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2014年6月20日 金曜日

137 24時間働けますか 2014/6/20

  私は臨床医以外に、産業医や労働衛生コンサルタントとしての顔もあるために、労働者と面談をしたり、その逆に事業主から意見を求められたりすることもしばしばあります。ここ1年くらいで最も多い相談が「過重労働」に関するものです。少し前までは、いわゆる「新型うつ病」が多かったのですが、最近はなぜか新型うつ病と思われる相談はすっかりと鳴りを潜め、もっぱら過重労働がメインになってきています。

 現行の労働安全衛生法の規定では、労働者が、月100時間を超える過重労働が(ひと月でも)あるか、あるいは2~6ヶ月の平均で月80時間を超える過重労働があるかすれば、産業医の面談を受けなければならないことになっています。ここで言葉の定義を確認しておくと、「過重労働」というのは平日の残業時間と休日出勤を足した時間のことです。例えば、平日は毎日3時間残業して毎週土曜日に出勤して5時間ずつ働いたとすれば、3時間x5日x4週間+5時間x4日=80時間/月、となり、これが2ヶ月続けば産業医の面談を受けなければならないのです。

 さて、実際に面談をしてみると興味深い事象がみえてきます。例えば、月に120時間を毎月超えているような若い労働者が「まだまだがんばれますよ。今度また大きなプロジェクトがあってしばらく会社に泊まり込みになりそうです。先輩たちは厳しいですけど楽しいことも多いんですよ」というようなことを言う場合があります。このような人は産業医(私)との面談も会社に言われたから”仕方なく”受けているのであって、できることなら早く仕事に戻りたい、このような面談も時間の無駄、と考えていることもあります。

 一方で、その逆に、過重労働は60時間程度だけど(先に述べた法律の基準に達していなくても産業医との面談をおこなうことは可能です)、「会社に酷使されている。うちの会社はブラック企業だ・・・」という人もいます。

 これら両極端な例をみればわかるように、労働者にとって仕事がどれだけ負担になっているかというのは単純に労働時間だけでは分からないものです。しかし、現在の日本では過重労働からくると思われる心身の疾病がたくさん発症しているのは事実です。厚労省や行政、あるいは会社としては何らかの基準をつくって、心身不調者を早期発見する義務があるわけで、そのスクリーニングとして簡単に数値化できる過重労働の時間を指標にすることは間違っていません。

 では、長時間働いてもそれを苦痛と感じない人と、それほど長時間でなくても苦痛を感じさらに心身の不調を訴える人がいるのはなぜなのでしょう。労働時間以外に何がこれらを決める要因になるのでしょうか。

 ワタミと言えば今やブラック企業の代名詞のような扱いを受けている企業ですが、なぜここまで注目されるようになったのかというと、従業員が過重労働から自殺をした、という事件があり、さらにマスコミの取材でワタミの社内冊子が白日の下にさらされることになったからです。『理念集』と名付けられたその冊子には、「365日24時間死ぬまで働け」、「出来ないと言わない」などと大変厳しい教訓が書かれているそうです。(『週間文春web』2013年6月5日)

 365年24時間死ぬまで働け・・・、はいくら何でもまずいのでは?と、おそらくほとんどの人が感じるでしょう。若いときはがむしゃらに働け!と実際には思っている厳しい中高年の人たちも、このご時世にこの意見に同調するのは気が引けるでしょう。

 しかし、です。日本マイクロソフトの元社長(現在HONZ代表)の成毛眞氏は、最近『週刊新潮』(2014年5月29日号)の連載コラムのなかで、とてもおもしろいことを述べられていました。氏は、マイクロソフト社の新入社員が入社前に出席する内定式の挨拶で次のようなことを話されていたそうです。

 (前略)最初の3年間は24時間365日仕事だけをしろ、と。仕事以外で許されるのは、週に一度の入浴くらい。恋人がいる人は入社までに別れを告げ、いない人は、すぐにパートナーを作り、やはり入社前にふっておくべきだとけしかけた。

 成毛眞氏という人について、私は『週刊新潮』のこの連載が始まるまでほとんど何も知らなかったのですが、この人の文章は内容も表現も大変魅力的で、よくこれだけ興味深い文章が毎週書けるものだと、私は発売日を楽しみにしています。

 それにしても、24時間365日働け!、風呂は週に一度!、恋人とは入社までに別れておけ!、とは恐れ入ります。私はこの文章を読んだとき、おかしすぎて声が出てしまったほどです。(入社前にふられたパートナーの人には失礼ですが・・・)

 さて、成毛眞氏はこのご時世になぜこのような発言をするのか、そしてこれを読んだ私(を含むほとんどの読者)は氏になぜ否定的な感情を抱かないのでしょうか。それは真意が別にあることが分かっているからです。

 成毛眞氏はこのコラムの後半で次のように述べています。

 1日8時間働くのと、1日24時間働くのとでは、経験値が3倍異なる。社会人になりたての時期の3倍の差は、どの会社でどんな業務をしているかの違いよりも、遙かに重要である。この頃に離された距離は、その後、どれだけ頑張っても埋められるものではない。だから死にものぐるいで頑張らなくてはならない・・・

 もちろんマイクロソフトの若い社員たちは、実際には週に一度どころか毎日シャワーをあびていたでしょうし、恋愛もちゃっかりと楽しんでいたに違いありません(見たわけではありませんが・・)。しかし仕事は猛烈におこない何日も会社に泊まり込んだという人は少なくないでしょうし、帰宅してからも(仕事を持って帰っていなかったとしても)頭の中で四六時中仕事のことを考えていた時期があったはずです。

 私は個人としては成毛眞氏の考え方に共鳴します。ただし、医師として、とりわけ産業医としては、全面的に同意します、とは言えません。やはり、ものには限度がありますし、こういった極端なコメントには、それを抑制する方向の意見も必要だからです。

 私は、産業医としてはもちろんですが、個人としても、風呂は週に一度、とまでは言ったことがありません。しかし、会社員時代も医師になってからも後輩たちには次のように言っています。

 今の仕事が勉強になるかどうか、将来の糧になるかどうかをよく考えるべきだ。今やっていることが少しでも自分のためになる可能性があるならやめるべきではない。君はずっとこの組織(会社・病院)にいるわけではない。どこへ行っても通用する知識と技術を今やっていることを通して学ぶんだ・・・・。

 私はこれまでに会社員、十種以上のアルバイト、複数の病院での勤務医、太融寺町谷口医院(医師は私ひとりですが研修医が勉強に来ます)と、様々な勤務地で大勢の後輩をみてきましたが、相談をもちかけられるとこのように答えてきました。そして、これが通じやすいのは一般の会社員よりも医師に対してです。これは医師の方がいったん知識と技術を身につければ他人に貢献できる、つまり身につけた知識と技術が求められる場面が多いからでしょう。

 しかし、医師以外の仕事であっても、その会社でしか通用しないことを延々とやらされる仕事と、少々困難ではあるけれど成し遂げれば自分の糧になり将来役立つ可能性のある仕事ではまったく異なってきます。

 最近私は産業医として労働者と話すとき、このような点に気をつけています。すると労働時間だけでは決してわからないその人の考えや将来の展望、会社への帰属意識、事実上の疲労度などが見えてくるのです。

