにしんどいですが、必ずしも入院しなければならないわけではありません。怖いのは「デング出血熱」となった場合です。通常、初めてデング熱ウイルスに感染したときにデング出血熱になることはないとされています。デング熱ウイルスは4つのタイプに分類できるのですが、2回目に最初に感染したときと別のタイプのウイルスに感染したときにデング出血熱ウイルスを起こすことがあるとされています。

 西岡氏の場合、タイに長年住んでいることで、おそらく本人は気付いていなかったけれども(通常の)デング熱に一度罹患しており、そして後に別のタイプのウイルスに感染しデング出血熱を発症したのでしょう。西岡氏は後から振り返ると、そういえば数年前に微熱と原因不明の皮疹が数週間続いたことがあった、と言います。

 デング熱ウイルスは、ここ数年間、毎年のように東南アジアや太平洋地域のどこかではやっています。最近では東ティモールで流行があったことが報道されています。地球温暖化と共に発生地域が北半球では北上してきており、台湾でもここ数年は問題になっています。沖縄に上陸するのも時間の問題か・・・、と私は考えていたのですが、意外なことに、日本に旅行に来たドイツ人の女性が関東地方で罹患した可能性があるとの発表を厚生労働省が2014年1月におこないました(注1)。

 その後厚労省は追加の発表をおこなっておらず、ここから先はネット上の情報になりますが、どうもそのドイツ人女性は他国を経由して日本に入国出国したわけではなく、往路も復路もドイツ・日本の直行便を利用していたそうです。となると、日本での感染を疑わざるを得ず、滞在したとされている長野、山梨、東京のどこかで感染したことになります。そして、出所は不明ですがネット上の情報によれば、このドイツ人女性は「8月21日から24日の間に滞在していた山梨県笛吹市で蚊に刺された」と証言しているそうです。

 ただ、私自身はこのドイツ人女性の感染に疑問を持っています。数十年も日本で報告されていない感染症がごく短期間日本に滞在した外国人だけに感染、しかも地域の蚊の調査ではウイルスが検出されていない、という状況を考えると、本当に日本で感染したのかと疑いたくなります。例えば、ドイツから日本へ直行した飛行機が、その前のフライトではアジアを飛んでいてそこで機内に蚊が侵入した、という可能性はないでしょうか。とはいえ、私も自分が厚労省の役人なら、わずかでも可能性がある限りは、日本での感染が否定できないという発表をおこなうでしょう。

 当分の間、国内でも蚊に対する注意が必要でしょう。また、台湾、香港を含めたアジア方面に旅行に行く人にとって充分な蚊対策が必要なのは言うまでもありません。

注1:詳細は下記医療ニュースを参照ください。

医療ニュース2014年1月27日「デング熱は本当に日本で感染したのか」

参考:
はやりの病気第60回(2008年8月)「虫刺されにご用心」
医療ニュース2009年1月27日「マレーシアでデング熱が急増」
医療ニュース2008年7月24日「デング熱は蚊を駆除すると重症者が増加!?」
医療ニュース2008年4月3日「ブラジルでデング熱と黄熱が大流行」
医療ニュース2008年2月19日「タイでデング熱が急増」

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2014年2月10日 月曜日

2014年2月号 医療費を安くする方法~前編~

  昨年(2013年)に太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診された患者さんのなかで印象に残っているのは、やはり難治性の疾患の告知をしなければならなかったケースです。なかでもガンとHIVは、病名を告げたときに「まさか・・・」という顔をされる患者さんも少なくなく、病気を受け入れるのにそれなりの時間がかかります。

 こういった疾患の告知をした場面というのは私の心の中にも長く残ります。患者さんの言葉、例えば「数ヶ月前の健康診断では何も異常がないと言われていたのに、まさかガンだなんて・・・」とか、「思い当たることがないわけではないけれど、まさかあの程度のことでHIVに感染するなんて・・・」、といった言葉はふとしたときに私の頭をよぎります。

 昨年一年間に受診された患者さんのなかで、このような難治性の疾患を告知したわけではないのだけれど大変印象に残った患者さんが一人います。その患者さんは30代の女性で、自宅はそれほど近くないものの、何年も前から健康上のことで何かあったときに谷口医院に相談されているという人です。

 その患者さんはある慢性疾患を有しており、ときどき薬が必要になります。そのときは別のことで受診されていたのですが、その「ときどき必要になる薬」も処方してほしいと言われました。その薬は大変すぐれた薬なのですが、欠点は値段が高いことです。しかし、その薬の後発品(ジェネリック薬品)が近いうちに発売になる予定だったため、私は「次回からは安くなりそうですよ」と言いました。

 すると思いもよらぬ言葉が返ってきました。なんと、その患者さんは、「ならば今の症状は我慢してその後発品が発売になったときにまた受診します」と言ったのです。

 私はこの言葉に大変驚きました。後発品は先発品に比べて4割くらいは安くなりますが、改めて受診されるとなるとまた診察代も必要になります。それに、薬は1種類であろうが10種類であろうが、その都度「処方代」というものがかかりますから、複数の疾患や症状がある場合は、まとめて薬を処方する方が患者さんの負担は低くなるのです。

 私はそのことを伝えて、実際にいくら差が出るのか電子カルテを使ってその場で計算してみました。結果は550円の差でした。550円というのは昼食1回分以上に相当、と考えれば大きな金額かもしれませんが、その間にその症状が悪化するかもしれない、というリスクがあります。それにこの患者さんは自宅が谷口医院から近いわけではありません。谷口医院まで受診する時間と交通費を考えると、550円を節約する意義はほとんどないと私には思えました。

