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2016年9月30日 金曜日

2016年9月29日 コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加

 ここ数年、「コムギを除去している」という患者さんがかなり増加しています。全国的な統計は見たことがありませんが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診される人たちの間では確実に増えています。

 この理由として、私は3つのことを考えています。

 ひとつは「糖質制限」のブームです。糖尿病を有している人よりも、むしろダイエットをしたいという人たちの間で糖質制限が流行っています。完全に糖質を制限しようと思えば、米やイモも除去しなければなりませんが、そこまではせずに、コムギを主食とした食品、具体的には、パン、パスタ、うどんなどを避けているのです。この理由でコムギを制限している人は、カレーやから揚げ、ソーセージなどまでは除去していないことの方が多いと言えます。

 ふたつめは「コムギアレルギー」と考えている人です。コムギを試しに抜いてみると下痢をしなくなった。アレルギーがあるに違いない、と考えるのです。こう訴えて受診する人がコムギアレルギーであることは実際にはほとんどないのですが、なぜか谷口医院では「自称コムギアレルギー」の人が少なくありません。

 3つめは、欧米での流行を受けて、という理由です。グルテンフリーを謳った食品やレストランが欧米でブームになり、有名人も実践しているという話が取り上げられるようになり、それを聞いてやってみたくなった、というものです。グルテンとは、コムギに含まれるタンパク質です。

 欧米でグルテンフリーが流行しているとういのは最近よく聞く話であり、私は、セリアック病が増えているのかもしれない、と考えていました。セリアック病とは、グルテンによって小腸が障害され、栄養分が吸収されなくなる一種の自己免疫疾患です。セリアック病は欧米では比較的よくあるものの、日本では稀な疾患です。何らかの理由で欧米では増加傾向にあるためにグルテンフリーが流行している。日本ではもともと少ないものだから、欧米人を見習って同じことをする必要はないのでは? というのが私の考えでした。

 しかし、どうやら欧米でもセリアック病が増えているわけではなさそうです。

 医学誌『JAMA internal medicine』2016年9月6日号(オンライン版)に掲載された論文で興味深いことが報告されています(注1)。研究の対象者は6歳以上の米国人22,278人です。2009年から2014年までのセリアック病の有病率とグルテンフリー実践率は下記のようになります。

                   2009~2010   2011~2012   2013~2014
 セリアック病有病率       0.70%        0.77%        0.58%
 グルテンフリー実践者率    0.52%             0.99%              1.69%

 セリアック病が増えていないのに、グルテンフリー実践者が5年で3倍にも増加していることが分かります。研究者の分析では、米国のセリアック病の患者は176万人、グルテンフリー実践者は270万人になるそうです。

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 セリアック病と診断されているわけでもないのに、なぜグルテンフリーを実践する人が増えているのか。この理由について、研究者は「コムギ/グルテンに関係のない消化器症状を有する患者が、自分の判断で、単純にグルテンフリーが役立つかもしれないと思い込んでいるのでは」と、考えているようです。

 谷口医院の患者さんで、「コムギ/グルテンフリーを実践している」という人で、セリアック病の診断がついた人は一人もいません。もっとも、セリアック病を診断するのは簡単ではなく、小腸内視鏡をおこない生検(粘膜の一部を切り取る検査)をしなければなりませんから、実際にここまで調べれば診断がつく人がいるかもしれませんが。(尚、「自称」ではなく「本当の」コムギアレルギーでコムギ完全除去をしなければならない患者さんはいます)

 結局のところ、日本も米国も状況は変わらないのかもしれません。では、セリアック病でないのにコムギ/グルテンフリーを実践するのは馬鹿げたことなのか? 私はそうは思いません。セリアック病かどうかは別にして、それで体調がよくなるのなら、続けることに意味はあると思います。それに、日本人の場合はコムギの代わりに美味しい米がありますから、いきすぎた糖質制限にならなければコムギを抜いても問題ないと私は考えています。

注1:この論文のタイトルは「Time Trends in the Prevalence of Celiac Disease and Gluten-Free Diet in the US PopulationResults From the National Health and Nutrition Examination Surveys 2009-2014」で、下記のURLで概要を読むことができます。

https://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2547202

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2016年9月27日 火曜日

2016年9月27日 米国、抗菌石けんをついに販売禁止に

 抗菌石けんを勧める医療者はほとんどおらず、抗菌効果が無効であるとする研究もあるということを過去にお伝えしました(注1)。今回お伝えするのは、抗菌石けんが無効であるどころか、危険性があるために米国では販売禁止になったというニュースです。

 2016年9月2日、FDA(米食品医薬品局A)は、一般向けに販売されている石けんやハンドソープなどで、トリクロサンやトリクロカルバンなど19種類(注2)の殺菌剤が含まれる製品の販売を禁止することを発表しました(注3)。

 このような動きは突然決まったわけではなく、以前から抗菌石けんの効果と副作用については問題が指摘されていました。特に、薬剤耐性菌の発生や甲状腺ホルモン、生殖ホルモンへの影響の懸念があり、FDAは、2013年2月に規制案を発表し、抗菌石けんの製造会社には、安全性と有効性を示すデータの提出が義務付けられました。そして、提出されたデータをFDAが検証した結果、通常の石けんよりも有効であることを証明できなかったのです。

 ただし、規制案で検証すべき成分に挙げられていた塩化ベンザルコニウム(注4)、塩化ベンゼトニウム(注5)、クロロキシレノールの3種類については、安全性と有効性のデータの提出期限を1年間延期することになりました。また、除菌用のローションやジェル、ウェットティッシュなどは規制の対象外とされています。

 では、我々は何をすればいいのでしょうか。FDAの報告は最後にこうまとめています。

「普通の石けんと水で手洗いを。これが感染症を遠ざけて病原体を拡散させない最良の方法のひとつなのです。(Wash your hands with plain soap and water. That’s still one of the most important steps you can take to avoid getting sick and to prevent spreading germs.)」

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 抗菌石けんに効果があるかどうかは、日々の臨床を通してなかなか実感できませんが、害があるのは明らかです。なぜなら抗菌石けんが原因と思われる手のかぶれで受診する患者さんが少なくないからです。また、通常の石けんも使いすぎはよくありません。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。石けんの使いすぎで、手湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎を起こす人は非常に多いのです(注6)。

注1:下記を参照ください。

医療ニュース(2015年11月6日)「抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分」

注2:具体的な19種についてはFDAの消費者向けの案内(注3)には載せられていません。下記が参考になります。

http://www.foodsafetynews.com/2016/09/fdas-final-rule-on-antibacterial-soaps-bans-19-ingredients/#.V-mtMrO0tsU

ここにもその19種を記しておきます。

Cloflucarban, Fluorosalan, Hexachlorophene, Hexylresorcinol, Iodine complex (ammonium ether sulfate and polyoxyethylene sorbitan monolaurate), Iodine complex (phosphate ester of alkylaryloxy polyethylene glycol), Nonylphenoxypoly (ethyleneoxy) ethanoliodine, Poloxamer-iodine complex, Povidone-iodine 5 to 10 percent, Undecoylium chloride iodine complex, Methylbenzethonium chloride, Phenol (greater than 1.5 percent), Phenol (less than 1.5 percent) 16, Secondary amyltricresols, Sodium oxychlorosene, Tribromsalan, Triclocarban, Triclosan, Triple dye

