ブログ
2018年1月9日 火曜日
2018年1月 かつての情熱を失くした私が今考えていること
1月1日に必ず私がすること。それはミッションステイトメントの見直しです。過去のコラムで述べたように、私の人生で最も大きな転機はミッションステイトメントを初めて作ったときに訪れました。それは1997年の3月で、私が医学部の1回生の終わりごろ、28歳の時でした。その後、毎年1月1日を「ミッションステイトメント全面的見直しの日」としています。
それから20年が過ぎ、2018年1月1日は21回目の見直しをすることになりました。たいていは早朝に時間をとっておこないます。今年は東南アジアのある地域で早朝のジョギングに出かけ、そのときに自己を見つめなおしミッションステイトメントの見直しにとりかかりました。
ミッションステイトメントを見直すにはちょっとした勇気がいります。不安感や抑うつ感も伴うからです。自分の内側に深く入り込んでいくと、自分はいかなるときも「善」で行動しているか、ということを問わねばなりません。以前も少し触れたように、私は稲盛和夫さんの「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉を座右の銘にしています。何か新しいことをするときはもちろん、いかなるときもこの言葉を忘れないよう努めるのです。
幸いにも、医師という仕事は利益を考えなくていい(考えるべきでない、考えてはいけない)職業ですから、医療行為をおこなう上で動機を「善」に保つことはそうむつかしくありません。(そういう意味で、京セラやKDDIを純粋に社会のためだけに設立し、さらにJALを再建された稲盛さんは本当に偉大な方だと思います) ですが、自分をよくみせようと振舞ったことは一度もなかったのか、他人のためと言っておきながら自分に有利になるように行動したことはないと言い切れるのか、私心は常にまったくなかったと言えるのか…、このようなことを考えるとときに胸が苦しくなることがあります。
湧き出てくる不安感や抑うつ感にも向き合い自分を見つめなおし、心の深部に触れようとすると、これまでの人生で感じた「情熱」が蘇ります。ミッションステイトメントを見直すときに思い出す「情熱」で最も強いものは、2002年にタイで感じた「差別と闘っていかなければ!」という思いです。当時のタイでは、HIV告知は「死」を意味していました。抗HIV薬がまだ使われておらず、正確な知識が市民に伝わっておらず、そのためHIV陽性者は行き場をなくし、地域社会からも家族からも、そして病院からも追い出され途方に暮れていたのです。
病気が原因で差別されることなどあってはならない! そう強く感じた私は、たとえどのような障壁があろうとも、周りに味方がいなくても立ち向かっていくことを誓いました。そして、当時タイのエイズ施設で出会った欧米の総合診療医達の影響を受け、患者さんを幅広い視点から診察し、心理的、社会的にもサポートしていく総合診療医を目指すことを決意したのです。
当時のタイのHIV陽性者はエイズ施設以外に行ける医療機関がありませんでしたから、そこではどのような症状があろうがすべて総合診療医が診なければなりません。私には何でも診ることのできる彼(女)らがとても魅力的にうつりました。当時の日本では臓器ごとに担当する医師(専門医)が決まっていて、「総合診療医」という概念すらまだ確立されていなかったからです。彼(女)らによれば、欧米では総合診療が当たり前であり、患者さんは何かあれば大きな病院には行かず総合診療医であるかかりつけ医をまず受診すると言います。そして入院や手術が必要なときのみ紹介状を持参して専門医を受診するのです。
今考えるとタイミングが私に合っていたのでしょう。ちょうどその頃、日本でも総合診療医を育成せねばならないという声が増え始め、大学病院で試みが始まっていたのです。帰国後、私は母校の大阪市立大学の総合診療部の門を叩き、大学で総合診療医を目指すことになります。そして、大学に籍を置きながら、別の病院や診療所で各科のトレーニングを受けるという生活が始まりました。
しかし、大学病院を中心に診療している限り「何かあればすぐに相談してください」と患者さんに言えません。そこで自分でクリニックをオープンすることにしました。自分のクリニックがあれば、いつでも相談してもらえますし、患者さんから信頼を得られるようになると社会的、心理的なサポートもできるようになるはずです。また、日本でもこれから増えていくであろうHIV陽性者の力になれるだろうとも考えました。HIV陽性者も含めて、どんな背景をもつ人に対しても、そしてどのような症状であってもサポートができる医師を目指したのです。このようなクリニックは私の知る限りひとつもありません。ならば「自分が先駆者になってみせる!」と情熱に駆られました。
そして10年以上の月日が流れ時代は変わりました。それにつれて私の情熱の”かたち”も変わっていきました。
まずタイでのHIV事情が大きく変わりました。抗HIV薬が実質無料で供給されるようになりHIVはもはや死に至る病でなくなりました。謂れなき差別は残存していますが、かつてのように食堂に入ると皿を投げつけられ追い返される、ということはなくなりました。今はどこの病院でもHIV陽性者だからという理由で追い返されることはありません。(一方、日本ではまだそういった医療機関が少なくありませんが…)
タイでHIVに関する活動をしていた世界中のNPOは規模を小さくし撤退するところもでてきました。かつて私が感じた心の底から湧き出てくる怒りは完全になくなったわけではありませんが、あの頃の情熱を維持しているとは言えません。もちろん今も苦しんでいるHIV陽性者の人は少なくありませんから、これからもタイでの支援は続けています。ですが、かつて感じた「差別と闘っていかなければ!」という強い情熱が自覚できなくなっているのも事実です。
日本での診療はどうかというと、この10年で総合診療は随分とメジャーなものになってきました。かつての私と同様、臓器の専門医を目指すのではなく患者さんのあらゆる健康上の悩みに応えられる医師になりたい、と考える若い医師が増えたのです。実際、全国の総合診療医(及び総合診療医を目指す若者)が集まる「日本プライマリ・ケア連合学会」の学術大会はいつも若い医師達でいっぱいです。昨年(2017年)高松で開催されたときは、ホテルがとれず岡山に泊まらねばならなかったほどです。
総合診療が盛り上がるにつれ、当時の私が考えた「自分が先駆者になってみせる!」という情熱の”かたち”も変わってきました。少しずつ「教育」のことを考えるべきだと思うようになってきたのです。総合診療に興味を持つ若い医師が増えたのは事実ですが、大半の若い医師たちは、医療の対象を高齢者中心の地域医療と考えています。もちろん高齢社会のなかで彼(女)らの考えは重要であり活躍できる場はたくさんあります。ですが、私が実践しているような都心部で若い世代を中心とする総合診療に興味を持っている若い医師は少数なのです。実際、「(太融寺町谷口医院のようなクリニックは)他にないから」という理由で他府県から定期的に受診している患者さんも少なくありません。
タイのHIV陽性者が被っている惨状を目の当たりにし「差別と闘うんだ!」と感じたときの”情熱”、欧米のような総合診療医がいないなら「自分が総合診療医となってクリニックを立ち上げるんだ!」と考えたときの”情熱”は、今私のなかでどんどん小さくなってきています。
しかし、タイでも日本でもそれ以外の国でも助けを求めている人は依然少なくなく、そのような人たちの力になっていかなければ、という気持ちは変わっていません。また、これからは患者さんへの貢献だけではなく、若い医療者を支援していかなければ、という思いが次第に強くなってきています。
かつてのような激しく情動的な”情熱”は消え去りましたが、「貢献」という原理原則は変わっていないことを確認し、地道な努力を続けていくことを自分に誓いました。私の2018年はその誓いでスタートしました。
投稿者 記事URL
|2017年12月21日 木曜日
第172回(2017年12月) 「リーキーガット症候群」は存在するか?