 しかしこの患者さんは私の説明にすぐには納得しません。しばらく考えた結果、「ではやっぱり今日処方してください」となり、この日はこれまで通り先発品を使うことになりました。

 この日の夜、診察が終わってからもう一度この患者さんのことを考え直してみました。この患者さんは数年前からときどき受診されています。最初の頃は、皮膚疾患を中心に、その後は風邪や禁煙治療、胃炎、膀胱炎、やけど痕の相談、などで度々受診されていました。いつも綺麗な格好でやって来られ、それほどお金に困っているようには見えませんでした。たしかに、保険証は国民健康保険ですから正社員ではないのでしょう。しかし、それにしても普通に日常生活を送っている30代の女性が550円を節約するために、症状を我慢して時間をかけて改めて受診することを検討する、というのは私には理解しづらいことでした。

 今、私はこう考えています。もちろん全員ではありませんが、医療費を数百円でも、いえ数十円でも節約したい、と考えている人はきっと大勢いるに違いない。新聞の報道では、景気が良くなり失業率も低下している、とされているが実態は必ずしもそうとは言えないのではないか。実際、谷口医院には依然として「仕事が見つからない」「お金がない」と言っている患者さんは少なくありません。

 それによく考えてみると、私自身も、貧困に悩んでいるわけではありませんが、例えば休日にスーパーに行くことがあれば、お総菜に「20円引き」のシールが貼られる夕方以降を狙って行きますし、本を読みたくなったときは、(最近私は読書をするときはできるだけiPADでkindleを利用しています)、無料の本を読むことが多いのは事実です。(話がそれますが、最近は著作権の切れた古い本がAmazon(kindle)で無料で読めます。私はこれはものすごく画期的なことだと思うのですが、なぜかマスコミなどではあまり取り上げられません。誰の利益にもならないからでしょうか・・・)

 話を戻しましょう。私がこの患者さんの考えていることが最初理解できなかったのは、今の症状を緩和するためにその薬は必要でありその薬の価値はその金額以上のものである、と無意識的に思い込んでいたからです。しかし、よく考えてみると、550円は550円であり、それがお総菜にあてられようが書籍代として消費されようが、薬代に費やされようが貨幣価値は同じです。

 私は勤務医の頃、薬の値段も検査の費用もほとんど知りませんでした。必要なものは必要でありお金の話をするのはおかしい、と思い込んでいたのです。そして今も多くの勤務医は以前の私と同じように費用のことをそれほど考えていないと思います。私は開業医となって初めて薬の料金がこれだけ違うことを知りました。例えば、勤務医の頃、同じように処方していた2種類の抗生物質が、一方は1錠10円、もう一方は1錠400円なんてこともあるのです。

 谷口医院を開業してからは医療にかかる費用についてかなり勉強したつもりでしたが、患者さんの本当の気持ちまでは理解できていなかったのではないかと、先に紹介した患者さんの言葉を聞いて思いました。

 ここからは医療費を安くする方法を提案していきたいと思います。

 まず押さえておきたい基本的なことは、診察代も薬代も検査代も、同じ内容であれば原則として日本全国どこの診療所・クリニックでも同じ、ということです。ときどきこの点を理解していなくて、「こちらのクリニックが安いって聞いたんですけど・・・」と言って受診される人がいますが、それは谷口医院が(おそらく)後発品中心の処方をしているからそのように思われただけであって、診察代を安くしているわけではありません。ただし(大きな)病院の場合は紹介状がなければ数千円から1万円程度の別料金が徴収されます。最初に受診するのは診療所・クリニックが適しているのはそういう理由もあります。

 診察代はどのような診察内容でも変わりませんから、節約を検討するなら薬代と検査代、ということになります。(手術については術式が同じで麻酔薬など手術時に使う薬が同じなら原則として同じ料金になります) 薬については「できるだけ安い薬にしてください」と診察室で医師に伝えればいいと思います。谷口医院にも「少々副作用の眠気が出てもいいから安い薬を処方してください」とか「きちんと薬を飲みますから1日1回型の高い薬よりも1日3回でも4回でもいいですから安い薬にしてください」とか話される患者さんがいます。ただし、症状や病気の種類によっては、高い薬しかない、もしくは安い薬だと治るのに時間がかかるかもしれない、といったことはありえます。そのあたりの説明は納得いくまで聞かれればいいと思います。

 検査については必要最低限のものに絞っていけばいいと思います。特にCTはお金がかかるだけでなく被爆の問題もあります。東日本大震災以降はこの点がクローズアップされているようで「レントゲンだけでなくCTを撮影してください」という患者さんが以前に比べると減っているような印象があります。

 医師の側からすると、「現段階ではこれ以上の検査は不要です」と言うと、「せっかく受診したんだから検査してください」と言われることがあり(私自身も数え切れないくらい言われています)、「お金を払うって言ってるでしょ!」と患者さんに怒られた経験もあるために(これも何度もあります)、「緊急性はありませんが検査しましょうか」と言うこともあります。(ただし、まったく不要と思われる検査はいくらお願いされてもできません) 医療費を節約したいと考えている場合は、医師から検査をすすめられたときに「どうしても今しなければならないですか」と尋ねてみるのがいいでしょう。

 次回に続きます・・・。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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