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2014年10月21日 火曜日
第134回 誤解だらけの脂肪肝とNASH 2014/10/21
患者さんの病気に対する認識が我々医療者の認識と随分と異なっていて驚かされることがしばしばあります。例えば、抗ガン剤は百害あって一利なしと思っている人、ステロイドが猛毒だと信じている人、すぐれた薬が開発されたからHIVは予防しなくてもよいと思っている人、活性酸素が怖いといって一切の運動を行わない人、などいくらでも挙げることができます。
今回はそんな患者さんの”誤解”のなかで、最近特に目立つと私が感じている「NASH」について紹介したいと思います。NASHは「ナッシュ」と呼び、正式名は「Nonalcoholic Steatohepatitis」で、日本語では「非アルコール性脂肪肝炎」と言います。(steato-というのは脂肪という意味の接頭語で医学用語ではよくでてきます)
患者さんにこの病気について最初に話をするときは「非アルコール性脂肪肝炎と呼ばれる病気で・・・」というような説明をすることもありますが、患者さんにも「ナッシュ」という呼び名を覚えてもらうように私はしています。ナッシュという言葉の響きがどこかかわいらしいですし(病態自体は憎いものですが)、ほとんどの患者さんは「非アルコール・・・」よりも「ナッシュ」の方が覚えやすいと言います。
このNASHについて何が”誤解”かというと、NASHという病気の名前を知っていてもただの脂肪肝と思っている人が非常に多いのです。これは完全な誤りで、NASHとは放っておけばガンになるかもしれない大変重要な病気です。実際、NASHの診断がついた人の1~2割は10年後に肝臓ガンになることが指摘されています。
ここで言葉を整理したいと思います。NASHすなわち非アルコール性脂肪肝炎という病名に、わざわざ「非アルコール性」と付けられているのは「アルコール性」と区別する必要があるからです。
周知のようにアルコールを飲み過ぎると肝臓がやられます。まず「アルコール性脂肪肝」という状態になり、これが進行すると「アルコール性肝炎」となり、さらに進行すると「アルコール性肝硬変」あるいは「肝臓ガン」にまで進展します。こうなれば命にかかわる状態となります。つまりアルコールというのは肝臓の組織を崩壊させ死に至る病に移行させることもある大変危険な物質なのです。(もちろん適量であれば病気をもたらすどころか、その逆に健康増進につながるものでもあります)
一方、アルコールによるものではない、単に食べ過ぎや肥満から起こる脂肪肝はそれほど重要視されてきませんでした。アルコールは依存性があるために簡単にやめられないのに対し、食べ過ぎや肥満から起こる脂肪肝は「やせればいいんでしょ」というふうに捉えられることが多いからでしょう。(実際はやせるのも大変な場合が少なくないのですが)
NASHの詳しい説明に入る前にもうひとつ別の病名を紹介したいと思います。それは「NAFLD」というもので「ナッフルディー」と呼びます。正式名称は「Nonalcoholic Fatty Liver Disease」で日本語では「非アルコール性脂肪性肝疾患」です。ナッシュと同様、これも日本語の「非アルコール性・・・」は覚えにくいでしょうから、ナッフルディーと呼ぶ方がいいでしょう。
NAFLDはNASHを含む非アルコール性の肝障害をすべて包括したものです。NASHは「肝炎」ですから肝細胞に炎症がある状態で、NAFLDの重症型と言うことができます。そして日本人のNAFLDの1~2割がNASHであると言われています。日本では健康診断を受けた人の1~3割、あるいは日本人の1,500万人~2,000万人がNAFLDであることが指摘されています。ただ、健診の結果の説明を受けるときは、「あなたはNAFLDですよ」という言われ方はあまりしないと思われます。実際には、「肝臓の数字が少し悪いですね」とか「脂肪肝になってますね」という言い方をされているはずです。
日本で1,500万人~2,000万人がNAFLDで、そのうち1~2割がNASH、そしてNASHが進行すると肝硬変や肝臓ガンになる、10年後の発ガン率は1~2割・・・、と言われればなんとしても防ぎたい疾患であることがわかると思います。
ではNAFLDにならないように肥満に気をつけよう、という考え方は間違っていません。さらに、NASHは脂肪の摂り過ぎという生活習慣の乱れからきているんだから、他の生活習慣病も一緒に予防すればいいんだな、という考えも正しいといえます。実際、NASHのなかで肝臓ガンが発生しやすい人というのは「肥満が顕著で生活習慣病を合併している人」です。例えば、NASHがあり、BMI35(身長160cmなら約90kg、170cmなら約100kg)で肝臓ガンの発生率が4倍になり、糖尿病があれば2~4倍、また高血圧も発ガンのリスクであることが分かっています。
NASHは肥満があれば起こりやすいわけですから、男性では肥満者が増加する30~40代から増え出します。女性の場合は閉経後に増えるという特徴があります。しかし、男女とも小児期から肥満があれば20代でも起こりえます。
では、やせていれば問題ないのかというと、そういうわけでもありません。特に怖いのが極端にやせている人、とりわけ拒食症を患っている人です。拒食症が「死に至る病」であることは以前紹介しましたが(注1)、拒食症の死因のひとつがNASHであろうと言われています。カレン・カーペンター(といっても若い人は知らないかもしれませんが)は拒食症から心不全を来したとされていますが、直接の死因はNASHだったのではないかとの噂もあります。
肥満がある人はやせること、あるいは拒食症の人は食べること、つまり適正体重を保つことがNASHの予防になるわけですが、では進行してしまったNASHに対してはどのような治療をすればいいのでしょう。残念ながら現在NASHに有効な薬はほとんどありません。新しい薬に期待できないのかというと、最近(2014年8月)米国でNASHに対する新薬が承認されましたので近いうちに日本でも処方可能になるかもしれません。しかし、大切なことは薬に頼るのではなく、どの段階であったとしても、つまりすでに肝細胞の障害が進行していたとしても、適正体重にもっていく努力をすることです。
どうしてもやせることができないという人には手術という選択肢もあります。どこの医療機関でもおこなっているわけではありませんが、食事量を減らすことを目的とした胃の手術がいくつかあります。(ただし、現時点ではこれらの手術に保険適用はなく全額自費診療となります)
最も侵襲性が低い(身体への負担が小さい)手術は「内視鏡的胃内バルーン留置術」と呼ばれるもので、簡単にいえば、胃カメラを用いて胃の中でバルーン(風船)を膨らませてそれを胃内に留置するという方法です。バルーンのせいで胃の体積が減ることで食事量が減るというわけです。
全身麻酔下で腹腔鏡を用いた手術(腹部を大きくあけるのではなく小さな穴を3カ所ほど開けてそこから器具を挿入する手術)もあります。「腹腔鏡下調節性胃バンディング術」といって胃全体を外側からバンドでくくって胃内の体積を小さくする方法や、「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」といって胃の大部分を切除して胃を腸のような細い管にしてしまう方法があります。
NASHは生まれたときから患っている人はいないわけですし、感染するものでもありません。たしかに、遺伝的に太りやすい、脂肪をためやすい、そしてNASHになりやすいということはあります。実際、米国でもヒスパニック系はNASHに遺伝的になりやすいことが指摘されています。
ただしすべて遺伝で決まるわけではなく、実際には遺伝よりも生活習慣の占める割合の方が大きいのです。ならば肥満(あるいは極端なやせ)がある人は、今一度肥満(やせ)のリスクについて再考し、生活習慣の見直しをするべきということになります。
NAFLDという言葉を聞いたことがないという人も、もしも健康診断などで「軽度の肝機能障害がある」、「肝臓の数字が少し悪化している」、「脂肪肝がある」などということを言われたことがあれば、NASHの可能性はないのかどうか、日常生活でどのようなことに気をつければいいのかについてかかりつけ医に聞いてみることをすすめます。
おどかすようで恐縮ですが、NAFLDの1~2割がNASHであり、NASHの1~2割が10年後に肝臓ガンになるということは覚えておいた方がいいでしょう。
注1:詳しくは下記を参照ください。
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」
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|2014年10月21日 火曜日
第141回(2014年10月) 速く歩いてゆっくり食べる(前編)
歩くことが健康増進につながるのは間違いないのですが、日常の診療では、よく歩いているのにもかかわらず生活習慣病が改善しない、という人がいるのも事実です。また「1日1万歩」という言葉が一人歩きしていますが、例えば20代の健康な人が1日1万歩をゆっくりと歩いても健康増進にはほとんど意味がないでしょうし、その逆に80代の高齢者であれば早歩きで4千歩も歩けば充分健康に寄与します。