コムギアレルギーやセリアック病ではないのに、コムギやグルテンを摂らなくなって身体の調子がよくなったという人が増えており、これを便宜上「コムギ/グルテン過敏症」と呼べばどうか、ということを過去のコラムで述べました。
今回は、その類似疾患というわけではないのですが、「コムギをやめて便の調子がよくなった」という人の多くが興味を持っている「リーキーガット症候群」について述べたいと思います。(尚、リーキーガット症候群は、コムギ除去をしていない人たちの間でも関心が高くなっています)
「コムギ/グルテン過敏症」という疾患があることをすべての医師が認めているわけではありませんが、上述のコラムで紹介したように、一流の医学誌に掲載された論文に報告があります。一方、「リーキーガット症候群」という病名は、民間療法を支持する人たちの間では昔から語られていますが、きちんとした論文は(私の知る限り)ありません。たしかにリーキーガット(leaky gut)という言葉は教科書的にもあるのですが、身体の様々な症状をこのリーキーガットで説明しようとするあまりにも短絡的な「民間療法的発想」に多くの医師が反発するのです。
ですが、正直に言うと、私自身は「リーキーガット症候群」という概念を普及させてもいいのではないか、と個人的に思っています。その理由を述べる前に、まずはリーキーガットの説明から始めましょう。
ガット(gut)は腸、リーキー(leaky)は漏れやすいという意味で、直訳すれば「漏れやすい腸」となります。胃を経て腸に降りてきた食べ物や飲み物のすべてが腸に吸収されるわけではありません。有害なものの侵入はできるだけ回避しなければならないわけですから腸には「バリア機能」があります。このバリア機能というのは非常に複雑なメカニズムで成り立っていて、そのひとつが「タイトジャンクション」と呼ばれるものです。「タイト」は「固い」、「ジャンクション」は「接合」。つまり粘膜の上皮細胞どうしがきっちりと接合され隙間がなくなり、何も通さなくなっている構造を指します。もちろん必要な水分や栄養素は取り込む必要がありますから、人間にとって必要なものだけをうまく取り込むシステムが備わっているのです。
しかし何らかの原因でタイトジャンクションが壊れるとどうなるでしょう。細胞と細胞の隙間から人間にとって不要なものが侵入してしまいます。そして、不要なもののせいで身体が様々な不調を起こす。これがリーキーガット症候群の”病態”です。
先述したように、多くの医師はこの”疾患”に抵抗を示します。複雑な身体のメカニズムがそんなに簡単であるはずがない、と感じるからです。ですが、少なくとも過敏性腸症候群や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)については、リーキーガットと関連があるとする意見が有力ですし、最近は肥満やアレルギー疾患、さらに精神疾患との関連性を指摘する声も広がりつつあります。
また鎮痛薬や風邪薬に含まれるNSAIDsと呼ばれる薬剤は小腸粘膜を障害し、結果としてリーキーガットを引き起こすという報告があり、実際これらの薬剤は下痢を起こすことがしばしばあります。リーキーガットのせいで不要な物質が体内に取り込まれるなら、その逆にリーキーガットのせいで、必要な水分が身体の中から腸管に漏れてしまうことだって起こり得ます。つまりNSAIDsの乱用で、リーキーガット症候群が起こる可能性が出てくるのです。
リーキーガット症候群という疾患名の是非は別にして、我々がタイトジャンクションを維持しなければならないということに異論を唱える医療者はいません。そして、NSAIDsの乱用はやめなければならない、ということにもすべての医療者が同意します。NSAIDsは胃の粘膜にも障害を与えますし、短期間の使用でも腎機能を悪化させることがありますし、長期使用で心血管系疾患のリスクになることも分かっているからです。それに、とてもやっかいな「依存症」という問題があります。
では「NSAIDs多用をやめる」以外にリーキーガットを防ぐには何をすればいいのでしょうか。民間療法を支持する人たちは健康食品を推薦し、コムギ/グルテンの除去を勧め、整体やヨガの有効性を訴えます。そして、こういったエビデンス(科学的確証)に乏しい説が医師の反発を招きます。
ところが腸内フローラ(腸内細菌叢)の話題が医学界でも増えてくるにつれ、適切なフローラを維持することによりタイトジャンクションを維持、つまりリーキーガットを防げるのではないかと考える医療者が増えてきました。特に、プロバイオティクスは最近注目を集めています。また、数年前より糞便移植が盛んに議論されるようになってきました。健康な人の便をとりこめばリーキーガットが治るという考えです。
一方、その逆にフローラを増やすのではなく、強力な抗菌薬を使い、徹底的に”悪い菌”をやっつけることによってリーキーガットを治そうとする試みもあります。先進国に住む人と未開社会の人では腸内フローラが大きく異なることが知られています。そして、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患は未開社会には存在しない疾患です。ならば先進国に住んでいる人の腸内にいる細菌が悪いに違いない、という理屈が出てきます。そこで、強力な抗菌薬が用いられるのです。実際、過敏性腸症候群にも炎症性腸疾患にも次々と新しい抗菌薬が試されています。クロストリジウム・ディフィシルという極めて難治性の感染症に対して、海外では糞便移植がおこなわれることが増えてきましたが、日本では、強力な抗菌薬を用いるのが依然として主流です。
プロバイオティクスや糞便移植で「いい菌を増やす」治療と、その逆に徹底的に「悪い菌を殺す」両極端な治療があるというわけです。これらのどちらがいいかを考える上で参考になる疾患があります。
それは、SIBO(小腸細菌異常増殖、small intestinal bacterial overgrowth)と呼ばれるものです(通常「シーボ」と呼びます)。これは文字どおりの疾患で、小腸に細菌が異常なほど増殖します。症状は過敏性腸症候群に似ていて、両者はかなりの確率で合併していると言われています。この疾患の治療として細菌が異常増殖しているのだから抗菌薬を用いればいいと考えたくなりますが、これがそう単純な話ではなくうまくいかないのです。難吸収性抗菌薬と呼ばれる特殊な抗菌薬を用いる試みも一部にはありますが有効性が高いとは言えません。そして、抗菌薬の開発が望まれているその一方で、まったく逆の発想、つまり「いい菌を増やす」という考えがあるというわけです。
SIBOに対してどちらの治療が効くかではなく、どちらが安全かを考えてみると、これは勝負になりません。抗菌薬にはイヤというほど副作用がありますし「耐性」というやっかいな問題もあるからです。つまり安全性では比較にならないほど「いい菌を増やす」方に分があります。ですから、まずおこなうべきことは「悪い菌を殺す」ではなく「良い菌を増やす」で、そのなかでも最も簡単にできるプロバイオティクスの積極的摂取がまずは勧められます。もちろんそれだけで治らないケースも多々ありますし、多少効果が出たとしても継続して摂り続けなければなりません。プロバイオティクスは腸内に住み着いてくれるわけではないからです。
保守的な医療界のなかで、すでにさんざん”手垢”がついてしまっている「リーキーガット症候群」という疾患名が医療者間で普及する可能性は低いと思います。また、多くの医療者は、しきりに自社製のプロバイオティクス/プレバイオティクス(食物繊維やオリゴ糖などプロバイオティクスが腸内で増えるのに必要とされる物質のこと)を宣伝する民間医療支持者を好ましく思いません。ですが、私自身は、原則として抗菌薬が中心の治療よりもまずはプロバイオティクス/プレバイオティクスを摂取すべきだと考えています。ただし、特定の商品を勧めることはしませんし、私の立場はあくまでも通常の食事からプロバイオティクス/プレバイオティクスを摂りましょう、とするものです。
投稿者 記事URL
|2017年12月21日 木曜日
第179回(2017年12月) これから普及する次世代検査
人間ドックなどで実施されることがある「腫瘍マーカー」。がんの早期発見には(ごく一部のものを除けば)まったく無意味であること、しかし、いくつかの「がん検診」は有益であり、厚労省が推薦している大腸、胃、肺、子宮頸部、乳腺については検査を受けるべきであることを過去のコラム(メディカルエッセイ第158回(2016年3月)「「がん検診」の是非」)で述べました。
そのコラムを書いてからまだ2年もたっていませんが、正確にがんの早期発見ができるかもしれない検査方法がいくつか開発され実用化に近づいています。また、がん以外の領域でも新しい画期的な検査、それは医学の教科書を大きく書き換えるかもしれない検査が開発されてきています。今回はそれらの検査を「次世代検査」と名付け、今後普及するかどうかを検討したいと思います。
まずはがんから始めましょう。最初に紹介したいのは、何度かメディアでも報道された「線虫の嗅覚」を用いたがんの早期発見検査です。私自身もこれを初めて聞いたときには驚きました。「線虫」とは寄生虫の仲間で、糸のような体をくねくねと動かす生物です。
