ブログ

2017年1月21日 土曜日

第161回(2017年1月) 保湿剤の処方制限と効果的な使用法

 ステロイドでもタクロリムスでも、あるいは抗真菌薬でも抗菌薬でも外用薬(塗り薬)というのは、ただ単に処方してもほとんど意味はなく、しっかりと使い方を覚えてもらう必要があります。対して、内服薬(飲み薬)の場合は、いつ何錠飲まないといけないのか、途中でやめてもいいのか増やしてもいいのか、といったことはしっかりと理解してもらう必要がありますが、「飲む」という行為自体はいたって単純です。

 外用薬の場合はそうはいきません。身体のどの部位にどれくらいの量を塗るのか、タイミングはいつなのか、量の調節は自分の判断でしていいのか、といったことを理解しなければなりませんし、さらに複雑なことに、外用する量を日によって変えるべき、といった場合もあります。これらの説明にはある程度の時間がかかります。今回述べたいことの本質から外れますから多くは語りませんが、私は外用薬については(院外でなく)院内処方の方がいいと考えています。診察の内容を知らず実際に皮膚を診ていない処方箋薬局の薬剤師が説明をするのは事実上不可能だからです。

 今回述べたいのは「保湿剤」の効果的な使い方ですが、この話を始める前に、私が医師になってからずっと”理不尽”だと思っていた保湿剤処方にまつわる保険診療上の「ルール」について話をしたいと思います。

 保湿剤のいくつかは保険診療が可能です。医療機関を受診するとそれなりに待ち時間が発生しますから時間はかかりますが、保険で薬を処方してもらえるというのは費用面ではいいことです。しかし、です。処方量に「制限」があります。保湿剤は副作用がほとんどありませんから、比較的”気軽に”使っていいものです。そして、実際に保湿剤を効果的に使うことによってステロイドを減らすことも可能です。安全で効果がある保湿剤は充分な量を使うべきです。しかし、制限があるためにたくさん処方することができないのです。

 制限だけなら理解できなくはないのですが、問題はその制限が都道府県によって異なる、あるいは保険診療の審査員によって異なる、ということです。こういった事実は公表すべきでなく、一般の人たちには伏せておいた方がいいという意見がありますが、この理不尽さは私が医師になってからずっと感じていたことであり、私自身がどこからか批判されようがこのことは伝えるべきだと考えています。

 ヘパリン類似物質と呼ばれるすぐれた保湿剤があります。商品名でいえば「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が該当します。これらは、例えばA県に住んでいたときは月に300グラムまでが認められていたのが、B県に引っ越して新たなクリニックを受診すると150グラムまでしか認められない、といったことが実際にあります。

 診察した結果、この症例は全身の乾燥が目立つために最低でも月に300グラムは必要と判断したとしても、150グラムしか認められなければそれに従うしかないのです。ときどき「保険診療で処方できる最大量を処方してください。それから不足分を自費で売ってください」という人がいますが、これは混合診療に該当するために禁じられています。どうしても200グラムは必要というときに、レセプト(診療報酬明細書)に「この患者さんにはどうしても必要ですから認めてください」といった記載をおこなえば、認めてくれることもありますが(それでも多くの量は認められません)、たいがいは容赦なく「認められません」と返答されます。(この場合、医療機関が損失を被り赤字になります)

 医療費を削減しなければならないのはよく分かります。ならばヘパリン類似物質を保険から外してすべて薬局で購入できるようにすればいいのではないでしょうか。しかし、この意見は医療者からも反対されます。保険から外し薬局で購入しなければならなくなると患者さんの費用負担が増えるからです。ですから、処方量の制限を設けるべきではないという意見にはほとんどの医師が賛同しますが、「保険適用から外すべき」という私の意見は大勢から反対されるのです。

 けれども、都道府県(あるいは審査員)により認められる量が違うというのはどう考えても筋が通りません。そして、私がヘパリン類似物質を保険診療から外すようにすべきだと考える理由は他にもあります。そもそもヘパリン類似物質というのは副作用がほとんどなく安全な薬であり、すでに薬局でも販売されています。ところが、薬局で販売されているものは「ヒルドイド」「ビーソフテン」といった”一流の”ヘパリン類似物質と使用感が異なるのです。(私自身もいくつか試したことがありますし、太融寺町谷口医院の患者さんに尋ねても同じことを言われます) おそらく有効成分(ヘパリン類似物質そのもの)の配合量、あるいは香料や保存剤の違いが原因ではないかと思われます。私には、なぜ「ヒルドイド」や「ビーソフテン」を販売している製薬会社がスイッチOTC(従来処方薬だったものが薬局で買えるようになった薬のこと)への申請をしないのかが不思議でなりません。

 そろそろ話を本題に持っていきます。ステロイドやタクロリムスに比べると保湿剤については医師はさほど熱心に説明しません。教科書にも保湿剤に関する詳しい記述はほとんどありませんし、私自身も皮膚科で研修を受けていたときに先輩医師から詳しい説明を聞いたことがありません。

 最近になり、少しずつ保湿剤の機序や効果が科学的に解明されるようになってきてはいます。そして、保湿剤を「エモリエント」と「モイスチャライザー」に分類するという考え方が少しずつ支持されるようになってきました。おおまかにいえば、エモリエントは皮膚の表面を覆い体内からの水分蒸発を防ぐ作用のある物質のこと、モイスチャライザーは皮膚の中に浸透し水分保持作用をもつ物質のことです。ですが、どの保湿剤がどちらに分類できるかをクリアカットに説明できるわけではありません。

 保湿剤と言われているものには、ヘパリン類似物質の他に、尿素軟膏、セラミド、ワセリン、オリーブオイル、ツバキ油、ヒアルロン酸、スクワランなどがあります。このなかで、尿素製剤やヘパリン類似物質はモイチャライザーに分類されることが多いのですが、エモリエントの作用(表面を覆う)もまったくないとは言えないと思います。セラミドは細胞間脂質ですから、モイスチャライザーに分類されそうなものですが、皮膚表面の保護作用もありエモリエントの効果もあると言えます。(「モイスチャライザー」という言葉は製品名にも使われることがあり、これが話をややこしくさせています)、

