医療ニュース

2018年10月1日 月曜日

2018年10月1日 細菌が肥満と精神症状の原因、抗菌薬は効くけれど……

 以前、毎日新聞の「医療プレミア」に「抗菌薬を飲むと太る」というコラムを書いたことがあります。家畜に抗菌薬が使われるのは感染症の予防よりも短期間に体重を増やすことを目的とされており(現在これが非難され畜産業界も変わりつつありますが)、動物が太るならヒトも太ると考えるのが理にかなっています。マウスに高脂肪と抗菌薬を同時に与えると体重が急増することを証明した実験もあります。「医療プレミア」ではそのあたりについても解説しました。

 今回紹介したいのは抗菌薬でなく「細菌」が肥満をもたらし、さらに不安や抑うつといった精神症状の原因になるという研究です。医学誌『Molecular Psychiatry』2018年6月18日号(オンライン版)に掲載された論文「Gut microbiota modulate neurobehavior through changes in brain insulin sensitivity and metabolism」にまとめられています。

 論文の著者は米国マサチューセッツ州ハーバード大学医学部で糖尿病の研究をしているRonald Kahn氏。研究チームはマウスに高脂肪食を与え、動物が肥満になったときの行動を観察しました。さらに、高脂肪食で肥満になったマウスは暗い領域でじっとしていることが分かりました。暗いところでじっとしているからといって、これらマウスが不安や抑うつを自覚しているとは断定できません。研究者らは側坐核(nucleus accumbens)と 扁桃体(amygdala)という情動に関連する脳の部位の炎症の程度を調べています。

 また、研究者らは肥満と精神症状をきたしたマウスに抗菌薬を服用させると、脳内のインスリンシグナル伝達を改善しその結果として肥満が解消されること、さらに不安や抑うつ状態を改善させることを示しました。研究に用いられた抗菌薬はメトロニダゾールとバンコマイシンです。

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 この研究を都合のいいように読めば、抗菌薬が肥満と精神状態の改善薬になるような印象を受けかねませんが、研究者らはそう言っているわけではありません。むしろ安易な抗菌薬の使用こそが肥満につながるのは冒頭で述べた通りです。

 日ごろから低脂肪を心がけ、腸内細菌の状態を良くしておき、安易に抗菌薬を用いないことが重要です。

参考:毎日新聞「医療プレミア」2017年4月9日「やせ型腸内細菌を死なせる? 抗菌薬の罪」

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2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!

 つい最近まで「最強の胃薬」とも呼ばれていたPPI(プロトンポンプ阻害薬)が、ここ数年で様々な副作用のリスクが指摘されています。なかでも認知症のリスクになるという意見は大変注目され世界中で物議をかもしています。今回、そのPPIは「認知症のリスクでない」ことを示した大規模調査が報告されました。

 医学誌『Drug Safety』2018年8月27日号(オンライン版)に掲載された論文を紹介します。この研究は英国のデータベースに登録されている記録の解析です。1998年~2015年に新たにアルツハイマー型認知症または(脳梗塞などによる)血管性認知症と診断された65歳以上の41,029例が対象です。

 結果は、長期間PPIを使用した人は使用していない人に比べ、アルツハイマーの発症率は0.88倍、血管性認知症については1.18倍で、これらはいずれも統計学的に有意な差ではありませんでした。

 この研究ではPPIだけでなくH2ブロッカーについても調べられています。H2ブロッカー長期使用者は使用していない人に比べ、アルツハイマーは0.94倍、血管性認知症は0.99倍とやはり差はありません。

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 この研究はいわゆる「後向き研究」ですが、それでも規模が大きいのでそれなりにエビデンスレベルは高いと言えるでしょう。ですが、認知症のリスクが完全に否定されたとまでは言えないと思います。とはいえ、自身の判断で薬を中止するのは危険です。中止を考えたときはまずはかかりつけ医に相談するようにしましょう。

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

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2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 健常者には低用量アスピリンの効果なし

