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2014年5月30日 金曜日

2014年5月30日 ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言

  2011年にポリオ(急性灰白髄炎)という言葉がマスコミに頻繁に登場しましたが、これはまだ記憶に新しいものと思います。この年には、国が認可していない不活化ワクチンを神奈川県は独自に輸入し神奈川県民への接種を開始し、厚生労働省と対立するかたちになりました。その後、”正式な”(つまり国の認可を受けた)不活化ワクチンが、単独ワクチンとしては2012年9月1日に、4種混合ワクチン(他の3種は百日咳、破傷風、ジフテリア)としては2012年11月1日に導入されました。

 20世紀の終わり頃からポリオウイルスは世界的に減少傾向であり、WHO(世界保健機関)は2005年に世界全体での根絶宣言を発表する予定でした。しかし、実際には根絶には至らず、2010年の時点でインド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4ヶ国で発症の報告がありました。さらに2011年7月には中国で4例の報告があり蔓延が懸念されていました。

 その後、あまり報道はなかったのですが、2014年1月、インドで過去3年間発症がないことが確認され、世界全体での根絶に近づいたかに思われました。

 ところが、です。2014年5月5日、WHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of International Concern, PHEIC)という緊急事態宣言をおこなったのです。(注1)

 WHOによりますと、従来から感染者の報告のあった、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアに加え、2014年4月29日までに、カメルーン、赤道ギニア、エチオピア、イスラエル、ソマリア、シリア、イラクで新たに感染者の報告があったそうです。

 WHOは、各国に警戒を呼びかけ、予防接種などの対策を急ぐよう求めています。

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 今回WHOが発表した国というのは、日本人があまり渡航しないような国が多いのは事実ですが、WHOは感染が急速に広がっていることを懸念しています。ということは、今後アフリカ、中東、一部のアジアから世界中に広がる可能性もあるということになります。

 小さいお子さんはもちろんですが、成人も安心してはいられません。不活化ワクチンよりも強力な生ワクチンを子どもの頃に接種しているから大丈夫、そのように考えている人も多いようですが、過信しない方がいいでしょう。私自身が自分の抗体を調べたところ、ポリオの2型は陽性でしたが、1型と3型は陰性でした。

 ポリオはワクチンで防ぐことのできる感染症(VPD)です。後で後悔することのないように、小児はもちろんですが成人の方も海外によくでかける人は検討した方がいいかもしれません。

(谷口恭)

注1:WHOのこの声明文のタイトルは「WHO statement on the meeting of the International Health Regulations Emergency Committee concerning the international spread of wild poliovirus」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/polio-20140505/en/

また、下記のURLで、FORTH(厚生労働省検疫所)が作成した上記声明の和訳を読むことができます。
http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/05071419.html

参考:はやりの病気第100回(2011年12月)「不活化ポリオワクチンの行方」

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2014年5月20日 火曜日

136 免疫学の新しい理論 2014/5/20

 医学というのは日進月歩であり、毎年何種類もの新しい薬剤が開発されますし、検査方法も進歩しています。これらについていくのは大変ではありますが、ついていかなければ最善の治療ができませんし、また新しいことを学ぶのは楽しいことでもありますから、「大変さ」を「楽しさ」が凌ぎます。また、iPS細胞の発見のような画期的なできごとは、研究者のみならず、私のような日々患者さんをみている臨床医も興奮させます。

 iPS細胞の話を聞いたときは、本当にそんなことができるのか、と大変驚きました。私の場合、医学部の3回生のときに教壇で授業をされていた山中先生が発見された、ということを聞いて、おそらくその驚きは他の医者や科学者よりも何倍も大きかったのではないかと思います。
 
 iPS細胞のことを初めて聞いたときに比べればいくらかトーンダウンしてしまうのですが、現在私が大変注目している理論があります。その理論は、現段階では「仮説」の域を超えませんが、これが事実であることが実証されれば、免疫学の教科書が書き換えられることになり、いわば「コペルニクス的転回」、あるいは「パラダイムシフト」と言ってもいいかもしれないものだと思っています。

 その理論はイギリスの免疫学者Gideon Lack氏により提唱されたもので、命名すると「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露」となります。これでは何のことかさっぱり分かりませんから追って説明していきたいと思います。

 以前私はこのサイトで「デンジャーモデル」というものを紹介しました(注1)。これは元バニーガールや犬の調教師という異色の経歴をもつ免疫学者Polly Matzinger氏が提唱した概念で、自らの細胞が傷つけられたときに身体に侵入してきた物質がアレルゲンになる、というものです。デンジャーモデルで考えると、例えばピーナッツアレルギーがある人は、生まれ持ってアレルギーがあるわけではなく、食べ過ぎてアレルギーになったわけでもなく、傷ついた皮膚や粘膜から微小のピーナッツが侵入してアレルギーになった、となるわけです。

 これは従来の免疫学を覆すような理論であり、デンジャーモデルの今後の展開を私は楽しみにしていました。しかし、私の期待は裏切られ、その後デンジャーモデルについてはほとんど聞かなくなりました。そして、デンジャーモデルに代わって(と私は感じています)登場し、注目を浴びるようになってきているのが先に述べた「食物アレルギーの機序に・・・」という理論です。

 この機序を理解するのに赤ちゃんが描かれたイラスト(注2)が役立ちます。右側の上に「ORAL EXPOSURE」とあり、その下に卵、ピーナッツ、ミルクのイラストがあります。そして右下には「TOLERANCE」とあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクを経口摂取(食べること)すれば免疫寛容となる、つまり、食べても免疫応答が起こらない、すなわち「普通に食べることができる」ということを意味しています。

 一方、左上には「CUTANEOUS EXPOSURE」とあり矢印が赤ちゃんの皮膚を差しています。そして左下には「ALLERGY」あとあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクが皮膚から浸入すると(つまり微小な傷にこれらが付着すると)、アレルギー反応が起こる、ということを意味しています。ここで重要なのは、「アレルギー反応が起こる」というのは、次に同じように皮膚の傷に付着したときに、ということだけではなく、次回は普通に口から食べたとしてもアレルギー反応が起こる、ということです。

 まとめると、同じ食べ物(卵、ピーナッツ、ミルクなど)を普通に口から食べると、それら食べ物はその人にとって免疫応答がおこらない(つまりその後も普通に食べられる)一方で、皮膚の微小な傷に付着するとアレルギー反応が成立し、その後は触れても食べてもアレルギー反応が起こる、ということになります。
 
 これは先に紹介した「デンジャーモデル」と矛盾するものではありません。しかし、Lack氏の提唱しているこの理論(注3)は、デンジャーモデルを包括しているだけでなく、経口摂取であればアレルギー反応ではなく免疫寛容が起こることにも言及しているために「理論」としてはより説得力があります。

 現段階ではLack氏のこの説は「仮説(hypothesis)」の域を超えず、すべての学者が賛同しているわけではありません。しかし、仮説ではなく正しい理論であることを裏付けた、と言えるかもしれない”大規模研究”があるところで偶然にもおこなわれたのです。

 その”研究”がおこなわれたのはLack氏の住むイギリスではありません。それは日本なのです。もっとも、日本では、Lack氏の仮説に基づいて研究プログラムがデザインされた、というわけではありません。Lack氏のこの理論を裏付けることになるかもしれない”研究”が偶然に「おこなわれてしまった」のです。

 もったいぶらずに言いましょう。その”研究”とは「茶のしずく石鹸によるコムギアレルギー集団発生事件」です。太融寺町谷口医院でも少し前まで被害者の方に呼びかけていましたが、日本では大勢の人が「茶のしずく石鹸」などグルパール19Sと呼ばれるコムギ成分の入った石鹸を使い、その結果コムギにアレルギー反応がおこり、その後パンやうどん、パスタなどを含むコムギ製品が一切食べられなくなったという人が相次ぎました(注4)。

