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2014年9月5日 金曜日

2014年9月5日 デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと

 連日マスコミで報道されているように、現在代々木公園付近でデング熱に感染した症例があいついでいるようです。厚生労働省に  よると、2014年9月4日までに12都道府県で合計59人が確認されており、いずれも最近の海外渡航歴はなく代々木公園付近での感染が疑われているようです。

 また、2014年9月4日、東京都は代々木公園内で採集した蚊からデング熱ウイルスが検出されたことを発表し、同日午後2時から公園の大半を閉鎖しました。

 では公園閉鎖で充分かと言えば、蚊は風にも流されますから、デング熱ウイルスを保持した蚊が代々木公園の外にいる可能性も充分にあります。(私の率直な感想を言えば、まさか公園が閉鎖されるとは思ってもみませんでした)

 さて、このようなことはマスコミでも報道されていますから、このサイトでとりたててお伝えする必要はないのですが、マスコミが報道しないことで周知されなければならない2つのことをここで述べたいと思います。

 1つめは、代々木公園以外で感染する可能性のある場所についてです。

 そもそもなぜ空港から離れた代々木公園でデング熱が発生したのかというと、代々木公園にいた日本の蚊がデング熱を持っている人を刺したときに血液と一緒にデング熱ウイルスも吸い込み、それを別の人を刺したときに感染させたから、と考えられています。

 では、デング熱を持っていた人は誰なのかというと、もちろん海外から帰国した日本人の可能性もありますが、代々木公園という場所に今一度注目してみましょう。代々木公園は毎週のように様々なイベントがおこなわれており、外国人が中心となるものも少なくありません。

 ここからの私のコメントは物議を醸すことになるかもしれませんが、大切なことなので誤解を恐れずに言いたいと思います。代々木公園では8月2日と3日に「アセアンフェスティバル2014」が、8月16日と17日には「カリブ中南米フェスティバル」が開催されています。アジアもカリブ海も共にデング熱の流行地域です。つまり、これらのフェスティバルの参加目的で来日した外国人が持ち込んだ可能性があるということです。

 ここで私が主張したいのはデング熱を持ち込んだ”犯人”を探せ、ということではもちろんありません。アジアや中南米の人たちを排斥せよ、と言っているわけでももちろんありません。そうではなくて、アジアや中南米から日本にやってくる人のなかには、自身も気付いていないけれどデング熱ウイルスを持っている可能性がある、ということを言いたいのです。デング熱は軽症もあれば不顕性感染(感染しても無症状)の場合もあります。
 
 日本でこのようなかたちでデング熱の流行がおこった以上は、代々木公園に行かなくてもアジアや中南米の人たちが集まる場所に行くときは「蚊対策」をしっかりしましょう、ということが、私が主張したい「マスコミが報道しない重要なこと」の1つめです。

 デング熱の予防については過去にこのサイトで取り上げていますし、マスコミも報じていますが、基本的なことは長袖長ズボンと、DEETと呼ばれる虫除けスプレー・クリームです。ただしDEETは日本製のものは有効成分の濃度が不十分と指摘されることがあります。(ちなみに私はアジアに渡航する際、到着日に現地のコンビニでDEETを購入します) DEETはけっこうな割合でかぶれる人がいます。そういう人にはシトロネラと呼ばれるアロマがおすすめですが、何度も塗り直す必要があります。

 さて、デング熱でもうひとつの「マスコミが報道しない重要なこと」は、デング熱の可能性があれば(つまり原因不明の熱が出現すれば)市販の鎮痛薬を安易に飲まない、ということです。絶対に避けるべきなのは、サリチル酸系の鎮痛剤で、薬局で買えるものの代表は「バファリン」です。(製薬会社の方はどうか「営業妨害」と思わないでください)
 
 また、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)も注意が必要です。例えば「イブプロフェン」と呼ばれる鎮痛剤を含む「イブ」や「リングルアイビー」は避けるべきでしょう。

 もしもデング熱ウイルスに感染しているときに、サリチル酸系の鎮痛薬やイブプロフェンなどのNSAIDsを内服すると、場合によっては全身から出血が起こり、アシドーシスという血液中に酸が異常に蓄積する危険な状態になることがあります。

 では何を飲めばいいのか、ということですが、高熱があればデング熱かどうかにかかわりなく医療機関を受診すべきです。クリニックに行くほど高熱でもないし、倦怠感もたいしたことがない、けどデング熱が心配、という場合は何を飲めばいいかというと、アセトアミノフェンを選択するのが賢明です。代表的な市販のアセトアミノフェンは日本では「タイレノール」です。(念のために断っておくと私はタイレノールを販売しているジョンソン・エンド・ジョンソンと何の利害関係もありません) 

 アセトアミノフェンは、まったく危険性がないとは言いませんが、世界中で新生児から高齢者まで広く使用されている解熱鎮痛剤で、原因不明の発熱のときにも用いることができます。(ちなみに私は海外渡航時には常にアセトアミノフェンを持参し、切れたときは現地の薬局で購入しています)

 繰り返しになりますが、アジアや中南米から渡航した人が集まる場所ではそこに蚊がいればデング熱のリスクが上がるということ、感染を疑ったときは鎮痛剤の選択に注意しなければならないということ、この2つはしっかりと覚えておくべきだと私は思います。

(谷口恭)

参考:
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
医療ニュース2014年8月29日「デング熱の国内感染が確実」
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

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2014年9月2日 火曜日

2014年9月2日 血液検査でわかる自殺のリスク

  自殺をするリスクが血液検査でわかる・・・

 このような論文が医学誌『The American Journal of Psychiatry』2014年7月30日号(オンライン版)に掲載され(注1)議論をよんでいます。

 研究者らは「SKA2」と呼ばれる遺伝子に注目しています。SKA2という遺伝子が変異を起こすと、つまりこの遺伝子が働きにくくなると、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの制御がきかなくなり、過剰に分泌されることは以前から指摘されていました。

 研究者らが実際に自殺を図った人のSKA2遺伝子を調べてみると、正常に機能していないことが多いことが判ったそうです。つまり、自殺しやすい人は、SKA遺伝子が働かない→コルチゾールの分泌量が増える→ストレスが増加する→自殺のリスクが上昇する、というわけです。

