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2015年5月20日 水曜日
第141回(2015年5月) マラリアで死んだ僕らのヒーロー
そろそろ蚊の心配をしなければならないシーズンとなりました。昨年(2014年)はデング熱の日本で日本人が感染した症例が69年ぶりに報告され、最終的には150人以上に確定診断がつきました。デング熱を媒介するヒトスジシマカは冬になると姿を消しますが、夏前には出現しますから、そろそろ対策を立てなければなりません。
ヒトスジシマカが媒介するやっかいな感染症にはチクングニア熱もあります。私自身は、将来的にはデング熱よりもチクングニア熱の方がむしろ重要になるのではないかとみています。(詳しくは下記「はやりの病気」を参照下さい)
デング熱もチクングニア熱も、ウイルスを媒介する蚊はヒトスジシマカだけではなくネッタイシマカもあります。ネッタイシマカはデング熱もチクングニア熱もヒトスジシマカよりも人に感染させる可能性が高いことがわかっています。しかし、ネッタイシマカは文字通り「熱帯」に生息していますから現時点では日本にはいません。ただ、台湾で確認されていることから、今後沖縄や奄美諸島に上陸する可能性は充分にあります。
さて、今回お話したい蚊はヒトスジシマカでもネッタイシマカでもなく「ハマダラカ」という蚊です。現在この蚊は日本にはいません(注1)。中国を含むアジア、アフリカ、中南米に生息しており、世界三大感染症のひとつであり年間60万人以上を死に至らしめるマラリアを媒介する蚊です。(ちなみに三大感染症のあとの二つは結核とHIVです)
海外渡航をしない人や、するとしても欧米やオセアニアにしか行かないという人にはマラリアはほとんど縁がないでしょうが、アジア、アフリカ、中南米に渡航する人は充分な対策を立てなければなりません。とはいえ、例えば上海やバンコクに短期旅行や出張に出かけるという人は特に対策を立てる必要はありませんし、長期滞在の場合でも、例えば休日にジャングルを探検するといったようなことをしなければハマダラカに対する特別のことをする必要はありません。
ただし、これらの地域にはデング熱やチクングニア熱はありますから、一般的な蚊(つまり、ネッタイシマカやヒトスジシマカ)の対策は必要です。今回は、その「一般的な蚊の対策」に加え、「マラリアに対する予防・治療」の話をしたいと思いますが、その前に、マラリアを語るときにどうしても外せないある日本人の話をしたいと思います。(「どうしても外せない」というのは私が勝手に思っているだけで、今からする話を医療者から聞いたことはありません・・・)
『快傑ハリマオ』というヒーローをご存知でしょうか。1968年生まれの私で名前を知っている程度というか、私が子供の頃は『月光仮面』と対比されて語られていたような記憶がかすかにあります。wikipediaで調べてみると「1960年4月から1961年6月まで日本テレビ系で放送」という記載がありました。再放送で観たかどうかも記憶になく、私の世代にとっては「昔のヒーロー」という印象です。
そのハリマオが実在した人物ということを私が知ったのは大人になってからです。そして、そのハリマオこと谷豊(たにゆたか)という日本人がマレーシアでマラリアに罹患し他界したことを知ったのは医学部に入学してからです。
谷豊は1911年に福岡県で生まれ、2歳の時に一家で現在のクアラトレンガヌに移住しています。クアラトレンガヌは(私は訪ねたことがありませんが)マレーシア半島の東海岸に位置する都市で、クアラルンプールからは飛行機で1時間程度で着きます。当時はイギリス領でした。
谷豊は5歳の頃に日本に帰国し日本の小学校に入りますが、13歳の頃には再びマレーシアに渡り10代を過ごします。20歳になったとき徴兵検査を受けるために帰国するのですが、不合格になったそうです。この理由は諸説あり、谷豊自身が天皇制に反対していたとするものもあれば、身長が足らなかったとするものもあります。
同時期に悲劇が起こります。谷豊が日本滞在中に満州事変が起こり、マレーシアにいる華僑が排日暴動を起こし、なんと谷豊の妹が暴徒と化した華僑に斬首されたのです。しかも暴徒は妹の首を持ち帰りさらしものにしたそうです。
日本でこれを知った谷豊は怒りに身を任せ単身マレーシアに乗り込みます。そして10代を共に過ごしたマレー人の若者たちと徒党を組み、華僑の悪党たちを襲撃する盗賊団を結成しリーダーになります。これが『快傑ハリマオ』の原型です。マレー語をほぼ完璧に話し、すでにイスラム教に帰依している谷豊は日本人ではなくマレー人と思われていたそうです。ハリマオとはマレー語で「虎」を意味するそうですが、盗賊団のリーダーをしていた頃にハリマオと呼ばれていたかどうかには諸説あり、死後に英雄視する見方が広まりその頃に伝説の人物として「ハリマオ」という名が後からつけられたとする説が有力です。
『快傑ハリマオ』として描かれている姿と実際の谷豊にはギャップがあるでしょうが、大勢のマレー人から慕われていたのは間違いなさそうです。谷豊は日本陸軍の諜報員として活躍していたのも事実ですが、このあたりの話はここではやめておきます。(興味のある方は下記参考文献①を読んでみて下さい)
谷豊の最期はマラリア感染です。当時もキニーネというマラリアの特効薬があったそうなのですが、谷豊は「白人のつくった薬は使いたくない」と言い、最後まで拒否し30歳で他界したそうです。作家の下川裕治氏は、谷豊の墓を探してクアラトレンガヌを訪れ紀行文を書いています。(興味のある方は下記参考文献②を読んでみて下さい)
さて、マラリア対策ですが、まずは渡航する地域がマラリアの可能性がある土地かどうかを調べるところから始めます。先に、上海やバンコクでは心配しすぎる必要はない、と書きましたが、私はタイの医療者からバンコクでもマラリアが発症することがある、という話を聞いたことがあります。大都市滞在のみでも、マラリアの予防薬内服までは不要ですが、「一般的な蚊の対策」は必要です。
一般的な蚊の対策としては、ホテル滞在なら蚊取り線香で充分でしょう。私はリキッドタイプのものを日本から持参します。部屋にバルコニーがついていればバルコニーには従来型の火をつけるタイプの蚊取り線香を使います。こういった蚊取り線香は現地で調達するという方法もありますが、私は日本から持参しています。(リキッド型は電源がいるために電圧変換器も持参します)
屋外に出るときは、ジャングルまで行かなくても、森や山、あるいは海岸に行くときにはDEETと呼ばれる蚊の忌避剤を使います。私はスプレー型のものを用いていますが、クリームタイプやローションタイプのものもあります。蚊取り線香は日本から持参しますが、DEETについては私は現地のコンビニや薬局で購入しています。日本のDEETは濃度が薄いために不充分である可能性があるからです。ただし、(幸いにも私は大丈夫なのですが)海外製のDEETはかぶれやすいと言う日本人は少なくありません。そのような人は日本製のDEETを使うか、それも使えない人はシトロネラと呼ばれるレモングラスに似た植物からつくられた一種のアロマを繰り返し塗ることになります(注3)。
ハマダラカが多数生息している地域でなければこういった一般的な蚊の対策で充分ですが、マラリア罹患率が高い地域に短期間渡航するときには、予防薬を内服すべきこともあります(注2)。
運悪くマラリア原虫を宿したハマダラカに刺されてしまい、高熱や皮疹などそれらしき症状が出現した場合は早急に医療機関を受診しなければなりません。マラリアにも種類があり、どのタイプかで重症度が変わりますが、早期発見できて早期治療ができれば治癒が期待できます。谷豊が拒否したというキニーネは最近ではあまり使われず、キニーネよりもよく効いて副作用の少ない薬剤が用いられます。ワクチンは現時点ではありませんが、近い将来登場する可能性はでてきています。
