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2016年8月12日 金曜日

2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

 この「医療ニュース」では取り上げませんでしたが、2015年10月にWHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)が、ハムやソーセージなど加工肉の発癌性を発表し(注1)世界中で物議を醸しました。しかも、IARCは加工肉を発がん分類の「グループ1」に分類したのです。グループ1というのは、「ヒトに対する発癌性が認められる(carcinogenic)」とされているもので、喫煙やアスベスト、(日焼けマシーンの)紫外線など、誰からみても明らかなものばかりがカテゴリーされています。

 IARCのこの発表を受け、世界中の食肉メーカーが抗議をし、世界中のマスコミがこれを報道しました。日本でも多くの新聞・雑誌がこの話題を取り上げ、識者のコメントを載せました。「食べ過ぎるのは良くないが、日ごろ日本人が食べている量くらいであれば心配ない」とするものがほとんどであり、いつのまにかこの話題を聞かなくなりました。しかし、加工肉がリスクであることには変わりなく、例えば、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」ことを発表し、その習慣のひとつに「加工肉を避ける」を挙げています。

 発ガンリスクのある食品、化学品、薬品などは多数あり、これらを最も科学的に分類しているのがIARC(注2)と言っていいと思います。そのIARCが「グループ3」(発癌性を否定できない)に含めているのが「コーヒー」です。

 しかし、この見解が変わりました。IARCは、依然コーヒーをグループ3のリストに入れてはいますが、2016年6月15日、「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表(注3)したのです。ただ、コーヒーを含む「とても熱い飲み物(very hot beverages)」は食道がんの可能性があるとして注意喚起をしています。

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 コーヒーががんのリスクになるどころか、その逆にいくつかのがんのリスクを減らし、生活習慣病の予防になることは、このサイトで何度も伝えてきました。しかし、これまではIARCが発がん性の可能性を指摘しており、これを懸念する声は上がっていました。

 もはやIARCがコーヒーの安全性のお墨付を与えたわけですから、今後コーヒーは「健康食」と言われるようになるかもしれません。

注1:IARCのこの発表は下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf

注2:下記を参照ください。

http://monographs.iarc.fr/

注3:下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2016/pdfs/pr244_E.pdf

参考:
医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2016年3月8日「コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下」
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月11日 木曜日

2016年8月 医学部の同窓会で驚いたことと気づいたこと

 先日、医学部卒業後初めての同窓会が開催されました。私は研修医を終えてから、複数の医療機関でさらなる研修を受け、タイのエイズ施設でボランティアをおこない、その後大学に籍を置いてからもいろんなところで勤務をし、かなり慌ただしく過ごしたために、結果としてほとんどの同級生とは卒業以来一度も顔を合わせていませんでした。もっとも、同窓会の開催が卒後初めてのことであり、私と同じように、同期と会うのは久しぶり、という同窓生も少なくはありませんでした。

 さて、その同窓会に出席して、私がとても驚いたことがあります。それは、「ほとんどの同級生がまったく変わっていない」ということです。これは「三つ子の魂百まで」という意味ではありません。もちろん、性格自体も変わっていないことは少し話せば分かるのですが、これは想像できたことです。私が驚いたのは、「外見」つまり「見た目」が変わっていない、ということです。

 私が医学部に入学したのは27歳時。現役で入学した人たちとは9歳離れていることになります。そんな彼(女)らも、今や一番若い人たちでも現在40歳直前です。さすがにこれだけ月日がたてば外見の変化は避けられないはずです。

 しかし、若い・・・のです。しかもほとんど例外なく。私は高校の同窓生にもときどき会いますし、大学(関西学院大学)時代の友達とも顔を合わせますが、何割かの男女は、若い頃の面影がまったく感じられないほど”激変”しています。ですから久しぶりに合うと、その変貌の大きさから、一瞥しただけでは同一人物だと認識できないことすらあります。

 私はその医学部の同窓会で、「みんなが変わっていないので驚いた」と何度も口にしたのですが、あまりこの話題にのってくれる人はいませんでした。おそらく、彼(女)らからすると、40歳前後に年をとったくらいでそんなに変わるわけないでしょ、という気持ちがあったのだと思います。つまり、彼(女)らからすれば、外見が大きく変貌した友達が周囲にいないことが予想されるというわけです。

 ところで、「若さ」は何で決まるのでしょうか。ひとつは「中年太り」という言葉があるように年と共に体重が増える人がいます。私が日々診ている患者さんのなかにも多く、20歳の頃から比べると10kg以上太ったという人もざらにいます。しかし、同窓会に来ていた医学部の同級生のなかで肥満はゼロでした。特に、女性は出産していても(なかにはすでに3人の子供のお母さんになっている人もいました)体重増加とは縁がないようで、大学生の頃と見た目がほとんど変わっていないのです。

 医学部の同級生は喫煙者もゼロです。私が高校や大学(関西学院大学)のときの友達と集まればだいたい3分の1くらいは今もタバコを吸っていますからこの違いは歴然です。医学部の同窓生もお酒は大半の人が飲みますが、見境なく飲むような人はいません。

 もうひとつ、私が同窓会で感じて、それが「若さ」の秘訣になっているのではないかと感じたことがあります。それは「明るくて真面目」ということです。仕事で辛いことがまったくない人などおらず、それなりのグチのような言葉は多少出ますが、それでも真面目に明るく向き合っているのです。仕事や上司のグチを延々と吐き続け、意識がなくなるほど泥酔する人を私は会社員時代に何度か見ましたが、医学部の同級生の間ではそういう人は皆無なのです。

 とても充実した同窓会に参加した私は後日、数か月前に読んだある新聞記事を思い出しました。それは「真面目な人ほど年収が高い」ということを示した研究です。さっそく調べてみると興味深いことがわかりました。

「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査2015」というタイトルの東京大学の研究(注1)で2016年4月25日に結果が公表されています。研究の対象者は29~49歳の5千人近くの男女です。アンケートで、①勤勉性、②まじめさ、③忍耐力を評価し、これらが年収と関係があるかどうかが調べられています。結果、①勤勉性が最も高いグループは最も低いグループに比べ65万円年収が高く、同様に、②まじめさ、③忍耐力ではそれぞれ73万円、75万円の差が認められたのです。

 ただし、私が言いたいのは、「医師は真面目だから年収が高い」、ということではありません。同窓会に参加して感じたのは、「真面目だから見た目が若い」ということです。これを主張するためには、別の研究結果を参照する必要があります。