 保湿剤は1日に何回塗るべきかということにはまったくコンセンサスがありません。添付文書にも1日1~数回と書かれているものが多く、これではまったく説明になっていません。私自身は「シャワーをする度に」と説明しています。1日に何回くらいシャワーをすべきかはその人の皮膚の状態によりますが、典型的なアトピー性皮膚炎であれば最低3回はシャワーをしてもらっています。

 ステロイドやタクロリムスを併用する場合、保湿剤を先に塗るべきか後にすべきか、ということもよく分かっていません。先にステロイドやタクロリムスを塗った方がこれらがしっかりと浸透し高い効果が期待できそうですが、それを証明した研究はなく、むしろ「両者に差はない」とする報告があります。また、患者さんの心理としては、先に保湿剤を塗って、その上で痒みや赤みのある部位に薬を塗る方が分かりやすいのではないかと思います。

 結局のところ、現時点では、保湿剤については、副作用がほとんどないわけですから、各自が試行錯誤を繰り返すのが最も現実的ではないかと私は考えています。しかしまったく方向性を示せないわけではありません。少なくともヘパリン類似物質とセラミドはそれなりに高い保湿効果があるのは間違いありません。そしてこれら2種の保湿剤は作用機序が異なるために、併用することにより、少なくとも相加効果、さらに相乗効果が期待できるかもしれません。

 セラミド配合の保湿剤は多くの企業が製造しており薬局や化粧品売り場で購入することができます。ヘパリン類似物質は先に述べたように医療機関でしか入手できないものもありますが薬局で購入できるものもあります。「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が当分の間、医療機関でしか入手できず、しかも処方制限があるのが現実なら、処方箋なしで購入できるこれらに匹敵する優れたヘパリン類似物質が登場することを願いたいものです。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月21日 土曜日

第168回(2017年1月) 患者と医師のすれ違い

 読売新聞オンライン版の「ヨミドクター」という医療サイトに、「わたしの医見」というタイトルの投稿コラムが掲載されています。診察室では言えないことも、新聞への投稿というかたちでならホンネが出るようで、日によってはなかなか興味深いものもあります。今回は、そのなかで医師の間で特に”不評”だった2つの投稿を取り上げ、なぜこのような医師と患者の「ズレ」が生じるのかを考え、さらに改善策を提案したいと思います。

 ひとつめの投稿は、2016年12月19日におこなわれたもので、タイトルは「3時間待たせる病院、患者の立場で対応を」です。これを投稿した40代女性は、いつも病院で長く待たされるそうで、「病院に行く日は、通院時間も含めて半日はつぶれてしまう。もっと患者の立場になって対応してほしい」と書いています。

 この女性は、医療者が患者の立場になっていないから待ち時間が長くなると考えています。この女性が望んでいるのは、待ち時間なくすぐに診てほしい、ということでしょうが、医師の数に比べて患者数が多すぎるから待ち時間が長くなるわけです。実際に医療者が考えていることは、この女性の主張とは真逆であり、常に患者の立場になっています。反対意見もあるかもしれませんが、少なくとも「患者の立場になりたくない」と考えている医療者は皆無です。

 医療者というのは目の前の患者さんが困っていれば放っておけません。そして、患者さんの訴えが多数あったり複雑であったりすることもしばしばあり、そういった場合診察時間は予想以上に長引きます。すると、当初の予定の診察時間はどんどん後ろにずれこんでいき、順番が後の人は結果として長時間待つことになるのです。

 この女性が通院している医療機関は予約制を採用しているのかどうか分かりませんが、3時間待ったなら、おそらく完全予約制ではないのではないかと思われます。受診した人から順番の診察ということであれば現在の日本の医療機関で3時間待ちというのはあり得ます。また、予約制であったとしても、重症の患者さんが相次げば3時間くらいずれこむことはあります。

 3時間待ちが苦痛であることはもちろん我々も理解できます。医師が自分自身や家族が医療機関を受診して長時間待たなければならないことももちろんあり(医師だからという理由で優先されることはありません)、その場合、この女性と同じように3時間待つこともあるのです。

 ではどうすればいいか。根本的には医師の数を増やすということになりますがこれはすぐには無理でしょう。ではどうすればいいか。住んでいる地域にもよるでしょうが、他の医療機関に変更することをまずは考えるべきです。そして、この場合自分自身で探すのではなく、現在かかっている医師に相談してみるのが最善です。医師は(当たり前ですが)患者さんよりもその地域の医療機関の情報を把握しています。

 この女性は「病院」という言葉を用いていて「さんざん待たされた揚げ句、主治医でない医師にまわされることもある」という表現がありますから、受診したのは文字通り「病院」であり「診療所/クリニック」ではないと思われます。特殊な疾患や、重症化している場合は病院でなければ診察できないこともありますが、多くは診療所/クリニックでも診察することは可能です。

 ただしクリニックでも待ち時間が長くなることはよくあります。太融寺町谷口医院は、オープンした当初は、午前の診察は「予約がある人を優先しますが、予約がなくても診察します」という方針を取りました。すると、予約がなければ3~4時間待ち、という事態になり、あわてて「完全予約制」に変更し、さらに待ち時間が長くならないように予約の枠の数をどんどん減らしていきました。これにより待ち時間は大幅に短くなり、現在では30分以上待つことはほとんどなくなりました。(午後は以前から予約制をひいていません。一度試みたことがあるのですが、午後は仕事帰りの人が大半であり、予定通り仕事を終われない人が多くキャンセルや変更が相次ぎ、予約制が成立しなかったのです)

 この女性の話に戻すと、この次その病院に行ったときに「待ち時間が長くない医療機関を紹介してもらえませんか」と尋ねるのが最適です。おそらく主治医は「では紹介します。ただし、あなたを見放すわけではありませんから、今後は新しい先生と連絡を取りながらあなたにとって最善の治療を考えます」といった回答をしてくれると思います。

 もうひとつ紹介したい「わたしの医見」は、2016年12月12日に掲載された72歳男性のものです。この男性は、「様々な医者に出会ったが、新聞やテレビで紹介された治療法を尋ねたり、あの薬を使ってみたい、この検査を受けられないか、と依頼したりして、嫌な顔をされたことが一度ならずある」と述べています。