注3:FDAの案内は下記を参照ください。

http://www.fda.gov/downloads/forconsumers/consumerupdates/ucm378615.pdf

注4:塩化ベンザルコニウムは医療機関で用いられている石けんにもよく使われています。代表的なものは、オスバン、ウエルパス、ロッカール、ヂアミトールでしょうか。

注5:塩化ベンゼトニウムはマキロンの主成分として有名です。石けんとしてはハイアミンが有名でしょうか。

注6:下記を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月27日)
「手洗いの”常識”ウソ・ホント」

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2016年9月22日 木曜日

第157回(2016年9月) 最近増えてる奇妙な食物アレルギー

 食物アレルギーというのは、メディアでよく取り上げられるからなのか、多くの質問や相談が寄せられます。最近は少し下火になったとはいえ、依然「遅延型食物アレルギー」についての質問も相変わらず多く、マスコミからの取材依頼もしばしばあります。過去にも述べたように「遅延型食物アレルギー」というものは否定されているものです。一部の情報で、特定の食物のIgG抗体が上昇するのが遅延型食物アレルギーとしているものがあるようですが、日本アレルギー学会のサイト(注1)に記載されているように「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。

 しかし、食物アレルギーを患っている患者さんは年々増えており、しかも従来にはなかったような新しいタイプのものが増えているような印象があります。今回は、そのようなこれまではあまり注目されていなかった食物アレルギーを紹介していきます。

 まず1つめに取り上げたいのは「ビールアレルギー」です。以前は何の問題もなくビールが飲めていたのにもかかわらず、あるときから飲むとすぐに全身に蕁麻疹(じんましん)が出現し、それがだんだんひどくなってきた、というケースです。

 全例とは言いませんが、このビールアレルギーの患者さんの大半は、アトピー性皮膚炎か、もしくはアトピーがなくても手に湿疹がある(あった)人です。そして、かなりの人が過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトの経験があります。診察時に、「居酒屋でバイトしてたでしょ」と言うと、「なんで知ってるんですか?!」と驚かれることもしばしばあります。

 このメカニズムを解説しましょう。これはこのサイトで過去に何度か紹介している「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」と呼ばれるものです。これでは何のことか分からないので、改めてかみ砕いて説明します。

 従来の考え方では、食物アレルギーは、元々遺伝的に決まっているか、あるいは食べているうちにアレルギーが成立するのではないかとされていました。それがそうではないことが分かってくるようになり、正しいと考えられるようになってきたメカニズムは「食物アレルギーの機序・・・仮説」でクリアカットに説明できます。これはまだ「仮説」の域を超えていないのですが、最近、正確であることを強く示唆する事象がいくつかでてきています。

 その代表が日本で生じた「茶のしずく石鹸」によるコムギアレルギーです。従来コムギを普通に食べていた人たちが、コムギを少し食べただけでアレルギー症状が出現し、ひどい場合は救急搬送される例が相次ぎました。コムギアレルギーがなぜ生じたのか。それは「茶のしずく石鹸」に含まれるコムギの成分が皮膚から身体に侵入することで、身体がそのコムギ成分をアレルゲン、つまり「敵」とみなすようになったからです。つまり、一部の食物は口から入るとアレルゲンにはならず(これを「免疫寛容」といいます)、皮膚から体内に侵入するとアレルギーが成立し(これを「感作」と呼びます)、いったんアレルギー(感作)が成立すると、その食物を普通に食べてもアレルギー症状が生じるのです(注2)。

 これまでは問題なく食べていたものであっても、その食べ物が皮膚から体内に侵入するとアレルギーになってしまう。これが「食物アレルギーの機序・・・仮説」の実態です(注3)。本当にこのようなことがあるのか・・・。この仮説が提唱されたときは懐疑的な声も少なくなかったものの、次第にこれを裏付ける事象が増えてきているのです。

 ビールアレルギーもそのひとつです。ビールアレルギーの大規模調査はみたことがありませんが、私の実感として、多くの人は過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしており、そこでビールがこぼれて炎症があった皮膚に付着した、という経験をもっています。そして、ビール酵母もしくは麦芽のIgE抗体を調べると陽性となります。他のほとんどの食物アレルギーと同じように、いったんビールアレルギーになってしまえば、対策としてはビールを避けるしかありません。アトピー性皮膚炎や手湿疹がある人は、アルバイトの選択を考え直した方がいいかもしれません。

 次に紹介したいのは、マカロンやカンパリなどの赤色の食べ物・飲み物です。この原因はこのサイトで過去にも紹介したことのあるコチニールが原因です(注4)。2012年5月、消費者庁は、「コチニール色素に関する注意喚起」というタイトルのニュース・リリースを公表しました(注5)。我々医師の実感としては、この発表の前からも、マカロンやカンパリのアレルギーはときどき経験していました。特に珍しいと言えるものでもないために、「マカロンやカンパリを避けましょうね」で済ませていましたが、私には以前から疑問に思っていたことがありました。それは、これらのアレルギーを持っているのは全員が女性、ということです。消費者庁のニュース・リリースには性差については触れられていません。しかし私はこれまで男性のこれらのアレルギー患者を診たことがありません。なぜなのでしょうか。マカロンを好んで食べるのは男性よりも女性でしょうし、バーでカンパリソーダを注文するのは女性が多いからか・・・。そのように考えたこともありましたが、答えは別にありそうです。これを解く「鍵」も「食物アレルギーの機序・・・仮説」にあります。

 なぜ、女性にだけコチニールアレルギーが起こるのか。それは女性が口紅を使うからです。(ですから口紅を用いる男性にも当然起こることになります) 一部の口紅には、赤色を出すためにコチニールが用いられているのです。もっとも、コチニール入りの口紅を使えば誰もがアレルギーを発症するわけではありません。おそらく、口紅があれていたり(口唇炎)、口角炎があったりして皮膚の微細な傷からコチニールが体内に侵入したのでしょう。それで「感作」されアレルギーが成立するというわけです。ですから、これから対策を立てるとすれば、コチニール入りの口紅を避けることと、いったんアレルギーが発症した場合は、マカロン、カンパリは避け、赤色の食べ物をみたときは原料を確認することです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」で説明できそうなアレルギーで、最近増えていると私が感じているのが「ココナッツアレルギー」です。ココナッツ入りの食べ物・飲み物を食べた直後に身体がかゆくなるというのが典型的な症状です。そして、大半の例に、ココナッツオイルでマッサージを受けた経験があります。ココナッツは美味しいですし健康にもいいものですから、食べられなくなることは避けたいものです。少なくとも、湿疹や傷があるときにはココナッツオイルを用いたマッサージは避けるべきだと思います。