 2010年に実施された「国民健康・栄養調査」では、年収と、体型、食生活、運動、喫煙などとの関係が示されています(注2)。この調査の結論を一言でいえば、「年収が高いほど健康的」となります。例えば、年収(世帯所得)が600万円以上の女性で肥満者は13.2%なのに対し、200万円未満の女性では25.6%と大きく上昇します。また、600万円以上の男性の野菜摂取量が293グラムなのに対し、200万円未満の男性では256グラムしかありません(注3)。

 厚労省が実施する「国民健康・栄養調査」の結果をみて、「年収が高くなければ健康になれないのか・・・。健康格差は年収で決まるのか・・。貧乏人は長生きできないってことなんだな・・・」と感じる人が多いでしょう。さらに、「昔に比べて所得格差が広がっているのは政府が悪いからで、政府のせいで低所得者の健康が危機にさらされている・・・」と思う人がいるかもしれません。

 私の考えは違います。「年収が高いから健康」なのではなく、「真面目だから規則正しい生活ができて健康を維持できる。そして真面目であれば高収入が期待できる。つまり真面目さが健康と高収入の双方につながり、そして身体のみならず精神的にも社会的にも安定が得られることで見た目が若くなる」、というものです。

 ここでもう一度医学部の同級生の話に戻ります。以前拙書にも書いたことがありますが、医学部の学生の大半は天才ではありません。そうではなくコツコツと真面目に努力を重ねるタイプです。大学の授業でも役立つことがあるから、と言って、高校時代の物理や数学のノートを持参する同級生に驚かされたことがあります。私は高校時代のノートなどもはやどこにもありません。というよりそもそもノートなど作った記憶がありません。しかし、医学部に入学してからは私も彼らに見習ってノートをきちんととるようにし、それは今も大切にとってあります。そうなのです。私は随分と年下の彼(女)たちの勉強に対する姿勢に影響を受け、私自身が真面目(と自分で言うのはこっぱずかしいですが・・・)になることができたのです。

 医学部に現役で合格する男女というのは、中学時代から、あるいはもっと前からコツコツと真面目に勉強しています。私が高校一年生の4月、たった3日で挫折してやめてしまった数学の「4ステップ」(教科書傍用問題集)も彼(女)らは、毎日続けていたのでしょう。彼(女)らは、少々のスランプが訪れたとしてもそれを乗り越える勤勉さと忍耐力を持っているのです。そしてその勤勉さや忍耐力が過酷な研修医生活を乗り越え、その後の激務もこなし、同時に家庭でも成功しているのです。

 私には元々真面目さ、勤勉さ、忍耐力のどれもが欠落しており、ただ「学問を学びたい」という”勢い”だけで医学部に入学しました。その後も「学びたい」という気持ちがさほどぶれなかったからこそその後の勉強ができたんだ、と思い込んでいましたが、今思えば、もしも彼(女)らに出会っていなければ、そのうち私の悪いクセがでて、勉強を放棄したかもしれません。

 真面目さ、勤勉さ、忍耐力は、ずいぶんと年下の同級生たちから学ばせてもらったのだ・・・。これが、私が同窓会に参加して彼(女)らの見た目の若さから気づいたことです。

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注1:この研究の詳細は下記URLを参照ください。

http://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/PR/15PressRelease.pdf

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2012年2月6日「年収低いほど肥満、野菜不足、運動不足」

注3:詳しくは下記を参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000020qbb-att/2r98520000021c30.pdf

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月5日 金曜日

2016年8月5日 フィリピンから帰国した日本人女性がデング熱で死亡

 2016年7月21日、日本人女性がフィリピンから帰国しデング熱の重症型「デング出血熱」で死亡したことを、7月22日、厚生労働省が公表しました。

 厚労省の発表によれば、この女性は新潟県在住の30代で、6月29日から7月15日までフィリピンに滞在していました。(フィリピンのどこに滞在していたかは報道からは不明) 滞在中から頭痛や発熱を自覚し、帰国直後の16日に新潟市内の医療機関を受診、直ちに入院となりましたが出血などの症状が進行しており5日後に死亡が確認されています。デング出血熱で日本人が日本で死亡した事例は2005年以来ということになります。

 今年は蚊が媒介する感染症としてはジカ熱(ジカウイルス)が最も注目されていますが、世界全体でみればデング熱の方がはるかに重要です。デング熱は世界中の熱帯または亜熱帯で幅広くみられ、厚労省検疫所(FORTH)の発表(注1)によれば、デング熱ウイルス感染者は年間3億9千万人、そのうち9,600万人が臨床症状を発現しているとされています。(9,600万人以外の人は感染したけれども無症状だった、という意味です)入院が必要な重症のデング熱患者(デング出血熱も含めて)は、年間50万人と推測されており、そのうち約2.5%が死亡しています。

 デング熱ウイルスは蚊に刺されなければ感染しないわけですから、蚊対策が何よりも重要です。ウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカは日中に活動しますし、街中にもいます。ですから、感染の可能性のある地域に渡航するときは、半袖や半ズボンなどを着用するならDEETなどを用いなければなりません。私がこれまで見聞きした例でいえば、ビーチやプールサイドで蚊に刺されて発症というケースが目立ちます。日焼け止めはきちんと使用しているのに、虫よけ対策がおざなりになっているのです。

 死亡した新潟県の女性がどこまで蚊対策をしていたのかは不明ですが、おそらくワクチン接種はしていなかったでしょう。皮肉なことに、この女性が蚊に刺されたフィリピンでは、今年(2016年)4月から、小学生に無料ワクチン接種がおこなわれています。

 CNNの報道(注2)によれば、デング熱の重症例10人中9人まではこのワクチンで助かるそうです。フィリピン国立医大(注3)によれば、ワクチンにより、これから5年で24%の感染を防げるそうです。フィリピンでは、デング熱の患者が急増しており、2014年には12万人だったのが2015年には20万人に増えています。

 もっとも、ワクチンで感染が完全に防げるわけではないことはワクチンの製造会社であるサノフィパスツール社も認めています。また、副作用を懸念しワクチンに反対する声はフィリピンの医療者からも出ているようです(注4)。