 これは大きなニュースだと思います。

 低用量アスピリンの有用性は過去何十年間繰り返し指摘されてきました。有用性を実証した研究もたくさんあります。何に対して有効かというと、まず心筋梗塞や脳梗塞といった「心血管疾患の再発予防」です。血液が固まりやすくなったことでこれらが起こったのだから、再発を防ぐために血をサラサラにする効果のあるアスピリンを毎日飲みましょう、というわけです。また、アスピリンには大腸がんを予防する効果があることも随分前から主張されています。心血管疾患とがんの中で高頻度の大腸がんを同時に防ぐことができるならば、低用量アスピリンはまさに「魔法の薬」のようです。しかも、通常量を飲めば頭痛や咽頭痛にも有効なわけですから現代人には欠かせない薬と言えるかもしれません。

 では本当に健常人が飲むことに意味があるのでしょうか。これを検証したのが今回紹介する研究です。研究者はオーストラリアのJohn J. McNeil氏。同国および米国の健康な高齢者を対象として、低用量アスピリンの有益性とリスクを検証する研究をおこないました。結果は、一流の医学誌『The New England Journal of Medicine』2018年9月16日(オンライン版)になんと3つの論文で同時に掲載されています(この医学誌に論文が掲載されること自体が名誉なことであり、それが同時に3本というのは”快挙”と言っていいでしょう)(注1)。

 この研究は「ASPREE」(Aspirin in Reducing Events in the Elderly)と名付けられています。2010~2014年に両国で調査開始時点で心血管疾患を有さない高齢者19,114人 (中央値74歳)をアスピリン100mg/日投与したグループ(9,525人)とプラセボ投与グループ(9,589人)に分け4.7年間(中央値)追跡しています。

 結果をみていきましょう。まず「障害のない生活(Disability-free Survival)」についてです。追跡期間中の死亡、認知症、身体障害の発生率はアスピリン服用グループで21.5/1,000人・年、プラセボグループで21.2/1,000人・年で、両グループに有意差はありませんでした。

 次に「全死亡率(All-Cause Mortality)」をみてみましょう。全死亡率はアスピリン服用グループが12.7/1,000人・年、プラセボが11.1/1,000人・年で、アスピリンのリスクは1.14倍となります。認知症の発生率はそれぞれ6.7/1,000人・年と6.9/1,000人・年。永続的な身体障害の発生率は4.9/1,000人・年と5.8/1,000人・年(同0.85、0.70~1.03)でした。全死亡率の差について、著者は、アスピリングループのがんによる死亡率は3.1%とプラセボの2.3%より高く、アスピリンががんの発生に関与している可能性を指摘しています。

 心血管疾患の発生率はアスピリングループが10.7/1,000人・年、プラセボが11.3/1,000人・年で、これは統計学的に有意差はありませんでした。一方、「重大な出血」の発生率はそれぞれ8.6/1,000人・年、6.2/1,000人・年と、アスピリングループで有意に高かったことが判りました。

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 結論としては、健常者が低用量アスピリンを毎日服用すると、長生きするどころか、(胃潰瘍や腸管出血、あるいは脳出血など)出血性疾患のリスクが上昇し、また従来言われていたことと異なり、がんの発症リスクを上昇させるかもしれない、ということになります。

 くれぐれも自己判断でアスピリンを開始しないようにしましょう。鎮痛剤としても、です。

注1:3つの論文のタイトルは「Effect of Aspirin on Disability-free Survival in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on All-Cause Mortality in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on Cardiovascular Events and Bleeding in the Healthy Elderly」、です。

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2018年8月6日 月曜日

2018年8月6日 アボット社の「FreeStyleリブレ」は普及するか

 歴史に残る画期的な家庭用医療機器になるだろう…。

 これは、2017年1月、アボット社の「FreeStyleリブレ」(以下「リブレ」)が発売されたときの私の最初の印象でした。なにしろ、針を刺すことなく身体にパッチを貼るだけで血糖値が24時間モニタできるのです。今までのように一日に何度も針を刺して血を出して測定する必要がありません。

