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2014年12月25日 木曜日
2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!
食物アレルギーの患者数がここ10年ほどで大幅に増加しているのは間違いありません。2010年頃から注目されだした「茶のしずく石鹸」を使用したことにより発症した小麦アレルギーの被害者は2,100人以上に及びました。2012年12月には東京都調布市の市立小学校で小学5年生の女子生徒がチジミを食べてアナフィラキシー(食物アレルギーの最重症型)を発症し死亡するという痛ましい事故が起こりました。これらはマスコミでも大きくとりあげられました。
原因のはっきりしない蕁麻疹(じんましん)や湿疹が生じると、その原因が食べ物のアレルギーなのではないか、と考える人は少なくなく、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にもよく受診されます。食物アレルギーを患う患者さんが増えているのは紛れもない事実であり、重症化すると死亡することもあると聞けば、不安になるのも無理はありません。
谷口医院でも何らかの食物アレルギーの診断がつく患者さんは少なくありません。ただし、食物アレルギーの診断はそう簡単にできるものではありません。血液検査で食物アレルギーの有無が簡単に分かる、と考えている人が多いのですが、これは正しくありません。
食物アレルギーの診断に最も有用なのは、血液検査ではなく「食物負荷試験」です。これは実際にその食べ物を少量食べてもらい症状が出現するかどうかを調べる方法で、その食べ物を摂取することで重症化する可能性がありますから通常は入院が必要です。
次に診断に有用なのは、その症状と食べ物のエピソードを念入りに問診する、という方法です。当然のことながらこれには相当の時間がかかります。症状が出現する前に食べていたものを調味料のレベルまで検索しなければなりません。場合によっては(頻度は少ないですが)半日以上前に食べたものを聞くこともあります。
血液検査で調べる特異的IgE抗体の信頼度はその次となります。つまり、特異的IgE抗体が陽性というだけでは本当にその食べ物にアレルギーがあるのかどうかは分からないのです。特に小児の場合は、その食べ物を食べられないとなると成長に影響がでる可能性がありますし、アレルギーがある場合は、給食のメニューを変えないといけないですから、給食を供給する人たちや担任の先生は大変なのです。最近は学校関係者の方々の知識が豊富になり「特異的IgE抗体が陽性だけでは診断できないですよ」ということを父兄に教えてくれることもあります。実際、何の問題もなく食べているものも血液検査をすれば陽性になることは特に子どもの場合はよくあります。
谷口医院では現在小児の食物アレルギーは診察しておらず成人のみを診察・治療しています。成人の場合も、特異的IgE抗体の結果はあくまでも「参考」なのですが、小児と比べれば比較的実情を反映していると言えます。
アレルギーというのは様々なタイプがあり、そのものに触れて(食べて)すぐに症状が出るものもあれば、「遅延性」と呼ばれる2~3日してから症状が出現するものもあります。金属アレルギーや、マンゴーを食べた2~3日後に口の周りに湿疹が生じるアレルギーはこのタイプです。(これは食べたマンゴーが原因なのではなく口の周りに触れたマンゴーが原因であり食物アレルギーではなく「接触皮膚炎」となります) 一部の薬疹のように、薬を飲み終わってしばらくしてから症状が出現するタイプのアレルギーもあります。
ただし、食物アレルギーは「即時型」、つまり、食べてから数分~1時間程度で症状が出現します(注1)。食べてから丸1日以上が経過してから発症するような「遅延性」はないと考えられています。
ところが、です。ここ1~2年の間、谷口医院には次のような患者さんがときどき受診されます。
患者:血液検査でIgG抗体が陽性の遅延型食物アレルギーがあるからコメを食べないように言われて食べていないのですが、これからも食べてはいけないのでしょうか。
医師(私):コメを避けて変化はありましたか?
患者:何もありません。ニキビと下痢と湿疹が治るはずだって聞いたんですけど・・・。
医師(私):検査をしたところでは何と言われたのですか?
患者:IgG抗体が陽性だからとにかくコメを避けるべきと言われたのです。あたしが、前は普通に食べていたし、やめてからも何も変わりません、と言うと、じゃあ少しだけ食べますか、って言われました。あたしが、少しだけってどれだけですか、って質問すると、それは自分で考えてください、と言われました・・・。
この検査をしたところが医療機関かどうか不明ですし、返答したのはおそらく本物の医師ではないでしょう。しかし、このような患者さんが複数人受診されましたからこのような検査を実施しているところがあるのは事実です。
そもそもこの「IgG抗体が関与した遅延型食物アレルギー」というのは海外では昔から否定されているものです。日本のアレルギー関連の学会は公式な見解を発表していなかったために、そこを狙って悪徳業者が金儲けのために食物アレルギーに不安を抱く日本人をターゲットにしたのでしょう。
しかしついに2014年11月19日、日本小児アレルギー学会は、この検査を「推奨しない」と発表しました(注2)。日頃患者さんをみている我々医師からすると、「推奨しない」ではなく「禁止する」くらいに言ってほしかったのですが、学会の立場としては、そこまで強い表現はとれなかったのでしょう。(一般に「ない」ことを証明するのは困難だからです)
アレルギー関連の学会はいくつもありますが、そのなかで日本小児アレルギー学会という比較的小規模な学会がこのような注意喚起を発表したのは、成人よりも小児で被害が相次いでいるからだと思われます。先に紹介したコメ制限を命じられた患者さんのように、食物のIgG抗体は正常な人でも陽性になることがよくあり、IgE抗体のように「参考」にすらなりません。したがって、このようなものを指標にして食事制限するなどというのは愚の骨頂です。小麦や米、卵といった貴重な栄養をとらなくなり成長障害や栄養不良が起これば、いったい誰が責任を取るのでしょうか。
報道によりますと、この「遅延型食物アレルギー」のキットは3~5万円もするそうです。当たり前ですが当然保険適用はありません。(もちろん、通常のIgE抗体は保険で検査ができます)
注1:食べた後運動をしたときに発症する食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(FDEIA)は運動をする分だけ時間がかかりますが何時間もたってから発症するわけではありません。下記「はやりの病気」も参照ください。また、食物アレルギーに例外がないわけではなく、私の知る範囲では「納豆アレルギー」が遅発性(「遅延性」ではありません)です。この場合は半日くらいたってから発症することが多いと言われています。納豆アレルギーは大豆の特異的IgE抗体は陰性になります(注3)。他には、牛肉アレルギーも数時間経過してから発症すると言われています。
はやりの病気第94回(2011年6月20日)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」
注2(2019年12月15日付記):現在このページは削除されています。
付記(2015年3月1日):日本小児アレルギー学会に引き続き日本アレルギー学会も注意喚起を発表しています。下記URLを参照ください。
https://www.jsaweb.jp/modules/important/index.php?content_id=51
注3(2016年9月付記):納豆アレルギーはサーファーに起こりやすいことからクラゲが原因と言われています。詳しくは下記を参照ください。
はやりの病気第157回(2016年9月) 最近増えてる奇妙な食物アレルギー
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2014年12月23日 火曜日
第136回(2014年12月) 巻き爪はテーピングだけで大きく改善
あまり深刻な病気とは捉えられませんが「巻き爪」で悩んでいる人は少なくありません。ときに眠れないほど痛くなることもありますし、細菌感染を起こして抗菌薬が必要になる場合もあります。