 ただし私は、まだまだがんばれます!という労働者に対し、ではまだまだがんばってください!と言っているわけではありません。先ほど、医師は知識と技術を身につけるために少々辛いことでもがんばれる、と言いましたが、過労から心筋梗塞を発症した研修医や自殺においこまれた研修医がいるのもまた事実です。

 過重労働を強いられている、あるいはブラック企業で働かされている、と感じている人は労働時間に関わりなく上司あるいは産業医に相談することを検討すべきでしょう(注1)。一方、労働時間が多いけれど全然苦痛じゃない、と考えている人も、ときには息抜きに産業医との面談を受けてみてはどうでしょうか。過重労働を苦痛と感じないような仕事のできる人なら、ときには日頃の仕事とまったく異なる分野の人間と話をすることで思わぬ発想がでてきて仕事にいかせることもある、ということを知っているでしょうから。

注1:大企業なら会社に常勤の産業医がいるでしょうし、中小企業でも50人以上の社員がいるところであれば嘱託産業医が月に一度会社に来るはずです。しかし50人未満の企業の大半は産業医と契約を結んでいません。ではどうすればいいかというと、各地域の産業保健総合支援センターや地域産業保健センターに問い合わせればいいのです。無料で産業医の面談が受けられるサービスもあります。

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2014年6月16日 月曜日

2014年6月16日 梅毒が増えていると言うけれど・・・

  ここ1~2ヶ月の間、梅毒が増えているという新聞記事を目にする機会が多いように思われます。記事のタイトルの例(すべてオンライン版)を少し紹介すると・・・

「梅毒、若い男性に増加 妊婦通し胎児にうつる恐れも」 日経新聞(2014年5月23日)
「梅毒、都市部の男性中心に拡大 昨年、21年ぶり千人超」 朝日新聞(2014年6月6日)                                                             「梅毒が東京でアウトブレイク」 読売新聞(2014年5月20日)
「梅毒が若年層に増加 昨年1000人超、「過去の病気」ではない!」産経新聞(2014年4月6日)
「梅毒、なぜか急増 3年で倍、国が注意喚起 検査拡大が必要」共同通信(2014年5月27日)

 なぜこのような報道がおこなわれているかというと、2013年の梅毒の届出件数が例年に比べて増加しているからです。

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 しかしこれは実態を反映していないと私は考えています。つまり、梅毒が突然急激に増えたのではなく単に届けられる件数が増えただけです。感染症の発生動向は、その感染症の種類によって充分に注意をしなければなりません。一般に、重症となりうる感染症については発表される感染者数は比較的正確です。なぜなら診断した医師は届出をおこなわなければならないと考えるからです。HIVがその代表でしょう。ですからHIVについては、医療機関で診断がついた人数と届出された人数にそれほど差はないといえます。(ただし検査を受けておらず感染していることに気付いていない人は大勢います)

 一方梅毒は、治療をすれば比較的簡単に治る疾患ということもあり、医師が届けていないことがまあまああるのです。届出を怠れば(たしか)50万円以下の罰金則があったと思うのですが、実際にこれを払った医師というのは聞いたことがありません。届出を怠るのは医師の怠慢ではないか、という声があるでしょうが、届出義務があることを知らない医師も少なくないというのが実情です。

 梅毒の届出数が実態を反映していない理由は他にもあります。例えば、医師が梅毒の診断をつけられなかったけれど、リンパ節の腫脹や皮膚症状から抗菌薬を処方して結果的に治った、というケースも少なくないと思われます。また、梅毒がHIVと異なるのは、自然治癒もありうるということです。いつのまにか感染していつのまにか治っていたというケースではそもそも医療機関を受診しません。あるいは細菌性扁桃炎や細菌性腸炎など他の理由で抗菌薬の投与を受け、たまたま感染していた梅毒も治ってしまったと思われる例も少なくありません。

 もちろんHIVと同じように、感染していて治療が必要だけれども、無症状のために検査を受けていない、という人も大勢いるに違いありません。

 では、現在日本に梅毒に感染している人は実際にはどれくらいいるかというと、発表されている人数の数倍から十数倍にはなるのではないかと私はみています。日本ではHIV陽性者の多くが男性同性愛者であるのに対し、梅毒は女性やストレートの男性にも珍しくありません。実際、太融寺町谷口医院の患者さんをみてみても、梅毒は性別や性指向に関係なくみつかります。

梅毒は簡単に治る病気ではありますが、発見が遅れると、脊髄まで進行して車椅子の生活を余儀なくされたり、母子感染で奇形が生じたりすることもあります。

 新しいパートナーができれば性交渉を持つ前に検査、が最善ですが、突然生まれるロマンスもあるでしょう。今からでも遅くはないので交際しているカップルは二人で検査を受けるべきです。現在パートナーがいないという人でも思い当たる行為のある人は検査を受けるべきでしょう。

(谷口恭)

参考:「増え続ける梅毒」(NPO法人GINAウェブサイトより)

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2014年6月10日 火曜日

2014年6月号 渡辺淳一氏の2つの名作

 2014年4月30日、作家の渡辺淳一氏が享年80歳で他界されました。

 昨年(2013年)に山崎豊子さんが他界されたときもあまりにも突然のことで驚きましたが、渡辺淳一氏も、つい最近まで週刊誌に連載を持ち、高齢者のED(勃起不全)についての連載小説が新聞で掲載中止にされたことなどが話題になっていましたし、私個人としても氏の作品を楽しみにしていましたから、驚くと同時に生のはかなさを感じずにはいられませんでした。

 渡辺淳一氏は直木賞も受賞されていますから、著名な作家が他界された、ということで各マスコミも大きく取り上げました。ただ、その紹介の仕方がどれも同じようなもので、偏っていると言わざるをえず、私は氏に対する報道を目にする度に辟易としました。少し例をあげてみたいと思います。(下記はすべてオンライン版です)

 中高年の性愛を大胆に描いた「失楽園」などで知られる作家の・・・(日経新聞)
 男女の愛と性を赤裸々に描いた「失楽園」「愛の流刑地」などのベストセラーで知られる作家・・・(朝日新聞)
 「失楽園」「ひとひらの雪」など男女の関係を突き詰めた恋愛小説などで知られる作家の・・・(読売新聞)
 「ひとひらの雪」「失楽園」などで男女の愛と性を描いた人気作家・・・(毎日新聞)

 どれも似たり寄ったりです。読んでいて辟易とするのは、どの報道も「愛」や「性」のことにしか触れていないからです。

 たしかに、中高年の恋愛に関する小説を語るなら渡辺淳一氏の右に出る作家はいないでしょう。先に述べた、高齢男性のEDをテーマにして、そしてインポテンツがあったとしても、さらにインポテンツがあるからこそ恋愛ができるんだ、ということを小説にした作家は私の知る限り他にはいません。

 しかしながら、渡辺淳一氏の作品の魅力を「愛」や「性」に限局してしまうのは、ある意味公平性にかけるというか、率直にいえば”もったいない”のです。渡辺氏の卓越した著作は恋愛ものだけでは決してありません。私としては、特に医学関連の小説のことをマスコミはもっと取り上げてもらいたい、そして多くの人に読んでもらいたいと感じています。

 医師である渡辺淳一氏が本格的に小説家を志したきっかけは、1968年に札幌医科大学の和田寿郎教授がおこなった世界初の心臓移植に関連する不正を暴いた小説を発表したこと、と言われています。この小説は『白い宴』というタイトルで今も読むことができますので、例えば医師を目指しているという人には是非読んでもらいたいのですが、今回は医師だけでなく多くの人に読んでもらいたい渡辺氏のふたつの名作について述べてみたいと思います。

