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2016年6月20日 月曜日

第161回(2016年6月) 超高額の「夢の薬」に対処する2つの方法(後編)

 超高額の薬を使い続けると国家財政が破綻するのは火を見るより明らかです。いずれどこかで一定の「線引き」をする必要があります。つまり、患者Aさんには保険で診療ができるけれど、患者Bさんには適用されません、としなければ医療費はもちません。当然この「線引き」は容易でありません。

 年齢を基準にすればいいではないか、という考えがありますが、そう単純な話ではありません。実際にオプジーボが100歳の症例に使われた例があるらしく、「100歳を101歳にするのに3,500万円を使うのはおかしいのでは?」、という意見は賛同が得られやすいでしょう。しかし、この例でも、元来とても健康な100歳であり、日本最高齢の記録を塗り替えるのではないか、と言われているような人であったとしたらどうでしょう。

 もっと分かりやすい例を挙げましょう。例えば、オプジーボを使用する年齢基準を80歳未満と決めたとしましょう。80歳の誕生日を迎えればもう保険診療はできない、とするのです。78歳からオプジーボを使い続けてがんがほとんど消失している、という人がいたとして、「はい。80歳の誕生日が来ましたから治療は終わりです。またがんが大きくなるでしょうができることはありません」と言うことが許されるでしょうか。

「80歳未満」というのを使用時の年齢でなく「使用開始」の年齢にすれば?という意見もあるでしょう。では次の2つのケースではどうでしょうか。

 患者Xは、地域医療を担う医師。その地域には医師がひとりしかおらず住民は24時間365日その医師を頼っています。引き継いでくれる医師を探していますが見つかっておらず、引退したくてもできません。そんななか自分自身に肺がんが見つかりました。しかし先月80歳の誕生日を迎えたためにオプジーボは保険適用がありません・・・。

 患者Yは、強姦事件で何度も逮捕され、少なくともあと10年は刑務所を出られません。おまけに刑務所内で脳梗塞を起こし、ひとりでなんとかトイレに行ける程度の活動度です。最近は軽度の認知症もでてきました。そんななか、定期検診で肺がんが見つかりました。患者Yは現在77歳です・・・。

 さて、患者Xと患者Y、あなたが医師ならオプジーボを使いたくなるのはどちらでしょうか。ここで、犯罪歴のある人には高額医療を受けられないようにすればいいではないか、ということを考えた人がいるかもしれませんが、その理屈はおそらく受け入れられないでしょう。強姦で何度も逮捕と聞くと、「そんなやつに貴重な医療費を・・・」という気持ちになる人もいるでしょうが、犯罪歴があるというだけで医療を受ける機会を奪われるのは問題です。また、認知症があればオプジーボを使えなくする、というアイデアを思いついた人がいるかもしれません。しかし、認知症かそうでないかというのは境界が非常に曖昧ですし、オプジーボを使い出してから認知症を発症すればどうすればいいのか、という問題もでてきます。

 つまり、年齢でオプジーボの適応を決める、というのはそう簡単なことではないのです。

 では、お金で線を引く、というのはどうでしょう。オプジーボについては高額養費制度が適応されないようにして保険適応で3割負担とするのです。この方法でも年間3,500万円の3割、すなわち1,050万円を払えるという家庭はほとんどないでしょうし、差額の2,450万円は保険が負担することになります。現在の高額療養制度はその人の収入にもよりますが、最高でも月の上限が14万円ほどです。オプジーボに限りこの上限を50万円程度にするというのもひとつの方法です。別の方法としては、これは公的保険のオプションとしてでもいいですし、民間保険でもかまいませんが「オプジーボ保険」というのをつくるというのもひとつです。

 このような方法をもし採用すれば「医療はいかなる人にも平等におこなわれなければならないものであり、金持ちのみがいい治療が受けられるなどという制度は言語道断である」という意見が必ずでてきます。というより医師の大半はそう言うでしょう。私自身もそう言いたいです。ただし、国に潤沢なお金があれば、です。

 多くの医師は、このような議論になったときに「国民皆保険制」がある日本の医療システムは世界一だと言います。それはその通りかもしれません。しかし、です。このような制度は日本の伝統とまでは言いがたいものです。そもそも国民皆保険制が国民健康保険法の改正により成立したのは1961年ですからまだ55年しかたっていないのです。わずか55年間しか維持していない制度を、当然のように主張するには無理があるのではないか、というのが私が感じることです。

 では、なぜ国民皆保険制度がこれまで維持できたのか。これはいろんなところで議論されていますからここでは多くは語りませんが、一番のポイントは「これまではそんな高い薬が存在しなかった」ということです。(高齢化社会以前の社会では働く若い世代が多く充分な保険料と税金が集まった、というのも大きな理由です) 

 21世紀に入るまでに最もお金がかかっていた医療行為はおそらく「人工透析」でしょう。ひとりあたり年間約500万の医療費がかかります。これまでの日本の国民皆保険制度の歴史を振り返ってみれば、この金額くらいがおそらく限界になるでしょう。その人工透析も高齢化社会で実施すべき人が増えていますからいずれ国の財政がもたなくなるという声もあります。

 人工透析が誕生した当初は、極めて高額なものでありごく一部の人しか使用できなかったはずです。米国でもそれは同様で「生と死の委員会」または「神の委員会」と揶揄された会議があります。人工透析の実用化に成功したスクリブナーという米国の医師は「医療は非営利であるべき」と唱え、人工透析の適用はお金で決めてはいけないと主張しました。そこで、どの患者に透析をおこない、どの患者を(言わば)見殺しにするか、ということを決める委員会が1961年に開かれたのです。「3人の子どもの母親と、子どものいない偉大な芸術家、どちらが透析を受けるべきか」といった問題にきちんと答えられる人はいないわけで、この委員会は今でも医療倫理を語るときによく引き合いに出されます。

 それで、現在のアメリカはどうかというと、オバマ・ケアで改善されたとは言え、今も保険に加入しておらず腎臓が悪化しても人工透析を受けられない人が大勢いると聞きます。(ただし、米国の場合、低所得者はメディケアと呼ばれる保険があり、無保険者は中所得者に多いと言われています)

 世界に目を広げてみると、お金がなければ治療を受けられないのはむしろ当然のことです。日本では、心臓疾患の子供が米国で移植を受けるための募金が行われますが(親御さんの気持ちを考えると理解できることではあります)、米国でお金がないが故に心臓移植を受けられない子供がいるのも事実です。もっと言えば、例えばカンボジアやラオスで同じ心臓疾患の子供がいたとして、米国渡航を考える両親はほぼ皆無なわけです。

 フィリピンでは、低から中所得者の大半は無保険です。私の知人のフィリピン人は、妹が呼吸困難で食事も摂れない状態だけどお金がなくて病院に行けないと言っていました。そのうち死ぬだろうがこれがこの国では当然だと言います。タイは2001年に「30バーツ医療」という政策がおこなわれ、30バーツ(約90円)支払えばどんな医療も受けられる制度になり、現在は実質無料で治療が受けられます。しかし、この医療でできることは、基本的な治療だけで高額な検査や薬は対象になりません。(抗HIV薬は安いものは無料でもらえますが、それが効かなかったり副作用が出て使えなくなったりした場合は手がうてないのが現状です)

