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2024年1月10日 水曜日

2024年1月 世界は終末に向かっている

 「世界終末論」というのはノストラダムスの大予言に代表されるようなオカルト、あるいはかつてオウム真理教が予言していたような新興宗教の独自の教義であり、信頼できる科学的な根拠はありません。そういった終末論を求める(特に若い)人たちというのは、「現状が満たされておらず”一発逆転”で自分の時代が来ることに賭けている人たち」と、私は考えていました。

 誰かの予言などそもそも信じられませんし、古文書を曲解したような理屈も信用できません。そもそも古文書に書かれていることが科学的に正確とは思えません。よって「世界が近々終焉することなどはあり得ず、淡々とした日常が続くのがこの世界であり、世界が変わるのを待つのではなく自分自身が変わらねばならない」と私は(特に若い)人たちに言うことがあります。

 けれども、数年前から私の心のなかでずっと引っかかっていたことがあります。それは2018年のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告です。IPCCとは地球温暖化を研究する国際組織で、国土交通省は「気候変動に関する政府間パネル」と呼んでいます。IPCCは2007年にノーベル平和賞を受賞しました。受賞理由は「人為的に起こる地球温暖化の認知を高めた」です。

 ノーベル平和賞というのは、生理学・医学賞や物理学賞などの自然科学系のノーベル賞に比べると、どうしても(狭義の)科学的信頼度が低いように思えますが、それでもエビデンスに裏付けされた報告をしています(そうでなければ困ります)。

 2018年、IPCCは「早ければ2040年までに地球は(温暖化により)壊滅的な状態になる」との内容を報告しました。The New York Timesは「(IPCCの)報告書によると早ければ2040年にも危機が訪れるリスクがある(Major Climate Report Describes a Strong Risk of Crisis as Early as 2040)」とのタイトルでこの発表を報じました。

 これ、かなりのビッグニュースではないでしょうか。もしも私が政治家や官僚なら、ことあるごとにIPCCのこの報告を取り上げ「地球を守りましょう!」と叫びます。SNSを駆使して「2040年まであと〇年!」とPRに努めます。地球が壊滅的になれば食料確保にも苦労し日々生き残ることが困難となります。「生きがいが……」とか「本当の自分は……」などと言っている場合ではありません。2040年といえば、残り16年しかありません。焦っているのは私だけなのでしょうか。IPCCの勧告がまるで顧みられていない現在の世界の状況は、人類が集団自決に向かっているかのように私には見えます。

 もしも、例えば知識人、特に地学に詳しい学者から「いや、2018年のIPCCの発表には計算間違いがあって実際にはあと数千年は地球は問題なく暮らせる場所だ」と言ってもらえれば安心できるわけですが、私の知る限りそういう話はほとんどありません。

 正確に言うと、安心できそうなことを主張した学者が(私の知る限り)1人いました。英国ノーサンブリア大学の天体物理学者で数学教授のヴァレンティーナ・ザルコバ(Valentina Zharkova)博士です。ザルコバ博士は地球温暖化どころか、「これから地球はミニ氷河期に入る」との自論を発表し、これをカナダのメディアがIPCCの報告と同じ2018年に取り上げました。尚、この主張を科学的に発表しているザルコバ博士の論文は難解すぎて私には読破できませんでした……。

 この記事がそれなりに注目されたのは(といっても日本ではおそらく報道されていなと思いますが)、2018年のカナダでは前年より平均気温が低かったことが原因のひとつだと思われます。カナダ政府によると、2018年のカナダは2005年以降最も平均気温が低い年でした。おそらく「このまま毎年寒い冬を迎えるのか……」という大衆心理に応じるかたちでザルコバ博士の論文が紹介されたのでしょう。

 ところが、その後の数字を追ってみると、翌年からカナダの気温は再び上昇傾向に転じています。私が知る限り、現在もザルコバ博士の主張を積極的に取り上げている世界のメディアはありません。