 最後に紹介したいのが「納豆アレルギー」です。私自身はまだ患者さんを診たことがないのですが、学会などでは最近よく紹介されています。納豆アレルギーが興味深い点は2つあります。1つは、症状が出るのが遅く、納豆を食べてから半日から1日くらいたってから出る、という点です。通常、食物アレルギーは食べた直後から遅くとも1時間くらいして出ますから、納豆アレルギーは例外的な食物アレルギーと言えます。

 もうひとつ納豆アレルギーで興味深いのが、先に述べた、コムギ、ビール、コチニール、ココナッツなどとは異なり、納豆が皮膚から入ったことが原因ではない、ということです。では原因は何なのか。これを解くヒントは「納豆アレルギーの大半はサーファー」という事実です。では、なぜサーファーにアレルギーが起こるのか。この答えは「クラゲに刺されるから」です。つまりクラゲの持つネバネバとした成分(ポリガンマグルタミン酸と呼ばれています)が皮膚から体内に侵入し「感作」が成立し、そのネバネバ成分と構造が似ている納豆のネバネバ成分を食べるとアレルギー症状が出現するというわけです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」が「仮説」でなくきちんとした「原理」と認められるにはまだもう少し時間がかかるでしょう。また、どんな食べ物でもこの仮説が当てはまるわけではなく、例えば化粧品には、白ワイン、米、日本酒などが原料に使われているものもありますが、コムギやココナッツのようなアレルギーが生じたという報告は聞いたことがありません。

 しかしながら、この仮説で説明がつく、我々が気づいていないアレルギーもまだまだあるのではないかと私は思っています。例えば、ピーナッツアレルギーは、この機序で説明できるのでは?と思えてきます。口の周りが荒れている子供が行儀悪くピーナッツバターを食べるのは危険ですし、ピーナッツの破片がころがっているような床で赤ちゃんがハイハイをするのは避けるべきだと思います。一部のカニアレルギーは、カニを頬張ろうとしたときにカニの甲羅で口の周りが切れてそこからカニの身が入ったのでは・・・? 最近増えている果物アレルギーも、もしかすると行儀悪くかぶりついたときに果物エキスが口角炎から侵入したのでは・・・? 

 10年後のアレルギーの教科書が大きく改訂されているかもしれません。 

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注1:下記を参照ください。

http://www.jsaweb.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=51

注2:これをイラストで示したものが下記です。

http://www.stellamate-clinic.org/images_mt/child.pdf

注3:詳しくは下記を参照ください。
メディカルエッセイ第136回(2014年5月)「免疫学の新しい理論」

注4:下記を参照ください。
医療ニュース2012年5月28日「コチニールのアレルギーに注意!」

注5:下記で読めます。

http://www.fsc.go.jp/sonota/cochineal.pdf

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2016年9月22日 木曜日

第164回(2016年9月) そんなに医者が憎いのか

 2016年8月後半より、我々医師の間では、東京都足立区の病院で「準強制わいせつ」の疑いで逮捕された40歳の男性医師のことが毎日のように話題に上っています。この「事件」は、少し医療の知識があれば、報道されている内容が事実であるはずがないことが分かります。しかし、一方では精神的苦痛を受けている女性がいるのも事実であり、当局としては訴えがあった以上は「逮捕」さらに「起訴」しないわけにはいきません。私が最も問題だと思うのはメディアやジャーナリストの”姿勢”で、今回はこのことを話したいのですが、まずはこの事件を整理していきましょう。

 報道によれば2016年5月、胸部の手術を終えたばかりの30代の女性が病室で40歳の執刀医からわいせつ行為を受けたとして、この医師が警視庁に逮捕されました。わいせつ行為の内容は、「術後病室に戻された患者に対し、二度にわたり着衣をめくり、手術していない左乳房の乳首をなめ、自慰行為に及んだ」そうです。

 女性患者の病室は4人部屋で他にも3人の患者がいたことが分かっています。弁護人が発表した情報によれば、「二度の行為」の1回目があったとされる時間帯には、医師は手術室にいて、ごく短時間病室に行ったときは、執刀した他の医師と看護師2名もいたそうです。2回目の犯行があったとされる時間帯には、この医師は他の病室で別の患者を診ていたことが分かっています。

 これだけでこの事件が「冤罪」であることは自明ですが、おそらく一般の人は「じゃあ、なんで被害者の女性は嘘を言うんだ? 医師にも何らかの過失があるんじゃないのか?」と疑いたくなるかもしれません。

 この女性はある意味で”嘘”は言っていないと思います。ではなぜこのような事実でないことを言ったのか。まず間違いなく、術中の麻酔薬や鎮痛薬の影響です。こういった薬は手術が終わればすぐに体内から排出されるわけではなく、しばらくは残ります。そして、術後目が覚めてから、錯乱、幻覚、妄想などが出現し、これを「術後せん妄」と呼びます。ですから、この報道を聞いたとき、我々医療者は「術後せん妄に間違いない」ということが分かるのです。

 ただ、誤解のないように言っておくと、私はこの被害者の女性を責めているわけではありませんし、相当の精神的苦痛があったことは事実だと思います。ですから、医療者側は、執刀医の男性医師をかばいすぎるあまり、この女性を糾弾するようなことがあってはなりません。また、行政としてもわいせつ行為の被害の親告があれば、逮捕するのは当然でしょうし、法律上の手続きを経て起訴するのもやむを得ません。

 では、問題はどこにあるのでしょうか。私は2つあると考えています。まず1つめは、「術後せん妄」について、医療サイドでのもっと徹底した対策が必要であったのではないかということです。後からは何とでも言えますから、私がこのようなコメントをすることは、執刀医やこの病院のスタッフに失礼だとは思います。しかし、もしもこの女性が術後せん妄を起こすかもしれない、ということを予め認識していたとすればどうでしょう。術後の経過観察は必ず必要ですから、執刀医は手術創の確認をしなければなりません。もしもこのときに複数の看護師が医師の診察前から診察後しばらく一緒にいたとすれば、状況が変わったかもしれません。もちろん、このような対策を立てたとしても「術後せん妄」が収まらなかった可能性もありますし、そもそも看護師がすべての患者にこのような対策をとることはできません。

 ただ、結果として「術後せん妄」が起こった以上は、それは避けられない事態であったとしても、女性患者が苦痛を追ったことは事実なわけで、あらかじめそのようなことが起こることを女性が理解するまで説明していたのか、そのリスクを最小限にする対策をとっていたのか、術後せん妄が起こったときに速やかに適切な対応が取られたのか、という点は議論すべきだと思います。

 この事件で私が思うもうひとつの問題はジャーナリズムの姿勢です。この事件は、少しの知識があれば「冤罪」であることは自明です。また、そういった「知識」がなかったとしても、「本当にこのようなわいせつ事件は起こり得るのか」ということを、数人の医療者に尋ねれば分かることです。まともな人間であれば、「冤罪」である可能性が極めて高い事件であることが分かりますから、実名報道は避けるのではないでしょうか。あるいは「逮捕」「起訴」されればどのような事件であっても実名報道すべきという”協定”のようなものでもあるのでしょうか。

