メディカルエッセイ
第26回(2005年10月) 後医は名医?!
「後医は名医」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。
これは、我々医師がよく使う「ことわざ」のような言葉で、「同じ患者さんを診るなら、後から診た方が名医になれる」というものです。
例えば、ある患者さんがA診療所を受診したとしましょう。その患者さんはその診療所で診察を受け、薬を処方されたのにもかかわらず、一向にその病気は治りそうにありません。
そこで、この患者さんは次にB診療所を受診したとします。患者さんは、A診療所に行って薬を処方してもらったことを話しました。すると、B診療所では別の薬が処方されました。その薬を飲みだすと、一気に症状が消失しました。
ここで、この患者さんはどのような印象を持つでしょうか。
「A診療所はヤブ医者で、B診療所が名医だ」と思われるのではないでしょうか。
しかし、これには”トリック”があります。
まず、ひとつめは、この患者さんの症状は、薬に関係なく、自然に治った可能性があります。つまり、A診療所の処方もB診療所の処方も特に効いたわけではなく、患者さんの自然治癒力で勝手に治っていたということです。
次に、B診療所では、すでにA診療所で処方された薬が無効であることが分かっているために、次の手をうちやすかった、ということが言えます。疾患にもよりますが、実は患者さんの想像以上に、現在の日本においては、各疾患(症状)に対する治療法が標準化されています。
つまり、この病気では、通常は最初にA診療所で処方された薬剤が標準的で、その薬剤で効果がなかったときに初めてB診療所で処方された薬剤を使用する、ということがある程度確立されているわけです。
さらに、この患者さんがB診療所を受診したときに、A診療所を受診したときには見られなかった症状が出現していた、という可能性もあります。つまり、最初、この患者さんがA診療所を受診したときには、熱だけしかなかったけれど、B診療所を受診したときには、熱プラス特有の皮疹が出現しており、そこから、B診療所では適切な診断がつけられた、ということがあるのです。
このように、後から診察する医師の方が、その疾患を適切に診断するのに有利になることはよくありますす。
患者さんのなかには、最初近くの診療所を受診したけれどなかなか治らないため大きな病院に行きそこでの治療を受けた結果よくなった、という経験をする人がいますが、こういう経験のある人に言わせると、「やっぱり診療所よりも大病院の方が信頼できる」、となるわけです。
例をあげて説明しましょう。
川崎病と呼ばれる小児の病気があります。この病気は現在でも原因不明なのですが、発症すると入院治療を余儀なくされ、完治するまでに時間がかかることもある、場合によっては難儀な病気です。
川崎病は、最初熱が出て、そのうちに全身のリンパ節が腫れだしたり、目が充血したり、舌が真っ赤に腫れあがったり、全身のいろんなところにいろんなタイプの皮疹が出現したり、と様々な症状が出現するのが特徴です。
最初に熱が出たときに、「この熱は川崎病によるものです」と断言できる医師など世界中にひとりもいません。なぜなら、川崎病という病気は、いろんな症状が出現してから初めて診断がつけられる病気だからです。
通常、子供が高熱を出せば、ウイルスや細菌による急性感染症を疑います。かなりの高熱が出現していれば、細菌感染を疑い抗菌薬を処方することになります。ところが、川崎病では抗菌薬がまったく効きません。
心配したこの子供のお母さんは、この診療所では治らないのではないか、と考えて大きな病院を受診することになります。
そして、その頃には熱が出てから数日たっていることもあり、皮疹や充血などが出現しているのです。この患者さんをみた大病院の医師は、川崎病を疑い、すぐに入院させて点滴治療をおこないます。
すると、お母さんとしては、「さすが大病院。すぐに病名を言ってくれたし、入院、点滴と適切な対応をしてくれた。それに比べて最初に行った診療所では、病名も分からないし、出した薬は効かないし、もう二度と行きたくない」、となるのです。
私が、ある病院の小児科にいた頃、こういうケースが多々ありました。
しかしながら、もちろんこのお母さんの感じていることは必ずしも正しいわけではありません。
最初にみた診療所の医師も、子供をみる以上は、常に川崎病のことも念頭に置いています。しかし、川崎病に比べて、高熱が主症状の風邪の方が圧倒的に頻度が高く、熱の患者さんすべてに、川崎病の話をするのは適切ではありません。かえって余計な不安を与えることにもなりかねません。
診療所の医師としては、「まずは普通の細菌感染と判断し抗菌薬を飲んでもらおう。それでも効かないときは薬を変更するとか、あるいは他の症状が出現したら、(川崎病も含めて)他の疾患を鑑別しよう」、と考えているのです。
ところで、我々医師のルールのひとつに「前医を批判しない」というものがあります。これは、医師はお互いに尊敬し学びあうべき、という倫理的な観点から生まれたルールでありますが、実際的には「後医は名医」となってしまうことが頻繁にあることを知っているからです。
そもそも、最初の現場にいない人間が、あとからとやかく言うのはアンフェアであるわけで、たとえ結果として、最初の診断が間違っていたとしても、そのときのその状況ではそう診断せざるを得なかった可能性もあるからです。
ですから、安易に前医を批判する医師を私は信用できません。
先日、あるテレビプログラム(民放)を見ていると、医師が登場して、ゲスト出演者の質問に答えていました。そのゲスト出演者は、ある症状である病院に行って治療を受けたけど治らなかった、ということを話しました。すると、その医師は、「その医師の診断が間違っているのです。病院選びは正しくおこないましょう。私なら誤診はしません」というようなことを言っていました。
これほど、傲慢な医師もいないでしょう。普通なら、そのときはそのように診断した根拠があったはずだ、と考えます。もちろん、最初の診断が間違ったために、とりかえしのつかないことになった、というような事態になれば問題ですが、通常、医師というのは、病態の重症化や急変の可能性のことも考えて、診察をおこないます。
おそらく、その診察医も、まずはこの治療をおこなって、それで効果がなければ次に進もう、と考えていたはずです。それをきちんと患者さん(このゲスト出演者)に伝えていなかったところに非はあるかもしれませんが、それにしても、「前医の診察が間違っている」と断定するのは問題です。
こういった発言をする医者のせいで、医療不信が加速されているのではないか、と私は考えています。このテレビを見ていた人の多くは、「そうか、医師の診断力はバラバラだから、いい病院を受診しなくてはならないんだな」というふうに感じるでしょう。
けれども、そうではなくて、この出演医師のような、「前医を安易に批判するような医師」の方がよほど問題があるわけです。
モノを売る人のセールストークがライバル会社の悪口中心であれば、イヤな気持ちにならないでしょうか。それと同じで、同僚を安易に批判することによって、自分の価値を高めようとする医師は決して名医ではないのです。
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