 ひとつは野口英世の生涯について記した『遠き落日』です。この小説は吉川英治文学賞を受賞していますから、すでに読んだという人も多いと思うのですが、この本ほど、読んでいるうちに何度も頭を殴られたような衝撃を感じた本を私は他に知りません。

 野口英世と聞いて多くの人は、日本を代表する偉人、幼少時に負った大やけどを克服して医師になった努力家、ノーベル賞は受賞できなかったけれど何度も候補に挙がった偉大な研究者、自ら研究していた黄熱に罹患し殉職した天才、などといったイメージを持っているのではないでしょうか。

 私自身もそのような像を漠然と描いていました。医学部の3回生の時に「細菌学」の教科書を目にするまでは・・・。

 野口英世は著名な細菌学者のはずです。しかしその細菌学の教科書に野口英世の名前が見当たらないのです。そして、索引にも野口英世という名前はありません。つまり細菌の研究でノーベル賞候補にまでなったはずの野口英世は細菌学の教科書に名前すらないのです。

 実は野口英世の業績というのは現在ではほとんど評価されていません。黄熱の病原体を顕微鏡でみつけたと発表しましたが、これが後に誤りであることが判りました。狂犬病や小児麻痺の病原体も見つけたと発表していますが、これも誤りであることが判っています。梅毒が脳をも侵す病原体であることをつきとめたことは正しいとされていますが、野口英世は梅毒の病原体の培養に成功したと発表しています。しかし、それから100年以上たった現在でも誰もこの培養の追試に成功していないのです。まるで、その後誰もつくることができていないSTAP細胞のようです。

 渡辺淳一氏の『遠き落日』では、そのあたりのことにも触れられていたはずですが、私がこの本を読んで頭を殴られたような衝撃を受けたのは、研究に価値がなかったことよりもむしろ、金と性にとことんだらしないその性格と行動です。返すつもりもないのに多額の借金を繰り返し、その金で遊郭での豪遊、つまり買春を繰り返し、婚約者に対してはひどい行動をとるのです。この本では、そのあたりについての描写がとても興味深いと言えます。

 現在の千円札は野口英世ですが、このお札が登場したとき、私は千円札の野口英世の顔を眺める度に複雑な思いに駆られ苦笑いを噛み殺していました・・・。

 もうひとつ、多くの人に紹介したい渡辺氏の作品があります。それは『花埋み』(「はなうずみ」と読みます)というタイトルで、国家試験制度ができてから日本で初めて女医になった荻野吟子の生涯を描いた物語です。

 日本で初の女医ですからもっと偉人として取り上げられてもいいと思うのですが、一般的には荻野吟子の名前はあまり知られていないのではないでしょうか。その最大の理由は、荻野吟子は、開業医となり多くの患者さんから慕われていた数年間を除けば、生涯を通して成功したとはとても言えない不運な人生を送ったからではないかと思われます。

 良家に生まれた荻野吟子は、名主の長男稲村貫一郎と結婚します。稲村貫一郎は後に足利銀行初代頭取になったとされています。ここだけ聞けば不自由ない結婚生活を想像してしまいますが、実際は「最悪」だったようです。何が「最悪」かというと、夫が買春して娼婦から淋病をうつされ、それを荻野吟子にうつしたのです。

 淋病など今では抗菌薬を数日間内服するか点滴をするかですぐに治る何でもない病気ですが(ごく稀に重症例もありますが)、当時はまだペニシリンがなかった時代です。結局荻野吟子の淋病は治らずに生涯苦しめられることになります。断続的に高熱にうなされ、起き上がるのも困難なこともあったようです。しかし夫から淋病をうつされたことをきっかけに荻野吟子は医師になることを決意します。

 荻野吟子は40歳のとき、周囲の反対を押し切り13歳年下の若い男性と再婚します。恋愛には様々なものがあり他人がとやかく言うものではないと思いますが、このふたりの結婚後の生活を聞いて幸せと感じる人はほとんどいないでしょう。この若い男性は、キリスト教を信仰し北海道に新天地を求めて山奥の開拓をおこないます。そして、荻野吟子は、患者さんに惜しまれながら東京の診療所を閉院して夫についていくのです。開拓が失敗に終わった後、北海道で診療所の開設を試みますがうまくいかなかったようです・・・。

『遠き落日』と『花埋み』。共に医師の生涯を綴ったこれらふたつの作品を、私は渡辺淳一氏の名作中の名作と考えています。愛や性をとことんまで追求した『失楽園』や『ひとひらの雪』なども歴史に残るすぐれた作品であることに同意しますが、ここに紹介したふたつの名作がそういった恋愛小説の影に隠れてしまっているならば、それはとてももったいないことだと思うのです。

 しかし、改めてこれらふたつの名作を通して二人の偉人を振り返ってみると、返すあてもないのに他人から借金を繰り返し買春に溺れ、その一方で梅毒の研究に寝食を惜しまなかった野口英世。一人目の夫が娼婦から感染した淋病をうつされ、その後数十年に渡りその淋病で苦しむことになり二人目の夫との結婚も幸せとは言いがたかった荻野吟子・・・。

 このように考えてみると、視点は異なるものの、私自身もマスコミの記者たちと同じように、渡辺淳一氏の愛や性の表現に惹かれているのかもしれません・・・。

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2014年6月2日 月曜日

2014年6月2日 オリーブオイルで心房細動が予防できる可能性

 不整脈というのは治療を要しない軽症のものまで含めると多くの人が持っていますが、重症のものであれは時に致死的になることもあります。比較的よくあるもので重症化するのが心房細動と呼ばれる不整脈です。長嶋茂雄さんが脳梗塞をおこされリハビリに励まれているのは有名ですが、この脳梗塞の原因が心房細動と言われています。

 心房細動の病態は心臓の一部が細かく震えるということですが、これが続くと小さな血の塊ができて、その血の塊が脳の血管を詰まらせてしまい、脳梗塞を発症するのです。心房細動がやっかいなのは、元々心臓の病気を持っている人が起こしやすいのは事実ですが、そのような心臓の病気を持っていなくてもほとんど誰にでも起こりうるということです。

 高齢になればなるほど発症しやすいのは事実ですが、30代でも珍しくありません。また喫煙や肥満、高コレステロール、高血糖、高血圧などのいわゆる心血管系疾患のリスクがまったくなくても発症します。運動をしてもリスクが減るわけではなく、むしろ激しいトレーニングをしているアスリートのリスクが上がることが指摘されています。長嶋茂雄さんに発症したことからもそれは分かるでしょう。

 さて、その心房細動の予防については(私の知る限り)ほとんど有効なものが報告されていないのですが、最近、オリーブオイルが有効かもしれない、という研究が発表されましたので報告します。

 医学誌『Circulation』2014年4月30日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、オリーブオイル摂取で心房細動のリスクが有意に低下するそうです。

 この研究はスペインのナバラ大学(University of Navarra)公衆衛生学教室のMiguel Á. Martínez-González氏らによっておこなわれています。

 研究の対象は、追跡開始時点で心房細動を発症していなかった6,705人です。対象者は、オリーブオイルを積極的に摂取するグループ(2,292人)、ナッツ類を積極的に摂取するグループ(2,210人)、カロリー制限食を実施するグループ(2,203人)の3つにわけられ、平均4.7年間の追跡調査がおこなわれました。