 では、2018年のIPCCの報告以降、地球温暖化はどのような状態になっているのでしょう。2023年に生じた具体的な災害をみてみましょう。これについてはすでに「GINAと共に」の10月号「他人の不幸や未来はどうでもいいのか」の後半で、世界各地の温暖化の状況を数値を挙げて紹介しました。よってここでは繰り返しませんが、中東やアフリカ大陸では深刻な洪水が発生し、カナダでは史上最悪の山火事が起こったことは記憶に新しいと思います。

 本稿執筆時、タイムリーなことに、通称「C3S」と呼ばれる「EUコペルニクス気候変動局(European Union’s Copernicus Climate Change Service)」が、「2023年の世界平均気温は、記録が残る1850年以降で最高、おそらく過去10万年で最高で、業革命前からの世界の平均気温上昇が1.48 ℃だった」と発表しました(発表は2023年1月9日)。2015年のパリ協定では「1.5℃未満を目指す」とされましたから、目標の上限ギリギリまで近づいたことになります。

 1.48℃という数字を目の当たりにすると、2018年のIPCCの報告にある「2040年」が前倒しされるのではないかと思えてきます。では、パリ協定(及びその前の京都議定書)に従い、地球温暖化を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。国連は「ゼロカーボン」の重要さを強調し新しい技術に期待していると言っていますが、この主張、なんだか虚しくないでしょうか。

 その理由は、人類の愚かさを象徴するような紛争や戦争が世界で相次ぎ、さらに兵器を製造し輸送し消費することで多量の(二酸化炭素などの)「カーボン」を発生させているからです。呑気にゼロカーボンなどと言っている場合ではなく、優先順位を考えなければならないのは明らかです。ここで現在人類はどれくらい兵器製造に熱心なのかをみてみましょう。

 世界各国の軍事支出の年間総額を算出しているストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2022年の全世界の軍事費(兵器、人件費、その他諸費用)は合計2兆2000億ドル(300兆円以上)にもなります。The New York Timesによると、2022年の時点で世界の武器輸出量が最も多い国は米国で世界全体の45%です。

 驚くべきことに、イスラエルは戦争相手のハマスが武器を購入することを「奨励(encourage)」しています。The New York Timesによると、ネタニヤフ首相はカタール政府に対しハマスに武器輸出の停止ではなく奨励しているというのです。私にはこの理由がよく分かりませんが、おそらく右派のネタニヤフ首相にとっては派手な戦争を起こした方が自分のプレゼンスが高まると考えているのではないでしょうか。

 そして、我が国もすでに戦争に加担しています。日本政府は12月22日、防衛装備品の輸出ルールを定めた「防衛装備移転三原則」とその運用指針を変更しました。日本で製造されたパトリオットミサイルが直接ウクライナに運ばれることはありませんが、米国で備蓄されることになるようです。日本のメディアはこの件について事の重要さをさほど報じているようには思えませんが、例えばアルジャジーラ(カタールの英字新聞)は「致死性武器の輸出を認めない姿勢を長年取ってきた日本にとって大きな転換を示すものであり、攻撃能力の強化は、武力行使を自己に限定するという第二次世界大戦後の原則からの脱却」と緻密な言葉を使って深刻さを伝えています。

 尚、日本のパトリオットミサイルは三菱重工グループが製造しており、フィナンシャル・タイムズによると、米国政府は過去数ヵ月間、日本(政府)に対し、同社のパトリオットミサイルの輸出を許可するよう迫っていました(ちなみに12月中旬頃より三菱重工の株価が急騰しています)。

 「ゼロカーボン」の前に「ゼロ兵器・ゼロ戦争」にすべきなのは自明だと私は思いますが、どうも世界の権力者たちはそうは考えないようです。2040年まであと16年しかありません。このまま戦争が続けられるのなら「淡々とした日常」はもうすぐ終わり、世界終末論が現実化するかもしれません。
 

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2024年1月7日 日曜日

2024年1月8日 更年期障害のホルモン補充療法の認知症のリスクは議論が分かれる

 女性の更年期障害の治療としてのホルモン補充療法(Hormone Replacement Treatment, 以下、HRT)は認知症のリスクを下げるのか上げるのかについては意見が分かれています。