日頃の患者さんをみていても、「営業職で歩くことが多いから大丈夫です」とか「会社から帰宅するとき散歩をしてから電車に乗るようにしています」という人でも生活習慣病が改善せず悪化していくような人もいます。その逆に、「運動の時間はとれず内勤なのでほとんど歩いていません」という人でも日常の中のちょっとした工夫でダイエットに成功し、生活習慣病が改善する人もいます。
私は医師として生活習慣病を抱える患者さんを多くみてきましたが、運動をしていても(食事の量が増えているわけでもないのに)生活習慣病が改善しない人がいること、また、その逆にあまり時間がとれなくて最低限のことしかしていないという人でも改善することも多いことが数年前から気になっていました。
当初私は、(患者さんには失礼ですが)患者さんが本当のことを言っていないのではないかと考えていました。つまり、「営業職で歩く」といってもわずかな距離を大袈裟に言っているのではないかと考え、その逆の「さほど運動できていない」と言って効果がでている人は謙遜して控えめに話しているのではないか、と思っていたのです。
しかし、数多くの患者さんを診ているなかで、どうもそういうわけでもなさそうだ、ということに気付くようになりました。ここで私が太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で診ている2人の患者さんを紹介したいと思います。(といっても患者さんの情報を公開するわけにはいきませんので、本人が特定できないようにアレンジを加えています)
ひとりめの患者さんは40代の男性(Aさん)で、仕事は通信機器の営業です。軽度の高血圧と高脂血症、さらに肥満があり、3~4ヶ月に一度私の元を受診しています。運動は得意でもないけれど苦手というわけでもないそうです。営業には電車を使い、歩く距離は少なくないと言います。また、仕事が早く終われば一駅分歩くようにしていて、さらに週末は自転車に乗ることを心がけているそうです。
できるだけ薬は使わないというのが生活習慣病の治療の基本ですし、またAさんもそのように考えているために、生活習慣の改善、具体的には食事の量と内容の見直し、そして運動をおこなうよう私は助言しています。診察を開始して2年近くがたちますが、残念ながら中性脂肪の値も血圧の数値も良くなるどころか少しずつ悪化してきています。このままでは薬を開始しなければならなくなります。
ふたりめの患者さんは50代の公務員の女性(Bさん)です。BさんもAさんと同じように軽度のメタボリック・シンドロームがあり、谷口医院受診のきっかけは、健診で異常を指摘されて、というものでした。BさんはAさんと異なり、運動は苦手とはっきりと言います。そして、主婦でもあるために運動時間をとることはできない、ウォーキングは定年退職後におこなうことを考えているけれども今は無理、ということでした。
そこで私は、今の状態でもできることをアドバイスしました。職場が3階だというので、まず職場では階段を使うこと、駅でも可能な限り階段を使うことをすすめました。電車では座らずにつり革を持って可能な範囲でつま先だちを繰り返す運動をおこなってもらうようにしました。(これを「カーフ・レイズ」と呼びます。本格的なカーフ・レイズはバーベルを持っておこないますが、自体重だけでも充分な運動になります) そして速歩きを心がけるように助言しました。結果は、これを3ヶ月おこなっただけで2kgの減量と、肝機能、中性脂肪の値が改善し、血圧も血糖値も下がったのです。(ちなみに、自宅でダンベルを用いた筋トレもすすめたのですが、これはやってもらえませんでした)
筋肉量を維持するには筋肉にある程度の負荷をかける必要がありますし、丈夫な骨を維持して骨粗鬆症を予防するのにもある程度の負荷が不可欠です。ならば筋トレをすればいいではないか、となるわけですが、先に紹介したBさんのように、理屈では分かっていても実際には・・・、という人は少なくありません。ジョギングは、特に下半身の筋肉量維持や股関節の骨折予防、また膝関節症の予防にもなるのですが、継続しておこなうのはそれなりに大変で、運動が苦手という人には相当ハードルが高いといえます(Bさんもそうでした)
ではどうすればいいのか、ですが、私はウォーキングをすすめています。ただしどのようなウォーキングでもいいというわけではありません。私は直接Aさんが歩いているところを見たことがありませんが、おそらくAさんの歩く速度では遅すぎるのです。つまり、一般的な歩行速度では、あまり意味がないということです。高齢者ならまだしも40代で普通の速度(おそらく時速はせいぜい5km/hr程度でしょう)であればあまり生活習慣病の改善にはつながらないのです。
Aさんは自転車にも乗っていると言っていましたが、市内で自転車に乗ってもあまり健康増進には寄与しません。ウォーキングにしてもサイクリングにしても少し心拍数が上昇するくらいにもっていく必要があります。しかし、心拍数が上がるほど自転車をこぐとスピードが出過ぎて危険です。ウォーキングであればこのような危険性はありませんし、少し心拍数が上昇するくらいの速度を意識するようにすれば大変有効な運動になります。
Bさんが実践しているように「階段を使う」というのも大変優れた方法です。谷口医院の何人かの患者さんは、駅では原則として階段を使うというのをルールにしています。実際にやってみると分かりますが、日頃運動をしていない人がエスカレーターを使わないというのはけっこうしんどいものです。しかし、慣れてくると階段の利用がそれほど苦痛でなくなってきます。
ウォーキングは速く歩いてこそ意味がある、というのは私ひとりが主張していることではなく科学的に実証した疫学データもあります。日本で最も有名なのは、東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利医師がおこなった青柳研究(中之条研究とも呼ばれています)です。この研究は、群馬県中之条町の65歳以上の高齢者約5,000人を対象として13年間の追跡調査をおこない、1日の歩数や運動強度と健康の関係を調べたものです。その結果「1日8,000歩、20分の速歩き」が健康の鍵という結論が導かれています(注1)。
海外でも歩く速さと生活習慣病の関係の研究はときどき報告されており、例えば医学誌『Journal of the American Heart Association』2010年4月6日号に掲載された論文では、歩くのが速い女性は脳卒中を起こしにくい、ということが述べられています(注2)。
また、最近では「運動認知リスク症候群」(Motoric cognitive risk syndrome、MCRと略されます)という疾患の概念が確立されてきています。これは、遅い歩行速度と軽度の認知異常がある状態のことをいい、認知症の前段階と言われています。ここで重要なのは、「軽度の認知異常」は本人にも家族にも分かりにくいけれども、「遅い歩行速度」なら気付きやすい(気付かれやすい)ということです。早い段階で認知症のリスクが評価されると、適切なタイミングで薬を開始することが可能になります。
私は、メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」で健康を増進させる「10個の習慣」を提唱しました(注3)。「10個の習慣」の1つがExercise(運動)であり、今回はそのひとつのExerciseについて述べました。まとめると、次のようになります。
・本格的な運動のハードルが高い人にはウォーキングがおすすめ
・ウォーキングのためのまとまった時間がとれないという人は日頃から速歩きをこころがける
・エスカレーターやエレベーターは極力避けて階段を使う
・漠然とゆっくり歩いて歩数を稼いでも健康増進には寄与しない
・日常生活で筋トレもできる。電車の中でのカーフ・レイズはそのひとつ
・年齢に応じたトレーニングを考慮する
次回は「10個の習慣」のひとつであるEating(食事)について、最近の研究結果を踏まえて効果的な食事について述べていきたいと思います。
注1:この研究は下記URLで詳しく知ることができます。
http://www.yakult.co.jp/healthist/221/img/pdf/p20_23.pdf
また、青柳医師の著書『病気の9割は「運動」が原因』(あさ出版)でも詳しく知ることができます。このタイトルは一見すると運動を否定したもののようにとれますが、実際には適度な運動が推薦されています。おそらく出版社や編集者がインパクトのあるタイトルを求めたためにこのような誤解を招くものになったのだと思います。
注2:詳しくは、下記医療ニュースを参照ください。
2010年4月14日「歩くのが速い女性は脳卒中を起こしにくい」
注3:下記コラムを参照ください
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
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|2014年10月17日 金曜日
2014年10月17日 AB型は認知症のリスクが上昇
すでに一般の雑誌などでも取り上げられているようですが、血液型がAB型の人は認知症のリスクが上昇する、という研究が話題になっています。医学誌『Neurology』2014年9月30日号(オンライン版)にこの論文(注1)が掲載されています。