九州大学を中心とした研究グループは、線虫はがん患者の尿に引き寄せられることをつきとめ、がん早期発見のツールとして開発を進めています。わずか尿1滴で検査ができますから痛みも被爆もありません。気になるのは精度と費用ですが、論文(注1)によれば、精度については感度(検査で陽性となる人数/がん患者数)がなんと95.8%。これは驚くべき数字です。ステージ0(ゼロ)でも発見できると報じられています。一方、特異度(検査で陰性となる人数/がんでない人数)は95.0%ですからこちらも高い精度と言えます。費用は数百円といいますから、実用化すれば一気に普及することになるでしょう。現時点ではこの検査はまだ市場に登場していません。
次に紹介したいのは「マイクロRNA」です。これは血液や唾液、尿などに含まれる小さなRNAのことで、がんに伴い血液中でその種類や量が変動することが分かってきています。国立がん研究センターもこの研究を担っており、同センターのウェブサイトにプロジェクトが掲載されています。同センターのプロジェクトでは1回の採血で13種のがんが診断できるとされています。
そして、一部のがんについてはすでに一部の検査会社が実施しています。「マイクロアレイ血液検査」と呼ばれる検査は、胃がん、大腸がん、膵臓がん、胆道がんの4つのがんの超早期発見ができます。精度については、感度98.5%、特異度92.9%、と感度では線虫検査を上回ります。ただ、特異度が線虫検査よりも低く1,000人のがんでない人の検査をすると「がんでない」という正確な結果がでるのは929人。つまり71人はがんでないのに「がんの疑い」と言われてしまいます。しかし、特異度92.9%というのは極めて良好な数字です。(腫瘍マーカーは感度・特異度とも著しく低いと言われていますが、それを分析して数字を出した論文は私の知る限り見当たりません。おそらく健診で腫瘍マーカーを調べる国や地域がそう多くないからだと思われます。そういう意味で日本は”特殊な”国なのかもしれません)
これら4つのがんのうち、胃がんと大腸がんは内視鏡(胃カメラ、大腸カメラ)でも早期発見が可能です。また、胃がんについてはヘリコバクター・ピロリの有無や抗体を調べることでリスク評価ができます。ペプシノーゲンという血液検査で調べる検査もある程度リスク評価ができます。内視鏡などの普及により胃がんと大腸がんは早期発見が可能となっているのです。
ですが、膵臓がんと胆道がんは早期発見が極めて困難ながんです。98.5%という感度は俄かには信じられないほどで、今後普及するのは間違いないと私はみています。特異度が100%でありませんから、がんでないのにがんの疑いと言われる人がでてきますが、その場合も他の検査、エコーやMRI、MRCPなどを定期的におこなうことで安心することができます。
この検査の欠点は費用が高くつくことです。今後普及していけば値段は下がってくるでしょうが、現時点では最低でも10万円程度かかります。
マイクロRNAを測定することで早期発見できるようになってきたがんに「乳がん」があります。乳がんは早期発見できるがんとされていますが、実際には、毎年乳がん検診を受けていたのに発見されたときには手遅れだった、というケースもあります。マイクロRNAの解析をおこなうことで従来の乳がん検診よりも早期発見できる可能性が高くなったのです。乳がんは頻度が多いがんであること、若年者に多いがんであることから、今後普及していくものと思われます。
遺伝子の話になると最近よく取り上げられるのは「テロメア」です。テロメアとは遺伝子の断片に存在する部分で、生まれつき長さに個人差があり、年をとるにつれてだんだんと短くなっていきます。そして、ギリギリまで短かくなるともはや細胞増殖ができなくなり、細胞の寿命が尽きます。ということはテロメアの長さを測定することによりどの程度長生きできるかが推測できるわけです。そして、このテロメアの長さの測定計測に成功したのが広島大学発のスタートアップ企業「株式会社ミルテル」です。この検査も今後普及していくことが予想されます。
次に紹介したいのはアルツハイマー型認知症です。アルツハイマーのリスク低減には、地中海食、運動、禁煙(ただし喫煙がリスクを下げるという報告もあります)、社会性、勤勉性、外国語習得などいろいろと言われますが、どれも決定的なものではありません。現在分かっていることで最も確実なのが「ApoE遺伝子」という遺伝子検査です。ヒトが持つApoE遺伝子のタイプはε(イプシロンと読みます)2、ε3、ε4の3つで、2つ一組で存在します。つまり、すべての人は、①ε2・ε2、②ε2・ε3、③ε2・ε4、④ε3・ε3、⑤ε3・ε4、⑥ε4・ε4の6つのうちのどれかを持っていて、この組み合わせは生涯変わりません。3種のεのうち、ε4がアルツハイマーのリスクとなります。ε3・ε3の人がアルツハイマーになるリスクを1とすると、ε4・ε4の場合リスクはなんと11.6倍にもなります。ε3・ε4なら3.2倍です(注2)。
この検査の”怖い”ところは、「遺伝子は変えられない」、ということです。例えば、あなたが結婚間近だとして、婚約者と共にこの検査を受けたとしましょう。あなたが、あるいは婚約者が上記ε4・ε4だったとしたらあなたはどう思うでしょうか。あるいは、あなたの親御さんはε4・ε4をもつあなたの婚約者をどう思うでしょうか。
一方、アルツハイマーには「MCIスクリーニング」という検査が開発されました。これはアルツハイマーに”なりつつあるか”を調べる検査で、遺伝子には関係ありません。もしもこの検査で”なりつつある”という判定がでれば、食生活を改め運動を積極的におこなうなどで改善させることができます。実際に、この検査で”なりつつある”と出てから、生活を改め1年後の検査で「異常なし」となることも多いそうです。
もうひとつ、最近広がってきている検査を紹介しましょう。それは「腸内フローラ」の検査です。フローラは元々「お花畑」という意味で様々な花が共存しているようなイメージです。どのような細菌がどの程度いるかを調べることができる検査です。健康な状態のフローラでなければ、食生活を改める、プロバイオティクス/プレバイオティクスを摂取するなどの対策を立てることができます。
その他の次世代検査としては、BRCA遺伝子(乳がんの遺伝子検査)、次世代シーケンサーと呼ばれているゲノム配列を調べる検査、SNPs(遺伝子検査の1種)、メチレーション(遺伝子に結合するメチル基の検査)など多数あります。実用化には程遠いものやエビデンス(科学的確証度)が確立しているとはいえないものもありますが今後の展開に注意したいと思います(注3)。
************
注1:この論文のタイトルは「A Highly Accurate Inclusive Cancer Screening Test Using Caenorhabditis elegans Scent Detection」で、下記URLで全文を読めます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0118699
注2:これは医学誌『Alzheimer’s & Dementia』2007年10月号(オンライン版)に掲載された論文「Genetics and dementia: Risk factors, diagnosis, and management」に記されています。この論文は下記URLで概要を読むことができます。(ただし概要ではこれらのリスクの数値についての記載はありません)
http://www.alzheimersanddementia.com/article/S1552-5260(07)00549-3/abstract
注3:今回取り上げた次世代検査のなかで当院で実施する予定なのが、「マイクロアレイ」「ミアテスト」「テロメア」「ApoE遺伝子」「MCIスクリーニング」「腸内フローラ」です。詳しくは該当ページを参照ください。
投稿者 記事URL
|2017年12月10日 日曜日
2017年12月 大学病院総合診療科の患者満足度が高い2つの理由
医学部入学時には医師になることを考えていなかった私が、医師を目指すようになったきっかけは、友人や知人から聞かされた「医療不信」でした。過去にも述べたように、医師や病院に対する不満を聞くにつれ、「何とかしなければならない」から「自分がやらねばならない」と思いあがってしまうようになり、医学部生の後半には臨床医を目指すようになったのです。
そもそも「医療不信」の最大の原因は「コミュニケーション不足」にあります。医療者は患者さんに対して、常に効果と安全性を最大限に考慮し治療をおこないます。一方、患者さんもまた安全で有効な治療を求めるわけですから両者の”利害”は完全に一致しているはずです。医師と患者さんはいわばタッグを組んで疾患に取り組まなければならないのですから”仲間割れ”をしている場合ではありません。
にもかかわらず「医療不信」が生まれるのは医師と患者さん側のどちらか、または双方に誤解が生じるからであり、その最大の理由がコミュニケーション不足です。ということは、しっかりとコミュニケーションを取ることができれば医療不信のほとんどは解消されるはずです。