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 今のところ、このワクチンが日本で接種できる予定はありません。どうしても接種したいという人はフィリピン、メキシコ、ブラジルなど、このワクチンが認可されている国の医療機関で相談してもいいかもしれません。しかし、このワクチンは3回接種が基本で、2回目は半年後、3回目はさらに半年たってから打たねばなりません。それを考えると蚊対策を徹底する方が現実的と言えるでしょう。どのみち、チクングニアやジカウイルスも同時に予防しなければならないのですから。

注1:下記を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04181444.html

注2:CNNのこの報道は2016年4月4日におこなわれました。下記URLを参照ください。

http://cnnphilippines.com/news/2016/04/04/doh-starts-dengue-vaccination-program.html

注3:この日本語訳は自信がありません。原文は「University of the Philippines National Institutes of Health」です。

注4:フィリピンが無料接種を開始した時点はWHOはまだ見解をだしておらず慎重な立場でしたが、2016年7月に「流行地域ではワクチンを検討すべき」という声明(注5)を発表しています。

注5:このWHOの発表は下記URLを参照ください。

http://www.who.int/immunization/research/development/dengue_vaccines/en/

参考:
医療ニュース2016年1月8日「デング熱ワクチン、ついに実用化へ」
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について→
3) その他蚊対策など

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2016年7月29日 金曜日

2016年7月29日 シフト勤務は心臓疾患のリスク

 24時間稼働の工場、警備員、コンビニなど、シフト制で夜間にも勤務しなければならない職種というのは少なくありません。医療職も同様で、病院勤務であれば、医師、看護師、介護士などは夜勤勤務があります。

 過去にも何度かお伝えしたように、夜勤をおこなうと肥満になりやすく、中性脂肪や血糖値が上がりやすく、HDL(善玉コレステロール)が下がりやすいという研究があります(下記医療ニュース参照)。このサイトで繰り返し述べているように「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」が健康の秘訣です。

 シフト勤務が心臓疾患のリスクになるとした論文が発表されましたので、今回はそれを紹介したいと思います。

 医学誌『Hypertension』2016年6月6日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、睡眠不足があり、かつ就寝時間が不規則になれば、夜間にも心拍数が上昇し、尿中ノルエピネフリン濃度が上昇するようです。ノルエピネフリンが上昇すれば血管が収縮し血圧上昇が起こります。このような状態が継続すれば、心筋梗塞や心不全など心臓疾患のリスクが上昇することになります。

 研究の対象者は20~39歳の健康な26人です。8日間睡眠時間を5時間に制限し、さらにグループを2つに分け、一方は同じ時間に寝て同じ時間に起きるようにし、もう一方は8日間のうち4日間は就寝時刻を8.5時間遅らせています。

 その結果、どちらのグループも5時間という短い睡眠時間の結果、日中の心拍数は上昇していましたが、就寝時刻を遅らせたグループでは夜間の心拍数が顕著に上昇したようです。また、このグループでは尿中ノルエピネフリン濃度も上昇していました。

 論文の著者は「概日リズム(circadian rhythm)」という言葉をキーワードにしています。概日リズムとはわかりやすいことばでいえば「体内時計」で、これが乱れると様々な不調が生じることがわかっています。「同じ時間に寝て同じ時間に起きる」ことは、概日リズムを一定にするために重要ということです。

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 私が研修医の頃、「僕は少々寝なくても平気ですから頑張ります」と指導医の先生に言うと、「そう言ってられるのも今のうちだけ。40歳前後になれば分かるよ」と言われました。体力(だけ)には自信があった私は、自分だけはいくつになっても夜間の救急外来でもこなせる、と根拠なく思っていたのですが、やはり先輩医師の言うとおり30代後半になると身体がついていかなくなりました。太融寺町谷口医院をオープンした頃は、夜間の救急診療所でも月に数回勤務できていたのですが、そのうち翌日の診療にこたえるようになりました・・・。

 最近、患者さんにシフト勤務の弊害を話すことが多くなっています。しかし、そんなこと理屈ではわかっても、すぐに職場の勤務形態を変更したり、転職したりするわけにはいきません。

 ということは、若い頃から人生計画をたてて、例えば「夜勤は35歳までにする」ということを初めから決めるのがいいかもしれません。しかし、事はそう簡単には運ばないでしょうから、私としては社会全体で「35歳以上の夜勤を制限する」という流れができればいいのではないかと思います。働き手が少なくなると困りますから、一方で「35歳までは夜勤を積極的にしましょう」という啓発をするのです。これは非現実的でしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Adverse Impact of Sleep Restriction and Circadian Misalignment on Autonomic Function in Healthy Young Adults」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://hyper.ahajournals.org/content/68/1/243.abstract?sid=72840f8d-9d04-4834-a52d-211033f33153

参考:
メディカルエッセイ第128回(2013年8月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
医療ニュース
2015年12月22日「「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに」
2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
2016年1月28日「夜勤あけは交通事故を起こしやすい」

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2016年7月22日 金曜日

第155回(2016年7月) 黄熱~世界一恐ろしい生物と予期せぬアウトブレイク~

 今年(2016年)最も注目されている感染症のひとつがジカウイルス(ジカ熱)です。2015年後半からブラジルを中心に流行が始まり、妊婦さんが感染すると小頭症の赤ちゃんが生まれてくることや、生涯にわたり神経症状に苦しめられることもあるギランバレー症候群のリスクが知られるようになりました。さらにその後、性感染がけっこうな頻度で生じることがわかり、厚生労働省も、流行地域から帰国後、症状の有無にかかわらず最低8週間は性感染のリスクがあると発表しています。

 オリンピックが間もなく開催されようとしているブラジルでジカウイルスが流行しているのはなんとも皮肉な話です。ジカウイルスは蚊に刺されることによって感染します。以前取り上げたように蚊とは「世界一恐ろしい生物」なのです(注1)。

 世界一恐ろしい生物である蚊は「単独」でヒトを殺せるわけではありません。口から他の病原体をヒトに「注入」し、体内に侵入した別の病原体がヒトを殺すわけです。この病原体で最も多くのヒトを殺しているのがマラリアです。マラリアは世界三大感染症のひとつです。(他のふたつは結核とHIVです)
 
