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2015年4月15日 水曜日
第140回(2015年4月) 古くて新しいニキビの治療
宮部みゆきさん原作で現在公開中の映画『ソロモンの偽証』では、ニキビが原因でいじめられる女子生徒がキーパーソンになっています。一般の人は素直にこの映画を観ることができると思いますが、我々医師は(私だけかもしれませんが)、ストーリーにのめり込む前に、「あぁ、あの女子生徒、ちゃんと医療機関を受診してニキビを治していれば、物語は全然違う展開になったのに・・・。母親もニキビが<青春のシンボル>などと馬鹿げたこと言ってないでなんで娘に受診させないんだ・・・」、と穿った見方をしてしまいます。これも一種の”職業病”でしょうか・・・。
私がこの映画を観たとき、この女子生徒をみて初めに抱いた印象がこのようなものであり、原作者の宮部みゆきさんを批判したい気持ちに”一瞬”なりました。しかし、次の瞬間にそれが消えました。よく考えると、この映画の舞台は現在ではなく1990年代前半です。たしかに、1990年代前半にはニキビの有効な治療法が(少なくとも日本には)なかったのです。
医師によって見方が異なるかとは思いますが、私自身は日本でのニキビ治療のブレイクスルーが起こったのは2008年の10月だと考えています。つまり、アダパレン(商品名で言えば「ディフェリンゲル」)が発売になったときです。それまでは、高額になりますがクリニックが独自に輸入して仕入れたアダパレンを自費で処方するか、炎症が強くなり赤ニキビが悪化したときに抗菌薬の外用薬もしくは内服薬を一時的に使うか、といった方法くらいしかありませんでした。
医療機関によってはビタミン剤や漢方薬の処方をしているところもありましたが(現在でもあるかもしれませんが)、私自身はこれらでよくなった症例をほとんど診たことがありませんし、エビデンス・レベル(科学的実証度)も低いものです。ケミカルピーリングというものもありましたが、これは費用が高くつく上に、継続して受診しなければならず、またエビデンス・レベルも低く、決して実用的なものではありませんでした。
残念ながらアダパレンで全員が完全に治癒するとまではいきませんが、かなり有効な治療法であることは間違いありません。アダパレンの製薬会社は一時中学や高校にポスターを掲示していました。ここまでくるとやり過ぎのような気がしますが、ニキビで悩む生徒を救いたい、という強い気持ちがこのような行動につながったのだと私は思います。私はどちらかと言うと、製薬会社の行動にはだいたい批判的な立場であり、またこの中学高校へのポスター掲示に対し多くの医師から非難が相次いだようですが、この件に関しては、私自身は製薬会社の純粋な想いではなかったかと好意的にみています。
さて、そのアダパレンをもってしてもニキビが治らないケースは次の3つです。
①ニキビではなく「ニキビ痕(あと)」になってしまっている。
②そもそも診断が間違っていてニキビではない。
③アダパレンが効かない。もしくはアダパレンの副作用が強くて使えない。
順にみていきましょう。①の「ニキビ痕」を治すのは大変困難です。言い換えるとニキビを治すのは実はそうむつかしくはありません。しかし、ニキビに対し不適切な治療をおこなったり、つぶしたり、触りすぎたりしていると、ニキビ自体は治っても、瘢痕(ニキビ痕)が残ります。これを治すには形成外科的に瘢痕を削ったり、特殊なレーザー治療を試みたりといったことも検討しますが、完全にきれいにするのは極めて困難です。
ニキビ痕で重要なのは、まず「それ以上触らないこと」です。時間がたてば自然に改善していく可能性もあります。もうひとつは、これが一番大事なことですが、新たにニキビをつくらない、ということです。先に述べたように、ニキビ痕の治療は困難ですが、ニキビの治療は現在ではそうむつかしくはありません。
②の、診断が間違っていて実はニキビでなかった、ということはときどきあります。細かい疾患まで入れるとニキビと間違われている皮膚疾患はいくつかありますが、一番多いのは「酒さ(しゅさ)」です。ニキビの治療はむつかしくはありませんが酒さは場合によっては相当困難なこともあります。ニキビと酒さがややこしいのは、確かに一見似ている場合がありますし、ニキビと同じような治療をして(一時的には)よくなることもあるからです。しかし一般に、酒さはニキビよりも治療が困難で、かなり改善することもあるのですが、しばらくするとまた再発して、ということもあり、何らかの治療は長期で続けなければならないことが多いと言えます。
③はどうでしょうか。本日のメインの話はここからです。2015年4月1日、待望のBPO(過酸化ベンゾイル)がついに保険診療で処方できるようになりました。BPOは、海外では1960年代頃から使われ出しており、世界的にはニキビの標準的治療薬の代表です。赤ニキビにも白ニキビにも有効で、予防効果もあります。副作用はまったくないわけではありませんが、アダパレンに比べると少ないですし、安全性も高いとされています。海外では医薬品ではなくOTC(薬局で処方箋なしで買える薬)です。私は海外に行くと、時間があれば薬局を訪ねるのが趣味みたいなものなのですが、ほとんどどこの国の薬局にもBPOは置いてあります。
では、なぜこのような優れた薬がこれまで日本になかったのでしょうか。実はBPOは、日本では消防法により第5類自己反応性物質・第1種自己反応性物質という「危険物」に指定されているのです。この法律のせいで薬局や通販で簡単に販売することはできない、というわけです。ただ、過去にBPOが日本でも簡単に入手できた時代が2回ありました。
一度目は米国Guthy Renker社の「プロアクティブ」が日本に導入された2001年頃です。「アメリカ製のプロアクティブはよく効くのに日本製のものはまったく効かない・・・」、このような声は非常によく聞きますが、それもそのはずで、アメリカ製のプロアクティブの有効成分はBPOそのものなのです。日本ではプロアクティブを導入するときに、当初はそのまま輸入したためにBPOが含まれていた、というわけです。ところが、その後法律上販売できないことが判り、やむをえず成分を変更したそうです。
二度目は2011年11月です。化粧品メーカーのグラファ社がBPO配合の「BPエマルジョン」という外用剤を発売しました。(上記の法律の問題をどのようにクリアしたのかは不明です) 「BPエマルジョン」は一般の薬局では買えず、医療機関でのみ購入することができる化粧品の扱いでした。しかし、医薬品としてのBPOが発売されることが決まったときに販売終了が決まり、結果としてわずか2年程度しか流通しなかったことになります。(おそらく厚生労働省としては、同じものが一方は保険薬で一方は化粧品、というのが都合が悪いのでしょう)
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では「BPエマルジョン」が販売されたときにすぐに取り扱いを開始して大勢の患者さんに使用してもらっていました。販売中止が決まったときは、その後も継続して使用してもらえるように大量に買っておいたのですが、ついに2014年秋に在庫がつきました。そして、約半年間のブランクを経た後、2015年4月から医薬品のBPOの処方を開始しました。(ちなみに谷口医院の患者さんは、この<空白の半年間>のBPOの入手について、海外渡航時に購入したり、海外旅行に行く知人に買ってきてもらったり、あるいはリスクを抱えて個人輸入したりされていたようです)
さて、このBPOはおそらくこれからニキビ治療の中心的な薬になると思われます。米国のガイドラインでもヨーロッパのガイドラインでも、軽症から重症まで、また予防にも推奨されていますから、おそらく日本のガイドラインも次の改定時には「強く推奨する」という扱いで入れられるはずです。
2015年4月から日本のニキビ治療の歴史が塗り替えられるといっても過言ではないでしょう。患者さんの満足度があがり、医療者は患者さんから感謝の言葉を聞くことになり、製薬会社も収益が上がるに違いありません・・・。
しかし、何かおかしくないでしょうか・・・。
海外では(それは先進国だけでなく多くの国で)、何十年も前から誰もが薬局で簡単に買えていた薬です。なぜ、日本ではわざわざ医療機関に出向いて、待ち時間を我慢して、塗り薬1本を求めなければならないのでしょうか。BPOの処方薬登場で日本のニキビ治療の歴史が変わると私は考えていますが、さらにもう一歩すすめて、BPOが海外と同じように誰もが薬局で簡単に買える時代が来ることを望みます。
もしもBPOが海外と同じように昔から薬局で買えたなら、『ソロモンの偽証』は誕生しなかったかもしれません・・・。
参考:
トップページ「ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう」
はやりの病気
第75回(2009年11月)「ニキビの治療は変わったか」
第62回(2008年10月)「ニキビの治療が変わります!」
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2015年4月10日 金曜日
2015年4月号 「医療否定本」はなぜ問題か(前編)
