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2016年9月10日 土曜日

2016年9月 麻疹騒動から考える、かかりつけ医を持たないリスク

 幕張メッセのコンサートに麻疹(はしか)罹患者が参加していたことと、関西空港での集団感染を受け、現在麻疹が「パニック」と呼べるほどの状態になっています。実際の感染者は、例えばWHOが介入するほどの大規模なものにはなっていませんが、麻疹にかかるのではないか、麻疹のワクチンをすぐに打たなければ・・・、と考える人が増え、多くの医療機関に麻疹関連の問合せが殺到しています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)も例外ではなく、朝から晩まで麻疹の問合せの電話やメールが次々と寄せられます。ワクチンというのは、使用期限が短く「在庫確保」は他の薬のようにはできません。また、製造するのにかなりの時間がかかり、需要が増えたからといってすぐに増産体制に入れるわけではありません。

 現在麻疹ワクチンをうちたいけれどもうてないという人がたくさんいます。最近でワクチン不足になったのは2012年頃のA型肝炎ワクチン、2014年の風疹などが記憶に新しいですが、今回の麻疹はこれらの騒ぎをはるかに上回ります。これはもっともであり、A型肝炎は食物を介して感染(経口感染)するか、性感染かであり、風疹は飛沫感染であり感染者に近づかなければ感染しないのに対し、麻疹は空気感染ですから同じ場所にいるだけで感染の可能性がでてきます。ですから予防するのが困難であり、人が集まるところに行く人(注1)は気が気でないでしょう。

 ワクチン接種の原則は「理解してから接種する」であり(注2)、「かかりつけ医で接種する」のが基本です。かかりつけ医になら分からないことを何でも質問できるからです。(ですから、理解した上で「接種しない」という選択もあり得ます) したがって、谷口医院では、ワクチン接種は谷口医院をかかりつけ医にしている人を優先にしています。(しかし、今回の「パニック」は深刻で、谷口医院をかかりつけ医にされている人にも充分に行きわたらないのが現実です・・・)

 一方、谷口医院をかかりつけ医にしていない人には、麻疹ワクチンについてはお断りしているのが現状です。先に述べたように、A型肝炎や風疹と異なり、麻疹の感染力はけた違いに強いですから、谷口医院を受診したことがないという人に対してもなんとかしたいのですが、どうしようもありません。

 今回は、「かかりつけ医を持っていない」という人たちから寄せられた「健康だからかかりつけ医を持っていない。こんなときはどこに相談すればいいのか」という質問について考えていきたいと思います。

 好んで病気になる人はいませんから、できることなら医療機関のお世話にはなりたくありませんし、なったとしても最小限におさえたいのは誰もが思うことです。もう10年以上も医療機関を受診していない、職場の健診でも異常が出たことがない、という人は健康の「優等生」であり、こう考えると「かかりつけ医を持っていないこと」がいいことのように感じられます。私自身も「再診しなくていいように生活習慣の改善につとめましょう」と毎日患者さんに話しています。医療機関はサービス業ではなく、どちらかといえば警察や消防署のようなものです。つまり、できることならお世話になりたくないけれども、何かあったときには頼りになる存在です。

 ここで上手にかかりつけ医を利用しているといえる患者さんの例を紹介したいと思います。(ただし、本人が特定できないよう若干のアレンジを加えています)

 40代男性のEさんは、糖尿病、高血圧、高脂血症(高TG血症)、肥満、喫煙、運動不足、と生活習慣病のオンパレードでした。しかし、谷口医院の看護師の指導を受け(谷口医院では生活指導は医師の私よりも看護師が中心におこなっています)、Eさんは「やる気」を出しました。それまでの不摂生な生活を改め、禁煙に成功、苦手といっていた運動に取り組み減量にも成功。そして薬を中止してもいいレベルに採血データが改善。谷口医院初診時から2年後の会社の健康診断ではなんとオールA! 現在Eさんは、年に一度、インフルエンザのワクチン目的で谷口医院を受診されています。

 もう1例紹介します。今度は30代女性のFさんです。Fさんはアレルギー性鼻炎とアトピー性皮膚炎があり、風邪をひくと喘息の様な咳が続くという訴えで数年前に谷口医院を受診しました。生活習慣を聞くと、薬よりも環境の改善が重要そうです。寝室にネコを入れないようにする。絨毯やラグを処分しフローリングにする。空気清浄機を置く。部屋はまめに掃除する。花粉のシーズンにはマスクをし、帰宅後すぐにシャワーをする。規則正しい生活をおこない風邪の予防につとめる。などの工夫で、以前は毎日何種類も内服薬が必要だったのが、現在はマイルドな抗ヒスタミン薬を月に1~2錠使うだけです。また定期的な運動を始めたおかげで、持病の頭痛と便秘からも解放されたと言います。Eさんと同様、ここ数年間の受診は年に一度。インフルエンザのワクチンと、その日に抗ヒスタミン薬20錠程度の処方(Fさんにとっては1年分)を受け取るだけです。

 Eさん、Fさんの例にあるように、どれだけ健康な人でもインフルエンザのワクチンは年に一度接種すべきです。(今回のコラムの趣旨から離れるためこれ以上は述べませんが、例えば米国CDC(米疾病対策センター)は「生後6カ月以上のすべての人はインフルエンザワクチンを接種すべき」と勧告しています(注3))。

 このコラムを読んで、あなたが「では、現在かかりつけ医を持っていないので、かかりつけ医を持つきっかけとしてどこかのクリニックでインフルエンザのワクチンをうとう」と考えたとしましょう。それはとてもいい考えなのですが、残念ながら簡単ではないかもしれません。麻疹と同様、インフルエンザのワクチンも品薄になることがよくあるからです。ですから谷口医院では、毎年、インフルエンザのワクチンは「谷口医院を一度でも受診したことのある人だけ」とさせてもらっています。(ただし、ここ2~3年は、「なんとかうってもらえないですか」という問合せが多数寄せられているために、一度も谷口医院を受診したことがない人にも接種できるように検討中です。しかし、あまり増えすぎると、日ごろ受診している患者さんの待ち時間が長くなりますからこのあたりの加減には苦労しそうです)