 蚊が媒介するヒトを殺す感染症でマラリアの次に多いのはおそらく黄熱です。マラリアも含めて蚊が媒介する感染症というのは、アジア、アフリカ、南米などに多く、こういった地域の多くは公衆衛生学がそれほど発達しておらず、そのため正確な感染者数や死亡者数を知ることは困難です。それでもいくつかの発表をみてみると、死亡者最多はマラリアの50万人以上でこれはダントツの1位です。次いで多いのが黄熱で、WHOの発表では29,000~60,000人(注2)。日本脳炎(注3)とデング熱(注4)は共に2万数千人程度、チクングニア熱とウエストナイル熱が共に数百人程度、リフトバレー熱はほぼゼロ、小頭症やギランバレー症候群は恐怖ですがジカウイルスも死亡者についてはほぼゼロです。フィラリアという生涯に渡り苦しめられる感染症があり、これは蚊が媒介する感染症ではとてもやっかいなものですがフィラリア自体で死亡することはあまりありません。

 つまり、マラリアを除けば、蚊で死ぬかもしれない感染症では「黄熱」が最も多いということになります。マラリア対策にはWHOを始め多くの団体が支援を打ち出していることが知られていますが、実は黄熱への対策も今世紀に入ってから積極的におこなわれています。

「黄熱イニシアチブ(Yellow Fever Initiative)」と命名されたWHOのプロジェクトが2006年に立ち上がりました。これは、黄熱が最も問題となっている西アフリカのいくつかの国で合計1億人以上にワクチン接種をおこなうという計画です。黄熱には治療薬がありません。また蚊(ネッタイシマカ)を全滅させることは事実上不可能です。であるならば、大きく感染者を減らすにはワクチンが最適ということになります。実際、このプロジェクトが功を奏し、WHOの発表によれば2015年の西アフリカでの黄熱のアウトブレイクは「ゼロ」となったのです。「黄熱イニシアチブ」は成功した。この調子なら黄熱は完全に撲滅することも不可能ではない・・。おそらく多くの人はそう思ったのではないでしょうか。

 ところが、WHOがアウトブレイク「ゼロ」と発表した数か月後、事態は誰もが予期しなかった方向に向かいます。2015年12月頃からアフリカ南西部のアンゴラで黄熱感染者の報告が少しずつ増えだし、2016年3月までに335人が感染、うち159人が死亡したのです。これを受けて、WHOが正式に「アウトブレイク」を表明しました(注5)。アンゴラでの黄熱のアウトブレイクは1988年以来、28年ぶりです(注6)。1988年には感染者が37人、死亡者が14人でしたから、2016年の規模は10倍以上ということになります。

 アンゴラのアウトブレイクはさらに広がることになります。中国人の感染者が相次いで報告されたのです。2016年3月には6人、4月には4人のアンゴラから帰国した中国人が黄熱を発症しました。

 ここで黄熱とはどのような感染症なのかをまとめておきましょう。媒介する蚊はネッタイシマカで、アジア、アフリカ、中南米に多く生息しています。日本にも沖縄にはネッタイシマカがいますが、少なくとも記録が残っている太平洋戦争後では国内での黄熱発症者はいません。感染するのはアフリカと中南米だけで、アジアでは感染しないとされています。

 感染すると3-6日の潜伏期間を経た後、発熱、筋肉痛、頭痛、嘔吐などの症状が出現します。しかし、多くの人はまったく症状がでず感染に気付かずに治癒します。症状は3-4日程度で消失しますが、なかには第二期に入る場合もあります。第二期に入れば再び高熱が生じ、肝臓や腎臓が障害を受けます。肝臓が急激にやられるために黄疸が出現し、このため身体は黄色くなります。これがこの病気の名前「黄熱」の由来です。尿は黒くなり、腹痛・嘔吐に苦しみます。出血が口、鼻、目、胃などから生じ、ここまでくれば半数の人は7-10日後に死に至ります(注7)。

 いったん発症すると黄熱ウイルスに効く薬はありませんから、解熱鎮痛剤程度くらいしか使える薬はありません。しかし、黄熱には優れたワクチンがあり、WHOによればワクチン接種者の99%が30日以内に効果がでます(注8)。しかも比較的安全で安いワクチンですから、世界中でワクチンを一斉にうつことができれば黄熱はほぼ消失する可能性があります。

 ただし、アフリカや中南米に渡航しない人には必要ありませんし、アフリカ・中南米のすべての国と地域が高リスクとはいえないですし、そもそも安価とはいえ、ワクチンには限りがあります。そこでWHOは「黄熱イニシアチブ」でアウトブレイクを繰り返している西アフリカをターゲットにしたのです。しかし、西アフリカでは成功したものの、アンゴラで28年ぶりの予期せぬアウトブレイクが起こってしまったというわけです。

 黄熱ウイルスはヒト→ヒトへの感染はありませんが、ヒト→蚊→ヒトであれば感染します。ですから、黄熱が発生する国としては、黄熱ウイルスを持っているかもしれない外国人の入国を拒否したくなります。それで、いくつかの国では黄熱ワクチンを接種したことを証明するカード(これを「イエローカード」と呼びます)を持参することを義務づけています。

 ここで注意しなければならないのは、出国した国によって求められる場合があるということです。例えば、日本からロンドンやシンガポールを経由して南アフリカ共和国に入国する場合はイエローカードを求められません。しかし、ブラジルに滞在した後で同国に入る場合は求められるのです。そして、このような国はたくさんあります。つまり、無条件でイエローカードを求められる国と、どこの国から入国するかによって求められる国があるということです。しかも、このルールは頻繁に変わるために、アフリカ・中南米に渡航する人は最新の情報に注意しなければなりません(注9)。

 しかし、黄熱ワクチンは一度接種すれば生涯有効で、イエローカードは一度発行されれば生涯使えます。実は、つい最近まで、イエローカードの有効期間は10年間とされていたのですが、2016年7月11日から、これまでに発行されたものも含めて、生涯有効とされました。ですから、今は予定がなくても、将来中南米やアフリカに渡航することを考えている人はワクチン接種を検討するのがいいでしょう。(ただし、黄熱ワクチンを接種できる機関は限られています(注10))

 日本で流行する可能性は極めて低いと思われますが、中国でもそのように言われていたわけですから、やはり流行国を渡航する場合には注意が必要でしょう。

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注1:下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第149回(2015年6月)「世界で最も恐ろしい生物とは?」

注2:WHOの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/

注3:厚生労働省検疫所の該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/03181434.html

注4:エーザイの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://atm.eisai.co.jp/ntd/dengue.html

注5:アンゴラでのアウトブレイクについてはWHOの報道(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/features/2016/yellow-fever-angola/en/