 私が興味深いと感じるのは、フィリピンやタイでは多くの人が、庶民が高額医療を受けられないのは当然と考えていることです。おそらくオプジーボのことをフィリピン人やタイ人に話すと、彼(女)らはたとえ自分自身が肺がんを患っていても笑い飛ばすでしょう。そして「生まれ変わったら日本に生まれてそんな治療を受けてみてもいいかも」と言うかもしれません。日本人を羨ましがるどころか、そこまでして生に固執する日本人を笑う人もいるに違いありません。

 さて、不気味なのは日本の厚労省です。これだけ高価な薬を承認しているわけですから、将来の医療費について何らかの説明があってもいいと思うのですが、私の知る限り何も発表していません。マスコミや有識者が、このままでは国が滅びる、と言っているのに、です。「高い薬剤を保険で認めるな」、という世論の声を待っているのでしょうか。そして、そのような声がある程度大きくなった時点で、保険診療の医療行為をバッサリと削減するつもりなのではないか。そのような穿った見方をしたくなります・・・。

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2016年6月10日 金曜日

2016年6月 己の身体で勝負するということ

 「お前、まだ△〇◇□大学って言うてるんか?」

 これは、少し前に偶然再会した旧友から言われた言葉で、私はこれを聞いて思わず赤面してしまいました。この旧友は私が18歳、つまり関西学院大学(以下「関学」)に入学してすぐ知り合い仲良くなった同級生で、関学の1回生の頃、学校で会うとよく話をしていた仲です。

 入学直後、私は至るところで「唯一の志望校、関学に入学できて本当に良かった! 自分はなんて幸せなんだろう」と言いまくって、関学がいかに素晴らしい大学であるかということを誰彼かまわずに力説していました。それが、1回生の夏休みが終わり、後期の授業が始まる頃には、他人に自分が関学の学生であることを隠すようになったのです。隠しただけではありません。今思えば愚かなことですが、名前さえ書けば合格できる、と当時言われていたような偏差値の極めて低い△〇◇□大学の学生だ、と言いだしたのです。最近再会した旧友がそれを覚えていて指摘され、恥ずかしさがこみ上げてきたというわけです。

 なぜ夢にまでみた理想の大学に入学できたのにもかかわらず、その数ヶ月後にはその憧れの関学を否定するようなことを言い出したのか。それは私のアルバイトでの経験によります。以前にもどこかに書きましたが、私は大学生時代におこなったいくつかのアルバイトで、それまでの考えを根底から覆される体験をしたのです。

 まず、自分が全然仕事ができず、受験勉強で得た知識など微塵も役立たないことを知りました。しかも偏差値の高さと仕事のできる・できないには逆の相関関係がある、つまり(関学のような)偏差値の高い大学生は無能であり、逆に聞いたこともないような大学生がバリバリと仕事をこなすことに気づいたのです。もちろん、このようなことが事実であるはずもなく、後に「仕事(どのような仕事かにもよりますが)のできる・できないは偏差値にはまったく関係が無い」ことを理解するようになるのですが、18歳当時の私は、自分の無能さと、偏差値の低い大学に行っている仕事がよくできる同僚や先輩の魅力を痛いほど思い知らされ、「偏差値が低い方が仕事ができる」といった極端な考えを持つようになったのです。そして、自分も早く仕事ができるようになりたいと思う気持ちから、関学の大学生であることを恥じるようにまでなってしまったのです。

 このような考えは無茶苦茶であり、四半世紀後に冒頭で紹介した旧友の言葉を聞いたときは「穴があれば入りたい」気持ちになりました。しかし、当時の私が偏差値の低い大学の先輩や同僚達から学んだことは、それまでの価値観をひっくり返すほどの衝撃だったのです。例えば、私がおこなっていたアルバイトのひとつに旅行会社での現地駐在があります。当時の旅行業界では(もちろんすべての会社ではありませんが)、予約システムがいい加減で、旅先に到着したが予約されているはずの宿に宿泊できず、他にも空いているところがない、などということは日常茶飯事でした。こういう状況で、関学など偏差値の高い大学生はあたふたするだけで何もできません。

 しかし、こんなときにも怒り心頭のお客さんを上手くもてなし、後に感謝の手紙をもらうような強者もいるのです。彼らは、例えば翌朝に早朝の便で帰るノリの良い若者のグループを見つけて、「今日は朝までパーティをするからチェックアウトの準備をして宴会場に集合!」と誘い出します。そして、その日に到着した別の客をその部屋に案内するという”荒技”をいとも簡単にやってしまうのです。巧みな話術やパフォーマンスなどで、朝まで客を飽きさせない先輩たちの人心掌握のパワーにはただただ圧倒されるばかりでした。

 仕事(アルバイト)の場面だけではありません。当時私が仲良くしていた女性たちは「関学とか偏差値の高い大学の男は話がおもんない。女は男の所属を見てるわけやない。男そのものを見てるんや」と言っていました。ある女性は就職後東京に研修に行き「合コン」に参加して「東京の男どもには驚いた」と言っていました。まだ盛り上がってもいない最初の段階で出身大学を聞かれたというのです。しかも、その大学(短大)は関西でもそれほど有名でないのにだいたいの偏差値を言われたというのです。さらに、「〇〇大学の学生は~」などと、関西人でも聞いたことのないような関西の大学の話をされ、さらに東京の大学の特徴の話を延々と語り出したというのです。この女性は「そんな話おもんないねん! 他に話題ないの?」と怒鳴って途中で退席したそうです。

 憧れの関学に入学した私はその数ヶ月後、授業にまったくついていけなかったことから嫌気がさし、退学することも考えていました。(そんなとき、偶然にもアルバイト先で出会った関学社会学部の先輩に「社会学」の魅力を聞くことになり、退学ではなく社会学部編入を目指すことになったという話は過去のコラムで述べました) 

 1回生の夏休みが終わった後期には大学に行ってもおもしろいことは何もなく、周囲の学生がみんな”子供”に見えたことを覚えています。怒り心頭のお客さんを笑わせて感謝の手紙をもらうような先輩たちと一緒に時間を過ごせば退屈な大学でそう感じるのも無理はありません。

 当時私が尊敬していた先輩や同僚から学んだことは「己の身体で勝負せよ!」ということです。学歴や家柄などそんなものは何の役にも立たない、頼れるのは自分自身だけだ、ということです。

「己の身体で勝負せよ!」この言葉を金科玉条とするようになった私は、就職活動もあえて大企業を避けました。大企業の歯車になることを嫌い、企業内の競争が不毛だと思っていたことに加え、もうひとつ私が大企業を避けた理由は「大企業〇〇会社の谷口恭」と思われるのがイヤだったからです。名刺を見せれば会ってくれるような立場の人間にはなりたくなかったのです。名前の通っていない中小企業であれば、名刺や肩書きは役に立たず、自分自身の魅力をつくり上げ理解してもらうしかありません。

 その後私はその会社に4年勤務し多くのことを学びました。自分がいかに未熟であったかを知るようになり、冒頭で紹介したエピソードのように自分の大学を偽るということがいかにバカげていたかを理解するようになり、自分の極端な考えが少しずつ修正されていきました。そして、人間的に魅力のある人たちに共通することとして「誠実」「謙虚」が不可欠であることを知るようになりました。また、この頃に読んだ稲盛和夫さんの本で「利他の精神」が真実であることも学びました。

 ただ、今も「己の身体で勝負せよ!」という言葉は私の中に深く根付いています。だから、今も学歴や職歴にこだわる人を見ると「かわいそうに・・・。早く真実に気づけばいいのに・・・」と感じます。誤解を恐れずにいえば、学歴や職歴にこだわる人は関西よりも関東に多いように私は思います。先に紹介した女性の体験もそうですし、東京の人は「〇〇大学卒業者は…」とか「△△社の人間は…」という話をよくするなぁという印象があります。