 まずは「認知症のリスクを下げる」と結論されている2つの有名な研究を紹介しましょう。

 1つは65~89歳のアルツハイマー病の診断基準を満たした65名を対象とした2010年に発表された研究です。アルツハイマー病の患者グループ(ただし、ApoEε4遺伝子をホモで持つ患者を除く)は、HRTを実施することにより、認知機能の低下を軽減し、さらに抑うつ気分を改善させるという結果となりました。

 もう1つは、閉経後のアルツハイマー病女性患者43名を対象とした2011年に発表された研究です。HRTにより認知機能の低下を軽減するという結果が得られています。

 他方、HRTが認知症のリスクになるという研究もあり、本サイトでも過去に2つの大きな研究を紹介しています。

医療ニュース2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
医療ニュース2023年7月24日 更年期障害のホルモン補充療法はやはり認知症のリスクなのか

 このように結論が分かれている事象についてはメタアナリシスと呼ばれる、これまでに発表された論文を総合的に解析しなおす研究が有効です。医学誌「Frontiers in Aging Neuroscience」2023年10月23日号に掲載された論文「アルツハイマー病および認知症のリスクに対する更年期ホルモン療法が及ぼす影響の系統的レビューとメタアナリシス(Systematic review and meta-analysis of the effects of menopause hormone therapy on risk of Alzheimer’s disease and dementia)」をみてみましょう。

 分析の対象とされた研究はランダム化比較試験(「前向き研究」とも呼ばれる薬投与グループとプラセボグループを分けて薬の効果を調べる試験)が6件(治療参加者21,065名、プラセボ参加者20,997名)。観察レポートが45件(患者症例768,866名、対照550万名)です。

 ランダム化比較試験では、65歳以上の閉経後の女性を対象とした場合、プラセボと比較してHRTで認知症リスクが38%増加することが示されました。エストロゲン+プロゲストゲン療法(EPT)の場合は64%増加していました。エストロゲン単独療法(ET)の場合は19%増加とされていますが、こちらは統計学的な有意差は認められていません。

 他方、観察研究ではアルツハイマー病のリスクが22%低下していました。興味深いのは中年期(midlife)にHRTを実施した場合は認知症のリスクが32%減少するのに対し、高齢期(latelife)でのHRTは、有意ではないもののリスク増加と関連していたことです。

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 HRTが認知症のリスクになるか否かについては世界中で議論を呼んでいます。例えば、上記の「医療ニュース2023年7月24日」で取り上げた論文については、米国で物議を醸しCNNが取り上げています。「たとえ認知症のリスクになったとしてもそれをはるかに上回る長所がHRTにはある」と主張する医療者もいます。

 いずれにしても、HRTを開始するか、あるいは中止するかについては個別に検討していくしかないでしょう。

参考:はやりの病気第242回(2023年10月) 間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療

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2023年12月24日 日曜日

2023年12月24日 妊娠中の電子タバコは胎児発育遅延のリスクを上げない

 電子タバコは有害か否か、という話になると、たいていの医師は「電子タバコに替えても有害性は変わらない」と言います。ところが、谷口医院の患者さんをみていると、少なくとも喘息症状は紙タバコから電子タバコに替えることで大きく改善します。

 がんや脳血管障害などかなり長期で経過をみなければならない疾患のリスクが下がるかどうかは患者さんをみていても分かりませんが、ほとんどの医師は「電子タバコもやめましょう」と言います。

 私自身も、非喫煙者から「電子タバコなら吸ってもいいんでしょうか」と尋ねられれば反対しますが、喫煙者から「電子タバコに替えた方がいいでしょうか」と相談された場合は「電子タバコでも有害性は変わらない」とは言いません。「替えられるなら替えた方がいいですよ」と助言しています。

 今回紹介する研究はそんな私の助言に正当性を与えることになるかもしれません。「妊娠中に電子タバコを吸っても胎児発育遅延(Small for gestational age:SGA)のリスクが上昇しない」と結論された研究です。

 医学誌「JAMA」2023年12月13日号に掲載された論文「若年層における妊娠後期の電子タバコと(従来の)喫煙(Use of E-Cigarettes and Cigarettes During Late Pregnancy Among Adolescents)」を紹介します。