 「茶のしずく石鹸」のアレルギーについては、このサイトで何度もお伝えしていますが、ここで簡単に復習しておきましょう。グルパール19Sと呼ばれるコムギの成分を含む石鹸を長期間使用すると、顔面(特に目の周り)に炎症が起こり、赤くなったり、かゆくなったりします。そのうちにコムギ製品を食べると同じような症状が出現し、ひどいときには全身にじんましんが生じたり、喘息のような呼吸器症状が出現したりすることもあり、さらに重症化すると血圧が下がりアナフィラキシーという状態になり生命の危機にさらされることにもなります。これを防ぐには石鹸だけでなく、コムギが含まれる食べ物を一切やめなければなりません。そのため被害者は「茶のしずく石鹸」の製造元である株式会社悠香などに対して訴訟を起こすことになりました。

 なぜこのようなことが生じたのかというと、洗顔をする際にグルパール19Sが皮膚から浸入し、それに対して身体がアレルギー反応を示し、いったん「異物」と認識されたコムギは口から食べても生体のアレルギー反応により様々な症状が生じるようになったというわけです。これはまさにLack氏の唱える仮説に合致します。

 Lack氏の仮説を裏付ける例をもうひとつ紹介しておきましょう。非ステロイド系鎮痛薬(NSAIDs)の外用薬をアトピー性皮膚炎に用いると、かなりの確率で接触皮膚炎(かぶれ)を起こすという事象があります。NSAIDsの外用薬はステロイド忌避(最近はあまり見かけなくなりましたがステロイドを盲目的に嫌っていた患者さんが90年代には存在していたのです)の患者さんに好まれて使われていました。ところがこのNSAIDs外用薬というのはアトピー性皮膚炎を含む湿疹にほとんど効果がないどころか高率に接触皮膚炎を起こすことが次第に明らかとなり、現在は少なくともアトピー性皮膚炎には使ってはいけないことになっています。

 では、なぜ非ステロイド鎮痛薬がアトピーの人たちに高率にかぶれを起こしたのでしょうか。おそらく微小な傷から外用薬が侵入しアレルギー反応が生じたのでしょう。NSAIDs外用薬は打撲などにも使いますが、この場合はそれほどかぶれがおこりません。アトピー性皮膚炎でない人、つまり皮膚に炎症がなく微小な傷がない人が使ってもほとんどかぶれないのです。まだあります。湿布薬でかぶれた、という人は大勢いますが、私の印象でいえばアトピーなど慢性湿疹のある人にかぶれは起こりやすいですし、皮膚に炎症のない人でも上半身よりも下半身、特に下腿に湿布を貼るとかぶれやすい印象があります。これはおそらく下腿を打撲したときに微小な傷が土や草木などにより生じていて、そこから湿布の成分が侵入し、アレルギー反応が生じ、何度か湿布を貼り替えているうちにかぶれてしまった、というストーリーが考えられるというわけです。

 Lack氏のこの仮説が正しいとすると、この理論を利用してアレルギーを予防することが可能になります。すぐにでも始めたいのは「乳幼児の口の周りをきれいにする」、ということです。食べ物のアレルギーは従来言われていたように元々「決まっている」のではなく、この仮説によれば後天的なものということになります。つまり、口の周りの炎症がある部位に食べ物が侵入してアレルギーが成立するというわけです。保護者は乳幼児の口元に炎症がないかに注意し、あれば慎重に食べ物を口の中に運ばなければなりません。また、部屋をきれいにしておき、例えばピーナッツの破片が床に散らばっていないか、といったことに注意をする必要があります。もしも赤ちゃんがハイハイしているときにピーナッツの破片が腕や足の微小な傷や炎症のある部位から進入すればアレルギーが成立することになります。

 成人でも、例えば傷や炎症がある部位には痛み止めの塗り薬や湿布を使わない、とか、乳幼児と同様、口の周りに炎症があったり口唇炎があったりする場合は、アレルギーを起こしやすい物質を食べるときは口の周りに触れないように注意して食べる、といった対策が必要になるかもしれません。カニを食べるときには落ち着いて、殻(甲羅やハサミ)で口唇や口の周りを傷つけないようにしなければなりません。

 Lack氏の仮説が正しい理論であることを実証するにはまだ当分時間がかかるでしょう。例えば、日本人に多いソバアレルギーを考えたとき、ピーナッツのような固いものと異なり、ソバが皮膚から浸入するというのは考えにくいですし、最近成人で増えている口腔内アレルギー症候群をきたしやすい野菜や果物が皮膚から浸入したことを示すデータはほとんどありません。

 しかし私はこの仮説がいずれ「正しい理論」として免疫学の教科書を書き換えることになるのではないかと思っています。これからの研究に注目したいと考えています。

注1:「デンジャーモデル」については下記コラムも参照ください。
マンスリーレポート2011年6月号「勉強し続けなければ仕事ができない・・・」

注2:このイラストはこちらを参照ください。

注3:この理論は医学誌『The Journal of Allergy and Clinical Immunology』2008年6月号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Epidemiologic risks for food allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749%2808%2900778-1/fulltext

注4:2014年4月20日現在、合計2,163名の人が茶のしずく石鹸などで被害に合ったことが報告されています。

参考:
はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」

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2014年5月20日 火曜日

第129回(2014年5月) さっさとダニをやっつけよう

 ダニにはいろんなタイプがあって、吸い込んで鼻水が出るものから刺されて死亡するものまであり、「ダニ」という言葉で思い浮かべる病気は人それぞれで、対策はダニの種類によってまったく異なる、ということを以前紹介しました。(詳しくは過去のコラム「ダニほど誤解だらけの生物はいない」を参照ください)

 今回は「ダニ」を徹底的にやっつけて予防していく方法を紹介したいのですが、今回ターゲットにしている「ダニ」はヤケヒョウヒダニやコナヒョウヒダニと命名されている「ヒョウヒダニ」です。さらに「ハウスダスト」もほぼ同じものと考えて差し支えありません。

 下記コラムでも述べましたが、ヒョウヒダニの糞や死骸がハウスダストの原因物質となります。またホコリの一部はハウスダストです。つまり、「ヒョウヒダニ(ヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニ)≒ハウスダスト≦ホコリ」と便宜上考えて問題はありません。言葉が増えるとややこしくなりますから、ここからは「ヒョウヒダニ」で統一したいと思います。(「ハウスダスト」とすべきかもしれませんが、厳密にはハウスダストには細菌や人間の皮膚も含まれますし、後に述べる「防ダニグッズ」は「防ハウスダストグッズ」とは呼びませんので、今回のコラムでは「ヒョウヒダニ」に統一します)

 まず押さえておきたいのは、ヒョウヒダニはどのような家にも必ず発生するものであり、完全に死滅させてそれを維持することは不可能、ということです。古い家屋に住み着いているネズミは駆除することが可能ですし、マンションのある程度の高層フロアであればゴキブリの発症をなくすことはできると思います。しかし、ヒョウヒダニは人が住んでいる環境であれば完全にゼロにすることはできません。

 しかし発症を抑えていくことは可能ですし、また、あなたやあなたの家族の持っている疾患や体質によっては徹底的に防いでいかなければなりません。どのような疾患や体質かというと、アレルギー疾患、具体的には、喘息(咳喘息含む)、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎・結膜炎などです。

 ダニ(ヒョウヒダニ)の対策って本当に大切なの?と聞かれることがありますし、ダニ対策に躍起になり治療を怠れば本末転倒になりますが、ダニ対策は大変重要です。以前私がみたアトピーの患者さんで「ステロイドを一切使わずに高額な布団だけで治そうとして破産しかけた」という人がいました。ここは大切なところなので強調しておきたいのですが、ダニ対策だけでアレルギー疾患、特にアトピー性皮膚炎が治ることは(ほぼ)ありません。しかし、再発や病状の悪化を防ぐためにダニ対策は絶対に必要なのです。

 ちなみに、1歳時にヒョウヒダニに多くさらされると11歳時に喘息を発症しやすい、とする研究や、3歳までにネコやハウスダストにさらされると呼吸機能低下をきたしやすい、という研究があります。また、経験的にダニの量が多いと喘息が悪化するのは自明ですし、防ダニ枕カバーで喘息の吸入ステロイドの使用量が減少した、という報告もあります。