 さて、私の恥ずかしい話までして延々とこのようなことを述べてきたのは、少し前にSKという名のテレビ・ラジオのパーソナリティが学歴を詐称していたことが話題になったからです。私はこの事件というか出来事にとても大きな違和感を覚えます。ウソをつくことが良くないのは自明ですし、ウソを言ったなら謝らなければならないとは思います。

 しかし、これが番組を降板しなければならないような大きなウソでしょうか。SK氏は自ら降りたのでしょうか。あるいは番組側が降板させたのでしょうか。私がテレビ・ラジオ局の側の者なら、降板させることはありません。逆に、話題性がありますから、「SKさん、なんで学歴詐称してたの? 詐称していいことあった?」と言った質問をおこなって視聴率を稼ぎます。私はこの出来事が報道されるまでこのSK氏について何も知りませんでしたが、一連の報道を聞いて「ハデな学歴詐称というそんな面白いことする人物なら、話を是非聞いてみたい」と思いました。

 SK氏は学歴詐称が発覚する前までは、大変な売れっ子で多くの人気番組のパーソナリティをつとめていてファンも多かったと聞きます。学歴詐称が発覚していなかったとしたら人気を維持していたのではないでしょうか。そして、SK氏が卒業したと言っていた一流大学を実際に卒業してもそのような人気パーソナリティになれる人はほとんどいないわけです。ということは、人気のあるパーソナリティになるには学歴は一切不要ということにならないでしょうか。

 私自身は、友達はもちろん、仕事で出会う人も、また面識のないテレビやラジオのパーソナリティでも作家やジャーナリストであったとしても、その人の出身大学などまったく気になりません。自分自身の目で、信頼できる人か否か、面白い人かどうかを判断できる自信があるからです。

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2016年6月1日 水曜日

2016年6月1日 うつ病と性病の意外な関係

 うつ病と性感染症、一見まったく関係のないように思えますが、これらには相関関係があるようです。

 うつ病があると性行為感染症のリスクが上昇する・・・

 私はこの論文のタイトルをみたときに自分の目を疑いました。 「Young adults with depression are at increased risk of sexually transmitted disease」というタイトル、直訳すると「うつのある若い成人は性感染症のリスクが上昇する」となります。うつ病があると、気分が滅入り外出するのも億劫になりますから、性行為などというエネルギーのいる行為などとてもできない。だから性感染症のリスクは下がるのではないか、というのが私が感じたことです。しかし、そう考えるのは当然すぎて面白くもなんともありませんから、私が考えたような結果ならそもそも論文にはならなかったでしょう。

 医学誌『Preventive Medicine』2016年7月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、うつ病があれば性感染症のリスクが上昇し、うつ病の治療を受ければリスクが低下するというのです。

 この研究の対象者は米国の12歳以上の合計18,142人の男女で、うつ病(過去にあった例も含めて)の有病率は15.3%、性感染症の有病率は2.4%です。常識的には何ら関連のなさそうなこれら2つを分析してみると、うつ病があれば性感染症に罹患するリスクが男性で2.23倍に、女性で1.61倍になるそうです。白人のみでみると3.02倍にもなります。さらに興味深いことに、治療を受けるとなんと性感染症に罹患するリスクが0.55倍に、つまり45%も減少するというのです。

 この研究者は、「プライマリ・ケアの領域でうつ病に積極的に介入することによって性感染症を防ぐことができる」と主張しています。

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 先に述べたようにこの研究結果は私にとっては意外なものでした。ただし、うつ病があれば感染症全般に罹患しやすくなるというのは納得できることです。なぜならうつ病があれば、免疫能が落ちることが予想されますから、当然病原体に対する抵抗力が弱くなるからです。そしてこれを調べた研究があります。医学誌『International Journal of Epidemiology』2015年11月19日(オンライン版)に掲載された論文(注2)によれば、うつ病のエピソードがあれば感染症全般のリスクが1.61倍になるそうです。この研究の対象者は976,398人と大規模なものですから、信憑性が高いと言えるでしょう。

 性感染症というのは、HIVにしてもB型肝炎にしても、あるいはクラミジア頸管炎/尿道炎といった簡単に治癒する感染症であったとしても自覚症状がないのが普通です。ということは、うつ病のエピソードがあればこれら性感染症のリスクを考慮して検査をすべきなのでしょうか。それともこの研究はアメリカのものであり、日本では結果が異なるのでしょうか。

 いずれにしても、うつ病や性感染症というのは上記で述べたように有病率が高いものですから、プライマリ・ケア(総合診療)の現場では積極的に介入すべき疾患であるということは言えそうです。

注1:この論文のタイトルは「Young adults with depression are at increased risk of sexually transmitted disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0091743516300421

注2:この論文のタイトルは「Depression and the risk of severe infections: prospective analyses on a nationwide representative sample」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://ije.oxfordjournals.org/content/45/1/131.abstract?sid=573d6c57-6af5-47d2-8818-94e253ac4106

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2016年5月30日 月曜日

2016年5月30日 韓国、加湿器の殺菌剤で100人の死亡者

 UKを拠点とし世界中に販売網をもつ多国籍企業の「オキシー・レキット・ベンキーザー」が韓国で販売していた殺菌剤が原因で約100名の死亡者がでています。

 この殺菌剤は加湿器の消毒に使うもので、妊産婦や新生児の肺を損傷し多数が犠牲になっています。BBC(注1)によれば、2011年にはこの殺菌剤と死傷者との間の因果関係が示唆されていたのにもかかわらず同社はそのまま販売を継続し被害が広がりました。また製品自体は10年以上も販売され続けていたそうで、今後も被害者が増える可能性があるとみられています。BBCの報道では、同社の社長が犠牲となった人の遺族から激しく詰め寄られるシーンが紹介されています。

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 海外のスーパーや薬局で殺虫剤や殺菌剤のコーナーを除くとケバケバしい色とデザインのパッケージに躊躇してしまった経験があるのは私だけではないでしょう。私が最もよく渡航するタイでは、殺虫剤の使用で障害を負ったという話がよくあり、これは「都市伝説」に過ぎないのかもしれませんが、心理的に現地のものを使うのにはいまだに抵抗があります。私は蚊取り線香は日本で購入したものを持参しています。これは品質の高さを求めて、というのが最大の理由ですが、現地のものは何か不純物が入っていないか気になるというのもあります。(現地メーカーには失礼ですが・・・)

 今回の韓国の報道はいくつか疑問が残ります。殺菌剤と肺障害の関連性が指摘されてからも長期間販売が継続されたのはなぜなのか、ということに加え、この製品がなぜ韓国だけで販売されていたのかが皆目分かりません。私の個人的な印象でいえば、加湿にこだわるのは韓国人よりも日本人です。そしてこの会社オキシー・レキット・ベンキーザー社は日本にも支店をもっています。しかも1~2年のことなら分かりますが、なぜ、韓国でのみの販売が10年以上も続けられたのでしょうか・・・。何か表には出せない理由があるような気がしてなりません。

 ところで、韓国のホテルに泊まれば加湿器が置かれていることがよくあります。この製品が日本では使われていなかったとしても、出張や観光で頻繁に韓国を訪れる日本人は大勢います。今後、呼吸器症状を訴える患者さんには韓国への渡航歴を尋ねるべきかもしれません。

