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2016年12月9日 金曜日

2016年12月8日 胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク

 胃薬には様々な機序のものがあり薬局で買えるもの(OTC)もあれば漢方薬もあります。多数ある胃薬のなかで「最もよく効く胃薬は?」と問われれば多くの医療者は「PPI」と答えると思います。

 PPI、正確にはプロトンポンプインヒビター(proton pump inhibitor)と呼ばれる胃酸分泌を抑制する薬は日本では90年代前半に登場し、あっという間にシェアを伸ばしました。非常によく効く上に、副作用があまりないと考えられており、今では消化器内科医のみならず多くの医師が”簡単に”処方しています。

 そのPPIが今年(2016年)になり、突然「キケンな薬」とみなされることになります。まずきっかけとなったのは「認知症のリスクとなるかもしれない」という報告です。ドイツでおこなわれた大規模研究で、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%も上昇していることが分かったのです(注1)。

 次に危険性を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)。2016年5月、PPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることを報告しました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなるということです。

 今回お伝えするのも「米国心臓学会」の報告です。2016年11月15日、「大衆向けの胃薬が脳梗塞のリスクを上げる」というタイトルでPPIの危険性をウェブサイトに掲載しました(注3)。

 紹介されているのはデンマークの研究です。対象者はデンマーク国民244,679人(平均年齢57歳)で調査期間はおよそ6年です。この間に脳梗塞を発症したのは9,489例で、発症とPPIの使用状況の関係が検証されています。検討されたPPIは4種。オメプラゾール(先発品の商品名は「オメプラゾン」「オメプラール」)、pantoprazole (Protonix、日本未発売)、ランソプラゾール(タケプロン)、エソメプラゾール(ネキシウム)です。

 解析の結果、PPIを使用していると脳梗塞のリスクが21%上昇していることが判りました。ただし、少ない量の使用であればリスク上昇はほとんどなかったそうです。4種のなかでも差があります。各PPIを最高用量で用いた場合、最もリスク上昇が少なかったのがランソプラゾールの30%、最も高かったのがpantoprazoleの94%でした。

 PPI以外の胃酸分泌を抑制する薬としてH2ブロッカー(ファモチジンなど)があります。H2ブロッカーについては脳梗塞のリスク上昇は認められなかったようです。

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 下記「医療ニュース」でも述べたように、わざわざ高価なPPIを使わなくてもいいのに…、という症例は少なくありません。つまり、PPIに頼らなくても値段の安いH2ブロッカーでコントロールできる例は少なくないように私は感じています。ですから、転勤などで大阪に引っ越してきて新たに当院をかかりつけ医とした患者さんに対してはPPIをH2ブロッカーに変更することがよくあります。

 ただし危険性を意識しすぎて、PPIを一切使わない、というのは行き過ぎです。やはりPPIがどうしても必要な症例もあります。ですが、そういったケースでもPPIで症状を安定させた後は、H2ブロッカーや他の胃薬、あるいは漢方薬などを用いる方がいいでしょう。もちろん薬以上に大切なのは、規則正しい生活、規則正しい食習慣であることは言うまでもありません。 

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:下記を参照ください。

医療ニュース2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

注3:下記を参照ください。

http://newsroom.heart.org/news/Xpopular-heartburn-medication-may-increase-ischemic-stroke-risk

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2016年11月18日 金曜日

2016年11月18日 座りっぱなしはEDのリスクにも

 このサイトでは2013年あたりから「座りっぱなし」は大変危険であり、がんや生活習慣病のリスクになるということを繰り返し紹介してきました。運動などでそのリスクが軽減するという意見もありますが、何をしてもリスクは低下しない、いわば「喫煙と同じようなもの」とする報告もあります。

 座りっぱなしでED(勃起不全)のリスクが上昇する・・・。

 このような日本人を対象とした研究結果が報告され話題を呼んでいます。愛媛大学の学者が「道後Study」と呼ばれる疫学研究のデータを分析しました。医学誌『Journal of Diabetes and its Complications』2016年10月18日(オンライン版)に掲載されています(注1)。

 研究の対象者は、2型糖尿病(生活習慣の乱れから起こる糖尿病)の男性患者430人(平均年齢60.5歳)で、自記式質問紙調査を用いて、喫煙、飲酒状況、運動習慣、降圧薬の服用の有無、これまでの病気、歩行習慣などが調べられ、さらに過去1年間の1日あたりの「座りっぱなし」で過ごした時間が問診されています。座りっぱなしの時間は、①5時間未満、②5~7時間、③7~9時間、④9時間以上の4つに分類されています。

 EDについては、その有無と重症度が調べられています。重症度は、「SHIM(Sexual Health Inventory for Men)」(注2)と呼ばれるED用の問診票で評価され、スコア8未満(1-7点)が「重症ED」、8-11点が「中等度ED」です。

 これらを解析すると、④9時間以上座りっぱなしのグループでは「重症ED」になりやすいという結果になっています。オッズ比は1.84、つまり1.84倍「重症ED」になりやすい、ということです。一方、「中等度ED」と「座りっぱなし」には相関関係が認められなかったようです。尚、この調査では対象者の36.1%が「中等度ED」、49.8%が「重症ED」だったようです。

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 もっと大規模な疫学研究にも期待したくなりますが、理論的に考えても、「糖尿病+座りっぱなし」でEDになりやすいのは理解できることです。糖尿病で血管が老化しているところに、座りっぱなしで下半身の血流が滞るのですから。

 座りっぱなしがNGであるのはもはや疑いようがないと思います。私は以前から「健康のための10の週間」として「3つのEnjoy、3つのStop、4つのDataに注意して!」を提唱しています(注3)。「3つのStop」の1つが「Sitting too much」(座りっぱなし)です。

注1:この論文のタイトルは「Self-reported sitting time and prevalence of erectile dysfunction in Japanese patients with type 2 diabetes mellitus: The Dogo Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.jdcjournal.com/article/S1056-8727(16)30707-3/abstract

注2:SHIMは下記を参照ください。

http://www.njurology.com/_forms/shim.pdf

注3:詳しくは下記を参照ください。

メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」

参考:
医療ニュース2016年2月27日「「座りっぱなし」はやはり危険」

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2016年11月17日 木曜日

2016年11月17日 寒いところに住めばうつ病になりやすい?