注6:WHOの該当ページ(下記URL)を参照ください。

http://www.who.int/emergencies/yellow-fever/mediacentre/qa/en/

注7:このあたりの記述はWHOの該当ページに基づいています。

http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs100/en/

厚生労働省の黄熱のパージは下記URLを参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000124615.html

注8:黄熱ワクチンを開発したのは、南アフリカ出身で米国の微生物学者マックス・タイラー(Max Theiler)で、1951年のノーベル医学生理学賞を受賞しています。ちなみに、野口英世はいち早く黄熱の対策に取り組んでいて、病原体を発見したと発表しましたが、後に誤りであることが分かりました。野口英世の時代には光学顕微鏡では観察できないウイルスの存在がまだはっきりとわかっていなかったのです。野口英世は黄熱で他界しています。

注9:いろんなサイトで、いろんな情報が公開されていますが、まず間違いなく確実にアップデイトされており最も正確なのはWHOの下記ページだと思われます。ただし、実際に渡航されるときにはその国の領事館に確認するのがいいでしょう。

http://www.who.int/ith/2015-ith-county-list.pdf?ua=1

注10:厚労省検疫所の下記ページを参照ください。

http://www.forth.go.jp/useful/yellowfever.html#list

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2016年7月21日 木曜日

第162回(2016年7月) 医療批判記事からみえてくる医師の2つの過ち

 医療不信というのは古今東西どこにでもあり、それを煽る週刊誌の記事というのも「聞き飽きた」とう感じがしないでもないのですが、最近「週刊現代」がおこなった医療批判の特集は大きな波紋を読んでいるようです。
 
 腹腔鏡での手術全体を否定するような文章が物議をかもし、これがネット上で話題となりました。取材を受けた医師やNPOなどは、発言した内容と異なることを書かれたと、「週刊現代」に抗議をおこない、こういった一連の流れを他の週刊誌が報道しています。なかでも「週刊文春」2016年7月21日号は、「『週刊現代』医療記事はねつ造だ!」というタイトルで「週刊現代」の偏った記事を大きく批判しています。

 取材時に話した内容と異なる記事を書かれたという医師が必ず言うのは、「週刊誌に掲載された自分のコメントを信じて手術(服薬)を中止して、死期を早めたり、病状が悪化したりすれば誰が責任をとるんだ!」というものです。これは一見、まともな意見であり、このように言われると「そうだそうだ! 読者の興味を引くためにわざと極端な言い方をしたり奇をてらったような表現を使う週刊誌が悪い! 週刊誌はいくら売れるかという数字のことしか考えておらず、病気で困っている人たちのことは考えず、不安を煽っているだけだ!」と週刊誌(週刊現代)を糾弾したくなります。

 しかし、私はこういう意見を聞いたとき、「ちょっと待って! 医師には責任はないの?」と言いたくなります。というのは、もともとマスコミとはそういうものだからです。これは皮肉をこめて言っているわけではありません。マスコミは医学の教科書に書いてあることをそのまま記事にしても売り上げは上がらないわけで「従来とは異なる意表を突いた考えや奇をてらった意見」を紹介する方が売り上げにつながるのはしごく当然のことです。

 私は研修医の頃に、何度となく先輩医師から「マスコミの取材は安易に受けるべきでない。曲解して記事にされるのがオチだ」という話を聞いていました。ですから、私自身は電話取材は100%お断りしていますし、メールで質問されたときも、「発表するまでに必ず原稿を見せてほしい。その約束ができないなら初めから受けない」と答えています。ちなみに、マスコミの取材に答える医師というのはそう多くなく、どこのマスコミも協力してくれる医師を必死で探しています。病院やクリニックには当然そのような電話がたくさんかかってきますから、太融寺町谷口医院では、まずウェブサイトの該当ページを読むよう伝えています。このページを作成してから、依頼をしてくるマスコミは激減しました。こんなに面倒くさいならやめておこうと思うのでしょう。

 興味深いことに「必ず原稿を見せてほしい」というと、その段階で引き下がるマスコミが少なくありません。おそらく、「初めから結論ありき」の記事を書くつもりで、信頼性を高めるために医師の名前を引き合いに出したいだけなのでしょう。

 一方で、こちらの意図を理解してくれて、記事を発表する前にきちんと原稿を見せてくれるジャーナリストもいます。こういう人たちは、ほとんど例外なく勉強熱心で、我々からも学ぼうとしてくれています。読者の関心を引く内容にしなければならないことを考えつつも、最終的に読者を困惑させるのではなく読者に正しい知識を持ってもらうように努めようとしている姿勢が伺えます。

 ただ、私は週刊誌の取材に安易に答えた医師たちを非難したいだけではありません。忙しい中、マスコミの取材に答えたのは、「本当のことを世の中に伝えて患者さんを救いたい」という思いが強いからです。そういう意味で、取材に答えるのは「一直線で純粋な医師」という見方もできるでしょう。それに、緊急を要するような状況のなかでは、ジャーナリストと事前にじっくりと話をして、文章を何度も校正して・・・、という作業はおこなえません。例えば、震災や原発事故などがおこれば、詳細はともかく一刻も早く伝えなければならない情報もあるわけです。そういう場合は、求められれば医師は「自分の発言が曲解されないだろうか」と考える前に、医学的に正しい情報を供給すべきです。

 しかし、今回「週刊現代」がおこなった医療批判の特集は、そのような緊急性を要する内容ではありません。ですから私としては、取材に答えた医師たちに、なぜ、発売されるまでに、「自分の発言に関する箇所だけでも原稿のチェックをさせてほしい」と言わなかったのか、と言いたくなるのです。今回、自分の発言と異なる内容のコメントを載せられた医師たちは今後同じような取材を受けることはないでしょうが、(私が研修医の頃よく聞いたように)若い医師たちに「マスコミの狡猾さ」を伝えてほしいと思います。

 さて、私が今回の騒動で言いたいのは医師側の問題が少なくとも2つあるということです。ひとつは、今述べた、自分の発言が記事になるまでに内容に不備はないか確認しておくべきであったということ。もうひとつは、そもそもなぜこのような医療批判特集が好まれるのか、その原因が医師側にあるのではないか、ということです。

 医療批判特集がよく読まれて話題になる・・・。これはすなわち、裏を返せば、それだけ「読者の主治医が信頼されていない」ということに他なりません。「週刊誌がいい加減な記事を書いて勝手に薬をやめる患者がでてくればどうするのか」と言う医師は「自分自身が週刊誌よりも信頼されていない」とういことを堂々と認めているわけです。週刊誌を批判する前に、自分自身のふがいなさを嘆くべき、と言えば言い過ぎでしょうか。