注1:BBCのこの記事のタイトルは「Reckitt Benckiser sold deadly sterilisers in South Korea」で、下記URLで読むことができます。

http://www.bbc.com/news/world-asia-36185549

注2:オキシー・レキット・ベンキーザー社のトップページにこの事件の説明があります。

http://www.rb.com/jp/

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2016年5月30日 月曜日

2016年5月31日 孤独感や孤立で心疾患・脳卒中のリスク上昇

 長年連れ添った奥さんに先立たれると残された夫は寿命が短い、ということはよく指摘されますし、社会的に孤立している人や孤独感をいつも抱えている人が健康的でないことは容易に想像できます。今回はこれを証明した大規模調査を紹介します。

 孤独感(loneliness)や社会的孤立(social isolation)があれば、心筋梗塞などの心疾患のリスクが29%上昇、脳卒中のリスクは32%も上昇する・・・

 医学誌『Heart』2016年4月18日号(オンライン版)に掲載された論文の趣旨です(注1)。この研究は、これまでに発表された23件の疫学研究のデータを総合的に解析しています。対象者のうち、4,628人が心筋梗塞などの心疾患を、3,002人が脳卒中を発症しています。

 孤独感や社会的孤立をひとつの因子として解析すると、心筋梗塞など心疾患のリスクは29%の上昇、脳卒中のリスクは32%上昇することが判ったそうです。

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 どのようにして孤独感や孤立の程度を評価するのか、という課題はありますが、心疾患29%、脳卒中32%という数字の大きさを考えると、これらの対策にもっと力を入れるべきでしょう。これだけのリスクがあるとなると、適正体重の維持や日々の運動などよりも先に対策を立てなければならないかもしれません。

 しかし、どのようにして孤独感を払拭し、社会的孤立を防げばいいのでしょうか・・・。地域にもよるでしょうが、昔のような地域のつながりはもはやありません。都心部では公民館での行事や回覧板の存在すらなくなっています。ではフェイスブックなどのSNSで友達と交流すればいいではないか、という意見がありますが、残念ながら、現在ではこういった社会ツールでは孤独や孤立をなくすことができないとう研究があります(注2)。一方、「ひとりで過ごす方が有意義」という考えもあり、例えば漫画家の蛭子能収氏の著書『ひとりぼっちを笑うな』はベストセラーになっているそうです。

 血圧や体重、運動量などとは異なり、孤独度、孤立度というのは数値に還元しにくく研究はおこないにくいものです。そして、おそらくは、その人によって、それが健康上のリスクになるかどうかの幅が大きいでしょう。(喫煙は多くの人にとって多かれ少なかれリスクになるが、孤独・孤立はさほどリスクにならない人もいる可能性がある)

 また国民性や宗教によって違いがあるかもしれません。例えば誰とも話さない生活を送っていても週に一度協会に行っている人はリスクが少ないといったことはあるかもしれません。今後のさらなる研究を待ちたいと思います。

注1:この論文のタイトルは「Loneliness and social isolation as risk factors for coronary heart disease and stroke: systematic review and meta-analysis of longitudinal observational studies 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://heart.bmj.com/content/early/2016/03/15/heartjnl-2015-308790.abstract?sid=4d2a18b2-261e-4fe0-82d7-3f2169e561b9

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2015年6月6日「フェイスブックで「うつ」になる理由とは」

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2016年5月23日 月曜日

第160回(2016年5月) 超高額の「夢の薬」に対処する2つの方法(前編)

 最近、極めて高額な薬のことがよくマスコミに取り上げられています。後で詳しく述べますが、「年間3,500万円」、「一種の薬だけで年間1兆7500億円の医療費」などという言葉が一人歩きしているようにも思えます。これらは、たしかにマスコミが指摘するように喫緊の課題であり、早急に解決策を検討しなければなりません。

 今回は、私が思う「超高額の薬に対する解決策」を提案してみたいのですが、その前に「高い薬」の最近の歴史を振り返っておきましょう。

 私が医師になった2002年頃、高い薬としてよく話題になったのが、リウマチなどに用いる生物学的製剤です。2000年代初頭から次々と登場したこれらリウマチの新しい薬は歴史を替えるほど効果の高い薬です。しかし、費用が高くつくのが欠点であり、これが医師の間でよく議論になりました。日本では「高額療養費制度」というものがありますから、所得に応じて上限はありますが、それでも月に5万円以上は必要になります。一方、生活保護の人はまったくの無料でこの”夢の薬”の恩恵に預かれるわけで、ここに矛盾を感じる医師は多く、私もよく議論した記憶があります。(当時は、「この人、本当に生活保護を受給する資格があるのか」、と思うような、高級な衣服を身にまとい、高級車で受診するような受給者がいたのです)

 抗がん剤のなかで「分子標的薬」と呼ばれる種類のものが2000年代半ばから飛躍的に開発が進み使われるようになってきました。種類にもよりますが年間の医療費が数百万円になるものもあります。日本人の2人に1人がガンになる時代です。見境なくこのような薬を使い続けると医療費が破綻することを指摘する声もでてきました。しかし、こういった薬は、あらかじめ患者の遺伝子検査をすることによって効果があるかどうかを事前に判定できることがあります。検査代も安くありませんし、すべてのケースで検査が有効なわけではありませんが、事前に薬が効くことを調べられる治療(これを「テーラーメイド治療」と呼びます)は高い薬を用いるときには理に適っており、がんに対する分子標的薬の使用を否定する医療者はほとんどいません。

 次に登場したのがC型肝炎の治療薬です。これまではC型肝炎はインターフェロンでの治療が基本でしたが、副作用の強さや、また全員に著しく効くとは言えないものであり、とても難渋する感染症でした。ところが、ウイルスを直接やっつける薬が2010年代以降相次いで登場し、歴史が変わりました。うまくいけばあと数年もすればC型肝炎の大半はなくなる可能性すらあります。この薬は非常に高価であり3ヶ月で500万円以上もします。現在C型肝炎ウイルスを保有している日本人は約200万人と言われています。

 もしも全員にこの治療をおこなえば単純計算で10兆円になり国が滅ぶことになります。しかし、適応を選べば、つまり放置すれば肝硬変や肝臓がんを発症するかもしれない症例だけに限定して使用すれば無制限に費用がかかるわけではありません。また、肝臓がんを発症してから必要となる医療費のことを考慮すればむしろ安くつくという声もあります。それに3ヶ月の治療で100%近い患者が「完全治癒」するわけですから、歴史を替える夢の薬とも言えるわけです。

 高い薬の話になったときになぜかあまり取り上げられませんが、抗HIV薬の費用も安くありません。しかもC型肝炎とは異なり、HIVの場合は生涯飲み続けなければなりません。もしも若いときから抗HIV薬の服用を開始すれば生涯の薬剤費は1億円を軽く超えます。私は日頃の診察で比較的HIV陽性者を多く診ていますので、HIV陽性者が社会からの差別やスティグマに苦しんでいる現状を考えると、「HIV陽性者に貴重な医療費を使わせるな」という声が上がらないかということを懸念しているのですが、少なくとも日本ではそのような声は聞きません。これは、社会からのHIV陽性者に対する偏見がなくなってきたと捉えていいのでしょうか。

 さて、ここ数ヶ月の間、マスコミでさかんに取り上げられている「高い薬」は、これまで述べてきたものではなく、ただ1つの薬のことを指しています。それはオプジーボ(これは商品名、一般名はニボルマブ)というがんに用いる薬(「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれています。従来の抗がん剤とはメカニズムがまったく異なることから、手術、放射線、抗がん剤に続く「第4の治療」と言われることもあります)です。冒頭で述べたように「年間3,500万円」「医療費は年間1兆7500億円以上」という数字はこの薬のことを指しています。