巻き爪の治療というのは従来は手術が基本でした。最も古典的な治療法は「爪をすべて取ってしまう」という荒っぽい方法ですが、その後いろんな手術法が考案されています。実は、私自身が医師になり初めてひとりでおこなうことを許された手術が巻き爪の手術です。
私が形成外科で研修を受けていた頃、ほぼ毎日何らかのかたちで外科的な処置をさせてもらっていたのですが、自分ひとりで最初から最後まで手術をおこなうということはなかなか許してもらえませんでした。しかし、当時はどんなことでも勉強になりましたから、どのような手術でも補助的なことをさせてもらうために積極的に関わらせてもらっていました。
縫合にはいろんな方法があり、きれいに縫うためにはかなり訓練をつまなくてはなりません。技術がないのに患者さんの皮膚を縫うわけにはいきませんから、手術であまった糸をわけてもらい、縫合の練習用のシリコンシートと持針器やハサミを寮に持ち帰り練習していました。ある程度できるようになると、自分の当番のとき以外も深夜の救急外来に入らせてもらい、縫合が必要になる症例がくると「自分にやらせてください」と言って縫合の機会を増やしていきました。
不謹慎な表現と思われるでしょうが、当時の私は縫合が楽しくて仕方がありませんでした。転倒して頭から血を流している泥酔者や、リストカットをしてわめいている若い女性というのは、医療者からすると好まれないことが多いのですが、私はこういった患者さんもまったく苦にならずに喜んで縫合させてもらっていました。もっとも、私は他の研修医に比べると、泥酔者や精神錯乱をきたしている若い女性とのコミュニケーションもさほど苦痛に感じなかったので、こういった症例には向いていたのかもしれません。
傷を負って救急外来を受診される症例と、腫瘍摘出などの手術症例とはまったく異なります。手術は医師がメスで患者さんの皮膚に傷をつけるからです。そのため、皮膚腫瘍の手術を、最初から最後までひとりでおこなうことはなかなかさせてもらえないのです。
話が大きくそれてしまいました。巻き爪に話を戻します。私が初めてひとりでおこなうことを許された手術が巻き爪の手術で「フェノール法」という方法です。もっとも、この手術はメスを使わずに、麻酔をかけてハサミで爪を縦に切り「爪母」と呼ばれる爪の根元にフェノールを塗布して爪がはえないようにするという方法です。麻酔をかけて爪をハサミで切るだけの単純な処置ですから、手術と呼ぶほどのものではないかもしれません。しかし自分が初めて「執刀医」をした手術ですから今もそのときの様子は鮮明に覚えています。もちろん手術記録も残しています。
さて、巻き爪というのはありふれた疾患ですから、形成外科での修行を終えた後、大学の総合診療部に入ってからも私はフェノール法で巻き爪の治療をおこなっていくつもりでいました。
ところが、です。その後皮膚科や形成外科の研修を続けているうちに、フェノール法を含めて「爪を切る」という治療が最善でないことを知ることになりました。フェノール法以外には「鬼塚法」という術式があるのですが、この方法でも爪を縦に切ることになります。これらの術式であれば手術をすればすぐに痛みから解放され、術後の患者さんの満足度は高いのですが、数年から10年くらい経過すると再び残った爪が巻いてくることがあるのです。こうなると次は爪をすべて取ってしまわなければなりません。
足の親指の爪というのは意外に重要で、スポーツ選手などは爪がなくなるとパフォーマンスが大きく落ちるという人もいます。おそらく体幹のバランスをとるのに何らかの関与をしているのでしょう。そして、こういった点を考慮すると、フェノール法でも鬼塚法でも、あるいは他の方法でも巻き爪の治療で爪を切ること自体が適切でないということになります。
そこで、爪を温存したまま巻き爪を治す治療法について勉強することになりました。私が総合診療部に籍を置きながら勉強に行っていた皮膚科・形成外科のクリニックではVHO法という術式をおこなっていました。これは爪の両端に特殊なワイヤーをかけて曲がった爪をまっすぐにする方法です。非常によく考えられた方法ですが実践するのには訓練が必要でライセンスを取得しなければなりません。そこで私はメーカーが主催するセミナーに参加しライセンスを取得しました。
ただしVHO法は保険適用がなくコストが高くなりますので、もう少し安い治療法も検討すべきです。比較的簡単な方法に、形状記憶の金属プレートを爪に装着させる、と言う方法があります。専用の長方形のプレートを爪に接着させ、毎日患者さんに自宅でドライヤーを用いて熱を加えてもらうという方法です。熱が加われば金属はまっすぐになろうとし曲がった爪がまっすぐになるというわけです。
爪と皮膚の間にセルロイドのシートを置く、という方法もあります。これはレントゲンのフィルムのようなセルロイドのシートを食い込んでいる爪の下に置く方法で痛みが速やかに軽減されます。また、点滴に用いるチューブを1~1.5cmくらい切り取って縦にハサミを入れそれを巻いている爪を保護するようなかたちで留置する、という方法(これを「ガター法」と呼びます)もあります。
こういった方法を組み合わせれば、フェノール法をおこなわなくても、つまり爪を切らなくても治療ができるわけで、クリニックをオープンした年(2007年)にはそれなりにおこなっていました。
しかし、以前にも述べたことがありますが、大きな手術でないとはいえ、これらの処置には麻酔を要することも多くそれなりに時間がかかります。医師ひとりのクリニックでは到底おこなうことができず1年もたたないうちに中止せざるを得なくなりました。巻き爪だけでなく、オープンした当時は皮膚腫瘍摘出術なども積極的におこなっていましたが、巻き爪と同様、時間的な制約から続けることができなくなりました。
しかし巻き爪の患者さんは少なくありません。そこで私は患者さん自身に自宅でテーピングをおこなってもらう方法を伝えるようにしました。重症化するとこの方法では治りませんが、軽症から中等症くらいであれば多くの症例で、少なくとも痛みに関しては改善するのです。初診時には、手術が必要になるかもしれないと思える症例や難治性の症例でも適切なテーピングだけで痛みから改善され、見た目には劇的な改善をしていなくても治療を要するほどではなくなることも多いのです。
そして、巻き爪にはテーピングが有効であるということをまとめた論文が最近発表されました。『The Annals of Family Medicine』という家庭医(総合診療医、プライマリ・ケア医)向けの医学誌の2014年11月12月号に掲載されており(注1)、執筆したのは日本の医師です。この論文が皮膚科・形成外科の専門誌でなく家庭医向けの医学誌に掲載されたということは、テーピングによるこの方法が有効であるというだけでなく、簡単におこなえるということを物語っています。
論文を執筆した医師は、テーピングを指導した合計541例(男性182例、女性359例)の症例を分析しています。2ヶ月が経過した時点で、約半数の44.5%で爪の形が改善したそうです。残りの半数では他の治療が必要となったものの、それでもほとんどの症例ではテーピングだけで痛みが改善したそうです。
では、どのようにテーピングをおこなうかですが、これを文章にするのは困難なので、この論文に掲載されている写真を参照してみてください(注2)。
ところで巻き爪は治療よりも大切なことが2つあります。1つは「爪を切りすぎない」ということで、実際巻き爪の原因のほとんどが爪の切りすぎです。足の爪については多くの人が切りすぎています。手の指は少々深爪をしても問題になりませんが、足の指は要注意です。どれくらいが適切かというと、足の裏からみて爪が見える程度、靴下をはくときに爪がひっかかってはきにくいと感じる程度がいいと私はよく患者さんに話しています。
もうひとつ大切なことは、もしも爪の水虫があれば速やかに治療をおこなうということです。爪の水虫は爪が濁ってきますから、それを取り除こうとしてついつい爪を切りすぎてしまいます。また水虫に侵されることで爪がボロボロになり切らなくても爪が短くなっていくことがありこれも巻き爪のリスクになります。
では巻き爪をまとめておきましょう。
・巻き爪の原因のほとんどは「爪の切りすぎ」であり、多くの人が切りすぎている。(つまり、多くの人が巻き爪になるリスクがある)
・爪の水虫があると巻き爪をおこしやすい。速やかな治療を検討すべき。
・巻き爪で手術をおこなうと将来再発することが多い。VHO法、ガター法など手術の前に検討すべき治療法がいくつもある。(ただしこれらの一部は保険適用外の治療です)
・医療機関で治療をおこなわなくても自身でおこなうテーピングで改善することが多い。