 これはそれほどむつかしい話ではなく、ちょっとした工夫で医師との関係を良好にすることができて、その希望の検査や治療について正確な知識を教えてもらうことができます。

 ただし、マスコミで報道されている斬新な薬や検査というのは奇を衒ったものが多いのは事実です。そもそも従来からおこなわれている当たり前の治療法を報道しても視聴者の関心が惹けないでしょうから、マスコミの性質を考えればそれは当然かもしれません。マスコミで紹介されていた薬や検査に興味がでてきたなら、それをそのままかかりつけ医に伝えればいいのです。医師としてもマスコミの報道で患者さんが新しい薬や検査に興味を持つ気持ちは理解できます。しかし、医師は自分の患者を守らなければなりません。有害になるような情報も世の中にはあふれていますから、自分が診ている患者さんが不利益を被らないようにする義務があるわけです。

 もしもこの男性が日ごろから信頼している「かかりつけ医」を持っていれば、考えていることや希望を充分聞いてもらった上で最善と思われる対処法を教えてもらえたはずです。希望する治療が受けられることもあれば、現状の治療の方が安全で優れていることを教えてもらえることもあるでしょう。では、なぜこの男性は医師とのコミュニケーションがうまくいかなかったのか。

 おそらく「様々な医者に出会ったが」というコメントがありますから、この男性はドクターショッピングを繰り替えしているのではないでしょうか。これは私の推測ですが、この男性は、初めからテレビで聞いた治療法を目的として次々に医療機関を受診しているように思えます。

 そうではなく、まずは自宅から最も通院しやすいところにある診療所/クリニックをひとつ見つけて、そこで健康上のことを何でも相談するようにすればいいのです。もちろん医師と患者の相性という問題もありますから、一番近いところにこだわる必要はありません。比較的健康であれば少し遠くに位置したところでもいいと思います。覚えておいてほしいのは、医師は患者さんの健康に貢献したいと常に思っている、ということです。患者さんが希望をいえば、それに対して適切なコメントをおこない、もしもその希望の治療が新しい知見であれば、医師は詳しい情報を収集して患者さんに分かりやすく伝える義務があります。

 日本医師会のかかりつけ医の定義は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」です。すべての医師があてはまるとは言えないかもしれませんが、少なくとも「最新の医療情報を熟知する」努力は怠りません。

 この二人だけでなく、ほとんどの医師への不満はコミュニケーション不足からきているように思えます。信頼できるかかりつけ医を持つことさえできれば、随分と安心できるはずです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月12日 木曜日

2017年1月12日 タバコの規制で世界の5300万人が禁煙成功

 2008年から2014年の7年間で88か国の5300万人以上が禁煙に成功。これはタバコ関連の死亡者2200万人以上を減らしたことになる…。

 医学誌『Tobacco Control』2016年12月12日号(オンライン版)にこのような報告が掲載されました(注1)。

 タバコ関連死が多すぎることを問題にしていたWHO(世界保健機関)は、2005年、「FCTC」(Framework Convention on Tobacco Control、タバコ管理の枠組み協定)を制定し、2015年には世界の186か国がこの枠組みを承認しています。(これは世界の人口の95.8%をカバーしますが、米国は(なぜか)承認していません)

 WHOのFCTCは禁煙の具体的な案をまとめた「MPOWER」と呼ばれる禁煙支援策を2008年に打ち出しました。冒頭で述べた7年間の成果はこのMPOWERを実施した結果ということになります。MPOWERを実施したのは88か国で、禁煙成功者の合計が5300万人以上になるそうです。

 ここでMPOWERを具体的にみてみましょう。

M:Monitor tobacco use and prevention policies.(タバコの使用状況及び予防施策を把握)
P:Protect people from tobacco smoke.(タバコの煙から人々を保護)
O:Offer help to quit tobacco use.(禁煙希望者への支援提供)
W:warn about the dangers of tobacco.(タバコの危険性を警告)
E:Enforce bans on tobacco advertising, promotion and sponsorship.(タバコの広告、販売促進、後援の禁止を強化)
R:Raise taxes on tobacco.(タバコ税増税)

 7年間でタバコ関連死を免れた2200万人の内訳は次のようになります。

700万人:タバコ税の上昇による
540万人:禁煙法による 
410万人:健康への警告による
380万人:広告の禁止による
150万人:禁煙への(治療などによる)介入による

 報告によれば、MPOWERの6つの項目のすべて(あるいはほとんど)に積極的に取り組んだブラジル、パナマ、トルコで特に喫煙者の大きな減少が認められたそうです。

************

 本文にあるMPOWERについて、日本政府はどこまで実施しているのでしょうか。M(把握)は一応はできているでしょう。P(保護)はどうでしょうか。今も日本では全面禁煙のレストランや食堂、カフェはほとんどありません。O(支援提供)は一部の会社で実施していますが、ほとんどの人はその恩恵にあずかっていません。W(警告)は不充分でしょう。国によっては、肺がんの肺や老けた皮膚をタバコのパッケージに載せているところもありますが(例えばタイ)、日本ではそのような試みもありません。

 E(広告などの禁止の強化)はどうでしょう。タバコの広告は現在では禁止されていますが、キャンペーンは頻繁におこなわれていますし、繁華街ではタバコのサンプルを配っている光景を目にすることもあります。R(税増税)については一応は実施していますが、海外諸国と比べると日本のタバコが安いことはよく指摘されます。

 世界で最も喫煙に厳しい国のひとつがシンガポールです。同国ではタバコ代が非常に高く(1箱1,000円以上します)、海外からの持ち込みには申告が必要で、申告を怠れば高額のペナルティを払わされます。道端での喫煙は違法行為で罰金をとられ、レストランやカフェでも全面禁煙のところが多く、そのため喫煙者は減少の一途をたどっています。少なくともアジアでは最も喫煙率の低い国となっています。

 シンガポールではここまで禁煙対策を実施して何が起こったか。平均寿命・健康寿命とも共に上昇し、日本よりも健康寿命が長いとする報告もあります。今後日本が先進国かつ健康な国を維持するにはもっと大胆な禁煙政策が不可欠ではないか、というのが私の考えです。

注1:この論文のタイトルは「Seven years of progress in tobacco control: an evaluation of the effect of nations meeting the highest level MPOWER measures between 2007 and 2014 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://tobaccocontrol.bmj.com/content/early/2016/12/09/tobaccocontrol-2016-053381.abstract?sid=406dc11e-951b-42a9-8a73-81f8ac1a10f7

「概要」では情報量が多くありません。下記なら(無料で)もう少し詳しい情報を知ることができます。

https://gumc.georgetown.edu/news/smoking-down-number-of-lives-saved-up-as-more-counties-embrace-tobacco-control-measures

参考:
医療ニュース2016年12月25日「1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月6日 金曜日

2017年1月6日 合成大麻が生んだ「ゾンビ」がNYで集団発生

 ゾンビがニューヨークでアウトブレイク! 原因は合成大麻!