 さらに、この薬が物議を醸しているのは、先に紹介した分子標的薬のように、あらかじめ遺伝子検査をして効くかどうかを調べることができないからです。ですから、がん(今のところ保険適用があるのは一部の皮膚がんと肺がん)を患っている人が希望すれば、医師としては使わないわけにはいきません。

 オプジーボが他のがん治療薬と異なる点は他にもあります。従来の抗がん剤(分子標的薬も含めて)であれば、よく言われるように完治が期待できることは(一部の悪性腫瘍を除いて)ほとんどなく、寿命がつきるまでの治療であり、その寿命が尽きる時間はそれほど長くはありません。ですから、長期間にわたり高価な薬が使用されるわけではないのです。

 一方、オプジーボは完治も期待できるまさに「夢の薬」です。しかし、全員に効果があるわけではなくせいぜい全体の2割程度です。では、残りの8割には使わなければいいではないか、となるわけですが、分子標的薬のようにあらかじめ効くかどうかを調べる遺伝子検査というのはありませんし、いつやめるのか、という効果判定が極めて困難なのです。「効かなければやめればいいではないか」と考えられますが、この判定が簡単にできないのです。一部の報告では、オプジーボを使い始めると一時的にがんが大きくなりその後小さくなった、とするものもあり、そういったことを聞けば、患者心理としては、「可能性が少しでもあるなら使ってよ」となるわけです。「今はがんが大きくなって効いていないかもしれないけれど、次の検査では小さくなっているかもしれない」、と患者やその家族が考えるのは当然です。

 まだあります。それは「がん罹患者は減らない」ということです。これからも国民の2人に1人ががんを発症するという傾向はまず変わりません。次々に現れるがん罹患者にこのような高額な薬を使い続けていけるはずがありません。楽観的な見方をする人は、利用者が増えれば薬価が下がると言いますが、おそらくそうなればオプジーボにとってかわる新たな薬が登場するでしょう。なにしろがん罹患者は減らないのです。こう考えると、いずれ完全になくなることも期待されているC型肝炎の薬が1錠8万円と言われても、安くすら感じられます。

 オプシーボとがんについて、ここまで述べてきたことをまとめてみます。
①オプシーボはがんの完治も期待できる「夢の薬」である。
②ただし実際に効果があるのは肺がん(非小細胞がん)でいえばせいぜい2割程度。
③一部の分子標的薬のようにあらかじめ効く症例を選別できない(したがって希望すればほぼ全例に使用されることになる)。
④効果のある例でもいったんがんが大きくなることもあり、効いているのかどうかの判別が非常に困難で、一度使い始めると容易にやめられない。
⑤年間3,500万円(体重60kgの場合)、年間医療費1兆7500億円(5万人が使用した場合)。
⑥がん患者が今後大きく減少することは考えられない。
⑦オプジーボの利用者が増えれば将来薬価が大きく下がるだろうが、代わりに高い薬が登場することも考えられる。
⑧日本の医療制度には「高額療養費制度」があり個人負担は大きく抑えられる。生活保護受給者は無料である。

 さて、ただひとつの薬だけで毎年1兆7500億円の医療費がかかるとなると国家予算が破綻するのは自明でしょう。これを打開するには、オプジーボの「適用」を決めるしかありません。つまり、誰に使って誰に使わないかの線引きをするのです。これには2つの方法が考えられます。1つは年齢で線を引く方法、もう1つはお金で決める、つまり自己負担を上げるという方法です。

 前者を主張する声はちらほらと上がっているようです。100歳にオプジーボが使われた例があるそうで、100歳を101歳にするのに3,500万円使っていいのか、というわけです。一方、後者を指摘する声はほぼ皆無です。しかし、私はお金で決めるという選択も真剣に議論する段階に来ていると思っています。このようなことを医療者が言うと必ず非難されますから、おそらく誰も口にはしないでしょう。しかし私は少なくとも一度きちんと各自が考えて国民全体で議論すべきだと思っています。次回詳しく述べていきます。

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2016年5月23日 月曜日

第153回(2016年5月) それほど単純でない高尿酸血症

 太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)の患者さんは働く世代の比較的若い患者さんが多いため、初診・再診にかかわらず「職場の健康診断で異状を指摘されたので来ました」と言って受診される人が大勢います。きちんと統計をとったわけではありませんが、よくある異状、すなわち、肝機能障害、高血圧、高脂血症(コレステロール、中性脂肪)、高血糖などのなかで、おそらく最も頻度が多いのが「尿酸値が高い」、すなわち高尿酸血症です。

 高尿酸血症とは一般に血清尿酸値が7.0mg/dLを超えた状態を指します。7.0mg/dLを少し超える程度であれば、多くの人は無症状ですが、健診を実施する側(会社)としては、健診を受け異状がみつかった従業員に何もしないわけにはいきませんから、「かかりつけ医に相談してください。かかりつけ医がない場合はみつけてください」と助言することになるわけです。(大企業などで産業医が常在している場合は、産業医を受診することになります)

 尿酸値が高いとなぜいけないのか。その理由はいくつもあるのですが、最も有名なのは「痛風」でしょう。文字通り、風が当たっても痛いとされる痛風発作は強烈であり、深夜に救急車を呼ぶ人も少なくない「のたうち回るほどの痛み」となります。痛み止めがなければ日常生活もままなりません。あんな痛い思いをするならしっかりと薬を飲みます、と一度でも経験のある人は言います。このケースは我々からすると”ラク”です。薬の重要性をそれほど伝えなくても、患者さんの方から薬を求めてくるからです。

 では、痛風を起こしたことがなくて、健康診断で初めて高尿酸血症を指摘されたという場合はどうすればいいのでしょうか。谷口医院をかかりつけ医にしている患者さんは「できれば薬を飲みたくない」という人が多く、私自身が「薬は最後の手段です」と言って、簡単には処方しません。実際、「尿酸値が7を超えたので尿酸を下げる薬をください」と言う人はほとんどいません。

 一度も痛風を起こしたことがない人の場合、尿酸値が7mg/dLを超えた程度であれば、私自身は原則として薬の処方はおこないません。では、8mg/dLを超えた場合は? 9mg/dLでは、10mg/dLを超えたらさすがに危ないのでは・・・、という疑問が出てきます。医師としては、「あのとき薬を出しておいてくれたらあんな痛い思いをしなくて済んだのに・・・」と患者さんから後から言われることは避けたいものです。

 統計学的に血性尿酸値が7.0mg/dLを超えれば痛風を起こしやすくなっていることは分かっています。しかし、これくらいの人は非常に多く、日本人の成人の4人に1人が高尿酸血症と言われることもあります。「いつも7台だけど痛風なんて起こしたことがない」という人は実際に大勢います。ただし、数字が高ければ高いほど痛風を起こしやすいのは事実です。ですから、高尿酸血症を指摘された人、特に9mg/dLを超えた場合は、食生活や生活習慣の改善を早急におこない、再検査をおこなう必要があります。再検査でも目安として9mg/dLを超えるような場合は投薬を検討すべきでしょう。(ガイドライン上は8mg/dL以上で投薬検討とされています) しかし、それほど単純な話ではありません。

