マンスリーレポート
2017年2月 私が医師を目指した理由と許せない行為
なんで医師になろうと思ったんですか?
医師になってからこの質問をもう何百回受けたか分かりません。医師になろうと思えばかなりの時間を「犠牲」にしなければなりませんし、いろんな意味で「自由」ではありませんから一般の人からすれば医師を目指す動機が気になるのは当然だと思います。また、この質問は医師からも聞かれますし、私自身も他の医師に尋ねることがあります。
こういう質問は単なる社交辞令ではなく、本当に興味を持って聞いてくれていることがほとんどですから、私はできるだけ丁寧に答えているつもりです。ここでそれを披露してみたいと思います。
まず私は医学部に入学した時点では医師になるつもりはありませんでした。医学部を目指した理由は「医学を学びたかったから」です。医学部受験の前は、母校の関西学院大学社会学部の大学院進学を考えていました。社会学部の大学院で本格的に勉強したかったテーマは、「人間の行動・感情・思考について」です。そのため私は社会学関連の文献のみならず、生命科学系の書籍も読み漁っていました。もちろん当時の私には本格的な論文などは敷居が高すぎて読めませんでしたが、講談社ブルーバックスをはじめとした初心者向けの生命科学の本を片っ端から読んでいたのです。
生命科学のおもしろさに魅せられた私は、そのうちに、私が研究したかった「人間の行動・感情・思考」といったテーマは社会学的なアプローチよりも生命科学から追及すべきではないか、あるいはいったん生命科学を本格的に勉強してから社会学に戻るべきではないか、と考えるようになり、この気持ちが医学部受験につながったのです。
ところが、です。医学部も4回生くらいになってくると、自分には研究者としてやっていく能力もセンスもないことに気づくようになります。この現実を受け入れるのはそれなりに辛いものではあったのですが、同時期にある種の「使命」のようなものに気づき始めました。これを「使命」と言ってしまうのはおこがましいのですが、「お前ならできる」と期待の声(それはもちろん「おせじ」なのですが)を繰り返し聞くようになり、その気にさせられた、というのが最も真実に近いでしょうか。
説明しましょう。当時の私は、多くの友人や知人から健康上の相談を持ちかけられていました。私以外に医師や医学生の知り合いがいないのであればそれは当然でしょう。もちろん、まだ医師になっていない私ができることなどほとんどないのですが、それでも話を聞くことはできます。
彼(女)らは、医師への不平・不満を容赦なく私にぶつけてきます。そのなかの多くは「それは医師が悪いんじゃなくて、そういう制度だから仕方がない」「気持ちはわかるけど、その病気は治らなくて他に治療がない」といったものなのですが、なかには「たしかに…。そんな説明じゃ分からないよね」「えっ、そんなひどいこと言われたの?」といったようなものもあり、「医療機関で患者さんにこんな思いをさせてはいけない…。自分ならこうする!」と感じることがあり、その思いが度重なるにつれて、「もしかして自分が進むべき道は研究なんかじゃなくて臨床じゃないのか…。これが自分の”使命”なのでは?」と思うようになってきたのです。
さて、このあたりまでは、私が「なんで医師になろうと思ったんですか?」と聞かれたときにいつも話していることです。たいていはここまで話すと、理解・共感してもらえますのでこのあたりで終わりになるのですが、今回はもう少し掘り下げて話してみたいと思います。
医療の不満といったことが語られるとき、治療の結果に満足できない、副作用について知らされてなかった、説明が足らない、といったことを指す場合が多いのですが、私が最も心を動かされた「不平・不満」というのはこのようなことではありません。私が医師のあり方に疑問や、ときには憤りを感じ、「自分ならこうする!」と思ったのは「病気に伴う差別」についてです。
例を挙げましょう。アトピー性皮膚炎というのは痒みが辛い疾患ですが、それだけではありません。「見た目の問題」が決して小さなものではないのです。当時医学部生の私に相談してきた患者さん(というか知人)は、見た目のせいでどれだけ社会生活で辛い思いをしているかというようなことは医師や看護師は理解してくれない、と言います。もっとも、医療者にとっての「目標」は痒みを解消することであり、それ以上の治療については医療者を責めても仕方がないことかもしれません。けれどもその見た目のせいで社会から差別を受けているとすればどうでしょう。子どもが口にするような無神経で露骨で残酷な言葉を浴びせられることはないにしても、かげで容姿の悪口を言われたり、言われなくても外出に躊躇してしまうことはあるわけです。それで就職活動に消極的になり、恋愛も諦める。さらには引きこもりにも…、という人もなかにはいました。
アトピーに限らず、皮膚症状が目立つ疾患に罹患すれば、それを隠さなければならなくなります。プールにも海にも銭湯にも行けなくなります。他人の「かわいそうに…」という言葉はときに彼(女)らを傷つけることになります。いつしか私は、患者さんの痛みや痒み、あるいは手足の不自由さそのものよりも、社会的に不利益を被ることに関心を持つようになりました。このときに患者さんに「かわいそう」などと思ってはいけない、ということを強く感じました。医療者は患者に憐れみを持ってはいけません。患者の人格を尊重し、社会的な不利益があるならばそんな社会と闘っていかねばならないのです。
研修医の頃、タイのエイズホスピスに短期間のボランティアに赴くことになり、この体験がその後の医師としての進路に大きな影響を与えることになります。エイズという病のために、食堂や雑貨屋から追い払われ、病院では診療を拒否され、地域社会から追い出された人たちがその施設に大勢いました。彼(女)らの苦痛を聞く度に、心の底から沸々とあふれてくる憤りを抑えられなくなってきました。
病気やケガで困っている人を救いたい…。医師であれば誰もがこのように思います。私も例外ではないのですが、私の場合、それ以上に「病気のせいで差別を受けることが許せない」という気持ちが抑えられないのです。これは理性では説明できないようなものです。
そんな私が最近どうしても許せない行動を目にしました。米国の女優メリル・ストリープのスピーチの原稿で見つけたトランプ大統領の行為です。大統領は、なんと、障害をもつリポーターの真似をしてこきおろしたというのです。メリル・ストリープは次のように述べています。
It kind of broke my heart when I saw it, and I still can’t get it out of my head, because it wasn’t in a movie. It was real life. (そのシーンを見たとき、私の心が壊される思いがしました。そのシーンを頭から取り除くことができません。映画ではなく、現実の話だからです)
このシーンはyoutubeで見ることができます。メリル・ストリープが「心が壊される思い」をしたのがよく分かります。私は政治的にはニュートラルな立場であり、特定の支持政党を持っていません。また、政権与党に対し何らかの「抗議」をしたこともありません。しかし、今回ばかりは、他国とはいえ、そして就任前のこととはいえ、トランプ大統領のこの行為を許すことは絶対にできません。
差別をしない人はいない、と言われることがあります。それが事実だとすれば、私が差別をするのは「病気や障害を理由に差別をする輩」です。トランプ大統領の行動を知ったことにより、私が医師を目指すことになったきっかけである「心の底から沸々とあふれてくる憤り」を再び思い出すことになりました。
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