 このようなタイトルの論文が医学誌『The New England Journal of Medicine』2016年12月14日号(オンライン版)に掲載されました(注1)。

 2016年7月12日、ニューヨーク市ブルックリン地区で33人が合成大麻で精神に異常をきたし、うち18人が救急搬送されました。これを報道した地元のメディアは33人を「ゾンビ」と表現しました。

 米国カリフォルニア大学の研究者が、この「ゾンビ」の原因物質が「AMB-FUBINACA」であることを突き止めました。論文によれば、この物質は「AB-FUBINACA」の類似物(エステル化アナログ)で、AB-FUBINACAはファイザー製薬が研究用に開発した大麻に似た物質です。同社の特許(patent)が2009年に切れ、特許情報が公開されたことから裏社会で開発されることになったのでしょう。裏社会でつくられたAB-FUBINACAはデザイナーズ・ドラッグとして世界中に流通するようになりました。世界で初めて使用者からAB-FUBINACAが検出されたのは2012年で、これは日本です。

 AMB-FUBINACAの作用は大麻の嗜好性の成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)のなんと85倍だそうです。合成大麻といえば、ヨーロッパのSpiceや米国のK2がよく知られていますが、AMB-FUBINACAはこれらの50倍もの作用があるそうです。

 救急搬送された18人の年齢は25~59歳(平均36.8歳)で全員が男性。論文によれば、搬送された男性は、ぼんやりした目つき(blank stare)で、手足の動きが緩慢で機械的、そしてゾンビのようなうめき声を上げていたそうです。

************

 少し解説を加えます。まず、大麻(マリファナ、ハシシ、ガンジャなど呼び方は多数あります)とは、麻の花または葉から精製されたもので嗜好性があります。日本では覚醒剤や麻薬と同じように報道されることがあり同類のものと思われがちですが、こういった違法薬物とはまったく異なります。大麻は医薬品としても使われており、医療用大麻は世界の多くの地域で合法です。嗜好用大麻も米国の8州(+ワシントンD.C.)を含む世界の多くで合法化されており、今後他の地域や国にも広がるとみられています。(ただし私自身は大麻合法化に賛成しているわけではありません。詳細は下記(注2)を参照ください)

 大麻は多くの化学物質から構成されていますが重要な成分はCBD(カンナビジオール)とTHCです。CBDは医療用として用いられ、これには嗜好性がありません。THCに嗜好性があるために、通常の大麻を使用すれば身体が弛緩し恍惚感が得られます。今回「ゾンビ」を生み出したAMB-FUBINACAはそのTHCの85倍とのことですから、救急搬送されるのも無理はありません。

 特許が切れれば内容を公開しなければならないのは規則ですが、その規則のせいで合成大麻が出回っているということを考えなければなりません。

************

注1:正確なタイトルは「”Zombie” Outbreak Caused by the Synthetic Cannabinoid AMB-FUBINACA in New York」、直訳すれば「ニューヨークで合成大麻AMB-FUBINACAが原因で”ゾンビ”がアウトブレイク」)です。下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1610300#t=abstract

注2:下記を参照ください。

NPO法人GINA「GINAと共に」第126回(2016年12月)「これからの「大麻」の話をしよう~その2~」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月5日 木曜日

開業11年目に向けて(2017年1月)

 太融寺町谷口医院はオープン以来丸々10年が経過しました。この10年間に医療情勢は様々な変化を遂げましたが、谷口医院の基本的なビジョンやミッションは変わるところがありません。それを下記にまとめました。

マンスリーレポート(2017年1月)「10年たっても変わらないこと」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年1月5日 木曜日

2017年1月 10年たっても変わらないこと

 2007年1月に大阪市北区でオープンした太融寺町谷口医院(以後「谷口医院」)は、2016年12月で丸10年がたち、今月から11年目に突入ということになります。10年というのはひとつの区切りになりますから、今回は、谷口医院はどのような変化をたどったかについて振り返ってみたいと思います。

 政治、経済、国際情勢、どれをとってもこの10年間で大きく歴史が動きました。また、東日本大震災をはじめとする自然災害、さらに原発の問題もクローズアップされ、新たな観点から生命について考え直したという人もいるでしょう。医療界では、高価な新薬の登場、ロボット手術の普及、iPS細胞の実用化など、前世紀には考えられなかったようなことが起こっています。

 では谷口医院では何が変わったかというと、基本的には何も変わっていません。もちろん、新しい薬が登場すれば必要に応じて処方していますし、新しい検査も必要あればおこないます。スギ花粉やダニの舌下免疫療法といった新しい治療法については積極的に推奨することもあります。

 ですが、基本的なビジョンやミッションは10年間でまったくといいほど変わっていません。具体的に述べていきます。

〇どのような疾患にも対応する

 私が医学生や研修医の頃、「それはうちでは診られません」「うちではなくよそに行ってください」といったことを医師が患者さんに言うのを聞いてやるせない気持ちになったことが何度もありました。このようなことを言われて困っている患者さんはどうすればいいのでしょうか。

 こういった場合は、「その症状なら〇〇病院の△△科がいいと思います。紹介状を書きますね」とか、「その程度なら大病院を受診する必要はありませんから、紹介状なしで近くの◇◇科を受診してください」とか、あるいは「今は心配する必要はありません。その症状が続いたり不安が強くなったりするなら目安として1か月後に受診してください」とか、そういった助言をすべきです。医療者はドクターショッピングをおこなう患者を嫌がりますが、医療者自らがドクターショッパーを生み出しているんじゃないのか、というのが私がかねてから感じていたことです。ならば自分自身がそういった患者さんを困らせないようにしようと考えたのです。

 もちろん、ありとあらゆる疾患が谷口医院でスッキリ解決というわけにはいきません。だいたい95%の患者さんは谷口医院で治療をおこない、残りの5%はより適切な医療機関を紹介しています(注5)。他のクリニックに比べて紹介状を作成する率は高いと思います。