 研究者らは合計325人の対象者の血液検査をおこない、SKA2がどのような状態で自殺のリスクが上昇するかを検討し、自殺をほのめかしている患者が実際に自殺を図るかどうかが約80%説明できる検査方法を考案したそうです。

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 この研究は医療者の間で現在物議を醸しており、これからも注目されていくと思います。自殺にいたった過程は様々であり、ほとんどのケースで自殺の原因をクリアカットに説明することなどできません。にもかかわらず、この研究ではたった1つの遺伝子で80%が説明できるとしているのです。

 ただ、自殺をするほど思い詰めている人の血中コルチゾールが相当上昇していることは間違いないでしょう。コルチゾールは唾液でも測れますから、ストレスがどの程度貯まっているかを調べるのに唾液のコルチゾール濃度を測定するのは有効な方法かもしれません。(近いうちに簡易キットが誰にでも入手できるようになるかもしれません)

 普段楽観的な人でも強烈なストレスを感じる環境に身を置けばコルチゾールは上がります。ですからコルチゾールの濃度が一時的に高くなるのは正常です。この研究で言っているのは、SKA2遺伝子に生まれ持っての変異があればそれだけで自殺のリスクが上昇する、ということであり、もしも健康診断や人間ドックで調べられるようになれば、おそらく調べたいという人が出てくるでしょう。それを知ってしまったことで余計に自殺を考え出す人がいるかもしれません。また、この検査を入社時の健診時に会社側が黙っておこなえば(もちろん違法ですが)人事に影響を与える可能性もなくはありません。

 たったひとつの遺伝子で自殺の予測を80%説明できるとしているこの研究が正しいかどうか、さらにこの遺伝子を検査することに倫理的な問題がないのかどうか、こういったことをこれから議論していく必要があるでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Identification and Replication of a Combined Epigenetic and Genetic Biomarker Predicting Suicide and Suicidal Behaviors」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://ajp.psychiatryonline.org/article.aspx?articleID=1892819&resultClick=3

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2014年9月1日 月曜日

2014年9月1日 パンや麺類でなくお米で良い睡眠

 数年前から流行している「糖質制限」の影響を受けて、炭水化物はすっかり不人気になってしまいました。極端な人になると、炭水化物があたかも”毒”であるかのように考えて可能な限り日常の食事から除去しているようです。しかし、以前別のところで述べたように、極端な糖質制限は、たしかに短期間で大きく体重が減少しますが、それを継続することは極めて困難で、結局挫折して体重も元通り、という人が少なくないのです。

 ただ、自身の体重や血糖値、その他健康上の問題点を考慮した上で、緩徐な糖質制限は有効な場合も多く、おしなべて言えば炭水化物をもう少し減らすべき人が少なくないのも事実です。多くの人にとって、飲みに行った後のしめのラーメン、パスタについてくるパンの食べ過ぎ、お好み焼き定食(お好み焼きにご飯は炭水化物過剰です)、などはすぐにでもやめるべきでしょう。

 何かと悪者になりがちな炭水化物ですが、もちろん、人間が生きていく上で炭水化物は必要な栄養素です。「美味しい」ということ以外にいいことはないのかというと、「お米で良質な睡眠が得られる」という研究結果が発表されましたのでここに報告します。

 医学誌『PLoS One』2014年8月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、20~60歳の1,848人の日本人男女を対象とした研究がおこなわれ、米・パン・麺類の摂取量と睡眠の質との関係が調べられています。食べたものの内容も睡眠の質も質問票を用いてデータが収集されたようです。

 その結果、米をたくさん食べると質のいい睡眠が得られるという結果がでたようです。パンでは摂取量と睡眠の質には関連性がなく、麺類は摂取量が多いと睡眠の質が低くなる、という結果になったそうです。

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 お米好きの人には嬉しい結果に見えますが、私自身はもう少し検討の余地があるのではないかと考えています。その理由は2つあります。

 1つは、論文ではGI値(グリセミック指数)の違いが睡眠の質に影響を与えるのではないか、つまりGI値が高い炭水化物はよい睡眠が得られるのではなか、と考察されているのですが、お米といっても、白米と玄米では異なりますし(この理屈でいくと、GI値の低い玄米では質のいい睡眠が得られない、ということになります)、パンにも様々な種類のものがあります。麺類はうどんとそばでは異なるでしょうし、ベトナムのフォーやタイのクイッティアオのように米からつくられている麺もあります。つまり、「米」「パン」「麺類」といったグループ分けではおおまかすぎて現実的でないということを指摘しておきたいと思います。

 もうひとつは、元々よく睡眠がとれる人にお米好きが多い、ということはないのか、ということです。つまり、米を食べるから良い睡眠、ではなく、良い睡眠を取る人は米をよく食べる、という可能性を検討する必要はないのか、ということを言いたいのです。

 例えば、夕食に米を食べる人は家で炊飯器でお米を炊いて家族と一緒に過ごしている可能性が高いでしょう。一方、一人暮らしの人や生活習慣が乱れている人のなかには、ついつい夕食をコンビニのパンやパスタですませたり、終電間際に駅前でラーメンを掻き込んだりしている人もいるでしょう。このような人たちは生活習慣が乱れていて、そのせいで睡眠の質がよくないことは充分ありえます。

 不眠など睡眠障害で悩んでいる人は少なくありません。さらなる研究を待ち「良い睡眠のための食事療法」のようなものが将来的に提唱されることを期待したいと思います。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Associations between Rice, Noodle, and Bread Intake and Sleep Quality in Japanese Men and Women」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0105198

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2014年8月29日 金曜日

2014年8月29日 デング熱の国内感染が確実 

  先日、米国でチクングニアの国内感染が報告されたというニュースをお伝えしましたが、今度は日本でデング熱の国内感染が報告されました。

 すでに一般のマスコミでも報じられていますが、ポイントを簡単に確認しておきたいと思います。

 2014年8月27日、厚生労働省は埼玉県在住で海外渡航歴のない19歳女性の学生がデング熱ウイルスに感染したことを公表しました(注1)。翌日の8月28日、東京都は東京都在住のやはり海外渡航歴のない20代男性がデング熱を発症したことを発表しました(注2)。さらに一部のマスコミは、3例目となる埼玉県在住の20代女性が感染したことを28日に報じています。