 研究の対象となったのは10,428人の妊娠中の10~19歳の女性です。電子タバコも含めてまったく喫煙していない女性と比べて、電子タバコのみを吸った女性と、電子タバコと紙タバコを併用した女性では退治発達遅延のリスクに差はありませんでした。

 他方、紙タバコのみを吸っている女性の場合、退治発達遅延の児を出産するリスクが非喫煙者の2倍以上にもなることが分かりました。

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 だからと言って、妊娠中も電子タバコならOK、という意味ではありません。やはり、様々な疾患のリスクが指摘されている以上は可能なら完全にやめる方がいいでしょう。

 ですが、「電子タバコでもリスクは変わらないからすべてやめろ」と言われれば「じゃあ、無理だから紙タバコをやめない」と考える若者もいます。

 電子タバコ論争になるといつも感じるのですが、「タバコ絶対反対論者」の人たちは「とにかくすべてやめなさい」としか言いません。私の場合(谷口医院の場合)、「可能ならまずは電子タバコに替えてみませんか」と助言しています。

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2023年12月18日 月曜日

第244回(2023年12月) なぜ「骨」への関心は低いのか

 それは私がまだ医学部の学生だった頃の話。臨床実習で整形外科の外来の見学をしていたとき、整形外科医が患者さんの腰のレントゲン写真をみながら「骨折していますね」と説明しているのを聞いて、驚きました。

 骨折というのは、例えば交通事故やスポーツなどで何らかの強烈な物理的な力が骨に加わって折れる、というイメージしか当時の私にはなくて「いつの間にか骨折している」なんてことがあるのか、と不思議に思ったのです。

 その後、この背骨(腰椎)がいつの間にかつぶれたように骨折している「腰椎圧迫骨折」がものすごい頻度で起こっていることを知りました。日本人の有病率の正確な数字は知りませんが、80代以上だと3割くらいは圧迫骨折があると思います。実際、腰が曲がっている老人はたいていレントゲンを撮影すれば圧迫骨折が見つかります。

 その後私は総合診療医となり、多くの腰椎圧迫骨折を診るようになりました。まだ40代の圧迫骨折は診たことがありませんが、50代なら経験があります。そういえば、元アイドルの松本伊代さんは2021年、2022年と2回も腰椎圧迫骨折を起こしたことが報道されました。松本伊代さんは1965年生まれですから50代で2回も骨折したことになります。しかし、それにしても不思議です。松本伊代さんだけでなくやせていれば腰椎圧迫骨折のリスクがあるのは自明なのになぜ対策が取られていなかったのでしょうか。

 もうひとつ、私にとって”不可解な”骨折があります。大腿骨頸部骨折と呼ばれる、股の付け根の骨折です。こちらは腰椎圧迫骨折と異なり「いつの間にか」ではありません。骨折すれば激痛が走り、歩けなくなりますから救急搬送されるのが一般的です。たいていは転んだり、しりもちをついたりしたときの衝撃で起こり、原因というかきっかけがはっきりしています。

 では私にとって何が不可解なのか。その後の展開が悲惨だからです。悲惨とまで言えば患者さんには失礼でしょうが、その後寝たきりになる事例がものすごく多いのです。手術がうまくいったとしても日常生活には何らかの制限が課せられます。寝たきりになれば、認知症のリスクが急上昇します。実際このような高齢者は珍しくなく、私は研修医の頃にアルバイトで勤務していた高齢者の病院で不思議に思っていました。なぜ、転倒→大腿骨頸部骨折→寝たきり→認知症→幸せとはいえない末期、のパターンがこんなにも多いのか。

 どちらも決して稀ではなくどこにでもある腰椎圧迫骨折と大腿骨頸部骨折の共通点、それは「どちらも多くの人がリスクがあるのが分かっていながらじゅうぶんな対策をとっていない」ことです。

 年をとれば骨折するのは仕方がない、という意見があるかもしれません。しかし、骨折だけが無関心なのは不思議です。なぜなら、他の年齢とともに生じやすくなる疾患、例えば、がん、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、認知症などは、多くの人たちが関心をもち、人によっては検査や予防に大金をつぎこんでいるからです。そして、多くの医師が危険性を主張し定期的な健康診断や早い受診を促します。