研究では、45歳以上のアメリカ人の被験者約3万人を対象として記憶力・思考力の検査を実施し、3.4年後に再検査を行っています。被験者のうち、認知機能障害(cognitive impairment)があると診断された495人と、スコアが正常であった587人の対照者を比較し、血液型の違いが調べられています。
その結果、血液型がAB型の人は、思考能力の低下が起きる比率がO型の人よりも82%高かったそうです。AB型は米国人口の約4%を占めるそうです。(ちなみに、米国は相対的にAB型の人が少なく、日本では全人口の10%がAB型と言われています)
この研究で研究者らは、第Ⅷ因子にも注目しています。第Ⅷ因子というのは血液凝固に関連する物質で、これが遺伝的に体内でつくられないのが血友病です。血友病の人は無治療でいるとが出血が止まらなくなりますから、定期的に注射で第Ⅷ因子を補わなければなりません。
AB型→第Ⅷ因子高値→血液凝固が亢進→認知機能障害、と研究者らは考えたようですが、結果としてはAB型と第Ⅷ因子高値の相関はそれほど高くなく、AB型で第Ⅷ因子高値による認知機能障害が起こったと推測されるのは18%のみだったようです。
*************
AB型の人はこのような報告を聞くといい気持ちがしないでしょうが、今回の研究だけでAB型は認知症の絶対的なリスクとまで言い切れません。(この研究に影響を受けて、AB型の子どもを避けるためにA型とB型のカップルが出産を諦める、などというのはあまりにも馬鹿げています)
この研究で認知機能障害がみられた被験者は、喫煙率が高く、高血圧・糖尿病・心疾患・高コレステロール血症などを有する比率も高かったようです。
今のところ、認知症を確実に予防できる方法というものは確立されていませんが、基本的な生活習慣病の予防をしていくのが最も現実的な対処法と考えるべきでしょう。尚、私は生活習慣病を防ぐための「10個の習慣」を推薦しています。興味のある方は下記コラムを参照ください。
(谷口恭)
参照:メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
注1:この論文のタイトルは「ABO blood type, factor VIII, and incident cognitive impairment in the REGARDS cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.neurology.org/content/83/14/1271.abstract?sid=008bc994-e140-4fe4-896d-b51a15892c57
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|2014年10月10日 金曜日
2014年10月号 「社会人ナース」という選択
医学部受験を考えているんですけど・・・、という相談が私のもとにしばしば寄せられます。これは私自身が一般の大学を卒業し一般のサラリーマン生活を経た後に医学部に入学していること、そして医学部受験の本を上梓したことがあるからです。
私のように別の大学を卒業してから医学部を受験することは一般に「再受験」と呼ばれています。私が最初に上肢した本のタイトルは『偏差値40からの医学部再受験』です。実は、出版社と本のタイトルを決めるときに当初私はこのタイトルに反対でした。その理由は、「再受験」という言葉に違和感があったことと、私自身は『あなたも医学部を目指しませんか』というタイトルにしたかったからです。しかし編集者の意見は『あなたも・・・』ではインパクトが弱すぎるし、「再受験」という言葉は充分に認知されている、というものでした。
結局、編集者の意見に従うことにして自分の本に「再受験」という言葉を入れたのですが、私は今でもこの言葉に馴染めません。それに、私は「再受験」を考えている人だけを応援したいのではなく、現役生で勉強のスランプに陥っている人も、社会人の経験はなく医学部を何度も受験している人も、高卒で働いていて医学部受験を考えている人も、同じように応援したい、と考えています。
いったん大学を卒業してから、あるいはいったん会社員の経験をしてから医学の道を志すのは医師だけではなく、看護師を目指す人たちも少なくありません。しかし、別の大学を卒業しているとか、社会人の経験があるとかいった人が看護学校を受験するときにはなぜか「再受験」という言葉はあまり使いません。その代わりに、このような経験がある看護師のことを「社会人ナース」と呼ぶそうです。例えば、『日経メディカル』オンライン版では2014年9月に「社会人ナース」という言葉を使って特集記事を載せています。
一般の会社員の経験のある医師を「社会人医師」とは呼びませんし、そもそもナース(看護師)も社会人ですから「社会人ナース」などという言葉に私は違和感があるのですが、この言葉もすでに確立されているなら従うしかありません。
もっとも、私は言葉の定義にこだわっているわけではなく、今回のコラムの主題はここからです。社会人ナースが増加しており、看護学校のなかには社会人枠を設けているところも増えてきているようで、先に挙げた『日経メディカル』によれば、なんと定員の50%が社会人枠の看護学校もあるそうです。
私が日頃診ている患者さんのなかにも、「先生、あたし、看護学校を受験することにしました」と報告してくれる人がいます。私が再受験で医学部に入学したことを元々知っていて、元々看護師になることに興味があって、ついに決心したから報告に来た、という人もいれば、太融寺町谷口医院の看護師の仕事ぶりをみていて看護師という仕事に興味がでてきた、という人もいます。すでに看護学校を卒業して看護師として第一線でがんばっている太融寺町谷口医院の(元)患者さんも増えてきています。
看護学校受験を考えているんですけど・・・、という相談をメールで受けることもときどきあります。彼女らの最大の悩みは、年齢がハンディキャップにならないか、ということです。そしてこの「年齢のハンディキャップ」の悩みを細かく分類すると、①入学後の勉強についていけるか、②高卒で入ってくる若い子たちと良好な人間関係がつくれるか、③実際に仕事に出たときに年下の先輩と上手くやっていけるか、④患者さんから受け入れられるか、くらいになります。
年齢以外の悩みで多いのが、看護学校に合格できる学力がない、周囲の理解が得られない、不器用だけど大丈夫か、血をみることに抵抗がある、入学までにどれくらい貯金が必要か、などです。これらはいずれも本人にとっては深刻な悩みだとは思いますが、今回は「年齢のハンディキャップ」に絞って述べていきたいと思います。
まず上記④の、患者さんから受け入れられるか、という点についてはまったく問題ありません。私は医師になってから社会人の経験があるということで随分と”得”をしました。まず単純に年をとっていますから(私が研修医1年目のとき33歳でした)、医師としての貫禄があるわけではありませんが、患者さんからも他の医療スタッフからも、それなりの「社会人」とみなされました。
一方、24~25歳の若い研修医だとなめられたりすることもあるわけです。もちろん私も患者さんに挨拶するときは「研修医です」と話していましたが、たいがいは話の流れから「医学部に入る前は社会人をしていました」という会話になります。私の経験上、このことを否定的にとらえる患者さんは皆無でした。むしろ、現役や一浪で医学部に入学した研修医よりもアドバンテージがあったといっても過言ではないと思います。
次に、①の、勉強についていけるか、ですが、これも問題ありません。ただし、看護学校に入学すれば、おそらくこれまでに体験したことのないくらいの勉強を強いられます。睡眠時間も短くなるでしょうし、アルバイトが必要な人は自由時間がほとんどなくなるかもしれません。子育てをしている人はさらに大変です。しかし、です。”たかが”学校の勉強です。社会人の経験のある人、主婦の経験がある人、子育ての経験のある人からすれば、学校の勉強よりも遙かに大変なことをこれまでさんざん経験しているはずです。その苦労を考えればたかが学校の勉強など取るに足りません。少なくとも高卒後すぐに入学した若い人たちにできることができないはずがないのです。
②の、若い同級生との関係、については、勉強にも実習にも、そして生きるということにも熱心な元社会人の看護学生は同級生から尊敬の眼差しを受けることになります。私の知る範囲でいえば、元社会人の看護学生は講義では前の方の席に座り、講師への質問も積極的におこない、実習ではリーダーシップを発揮します。そのような学生は他の(若い)学生から尊敬されることはあっても嫌われることはありません。たとえ何らかの理由で一時的に嫌われるようなことがあったとしても、「人」として、そして「社会人」として正しいことをしていればそのうち再び周囲に人が集まってきます。
③の、職場での人間関係、特に年下の先輩との関係はどうでしょうか。医師の世界ではこれらは問題にならないのですが(私にも年下の先輩医師は大勢いますが、人間関係で悩んだことはほとんどありません)、看護師の世界は少し複雑であるという話をときどき聞きます。