 痛い、というのは大変分かりやすいですから、高尿酸血症=痛風というのは有名です。しかし高尿酸血症のもたらす弊害はそれだけではありません。高尿酸血症が持続すると、腎臓に障害をもたらし、高血圧や不整脈のリスクにもなりますし、心筋梗塞の危険性が上昇します。心筋梗塞のリスクとしては糖尿病や高脂血症、高血圧、喫煙、大量飲酒、肥満などの方が有名ですが、高尿酸血症もリスクのひとつです。高尿酸血症自体が高血圧のリスクにもなるわけですから、もしも尿酸値が少し高いだけだったとしても、高血圧がある場合は、初期の段階で積極的に薬を使う方がいい場合もあります。

 そして、高尿酸血症のある人の多くが、軽度であったとしても、肥満、飲酒、運動不足、喫煙(喫煙は少しでも心筋梗塞の大きなリスクです)、高血圧、高脂血症などを合併しています。もしも、これらが一切なく、尿酸値がわずかに高いという程度であれば、プリン体を含む食品などの注意と水分摂取励行程度で生活指導は終わりで、再検査の説明をするだけです。しかし、多くの場合、他の生活習慣病、あるいはそのリスクがありますから、少々時間をとって現在の問題点を調べていく必要があります。時間をとって話を聞くと、塩分過多、運動不足、飲酒過多などが多くの人にあることが分かります。

 つまり、「健診で尿酸値が高いと言われました」という多くのケースにおいて、尿酸値の数字だけをみて済ませるわけにはいかないのです。軽度であっても、他の虚血性心疾患のリスクについても確認して検討することになります。患者さんとしては、「数字がいくらになれば薬を開始すべきか」という質問をしたくなるのは分かりますが、数字だけでは簡単に決めることがないのです。ガイドラインには一応の基準というものがありますが、医師はそのガイドラインを杓子定規的に用いているわけではありません。

 薬の選択も簡単ではありません。最近はインターネットなどで得た情報をもとに、「血圧の薬は〇〇〇で、尿酸は△△△を希望します」と”注文”する人もいて驚かされます。たいていは、使用した人の体験談などを読んだという程度で深く考えた上での”注文”ではありません。私の基本的な考えは、「患者さんに病気のことを勉強してもらい知識を増やしてほしい」というものです。ですから、インターネットを使って知識の吸収につとめるのは素晴らしいことだと思います。しかし現実には「体験談」による情報収集が中心の人が多く、偏った考えになってしまっていることが多々あります。

 例えば、降圧薬として用いる利尿薬は尿酸値を高めることがあるために使用しにくいのですが、これを知っている人はそれほど多くありません。一方、それを知っていて、尿酸値が高くても使いやすい利尿薬があることまで知っている人がいて驚かされることがあります。しかし、その利尿薬に比較的高頻度で起こる重篤な副作用のことまで考慮してこの薬を「注文」する人となるとほぼ皆無です。「薬の選択はすべて任せてほしい」とまでは言いませんが、初めから「◇◇◇という薬を出してください。他の薬はイヤです」と言われると、治療が上手くいかないケースがあるのです。

 話を尿酸に戻します。尿酸値を下げる薬も多数ありますが、歴史の浅い高価な薬を使わなければならないケースはごくわずかで、ほとんどは昔からある安い薬で充分です。1錠10円未満ですから3割負担で3円未満です。太融寺町谷口医院では高尿酸血症の患者さんの98%以上は、この1日3円未満の薬です。副作用は完全にゼロとは言いませんが、かなり安全な薬です。ちなみに、以前、尿酸値を下げる効果のあるサプリメントを飲んでいるという患者さんは1日70円以上と言っていました。しかもほとんど下がっておらず結局、この1錠3円未満の薬に変更しました。すぐに正常値まで下がりました。

 ただし、最初の方で述べたようにやはり薬は最後の手段です。尿酸値を下げるには食事と飲酒の見直しが重要です。ネット上などでは反対意見もあるようですが、やはり「プリン体」の摂取を減らすことが不可欠です。ここでは詳しくは述べませんが、節酒は可能な範囲でおこなうべきで、お酒の選択も考えるべきです。プリン体フリーのビールは美味しくないという声は聞きますが、かといって「地ビール」ばかり飲むのは危険です(注1)。

 尿酸値を下げたいときに食べ物の選択は簡単ではありません(注2)。一見身体によさそうなものもプリン体を多量に含むものがあるからです。例えば、「ほうれん草のおひたしに鰹節をかけたもの」は身体によさそうですが、高尿酸血症がある人には勧められません。ほうれん草の赤い部分と鰹節がプリン体を高濃度で含むからです。あとは、魚の干物や干し椎茸なども一見身体によさそうですがこれらも高濃度のプリン体を含みます。しかし、こういった和食は糖尿病や中性脂肪が高い人には良いものなのです。そして、先にも述べたように、ややこしいのは、尿酸値が高い人のいくらかは中性脂肪や血糖値も高いのです。じゃあ、いったい何を食べればいいんだ!と言いたくなります。そうなのです。どのようなものを食べるべきなのかというのは思いのほかむつかしいのです。医師や看護師、栄養士と相談して少しずつ食事を見直していかねばなりません。

 高尿酸血症を含め生活習慣病を改善させる食事というのは地味な努力が不可欠であり、「これを食べればOK、これさえ食べなければOK」という単純なものではないというわけです。

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注1:公益財団法人「通風財団」のウェブサイトで公開されている「アルコール飲料中のプリン体含有量」を参照ください。地ビールがいかに高プリン体かがわかります。
http://www.tufu.or.jp/gout/gout4/73.html

注2:「通風財団」のウェブサイトで公開されている「食品中のプリン体含有量」を参照ください。
http://www.tufu.or.jp/pdf/purine_food.pdf

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2016年5月13日 金曜日

2016年5月13日 「味の素」で大腸がんの予防

 先月の「はやりの病気」で、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)が発表した「大腸がんの半数を減らすことのできる6つの習慣」を紹介しました(注1)。その6つをざっと振り返ると、①太らない、②運動する、③食物繊維を摂る、④加工肉NG、⑤アルコール控える、⑥ニンニクたっぷり、です。

 今回お伝えしたいのは、「グルタミン酸が大腸がんの予防になる」とする研究で、医学誌『Cancer』2016年3月15日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。

 この研究の対象者は「ロッテルダム・スタディ」と呼ばれる疫学調査に参加した55歳以上のオランダ人5,362人で、調査開始は1990年です。調査期間中242人が大腸がんを発症しています。分析の結果、調査開始時のグルタミン酸摂取量と大腸がんの発症には相関関係があることがわかりました。つまり、グルタミン酸を多く摂っていれば、大腸がんのリスクが減らせるというわけです。

 総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合が1%増加すれば相対リスクが0.78に、つまり発症のリスクを22%下げることができるとされています。さらに、この傾向は体重によって異なるようです。BMIが25以下、つまり適正体重であれば相対リスクが0.58で、これは42%もリスクが減るということを意味します。

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 太っていればグルタミン酸の効果が減るというのは、AICRの「6つの習慣」のひとつでもある、上記①太らない、と関係があるのかもしれません。つまり太っていることによるリスクがグルタミン酸の効果を差し引くということです。

 適正体重であればグルタミン酸摂取で大腸がんの相対リスクが0.58になるというのは、センセーショナルな結果であり、世界中で取り上げられてもいいと思うのですが、今ひとつ話題になっていません。私の分析では、この理由は以下の3つです。

(1)オランダという比較的小さな国での研究である。(これが米・英、あるいは日本ならもっと大きく取り上げられたかもしれません)