 ではここからは具体的な対策について述べていきたいと思います。

 まずは「部屋をきれいにする」ということで、当たり前じゃないの?と言われそうですが、「部屋はきれいにしています」と言う患者さんに詳しく話を聞いてみると、毎日のように掃除機をかけるという人もいれば、月に一度しか掃除機を使っていないのに「きれいです」と答える人もいます。「空気の入れ換えをしていますか」と聞くと、これまた「きれいです」と言う人でも毎日入れ替えをしている、という人から「気が向いたときにしかしていない」という人もいます。

 では、どれくらいの割合で掃除をし、窓を開けて空気の入れ換えをすればいいのか、という疑問がでてきますが、これはケースバイケースで「正解」はありません。お子さんがコントロール不良の気管支喘息があるような場合は、可能な限り毎日でも掃除をすべきでしょう。喘息があり、さらにネコを飼っているような場合はなおさらです。このようなケースでは、ネコは飼わないに超したことはありませんが、現在一緒に暮らしているネコと離ればなれになるのは無理、という人も多いでしょう。

 すべての人がまず検討すべきなのは「床はフローリングにする」ということです。わざわざ、フローリングの上にカーペットや絨毯を敷いている人がいますが、これではヒョウヒダニに「繁殖してください」と言っているようなものです。フローリングにしていてももちろんヒョウヒダニは発生しますから掃除は必要です。このときに注意したいのは、掃除のときにヒョウヒダニやヒョウヒダニの糞が空中に舞う、ということです。ですから、子どもが喘息やアトピーがある場合は、掃除は子どものいない時間帯におこない、あなたがアレルギー疾患を有している場合は、他の誰かに掃除を替わってもらうべきです。

 しかし、家族全員にアレルギーがある、という場合や、専業主婦でアレルギーを持っている人が毎回夫に掃除を替わってもらう、というのは無理な話でしょう。家政婦を雇ったり、プロの業者に毎回来てもらったり、というのも現実的ではないでしょう。

 そこで掃除の仕方を工夫していく必要があります。まずマスクは必携です。そして窓を開けて換気をよくしましょう。ただし、季節によっては花粉や黄砂が部屋に入ってこないかどうかに注意しなければなりません。換気をした結果が、布団を花粉まみれにした、ということになれば本末転倒です。したがって、花粉や黄砂、さらにPM2.5などを考慮すると、窓を開けるべきではない、ということになります。しかし、窓を閉め切って掃除をすると全身にハウスダストを大量にあびることになります。ですから、空気清浄機が必要ということになります。

 ここ数十年でアレルギー疾患が激増しているのは間違いなく、その原因はいろいろと指摘されています。スギ花粉が増えたことは間違いありませんし、いきすぎた清潔志向が原因と言われることもあります。また一部の学者は寄生虫感染がなくなったことを指摘しています。これらは私自身も正しいと考えていますが、もうひとつ指摘しておきたいのは家屋の形態が変わってしまった、ということです。

 昔の日本の典型的な家屋、つまり縁側があって動物が庭で飼われていた(勝手に住み着いていた)ような家屋であればアレルギーが発症しにくいのです。通気性にすぐれていますし、適度にクモなどのダニを食べてくれる生物がいます。ネコやイヌも室内で飼うと多量の抗原(アレルギーの元)にさらされることになりますが、外で飼っている分にはさほど問題になりません。アレルギーがあるから昔ながらの日本式家屋に引っ越すというのは現実的ではありませんが(日本式家屋は大量に増えた花粉には不向きかもしれません)、マンションと日本式家屋の構造的な違いを考えてみることには意味があるでしょう。

 話をヒョウヒダニに戻しましょう。フローリングにして、マメに掃除をして、換気をする(もしくは空気清浄機を用いる)、というところまで話をしました。次に見直すのはダニが潜んでいるものが室内にないか、ということです。よくあるのが布製のソファやぬいぐるみです。ぬいぐるみを捨てることはできないでしょうが、少なくとも寝室には置くべきではありません。もちろん衣服を積み上げて放置すればそこがダニの溜まり場になるのは時間の問題です。

 そして最もダニが生息しやすいのは布団と枕です。枕については、一番簡単なのは枕を使わずに毎日洗い立てのタオルを重ねて枕代わりにする、という方法です。それでは熟睡できないという人は防ダニ枕カバーを使用するのがいいでしょう。布団については一番おすすめなのは防ダニ布団を使うということです。値段が高すぎて・・・、という人は防ダニシーツを検討すればいいと思います(注1)。

 布団の手入れについては、防ダニシーツや防ダニ布団のメーカーに相談するのがいいと思いますが、ここでは一般論について述べておきます。まず、布団の丸洗いは大変有効です。このときに可能であれば60度以上の熱水を使いましょう。あるいは(お金はかかりますが)クリーニングに出すのも有効です。クリーニング屋に防ダニ対策も頼んでおくと、熱水での洗浄、もしくは熱風での乾燥をしてくれます。布団乾燥機を使うなら、布団の中に入れるタイプではなく、布団全体を包み込むタイプのものが有効です。50度で20分が基準と言われています。

 こうしてみてみると、ダニ対策というのはかなり大変です。時間もお金もかかります。「こんなことできるはずない!」と感じる人もいるかもしれません。そういう人におすすめなのは「転地療法」です。転地療法とは、アレルゲンが少ない地域、もっと簡単にいえば「環境のいいところ」に引っ越してしまうという”治療”です。例えば、喘息やアトピーに悩んでいる人の多くは、ハワイのコンドミニアムで3ヶ月も過ごせばかなりよくなるはずです。あるいはタイの東北地方(イサーン地方)やラオスに行っても多くの人は改善するでしょう。

 しかし、そのようなことを実際に実行できる人はほとんどいないでしょう。ということはある程度の時間とお金を費やしてダニ対策をするしか方法はないわけです。面倒くさい、と感じる人は、将来ハワイのコンドミニアムに居住することを夢にして、ハワイでくつろいでいる自分の将来の姿を空想しながら取り組んでみてはいかがでしょう・・・。

注1:念のために断っておくと、私はどこかの防ダニグッズメーカーから供与を受けているわけではありませんし、特定の会社を推薦しているわけでもありません。しかし、診察室で患者さんから質問を受けたときは、ヤマセイ株式会社を紹介することがあります。同社は私が所属している日本皮膚科学会、日本アレルギー学会の双方が賛助会員にもなっています。興味のある方は下記を参照ください。
http://www.drdanizerock.com/product/hq-futonset.html

 

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2014年5月16日 金曜日

2014年5月16日 帯状疱疹発症後の脳卒中に注意

  帯状疱疹は水痘(みずぼうそう)のウイルスが成人になってから神経をつたって皮膚表面にやってくる痛みの伴う病気です。従来は高齢者に多いとされていましたが、最近では若い人でも過重労働がある人やストレスが多い人などでは発症することが珍しくありません。

 帯状疱疹を発症した直後には脳卒中のリスクが急上昇する・・・

 これは医学誌『Clinical Infectious Diseases』2014年4月2日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注1)。ロンドン衛生熱帯医学校(London School of Hygiene & Tropical Medicine)の研究者が、イギリス内の625以上のプライマリケア医(総合診療科医)の患者情報データベースを分析し、帯状疱疹を発症しその後脳卒中を起こした合計6,584人の情報を解析しています。

 その結果、帯状疱疹発症後から4週間以内に脳卒中を発症するリスクは、帯状疱疹を発症していないときに比べて63%高いことが判ったそうです。4週間を過ぎればリスクは低下していきますが、それでも5~12週後では42%リスクが高く、6ヶ月後でも23%リスクが高いそうです。

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 この研究は対象者数も少なくなく信憑性の高い結果といえそうです。とすると、帯状疱疹を発症すれば、その後の脳卒中にビクビクと怯えながら生活しないといけないのか、と感じてしまいますがそうでもありません。