注1:この論文のタイトルは「Patient-Controlled Taping for the Treatment of Ingrown Toenails」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://annfammed.org/content/12/6/553.full
注2:下記URLで写真を見ることができます。
http://annfammed.org/content/suppl/2014/11/07/12.6.553.DC1/Tsunoda_Supp_App.pdf
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2014年12月22日 月曜日
■インフルエンザワクチン終了のお知らせ(2014年11月17日)
2014年11月17日をもってインフルエンザワクチンが終了いたしました。現時点では新たに入荷する予定はありません。
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2014年12月20日 土曜日
第143回(2014年12月) STAP細胞”誕生”の理由
私にとって2014年に最も印象深かった言葉は「STAP細胞」です。毎年12月1日に発表される「現代用語の基礎知識」がおこなっている「流行語大賞」に、私は「STAP細胞」が間違いなく選ばれると思っていたのですが、結果はトップ10にも入っていませんでした。
しかし、広告業界のポータルサイトの「AdverTimes(アドバタイムズ)」が選んだ「2014年のワースト謝罪会見」(注1)の第1位に、理化学研究所(以下「理研」)の小保方晴子氏がおこなった釈明会見が選ばれていました。(謝罪はしておらず「謝罪会見」のランキングに選ばれるのはおかしいような気がしますが・・・)
私自身は研究者とは呼べませんし、これからもこのような研究に関与することはありませんが、当初理研(というか小保方氏)が発表していたように、いったん分化した細胞が未分化細胞に戻るということが、酸にさらすといった単純な方法で起こりうるのなら、これは大変なことになると感じ「複雑な思い」を抱きました。
「複雑な思い」というのは、2014年1月にこの発表を聞いたとき、「そんなことが起こるはずがない」と感じたからです。しかし、これは「仮説」ではなく実験で証明されており科学誌『Nature』にすでに掲載されており、理研の優秀な研究者たちのおこなった研究なのです。後から手のひらを返したように小保方氏をバッシングしだした科学者たちも当初はこの業績を絶賛していました。医師のメーリングリストでも称賛を讃えるコメントのオンパレードだったのです。
理研は2014年11月末を期限にSTAP細胞の再現実験をおこない、その結果作製に成功しなかったことを12月19日に発表しました。「ない」ことを理論的に証明することは困難ですが、これで事実上STAP細胞は存在しないとみなされることになります。
STAP細胞については、実に様々な人たちが、それは一般のネットユーザーから科学者までが、いろんな議論をし尽くしていますから、もう話すべきことはないかもしれませんが、なぜSTAP細胞が生まれたのかについて私はひとつ主張しておきたいことがあります。
STAP細胞”誕生”の経緯を報道などから簡単にまとめておくと、まず幹細胞の研究者でもあるハーバード大学教授のチャールズ・バカンティ氏の研究室に小保方氏が留学し、STAP細胞の存在に興味をもち研究を開始しました。帰国後、小保方氏は理研の客員研究員として若山照彦氏の研究室で本格的な研究に取り組みます。その後、理研の研究ユニットリーダーに就任し、(後に自殺することになる)笹井芳樹氏をメンター(上司)として研究を重ねSTAP細胞の作製に”成功”するのです。
この経緯のどこに「問題」があったのでしょうか。STAP細胞などというものは、私も含めて科学や医学を少しでも勉強した者にとってみれば「突拍子もないありえない物」です。ですからこんなもの初めから研究すること自体がおかしい、という声もあるでしょう。しかし、私はこの点はむしろ小保方氏は”素敵”だと思います。誰も考えつかないような突拍子もないものを研究するこの態度と行動は個人的には応援したくなります。
では、実際にはないものを「ある」と狂信的に信じて研究を重ねたことはどうかというと、私はこの点についても小保方氏の行動を非難したくありません。実験というのは、手順をまず決めてそのとおりにしていると”たまたま”世紀の大発見ができたなどというのはほとんどが「嘘」です。ニュートンがリンゴが木から落ちるのをみて万有引力の法則を発見したというのはおそらく後からつくりあげた話です。よしんばそれが事実だったとしても、ニュートンは万有引力の法則があることを初めから確信していたはずです。
野口英世は梅毒の病原体の培養に”成功”したと発表しましたが、その後誰も成功していません。野口は狂犬病の病原体も発見したと発表しましたが、これは後に完全に誤りであることが分かりました。狂犬病の病原体はウイルスであり、野口が寝食を惜しんで覗いていた顕微鏡では見えないのです。野口は金と女性にだらしなく人間的に尊敬されるべき人物ではないかもしれません(注2)。しかし、そのような私生活があり、研究成果を残せなかったのは事実だとしても、それでも科学者として研究に取り組む態度は尊敬に値します。
存在するはずないと(普通の科学者なら)誰もが思うSTAP細胞の研究に小保方氏が寝食を惜しんで(見たわけではありませんが)取り組んだことについては、私は氏に尊敬の念すら感じます。
しかし、あるはずと信じていたSTAP細胞が作製できなかったとすればそのときはどうすべきだったのでしょうか。『Nature』に論文を発表した2014年1月、そして釈明会見をおこなった4月にも、小保方氏はSTAP細胞の存在を信じていたと私は思います。しかし同時に、STAP細胞が”まだ”きちんと証明できていないことも知っていたはずです。
一部の評論家や精神科医は、虚偽の研究成果を堂々と述べる小保方氏にはもともと人格障害があったなどと言っているようですが、私には他に理由があるように思えます。私は氏の精神異常やパーソナリティ障害の有無を論じる立場になく、そのようなことはできませんが(実際に診察したわけでもないのにマスコミの報道だけから推測で病名を公表する精神科医が私には理解できません)、たとえパーソナリティの問題が氏にあったとしても、それ以上に彼女の暴走の原因となった「問題」があります。
その「問題」は早稲田大学にあります。小保方氏は2002年に早稲田大学理工学部応用化学科に入学し、その後大学院に進み2011年には論文が評価され博士の学位を取得しています。しかしこの論文に不正がありました。
2014年7月17日に発表された早稲田大学の調査委員会の報告書によると、「(小保方氏の論文は)著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所が11カ所もある」とされています。つまり、他人の論文から勝手に拝借した箇所が多数あったことを大学が正式に認めたのです。11箇所と聞いてもどれだけのものかわかりにくいですが、発表によればなんと論文全体の2割にも相当するそうです。論文の2割が他人が書いたものを拝借していたとは・・・、私に言わせればこれは「学問に対する冒涜」以外の何物でもありません。
他の論文からわずかでも拝借するとそれだけで学問に対する冒涜になるのか、という反論があるかもしれません。私自身も、関西学院大学理学部に在籍していた頃、実験のレポートが書けなくて同じ班のメンバーにレポートを見せてもらっていました(注3)。しかし完全な丸写しはしていませんし(自慢になりませんが・・・)、実験のレポートと博士論文では重みが違いすぎます(これは説得力がないかもしれませんが・・・)。
学生時代に同じ班のメンバーにレポートを見せてもらっていた私には小保方氏を非難する資格はないかもしれません。しかし、そんな私も早稲田大学には強く抗議をしたいと思います。私の母校のひとつの関西学院大学はキリスト教に基づいた大学ということもあり、不正には厳しい処罰が下されていました。私がしたような他人にレポートを見せてもらうというくらいではあまり問題にならないでしょうが(それでも「丸写し」すれば即留年でしょう)、論文に一部でも他の文献からコピーしたところがあったり、テストでカンニングをおこなったりすれば、悪ければ退学、よくてもその年の単位すべて取り消し、さらにキャンパス内の教会で牧師さんの前に跪いて懺悔をしなければなりません。