ここ数年でいわゆる「医療否定本」という言葉を頻繁に聞くようになってきました。現代医療を否定する本は以前からありますが、一昔前までは、宗教者が書いたものであったり、自社製品を売りたいがために健康食品の会社が出版したものであったりと、そういうものが大半だったのですが、ここ数年は医師による医療否定本がブームになっています。
なかでも、元・慶應義塾大学医学部講師の近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』という本が飛び抜けて売れているそうです。最近、患者さんからも「どう思いますか」と聞かれることが増えてきたこともあり私も読んでみました。
近藤先生に批判的な意見が多いのは以前から知っていましたが、私自身は近藤先生の書籍は医学部の学生の頃に何冊か読んでおり、先生の残された功績は素晴らしいものと考えています。最も尊敬に値するのは、今では標準的治療とも呼べる乳癌に対する「乳房温存術」を日本で広められたことです。それまでは、ハルステッド法といって乳房のみならず大胸筋までごっそりと取ってしまう手術が主流だったのです。乳房温存術では可能な限り取り除く部位を最小限にするために、術後、胸のかたちに悩まされることがなくなるのです。
また、異論はあるものの近藤先生の「がんもどき」という考え方は興味深いものです。これは、ガンには2種類あり、ひとつは「本物のガン」、もうひとつがにせもののガン、つまり「がんもどき」という考えです。本物のガンは検診では発見することができず発見されたときには助かる術がない。だから何もすべきでない。一方、「がんもどき」は悪化しないからもともと何もする必要がない、とするものです。ここからガン検診は不要でありすべてのガンは「放置」すべき、という理論に発展します。
すべてのガンは検診すべきでなく見つかっても放置すべき、などという理論に賛成するわけにはいきませんし、すべて「放置」するなら、以前は近藤先生自身が推奨されていた乳ガンに対する「乳房温存術」すらすべきでない、ということになり自身の主張が矛盾することになります。
ただ「がんもどき」という考えがまったく間違いかというとそうではなく、ひとつ例をあげれば、私は甲状腺ガンの大半が「がんもどき」ではないかと思っています。甲状腺ガンの発症世界一は韓国で、1999年には年間2,866人しか診断されなかった甲状腺ガンが2013年にはなんと53,737人に診断がついています。この間でおよそ19倍も増加しているのです。現在韓国では人口10万人あたり97人が甲状腺癌の診断を受けていることになり、これはダントツで世界一位、世界平均の10倍以上になります。では、韓国で甲状腺ガンによる死亡数が減っているのかというと、これがまったく減っていないのです。
なぜ韓国でこれだけ甲状腺ガンがみつかるかというと、超音波検査を健康診断でほぼ全員に実施するようになったからです。余計な検査をしたせいで「がんもどき」が見つかり、見つかれば手術で甲状腺を摘出することになります。おまけに手術をするとその後は一生涯甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりません。患者さんの負担は相当なものになりますし、医療費を圧迫することにもなります。
しかし、甲状腺ガンによる死亡数が減っていないということは、助からないガンは助からないわけで、検診にも意味がないということになります。このことだけを取り上げると近藤先生の「がんもどき」理論は正しいように思えます。
では他のガンはどうなのでしょうか。近藤先生は「がんもどき」理論をすべてのガンに広げ「ガン検診は一切不要」と主張します。しかしこれはあまりにも極論です。ひとつ例をあげると子宮頚ガンは定期的に検診をおこなうとほぼ100%早期発見が可能です。もしも「放置」をすると早期発見の機会が失われ助かる命が助からなくなります。
子宮頚ガンは比較的多いガンで有名人が罹患したことがしばしば報道されます。最近ではシーナ&ロケッツのシーナさんが、発見が遅れたために61歳で死亡されました。ZARDのヴォーカリストであった坂井泉水さんは、直接の死因は階段からの転落死ですが、子宮頚ガンの発見が遅れ肺に転移も認められていたことが報道されています。ガンの肺転移が見つかっていたということは、この不幸な転落事故がなかったとしても命は長くなかったことが予想されます。
我々医療者がこのような報道を聞くと、「有名人でなかなか検診を受ける機会がなかったのだろうが、検査を受けてさえいれば・・・」という気持ちを拭えません。しかし近藤先生は「二人の子宮頚ガンはがんもどきでなく本物のガンだったのだから検診を受けていても無駄だった」と言われるのでしょうか・・・。
子宮頚ガンは早期で発見できれば、円錐切除術といってごく一部を取り除く手術、もしくは放射線療法でも完全治癒が期待できます。(他にも治療方法がありますがここでの言及は避けます) しかしある程度発見が遅れると子宮をすべて摘出する必要があります。このタイミングを逃すと(坂井泉水さんのように)肺など他臓器に転移し助からなくなります。
ガンの発見が遅れたものの、子宮全摘をすることによって命が助かり現在も活躍されている有名人に森昌子さんがいます。現在は政治家の三原じゅん子さんも子宮頚ガンで子宮全摘をされています。近藤先生はこの二人に対しても「今生きているということはがんもどきだったのだから子宮を取るべきではなかった」と言われるのでしょうか・・・。
私が医学部の学生の頃に読んでいた近藤先生の著作はガンに関するものばかりだったのですが、『医者に殺されない47の心得』には他の疾患についても意見を述べられており、これらには同意できるものもあるのですが、問題だと言わざるを得ないものも目立ちます。
例えば同書のなかで「インフルエンザワクチンを打ってはいけない」と断言されています。結論から言えばこれは間違いでインフルエンザのワクチンは有用です。ただ、ワクチンに対していろんな意見があってもいいとは思いますし、それを自身の本で主張することは「表現の自由」だと思います。(私自身も子宮頚ガンのワクチンを定期化して中学1年生の女子全員に接種するという考えには反対です) ただし、近藤先生が言っているその理屈が卑怯であり、故意に読者をミスリードしようとする意図が感じられます。
インフルエンザワクチンを打ってはいけないその理由として、近藤先生は「WHO(世界保健機関)も厚生労働省も、ホームページ上で、インフルエンザワクチンで、感染を抑える働きは保証されていない、と表明しています」と書いています。これだけを読めば、WHOも厚労省も「推薦していない」ワクチンをすすめる医療機関は悪徳商法ではないのか!と読者をミスリードすることになりかねません。
この書き方が卑怯なのは、あたかもWHOや厚労省がインフルエンザワクチンをすすめていないような表現をとっていることです。実際は、もちろんWHOも厚労省もインフルエンザワクチンが重要であることを訴えています。感染抑制効果については年により異なり、たしかに2014年終わりから2015年の初めにかけて流行したインフルエンザにはワクチンの発症抑制効果は期待はずれでした。これはWHOがこのシーズンに流行ると予想していた型と別の型のウイルスが流行したためです。しかし、この場合でも重症化を防ぐことができ、他人への感染リスクを下げることができます。
仮に、重症化を防ぐことや他人への感染リスクを減少させる効果も期待していたほどではなかった、という新しい事実が将来判明したとしましょう。それでも、現在WHOも厚労省もインフルエンザワクチンを推薦しているのは事実であり、あたかもこの事実がないような誘導をするのは問題です。
もうひとつ例を挙げましょう。同書のなかで近藤先生は「ERCPで急性膵炎が生じることは決して少なくなく、本当に死亡する場合もあるのでおすすめできません」と書いています。ERCPというのは内視鏡的逆行性胆道膵管造影のことで、十二指腸まで内視鏡を入れて胆道と膵管の造影剤を注入する検査です。ERCPは急性膵炎が生じることがあり、死亡例があるのも事実です。ここまでは間違ったことは言っていません。しかし、この箇所を素直に読むと「胆管と膵臓の検査自体が無用だから受けるべきではなかった」と解釈できます。
現在は胆管や膵臓の検査にはERCPではなくMRCPを用います。MRCPであれば急性膵炎が起こらずに安全に検査ができるからです。MRCPをあえて避けてERCPを実施することなどほとんどないはずです。そして近藤先生はそれを知らないはずがありません。MRCPの存在を知っていてERCPの危険性だけを主張するのは悪意あるミスリードではないでしょうか。
医師が書く「医療否定本」で最も問題だと思うことを今回述べる予定でしたが、近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』の批判で予定の文字数を越えてしまいました。次回はその「最も問題なこと」について述べたいと思います。
参考:
『患者よ、がんと闘うな』文春文庫
『医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法』アスコム
『「治るがん」と「治らないがん」 医者が隠している「がん治療」の現実』講談社+α文庫
『よくない治療、ダメな医者から逃れるヒント』講談社+α文庫