 がんのリスクが簡単に分かると宣伝された線虫の尿検査(N-NOSE)は効果が疑わしい(というよりほとんど否定されている)のにも関わらず、谷口医院にはたくさんの問合せが寄せられます。がんに効くと謳われているいかがわしい健康商品の相談もよく聞きます。「認知症だけにはなりたくない」と必死で訴える患者さんもいます。しかし、これらに比べると骨に関心のある人はそう多くありません。

 健康で長生きしたければ骨を丈夫に保つのは必須条件です。診察室でこういう話をすると「カルシウムを(ビタミンDを)摂っています」と言われることがしばしばあります。そして、「前のクリニックではビタミンDを処方されていました」と言われる人も少なくありません。しかし、こんなものは骨折の予防にはなりません。

 もっとも、以前はたしかにカルシウムやビタミンDが骨折予防に有効とされていましたから患者さんがそう考えるのは無理もありません。ですが、少なくとも10年くらい前からはこれらの有用性が否定されていました。谷口医院の医療ニュース(2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」)でも紹介したことがあります。

 こういう調査結果は繰り返し発表されていて、最近のエビデンスレベルの高い論文としては「The New England Journal of Medicine」2022年7月28日号に掲載された「中高年におけるビタミンDの補給と偶発的な骨折(Supplemental Vitamin D and Incident Fractures in Midlife and Older Adults)」があります。この研究は非常に分かりやすいのでここに紹介しておきましょう。

 対象者は米国人の50歳以上の男性及び55歳以上の女性、合計25,871人(女性が50.6%)で、中央値5.3年の調査期間中に1,551人が合計1,991回骨折しています。ビタミンDを摂取したグループとしていないグループで比較すると、次のような結果が得られました。

・ビタミンD摂取グループ:12,927人中769人が骨折
・ビタミンDを摂取しないグループ:12,944人中782人が骨折

 この数字をみればもはや説明はいらないでしょう。では骨折を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。まず誰もがすぐにすべきなのは「骨塩量を計測する」です。たいていの内科または整形外科系のクリニックであれば簡単に調べることができます。谷口医院でも50歳以上の男女(特に女性)の場合は積極的に検討しています。ただ、骨粗しょう症を臨床的に疑ったときにしか保険適用されないので、男性の場合は特に60歳未満では保険適用にはなりにくいという問題はあります(その場合は自費になります)。まだ、50代前半なのに驚くほど骨が少ない人がいます。特に(松本伊代さんのように)やせている女性は要注意です。

 それから、骨が脆くなるのは加齢や女性ホルモンの低下だけではありません。見逃してはいけないのが「薬剤性」です。ステロイド、抗リウマチ薬、タモキシフェン(乳がんの薬)などが有名ですが、頻度はそう多くないものの胃薬プロトンポンプ阻害薬(PPI)やSSRIと呼ばれる抗うつ薬、甲状腺ホルモン(チラーヂン)などが原因になることもあります。最近、問題になっているのはHIVの曝露前予防(PrEP)として使われる抗HIV薬です。HIVのPrEPは若い人が飲んでいるケースも目立ち、長期的にはそれなりに高いリスクがあると考えるべきです。

 骨粗しょう症が見逃されていることを示すショッキングな日本の報告を紹介しておきます。「日本人の骨粗しょう症性の骨折による死亡者数は人口動態統計として公表されている数値の約19倍にも上る」というのです。医学誌「Journal of Orthopaedic Science」2023年11月18日号に掲載された論文「日本における骨粗しょう症性骨折による死亡者数:疫学調査(Deaths caused by osteoporotic fractures in Japan: An epidemiological study)」によると、2018年の人口動態統計上の骨粗しょうによる死亡者数は190例ですが、死亡診断書(死体検案書)のデータを解析すると3,437例が骨粗しょう症が原因だと判明したのです。

 では骨を丈夫にするには、そして骨折を予防するにはどうすればいいか。答えは「ビタミンDを摂る」でも「シイタケなどのキノコを摂る」でもありません(ちなみに、松本伊代さんは主治医からこれらを摂るように言われていたとyoutubeで述べています)。