先に紹介した『日経メディカル』の記事にもそれについて触れられており、せっかく社会人を経て看護師になったというのに、彼女らの「早期離職」が問題になっているそうです。ある病院の看護教育担当者によれば、「価値観が違う」「合わない」などの理由で辞めていく社会人ナースが少なくないそうです。私の経験でいえば、「価値観が違う」などの理由で辞めていくのは高卒で看護学校に入った若い看護師にむしろ多いのですが、大病院の教育担当者がコメントするくらいですから社会人ナースのなかにも少なくないのでしょう。
しかしながら、「価値観が違う」などの理由で辞めてしまった社会人ナースも、これから社会人ナースを目指そうとしている人もまったく心配することはありません。看護師を含む医療者の醍醐味は「求められている場所はいくらでもある」ということ、そして「自分の信念を曲げることなくミッションに従事できる」ということです。
「求められている場所はいくらでもある」というのは、単に日本の看護師は慢性的な人手不足である、ということだけではありません。世界に目を向けるとまともな医療を受けることのできない人たちが大勢います。そのようなところで働いても給料はもらえませんが、看護師の知識と技術、経験があれば、生涯にわたり他人に貢献することができるのです。このことだけでも看護師がどれだけ素敵な職業かということが分かるでしょう。
「自分の信念を曲げることなくミッションに従事できる」というのは、看護師のミッションが明確であるということです。患者さんの命を救い健康に貢献する、というのが世界共通の看護師のミッションです。例えば、もしもあなたがA社に勤務しておりXという製品を担当していたとしましょう。それを顧客に販売するときに、どうしてもXを売らなければならない理由はあるでしょうか。その顧客にとってはB社製のYの方がいいかもしれないですし、そもそもXもYも必要ないものかもしれません。一方、医療者が患者さんの命を救い健康に貢献すべきというのは自明なわけです。
文化や宗教が異なっても、命を救い健康に貢献する、という医療者のミッションは変わりません。もしもあなたの勤務先が不幸なことに金儲け主義の病院であったとすれば(実際にはマスコミなどが言うような金儲けを考えている医療機関はめったにありませんが)、さっさとそこを退職してまともな医療機関に転職すればいいだけの話です。あるいはどうしても人間関係に馴染めなければ、運が悪く縁がなかった、と考えて次を探せばいいのです。
私が医師になってから、医療の世界と一般の会社とは違う、と感じることのひとつに「職員が退職するときの寂しさがあまりない」というものがあります。同じ医療機関で働く医師や看護師が退職するとき、もうしばらく会えない、あるいは一生会えないかもしれない、と思うと寂しい気持ちがないわけではありませんが、「同じミッションを持つ有志だからいずれどこかでまた一緒に社会貢献ができるかもしれない」という感覚があるのです。
これは私が院長をつとめる太融寺町谷口医院でも同じです。一抹の寂しさがないわけではありませんが、長く働いた看護師が念願のやりたい仕事やボランティア、NGO活動などに専念するために退職するとき、院長の私の立場からすると「卒業生を送り出す」ような感覚になります。一般の企業であれば退職は「裏切り」と見なされることもあるでしょうが、医療機関では裏切りではなく「卒業」になるのです。
年齢のハンディキャップなどほとんどなく、たとえ多少のハンディがあったとしても看護師の仕事の醍醐味を考えれば取るに足らないものである、ということを社会人ナースを目指している人に知ってもらいたいと思います。
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|2014年10月6日 月曜日
2014年10月6日 東京のカレー屋で腸チフスの集団感染
2014年9月に東京で最も話題になった感染症といえばなんといってもデング熱であり、その他の感染症はほとんど注目されなかったと思います。デング熱以外に、どうしても看過できない感染症の報告が東京都千代田区でありましたので、遅くなりましたがここでお伝えしておきたいと思います。
その「どうしても看過できない感染症」とは腸チフスです。
2014年9月10日、東京都は、東京都千代田区麹町のカレー屋「D」で食事をした9~40歳の男女合計8人が下痢や発熱などの食中毒症状を訴え、そのうち6人から腸チフス菌が検出されたことを発表しました。今回の腸チフスの報告がなぜ見逃せないかというと、海外から帰国した直後の腸チフスの報告はしばしばありますが、今回のように国内での感染、しかも集団食中毒というのは最近ではなかったからです。(少なくとも厚労省で統計をとりだした2000年以降での報告はありません)
東京都によりますと、症状を訴えた8人は、2014年8月8日前後に「D」が調理した食事や弁当を食べたようです。重症化した6人が入院しましたが全員が治癒したそうです。「D」は9月6日から営業を自粛し9月15日から再開しています(注1)。
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一般に、腸チフスは衛生状態が良くない地域に発生する感染症で、日本でも戦前から戦後しばらくの間はそれなりに感染者がいましたが、環境衛生の改善で、国内での感染はほぼなくなりました。今も年間100例程度の報告はありますが、これらはほぼすべて海外で感染したケースです。特にインド、パキスタンなど南アジアでの感染が目立ち、(なぜか)東南アジアではあまりありません。
今回はカレー屋での発症ですから、南アジアから輸入した食材に含まれていた可能性が高いと考えられます。腸チフスはヒトからヒトへの感染はありませんし、デング熱のように他の生物が媒介することもなく、食べ物以外からの感染はほとんどありませんから慌てる必要はないと思います。
ただし、南アジア料理が普及するにつれ、このような事例は今後増えていくかもしれません。腸チフス菌に効果のある抗菌薬はたくさんありますから、耐性菌に悩まされる心配は(今のところ)ありません。ただ、他の細菌感染に比べて抗菌薬を比較的長期間使用しなければならないことが多く、診断がつけば入院になるのが普通です。
腸チフスの診断がつくのはときに遅れることがあるのですが、その理由のひとつは、必ずしも下痢が伴わないということです。むしろ便秘になることも多く、発熱や頭痛に皮疹が現れることもあり、患者さんからみれば、下痢も嘔吐もないことから食中毒は考えないのです。また、アジア帰りで、蚊に刺されたエピソードがあったりすると、医療者の方も先にデング熱やチクングニヤを疑ってしまいます。
腸チフスにはワクチンがありますが日本で認可されている製品はありません。腸チフスとよく似た感染症にパラチフスと呼ばれるものがあり、症状は腸チフスと似ておりやはり抗菌薬で治療します。ただしパラチフスにはワクチンはなく、腸チフスのワクチンを接種していてもパラチフスには無効です。
ちなみに、よく似た名前の感染症に「発疹チフス」というものがありますが、これはリケッチア属に属する細菌感染で、腸チフスやパラチフスの原因菌とはまったく異なり、治療法も違います(有効な抗菌薬のタイプが異なります)。では、なぜ似たような名前がついているのかというと症状(発熱、皮疹)が似ているからです。
さらにややこしいことに、腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。
このあたりがややこしくて、私は医学生の頃、覚えるのに苦労しました・・・。
注1:カレー屋「D」はその後閉店したようです
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|2014年9月29日 月曜日
2014年9月29日 世界の自殺者、ガイアナ、北朝鮮、韓国がトップ3
長い間日本は自殺大国と呼ばれてきました。1998年に年間の自殺者が初めて3万人を超え、警察庁の統計(注1)によると、その後2011年まで14年間連続で年間3万人以上の自殺者が続きました。2012年、2013年はいずれも3万人を下回っていますが、それでも依然、日本は自殺大国と感じている人が多いのではないでしょうか。
WHOによる世界の自殺者数の報告によりますと(注2)、2012年の日本の自殺者は人口10万人あたり18.5人です。これは決して少なくない数字ですが、世界にはもっと大勢の自殺者をうみだしている国もあり、日本は18位になります。
1位から20位を並べてみると(かっこの中の数字は人口10万人あたりの自殺者数)、ガイアナ(44.2)、北朝鮮(38.5)、韓国(28.9)、スリランカ(28.8)、リトアニア(28.2)、スリナム(27.8)、モザンビーク(27.4)、ネパール(24.9)、タンザニア(24.9)、カザフスタン(23.8)、ブルンジ(23.1)、インド(21.1)、南スーダン(19.8)、トルクメニスタン(19.6)、ロシア(19.5)、ウガンダ(19.5)、ハンガリー(19.1)、日本(18.5)、ベラルーシ(18.3)、ジンバブエ(18.1)となります。
地域でまとめてみると、南米2国(ガイアナ、スリナム)、東アジア3国(北朝鮮、韓国、日本)、南アジア3国(スリランカ、ネパール、インド)、旧ソ連5国(リトアニア、カザフスタン、トルクメニスタン、ロシア、ベラルーシ)、アフリカ6国(モザンビーク、タンザニア、ブルンジ、南スーダン、ウガンダ、ジンバブエ)、東ヨーロッパ1国(ハンガリー)となります。