 この研究では、「脳卒中のリスクは経口抗ウイルス薬で有意に低下する」ことも導かれています。帯状疱疹の治療を受けていない症例では、治療を受けた症例に比べて脳卒中のリスクがおよそ2倍になることも判ったそうです。

 ということは、帯状疱疹を疑えば直ちに医療機関を受診する、ということが重要になります。それから忘れてはいけないのは、「なぜ帯状疱疹を発症したのか」についての検討です。

 帯状疱疹は免疫力が低下したときに発症します。特に2回目以降の発症は徹底的に調べるべきです。その原因として、悪性腫瘍、膠原病、HIVなどが潜んでいることがしばしばあるのです。もしも、このような基礎疾患がなくて帯状疱疹を複数回発症しているなら、相当ストレスを抱えた生活をしてないか、極度の過重労働がないか、そういったことも考えなければなりません。

 ところで海外では帯状疱疹のワクチンがあり、ある程度の有効性が指摘されています。帯状疱疹の原因ウイルスは「水痘帯状疱疹ウイルス」ですから水痘(みずぼうそう)のワクチンと同じもの?、と思ってしまいますが、海外で用いられている帯状疱疹ワクチンというのは通常の水痘ワクチンに比べて抗原量が10倍(つまり、弱毒化させたウイルスが多量に入っている)とされています。

 日本にはこのワクチンがありませんから、通常の水痘ワクチンで帯状疱疹を予防する試みがあり有効性があるという報告もありますが、大規模調査はありません。

 日本は他の国にさきがけて超高齢化社会に突入しているわけですから、日本こそが帯状疱疹のワクチン導入を積極的に検討しなければならない、と私は考えているのですが、今のところそのような動きはないようです・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Risk of Stroke Following Herpes Zoster: A Self-Controlled Case-Series Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cid.oxfordjournals.org/content/early/2014/03/25/cid.ciu098.full?sid=2b5528d5-d9e7-47df-bdb5-a9c779779dab

参考:はやりの病気第71回(2009年7月)「帯状疱疹とヘルペスの混乱」

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2014年5月12日 月曜日

2014年5月12日 世界の脂肪酸摂取、バルバドスが最優秀?

 脂肪酸についてはこのサイトでも取り上げたことがありますし、最近はマスコミでも、どのようなものを食べるべきか、サプリメントはどうか、一部医薬品として認められたものは実際はどうなのか、といったことがしばしば議論されています。

 医学誌『British Medical Journal』2014年4月15日号(オンライン版)で世界各国(地域)の脂肪酸の摂取の状況が報告されました(注1)。この論文によると、脂肪酸の摂取状況は世界で随分と異なるようです。具体的にいくつか紹介しようと思いますが、先に脂肪酸について簡単にまとめておきます。(より詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。飽和脂肪酸は肉のアブラに含まれているもので食べ過ぎるといかにも身体に悪そうなイメージがあると思います。では、不飽和脂肪酸ならいいのかというとそうではありません。不飽和脂肪酸は3つに分けて考えると理解がしやすいでしょう。

 ひとつめは「トランス脂肪酸」と呼ばれるもので、マーガリンやフライドポテトに多量に含まれていることで有名です。ファストフードの利用が多い人は要注意で、可能な限り減らしていかなければなりません。
 
 ふたつめは「ω6系脂肪酸」でゴマ油、コーン油、ベニバナ油などに含まれているものです。なんとなく身体によさそうな気がしますが、多くの人はω3系に比べて摂りすぎる傾向にあります。飽和脂肪酸やトランス脂肪酸よりはましだけれども摂りすぎに注意しなければならない、と理解しておくのがいいでしょう。

 3つめが「ω3系脂肪酸」で、端的にいってしまえばこれが一番身体にいいもので積極的に摂る必要があります。ならばサプリメントや医薬品で摂ってしまうのが手っ取り早い、と考えられるかもしれませんが、それほど単純なものではなく、食品から摂らなければ効果が期待できないとする研究もあります。(詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 さて、件の論文についてですが、ここではトランス脂肪酸とω3系脂肪酸について紹介します。

 トランス脂肪酸の摂取量が多い国(地域)は、(多い順に)エジプト、パキスタン、カナダ、メキシコ、バーレーンと続きます。少ないのは、(少ない順に)バルバドス、ハイチ、カリブ海の島国、エチオピア、エリトリアと続きます。

 ω3系脂肪酸は魚介類からの摂取と植物からの摂取が分けられています。魚介類からの摂取が多いのは、(多い順に)モルディブ、バルバドス、セーシェル、アイスランド、マレーシア、タイ、デンマーク、韓国、日本です。少ないのは、(少ない順に)ジンバブエ、レバノン、パレスチナ、ボツワナ、ギニアビサウと続きます。

 植物からのω3系脂肪酸摂取が多い国は、(多い順に)ジャマイカ、中国、イギリス、チュニジア、アンゴラ、セネガル、アルジェリア、カナダ、アメリカです。少ないのは、(少ない順に)ソロモン諸島、スリランカ、コモロ、セントルシア、フィリピンと続きます。

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 この結果をみると、なるほどと頷けるものと意外なものがあります。

 トランス脂肪酸摂取が多い国は、カナダを除けばあぶらっこい肉料理がメインの国が多いようでこれは理解しやすいのではないでしょうか。少ない国は、肉をあまり食べずに魚介類を豊富に食べているところです。エチオピアは内陸国ですが、隣のエリトリアから魚介類がたくさん入ってくるのでしょう。

 魚介類由来のω3系が多い国は魚をよく食べる国と理解していいと思うのですが、日本がマレーシアやタイよりも少ないというのが意外です。また、新鮮な魚介類が豊富に料理に含まれているイタリアやスペインなど地中海諸国が入っていないのも意外です。少ない国は魚料理をほとんど食べないような地域ですからこれは頷けます。

 植物由来のω3系は最も意外です。これについては論文のなかで少し解説があります。カナダで摂取量が多いのはキャノーラ油が豊富に用いられるからだそうです。中国とアメリカではchiaと呼ばれる植物の種をよく食べるそうです。このchiaという植物について、私は聞いたことがないのですが、そんなによく食べられているものなのでしょうか。それほどω3系脂肪酸が豊富なら今後健康食品として流行るかもしれません。

 植物由来のω3系が少ないのがすべて島国ということに注目すべきでしょう。しかも南太平洋、南アジア、インド洋、カリブ海、東南アジア、と世界中に分布しているところが興味深いといえます。しかし、同じ島国のジャマイカが世界一の摂取国というのがさらに興味を駆り立てます。

 ところでこの論文を読んで私が真っ先に感じたのは「バルバドス料理ってどんな料理?」というものです。トランス脂肪酸摂取が少ない国とω3系脂肪酸摂取が多い国の両方にランクインしたのはこの国だけです。

 バルバドス、日本人もしばしば訪れるカリブ海に浮かぶこの小国に対する私のイメージは「リゾートアイランド」というだけで、料理はどのようなものなのか、などということを考えたことがありませんでした。遠すぎて気軽に行けないところですが、バルバドス料理に関する今後の研究に注目したいと思っています。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Global, regional, and national consumption levels of dietary fats and oils in 1990 and 2010: a systematic analysis including 266 country-specific nutrition surveys」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g2272

参考:メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」

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2014年5月9日 金曜日

2014年5月号 「真実の愛」が生まれるとき

 真実の愛、などというと、何を歯の浮いたことを・・・、と嫌われそうですが、医療の現場にいるとしばしば「これが真実の愛ではないのか・・・」と感じることがあります。愛には家族愛や隣人愛といったものもあるかと思いますが、ここで私が言っているのは「恋愛」です。

 なぜ医療の現場で「真実の愛」を知ることができるかというと、例えば、長年寄り添った高齢の夫婦のどちらかが死に近づいているときに見つめ合っている姿とか、若いカップルのどちらかが難病に罹患しパートナーが必死に支えている姿とか、パートナーがHIVに感染していたことが判った患者さんがこれまで以上の愛を実感している姿などを目にする機会があるからです。