 しかも保険適用があると言います。ならば普及するに違いない…、と考えたいところですが、私はそうはならないと思いました。その理由はふたつあります。

 ひとつは、保険適用があるといっても、保険点数が(なぜか)異常に低く設定されており、医師が患者さんに勧めると(まず間違いなく)患者さんは喜ぶでしょうが、医療機関側が赤字になるということです。そしてもうひとつの理由は、保険適用は「インスリンを使っている患者」に限定されていることです。10年前ならある程度普及したかもしれませんが、現在糖尿病でインスリンが必要なケースは激減しています。これはすぐれた内服薬や(インスリンでない)注射薬が登場したからです。

 では自費でもいいから「リブレ」を使いたいという人はいないのか。もちろん大勢の人がそう思うと思います。実際に糖尿病で内服薬を使っている人はもちろん、現在投薬なしで食事療法と運動療法で経過をみている糖尿病(あるいは糖尿病予備軍)の患者さん、あるいは、高血糖を指摘されたことはないけれど自身の血糖値に関心のあるいわば「健康オタク」の人達も関心を持つでしょう。

 問題は費用です。小さな器械を購入する必要がありこれが約8千円、2週間使用できるパッチが1枚約8千円です。ということは最初の月は約24,000円、次の月から毎月約16,000円がかかります。この費用を捻出できる人はそう多くないでしょう。
 
 というわけで、コストが大幅に下がらない限りこの製品が普及することはない、というのが発売時に私が出した結論でした。

 ところが…。私の予想に反して使用している人がじわりじわりと増加してきています。当院の患者さんのなかにも少しずつ増えてきています。私自身は依然「家計が苦しい」と言っている患者さんを多くみていますから好景気という実感はないのですが、生活に余裕のある人が増えてきているのでしょう。

 現在費用が高すぎるといっても、この製品が極めて優れたものであることには変わりありませんから、いずれ価格が下がり広く使われるようになり、針を刺して血糖を測る方法はなくなるでしょう。電子メールが普及してFAXがすたれたように。

 また、現時点では実用化にいたっているとは言えませんが、いずれスマホで血糖値が管理できるようになるでしょう。すでに、いくつかの会社から出ている体重計、血圧計、機能的時計?(なんと呼べばいいのでしょうか。「Apple Watch」や「Fitbit」のことです)を使えば、体重、血圧、24時間の心拍数、睡眠の程度、運動量(消費カロリー)などが記録できます。

 「スマホで健康管理」は確実に進化し続けています。

メディカルエッセイ第150回(2015年7月)「スマホで健康管理」

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2018年7月30日 月曜日

2018年7月30日 ハワイの日焼け止め禁止の続報~多くの日本製も禁止に~

 医療ニュース2018年5月25日「日焼け止めが禁止されてもサプリメントはNG」でお伝えしたように、2021年1月1日よりハワイのビーチで一部の成分を含むサンスクリーン(日焼け止め)が禁止されることになります。

 その医療ニュースで、私は「日本人はさほど心配ない。なぜなら太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では紫外線吸収剤が含まれているサンスクリーンは勧めていないから」と述べました。

 しかし一部の読者から「それは谷口医院の患者のことであり、紫外線吸収剤が含まれているサンスクリーンが一般的ではないのか」という指摘があり、たしかにその通りですので、今回はその点を補足しておきます。

 まず、ハワイ州が問題にしているサンスクリーンの成分は次の2つです。

・オキシベンゾン(oxybenzone)
・オクティノクセイト(octinoxate)=メトキシケイヒ酸エチルヘキシル(Ethylhexyl methoxycinnamate)

 メトキシケイヒ酸エチルヘキシルは、日本のサンスクリーンで最も高頻度に用いられている紫外線吸収剤のひとつです。

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 これまで谷口医院では(サンスクリーンの相談をされる人のほとんどが肌が弱いということもあり)、サンスクリーンと言えば「紫外線吸収剤が含まれていないもの」を推奨してきました。ですが、上記読者の指摘にあるように、実際に市場に出回っているもの、積極的なCMがおこなわれているものは、ほとんどが紫外線吸収剤が含まれています。そして、その大半がハワイのビーチで禁止されることになる成分が含まれているというわけです。