自殺者が少ない(トップ20に入っていない)地域は、ハンガリー(及びリトアニア)を除くヨーロッパ諸国と北米とオセアニア、中東、そして東南アジアということになります。
自殺者が少ない地域はおおむね先進諸国に多いようですが、東南アジアに少ないことにも注目すべきでしょう。また、かつては自殺が多いと言われていた北欧諸国は相対的には多いとはいえません。
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マスコミの報道をみていると、「日本は先進国で〇番目」という表現をよくおこないますが、私はこのような報道の仕方に疑問を感じています。例えば読売新聞は2014年9月5日のオンライン版で「韓国1位の自殺者割合、日本は4位…高所得国で」というタイトルでこのWHOの報告を紹介し、日本を、韓国、リトアニア、ロシアに次いで4番目に自殺者数の多い国としています。
読売新聞がハンガリーを高所得国に入れないのはなぜでしょうか。1人あたりのGDPをみてみると、リトアニアが16,529ドル、ハンガリーが19,449ドルで、リトアニアを高所得国とするならハンガリーも入れなければならないことになります。もっとも、この数字はwikipediaに記載されたものですから私のこの意見も信憑性はありません。私が言いたいのは、ハンガリーを高所得国に加えるべき、ということではなく、高所得とそうでない国を分けて自殺者を論じることにどれだけの意味があるのかが疑問、ということです。
さて、自殺の国際比較というのは日本では内閣府自殺対策推進室がときどき発表していますし、先進国だけのものならOECDも公表しています。今回のWHOの発表がおそらく一番新しいものと思われますが(ただしWHOのサイトには更新した日付が記載されていません)、私の知る限り、これまでのどのデータでもガイアナを1位としたものはありませんでした。
ガイアナはカリブ海に面する南米の国で、以前はガイアナではなく「ギアナ」と呼ばれていたはずです。今でもあのあたりの高地は「ギアナ高地」と呼ばれており、テーブルマウンテンと呼ばれる台形状の切り立った山は観光地として有名です。6位にランクされているスリナムはガイアナの東に位置しています。
南米のラテン系の民族は自殺から最もほど遠い、と言われることがありますが、これはすでに過去のことなのでしょうか。もっとも、この2国を除けば南米だけでなく中米も含めて自殺者数はさほど多くありません。北米も相対的には多いとはいえません。では、なぜガイアナ、スリナムの2国のみ突出して自殺者が多いのでしょうか。私には皆目見当がつきませんが、この理由は調べる価値があるのではないかと思います。
自殺する理由は人それぞれでしょうが、地域に偏りがあるということは何らかの文化的・社会的な背景があるはずです。貧困や社会格差、社会保障制度、医療へのアクセス、地域社会ネットワークの充実度など様々な要因があり、これらの分析はかなり複雑になるとは思いますが、自殺学を研究している人たちに是非頑張ってもらいたいと思います。
我々のように日々患者さんをみている医療者にとって、患者さんが自殺するということは何としても避けたいのですが、残念ながらなかにはそのような選択をする患者さんがいます。医療者による自殺のリスクを図る検査の研究や自殺を減らす食事などの研究も増えてきていますが実用化には至っていません。少しでも自殺を防ぐために、医療以外の観点からの自殺に対する考察に私は期待しています。
(谷口恭)
注1:警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等は下記のURLで閲覧できます。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/pdf/saishin.pdf
注2:WHOのこのデータは下記URLで閲覧できます。
http://apps.who.int/gho/data/node.main.MHSUICIDE?lang=en
参考:
メディカルエッセイ
第27回(2005年11月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか①」
第28回(2005年12月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか②」
第29回(2005年12月)「なぜ日本人の自殺率は高いのか③(最終回)」
医療ニュース
2014年9月2日「血液検査でわかる自殺のリスク」
2013年11月11日「自殺のリスクが低くなる食事とは」
2013年1月31日「自殺者が3万人を切ったものの・・・」
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|2014年9月22日 月曜日
第133回 デングよりチクングニアにご用心 2014/9/22
今月(2014年9月)に日本で最も注目された感染症といえばデング熱でしょう。8月27日に国内での感染が1945年以来69年ぶりに報告され、その後感染の報告が相次ぎました。厚生労働省の発表によりますと、9月19日時点で感染者は141名に上り、大半は代々木公園を中心とした東京の公園に近づいた人ですが、なかには、最近東京を訪れたことがなく、海外への渡航歴もない千葉県の男性が感染していたという報告もあります。
2014年8月は連日エボラ出血熱の報道が相次いでいたわけですが、それが東京でデング熱の報告があったとたんに、各マスコミは手のひらをかえしたようにエボラ出血熱にはほとんど触れなくなり、連日デング熱一辺倒となりました。(エボラ出血熱は9月中旬の時点で終息に向かっておらず今回の流行による感染者は6千人にせまる勢いで、すでに2,700人以上が死亡しています)
デング熱を媒介する蚊はネッタイシマカとヒトスジシマカの2種が知られており、ネッタイシマカの方が感染を広げやすいと言われています。日本にはネッタイシマカは存在せず、それほど感染が広がらないと言われているヒトスジシマカのみが生息しているだけであり、さらにそのヒトスジシマカも気温が下がれば生息できませんから、今後急速に感染者の報告がなくなることが予想されます。マスコミは次々に旬の話題を探しますから、おそらく10月になれば紙面から「デング熱」という文字が消え去ることでしょう。
来年(2015年)以降はどうかというと、ヒトスジシマカが再び出現しだす5月頃からデング熱の新たな報告が出始めるかもしれません。国内在住の日本人の感染が起こるとすれば、おそらく今回と同じように海外から渡航した感染者を日本の蚊が刺すことから始まるものと思われます。(『医療ニュース』「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日)で述べたように、流行地域から来日した外国人のなかに感染者がいた可能性を私は考えています)
デング熱は現在台湾や香港でも問題になっています。地球温暖化と共にデング熱の流行地域も少しずつ北上しているわけで、地理的に考えると、日本で流行するならまずは沖縄が考えられます。台湾の最北部である基隆市と与那国島は100km程度しか離れておらず、天気のいい日は与那国島から台湾が、また台湾から与那国島が見えることもあるそうです。(台湾のどこから与那国が見えるのかは分りません。私は一度台湾の基隆市を訪れたときに港まで行ってみたのですが曇っていたこともありまったく見えませんでした)
ただ、私は台湾や香港から沖縄へデング熱が波及するのには少し時間がかかるのではないかと考えています。東南アジアから中国大陸は陸続きですし、中国大陸と台湾は目と鼻の先で、数多くのフェリーが運行しています。しかし、台湾と沖縄は、かつては人の行き来が相当盛んであったのにもかかわらず、現在は文化的に遮断されているとまでは言えないでしょうが、かつての交流が嘘のように社会的距離が遠のいています(注1)。
台湾や香港、あるいは中国南部とのフェリーの行き来がほとんどない沖縄にデング熱が流行するのにはしばらく時間がかかると思われます。しかし、今年(2014年)に東京で流行したのと同じ理由で沖縄に感染者が出る可能性はありますし、沖縄で最も注意が必要な点は、ネッタイシマカが生息しうる気候であるということです。
現在ネッタイシマカの生息地域はじわじわと東南アジアから北に上ってきており、すでにベトナムとの国境付近の中国や台湾でも生息が確認されています。もしもネッタイシマカが沖縄に上陸すれば一気に蔓延する可能性があります。実際、現在は沖縄にネッタイシマカはいないとされていますが、過去には報告もあったのです。そして、先にも述べたようにデング熱はヒトスジシマカよりもネッタイシマカで流行しやすいのです。
さて、前置きが長くなりましたが、今回はここからが本題です。デング熱に注意が必要であることには変わらないのですが、私は今後日本人が蚊が媒介する感染症で最も注意しなければならないのはデング熱ではなくチクングニア熱(注2)ではないかと考えています。
『医療ニュース』「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)でお伝えしましたように、現在フロリダではカリブ海由来のチクングニアが問題になっています。ちょうど日本のデング熱流行と同じように、カリブ海から渡航した人を元々フロリダにいた蚊が刺して、次に米国人に刺してウイルスが感染、というケースが考えられているそうです。