しかし、マラリアで最も重要なことは蚊(ハマダラカ)に刺されないようにすることです。もしも谷豊がそのときハマダラカに刺されなかったとすると、大勢のマレー人を従えたハリマオの活躍で太平洋戦争の歴史が変わったかもしれません。
一匹の蚊が日本の運命を変えた・・・、と言えなくもありません。
注1:正確に言えば、沖縄にはハマダラカは生息しています。しかし、現在マラリアはおらず、現在沖縄に生息しているハマダラカに刺されてもマラリアを発症することはありません。
注2:具体的な予防薬については当院のウェブサイトの下記を参照ください。
http://www.stellamate-clinic.org/kaigai/#__question_6__
注3(2016年12月25日追記): 最近は「イカリジン」が注目されています。2016年後半より高濃度のイカリジンが発売されています。また、DEETも2016年後半より日本でも高濃度のものが入手できるようになりました。詳しくは下記を参照ください。
旅行医学・英文診断書など → 〇海外で感染しやすい感染症について → 3) その他蚊対策など
参考文献:
①『マレーの虎ハリマオ伝説』中野不二男著 (文春文庫)
②『アジアの日本人町歩き旅』下川裕治著 (新人物文庫)
参考:
医療ニュース「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日)
医療ニュース「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
はやりの病気第133回(2014年9月)「デングよりチクングニアにご用心」
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|2015年5月15日 金曜日
2015年5月15日 リベリア、エボラは終息するもコンドームは永遠に
2015年5月9日、WHO(世界保健機関)はリベリアにおけるエボラ出血熱流行の終息を宣言しました。同国では今回の流行で合計10,564人が感染し、そのうち4,716人が死亡しています。3月27日に最後の感染者が死亡し、その後42日間が経過しても新たな感染者の報告がなかったために終息したと判断されました。
このリベリアの終息宣言については外務省のウェブサイトにも掲載されていますし、マスコミでも報道されました。しかし、日本のマスコミはほとんど報じていないものの、このリベリアでの<最後の死亡者>で注目すべきことがあります。
2015年3月28日の『New York Times』によると、リベリア政府は、エボラ出血熱ウイルスに感染して治癒した男性全員が性交渉においてコンドームを「永遠に」着用しなければならない、という通達を出したのです(注1)。(「永遠に」は原文ではIndefinitelyです)
同紙によると、リベリアで3月27日に死亡したのは44歳の女性で、診断がついたのは3月19日です。エボラ出血熱ウイルスの潜伏期間は最長21日であり、感染したのは2月26日以降ということになります。感染源はパートナーからとしか考えられず、そのパートナー(男性)はそこからみて3ヶ月前に「完治」しています。
研究者は、このパートナーの男性の精液を分析しウイルスを検出したようです。ウイルスは精液のなかではかなり長期で生息することが判り、リベリア政府は「永遠に」コンドームを使用することを義務づけたのです。
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エボラ出血熱ウイルスの感染力は強く、世界中から支援に集まった複数の医療者も治療行為を通して感染しています。
2015年5月10日には、イタリアの人道支援のNGOに所属しているイタリア人男性がエボラ出血熱を発症し現在入院治療を受けているそうです。この男性も回復後「永遠に」コンドームを装着しなければならない、ということになるでしょう。精液からウイルスを完全に除去する技術が確立されない限りは、この男性は生涯出産を諦めなければならなくなります。
注1:『New York Times』のこの記事のタイトルは「Liberia Recommends Ebola Survivors Practice Safe Sex Indefinitely」で、下記URLで読むことができます。
http://www.nytimes.com/2015/03/29/world/africa/indefinite-safe-sex-urged-for-liberia-ebola-survivors.html?_r=0
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|2015年5月11日 月曜日
2015年5月号 「医療否定本」はなぜ問題か(後編)
前回紹介した近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』には到底及ばないものの、医師が書いたそれなりに売れている「医療否定本」が何冊かあるようです。そのうちの何冊かを実際に読んでみたのですが、私が最後まで読みすすめることができた本はほとんどありませんでした。
こういった「医療否定本」のほとんどは、根拠がない、とまでは言えないにしても根拠が脆弱な理屈を持ち出して、現代の標準的な医療を否定しています。私が最後まで読むことができないのは、そのいい加減な理屈に辟易としてくるからです。
ここに書くのも馬鹿らしい気がしますが、ひどいものになると、すべてのワクチンを否定しているものすらあります。この本を書いたのも医師ですから、現在もどこかで診療をしているのでしょう。医師であれば院内感染のリスクを知っているはずで、この医師も医学部の学生のときにB型肝炎ウイルスのワクチンを接種しているはずです。B型肝炎は針刺しで簡単に感染しますし、血液でなくとも、唾液、汗、尿などから感染することもあります。
ワクチンを接種しているから安心して医療がおこなえているわけで、ワクチンに感謝しなければならないはずなのに、すべてのワクチンを否定しているというのは明らかな矛盾です。
ワクチンでもうひとつ例をあげると、この医師が海外で犬に噛まれたときには狂犬病ワクチンを拒否するのでしょうか。狂犬病は犬に噛まれた後でも速やかにワクチン接種をすれば助かります。しかしワクチンをうたずに発症すれば100%死亡します。この医師も医師ですからそういった知識はあるはずです。それを知っていて、すべてのワクチンを接種するな、と読者に呼びかけるのは犯罪でさえあると私は思います。
ここまでひどいのは極端だとしても、化学療法の一切を否定したり、生活習慣病の薬を使うな、と主張したりしているものもあります。すべてを否定とまでいかなくても、例えばある医師の文章には「降圧薬を3種以上出す医師はNG」といったことが書かれていました。
この医師のこの主張に呆れるのは、どんな医師も薬を最小限にすることを考えている、という基本的な常識を無視しているからです。おそらく、この医師がみた患者さんで3種の降圧剤を服用している人がいて、自分ならもっと減らすのに、と考えたことが、こういった主張をするきっかけになっているのでしょう。
しかしこれは完全な「思い上がり」です。この患者さんを以前に診ていた医師も薬を最小限にすることを考えていたはずです。それで試行錯誤を繰り返しながら3種でようやく血圧が安定したのでしょう。「降圧薬を3種以上出す医師はNG」などと叫んでいる医師は前医の処方のおかげで血圧が安定した患者さんをみて、このような馬鹿げた主張をしているにすぎません。