〇どのような患者さんにも対応する

 これは私が医学生の頃から感じていたことで、タイのエイズ施設でボランティアをしたときにさらに強力になりました。トランスジェンダーという理由で病院でイヤな思いをした、思い切って同性愛者であることを医師にカムアウトすると「そんな”趣味”はやめなさい」と言われた、過去に違法薬物の経験があることを伝えると医師の態度が豹変した(現在はやめているのに…)、HIV陽性であることを伝えると「うちではみられない」と言われた(今日来たのは単なるかぶれなのに…)。こんな話がとてもたくさんあります。また、外国人だから診てもらえなかった、という訴えも少なくありません。異国の地に来て困っている人がいるなら、多少言葉の障壁があっても診察すべきではないのか…。私はそう思います。

 谷口医院のミッション・ステイトメントの第3条は「年齢・性別(sex,gender)・国籍・宗教・職業などに関わらず全ての受診者に対し平等に接する」で、10年間まったく変わっていません。医療は全ての人に平等でなければならないのです。

〇医療機関受診は最小限にしてもらう

 先の2つに一見矛盾するように感じられるかもしれませんが、これは重要なことです。谷口医院では「どのような人」が「どのような疾患」で受診されても診察しますが、同時に、受診は最小限にすべきということを日々訴え続けています。ほとんどの病気は予防が最も大切であり、受診しなくてもいいように日ごろからセルフ・ケア(注1)、薬が必要な場合はセルフ・メディケーションに努めるべきです。この方針も10年間変わっていません。

 なぜ受診を最小限にすべきかにはいろんな理由があります。まず受診すればある程度の時間とお金がかかります。貴重な時間とお金を医療機関受診に費やすのはもったいないことです。次に、受診したがために待合室で風邪をうつされる、といったリスクもあります。診療所を受診して余計に不健康になるなど笑い話にもなりません。

 しかし健康上のことで困ったことがあれば医療機関受診が望ましいことももちろん多々あります。受診すべきか否か、それを迷ったときにどうすべきか…。谷口医院に長年通院している患者さんはメールで質問されます。もちろん緊急性・重症性が高いときには直ちに受診すべきですが、メールだけで解決することもよくあります。それに、メールは何度でも無料です。誰からも承っており、長年通院している人でなくても、一度も受診したことがない人からも届きますし、受診を前提としたものではありませんから、遠方から(文字通り、北は北海道から南は沖縄まで)毎日のように送られてきます。これら全てに返答するのはそれなりに大変なのですが、一種のノブレス・オブリージュと考えて全例に回答しています。

〇薬や検査は最小限にする。choosing wiselyを考える。

 choosing wiselyという言葉は比較的新しいものですが、その基本コンセプトである「薬や検査は最小限」は過去10年(というよりも私が医師になってからずっと)不変です。薬はいつも副作用を考慮すべきですし、検査も無害ではありません。被爆や痛みが伴うこともあるからです。

 過去10年間で特に減らすことにつとめた薬は「抗菌薬」「鎮痛剤」「ベンゾジアゼピン系」です。抗菌薬を最小限にすべきことはこのサイトだけでなく毎日新聞の「医療プレミア」でも繰り返し取り上げています(注2)。鎮痛剤についてはその依存性や薬物乱用頭痛について何度も注意してきました(注3)。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を使っている患者さんは今も大勢いますが、当院を受診するようになってからは大幅に減らすことができたという人は少なくありません(注4)。今後、これらの薬についてはさらに減らすよう努めていきます。

 また、生活習慣病の薬やアレルギー疾患の薬も、習慣の見直しや環境の改善で大きく減らす、あるいは薬をやめることも可能です。血圧の薬をやめられた、ステロイド外用をゼロにできた、喘息の吸入薬の使用頻度を大きく減らせた…。そういう患者さんをこれからももっと増やしていく予定です。

〇我々自身が成長する

 基本的なビジョンやミッションは変わりませんが、患者さんから学ぶことは毎日ありますし、新しい薬や検査についても勉強しなければなりません。なかなか診断がつかなかったケース、治療に予想以上に時間がかかった症例などからは学ぶべきことが豊富にあります。また「学び成長する」のは医師だけではありません。看護師ももちろんそうですし、受付・事務のスタッフも患者さんとの対応のなかで学び、成長し、貢献できることがたくさんあります。我々は成長し続けなければならいという姿勢もこの10年間で変わっていません。

 以上、簡単に「10年たってもかわらないこと」を述べてきました。そして、これはまず間違いなく次の10年も変わらないことなのです。

************

注1:生活習慣病の予防には「3つのEnjoy, 3つのStop, 4つのDataに注意して」と覚えてもらうようにしています。詳しくは下記を参照ください。

はやりの病気第152回(2016年4月)「大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン」

注2:例えば下記が相当します。

毎日新聞「医療プレミア」「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」(2016年9月4日)

注3:鎮痛剤の危険性については下記を参照ください。

はやりの病気第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」

注4:ベンゾジアゼピン系の危険性については下記を参照ください。

メディカルエッセイ第164回(2016年10月)「セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~」

注5(2019年4月11日追記):きちんとデータをとってみました。2018年1年間での総受診者数が15,080人、入院・手術・専門医の診察が必要で紹介したのがそのうち137人で、「真の紹介率」は0.9%となります。本文で述べた「5%」というのは「当院受診までに他の医療機関を受診していて診断がついていなかった症例のうち、当院から専門医を紹介した症例がどれくらいあるか」という数字(しかも私の印象だけです)です。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年12月26日 月曜日

2016年12月26日 未成年の格闘技は禁止すべきか

 未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない…

 これは米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)による勧告です。医学誌『Pediatrics』2016年12月号(オンライン版)(注1)に掲載されています。

 現在米国では、約650万人の未成年(children and adolescents)がなんらかの格闘技を習っています。格闘技は筋肉を鍛えバランス感覚や柔軟性を養うことだけでなく、自尊心や自我の確立に好影響を与えると考えられています。

 しかし、その一方でコンタクト型の格闘技には外傷のリスクが伴います。外傷の多くは打撲や捻挫といった軽症のものですが、なかには重症例もあります。特に、米国で人気の高い総合格闘技(MMA, mixed martial arts)は、脳振盪や窒息、さらに脊髄損傷といった重症となる外傷のリスクがあります。