 南国に住んでいる人は陽気で楽天的。うつ病とは無縁の人生…。

 こういうイメージを持っている人が多いと思います。私自身もこのような印象があり、実際、タイ人やフィリピン人の底抜けの明るさに感動を覚えたことが何度もあります。日本でも、沖縄で「おばー」に「なんくるないさー」と言われて心が洗われるような経験をしたことがあります。

 一方、寒い地域の人たちに対するイメージは、笑顔が少なく、行動範囲が狭く(雪のせいで仕方がないのですが)、陽気な印象はあまりありません。

 もちろん、これは一種の「偏見」であり、南国に住む人全員が陽気というわけではありませんし、北国に住む人の大半が陰気というわけではないでしょう。ただし、世界的な統計をみてみても、タイやフィリピンは自殺の少ない国にランクされます。日本でも、東北地方は比較的自殺率が高いことはよく知られています。(警察庁の2015年の統計(注1)では、沖縄は自殺率が低いランキングで19位。ずば抜けて低いわけではなさそうです)

 今回、カナダで緯度と自殺率の高さの関係が調べられた研究が報告されたのでお伝えしたいと思います。その研究では、「緯度が高いほどうつ病の罹患率が上がる」、つまり「寒い地域に住むとうつ病になりやすい」という結論がでています。医学誌『Canadian journal of psychiatry』2016年10月11日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。

 この研究は、全国規模でおこなわれた2つの調査(The National Population Health Survey、the Canadian Community Health Survey)を解析することによりおこなわれています。調査期間は1996~2013年で、全回答者のうち、495,739例については「うつ」の調査がおこなわれており、これらのデータと緯度との関係が調べられました。緯度は郵便番号で解析されています。

 結果、緯度が高くなれば、うつ病の有病率が増加することがわかったそうです。また、この傾向は北緯55度未満で発生する傾向があったとされています。

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 カナダは地理的に最も南の都市がトロントになると思います。調べてみると、トロントで北緯43度でした。ちなみに、北緯55度に近い有名な都市となると、エドモントンで北緯53度です。この研究は、だいたい北緯43度から緯度が上がるにつれてうつ病の有病率が上昇し、その傾向は北緯55度まで続く、と読むことができます。

 となると、気になるのは、北緯55度以北はどうなのか、ということと、北緯43度まではどうなのかということです。北緯55度以北の国となると旧ソ連と北欧が該当し、厚労省のデータ(注3)によれば、たしかに旧ソ連の国は人口あたりの自殺率が高いような傾向があります。しかし北欧については、以前は自殺が多い国と言われていたこともありましたが、現在はそうではありません。

 では、北緯43度以南はどうなのでしょう。先に述べたように東北地方の自殺率が高いことは有名ですが、北海道ではそうでもありません(注1)。

 この研究を聞いてもうひとつ気になるのは、北緯43~55度までなら日本で同じことが言えるのか、ということです。ちょうど札幌が北緯43度くらいです。カナダのこの研究が普遍的なものだとしたら、札幌より北部に住むとうつ病になりやすい、ということになりますが、実際はどうなのでしょう…。

注1:警察庁の下記ページを参照ください。
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H27/H27_jisatunojoukyou_01.pdf

注2:この論文のタイトルは「Major Depression Prevalence Increases with Latitude in Canada」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cpa.sagepub.com/content/early/2016/10/03/0706743716673323.abstract

注3:下記を参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/dl/h22_shiryou_05_08.pdf

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2016年11月15日 火曜日

第159回(2016年11月) 喘息の治療を安くする方法

 喘息(ぜんそく)は1990年代半ばまでは「死に至る病」でした。気道が閉塞し呼吸ができなくなり、救急車到着が間に合わずそのまま命を落とす人も多かったのです。90年代半ばまでは毎年約6千人が喘息で死亡していました。90年代後半から死亡者は少しずつ減りだし、2000年代になってからは4千人を下回るようになり、2012年には2千人を切りました。もはや喘息は命に関わる疾患ではなく、我々医療者は「喘息死亡者ゼロ」を目標としています。

 では、なぜ喘息で死亡することがなくなったのでしょうか。死亡だけではありません。喘息で入院を要するケースも救急車を要請するケースも劇的に減っています。私が医師になった2002年の時点では、一晩救急外来で勤務をすると、数名は必ず喘息発作で救急搬送されていました。現在はそういう症例は激減しており、今も喘息を上手くコントロールできていないというケースは、薬を適切に使用していない場合がほとんどです。

 つまり、喘息がこれだけコントロールしやすくなったのは「いい薬」が登場したから、というわけです。今回はその「いい薬」について歴史的経緯を述べ、さらに「いい薬」の欠点の「費用が高くつく」ということに対して解決法を紹介したいと思います。

 しかし「いい薬」の話を始める前に喘息のメカニズムを復習しておきましょう。喘息で息苦しくなるのは「気道が細くなるから」です。ですから、従来は、その細くなった気導を広げるのが最適の治療と考えられていました。ところが、気管支拡張薬を使って気道を広げてもそれは一時的なものであり、またすぐに気道が細くなりますから、そのうちに薬が効かなくなってきて重症化するということがよくあったのです。

 ところが、喘息の本当のメカニズムは「気道が細くなるから」ではなく「気道に炎症が起こるから」であることがわかってきました。「炎症」というとむつかしいですが、「気道の粘膜が腫れる」と考えれば分かりやすいと思います。粘膜が腫れた結果として気道が細くなっていたのです。であるならば、単に気管支を拡張させる薬を使うよりも、元の原因の「炎症」を和らげる治療をすべき、ということが分かります。