(2)「総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合」というものがそんなに簡単に計測できるのか、という疑問がある。(私自身も、この計測の正確さに疑問を持っています)

(3)グルタミン酸の有害性を指摘する声もある

 ところで、我々日本人が「グルタミン酸」と聞いてまず思い出すのが「味の素」です。というより、この論文を読めばほとんどの日本人が「じゃあ、味の素をしっかり摂ればいいのだろうか」と思うでしょう。
 
 私は個人的には「味の素は健康に寄与できる」ということがもっと強調されてもいいと感じているのですが、味の素株式会社はその点で消極的なようです。少なくとも味の素を効果的に使うことによって、塩分摂取を大幅に減らすことが可能です。さらに大腸がんの予防効果があるとなると、PRしないのはもったいないという気がするのですが・・・。

 私の推測ですが、上記(3)、つまり、グルタミン酸≒味の素の有害性を強調する声があるために、あまり味の素の良さが味の素株式会社からもアピールされないのではないかという気がしています。どのようなものも摂取しすぎるのは良くありませんが、私の経験上、少なくともタイ、マレーシア、インドネシアといった東南アジアの人たちに比べると日本人の味の素の摂取量がかなり少ないのは間違いありません。以前タイのある地域で、ソムタム(タイのパパイヤサラダ)をつくっているのを見たとき、味の素をあまりにも大量に入れているのを見て驚いたことがあります(注3)。一皿に大さじ2~3杯は入れられていました。ちなみに、タイでも味の素は「アジノモト」と呼ばれています。

 グルタミン酸≒味の素の有害性については過去に指摘されたことがありますが、現在は少なくとも信憑性の高い否定的なデータはほとんどありません。もしも味の素が健康を害するものなら、日本より摂取量が多いと思われるタイを初めとする東南アジアで何らかの被害が生じると思うのですが、そういう話も聞きません。現在WHOはグルタミン酸の上限を設けておらず安全なものとしていますから、私自身はそれほど過敏になる必要はなく、美味しいと思える範囲でどんどん摂取すればいいと思っています。ただ、どのようなものも摂りすぎには注意する必要がありますが(注4)。

注1:下記を参照ください。
はやりの病気第152回(2016年4月)「大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン」

注2:この論文のタイトルは「Baseline dietary glutamic acid intake and the risk of colorectal cancer: The Rotterdam study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.29862/abstract

注3:詳しくは下記を参照ください。
マンスリーレポート2013年8月号「この夏の暑さと塩と味の素」

注4:味の素も多量に摂りすぎると中毒症状を呈することがあります。「味の素中毒」(中華料理店症候群)については下記を参照ください。

http://www.j-poison-ic.or.jp/tebiki20121001.nsf/SchHyodai/F7432F91F76CE98F492567DE002B895F/$FILE/M70005_0101_2.pdf

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2016年5月10日 火曜日

2016年5月 恥ずべき日本人~海外でやってはいけないこと~

 過去3回にわたり、我々日本人が外国人、特にアジア人と上手くやっていくにはどのようにすべきかということを、私の実体験をまじえながらお話してきました。最大のポイントは「どこの国にも良い人もいれば悪い人もいる」ことを認識し、「〇〇人は・・・」といった先入観を持たないようにすること、です。

 外国人シリーズはこの3回で終了にしようと当初考えていたのですが、3月にタイからとんでもないニュースが入ってきました。これは大変大きな問題であり、国をあげて・・・、とまではいかなくても日本人全体できちんと議論すべきだと私は考えているのですが、日本のマスコミはほとんど報道しませんでした。そこで、今回はこの事件をおさらいして日本人の海外でのあるべき姿について考えてみたいと思います。我々日本人はよく、中国人は・・・、韓国人は・・・、といったことを言いますが、外国人も「日本人は・・・」という会話をしています。そして、それが否定的なことも、特に最近は少なくないのです。

 2016年3月5日、タイのホアヒンのビーチで約30人の若い男性が全裸で円陣を組み大声を出し、公然わいせつの現行犯で逮捕されました。タイ警察は全員をブラックリストに載せました。

 ホアヒンというのはタイ中部に位置するプラチュワップキーリーカン県にある海岸沿いの郡です。なぜこのようなあまり有名でない県にあるひとつの郡が有名かというと、ホアヒンは王室の保養地だからです。プーケットやサムイ島などと比べると、ビーチはそれほどきれいとはいえないものの、静かで落ち着ける、まさに「保養地」といった感じです。

 王室の保養地だけあって安くはありませんが、ビーチの前に建てられたホテルは人気があり国内外から大勢の観光客がやってきます。そんな人気のホテルのひとつが「インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート」。ホテル内のレストランで夜の海や砂浜を眺めながらディナーを楽しむことができます。

 少し話しはそれますが、ここで私の個人的な経験を述べておきます。私は過去に一度だけホアヒンに行ったことがあります。タイでは計画どおりに事が運ばないことが多く、たしか2006年に1週間ほどタイに滞在していたとき、丸1日時間があきました。そこで、バンコクの宿をチェックアウトしてバスターミナルを目指し、一度訪れてみたかったホアヒン行きのバスに飛び乗ったのです。

 バスは3時間程度で到着し、まず宿を探しました。安いゲストハウスのようなところはあまりなく、また、せっかくホアヒンという土地に来ているのだから少しくらい贅沢しようと考え、ホテルの予算を1,500バーツ(約4,500円)まであげました。たしか「インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート」も見に行った記憶があるのですが予算オーバーで断念。サムロー(三輪タクシー、トゥクトゥクの自転車版)の運転手に相談すると、いいところがあると言われ少し離れたホテルに連れて行かれました。

 そのホテルは市街地からは少し遠いのですが、ほとんど誰もいないビーチの前にあり、なかなかきれいなところで価格も予算内。ここに決まりです。

 その日の私の時間は夢のような世界でした。夕方は静かなビーチでのんびり過ごし、夜には街の方に行ってみました。すると、たまたま地元のお祭りの最中で、バンコクやチェンマイとは異なる賑わいを体験できました。夜店のひとつに軍が運営している射撃場があり、夜店でありながらなんと本物の拳銃を撃たせてくれるのです。しかも50バーツ(約150円)という安さ。バンコクでも射撃場はありますが価格は1万円以上と聞きます。射撃と買い物と食事を楽しみ、その後は部屋から夜の海の眺めを満喫しました。翌朝、早起きし静かなビーチに行くと貝を捕っているお婆さんがひとりだけ。そのお婆さんに笑顔で話しかけられ、言葉はよく聞き取れなかったのですが、ひとつの貝殻をもらいました。その貝殻のおかげでその後の人生が好転・・・、といったうまい話はありませんでしたが、その後私はしばらくその貝殻をかばんに入れていました。

 話を戻しましょう。

 2016年3月5日の夜、インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート内のレストランで食事をしていたタイ人女性はビーチの異様な光景を目にしました。砂浜で全裸になった約30人の男性が円陣をくみ大声を出しています。このような非常識な行動をとるのは中国人に違いないと考えたそのタイ人は写真を撮り「中国人の醜態」としてツイッターに投稿しました(注1)。2日で1万回以上リツイートされたこの写真はタイ全土で大きな問題となり、ただでさえ評判のよくない中国人の信用を地に落としました。

 しかし、彼らは中国人ではなく日本人であったことが判明しました。このため件のタイ人女性は中国人への謝罪文を投稿したそうです。写真をみると、裸の若い男性達が肩を組んでいます。3月という季節を考えると大学生の卒業旅行かと思いきや、なんと社員旅行とのこと。まともな会社なら、30人のうち誰かひとりくらい、「これは非常識じゃないのか」という疑問を持ってもよさそうなものですが、これが日本人の実態なのです。