 生涯一度も警察のお世話にならないという人はいるかもしれませんが、医療機関を一度も受診せずに一生を終える、という人は極めて稀でしょう。ならば、何か健康上のことで気になることがあれば、なんでも相談できるクリニックを持っておくのが賢明です。もちろんかかりつけ医ですべての治療ができるわけではありません。谷口医院でも大きな病院を紹介することは頻繁にあり、大病院への紹介状を1枚も書かない日はほとんどありません。そして病院での検査や手術が終わればまた谷口医院に戻ってこられます。

 最近受診した患者さんで、麻疹のワクチンを希望されていたものの在庫がなく接種できなかった、という人がいました。その患者さんは残念そうにされていましたが、麻疹についていくつかの疑問があり、それを私に尋ねました。空気感染と飛沫感染の違い、ワクチンの有用性と副作用、以前は1度の接種でいいと聞いていたのになぜ2回接種しなければならなくなったのか、外出時には何をすればいいのか、などを質問され、抗体検査をしていくことになりました(注4)。「ワクチンがうてなかったのは残念だけど、いろいろと学べてよかった。検査結果も聞きに来ますし、また他のことで気になることがあれば相談します」と言って帰られました。

 我々としても希望されていたワクチンを供給できなかったことは心苦しいのですが、これを機に、正しい知識の習得に努めてもらい、かかりつけ医を持つ重要性を理解してもらえれば嬉しく思います。

注1:このような人の集まりのことを「マスギャザリング」と呼びます。下記「医療ニュース」を参照ください。

医療ニュース2016年8月31日「麻疹とマスギャザリング」

注2:興味のある方は下記を参考にしてください。

毎日新聞「医療プレミア」:「理解してから接種する「ワクチン」の本当の意味の効果」

注3:下記が参考になると思います。

毎日新聞「医療プレミア」:「インフルエンザワクチンは必要?不要?」

注4:麻疹ワクチンの誤解はたくさんありますが、最も有名なのは英国の元医師による「MMRワクチン論文捏造事件」でしょう。興味のある方は下記コラムを参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」: 「麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪」

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2016年9月2日 金曜日

2016年9月2日 ポリオの脅威、東南アジアにもじわり

 ポリオ(急性灰白髄炎)が世界のいくつかの国で急増し、2014年5月にWHOが緊急事態宣言を発表したことを過去に紹介しました(注1)。その後もじわりと感染地域が広がり、ついに東南アジアにも感染者が出るようになりました。

 2016年8月22日のWHOの発表(注2)によれば、現在WHOが感染の可能性があるとしている国は次のとおりです。

・パキスタン:最後の輸出例の報告が2016年2月1日。現在「国外に輸出している国」

・アフガニスタン:最後の輸出例の報告は2016年6月6日。現在「国外に輸出している国」

・ナイジェリア:発生はあるが輸出はしていない

・マダガスカル:同上

・ミャンマー:同上

・ギニア:同上

・ラオス:同上

 現在、パキスタン政府は、同国に4週間以上滞在する外国人にポリオワクチン接種を義務化し、WHOが推奨する国際予防接種証明書の交付を行っています。

 アフガニスタン政府は、WHOの勧告の下、アフガニスタンに入国するポリオ撲滅国(日本も含みます)からの外国人に対し、ワクチン未接種者はアフガニスタン出国にあたりアフガニスタン国内の医療機関でポリオワクチン接種を受けなければならない」としています。

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 パキスタン、アフガニスタンともに手続きが複雑そうです。このような規則は予告もなく変更されますから渡航時には最新情報を入手する必要があります。また、ラオスやミャンマーを訪れる日本人は観光でもビジネスでも年々増えています。

 ではこれら地域に渡航するときにまずすべきことは何でしょうか。ワクチン接種をおこなう前に抗体検査をするのがいいでしょう。ただし、ポリオには3種類あり、すべてを調べなくてはなりませんから、価格は高くなります。私自身も調べてみると、ポリオの2型のみ陽性で、1型と3型は陰性。結局ワクチンを接種することになりました。

 日本人の成人のポリオ抗体陽性率のデータは(私の知る限り)ありません。私の場合、もちろん新生児時に2回の生ワクチンを接種しています。それでも消えていたわけですから、(私だけが特異ということもないでしょうから)、多くの日本人成人はポリオワクチン接種が必要なのではないかと思われます。

注1:下記を参照ください。
医療ニュース2014年5月30日「ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2016/10th-ihr-emergency/en/

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2016年9月2日 金曜日

2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング

 2016年8月14日、幕張メッセで開かれたジャスティン・ビーバーのコンサートに来場した男性が麻疹(はしか)に感染していたことが発覚しました。この男性は、少し前にバリ島に旅行に行っていたそうです。報道によれば、帰国後発熱し、その後13日ごろより全身に皮疹が現れたものの、その状態で13~15日に神奈川県と東京都に旅行。14日に幕張メッセのコンサートに参加。コンサートに集まったのは約25,000人と発表されています。

 2016年8月30日、関西エアポート株式会社は<空港内従業員の「麻疹(はしか)」感染について>というタイトルのプレスリリースを発表しました。同社のグループ会社の従業員複数人が麻疹に感染し、そのなかには接客業務に従事していた従業員もいるとのことです。

 コンサート会場や空港のような場所に大勢の人が集まることを「マスギャザリング」と呼びます。そして麻疹は「空気感染」します。空気感染は飛沫感染とはまったく異なります。風疹やおたふく風邪、インフルエンザなどは飛沫感染であり、これらは感染者に近づかなければ感染しません。一方、空気感染というのは、その場にいるだけで感染のリスクがあります。コンサート会場の端から端にまで感染するかどうかは分かりませんが、少なくとも教室程度であれば同じ空間にいるだけで感染の可能性がでてきます。

 日本はWHOによる「麻疹排除の認定」をようやく2015年3月に受けたところです。もしも再び麻疹流行が起これば排除認定を取り消される事態になるかもしれません。

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 マスギャザリングには、他にも、学校、ショッピングモール、教会、地下鉄・・・、といくらでもあります。世界的にはマスギャザリングがテロの標的になることがしばしば指摘されますが、感染症にも注意が必要です。

 それにしても不可解なのは関西エアポート株式会社の”姿勢”です。空港で働くのにもかかわらず、麻疹の抗体検査やワクチン接種を従業員にしていなかったことが白日の下に曝されました。空港の職員は感染症対策を実施していて当然と私自身も考えていましたが、実はそうではなかったということです。しかも、発表されたプレスリリースには、従業員の感染症対策がなおざりになっていたことに対する謝罪は一切なく、呆れてしまいます。