医師や薬剤師の仕事というのは、いかに薬を減らすか、にあります。「ポリファーマシー」という言葉がありますが、これは「ひとりの患者がたくさんの薬を飲みすぎていること」で、できるだけ減らしていくことを考えなければなりません。最近私が参加したある研究会では、医師と薬剤師が合同でこの「ポリファーマシー」について検討しました。多くの実りのある意見がでましたが、医師も薬剤師もそれぞれの立場からいかに薬を減らしていくべきかという考えを披露し合いました。
おそらく「降圧剤を3種以上出す医師は・・」などと頓珍漢なことを言う医師は、職場でも孤立しているのではないでしょうか。ほとんどの医師や薬剤師がいかに薬を減らすかに尽力していることを知らないから、ひとりよがりのこのようなことを言い出すのではないかと私は考えています。
このように、ワクチン接種や薬剤処方を含む治療方針について他の医師の悪口を言うことも理解に苦しみますが、「医療否定本」にはこれ以上に看過できないことがあります。それは、他の医師の人格を否定するような表現があるということです。
最も目立つのは、「〇〇をおこなうような医師は金儲けのためにやっている」といった内容です。実際にこの世界で働いてみれば分かりますが、医療行為を金儲けの手段と考えている医療者は”ほとんど”いません。
“ほとんど”という副詞をつけなければならないのは確かに一部に例外があるからです。例えば2009年に逮捕された奈良県大和郡山市のY病院のY医師は、生活保護受給者の診療報酬を不正受給し、必要のない手術をおこない患者を死に至らしめ(しかもY医師にこの手術の経験がほとんどなかった)、カルテを改ざんしていたことが報道され、我々医療者を驚かせました。
一部のマスコミはこの事件を「氷山の一角」と捉えているようですが、私はこのような医師は例外中の例外であると考えています。他にも同じような医療機関がないと断言することまではできませんが、医療の常識からすると考えられないのです。
先に私は「実際にこの世界で働いてみればわかりますが」という表現を使いましたが、このような理論の持っていき方は議論をおこなう上では卑怯であり、本当は使ってはいけない表現です。なぜなら、医師でない人が医師として働くことはできないからです。一般に「あんたは立場が違うから分からないだろうが・・・」という言い方はすべきではありません。
しかしあえて私がこのような表現を用いたのには理由があります。それは実際に医師にならなくても、目の前に病気の苦痛を抱えた患者さんがあなた自身を頼って来たことを想像することは難くないからです。病気で苦悩を抱え、貧困にあえぎ、生活保護を受給しなければならない人を目の前にして、「この患者からいくらひっぱれるかな?」などと考えることのできる人間はほとんどいません。いるとすれば初めから精神が破綻している病人です。つまり、私は大和郡山市のこのY医師は「病気」であったとみています。
このような現象はどの職業にもあると思います。例えば、幼女趣味の小学校の男性教師が生徒の着替えを盗撮して逮捕されるといった事件がときどき報道されます。この男性が教師を続けてはいけないのは自明ですが、同時にこの「病気」を治すことも考えなければなりません。(治るかどうかは別にして)
話を戻しましょう。金儲けという点だけでなく、医師が他の医療者の人格を批判するなどということは、普通に研修を受けて医師として働き出せば到底考えられないことであり、実際にはその「逆」です。私が感じている医師という仕事の醍醐味のひとつとして、他の医師や医療者の献身的な態度に感銘を受ける、ということが挙げられます。優秀な医師であれば「目の前の患者さんのために自分は存在している」といった雰囲気がにじみ出ています。そしてこれはベテランの医師だけではなく、なかには研修医から感動させられることもあります。多くの医師は高い人格を持っているのです(注1)。
医師だけではありません。看護師も薬剤師も理学療法士もその他の医療従事者も、目の前の患者さんに対して誠心誠意の貢献をおこなおうとします。私はこれまでアルバイトも含めれば20以上の会社やショップ、レストランなどでの仕事の経験がありますが、医療機関ほど日々感動させられる職場というのはありません。
たしかに医師は他の職業に比べてうつ病罹患率や自殺率が高いことが指摘されますし、セクハラやパワハラは日常茶飯事だと言われます。しかしながら、そういった苦痛を差し引いたとしても、医療機関ほど他人に貢献できて、日々学ぶことのできる職場というのは私の知る限りありません。
先輩医師のみならず、研修医からも他の医療従事者からも感動させられることに私は感謝の気持ちを持っています。非人間的なとんでもない医療者がいることは否定しませんが、自らの本のなかで「〇〇する医師はNG」などという表現を安易に用いる医師がいることが私には理解できません。こういった本を読んで適切な治療が受けられなくなった患者さんの責任はいったい誰がとるのでしょうか。
非難されるべき医師は、「実際に診療の現場をみたわけでもないのに他の医師を非難する医師」、つまり「医療否定本を書く医師」だと私は考えています。
注1:下記コラムも参照ください。
メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」
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|2015年5月9日 土曜日
2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに
「はやりの病気」第137回(2015年1月)で紹介したように、「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれる疾患がアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツの選手に生じ、うつ病、アルツハイマー病など精神疾患を発症、さらには自殺にまでいたる例が相次いでいる、という話を紹介しました。
アメリカの報道によれば、2013年8月時点でNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に対する「脳振盪訴訟」の原告となった元プレイヤーは約4,500人、賠償総額約7億6,500万ドルで和解成立、とされていましたが、これからさらに動きがあったようです。
2015年4月22日、NFLが総額10億ドル(約1,200億円)を支払うことで和解した、という記事が「The New York Times」により報道されました。
この記事によれば現在原告は5千人以上とされており、2013年の時点よりも増加しています。脳振盪が原因で引退した選手は2万人いるとする説もあり、今後も原告が増える可能性もあるとみられています。
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一部の報道では、今後このような訴訟がアメリカンフットボールだけでなく、NHL(ナショナル・アイスホッケー・リーグ)などにも及ぶであろうとされています。
下記「はやりの病気」でも述べましたが、脳振盪後にCTEを発症し、うつ病、アルツハイマー病などに苦しんでいる元選手は、野球選手や格闘技の選手にもいます。
今のところ、日本ではこのことを詳しく取り上げているメディアは見当たりませんし、(なぜか)医師の間でもあまり取り上げられないのですが、私自身はそれぞれのスポーツがどの程度の危険性があるのかをきちんと検証すべき、それも可及的速やかに検証し公表すべき、と考えています。
オバマ大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言しているのです。
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|2015年5月9日 土曜日
2015年5月8日 バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスク