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2015年4月6日 月曜日
2015年4月6日 スタチンは糖尿病のリスク、使うならプラバスタチン
日本ではなぜかあまり話題になりませんが、数年前からスタチンが糖尿病のリスクになることが頻繁に指摘されています。スタチンというのはコレステロールを下げる薬で、(おしなべて言えば)副作用も少なく長期使用ができて、(後発品を使えば)費用もさほどかからず、例えばイギリスでは治療薬ではなく予防薬としても用いられているくらいですから、世界で最も使われている薬のひとつです。(ちなみに、スタチンを発見したのは日本人の遠藤章博士です)
コレステロールを下げるのは動脈硬化を予防するためであり、動脈硬化は心筋梗塞や脳梗塞など「死に至る病」または「寝たきりになる病」の原因です。しかし、コレステロールをスタチンで下げることに成功したとしても、そのスタチンで糖尿病のリスクが上昇するなら結局動脈硬化のリスクを下げることができないのでは?ということになります。
スタチン療法を受けていた人では受けていなかった人に比べて2型糖尿病を発症するリスクが46%も上昇することが分かった・・・。
これは医学誌『Diabetologia』2015年3月10日号(オンライン版)(注1)に掲載された研究結果です。
研究では、糖尿病を患っていないフィンランドの男性約9,000人(45~73歳)をおよそ6年間追跡し、スタチン服用と糖尿病発症の関連について分析されています。対象患者の4人に1人が調査開始時にスタチンを服用しており、調査期間中に625人の(2型)糖尿病の発症が確認されています。
分析の結果、スタチン服用者は非服用者に比べると、糖尿病の発症リスクが46%も高いことが分かったそうです。(喫煙や肥満など)他の危険因子(リスク)を調整しての結果です。
スタチン服用者では非服用者に比べて、インスリン感受性が24%、インスリン分泌が12%低下することも分かった、と述べられています。
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スタチンがなぜ糖尿病のリスクになるのか、はっきりとしたことは分かっていませんでしたが、in vitroの(研究室での)実験ではスタチンによりインスリン分泌が低下することは報告されていました。今回の研究で、スタチンがインスリンの感受性を低下させ(インスリンが効きにくくなるということ)、インスリンの分泌を低下させる、ということがほぼ間違いないように思えます。しかもこの研究は約9,000人と大人数を対象としていますから信憑性は高いと言えます。(もっとも、対象は白人男性だけですから、性差や人種差がある可能性はあります)
さて、ではコレステロールを下げる薬は何を使えばいいのでしょうか。スタチン以外にもコレステロールを下げることのできる薬はありますが、スタチン以外の薬では、費用が高くつく、効果が不充分、薬によっては毎回水に溶かねばならない、など欠点が目立ちます。
ではどうすればいいのでしょう。実はスタチンの糖尿病のリスクは「スタチンの種類」で異なります。スコットランドの大規模研究(West of Scotland Coronary Prevention Study)では、プラバスタチン使用で糖尿病のリスクがなんと30%も下がる!という結果が出ています。他の研究でも、プラバスタチンに関しては、糖尿病のリスクはさほど大きくないという結果が出ています。また、プラバスタチンは糖尿病リスク以外の他のリスク、例えば肝機能障害などのリスクが低いことも指摘されています。
プラバスタチンが有利な理由はまだあります。ほとんどのスタチンはグレープフルーツとの相性が悪いのですが、プラバスタチンについてはグレープフルーツの影響をほとんど受けないことが分かっています。他の食べ物でも制限されるものはありません。
日本では合計6種のスタチンがあり、そのうちの1つだけを「ベタ褒め」するのには少し気が引けますが、これだけのデータがそろえば仕方ありません。太融寺町谷口医院の患者さんのスタチン処方の95%以上はプラバスタチンです(注2)。
注1:この論文のタイトルは、「Increased risk of diabetes with statin treatments associated with impaired insulin sensitivity and insulin secretion: a 6 year follow-up study of the METSIM cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00125-015-3528-5
注2:先発品のスタチンを発売している製薬会社は合計6社あります。プラバスタチンは商品名は「メバロチン」で第一三共が発売しています。他の5種をあげておくと、シンバスタチン(商品名「リポバス」MSD社)、フルバスタチン(商品名「ローコール」ノバルティス社)、アトルバスタチン(商品名「リピトール」アステラス社)、ピタバスタチン(商品名「リバロ」興和)、ロスバスタチン(商品名「クレストール」アストラゼネカ社)です。
では、なぜここまで有利なデータがそろっているのにもかかわらず、プラバスタチンの製薬会社(第一三共)は積極的なPRをしないのでしょうか。私の印象で言えば(そして他の医師も同じように感じているはずです)、現在積極的にスタチンをPRしているのはアストラゼネカ社だけです。この最大の理由は同社のスタチン「クレストール」には後発品(ジェネリック薬品)がないからでしょう。他の5種はいずれも後発品が発売されているために先発品のメーカーはそれほどPRに力を入れていないのではないでしょうか。
ならば、後発品のメーカーが積極的にPRをすればいいではないか、と思われますが、一般に後発品のメーカーは、薬価が安いこともあり元々PRにあまり費用をかけません。
結果としてプラバスタチンのように「安くて安全で効果の高い薬」が目立たなくなっているのです。
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2015年4月3日 金曜日
2015年4月3日 ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定
長い間「麻疹(はしか)の輸出国」と揶揄されていた我が国も、ようやくWHO(世界保健機関)から排除の認定を受けました。WHOが2015年3月27日に正式に発表しています(注1)。厚生労働省はこれを受け、同日に国内に発表しました(注2)。
WHOの発表によると、今回アジアで麻疹排除を認定されたのは、日本、ブルネイ、カンボジアの三国で、いずれの国でもワクチン接種が適切に実施されたことが排除に至った理由であるということが述べられています。
厚労省の発表では、日本由来の麻疹ウイルスは2010年5月を最後に、それ以降は検出されていないそうです。それ以降に発症した例はすべて海外から日本に持ち込まれたケースだったようです。
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ちなみに韓国ではすでに2006年に排除認定を受けています。その翌年の2007年に日本で流行し、アメリカやカナダに日本人が持ち込んだ例が立て続けに報告され、「日本は大丈夫なのか・・・」と世界中から心配されましたが、ようやく日本も感染症後進国から少し抜けられそうになってきました。
豊かなブルネイはともかく、カンボジアに行ったことのある人なら、カンボジアの医療レベルと日本が同じ、とされるのに違和感を覚えることでしょう。もちろん、医療全体でみたときには日本とカンボジアが同レベルというわけではありません。しかし、感染症、とりわけ感染症の(治療ではなく)予防に関していえば、同じレベルと言わざるを得ません。
では、日本の麻疹対策はこれで充分かと言えばそういうわけではありません。日本人の成人の麻疹抗体を測定すると陰性の人が少なくない、というか太融寺町谷口医院の例でいえば、20代後半から30代でみれば抗体ができている人の方が少数派なのです。ということは、日本にやってきた外国人(たとえば中国やフィリピンではまだ排除が認定されていません)が日本で蔓延させる、という可能性は充分にあります。
以前も述べましたが、日本では「麻疹にかかったようなもの」という慣用句があり、これは麻疹が単なる風邪のような一過性の軽い疾患のような意味で使われています。しかし麻疹は実際には死亡例もありますし、重篤な後遺症を残す脳炎につながることもあります。
まだワクチンを接種していない人、抗体形成の確認をしていない人は早めに確認しておいた方がいいでしょう。
注1:WHOのこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.wpro.who.int/mediacentre/releases/2015/20150327/en/
注2:厚生労働省のこの発表は下記URLで読むことができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10906000-Kenkoukyoku-Kekkakukansenshouka/img-327100220.pdf