 こうなれば自分の身は自分で守るしかありません。まずは、あなたとあなたの家族に麻疹抗体があるかどうか速やかに調べるべきしょう。あるいは、マスギャザリングを避けられない人は抗体検査を省略し速やかにワクチン接種をすべきかもしれません。

参考:
医療ニュース2015年4月3日「ようやく日本も麻疹(はしか)排除認定」
はやりの病気第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

毎日新聞「医療プレミア」
麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
SSPE−−恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと

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2016年8月30日 火曜日

2016年8月29日 胃薬PPIが血管の老化を早める可能性

 胃潰瘍や逆流性食道炎、またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられる「プロトンポンプインヒビター」(以下PPI)と呼ばれる薬が認知症のリスクになるということが報じられ、随分と話題になったということを過去に述べました(注1)。

 そのPPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることが発表されました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなる、ということです。この研究を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)です。

 PPIは胃酸の分泌を抑制する薬です。そのPPIがなぜ血管を障害するのでしょうか。実は、血管内皮細胞も少量の酸を分泌することがわかっています。胃酸は食べ物を消化するために分泌されますが、血管内皮細胞が分泌する酸は、細胞内に蓄積する不要物を分解するために必要なのです。そして、その酸を分泌するのがリソソームと呼ばれる細胞の中にある小器官です。PPIはそのリソソームの酸分泌作用を阻害するというわけです。

 PPIのせいでリソソームは必要な酸を分泌できなくなり、その結果、血管内皮細胞の老化が進行し動脈硬化が促進されるという機序です。

 こうなると気になるのはもうひとつの胃酸抑制剤であるH2ブロッカーです。この論文ではH2ブロッカーについても言及しています。幸いなことに、H2ブロッカーは血管内皮細胞に作用せず心血管系疾患のリスクとはならないようです。

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 米国ではPPIは処方箋なしで薬局で誰もが買える薬ですから、米国心臓学会が注意勧告をおこなうのは当然でしょう。では、日本ではどうかというと、日本では薬局では購入できないのですが、内服している人は非常に多いと言えます。

 PPIは、保険診療上の制限があり、最長でも8週間しか処方できないことになっています。しかし、なぜか数年単位で内服している人が少なくありません。当院にそのような患者さんが受診したときは、H2ブロッカーに変更してもらい、効果に乏しいときはH2ブロッカーを増量して対処します。それでも改善しないときは、他の薬を併用し、PPIは「最後の砦」として最重症例のみに短期間使用します。

 認知症のみならず心血管系のリスクにもなるPPI、これからはより慎重になる必要があるでしょう。ただし、他の薬と同様、使用すべき時はしっかりと使用すべきですから、自身の判断で止めてはいけません。必ずかかりつけ医に相談しなければなりません。

注1:はやりの病気
第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:このレポートのタイトルは「Heartburn drug damages blood vessel cells in lab finding」です。下記URLを参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/heartburn-drug-damages-blood-vessel-cells-in-lab-finding

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2016年8月22日 月曜日

第163回(2016年8月) 医師の飲酒は許されるのか

 酔っ払った医師に診てもらいたいと思う人はいませんし、そもそも倫理的に許されるはずがありません。しかし、正直に告白すると、私は飲酒している状態で患者さんの診察をしたことがあります。

 今、「正直に告白すると」という言葉を使いましたが、じつはこのサイトですでに公表しています(注1)。200X年のある日、東南アジアのある国への渡航時、2本目のビールをたしなみうたた寝をしているときに機内アナウンスが流れました。一度は聞こえないフリをし、「診察が上手くいかず飲酒していたことが発覚したら・・・」という気持ちが立ち上がることを抑制しました。しかし、気づけば2回目のアナウンスが終わるまでに身体が自然に立ち上がっていました。

 幸い、そのときは事なきを得ましたが、それ以来、機内で飲酒することへの罪悪感が拭えなくなりました。と言っても結局2回に1回くらいはビールを注文してしまうのですが・・・。しかし、機内では美味しさを感じられなくなりましたし、量も、缶ビール1杯も飲めなくなってしまいました・・・。

 最近、対馬在住の医師が犯した事件が報道され物議を醸しました。

 2016年7月9日午前2時10分ごろ、対馬市の国道382号線で飲酒運転の医師(59歳男性)が現行犯逮捕されました。この日、長崎県警津島南署は飲酒検問をおこなっており、医師はその検問を振り切って逃げ、パトカーで追いかけられ逮捕に至ったそうです。

 この医師が勤務する病院によれば、この医師が担当する患者が危篤状態となり病院から呼び出しがあり、この患者はその後死亡。逮捕されたのは島で唯一のがんの放射線治療ができる医師(放射線科医)だったそうです。

 医師が投稿する掲示板などをみると、医師に同情する意見と非難する意見の双方が寄せられています。同情する意見で多いのは、対馬で深夜にタクシーを呼ぶのは現実的でなく、マスコミの取材でタクシー会社はその時間にも営業していたことが分かったそうですが、すぐに来るのか、という問題もありますし、そもそもこの医師は自分で運転しなければ間に合わないと判断したのでしょう。(実際、患者はその後死亡しています)

 また、人の命が関わっている緊急性を要する事象なのだから、「警察は飲酒運転を見逃すべきであった」、とか、極端な意見になると、「警察がパトカーで病院まで医師を送迎すべき」とするものもありました。

 一方、医師を非難する人たちは、この医師が検問を振り切って突破したことを問題とし、それで交通事故が起こればどうするんだ、と糾弾しようとしています。これはもっともな理由であり、もしも飲酒運転の医師にはねられれば、飲酒運転の理由がどのようなものであれ、「はい、そうですか」、と納得することはできません。

 私が医師の意見を読んでいて不思議に思うのは、タクシーか自家用車か、ではなく、「飲酒した状態で診察・治療することを問題とした声がなぜ出てこないのか」、ということです。医師が飲酒して診察などもってのほかだ!、といった正論を言いたいわけではありません。特定の治療がおこなえる医師が対馬にひとりしかいないのであれば、これからこの医師の後を継ぐ新しい医師もまた同じ問題に直面することになります。