 警察庁のデータによれば、全国での強姦は年間千件以上あります。これらを逮捕者が無罪の可能性が高い状況で実名が報道されるケースはどれくらいあるのでしょう。率直に言って、この事件の容疑者が「医師」であるという、ただそれだけの理由で実名報道をしたのではないでしょうか。大手出版社ならもしかすると「社内規約」のようなものがあるのかもしれません。ではインデペンデントのジャーナリストはどうでしょう。例えば、江川紹子氏はYahooニュースに公開された自身の記事でこの医師の実名を(しかも何度も!)書いています。

 ここで最近報道された別の事件を紹介したいと思います。2016年8月27日、静岡県警焼津署は、同席していた女性の酒に薬物を混ぜ、わいせつな行為をしたとして、準強姦容疑で、焼津市立総合病院の20代の医師を逮捕しました。この医師は容疑を否認しているそうです。しかし、この「事件」は共同通信などで実名報道されています。

 さて、この事件の真偽についてはどうでしょう。私はこの医師のことを知りませんから無責任な発言になりますが、これが事実である可能性は現時点では「ある」と思います。以前述べたように、医師のほとんどは「人格者」である、というのが私がこれまで医師をしていて感じていることです(注1)。しかし、なかにはとんでもない罪を犯す医師もいる、ということはこのサイトで何度もお伝えしてきたとおりです。診察室で女児を裸にして写真を撮っていた研修医、未成年を部屋に連れ込みわいせつ行為をおこなった30代の医師など、常識的にはあり得ないような事件が実際に起こっています(注2)。2010年には東京の大学病院に勤める医師が交際中の看護師が妊娠したことを知り、栄養剤と偽って点滴に子宮収縮剤を入れ故意に流産させたという事件もありました。そういう事実を勘案すると、女性の酒に薬物を混ぜ、わいせつな行為というのは、あってもおかしくないな、というのが私の率直な印象です。

 ただし、この医師は容疑を否認しています。この状態で、実名を報道することに問題はないのでしょうか。この容疑者が医師でなければ果たして実名報道されたでしょうか。

 では、なぜ医師は冤罪の可能性が極めて高くても、本人が罪を認めていなくても、こんなに簡単に実名報道されるのでしょうか。メディア側としては、「医師は公的な存在であるためプライバシーよりも公共性が優先される」、という政治家に対して使うような理屈を用意するかもしれません。しかし、政治家と医師は人数も役割もまったく異なります。

 マスコミがこのような態度を取り続ければ、医師と患者の距離がますます乖離していきます。ただでさえ、医療不信が根強い社会ですから、このような実名報道は、医師のマスコミ嫌いを加速し、患者を含む一般の人たちは、医師を「畏怖の対象」とみなすようになります。そうなれば「得」をする人はいません。では、不利益を被るのは誰でしょうか・・・。

 繰り返しますが、私の経験上、医師は高い人格を有している人が大半です。この次診察を受ける医師を、わけのわからない犯罪に手を染めるとんでもない人種とみるか、信頼できて何でも話せる頼りになる存在とみなすかはあなた次第、ではありますが。

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注1:下記を参照ください。
メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

注2:下記を参照ください。
メディカルエッセイ第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」

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2016年9月10日 土曜日

2016年9月 麻疹騒動から考える、かかりつけ医を持たないリスク

 幕張メッセのコンサートに麻疹(はしか)罹患者が参加していたことと、関西空港での集団感染を受け、現在麻疹が「パニック」と呼べるほどの状態になっています。実際の感染者は、例えばWHOが介入するほどの大規模なものにはなっていませんが、麻疹にかかるのではないか、麻疹のワクチンをすぐに打たなければ・・・、と考える人が増え、多くの医療機関に麻疹関連の問合せが殺到しています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)も例外ではなく、朝から晩まで麻疹の問合せの電話やメールが次々と寄せられます。ワクチンというのは、使用期限が短く「在庫確保」は他の薬のようにはできません。また、製造するのにかなりの時間がかかり、需要が増えたからといってすぐに増産体制に入れるわけではありません。

 現在麻疹ワクチンをうちたいけれどもうてないという人がたくさんいます。最近でワクチン不足になったのは2012年頃のA型肝炎ワクチン、2014年の風疹などが記憶に新しいですが、今回の麻疹はこれらの騒ぎをはるかに上回ります。これはもっともであり、A型肝炎は食物を介して感染(経口感染)するか、性感染かであり、風疹は飛沫感染であり感染者に近づかなければ感染しないのに対し、麻疹は空気感染ですから同じ場所にいるだけで感染の可能性がでてきます。ですから予防するのが困難であり、人が集まるところに行く人(注1)は気が気でないでしょう。

 ワクチン接種の原則は「理解してから接種する」であり(注2)、「かかりつけ医で接種する」のが基本です。かかりつけ医になら分からないことを何でも質問できるからです。(ですから、理解した上で「接種しない」という選択もあり得ます) したがって、谷口医院では、ワクチン接種は谷口医院をかかりつけ医にしている人を優先にしています。(しかし、今回の「パニック」は深刻で、谷口医院をかかりつけ医にされている人にも充分に行きわたらないのが現実です・・・)

 一方、谷口医院をかかりつけ医にしていない人には、麻疹ワクチンについてはお断りしているのが現状です。先に述べたように、A型肝炎や風疹と異なり、麻疹の感染力はけた違いに強いですから、谷口医院を受診したことがないという人に対してもなんとかしたいのですが、どうしようもありません。

 今回は、「かかりつけ医を持っていない」という人たちから寄せられた「健康だからかかりつけ医を持っていない。こんなときはどこに相談すればいいのか」という質問について考えていきたいと思います。

 好んで病気になる人はいませんから、できることなら医療機関のお世話にはなりたくありませんし、なったとしても最小限におさえたいのは誰もが思うことです。もう10年以上も医療機関を受診していない、職場の健診でも異常が出たことがない、という人は健康の「優等生」であり、こう考えると「かかりつけ医を持っていないこと」がいいことのように感じられます。私自身も「再診しなくていいように生活習慣の改善につとめましょう」と毎日患者さんに話しています。医療機関はサービス業ではなく、どちらかといえば警察や消防署のようなものです。つまり、できることならお世話になりたくないけれども、何かあったときには頼りになる存在です。

 ここで上手にかかりつけ医を利用しているといえる患者さんの例を紹介したいと思います。(ただし、本人が特定できないよう若干のアレンジを加えています)

 40代男性のEさんは、糖尿病、高血圧、高脂血症(高TG血症)、肥満、喫煙、運動不足、と生活習慣病のオンパレードでした。しかし、谷口医院の看護師の指導を受け(谷口医院では生活指導は医師の私よりも看護師が中心におこなっています)、Eさんは「やる気」を出しました。それまでの不摂生な生活を改め、禁煙に成功、苦手といっていた運動に取り組み減量にも成功。そして薬を中止してもいいレベルに採血データが改善。谷口医院初診時から2年後の会社の健康診断ではなんとオールA! 現在Eさんは、年に一度、インフルエンザのワクチン目的で谷口医院を受診されています。