参考:
トップページ:「風疹・麻疹(はしか)」
医療ニュース2014年3月3日「麻疹(はしか)が増加中」
はやりの病気
第46回(2007年6月)「はしかの予防接種率はなぜ低いのか」
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」
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2015年3月30日 月曜日
2015年3月30日 変わってきたピーナッツアレルギーの予防
ピーナッツアレルギーはときに重症化することが知られています。(私の知る限り)日本で死亡した例はありませんが、海外(特に西欧)ではときに死亡例が報告されています。また、過去10年で西欧では発症者が2倍になったとの報告もあります。
ピーナッツアレルギーの特徴として、増加していることと重症化すること以外では、小児期での発症が多いこと、卵やミルクなどのアレルギーとは異なり生涯にわたり継続することが多いこと、成人してからさらに悪化することがしばしばあること、ピーナッツだけでなく、アーモンド、クルミ、カシューナッツ、ピスタチオなど他のナッツ類に対してもアレルギーが起こりやすくなること、などがあげられます。
一方ではナッツ類は健康上極めて優れた食品であることが近年頻繁に指摘されるようになり、地中海料理が健康にいい理由のひとつにナッツ類がたくさん用いられることがあげられています。ナッツを積極的に摂取している人は長生きするという報告もあります(注1)。
積極的に食べれば健康に寄与して長生きできる、しかしアレルギーがあり重症化することもある、と聞かされれば、なんとしてもアレルギーを予防したい、と考えたくなります。
実際、子供へのピーナッツアレルギーを避けるために妊娠中にはナッツ類の摂取を避けるべきと言われた時代もありました。現在ではこれは否定されています。
医学誌『JAMA Pediatrics』2014年2月号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、妊娠中の母親がナッツ類を多量に食べると、(母親自身がアレルギーでなければ)、生まれる子はナッツアレルギーになる確率が低いことが分かったそうです。
さらに興味深い研究が最近発表されました。医学誌『NEJM(The New England Journal of Medicine)』2015年2月26日号(オンライン版)に掲載された論文(注3)によりますと、早期にピーナッツに曝露される(早い段階でピーナッツを食べ始める)方が、ピーナッツアレルギーになりにくいことが判ったというのです。
この研究の対象者は、重症の湿疹か卵アレルギーのいずれか、または両方を有する640例の乳児(生後4ヵ月以上11ヵ月未満)です。対象者を2つのグループに分けて、一方はピーナッツを摂取してもらい、もう一方のグループではピーナッツを回避してもらっています。
60ヶ月が経過した時点で調べてみると、ピーナッツを摂取していたグループの方がアレルギー発症が有意に低下していたそうです。(回避していたグループの発症率は13.7%、摂取していたグループでは1.9%)
アレルギーが発症するかどうかはピーナッツエキスを皮膚に注射する方法で調べられています。小児の食物アレルギーについては、血液検査はあくまでも参考ですが、ピーナッツを回避していたグループでは特異的IgE抗体が上昇しており、摂取していたグループではIgG4抗体の上昇が認められたそうです。
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ピーナッツアレルギーはどのようにして成立するのでしょうか。すべての医師が認めているわけではありませんが、私はイギリスの免疫学者Gideon Lack氏が提唱している「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露」で説明できると考えています。
この説は過去にも紹介しましたが(注4)、わかりやすく言えば、「アレルギーが成立するのはそれを食べるからではなく、それが皮膚の微小な傷などから体内に侵入するから」とするものです。つまり、ピーナッツを食べるのが問題なのではなく(むしろ食べることで「免疫寛容」ができアレルギーになりにくくなる)、ピーナッツが皮膚から侵入することで免疫システムがピーナッツを「敵」とみなす、というものです(注5)。
この説が正しいとするなら、例えば口の周りに湿疹がある赤ちゃんにピーナッツバターを食べさせるときなどには充分に注意しなければなりません。また、特に冬場の乾燥シーズンなどにはしっかりと保湿をしておくことで皮膚のバリア機能を保つ必要があります。その一方で、普通に食べさせることには問題がないというわけです。
この研究でもうひとつ興味深いことは血液検査のIgE抗体とIgG抗体です。アレルギーがあればIgE抗体が上昇するがIgG(4)抗体はアレルギーがない場合で上昇した、ということです。以前指摘しましたが(注6)、食物のIgG抗体を測定し「遅延型食物アレルギー」などと称した意味のないことを言われて苦しんでいる人が少なくありません。IgG抗体が食物アレルギーに無関係であることはこの研究からも伺えます。
注1 詳しくは下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
注2:この論文のタイトルは「Prospective Study of Peripregnancy Consumption of Peanuts or Tree Nuts by Mothers and the Risk of Peanut or Tree Nut Allergy in Their Offspring」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1793699&resultClick=3
注3:この論文のタイトルは「Randomized Trial of Peanut Consumption in Infants at Risk for Peanut Allergy」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1414850
注4:下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第136回(2014年5月)「免疫学の新しい理論」
注5:詳しくは『The Journal of Allergy and Clinical Immunology』という医学誌に掲載された論文を参照ください。タイトルは「Epidemiologic risks for food allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。この論文は大変有名なものです。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749%2808%2900778-1/fulltext
注6:下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」
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2015年3月20日 金曜日
第146回(2015年3月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(後編)
今回は症例の紹介から始めたいと思います。
20代の女性(Aさんとします)は、2週間前から毎晩全身にじんましんがでていました。放っておいても2~3時間で症状が消えるために、最初のうちはあまり気にならなかったのですが、毎日続き、痒みも増しているようなので、気になって太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)を受診しました。
問診を終え、しばらくは毎日薬を飲むべき、という説明をすると、Aさんはなにやら不服そうな表情をしています。
私:「何か気になることがあるのですか」
Aさん:「なんで血液検査をしてくれないんですか」
私:「このじんましんは検査をしても異常所見がでないタイプで血液検査に意味がありません」
Aさん:「でも、何か見つかるかもしれないじゃないですか。お金を払うのはあたしですよ!」
私:「・・・・・」
じんましんが出れば血液検査が必要、と思っている人は非常に多く、なぜ必要ないかを説明するのに苦労することがしばしばあります。逆に、じんましんで初回の受診時に「血液検査が必要です」と言われたときには、それなりの理由があるのです。食物アレルギーを疑ったときもそうですが、一部の感染症や膠原病でもじんましんが生じることがあります。
血液検査が必要でないタイプのじんましんで受診し、「前の病院では検査をしてくれなかった」と不平不満を言う人も少なくありません。Aさんはその後当院を受診していませんから、彼女もまた血液検査をしてくれる医療機関を探し求めているのかもしれません。
もうひとつ例をあげましょう。