 マスコミの報道によりますと、3人は都内の同じ学校の同級生だそうです。8月初旬から20日頃にかけて、代々木公園の渋谷門付近で、学園祭に向けたダンスの練習をしていたとのことです。練習には約30人が参加していたそうですが、現時点では他の同級生には症状はないそうです。

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 デング熱の日本での発生が多かったのは太平洋戦争の頃です。アジアや南洋で感染した兵隊が帰国後に発症したというわけです。この頃に、日本にいた蚊が感染者を刺したときに血液内にいたウイルスを吸入して別の人間に感染させた、つまり国内で感染した例がどれくらいあったのかは分かりません。

 21世紀になってからの状況は、国内では毎年100~200人程度の報告がありますが、すべて海外で感染し国内で発症したとされていました。しかし、2014年1月、厚生労働省は、観光で日本を訪問していたドイツ人女性が2013年8月に日本国内で感染した可能性があることを発表しました(詳しくは下記「はやりの病気」も参照ください)。

 しかし、報告はこのドイツ人女性1例のみで他に発症例はなく、ウイルスを保有している蚊も見つかっていませんから、私自身は日本での感染ということを疑っていました。例えば、この女性がドイツから乗った飛行機がその前にアジア方面に就航しておりデング熱ウイルスを持った蚊が貨物などに紛れていた可能性は否定できるのか、と思うわけです。

 一方、今回の3人の同級生の感染は国内での感染がほぼ確実でしょう。3人とも海外渡航歴がないと報じられており、代々木公園と羽田空港では距離がありすぎます。

  デング熱ウイルスは軽症例もあれば不顕性感染(感染しても無症状)もあります。もちろんそのような人は医療機関を受診しません。こういった人を蚊が刺して別の人に刺すとデング熱が蔓延していく可能性もなくはありません。

  これからは日本にいる間も本格的な蚊対策が必要になるかもしれません。少なくとも蚊のいるシーズンに公園など蚊が生息している場所に行くときは長袖長ズボン着用で、虫除けのスプレーやクリーム(DEETと呼ばれるものです)を準備すべきでしょう。

 ちなみに、デング熱が注目されているのは日本だけでなく、数年前から台湾、さらに香港・マカオでも問題になっています。2014年7月には広東省で40例以上の感染が報告されているようです。

(谷口恭)

注1:厚生労働省の発表は下記URLを参照ください。 
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20140827-01.pdf

注2:東京都の発表は下記URLを参照ください。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/08/20o8sf00.htm

参考:はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」

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2014年8月22日 金曜日

2014年8月22日 コーヒーで顔のシミも減少

 コーヒーは大変身体にいいもので、生活習慣病や多くのガンのリスクを減少させてくれる、という話はこのサイトで何度もおこない、皮膚疾患については基底細胞癌のリスクを大きく減少させるという研究があることを過去に述べました(下記医療ニュース参照)。

 今回は、顔面のシミが少なくなる、という研究について報告します。対象は日本人の女性です。医学誌『International Journal of Dermatology』2014年7月11日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注1)。

 研究の対象は30~60歳の日本人の女性131人です。アンケートにより、食事内容、コーヒーなどの飲料摂取の状況などを調べ、シミの評価はデジタル写真を撮影し分析したようです。コーヒーの摂取量が多いほどシミのスコアが統計学的に有意に減少するという結果がでたそうです。

 研究者らは、コーヒーに含まれるポリフェノールがシミの抑制作用の原因だと考えているようです。

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 以前コーヒーでリスクが下がるということを伝えた「基底細胞癌」は、長年紫外線に暴露されることがリスクとなります。今回のシミが減少するという結果と合わせて検討すると、コーヒーは紫外線から肌を守り、その結果、シミの発生を抑制し、基底細胞癌のリスクも下げる、と考えれば筋が通ります。

 紫外線の対策はサンスクリーン(日焼け止め)が基本であり、コーヒーを飲むだけで紫外線が予防できるわけでは決してありませんが、コーヒー好きの人には嬉しい報告と言えるでしょう。

(谷口恭)

参考:医療ニュース2014年6月30日「コーヒーで基底細胞癌のリスクが43%も減少」
はやりの病気第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」

注1:この論文のタイトルは「Skin photoprotection and consumption of coffee and polyphenols in healthy middle-aged Japanese females」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ijd.12399/abstract

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2014年8月22日 金曜日

2014年8月22日 運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性

 あまり日本のマスコミでは報道されませんが、「座りっぱなし」の生活が生活習慣病の大きなリスクになるということを過去何度かお伝えしてきました。(下記メディカルエッセイなど)

 座りっぱなしのリスクが難儀なのは、ただ座って過ごす、それだけで健康を害するリスクが上昇し、食事に気をつけようが、運動を定期的におこなおうが、このリスクが軽減しない、ということが指摘されているからです。

 ただ、現代人の生活をするのであればまったく座らないというわけにはいきませんし、常識的に考えれば、座りっぱなしの時間をほどほどにして循環動態がよくなる有酸素運動などをおこなえば少しくらいはリスクが下がるのではないの?と思う人もいるでしょう。(実は私もそう思います。というか「思いたい」です。なぜなら、仕事にしても読書にしても映画にしても、ある程度長時間座る生活を完全にやめることはできないからです)

 そのような”期待”に応えてくれるかもしれない論文が公表されましたのでお知らせ致します。

 座りっぱなしの生活をしていても、フィットネスの時間もとれば健康への長期的影響が少なくなる可能性がある・・・。

 これは医学誌『Mayo Clinic Proceedings』2014年7月14日(オンライン版)に掲載された論文(注1)で述べられていることです。

 この研究では、米国テキサス州ダラスにあるクリニックの男性患者約1,300人が対象とされています。テレビを見て過ごす時間と車に乗っている時間(つまり「座りっぱなし」の時間)を問診で調査し、運動との関連を調べています。