一方、早稲田大学では、小保方氏の博士論文に対し大学側が正式に不正を認めているのにもかかわらず、「博士号の取り消しには当たらず猶予期間中に論文が再提出されれば学位を維持する」としたのです。まともに考えれば不正が発覚した時点で即博士号取り消しにすべきです。
早稲田大学グローバルエデュケーションセンターのウェブサイト(注4)をみてみると、「レポートにおける剽窃行為について」というタイトルで不正行為の処分についての記述があり、「不正行為が発覚した場合(中略)、その時点で履修しているすべての科目の無効、停学を含む厳しい処罰が下されます」とされています。なぜ小保方氏には再提出の猶予が認められるのでしょうか。
さらに私が不思議なのは、早稲田の卒業生や在学生がなぜ大学側のこの対応に黙っているのか、ということです。論文に不正がみつかっても再提出すればお咎めなし、でOKなら、不正が見つからなければやってもいいんだ、と考える学生が出てくるに違いありません。卒業生は周囲から「お前も不正で卒業したんじゃないのか」と思われるかもしれません。
このような杜撰な環境の大学で研究を続けていれば、「しょせん学問なんていい加減なもの、論文の作成なんてどうにでもなるんだ」、という意識が芽生えても不思議ではありません。「『Nature』に提出した論文が少々いい加減でも咎められることはないだろう。STAP細胞は確実に存在するんだから、そのうちに追随者がもっときちんとしたデータをつけてSTAP細胞の存在を確固としたものにしてくれるに違いない。みなさんがんばってね!」と小保方氏は考えていたのではないでしょうか。
STAP細胞が”生まれた”理由のひとつは早稲田大学の杜撰な教育体制。それが私の考えです。
注1:下記URLを参照ください。
http://www.advertimes.com/20141204/article176736/
注2:野口英世のこういったエピソードについては下記コラムで触れています。
マンスリーレポート2014年6月号「渡辺淳一氏の2つの名作」
注3:レポートと同じ班のメンバーに見せてもらっていたことは下記コラムで紹介したことがあります。
マンスリーレポート2013年10月号「安易に理系を選択することなかれ(前編)」
注4:下記URLを参照ください。
http://www.waseda.jp/gec/about/info/academic/info_report/
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2014年12月12日 金曜日
2014年12月号 「総合」なるものの魅力(中編)
前回は、私が研修医1年目のときに訪れたタイのエイズホスピスで、ボランティアに来ていたGP(総合診療医)のベルギー人医師から「総合診療」の魅力を感じ取ったこと、研修期間を終えてから再びエイズホスピスに訪問し、そのときにボランティアをしていたアメリカ人のGP(総合診療医)からも多くのことを学んだこと、帰国後に大学の総合診療科の門を叩き、複数の医療機関の複数の科で勉強させてもらうようになったこと、などを述べました。
その後自分はどのような道を歩むべきなのかについては随分と悩みました。流れに身をまかせるなら、そのまま大学病院に勤務するという道になりますが、この選択肢は比較的早い段階で消しました。
というのは、大学の総合診療科の外来には、たしかに「どこの科に行っていいか分からない・・・」とか「これまでいくつもの病院を受診したけど診断がつかなくて・・・」といった患者さんも来られ、このような患者さんの診察に私はやりがいを感じますが、多くは診断がつけばそれで終わりになり「この次からは近くの診療所を受診してください」となります。これが大学病院のあるべき姿ですから仕方がないのですが、私としては「気になることがあればまたいつでも相談してくださいね」という医師でありたいのです。
再びタイに渡航してタイのエイズホスピスでボランティアを続ける、という選択肢も現実的でないという気持ちが強くなってきました。ボランティアを続けるにはどこかでお金を稼がなければなりません。例えば、日本の病院で何ヶ月か働いて、お金が貯まれば再びタイに、という方法はできなくはありませんが、こういう働き方であれば深夜や土日の救急外来のアルバイトや健康診断のアルバイトで稼ぐことになり、このようなことだけをやっていると自分の勉強にはあまりならずに医師として成長できません。医師としてまだまだ勉強しなければならないことがあるのに、このような働き方をしてしまうと結果として患者さんに貢献できなくなります。
そこで私が最終的に下した結論は、大学に籍を置きながら自分自身のクリニックを開設する、という方法です。この方法なら継続して患者さんを診ることができて「気になることがあればいつでも相談してくださいね」という医療を実践することができます。国内(外)の学会や研究会に参加することもできますし、大学での仕事も続けられますし、研修医や学生をクリニックに招いて研修を受けてもらうこともできます。タイのエイズ患者さんの支援については、年に1回はタイに渡航し、患者さんの直接支援は困難になりますが、エイズ孤児やHIV陽性の人たちをケアしている組織や施設、地域社会を支援することならできます。
今の私の生活は丸1日休める日は年に10日程度しかありませんし、朝7時前にはクリニックで仕事を開始し、クリニックを出ることができるのは午後9時前後、遅ければ10時を回ります。昼休みもカルテ記載などで休憩時間は食事の時間を入れて20分程度しかありません。労働時間だけをみると明らかに「過重労働」で、身体的にも精神的にもストレスを感じているのは事実ですが、それでも「やりがい」を感じることができています。医学生や研修医から「プライマリ・ケア(総合診療)の醍醐味は何ですか?」と聞かれると、「患者さんからどんなことでも相談を受ける、患者さんから最も近い医者であること」と答えています。
総合診療が好きでないという医師からよく聞くセリフに「何でも診るということは結局何も診ないことと同じ」というものがあります。たしかに総合診療医は、大きな手術はしませんし、心臓カテーテル検査もおこないません。分娩をおこなうこともありませんし、虫歯の治療もしなければコンタクトレンズの処方もしません。
では「何も診ていない」のかと言えばもちろんそんなわけはなくて、受診された患者さんの95%くらいは治療をおこなうことができます。この数字は世界どこでも共通しているようで、現在太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する患者さんに対して、専門病院を受診するよう助言し紹介状を作成するのは全体の5%未満です。しかも紹介状を書けばそれで終わり、というわけではなく専門的な検査や治療が終われば大半の患者さんは再び戻ってこられます。
ただし、コモンディジーズ(よくある病気)については、可能な限り自分が診るべきだ、という考えはありますから、谷口医院(当時は「すてらめいとクリニック」)を開院した当時は、簡単な皮膚の手術はしていましたし、時間をとったカウンセリングもおこなっていました。また、結局実施することはありませんでしたが、関節疾患に対する関節内注射や骨折に対するギプス固定、小児のアレルギー検査などもおこなう予定をしていました。(さすがに分娩や中絶手術は初めから考えていませんでした。しかし、離島や僻地などでは総合診療医がこれらもおこなっています)
ところが、実際にクリニックを始めてみて「現実」を思い知ることになります。最も問題となったのは「時間」です。ギプス固定や手術、カウンセリングなどはそれなりに時間がかかり、また看護師や他のスタッフの人手も必要になります。結局、医師ひとりのクリニックでできることは限られているという現実を思い知らされ、次第に診療内容を狭めていくことになりました。
ただ、よく考えてみると、普段当院を受診している人が明らかな骨折をすればまず当院を受診するよりも初めから救急対応をしてくれる医療機関を受診した方が早いですし、谷口医院のように都心部に位置したクリニックであれば周囲に専門機関がありますから、例えばカウンセリングが必要な症例はそちらにお願いするのが現実的です。手術については、皮膚のできものを取る程度のものや巻き爪の手術は開院当初は実施していましたが、そのうちにすべての手術症例を近くの外科対応してくれる病院にお願いするようになりました。
現在の谷口医院は「どんなことでも相談してください」というスタンスは崩していませんが、受診される患者さんの層にはいくらかの特徴があります。大半の患者さんは働く若い世代であり、小児や高齢者はあまり多くありません。総合診療医の多くは在宅医療や看取りまでしていますが、谷口医院ではこれらに対応していません。