 これはとても重要な問題だと私は以前から思っているのですが、なぜか一般のメディアも、当事者の医師もあまり問題として認識していません。日本が医師不足なのは今さら言うまでもないことです。また、多数の島を有する日本では、その島に医師がひとりだけ、ということは珍しくありませんし、離島でなくても、医師がひとりだけという山間部の過疎地域もたくさんあります。

 では、そのような地域で働く場合、あるいは対馬のように少し大きな島でも、今回の事件のように他に替わる医師がいない場合、医師は飲酒してはいけないのでしょうか。あるいは、運転はともかく飲酒した上での診療については大目に見るべきなのでしょうか。

 沖縄にかつて日本軍も駐屯していた南大東島という離島があります。人口1,500人ほどのこの島には医師はひとりしかいません。今年(2016年)の3月まで、私の後輩となる大阪市立大学出身の太田龍一医師が3年間ひとりでこの島の医療を担っていました(注2)。ちょうど、3年間の勤務を終え、次の勤務地(島根県だそうです)へ赴任する前に大阪に寄るとのことだったため、私は彼を食事に誘いました。

 南大東島で医師ひとりでおこなう医療の話は興味深いものばかりだったのですが、私は以前から気になっていた飲酒について尋ねてみました。なんと、太田先生は3年の間一滴もお酒を飲まなかったというのです。日ごろから飲酒しない人には想像しにくいかもしれませんが、太田医師は島に赴任する前は飲酒していたそうです。実際、そのときの食事で太田先生は3年ぶりのお酒を美味しそうに飲んでいました・・・。私自身も、お酒がなければ生きていけない、というほどではありませんが、3年間一滴も飲まないということに耐えられるかどうか・・・。

 私の予想どおり、太田医師は島での祭りや運動会などにも積極的に参加していたそうです。当然こういったイベントの後にはお酒がつきものです。通常の夕食時にはお酒がなくても平気であっても、ハレの日くらいは飲みたくなるものです。(私がそうです・・・)

 太田医師は医学部の頃から離島を含むへき地医療に関心があり、南大東島での勤務が決まった時点で、3年間一滴も飲まないことを決意したそうです。

 しかし、日本の医療全体を見据えたとき、これでいいのでしょうか。飲酒しない人からすれば、「当然じゃないか。そもそも医師は夜間に呼び出されることもある職業なんだから、医学部を卒業した時点で、飲酒禁止にすればいいだけだろ。イスラム教徒を見習え!」と感じるかもしれません。たしかに、この意見は筋が通っています。最近は医学部の人気が上昇しているそうですから、医学部を目指す飲酒嫌いの人がいれば、こういう規則ができれば喜ぶかもしれません。

 飲酒して「いい立場の医師」と「してはいけない医師」をはっきりと線引きするというのもひとつの方法かもしれません。対馬の例でいえば、放射線科医の勤務枠はひとつだけであり、「対馬を希望する放射線科医は飲酒不可」と決めておくのです。ただし、こんなルールがあれば応募する医師がいなくなる可能性もあります。では、逆に放射線科医を2名雇い、夜間に呼び出される日を二日に一度にする、という方法はどうでしょう。大きな島ならできるでしょうが、おそらく対馬の規模であれば人件費がでないでしょう。また、南大東島、あるいはもっと小さな島に医師二人は無理です。

 では、やはり医師の大部分は飲酒禁止とすべきなのでしょうか。もしも国民投票がおこなわれればあっさりとそう決まってしまうかもしれません。以前、厚労省保険局医療課長が、「患者さんに24時間対応する役割を果たすのが本来のかかりつけ医」と発言していますし(注3)、医師の間では有名な秋田県のK村では住民の厳しい要求に耐えられずほとんどの医師が数か月で辞めていくそうです(注4)。

 私の場合、太融寺町谷口医院をスタートさせたときは24時間電話を取っていましたが、緊急性のまったくない電話が鳴りやまず、1年もたたないうちに電話を取ることを中止しました。そして今は、夜間や休日には電話にでず、自宅や外で飲酒することもありますし、美味しく飲めなくなってしまったとはいえ国際線に搭乗するときに飲酒することもあります。

 医師はどのようなときに飲酒してはいけないのか。対馬で勤務する放射線科医や離島で働く医師は絶対に飲んではいけないのか。地域医療に従事する夜間にも往診することのある医師はどうなのか。一度きちんと議論して、規則をつくるべきではないでしょうか。

 実は今、タイから帰国するところでこの原稿を機内で書いています。隣の席の大柄な白人男性はすでに2本目のハイネケンを開けています。私は今、目の前のオレンジジュースをビールに替えてもらうかどうか悩んでいるところです・・・。

注1:下記コラムで述べています。

はやりの病気第122回(2013年10月)「飛行機の中の病気」

注2:太田龍一医師の活躍については、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」を参照ください。

http://mainichi.jp/premier/health/%E5%A4%AA%E7%94%B0%E9%BE%8D%E4%B8%80/

注3:下記を参照ください。

マンスリーレポート2014年4月号「医療費を安くする方法~後編~」

注4:下記を参照ください。

メディカルエッセイ第132回(2014年1月)「医師の労働時間の実態」

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2016年8月22日 月曜日

第156回(2016年8月) 低カリウム血症の意外な理由

 医師国家試験の勉強をしているとき、私が苦手だった病態のひとつが「低カリウム血症」でした。カリウムが低いなら野菜や果物を摂ればいいではないか、という簡単な話ではもちろんなくて、試験では「なぜ低カリウムになっているか」を考えなければなりません。また、実際に医師になってからも、患者さんの低カリウムがみつかることはしばしばあり、この原因を突き止めなければなりませんし、場合によっては緊急入院してもらわなくてはならないこともあります。当たり前ですが、実際の臨床は試験とは違いますから誤診は許されません。

 なぜ私は試験で低カリウム血症が苦手だったのか。最大の理由は、低カリウム血症の原因となる疾患が山ほどあるからです。少し例を挙げると、腎血管性高血圧、原発性アルドステロン症、尿細管アシドーシス、クッシング症候群、褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、抗利尿ホルモン不適合分泌症候群、ファンコーニ症候群、バーター症候群、ギッテルマン症候群、リドル症候群、・・・・。慣れないうちは「低カリウム」と聞いただけで頭がクラクラしたものです。