 このような愛の姿をみて感銘を受けると、それを文章にして多くの人に知ってもらいたい、と思うこともありますが、すばらしさを伝えるにはある程度話が具体的になってしまうことになり、そうすると個人が特定されることになりかねませんから守秘義務の観点上文章にすることは困難です。

 それに、このような話はよほど上手に書かない限りは陳腐な三流ロマンス小説のようになってしまい、私の文章力ではすばらしさが伝わりませんから、書きたくても書けない、ということもあります。

 けれども「真実の愛」ほど素晴らしいものはなく、他のどんな欲求が満たされたとしても「真実の愛」にかなうものはない、というのが私の考えです。そして、その「真実の愛」を日頃から垣間見ることのできる医療者の多くは私と同じように(たぶん)感じていると思うのです。
 
 前置きが長くなりましたが、今回取り上げたいのは、何かと世間を騒がせることの多い作家、中村うさぎ氏についてです。

 中村うさぎ氏は、自らが買い物依存やホストクラブに浪費していたことをカムアウトし、美容整形を繰り返し豊胸手術もおこない、さらに風俗店での勤務をおこない、その逆に男性を買ったこともあり、そしてこれらを文章にしてきた人気作家です。こういったエピソードを聞かされると、個人的にはいくらかの嫌悪感を抱かずにはいられませんし、病院の悪口を書いた氏に反論する内容のコラム(注1)を私はこのサイトで書いたこともあります。しかし、それでも氏の文章力は見事であり、特に女性心理の真髄に迫るような描写が大変魅力的で、実はけっこう私は氏の著作を読んでいます。

 たしか1年くらい前だったと思いますが、「欲望」に関する大変鋭い指摘を『週間文春』の連載コラムでされていました。内容を抜粋すると次のようになります。(このコラムは単行本『死からの生還』で読むことができます)

人間が社会を形成したのも、資本主義を産み出したのも、この「何かが欠落している」という意識ゆえではないか。社会があるから欲望が生まれたのではない。欲望が先にあって、そこから社会という共同幻想が作られたのだ。(中略) まだまだ足りない、満たされない、この欠落感を埋める何かが欲しいと激しく渇望する、その意識こそが人間という生き物の本質なのではないか。人間とは、欲望のフリークスなのである。永遠に満たされぬ欠落感を抱えた主体なのである。(中略) 人間の本質は欲望そのものなのであり、この大いなる欠落感こそが「私」という主体なのである。

 完全に同意できるわけではありませんが、私はこの文章を読んで今後の中村うさぎ氏の発言に注目していました。ところが悲劇が起こりました。氏は突然原因不明の疾患(注2)に罹患し、心肺停止にまで至ったのです。

 その後、中村氏は回復しますが、退院後も車椅子の生活を余儀なくされステロイド内服を続けなければならない状態のようです。しかし夫の献身的な介護のおかげで”幸せ”であることを自覚していると言います。『週刊文春』のコラムも再開されましたが、氏は次のような発言をします。

それでもう充分。欲しいものなんか何もないよ。(中略) 幸せになった途端に、書くことがなくなってしまったからである。

 同誌の連載は2014年4月で終了したのですが、氏によるとこれは同誌をクビになったそうで、その原因がこの「書くことがなくなってしまった」という発言だったことを編集者から指摘されたそうです。これに対し、氏は猛然と抗議しており、その抗議文をコラムにも載せているのですが、私は連載終了にされたのは中村氏にも原因があると思っています。「書くことがなくなってしまった」というコメントは『週刊文春』の編集者を落胆させたわけですが、落胆したのは編集者だけでなく私のような氏のコラムを楽しみにしている読者も、です(注3)。
 
 「書くことがなくなった」と公言する作家のコラムなど読みたくありません。しかし、さすがは中村うさぎ氏、これまでとは一線を画した内容のコラムを執筆し、言葉が読者の胸をうちます。氏は、献身的な介護をおこなう夫との間に「絆」を自覚しそれを文章にしています。

 中村うさぎ氏の夫は芸能人や文化人ではないと思うのですが、氏のコラムにときおり登場しますからそれなりに有名なようです。氏の夫は香港出身のゲイです。ストレートの女性である中村うさぎ氏がゲイの男性と結婚したことで随分話題になったようです。「何のために結婚するのか」という疑問が世間から出るのも当然でしょう。氏の夫に対するコメントを『新潮45』(2014年5月号)より少し抜粋してみます。

うちの夫には私よりも深刻な持病がある。車椅子ではないが、私より先に死んでもおかしくない病気だし、私も夫も結婚した当初からそれを覚悟している。(中略) 病気のせいもあり薬の副作用もあって、彼が外に働きに出ることは不可能だと思われたからだ。今はいい薬も開発されて夫はその後十数年も生き延びて来れたけど、まだまだ予断を許さない状態だ。

 ゲイである中村うさぎ氏の夫もまた難治性の病を抱えているのです。その病は、病名は伏せられていますが、相当深刻な疾患のようです。いい薬が開発されたおかげで十数年生き延びられたけれども副作用にも苦しめられ今後の予断が許されない、そのような疾患なのです。

 そんな疾患を抱えながらも、中村うさぎ氏の夫は必死に氏を支えます。『新潮45』には具体的なエピソードも紹介されており、読んでいるうちに目頭が熱くなってくるほどです。

 氏は夫との「絆」について次のように記しています。

(前略) 私は夫との「絆」について堂々と書く。何を恥じる必要があろうか、私にとって夫がなくてはならない存在であることを。(中略) 私は自分が死んでしまう時に、ぜひとも彼に傍にいて欲しいと願っている。大阪の両親でもなく、医師や看護師たちでもなく、彼ひとりだけが私を見守って、手を握ってくれていれば、それでいい。(中略) 私は絶望などしないだろう。夫がいてくれれば。夫さえ傍にいてくれれば。彼は私の愚かしくも空疎な人生において獲得した最高の宝物だから。

「永遠に満たされぬ欠落感を抱えた主体」であったはずの中村うさぎ氏は今、「夫だけが私を見守って手を握ってくれていれば絶望などしない」と感じているのです。

「真実の愛」が生まれるとき・・・。自分自身が、あるいはパートナーが深刻な病を患ったときに真実が見えるようになり愛の尊さに気付く・・・。これは素晴らしいことでありますが、そのような病気に罹患しなくても、「最高の宝物」がすぐそばにいるのだけれど気付いていない、という人も少なくないのではないでしょうか・・・。

注1:中村うさぎ氏のコラムに反論した私のコラムは下記です。
メディカルエッセイ第102回(2011年7月)「招かれざる患者と共感できない医師」

注2:中村うさぎ氏が現在罹患されている疾患について詳しいことは分かりません。氏のコラムには、神経内科の主治医がいること、比較的多量のステロイドを毎日飲まなければならないこと、心肺停止が今後も起こりうること、などが述べられており、病名ははっきりとしていない、といった記載があります。ウィキペディアには「スティッフパーソン症候群と診断されている」と書かれていますが、私の知る限り中村氏が直接書いた文章にこの病名はありません。

注3:『週刊文春』の連載コラムは2014年4月で終了となりましたが、この続きのコラムはメルマガで読むことができます。興味のある方は中村うさぎ氏の公式ホームページを閲覧するか、「まぐまぐ」から検索してみてください。

参考:
『死からの生還』中村うさぎ 文藝春秋
『新潮45』2014年5月号新潮社「夫との絆 心肺停止になって考えたこと2/中村うさぎ」

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2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 MERS、感染者も死亡者も着実に増加

 このサイトで何度かお伝えしているMERS(中東呼吸器症候群)は、まだ日本人の発症者がいないこともあり日本のマスコミではほとんど報道されていないようですが、医療者の間では次第に注目度が高くなってきています。ビジネスや観光で中東に渡航する人も少なくありませんから、太融寺町谷口医院でも中東方面に渡航する人には注意を促すようにしています。