 米国では、1990年~2003年の間におよそ12万8,400人の17歳以下の未成年(中間年齢は12.1歳)が救急部で治療を受けています。外傷発生率は、格闘技の練習1,000回あたりにつき41~133件になるとされています。また、ヘッドギアなどの保護用品については、それらが危険性を減らすというデータがなく過信は禁物です。

 格闘技別にみると、救急部で治療を受けた8割近くが空手によるものですが、委員会が最も警告しているのは総合格闘技です。また、テコンドーのキックにも厳しいコメントをしています。テコンドーはだいたい2割がパンチ、8割がキックです。テコンドーによる外傷の多くはキックによるもので、頭部へのキックは脳振盪を起こすこともあります。ところが現在のルールでは頭部へのキックがポイントになり、委員会はこの点に注意を促しています。

************

 接触型(コンタクト型)の格闘技がNGで、格闘技をするなら非接触型に、と言われても素直に従える人はそういないでしょう。そもそも格闘は「接触」を前提としています。格闘技が好きな子供に、「型」の練習だけにしておきなさい、と言っても納得しないに違いありません。

 しかし、軽症でない外傷、つまり障害を残すような外傷も起こり得るわけですから、この委員会の警告は傾聴すべきです。また、今回委員会が取り上げているのは、格闘技(Martial arts)だけですが、広義にはコンタクトスポーツには、アメリカンフットボールやサッカーも含まれます。そういったスポーツはどのように考えていくべきなのか、慎重な議論が必要となります。

 日本ではなぜかあまり注目されていませんが、米国ではコンタクトスポーツがCTE(慢性外傷性脳症)という難治性の疾患のリスクになることが次第に周知されつつあります(注2)。

注1:この論文のタイトルは「Youth Participation and Injury Risk in Martial Arts」で、下記のURLで全文を読めます。

http://pediatrics.aappublications.org/content/138/6/e20163022

注2:下記を参照ください。

はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年12月26日 月曜日

2016年12月25日 1日1本のタバコでも肺がんの死亡リスク9倍

 1日1本未満の喫煙でも肺がんの死亡リスクが9倍に…

 これは医学誌『JAMA internal medicine』2016年12月5日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)が主張していることです。米国国立がん研究所(National Cancer Institute)による研究です。

 研究の対象者は、調査開始時(2004~05年)に59~82歳であった合計290,215人の男女。喫煙歴はアンケートでおこない、2011年末までの死亡者、死亡原因が調べられています。

 結果、全死因死亡リスクは、非喫煙者に比べて、1日1本未満で1.64倍に、1~10本で1.87倍となっています。注目すべきは肺がんの死亡率で、1日1本未満で9.12倍、1~10本で11.61倍にもなっていたのです。

************

 患者さんに「タバコやめましたか?」と尋ねると、「完全には止められていませんが、減煙に成功して1日3本程度です」などと答える人がいます。自身にしてみれば「がんばっている」という意識があるのでしょうが、この研究によればあまり意味がないということになります。

 もっとも、この研究を待つまでもなく、減煙しているという人の多くは、貴重なタバコを惜しむように肺の奥まで吸い込みますから、減煙がかえって身体に悪いのでは?と感じることもあります。

 健康で長生きしたいならタバコは止める以外の選択肢はない、と、そろそろ断言してもいいのではないでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Association of Long-term, Low-Intensity Smoking With All-Cause and Cause-Specific Mortality in the National Institutes of Health-AARP Diet and Health Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2588812

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年12月24日 土曜日

第167回(2016年12月) 医師・医学生のわいせつ事件を防ぐ2つの秘策

 このところ医師・医学生のわいせつ事件が目立ちます。医師の不祥事についてはこのサイトで繰り返し述べていますが、今年(2016年)ほどこのような卑劣な事件が目立った年もなかったのではないかと思います。

 今回は、なぜこのような事件が繰り返されるのか、どうすれば避けられるのか、について述べたいのですが、その前に最近報道された悪質な事件についてまとめておきたいと思います。

 2016年9月20日、千葉市内の飲食店内のトイレで千葉大医学部5回生の2人の学生が酩酊した20代女性を2人で強姦、その後別の5回生の学生がその女性を自宅アパートに連れて帰り強姦したとの容疑で12月12日に起訴されました。この3人の医学生の指導をしていた30歳の研修医Fもその飲食店に同席し被害者の身体に無理やり触ったとのことで逮捕・送検されています。

 2016年9月19日、東京都の40代の眼科開業医Mがエレベーター内で面識のあった20代の女性に後ろから抱きつき無理やりキスするなどのわいせつ行為で警視庁に逮捕されました。

 2016年11月30日、睡眠薬を飲まされ乱暴されたとして20代の女性2人が大阪府内の大学病院に勤務していた医師2人(名前・年齢は報道されず)を高槻署に告訴しました。報道によると、2人の女性は2014年6月、大阪府高槻市のマンション一室で医師2人と飲酒。その際、医師に勧められた錠剤を飲んだところ意識を失い乱暴されたそうです。

 2016年9月27日、長野県警は準強制わいせつの疑いで長野市のK病院に勤務する40代の医師I容疑者を逮捕しました。I容疑者は、2015年12月21日、抵抗が不可能な状態にあった入院中の10代の女性患者に対し身体を触るなどのわいせつ行為をしたと報道されています。

 I容疑者には前科がありました。2016年12月1日、千葉県警は強姦及び住居侵入の疑いで、I容疑者を逮捕しました。2011年12月22日深夜、女性宅に侵入し就寝中の女性を脅して暴行に及んだのです。この女性は一人暮らしでI容疑者との面識はなかったそうです。

 2016年11月28日、警視庁は、大阪府高槻市の40歳の小児科医M容疑者を児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕しました。M容疑者は、2016年7月28日、東京都のホテルで現金5万円を渡して16歳の女子生徒とみだらな行為をしたそうです。

 これらのなかで、エレベーターの中で知人の女性に無理やりキスした事例は、医師でない一般人であれば大きく報道されることはなかったかもしれません。しかし、他の事件は目を覆いたくなるものばかりです。集団レイプ、睡眠薬を飲ませてレイプ、住居侵入し就寝中の女性をレイプ、児童買春・・・。

 なぜこのような常識的に考えられないような事件を起こす医師がいるのでしょうか。もちろん本人の人格に問題があったのは間違いないでしょう。しかし、私はこのような事件の背景には、医療の世界特有の2つの要因が関与しているのではないかと考えています。