 もう1例紹介します。今度は30代女性のFさんです。Fさんはアレルギー性鼻炎とアトピー性皮膚炎があり、風邪をひくと喘息の様な咳が続くという訴えで数年前に谷口医院を受診しました。生活習慣を聞くと、薬よりも環境の改善が重要そうです。寝室にネコを入れないようにする。絨毯やラグを処分しフローリングにする。空気清浄機を置く。部屋はまめに掃除する。花粉のシーズンにはマスクをし、帰宅後すぐにシャワーをする。規則正しい生活をおこない風邪の予防につとめる。などの工夫で、以前は毎日何種類も内服薬が必要だったのが、現在はマイルドな抗ヒスタミン薬を月に1~2錠使うだけです。また定期的な運動を始めたおかげで、持病の頭痛と便秘からも解放されたと言います。Eさんと同様、ここ数年間の受診は年に一度。インフルエンザのワクチンと、その日に抗ヒスタミン薬20錠程度の処方(Fさんにとっては1年分)を受け取るだけです。

 Eさん、Fさんの例にあるように、どれだけ健康な人でもインフルエンザのワクチンは年に一度接種すべきです。(今回のコラムの趣旨から離れるためこれ以上は述べませんが、例えば米国CDC(米疾病対策センター)は「生後6カ月以上のすべての人はインフルエンザワクチンを接種すべき」と勧告しています(注3))。

 このコラムを読んで、あなたが「では、現在かかりつけ医を持っていないので、かかりつけ医を持つきっかけとしてどこかのクリニックでインフルエンザのワクチンをうとう」と考えたとしましょう。それはとてもいい考えなのですが、残念ながら簡単ではないかもしれません。麻疹と同様、インフルエンザのワクチンも品薄になることがよくあるからです。ですから谷口医院では、毎年、インフルエンザのワクチンは「谷口医院を一度でも受診したことのある人だけ」とさせてもらっています。(ただし、ここ2~3年は、「なんとかうってもらえないですか」という問合せが多数寄せられているために、一度も谷口医院を受診したことがない人にも接種できるように検討中です。しかし、あまり増えすぎると、日ごろ受診している患者さんの待ち時間が長くなりますからこのあたりの加減には苦労しそうです)

 生涯一度も警察のお世話にならないという人はいるかもしれませんが、医療機関を一度も受診せずに一生を終える、という人は極めて稀でしょう。ならば、何か健康上のことで気になることがあれば、なんでも相談できるクリニックを持っておくのが賢明です。もちろんかかりつけ医ですべての治療ができるわけではありません。谷口医院でも大きな病院を紹介することは頻繁にあり、大病院への紹介状を1枚も書かない日はほとんどありません。そして病院での検査や手術が終わればまた谷口医院に戻ってこられます。

 最近受診した患者さんで、麻疹のワクチンを希望されていたものの在庫がなく接種できなかった、という人がいました。その患者さんは残念そうにされていましたが、麻疹についていくつかの疑問があり、それを私に尋ねました。空気感染と飛沫感染の違い、ワクチンの有用性と副作用、以前は1度の接種でいいと聞いていたのになぜ2回接種しなければならなくなったのか、外出時には何をすればいいのか、などを質問され、抗体検査をしていくことになりました(注4)。「ワクチンがうてなかったのは残念だけど、いろいろと学べてよかった。検査結果も聞きに来ますし、また他のことで気になることがあれば相談します」と言って帰られました。

 我々としても希望されていたワクチンを供給できなかったことは心苦しいのですが、これを機に、正しい知識の習得に努めてもらい、かかりつけ医を持つ重要性を理解してもらえれば嬉しく思います。

注1:このような人の集まりのことを「マスギャザリング」と呼びます。下記「医療ニュース」を参照ください。

医療ニュース2016年8月31日「麻疹とマスギャザリング」

注2:興味のある方は下記を参考にしてください。

毎日新聞「医療プレミア」:「理解してから接種する「ワクチン」の本当の意味の効果」

注3:下記が参考になると思います。

毎日新聞「医療プレミア」:「インフルエンザワクチンは必要?不要?」

注4:麻疹ワクチンの誤解はたくさんありますが、最も有名なのは英国の元医師による「MMRワクチン論文捏造事件」でしょう。興味のある方は下記コラムを参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」: 「麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪」

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2016年9月2日 金曜日

2016年9月2日 ポリオの脅威、東南アジアにもじわり

 ポリオ(急性灰白髄炎)が世界のいくつかの国で急増し、2014年5月にWHOが緊急事態宣言を発表したことを過去に紹介しました(注1)。その後もじわりと感染地域が広がり、ついに東南アジアにも感染者が出るようになりました。

 2016年8月22日のWHOの発表(注2)によれば、現在WHOが感染の可能性があるとしている国は次のとおりです。

・パキスタン:最後の輸出例の報告が2016年2月1日。現在「国外に輸出している国」

・アフガニスタン:最後の輸出例の報告は2016年6月6日。現在「国外に輸出している国」

・ナイジェリア:発生はあるが輸出はしていない

・マダガスカル:同上

・ミャンマー:同上

・ギニア:同上

・ラオス:同上

 現在、パキスタン政府は、同国に4週間以上滞在する外国人にポリオワクチン接種を義務化し、WHOが推奨する国際予防接種証明書の交付を行っています。

 アフガニスタン政府は、WHOの勧告の下、アフガニスタンに入国するポリオ撲滅国(日本も含みます)からの外国人に対し、ワクチン未接種者はアフガニスタン出国にあたりアフガニスタン国内の医療機関でポリオワクチン接種を受けなければならない」としています。

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 パキスタン、アフガニスタンともに手続きが複雑そうです。このような規則は予告もなく変更されますから渡航時には最新情報を入手する必要があります。また、ラオスやミャンマーを訪れる日本人は観光でもビジネスでも年々増えています。

 ではこれら地域に渡航するときにまずすべきことは何でしょうか。ワクチン接種をおこなう前に抗体検査をするのがいいでしょう。ただし、ポリオには3種類あり、すべてを調べなくてはなりませんから、価格は高くなります。私自身も調べてみると、ポリオの2型のみ陽性で、1型と3型は陰性。結局ワクチンを接種することになりました。

 日本人の成人のポリオ抗体陽性率のデータは(私の知る限り)ありません。私の場合、もちろん新生児時に2回の生ワクチンを接種しています。それでも消えていたわけですから、(私だけが特異ということもないでしょうから)、多くの日本人成人はポリオワクチン接種が必要なのではないかと思われます。

注1:下記を参照ください。
医療ニュース2014年5月30日「ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2016/10th-ihr-emergency/en/

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2016年9月2日 金曜日

2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング

 2016年8月14日、幕張メッセで開かれたジャスティン・ビーバーのコンサートに来場した男性が麻疹(はしか)に感染していたことが発覚しました。この男性は、少し前にバリ島に旅行に行っていたそうです。報道によれば、帰国後発熱し、その後13日ごろより全身に皮疹が現れたものの、その状態で13~15日に神奈川県と東京都に旅行。14日に幕張メッセのコンサートに参加。コンサートに集まったのは約25,000人と発表されています。