 最も重要なのは「運動」です。それも単なるウォーキングのような軽度のものでなく負荷をかけたワークアウト(筋トレ)が重要になります。筋肉をしっかりつければ骨も丈夫になります。とにかくやせたい、と考える人が多いですが、体重があれば、それが筋肉でなく脂肪であったとしても骨は頑丈になります。とはいえ、身体全体を考えると脂肪はほどほどにして筋肉を増やさなければなりません。

 骨折/骨粗鬆症の予防/治療には有効な薬もあります。もちろんカルシウムでもビタミンDでもありません。最近は効果の高い注射薬も出ていますが、より一般的なのは(そして谷口医院でもよく処方するのは)次の3種の内服薬です。

#1 女性ホルモン製剤(エストロゲン) 
#2 SERM(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)
#3 ビスフォスフォネート製剤
 
 #1と#2は女性のみが適応となります。閉経後に急激に骨密度が低下するのはエストロゲン(女性ホルモン)が分泌されなくなるからで、当然それを補えばリスクが下がります。谷口医院ではまず#1を検討することが多いのですが、乳がんや子宮体がんなどのエピソードがある人には使えないためにその場合は#2を選択します。ただし、血栓(血の固まり)ができる病気や心筋梗塞、脳梗塞などの血管の病気のエピソードがあれば#1、#2とも使えません。

 このように有効な治療があるのですが、残念ながら治療を始める前に骨折してしまう人が少なくありません。まずは骨に関心を持つこと、そして骨密度を測ることが重要です。

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2023年12月14日 木曜日

2023年12月14日 時間制限ダイエットよりも1日1食ダイエットが有効

 正午から午後8時までを食事ができる時間帯とし、残りの時間は絶食するダイエットが数年前から流行っています。16時間の絶食が求められることから「16時間ダイエット」または「オートファジーダイエット」と呼ばれることもあります。

 このダイエットが有効とする研究がある一方で、効果を否定したものもあります。今回はその双方を取り上げてみましょう。

 医学誌「JAMA」2023年10月27日号に掲載された論文「成人の2型糖尿病の体重減少に対する時間制限食の影響(Effect of Time-Restricted Eating on Weight Loss in Adults With Type 2 Diabetes)」では肥満かつ2型糖尿病の患者75人を対象とした研究が報告されています。

 正午から午後8時のみを食事摂取可とし摂取カロリーの制限をしなかったグループは、日々の摂取カロリーを25%減らしたグループに比べ、体重減少率が高いという結果がでました。興味深いことに、糖尿病の改善率は双方のグループ間で有意な差はありませんでした。

 時間制限ダイエットには効果がないとする研究も紹介しましょう。医学誌「New England Journal of Medicine」2022年4月21日号に掲載された論文「時間制限ダイエットの有無で比較したカロリー制限(Calorie Restriction with or without Time-Restricted Eating in Weight Loss)」です。

 対象者は139人で調査期間は12ヶ月。この調査では時間制限をするグループにもしないグループにもカロリー制限が課せられています。参加者全員に許された1日あたりの摂取カロリーは男性1500~1800kcal、女性1200~1500kcalです。118 人(84.9%)が12 か月のフォローアップを完了しました。結果、両グループとも体重減少は認められたのですが(時間制限グループ:マイナス8.0kg、時間制限なしグループ:6.3kg)、これらに有意差はありませんでした。

 この研究を取り上げたThe New York Timesは記事のタイトルを「時間制限ダイエットに効果がないことが分かった(Scientists Find No Benefit to Time-Restricted Eating)」としていますが、私はそうは捉えていません。なぜなら、この研究の対象者はダイエットには成功しているからです。ただ、時間制限をせずにカロリー制限だけしかしていないグループもダイエットに成功し、両者に有意差はなかった、と言っているわけです。

 言うまでもなくカロリー制限は簡単ではありません。たとえ1日1回でも満腹感の味わえる時間制限ダイエットの方がハードルが低いわけです。そして、最初に取り上げた論文のように「時間制限が有効だ」とする結果がでた研究もあるのです。