 そして気道の炎症を和らげる薬が先述の「いい薬」で、正体は「吸入ステロイド」です。以前からステロイド内服が喘息に効果があるのは分かっていましたが、ステロイド内服を続けるわけにはいきません。副作用が強すぎるからです。吸入ステロイドなら全身に作用するわけではありませんから、ステロイド内服を使用したときのような副作用に悩まされることもないのです。

 その吸入ステロイドが普及しだしたのが1990年代半ばです。この頃より喘息での死亡者が減少しだしましたから吸入ステロイドは歴史的な薬といえます。しかしながら、医療者が予測したほどには吸入ステロイドは普及しませんでした。その最大の理由は「効果がすぐに実感できない」ということです。新しい薬と期待して使ってみても1週間程度はほとんど効果が感じられないのです。これでは患者さんは継続して使ってくれません。

 もちろん、これは医師の説明不足であり、こういった薬の特性を十分に理解してもらうのは医師の義務であります。しかし、結果として患者さんにうまく伝わらず、きちんと使ってもらえないことが多かったのです。その点、吸入型の気管支拡張薬は使えば直ちに効果を実感できますから、患者さんからすればこちらに頼りたくなるのも当然といえば当然でしょう。

 ここで吸入型の気管支拡張薬には2種類あることを確認しておきます。1つは短期作動型、つまり、さっと効いてさっと切れるタイプです。これはとても分かりやすく、苦しくなれば吸入すればいいだけですから患者さんからは重宝されます。しかし、この薬の欠点はいずれ効かなくなってくるということです。喘息で苦しいときにこの薬が効かなくなれば命に関わることもあります。現在では、この吸入型の短期作動の気管支拡張薬(ここからは「SABA」と呼びます)は、非常用のいわば「お守り」として患者さんに持ってもらっています。

 もうひとつの気管支拡張薬は長時間作用するタイプ(ここからは「LABA」と呼びます)で、これは症状がなくても毎日使用すべき薬で、これによりある程度は安定しますから、SABAの使用頻度がぐっと減ります。

 そこで、根本的な治療である吸入ステロイド(ここからは「ICS」と呼びます)とLABAの双方の処方がおこなわれるようになりました。しかし、この方法もなかなかうまくいきませんでした。なにしろ効果が実感できるのはLABAの方であり、吸入ステロイドは効いているのかどうかわからない、使っても使わなくても症状が変わらない、と患者さんは感じるのです。それだけではありません。吸入薬は安くありませんからそれを2つも使うとなると金銭的に大変です。

 ブレークスルーが起こったのは2007年でした。ICSとLABAが一緒になった「合剤」が登場したのです。合剤と聞くと、単に2つの薬を合わせただけ、と思われます。それはそうなのですが、これが画期的な薬となったのです。なにしろ、効果をすぐに実感でき、しかもICSのおかげで気道の炎症がおさまった状態が維持されるのです。ICS単独が登場したとき以上に、この合剤は歴史的な薬となりました。

 その後次々にICSとLABAの合剤が開発され、現在ではアドエア、シムビコート、フルティフォーム、レルベア(すべて商品名)の4種が発売されています。これら合剤の普及により、喘息による死亡・入院が大きく減少しているのです。

 しかし、欠点もあります。2つの薬を合わせただけなのに何でこんなに高いの?と思えるくらい高いのです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんのなかには、あまりお金を持っていない人もいますから(失礼!)、費用は少しでも安く抑えたいと考えます。そしてこれは我々からみても同じです。患者さんが負担する費用をできるだけ安くするのも医師の仕事のひとつと私は考えています。

 そこで私は、数年前からコントロールのよくなった患者さんに対してある「治療案」を提唱しています。これが本コラムの主題である「喘息の治療を安くする方法」です。具体的な方法は、ICSとLABAの合剤をまず使い、症状がまったくなくなった状態になれば、ICS単独に切り替える、という方法です。炎症がなくなった状態が維持できていれば喘息が発症することはありませんから理にかなった方法です。もちろんこのようなことを考えるのは私だけではなく、少しずつ全国的に普及してきています。そしてこの方法を「ステップダウン」と呼ぶことが一般的になってきました。

 どれくらい安くなるかをみていきましょう。合剤を2ヶ月分処方したとなると診察代などを含めて3割負担で約4,800円もかかります。これをICS単独に切り替えたとすると約2,600円で済みます(いずれも当院で最もよく処方する薬を使った場合)。まだあります。これはすべての患者さんに適応できるわけではありませんが、いい状態が維持できていれば、ICS単独の吸入回数を減らすことも可能です。ICS単独は1日2回が基本ですが、安定していれば1日1回に減らすことも場合によっては可能です。(ただし医師の許可なく減らすのはよくありません)

 うまくいけば、さらにICSの吸入回数を2日に一度程度にできる場合もあります。ここまでくれば合剤で治療をしていたときに比べて費用はなんと10分の1以下で済むのです!