 2016年8月30日、関西エアポート株式会社は<空港内従業員の「麻疹(はしか)」感染について>というタイトルのプレスリリースを発表しました。同社のグループ会社の従業員複数人が麻疹に感染し、そのなかには接客業務に従事していた従業員もいるとのことです。

 コンサート会場や空港のような場所に大勢の人が集まることを「マスギャザリング」と呼びます。そして麻疹は「空気感染」します。空気感染は飛沫感染とはまったく異なります。風疹やおたふく風邪、インフルエンザなどは飛沫感染であり、これらは感染者に近づかなければ感染しません。一方、空気感染というのは、その場にいるだけで感染のリスクがあります。コンサート会場の端から端にまで感染するかどうかは分かりませんが、少なくとも教室程度であれば同じ空間にいるだけで感染の可能性がでてきます。

 日本はWHOによる「麻疹排除の認定」をようやく2015年3月に受けたところです。もしも再び麻疹流行が起これば排除認定を取り消される事態になるかもしれません。

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 マスギャザリングには、他にも、学校、ショッピングモール、教会、地下鉄・・・、といくらでもあります。世界的にはマスギャザリングがテロの標的になることがしばしば指摘されますが、感染症にも注意が必要です。

 それにしても不可解なのは関西エアポート株式会社の”姿勢”です。空港で働くのにもかかわらず、麻疹の抗体検査やワクチン接種を従業員にしていなかったことが白日の下に曝されました。空港の職員は感染症対策を実施していて当然と私自身も考えていましたが、実はそうではなかったということです。しかも、発表されたプレスリリースには、従業員の感染症対策がなおざりになっていたことに対する謝罪は一切なく、呆れてしまいます。

 こうなれば自分の身は自分で守るしかありません。まずは、あなたとあなたの家族に麻疹抗体があるかどうか速やかに調べるべきしょう。あるいは、マスギャザリングを避けられない人は抗体検査を省略し速やかにワクチン接種をすべきかもしれません。

参考:
医療ニュース2015年4月3日「ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定」
はやりの病気第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

毎日新聞「医療プレミア」
麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
SSPE−−恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと

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2016年8月30日 火曜日

2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性

 胃潰瘍や逆流性食道炎、またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられる「プロトンポンプインヒビター」(以下PPI)と呼ばれる薬が認知症のリスクになるということが報じられ、随分と話題になったということを過去に述べました(注1)。

 そのPPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることが発表されました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなる、ということです。この研究を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)です。

 PPIは胃酸の分泌を抑制する薬です。そのPPIがなぜ血管を障害するのでしょうか。実は、血管内皮細胞も少量の酸を分泌することがわかっています。胃酸は食べ物を消化するために分泌されますが、血管内皮細胞が分泌する酸は、細胞内に蓄積する不要物を分解するために必要なのです。そして、その酸を分泌するのがリソソームと呼ばれる細胞の中にある小器官です。PPIはそのリソソームの酸分泌作用を阻害するというわけです。

 PPIのせいでリソソームは必要な酸を分泌できなくなり、その結果、血管内皮細胞の老化が進行し動脈硬化が促進されるという機序です。

 こうなると気になるのはもうひとつの胃酸抑制剤であるH2ブロッカーです。この論文ではH2ブロッカーについても言及しています。幸いなことに、H2ブロッカーは血管内皮細胞に作用せず心血管系疾患のリスクとはならないようです。

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 米国ではPPIは処方箋なしで薬局で誰もが買える薬ですから、米国心臓学会が注意勧告をおこなうのは当然でしょう。では、日本ではどうかというと、日本では薬局では購入できないのですが、内服している人は非常に多いと言えます。

 PPIは、保険診療上の制限があり、最長でも8週間しか処方できないことになっています。しかし、なぜか数年単位で内服している人が少なくありません。当院にそのような患者さんが受診したときは、H2ブロッカーに変更してもらい、効果に乏しいときはH2ブロッカーを増量して対処します。それでも改善しないときは、他の薬を併用し、PPIは「最後の砦」として最重症例のみに短期間使用します。

 認知症のみならず心血管系のリスクにもなるPPI、これからはより慎重になる必要があるでしょう。ただし、他の薬と同様、使用すべき時はしっかりと使用すべきですから、自身の判断で止めてはいけません。必ずかかりつけ医に相談しなければなりません。

注1:はやりの病気
第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:このレポートのタイトルは「Heartburn drug damages blood vessel cells in lab finding」です。下記URLを参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/heartburn-drug-damages-blood-vessel-cells-in-lab-finding

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2016年8月22日 月曜日

第163回(2016年8月) 医師の飲酒は許されるのか

 酔っ払った医師に診てもらいたいと思う人はいませんし、そもそも倫理的に許されるはずがありません。しかし、正直に告白すると、私は飲酒している状態で患者さんの診察をしたことがあります。

 今、「正直に告白すると」という言葉を使いましたが、じつはこのサイトですでに公表しています(注1)。200X年のある日、東南アジアのある国への渡航時、2本目のビールをたしなみうたた寝をしているときに機内アナウンスが流れました。一度は聞こえないフリをし、「診察が上手くいかず飲酒していたことが発覚したら・・・」という気持ちが立ち上がることを抑制しました。しかし、気づけば2回目のアナウンスが終わるまでに身体が自然に立ち上がっていました。

 幸い、そのときは事なきを得ましたが、それ以来、機内で飲酒することへの罪悪感が拭えなくなりました。と言っても結局2回に1回くらいはビールを注文してしまうのですが・・・。しかし、機内では美味しさを感じられなくなりましたし、量も、缶ビール1杯も飲めなくなってしまいました・・・。

 最近、対馬在住の医師が犯した事件が報道され物議を醸しました。

 2016年7月9日午前2時10分ごろ、対馬市の国道382号線で飲酒運転の医師(59歳男性)が現行犯逮捕されました。この日、長崎県警津島南署は飲酒検問をおこなっており、医師はその検問を振り切って逃げ、パトカーで追いかけられ逮捕に至ったそうです。

 この医師が勤務する病院によれば、この医師が担当する患者が危篤状態となり病院から呼び出しがあり、この患者はその後死亡。逮捕されたのは島で唯一のがんの放射線治療ができる医師(放射線科医)だったそうです。

 医師が投稿する掲示板などをみると、医師に同情する意見と非難する意見の双方が寄せられています。同情する意見で多いのは、対馬で深夜にタクシーを呼ぶのは現実的でなく、マスコミの取材でタクシー会社はその時間にも営業していたことが分かったそうですが、すぐに来るのか、という問題もありますし、そもそもこの医師は自分で運転しなければ間に合わないと判断したのでしょう。(実際、患者はその後死亡しています)

 また、人の命が関わっている緊急性を要する事象なのだから、「警察は飲酒運転を見逃すべきであった」、とか、極端な意見になると、「警察がパトカーで病院まで医師を送迎すべき」とするものもありました。