ゴールデンウィークにタイを訪れた人も少なくないと思いますが、動物に咬まれるということはなかったでしょうか。タイの英字新聞『The Nation』2015年4月23日(オンライン版)に興味深い記事が掲載されました(注1)。バンコクの飼い犬の4割が狂犬病のリスクがあるという報告が当局よりおこなわれたのです。
記事によりますと、現在バンコクには60万匹の飼い犬がいて、さらに約10万匹の野良犬が生息しているそうです。
当局は、WHOが2020年までに狂犬病を撲滅することを目標としていることを引き合いに出し、犬や猫を飼っている人はワクチン接種をさせるように呼びかけています。
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タイは一時期日本からの渡航者が減少しましたが、最近は再び増加に転じており、2015年1~3月は、毎月12万人前後の日本人が訪タイしています。(前年同月でみると2月は32%の増加、3月は16%の増加です)
タイに一度でも行ったことのある人なら分かると思いますが、道ばたに犬がだらしなくねそべっている光景はとても印象的です。日本では、犬といえば几帳面で働き者というイメージがありますが、タイではだらしない生き物の代表のように思えます。(これを日本人とタイ人の国民性になぞらえて語る人は少なくありません。タイ人には失礼ですが・・・)
その昼間はだらしなく寝そべっている犬たちは夜になると豹変します。私は以前、バンコク近郊のある県で車に乗っているときに大型の犬3匹に囲まれ吠えられたことがあります。このときは車の中にいましたから咬まれる可能性はなかったわけですが、それでもいくらかの恐怖を覚え、そして昼間のだらしなさとのギャップに驚かされました。
飼い犬の4割に狂犬病のリスクがあるということは、野良犬の場合は、ほとんどがウイルスを持っていると考えて行動すべきでしょう。
もちろん狂犬病に気をつけなければならないのはタイだけではありません。日本、英国、豪州以外のほとんどの国ではリスクがあります。海外渡航の前に(可能なら)ワクチン接種をしておくべきです。ワクチンをうっていない場合は、充分動物に気をつけて、もしも咬まれた場合は速やかに医療機関を受診しなければなりません。
注1:この記事のタイトルは「Bangkok pet owners warned of rabies danger」で、下記URLで本文を読むことができます。
http://www.nationmultimedia.com/national/Bangkok-pet-owners-warned-of-rabies-danger-30258549.html
参考:
はやりの病気第130回(2014年6月)「渡航者は狂犬病のワクチンを」
はやりの病気第40回(2006年12月)「狂犬病」
医療ニュース2015年4月27日「バリ島の狂犬病対策の是非」
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|2015年4月28日 火曜日
2015年4月28日 糖尿病は不眠の原因、まず早起きを
不眠が生活の質を低下させ生活習慣病の原因にもなる、ということは過去に述べたことがあります。(下記「はやりの病気」を参照ください) 今回ご紹介したいのはその逆で、「糖尿病が悪化すると不眠になる」とするものです。医学誌『PLOS ONE』2015年4月14日号(オンライン版)に掲載された研究(注1)で、大阪市立大学が実施しています。
大阪市立大学医学部附属病院に糖尿病で入院した63人の脳波を測定したところ、血糖値が悪化すればするほど良質な睡眠がとれないことが判ったそうです。また、良質な睡眠がとれていない被検者では、早朝の血圧が高い傾向にあることも判ったそうです。
睡眠と糖尿病の関係で興味深い研究が韓国から報告されましたのでそちらも紹介したいと思います。
医学誌『The Journal of clinical endocrinology and metabolism』2015年4月1日号(オンライン版)(注2)によりますと、睡眠時間が同じであるとき、「夜更かし型」の人は「早起き型」の人よりも糖尿病やその他生活習慣病を発症しやすいそうです。
この研究は、47~59歳の韓国人約1,000人が対象とされています。「夜更かし型」の人は体脂肪率が高くメタボリックシンドロームに罹患しやすいことが判ったそうです。また、興味深いことに、「夜更かし型」の人は、脂肪率が上昇するのみならず、筋肉量も減少することが判ったようです。
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良質な睡眠がとれなくなれば、血圧も上昇し、さらに血糖コントロールも悪くなるはずです。つまり、血糖コントロール不良 → 不眠 → さらに血糖値上昇+他の生活習慣病のリスク上昇、と悪循環になるわけです。
大阪市立大学の研究から言えることは、糖尿病の人は不眠も治しましょう、ということになるわけですが、単に、では睡眠薬を飲みましょう、で解決するわけではありません。
まず、不眠の原因は何と何なのか、それぞれの原因に対して(薬を使わずに)対処できることはないのか、生活習慣の何を改めればいいのか、などを個別に検討していく必要があります。これらは、医師が診察をしてすぐに答えが見つかるわけではありません。患者さん自身が日頃から不眠について考える必要があると言えるでしょう。
韓国の研究と合わせて考えれば、日頃から、早起きの習慣を身につけるのが賢明といえます。仕事の内容などから、どうしても夜更かし型にならざるを得ないという人もいますが(特に「物書き」の人はこのパターンが多い)、可能な限り、早起き型にシフトすべきと私は考えています。以前にも述べましたが、私が提唱している健康を維持するためにおこなうべき「3つのenjoy」のひとつが「Early-morning waking up」、つまり「早起き」です。これは「早寝・早起き」ではなく「早起き・早寝」です。(下記2つのコラムも参照ください)
注1:この論文のタイトルは「Association between Poor Glycemic Control, Impaired Sleep Quality, and Increased Arterial Thickening in Type 2 Diabetic Patients」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0122521
注2:この論文のタイトルは「Evening chronotype is associated with metabolic disorders and body composition in middle-aged adults.」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://press.endocrine.org/doi/pdf/10.1210/jc.2014-3754
参考:
はやりの病気第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
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|2015年4月27日 月曜日
2015年4月27日 バリ島の狂犬病対策の是非
現在バリ島では犬をめぐっての議論が白熱しているようです。
きっかけは2015年1月27日、10歳のオーストラリアの女子が一匹の犬に噛まれたことです。幸いなことにこの犬は地元の動物保護団体が狂犬病ワクチンを事前に接種しており、この少女は軽い怪我を負っただけで大事には至りませんでした。