 低カリウムの原因には薬剤性もあります。つまり、どの薬が低カリウムの原因になりうるか、とういことはあらかじめ知っておかねばならないのです。少し例をあげると、一部の利尿薬、インスリン、一部の降圧薬、テオフィリン(喘息で使う薬)、また漢方薬の主成分のひとつである甘草(かんぞう)でも起こります。

 限られた時間のなかで回答せねばならない試験で低カリウムがでてくると、やれやれ・・・、という気持ちにはなりますが緊張感はありません。怖いのは実際の診察室です。身体がだるい、力がはいらない、手がふるえる、身体がむくむ、体重が減っている、頭痛が止まらない、めまいがする・・・、こういった患者さんが受診すれば、低カリウム血症を一度は疑わねばなりません。

 そして、程度の差はあれ、実際に低カリウムになっていることは珍しくありません。では、国家試験の問題を解くような気持ちで、ひとつひとつの病気を吟味しなければならないのでしょうか。例えば、「ん? ギッテルマン症候群では血圧は上がるんだったっけ? リドル症候群はたしか遺伝性疾患だからこの年齢まで発見されないのはおかしいよな。遺伝は優性遺伝でよかったかな?もしかして劣性遺伝?」なんてことをゆっくりと考えているヒマはありません。診断は正確にしなければなりませんが、苦しんでいる患者さんが目の前にいるわけですから迅速さも大切なのです。

 実際に診察室で診る低カリウム血症は大半が「若い女性」です。「若い」というのはだいたい10代後半から50代前半くらいです。(50代は若くないという意見もあるかもしれませんが、医療の現場で50代は「若い」のです)

 私が医学部の学生で試験対策をしているときは低カリウム血症の鑑別、つまり低カリウムをおこしている元の疾患を探し出すことに苦労しました。今は、まったく別のことで苦労しています。多くの場合(すべてではありません)、若い女性の低カリウム血症の原因は、嘔吐・下痢・多尿のいずれかです。大切なカリウムが嘔吐物、便、尿と一緒に体外に出て行ってしまい、その結果低カリウム血症となるというからくりです。なぜ嘔吐・下痢・多尿が起こっているかについてもだいたい推測が可能で、ほとんどのケースでそれは当たっています。

 大変なのはここからです。まず、最も困るのが、私の「推測」が患者さんに否定されるときです。推測が本当に外れているなら否定されるのは当然ですが、私の「推測」はたいてい当たっています。では、なぜ彼女たちは私の「推測」を否定するのでしょうか。その理由は後で述べます。

 もうひとつ大変なのは、私の「推測」が当たっていることを認めてくれたとしても、その原因をなかなか取り除いてくれない、つまり私の言うことを聞いてくれないことがしばしばあるからです。この理由も後で述べます。

 では若い女性に嘔吐・下痢・多尿はなぜ起こるのでしょうか。もちろんお酒を飲みすぎれば嘔吐しますし、食中毒があれば下痢をしますし、コーヒーや緑茶など利尿効果の高いものを飲めば多尿は起こります。ただし、この程度では重症の低カリウム血症にはなりません。重症の放っておいてはいけない低カリウム血症になるのは、尋常でないほどに嘔吐・下痢・多尿が起こるときで、これらには何らかの”行動”があるはずです。

 ひとつひとつをみていきましょう。まず、「嘔吐」の原因は摂食障害(拒食症)です。摂食障害の場合、患者さんは吐いていること自体は比較的簡単に認めますが、それを病気だと認識していません。うつ病を併発し、いかにも病んでいる、という感じの女性もいますが、その逆に、快活で自己主張もはっきりしている優等生タイプも少なくないのです。実際に学校の成績がよい学生や、働く世代であれば若いのに役職がついているような人もいます。嘔吐を繰り返していることは認めてもそれが病気であるとは思っていませんから、治療をしましょうと言っても聞いてくれませんし、精神科受診を勧めても拒否されることが多いといえます。それに、精神科受診すればすべて解決するわけではなく、また精神科医からみても摂食障害は難治性疾患であり、実際、病院によっては「摂食障害は紹介しないでほしい」と言われることもあります。

「下痢」は下剤(便秘薬)を使っているからです。しかも大量に。このケースは、初めは便秘解消目的で下剤を使っているのですが、そのうちにたくさん食べても吸収される前に、下剤を使って便として出してしまえば太らないだろうと考えるようになるのです。この人たちにも病識はありません。むしろ、「吐くのは問題だけど便をするならOK」と考えていることも多々あります。

「多尿」は利尿薬の乱用です。利尿薬は薬局で買えませんからクリニックや病院を複数受診し入手しているか、あるいは最近はネットでも簡単に買えます。日本の医療機関で他人に処方されたものをその人から購入するのは違法ですが、個人輸入で海外製を購入するのは合法です。国内製品ならば医師の処方がないと使用できない薬品が、海外製品であればクリックひとつで購入できてしまうというのはどう考えてもおかしいと思うのですが、これが現実です。ある海外輸入のサイトをみてみると、「芸能人やモデルに人気の〇〇〇〇〇は、全身のむくみなどを取り除く利尿剤です」と書かれていました。

 むくみの原因は様々で、たしかに、定期的に利尿薬を使った方がいい場合もあります。しかし、その場合は、適切なタイミングで採血をおこない、カリウムが下がっていないかどうか、また他の副作用が出ていないかどうかをチェックします。カリウムが低下傾向にあれば、カリウムを下げないタイプの利尿薬に変更、または併用することもあります。自分の判断で利尿薬を内服するのは絶対にやめなければなりません。

 嘔吐・下痢・多尿にあてはまりませんが、ここ数年で多いのが、やはり海外製のやせ薬による低カリウム血症です。一番多いのは甲状腺ホルモンが含まれているケースで、これは人為的に甲状腺機能亢進症をつくりだしているわけですから、低カリウムが起こるのは当然です。ただ、この人たちが医療機関を訪れるのは低カリウムがあるからではなく、嘔気、めまい、頭痛、動悸などに耐えられなくなるからです。