谷口医院で多い疾患は、まず風邪や胃腸炎、膀胱炎などの急性感染症、ついで喘息やアトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギー疾患、その次が生活習慣病になるでしょうか。ただし、「高血圧などの生活習慣病があって、それに花粉症もあって、そられは落ち着いているけど今日は風邪で受診」といった人が多く、むしろ何かひとつの疾患単独で受診している人の方が少ないと言えます。長引く倦怠感、原因不明の熱、不眠や不安、抑うつ状態といったことで受診される患者さんは開院以来常に多く、HIVを含む性感染症の治療や感染したかもしれないので相談に来た、という人も少なくありません。
総合診療医の対局にあるのが「専門医」であり、現在の医療はより専門的な知識や技術が要求されますから専門医は絶対に必要です。例えば、私はこの夏(2014年8月)に自身の変形性頚椎症に対して手術(全身麻酔下観血的後方除圧及び椎弓形成術)を受けましたが、これは極めて高度な手術であり、執刀してくれた先生はこの道一筋の名医です。椎弓形成に必要な人工骨を自ら開発されているような先生ですから専門医のなかの専門医です。
総合診療医と専門医は対極の関係にあるということができます。しかし、総合診療医は総合診療の「専門医」という考え方もあり、この考え方も間違ってはいないと思います。実際、2017年から始まる新しい専門医制度では「総合診療専門医」というものをつくることが決まっています。
この話を聞いたとき、つまり、総合診療医は専門医か専門医の対極なのかという議論になるとき、私はある<懐かしい記憶>を思い出しました。そしてもうひとつ。総合診療医のように「どんなことも診るべき」と考える医師と、「専門分野だけを診たい」と考える医師がいるのがなぜなのかについて、私は最近新聞に掲載されたあるコラムをみて、なるほど、と思いました。次回はそのあたりについてお話いたします。(<懐かしい記憶>については今回述べる予定でしたが、字数がオーバーしてしまいましたので次回に回すことにしました)
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2014年12月1日 月曜日
2014年12月1日 薬を飲みやすくする2つの方法
錠剤、カプセル、粉(細粒剤)、シロップと飲み薬には様々な形態があり、その人によって飲みやすさが異なります。誰もが簡単に飲めるのはシロップか口腔内溶解錠(OD錠)でしょうが、すべての薬でそのような形態が用意されているわけではありません。また、錠剤は日頃は飲めるのだけれど吐き気が強いときには飲めない、という人もいます。
錠剤やカプセルは飲みにくいという患者さんの声はときどき聞くのですが、あまりきちんとした回答を医療者が準備しているわけではありません。しかし、最近、薬を飲みやすくする研究がおこなわれ発表されたので紹介したいと思います。
この方法は、医学誌『Annals of Family Medicine』2014年11月12月号(オンライン版)に掲載されています(注1)。紹介されている2つの方法を下記に記します。
1つめの方法は「ペットボトル法」(pop-bottle method)(注2)と命名された方法です。ペットボトルに水を満タン入れ、空気が入らないようにし、錠剤を舌に乗せて、ペットボトルの口を唇でくわえてそのまま水を飲み込む、という方法です(注3)。
もう1つの方法は、前屈み法(lean-forward technique)と命名された方法で、カプセルを舌にのせて水を一口含み、顎(あご)を胸に付けるように下を向いてその状態で飲み込むというものです(注4)。
この研究の対象者はドイツ人の男女151人、うち女性が52.3%、平均年齢は45.8歳(18~85歳)です。対象者の55.6%が錠剤やカプセル剤の服用時に困難さを訴えていたそうです。ペットボトル法(錠剤)を用いた59.7%、前屈み法(カプセル剤)を用いた88.6%が、服用しやすさが改善したと答えたそうです。
*****************
早速私自身がこの2つの方法を試してみたのですが、残念ながらそれほど飲みやすくなったとは感じられませんでした。しかし私は元々、少々大きめの錠剤でも水なしで唾だけで飲めますから、私の実験では参考にならないと思います。それに適当なカプセルの薬がなかったために前屈み法もカプセルではなく錠剤(整腸剤)で試しましたから、私の実験は実験のレベルとしてはかなり低いものと言えます。(しかし、錠剤とカプセルで2つの方法を使い分ける意味はどこにあるのでしょうか。この論文からはそれが分かりませんでした)
私は効果を感じられませんでしたが、もしもあなたが日頃錠剤やカプセルを飲みにくいと感じているなら一度試してみてもいいかもしれません。(ただし、頸椎などの疾患で首を前に曲げることを禁じられている人や、嚥下障害のある人は試す前に主治医に相談してください)
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Two Techniques to Make Swallowing Pills Easier」で、下記のURLで全文(PDF)を読むことができます。
http://annfammed.org/content/12/6/550.full.pdf+html
注2:ペットボトル(PET bottle)の「ペット」はポリエチレン・テレフタレート(PolyEthylene Terephthalate)の略ですが、私自身の経験では外国人から「PET bottle」という表現はほとんど聞いたことがありません。日常生活でなら「plastic bottle」で問題ないと思います。私は外国人相手にはそのように言います。この論文で使われている「pop-bottle」という表現は初めて聞きましたが一般的な表現なのでしょうか。ちなみにビニール袋は「plastic bag」と言えば英語を話す人にならまず通じます。(日本人には通じないことがありますが・・)
注3注4:あまり上手とは言えないと思うのですが(失礼!)、論文(注1参照)のなかにイラストがありますので参照してみてください。
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2014年11月29日 土曜日
2014年11月29日 牛乳1日3杯で死亡リスクも骨折リスクも上昇
牛乳がタンパク質やカルシウムが豊富で栄養価にすぐれた食品であるのは間違いないのですが、以前から危険性を指摘する声があります。特に乳ガンや前立腺ガンのリスクを上昇させるという指摘は年々増えてきています。
しかし、日本も含めて世界中の多くの医師は骨粗鬆症の予防に牛乳を薦めており、発ガンのリスクを上昇させるという声があるのは事実ですが、取り過ぎなければ健康増進に寄与するものと考えられています。しかし、です・・・。
1日3杯の牛乳が全死亡リスクを2倍にし、骨折のリスクも上昇させ、さらにストレスを増悪させる・・・。
このような研究結果が発表され議論を呼んでいます。医学誌『British Medical Journal』2014年10月28日号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。
この研究の対象者はウェーデン人の女性61,433人、男性45,339人です。女性は平均20.1年間の追跡調査がおこなわれ、その間に15,541人の死亡、17,252人の骨折が確認されています。男性は平均11.2年間の追跡調査がおこなわれ、10,112人の死亡、5,066人の骨折です。
男女とも牛乳をたくさん飲むほど死亡リスクが上昇するという結果になっていますが、その傾向は女性で顕著なようです。
牛乳を1日3杯以上(平均680g)飲む女性を1杯未満(平均60g)の女性と比べると、全死因の死亡リスクは1.93倍となったそうです。心筋梗塞など心血管疾患の死亡でみると1.90倍、ガンのリスクは1.44倍とされています。骨折については1.16倍です。
男性の場合は、1日3杯以上(平均830g)飲むと1杯未満(平均50g)の男性と比べると、全死亡リスクは1.10倍となったようです。
さらに意外なことに、ストレスの指標とされている尿中8-iso-PGF2αと血清IL-6についても牛乳摂取量が多いほど高い数値となっています。