 その結果、心房細動を発症したのは、オリーブオイルのグループで3.1%(72人/2,292人)、ナッツのグループで3.7%(82人/2,210人)、カロリー制限のグループで4.2%(92人/2,203人)だったそうです。これらを統計学的に解析すると、カロリー制限のグループに比べ心房細動のリスクが、オリーブオイルのグループでは38%、ナッツのグループでは11%低下するという結果になったそうです。

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 この研究を受けて、というわけではないと思いますが、私がときどき行くレストランのサラダバーのドレッシングのコーナーにオリーブオイルが置かれていました。早速試してみると、不味くはないのですが、酸味と辛さが物足りなく感じました。しかし、オリーブオイルを中心にして、酢と塩こしょうで味を調えれば、オリジナルのオリーブオイルドレッシングをつくることができるのではないかと思いました。(まだ試していませんが・・)

 和食は今でも世界一の健康食と考えている人は少なくありませんが、最近の医学論文を読んでいると、そのような和食の栄光も「今は昔・・」というような気がします。最近もてはやされるのは地中海食ばかりです。そしてその主役が、今回紹介した研究でも取り上げられているオリーブオイルとナッツです。

 私は食べ物とかグルメ関係の情報には疎いのですが、現在の日本で地中海食というのはどの程度注目されているのでしょうか。そもそも「地中海食」の定義はどのようなものになるのでしょう。ギリシャ料理とポルトガル料理ではあまり似ていないような気がしますし、ギリシャのパスタは不味いけれどフェリーで15時間のイタリアに入ったとたんに突然美味くなる、という話を複数の知人から聞いたことがあります。モロッコやチュニジアの料理も地中海料理になるのでしょうか。また、トルコ料理はどうなるのでしょう。

 一度このあたりで日本人の食に詳しい人に地中海料理について解説してほしいのですがそのような人はいないのでしょうか・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Extra-Virgin Olive Oil Consumption Reduces Risk of Atrial Fibrillation: The PREDIMED Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/early/2014/04/30/CIRCULATIONAHA.113.006921.abstract?sid=e50b739c-6b2b-4578-b683-1e170ea5cbcc

参考:
医療ニュース2014年1月6日「ナッツを毎日食べると健康で長生き」
メディカルエッセイ第109回(2012年2月号)「糖質制限食はダイエットにどこまで有効か」

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2014年5月31日 土曜日

2014年5月31日 日焼け止めサプリに要注意!

 4月から5月になると紫外線が原因で悪化する皮膚疾患が急増するために、太融寺町谷口医院では私も看護師も紫外線対策の重要性をしつこいくらいに話しています。どのような疾患が多いかというと、一番多いのはアトピー性皮膚炎の悪化、次に多いのが口唇ヘルペスでしょうか。

 ここ数年間で増えているのがアトピーとは関係のない湿疹です。花粉や黄砂の影響を受けているであろう湿疹が目立ちますが、紫外線が原因の湿疹も少なくありません。紫外線単独というよりは、薬剤性光線過敏症が疑わしい症例が少なくなく、サプリメント(特にビタミン剤)によると思われる光線過敏が増えてきているような印象があります。

 紫外線の害はこのような急性症状だけではありません。よく知られているように将来の皮膚の老化の原因になりますし、日光角化症のような悪性疾患のリスクにもなります。

 つまり、小児(成長に紫外線が必要です)やヴィーガンと呼ばれる完全なベジタリアン(食品からビタミンDが摂れませんから紫外線をあびなければなりません)などを除けば、紫外線というのは有害性の方が遙かに高いというわけです。

 そこで紫外線対策が重要になるわけですが、サンスクリーン(日焼け止め)を毎朝塗って、剥がれてくればまた塗って・・・、というのはけっこう大変な作業です。そこで飲むだけで紫外線対策OKというサプリメントに頼りたくなるのは人間の心情でしょう。

 前置きが長くなりましたが、お伝えしたいのは、この「日焼け止めサプリ」というものは有効性が実証されておらず、米国皮膚科学会(American Academy of Dermatology)が警告を出しているということです(注1)。

 同会の警告を簡単にまとめると次のようになります。

・日焼け止めサプリメントの有効性は実証されていない
・FDA(米国食品医薬品局)が認めている日焼け止めは外用剤のみ
・SPF15以上のサンスクリーンは、皮膚ガンのリスクや皮膚老化を抑えることが科学的に証明されている
・米国皮膚科学会としてはSPF30以上のサンスクリーンを使用することを推薦する

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 最近患者さんから、日焼け止めサプリについての質問をよく受けるようになり、どのような製品があるのかを調べてみました。少なくとも日本の大手のサプリメントのメーカーからは発売されておらず、海外製品の個人輸入が多いようです。

 私自身もサンスクリーンを塗るのが面倒くさいと感じますし、きちんと塗れていなかったためにまだら様の日焼けをしてしまったこともあって、もしも「日焼け止めサプリ」があれば飛びつきたいのですが、当分そのようなものの登場には期待できないでしょう・・・。

(谷口恭)

注1:この発表(警告)のタイトルは「American Academy of Dermatology statement on oral supplements for sun protection」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.aad.org/stories-and-news/news-releases/american-academy-of-dermatology-statement-on-oral-supplements-for-sun-protection

参考:はやりの病気第15回(2005年8月)「日焼け -日光皮膚炎-」

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2014年5月30日 金曜日

2014年5月30日 ポリオが急増、WHOが緊急事態宣言

  2011年にポリオ(急性灰白髄炎)という言葉がマスコミに頻繁に登場しましたが、これはまだ記憶に新しいものと思います。この年には、国が認可していない不活化ワクチンを神奈川県は独自に輸入し神奈川県民への接種を開始し、厚生労働省と対立するかたちになりました。その後、”正式な”(つまり国の認可を受けた)不活化ワクチンが、単独ワクチンとしては2012年9月1日に、4種混合ワクチン(他の3種は百日咳、破傷風、ジフテリア)としては2012年11月1日に導入されました。

 20世紀の終わり頃からポリオウイルスは世界的に減少傾向であり、WHO(世界保健機関)は2005年に世界全体での根絶宣言を発表する予定でした。しかし、実際には根絶には至らず、2010年の時点でインド、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの4ヶ国で発症の報告がありました。さらに2011年7月には中国で4例の報告があり蔓延が懸念されていました。

 その後、あまり報道はなかったのですが、2014年1月、インドで過去3年間発症がないことが確認され、世界全体での根絶に近づいたかに思われました。

 ところが、です。2014年5月5日、WHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」(Public Health Emergency of International Concern, PHEIC)という緊急事態宣言をおこなったのです。(注1)

 WHOによりますと、従来から感染者の報告のあった、パキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアに加え、2014年4月29日までに、カメルーン、赤道ギニア、エチオピア、イスラエル、ソマリア、シリア、イラクで新たに感染者の報告があったそうです。

 WHOは、各国に警戒を呼びかけ、予防接種などの対策を急ぐよう求めています。

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 今回WHOが発表した国というのは、日本人があまり渡航しないような国が多いのは事実ですが、WHOは感染が急速に広がっていることを懸念しています。ということは、今後アフリカ、中東、一部のアジアから世界中に広がる可能性もあるということになります。