 ここまでくればもうお分かりだと思います。若い女性の低カリウム血症の大半は「やせ願望」から起こっている異常行動が原因です。興味深いことに、私の経験で言えば、彼女らは実際にはそれほど太っていないどころか、すでにやせている女性も少なくありません。にもかかわらず、もっとやせたいと考えているのです。こういったやせかたが危険であることを説明すると、分かってもらえることもありますが、なかなか理解してもらえないこともよくあります。最も困るのが下剤や利尿薬を使っていることを認めてくれない場合です。患者さんが認めないのになぜ断定できるんだ、という声もあるでしょうが、例えば入院すればすぐに回復し、退院するとすぐに低カリウムになるという人は、「物証」はありませんが、まず間違いなく医療者に嘘をついて病院外で何かをしています。低カリウムはときに大変危険です。致死的な不整脈をおこしており、直ちに集中治療室(ICU)に入院せねばならないこともあります。

 医師国家試験の低カリウムは原因をつきとめるのが大変です。しかし、実際の医療現場で苦労するのは患者さんに理解してもらい行動を改めてもらうことです。私が医師国家試験の問題を作成するなら、低カリウムの原因を考えさせる問題はほどほどにしておき、どうすればいきすぎたダイエット信仰を考え直してもらえるかを問うてみたいと思います。

参考:
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月12日 金曜日

2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

 この「医療ニュース」では取り上げませんでしたが、2015年10月にWHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)が、ハムやソーセージなど加工肉の発癌性を発表し(注1)世界中で物議を醸しました。しかも、IARCは加工肉を発がん分類の「グループ1」に分類したのです。グループ1というのは、「ヒトに対する発癌性が認められる(carcinogenic)」とされているもので、喫煙やアスベスト、(日焼けマシーンの)紫外線など、誰からみても明らかなものばかりがカテゴリーされています。

 IARCのこの発表を受け、世界中の食肉メーカーが抗議をし、世界中のマスコミがこれを報道しました。日本でも多くの新聞・雑誌がこの話題を取り上げ、識者のコメントを載せました。「食べ過ぎるのは良くないが、日ごろ日本人が食べている量くらいであれば心配ない」とするものがほとんどであり、いつのまにかこの話題を聞かなくなりました。しかし、加工肉がリスクであることには変わりなく、例えば、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」ことを発表し、その習慣のひとつに「加工肉を避ける」を挙げています。

 発ガンリスクのある食品、化学品、薬品などは多数あり、これらを最も科学的に分類しているのがIARC(注2)と言っていいと思います。そのIARCが「グループ3」(発癌性を否定できない)に含めているのが「コーヒー」です。

 しかし、この見解が変わりました。IARCは、依然コーヒーをグループ3のリストに入れてはいますが、2016年6月15日、「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表(注3)したのです。ただ、コーヒーを含む「とても熱い飲み物(very hot beverages)」は食道がんの可能性があるとして注意喚起をしています。

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 コーヒーががんのリスクになるどころか、その逆にいくつかのがんのリスクを減らし、生活習慣病の予防になることは、このサイトで何度も伝えてきました。しかし、これまではIARCが発がん性の可能性を指摘しており、これを懸念する声は上がっていました。

 もはやIARCがコーヒーの安全性のお墨付を与えたわけですから、今後コーヒーは「健康食」と言われるようになるかもしれません。

注1:IARCのこの発表は下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2015/pdfs/pr240_E.pdf

注2:下記を参照ください。

http://monographs.iarc.fr/

注3:下記を参照ください。

https://www.iarc.fr/en/media-centre/pr/2016/pdfs/pr244_E.pdf

参考:
医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2016年3月8日「コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下」
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年8月11日 木曜日

2016年8月 医学部の同窓会で驚いたことと気づいたこと

 先日、医学部卒業後初めての同窓会が開催されました。私は研修医を終えてから、複数の医療機関でさらなる研修を受け、タイのエイズ施設でボランティアをおこない、その後大学に籍を置いてからもいろんなところで勤務をし、かなり慌ただしく過ごしたために、結果としてほとんどの同級生とは卒業以来一度も顔を合わせていませんでした。もっとも、同窓会の開催が卒後初めてのことであり、私と同じように、同期と会うのは久しぶり、という同窓生も少なくはありませんでした。

 さて、その同窓会に出席して、私がとても驚いたことがあります。それは、「ほとんどの同級生がまったく変わっていない」ということです。これは「三つ子の魂百まで」という意味ではありません。もちろん、性格自体も変わっていないことは少し話せば分かるのですが、これは想像できたことです。私が驚いたのは、「外見」つまり「見た目」が変わっていない、ということです。

 私が医学部に入学したのは27歳時。現役で入学した人たちとは9歳離れていることになります。そんな彼(女)らも、今や一番若い人たちでも現在40歳直前です。さすがにこれだけ月日がたてば外見の変化は避けられないはずです。

 しかし、若い・・・のです。しかもほとんど例外なく。私は高校の同窓生にもときどき会いますし、大学(関西学院大学)時代の友達とも顔を合わせますが、何割かの男女は、若い頃の面影がまったく感じられないほど”激変”しています。ですから久しぶりに合うと、その変貌の大きさから、一瞥しただけでは同一人物だと認識できないことすらあります。

 私はその医学部の同窓会で、「みんなが変わっていないので驚いた」と何度も口にしたのですが、あまりこの話題にのってくれる人はいませんでした。おそらく、彼(女)らからすると、40歳前後に年をとったくらいでそんなに変わるわけないでしょ、という気持ちがあったのだと思います。つまり、彼(女)らからすれば、外見が大きく変貌した友達が周囲にいないことが予想されるというわけです。

 ところで、「若さ」は何で決まるのでしょうか。ひとつは「中年太り」という言葉があるように年と共に体重が増える人がいます。私が日々診ている患者さんのなかにも多く、20歳の頃から比べると10kg以上太ったという人もざらにいます。しかし、同窓会に来ていた医学部の同級生のなかで肥満はゼロでした。特に、女性は出産していても(なかにはすでに3人の子供のお母さんになっている人もいました)体重増加とは縁がないようで、大学生の頃と見た目がほとんど変わっていないのです。

 医学部の同級生は喫煙者もゼロです。私が高校や大学(関西学院大学)のときの友達と集まればだいたい3分の1くらいは今もタバコを吸っていますからこの違いは歴然です。医学部の同窓生もお酒は大半の人が飲みますが、見境なく飲むような人はいません。