興味深いことに、チーズやヨーグルトなどの発酵乳製品については死亡リスクも骨折のリスクも上昇させないという結果がでています。上昇させないどころか、女性では、逆に死亡も骨折もリスクが低くなっています。男性については関連性が認められていません。
ストレスについては、チーズでは関連性が認められなかったものの、ヨーグルトでは摂取量が多いほどストレスの指標は低下したそうです。
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以上をまとめると、
・牛乳はほどほどにしましょう
・乳製品を摂るのなら牛乳ではなくチーズやヨーグルトにしましょう
・ヨーグルト接種でストレス軽減ができるかもしれません
となるかと思います。
この研究は対象者の多い大規模研究ですから、それなりに信憑性が高いといえるでしょう。しかし、牛乳が栄養学的に優れているのもまた事実であり、いきなり牛乳をやめることは薦められません。
この論文をよく読んでみると、ハイリスクとされている「1日3杯以上」が女性で680g、男性が830gとされています。日本人の成人で毎日これだけ牛乳を飲んでいる人がどれだけいるでしょうか。牛乳を積極的に飲むべき小児や10代でも毎日これだけ飲んでいる人はそう多くないでしょう。
私自身の意見としては、他の健康に良いとされている食品と同様に、牛乳も度を超えない程度に摂取する分にはいいかと思います。研究結果を踏まえるとヨーグルトの方がいいかもしれません。ただし、日本のヨーグルト製品はたいてい糖が加えられていますから糖分の摂り過ぎに注意しなければなりません。また、チーズについては、元々塩分摂取量の多い日本人は摂り過ぎに注意する必要があるでしょう。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは「Milk intake and risk of mortality and fractures in women and men: cohort studies」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/349/bmj.g6015.full?sid=5d26e743-217d-4798-b31f-391359110b2d
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2014年11月28日 金曜日
2014年11月28日 腰痛もちはギャンブル好き!?
脳の研究というのは非常に魅惑的な領域であり、大昔から多くの学者が学者生命をかけて脳機能の究明に取り組んできました。これまで多くの説が提唱され、いくつかは治療にも応用されるようになってきています。しかし、脳には依然未知のことも多く、すべてが解明できているわけではありません。
そんな脳の研究のなかで「側坐核」と呼ばれる部位がここ数年でクローズアップされてきています。側坐核とは脳の「前脳」と呼ばれる領域に位置しており、報酬、快感、嗜癖などに関与しているのではないかと言われています。
快感や嗜癖はいいとして、「報酬」という言葉は分かりにくいかもしれませんので補足しておきます。ここでいう「報酬」とは端的にいえばギャンブルのことと考えて差し支えありません。「報酬」への欲求が強くなりすぎると、その人にとって魅力的なもの(お金)を獲得するために大きなリスクをとってしまうのです。
今回紹介したい研究は「慢性の腰痛があれば、ギャンブルに依存してしまうかもしれない」というものです。医学誌『BMC Research Notes』2014年10月20日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。
研究者らはまず側坐核について研究をおこないました。側坐核が身体のどの部分と関連しているかについて調べると、慢性腰痛がある人では側坐核の機能が変化していることが分かったそうです。
そこで研究者らは、慢性腰痛があるグループと、健康で腰痛のない対照グループを比較しました。ギャンブルを実践してもらい、fMRI(機能的MRI、通常のMRIに加え脳の血流を評価することができる検査)を用いて側坐核の状態を解析し、報酬行動との関連性を比較検討しています。
その結果、慢性腰痛があるグループでは、報酬獲得への感受性が有意に高い、つまりギャンブルにのめりこみやすいことが分かったそうです。
*************
この研究が興味深いのは、ギャンブル依存という精神的な病態と腰痛という身体的な病態が側坐核という共通項で関連づけられているということです。
もちろん腰痛には様々な要因があり、例えば腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛の人がギャンブル好きとはいえないでしょう。しかしながら、画像検査をいくらおこなっても原因のよく分からない腰痛は非常に多く、最近では腰痛のほとんどが精神的な要因であろう、という考えもでてきています。もしかすると、こういう腰痛もちの人のいくらかは側坐核に問題があるのかもしれません。
この研究を臨床に応用するのは時期尚早です。先に側坐核に問題があり、その結果としてギャンブル依存や腰痛が生じるのか、腰痛が先にあり側坐核に影響を及ぼしその結果ギャンブル依存になっていくのか、あるいは元々ギャンブル依存があると側坐核が機能的に変性しその結果腰痛が生じるのか、そのあたりは分かりません。
ですが、重度のギャンブル依存の人がもし腰痛があるなら、先に腰痛の治療を試みるのは価値があるかもしれません。あるいはその逆に、原因不明の難治性の腰痛があるという人でギャンブル依存症があるなら、自助会や患者会などを利用して、ギャンブル依存の克服に努めるのはやってみてもいいかもしれません。
(谷口恭)
注1:この研究のタイトルは「Risky monetary behavior in chronic back pain is associated with altered modular connectivity of the nucleus accumbens」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.biomedcentral.com/1756-0500/7/739
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2014年11月21日 金曜日
第142回(2014年11月) 速く歩いてゆっくり食べる(後編)
前回は、忙しくて運動の時間がとれない人は日頃から速歩きを心がけましょう、ということを述べましたが、早速何人かの患者さんから「始めました」という声を聞きました。
なかには「活動量計を買いました」という人もいました。活動量計とは1日の活動量(消費キロカロリー)が計測できる小さな器械で、最近急速に市場に登場してきているようです。ある患者さんはキーホルダーに付けてズボンのベルト通しにかけていました。胸ポケットに入れている患者さんもいましたし、腕時計と一体化したものを持っている人もいれば、ブレスレット型のものを付けている人もいました。
また、ある患者さんからは「先生はMETs(メッツ)のことを言ってるんですよね」と指摘されました。METsというのは身体活動を評価するための指標で、スポーツ医学や循環器科の領域でよく使われるのですが、最近では随分と世間に浸透してきているようです。この患者さんの言うとおり、運動は単に時間だけで評価するのではなく強度も考慮しなければなりません。そしてこれが私が前回述べた「ゆっくりのウォーキングでは効率が悪い」ということでもあります。
さて今回は食事について述べていきたいと思います。メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」で提唱した、健康を増進させる「10個の習慣」のひとつにEating(食事)があります(注1)。これは、食べる内容と量に注意しましょう、というのが一番言いたいことですが、「食べる早さ」にも注目しましょう、というのが今回のテーマです。
このサイトで「フレンチ・パラドックス」について何度か取り上げたことがあります(注2)。フレンチ・パラドックスとは、フランス人はあぶらっこい肉料理を好んで食べて、おまけに喫煙率も高いのに、心筋梗塞など心血管系疾患の罹患率が低いことを表した言葉です。この原因として「赤ワイン」が注目されたことがありました。