 実は私も患者さんから「テレビでコレステロールはいくら高くても問題ないって聞いたから先生に処方してもらった薬やめてるんです」と言われたことがあります。つまりその患者さんの私に対する信頼度はテレビ番組以下ということです。これは嘆かわしいことではあるのですが、信頼度を取り戻して、なぜ今の状態でコレステロールの薬が必要かを一から説明し直すしかありません。

 私が医学部の学生時代、大学病院で実習を受けていた頃、ある先生から「自分は<近所のおばちゃん>や<MM>(ワイドショーのパーソナリティ)にはかなわないんや・・・」という話を聞いたことがあります。医師である自分の話は聞かないし、薬の飲み忘れも多い一方で、「<近所のおばちゃん>がええよって言うてたからグルコサミン始めたんですわ・・」、「MMさんがテレビで薬減らしたほうがええ言うてたから先生の薬やめましたわ」と平気で言う患者が多いと言います。「まあ、自分はその程度にしか思われてないということや」とその先生は自虐的に言っていましたが、おそらくほとんどの医師が同じような経験をしているはずです。

 しかしここで、「患者は分かっていない」などと考えれば何も解決しません。患者さんの多くは、週刊誌やテレビ、インターネットなどを駆使していろんな医療情報を探し求めています。もちろん、患者さんが知識を増やすことはいいことですし、それを次回の診察時に持ってきてくれて「こういう情報を聞いたんですけど実際はどうなのでしょう」と質問してくれれば、これは良好な医師患者関係です。しかし、いかがわしい医療情報をうのみにして、高価なサプリメントに手を出したり、医療機関通院をやめてしまったりすれば問題です。

 私が医師の経験が増えれば増えるほど感じていることのひとつがまさにこの点で、特に慢性疾患の場合は、教科書通りの処方や検査を「すること」ではなく、なぜその処方や検査が必要であるかを「理解してもらう」ことの方がはるかに重要なのです。そして患者さんに「理解してもらう」には、患者さんを「理解する」が先です。そうなのです。一般の人間関係と同じで「理解してから理解する」が医師患者関係の基本なのです。

 と言えば、聞こえがいいですが、私自身がすべての患者さんをどこまで理解できているかと問われれば、ほとんど自信がなく、「限られた診療時間」という言葉を言い訳にして中途半端な診察しかできていないというのが正直なところです・・・。

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2016年7月13日 水曜日

2016年7月13日 韓国全土に日本脳炎警報

 朝鮮日報日本語版(注1)によりますと、2016年7月11日、韓国保健福祉部は、韓国全土に「日本脳炎警報」を発令しました。

 報道によれば、韓国保健福祉部疾病管理本部(The Korea Centers for Disease Control and Prevention)の調査で、2016年7月7日に釜山で採取された蚊の64.2%がコガタアカイエカで500匹以上になるそうです。この結果を受けて「警報」が発令されたもようです。韓国の規定では、採取した蚊の半分以上かつ500匹以上がコガタアカイエカであった場合に「警報」が発令されるそうです。

 尚、韓国では昨年(2015年)に40人が日本脳炎を発症しており、これは2001年以降では最多となるそうです(注2)。

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 日本脳炎ウイルスは、豚の体内に生息しており、コガタアカイエカが豚を吸血したときにウイルスが蚊の体内に侵入し、次にヒトを刺したときにウイルスがヒトの体内に侵入することによって感染します。したがって、釜山でコガタアカイエカが大量に確保されたとしても、蚊の体内にウイルスがいなければリスクはありません。

 例えば、釜山の豚の血液から日本脳炎ウイルスそのものか抗体が検出される割合が高いのであれば、たしかにヒトが感染するリスクは高いと言えるのですが、朝鮮日報日本語版の報道では、そのあたりの記載がなくわかりません。(私はハングルが読めないので原文を理解できません)

 しかし、はっきりと「韓国全土で警報」と書かれていますから、韓国の当局がハイリスクと判断したのは間違いないでしょう。韓国渡航を考えている人はワクチン接種をした方がいいかもしれません。

 尚、これまでは私は韓国渡航者に対して「豚を飼っているような地方にいかない限りは日本脳炎のワクチンは不要」と伝えてきました。今回の調査が釜山でおこなわれたこと、当局は「全土」に警報を発令したことから考えると、渡航先に関係なくワクチンを接種した方がいいのかもしれません。

注1:下記URLを参照ください。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/07/12/2016071200668.html

注2:朝鮮日報には英語版もあり、この情報はなぜか英語版にはあり日本語版にはありません。

http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2016/07/12/2016071201405.html

参考:はやりの病気第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

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2016年7月11日 月曜日

2016年7月 その医学部受験、後悔しませんか?

 医学部の人気が上昇し、偏差値がかつてないほど上昇しているそうです。『週刊ダイヤモンド』2016年6月18日号の特集は「医学部&医者」で、医学部受験の実態を詳しく紹介していました。倍率が最も高い東海大学医学部ではなんと85.7倍。63人の枠に5,398人が押し寄せたそうです。

 しかし、そこまでして医師になりたいという人は本当にそんなに多いのでしょうか。私は医学部入学前に文系(社会学部)の大学を卒業しており、その後4年間の会社員生活をしていましたから、医師以外の友達や先輩と話す機会は今もあります。そういう友達たちに医師の生活の話をすると、ほとんどの人が「自分は医師にはなれない。いや、なりたくない」と言います。例を挙げましょう。

 以前私が勤務していた病院のある女性医師の話です。彼女には結婚まで考えているパートナーがいました。ところが医師になってから「すれ違い」が増え、医師の世界のことを理解してもらえないと言います。次のような感じです。

(22時頃、久しぶりのデート。レストランを出てこれからどうしようかと迷っているところに病院からの電話をとった女性医師。その後の展開は・・・)

女性医師:「緊急内視鏡の患者さんが来たから病院に戻らないといけなくなったの」

パートナー:「えっ、今から? この前もそれで一緒に行った映画の試写会、途中で抜けて出て行ったじゃないか。それに、こうやって突然呼び出されても手当がついたり代休がもらえたりするわけじゃないんだろ。そんなの労働法違反だよ」