 もうひとつ、私が同窓会で感じて、それが「若さ」の秘訣になっているのではないかと感じたことがあります。それは「明るくて真面目」ということです。仕事で辛いことがまったくない人などおらず、それなりのグチのような言葉は多少出ますが、それでも真面目に明るく向き合っているのです。仕事や上司のグチを延々と吐き続け、意識がなくなるほど泥酔する人を私は会社員時代に何度か見ましたが、医学部の同級生の間ではそういう人は皆無なのです。

 とても充実した同窓会に参加した私は後日、数か月前に読んだある新聞記事を思い出しました。それは「真面目な人ほど年収が高い」ということを示した研究です。さっそく調べてみると興味深いことがわかりました。

「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査2015」というタイトルの東京大学の研究(注1)で2016年4月25日に結果が公表されています。研究の対象者は29~49歳の5千人近くの男女です。アンケートで、①勤勉性、②まじめさ、③忍耐力を評価し、これらが年収と関係があるかどうかが調べられています。結果、①勤勉性が最も高いグループは最も低いグループに比べ65万円年収が高く、同様に、②まじめさ、③忍耐力ではそれぞれ73万円、75万円の差が認められたのです。

 ただし、私が言いたいのは、「医師は真面目だから年収が高い」、ということではありません。同窓会に参加して感じたのは、「真面目だから見た目が若い」ということです。これを主張するためには、別の研究結果を参照する必要があります。

 2010年に実施された「国民健康・栄養調査」では、年収と、体型、食生活、運動、喫煙などとの関係が示されています(注2)。この調査の結論を一言でいえば、「年収が高いほど健康的」となります。例えば、年収(世帯所得)が600万円以上の女性で肥満者は13.2%なのに対し、200万円未満の女性では25.6%と大きく上昇します。また、600万円以上の男性の野菜摂取量が293グラムなのに対し、200万円未満の男性では256グラムしかありません(注3)。

 厚労省が実施する「国民健康・栄養調査」の結果をみて、「年収が高くなければ健康になれないのか・・・。健康格差は年収で決まるのか・・。貧乏人は長生きできないってことなんだな・・・」と感じる人が多いでしょう。さらに、「昔に比べて所得格差が広がっているのは政府が悪いからで、政府のせいで低所得者の健康が危機にさらされている・・・」と思う人がいるかもしれません。

 私の考えは違います。「年収が高いから健康」なのではなく、「真面目だから規則正しい生活ができて健康を維持できる。そして真面目であれば高収入が期待できる。つまり真面目さが健康と高収入の双方につながり、そして身体のみならず精神的にも社会的にも安定が得られることで見た目が若くなる」、というものです。

 ここでもう一度医学部の同級生の話に戻ります。以前拙書にも書いたことがありますが、医学部の学生の大半は天才ではありません。そうではなくコツコツと真面目に努力を重ねるタイプです。大学の授業でも役立つことがあるから、と言って、高校時代の物理や数学のノートを持参する同級生に驚かされたことがあります。私は高校時代のノートなどもはやどこにもありません。というよりそもそもノートなど作った記憶がありません。しかし、医学部に入学してからは私も彼らに見習ってノートをきちんととるようにし、それは今も大切にとってあります。そうなのです。私は随分と年下の彼(女)たちの勉強に対する姿勢に影響を受け、私自身が真面目(と自分で言うのはこっぱずかしいですが・・・)になることができたのです。

 医学部に現役で合格する男女というのは、中学時代から、あるいはもっと前からコツコツと真面目に勉強しています。私が高校一年生の4月、たった3日で挫折してやめてしまった数学の「4ステップ」(教科書傍用問題集)も彼(女)らは、毎日続けていたのでしょう。彼(女)らは、少々のスランプが訪れたとしてもそれを乗り越える勤勉さと忍耐力を持っているのです。そしてその勤勉さや忍耐力が過酷な研修医生活を乗り越え、その後の激務もこなし、同時に家庭でも成功しているのです。

 私には元々真面目さ、勤勉さ、忍耐力のどれもが欠落しており、ただ「学問を学びたい」という”勢い”だけで医学部に入学しました。その後も「学びたい」という気持ちがさほどぶれなかったからこそその後の勉強ができたんだ、と思い込んでいましたが、今思えば、もしも彼(女)らに出会っていなければ、そのうち私の悪いクセがでて、勉強を放棄したかもしれません。

 真面目さ、勤勉さ、忍耐力は、ずいぶんと年下の同級生たちから学ばせてもらったのだ・・・。これが、私が同窓会に参加して彼(女)らの見た目の若さから気づいたことです。

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注1:この研究の詳細は下記URLを参照ください。

http://csrda.iss.u-tokyo.ac.jp/panel/PR/15PressRelease.pdf

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2012年2月6日「年収低いほど肥満、野菜不足、運動不足」

注3:詳しくは下記を参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000020qbb-att/2r98520000021c30.pdf

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2016年8月5日 金曜日

2016年8月5日 フィリピンから帰国した日本人女性がデング熱で死亡

 2016年7月21日、日本人女性がフィリピンから帰国しデング熱の重症型「デング出血熱」で死亡したことを、7月22日、厚生労働省が公表しました。

 厚労省の発表によれば、この女性は新潟県在住の30代で、6月29日から7月15日までフィリピンに滞在していました。(フィリピンのどこに滞在していたかは報道からは不明) 滞在中から頭痛や発熱を自覚し、帰国直後の16日に新潟市内の医療機関を受診、直ちに入院となりましたが出血などの症状が進行しており5日後に死亡が確認されています。デング出血熱で日本人が日本で死亡した事例は2005年以来ということになります。

 今年は蚊が媒介する感染症としてはジカ熱(ジカウイルス)が最も注目されていますが、世界全体でみればデング熱の方がはるかに重要です。デング熱は世界中の熱帯または亜熱帯で幅広くみられ、厚労省検疫所(FORTH)の発表(注1)によれば、デング熱ウイルス感染者は年間3億9千万人、そのうち9,600万人が臨床症状を発現しているとされています。(9,600万人以外の人は感染したけれども無症状だった、という意味です)入院が必要な重症のデング熱患者(デング出血熱も含めて)は、年間50万人と推測されており、そのうち約2.5%が死亡しています。