 これまで私はこのサイトや拙書『医学部6年間の真実』などで、医学部入学試験はともかく、医学部入学後や医師になってからは「再受験生」の方が何かと有利であると言ってきました。医学部入学前に社会人の経験があれば、それだけで患者さんとのコミュニケーションがうまくいくことも多く、私自身、研修医の頃、同僚の研修医から羨ましがられたことが何度もありました。

 しかし、私は「社会人の経験があれば常識があるからわいせつ事件を起こさない」と言いたいわけではありません。言いたいことは、再受験生(全員とまではいえないかもしれませんが)は、「医学部入学前にそれなりに恋愛も含む社会経験があり、常識・非常識の境界を理解できている」ということです。この点で、社会経験がないまま医学部に入学し、勉強ばかりで研修医になった人たちというのは”気の毒”にみえます。

 もちろん、小さい頃から医師を夢見て努力を重ね、一方ではクラブ活動や恋愛にも積極的で、若くして高い人格を持ち合わせた医師がいるのは事実です。しかし、多くのことを犠牲にして勉強に打ち込み医学部に合格。その後も試験と実習に追われ医学部を卒業し研修医、という医師が多いのもまた現実です。医学部にもクラブ活動はありますが、それは医学部の中で限定されたものであり、他学部との交流はあまりありません。集団レイプで逮捕された千葉県の医学生と研修医はラグビー部に所属していたという報道もあります。

 私が”気の毒”と感じるのは、勉強ばかりで恋愛を含む社会経験があまりないまま医師になってしまうと、恋愛やセックスといった複雑な対人関係におけるコミュニケーションの取り方がわからないまま歪んだリビドーが誤った方向に進んでしまうのではないかと危惧するからです。「医師の常識は世間の非常識」という言葉があります。この”格言”は医学部に入学した頃から何度も聞かされましたが、私が最もこの言葉が「言いえて妙」と思うのはこと恋愛やセックスにおいてです。

 もうひとつ、医師がわいせつ事件を起こす理由として私が考えていることがあります。それは、「医師はモテるという”幻想”」です。幻想でなく実際に医師はモテると思っている人もいるでしょう。実際、関東では医学部の学生や医師というだけでモテる、という話を何度か聞いたことがあります。この話になると、いつも「関西でも同じでは?」と問われるのですが、私の実感としてはそうではありません。過去にも述べましたが(注1)、関西では「学歴や職歴で優位になると考えている男が最も格好悪い」という価値観が根強く、己の身体で勝負すべし、と考えられているきらいがあります。もっとも、これは私の周りでこの傾向が強いだけですべてではないかもしれません。実際、先述した医師のわいせつ事件で、睡眠薬を飲ましてレイプと児童買春は関西の医師による犯行です。

 関西でも関東でも同じことは、医師は周囲から”ソンケイ”されているということです。純粋な「尊敬」ではななく”ソンケイ”です。例えば、製薬会社のMR(営業)は極端に医師をチヤホヤします。そんな言葉使うか…?と思うほど極端な尊敬語や謙譲語を彼(女)らは用います。そして、そのような言葉を自分より遥かに年下の研修医にも使うのです。これは傍から見ていると吹き出しそうになるくらいこっけいです。しかし驚くのはその先です。全員とはいいませんがかなりの研修医が自分の親ほど年の離れたMRにえらそうな物の言い方をするのです。私は過去に何度か、いつも温厚な研修医がMRにそのようなぞんざいな態度をとっているのをみて腰を抜かしかけたことがあります。

 周囲からいつもチヤホヤされ、(関西では)”幻想”であることが多いものの、「医師はモテる伝説」がはびこり、実際にモテることもないわけではない。そして、これまでの人生経験の少なさから恋愛やセックスに伴う複雑なコミュニケーションをとれない…。このような状態が続いたからこそ、卑劣なわいせつ事件が起こるのではないかというのが私の考えです。

 結論です。医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことの1つめは、「医学部生に休学制度をつくる」、ということです。医学部で勉強しなければならない量は受験勉強の比ではありません。私の医学部6年間の思い出はほとんど勉強と臨床実習だけです。一方、関西学院大学時代(の特に後半)は「酒と薔薇の日々」とも呼べるような毎日でした…。

 休学して思い切り遊ぶ、でもいいでしょうし、アルバイトでもかまいませんし、一般の企業で契約社員として働いてもいいでしょう。また、ワーキングホリデーを利用して海外で働くのもいい経験になるでしょうし、ボランティアもいいと思います。このような経験を1~数年間、医学部を卒業するまでにしておけば、たとえ素敵なパートナーと巡り合うような経験ができなかったとしても、恋愛を含めた人生や社会というものを実感できるのではないかと思います。

 もうひとつ、医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことは、医師をチヤホヤするのを止める、ということです。このサイトで何度も述べているように医師の多くは高い人格を持ち合わせていますし、公私ともに尊敬される行動をとっています。しかし、まだ若い医師を過剰に持ち上げるのはその医師にとっても社会にとっても「有害」となります。もしもあなたが、患者としてはともかく、プライベートで医学生や若い医師と接する機会があれば、世間の「常識」を教えてあげてください。

************

注1:下記を参照ください。

マンスリーレポート2016年6月「己の身体で勝負するということ」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年12月24日 土曜日

第160回(2016年12月) choosing wiselyで考えるノロウイルス対策

 毎年冬になると集団感染を起こすノロウイルスが今年も猛威を振るっています。連日のようにマスコミでも報道され、「集団感染」「死亡」といった文字も目にします。また、感染力が極めて強い恐怖の感染症というイメージもあるようで、太融寺町谷口医院にも「ノロだったら大変だと思ったので受診しました」という患者さんは少なくありません。

 しかし、結論から言えば、健康な成人であればノロウイルスに感染したとしても水分摂取が可能なら「検査」も「治療」も必要ありません。むしろ、しんどい身体をひきずって医療機関を受診すれば、待合室でインフルエンザなど他の感染症に感染するリスクが増えます。つまり、医療機関を受診したばかりに、かえって健康から遠のいたという笑えない話も実際にあるのです。

 不要な医療をおこなわないというのは「choosing wisely」の基本コンセプトです。choosing wiselyについてはこのサイトで何度も紹介していますが、もう一度どのようなものか簡単に振り返っておきたいと思います。発端は、アメリカ内科学委員会(American Board of Internal Medicine)がいくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。現在多くの国でこのキャンペーンが実施されています。