 小さいお子さんはもちろんですが、成人も安心してはいられません。不活化ワクチンよりも強力な生ワクチンを子どもの頃に接種しているから大丈夫、そのように考えている人も多いようですが、過信しない方がいいでしょう。私自身が自分の抗体を調べたところ、ポリオの2型は陽性でしたが、1型と3型は陰性でした。

 ポリオはワクチンで防ぐことのできる感染症(VPD)です。後で後悔することのないように、小児はもちろんですが成人の方も海外によくでかける人は検討した方がいいかもしれません。

(谷口恭)

注1:WHOのこの声明文のタイトルは「WHO statement on the meeting of the International Health Regulations Emergency Committee concerning the international spread of wild poliovirus」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2014/polio-20140505/en/

また、下記のURLで、FORTH(厚生労働省検疫所)が作成した上記声明の和訳を読むことができます。
http://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2014/05071419.html

参考:はやりの病気第100回(2011年12月)「不活化ポリオワクチンの行方」

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2014年5月20日 火曜日

136 免疫学の新しい理論 2014/5/20

 医学というのは日進月歩であり、毎年何種類もの新しい薬剤が開発されますし、検査方法も進歩しています。これらについていくのは大変ではありますが、ついていかなければ最善の治療ができませんし、また新しいことを学ぶのは楽しいことでもありますから、「大変さ」を「楽しさ」が凌ぎます。また、iPS細胞の発見のような画期的なできごとは、研究者のみならず、私のような日々患者さんをみている臨床医も興奮させます。

 iPS細胞の話を聞いたときは、本当にそんなことができるのか、と大変驚きました。私の場合、医学部の3回生のときに教壇で授業をされていた山中先生が発見された、ということを聞いて、おそらくその驚きは他の医者や科学者よりも何倍も大きかったのではないかと思います。
 
 iPS細胞のことを初めて聞いたときに比べればいくらかトーンダウンしてしまうのですが、現在私が大変注目している理論があります。その理論は、現段階では「仮説」の域を超えませんが、これが事実であることが実証されれば、免疫学の教科書が書き換えられることになり、いわば「コペルニクス的転回」、あるいは「パラダイムシフト」と言ってもいいかもしれないものだと思っています。

 その理論はイギリスの免疫学者Gideon Lack氏により提唱されたもので、命名すると「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露」となります。これでは何のことかさっぱり分かりませんから追って説明していきたいと思います。

 以前私はこのサイトで「デンジャーモデル」というものを紹介しました(注1)。これは元バニーガールや犬の調教師という異色の経歴をもつ免疫学者Polly Matzinger氏が提唱した概念で、自らの細胞が傷つけられたときに身体に侵入してきた物質がアレルゲンになる、というものです。デンジャーモデルで考えると、例えばピーナッツアレルギーがある人は、生まれ持ってアレルギーがあるわけではなく、食べ過ぎてアレルギーになったわけでもなく、傷ついた皮膚や粘膜から微小のピーナッツが侵入してアレルギーになった、となるわけです。

 これは従来の免疫学を覆すような理論であり、デンジャーモデルの今後の展開を私は楽しみにしていました。しかし、私の期待は裏切られ、その後デンジャーモデルについてはほとんど聞かなくなりました。そして、デンジャーモデルに代わって(と私は感じています)登場し、注目を浴びるようになってきているのが先に述べた「食物アレルギーの機序に・・・」という理論です。

 この機序を理解するのに赤ちゃんが描かれたイラスト(注2)が役立ちます。右側の上に「ORAL EXPOSURE」とあり、その下に卵、ピーナッツ、ミルクのイラストがあります。そして右下には「TOLERANCE」とあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクを経口摂取(食べること)すれば免疫寛容となる、つまり、食べても免疫応答が起こらない、すなわち「普通に食べることができる」ということを意味しています。

 一方、左上には「CUTANEOUS EXPOSURE」とあり矢印が赤ちゃんの皮膚を差しています。そして左下には「ALLERGY」あとあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクが皮膚から浸入すると(つまり微小な傷にこれらが付着すると)、アレルギー反応が起こる、ということを意味しています。ここで重要なのは、「アレルギー反応が起こる」というのは、次に同じように皮膚の傷に付着したときに、ということだけではなく、次回は普通に口から食べたとしてもアレルギー反応が起こる、ということです。

 まとめると、同じ食べ物(卵、ピーナッツ、ミルクなど)を普通に口から食べると、それら食べ物はその人にとって免疫応答がおこらない(つまりその後も普通に食べられる)一方で、皮膚の微小な傷に付着するとアレルギー反応が成立し、その後は触れても食べてもアレルギー反応が起こる、ということになります。
 
 これは先に紹介した「デンジャーモデル」と矛盾するものではありません。しかし、Lack氏の提唱しているこの理論(注3)は、デンジャーモデルを包括しているだけでなく、経口摂取であればアレルギー反応ではなく免疫寛容が起こることにも言及しているために「理論」としてはより説得力があります。

 現段階ではLack氏のこの説は「仮説(hypothesis)」の域を超えず、すべての学者が賛同しているわけではありません。しかし、仮説ではなく正しい理論であることを裏付けた、と言えるかもしれない”大規模研究”があるところで偶然にもおこなわれたのです。

 その”研究”がおこなわれたのはLack氏の住むイギリスではありません。それは日本なのです。もっとも、日本では、Lack氏の仮説に基づいて研究プログラムがデザインされた、というわけではありません。Lack氏のこの理論を裏付けることになるかもしれない”研究”が偶然に「おこなわれてしまった」のです。

 もったいぶらずに言いましょう。その”研究”とは「茶のしずく石鹸によるコムギアレルギー集団発生事件」です。太融寺町谷口医院でも少し前まで被害者の方に呼びかけていましたが、日本では大勢の人が「茶のしずく石鹸」などグルパール19Sと呼ばれるコムギ成分の入った石鹸を使い、その結果コムギにアレルギー反応がおこり、その後パンやうどん、パスタなどを含むコムギ製品が一切食べられなくなったという人が相次ぎました(注4)。

 「茶のしずく石鹸」のアレルギーについては、このサイトで何度もお伝えしていますが、ここで簡単に復習しておきましょう。グルパール19Sと呼ばれるコムギの成分を含む石鹸を長期間使用すると、顔面(特に目の周り)に炎症が起こり、赤くなったり、かゆくなったりします。そのうちにコムギ製品を食べると同じような症状が出現し、ひどいときには全身にじんましんが生じたり、喘息のような呼吸器症状が出現したりすることもあり、さらに重症化すると血圧が下がりアナフィラキシーという状態になり生命の危機にさらされることにもなります。これを防ぐには石鹸だけでなく、コムギが含まれる食べ物を一切やめなければなりません。そのため被害者は「茶のしずく石鹸」の製造元である株式会社悠香などに対して訴訟を起こすことになりました。

 なぜこのようなことが生じたのかというと、洗顔をする際にグルパール19Sが皮膚から浸入し、それに対して身体がアレルギー反応を示し、いったん「異物」と認識されたコムギは口から食べても生体のアレルギー反応により様々な症状が生じるようになったというわけです。これはまさにLack氏の唱える仮説に合致します。