 前回MERSについてお伝えしたのは2013年12月ですが、この時点での世界での感染者は160人でそのうち死亡者は68人でした。この数字が着実に増加しています。WHOの発表によりますと、2014年4月24日現在までに報告された感染者数は243人で死亡は93人に昇っています(注1)。

 MERSの原因はコロナウイルスの一種で発生源は中東です。これまでの感染者は中東諸国の人々とヨーロッパ人でした。ヨーロッパ人の感染者の大半は中東に渡航したときに感染していますが、渡航していないヨーロッパ人にも感染例があります。感染力は弱いもののヒトからヒトへの感染もあるからです。またサウジアラビアでは患者からの院内感染で看護師や別の患者に感染した例も報告されています。

 中東とヨーロッパに限られていたMERSの報告ですが、今月(2014年4月)にはマレーシアでの感染が報告されています。50代のマレーシア人男性が2014年3月にサウジアラビアに旅行に行き、帰国後発症し医療機関を受診してから1週間以内に死亡したようです。この男性はサウジアラビア渡航中にラクダと接触していたことが判っており、そのラクダからの感染が疑われているようです。

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 同じコロナウイルスが原因のSARS(重症急性呼吸器症候群)がアウトブレイクしたのは2002年ですが、その後1年もたたない間に(なぜか)終息しその後は鳴りを潜めています。ちなみにSARSでは合計8,069人が感染しそのうち775人が死亡しています。死亡率は9.6%ということになります。

 一方、MERSは2012年9月に初の報告があり、それから1年半以上が経過し、じわじわと着実に増えています。SARSの感染力は大変強く、ヒトからヒトに一気に広がったのに対し、MERSはヒトからヒトへの感染力は強くなく感染者数の増加のスピードはゆるやかです。しかし死亡率は4割近くに昇ります。

 MERSの動物の感染源は、ラクダはほぼ確実のようですが、他の動物も安心はできません。また感染力が弱いとはいえヒトからヒトへの感染もある以上、人混みは危険かもしれませんし、何らかの事情で中東の病院を受診することになったときには院内感染の可能性もでてきます。MERSにはワクチンがありませんし治療薬もありません。中東方面に渡航される方はWHOのサイトや外務省の「海外安全ホームページ」(注2)などを参照し、情報収集と充分な対策が必要でしょう。

注1:WHOの下記ページを参照ください。
http://www.who.int/csr/don/2014_04_24_mers/en/

注2:外務省の「海外安全ホームページ」の該当ページは下記URLを参照ください。
http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo.asp?infocode=2014C143

参考:医療ニュース
2013年12月2日「MERSの最新情報」
2013年6月28日(金)「新型コロナ(MERS)の最新情報」
2013年5月27日(月)「新型コロナ、人から人への感染がほぼ確実・・・」

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2014年4月28日 月曜日

2014年4月28日 豆類がコレステロールを下げる

  「まごわやさしい」というのは、愛媛大学の吉村裕之医師が提唱された健康にいい食事の覚え方です。簡単に解説しておくと、ま(マメ)、ご(ゴマ)、わ(ワカメ)、や(野菜)、さ(魚)、し(しいたけ)、い(イモ)をバランスよく食べることが健康につながる、というものです。

 食事に関する最近の流行りは「糖質制限」で、一部の患者さんは、あたかも糖質を「毒」のように考えていて、いかに食事から糖質を除去するかに躍起になっていて驚かされます。糖質制限はたしかにダイエットにも糖尿病にも効果がありますが、極端な制限は危険であり、いったん成功した人も長続きせずに元の木阿弥に・・・、ということも少なくありません。

 一方、「まごわやさしい」のようにバランスよく身体にいいものを食べるという方法には危険性がありませんし、長続きさせることも可能です。「まごわやさしい」は、伝統的な和食から摂取できるものばかりですし、実際に提唱者の吉村医師はそれを主張されているそうです。

 2013年12月、ユネスコ(国連教育科学文化機関)により和食が「無形文化遺産」に登録されました。これは日本人としてもちろん喜ばしいことでありますが、最近の世界の医学界では日本料理が<健康食>ともてはやされたのはすでに過去の話であり、現在ではそれほど注目されていないような印象が私にはあります。

 そして日本料理よりもずっと健康であると位置づけられているのが地中海料理です。その地中海料理についてはいずれ詳しく取り上げたいと思いますが、ここでは、和食と同様に材料に「ごまわやさしい」が豊富に使われていることと、ナッツ(豆類)については日本料理以上に使われていることを指摘しておきたいと思います。

 前置きが長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「豆類がコレステロールを下げる」ということです。

 医学誌『Canadian Medical Association Journal』2014年4月7日(電子版)に掲載された論文(注1)に豆類がコレステロールを下げるという研究結果が掲載されています。もっとも、豆類のコレステロール低下効果については以前から指摘されていました。今回の研究では、過去に豆類摂取とコレステロール低下について調査された研究を総合的に分析(メタ分析)することにより検証がおこなわれています。

 研究者は、これまでに発表されている合計26件の疫学調査を分析しています。対象者は合計1,037人です。豆類を摂取したグループ(摂取量の中央値は130グラム/日)は、摂取しなかったグループに比べてLDLコレステロール(悪玉コレステロール)の値が有意に低下していたそうです。グループ間でのLDLコレステロールの差は平均で6.58mg/dL(0.17mmol/L)だったそうです。

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 豆やナッツは油分が多いので太るとか肌荒れをするとか言う人がいますが、おそらくこれらは都市伝説のようなものではないかと私はみています。少なくとも私自身は豆やナッツで肥満になるとか肌荒れを起こすとかいった科学的な論文をみたことがありません。しかし、アーモンドやピーナッツを食べ過ぎると翌日に必ず肌荒れをおこす、という人はけっこう多い印象があります・・・。

 コレステロールを下げるには「スタチン」と呼ばれるグループの薬を使うのが最も一般的な方法で、副作用がないわけではありませんがスタチンの有用性はかなり社会に浸透してきており、欧米ではまだコレステロールが高くない人も予防的に内服すべきではないか、という議論もある程です。(いずれスタチンについても詳しく取り上げたいと思います)

 しかし、スタチンがいくら安全で有用性の高いものであったとしても、食事でコレステロールを安定させることの方が重要なのはあきらかでしょう。日本料理でも地中海料理でも豆類やナッツを積極的に加えてみてはどうでしょう。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Effect of dietary pulse intake on established therapeutic lipid targets for cardiovascular risk reduction: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials」で、下記のURLで概要を読むことができます。ちなみに「豆」の英語は一般的にはbeanを使いますが、「豆類」というときには(dietary) pulseと言います。私は以前このことを知らなくてpulseを「脈拍」もしくは「パルス療法(薬剤を大量の投与する治療法)」のことと思い込んで論文がまるで理解できなかったことがあります。
http://www.cmaj.ca/content/early/2014/04/07/cmaj.131727

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

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2014年4月21日 月曜日

第128回 混乱する高血圧の基準 2014/4/21

 2014年4月1日、日本高血圧学会は5年ぶりに高血圧のガイドラインを改定し「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」という名称で発表しました。改定のポイントはいくつかあるのですが、血圧を下げる努力目標である降圧目標の「若年・中年者高血圧」が130/85mmHgから140/90mmHgとされたことは注目に値するでしょう。

 今月になってから「血圧の基準、変わったんですよね」と言って受診される患者さんが増えています。

 最近はマスコミやインターネットから病気の情報を積極的に入手する人が増えてきておりこれは好ましいことであります。学会が発表するガイドラインというのは大変複雑であり簡単には理解しづらいのですが、それでも情報入手に努めるのは大変立派なことだと思います。

 しかし、です。「血圧の基準、変わったんですよね」と言う患者さんの何人かとはどうも話が噛み合いません。しばらく話すと分かるのですが、こういう患者さんは日本高血圧学会が発表したガイドラインの改定ではなく、日本人間ドック学会が発表した「健康人の基準」について話しているのです。