『医療ニュース』でも少し触れましたが、現在カリブ海ではチクングニア熱が極めて早いスピードで蔓延しています。この感染症は従来この地域になかったものです。1~2年前から広がったのではないかと言われていますが、チクングニア熱のカリブ海沿岸での正式な報告はつい最近、2013年の12月です。その後瞬く間に感染者の報告が増え、これまでにカリブ海沿岸の約50万人が感染したと言われています。この増殖のスピードはデング熱の比ではありません。
チクングニアと聞くと、今はアジア方面によく旅行に行く人はガイドブックなどでも目にするでしょうが、そのアジアでもこれだけ有名になったのはつい最近のことです。チクングニアはアジア発症ではなくアフリカ由来の感染症です。私が医学部の学生時代にはチクングニア熱などという疾患名はほとんど聞きませんでしたが(アフリカにはもっと重要な感染症が山ほどあります)、チクングニアというこの”奇妙な”名前はタンザニア語で「折り曲げる」という意味だそうです。感染すると、関節痛がひどいために身体を”折り曲げて”歩くようになるからこのように命名されたのだそうです。そして、世界初のチクングニアの報告は1953年のタンザニアです。
ちなみにタイでは初めてのチクングニアの報告は1958年ですが流行にはいたっていません。1995年に小さな流行がありましたが翌年には終息したそうです。ところが2009年に南部地方を中心に流行が起きその後は現在も感染者が増加する一方です。カリブ海沿岸諸国と同様、やはり流行のスピードには注目すべきです。2009年前半に2万人以上の報告が寄せられましたが、このときの首都バンコクでの報告は10人未満です。
チクングニア熱について、最近ではマスコミの記事が散見されるようになってきましたが、どうも「デング熱と同じようなもの」というニュアンスで伝えられているような感じがします。しかし、これは一見正しいようで正しくありませんのでここで解説しておきたいと思います。
まず、デング熱と似ているのは、ネッタイシマカとヒトスジシマカが媒介すること(注3)、蚊に刺されて比較的短期間で発症すること、ワクチンも特効薬もないこと、重症化することは少ないこと、などです。
ここからは異なる点をあげたいと思います。
まずは多くはありませんが「重症化」についてです。デング熱で重症化することがあるとすればデング出血熱を発症する場合ですが、これは2回目以降の感染時に前回とは別のタイプのデング熱ウイルスが感染した場合とされています。一方、チクングニア熱は、1回目の感染でも(頻度は多くありませんが)呼吸不全、心不全、髄膜脳炎、劇症肝炎、腎不全などが起こることがあり、さらに死亡例の報告もあります。
次いで母子感染のリスクがあります。デング熱が母親から胎児に母子感染する例はあってもわずかとされていますが、チクングニア熱は母親から胎児への感染率は約50%とされています。(タイの英字新聞『The Nation』2009年7月1日) ちなみに、ウィキペディアでチクングニア熱を調べると「妊婦に対して悪影響はない」と書かれていました・・・。
「慢性化」があるということも知っておくべきでしょう。デング熱は高熱で苦しめられることはありますが、ほとんどは1週間程度で回復します。一方、チクングニア熱は、大半は急性症状を乗り越えれば治癒しますが、なかには1年以上症状が続くこともあり、関節痛がひどくて日常生活がまともに過ごせないこともあります。(チクングニアの名前の由来を思い出してください)
最後に、これは先にも述べたことですが、感染力の強さというか蔓延のスピードをもう一度考えてみてください。カリブ海沿岸では正式な報告の第1号から半年ほどの間に約50万人が感染しているのです。チクングニアがいったん日本で流行しだすと2014年のデング熱騒ぎの比ではないかもしれません。
蚊取り線香、虫除けスプレーやクリーム(DEET)、肌が弱い人はシトロネラ(レモングラスに似た植物です)、などは来年の夏から必需品になるかもしれません。ちなみに、蚊取り線香は日本製が世界で最も優れていると言われています。最近はマンションが増えたこともあり蚊取り線香を使う家屋が減っているかもしれませんが、マンションでも高層階でなければ蚊は出ます。
「日本の夏、〇〇〇〇〇の夏」というのは昔よく聞いた蚊取り線香のメーカーのキャッチコピーですが、今一度日本の”文化”を思い出し、「夏になれば蚊取り線香」という日本人の習慣を取り戻すべきかもしれません。
注1:「表の日本史」には出てきませんが、戦後しばらくの間、八重山諸島は台湾との密貿易で驚くほどの好景気に沸いた時代がありました。これがエスカレートし、沖縄の米軍基地から盗まれた最新の兵器が台湾に流れていることが発覚し、それまで大目に見ていた日米政府が厳しく取り締まるようになったと言われており、八重山諸島の好景気はわずか数年で幕を閉じたそうです。
注2:チクングニア(chikungunya)の日本語表記は、媒体により「チクングニア」であったり「チクングニヤ」であったりしており、このウェブサイトでもこれまではどちらを使ったこともありました。厚生労働省のサイトでは「チクングニア」とされているために、当院でも今後は「チクングニア」に統一したいと思います。
注3;ヒトスジシマカもネッタイシマカも日中にも活動します。一方、マラリアを媒介するハマダラカは夜間に活動します。このためなのか、私は以前、タンザニア方面に長期渡航するという患者さんから「蚊の対策は夜だけでいいですよね。日中は短パンでも問題ありませんよね」と言われたことがありますがこれは完全に誤りです。この患者さんにデング熱やチクングニアを媒介する蚊は昼間に活動すること、チクングニアの名前の由来はタンザニア語であることを伝えると大変驚かれていました。
参考:
医療ニュース「デング熱騒ぎで報道されない2つの重要なこと」(2014年9月5日)
医療ニュース「米国国内で蚊からチクングニアに感染」(2014年8月18日)
はやりの病気第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
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|2014年9月20日 土曜日
第140回(2014年9月) 頑張れマクドナルド!
私のようにクリニックを開業している医師は法的には公務員ではありませんし、クリニック自体も法的には公的機関ではありません。しかし、保険診療中心のクリニックであればクリニック自体は”公的な”機関と言えるでしょうし、医師というのは”公的な”存在、もっと言えば「全体の奉仕者」あるいは「公僕」とみなされるべきと私は考えています。
公僕として存在すべき医師は、日本医師会の「医の倫理要項」第6条にもあるように、営利を求めてはいけませんし、特定の団体に便宜を図るようなことをおこなってもいけません。特定の製薬会社の薬品を偏って処方してはいけませんし、特定のサプリメントや健康食品、化粧品などをすすめることもできません。マスコミからの問い合わせや取材依頼はしばしば来ますが、「特定の製品や治療法に肩入れするような取材は受けない」というのが太融寺町谷口医院のポリシーです。
かつて、このサイトの『マンスリーレポート』で「この夏の暑さと塩と味の素」(2013年8月号)というタイトルで「味の素」を絶賛したことがありますが、これは味の素が塩分を制限するのに有効であり、かつ競合品が日本でもアジアでも(私の知る限り)存在しないからです。
今回はこのように私が決めている「特定の製品を肩入れしない」というルールから逸脱するかもしれませんが、あえてマクドナルドについて取り上げたいと思います。
2014年8月31日の日経新聞に掲載された「マクドナルド負の連鎖」というタイトルの記事は同社の停滞ぶりを多角的に伝えています。中国の鶏肉の「期限切れ事件」や「豆腐しんじょナゲット」が8割以上の店舗で過剰請求されていた事件などに触れ、既存店売上高が急落し、業績の予想すらできない窮状に陥っていることを報じています。
この日経新聞の記事は法的、あるいは経済的・経営的な観点から論じられており、また日経以外のマスコミのマクドナルドの報道をみてみても、数年前まで「原田マジック」などと持ち上げられていた原田前社長の経営方法は実はフランチャイズの売却益が出ていただけではないのか、とか、現在のサラ・カサノバ社長兼CEOでは再建は無理ではないか、とか、そういった内容のものが目立ちます。
今回は、医学的な観点から(と呼べるほどのものではありませんが)、私は日頃接している患者さんにマクドナルドについてどのように話しているか、そしてマクドナルドがこれからどのように社会貢献できるのかについて意見を述べてみたいと思います。
その前に、私自身にとってマクドナルドとはどのような存在なのか、なぜ、他のバーガーショップではなくマクドナルドが気になるのか、について話したいと思います。
私がファストフード店でハンバーガーを初めて食べたのは小学校5年生のとき、1979年でした。大阪の近鉄上本町にあるマクドナルドで食べたメニューは、普通のハンバーガーとフライドポテトS、そしてマックシェイクのセットです。このときのことを私は今でもはっきりと覚えています。