しかし、この事故の2日後にバリ州の知事が「野良犬をすべて殺す」との発言をメディアの前でおこないこれが物議を醸しています(注1)。
バリ島にはおよそ50万匹の野良犬がいると試算されています。
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少女は助かったわけですし、少女に噛みついた犬も狂犬病ワクチンを接種していたのになぜ?、と感じますが、知事がこのような発言をおこなったのには理由があります。
狂犬病はバリ島では以前から問題になっていましたが、近年は特に顕著で2008年以降でみると150人以上が狂犬病で死亡しています(注2)。外国人が犬に噛まれる事例も相次いでいるようです。知事の立場からすると、「観光」が税収の大部分を住めるバリ島で、観光客が遠ざかることを避けたかったのでしょう。
しかし、50万匹もの野良犬を一掃せよ、となれば当然世界中の動物保護団体から反対意見が出ますし、ヒンドゥー教徒や仏教徒はイヌを大切にしますから地元の一般人からも批判されているようです。(インドネシアで最大多数の宗教はイスラム教で、イスラム教徒は犬を嫌いますが、バリ島ではヒンドゥー教徒と仏教徒が大部分を占めます)
ゴールデンウィークにバリ島に旅行に出かけるという人も少なくないと思います。狂犬病ワクチンを接種していない人は、現地では動物に咬まれないように注意して(狂犬病ウイルスを持っているのは犬だけではありません)、もしも咬まれたら直ちに現地の医療機関を受診するようにしてください。(狂犬病ワクチンは感染してからでも効果が期待できます)
尚、個人的な体験を付記しておくと、私はアジアのある島で早朝にジョギングをしているときに野良犬に囲まれて大変恐い思いをした経験があります。島でジョギングするときはたいてい海沿いを走るのですが、その日私は山道を走っていました。犬の鳴き声が聞こえてきた1~2分後には5~6匹の犬に囲まれてしまっていました。手に持ち替えたバックパックで比較的身体の小さな犬を振り払いながらそこを抜けだし全速力で疾走し事なきをえましたが、100メートル以上も複数の野良犬に追いかけられているときは本当に恐怖でした。私は狂犬病ワクチンを接種していますが、もしも接種していなかったらあの恐怖は何倍にもなっていたに違いありません。
狂犬病ワクチンを接種している人も野良犬がいそうなところには近づかないのが賢明です。
注1:『The New York Times』が報道しています。記事のタイトルは「Beach Dogs, a Bitten Girl and a Roiling Debate in Bali」で、下記URLで記事が読めます。野良犬を捕獲している写真も掲載されています。
http://www.nytimes.com/2015/03/05/world/beach-dogs-a-bitten-girl-and-a-roiling-debate-in-bali.html?_r=0
注2:財デンパサール日本国総領事館のウェブサイトに記載があります。下記URLを参照ください。
http://www.denpasar.id.emb-japan.go.jp/japan/04_02safe.html
また、下記は同領事館の「安全対策情報等:2015年4月」です。狂犬病についての記載もあります。
http://bali.vc/press/201504
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|2015年4月20日 月曜日
第147回(2015年4月) 無謀な手術をする医師たち
このところ、無謀な手術をおこない複数の患者を死亡させた、という報道が目立ちます。群馬大学医学部附属病院第二外科で起こった事件がマスコミで報道され、一部の週刊誌はこの外科医の名前と写真を公開しました。
すると、2014年夏頃に報道されていた「千葉県がんセンター腹腔鏡手術死亡問題」が再び取り上げられるようになり、不安を煽るのが好きなマスコミは、どこの病院が危ない、とか、危ない医師の見分け方、のような特集をくみ出しました。
手術は100%成功するものではありません。そのため手術をした患者さんが亡くなったからといって、それだけではその執刀医に過失があったとは断定できません。名医には難易度の高い症例が集まってきますから、名医であればあるほど手術が成功しない可能性があるとも言うことができます。ですから、我々医師からすれば「手術で死亡した例が多い」と聞いただけでは、その医師の過失があるのかどうかを判断することはできません。
ただし、これら2つの事件については、マスコミの詳細にわたる報道や医師の掲示板での情報から判断して、医師に過失があったのは間違いなく、さらに過失だけではなく、医師としての「適正」がなかった、もっと言えば「人格」に問題があったのではないかと思わずにはいられません。
今回は、なぜこのような医師が存在するのか、こういった事態を防ぐにはどうすればいいのか、ということを考えていきたいと思います。まずは2つの事件を簡単に振り返りたいと思いますが、腹腔鏡事件の医療事故といえば、これら2つよりも先におこった有名な事件がありますので、まずはそちらを紹介しておきましょう。尚、これら3つの事件はいずれも「腹腔鏡」を用いた手術です。腹腔鏡を用いた手術は従来の開腹手術に比べて、術後の傷跡が小さくて済むという利点はありますが、手術が困難になるという欠点があります。
2002年11月、東京慈恵会医科大学附属青戸病院の医師3人が、前立腺ガンに対する腹腔鏡下手術をおこないました。腹腔鏡を用いた止血がうまくいかず大量出血をおこし、結果として当患者は死亡しました。
この事件で驚かされるのは、なんと執刀した医師の3人全員が腹腔鏡下での執刀経験がなかったということです。1人は助手として2回は立ち会った経験があったものの(2回だけです!)、あとの2人は、なんと見学すらしたことがなかったということが判明しました。この事件は刑事事件となり3人とも有罪が確定しました。
次に「千葉県がんセンター腹腔鏡手術死亡問題」を振り返りたいと思います。元々この事件が発覚したのは同センターに勤務するひとりの麻酔科医の内部告発がきっかけでした。麻酔科医であれば執刀医の未熟さがわかりますから、無謀な手術であることに気付き良心の呵責に耐えられなくなり、自身の地位が失われることを覚悟して内部告発に踏み切ったのでしょう。
しかし厚生労働省に内部告発したのにもかかわらず同省は何もしなかったそうです。それが2014年に入ってからマスコミが取り上げるようになり、次第に世論に知られるようになってきました。そして後に述べる群馬大学の事件が大きく報道された後に、再度改めてマスコミで取り上げられ出しました。
千葉県がんセンターでは、2008年から2014年の間に、腹腔鏡を用いた肝臓や膵臓の手術を受けた患者11人が死亡しています。その11名のうち7名は同じ執刀医が手術をおこなったそうです。この事件を検証するために千葉県は「第三者検証委員会」を設立しました。委員会の調査の結果、11例のうち10例で、対応に問題があったとする最終報告書を千葉県に提出しています。
群馬大学病院の事件も簡単にみておきましょう。2010年から2014年の間、腹腔鏡を用いた肝臓切除術を受けた患者8人が相次いで死亡しました。いずれも同じ医師が執刀しており、同大学病院の最終調査報告書では、8症例全例で医師の過失があったことを認めています。さらに、この医師が執刀した開腹手術でも合計10人の患者が術後に死亡していたことが判ったそうです。
一般の人がこのような事件を聞くと、「とんでもない医者もいるんだな。自分や自分の身内が必要なときはどこに相談すればいいんだろう」、というふうに感じると思います。つまり、医師のなかには「マッド・サイエンスト」のような者がいて、そのような医師に”殺される”ことがあってはならない・・・、とこのように考えるのではないでしょうか。