現在では「フレンチ・パラドックス」は否定的な意見の方が多いのですが、この言葉はまだ生きているように思えます。疫学調査というのは統計の取り方によって随分変わりますし、研究者の恣意性が入る可能性は否定できません。また心筋梗塞で死亡した例が統計から漏れることはないでしょうが、軽度の狭心症レベルを心血管系疾患に加えるかどうかというのは議論が分かれるところでしょう。つまり、統計の取り方によって、フレンチ・パラドックスが正しくなることも正しくなくなることもありえるということです。
虚血性心疾患や脳血管障害を他国の基準と同様に把握することは困難ですが、身長と体重なら客観的に評価することが可能です。そこで世界の肥満者の割合を調べてみると興味深い結果がでてきます。ビジネス誌『Forbes』のウェブサイト(注3)に世界各国の肥満者の割合の表が掲載されています。このデータはBMI(体重(kg)÷身長(m)の2乗)が25以上の人の割合を示しています。例えばアメリカは世界第9位で国民の74.1%がBMI25以上であることを示しています。イギリスは第28位で63.8%、オーストラリアは21位で67.4%です。ちなみに日本は第163位で22.6%です。
さてフランスですが、この表では第128位で40.1%です。フレンチ・パラドックスを否定する人たちも、この数字を見せられるとフランスでは肥満者の割合が相対的に少ないことを認めないわけにはいきません。そしてフランス料理は高脂肪のあぶらっこい料理がメインであり、朝からクロワッサンとカフェオレという高脂肪・高炭水化物の食事を摂るのが日常なのです。
つまり、フレンチ・パラドックスが正しいかどうかは別にして、フランス人は脂っこいものを好んで食べるのにも関わらず肥満者が少ない、というのは客観的な事実なのです。
これはなぜなのでしょうか。結論を言えば「ゆっくる食べるから」が答えではないかと私は考えています。私がフランス人と一緒に食事をしたのは会社員時代の経験を入れても数える程しかありませんが、彼(女)らは話をしながらゆっくりと食べる、という印象があります。
これを映画のシーンで考えてみましょう。アメリカの映画ではオフィス内でハンバーガーを頬張ったり、紙の容器に入った中華料理らしきものをスプーンで食べたりしながら仕事をしている場面がしばしばありますし、立ちながらホットドッグを食べているシーンなどもよくあります。『オーシャンズ11』を見たことがある人はブラッド・ピットが食事をするシーンを思い出してください。この映画ではブラッド・ピットが何かを食べているシーンが繰り返し出てきますがいつも慌てて何かをかきこんでいる感じです。
一方、フランス映画ではどうでしょうか。家でゆっくりとディナーを楽しんだり、カフェで長時間くつろいだりするシーンはよくありますが、オフィスで慌てて何かを食べているシーンは思いつきません。オードリー・ヘップバーンの名作『シャレード』では、ニセ刑事がオードリー・ヘップバーンをオフィスに招いてサンドイッチを食べるシーンがありますが、これも緊迫した状況だというのにワインを飲みながら食事をしています。
映画のシーンで医学を論じるのはあまりにも非科学的ですから、ここからは最近の研究を紹介したいと思います。
1つめは医学誌『BMJ Open』2014年9月5日号(オンライン版)に掲載された論文で日本の研究です(注4)。2011年に日本国内の健康管理センターの健康診断を受け、心筋梗塞など冠動脈心疾患や脳卒中にかかったことがない56,865人(男性41,820人、女性15,045人)について、食べる速度とメタボリックシンドロームの関係について分析したところ、食べる速度が早いとメタボリックシンドロームになりやすいことが判ったそうです。
2つめも日本の研究で、医学誌『Obesity』2014年7月10日号(オンライン版)に掲載されています(注5)。この研究では岡山大学の学生が対象とされています。対象者は元々肥満がなかった(BMI25未満)学生1,314人で、入学から3年間の追跡調査がおこなわれています。その結果、元々肥満でなかった学生が早食いを続けるうちに肥満していくことが判ったそうです。「早食いだ」と答えた人は、そうでない人より4.4倍も肥満しやすいという結果となり、性別では男性は女性の2.8倍肥満しやすいことがわかったそうです。
幼少児期の家族との団らんが肥満を予防する、という研究もあります。医学誌『Pediatrics』2014年10月13日号(オンライン版)に論文が掲載されています(注6)。研究によりますと、暖かさ(warmth)、家族での団らん(group enjoyment)、親の積極的な関わり(parental positive reinforcement)などが小児肥満の予防になるそうです。
この研究では、合計120の家庭の食事風景をiPADで録画してもらい、食事に費やす時間、食事の内容、家族同士の交流などが分析されています。その結果、肥満児の家庭では、食卓に明るい雰囲気が少なく、秩序がない傾向だったそうです。また標準体重児の食事時間が平均18.2分なのに対し、肥満児では13.5分と短くなっていたようです。
なぜ早食いは肥満につながるのでしょうか。いろんな理由があるでしょうが、最も大きいのはいわゆる「満腹中枢」の作動開始時間でしょう。よく言われるように、食事を開始してしばらくすると、脳が「これくらいにしておきなさい」という指令を出しますがこの指令塔が満腹中枢というわけです。満腹中枢は、胃を支配している神経や血糖値からの情報を総合的に判断し、食事開始後およそ20~30分後に指令を出すと言われています。
つまり、満腹中枢が指令を出すまでの間は食欲はそのまま続いているわけで、20~30分の間に大量に食べることができてしまうのです。こう考えるとフランス料理というのは実に理にかなっています。ワインと会話を楽しみながら「前菜」をゆっくり食べると、食べ終わる頃には満腹中枢が働き始めるのです。メインディッシュの高脂肪の肉や魚は食べ過ぎることなく適量に抑えられ、食後のデザートを食べても肥満につながりにくい、というわけです。
とはいえ、何かと慌ただしい日本人の多くはフランスの家庭のようにゆっくりと前菜を楽しむ余裕はないでしょう。しかし、「ゆっくり食べる」ことが肥満を抑制し健康増進につながるということは覚えておくべきでしょう。
注1:このコラムは下記を参照ください
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
注2:例えば下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年7月7日「「赤ワインが健康に良い」は、もはや幻想・・・」
注3:『Forbes』のこのサイトは下記を参照ください。
http://www.forbes.com/2007/02/07/worlds-fattest-countries-forbeslife-cx_ls_0208worldfat.html
注4:この論文のタイトルは「Self-reported eating rate and metabolic syndrome in Japanese people: cross-sectional study」で、下記URIで概要を読むことができます。
http://bmjopen.bmj.com/content/4/9/e005241.abstract?sid=f10f5de6-55c4-4fd1-b10c-a5408a3925da
注5:この論文のタイトルは「Relationships between eating quickly and weight gain in Japanese university students: A longitudinal study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/oby.20842/abstract;jsessionid=CA99332C6C7E60AFB6700A3CF19DC102.f03t04
注6:この論文のタイトルは「Childhood Obesity and Interpersonal Dynamics During Family Meals」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://pediatrics.aappublications.org/content/134/5/923.abstract?sid=652cabe4-27eb-4c4d-b1f4-1b617ef23df0