 その結果、フィットネスクラブなどでの運動を積極的におこなっている人は高血圧などのリスクを低下させる可能性があることが分かったそうです。

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 この論文を読めば多少ほっとできる人も少なくないのではないでしょうか。「座りっぱなし」が挽回のしようのない健康上のリスクファクターならば、映画館では立ち見が、バーに行くなら立ち飲みが基本になってしまうかもしれません。

 しかし、この論文でもリスクを減らす可能性があると言っているだけで、「座りっぱなし」が生活習慣病のリスクであることには変わりありません。デスクワークをしている人なら、定期的に立ち上がる癖をつける、とか、ドライバーの人なら信号待ちの時間に腰を上げてみる、といった取り組みはやるべきでしょう。

 もちろん定期的な有酸素運動も誰もがすべき、と私は考えています。

(谷口恭)

参考:メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

注1:この論文のタイトルは「Sedentary Behavior, Cardiorespiratory Fitness, Physical Activity, and Cardiometabolic Risk in Men: The Cooper Center Longitudinal Study.」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.carenet.com/news/general/hdn/38415?utm_source=m1&utm_medium=email&utm_campaign=2014072700

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2014年8月21日 木曜日

139 難病を患うということ 8/21

  すでにお知らせしているように、私は2014年8月1日から自分自身の変形性頚椎症の手術のために太融寺町谷口医院を長期間休診とさせていただきました。しばらくの間は静養とリハビリが必要であったために、術後すぐに退院というわけにはいきませんでした。

 変形性頚椎症についての説明はマンスリーレポート2014年7月号及び8月号である程度おこないましたので、ここでは繰り返しませんが、私が最も困っていたのが左上肢に力が入らないということでした。

 手術を受けると痛みからはすぐに開放されることはあっても筋力低下や筋萎縮はすぐには治らずに回復するまでに何ヶ月も何年もかかることもあるし、場合によっては回復しないこともある、ということは知っていましたし、手術を受ける前にも聞いていたのですが、それでも、「圧迫されている神経が開放されるのだからすぐに神経が機能を取り戻して元のように左腕に力を入れることができるのではないか」という、今思えば何の根拠もない夢を見ていたのは事実です。

 実際のところは、私の甘い期待は裏切られ、手術後2週間以上経過した今も、手術を受ける前とほとんど症状は変わっていません。(2014年4月には茶碗も歯ブラシも聴診器も持てないほど悪化していましたが、6月頃からわずかではありますが回復しており、茶碗の保持や聴診器の使用も短時間ならおこなえるようになっていました。術前と術後で症状はほぼ変わりありません)

 症状の劇的な回復を夢みていた私は現実を知らされました。「現実はそれほど甘くないか、それならば長期的な観点から考えていこう」、と冷静に考えなければいけないのは今から思えばわかるのですが、術後数日が経過した頃の私は、まともな思考回路が形成されておらず、なんと、「手術をしても腕に力が入らないのは原因が別にあるに違いない」と、まったく非合理的なことを考え出したのです。

 しかも、私の悲観的なこの考えは負のスパイラルに堕ちていきました。まず気になりだしたのが私の症状についてです。典型的な変形性頚椎症の症状は痛みとしびれがまずあり、それが長期間持続すると筋力低下や筋萎縮がおこります。しかし、私の場合は痛みやしびれはそれほどたいしたことはなく、最も辛い症状は筋力低下です。筋力低下が全面的に出てくる疾患と言えば・・・。それは神経内科的ないくつかの病気、なかでもALS(筋萎縮性側索硬化症)ではないのか、と疑いだしたのです。

 いったんそう考えると私の思考の「負のスパイラル」はますます深みにはまっていきました。そういえば、左上腕の筋肉がピクッ、ピクッと無意識的に震えることが過去数ヶ月に何度かあったことを思い出しました。これは「筋線維束攣縮」と呼ばれる現象で、ALSを含めた神経内科的疾患でしばしば観察され、逆に変形性頚椎症ではあまり見られないものです。

 ALSは比較的早く進行し、最初は片側の上肢の筋力低下、その次は反対側の上肢の筋力低下、さらに下肢にも症状が生じ、飲み込んだり話したりするのが困難になってきます。しかしこれは典型例であり、ALSの非典型例では、ゆっくりと経過が進行し、しばらくの間は片側の上肢のみに症状が起こることもあります。実際、ALSなのにもかかわらず最初は私の疾患、つまり変形性頚椎症と誤診されることもあるという話を思い出しました。

 それにまったく頚椎症を示唆する所見がないのにもかかわらず、頚椎X線や頚椎MRIを撮影してみると頚椎が変形していることはよくあります。変形性脊椎症というのは軽症のものも含めればかなりの人が罹患していると言えますから、ALSと変形性頚椎症が合併しているということも珍しくはないわけです。

 こういったことまで考え出すと、私の「負のスパイラル」はますます加速され、いつのまにか「ALSに違いない。寿命はもってもせいぜい5年。その間に何をしておくべきか・・・」といったことまで考え出したのです。

 これは冷静になって考えれば極端な思考であるのは自明なのですが、しかしだからといって理論的に私がALSでないということを100%証明することもできません。それに、筋力低下をきたす難治性の疾患はALSだけではありません。同じく難病である多発性硬化症という疾患も筋力低下が最初に現れることがありますし、パーキンソン病だってそうです。そのようなことを考えているときに、俳優のロビン・ウイリアムスがパーキンソン病に罹患したことからうつ病を発症し自殺した(注1)、というニュースを目にしました。私の「負のスパイラル」はさらに加速されていきました。

 ここまでくると、私の精神状態はまともではなく「うつ状態」と言ってもおかしくはありません。食事は摂っていましたし、自らに課した朝と夕方のリハビリはおこなっていたのですが、心の中は厚くて黒い雲に覆われているようなイメージです。

 いったい私はこれからどうすればいいのか、クリニックの患者さんにはどのように話すべきか、GINAが支援しているタイのエイズ孤児に対してはこれからどのようにすればいいのか・・・。そのようなことを四六時中考えるようになっていました。真っ暗な闇の中で光の方向が分からずにもがき苦しんでいる感覚です・・・。