女性医師:「労働法なんて言ってたら医師の仕事は務まらないの」

パートナー:「先週の日曜も学会発表だとか言って、東京に出張に行ってたよね。あれもお金がでないのか」

女性医師:「当たり前よ。そんなの出るわけないでしょ。医者とはそういう職業なの。うちの病院なんか交通費を出してくれるからまだましよ。交通費も宿泊費も自腹で、という病院も少なくないのよ。患者さんを待たせるわけにはいかないからもう行くね・・・」

 このパートナーの男性は、彼女を束縛しているわけでも無茶なことを言っているわけでもありません。やはり”おかしい”のは医師の方だと私も思います。しかし、これが現実なのです。タイムカードは病院によってあることもないこともありますが、医師の残業代というのは非常に曖昧で、収入が労働時間を反映しているわけではありません。ほとんどの医師は早朝から深夜まで働き尽くしで、休日も入院患者さんを診に行ったり、学会や研究会に参加したりします。1日中家にいるという休日はめったになく、あったとしても自宅で論文や教科書を読んでいる医師がほとんどでしょう。

 私は産業医の仕事もしていますから、過重労働がある労働者と面談をする機会があります。現行の労働安全衛生法では、月平均の過重労働(平日の残業時間+休日の労働時間)が80時間を超えるか、ひと月でも100時間を超えると、産業医との面談をおこなわなければなりません。そこで私は、「80時間を超えると心身ともに異常が出現する可能性が増え、仕事ができなくなって、最悪の場合は「過労死」も考えないといけなくなる」、といったことを話します。しかし、自分自身のことを振り返ってみると、月の過重労働は「労働時間」の解釈の仕方によっては軽く150時間(全労働時間でいえば310時間)を超えます。それが何年も続いているというか、医師になってからずっとこの調子です。現在は夜中に起こされることがないだけましです。

 ただ、これは「労働時間」を、教科書や論文を読む時間、患者さんの問い合わせにメールで回答したり、わからないことを他の医師に質問したりする時間も入れ、さらに、学会や研究会の参加時間も含めてのことです。論文を読んだり学会に参加したりするのは、「自分の勉強のため」であり「仕事ではない」という解釈をすれば、労働時間は大きく減少します。(それでも、診察時間とカルテやその他必要書類を書く時間だけを労働時間としたとしても過重労働は月100時間を超えますが・・・)

 では、なぜこんなにも医師の労働時間は長いのでしょうか。答えは自明であり、それは医師不足だからです。勤務医であれば、夜間の当直業務から逃れることはできません。絶え間なく救急車が入ってきて一睡もできないことだってあるのです。それで翌朝は通常通りの仕事が待っています。開業医であったとしても在宅や往診をおこなっている医師は24時間365日、患者さんからの電話に待機しなければなりません。現在の私は夜間の当直業務はしていませんし、夜中の電話はとらないようにしています。(クリニックを開始した初期は電話を取っていたのですが、緊急性のない電話があまりにも多く、現在は夜間は電話を取らないことにさせてもらっています) それでも労働時間は先に述べた通りです。

 ならば医師の数を大幅に増やせばいいではないか、となるわけで、私は昔からそう思っています。拙書でも述べたことがありますが、私は医師の数を現在の倍にして労働時間と収入を半分にすべきと考えています。医師の年収の調査はときどきおこなわれており、冒頭で紹介した『週刊ダイヤモンド』の記事によれば、職業別平均年収ランキングで医師は2位で1098.2万円もあるのです! ちなみに1位は航空機操縦士で1531.5万円、3位は弁護士の1095.4万円です。

 年収1千万円もいらないから、休みが欲しい、家族と過ごす時間を大切にしたい、と考えるのが”普通の”感性だと私は思いますが、現実は先に述べたような状況です。では、そんな非人間的な生活を強いられているなら、医師が一致団結して医師数を増やしてもらえるように厚労省に訴えればいいではないか、と考えたくなります。しかし、不思議なことに、医師数を増やしてほしいと考えている医師はなぜかそう多くないのです。

 医師不足問題にいち早く取り組み市民活動もされている本田宏医師の著書などによると、「医師は増やすべき」という本田氏の主張に反論する医師も多いそうです。もうひとつ例を挙げましょう。医師の総合医療情報サイト「m3.com」が2016年4月に全国81医学部の学長を対象としたアンケートを実施しています。そのアンケートの項目のひとつに「医学部の定員を増やすべきか、減らすべきか」というものがあります。結果は、「減らすべき」が64%、「現状維持」が36%で、「増やすべき」という回答は皆無だったのです。

 つまり、本田宏医師や私のように「医師を増やすべき」と考えている医師は少数派であり、多くの医師は医師増員に反対、つまり「現在の労働時間に不満はない」と考えているということになります。あるいは、「現在の収入を維持したいから長時間勤務は辛いけれど頑張り続ける」と考えているのかもしれません。たしかに、医師不足が続いている限り、医師は高収入を維持できます。私を例にとってみてみましょう。

 私がこれまでに最も年収が多かったのは、クリニックをオープンする前の年です。実はもう少し早くオープンさせる予定でいたのですが、予定していたビルに直前で入れなくなり計画が狂ってしまいました(注1)。そのため、クリニックのオープンは延期とし、当時立ち上げたばかりのNPO法人GINAの活動に力を入れ、2ヶ月に一度程度のペースでタイに渡航していました。そして、日本に滞在している間に複数の病院や診療所でアルバイトをすることにしたのです。どこの医療機関も医師不足ですから、医師のアルバイトというのは、単発のものでも週に一度のものでも簡単にみつけられますし、アルバイト代は「破格」です。救急車がひっきりなしに入ってくるような病院であれば一晩10万円以上なんてこともあります。このようなアルバイトを続けていると収入は驚くほど高くなり、この年の私の年収はなんと1500万円を超えました! これがこれまでの私の年収の最高額で、今後これを超える年は、再び同じような生活をしない限りは起こりえません。もっともこの年に稼いだ収入は、半分は税金で持っていかれましたし、GINAの関連で寄付などに大半を使い、手元にはほとんど残りませんでしたが・・・。

 現在の私はこの逆の立場です。つまり診療所をオープンさせていますから、自分が休みたければ、他の医師を雇うということが理屈の上では可能です。しかし、医師不足の中、私が以前もらっていたようなお金を今度は支払わなければなりません。そうすると、当院のように一人当たりの診察にそれなりに時間をとる診療スタイルであれば、一気に赤字になり、診療を続ければ続けるほど赤字が膨らんでいくことになります。もちろんそんなことはできませんから、結局のところ、「自分の勉強のため」という大義名分を思い出しながら、これまで通り長時間労働に勤しむしかない、ということになります。