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2014年11月21日 金曜日
第135回(2014年11月) 乾癬(かんせん)の苦痛
あなたは「見た目」で差別されたことがあるでしょうか。例えば、背が低いことでバカにされた、太っていることでいじめられた、ヨーロッパに留学していたときに東洋人というだけで差別をされた、髪が薄いことを笑われた、といったあたりは自身に経験がなくても比較的よくある話だと思います。このようなことで差別をするのが「間違っている」ことは自明ですが、世界中から完全になくなることはないでしょう。
では、他人に危害を加えるわけでもないのに患っているというだけで温泉や銭湯の入場を拒否されるとしたらどうでしょう。こうなると「間違っている」を越えて「決して許してはいけない」というレベルになります。
今回お話したいのは乾癬(かんせん)という皮膚の疾患についてなのですが、この疾患は患者数が多い割にはそれほど有名でなく、患者さんの苦痛が伝えられることは比較的少ないように感じられます。しかし、この疾患を患うと痛みや痒みよりもむしろ、見た目から相当辛い思いをする場合があります。
乾癬とは慢性の皮膚疾患のひとつで、痒みとともに独特の皮膚症状を呈します。重症化すれば痛みの伴う関節炎症状が加わることもあります。皮膚症状には特徴がありますから、多くは見ただけで診断がつきます。
乾癬の皮膚症状は、よくなったり悪くなったりします。後で詳しく述べますが、生活習慣の乱れやストレスなどから一気に増悪することがあり、そうなると全身に皮疹が出現し、赤みが強いことからかなり目立つようになります。
このような状態で銭湯や温泉に行くと、ひどい場合は入場を断られるのです。乾癬は悪化すると見た目が”派手”になりいかにも重篤な疾患のように見えるのですが、他人に感染させる疾患ではありません。しかし実際には社会から正しく理解されていません。
私はこれまでに何度か「この病気は感染させるものではないということを会社や家族に伝えてほしい」と患者さんから頼まれたことがあります。おそらく乾癬(かんせん)も感染(かんせん)も発音が同じために「他人にうつす病気」というイメージがなんとなくできてしまうのでしょう。
ここでもう一度「見た目」で銭湯や温泉の入場を断られるという辛さを考えてみてください。このようなことはあってはならないわけで、実際に起こってしまっているのは社会に対しての啓発活動が不充分な我々医療者の責任もありますが、銭湯や温泉、あるいは宿泊施設の方々にもきちんと理解してもらいたいと思います。
「見た目」の病気を理由に温泉施設の利用を断られた最近の事件として有名なものに、2003年の熊本の「ハンセン病元患者宿泊拒否事件」があります。これは国立療養所菊池恵楓園というハンセン病の元患者さんが入所している施設の行事として計画されていた温泉旅行で、いったん予約を入れた宿泊先のホテルから「他の宿泊客への迷惑」という理由で宿泊を断られたという事件です。
もっとも、ハンセン病はすでに「治る病気」であり、この事件は”現在の”「見た目」で宿泊を拒否されたのではなく(もしかすると後遺症で手指や鼻が変形していた人がいたのかもしれませんが)、ハンセン病のイメージがホテルにこのような行動をとらせたのでしょう。この事件についてここではこれ以上深入りしませんが、結論を言えば、このホテルは社会から非難をあび、現在は廃業しています。
ハンセン病がなぜこれほどまでに差別を受けるのでしょうか。ハンセン病の感染力というのは非常に弱く、よほど緊密な接触がなければ感染しません。にもかかわらず隔離されて差別を受けていた歴史があるのは「見た目」の理由が大きいでしょう。顔面にも特徴的な皮疹が出現しますから重症化するとかなり目立ちます。感染力が弱いとはいえ、感染症であるのは事実ですからあってはならない差別が生まれてしまったのです。
ちなみに私は医学生の頃からハンセン病に何らかのかたちで関わりたいと考えており、宿泊拒否事件で報道された国立療養所菊池恵楓園にも訪れたことがありますし、北タイにあるMcKean Hospitalというハンセン病の専門病院にも数年に一度は訪問しています(注1)。そういう事情もあって、ハンセン病の話をしだすと止まらなくなるので、このあたりで乾癬に話を戻したいのですがもうひとつだけ。
日本映画史に残る名作中の名作に『砂の器』というものがあります。著名な音楽家がなぜ殺人を犯したのか、それがラストのオーケストラの演奏と同時に描写されるのですが、これをみればハンセン病という病がどれだけ差別を受けてきたか、ハンセン病を家族にもつ者がどれだけ辛い思いをしてきたかが分かります。
この映画の最後に「本浦千代吉(映画に登場するハンセン病の患者)のような患者はもうどこにもいない」というキャプションが流れるのですが、今の時代にこれを見ると少し違和感を覚えます。「もうどこにもいない」とするより「今も差別は完全になくなっていない」とする方がいいのではないかと私には思えるのですが、おそらくこの映画が作製された1970年代には今よりも差別が根強く残っていたのでしょう。「現在は治療できる病気です」ということを強く訴えたかったがゆえにこのようなキャプションが入れられたのではないかと私は推測しています。
さて乾癬に話を戻しましょう。信憑性のあるデータを見つけることができなかったのですが、この病気は確実に増えています。元々は白人に多い疾患でしたが日本人にも増えています。これは生活習慣病と同様に戦後欧米型の食事が普及したからだと思われます。
また、これもきちんとしたデータは見たことがないのですが、あるベテランの皮膚科の先生から、日本人よりも在日韓国人に多いようだ、と聞いたことがあります。これは日本人に比べて韓国人の方が肉を食べる機会が多いからではないかとその先生は話されていました。
肉食が乾癬を悪化させるのはほぼ間違いありません。糖尿病や高脂血症(特に高トリグリセライド血症)のある人が、西洋型の食事から和食に替えると数値が改善しますが、乾癬も(あるいは乾癬の方がむしろ顕著に)大きく症状が改善することが多いのです。一部の症例では”劇的に”とも言えるほど改善します。私が研修医時代に診た患者さんは、入院を要する程重症化していましたが、入院後1週間もすれば入院前と薬を替えたわけでもないのにもかかわらずほとんど完全に皮疹が消えた程です。
乾癬の患者さんのなかには、食事に気をつけて規則正しい生活を送っているのにもかかわらず重症化していく人もいます。そういう人のなかには、爪や関節にも症状が及び、やがて日常生活もままならなくなっていく人もいます。そこまでいくと強力な免疫抑制剤や生物製剤といって関節リウマチに用いるような高価な薬剤が必要になります。まだ完全に解明されたわけではありませんが乾癬は関節リウマチと遺伝子学的に近い病態であることが指摘されています。
規則正しい生活を送っていても関節リウマチを発症するのと同様に、乾癬の場合も生活習慣に問題がなくても発症することがあります。ですから、乾癬は生活習慣が乱れているからだ、ということを言い過ぎると”差別”を生むことになりかねません。
ですが、それなりに重症の人でも食事の内容を変えるだけで、あるいは禁煙をするだけで見違える程改善する人が少なくないのも事実です。実際、太融寺町谷口医院の乾癬の患者さんの多くは、初診時には「皮膚をなんとかしてほしい」といって受診されますが、そのうちに生活習慣病の治療や指導、禁煙治療などが主になっていきます。
そして、全例とは言いませんが、大部分の人は生活習慣病がよくなり、禁煙も成功します。これは、辛い思いをした皮膚症状に二度と悩まされたくないという気持ちがあるからではないでしょうか。皮膚のところどころが真っ赤になり他人から避けられるという辛さ、さらに実際に銭湯や温泉の入場が断られる(かもしれない)という恐怖は並大抵のものではありません。
ところで「世界乾癬デイ」はいつかご存知でしょうか。私はこれまでいろんな医師に尋ねてみましたが、皮膚科専門医も含めて答えられた医師はひとりもいません。しかし私は知っています。なぜかというと「世界乾癬デイ」は私の誕生日と同じ10月29日だからです。私は自分の誕生日が近づくと、「見た目」で温泉の入場を断られたという乾癬の患者さんを思い出すのです。
注1:McKean Hospital及びタイのハンセン病の事情についてNPO法人GINAのサイトで詳しく書きました。興味のある方は参照してみてください。
GINAコラム「タイのハンセン病とエイズ」2006年5月
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