 そんなとき、入院中の私を叱咤激励してくれた人たちがいました。それは、私が過去に診た患者さんたちです。といっても、実際に患者さんが私を見舞いに来てくれたというわけではありません。ある日の昼下がり、病室のベッドで夢なのか回想なのかよく分からないようなまどろみのなか、過去の患者さんたちが私の頭の中に登場しだしたのです。

 今も鮮明に記憶に残っているのは、私が研修医のときに担当させてもらっていた脊髄損傷の患者さんたちです。私が研修を受けていた病院は脊髄損傷の患者さんを積極的に受け入れており、当時形成外科で研修を受けていた私は褥瘡(床ずれ)の診察で、毎日のように病室を訪れ話を聞いていました。彼(女)らは脊髄が完全にやられていますから、全員が車椅子の生活を強いられており、それは奇跡的な治療法がいきなり登場しない限りは治癒することはありません。そんな彼(女)たちが、「自分たちのことを忘れないで!」と私に訴えるのです。

 夢か回想かよくわからないそのまどろみのなかで、過去に私が診たALSの患者さんもでてきました。その患者さんは車椅子に移動するのも困難で会話もできずほとんど寝たきりです。さらに、私がタイで診てきたエイズの患者さんたちもやってきました。「あたしたちのこと忘れたの?」すでに他界している彼(女)らは私にそう訴えかけるのです。GINAが支援しているエイズ孤児たちも無言のまま私を見つめています。

 太融寺町谷口医院の患者さんたちも次々に私の頭のなかに登場します。私がガンの告知やHIVの告知をおこなった人たちもいれば、命に関わる病気ではないものの長期間の罹病で相当辛い思いをしているような人もいます。

 いったい私はどうすればいいのか・・・。まどろみが消え完全に意識が覚醒し、あらためて過去そして現在の患者さんたちに思いを巡らせていたときに突然ある人の言葉を思い出しました。

 それはある日本人のクリスチャンの女性の言葉です。私が変形性頚椎症で簡単でない手術を受けることを伝えたとき、その女性は「あなたにはやり残していることがあるんだから手術は必ずうまくいきます」と言ったのです。なんでも、キリスト教的にはそのような考え方をするそうなのです。

 私はキリスト教徒ではありませんが、それを聞いたときに「なるほど」と感じました。そしてこの度、手術後症状が回復せずにうつ状態となり、これまでに診た患者さんが私の心に「しっかりしろ」と訴えかけてきたときに、再びこの言葉が私の頭の中を駆け巡ったのです。

 脊髄損傷もALSもパーキンソン病も、ガンもHIVも、あるいは寿命は縮まらなくても生活に不自由がでる疾患も、それらを患った人たちは日々を生きるということに頑張っているのです。そして私は医師でありNPO法人GINAの代表をとつめているのです。私に残された道は、自身の疾患については現実を受け止めてリハビリに励む、そして職業人として患者さんたちに誠心誠意をもって接する、これしかありません。

 私が今回手術を受けたのは症状の回復を期待して、あるいはこれ以上症状を進行させないために、ということで、手術が成功したことは大変ありがたいわけですが、症状が思ったほどに改善せずに、それがきっかけで難病を患っている人たちに想いを巡らすことにつながったことも手術と入院生活のおかげではないだろうか・・・。今私はそのように考えています。

注1:米国の俳優ロビン・ウイリアムス(63歳)は2014年8月11日、カリフォルニア州の自宅にて首をつって自殺したと報道されました。パーキンソン病が原因でうつ病を発症したとの報道があります。

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2014年8月20日 水曜日

第132回(2014年8月) エボラ出血熱の謎

 私は2014年8月1日から変形性頚椎症の治療(手術)目的でしばらくの間入院していたのですが、入院期間中も医学系の情報のみならず一般の新聞などにも目を通していました。座ってパソコンをしたり本を読んだりすることはできませんでしたが、寝たまま両腕を垂直に持ち上げてiPADを眺めることはできたため、インターネットで入手できる情報ならほとんど何でも読むことができました。手術が終わった後も、私の左上肢は力が入らずに、少し重たい茶碗などは持つのに不自由していたのですが、iPADを読めることで随分とストレスの軽減になりました。

 医療系の情報は毎日複数のサイトをチェックしました。海外だけでなく日本のサイトでもエボラ出血熱に関する情報が連日取り上げられており、関心の高さを示していました。

 今回はそのエボラ出血熱に対して、マスコミが言わないことをここで取り上げたいと思います。まずはこの大変やっかいな感染症について簡単におさらいをしておきましょう。

 といってもエボラ出血熱の患者さんを私は診察したことがありません。過去にかかったことがあるという人にもお目にかかったことがありません。数年前、海外で知り合ったバックパッカーのオーストラリア人が「アフリカで過去に感染して治った」というようなことを言っていましたが、旅先で聞くこのような話は大半が眉唾もので、私はその話を信用していません。

 私がエボラ出血熱という言葉を初めて聞いたのは医学部3回生のウイルス学の授業です。そのときあることを疑問に感じたのですが、それを解決することはできませんでした。その後、2000年代に入ってからも流行が起こり、比較的短期間で終息する度に、私が初めに抱いたこの「疑問」は大きくなってきています。この「疑問」について述べる前に、重症化する感染症に関する教科書的なポイントをまとめておきたいと思います。

 まず「出血熱」という言葉を確認しましょう。出血熱とは一言でいえば「全身から出血が起こり短期間で死に至る病」です。原因はウイルスで、感染すると短期間の間に、高熱と倦怠感に苛まれ、血小板が低下し、全身から出血が起こり死んでしまう、というわけです。今のところワクチンも治療方法もありません。

 出血熱にはいくつかありますが、次の4つがその代表と考えて差し支えありません。その4つとは、エボラ出血熱、マールブルグ熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱です。エボラ出血熱は、一応コウモリが宿主であると言われていますが、コウモリからだけ感染するのではなく、ヒトからヒトへの感染も簡単に起こりますから、特定の生物に気を付ければいいというものではありません。マールブルグ熱はサル、ラッサ熱はマストミスという齧歯類(ネズミの仲間)、クリミア・コンゴ出血熱はダニが宿主とされていますが、これらもエボラ出血熱と同様、ヒトからヒトへの感染が容易に起こります。