 このサイトで何度も繰り返しているように、私はほとんどの慢性疾患ではセルフメディケーションが重要であり、治療は医師に任せるべきではない、という考えを持っています。喘息については、まず環境の見直し(受動喫煙はないか、ペットを飼っているなら対策はきちんとできているか、ダニ対策は万全か、空気清浄機は?、加湿器は?、など)を徹底してもらい、次いで、薬の作用機序を理解してもらい、症状を自己評価してもらいながら、ゆっくりとICSのステップダウンをしていくのが最適かつ最強の喘息のセルフメディケーションだと考えています。

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2016年11月15日 火曜日

第166回(2016年11月) ”貧乏”な者が医師に向いている理由

「うちは貧乏なんだからね!」と母親から言われ続けて育ったということを、以前、詩人の暁方ミセイさんが新聞のコラムで書かれていました。そのコラムが1年以上も印象に残っているのは私も同じ経験をしているからです。

 ミセイさんの家では「うちは貧乏」という言葉をさんざん聞かされていて、弟が上履きを無くしたとき「もう買えないよ!」とひどく怒られたそうです。そんな暁方家で、その弟さんが「2千円のステーキが食べたい」とだだをこね、両親が呆れて家族で食べに行ったことがあったそうです。そのときミセイさんは「上履きを買えない家庭がステーキなんか食べられるわけがない。きっと今晩ありったけのお金を使い切って一家心中するに違いない」と思い一番安いカレーを注文したことが語られていました。

 その後、ミセイさんは、たまの外食くらいで我が家が破産しないことを知り気を使いすぎていたことに気づいたそうです。そして、私もほとんど同じことを経験したことがあります。私の家も「うちは貧乏」が両親の口癖で、質素な生活をしていました。金持ちの友達がジュースを飲んでいても、私は家に帰って「砂糖水」です。料理用の溶けやすい砂糖を水道水に溶かせて飲むのです。(しかし、これはとても美味しく、私の実家は田舎なので水が美味しいということもあり、今も帰省したときはときどき飲んでいます)

 私が高校を卒業し、実家を離れることになる数日前、珍しく母親が「外でご飯を食べよう」と言い出し、中華料理屋(それも大衆食堂でない)に連れていかれました。好きなものを注文するよう言われた私は、「我が家にそんなお金があるはずがない。大学の入学金も出してもらっているのにこれはおかしい。もしかして母は”最後の晩餐”のつもりなのか・・」と考えてしまい、一番安いラーメンしか注文できませんでした。

 大学(関西学院大学)に入学したとき、周りに金持ちが多くて驚きましたが、さほど悲壮感は感じませんでした。ある程度予測できていたことですし、「近所のスーパーで賞味期限切れの菓子パンをまとめ買いする」、「パン屋でパンの耳が大量にはいった袋を50円で買ってマヨネーズで食べる」、「チキンラーメンは朝に3分の1程そのままバリバリと食べて、残り3分の2は夜にお湯をかけてご飯と食べる」、「空腹がひどいときは吉野家で並盛1人前をおかずにして白いご飯を食べる」というようなことを言うと、周囲の友達は面白がってくれるのです。「さすが大阪!(関学は西宮ですが) 貧乏も笑いにできるんだ!」、と味をしめた私は、貧乏も悪くない、という気持ちがでてきました。

 しかし、貧乏なままで生涯を終えることはできない、という気持ちももちろんありました。就職するとそれなりの月給をもらえるようになりましたが、趣味や交際費で消えてしまい、3年目からは勉強にお金を使うようになり、医学部に入学してからは、また関学時代の貧乏生活に逆戻りです。その頃は賞味期限切れのパンを売ってくれる店はなく、パンの耳もなぜか簡単に入手できなくなり、専ら自炊となりました。米・味噌・お茶代込で1食あたり200円を超えないように自分でつくっていました。

 医学部を卒業し研修医になると再びお金が入ってきました。2年目からは他の病院で当直業務などのアルバイトをおこなうようになり(研修医のアルバイトは現在禁止されています)、びっくりするくらいお金が入ってきました。そして、研修医が終わる頃には車の購入も現実のものに(10年落ちの45万円の中古車ですが)。ある日、ある病院の当直業務が終わると、「本日の給料」と言われ、現金でなんと8万円も渡されました。これで有頂天にならないはずがありません。

 その日私は和食レストランの「さと」に行きました。「さと」は私の地元で高校時代から唯一存在したファミリーレストランで、「いつか「さと」で一番高いものを食べてやる!」というのが私のかねてからの”夢”だったのです。そしてその日、長年の”夢”の「「さと」で一番高い料理」を食べた私の感想は、「こんなものか・・・」というもの。期待していた感動はまるでなく、逆に「虚無感」を覚えた程です。

 これまでの人生で私も(「さと」よりも遥かにグレードの高い)「高級レストラン」と呼ばれるところに行ったことがないわけではありません。しかしどこにいっても「こんなものか・・」という印象が拭えず、もう一度訪れたいと思うことがないのです。むしろ、私が昔から利用しているマクドナルドや吉野家の方がずっと美味しいと感じます。それに安い方がいいに決まっています。高級な料理は私自身が納得できたとしても、私の胃袋が”緊張”してしまい、これでは消化によくありません・・・。

 少し前に、マクドナルドでスマホのクーポンを使っている30代男性を見て吐き気を催し生理的な嫌悪感を持った、とツイートした女性が話題になっていましたが、私は40代後半で同じことをやっています。ちなみに、私は吉野家でもスマホの割引クーポンを提示しています。もしもこの女性が私をみれば、吐き気どころか気絶するかもしれません・・。

 さて、長々と、ある意味で”自慢”とも呼べる私の「貧乏物語」を紹介してきたのは、医師という職業は”貧乏”な者の方が向いているのではないか、と最近富みに思うようになってきたからです。私は比較的早いタイミングで自分のクリニックをオープンさせましたから、他の医師から「お金大変だったでしょ」とよく言われます。実際は、まったく大変ではなかったのですが・・。また、開業を考えているという医師から「開業資金に〇〇万円を貯めるつもり」と聞いて驚いたことがあります。私の用意した開業資金は、その医師が考えている額の10分の1にも満たなかったのです。

 なぜ、私と他の医師にこれだけの開きがあるのか不思議ですが、彼(女)らからよく聞くと謎が解けます。以前紹介したことがあり、今回も先に述べたように、医師の夜間や休日の当直アルバイトは”破格”です。ですから私としては開業してからも深夜と日・祝日に他の病院でアルバイトをすればやっていけると確信していたのです。実際、私は最初の1年間はクリニックから給料を受け取らず、他の病院のアルバイトで稼いだお金から最低限の生活費を引いたお金をクリニック開業時の借入金の返済に回していました。