40代の女性(Bさんとします)は、数週間前から身体がだるく疲れやすいと言います。昨日から風邪症状が出現し夕べは近くの病院の救急外来を受診したそうです。Bさんは点滴をしてもらい抗生物質を処方してもらうつもりでいたそうなのですが、点滴は断られ処方された薬は市販のものと変わらない風邪薬のみだったと言います。
身体がだるく疲れやすいというのはよくある症状ですが、そこから大きな病気がみつかることがあります。ガン、HIV、結核、膠原病、甲状腺異常などが見つかるきっかけとなることもありますから、このような患者さんの訴えには充分注意すべきです。また、このような症状がうつ病などの精神疾患からきていることもよくあります。しかし、「身体がだるく疲れやすい」という症状の大半は、単純疲労、つまり休息が不充分なことから起こるものであり、こういったことは問診と簡単な診察からある程度わかります。
Bさんの場合も「単純疲労」の典型であり、私は点滴も薬も必要ないと判断し、まずは休養をとることが先決であることを話しました。しかしBさんは納得しません。
Bさん:「あのね、お金払うの、あたしですよ。お金払うから点滴して薬だして、って言ってるのよ」
私:「我々は患者さんにとって最善であることをしなければなりません。今のあなたにとって最善なのは薬も点滴も使用せずにしっかりと休養をとることです」
Bさん:「わかりました。こんなクリニック、二度ときません。今日は薬も点滴も何もないんだからお金も払いません!」
私:「・・・・・」
抗菌薬(抗生物質)は細菌を抑制するものであり、ウイルス感染と思われる軽度の風邪には使っても意味がない、というよりは副作用のリスクを抱えるだけですから有害と考えるべきです。また、「細菌感染には抗菌薬」という考えも正しくありません。特に下痢を伴っているような場合は、抗菌薬を内服することでさらに腸内の善玉菌まで殺してしまいますから、細菌感染を疑っても軽症であれば抗菌薬は用いるべきでありません。
点滴については過去にも述べたことがありますが(注1)、日本には「点滴神話」なるものがあり、点滴をあたかも「魔法の薬」のように思っている人がいます。そして、実際にプラセボ(プラシーボ)効果で元気になる人がいるのは事実ですし、ブドウ糖を入れれば血糖値が上昇するために一気に疲労回復することはあります。これは疲れたときに甘い物を口にすると元気になるのと同じ理屈であり、わざわざ点滴する必要はありません。
日本人の「点滴神話」は患者だけでなく医師の側にもあり、私はこれをタイのエイズホスピスで実感しました。エイズ末期で吐き気がおさえきれず食事を摂ることができない患者さんに対し、私は点滴を指示し、実際に患者さんには喜んでもらっていました。しかし、欧米の医師たちはこのような患者さんにも点滴はすべきでない、と主張するのです。自力で食事がとれなくなり回復の見込がないなら点滴は不要な延命治療、という考えなのです。おそらく欧米の医師が、日本に来て患者さんの希望に基づいて点滴をしている光景をみると驚くに違いありません。
ちなみに、Bさんが受診して数ヶ月後、谷口医院から歩いて5分くらいのところに「点滴専門クリニック」ができました。疲労回復や美容目的の点滴を希望する人のためにつくられた自費診療のクリニックだそうです。今度Bさんが受診したら教えてあげようと思っていたのですが、その後Bさんは一度も受診していません。そして、1年もしないうちにその点滴専門クリニックもなくなっていました。やはり、このような需要はそれほど多いわけではなく「点滴神話」が「神話」にすぎないことを理解している人の方が多いのでしょう。
ここで原点に話を戻したいと思います。Choosing Wisely(不要な医療をやめる)という考え方は我々医師のわがままではなく、患者さんからみても有益であるはずです。さらに医療費の抑制にもつながり行政にも有益であり、医療者・患者・行政の三者にとって望ましいものです。
では、患者さんにどのように理解してもらえばいいのでしょうか。AさんやBさんに正しく理解してもらうのにはどう説明すればよかったのでしょう。最も大切なのは、医師の技量を上げるということです。AさんとBさんについて私は彼女たちを批判的に描写していますが、AさんBさんにきちんと理解してもらえなかったのは私の方に責任があります。
Aさんが血液検査にこだわったこと、Bさんが抗菌薬と点滴にこだわったのには何らかの理由があったのかもしれません。例えば、Aさんの知人が重症のじんましんでアナフィラキシーショックを起こしたことがあるとか、Bさんの親御さんが抗菌薬の開始が遅れて肺炎が重症化し長期間の点滴を余儀なくされたことがあった、といったことです。
ですから、AさんとBさんが不快な思いをしたのは私の責任であります。しかしながら、入院患者さんならともかく、忙しい外来で多くの患者さんを待たせているなかで、患者さんの背景やどのような考えをもっているかということを分析することには限界があります。
そこで提案したいのが前々回紹介したABIM(American Board of Internal Medicine、アメリカ内科学委員会)が作成しているChoosing Wiselyのウェブサイトのようなものの日本語版をつくる、ということです。これがあれば、Aさんには「ここにも書いてあるようにこういったじんましんで血液検査はすべきでないんですよ」ということが言えます(注2)。前々回紹介した息子の頭部CT撮影にこだわったお父さんにも説明しやすくなります(注3)。Bさんには、なぜ抗菌薬が不適切かということを説明できます(注4)。しかし、さすがに点滴神話はアメリカには存在しない日本の特徴であり、ABIMのこのサイトには「安易に点滴をするな」とは書いてありません。アメリカにはそんなことをする医師がそもそもいないからでしょう。
今のところ、Choosing Wiselyの日本語版をつくろう、という声は聞いたことがありません。しかし、誰かがやらねばならない、と私は考えています。では、誰がやるのか。「気付いたモン負け」というルール(注5)が私のなかにあって、このルールに従うなら気付いた私がやらなければならない、ということになります。
ただし、単なる翻訳ならともかくABIMのサイトのようにきちんとしたものの日本版をつくるには、複数の専門家が集まって膨大な論文を検証するという気の遠くなる作業が必要であり、とてもひとりでできるものではありません。そこで、私はABIMのChoosing Wiselyを日本語に訳し、当院の症例なども合わせて分かりやすいものを少しずつ(本当に少しずつですが)このサイトで伝えていきたいと考えています。
注1:下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第68回「「医療はサービス業」という誤解」
注2 下記ページの3に記載されています。
http://www.choosingwisely.org/doctor-patient-lists/american-academy-of-allergy-asthma-immunology/
注3 下記ページの1に記載されています。
http://www.choosingwisely.org/doctor-patient-lists/american-college-of-emergency-physicians/
注4 下記ページに記載されています。
http://www.choosingwisely.org/doctor-patient-lists/antibiotics/
注5:下記コラムで紹介しています。
メディカルエッセイ第53回(2007年6月)「”気付いたモン負け”というルール」
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2015年3月20日 金曜日
第139回(2015年3月) 不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~
前回は、充分な睡眠時間を取ることが健康に必要であり、フレンチ・パラドックスの原因のひとつに、質が良く時間も充分な睡眠があるのでは?、という自説を述べました。
今回は、ではどのように睡眠を取ればいいのか、ということを述べたいのですが、その前に、睡眠不足がいかに有害かを示すいくつかのデータを紹介したいと思います。
私は産業医をしていることもあり、また太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの多くは働く若い世代であることから、残業時間が多すぎて睡眠時間を確保できないという悩みを聞くことがしばしばあります。また、その逆に、企業を経営している人からは、新しい社員をすぐに増やすことは困難で結局は現在の従業員に長時間働いてもらうしかなくて・・・、という相談を受けることもあります。
こういった相談をされたときに私がよく言うのは、深夜の残業は飲酒運転と同じですよ、というものです。科学誌『Nature』にも掲載された有名な研究があります(注1)。この研究では覚醒時間の長さと作業能力との関係が調べられています。覚醒時間(起きている時間)が13時間を越えるあたりから作業能力は急激に低下し、17時間を越えると、血中アルコール濃度が0.05%の飲酒運転と同程度の能力以下になるのです。酒気帯び程度であれば血中濃度は0.03%であり、0.05%というのはかなり酔っている状態で、心拍数が上がり理性を失う濃度です。