私自身はそれだけでは腑に落ちません。無謀な手術をする医師で分からないことが私には3つあります。1つめは、自分が診た患者さんを亡くすことほど辛いことはないわけですが、彼らはこの辛さを感じなかったのか、ということです。担当していた患者さんが亡くなると、それは自分の過失がなかったとしてもですが、これは相当辛いものなのです。実際、私が診察し不本意な死を遂げた患者さんのことは一生忘れることはありません。そのような患者さんは今も私の脳裏に突然よぎることがあります(注1)。
自分の手術が未熟かどうかは他人から指摘されなくてもわかるはずです。よしんばそれがわからないとしても、自分が担当する症例が他の医師よりも死亡例が多いのは自明なわけですから、そこで問題がないのかを省みることはするはずです。無謀な手術を続ける医師はなぜそこで踏みとどまらなかったのでしょう。自分のせいで新たな”犠牲者”がでることに良心の呵責を感じなかったのでしょうか。
分からないことの2つめは、周囲はいったい何をしていたのか、ということです。千葉県がんセンターの麻酔科医は内部告発に踏み切りましたが、麻酔科医の立場からすると、どの外科医が手術が上手くてどの外科医が未熟かということが簡単に分かります。私が麻酔科で研修を受けているとき、麻酔科の指導医の先生は私に、「今日の執刀医は経験の少ない医師だから時間がかかるだろうし、途中から指導医に執刀が替わる可能性もあるから時間を長めにみておいた方がいい」といったことを話されていました。
もしも無謀な手術で患者さんが死に至ることがあれば、麻酔科医には法的な責任はないにしても、道義的な責任というか、何らかの良心の呵責を感じるはずです。そして、無謀な手術かどうか、医師に技術があるかどうかを判別できるのは麻酔科医だけではありません。手術の介助をする看護師にも分かるはずですし、事件が発覚した3つの病院はいずれも研修医を養成する医療機関ですから研修医も見学していたはずです。研修医レベルでも同じ執刀医の症例が相次いで亡くなればおかしいことに気付くはずです。
ここで私が言いたいのは、なぜ周囲は黙っていたのか、ということだけではありません。無謀な手術をおこなう医師たちは、自分の技術が未熟であることに周囲が気付いていたことを知っていたはずです。
分からないことの3つめはこの点です。私自身はどちらかというとプライドは高くない方だと思っています。少なくとも医師の平均よりはかなり低いと感じています。そのプライドが(医師にしては)高くない私でさえ、このような状況には耐えられません。つまり、周囲から未熟だと思われているのに無謀な手術に手を出して結果的に患者さんを死に至らしめるということに耐えられないのです。私はどちらかというと他人が自分のことをどのように感じていても噂をされても気にならない方ですが、「あいつはできもしない手術をやって患者さんを殺している」などと噂されれば精神が破綻してしまいます。
無謀な手術をおこなう医師に対する3つの疑問点を述べてみました。①患者さんが亡くなるのをみて良心の呵責を感じなかったのか、②周囲は道義的な責任を感じなかったのか、そして、③周囲から未熟で無謀と思われることにプライドが傷つかなかったのか、ということです。
①については、例えば731部隊の人体実験(注2)やタスキギー梅毒人体実験(注3)からも分かるように「マッド・サイエンティスト」が特殊な状況のなかで誕生することを歴史が物語っていますから理解できなくはありません。②については内部告発に踏み切れば辞職に追いやられる可能性があるわけで、まったく理解できなくはありません。
しかし③だけは今の私にはどうしても理解できません。医師あるいは医学部の学生が(良くも悪くも)相当プライドが高い人たちであることを私は医学部入学後に何度も目のあたりにしてきました。例えば、見学や研修で自分より年の若い看護師に注意されただけで長期間不満を言い続ける男女を何人も見てきました。このようなつまらない不満を言わない医師たちも、手術が下手、などと陰で言われることには耐えられないはずです。
もしかすると、「医師はプライドが高い」という私の認識は誤りで、本当は、「一部の医師は他人からどのように思われるかにまったく関心がない」が正解なのでしょうか。だとすると、医学部入学時点でこのような性質を見抜かなくてはならないことになります。
注1:1つの例をコラムに書いたことがあります。
メディカルエッセイ第13回(2005年4月)「病苦から自ら命を絶った男」
注2:731部隊の人体実験については、実際に関与していた元日本軍兵士の証言があることや、その中心的人物であった石井四郎が生前に残したノートも見つかっていることなどから、今も「なかった」とする意見があるものの、「存在した」とする意見の方が優勢です。
注3:1932年から40年間にわたり、約600人の黒人が梅毒に人為的に感染させられどのような経過をとるかが調べられた実験。米国政府は正式に認め、1997年に当時の大統領クリントンが謝罪しました。
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|2015年4月15日 水曜日
第140回(2015年4月) 古くて新しいニキビの治療
宮部みゆきさん原作で現在公開中の映画『ソロモンの偽証』では、ニキビが原因でいじめられる女子生徒がキーパーソンになっています。一般の人は素直にこの映画を観ることができると思いますが、我々医師は(私だけかもしれませんが)、ストーリーにのめり込む前に、「あぁ、あの女子生徒、ちゃんと医療機関を受診してニキビを治していれば、物語は全然違う展開になったのに・・・。母親もニキビが<青春のシンボル>などと馬鹿げたこと言ってないでなんで娘に受診させないんだ・・・」、と穿った見方をしてしまいます。これも一種の”職業病”でしょうか・・・。
私がこの映画を観たとき、この女子生徒をみて初めに抱いた印象がこのようなものであり、原作者の宮部みゆきさんを批判したい気持ちに”一瞬”なりました。しかし、次の瞬間にそれが消えました。よく考えると、この映画の舞台は現在ではなく1990年代前半です。たしかに、1990年代前半にはニキビの有効な治療法が(少なくとも日本には)なかったのです。
医師によって見方が異なるかとは思いますが、私自身は日本でのニキビ治療のブレイクスルーが起こったのは2008年の10月だと考えています。つまり、アダパレン(商品名で言えば「ディフェリンゲル」)が発売になったときです。それまでは、高額になりますがクリニックが独自に輸入して仕入れたアダパレンを自費で処方するか、炎症が強くなり赤ニキビが悪化したときに抗菌薬の外用薬もしくは内服薬を一時的に使うか、といった方法くらいしかありませんでした。
医療機関によってはビタミン剤や漢方薬の処方をしているところもありましたが(現在でもあるかもしれませんが)、私自身はこれらでよくなった症例をほとんど診たことがありませんし、エビデンス・レベル(科学的実証度)も低いものです。ケミカルピーリングというものもありましたが、これは費用が高くつく上に、継続して受診しなければならず、またエビデンス・レベルも低く、決して実用的なものではありませんでした。
残念ながらアダパレンで全員が完全に治癒するとまではいきませんが、かなり有効な治療法であることは間違いありません。アダパレンの製薬会社は一時中学や高校にポスターを掲示していました。ここまでくるとやり過ぎのような気がしますが、ニキビで悩む生徒を救いたい、という強い気持ちがこのような行動につながったのだと私は思います。私はどちらかと言うと、製薬会社の行動にはだいたい批判的な立場であり、またこの中学高校へのポスター掲示に対し多くの医師から非難が相次いだようですが、この件に関しては、私自身は製薬会社の純粋な想いではなかったかと好意的にみています。