これまで私が患者さんから感謝されることが最も多かったのは大学病院の総合診療科で外来をしていたときです。何度も丁寧なお礼を言われ、涙を流しながら感謝の言葉を述べる患者さんも珍しくありませんでした。なぜでしょうか。最大の理由は「充分な時間をとって診察ができるから」です。そもそも総合診療科を受診する人というのは、これまで満足いく治療が受けられておらず複数の診療所/病院を受診していることが多いのです。そして、たいていの医療機関では診察に充分な時間がとれません。
私が外来を担当していた頃の大阪市立大学病院の総合診療科では、ひとりの医師が診察する患者数は午前が新患のみで7~8人、午後は再診のみで5~6人でした。ひとりあたり20~30分の時間が取れるわけですから、患者さんはこれまでの苦悩や前の病院での不満をたっぷりと話すことができます。「こんなに丁寧に話を聞いてもらったのは初めてです!」「先生に出会えてよかったです!」このような言葉も頻繁に聞いていました。
しかし、よく考えればすぐに分かることですが、私は単に話を聞いただけです。もちろん医学的な観点から、問診以外にも聴診・打診・触診などもおこないますし、必要な検査は実施します。大学病院ですからありとあらゆる検査ができます。緊急性があれば放射線科医に無理をいって優先的にCTやMRIを撮影してもらうこともあります。場合によっては緊急入院をしてもらうこともありますし、外科医に依頼し緊急手術になることや、循環器内科医と相談し緊急カテーテル検査を実施することもありました。
不思議なもので、緊急手術をしてくれた外科医や他の仕事をキャンセルして緊急カテーテル検査をしてくれた循環器内科医よりも、最初に総合診療科の外来で診察をした私を慕ってくれる患者さんが多いのです。私は単に重症性と緊急性を見極めただけであり、実際に治療したのは外科医や循環器内科医なのに、です。患者さんは病気や治療の説明を私から聞こうとするのです。
つまるところ、患者さんにとって必要で重要なのは「きちんと伝えること」つまり「充分なコミュニケーション」だというわけです。患者さんの訴えにしっかりと耳を傾け、適切な診察・検査をおこない診断をつけ、そして治療をおこなう前に、なぜその治療が最適なのかを説明して理解してもらえれば医師患者関係が悪くなるはずはなく医療不信は生まれません。もしも病状が重症で、専門医の治療が必要な場合はすみやかに紹介し、専門治療が終われば再び我々が診ますからその後の関係も良好のままです。もちろん、治療がうまくいかないケースもあります。しかしその場合も、コミュニケーションがきちんととれている場合は不信感を持たれません。
大学病院の場合、病状がよくなれば「これからは近くにかかりつけ医をみつけてそこで診てもらってください」と言わねばなりません。私にはこれが辛く、「何かあればどんなことでも相談してね」と言いたいという思いが、自分の診療所をもつしか方法はないという結論に達しました。
そして現在は太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で「何かあればどんなことでも相談してね」と言っています。では、谷口医院を受診する患者さんは100%満足しているのか…。残念ながらそうではありません。この最大の理由は充分な時間がとれない、ということですが、他にも理由はあります。
実は大学病院の総合診療科の外来がうまくいきやすいのは、単に時間がとれるからだけでなく、もうひとつ大きな理由があります。それは「患者さんが藁にもすがる思いで受診している」からです。これまでどこに行っても治らなかった、けど大学病院ならなんとかしてくれるはずだ…。そういう思いがあるが故に、初めから信頼度が高く良好な関係が築きやすいのです。ですから、初めから医療不信ありき、の患者さんは大学病院でもうまくいかないことがあります。医師が言うことのすべてを否定するような人もいて少々時間がかかります。ですが、時間をかけてゆっくりと話をすれば信頼を得られることもあります。マインドコントロールを解くような感じです。
しかしこのタイプの患者さんが診療所を受診するとたいていはうまくいきません。実際、谷口医院で良好な関係が築けなかった患者さんの大半がこのタイプです。「とにかく点滴をしてほしい」「とにかく検査をしてほしい」「とにかくステロイドがほしい」「とにかく抗生物質がほしい(ひどい場合は抗菌薬の種類や名前を指定)」などなど…。こういう患者さんを診察するときはそれなりに疲れます。医療機関のミッションはいかに検査や薬を減らすかですが、この手の人たちになぜその検査や薬が不要なのかを説明しても初めから聞く耳を持っていません。ひどい場合は、「お金払うって言ってるでしょ!」「検査してくれ、っていう患者の希望を聞けないのか!」などと怒り出す人もいます。
小児科医や皮膚科医のいくらかが苦手とする患者さんに「ステロイド恐怖症」があります。ステロイドをまるで”毒”のように考え一切受け付けない人たちです。90年代に比べるとこのような人たちは随分と減りましたが、それでもいまだに苦労するという話を他の医師達から聞きます。ですが、私はこういう患者さんがそれほど苦手ではありません。たしかに、診察室に入るなり「あたしはステロイド使えませんから!」などと宣言されると「この患者さんは一筋縄ではいかないな…」と感じますが、全例ではないものの結果として良好な医師患者関係ができることも多いのです。(逆に、「とにかくステロイドがほしい」という人とはうまくいきません)
なぜ初めから医療不信(ステロイド不信)がある患者さんと良好な関係が築けるか。それは「ステロイドの危険性を認識しなければならないという思いは医師と患者で同じだから」です。アトピー性皮膚炎を代表とする慢性湿疹の治療で最も重要なのは「ステロイドをいかに減らしていくか」です。そのためreactive therapy(痒いところに外用)とproactive therapy(維持療法)の違いをまずはしっかりと理解してもらわねばなりません。私の経験でいえば、ステロイド恐怖症の人でこの「基本事項」をきちんと理解していた人は過去に一人もいません。
無駄な検査はおこなわないこと、薬を使用するときは安全性に注意を払い最小限の使用とすること。こういったことは医師がいつも考えていることであり、そして、これらは患者さんが求めているものと同じはずです。
最近は医学部の授業でも対患者のコミュニケーションが重視されています。(今月もその実習で医学部の学生の指導に行ってきました) どのような言葉を使うかよりも、医師・患者の目標は同じであることを再認識する方がずっと重要だ、ということを私は医学生に言い続けています。
投稿者 記事URL
|2017年12月8日 金曜日
2017年12月8日 子宮頸がんより多いHPVが原因の中咽頭がん
世界的にはかなり普及してきたHPVワクチンが日本では一向に広まらないなか、このウイルスが原因の中咽頭がんが急増していることが指摘されています。
医学誌『Annals of Internal Medicine』2017年11月21日号(オンライン版)で報告された論文(注1)によれば、米国では2008年から2012年の間に、年平均38,793人が「HPVが原因のがん」と診断されています。そのうち女性が23,000人で59%、男性は15,793人、41%です。そして、驚くのはここからです。
HPV原因のがんといえば子宮頸がんがいわば”常識”でしたが、これが覆りました。報告によれば、現在米国の「HPVが原因のがん」のなかで最も多いのは子宮頸がんでなく中咽頭がんなのです。そして、興味深いことに中咽頭がんを男女ごとにみてみると、女性が3,100人なのに対し、男性は12,638人。男性の方が4倍も多いのです。
男女差についてもう少しみていきましょう。2002年から2012年の間、HPVが原因の中咽頭がんは女性ではほとんど増えていないのに対し(年0.57%の増加。後で述べるように最近は減少傾向という報告もあります)、男性では年2.89%の増加です。そして、男性の中咽頭がんの発症率は人口10万人あたり7.8人であり、すでに女性の子宮頸がんの発症率(10万人あたり7.4人)を超えているのです。特に上昇率が顕著なのが50代の男性です。論文によれば、この上昇傾向は2060年までは継続し、中咽頭がんは公衆衛生学的に重要な懸念事項とされています。
では中咽頭がんに対して最も有効な方法は何か。論文ではワクチン接種で発症を予防できることが指摘されています。ところが、米国ではHPVワクチンの接種が男性ではさほど高くなく、さらにリスクの高い中高年にはほとんど普及していません。
ここからはHPV感染率についてみていきましょう。やはり男女比が興味深いと言えます。口腔内のHPV感染率は、女性で3.2%なのに対し男性では11.5%もあります。人数に換算すれば男性1,100万人、女性320万人です。ハイリスク(注2)のHPV感染率でみると、男性7.3%、女性1.4%です。HPVのハイリスクとして有名な#16だけでみると、男性の口腔内感染率は女性の6倍にもなります(男性1.8%、女性0.3%)。