朝6時に起床している人であれば13時間が経過した午後7時くらいから急激に作業能力が落ちだし、17時間が経過する午後11時を回ると理性を失うほど酔っ払ったのと同じ状態になるわけです。こんな状態でいい仕事ができるはずがありません。
もうひとつ興味深い研究を紹介したいと思います。それは、睡眠不足があるとダイエットの効果が出にくい、というものです。同じようなダイエットをする対象者を2つのグループに分け、一方は8.5時間の睡眠時間、もう一方は5.5時間にします。8.5時間睡眠のグループは体脂肪が1.4kg減少しているのに対し、5.5時間睡眠群では0.6kgしか減少していなかったのです(注2)。
睡眠時間が関係するのは作業能力や体脂肪だけではありません。疾患のリスクとの関係も随分研究されてきています。一晩徹夜をすると拡張期血圧が10mmHgも上昇するという研究(注3)、7時間の睡眠時間が最も糖尿病のリスクが低く7時間より短くても長くてもリスクが上昇するという研究(注4)、睡眠時間が7~8時間の人で最もうつ病が少ないとする研究(注5)などがあります。
ここまでをまとめると、適切な睡眠時間の確保が、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を防ぎ、太りにくい体質とし、うつ病のリスクを低減させ、仕事のパフォーマンスを低下させない、ということになります。これだけ科学的なデータを並べられると、前回紹介したような「四合五落」という言葉や、中年オヤジ社員の「オレの若い頃は毎日深夜までがんばるのが常識だった・・・」といった言葉がいかに馬鹿げているかが分かります。
さて、今回はここからが本題です。では、どのようにして質のよい充分な睡眠をとればいいのでしょうか。2つの段階にわけて考えましょう。まず1つめは、「物理的に睡眠時間を確保するにはどうすればいいか」ということです。
残業がほとんどない国、例えば北欧やフランスやドイツで働く、というのは現実的でないでしょう。日本でそのような会社を探すというのは考えてみてもいいでしょうが、自分のやりたい仕事がそのような職場にあるとは限りません。考えるとすれば、職場の近くに住むということですが、これもすでにマイホームを購入済の人はむつかしいでしょう。
睡眠不足が続けば続くほどミスが増えやすいというのは感覚的に理解できることだと思います。残業も積み重なればパフォーマンスが落ちます。私のおすすめの方法は「ノー残業デイ」の活用です。多くの企業ではノー残業デイを水曜日にしていると思いますが、これは実は大変理にかなったことです。つまり、月曜と火曜に遅くまで残業しても水曜日に早く帰宅して月曜と火曜の睡眠不足を補えば、木曜・金曜と再び頑張ることができるわけです。ここで重要なのは、日曜日に寝だめをしておく、という考えは捨て去ることです。睡眠不足の後にしっかり睡眠をとることで回復することはできますが、その逆の「寝だめ」はできないことが分かっています。
このサイトで私が繰り返し提唱している健康の秘訣に「3つのEnjoy」があります。その3つのうち1つが「Early-morning wake up」で(あとの2つはExercise(運動)とEating(食事)です)、一番いいのは「毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということです。 残業が多い人はこれができませんから、月・火は残業で寝る時間が遅くなっても、水曜日には早く寝る、同様に木・金は遅くまでがんばって土曜には早く寝る、とすればどうでしょう。つまり「同じ時間に寝る」が無理でも「同じ時間に起きる」を実践するのです。
そして最も大切なのが、土曜日も日曜日も早く起きる、ということです。谷口医院の患者さんをみていると、平日は限界までがんばって、土日は朝寝坊・・・という人が少なくありません。たしかに土曜日の朝などはゆっくりと寝ていたいという気持ちは分かるのですが、ここで勝負するのです。土日にも平日と同じ時間に起きるのです。そして、可能なら朝にジョギングなどの運動をします。その後はゆっくりお風呂に入るなり、豪華な食事をするなり、何でも好きなことをすればいいのです。
平日に睡眠不足があり、土曜日に早起きすれば、当然土曜日の日中は眠くなります。昼寝したいという欲求もでてくるでしょう。しかし昼寝をするなら10分程度、長くても30分までにすべきです。そして夜は早く寝て日曜の朝もまた早く起きます。もしも日曜の朝寝坊をすると夜に眠れなくなり、翌日の月曜日から睡眠不足と戦わなければならなくなります。
次に、2つめの段階として、「睡眠時間を確保したけれど眠気がこなくて眠れない」という問題を考えたいと思います。しかし、「眠れないんです・・・」と言って受診される患者さんも、上に述べたように土日の早起きを実践してもらうだけで眠れるようになりました、という人は少なくありません。つまり、安易に睡眠薬は使うべきでないのです。
先に述べたのは、残業時間が長くて睡眠時間が短い人は月・火は遅くなっても水曜日は早く寝ましょう、ということでしたが、睡眠時間を確保しても眠れないという人の場合、もっとも重要なのは「それでも朝早く起きる」ということです。そして、眠れないなら思い切って起きておくのもひとつです。
眠れないのにベッドに入ると「寝なければ・・・」というプレッシャーで余計に眠れなくなります。寝室に入っただけでそのプレッシャーを感じることもありますから、寝室に入らずに好きなことをすればいいのです。ただし、パソコンやタブレットはブルーライトの影響で眠れないとする研究がありますから、眠れない夜にすることは普通の本を読むのが一番のおすすめです。私は不眠を感じることはあまりありませんが、眠れない日には「本が読めてラッキー!」と思うようにしています。
軽症の不眠であれば、翌日も同じ時間に起きるようにすればその日の夜はよく眠れます。翌日も眠れずに、毎日睡眠時間が2~3時間しかない、という場合は薬の使用を検討することになりますが、いわゆる「睡眠薬」から始めるのではなく、メラトニン受容体に作用する薬剤を使うべきです(注6)。これは海外ではサプリメントの扱いであり、副作用がゼロとはいいませんが比較的安心して使えます。一方いわゆる「睡眠薬」は悲惨な事件につながることもありますから(注7)、充分な注意が必要です。
ところで、不眠に悩みやすい職業トップ3は何かわかりますでしょうか。きちんと統計をとったわけではありませんが、谷口医院の患者さんで不眠を訴える職業トップ3を紹介したいと思います。
3位は「医師・看護師・介護士」です。これらの職業が不眠になる理由はあきらかで「夜勤があるから」です。2位は「客室乗務員」です。1位の看護師や介護士に比べると受診者数は少ないですが割合でいえば客室乗務員で不眠を訴える人は非常に多いといえます。この理由もあきらかで「時差があるから」です。
では1位はというと、ジャーナリスト、記者、作家、翻訳家などのいわゆる「物書き」の人たちです。インディペンデント(フリー)の人もいれば、出版社などに勤務しているサラリーマンの物書きの人もいますが、何かを書いて生計をたてている人では、むしろ不眠でない人の方が少ないのではないか、と感じることすらあります。この理由は、おそらく「オン・オフの切り替えができないから」でしょう。つまり、物書きの人たちは、常にネタを探し内容について吟味し、頭のなかでどのような表現を使うか、ということを休憩することなく考えているのです。
私は不眠を訴えて受診する人が「物書き」である場合、先に述べたノー残業デイの活用の話も長時間勤務は飲酒運転と同じという話もしません。同じ時間に起きることはすすめますが、比較的早い段階で睡眠薬の使用に踏み切ることもあります。物書きの人たちは知的レベルは極めて高いのですが、決して健康とはいえない人が多く、不眠は仕方がないにしても、喫煙率が高くまた運動不足の人が少なくありません。ですから、睡眠薬は使用してもらうにしても、トータルで健康になってもらう工夫が必要になります。
繰り返しになりますが、すべての人にすすめたいのは可能な限り「同じ時間に起きる」(early-morning wake up)で、早寝早起きではなく「早起き早寝」です。すでに睡眠薬を飲んでいると言う人もこれを実践することにより薬を減らしていくことが期待できるのです。
注1 この論文のタイトルは「Fatigue, alcohol and performance impairment」で下記URLで概要を読むことができます。
http://www.nature.com/nature/journal/v388/n6639/full/388235a0.html
注2 この研究は「医療ニュース」で過去に紹介していますので詳しくはそちらを参照ください。
医療ニュース2010年11月4日「睡眠不足は脂肪を蓄積」
注3 この論文のタイトルは「Total Sleep Deprivation Elevates Blood Pressure Through Arterial Baroreflex Resetting: a Study with Microneurographic Technique」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.journalsleep.org/ViewAbstract.aspx?pid=25905