 2014年4月4日、日本人間ドック学会は、人間ドックを受診した約150万人を分析し、年齢差や男女差を踏まえた「健康な人」の検査値を発表しました。改めて2014年4月のマスコミの報道を調べてみると、一般紙では日本高血圧学会のガイドライン改定について触れている記事はわずかで、一方で日本人間ドック学会の発表を大きく報じていることが分かりました。

 マスコミはおもしろおかしい記事を書くのが使命なのでしょうから、意外な発表、もっといえば奇をてらったような発表を積極的に取り上げます。日本人間ドック学会の発表は特にうがった見方をしなくても、「これまで異常とされてきた血圧やコレステロールの数字、本当は問題ないんですよ。だからそこのあなたも必要のない薬を飲まされているかもしれませんよ」、と素直に読めば感じてしまいます。

 実際、先に紹介した例のように、診察室でこのことを話される患者さんもいるわけです。そして、この患者さんが「血圧の基準、変わったんですよね」の言葉の次に言いたいことは、「だから薬やめてもいいですよね」ということなのです。

 もちろん、これまで飲んでいた血圧の薬は必要だから飲んでいたわけで、その必要性が突然なくなるわけではありません。しかしこの説明には少々の苦労を要します。なにしろ、マスコミは「血圧の正常値が変わった」という誤解を与えるような表現をとりますから、患者さんの立場からすれば「じゃあ飲まなくていいんだ」と解釈してしまうのは無理もありません。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のようなプライマリ・ケア(総合診療)のクリニックでさえ、このような質問が急増しているのですから、生活習慣病専門のクリニックなどは連日パニックになっているのではないでしょうか。ここでは述べませんが、日本人間ドック学会の発表は、血圧だけでなく中性脂肪やコレステロールの基準についても「健康な人」の基準値について言及しており、これが各学会の発表しているガイドラインと異なるために混乱を招いています。

 混乱が生じているのは医療機関だけではないようです。おそらく日本高血圧学会に対しても質問が相次いだのでしょう。2014年4月14日、日本高血圧学会は「人間ドック学会と健康保険組合連合会による小委員会の新しい「正常」の基準値に関する報道を受けて、高血圧学会から国民の皆様へのお願い」というタイトルの声明(注1)を発表しました。内容を簡単にまとめると、健康診断(人間ドック)での基準と介入が必要な心血管疾患のリスクとなる高血圧や正常血圧の基準は異なるために必要な人は医師の診察が必要、となりますが、これではわかりにくいでしょう。

 そこで私なりにまとめなおしてみたいと思います。人間ドック学会が発表したのは、自覚症状がなく過去に大きな病気をしたこともなく、高血圧が進行したときにおこる動脈硬化もない人、つまりまったく健康な人だけを集めて血圧のデータを集めてみると、「健康な人」の血圧の上限は147/94mmHgであった、ということです。しかし、実際にはここまで上がらなくてももっと低い血圧で動脈硬化をきたし、心筋梗塞や脳梗塞を起こす人がいるのも事実です。つまり、人間ドック学会に所属する医師が診ているのは健康な人が大半であり、高血圧学会に所属する医師が診ているのはすでに動脈硬化がある人が多いわけです。大雑把にいってしまえば、そもそも人間ドック学会と高血圧学会で比較する対象が異なっているというわけです。

 まだあります。そもそも人間ドックを受ける人というのは、お金持ちか、一流企業に勤めていて会社が全額(もしくは一部)を負担してくれるような恵まれた人に限られます。そのような人たちの多くは健康に関心があり、日頃から体重コントロールにつとめ、定期的な運動をおこないバランスの良い食生活をしていることが多いのです。きちんとしたデータはみたことがありませんが、人間ドックを受ける人と受けない人で喫煙率に大きな差があるのではないかと私はみています。つまり、人間ドックを受けるような健康に関心が高い人は、遺伝的な要因で少々血圧が高かったとしても、体重を維持し、禁煙、運動、バランスのいい食事摂取ができているために、動脈硬化や他の心血管のリスクが帳消しになっている可能性が強いというわけです。

 ではどう考えればいいのかというと、日頃から市民健診や会社の定期健診を受けて「まったく問題ない」と言われているような人であればあまり気にする必要はありませんが、すでに治療を受けている人や、定期的な経過観察が必要と医師から言われている人は、人間ドック学会の発表ではなく主治医の意見を聞くべき、というわけで、高血圧学会の発表に従うべきなのです。

 しかし、です。一般人の立場からみると、高血圧学会、というよりも日本の医療界全体に対する不信感のようなものがぬぐえないのではないでしょうか。ノバルティス社の「ディオバン問題」は大変物議を醸しましたが、これに続いて日本最大手の製薬会社である武田薬品も「ブロプレス」という血圧の薬で広告に虚偽があることが発覚しました(注2)。日本最大手の製薬会社が不正行為をしていたとなると、庶民からすると何を信じていいか分かりません。この広告が不正であることに気付いたのは京都大学のある医師ですが、大半の医師はメーカーの広告にだまされていたわけです。しかし、私は製薬会社を責めるつもりはありません。広告が誇大であることを見抜けずに処方をおこなっていた医師にも責任はあるからです。

 ノバルティス社のディオバンも武田薬品のブロプレスも「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬」(以下「ARB」)というグループに入ります。では、ARBが信頼できないものかと問われれば決してそういうわけではありません。高血圧の治療には必要な薬剤であり、谷口医院でも(これらとは異なる製品ですが)ARBを処方している患者さんは少なくありません。

 しかしARBを高血圧の第一選択薬にすることは谷口医院ではあまり多くはありません。カルシウム拮抗薬の方が効く印象があるからです。発表されたばかりの「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」によりますと、高血圧の第一選択薬は、ARB、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬の4つとなっています。このなかでACE阻害薬はARBと似たような薬でいい薬ですがやはり効きやすさではカルシウム拮抗薬に分があります。利尿薬は心不全の合併などがあると最初に使いたい薬で値段も安いのですが、薬疹がけっこうな割合で起こることもあり第一選択薬にすることは谷口医院では多くありません。

 このように書くと、私はカルシウム拮抗薬を手放しに信じているように思われるかもしれませんが決してそういうわけではありません。薬の使用には、肝臓や腎臓の機能が低下している場合や他の薬を飲んでいる場合には充分な注意が必要ですし、副作用についても軽視してはいけません。様々な要素を考慮してその人にあった薬を総合的に決めていく必要があります。ガイドラインというのはあくまでもガイドラインであって、それに盲目的に従うわけにはいかないのです。今回の改定ではβブロッカーと呼ばれる降圧剤は第一選択薬からはずれていますが、場合によってはβブロッカー中心で血圧を下げることもあります。

 高血圧を含む生活習慣病でコラムを書くと毎回同じような結論になってしまい面白みにかけますが、大切なのは「定期的な健診と生活習慣の改善」(注3)です。そして、健康のことならどんなことでも相談できる主治医を持つことです。最近血圧が上がり気味だという人は一度主治医に相談してみてください。

注1:この声明は下記のURLで読むことができます。
http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf

注2:詳細は下記メディカル・エッセイを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」

注3:定期的な検診と生活習慣の改善については下記コラムを参照ください。コラムの中の「3つのENJOY、3つのSTOP、4つのデータに注意して」というところがポイントです。
メディカル・エッセイ第129回「危険な「座りっぱなし」」

参考:はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年4月21日 月曜日

135 製薬会社のミッションとは 2014/4/21

 高血圧の薬「ディオバン」に関する研究に不正があり、いくつかの論文が取り下げられ関係者が職を辞したという事件が昨年(2013年)にありました。世界で最も権威のある医学誌のひとつである『ランセット』にも論文が載せられたものの、そのデータに問題(捏造と言ってもいいでしょう)があり、これまで築き上げられてきたディオバンに対する、そして製造元のノバルティス社に対する信頼が一気に崩壊しました。

 このような不正行為は極めて特殊なものでノバルティス社以外にはありえないだろう・・・、そう思いたいのが社会の感情だと思いますが、残念ながら今度は日本最大の製薬会社である武田薬品で問題が発覚しました。