もう少し細かくみてみましょう。同性間のパートナーをもつ男女でみると、男性の場合ハイリスクのHPV口腔内陽性率は12.7%、女性は3.6%です。また、黒人、喫煙者、大麻使用者、生涯に16人以上の膣またはオーラルセックスのパートナーがいた者でリスクが高くなっています。
この「生涯16人以上のパートナー」を詳しくみてみましょう。これまでの人生で16人以上のパートナーがいた男性の場合、パートナーが1人以下の場合に比べて、口腔内のHPV感染は、そのパートナーたちとの「行為」が、オーラルセックスで10倍、膣交渉で4倍、「いずれも」で8倍高くなっています。女性については16人以上のパートナーがれば、1人未満に比べて、オーラルセックスで3倍、膣交渉で6倍、「いずれも」で7倍高くなっています。
上に述べたように女性の中咽頭がんは増減がほとんどないとされていますが、この論文では、最近は減少傾向にあることを指摘した別の論文を引き合いに出しています。この理由として、女性のHPV感染の予防(子宮頸がんスクリーニング検査やワクチン)が功を奏した結果ではないかと著者らは考えています。
*************
この論文は衝撃的です。医学の教科書を書き換えなければならない数字が突き付けられています。これまではHPVが原因のがんといえば子宮頸がんがほとんどだったのが、中咽頭がんが最多となり、しかも男性の方が女性より4倍も多いというのです。
日本にはまだこのようなデータがありませんし、中咽頭がんでHPVが調べられるようになったのはつい最近のことです。
ちなみに日本は諸外国と比べてオーラルセックスの普及率が高いと言われており、海外ではいくらか普及している女性の膣をカバーする「デンタルダム」などは日本ではほとんど売れないと聞きます。
あなたが男性であったとしても女性であったとしても、咽頭のHPV検査、またはHPVワクチン、検討しなくていいですか?
注1:この論文のタイトルは「Oral Human Papillomavirus Infection: Differences in Prevalence Between Sexes and Concordance With Genital Human Papillomavirus Infection, NHANES 2011 to 2014」で、下記URLで概要を読めます。
注2:論文によれば、ハイリスクのHPVのサブタイプは、16, 18, 26, 31, 33, 35, 39, 45, 51, 52, 53, 56, 58, 59, 66, 68, 73, 82。ローリスク(通常、尖圭コンジローマの原因となる)は、6, 11, 40, 42, 54, 55, 61, 62, 64, 67, 69, 70, 71, 72, 81, 82, 83, 84, 89です。
参考:
毎日新聞「医療プレミア」
「HPVよりも優先すべきワクチンは」2016年8月7日
「HPVワクチン定期化の費用対効果」2016年8月14日
「ワクチン接種する/しない 学んだ上で判断を」2016年8月21日
NPO法人GINAコラム「子宮頚ガンとHPVワクチン」
NPO法人GINAコラム「悩ましき尖圭コンジローマ」
投稿者 記事URL
|2017年12月1日 金曜日
2017年11月30日 日本人の年齢別ピロリ菌感染率
日本の高齢者の半数以上がピロリ菌に感染している…。
これは私が医学部の学生だった1990年代によく言われていたことですが、それから20年以上経過し、当時と今の「高齢者」の年齢が変わってきています。「高齢者」とは呼ばずに「X0年代生まれ」という言い方にすべきではないか、と個人的に思っていたところ、まさにそのことを調べた論文が発表されました。
医学誌『Scientific reports』2017年11月14日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。研究を実施したのは愛知医科大学のChaochen Wang氏らで、これまでに発表されている合計86の感染率の研究を総合的に解析(これを「メタ分析」と呼びます)しています。研究の総対象者は170,752人です。
結果は以下の通りです。数字(%)はピロリ菌の陽性率です。
1910年生まれ 60.9%
1920年生まれ 65.9%
1930年生まれ 67.4%
1940年生まれ 64.1%
1950年生まれ 59.1%
1960年生まれ 49.1%
1970年生まれ 34.9%
1980年生まれ 24.6%
1990年生まれ 15.6%
2000年生まれ 6.6%
************
若年者、というか現在30~40代の世代にもかなり多いことに驚かされます。ピロリ菌は井戸水で感染すると言われています。私は現在49歳。子供の頃、井戸水を使用している家庭はそれほど多くありませんでした。そして私はピロリ菌陰性でした。田舎育ちの私でも陰性なんだから、全国的に私の同世代は大半が陰性だろうと思っていたのですが、この研究をみると「日本人は若年者にもピロリ菌陽性が多い」と認識した方がよさそうです。
ピロリ菌が原因の疾患は胃がんを始め多数あります。消化器疾患のみならず、血液疾患や一部の皮膚疾患にも関与していると言われています。では、検査して陽性なら除菌を…、と考えたくなる人も多いと思いますが、私自身はピロリ菌除菌には慎重な対応をすべきだと考えています。
投稿者 記事URL
|2017年11月17日 金曜日
2017年11月17日 日本呼吸器学会は「新型タバコ」を推奨せず
過去のコラム(はやりの病気第168回(2017年8月)「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」)で述べたように、電子タバコは英国・米国など肯定的にとらえている国が増えている一方で、持っているだけで逮捕という国もあり、混乱が続いています。
東京オリンピックが近づいているというのに、日本政府はいまだにはっきりとした見解を表明せず、「受動喫煙防止対策」で規制するタバコに電子タバコ(及び加熱式タバコ)を含めるかどうかすらも決められていません(2017年11月現在)。
そんななか、日本呼吸器学会は2017年10月31日、「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコに対する日本呼吸器学会の見解」というタイトルの声明を公表しました。同学会は加熱式タバコや電子タバコを合わせて「新型タバコ」と命名しています。ここからはこのサイトでも「新型タバコ」という名称を用います。
同学会は英国・米国に倣って新型タバコOKとするのかと思いきや、その反対で「推奨しない」と発表しました。
************
従来の紙タバコを吸っている人に対して、私はよく「電子タバコに替えてみませんか?」と話をします。イギリスでは正式に「推奨」されているわけですし、米国でもそのような動きになりつつあるからです。それに、実際に新型タバコに替えてから、「喘息がよくなった」、「体調がよくなりぐっすり眠れるようになった」という声は少なくなく、さらに、「禁煙に成功した」という患者さんもいます。これは、禁煙をしようと思っていたのではなく、新型タバコに替えてしばらくすると自然にやめることができた、ということです。
というわけで、私は日本呼吸器学会の表明に全面的には賛成しません。ですが、同学会は表明のなかで次のように主張しています。
「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコの使用者が呼出したエアロゾルは周囲に拡散するため、受動吸引による健康被害が生じる可能性がある。従来の燃焼式タバコと同様に、すべての飲食店やバーを含む公共の場所、公共交通機関での使用は認められない」
紙タバコよりは軽度とはいえ、新型タバコも受動喫煙(吸引)の可能性があるわけですから、やはり公共の場所では控えるべきでしょう。それからもうひとつ。言うまでもないことですが、現在紙タバコを吸っていない人は絶対に新型タバコに手を出してはいけません。
投稿者 記事URL
|2017年11月17日 金曜日
第171回(2017年11月) 慢性腎臓病の予防に最善の方法
生活習慣病には様々なものがありますが、代表的なものを3つ挙げるとすれば、高血圧、高脂血症(高コレステロール血症と高中性脂肪血症)、糖尿病です。さらに2つ挙げるなら、高尿酸血症と慢性腎臓病(CKD)が入ります。(他には、いくつかのがん、肥満が挙げられます。最近は、歯周病や不眠なども生活習慣病に加えられることが増えてきました)
さて、これら5つのうちどれが最も治療に難渋するか。もちろん個人によりますが、おしなべて言うと、医師からみたときに最も困難なのは「慢性腎臓病」です。残りの4つ、すなわち、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症には優れた薬がいくつもあります。これら4つの疾患も薬よりも生活習慣の改善が優先されなければならないことは当然ですが、数値を劇的に改善させる薬が何種類もあります。