そもそもハンバーグなどというものは、当時の私の家にとっては月に一度食卓に上がるかどうかの贅沢品でした。それをパンにはさんで手で食べるというのが私には衝撃的だったのです。最初の一口を食べたときのあの美味しさは絶筆に尽くしがたいとしか言いようがありません。私にとってはピクルスというものも初めての経験で世の中にこんなに美味しいキュウリがあるのかと驚きました。じゃがいもと言えば、てんぷらにするか味噌汁にいれるかくらいしか知らなかった私はマックフライポテトにも感動しました。マックシェイクにいたっては、じっくりと味わって食べなければならない貴重なアイスクリームをストローで飲んでしまっていいのか、こんな贅沢は許されるのか、と罪悪感を覚えたほどです。
物心がついたときからマクドナルドは身近にある、という人にはこういった感覚は分らないでしょうし、私のことを大袈裟と思うでしょう。しかし、当時の私たちにはマクドナルドというのは頭をハンマーで殴られるほどのカルチャーショックであり、私の友達などは「妹にも食べさせてあげたい」と言って、ハンバーガーをお土産に持って帰っていたほどです。大阪から当時の私たちの地元(三重県伊賀市)は2時間くらいはかかりますから、家に着く頃にはハンバーガーは冷たくなっています。それでも貴重なお土産になったのです。(ちなみに三重県伊賀市(当時は上野市)にマクドナルドができたのは私が高校を卒業してからです。ファストフード店がない田舎では、学校が終わってから友達とダラダラする場所は友達の家かゲームセンターくらいでした)
大学生になってからの私はマクドナルドに入り浸りでした。多いときは週に5回は利用していました。朝マックを食べて夕食もマクドナルドで、という日もありましたし、夜中の店舗のメンテナンスのアルバイトをしていた当時の友人から廃棄処分にするハンバーガーを分けてもらってもいました。(このようなことは今の時代に発覚すれば大変なことになるでしょうが1980年代当時はあまり問題視されていなかったと思います)
念のために言っておくと、私はマクドナルドを盲目的に崇拝しているわけではありませんし、他のバーガーショップよりマクドナルドが優れていると言っているわけでもありません。私が沖縄を訪れるときはマクドナルドよりもむしろ「A&W」をよく利用しますし、大阪にいるときも他のバーガーショップにもよく行きます。
それでも私にとってのマクドナルドというのは、初めて食べたときの衝撃が今でも脳裏に焼き付いていますし、学生の頃(関西学院大学時代)に最も頻繁に利用した食べ物屋ですから、いくらかの思い入れがあるのは事実です。新聞の見出しに「マクドナルド」という文字があれば必ず目を通しますし、これからも少なくとも月に一度くらいは食べに行くつもりです。
さて、私のマクドナルド回想記はこれくらいにして、少しは医学的な観点から述べてみたいと思います。同社には申し訳ないですが、私は患者さんに食事指導をするときに「マクドナルドは利用回数を減らしましょう」と話すことが増えてきています。ファストフードが健康によくないという研究が増えてきていますし(注1)、研究を待たなくても生活習慣病や肥満を気にしている人がマクドナルドのメニューが良くないのは自明です。
他のバーガーショップに比べてもマクドナルドが良くないのは「マックフライポテトM」の量が多すぎる、ということです。これにハンバーガーのパンを食べるわけですから、カロリー過剰摂取になるだけでなく炭水化物の過剰摂取も明らかです。特に糖質制限を考えている人などからすれば、マクドナルドのポテトを含んだセットメニューは絶対NGと考えるべきでしょう。ならばSサイズのポテトを選べばいいではないか、となりますが、ほとんどのハンバーガーのセットにつくポテトはだいたいMサイズになっています。ポテトの代わりにサラダも選べますが、サラダは1種類だけであり、ポテトMに比べると魅力に乏しい気が(私は)します。
余計なお世話だ、と思われるでしょうが、これからのマクドナルドに求められるのは「健康になるためのファストフード」と私は考えています。もっと言えば「健康のためにマクドナルドへ!」というキャッチコピーをつけるくらいになってほしいのです。現在は輸送技術が随分と発達しており、新鮮な野菜や果物を産地直送で届けるサービスなども普及してきています。もしもマクドナルドに行けば新鮮な野菜や果物がふんだんに食べることができて健康になれる、となればどうでしょう。ハンバーガーはカロリーと炭水化物の量を考慮したものとして、セットメニューのポテトを今のSサイズの半分くらいにし、新鮮な野菜や果物を加えられないでしょうか。
さらにウェブサイトではマクドナルドを利用して健康になる食事療法を紹介し、糖質制限や塩分制限をおこなっている人のためのメニューも紹介するのです。健康教室を開いてもおもしろいでしょう。はっきり言えば、現在のマクドナルドは「ジャンクフードの代表」というイメージがあります。これを根底から覆して「健康食の代表」にするのです・・・。
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このコラムの下書きを書き終えた日、私はたまたま大阪駅近くのマクドナルドに行く機会がありました。よく訓練された従業員がてきぱきと顧客を案内し丁寧な対応をしてくれるおかげで私も含めてみんなが満足している様子でした。憧れの「ビッグマック」(学生の頃は手が出ない高級品でした)を食べた私はその美味しさに満足し店を後にしました。店内は満員でしたが、次から次へと新しいお客さんが押し寄せ長い行列をつくっていました。
どうやら私がマクドナルドの先行きを心配するのは「余計なお世話」だったようです。ですが、1人のマクドナルドファンとして、マクドナルドが「健康食の代表」と呼ばれる日がいつか来ることを願っています・・・。
注1:例えば、週2回のファストフード店の利用で、糖尿病発症リスク、心筋梗塞による死亡のリスクが、それぞれ27%、56%上昇するという研究があります。この論文のタイトルは「Western-Style Fast Food Intake and Cardiometabolic Risk in an Eastern Country」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://circ.ahajournals.org/content/126/2/182.full?sid=309d67ec-0597-48b8-8be8-686391b53d96
参考:
医療ニュース2013年6月7日「近所にファストフード店が多いと肥満リスク増大」
メディカルエッセイ第126回(2013年7月)「我々はベジタリアンの道を進むべきか」
メディカルエッセイ第114回(2012年7月)「糖質制限食の行方」
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|2014年9月12日 金曜日
2014年9月号 私のリハビリ体験記~させない傘とウォーキング~
交差点まであと20メートル・・・。もう少し・・・。しかし私の左腕はいうことを聞いてくれず傘が左横にずり落ちていきます。右腕は雨に濡れだした状態をとっくに超えて半袖のTシャツの右腕の部分はもはや絞れば水がしたたりおちるほどびしょびしょになっています。ついに私は左手で傘をさすことを断念し右手に持ち替えました・・・。
前回の『マンスリーレポート』では、手術は成功したものの左腕の筋力低下はほとんど改善していない、ということをお伝えしました。『メディカル・エッセイ』では、「難病を患うということ」というタイトルで、症状が改善しないことから治らないと思い込み、私の精神状態が悪化していったこと、過去に診させてもらった脊髄損傷の患者さんやタイで出会ったすでに他界しているエイズの患者さんのことなどを思い出し頑張るしかないと認識したこと、などについて述べました。
最近はコラムの内容が自分のことばかりになり恐縮ですが、今回もその後の経過のことについて述べてみたいと思います。
冒頭で紹介したのは、8月下旬のある日、夕立のような大粒の雨が降るなか、クリニックからの帰宅途中の私の体験です。筋力低下が進行した2014年4月中旬から左手で傘を保持するのが困難になっていたのですが、手術を受けた後ですからリハビリのひとつとして左手でさしてみることにしたのです。50メートルくらい進んだところで左腕に力が入りにくくなり、それは加速度的に悪化していきました。
傘がさせない悔しさ、というのは体験してみないと分りにくいと思います。機能障害を伴う他の疾患もそうだと思いますが、今まで何の問題もなくできていたことが突然できなくなる、というのは、たとえそれが些細なことであったとしても本人からすると辛いものです。左がダメなら右で持てばいいんじゃないの?という意見もあるでしょうし、私自身もそのように考えるように努力していますが、「そっか、自分にはまだ右手が残っているんだ」、と瞬時に発想を切り替えられるような人はそれほど多くないでしょう。
しかし、時間がかかったとしても、結局のところはそのように発想を切り替えて、今ある機能を大切にし、障害がでた部分については可能であればリハビリで回復を期待するのが現実的な対策ということになります。