 Lack氏の仮説を裏付ける例をもうひとつ紹介しておきましょう。非ステロイド系鎮痛薬(NSAIDs)の外用薬をアトピー性皮膚炎に用いると、かなりの確率で接触皮膚炎(かぶれ)を起こすという事象があります。NSAIDsの外用薬はステロイド忌避(最近はあまり見かけなくなりましたがステロイドを盲目的に嫌っていた患者さんが90年代には存在していたのです)の患者さんに好まれて使われていました。ところがこのNSAIDs外用薬というのはアトピー性皮膚炎を含む湿疹にほとんど効果がないどころか高率に接触皮膚炎を起こすことが次第に明らかとなり、現在は少なくともアトピー性皮膚炎には使ってはいけないことになっています。

 では、なぜ非ステロイド鎮痛薬がアトピーの人たちに高率にかぶれを起こしたのでしょうか。おそらく微小な傷から外用薬が侵入しアレルギー反応が生じたのでしょう。NSAIDs外用薬は打撲などにも使いますが、この場合はそれほどかぶれがおこりません。アトピー性皮膚炎でない人、つまり皮膚に炎症がなく微小な傷がない人が使ってもほとんどかぶれないのです。まだあります。湿布薬でかぶれた、という人は大勢いますが、私の印象でいえばアトピーなど慢性湿疹のある人にかぶれは起こりやすいですし、皮膚に炎症のない人でも上半身よりも下半身、特に下腿に湿布を貼るとかぶれやすい印象があります。これはおそらく下腿を打撲したときに微小な傷が土や草木などにより生じていて、そこから湿布の成分が侵入し、アレルギー反応が生じ、何度か湿布を貼り替えているうちにかぶれてしまった、というストーリーが考えられるというわけです。

 Lack氏のこの仮説が正しいとすると、この理論を利用してアレルギーを予防することが可能になります。すぐにでも始めたいのは「乳幼児の口の周りをきれいにする」、ということです。食べ物のアレルギーは従来言われていたように元々「決まっている」のではなく、この仮説によれば後天的なものということになります。つまり、口の周りの炎症がある部位に食べ物が侵入してアレルギーが成立するというわけです。保護者は乳幼児の口元に炎症がないかに注意し、あれば慎重に食べ物を口の中に運ばなければなりません。また、部屋をきれいにしておき、例えばピーナッツの破片が床に散らばっていないか、といったことに注意をする必要があります。もしも赤ちゃんがハイハイしているときにピーナッツの破片が腕や足の微小な傷や炎症のある部位から進入すればアレルギーが成立することになります。

 成人でも、例えば傷や炎症がある部位には痛み止めの塗り薬や湿布を使わない、とか、乳幼児と同様、口の周りに炎症があったり口唇炎があったりする場合は、アレルギーを起こしやすい物質を食べるときは口の周りに触れないように注意して食べる、といった対策が必要になるかもしれません。カニを食べるときには落ち着いて、殻(甲羅やハサミ)で口唇や口の周りを傷つけないようにしなければなりません。

 Lack氏の仮説が正しい理論であることを実証するにはまだ当分時間がかかるでしょう。例えば、日本人に多いソバアレルギーを考えたとき、ピーナッツのような固いものと異なり、ソバが皮膚から浸入するというのは考えにくいですし、最近成人で増えている口腔内アレルギー症候群をきたしやすい野菜や果物が皮膚から浸入したことを示すデータはほとんどありません。

 しかし私はこの仮説がいずれ「正しい理論」として免疫学の教科書を書き換えることになるのではないかと思っています。これからの研究に注目したいと考えています。

注1:「デンジャーモデル」については下記コラムも参照ください。
マンスリーレポート2011年6月号「勉強し続けなければ仕事ができない・・・」

注2:このイラストはこちらを参照ください。

注3:この理論は医学誌『The Journal of Allergy and Clinical Immunology』2008年6月号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Epidemiologic risks for food allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749%2808%2900778-1/fulltext

注4:2014年4月20日現在、合計2,163名の人が茶のしずく石鹸などで被害に合ったことが報告されています。

参考:
はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」

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2014年5月20日 火曜日

第129回(2014年5月) さっさとダニをやっつけよう

 ダニにはいろんなタイプがあって、吸い込んで鼻水が出るものから刺されて死亡するものまであり、「ダニ」という言葉で思い浮かべる病気は人それぞれで、対策はダニの種類によってまったく異なる、ということを以前紹介しました。(詳しくは過去のコラム「ダニほど誤解だらけの生物はいない」を参照ください)

 今回は「ダニ」を徹底的にやっつけて予防していく方法を紹介したいのですが、今回ターゲットにしている「ダニ」はヤケヒョウヒダニやコナヒョウヒダニと命名されている「ヒョウヒダニ」です。さらに「ハウスダスト」もほぼ同じものと考えて差し支えありません。

 下記コラムでも述べましたが、ヒョウヒダニの糞や死骸がハウスダストの原因物質となります。またホコリの一部はハウスダストです。つまり、「ヒョウヒダニ(ヤケヒョウヒダニ、コナヒョウヒダニ)≒ハウスダスト≦ホコリ」と便宜上考えて問題はありません。言葉が増えるとややこしくなりますから、ここからは「ヒョウヒダニ」で統一したいと思います。(「ハウスダスト」とすべきかもしれませんが、厳密にはハウスダストには細菌や人間の皮膚も含まれますし、後に述べる「防ダニグッズ」は「防ハウスダストグッズ」とは呼びませんので、今回のコラムでは「ヒョウヒダニ」に統一します)

 まず押さえておきたいのは、ヒョウヒダニはどのような家にも必ず発生するものであり、完全に死滅させてそれを維持することは不可能、ということです。古い家屋に住み着いているネズミは駆除することが可能ですし、マンションのある程度の高層フロアであればゴキブリの発症をなくすことはできると思います。しかし、ヒョウヒダニは人が住んでいる環境であれば完全にゼロにすることはできません。

 しかし発症を抑えていくことは可能ですし、また、あなたやあなたの家族の持っている疾患や体質によっては徹底的に防いでいかなければなりません。どのような疾患や体質かというと、アレルギー疾患、具体的には、喘息(咳喘息含む)、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎・結膜炎などです。

 ダニ(ヒョウヒダニ)の対策って本当に大切なの?と聞かれることがありますし、ダニ対策に躍起になり治療を怠れば本末転倒になりますが、ダニ対策は大変重要です。以前私がみたアトピーの患者さんで「ステロイドを一切使わずに高額な布団だけで治そうとして破産しかけた」という人がいました。ここは大切なところなので強調しておきたいのですが、ダニ対策だけでアレルギー疾患、特にアトピー性皮膚炎が治ることは(ほぼ)ありません。しかし、再発や病状の悪化を防ぐためにダニ対策は絶対に必要なのです。

 ちなみに、1歳時にヒョウヒダニに多くさらされると11歳時に喘息を発症しやすい、とする研究や、3歳までにネコやハウスダストにさらされると呼吸機能低下をきたしやすい、という研究があります。また、経験的にダニの量が多いと喘息が悪化するのは自明ですし、防ダニ枕カバーで喘息の吸入ステロイドの使用量が減少した、という報告もあります。

 ではここからは具体的な対策について述べていきたいと思います。

 まずは「部屋をきれいにする」ということで、当たり前じゃないの?と言われそうですが、「部屋はきれいにしています」と言う患者さんに詳しく話を聞いてみると、毎日のように掃除機をかけるという人もいれば、月に一度しか掃除機を使っていないのに「きれいです」と答える人もいます。「空気の入れ換えをしていますか」と聞くと、これまた「きれいです」と言う人でも毎日入れ替えをしている、という人から「気が向いたときにしかしていない」という人もいます。