さて、そのアダパレンをもってしてもニキビが治らないケースは次の3つです。
①ニキビではなく「ニキビ痕(あと)」になってしまっている。
②そもそも診断が間違っていてニキビではない。
③アダパレンが効かない。もしくはアダパレンの副作用が強くて使えない。
順にみていきましょう。①の「ニキビ痕」を治すのは大変困難です。言い換えるとニキビを治すのは実はそうむつかしくはありません。しかし、ニキビに対し不適切な治療をおこなったり、つぶしたり、触りすぎたりしていると、ニキビ自体は治っても、瘢痕(ニキビ痕)が残ります。これを治すには形成外科的に瘢痕を削ったり、特殊なレーザー治療を試みたりといったことも検討しますが、完全にきれいにするのは極めて困難です。
ニキビ痕で重要なのは、まず「それ以上触らないこと」です。時間がたてば自然に改善していく可能性もあります。もうひとつは、これが一番大事なことですが、新たにニキビをつくらない、ということです。先に述べたように、ニキビ痕の治療は困難ですが、ニキビの治療は現在ではそうむつかしくはありません。
②の、診断が間違っていて実はニキビでなかった、ということはときどきあります。細かい疾患まで入れるとニキビと間違われている皮膚疾患はいくつかありますが、一番多いのは「酒さ(しゅさ)」です。ニキビの治療はむつかしくはありませんが酒さは場合によっては相当困難なこともあります。ニキビと酒さがややこしいのは、確かに一見似ている場合がありますし、ニキビと同じような治療をして(一時的には)よくなることもあるからです。しかし一般に、酒さはニキビよりも治療が困難で、かなり改善することもあるのですが、しばらくするとまた再発して、ということもあり、何らかの治療は長期で続けなければならないことが多いと言えます。
③はどうでしょうか。本日のメインの話はここからです。2015年4月1日、待望のBPO(過酸化ベンゾイル)がついに保険診療で処方できるようになりました。BPOは、海外では1960年代頃から使われ出しており、世界的にはニキビの標準的治療薬の代表です。赤ニキビにも白ニキビにも有効で、予防効果もあります。副作用はまったくないわけではありませんが、アダパレンに比べると少ないですし、安全性も高いとされています。海外では医薬品ではなくOTC(薬局で処方箋なしで買える薬)です。私は海外に行くと、時間があれば薬局を訪ねるのが趣味みたいなものなのですが、ほとんどどこの国の薬局にもBPOは置いてあります。
では、なぜこのような優れた薬がこれまで日本になかったのでしょうか。実はBPOは、日本では消防法により第5類自己反応性物質・第1種自己反応性物質という「危険物」に指定されているのです。この法律のせいで薬局や通販で簡単に販売することはできない、というわけです。ただ、過去にBPOが日本でも簡単に入手できた時代が2回ありました。
一度目は米国Guthy Renker社の「プロアクティブ」が日本に導入された2001年頃です。「アメリカ製のプロアクティブはよく効くのに日本製のものはまったく効かない・・・」、このような声は非常によく聞きますが、それもそのはずで、アメリカ製のプロアクティブの有効成分はBPOそのものなのです。日本ではプロアクティブを導入するときに、当初はそのまま輸入したためにBPOが含まれていた、というわけです。ところが、その後法律上販売できないことが判り、やむをえず成分を変更したそうです。
二度目は2011年11月です。化粧品メーカーのグラファ社がBPO配合の「BPエマルジョン」という外用剤を発売しました。(上記の法律の問題をどのようにクリアしたのかは不明です) 「BPエマルジョン」は一般の薬局では買えず、医療機関でのみ購入することができる化粧品の扱いでした。しかし、医薬品としてのBPOが発売されることが決まったときに販売終了が決まり、結果としてわずか2年程度しか流通しなかったことになります。(おそらく厚生労働省としては、同じものが一方は保険薬で一方は化粧品、というのが都合が悪いのでしょう)
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では「BPエマルジョン」が販売されたときにすぐに取り扱いを開始して大勢の患者さんに使用してもらっていました。販売中止が決まったときは、その後も継続して使用してもらえるように大量に買っておいたのですが、ついに2014年秋に在庫がつきました。そして、約半年間のブランクを経た後、2015年4月から医薬品のBPOの処方を開始しました。(ちなみに谷口医院の患者さんは、この<空白の半年間>のBPOの入手について、海外渡航時に購入したり、海外旅行に行く知人に買ってきてもらったり、あるいはリスクを抱えて個人輸入したりされていたようです)
さて、このBPOはおそらくこれからニキビ治療の中心的な薬になると思われます。米国のガイドラインでもヨーロッパのガイドラインでも、軽症から重症まで、また予防にも推奨されていますから、おそらく日本のガイドラインも次の改定時には「強く推奨する」という扱いで入れられるはずです。
2015年4月から日本のニキビ治療の歴史が塗り替えられるといっても過言ではないでしょう。患者さんの満足度があがり、医療者は患者さんから感謝の言葉を聞くことになり、製薬会社も収益が上がるに違いありません・・・。
しかし、何かおかしくないでしょうか・・・。
海外では(それは先進国だけでなく多くの国で)、何十年も前から誰もが薬局で簡単に買えていた薬です。なぜ、日本ではわざわざ医療機関に出向いて、待ち時間を我慢して、塗り薬1本を求めなければならないのでしょうか。BPOの処方薬登場で日本のニキビ治療の歴史が変わると私は考えていますが、さらにもう一歩すすめて、BPOが海外と同じように誰もが薬局で簡単に買える時代が来ることを望みます。
もしもBPOが海外と同じように昔から薬局で買えたなら、『ソロモンの偽証』は誕生しなかったかもしれません・・・。
参考:
トップページ「ニキビ・酒さ(しゅさ)を治そう」
はやりの病気
第75回(2009年11月)「ニキビの治療は変わったか」
第62回(2008年10月)「ニキビの治療が変わります!」
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|2015年4月10日 金曜日
2015年4月号 「医療否定本」はなぜ問題か(前編)
ここ数年でいわゆる「医療否定本」という言葉を頻繁に聞くようになってきました。現代医療を否定する本は以前からありますが、一昔前までは、宗教者が書いたものであったり、自社製品を売りたいがために健康食品の会社が出版したものであったりと、そういうものが大半だったのですが、ここ数年は医師による医療否定本がブームになっています。
なかでも、元・慶應義塾大学医学部講師の近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』という本が飛び抜けて売れているそうです。最近、患者さんからも「どう思いますか」と聞かれることが増えてきたこともあり私も読んでみました。
近藤先生に批判的な意見が多いのは以前から知っていましたが、私自身は近藤先生の書籍は医学部の学生の頃に何冊か読んでおり、先生の残された功績は素晴らしいものと考えています。最も尊敬に値するのは、今では標準的治療とも呼べる乳癌に対する「乳房温存術」を日本で広められたことです。それまでは、ハルステッド法といって乳房のみならず大胸筋までごっそりと取ってしまう手術が主流だったのです。乳房温存術では可能な限り取り除く部位を最小限にするために、術後、胸のかたちに悩まされることがなくなるのです。