 医学誌『Hypertension』2014年2月25日(オンライン版)(注1)に、京都大学病院循環器内科の由井芳樹医師が武田薬品の降圧剤「ブロプレス」に対する疑問点を指摘した論文が掲載されました。

 由井医師は、降圧剤を比較した日本の大規模研究「CASE-J」について言及しています。「CASE-J」の結果に基づいて作成したとされている「ブロプレス」のパンフレットにはあるグラフが載せられています。そのグラフでは、従来からよく使われている「アムロジピン」という降圧剤と「ブロプレス」が比較されています。投薬を開始しだして最初の頃は効果が高いのはアムロジピンですが、36ヶ月からブロプレスの方が効果が高くなり、降圧効果を示した曲線が逆転します。この逆転のポイントが、パンフレット上では「初めて明らかになったゴールデンクロス」と謳われているのです。

 しかしこのグラフは”くせ者”です。由井医師によりますと、2008年に発表された論文(しかもこの論文は由井氏が今回投稿した『Hypertension』に掲載されたものです)にも「CASE-J」の調査結果が載せられているのですが、そこにはこの「ゴールデンクロス」がないそうなのです! 『Hypertension』の側からすると、今回の由井医師の論文を掲載するということは2008年の自誌の論文を否定することにつながるわけです。にもかかわらず掲載したということは由井医師の主張が全面的に正しいことを認めた、ということになります。

 この由井医師の主張を聞いて、長年感じていたもやもやした感覚がふっと消えた感じがしたのは私だけではないと思います。というのは、実際に患者さんに使ってみてより高い効果を実感できるのはアムロジピンを初めとするカルシウム拮抗薬だからです。ブロプレスなどのアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下「ARB」)も確かに大変有用な降圧剤であることは間違いありません。しかし、降圧効果はカルシウム拮抗薬に比べるとやや弱いような印象があります。ブロプレスに掲載されたグラフが(今となっては)憎らしいのは、36ヶ月を待てばアムロジピンよりも効果が高くなるんだ、と思わされてしまうこと、そしてそれに輪をかけるように「ゴールデンクロス」などというキャッチーなコピーがつけられ、このクロスポイントが強く印象づけられてしまうことです。

 ちなみに武田薬品には「タケダイズム」と呼ばれる社の基本精神があるそうです。そしてその精神のコアとなるのが「誠実」だそうです・・・。

 武田薬品のブロプレスについてはまだ日が浅いこともあり、ノバルティスのディオバンほどは大きな問題に進展していないようです。一方、ノバルティス社は今も大変なようで、「お前らが長らくだましていたせいで患者さんに迷惑をかけたじゃないか!」とMR(製薬会社の営業)に怒りをぶちまける若い医師もいるそうです。

 しかし私は、これは違うと思います。たしかにノバルティス社に対しても武田薬品に対しても「やれやれ・・」という気持ちになりますが、私は医師にも責任があると思っています。これは不正な研究に関わっていた医師にも責任がある、という意味ではありません。論文やパンフレットに書かれていることを鵜呑みにして処方していた医師にもまったく責任がないとは言えない、言い換えれば不正が公になってからあたかも鬼の首をとったかのように自分らだけが正義だと言わんばかりの態度をとるのはおかしい、ということです。

 最終的に薬を処方するのは医師ですからやはり医師にも責任があります。それに(こう感じているのは私だけではないと思いますが)ARBを単剤で投与した場合、カルシウム拮抗薬に比べると降圧効果は弱い場合が多いですから、それならばカルシウム拮抗薬に変更するか、あるいは2剤併用でコントロールをすればいいわけです。ディオバンの問題は、ディオバンはARBで最も優れている、ということを、データを不正に操作(捏造)して発表したわけですが、この場合も、臨床医はひとりひとりの患者さんを注意深く観察し、必要であればディオバンから他のARBに変更すれば済む話です。

 とはいえ、やはり製薬会社にも「良心」を持っていてもらいたいものです。誤解を避けるために言っておくと、私はここで医師には「良心」があり製薬会社にはない、と言っているわけではありません。このような議論をすると医師の方が断然”有利”になってしまいます。なぜ有利かというと、医師に収入が入るのは、薬を処方して、ではないからです。医師は薬を処方してもしなくても医師(医療機関)に入る収入はほとんどかわりません。以前別のところでも指摘しましたが、医療機関の薬の利益というのはほとんどありません。在庫管理に伴う手間を考えるとマイナスといっても過言ではないと思います。

 医師は薬を処方することよりもむしろ、いかにして薬を減らすか、あるいは処方をなくして生活習慣の改善を促すかが仕事です。そして、医師の診察には診察代が発生し、これが医師の利益になるのです。端的に言えば、医師は薬を処方してもしなくても収益にかわりはないのです。一方、製薬会社は薬を売らなくては会社が成り立ちません。ですから、私が「薬は使わない方がいい」というと、これは真実であり正論ではありますが、この正論を振りかざすのは製薬会社の立場からするとフェアではありません。

 原点に戻って考えると、医師も製薬会社も最終的なミッションは同じです。つまり患者さんの命を救いQOLを向上させる、というものです。共通のミッションを持っているわけですから、医師と製薬会社は同じ方向をみて共に手を取り合い、相乗効果を発揮してミッションに取り組めばいいわけです。
 
 実際我々医師は薬がなければ治療をおこなうことができず無力感にさいなまれるだけです。分かりやすい例として「化膿した傷」を取り上げたいと思います。細菌感染をおこし感染症が深部にまで進行しているような傷に対しては洗浄だけでは治りません。抗菌薬が必要になります。もしも抗菌薬がなかったとすれば、我々医師は簡単な傷の治療もできないのです。

 このように考えると製薬会社というのは世の中になくてはならない大切なものです。もしも製薬会社がこの世からなくなれば1年後には世界の人口は半減しているでしょう。結核やHIVが再び「死に至る病」となり、術後の感染予防ができないことからほとんどの手術ができなくなります。動物にかまれただけで感染症で命を落とし、食べ物でアナフィラキシーをおこしても手の施しようがありません。

 つまり我々は、医療者も治療を受ける患者さんの側も、製薬会社に感謝すべきなのです。しかし、だからこそ、製薬会社で働く従業員の人たちには高い人格をもちミッションを忘れないでほしいのです。けれども実際には製薬会社の従業員の目標が「売り上げ」になってしまっているのではないでしょうか。ノバルティス社が「10Bプロジェクト」と命名した1,000億円を稼ぐための社内プロジェクトをつくっていたことからもそう思わざるをえません。

 たしかに、製薬会社も資本主義経済の中に存在する株式会社ですから株主からはコンスタントに利益を出すことを要求されます。そしてある程度は株価が上がらなければ開発費用が捻出できなくなり、開発費用がなければ新しい薬をつくることができません。結核やHIVには大変有用な薬が登場しましたが、まだまだ治療法の確立されていない病気がたくさんあります。社会から製薬会社に対する期待は大きいのです。

 ではどうすればいいのか、ですが、これは簡単ではありません。しかし方法がないわけではありません。まず株主は、コンスタントな収益に期待せず「将来、大勢の命を救うような薬をこの会社が開発すれば大きな配当が期待できるだろうがそれはないかもしれない。しかしこうやって株を買うことで今薬を必要としている人のために役立っているんだ」というふうに考えて、投資というよりも”寄付”に近い感覚で株を買ってもらえるようにすればどうでしょうか。

 医師は製薬会社に感謝の気持ちを持たなければなりません。同じミッションを持っているということを思い出し、薬がなければ目の前の患者さんを救うことができない、ということに今一度思いを巡らすのです。

 そして製薬会社は、もう一度自社のミッションを見直すべきではないでしょうか。前回述べたようにすぐれたミッション・ステイトメントを組織が(あるいは個人が)もてばこれほど強いものはありません。ただし絵に描いた餅に終わってはいけません。武田薬品の壁には今も「誠実」の文字が掲げられているのでしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Concerns about the Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan (CASE-J) Trial」です。下記URLを参照ください。
http://hyper.ahajournals.org/content/51/2/393/reply#content-block

参考:
はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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