 では、どれくらいの割合で掃除をし、窓を開けて空気の入れ換えをすればいいのか、という疑問がでてきますが、これはケースバイケースで「正解」はありません。お子さんがコントロール不良の気管支喘息があるような場合は、可能な限り毎日でも掃除をすべきでしょう。喘息があり、さらにネコを飼っているような場合はなおさらです。このようなケースでは、ネコは飼わないに超したことはありませんが、現在一緒に暮らしているネコと離ればなれになるのは無理、という人も多いでしょう。

 すべての人がまず検討すべきなのは「床はフローリングにする」ということです。わざわざ、フローリングの上にカーペットや絨毯を敷いている人がいますが、これではヒョウヒダニに「繁殖してください」と言っているようなものです。フローリングにしていてももちろんヒョウヒダニは発生しますから掃除は必要です。このときに注意したいのは、掃除のときにヒョウヒダニやヒョウヒダニの糞が空中に舞う、ということです。ですから、子どもが喘息やアトピーがある場合は、掃除は子どものいない時間帯におこない、あなたがアレルギー疾患を有している場合は、他の誰かに掃除を替わってもらうべきです。

 しかし、家族全員にアレルギーがある、という場合や、専業主婦でアレルギーを持っている人が毎回夫に掃除を替わってもらう、というのは無理な話でしょう。家政婦を雇ったり、プロの業者に毎回来てもらったり、というのも現実的ではないでしょう。

 そこで掃除の仕方を工夫していく必要があります。まずマスクは必携です。そして窓を開けて換気をよくしましょう。ただし、季節によっては花粉や黄砂が部屋に入ってこないかどうかに注意しなければなりません。換気をした結果が、布団を花粉まみれにした、ということになれば本末転倒です。したがって、花粉や黄砂、さらにPM2.5などを考慮すると、窓を開けるべきではない、ということになります。しかし、窓を閉め切って掃除をすると全身にハウスダストを大量にあびることになります。ですから、空気清浄機が必要ということになります。

 ここ数十年でアレルギー疾患が激増しているのは間違いなく、その原因はいろいろと指摘されています。スギ花粉が増えたことは間違いありませんし、いきすぎた清潔志向が原因と言われることもあります。また一部の学者は寄生虫感染がなくなったことを指摘しています。これらは私自身も正しいと考えていますが、もうひとつ指摘しておきたいのは家屋の形態が変わってしまった、ということです。

 昔の日本の典型的な家屋、つまり縁側があって動物が庭で飼われていた(勝手に住み着いていた)ような家屋であればアレルギーが発症しにくいのです。通気性にすぐれていますし、適度にクモなどのダニを食べてくれる生物がいます。ネコやイヌも室内で飼うと多量の抗原(アレルギーの元)にさらされることになりますが、外で飼っている分にはさほど問題になりません。アレルギーがあるから昔ながらの日本式家屋に引っ越すというのは現実的ではありませんが(日本式家屋は大量に増えた花粉には不向きかもしれません)、マンションと日本式家屋の構造的な違いを考えてみることには意味があるでしょう。

 話をヒョウヒダニに戻しましょう。フローリングにして、マメに掃除をして、換気をする(もしくは空気清浄機を用いる)、というところまで話をしました。次に見直すのはダニが潜んでいるものが室内にないか、ということです。よくあるのが布製のソファやぬいぐるみです。ぬいぐるみを捨てることはできないでしょうが、少なくとも寝室には置くべきではありません。もちろん衣服を積み上げて放置すればそこがダニの溜まり場になるのは時間の問題です。

 そして最もダニが生息しやすいのは布団と枕です。枕については、一番簡単なのは枕を使わずに毎日洗い立てのタオルを重ねて枕代わりにする、という方法です。それでは熟睡できないという人は防ダニ枕カバーを使用するのがいいでしょう。布団については一番おすすめなのは防ダニ布団を使うということです。値段が高すぎて・・・、という人は防ダニシーツを検討すればいいと思います(注1)。

 布団の手入れについては、防ダニシーツや防ダニ布団のメーカーに相談するのがいいと思いますが、ここでは一般論について述べておきます。まず、布団の丸洗いは大変有効です。このときに可能であれば60度以上の熱水を使いましょう。あるいは(お金はかかりますが)クリーニングに出すのも有効です。クリーニング屋に防ダニ対策も頼んでおくと、熱水での洗浄、もしくは熱風での乾燥をしてくれます。布団乾燥機を使うなら、布団の中に入れるタイプではなく、布団全体を包み込むタイプのものが有効です。50度で20分が基準と言われています。

 こうしてみてみると、ダニ対策というのはかなり大変です。時間もお金もかかります。「こんなことできるはずない!」と感じる人もいるかもしれません。そういう人におすすめなのは「転地療法」です。転地療法とは、アレルゲンが少ない地域、もっと簡単にいえば「環境のいいところ」に引っ越してしまうという”治療”です。例えば、喘息やアトピーに悩んでいる人の多くは、ハワイのコンドミニアムで3ヶ月も過ごせばかなりよくなるはずです。あるいはタイの東北地方(イサーン地方)やラオスに行っても多くの人は改善するでしょう。

 しかし、そのようなことを実際に実行できる人はほとんどいないでしょう。ということはある程度の時間とお金を費やしてダニ対策をするしか方法はないわけです。面倒くさい、と感じる人は、将来ハワイのコンドミニアムに居住することを夢にして、ハワイでくつろいでいる自分の将来の姿を空想しながら取り組んでみてはいかがでしょう・・・。

注1:念のために断っておくと、私はどこかの防ダニグッズメーカーから供与を受けているわけではありませんし、特定の会社を推薦しているわけでもありません。しかし、診察室で患者さんから質問を受けたときは、ヤマセイ株式会社を紹介することがあります。同社は私が所属している日本皮膚科学会、日本アレルギー学会の双方が賛助会員にもなっています。興味のある方は下記を参照ください。
http://www.drdanizerock.com/product/hq-futonset.html

 

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2014年5月16日 金曜日

2014年5月16日 帯状疱疹発症後の脳卒中に注意

  帯状疱疹は水痘(みずぼうそう)のウイルスが成人になってから神経をつたって皮膚表面にやってくる痛みの伴う病気です。従来は高齢者に多いとされていましたが、最近では若い人でも過重労働がある人やストレスが多い人などでは発症することが珍しくありません。

 帯状疱疹を発症した直後には脳卒中のリスクが急上昇する・・・

 これは医学誌『Clinical Infectious Diseases』2014年4月2日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注1)。ロンドン衛生熱帯医学校(London School of Hygiene & Tropical Medicine)の研究者が、イギリス内の625以上のプライマリケア医(総合診療科医)の患者情報データベースを分析し、帯状疱疹を発症しその後脳卒中を起こした合計6,584人の情報を解析しています。

 その結果、帯状疱疹発症後から4週間以内に脳卒中を発症するリスクは、帯状疱疹を発症していないときに比べて63%高いことが判ったそうです。4週間を過ぎればリスクは低下していきますが、それでも5~12週後では42%リスクが高く、6ヶ月後でも23%リスクが高いそうです。

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 この研究は対象者数も少なくなく信憑性の高い結果といえそうです。とすると、帯状疱疹を発症すれば、その後の脳卒中にビクビクと怯えながら生活しないといけないのか、と感じてしまいますがそうでもありません。