 もうひとつ、私と他の医師が異なるのは、自分のクリニックからもらう給料の想定額が異なる、ということです。最近、それを裏付けるような調査がおこなわれました。医師のポータルサイト「ケアネット」で、2016年9月9日~12日に会員医師1,000人を対象に「医師の年収に関するアンケート」がおこなわれました。自身の業務内容・仕事量に見合うと思う年収額についての質問に対し、最も回答数が多かった年収帯はなんと2,000~2,500万円だったのです。

 この調査は「(現在の)業務内容・仕事量に見合う年収」ですから、休みなく過酷な労働を続けている医師、という前提で考えると、ある程度高額を要求したくなる気持ちは分からなくはないのですが、それでも2,000万円は高すぎます。日ごろどのような患者さんを診ているかにもよるでしょうが、私は日々「お金がない。医療費は10円でも安い方がいい」、「仕事が決まらない、家賃が払えない」、「バイト代が上がらなくて・・」と言っている患者さんを多く診ていますし、私自身がこれまで”貧乏”で生きてきましたから2,000万円などというお金はどこか遠い世界の話に聞こえます。以前も述べたように(注1)、「医師の年収に上限を設けるべき」というのが私が言い続けていることです。

 本当は大金が欲しいんじゃないの?と感じる人がいるかもしれませんが、私は高級車にも高級ワインにもゴルフにも愛人にも興味がなく、ぜいたく品にお金を使うなら寄付する方がずっといいと感じています。そして、このように考えるのは私だけではないはずです。2015年までウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏の「貧乏な人とは、少ししか持っていない人のことを指すのではなく、無限の欲があって、いくら持っても満足しない人のことだ」という言葉に共鳴した人は大勢いるのではないでしょうか。

 暁方ミセイさんはコラムの中で、家族で心中することになるに違いないと考え「不安で泣き濡れた夜をどうしてくれる!」とユーモアを入れて結ばれていましたが、私はむしろ”貧乏”に育ててくれた両親に感謝しています。

注1:メディカルエッセイ第155回(2015年12月)「不正請求をなくす3つの方法」で、2つめの方法として述べています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年11月7日 月曜日

2016年11月 Choosing Wiselyが日本を救う!

 ちょうど2年くらい前から私が日々の診療のなかで力を注いでいるのがchoosing wiselyです。過去のコラム(注1)にも書いたように、choosing wiselyの概念を普及させることによって、不要な医療行為がなくなり、患者さんの負担が減り、医師はストレスを減らすことができ、おまけに医療費も低下するという「いいことづくし」になります。

 2016年11月5日、大阪で開催されたあるセミナーでchoosing wiselyのセッションがあり、私も講師としてお呼びがかかったために参加してきました。このセミナーは医師を対象としたものですが、私が主張したことは一般の方にも知っていただきたいことです。そこで、今回はそのセッションで私が話した内容を簡単に紹介したいと思います。

 まず、choosing wiselyの言葉の意味について。直訳すれば「賢く選択」ですが、これでは何のことかよく分かりません。私個人の意見としては「不要な医療をやめる」くらいが一番いいのではないかと思っています。

 choosing wiselyは元々、ABIM(アメリカ内科学委員会、American Board of Internal Medicine)が、いくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。これが世界中の医師に評価されたのですが、ここで”不自然さ”を感じないでしょうか。なぜなら、「不要な医療行為」をおこなわないのは、当たり前のことだからです。

 先日のセッションで私が主張したことの1つがこの点です。「不要な医療」をやめるのは当然のことであり、今さら強調することではありません。つまり、医師からみたときのchoosing wiselyの原理原則は医師にとって「自明の理」であり、choosing wiselyが有用なのは、具体的な医療行為のリストを参照することで、自分自身の医療に誤りがないかを確認することに他なりません。

 choosing wiselyの原理原則が自明であることを確認するために、私は医師にとっての3つのミッションを引き合いに出しました。1つめは、「ヒポクラテスの誓い」の一部です。そこには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない」とあります。軽微な頭部外傷でのCT撮影は「被爆」という害がありますし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の安易な処方には「依存性」という害があります。

 2つめは、日本医師会の『医の倫理綱領』にある「医師は医業にあたって営利を目的としない」です。医業が営利行為でないのは当たり前なのですが、choosing wiselyの議論になると、医療機関が儲からなくなるから普及しないのでは?、という声が上がることがあります。しかし、初めから医療機関は営利を目的としていない、ということを確認しておくべきかと考えてこれを述べました。

 3つめは、ドイツの医学者フーフェランドが著した『Enchiridion Medicum』を緒方洪庵翻が翻訳した『扶氏医戒之略』の一部です。緒方洪庵は、医者に対する戒めを適塾の生徒たちへの教えとし、「医療費はできるだけ少なくすることに注意するべきである」「世間のすべての人から好意をもってみられるよう心がける必要がある。賭けごと、大酒、好色、利益に欲深いというようなことは言語道断である」と説いています(現代語訳は馬場茂明著「聴診器」より)。改めて主張すべきことではないかもしれませんが、再認識してほしいという意味で紹介しました。

 ついで、私は患者さんからの言葉で医師の「心が折れる」瞬間を紹介し、これらはchoosing wiselyを普及させることで解消できるということを述べました。具体的にみていきましょう。