 ただ、私自身はそれでいいと思うようになってきました。残された人生、自分の最大のミッションのひとつは「医療に貢献すること」です。しかも、私にとっては教科書や論文を読んだり、学会や研究会に参加したり、他の医師たちとメールで症例の検討をおこなったりするのは楽しいことであり、その楽しさが単に楽しいとうだけでなく医療への貢献にもつながるのです。楽しくて貢献できるなら、長時間労働も厭うべきでないというのは「自然で当然」なことなのかもしれません。

 しかし、これから医学部を目指すという人は、本当にそのような生活でいいのかどうか再度考えてみた方がいいでしょう。最初に紹介した女性医師はその婚約者とその後どうなったのか。今度どこかで会えば聞いてみようと思いますが、苗字は今も変わっていないようです・・・。

注1:詳しくは下記を参照ください
マンスリーレポート2006年3月号「天国から地獄へ」

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2016年7月11日 月曜日

2016年7月11日 ザガーロはプロペシアに取って代わるか

 男性を対象とした雑誌などではすでに話題になっているようですが、AGA(男性型脱毛症)の新しい治療薬が登場しました。「ザガーロ」という名称で、以前からあった「プロペシア(フィナステリド)」をもっと強力にした薬とされており、だいたいそのような理解で間違ってはいません。実際、プロペシアで効果が不十分だったけれど、ザガーロに変更して発毛効果が認められたとする研究もあります。

 医学誌『International Journal of Dermatology』2014年6月5日号(オンライン版)(注1)によりますと、プロペシア(フィナステリド)で効果が認められなかった症例の8割近くでザガーロの有効性が認められています。

 研究の対象者は韓国人男性です。プロペシアで効果なくザガーロを半年間内服した31人のうち、24人に有効性が認められたそうです。(17例はやや改善(slightly)、6例は中等度改善(moderately)、1例は大きく改善(markedly)とされています) 残りの7人は著変なく、悪化した症例はゼロのようです。発毛の評価はカメラを用いた客観性を担保した方法が採用されています。毛髪の密度は10.3%、太さは18.9%の改善が認められています。副作用は、一過性の性機能不全が6人(17.1%)に生じています。

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 過去に、プロペシアとザガーロ(アボルブ)の比較研究を紹介しました(注2)。その結果もザガーロの方が有効とされていました。ということは、新たにAGA治療を開始するときにはザガーロを選択したいと誰もが考えるでしょう。

 しかしそうはならないのではないかと私はみています。現在プロペシアには後発品(ジェネリック薬品)があり、価格は1箱(28日分)でだいたい6千円くらいです。ところがザガーロには後発品がなく、価格は1箱(30日分)で9千円近くもします。1日あたりでみれば80円程度の差ですが、これが何か月も何年もとなると馬鹿になりません。また、ザガーロとまったく同じアボルブという前立腺肥大症の薬があり、これはザガーロよりは安いのですが、AGAには承認されておらず、自己判断で内服すると大きな副作用が出たときに保障されないという問題があります。

 どちらを選択するかは、個人の考えということになります。それ以前にAGAは病気ではありませんから、それだけ高いお金を払ってまで治療をすべきかという根本的な問題もあります。さらに軽度とはいえ副作用もありますから、治療開始には充分に慎重になるべきです。

注1:この論文のタイトルは「Effect of dutasteride 0.5 mg/d in men with androgenetic alopecia recalcitrant to finasteride」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ijd.12060/abstract

注2:下記「医療ニュース」のなかで取り上げています。

医療ニュース2014年3月17日「AGAにはプロペシアよりアボルブが有効?」

参考:トップページ「薄毛・抜け毛を治そう」

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2016年7月4日 月曜日

2016年7月4日 肥満+うつ(鬱)があれば食事前の悲しい話はNG

 ストレスがあるときは食事が喉を通らない、という人がいる一方で、ストレスがあれば食欲が亢進する、という人もいます。そして、皮肉なことに、日ごろから肥満を気にしている人に限って「食欲亢進」と言うような印象があります。この私の印象は正しいのでしょうか・・・。

 肥満とうつ(鬱)があると、悲しい話を聞いたときにエネルギー摂取量が有意に多くなる・・・。

 これは医学誌『Journal of health psychology』2016年5月20日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)が主張していることです。

 研究は米国ニューヨークのセント・ボナベンチャー大学の心理学者Gregory J Privitera氏によるもので、154人が研究に参加しています。参加者を肥満、うつ病のカテゴリーに分類し、悲しい話を読んでもらったときと、幸せな話を読んでもらったときで、食事量や食事の内容がどれくれい変化するかが調べられています。被験者には、好きなものを好きなだけ食べられるビュッフェスタイルで食事が供給されました。

 結果、肥満とうつ(鬱)がある被検者は、悲しい話を読んだときに、エネルギー摂取量が有意に多くなり、また高カロリー食品を多く摂取することが分かったそうです。

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 研究の規模がさほど大きくないため、信ぴょう性はさほど高くないかもしれませんが、経験的にも合致することであり、参考になる研究だと思います。体重を気にしている人は、気分がすぐれないときには、意識して楽しい本を読んだり楽しい会話を心がける、ということが有効かもしれません。または、そのようなときには意識して食事量を減らし、高カロリーのものを避けるようにすべきでしょう。

 以前私は、フランス人は高カロリー食をたくさん食べるのに肥満が少ないのは「ゆっくり食べる」ことが原因ではないか、という自説を述べました(注2)。フランス人は家族との食事の時間を大切にし、ゆっくりと時間をかけて会話を楽しみながら食事をします。もしかすると肥満になりにくいのは、単に時間をかけて「ゆっくり食べる」からだけではなく、家族との会話を「楽しんで食べる」からかもしれません。

 いずれにしても、ストレスがありうつ状態になっているときに、そのストレスを”孤食”で解消することは止めておいた方がいいでしょう。

 

注1:この論文のタイトルは「Differential food intake and food choice by depression and body mass index levels following a mood manipulation in a buffet-style setting」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://hpq.sagepub.com/content/early/2016/05/19/1359105316650508.abstract

注2:メディカルエッセイ第142回(2015年11月)「速く歩いてゆっくり食べる(後編)」

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