 今のところ、ハワイのビーチ以外ではこのような禁止措置が取られるという情報は(私の知る限り)ありませんが、今後世界中で同じムーブメントが起こるかもしれません。肌がさほど弱くないという人も、今のうちに紫外線吸収剤を含まず紫外線散乱剤だけでできているサンスクリーンに変更した方がいいかもしれません。

 尚、上記医療ニュースでお伝えしたように「サンスクリーンに置き換わる錠剤やカプセルはない」ことをここで繰り返しておきます。

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2018年7月19日 木曜日

2018年7月19日 すし詰めバスで22歳女性が脳梗塞

 深部静脈血栓症、DVT、ロングフライト血栓症、旅行者血栓症、エコノミークラス症候群、基本的にはこれらは同じ疾患を示しています。このなかで最も人口に膾炙しているのは「エコノミークラス症候群」だと思います。実際には、ビジネスクラスに座っていても発症しますし、例えば震災などで避難所に同じ姿勢でいたり、軽自動車のなかで眠ったりすればおこりますから、「エコノミークラス」という表現は適切ではないのですが、今も他の表現はなかなか社会に浸透していません。ここでは「深部静脈血栓症」で通します。

 今回紹介したい事例(”事故”と呼べるかも)も飛行機ではなくバスのなかで起こりました。

 2017年(何月かは不詳)、カンボジアからバンコクのすし詰め状態のバス(cramped bus)に14時間乗っていた22歳のスコットランド人の女性が脳梗塞を起こしました。最近(2018年5月)になって、海外のいくつかのメディアが報道しています(注1)。報道では、足にできた血の塊が原因で(つまり深部静脈血栓症が原因で)脳梗塞を発症したとされています。

 女性は左半身が麻痺しましたが、母国でのリハビリの結果、ほぼ完全に回復し5kmのマラソンにも出場したそうです。

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 この報道には疑問があります。メディアは医学系または科学系のものではなく、(どちらかというと)三面記事を中心に扱った媒体であるため仕方がありませんが、深部静脈血栓症が脳梗塞につながるわけではありません。下腿の静脈内にできた血の塊は肺の血管を閉塞して「肺梗塞」を起こすことはありますが、脳の血管をつまらせることは通常はありません。それが起こるのは心臓の壁に穴があいているときで、報道ではその可能性を指摘しているのですが、心臓に穴があいている疾患をもっているのならマラソンは危険です。

 ただ、すし詰めバスに14時間もいれば、容易に脱水状態になることが予想されます。それで、例えば(私の推測ですが)低用量ピルなど血栓を起こしやすい薬を飲んでいたとすれば脳梗塞が起こってもおかしくありません。

 また、この女性は血栓症のリスクとされている肥満や喫煙はなく、アルコールを飲んでいたわけでもないようですが、記事にはこの女性のコメントとして「my drink had maybe been spiked or I had eaten something dodgy」とあります。「飲み物に何か入れられた、あるいは何か危ないものを食べた」という意味ですからいわゆる「危険薬物」を摂取していたのかもしれません。

 いずれにしてもこういった旅行プランでは、深部静脈血栓症(さらには肺梗塞も)のリスクも脳梗塞のリスクもあります。(特に若い人は)正確な知識を身につけて身を守らねばなりません。

注:下記を参照ください。

http://www.samuitimes.com/british-woman-suffered-stroke-after-spending-14-hours-on-cramped-bus-in-thailand/

https://www.mirror.co.uk/news/uk-news/young-woman-left-paralysed-stroke-12587230

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2018年6月10日 日曜日

2018年6月10日 スマホ依存でうつ病、不安症

 スマホの便利さをいったん知ってしまうと、もはや後には戻れない、と感じている人が大半だと思います。私もそのひとりで、スマホの恩恵を被っていることを日々実感しています。

 ですが、一方では「スマホ依存症」なる疾患が確立されるようになり、一部の医療機関では「スマホ依存症専用外来」まであるとか・・・。では、スマホ依存症はどれくらい危険なのでしょう。サンフランシスコ州立大学が興味深い報告をしています。