医師: 「このじんましんは、非アレルギー性のものであり、血液検査は不要です」
患者A: 「いいから検査してください! 患者の希望を聞くのが医者の仕事でしょ!!」

医師: 「あなたの風邪はまず間違いなくウイルス感染であり、抗菌薬は不要です」
患者B: 「えっ、お金払うのあたしですよね・・・」

医師:「それはベンゾジアゼピンといってとても依存性の強い薬です。簡単に処方できる薬ではありません」
患者C:「もういいです! 友達にわけてもらいます!」

医師: 「その症状に点滴は不要です」
患者D: 「金払うって言うてるやろ! 前の病院はしてくれたぞ!!」

 米国版のchoosing wisely(注2)では、患者A,B,Cのことについては、すべて記載があります(注3)。例えば、患者Aについて言えば、「じんましんで血液検査を安易にすべきでない」といったことが書かれています。もしも、患者A,B,Cが、choosing wiselyの概念を知っていて、医療機関を受診する前に、ウェブサイトでこれらを調べていれば、「自分が希望する検査や治療は安易にはおこなうべきではないんだ」ということを理解してもらえる可能性があります。そうすれば不要な受診を避けられたかもしれません。

 あるいは、受診してからでも、診察室でchoosing wiselyのウェブサイトを見てもらえば、希望している検査や投薬が不要であることを納得してもらえるかもしれません。ですから、choosing wiselyの日本版のリストを早急に構築すべきではないか、と私は考えています。

 しかし「日本版リスト」は単に「米国版」の翻訳であってはなりません。例えば、患者Cで取り上げた若年者のベンゾジアゼピン依存症は、日本の方が深刻度が高く、米国のchoosing wiselyで取り上げられているのは高齢者に対する注意だけです。また、患者Dの点滴の問題については、米国のchoosing wiselyについてはまったく記載がありません。過去にも紹介しましたが日本には「点滴神話」というものがあり、科学的な有効性(エビデンス)が認められていないのにもかかわらず、点滴すれば早く治る、と思っている人が大勢いるのです。

 単なる翻訳ではこういった日本の実情が反映されませんから、日本の医療事情をよく吟味したうえで「日本版」のchoosing wiselyをつくらなければならない、というのが私の考えです。

 2016年10月15日、日本版choosing wiselyのキックオフセミナーが東京で開催されました。残念ながら私は参加できなかったのですが、このセミナーにはChoosing Wisely Canada代表でトロント大学教授のWendy Levinson氏が講演をされました。大盛況だったようで、choosing wiselyに関心を持つ医師が大勢いることが証明されたといっていいと思います。

 現時点では、このchoosing wiselyという概念が一般の方(患者さん)に充分に普及しているとは言えません。しかし、これを理解することで、医療機関の不要な受診がなくなり、被爆する機会が減り、針を刺すという痛い思いをすることが減り、不要な薬を処方されることもなくなり、時間とお金を節約することができます。我々医師も、先にあげたような「心が折れる」ことがなくなりますし、医療費の削減にもつながるのです。

 こんな「いいことづくし」のchoosing wisely。絶対に普及させなければならない、と私は考えています。

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注1;下記(メディカルエッセイ)を参照ください。

第144回(2015年1月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編)
第145回(2015年2月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(中編)
第146回(2015年3月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(後編) 

注2:下記が米国版choosing wiselyのウェブサイトです。

http://www.choosingwisely.org/

注3:じんましん、抗菌薬、ベンゾジアゼピンのchoosing wiselyについては下記を参照ください。(ベンゾジアゼピンについては「高齢者に使用すべきない」という内容で、本文で取り上げたのは若い女性です。米国のchoosing wiselyでは若者へのベンゾジアゼピンについて記載したものがありません。これはおそらく若年者のベンゾジアゼピン依存症の問題は、米国では日本ほど深刻でないことが理由だと思われます)

http://www.choosingwisely.org/societies/american-academy-of-allergy-asthma-immunology/

http://www.choosingwisely.org/patient-resources/antibiotics/

http://www.choosingwisely.org/clinician-lists/american-geriatrics-society-benzodiazepines-sedative-hypnotics-for-insomnia-in-older-adults/

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2016年11月3日 木曜日

2016年11月4日 エンテロウイルスD68、8割以上に手足の麻痺残る

 2015年8月以降、エンテロウイルスD68の報告が突然急増しだし、同時に急性弛緩性麻痺の症例の報告が相次いだことから、厚生労働省が「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令した、ということを以前紹介しました(注1)。

 日本小児科学会は、このウイルスと小児麻痺のその後の経過についてまとめて発表しました(注2)。

 この報告では、エンテロウイルスD68が原因で脊髄炎を発症し、手足の麻痺が生じた54症例(男32例、女22例。15歳以下が51例、3例が成人。麻痺の症時期は、2015年8月6例、9月36例、10月9例、11月3例)が分析されています。麻痺が完治したのは54人中わずか5人(9%)のみで、33人(61%)は軽度の回復のみ、11人(20%)は改善が見られなかったそうです。つまり8割以上に手足の麻痺が残っていることになります。

 手足の麻痺以外には、4人(7%)に意識障害、11人(20%)に手足の感覚障害が生じています。8人(15%)に脳神経症状(顔面麻痺や嚥下困難)、13人(24%)に膀胱直腸障害(排尿・排便がうまくできない)が認められています。

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 下記「はやりの病気」にも書いたように、米国CDC(疾病管理センター)が2014年12月に、「新たな感染症の脅威(New Infectious Disease Threats)」というタイトルで4つの感染症を挙げ、そのうちのひとつがこのエンテロウイルスD68です。

 現在のところ、この病原体に対する特効薬もなければワクチンもありません。一般の感染予防をおこなうしかないのです。米国とは対照的に、日本ではなぜかあまりこの病原体については取り上げられませんが、もっと注目されるべきです。

 今年はなぜか流行していないようですが、こういった感染症はある時突然流行りだします。日ごろから家族全員でうがい・手洗いをおこなう習慣ができているかどうか再確認すべきです。

注1:はやりの病気第150回(2016年2月)「エンテロウイルスの脅威」

注2:報告書のタイトルは「2015年秋に多発した急性弛緩性麻痺症例に関する臨床的考察~急性弛緩性脊髄炎を中心に~(中間報告)」で、下記URLで全文が読めます。

http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20160724enterovirus1.pdf