 出血熱と聞くと、日本人に最も馴染みのあるのはデング出血熱だと思いますが(馴染みがあるといっても国内で発症した例はありませんが)、デング出血熱はヒトからヒトへの感染はなく蚊からの感染に限られますし、またデング熱に一度かかった人が別のタイプのデング熱ウイルスに感染した場合に稀に発症するという程度なので、同じ「出血熱」という名がついても、エボラ出血熱を代表とする4つの出血熱とは分けて考えるべきです。

 エボラ出血熱が初めて報告されたのは1976年アフリカのスーダンです。この感染者の出身地の近くにある川がエボラ川という名前であることから、エボラ出血熱と命名されたと言われています。この第1号感染者から近くにいた者へ感染し、ヒトからヒトに容易に感染することが判りました。しかし、そのときは大流行にはいたりませんでした。

 その後、忘れた頃に、というか、数年に一度小さな流行が起こります。不思議なことに、感染力が強くヒトからヒトに容易にうつり、また有効な治療薬もなく、そして(失礼ですが)さほど衛生状態が良好とは言えないアフリカ諸国なのにも関わらず、大きな流行にはつながらないのです。

 21世紀に入ってから、エボラ出血熱は2008年にコンゴ民主共和国で、2012年にはウガンダで流行しましたが、報告された患者数は数十人程度で(ただし約半数は死亡しています)、おそらく日本ではほとんど報道されなかったと思います。

 今回の流行は、2013年の年末頃からギニア、シエラレオネ、リベリアといった西アフリカ諸国で流行が始まり、2014年4月の時点で感染者は150人以上、死亡者も100人を超えました。この頃から日本のマスコミでも報道が開始されるようになりました。その後も勢いが止まらず、1976年以降何度も繰り返されていた小流行とは様相が異なります。

 WHO(世界保健機関)の報告(注1)によりますと、2014年8月13日までに感染者数(疑い例を含む)が2,127名、うち死亡者が1,145名で、死亡率は54%になります。西アフリカのギニア、シエラレオネ、リベリアでは「非常事態宣言」がすでに発令されており、さらに、これら3つの国で最も東のリベリアから1,000km以上も東に位置するナイジェリアでも感染者が報告され、同国大統領は非常事態宣言を発令しました。また、WHOは、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であると公式に宣言するにいたりました。

 我々医療従事者にとってショックなのは、米国人の医療従事者が感染したということです。このため、米国途上国支援団体の平和部隊は西アフリカからのボランティアの撤退を決議し、CDC(米国疾病予防管理センター)はついに渡航自粛勧告をおこないました。WHOが緊急事態宣言をおこない、CDCは渡航自粛勧告をおこなったわけです。これは人類にとって極めて危機的な状態だと考えるべきです(注2)。

 さて、ここで疑問が出てこないでしょうか。西アフリカの医療機関での衛生状態がいかに劣悪だとしても、国境なき医師団を初め、世界中から医療ボランティアが集まっているのです。彼(女)らは、先進国の医療用具を持参してきていますし、何よりも感染予防の「知識」があるはずです。にもかかわらずアメリカ人の医療従事者は院内感染をおこしたのです。そして、エボラ出血熱はヒトからヒトへの体液などを通しての感染はあるものの空気感染は「ない」とされています。

 なぜ感染がこれだけ一気に広がり、医療者にも感染したのでしょうか。推測の域を出ませんが、私は「飛沫感染」により感染しているのではないかとみています。「空気感染」と「飛沫感染」は似ているようで異なります。わかりやすくいえば「空気感染」とはウイルスが”乾いた”空気にも含まれており、例えていえば「同じ教室にいるだけでおこりうる感染」です。代表的なものに麻疹(はしか)や水痘(みずぼうそう)があります。

 一方、飛沫感染というのは患者のくしゃみや咳に含まれている病原体が感染することをいいます。患者からエボラ出血熱に感染したアメリカ人の医療者は、患者に直接触れてはおらず、マスクやゴーグルはしていたと思いますが、咳やくしゃみから感染したのではないでしょうか。マスクをしているのに感染?と思う人もいるでしょうが、N95を代表とする微小な粒子をブロックできるマスクというのは、適切に顔面にフィットさせるのは意外にむつかしくきちんと装着できていないことが多いのです。

 さて、先に述べたエボラ出血熱に関する私の「疑問」について述べたいと思います。それは、これだけ感染力が強いのにもかかわらず過去に何度かおこった流行は、なぜ小規模に留まり大流行につながらなかったのか、ということです。感染力がこれだけ強く、治療薬はないのです。にもかかわらず、これまでの流行は数十人に感染し半数が死亡した後に、”自然に”終息したのはなぜなのでしょう。

 私のイメージで言えば、まるでウイルスに”意思”があり、「今回はこれくらいにしといたるわ」といった感じでウイルス側が暴れるのをやめているように思えるのです。もちろん、私はこのようなウイルスの”意思”を真剣に考えているわけではなく、一昔前のSF小説にあるような、誰かが(秘密の組織が)殺人ウイルスをばらまいている、といったことを考えているわけでもありません。

 今回の大流行を終焉させるための、そして今後再び流行させないための鍵は、ワクチンや薬の開発よりもむしろ、なぜこれまでは何度も繰り返してきた流行は治療法がないのにもかかわらず突然おさまったのか、を先に解明してくことではないかと私は考えています。

注1:WHOのこの報告は下記を参照ください。
http://www.afro.who.int/en/clusters-a-programmes/dpc/epidemic-a-pandemic-alert-and-response/outbreak-news/4256-ebola-virus-disease-west-africa-15-august-2014.html