一方、慢性腎臓病には薬がほぼないと言っても過言ではありません。高血圧で用いるいくつかの薬には多少効果があるとされていますが、それだけでよくなるわけではなく、手遅れにならないうちに本格的な生活改善をしなければなりません。そして、日本腎臓学会によれば現在日本に慢性腎臓病の患者は1,330万人(20歳以上の成人の8人に1人)もいます。
そして、慢性腎臓病に対する生活改善は非常に難しいのです。この難しさについては7年前のコラム(はやりの病気第第81回(2010年5月)「慢性腎臓病と塩分制限」)でも述べました。私はその後、慢性腎臓病の患者さんに様々な指導をおこなってきました。幸いなことに進行が止まっている患者さんもいますが、残念ながらじわじわと悪化し、このまま進めば将来は人工透析を免れないのでは、という人もいます。今回は改めて慢性腎臓病の生活改善の難しさを振り返り、それでもできることを述べていきたいと思います。
慢性腎臓病の生活改善で最重要なのが「塩分制限」ですが、非常に困難で、日本腎臓学会のガイドラインでは、最も軽症のステージ1であったとしても1日の塩分摂取量を6グラム未満にしなければなりません。前出のコラムでも述べたように、味噌汁、鍋焼きうどん、五目そばの塩分は、それぞれ2グラム、7.4グラム、8グラムです。これらの数字を見るだけで、1日合計6グラム未満がどれだけ困難かが分かります。
実際の日本人の塩分摂取量をみてみましょう。昭和時代に比べれば、現在は摂取量が大きく減っているのは事実です。しかし、それでも下記の通りです(厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」より)。
2008年 男性:11.9グラム、女性:10.1グラム
2013年 男性:11.1グラム、女性:9.4グラム
ちなみに、「目標」は下記のように定められています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」より)。
2005年 男性:10グラム未満、女性:8グラム未満
2010年 男性:9グラム未満、女性:7.5グラム未満
2015年 男性:8グラム未満、女性:7.0グラム未満
摂取量の数字では男女とも減少していますが、よくみると、それでも2005年の目標すら満たせていません。このまま「目標」を下げ続けても、「絵に描いた餅」にしかなりません。そして、私自身の個人的見解を述べれば、そろそろ日本人の塩分摂取量低下は限界にきています。摂取量が次回発表される2018年は、2013年の数字から比べてさほど減少していないでしょう。つまり、日本人は和食を捨てない限り、これ以上塩分摂取量を下げるのは極めて困難なのです。
ではどうすればいいか。最も重要なのは慢性腎臓病の「怖さ」を知ることです。最近は職場でも学校でも家庭でも「叱る」のではなく「褒める」ことが重要とされているようで、医師も患者さんに対し「褒める」のが良い、とされています。ですが、私はもともと他人を褒めるのが苦手なこともあり、生活習慣病の指導については褒めるのではなく「恐怖」を植え付けています。もっとちゃんとやらないと将来は透析になりますよぉ…、と言い続けているのです。このような指導(そもそもこれを「指導」と呼べるかどうかも疑問ですが…)しかしていない私は、良医ではありません。医学部でおこなわれる模擬患者とのコミュニケーションの試験なら不合格になるでしょう。
腎臓はいったん悪化すると元には戻らない臓器です。ですから、それ以上悪くならないように、生活習慣の改善を今以上に厳しくおこなうしありません。少しでもできたことを褒めてあげて…、などと悠長なことを言っている場合ではないのです。
ではどうすればいいか。まずほとんどの人がすぐに簡単にできることがあります。それは「腎臓に負担がかかる薬やサプリメントを飲まない」ということです。代表的なものは、鎮痛剤(ほとんどの市販の鎮痛剤は腎臓に影響を与えます)と風邪薬(鎮痛剤が含まれる)です。そして、もうひとつの代表がカルシウム及びビタミンDです。これらは骨を強くするため、という理由で飲んでいる人が少なくありませんし、また、健康のため、という漠然とした理由でマルチビタミン(含ビタミンD)やマルチミネラル(含カルシウム)を飲んでいる人が大勢います。筋力強化やダイエットのためにプロテインを飲んでいるという人も少なくありませんが、彼(女)らのどれだけがプロテインが腎臓を悪くすることを知っているでしょう。もちろん医療機関で処方される薬にも腎臓に負担がかかる薬は少なくありませんし、個人輸入で薬を入手するなどということは危険極まりない行為です。
次にすべきなのはやはり運動と食事です。特に汗をかく運動は非常に効果的です。フルマラソンを走るときには塩分補給をしなければならないことからも分かるように(ただしフルマラソンは腎臓に負担がかかりますから推薦できませんが)、塩分を多少多めに摂ったとしても運動で汗をかけば帳消しになります。ですから、やせるため、あるいは動脈硬化を防ぐため以上に「将来人工透析になるのを回避するため」に運動で汗を流すべきなのです。
食事はもちろん可能な限り塩分の制限につとめなければなりませんが、他にもすべきことがあります。それは「太らない」ということです。最近はあまり言われなくなりましたが、数年前には「少し太っている方が長生きする」ということがさかんに言われました。たしかにそのような統計が海外のみならず日本にもあります。ですが、私はこの考えに以前から疑問を持っています。私が診ている患者さんでいえば、適正体重の人の方が明らかに健康だからです。そして、肥満やメタボリック症候群は慢性腎臓病のリスクになることが分かっています。つまり、太っていればたとえ長生きできたとしても人工透析で寿命を延ばしているだけ、ということになりかねないのです。
では太らないためにはどのような食事をすればいいか。今回提案したいのは「蛋白質をしっかり摂る」ことです。ここは誤解しやすいところなので注意が必要です。慢性腎臓病がある程度進行すると蛋白質が腎臓を傷めます。ですから摂取量を制限しなければなりません。そして、以前は、腎機能低下の初期段階から蛋白質を制限する食事療法が推奨されていました。
ですが、この考えは現在では見直されており、軽症であれば厳しい蛋白制限を指示しない考えが主流になってきています。実際、日本腎臓病学会のガイドラインでもステージ2までは「過剰な摂取をしない」との表現にとどまっています。一般にステージ2までは「1.3g/kg標準体重/日を超えない」が推奨されます。例えば標準体重が60kg(身長160センチ程度)とすれば1.3x60=約80グラムが蛋白質を摂取していい上限となります。
では肉や魚を食べるとどれくらいの蛋白質を摂取することになるかというと、だいたい肉や魚100グラムで蛋白質20グラムです。私は肉料理が大好きで、月に2回程度は近所の「サイゼリア」でステーキを食べます(999円というリーズナブル価格です!)。このステーキが約160グラムですから蛋白質は32グラムになります。また私は毎朝納豆を1パック食べますがこれは約8グラムです。もちろんタンパク質は米を含む多くの食品に含まれていますから、単純に肉・魚・卵・大豆食品などを合計すればいいわけではありませんが、多くの人にとって「過剰な摂取をしない」というのはむつかしいわけではなく、むしろ肉や魚、大豆をしっかり摂って摂取量を把握することの方が重要です。(先述したようにもちろんプロテインは絶対NGです)
厳格に制限すべきなのは蛋白質ではなく、総摂取カロリーあるいは炭水化物です。いずれにしても「体重を増やさない」ということが最重要です。慢性腎臓病の予防及び治療に重要とされている塩分制限に異論はありませんが、和食を捨てない限り日本人には極めて困難です。ならば、まだ初期の段階であれば、「汗をかく運動」と「太らない食事療法」をしっかりとおこなうことで、それ以上の進行をとめるべきではないか。これが私の考えです。
腎臓はいたわっていても年齢と共に誰でも次第に劣化していきます。つまり慢性腎臓病が進んでいきます。あなたの寿命が尽きるまでは腎臓の”寿命”をなんとか持ちこたえさせねばならないのです。
投稿者 記事URL
|2017年11月17日 金曜日
第178回(2017年11月) 論文を持参すると医師に嫌われるのはなぜか
「インターネットをみてこういう治療を考えているんですけど…」、と言って受診する人が次第に増えています。一昔前までは、「テレビのパーソナリティが言ってたから」、の方が多かったのですが、最近は、「ネットに書いてあったから」が上回ります。大阪では、かつては「近所のおばちゃんが言ってたから」、というのが頻繁にありましたが、最近は大阪でも「近所のおばちゃん」はネットに負けています。
この手の話を医師どうしでしたときに、こういう患者さんを否定的にみる意見が多くでます。初めから特定の考えに凝り固まっていると、それをニュートラルな状態に戻すのに時間がかかるからです。ときには、これはマインドコントロールを解くようなものかもしれない、と感じることもあります。