 デング熱ウイルスは蚊に刺されなければ感染しないわけですから、蚊対策が何よりも重要です。ウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカは日中に活動しますし、街中にもいます。ですから、感染の可能性のある地域に渡航するときは、半袖や半ズボンなどを着用するならDEETなどを用いなければなりません。私がこれまで見聞きした例でいえば、ビーチやプールサイドで蚊に刺されて発症というケースが目立ちます。日焼け止めはきちんと使用しているのに、虫よけ対策がおざなりになっているのです。

 死亡した新潟県の女性がどこまで蚊対策をしていたのかは不明ですが、おそらくワクチン接種はしていなかったでしょう。皮肉なことに、この女性が蚊に刺されたフィリピンでは、今年(2016年)4月から、小学生に無料ワクチン接種がおこなわれています。

 CNNの報道(注2)によれば、デング熱の重症例10人中9人まではこのワクチンで助かるそうです。フィリピン国立医大(注3)によれば、ワクチンにより、これから5年で24%の感染を防げるそうです。フィリピンでは、デング熱の患者が急増しており、2014年には12万人だったのが2015年には20万人に増えています。

 もっとも、ワクチンで感染が完全に防げるわけではないことはワクチンの製造会社であるサノフィパスツール社も認めています。また、副作用を懸念しワクチンに反対する声はフィリピンの医療者からも出ているようです(注4)。

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 今のところ、このワクチンが日本で接種できる予定はありません。どうしても接種したいという人はフィリピン、メキシコ、ブラジルなど、このワクチンが認可されている国の医療機関で相談してもいいかもしれません。しかし、このワクチンは3回接種が基本で、2回目は半年後、3回目はさらに半年たってから打たねばなりません。それを考えると蚊対策を徹底する方が現実的と言えるでしょう。どのみち、チクングニアやジカウイルスも同時に予防しなければならないのですから。

注1:下記を参照ください。

http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04181444.html

注2:CNNのこの報道は2016年4月4日におこなわれました。下記URLを参照ください。

http://cnnphilippines.com/news/2016/04/04/doh-starts-dengue-vaccination-program.html

注3:この日本語訳は自信がありません。原文は「University of the Philippines National Institutes of Health」です。

注4:フィリピンが無料接種を開始した時点はWHOはまだ見解をだしておらず慎重な立場でしたが、2016年7月に「流行地域ではワクチンを検討すべき」という声明(注5)を発表しています。

注5:このWHOの発表は下記URLを参照ください。

http://www.who.int/immunization/research/development/dengue_vaccines/en/

参考:
医療ニュース2016年1月8日「デング熱ワクチン、ついに実用化へ」
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について→
3) その他蚊対策など

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2016年7月29日 金曜日

2016年7月29日 シフト勤務は心臓疾患のリスク

 24時間稼働の工場、警備員、コンビニなど、シフト制で夜間にも勤務しなければならない職種というのは少なくありません。医療職も同様で、病院勤務であれば、医師、看護師、介護士などは夜勤勤務があります。

 過去にも何度かお伝えしたように、夜勤をおこなうと肥満になりやすく、中性脂肪や血糖値が上がりやすく、HDL(善玉コレステロール)が下がりやすいという研究があります(下記医療ニュース参照)。このサイトで繰り返し述べているように「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」が健康の秘訣です。

 シフト勤務が心臓疾患のリスクになるとした論文が発表されましたので、今回はそれを紹介したいと思います。

 医学誌『Hypertension』2016年6月6日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によれば、睡眠不足があり、かつ就寝時間が不規則になれば、夜間にも心拍数が上昇し、尿中ノルエピネフリン濃度が上昇するようです。ノルエピネフリンが上昇すれば血管が収縮し血圧上昇が起こります。このような状態が継続すれば、心筋梗塞や心不全など心臓疾患のリスクが上昇することになります。

 研究の対象者は20~39歳の健康な26人です。8日間睡眠時間を5時間に制限し、さらにグループを2つに分け、一方は同じ時間に寝て同じ時間に起きるようにし、もう一方は8日間のうち4日間は就寝時刻を8.5時間遅らせています。

 その結果、どちらのグループも5時間という短い睡眠時間の結果、日中の心拍数は上昇していましたが、就寝時刻を遅らせたグループでは夜間の心拍数が顕著に上昇したようです。また、このグループでは尿中ノルエピネフリン濃度も上昇していました。

 論文の著者は「概日リズム(circadian rhythm)」という言葉をキーワードにしています。概日リズムとはわかりやすいことばでいえば「体内時計」で、これが乱れると様々な不調が生じることがわかっています。「同じ時間に寝て同じ時間に起きる」ことは、概日リズムを一定にするために重要ということです。

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 私が研修医の頃、「僕は少々寝なくても平気ですから頑張ります」と指導医の先生に言うと、「そう言ってられるのも今のうちだけ。40歳前後になれば分かるよ」と言われました。体力(だけ)には自信があった私は、自分だけはいくつになっても夜間の救急外来でもこなせる、と根拠なく思っていたのですが、やはり先輩医師の言うとおり30代後半になると身体がついていかなくなりました。太融寺町谷口医院をオープンした頃は、夜間の救急診療所でも月に数回勤務できていたのですが、そのうち翌日の診療にこたえるようになりました・・・。

 最近、患者さんにシフト勤務の弊害を話すことが多くなっています。しかし、そんなこと理屈ではわかっても、すぐに職場の勤務形態を変更したり、転職したりするわけにはいきません。

 ということは、若い頃から人生計画をたてて、例えば「夜勤は35歳までにする」ということを初めから決めるのがいいかもしれません。しかし、事はそう簡単には運ばないでしょうから、私としては社会全体で「35歳以上の夜勤を制限する」という流れができればいいのではないかと思います。働き手が少なくなると困りますから、一方で「35歳までは夜勤を積極的にしましょう」という啓発をするのです。これは非現実的でしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Adverse Impact of Sleep Restriction and Circadian Misalignment on Autonomic Function in Healthy Young Adults」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://hyper.ahajournals.org/content/68/1/243.abstract?sid=72840f8d-9d04-4834-a52d-211033f33153

参考:
メディカルエッセイ第128回(2013年8月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
医療ニュース
2015年12月22日「「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに」
2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
2016年1月28日「夜勤あけは交通事故を起こしやすい」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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