注4 この論文のタイトルは「Sleep Duration as a Risk Factor for the Development of Type 2 Diabetes」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://care.diabetesjournals.org/content/29/3/657.full?sid=526401be-3de8-40d5-9364-296abbcc5e9f
注5 この論文のタイトルは「The Relationship Between Depression and Sleep Disturbances: A Japanese Nationwide General Population Survey」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.psychiatrist.com/JCP/article/Pages/2006/v67n02/v67n0204.aspx
注6:この薬については下記コラムを参照ください
はやりの病気第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」
注7:「悲惨な事件」については下記コラムを参照ください。
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」
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2015年3月20日 金曜日
2015年3月20日 海外旅行でいったいどこに行けばいいのか
2015年3月18日、チュニジアの首都チュニスにて、国民議会議事堂と国立博物館が武装集団により襲撃され、複数の観光客を人質に立てこもる事件が発生しました。3月20日時点で日本人3名の死亡が確認されています。
この事件との関係は明らかではないものの、チュニジアではISIL(イスラム国)に外国人戦闘員として参加した後に帰還している者がいることが確認されています。そしてこのような帰還者がテロを起こすことが懸念されています。
今回の事件を受けて、外務省は次のような注意喚起を発表しています(注1)。
・チュニジアの他、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ等のアラブ諸国についてもISILに参加した戦闘員が帰還している。
・欧米諸国も例外ではなく、フランス、イギリス、ドイツ、オーストラリア、ベルギー、オランダ等からISILに参加した外国人戦闘員が帰還している。
・テロの標的となりやすい場所(政府・軍・警察関係施設、公共交通機関、観光施設、デパートや市場など不特定多数が集まる場所)を訪れる際には、周囲の状況に注意を払うこと。
*****************
この注意喚起を読んで「では注意しよう」と素直に思える人はどれくらいいるでしょうか。アラブ諸国はともかく、ヨーロッパやオーストラリアに旅行に行って、公共交通機関を使わずに、観光施設を訪れず、デパートや市場に行ってはいけない、と言われれば、では旅行先で何をすればいいのでしょうか。
とはいえ、私は外務省のこの注意勧告を批判したいわけではありません。国家としてこのような注意を促すのは当然でしょう。それだけISILが異常な集団であるということです。
太融寺町谷口医院の患者さんは、仕事、観光、ボランティア、留学などで海外に行かれる人が多く、そのための英文診断書作成やワクチン接種、マラリア予防薬や高山病予防薬の処方を日々おこなっています。私がすべての患者さんに注意しているのは、「海外では自分の身は自分で守らなければならない」ということです。
海外で何かあったときに外務省は頼りになりません。海外に渡航するときは、自分の行動に責任をとりリスクのある行為は慎まなければなりません。冤罪で逮捕されたときですら外務省は何もしません(注2)。
海外では助けてくれない外務省ですが、今回の発表はその通りです。今後世界史の教科書の多くのページにISILのことが書かれるかもしれない。私はそのように考えています。
注1:詳しくは外務省の下記ページを参照ください。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo.asp?infocode=2015C075
注2:詳しくは下記コラムを参照ください。
GINAと共に第99回(2014年9月)「薬物密輸の罠と罪」
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2015年3月13日 金曜日
2015年3月13日 最大のストレスは「お金がないこと」
米国心理学会(American Psychological Association, APA)という学会があります。2015年2月4日、この学会が「Stress in America: Paying With Our Health」(日本語にすると、「アメリカのストレス~健康の代償~」くらいになるでしょうか)というタイトルのレポートを発表しました(注1)。
このレポートで最も興味深いのは、米国人の最大のストレス要因を「お金」としていることです。
レポートは、2014年8月に3,068人の米国人を対象におこなわれた調査に基づいています。調査の結果、ストレス源の第1位が「金銭上の悩み」で64%、2位以下は、仕事(60%)、家族への責任(47%)、健康問題(46%)と続きます。
金銭のストレスを強く感じているのは男性よりも女性に多く、年齢では50歳未満に多いようです。
このレポートでは、低所得者と高所得者の比較もおこなわれています。年収5万ドル(約600万円)以上を高所得者、以下を低所得者とすると、低所得者の方がストレスを強く感じていることがわかったそうです。同じ調査は2007年にもおこなわれており、このときは所得による差はなかったそうです。
精神的支えがない人とある人の比較もおこなわれています。過去1年でストレスが増大したと答えたのは精神的支えがない人では43%、支えのある人では26%となっています。
*******************
お金がないのがストレスになるのは当然といえば当然で、格差が開いていくとさらに深刻になるでしょう。このレポートでは病気との関連性についてはあまり触れられていませんが、ストレスがいろんな疾患のリスクになるのは周知の事実であり、最近では低所得者の寿命が短いことも指摘されています。
ということは「お金がないこと」は二重の意味で健康に悪影響であるといえます。つまり、お金がないこと自体が生活習慣病などの罹患率を高め、またお金がないことによるストレスから多くの疾患のリスクを高めるのです。
このレポートを読んで、私は数年前にタイのある施設で知り合った日本人男性のことを思い出しました。
その男性は日本でリストラに合い、新しい仕事が見つからずに生活が困窮し、不眠と抑うつ感が出現し知人のすすめで精神科クリニックを受診したそうです。医師からは「うつ病」と診断され、何種類もの薬を処方してもらったものの何一つ効果はなかったそうです。
そこで、お金がかからずに住み込みでボランティアができるこのタイの施設にやってきたそうです。ボランティアに専念している時間は、気分は悪くないものの、将来のことを考えると憂鬱な気分が消えないそうです。この男性が興味深いことを言っていました。
「一生食べていける大金をもらえるか、安定した仕事に就けるなら、僕のうつ病はすぐに治ります。世の中のうつ病の大半は単にお金がないことが原因なんですよ・・・」
極論ではありますが、この男性の気持ちが分からなくはありません。お金がないことで病気が増えて医療費がかさむなら、初めからお金の不安を抱かせないような政策をとる、例えば生活保護を充実させる、というのはひとつの考えとして吟味すべきかもしれません。
「お金がない」ということとストレス、さらにいくつかの疾患との関連性については、私自身これからも考えていきたいと思います。
(谷口恭)
注1:このレポートは下記URLで全文が読めます。
http://www.apa.org/news/press/releases/stress/2014/stress-report.pdf
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2015年3月10日 火曜日
2015年3月号 競争しない、という生き方
日頃温厚な人が突然怒り出すと驚かされますし、自分が何か悪いことをしたのだろうか・・・、と反省させられます。そしてこのような経験をすると記憶からなかなか消えないものです・・・。
私は大学(医学部ではなく関西学院大学社会学部)を卒業した後、大阪に本社がある中堅の商社に就職しました。1991年4月25日(だったと思います)は、私が生まれて初めて給料をもらった日です。学生の頃にアルバイトはしていましたが、それほど稼いでいたわけではなく初めて「大金」を手にした日です。もちろん「大金」といっても20万円ほどですが、それでもまとめてこのようなお金を手に入れたことはありませんでしたから嬉しいものです。