そんな「〇〇を見て聞いて…」のなかで、おそらく医師が最も嫌がるのが「論文に書いてあった」というもので、その論文(多くは英語)を持参する患者さんもときどきいます。後述するように、私自身はこういう患者さんがどちらかというとイヤではなく、むしろ好感を持ってしまうことが多いのですが、勘弁してほしい…、と感じる医師は大勢います。今回は、なぜそのような患者さんが嫌がられるのかを解説したいと思います。まず、実際にあった症例を紹介します。(ただし、本人特定ができないように細部に変更を加えています)
********
【症例】50代男性 A氏 商社勤務
胃炎があり、近くのXクリニックで胃薬のプロトンポンプ阻害薬(以下「PPI」)を処方してもらい半年になります。ネット上でたまたま見つけたブログにPPIが脳梗塞のリスクになるという話が書いてあり、そこから原著の論文にまでたどりつきました。イギリス駐在経験もあるA氏は英語の論文を読むことにそう抵抗はありません。1週間かけてすべて読み込み9割以上は理解しました。
やはり、PPIは脳梗塞のリスクになると確信したAさんはその論文を印刷しXクリニックに持参しX医師に話をしました。すると、医師の対応はつれないもので、その論文を読もうともしません…。
X医師:「そういう意見もあるという程度です。気にする必要はありません」
Aさん:「でもこの論文にこう書いてあるんですよ。先生はこの論文を読まれたのですか」
X医師:「読む必要があるとは考えていません。そんなに飲みたくないらやめますか」
Aさん:「なぜ読む必要がないと言い切れるんですか! もういいです!!」
********
X医師といわば喧嘩別れしたAさんは、翌週、職場の近くの太融寺町谷口医院にやってきました。私は、Aさんに「あなたの疑問はもっともだと思います」と答えながら、一方ではX医師の気持ちもよく分かりました。その理由を述べます。
まず、Aさんが持参した論文が掲載されている医学誌は、一流のものではなく、比較的小規模の研究や症例報告でも採用されるものです。もちろん、そういった論文にもすぐれたものは多数あるのですが、その論文を金科玉条のように考えているAさんにX医師は抵抗を持ってしまったのでしょう。
次にこの研究は「後ろ向き研究」でした。つまり、脳梗塞を起こした人のいくらかが過去にPPIを飲んでいることを報告したものだったのです。統計学的に「後ろ向き研究」はエビデンスレベル(科学的確証度)が高くありません(注1)。Aさんによると、X医師はAさんが持参したその論文に見向きもしなかったということですが、もしかすると最初のページの「概要」の部分にはさっと目を通し、それが後ろ向き研究であることに気付いたのかもしれません。
その一方、私はAさんの気持ちもよく分かります。私にも同じような経験があるからです。医学部の1回生の頃、英語の論文をまだ読み慣れていない私はひとつの論文を最後まで読むのにそれなりに苦労しました。読み終えると充実感が得られ、そこに書いてあることが”絶対的な真実”のように思えるのです。おそらく、せっかく頑張って読んだのだから価値のある論文に違いない、と思いたくなるのでしょう。
ですが、医学をきちんと学ぶとこの「危険性」が理解できるようになります。一般の方の希望を壊すようですが、論文をいくら拾い読みしても医学に精通することはできません。知識レベルで医師と対等になることはほとんど不可能というのが私の意見です。よく「医師と患者は対等に」と言われ、そこから「患者様」と呼べ、という意見もありますが、私は反対です。医師がエラそうにするのはもちろんNGですが、対等になることは無理です。
医学部に入学しなければ医師と対等になれない、とまでは言いません。ですが、少なくとも教科書を理解していない人がいくら論文を読んでも、まず100%正確には読めないでしょうし、その論文が医学全体のなかでどのような位置づけで、エビデンスレベルはどの程度なのかということは理解できないのです。
我々医師は最新の医学情報に追いついていかねばなりませんから日々の勉強は欠かせません。ほとんどの医師は、複数の一流の医学誌(もちろんすべて英語です)の目次程度には定期的に目を通しています。ですが、それだけでは医師として失格です。なぜなら、教科書の内容にもキャッチアップしていかねばならず、むしろこちらの方が重要だからです。
もちろん私自身も複数の教科書を定期的に読むようにしています。私の場合、内科領域で言えば『Harrison’s Principles of Internal Medicine』(以下「ハリソン」)という世界的に有名な教科書の19th editionを読んでいます。これはかなり高価なもので学生の頃は買えず私は図書館で読んでいました。現在私が読んでいるのはKindle版で割安ですがそれでも24,000円もします。
教科書は最重要なのですが、臨床には直接役に立たないことが多々あります。実際に患者さんの診察をおこなうにはもっと臨床に即したテキストが必要です。私が高頻度に用いているのは『UpToDate』というオンライン上のテキストです。これは文字通り最新の知識、それもエビデンスレベルの高い知識が効率的に得られます。価格は3年間で1,200ドル(約15万円)もしますが、内容を考えるとまったく高くありません。
私の場合、複数の教科書と『UpToDate』を基本とした上で、日々発表される新しい論文を読んでいます。そして、どのような論文にも同じ価値があるとはみなしておらず、一流の医学誌(注2)に掲載されているものを優先して読みます。
一般の人は、おそらく24,000円も出して「ハリソン」を買おうと思わないでしょうし、またたとえ入手したとしてもスラスラ読めるものではありません。読みこなそうと思えば、基礎的な解剖学や生理学、生化学の知識が必要であり、それらから勉強してみようとは考えないでしょう。15万円も出して『UpToDate』にアクセスしようと思う人もいないでしょう。
では、一般の人は、正確で新しい医学情報にアクセスできないのかというとそういうわけではありません。例えば、健康食品やサプリメントでいえば国立健康・栄養研究所が作成している「「健康食品」の安全性・有効性情報」というページは有用なサイトです。また、「コクラン(Cochrane)」というエビデンスレベルの高い医療情報を集めたサイトは分かりやすく私は患者さんにしばしば推薦しています。これらを読みこなせば、ある程度正確で偏りのない知識が得られると思います。
ですが、限界があります。やはり一番いいのは、「かかりつけ医から学ぶ」という姿勢です。偉そうに言うな、と反発する人もいるかもしれませんが、目の前の患者さんに正確で最新の医療情報を提供するのはかかりつけ医の使命なのです。最後に、日本医師会が定めている「かかりつけ医の定義」を紹介しておきます。
「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」
************
注1:後ろ向き研究に対し「前向き研究」と呼ばれるものがあります。PPIと脳梗塞を例にとるなら、ある時点で2つのグループに分けて、一方にはPPIを、もう一方には偽薬を飲んでもらい、それぞれのグループが脳梗塞をどの程度起こすか観察する方法です。この方法だと信頼度がぐっと上がります。
注2:誰もが認める一流の医学誌となると、『British Medical Journal』、『New England Journal of Medicine』、『The Lancet』、『Journal of the American Medical Association』、『Annals of Internal Medicine』あたりが挙げられると思います。
投稿者 記事URL
|2017年11月15日 水曜日
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
医療機関で最もよく処方される胃薬のひとつPPI(プロトンポンプ阻害薬)は、過去2年で最も評判の落ちた薬と言えるかもしれません。これまでは、安全でよく効く、といいことづくしの薬だったのが(値段が高いのは欠点ですが)、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る…、と、様々な副作用のリスクが指摘されるようになってきました(下記「医療ニュース」「はやりの病気」参照)。
今回は、そのPPIがなんと、胃がんのリスクを上昇させる!という驚くべき研究を紹介したいと思います。なぜ驚くかというと、PPIは「最も効く胃の薬」としての”地位”がありますし、胃がんの原因として有名なピロリ菌の除菌をおこなうときにも使う薬だからです。
この報告がおこなわれたのは医学誌『Gut』2017年10月31日号(オンライン版)です(注1)。研究の対象は、香港の医療データベースClinical Data Analysis and Reporting System(CDARS)に登録されたピロリ菌の除菌をおこない成功した成人63,939人のデータです。対象者はその後の平均追跡期間7.6年の間に全体の0.24%にあたる153人が胃がんを発症しています。
胃がんとPPI使用の関係を解析した結果、PPI使用により胃がんの発症リスクが2.44倍にもなることが判りました。さらに、リスクはPPIの使用頻度が多ければ多いほど、期間が長ければ長いほど上昇しています。