また、異論はあるものの近藤先生の「がんもどき」という考え方は興味深いものです。これは、ガンには2種類あり、ひとつは「本物のガン」、もうひとつがにせもののガン、つまり「がんもどき」という考えです。本物のガンは検診では発見することができず発見されたときには助かる術がない。だから何もすべきでない。一方、「がんもどき」は悪化しないからもともと何もする必要がない、とするものです。ここからガン検診は不要でありすべてのガンは「放置」すべき、という理論に発展します。
すべてのガンは検診すべきでなく見つかっても放置すべき、などという理論に賛成するわけにはいきませんし、すべて「放置」するなら、以前は近藤先生自身が推奨されていた乳ガンに対する「乳房温存術」すらすべきでない、ということになり自身の主張が矛盾することになります。
ただ「がんもどき」という考えがまったく間違いかというとそうではなく、ひとつ例をあげれば、私は甲状腺ガンの大半が「がんもどき」ではないかと思っています。甲状腺ガンの発症世界一は韓国で、1999年には年間2,866人しか診断されなかった甲状腺ガンが2013年にはなんと53,737人に診断がついています。この間でおよそ19倍も増加しているのです。現在韓国では人口10万人あたり97人が甲状腺癌の診断を受けていることになり、これはダントツで世界一位、世界平均の10倍以上になります。では、韓国で甲状腺ガンによる死亡数が減っているのかというと、これがまったく減っていないのです。
なぜ韓国でこれだけ甲状腺ガンがみつかるかというと、超音波検査を健康診断でほぼ全員に実施するようになったからです。余計な検査をしたせいで「がんもどき」が見つかり、見つかれば手術で甲状腺を摘出することになります。おまけに手術をするとその後は一生涯甲状腺ホルモンを飲み続けなければなりません。患者さんの負担は相当なものになりますし、医療費を圧迫することにもなります。
しかし、甲状腺ガンによる死亡数が減っていないということは、助からないガンは助からないわけで、検診にも意味がないということになります。このことだけを取り上げると近藤先生の「がんもどき」理論は正しいように思えます。
では他のガンはどうなのでしょうか。近藤先生は「がんもどき」理論をすべてのガンに広げ「ガン検診は一切不要」と主張します。しかしこれはあまりにも極論です。ひとつ例をあげると子宮頚ガンは定期的に検診をおこなうとほぼ100%早期発見が可能です。もしも「放置」をすると早期発見の機会が失われ助かる命が助からなくなります。
子宮頚ガンは比較的多いガンで有名人が罹患したことがしばしば報道されます。最近ではシーナ&ロケッツのシーナさんが、発見が遅れたために61歳で死亡されました。ZARDのヴォーカリストであった坂井泉水さんは、直接の死因は階段からの転落死ですが、子宮頚ガンの発見が遅れ肺に転移も認められていたことが報道されています。ガンの肺転移が見つかっていたということは、この不幸な転落事故がなかったとしても命は長くなかったことが予想されます。
我々医療者がこのような報道を聞くと、「有名人でなかなか検診を受ける機会がなかったのだろうが、検査を受けてさえいれば・・・」という気持ちを拭えません。しかし近藤先生は「二人の子宮頚ガンはがんもどきでなく本物のガンだったのだから検診を受けていても無駄だった」と言われるのでしょうか・・・。
子宮頚ガンは早期で発見できれば、円錐切除術といってごく一部を取り除く手術、もしくは放射線療法でも完全治癒が期待できます。(他にも治療方法がありますがここでの言及は避けます) しかしある程度発見が遅れると子宮をすべて摘出する必要があります。このタイミングを逃すと(坂井泉水さんのように)肺など他臓器に転移し助からなくなります。
ガンの発見が遅れたものの、子宮全摘をすることによって命が助かり現在も活躍されている有名人に森昌子さんがいます。現在は政治家の三原じゅん子さんも子宮頚ガンで子宮全摘をされています。近藤先生はこの二人に対しても「今生きているということはがんもどきだったのだから子宮を取るべきではなかった」と言われるのでしょうか・・・。
私が医学部の学生の頃に読んでいた近藤先生の著作はガンに関するものばかりだったのですが、『医者に殺されない47の心得』には他の疾患についても意見を述べられており、これらには同意できるものもあるのですが、問題だと言わざるを得ないものも目立ちます。
例えば同書のなかで「インフルエンザワクチンを打ってはいけない」と断言されています。結論から言えばこれは間違いでインフルエンザのワクチンは有用です。ただ、ワクチンに対していろんな意見があってもいいとは思いますし、それを自身の本で主張することは「表現の自由」だと思います。(私自身も子宮頚ガンのワクチンを定期化して中学1年生の女子全員に接種するという考えには反対です) ただし、近藤先生が言っているその理屈が卑怯であり、故意に読者をミスリードしようとする意図が感じられます。
インフルエンザワクチンを打ってはいけないその理由として、近藤先生は「WHO(世界保健機関)も厚生労働省も、ホームページ上で、インフルエンザワクチンで、感染を抑える働きは保証されていない、と表明しています」と書いています。これだけを読めば、WHOも厚労省も「推薦していない」ワクチンをすすめる医療機関は悪徳商法ではないのか!と読者をミスリードすることになりかねません。
この書き方が卑怯なのは、あたかもWHOや厚労省がインフルエンザワクチンをすすめていないような表現をとっていることです。実際は、もちろんWHOも厚労省もインフルエンザワクチンが重要であることを訴えています。感染抑制効果については年により異なり、たしかに2014年終わりから2015年の初めにかけて流行したインフルエンザにはワクチンの発症抑制効果は期待はずれでした。これはWHOがこのシーズンに流行ると予想していた型と別の型のウイルスが流行したためです。しかし、この場合でも重症化を防ぐことができ、他人への感染リスクを下げることができます。
仮に、重症化を防ぐことや他人への感染リスクを減少させる効果も期待していたほどではなかった、という新しい事実が将来判明したとしましょう。それでも、現在WHOも厚労省もインフルエンザワクチンを推薦しているのは事実であり、あたかもこの事実がないような誘導をするのは問題です。
もうひとつ例を挙げましょう。同書のなかで近藤先生は「ERCPで急性膵炎が生じることは決して少なくなく、本当に死亡する場合もあるのでおすすめできません」と書いています。ERCPというのは内視鏡的逆行性胆道膵管造影のことで、十二指腸まで内視鏡を入れて胆道と膵管の造影剤を注入する検査です。ERCPは急性膵炎が生じることがあり、死亡例があるのも事実です。ここまでは間違ったことは言っていません。しかし、この箇所を素直に読むと「胆管と膵臓の検査自体が無用だから受けるべきではなかった」と解釈できます。
現在は胆管や膵臓の検査にはERCPではなくMRCPを用います。MRCPであれば急性膵炎が起こらずに安全に検査ができるからです。MRCPをあえて避けてERCPを実施することなどほとんどないはずです。そして近藤先生はそれを知らないはずがありません。MRCPの存在を知っていてERCPの危険性だけを主張するのは悪意あるミスリードではないでしょうか。
医師が書く「医療否定本」で最も問題だと思うことを今回述べる予定でしたが、近藤誠先生の『医者に殺されない47の心得』の批判で予定の文字数を越えてしまいました。次回はその「最も問題なこと」について述べたいと思います。
参考:
『患者よ、がんと闘うな』文春文庫
『医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法』アスコム
『「治るがん」と「治らないがん」 医者が隠している「がん治療」の現実』講談社+α文庫
『よくない治療、ダメな医者から逃れるヒント』講談社+α文庫
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