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2016年11月3日 木曜日

2016年11月3日 これからのインフルエンザウイルスワクチン

 現在の日本でのインフルエンザウイルスのワクチンは皮下注射のタイプのみです。しかし、世界的には、筋肉注射、皮内注射、鼻スプレー型があり、さらに近い将来、舌下型も登場することになりそうです。ここでは、これらを簡単にまとめてみたいと思います。

 まず、現在日本でおこなわれている日本の皮下注射型について知っておくべきことは、海外ではこれと同じものが筋肉注射されているということです。筋肉注射の方が皮下注射よりも効果が高いからです。しかも、痛みは意外なことに皮下注射の方が強いのです(注1)。では、日本でも筋肉注射にすればいいではないかと思う人もいるでしょうが、不条理なことに日本では筋肉注射が認められていません。

 ところで、皮膚を解剖学的にみてみると、外から皮内(表皮層+真皮層)、皮下組織、筋肉組織となります。皮下注射より、筋肉注射の方が痛くなくて効果が高いなら、皮内なんて全然ダメなのかなと思われがちですが、これまた意外なことに、効果の高さは、皮内>筋肉>皮下、であることが分かっています。これは、皮内に免疫系の細胞が豊富に存在しているためで、ワクチンが注入されると効果的に抗体が産生されるからだと考えられています。また、痛みの程度も、痛くない順に、皮内>筋肉>皮下なります。ということは、皮内注射が効果の面でも痛みの面でも最善ということになります。

 では、皮内注射の欠点はなにかと言えば、それは「注射しにくい」ということです。細い針を使っても技術的に注射が困難で、皮内に注射したつもりでも皮下に入ってしまうことがあるのです。しかし、これを克服した製品が相次いで開発され、日本でも近々市場に登場することになりそうです。特殊なデバイスが開発され、そのまま垂直に皮膚に刺せばワクチンが皮下には届かず皮内に注入されるという仕組みです。

 海外では鼻スプレー型のワクチンもあります。これは針を使いませんから痛くありませんし、インフルエンザウイルスは飛沫感染で鼻や喉から感染するわけですから、鼻腔に抗体を誘導することで注射よりも効果があるのではないかと考えられてきました。日本でも発売は間近と考えられてきました。

 ところが、です。米国小児学会(American Academy of Pediatrics)が「鼻スプレー型のインフルエンザワクチンは効果が低いため使用すべきではない」という見解を発表しました(注2)。CDC(米国疾病管理予防センター)の報告によれば、2015~16年、鼻スプレー型ワクチンの2~17歳の小児における有効性はわずか3%。一方、注射型ワクチンは63%だったそうです。3%と63%、この歴然とした差を見せつけられ、日本でも導入予定だった鼻スプレー型ワクチンの先行きが怪しくなってきました。

 もうひとつ、注目されている新しいワクチンがあります。しかも日本発です。現在、日東電工が開発しているワクチンはなんと「舌下錠」です。舌の下にこの錠剤を1分程度置いて吸収させるそうです。舌下錠は痛くもありませんし、使用にあたり必ずしも医師や看護師の立ち合いが必要でないとされるかもしれません。もしもこの舌下錠が効果も安全性も高いことが証明されれば、世界中で一気に普及するかもしれません。同社では、現時点では、2020年以降の製品化を目指しているそうです。

 もうひとつ、インフルエンザワクチンの最近の話題をお伝えしておきます。それは、妊婦への「チメロサール」含有ワクチン使用についてです。チメロサールは有機水銀の一種であることから、これまでは妊婦はチメロサールフリーのものを使用すべきという声がありましたが、これが否定されました。2016年8月1日、日本産科婦人科学会は、妊婦にも躊躇せずにチメロサール含有ワクチンを接種するよう促す文書(注3)を公開しました。

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 チメロサール含有ワクチンが危険という声はつい最近までありましたし、その前は、そもそも妊婦はインフルエンザワクチンをうつべきでないという意見もありました。それを思えば、随分とインフルエンザワクチンに対する考え方が変わったものです。

 鼻スプレー型の効果が乏しいことが分かった以上、現時点では、皮内型の登場が待ち望まれているといっていいでしょう。そして2020年以降は、日東電工の舌下型が主流となるかもしれません。私は利益目的で株式を購入したことがありませんが、こういう情報は投資家の人たちにはどのようにうつるのでしょうか・・・。

注1:毎日新聞「医療プレミア」に詳しく書いたことがあります。興味がある方は参照ください。

日本のワクチン注射 世界の”非常識”

注2:米国薬剤師協会(American Pharmacist association)のサイトで紹介されています。記事のタイトルは「Recommendations for prevention and control of influenza in children, 2016-2017」で、下記URLで読むことができます。

https://www.pharmacist.com/recommendations-prevention-and-control-influenza-children-2016-2017

注3:下記で全文が読めます。

http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20160801_1.html

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2016年11月1日 火曜日

2016年10月31日 認知症予防にはコーヒー?それとも緑茶?