具体的な数字は驚くべきものです。PPIを使用していない人に比べると、週に1~6日内服している人のリスクは2.43倍、毎日飲んでいる人ではなんと4.55倍にも上昇します。内服期間では、1年以上内服すれば5.04倍、2年以上で6.65倍、3年以上では8.34倍にまで上昇します。
一方、PPIとよく比較される胃薬のH2ブロッカーではリスク上昇はなく、内服していない人に比べて0.72倍とむしろ低下していました。
************
衝撃的な報告です。これが真実だとすれば、直ちにPPIを中止しなければならない人が大勢いることになります。
ところで、この報告の信ぴょう性はどの程度なのでしょうか。この研究はいわゆる「後ろ向き研究」です。つまり、胃がんになった人、ならなかった人が過去にPPIをどの程度内服していたかを調べて分析したものです。一方、統計学的には「前向き研究」の方がエビデンス(科学的確証度)のレベルが高くなります。前向き研究でPPIのリスクを検討するなら、ピロリ菌除菌後の患者をたくさん集め2つのグループに分け、一方にはPPIを使用し、もう一方には使用しない(より正確にするためには偽薬を用いる)でその後の胃がん発症率を調査することになります。
前向き研究でもPPI使用者で胃がん発症が多いという結果がでればPPIのリスクはほぼ「確定」となります。したがって、より科学的な考え(エビデンスに基づいた考え)をする人たちからは、「後ろ向き研究しかない現時点でPPIを控えるのは時期尚早」という意見が出てくると思われます。
ですが、私の個人的見解としては、今回の研究のみでも、つまり前向き研究の登場を待たなくても「PPI投与、特に長期投与は慎重にすべき」と考えていいと思います。少なくとも、先にH2ブロッカーを試すべきですし、その他胃薬には多数ありますし、漢方薬にも有用なものが複数あります。もちろん、薬以前に生活習慣の見直しが重要なのは言うまでもありません。
************
注1:論文のタイトルは「Long-term proton pump inhibitors and risk of gastric cancer development after treatment for Helicobacter pylori: a population-based study」で、下記URIで概要を読むことができます。
http://gut.bmj.com/content/early/2017/09/18/gutjnl-2017-314605
参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
投稿者 記事URL
|最近のブログ記事
- 第264回(2025年8月) 「ブイタマークリーム」は夢の若返りクリームかもしれない
- 2025年8月 「相手の面子を保つ(save face)」ということ
- 2025年7月31日 砂糖入りだけでなく「人工甘味料入りドリンク」もアルツハイマー病のリスク
- 2025年7月27日 コロナワクチンが救ったのは1440万人ではなく250万人
- 第263回(2025年7月) 甲状腺のがんは手術が不要な場合が多い
- 2025年7月 「人は必ず死ぬ」以外の真実はあるか
- 2025年6月29日 食物アレルギーがある人の搭乗、重症化したり拒否されたり……
- 2025年6月 故・ムカヒ元大統領の名言から考える「人は何のために生きるのか」
- 2025年6月1日 一度の採血でがんを診断し治療薬まで決められる「革命」
- 2025年5月30日 若者の半数がネットのない世界を望み7割がSNSで病んでいる
月別アーカイブ
- 2025年8月 (2)
- 2025年7月 (4)
- 2025年6月 (3)
- 2025年5月 (5)
- 2025年4月 (4)
- 2025年3月 (4)
- 2025年2月 (4)
- 2025年1月 (4)
- 2024年12月 (4)
- 2024年11月 (4)
- 2024年10月 (4)
- 2024年9月 (9)
- 2024年8月 (3)
- 2024年7月 (1)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (4)
- 2024年4月 (4)
- 2024年3月 (4)
- 2024年2月 (5)
- 2024年1月 (3)
- 2023年12月 (4)
- 2023年11月 (4)
- 2023年10月 (4)
- 2023年9月 (4)
- 2023年8月 (3)
- 2023年7月 (5)
- 2023年6月 (4)
- 2023年5月 (4)
- 2023年4月 (4)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (4)
- 2022年10月 (4)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (4)
- 2022年6月 (4)
- 2022年5月 (4)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (4)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (4)
- 2021年11月 (4)
- 2021年10月 (4)
- 2021年9月 (4)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (4)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (4)
- 2021年4月 (6)
- 2021年3月 (4)
- 2021年2月 (2)
- 2021年1月 (4)
- 2020年12月 (5)
- 2020年11月 (5)
- 2020年10月 (2)
- 2020年9月 (4)
- 2020年8月 (4)
- 2020年7月 (3)
- 2020年6月 (2)
- 2020年5月 (2)
- 2020年4月 (2)
- 2020年3月 (2)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (4)
- 2019年12月 (4)
- 2019年11月 (4)
- 2019年10月 (4)
- 2019年9月 (4)
- 2019年8月 (4)
- 2019年7月 (4)
- 2019年6月 (4)
- 2019年5月 (4)
- 2019年4月 (4)
- 2019年3月 (4)
- 2019年2月 (4)
- 2019年1月 (4)
- 2018年12月 (4)
- 2018年11月 (4)
- 2018年10月 (3)
- 2018年9月 (4)
- 2018年8月 (4)
- 2018年7月 (5)
- 2018年6月 (5)
- 2018年5月 (7)
- 2018年4月 (6)
- 2018年3月 (7)
- 2018年2月 (8)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (5)
- 2017年11月 (5)
- 2017年10月 (7)
- 2017年9月 (7)
- 2017年8月 (7)
- 2017年7月 (7)
- 2017年6月 (7)
- 2017年5月 (7)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (7)
- 2017年2月 (4)
- 2017年1月 (8)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (8)
- 2016年10月 (6)
- 2016年9月 (8)
- 2016年8月 (6)
- 2016年7月 (7)
- 2016年6月 (7)
- 2016年5月 (7)
- 2016年4月 (7)
- 2016年3月 (8)
- 2016年2月 (6)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (7)
- 2015年11月 (7)
- 2015年10月 (7)
- 2015年9月 (7)
- 2015年8月 (7)
- 2015年7月 (7)
- 2015年6月 (7)
- 2015年5月 (7)
- 2015年4月 (7)
- 2015年3月 (7)
- 2015年2月 (7)
- 2015年1月 (7)
- 2014年12月 (8)
- 2014年11月 (7)
- 2014年10月 (7)
- 2014年9月 (8)
- 2014年8月 (7)
- 2014年7月 (7)
- 2014年6月 (7)
- 2014年5月 (7)
- 2014年4月 (7)
- 2014年3月 (7)
- 2014年2月 (7)
- 2014年1月 (7)
- 2013年12月 (7)
- 2013年11月 (7)
- 2013年10月 (7)
- 2013年9月 (7)
- 2013年8月 (175)
- 2013年7月 (411)
- 2013年6月 (431)