初めての給料日には同期で飲みにいきました。そこで給与明細の見せ合いをしたときに、その席にいた同期の二人よりも私の基本給が低いことがわかりました。たしか2千円くらいの差で、私はそれほど気にならなかったのですが、この出来事を翌日の昼休みに上司に話すと、普段は温厚なその上司が突然怒り出したのです。そして、「総務部に抗議しにいってくる!」と言って部屋を飛び出しました。
基本給の差の原因は年齢にありました。給与明細を比べた二人は一浪で大学に入っていたために、私よりも実年齢が1つ上だったのです。その会社ではキャリアよりも年齢をベースに給与を算出していたのです。総務部でこの説明を聞き、その上司も納得して戻ってきました。私自身は、まだ仕事らしい仕事が何一つできていない自分が給料をもらうこと自体に後ろめたさも感じていましたから、同期より低くても全然問題はなかったのですが、その上司の行動には驚かされました。
平成不況が深刻化した1997年から1999年にかけて、私と同年代のサラリーマンは自主退職もしくはリストラの危機にさらされるようになりました。1968年生まれの私と同世代の大卒は「バブル組」と呼ばれ、希望すればどこにでも就職できた恵まれた世代です。しかし平成不況が長引くと、自社にとどまるのがむつかしく退職すれば仕事がない、という悪夢のような時代へと移っていきました。
その後、いったん持ち直したかのようにみえた日本経済はリーマンショックで再び奈落の底へ落ちていきました。大卒でも就職できない若者がクローズアップされたためにあまり目立ちませんでしたが「バブル組」たちのリストラは一層過酷なものとなっていました。
私と同世代のある男性は「次は自分かもしれないと思うと、同僚がみんなライバルにみえて本音で話せない」と言っていました。また、別の男性は「人事部の自分は、これまで仲良くやってきた同期の人間も解雇しないといけなくて辛い・・・」と話していました。結局この男性は良心の呵責に耐えきれずに自ら辞表を提出したそうです。「今になって思えば、自分から退職を申し出ることを会社は予測していたに違いない」と言っていました。
資本主義は競争社会と言われることがあります。ライバルの同僚が会社に残れば自分はクビになる・・・。他人を蹴落とさなければ出世できない・・・。会社に残るためには勝ち続けなければならない・・・。これらはたしかに見方によっては「事実」かもしれません。けれど、こんなことばかり考えていればて生きていくのがイヤになってこないでしょうか。
いっそのこと競争社会からおりてみればどうでしょう。あるいは、初めから競争社会に入らない、という選択肢はどうでしょう。
実は私自身は、それを初めから意識していたわけではないのですが、競争とは縁のない人生を送っています。先に述べた新卒で入社した会社は、当時全従業員が800人程度の会社で決して大企業ではありませんでした。希望すればほとんどの大企業に内定がもらえたあの時代に私はあえて大企業を避けました。その理由はいくつかありますが、「大企業の中での競争がしんどそう」というものと「全体を見渡せるようになりたい」というのが大きなものです。
大きくない企業なら会社全体を把握しやすく、いろんな勉強ができると考えたのです。また、大きくない企業なら同じ部署内での競争もあまりないだろうと考えました。私は海外事業部に配属されましたが、同期は女性一人のみ。その女性は外国語大学出身で入社時からすでに英語を話せていましたから、まったく英語のできない私は競争相手にすらならなかったのです。
結局、勉強させてもらうだけさせてもらい、会社にほとんど貢献することなく退職することになった私は、その会社や当時の先輩社員には今も頭が上がりません。いろんな意味で私を成長させてくれたその会社は、今も安定した実績を維持しており平成不況のなかでもリストラをしなかったと聞いています。
私が就職活動をしているとき、同級生のなかに、「電通と伊藤忠と住友銀行とNTTを受ける」と言っていた者がいましたが、私にはいったい何をやりたいのかが分からないこういう考えが理解できません。とはいえ、当時はこのような「ブランド志向」の若者が大勢いましたし、おそらく今もこのような者はいるでしょう。
会社を辞めた私は医学部受験に専念することになります。医学部受験も競争、という意見があるでしょう。しかし、私が言っている「競争社会からおりる」とは意味が全然違います。私は、努力を放棄せよ、と言っているわけでは決してありません。むしろその反対で、人間は生涯に渡り努力をし続けなければならない、という考えをもっています。私が避けるべきと考えている「競争」とは、「身近な人との競争」です。
医学部受験では自分が合格すれば誰かが不合格になります。しかし合格した者はその不合格の者の顔を知りませんし、不合格の者も合格した者の顔が分かるわけではありません。同じクラス全員が同じ医学部受験をすればそういうことが起こるでしょうが、もしもこのようなことがあるとすれば、むしろ一致団結し、顔の見えない他校の生徒に勝つことを考えるはずです。
TOEICを私が初めて受けたのは会社に入って間もない頃ですが、このときの点数は500点に満たないものでした。それから、努力を開始し、もちろん身近な人に勝つためではなく自分の英語力を高めるためですが、毎回受ける度にちょうど50点ずつくらい面白いように上がっていきました。会社を辞める直前に受けたときの点数が、たしか896点で、これが私の生涯の最高得点です。それからは医学部時代に一度だけ受けましたがこのスコアを超えませんでした。今も受けたいのですが、試験を受ける時間がないという言い訳をしてさぼっています。次回は医師をリタイヤしてから受けるつもりです。
社員全員がTOEIC受験を義務づけられ下位10%がリストラの対象になる、とされればどうなるでしょう。もしもこのようなことが起こると職場はギスギスしたものになり、例えば過去問が手に入ったとしても、同僚に秘密にするかもしれません。つまり、このような社内での競争はすべきでないのです。
もしも会社が社員の英語力を上げたければ、部署ごとの平均点を出して、前年よりも平均点が高くなればプレゼントを贈る、というような方式にすべきです。こうすれば全員が努力するようになりますし、英語の得意な者は苦手な者に率先して教えることをするはずです。コミュニケーションが潤滑になり団結力が向上します。
私のもうひとつの母校である大阪市立大学医学部にはキャンパス内に「グループ学習室」という素晴らしい部屋があります。この部屋に気の合ったグループが集まり、分からない問題を提示してグループ全員で考えたり、当番の者が事前に勉強してきたことを披露したりするのです。もちろんグループ学習をしようと思えば、自分ひとりだけ分からない、ということがあれば進行の妨げになりますから、グループ学習に備えて独りで勉強する時間も確保します。
医師の世界を競争社会と思っている人もいるようですが、実際はそうではありません。教授選のときはそうなんじゃないの?という人もいますが、そもそも医学部の教授を目指す人自体があまりいませんし、多くの医師は「ポスト」というものを重視しません。役職がつけばかえって余計な仕事が増えますから出世を嫌う医師も少なくないのです。私自身もそうです。純粋に医療をおこなうのが医師の醍醐味なのです。
私自身は現在クリニックの院長という立場ですが、医療機関どうしの競争というものも存在しません。これが例えばコンビニなら、1位はどこで利益が前年比いくらアップで・・・、という話になりますが、医療機関はそもそも営利団体ではありませんし、患者数が多すぎるのも困りますし、目の前の患者さんの健康に貢献できればそれでOKなのです。
身近な人と競争しなければならない・・・。これほどしんどいこともないのではないでしょうか。たしかにこのような境遇に身を置かねばならない人もいます。代表はスポーツ選手や芸能人でしょうが、政治家、官僚なども該当するでしょう。大企業の社員もそうなのかもしれません。競争大好き!という人はそれでもいいでしょうが、私のようにそういうのをストレスと感じる人も少なくないはずです。
勉強でも仕事でも努力を怠らない。身近な人とは競争するのではなく協力してグループ全員が能力を高める。こうすれば努力が苦痛でなくなります。
冒頭で述べた初任給の出来事について、私はそのとき口には出しませんでしたが上司に対して内心このように思っていました。「僕のために行動してくれたことは感謝します。しかし今自分には給与をもらう価値はありません。これから努力を重ね給与を上回る仕事をします。そのときには給与が少なければ自分自身で総務部に抗議にいきます。ただし、同期と比べてではなく、そのときの自分の能力と比べてです・・・」
結局、能力はさほど上がらずに、先に述べたようにほとんど何も貢献できないまま退職してしまいましたが・・・。
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- 第266回(2025年10月) 難治性のSIBO、胃薬の見直しと運動で大部分が改善
- 2025年10月17日 カリフォルニアでは「超加工食品」が学校給食禁止に
- 2025年10月16日 その後のNDM-1とグラム染色の必要性
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