 サンフランシスコ州立大学の135人の学生を調査した結果、スマホを使用しすぎると、「孤立感(isolated)」「寂しさ(lonely)」「抑うつ(depressed)「不安(anxious)」などが生じることが分かったそうです。こういった感情が起こるメカニズムは、他の物質乱用と同じであると同大学の研究者らは主張しています。

 しかも、研究者らによると、オピオイド(麻薬)依存が成立するのと同じような脳内の作用がゆっくりと起こっているというのです。

 もうひとつ、研究者らが指摘する興味深いポイントがあります。依存症になるのはユーザーのせいではなく、利益を追求するハイテク産業の欲望の結果であると主張しています。

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 「あっ、この人、スマホ依存症だ!」と思えるシーンにときどき遭遇します。カフェなどでスマホをテーブルの上に置いて、チャイムやバイブレーションにすぐに反応して中身をチェックする様子はまさにスマホ依存症です。私には、チャイムやバイブレーションがサンフランシスコ州立大学の研究者らがいう「ハイテク産業の欲望」そのものに感じられます。

 私自身はスマホ依存症に詳しくなく、また効果的なスマホ依存症外来を実施している医療機関もあまり知らないので、患者さんから相談されたときに困ることがあります。ですが、とりあえず患者さんにいつも助言することがあります。それは、「SNSは1日1回にする」ということです。それができないから依存症になるんだ…、という反論があるでしょうが、まずはLINEもFacebookもその他のSNSもチェックするのは通学前(通勤前)だけにする、というルールをつくるのです。

 私自身はもともとSNSは読むだけで発信することはほとんどありませんが、LINEは1日1回、Face bookは週に1回をルールにしています。ちなみに、私がスマホで最も使用頻度が多いのが「Voice of America Learning English」という英語学習のウェブサイトです。スマホ依存症の人には失礼ですが、私の場合、スマホ依存になればなるほど英語が上達するのかな、と思っています・・・。

参考:メディカルエッセイ第184回(2018年5月)「英語ができなければ本当にマズイことに」

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2018年6月10日 日曜日

2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか

 「座りっぱなし」が生活習慣病やがんのリスクになるという話はこのサイトでこれまで何度もしてきました。運動で帳消しになるのでは、という声もないわけではありませんが、その逆に、「運動しても危険性は減らず」、「座りっぱなしは喫煙と同等のリスク」とする厳しい意見もあります。
 
 今回はその「座りっぱなし」が認知症のリスクになるという話です。

 医学誌『PLOS ONE』2018年4月12日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によると、座っている時間が長い人は内側側頭葉が薄いことがわかったと言います。

 ここは脳の解剖を整理しながらみていきましょう。脳をおおざっぱに分類すると、大脳、脳幹、小脳の3つになります。大脳と小脳があるなら中脳もあるわけですが、これは脳幹の中にあります。脳幹は、間脳、中脳、橋、延髄の4つからなります。「のうかん」の中に「かんのう」がある…、これだけでややこしくて投げ出したくなりますが、脳を理解するには、まだまだ序の口です。

 内側側頭葉は大脳の一部ですから、今回は脳幹と小脳の話はしません。大脳は外から「大脳皮質」「白質」「大脳基底核」に分類できます。つまり、大脳基底核が大脳の一番奥深い部分です。ややこしいことに、似た名前の「大脳辺縁系」と呼ばれるものがあります。これがどこかというと、部位としては、だいたい大脳基底核の外側あたりに位置するのですが、今でてきた「白質」を指すわけではなく、また、視床や視床下部と呼ばれる間脳(脳幹を構成するひとつでしたね)の一部も含みます。このあたりで脳の解剖がイヤになってくる人も多いのですが、とりあえずは大脳辺縁系というのは「解剖」よりも「機能」を重視すべきものと考えて、重要な部分に「扁桃体」と「海馬」があると覚えておけばいいと思います。扁桃体は人間の情動を司っていて、海馬は記憶に関係しています。