私の場合は、大変幸いなことに、リハビリに積極的にむかえるモチベーションがあります。退院して診療の現場に復帰すると、大勢の患者さんから励ましの声をかけていただきました。20代から70代まで、男性の患者さんも女性の患者さんも私の身体を心配してくれて、「退院できてよかったですね」とか「思っていたより元気そうで何よりです」とかいった嬉しい言葉をかけてくれるのです。(よく考えてみると、これらの言葉は本来医者が患者さんにかける言葉です・・・)
なかでも意外だったのは複数の患者さんからいただいた「おかえりなさい」という言葉です。「おかえりなさいって・・・。これが医師が患者さんからもらう言葉か・・・」と、後になってこの言葉を何度も噛みしめて嬉しさに浸ることも何度かありました。
こういった言葉を繰り返し聞いていると、頑張らなければ・・・、という思いが強くなりリハビリに励むことができます。入院中から執刀医の先生に歩くことをすすめられていて、手術の翌々日からは毎日病院の外でウォーキングをしていましたから、私は可能な限り退院後もウォーキングを続けています。
入院するまでの私は、毎朝5時に起きて、少し長めに入浴を楽しんで、それから新聞を読んで、その後メールのチェックと返信をして、6時すぎにクリニックに到着、という生活スタイルでしたが、これを少し変更して、5時起床、ウォーキング、入浴ではなく短時間のシャワー、新聞、メールは読むだけで返信はクリニックに到着してから、というかたちにかえました。クリニック到着は6時半を回ることになり、それからメールの返信をしますから時間に追われることになりますが、なんとか続けていけそうです。
ウォーキングを始めてみて意外だったのは、ウォーキングは思っていたような退屈なものではない、ということです。私は左腕の障害がでるまでは、クリニックが休診の木曜と日曜の早朝に(元気があれば)ジョギングをしていたのですが、ジョギング中にウォーキングをしている人をみると、「歩いているだけで楽しいのかな、まだ若いんだから走ればいいのに・・」などと(大変失礼なことを)感じていたのですが、ウォーキングで充分、というかむしろウォーキングの方が楽しく続けられることに気付きました。
もっとも、以前私がジョギングをしていたのは、走っているときが楽しいからではありませんでした。私にはいまだに「ランナーズ・ハイ」が訪れたことがありません。ジョガーやランナーのなかには、ランナーズ・ハイの快感がたまらず、いくらでも走り続けていたくなる、という人がいますが、私にはこの感覚はなく、走っているときに考えることは「いつ走ることをやめてこの苦しさから解放されるか」だけです。
では何のために私は走っていたのかというと、ジョギングの後のシャワー、ジュース、食事、この3つが最高に楽しめるからです。特にジョギングの後の炭酸ドリンクは私にとって至福の時間であり、生きていることを実感できるひとときなのです。(減量目的や糖尿病の治療目的でジョギングをしている人、つまり炭酸ジュースNGの人には大変失礼なコメントですが・・・)
ウォーキングではジョギングほどカロリーを消費しませんし発汗量も少ないですから、私の3つの楽しみのシャワー、ジュース、食事はそれほど楽しめません。しかし、ウォーキングの長所もあります。
一番の長所は「開始時のハードルが高くない」ということです。ジョギングの場合、やはりしんどいことですから、とっかかりにそれなりの”勇気”が必要です。実際、早朝に目覚めたのはいいものの、ジョギングがイヤになり何とか走らなくてもいい言い訳はないかと考えてしまうことがしばしばありました。激しい雨が降っていると「ラッキー、これで走らなくてもいい理由ができた!」などと考えてしまうこともありました。これでは強制されているわけでもないジョギングを何のためにしているのか分りません。
その点、ウォーキングはハードルが低く、もう少し寝ていたいな、という気持ちはありますが、とりあえず外に出て数歩も歩けば、「よし、今日もいつものコースを歩こう」、という気持ちに切り替わります。雨の日でも傘を(右手で)させばウォーキングはできますから、雨だから中止という言い訳はできません。実際、退院してから3回ほど雨が降った日がありましたが(コースは少し短くしていますが)降っていない日に比べてそれほど辛いというわけではありません。退院後に私がウォーキングを休んだのは2日だけで、その2日とは東京で開催されたアレルギー専門医セミナーに参加するため6時前に家を出た日と、やはり東京での渡航医学会の研修に参加するのに深夜特急(サンライズ瀬戸)に乗るために深夜に家を出た日です。
二番目の長所は、これは今の私にしか当てはまらないことですが、左腕をどこまで振り続けることができるか、を評価できるということです。腕をおろし普通に歩く分には困りませんが、走るときのように、あるいは競歩の選手のように腕を振って歩くと、私の左腕は冒頭で述べた傘をさしたときのように次第に力が入らなくなりだらりと垂れ下がってしまいます。退院直後のウォーキングでは、せいぜい数百メートルくらいしか腕を振り続けられなかったのですが、少しずつその距離が伸びてきています。今日は昨日より20メートル進んだけど翌日には30メートル後退して・・・、というような感じで毎日確実に伸びているわけではないのですが、長いスパンでみてみると確実に距離が伸びているのは間違いなさそうです。このように距離が伸びていることを実感できるのはリハビリの大きな励みになります。
ウォーキングの三番目の長所は、総運動量はジョギングに勝る、ということです。これも「私の場合」ということになりますが、ジョギングは毎日続けるのは困難です。左腕の障害がでる前の私は月に80~100キロメートルを走ることを目標としていましたが、実際に走れていたのはせいぜい50~60キロ程度でした。ウォーキングに切り替えてから毎日の距離は約4.8キロ(GPSの測定による)なのですが月あたりで換算すると140キロを超えます。
毎日運動することのメリットをこのサイトではさんざん紹介していますし患者さんにも薦めていますが、改めて考えてみると私自身がそれほど運動していたとは言えません。しかし、左腕が言うことを聞かなくなり手術を受けたことの”おかげで”ようやく実践できるようになりました。運動には生活習慣病の予防だけではなく精神状態にもいいということを伝えたこともありますが、実際、ウォーキングをしてから仕事に取りかかると精神的に調子がいいような感じがします。
左腕がダメでもまだ右腕があるさ・・・、とすぐに発想を切り替えられるほどには楽観的でない私も、左腕に力が入らなくなったおかげで患者さんから嬉しい言葉をかけてもらうことができてウォーキングの楽しさを発見できた、というふうに前向きに考えることができています。
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|2014年9月8日 月曜日
◎新発売の爪水虫の塗り薬について
爪の水虫(爪白癬)は従来の塗り薬ではほとんど治ることがなく飲み薬が必要です。しかし、爪の水虫にも効果がある塗り薬「クレナフィン」が2014年9月に発売されました。全例が治るわけではありませんし(製造元の科研製薬のデータによれば1年後の完全治癒率は17.8%)、薬価も安くはありません。しかし何らかの理由で内服薬が飲めない、あるいは飲みたくないという患者さんには今後普及していくかもしれません。
詳しくは科研製薬の下記URLを参照ください。
http://clenafin.jp/press.html
★(医)太融寺町谷口医院の見解
飲み薬で爪の水虫を治療した場合、ほとんどのケースで治癒します。飲み薬は2種類あり、双方とも登場した当初は薬価が高く使いにくかったのですが、現在は後発品(ジェネリック薬品)がありますから、飲み薬で爪水虫を治すのが現在の一般的な治療です。
2つの内服薬と「クレナフィン」を比べてみたいと思います。(治療法1と2の薬は当院で扱っている後発品の場合です。価格はいずれも3割負担の場合です)
〇治療法1 イトラコナゾール内服パルス療法(治療期間3ヶ月、合計約15,000円)
1日8錠を7日間内服し3週間休みます。これを3回繰り返します。薬剤費は処方代を入れて合計10,980円(3,660円x3回)です。 |
〇治療法2 テルビナフィン内服(治療期間6ヶ月、合計約14,000円)
1日1錠を約6ヶ月続けて内服します。薬剤費は処方代を入れて合計5,820円(970円x6回)です。薬剤費以外に診察代6回分と水虫がどの程度いるかを調べる顕微鏡の検査代、さらにこの薬は肝機能障害のリスクがあるために最低一度は血液検査が必要になります。 |
〇治療法3 クレナフィン外用(治療期間12ヶ月、合計約63,000円)
1日1回爪全体に塗布します。1本で2週間もつと考えた場合、合計24回の受診が必要になります。(新しい薬は2週間ごとの処方しかできないという規則があります) 薬剤費は1本約1,800円で処方代も含めて考えると合計約46,000円となります。 |
このようにみてみると、塗り薬のクレナフィンは費用もかかり、治療期間も長く、また治癒率17.8%ということを考えると、手放しでとびつきたくなる治療法とはいえないかもしれません。治療中はペディキュアもできません。とはいえ、例えば妊婦さんのようにどうしても薬が飲めない(飲みたくない人)という人もいるでしょうし、軽症であれば1年間も使わずに治ることもあるかもしれませんから選択肢の1つとして考えるのは悪くないと思います。
2014年9月8日
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