注2:離れている国は渡航を自粛、さらに「禁止」するという方法があるかもしれません。日本のような島国では空港と港で厳重なチェックをすれば感染者の入国を未然に防げるでしょう。しかし陸続きの国ではそうはいきません。すべての道を封鎖すればいいではないか、と思う人もいるでしょうが、アフリカという土地は(私も聞いた話で直接見たわけではありませんが)、現地の人は必ずしもわかりやすい「道」を移動するわけではなく外国の人間からは考えられないような山や荒地を超えていくそうです。また、ナイジェリアですでに感染者が報告され非常事態宣言がおこなわれているということは、リベリアとナイジェリアの間にあるコートジボワール、ガーナ、トーゴ、ベナンでも正式な報告がないだけで感染者は存在すると考えるべきでしょう。もしも今後アフリカ北部にまで広がるようなことがあれば世界中に広がる可能性もなくはないと私は考えています。

参考:
厚生労働省のエボラ出血熱に関するページ
http://www.forth.go.jp/useful/infectious/name/name48.html

厚生労働省検疫所FORTHのエボラ出血熱に関するページ
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola_qa.html

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2014年8月18日 月曜日

2014年8月18日 米国国内で蚊からチクングニアに感染

 今、世界で最も注目されている感染症といえば、西アフリカでアウトブレイクしているエボラ出血熱ですが、米国で報道されたチクングニアも見逃せません。(エボラ出血熱については今月(2014年8月)号の「はやりの病気」で取り上げる予定です)

 チクングニアというのは蚊に刺されることにより、蚊の体内にいたチクングニアウイルスが人の体内に侵入して高熱や倦怠感、関節痛などが発症する感染症です。流行している地域も東南アジアから南アジアが中心ですから、イメージとしてはデング熱と同じようなものと考えて差し支えないと思います。

 そのチクングニアがアメリカ人に発症し米国では大きな話題になっています。なぜ大きな話題になっているかというと、海外に渡航していないアメリカ人2人が感染したからです。つまり、チクングニアウイルスを媒介する蚊が米国内に存在するということを意味するのです。

 感染したアメリカ人はいずれもフロリダ州在住で、1人は41歳の女性、もう1人は50歳の男性です。2人とも最近は海外渡航をしていないそうです(注1)。

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 この2人はどのようにしてチクングニアに感染したのでしょうか。私はカリブ海から来た飛行機や船の中、あるいは貨物の中に蚊がまぎれこんで米国にたどり着いたのではないかと思ったのですが、別の見方もあるようです。

 それは、カリブ海で蚊にさされてチクングニアに感染した人が米国に渡航し、米国にいる蚊がその人を吸血したときにチクングニアウイルスを体内に取り込み、別の人を吸血するときにそのウイルスを感染させる、というストーリーです。このようなことが簡単に起こるのならば、今後爆発的な速度でチクングニアが蔓延する可能性もなくはありません。

 チクングニアという感染症はここ数年で私が耳にする機会が飛躍的に増えてきています。私の場合はNPO法人GINAの関係でタイとつながりがあるというのが最たる理由ですが、増えているのはタイだけでなくアジア全域にかけてです。

 さらに興味深いことにここ1~2年の間にカリブ海でアウトブレイクしています。国立感染症研究所感染症情報センターのウェブサイト(注2)には、1952年~2005年の「チクングニアの報告症例の分布」というタイトルの世界地図が掲載されているのですが、なんとこの図ではカリブ海の報告がゼロになっているのです。つまりカリブ海付近の中米諸国では、これまでになかったチクングニアという感染症がここ数年の間に爆発的に増えているということです。

 チクングニアの日本での報告は、今のところ、海外で感染し帰国後に発症した例に限られているようですが、これからは米国のように国内での感染例も増えていくかもしれません。

(谷口恭)

注1:米国では多くのメディアがこの話題を取り上げています。例えばUSA Todayは「Nasty chikungunya virus gaining traction in U.S.」というタイトルで報道しています。詳しくは下記URLを参照ください。
http://www.usatoday.com/search/Nasty%20chikungunya%20virus%20gaining%20traction%20in%20U.S./

注2:国立感染症研究所感染症情報センターによるチクングニアの情報は下記URLを参照ください。
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k07/k07_19/k07_19.html

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2014年8月18日 月曜日

2014年8月号 手術は成功。だけれども・・・

 前回(2014年7月号)のコラムでお伝えしましたように、「変形性頸椎症」という疾患に対する手術を受けるためにクリニックを長期間休診させていただくことになりました。前回のコラムでは、症状発症の契機、その後の症状の移り変わりと医療機関受診、検査から診断に至る過程などについてお話しました。今回はその後の経過についてまずお話しておきます。

 私の症状で最も辛かったのが左上肢の筋力低下です。4月中旬頃から増悪し、一時は聴診器を持てないほどにまで進行していました。しかし、6月上旬あたりからわずかですが回復し、聴診器も長時間の把持は困難ですが、通常の聴診はできるようになりましたし、覚束ないものの茶碗を持つことも軽いものなら可能になりました。

 ただ、左上肢(前腕と上腕)の見た目の筋肉量の低下は進行し、筋萎縮は進行しているように見えます。7月に入ってからは何人かの患者さんに「痩せましたね」と言われたのですが、これは全身が痩せたのではなく、左上肢の筋肉が減ったためにそう見えたのだと思われます。

 さて、筋力がわずかに回復したとは言え、日常生活がなんとかできる程度ですし、これ以上頚椎の変形が進行し、脊髄を圧迫するようなことがあれば社会復帰ができなくなるかもしれません。私に残された選択肢は手術以外にありません。

 2014年8月4日、予定通り手術がおこなわれました。手術の名称を正確に言えば「全身麻酔下観血的後方除圧及び椎弓形成術」になります。簡単にいえば、頚椎が変形して後ろにせりだしてきたせいで狭くなってしまった脊柱管を広げる手術、となりますが、これでは分かりにくいのでもう少し詳しく説明したいと思います。

 脳から続いている脊髄は脊柱管という骨で囲まれた管を通って腰の方まで伸びています。その管の前の部分を構成しているのが脊椎で、後ろの部分が椎弓と呼ばれる骨と考えて差し支えありません。私の場合、前部を構成している頚椎(脊椎の首の部分)が変形して管の内腔にせり出してきたために脊髄がつぶれてしまっています。もしも頚椎がせり出してきて脊髄が後ろにおされても、その後ろにスペースがあれば問題ないわけですが、後部は後部で椎弓という骨がありますから脊髄は、変形した頚椎と後部の椎弓にはさまれて圧迫されているというわけです。