 一方、医師を非難する人たちは、この医師が検問を振り切って突破したことを問題とし、それで交通事故が起こればどうするんだ、と糾弾しようとしています。これはもっともな理由であり、もしも飲酒運転の医師にはねられれば、飲酒運転の理由がどのようなものであれ、「はい、そうですか」、と納得することはできません。

 私が医師の意見を読んでいて不思議に思うのは、タクシーか自家用車か、ではなく、「飲酒した状態で診察・治療することを問題とした声がなぜ出てこないのか」、ということです。医師が飲酒して診察などもってのほかだ!、といった正論を言いたいわけではありません。特定の治療がおこなえる医師が対馬にひとりしかいないのであれば、これからこの医師の後を継ぐ新しい医師もまた同じ問題に直面することになります。

 これはとても重要な問題だと私は以前から思っているのですが、なぜか一般のメディアも、当事者の医師もあまり問題として認識していません。日本が医師不足なのは今さら言うまでもないことです。また、多数の島を有する日本では、その島に医師がひとりだけ、ということは珍しくありませんし、離島でなくても、医師がひとりだけという山間部の過疎地域もたくさんあります。

 では、そのような地域で働く場合、あるいは対馬のように少し大きな島でも、今回の事件のように他に替わる医師がいない場合、医師は飲酒してはいけないのでしょうか。あるいは、運転はともかく飲酒した上での診療については大目に見るべきなのでしょうか。

 沖縄にかつて日本軍も駐屯していた南大東島という離島があります。人口1,500人ほどのこの島には医師はひとりしかいません。今年(2016年)の3月まで、私の後輩となる大阪市立大学出身の太田龍一医師が3年間ひとりでこの島の医療を担っていました(注2)。ちょうど、3年間の勤務を終え、次の勤務地(島根県だそうです)へ赴任する前に大阪に寄るとのことだったため、私は彼を食事に誘いました。

 南大東島で医師ひとりでおこなう医療の話は興味深いものばかりだったのですが、私は以前から気になっていた飲酒について尋ねてみました。なんと、太田先生は3年の間一滴もお酒を飲まなかったというのです。日ごろから飲酒しない人には想像しにくいかもしれませんが、太田医師は島に赴任する前は飲酒していたそうです。実際、そのときの食事で太田先生は3年ぶりのお酒を美味しそうに飲んでいました・・・。私自身も、お酒がなければ生きていけない、というほどではありませんが、3年間一滴も飲まないということに耐えられるかどうか・・・。

 私の予想どおり、太田医師は島での祭りや運動会などにも積極的に参加していたそうです。当然こういったイベントの後にはお酒がつきものです。通常の夕食時にはお酒がなくても平気であっても、ハレの日くらいは飲みたくなるものです。(私がそうです・・・)

 太田医師は医学部の頃から離島を含むへき地医療に関心があり、南大東島での勤務が決まった時点で、3年間一滴も飲まないことを決意したそうです。

 しかし、日本の医療全体を見据えたとき、これでいいのでしょうか。飲酒しない人からすれば、「当然じゃないか。そもそも医師は夜間に呼び出されることもある職業なんだから、医学部を卒業した時点で、飲酒禁止にすればいいだけだろ。イスラム教徒を見習え!」と感じるかもしれません。たしかに、この意見は筋が通っています。最近は医学部の人気が上昇しているそうですから、医学部を目指す飲酒嫌いの人がいれば、こういう規則ができれば喜ぶかもしれません。

 飲酒して「いい立場の医師」と「してはいけない医師」をはっきりと線引きするというのもひとつの方法かもしれません。対馬の例でいえば、放射線科医の勤務枠はひとつだけであり、「対馬を希望する放射線科医は飲酒不可」と決めておくのです。ただし、こんなルールがあれば応募する医師がいなくなる可能性もあります。では、逆に放射線科医を2名雇い、夜間に呼び出される日を二日に一度にする、という方法はどうでしょう。大きな島ならできるでしょうが、おそらく対馬の規模であれば人件費がでないでしょう。また、南大東島、あるいはもっと小さな島に医師二人は無理です。

 では、やはり医師の大部分は飲酒禁止とすべきなのでしょうか。もしも国民投票がおこなわれればあっさりとそう決まってしまうかもしれません。以前、厚労省保険局医療課長が、「患者さんに24時間対応する役割を果たすのが本来のかかりつけ医」と発言していますし(注3)、医師の間では有名な秋田県のK村では住民の厳しい要求に耐えられずほとんどの医師が数か月で辞めていくそうです(注4)。

 私の場合、太融寺町谷口医院をスタートさせたときは24時間電話を取っていましたが、緊急性のまったくない電話が鳴りやまず、1年もたたないうちに電話を取ることを中止しました。そして今は、夜間や休日には電話にでず、自宅や外で飲酒することもありますし、美味しく飲めなくなってしまったとはいえ国際線に搭乗するときに飲酒することもあります。

 医師はどのようなときに飲酒してはいけないのか。対馬で勤務する放射線科医や離島で働く医師は絶対に飲んではいけないのか。地域医療に従事する夜間にも往診することのある医師はどうなのか。一度きちんと議論して、規則をつくるべきではないでしょうか。

 実は今、タイから帰国するところでこの原稿を機内で書いています。隣の席の大柄な白人男性はすでに2本目のハイネケンを開けています。私は今、目の前のオレンジジュースをビールに替えてもらうかどうか悩んでいるところです・・・。

注1:下記コラムで述べています。

はやりの病気第122回(2013年10月)「飛行機の中の病気」

注2:太田龍一医師の活躍については、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」を参照ください。

http://mainichi.jp/premier/health/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E9%BE%8D%E4%B8%80/

注3:下記を参照ください。

マンスリーレポート2014年4月号「医療費を安くする方法~後編~」

注4:下記を参照ください。

メディカルエッセイ第132回(2014年1月)「医師の労働時間の実態」

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2016年8月22日 月曜日

第156回(2016年8月) 低カリウム血症の意外な理由

 医師国家試験の勉強をしているとき、私が苦手だった病態のひとつが「低カリウム血症」でした。カリウムが低いなら野菜や果物を摂ればいいではないか、という簡単な話ではもちろんなくて、試験では「なぜ低カリウムになっているか」を考えなければなりません。また、実際に医師になってからも、患者さんの低カリウムがみつかることはしばしばあり、この原因を突き止めなければなりませんし、場合によっては緊急入院してもらわなくてはならないこともあります。当たり前ですが、実際の臨床は試験とは違いますから誤診は許されません。

 なぜ私は試験で低カリウム血症が苦手だったのか。最大の理由は、低カリウム血症の原因となる疾患が山ほどあるからです。少し例を挙げると、腎血管性高血圧、原発性アルドステロン症、尿細管アシドーシス、クッシング症候群、褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群、ファンコーニ症候群、バーター症候群、ギッテルマン症候群、リドル症候群、・・・・。慣れないうちは「低カリウム」と聞いただけで頭がクラクラしたものです。

 低カリウムの原因には薬剤性もあります。つまり、どの薬が低カリウムの原因になりうるか、とういことはあらかじめ知っておかねばならないのです。少し例をあげると、一部の利尿薬、インスリン、一部の降圧薬、テオフィリン(喘息で使う薬)、また漢方薬の主成分のひとつである甘草(かんぞう)でも起こります。