 この研究では、「脳卒中のリスクは経口抗ウイルス薬で有意に低下する」ことも導かれています。帯状疱疹の治療を受けていない症例では、治療を受けた症例に比べて脳卒中のリスクがおよそ2倍になることも判ったそうです。

 ということは、帯状疱疹を疑えば直ちに医療機関を受診する、ということが重要になります。それから忘れてはいけないのは、「なぜ帯状疱疹を発症したのか」についての検討です。

 帯状疱疹は免疫力が低下したときに発症します。特に2回目以降の発症は徹底的に調べるべきです。その原因として、悪性腫瘍、膠原病、HIVなどが潜んでいることがしばしばあるのです。もしも、このような基礎疾患がなくて帯状疱疹を複数回発症しているなら、相当ストレスを抱えた生活をしてないか、極度の過重労働がないか、そういったことも考えなければなりません。

 ところで海外では帯状疱疹のワクチンがあり、ある程度の有効性が指摘されています。帯状疱疹の原因ウイルスは「水痘帯状疱疹ウイルス」ですから水痘(みずぼうそう)のワクチンと同じもの?、と思ってしまいますが、海外で用いられている帯状疱疹ワクチンというのは通常の水痘ワクチンに比べて抗原量が10倍(つまり、弱毒化させたウイルスが多量に入っている)とされています。

 日本にはこのワクチンがありませんから、通常の水痘ワクチンで帯状疱疹を予防する試みがあり有効性があるという報告もありますが、大規模調査はありません。

 日本は他の国にさきがけて超高齢化社会に突入しているわけですから、日本こそが帯状疱疹のワクチン導入を積極的に検討しなければならない、と私は考えているのですが、今のところそのような動きはないようです・・・。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Risk of Stroke Following Herpes Zoster: A Self-Controlled Case-Series Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cid.oxfordjournals.org/content/early/2014/03/25/cid.ciu098.full?sid=2b5528d5-d9e7-47df-bdb5-a9c779779dab

参考:はやりの病気第71回(2009年7月)「帯状疱疹とヘルペスの混乱」

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2014年5月12日 月曜日

2014年5月12日 世界の脂肪酸摂取、バルバドスが最優秀?

 脂肪酸についてはこのサイトでも取り上げたことがありますし、最近はマスコミでも、どのようなものを食べるべきか、サプリメントはどうか、一部医薬品として認められたものは実際はどうなのか、といったことがしばしば議論されています。

 医学誌『British Medical Journal』2014年4月15日号(オンライン版)で世界各国(地域)の脂肪酸の摂取の状況が報告されました(注1)。この論文によると、脂肪酸の摂取状況は世界で随分と異なるようです。具体的にいくつか紹介しようと思いますが、先に脂肪酸について簡単にまとめておきます。(より詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。飽和脂肪酸は肉のアブラに含まれているもので食べ過ぎるといかにも身体に悪そうなイメージがあると思います。では、不飽和脂肪酸ならいいのかというとそうではありません。不飽和脂肪酸は3つに分けて考えると理解がしやすいでしょう。

 ひとつめは「トランス脂肪酸」と呼ばれるもので、マーガリンやフライドポテトに多量に含まれていることで有名です。ファストフードの利用が多い人は要注意で、可能な限り減らしていかなければなりません。
 
 ふたつめは「ω6系脂肪酸」でゴマ油、コーン油、ベニバナ油などに含まれているものです。なんとなく身体によさそうな気がしますが、多くの人はω3系に比べて摂りすぎる傾向にあります。飽和脂肪酸やトランス脂肪酸よりはましだけれども摂りすぎに注意しなければならない、と理解しておくのがいいでしょう。

 3つめが「ω3系脂肪酸」で、端的にいってしまえばこれが一番身体にいいもので積極的に摂る必要があります。ならばサプリメントや医薬品で摂ってしまうのが手っ取り早い、と考えられるかもしれませんが、それほど単純なものではなく、食品から摂らなければ効果が期待できないとする研究もあります。(詳しくは下記メディカルエッセイを参照ください)

 さて、件の論文についてですが、ここではトランス脂肪酸とω3系脂肪酸について紹介します。

 トランス脂肪酸の摂取量が多い国(地域)は、(多い順に)エジプト、パキスタン、カナダ、メキシコ、バーレーンと続きます。少ないのは、(少ない順に)バルバドス、ハイチ、カリブ海の島国、エチオピア、エリトリアと続きます。

 ω3系脂肪酸は魚介類からの摂取と植物からの摂取が分けられています。魚介類からの摂取が多いのは、(多い順に)モルディブ、バルバドス、セーシェル、アイスランド、マレーシア、タイ、デンマーク、韓国、日本です。少ないのは、(少ない順に)ジンバブエ、レバノン、パレスチナ、ボツワナ、ギニアビサウと続きます。

 植物からのω3系脂肪酸摂取が多い国は、(多い順に)ジャマイカ、中国、イギリス、チュニジア、アンゴラ、セネガル、アルジェリア、カナダ、アメリカです。少ないのは、(少ない順に)ソロモン諸島、スリランカ、コモロ、セントルシア、フィリピンと続きます。

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 この結果をみると、なるほどと頷けるものと意外なものがあります。

 トランス脂肪酸摂取が多い国は、カナダを除けばあぶらっこい肉料理がメインの国が多いようでこれは理解しやすいのではないでしょうか。少ない国は、肉をあまり食べずに魚介類を豊富に食べているところです。エチオピアは内陸国ですが、隣のエリトリアから魚介類がたくさん入ってくるのでしょう。

 魚介類由来のω3系が多い国は魚をよく食べる国と理解していいと思うのですが、日本がマレーシアやタイよりも少ないというのが意外です。また、新鮮な魚介類が豊富に料理に含まれているイタリアやスペインなど地中海諸国が入っていないのも意外です。少ない国は魚料理をほとんど食べないような地域ですからこれは頷けます。

 植物由来のω3系は最も意外です。これについては論文のなかで少し解説があります。カナダで摂取量が多いのはキャノーラ油が豊富に用いられるからだそうです。中国とアメリカではchiaと呼ばれる植物の種をよく食べるそうです。このchiaという植物について、私は聞いたことがないのですが、そんなによく食べられているものなのでしょうか。それほどω3系脂肪酸が豊富なら今後健康食品として流行るかもしれません。

 植物由来のω3系が少ないのがすべて島国ということに注目すべきでしょう。しかも南太平洋、南アジア、インド洋、カリブ海、東南アジア、と世界中に分布しているところが興味深いといえます。しかし、同じ島国のジャマイカが世界一の摂取国というのがさらに興味を駆り立てます。

 ところでこの論文を読んで私が真っ先に感じたのは「バルバドス料理ってどんな料理?」というものです。トランス脂肪酸摂取が少ない国とω3系脂肪酸摂取が多い国の両方にランクインしたのはこの国だけです。

 バルバドス、日本人もしばしば訪れるカリブ海に浮かぶこの小国に対する私のイメージは「リゾートアイランド」というだけで、料理はどのようなものなのか、などということを考えたことがありませんでした。遠すぎて気軽に行けないところですが、バルバドス料理に関する今後の研究に注目したいと思っています。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Global, regional, and national consumption levels of dietary fats and oils in 1990 and 2010: a systematic analysis including 266 country-specific nutrition surveys」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g2272

参考:メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」

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