 そこで米国のchoosing wiselyのウェブサイトで「ノロウイルス」でキーワード検索をしてみました。結果は「検索数ゼロ」。実は、後で述べるようにこれは予想していたことです。では「胃腸炎」もしくは「腸炎」で検索をしてみると、1件だけヒットしました(注1)。その内容は、「小児の胃腸炎での補液はどうしても経口摂取できないときに限らなければならない」というものでした。

 以前も述べたことがありますが、日本には「点滴神話」というものがあり、何かあれば点滴、と考えている人が大勢います。しかし、医学的にみて点滴が必要なケースというのはそう多くはなく、例えば「疲れているとき」「熱があるとき」「風邪の症状があるとき」などでは水分摂取が可能なら点滴は不要です。

 では、胃腸炎を起こしているときはどうでしょうか。この場合も水分摂取が可能なら点滴は不要です。ただ、私の経験からいっても、小児の場合は、受診時には安定していても、しばらくすると突然嘔吐しだし、その後水分が摂れず点滴をせざるを得ないというケースがしばしばあります。

 ですから、小児(及び簡単に脱水になりやすいやせた老人)については点滴の”敷居”が低くなるのは事実です。ですが米国ではchoosing wiselyのサイトで、その小児に対しても点滴は慎むように勧告しているのです。わざわざ「小児において」という注釈がついているのは、成人であれば”当然”点滴は不要だからです。欧米では、成人に対しめったなことで点滴をおこないません。

 私はタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃に、この考えを欧米の医師たちからさんざん思い知らされました。なにしろ、エイズ末期の自力で水分を摂れないような患者さんに対しても点滴はしてはいけない、と言うのです。これは日本の医療と随分異なります。最近はいわゆる「延命治療」に反対し、心臓マッサージや人工呼吸器の装着を拒否する患者さん、胃瘻を求めない患者さんが増えています。しかし、点滴まで拒否する患者さんやその家族というのはそう多くありません。一方、欧米ではこのようなケースでも点滴は原則としておこなわないのです。

 もちろん、欧米でもノロウイルスに感染した成人に対し、点滴を一切おこなわないということはないはずです。嘔吐が激しく水分がとれないときには一時的に点滴をおこなうことになるでしょう。しかし、choosing wiselyに成人の点滴の記載がないのは、おそらく医師も患者も「点滴は最小限にすべき」という考えが身についているためにわざわざ文章にして警告する必要がないからだと思います。

 choosing wiselyの日本版というのは現在作成中であり、現時点では充分なものではありません。であるならば、谷口医院の患者さんに合わせたものを自分でつくってしまえばいいというのが私の考えです。ノロウイルスを含む感染性胃腸炎で私が患者さんに言っているのは次のとおりです。

①軽症ならそもそも医療機関受診が不要。
②水分摂取が可能なら点滴は不要。
③ノロウイルスの迅速検査は入院を要するほどの重症でなければ不要。
④薬も特に使う必要はないが、整腸剤(プロバイオティクス)や吐き気止めは用いてもよい。
⑤高熱があれば解熱鎮痛剤はアセトアミノフェンを用いる。(ロキソニンやボルタレン、ブルフェン(イブプロフェン)といったNSAIDsは胃腸に負担がかかるから使うべきでない。市販のものでも同じ)
⑥下痢止めは原則として使わない(かえって治癒が遅れる)。
⑦最善の治療は水分を多量にとって便をたくさん出すこと。
⑧高熱、血便、激しい倦怠感、持続する嘔吐などがあれば、それがノロウイルスかどうかは別にして医療機関受診が必要。
⑨予防は、カキの生食を避け、手洗いをしっかりする。

 補足しておきます。③の「検査」を希望する人がいますが、これはそもそも成人の場合は保険適用がありません。保険で調べることができるのは「3歳未満か65歳以上。または悪性腫瘍は腎不全などの基礎疾患がある場合のみ」です。なぜこのようなケースで保険適用があるかというと、このような患者さんは重症化することがあるからです。ノロウイルスには特効薬がありませんから、検査で陽性であっても陰性であっても治療に変わりがないのです。しかも迅速キットの精度は低く、陰性(感染していない)と出ても、実際には感染していることもあります。こんな検査をおこなうためにわざわざ医療機関を受診することに意味はないのです(注2)。

 ノロウイルスの迅速検査をおこなう意味があるのは、重症化し入院する場合です。この場合確定診断をつける必要があります。ノロウイルスと思い込んでいて別の疾患であったということは避けなければなりませんから、陰性という結果がでても繰り返し検査をおこなうこともあります。もちろん、他の感染症の検査もおこないます。

 予防の補足をしておきます。⑨にあるようにカキの生食は可能な限り避けるべきです。ちなみに私は医学部の5回生のときに「医師は生ガキを食べてはいけない」と大学病院の先生に言われ、その教えをずっと守っています。ワクチンがなく、感染力が非常に強く、カキに高率に感染しているノロウイルスから身を守るのは、「カキを食べるなら加熱する」に限るのです。

 予防に関してもうひとつ補足をしておくと、手洗いには石ケンを使い、アルコールも補助的な使用を検討すべき、ということです。ノロウイルスは石ケンもアルコールも無効と言われることがありますが、これは必ずしも正しくありません。ノロウイルスはエンベロープ(注3)を持たないウイルスで石けんとの親和性はよくありませんが、まったく無効というわけではありません。アルコールは医療者のなかにも誤解している人がいますが補助的に用いるのは有効です(注4)。

************

注1:下記を参照ください。

http://www.choosingwisely.org/clinician-lists/american-college-emergency-physicians-iv-fluids-for-mild-to-moderate-dehydration-in-children/

注2:ノロウイルスの迅速検査の「感度」はせいぜい50-70%程度であろうと言われています。これは実際に感染している100人に検査をして「感染している」という結果となるのが50-70人しかいないということです。その程度の検査なのです。一方で、精度の高い検査(PCR法)などもあります。この検査は医療機関ではおこなうことができません。保健所など公衆衛生に従事する機関がおこないます。高齢者の施設やホテルなどでの集団感染の調査に必要だからです。

注3:下記を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」
病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「手洗いの”常識”ウソ・ホント」

注4:下記を参照ください。

医療ニュース2016年4月25日「ノロウイルスの有効な予防法」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ

Translate »