 ややこしい話はまだ続きます。人間の記憶は海馬だけが関連しているわけではなく、大脳皮質が委縮すると記憶力が低下します。大脳皮質は、前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つに分類できます。これらのなかで記憶に最も関連があるのが側頭葉で、その内側は内側側頭葉(medial temporal lobe、以下「MTL」)と呼ばれます。ここまできてやっと最初の地点に戻ることができました。しかし、あと1点重要なことを補足しておきましょう。MTLのさらに内側に海馬があります。ですから、海馬が人間の記憶で最も重要な部位で、そのすぐ外側に海馬の次に重要なMTLがあると考えればとりあえず前に進めます。

 ようやく今回紹介したい論文のポイントにうつれます。研究の対象者は認知機能が正常な45~75歳の男女35人。「座っている時間」と「運動量」が調べられ、脳のMRIを撮影しMTLの厚さとの相関関係が検討されています。

 結果、MTLの厚さは座りっぱなしの時間と逆相関、つまり、座りっぱなしの時間が長ければ長いほどMTLが薄くなっていることが分かりました。MTLをさらに細かくみると、海馬傍回(parahippocampal)(文字通り、海馬の横に位置する)で最も強い関係があり、嗅内野(entorhinal)、皮質(cortical)、海馬台(subiculum)(海馬の下に位置する)でも薄くなっていたのです。

 興味深いことに、運動量とMTLの薄さには相関関係が認められませんでした。

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 この研究は「運動は座りっぱなしのリスクを帳消しにできない」とする説を支持することになるかもしれません。生活習慣病やがんのみならず、認知症のリスクにもなるなら、座りっぱなしの危険性はもっと注目されるべきかもしれません。ただし、だからといって、最近一部の企業が取り入れている「スタンディング・ディスク」はかえって有害だとする指摘(注2)もあります。

注1:この論文のタイトルは「Sedentary behavior associated with reduced medial temporal lobe thickness in middle-aged and older adults」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0195549

注2:The Washington Postに興味深い記事があります。タイトルは「Study: Standing desks could be harmful to your productivity . . . and your health」で、下記URLで閲覧できます。

https://www.washingtonpost.com/news/on-small-business/wp/2018/02/26/study-standing-desks-could-be-harmful-to-your-productivity-and-your-health/?utm_term=.38c5a6cda5dd

参考:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース
2016年2月27日 「座りっぱなし」はやはり危険

医療ニュース
2015年5月29日「座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?」
2014年8月22日「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」
2014年2月28日「高齢女性の座りっぱなし、死亡リスクが上昇」
2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
2015年9月5日「立ちっぱなしも健康にNG?」

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2018年5月28日 月曜日

2018年5月29日 スタチンは認知症の予防になるか

 スタチンと言えば世界中で最も使われている悪玉コレステロール(LDL)を下げる薬ですが、コレステロール以外にも様々な効用があるのではないかと言われています。一方、糖尿病のリスクを上げることも指摘されています。

 今回お伝えしたいのは、「スタチンが認知症のリスクを下げる」とする研究です。医学誌『Scientific reports』2018年4月11日号に掲載されています(注1)。この研究は、新たに対象者を探したのではなく、既存の研究25個を総合的に分析しなおす、いわゆる「メタアナリシス」でおこなわれています。結果は下記の通りです。

 すべての認知症:相対リスク0.849(認知症のリスクを15%下げる)
 アルツハイマー型認知症:相対リスク0.719(28%下げる)
 軽度認知障害:相対リスク0.737(26%下げる)
 脳血管性認知症:相対リスクは認められず

 さらに本研究ではスタチンの種類でリスク低下が検討されています。スタチンは水溶性(hydrophilic statin)と脂溶性(lipophilic statin)に分類することができます(注2)。認知症リスク低下について次のような結果となりました。

 水溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げる(相対リスク0.877)、
         アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.619)

 脂溶性スタチン:すべての認知症のリスクを下げない
         アルツハイマー型認知症のリスクを下げる(相対リスク:0.639)

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 今回の研究はメタアナリシスですからエビデンスレベルは高いと考えていいと思います。しかし、一方ではエビデンスに基づいた検証をおこなうCochrane Libraryでは否定的な見解が示されています(注3)。