 筋力低下も筋萎縮も、痛みもしびれもすべて脊髄(もしくは脊髄から別れて出ている神経根)が圧迫されていることが原因です。ならば、唯一の解決法は狭くなった脊柱管を広げることです。もっとも、軽傷であれば自然に軽快することはよくありますが、私のように症状が増悪し、すでに1kgのダンベルも持てないような状態であれば外科的に治療するしかないというわけです。

 慢性で難治性の疾患というのは得てして民間療法も盛んです。ご多分に漏れず、この疾患、変形性頸椎症にも多くの民間療法があるようです。さすがに漢方薬やサプリメントで治る、としているものは見当たりませんが、枕とか、マッサージとか、あるいは電磁波をあてるようなものもあるようです。しかし、そのような民間療法を全面的に否定するわけではありませんが、私のように筋力低下がある程度まで進行してしまったような状態では可及的速やかに手術をすることが必要になります。これ以上の進行はなんとしても防がなければならないからです。

 話を手術の内容の説明に戻します。手術の目的は「脊柱管を広げること」ですが、そのためには脊柱管の後ろの部分、すなわち椎弓と呼ばれる骨を切らなければなりません。切っただけであれば不安定ですから、(切っただけでそのまま置いておくという術式もありますが)そのなかに「詰め物」をすれば安定が得られます。

 これではわかりにくいと思うので手の指を使ってイメージしてみてください。まず、手の親指と人差し指でわっか(輪っか)をつくってみてください。そして親指の先端と人差し指の先端を1cmほどあけてみてください。それからその2本の指でサイコロをはさむところを想像してみてください。指先どうしをくっつけていたときと比べるとわっかの面積が広がったことがわかると思います。実際の手術ではもっとこみいったことをおこなうのですが、イメージとしてはこのような感じです。

 次に「詰め物」について説明します。従来「詰め物」として使われていたのは、患者自身の骨が多かったはずです。私が麻酔科の研修を受けていた頃は、患者自身の腸骨が使われていた症例が多かったことを記憶しています。つまり、首を切開する前に、腸骨(骨盤の一部)の骨を切り取り、それを適切なサイズと形態に加工しておきます。椎弓を切除して(親指と人差し指の間をあけて)その間にこの腸骨を「詰め物」として使うのです。

 少し想像してもらえればわかると思いますが、骨盤の一部の骨を切除するというのも大変な手術になります。それが終わって今度は首の後ろからメスを入れて、骨を切って広げるわけですから、この手術は大変長時間を要します。私が麻酔科の研修を受けていた頃、他の研修医がこのような長時間の手術を希望しないこともあり、私は積極的にこの手術を見学していたのですが(麻酔科医の仕事はいったん麻酔がかかると余裕ができるので手術の見学が可能になるのです)、大変高度な技術が必要であり、長時間に渡る集中力と体力を要する極めて難易度の高い手術であるという印象がありました。

 もちろん大変なのは執刀医だけではありません。患者さんの術後の苦しみは相当なものです。長期間動けませんし、痛みは並大抵ではありません。否、それだけではありません。首の筋肉を大きく切りますから回復したとしても、後頭部から後頸部の動きが元通りにならないことも珍しくないのです。

 私が研修医として麻酔科でトレーニングをつんでいたのは2002年です。それから12年が経過したわけですが新しい手術法はないのでしょうか。それがあるのです! まず、「詰め物」についてです。ここからは「詰め物」ではなく「スペーサー」と呼ぶことにしましょう。自分の骨を用いるのではなくセラミック製の人工骨が少しずつ普及してきています。セラミックはここ20年くらいの間に、人工骨や人工関節、あるいは歯科のインプラントなどで用いられるようになってきているのですが、首の骨(椎弓)を切除した後にはめこむスペーサーとしても普及しだしているのです。

 また、首の皮膚を切開し、骨まで到達する方法も随分進化していることが分かりました。従来は首の皮膚を大きく切開した後、首の後ろの筋肉を大きく切らなければならなかったわけですが、筋肉を切るのではなく「はがす」ような感じでほとんど筋肉に傷をつけることなくおこなえる手術があるのです。筋肉を傷つけなければ出血量もごくわずかで済みます。もちろん、このような手術がおこなえるのは相当熟練した医師のみです。私の場合、大変幸運なことに、頚椎を専門とする熟練した専門の先生に執刀してもらうことができました。

 そして手術は成功しました。実際術後のCTを撮影してもらうと脊柱管が大きく広がっていました。これで脊髄の圧迫症状からは開放されたはずです。ところがです・・・。私の左上肢の筋力低下は変わっていません。手術をしても痛みやしびれはすぐになくなることが期待できるが筋力低下は回復するまでに長期間かかる、という説明は聞いていたのですが、それでも、私の心のどこかに「長時間の正座から開放された直後は動かせなかった足がしばらくすると元に戻るように、私の左上肢も手術が終われば元に戻るのではないか・・・」と期待してしまっていたのです。

 しかし現実はそう甘くはありません。相変わらず私の左腕は1kgのダンベルをあげるのも四苦八苦しています。ただ、術前よりも悪くなっているわけではなく、食事は摂れますし、歩くことも可能ですし、500mLのペットボトルを持った上腕のトレーニングならできます。

 退院はもう少し先になりそうですが、入院している病院から太融寺町谷口医院に通勤するというかたちで当初の予定どおり本日(8月18日)から診療を再開したいと思います。術後の痛みはゼロにはなっていないために(骨まで切っているのですから当然といえば当然です)、首のカラーもまだ外せないために、しばらくの間は診療に時間がかかるかもしれませんが、これまでと同じように診療をおこないますので困ったことがあればどうぞお気軽にいらしてください(注1)。

注1:しばらくの間、再診の方(当院に一度でも受診したことがある方)のみとさせていただきます。初診の方の診察再開についてはトップページで案内いたします。

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