 認知症の予防にはこれさえやっておけばOK、というものはありません。運動、禁煙、栄養のある食事などは必要でしょうが、これらを続けていても必ず防げるわけではありません。しかし、少しでもリスクを下げられるものがあるなら検討することに価値はあるでしょう。

 今回紹介したいのは、カフェインと緑茶についての2つの研究です。どちらも「効果あり」という結果がでています。

 65歳以上の女性を対象とした研究で、カフェインをたくさん摂取すれば認知症(dementia)及び認知機能障害(cognitive impairment)の発生率を下げられることがわかった・・・。

 医学誌『The journals of gerontology』2016年9月27日号(オンライン版)にこのような論文(注1)が掲載されました。研究は、米国の65歳以上の女性を対象とした調査「The Women’s Health Initiative Memory Study」に協力した6,467人を解析することにより行われています。

 認知症に関連する危険因子である喫煙やアルコール、生活習慣病などの影響を調整し、カフェイン摂取量と認知症/認知障害のリスクを検討したところ、カフェインを中央値よりもたくさん摂取する女性は、中央値以下の女性と比べて、認知症、認知障害のリスクが共に0.74倍(26%のリスク減)に低下していることがわかったそうです。

 もうひとつの研究は日本のものです。

 毎日緑茶を5杯以上飲めば認知症のリスクが低下する・・・。

 医学誌『The American journal of geriatric psychiatry』2016年10月号(オンライン版)にこのような研究結果(注2)が報告されました。

 研究は東北大学でおこなわれ、対象者は65歳以上の日本人男女13,645人、追跡期間は5.7年間です。この研究は「前向きコホート研究」と呼ばれる方法でおこなわれています。これは疫学調査では最も信頼性が高い研究方法です。

 結果、5.7年間で認知症の発症率は8.7%。緑茶を1日に5杯以上飲む人は、1日1杯未満の人に比べると発症率が0.73倍(27%のリスク減)であることがわかったそうです。

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 米国人は通常緑茶をあまり飲みませんから、米国の研究でいうカフェインはコーヒーまたは紅茶と考えていいでしょう。比較的同時期に発表された日米2つの研究がほぼ同じ数値(米国のものは0.74倍、日本のものは0.73倍)を示したところが興味深く感じられます。

 緑茶にもカフェインは含まれますから、これら2つの研究は同じようなことを言っているのかもしれません。カフェインは摂取しすぎると中毒性もありますから、認知症予防目的であっても過剰摂取するのは危険ですが、適度に楽しむのは有効でしょう。少なくとも、炭酸飲料や清涼飲料水のコーヒーや紅茶への置き換えは検討すべきです。ファストフードのセットメニューを注文するときにこのことを思い出せればいいのですが・・・。

注1:この論文のタイトルは「Relationships Between Caffeine Intake and Risk for Probable Dementia or Global Cognitive Impairment: The Women’s Health Initiative Memory Study」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://biomedgerontology.oxfordjournals.org/content/early/2016/09/20/gerona.glw078.abstract?sid=d0698e2d-94d4-422b-8fbb-7729897c1397

注2:この論文のタイトルは「Green Tea Consumption and the Risk of Incident Dementia in Elderly Japanese: The Ohsaki Cohort 2006 Study」で、下記URLで全文を読めます。

http://www.ajgponline.org/article/S1064-7481(16)30177-4/fulltext

参考:はやりの病気第131回(2014年7月)「認知症について最近わかってきたこと」

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2016年10月28日 金曜日

2016年10月28日 片頭痛があれば甲状腺機能低下症にも注意

 病気には性差というものがあります。例えば、関節リウマチは女性の方が多いですし、慢性炎症性腸疾患のクローン病は男性に多い疾患です。

 頭痛は男女ともに起こりますが、頭痛の種類によって男女差は異なります。アルコールが引き金になることが多い「群発頭痛」は男性に多い一方で、片頭痛は女性に多いという特徴があります。

 甲状腺疾患は男性でも珍しくありませんが女性に多いのは間違いありません。特に「甲状腺機能低下症」は圧倒的に女性に多い疾患です。

 片頭痛、甲状腺機能低下症とも比較的よくある疾患(common disease)であり、両者を合併している患者さんも少なくありません。しかし、これら2つの疾患のメカニズムは互いに関係なく、どちらかを発症するともう一方の疾患のリスクが上がるとは理論上は言えないと思われてきましたが、そうではないかもしれません。

 片頭痛を有している患者は、甲状腺機能低下症のリスクが4割も上昇する・・・。

 医学誌『HEADACH』2016年9月27日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)にこのようなことが述べられています。

 研究の対象者は、米国オハイオ州在住の成人8,788人(最終的に解析の対象となったのは8,412人)で、20年間の追跡調査がおこなわれました。その結果、頭痛全体では甲状腺機能低下症を発症するリスクが21%高くなり、片頭痛に限定すれば41%も上昇することが判ったそうです。

 ただし、この論文では、片頭痛が甲状腺機能低下症を引き起こす(あるいはその逆の)ことを理論的に説明しているわけではなく、関連性の機序は不明のままです。

 研究者によれば、甲状腺機能低下症の治療をおこなえば、頭痛の頻度が減少することが期待でき、また、頭痛があり甲状腺機能低下症を新たに発症すると頭痛の頻度が増えることがあるそうです。
 
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 この論文では、米国の片頭痛の有病率が12%、甲状腺機能低下症は0.1~2%とされています。日本では、片頭痛については数値が高くでた研究でも10%を超えませんから、米国人の方が多いのでしょう。一方、甲状腺機能低下症は、日本では2%ということはなく、少なくとも数パーセントはあります。高齢女性に限定すると10%とするものもあります。また、甲状腺機能低下症の原因となる「橋本病」は疾患名から分かるように日本に多い疾患です。

 これらを考えると、米国と日本では同じように考えることができず、日本での片頭痛と甲状腺機能低下症の関連性は現段階では不明です。しかし、甲状腺機能低下症の症状である、便秘、低体温、浮腫(むくみ)、低血圧などがあり、なおかつ片頭痛を持っている患者さんには、甲状腺の検査をすべきかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Headache Disorders May Be a Risk Factor for the Development of New Onset Hypothyroidism」で、下記URLで概要を読むことができます。ただし、上記「41%の上昇」については概要には記されておらず、論文の本文に記載されています。論文は有料になりますので、ここではその該当箇所だけ原文を載せておきます。(論文の6ページの左に該当箇所があります)

Our study found that patients with preexisting headache disorders had a 21% increased risk of developing new onset hypothyroidism while those with possible migraine showed an increased risk of 41%.

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/head.12943/full

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