 過剰な期待は禁物ですが、特にアルツハイマー型認知症のリスクのある人には可能なら脂溶性よりも水溶性スタチンを選択する方がいいかもしれません。この論文を意識しているわけではありませんが、現在(医)太融寺町谷口医院で処方しているスタチンの95%以上が水溶性のものです。

注1:この論文のタイトルは「Use of statins and the risk of dementia and mild cognitive impairment: A systematic review and meta-analysis」で、下記URLで全文を読むことができます。

https://www.nature.com/articles/s41598-018-24248-8

注2:水溶性スタチンは「プラバスタチン」(先発品はメバロチン)と「ロスバスタチン」(クレストール)で、残りのスタチン(シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ピタバスタチン)は脂溶性です。

注3:Cochrane Libraryのウェブサイトを参照ください。タイトルは「Statins for the prevention of dementia」です。下記のURLで閲覧することができます。

http://cochranelibrary-wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD003160.pub3/full

参考:メディカルエッセイ
第133回(2014年2月)「スタチンの功罪とリンゴのことわざ」

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2018年5月28日 月曜日

2018年5月28日 避妊用ピルは自殺のリスクを上昇させるのか?

 避妊用ピル(以下「ピル」)が自殺のリスクになるとする意見は昔からあったものの、それを検証したエビデンスの高いデータはなく、また、その逆にピルを使用することでイライラや不安感などが解消されることが多いことから、ピルは精神状態を安定させると言われています。

 ところが、「ピルは自殺のリスクを上げる」という大規模調査が報告されました。

 医学誌『The American Journal of Psychiatry』2017年11月17日に掲載された論文(注1)を紹介します。

 研究の対象者はデンマークの女性約50万人で平均年齢は21歳。調査期間の1996年から2013年の間に15歳となった女性がその後自殺を試みたかどうかが調べられています。追跡期間は平均8.3年です。

 全女性の初回の自殺未遂(注2)が6,999例、自殺既遂(注2)が71例です。ピルを含む避妊用薬剤の自殺のリスクは、すべてのピルを合わせて推計すると、自殺未遂が1.97倍、自殺既遂はなんと3.08倍に上昇していました。ピルの種類ごとの自殺未遂のリスクは次のようになります。

 通常のピル:1.91倍 
 プロゲスチン単独ピル(注3):2.29倍
 避妊リング(ホルモン剤が膣内に放出されるタイプ):2.58倍
 避妊パッチ(注4): 3.28倍

 興味深いデータがもうひとつあります。自殺未遂が最も増えるのはピルを開始して2カ月の時点であることが分かったというのです。

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 衝撃的な結果だと思います。私がこの論文を目にしたのは公表されてから5カ月以上たってからだったので、きっと(日本では無関心でも)世界中で話題になっているに違いないと思ってネット検索してみたのですが、意外なことに世界のメディアもあまり取り上げていません。

 この研究は「前向き研究」であり、対象者が50万人と大規模ですからエビデンスレベルは高いと言えます。さらに興味深いのは、通常のピルよりも「安全」と考えられている他の3種のホルモン剤の方が、リスクが上昇していることです。

 私自身の実感としては、冒頭で述べたように、ピルを用いることで精神状態が安定するケースを数多く診てきていますから俄かには信じがたい結果です。ですが、これからは処方前に自殺のリスクがないかどうか検討すべきだと考えています。そして、少なくとも内服開始2カ月は注意を払わなければなりません。

注1:この論文のタイトルは「Association of Hormonal Contraception With Suicide Attempts and Suicides」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://ajp.psychiatryonline.org/doi/full/10.1176/appi.ajp.2017.17060616

注2:原文のsuicide attemptを「自殺未遂」、suicideを「自殺既遂」と訳しています。自殺未遂は何らかのアクションを起こしたものの結果的に死に至らなかったケース、自殺既遂は死亡した例です。

注3:海外ではPOP(Progestin-only Pill)と呼ばれているもので、日本では「ミニピル」と言われることがありますが、認可されていません。

注4:ホルモン剤の貼付薬です。海外では使用者が増えていますが日本では未認可です。

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