 限られた時間のなかで回答せねばならない試験で低カリウムがでてくると、やれやれ・・・、という気持ちにはなりますが緊張感はありません。怖いのは実際の診察室です。身体がだるい、力がはいらない、手がふるえる、身体がむくむ、体重が減っている、頭痛が止まらない、めまいがする・・・、こういった患者さんが受診すれば、低カリウム血症を一度は疑わねばなりません。

 そして、程度の差はあれ、実際に低カリウムになっていることは珍しくありません。では、国家試験の問題を解くような気持ちで、ひとつひとつの病気を吟味しなければならないのでしょうか。例えば、「ん? ギッテルマン症候群では血圧は上がるんだったっけ? リドル症候群はたしか遺伝性疾患だからこの年齢まで発見されないのはおかしいよな。遺伝は優性遺伝でよかったかな?もしかして劣性遺伝?」なんてことをゆっくりと考えているヒマはありません。診断は正確にしなければなりませんが、苦しんでいる患者さんが目の前にいるわけですから迅速さも大切なのです。

 実際に診察室で診る低カリウム血症は大半が「若い女性」です。「若い」というのはだいたい10代後半から50代前半くらいです。(50代は若くないという意見もあるかもしれませんが、医療の現場で50代は「若い」のです)

 私が医学部の学生で試験対策をしているときは低カリウム血症の鑑別、つまり低カリウムをおこしている元の疾患を探し出すことに苦労しました。今は、まったく別のことで苦労しています。多くの場合(すべてではありません)、若い女性の低カリウム血症の原因は、嘔吐・下痢・多尿のいずれかです。大切なカリウムが嘔吐物、便、尿と一緒に体外に出て行ってしまい、その結果低カリウム血症となるというからくりです。なぜ嘔吐・下痢・多尿が起こっているかについてもだいたい推測が可能で、ほとんどのケースでそれは当たっています。

 大変なのはここからです。まず、最も困るのが、私の「推測」が患者さんに否定されるときです。推測が本当に外れているなら否定されるのは当然ですが、私の「推測」はたいてい当たっています。では、なぜ彼女たちは私の「推測」を否定するのでしょうか。その理由は後で述べます。

 もうひとつ大変なのは、私の「推測」が当たっていることを認めてくれたとしても、その原因をなかなか取り除いてくれない、つまり私の言うことを聞いてくれないことがしばしばあるからです。この理由も後で述べます。

 では若い女性に嘔吐・下痢・多尿はなぜ起こるのでしょうか。もちろんお酒を飲みすぎれば嘔吐しますし、食中毒があれば下痢をしますし、コーヒーや緑茶など利尿効果の高いものを飲めば多尿は起こります。ただし、この程度では重症の低カリウム血症にはなりません。重症の放っておいてはいけない低カリウム血症になるのは、尋常でないほどに嘔吐・下痢・多尿が起こるときで、これらには何らかの”行動”があるはずです。

 ひとつひとつをみていきましょう。まず、「嘔吐」の原因は摂食障害(拒食症)です。摂食障害の場合、患者さんは吐いていること自体は比較的簡単に認めますが、それを病気だと認識していません。うつ病を併発し、いかにも病んでいる、という感じの女性もいますが、その逆に、快活で自己主張もはっきりしている優等生タイプも少なくないのです。実際に学校の成績がよい学生や、働く世代であれば若いのに役職がついているような人もいます。嘔吐を繰り返していることは認めてもそれが病気であるとは思っていませんから、治療をしましょうと言っても聞いてくれませんし、精神科受診を勧めても拒否されることが多いといえます。それに、精神科受診すればすべて解決するわけではなく、また精神科医からみても摂食障害は難治性疾患であり、実際、病院によっては「摂食障害は紹介しないでほしい」と言われることもあります。

「下痢」は下剤(便秘薬)を使っているからです。しかも大量に。このケースは、初めは便秘解消目的で下剤を使っているのですが、そのうちにたくさん食べても吸収される前に、下剤を使って便として出してしまえば太らないだろうと考えるようになるのです。この人たちにも病識はありません。むしろ、「吐くのは問題だけど便をするならOK」と考えていることも多々あります。

「多尿」は利尿薬の乱用です。利尿薬は薬局で買えませんからクリニックや病院を複数受診し入手しているか、あるいは最近はネットでも簡単に買えます。日本の医療機関で他人に処方されたものをその人から購入するのは違法ですが、個人輸入で海外製を購入するのは合法です。国内製品ならば医師の処方がないと使用できない薬品が、海外製品であればクリックひとつで購入できてしまうというのはどう考えてもおかしいと思うのですが、これが現実です。ある海外輸入のサイトをみてみると、「芸能人やモデルに人気の〇〇〇〇〇は、全身のむくみなどを取り除く利尿剤です」と書かれていました。

 むくみの原因は様々で、たしかに、定期的に利尿薬を使った方がいい場合もあります。しかし、その場合は、適切なタイミングで採血をおこない、カリウムが下がっていないかどうか、また他の副作用が出ていないかどうかをチェックします。カリウムが低下傾向にあれば、カリウムを下げないタイプの利尿薬に変更、または併用することもあります。自分の判断で利尿薬を内服するのは絶対にやめなければなりません。

 嘔吐・下痢・多尿にあてはまりませんが、ここ数年で多いのが、やはり海外製のやせ薬による低カリウム血症です。一番多いのは甲状腺ホルモンが含まれているケースで、これは人為的に甲状腺機能亢進症をつくりだしているわけですから、低カリウムが起こるのは当然です。ただ、この人たちが医療機関を訪れるのは低カリウムがあるからではなく、嘔気、めまい、頭痛、動悸などに耐えられなくなるからです。

 ここまでくればもうお分かりだと思います。若い女性の低カリウム血症の大半は「やせ願望」から起こっている異常行動が原因です。興味深いことに、私の経験で言えば、彼女らは実際にはそれほど太っていないどころか、すでにやせている女性も少なくありません。にもかかわらず、もっとやせたいと考えているのです。こういったやせかたが危険であることを説明すると、分かってもらえることもありますが、なかなか理解してもらえないこともよくあります。最も困るのが下剤や利尿薬を使っていることを認めてくれない場合です。患者さんが認めないのになぜ断定できるんだ、という声もあるでしょうが、例えば入院すればすぐに回復し、退院するとすぐに低カリウムになるという人は、「物証」はありませんが、まず間違いなく医療者に嘘をついて病院外で何かをしています。低カリウムはときに大変危険です。致死的な不整脈をおこしており、直ちに集中治療室(ICU)に入院せねばならないこともあります。

 医師国家試験の低カリウムは原因をつきとめるのが大変です。しかし、実際の医療現場で苦労するのは患者さんに理解してもらい行動を改めてもらうことです。私が医師国家試験の問題を作成するなら、低カリウムの原因を考えさせる問題はほどほどにしておき、どうすればいきすぎたダイエット信仰を考え直してもらえるかを問うてみたいと思います。

参考:
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」

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