 外国にきて、しかも王室の保養地で全裸で騒ぐ・・・。これがどれだけ失礼なことか。もしも伊勢神宮の境内で外国人が同じことをすれば我々日本人はどう感じるでしょう。それと同じ罪をこの日本人達は犯したわけです。

 私はいわゆる「左翼思想」を持っているわけではありませんし「自虐史観」もありません。しかし、日本人の海外での振る舞いに辟易とさせられることは少なくなく、年々増えているような気がします。10年くらい前までは、タイの、特に地方に行けば「コボリ、コボリ」と呼ばれ(注2)、日本人というだけで無条件の歓迎を受けることもありましたが、最近はそのような話もほとんど聞きません。それどころか、私自身がタイにいる日本人に嫌悪感を持つことも増えています。下記はすべて私自身が見た例です。

・バンコクのある銀行。Tシャツ、短パン、ビーチサンダルでガムを咬みながら二人の日本人中年男性が入ってきて(ビジネス街のため他の客はすべてスーツ姿)、大声でタイ人の悪口を言い、受付の女性に横柄な態度。パスポート提示を求められると投げるように渡した。

・BTS(モノレール)内。30代の日本人男性3人が「昨日のオンナは2千バーツで最高・・・」など明らかな買春自慢。こういう人たちは、周囲に日本人もしくは日本語のわかる外国人がいるとは考えないのか。

・チェンマイのある食堂。日本人のおそらくロングステイヤーと思われる高齢男性二人が大声でののしり合う。周りのタイ人から奇異な目で見られていてもおかまいなし・・・。その男性達がそれぞれ連れている自分の孫ほどの年齢の若い女性も完全にひいているのに気づかないのか。ちなみに女性と高齢男性のカップルは双方ともコミュニケーションがほとんど成立していない。男性たちは日本語しかできず明らかにカネのみの関係(注3)。

・バンコク、スクンビット通りのある交差点。日本人の泥酔した集団が万歳三唱と一本締め。これ、外国人からはかなりの顰蹙なのにそれに気づかないのか。

 これ以外にもタイではいろいろとありますし、タイ以外の国でも恥ずかしいと感じることがあります。つまらない正論は言いたくありませんが、海外に行けば「その国に滞在させてもらっている」という謙虚な気持ちを持つことが必要です。これは、もしも日本にやって来た外国人が、母国の慣習や文化を押しつけようとすれば我々がどのような気持ちになるかを考えれば分かることです。

 日本人であるというだけで海外で歓迎されればこれはとてもありがたいことです。タイではその信用が失われつつあります。東日本大震災のとき、そして今回の熊本の地震のときも、多くの外国人は日本を応援してくれていますし、争いもなく協力して助け合っている我々の姿に対し賞賛と感動の眼差しを送ってくれています。その眼差しを裏切らないためにも我々は海外での自分たちの行動を反省すべきではないでしょうか。

注1(2021年7月3日修正):日本人が集団逮捕されブラックリストに掲載されたという新聞記事(タイ語)があり、ツイッターに投稿された写真も載せられていました。また、英語での報道記事もありましたが、現在はいずれもURLが削除されています。

注2:最も有名な日本人として今も「コボリ」を挙げるタイ人は少なくありません。タイでは何度も映画化されている『クー・カム』(日本語は『メナムの残照』)という小説の主人公の日本人男性が「コボリ」だからです。

注3:北タイの恥ずべきロングステイヤーについて、過去にコラムを書いたことがあります。下記も参照ください。

GINAと共に第75回(2012年9月)「恥ずべき北タイのロングステイヤー達」

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2016年5月6日 金曜日

2016年5月6日 怒りやすいのは寄生虫が原因の可能性

 些細なことですぐに怒り出す人はどこの社会にもいますから、文化の違いはあるにせよ、「そういった人もいての世の中」と考える必要があります。ただし、怒りの程度が一線を越えてしまえば「病気」と認識すべきです。

 ちょっとしたことで突然声を荒げ、暴力的行為を働き、実際に他人に損傷を負わせる、あるいは他人のモノを壊す、となれば、それが10分程度で治まったとしてもやはり「病気」であり治療の対象となります。(必ずしも治療は上手くいきませんが)

 すぐに怒り出す(すぐにキレる)というエピソードは、いくつかの精神疾患、例えば、パーソナリティ障害(特に、反社会性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害)、統合失調症、躁病、ADHD(注意欠陥多動性障害)などでも起こりえます。しかし、これら疾患では説明がつかない、より重症の「すぐに怒る病気」があり、「間欠性爆発性障害(以下IED)」と呼ばれています。

 IEDはこれまで、脳の疾患であるとする説が有力で、実際に脳MRIを撮影すると異状が認められるとする報告もあります(注1)。今回新たに報告されたものは従来の説を根底から覆すもので、その原因は感染症とされています。

 医学誌『The Journal of Clinical Psychiatry』2016年3月23日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によれば、IEDの原因はトキソプラズマという原虫です。

 研究の対象者は成人358人。IEDの診断がついているグループ、IED以外の精神疾患を持つグループ、精神疾患のないグループの3つのグループに分け、トキソプラズマ抗体(IgG抗体)が調べられています。抗体陽性率は、IEDグループで22%、他の精神疾患グループで16%、精神疾患のないグループで9%だったそうです。また、トキソプラズマ抗体の陽性者と陰性者を比べると、陽性者の「怒り・攻撃性のスコア」は有意に高かったそうです。

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 トキソプラズマといえばAIDS患者に発症するものと一般には思われており、実際免疫能が低下した場合に感染し発症します。ネコの糞から感染するのが一般的な感染ルートです。症状としては、発熱、リンパ節腫脹、肝機能異常などが主で、重症化すると、筋炎、肺炎、網脈絡膜炎(目の炎症)、さらに重症化すると全身の多臓器不全をおこします。また、妊娠中に初感染すれば(HIV感染に関係なく)、胎盤を介して胎児に感染することがあります。すると胎内死亡、流産・早・死産が生じやすくなり、出生すると、脳内石灰化、水頭症(小頭症)、網脈絡膜炎、精神・運動発達遅滞などをきたします。妊娠するとネコに注意、と言われるのはトキソプラズマの初感染を防ぐためです。(すでに感染したことのある人は気にする必要はありません)

 さて、この研究はトキソプラズマでIEDのすべての説明がつくわけではありません。それに、先にも述べたように、怒りというのは誰にでも起こりうる反応ですから、怒りっぽい性格の人全員が検査をする必要はもちろんありません。ただ、以前と性格が変わってしまい、些細なことで周囲を驚かせるくらいに怒ってしまうという人はかかりつけ医に相談してもいいかもしれません。

注1:この論文は医学誌『Biological Psychiatry』2016年1月号(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「Frontolimbic Morphometric Abnormalities in Intermittent Explosive Disorder and Aggression」。下記URLで概要を読むことができます。

http://www.biologicalpsychiatrycnni.org/article/S2451-9022%2815%2900007-5/abstract

注2:この論文のタイトルは「Toxoplasma gondii Infection: Relationship With Aggression in Psychiatric Subjects」で、下記URLで全文を読むことができます。(全文が読めるのは一定期間内となる可能性もあります)

http://www.psychiatrist.com/JCP/article/Pages/2016/v77n03/v77n0313.aspx

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