 ということはまずはやってみる価値がありそうです。実際、過去数年で谷口医院でこの16時間ダイエットを実施した患者さんは100人くらいはいて、それなりには成功した人もいます。効果はわずかですが、重要なのはこのダイエット法には危険性がなく、例えば同じものばかり食べるようなダイエットに比べると長続きしやすいという点です。夕食は仲間とアルコールと共に、という人であれば午後4時から午前0時までを食事可能な時間とすればいいわけです。

 最後に「とっておきの時間制限ダイエット」をお教えしましょう。それは「1日1食ダイエット」です。この方法はすでに糖尿病があるなどで、食事の仕方に注意点がある人には不向きですが、健康な人ならそれほど危険性はありません。きちんと統計をとったわけではありませんが、谷口医院の患者さんでいえばこの方法はかなりの確率で成功します。朝と昼は水とお茶とコーヒーだけ。その代わり、夜は好きなものを好きなだけ食べる、という方法です。

 ただし、健診で異常がある人やそれなりに高度な肥満のある人は先にかかりつけ医に相談することが必要です。

 

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2023年12月10日 日曜日

2023年12月 そもそも自尊心とは何なのか、いらないのでは?

 前回のマンスリーレポートでは、「日本人は他国の人たちと異なり、年をとればとるほど自尊心が上昇し、その代わり幸福度はどんどん低下する」ことを紹介しました。自尊心と幸福度に直接の因果関係があるとは言えないかもしれませんが、両方とも「主観」で決まることなので、あながち関連がないとは言えないのではないか、という私見を述べました。

 こうなると「自尊心とは何か」が気になります。前回は自尊心が極端に高い人と低い人の特徴を挙げて、「自尊心が高ければ傲慢なナルシシストになってしまい、これが不幸せの原因である。だから謙虚さを身につけるべきだ」と結論付けました。

 このように、私は「自尊心が高いこと=悪いこと」という前提に立ちましたが、文脈によっては「自尊心を高く持つべし」とするものもあります。というより、一般的には自尊心は高ければ高いほどよい、とされています。今回は、このよくわからない自尊心を掘り下げて考えてみましょう。

 自尊心について最も深く学ぶのはおそらく心理学でしょう。ちなみに、臨床医学ではほとんど取り上げられず、精神医学の領域でも言葉くらいは出てくるでしょうが、自尊心についての精神医学者の研究というものを私はあまり見たことがありません。しかし、心理学では自尊心自体がテーマになり繰り返し研究されているはずです。

 前回紹介した論文のタイトルにもある「ローゼンバーグ自尊心尺度」はそれなりに有名です。下記の10項目で点数をつけます。簡単にできますから未実施の人は一度試してみてください。

1. 私は、自分自身にだいたい満足している。
2. 時々、自分はまったくダメだと思うことがある。
3. 私には、けっこう長所があると感じている。
4. 私は、他の大半の人と同じくらいに物事がこなせる。
5. 私には誇れるものが大してないと感じる。
6. 時々、自分は役に立たないと強く感じることがある。
7. 自分は少なくとも他の人と同じくらい価値のある人間だと感じる。
8. 自分のことをもう少し尊敬できたらいいと思う。
9. よく、私は落ちこぼれだと思ってしまう。
10. 私は、自分のことを前向きに考えている。

 上記項目1,3,4,7,10については「強くそう思う」=4点、「そう思う」=3点、「そう思わない」=2点、「強くそう思わない」=1点で点数化します。項目2, 5, 6, 8, 9は、「強くそう思う」=1点、「そう思う」=2点、「そう思わない」=3点、「強くそう思わない」=4点とします。

 合計点数が20点以下であれば「自尊心が低い」、30点以上であれば「自尊心が高い」となり、日本人の平均は約25点だと言われています。ちなみに私の場合、ちょうど25点となり、「自分の自尊心は日本人の平均程度」というとてもつまらない結果となってしまいました……。

 しかし、こんなもので本当に人間の自尊心が評価できるのでしょうか。はっきり言うと私は「できない」と思っています。さらに、前回引き合いにだした論文の筆者らには申し訳ないですが、この尺度が信頼できない以上、「日本人は年齢とともに自尊心が高くなる」とした結論の信ぴょう性も疑わしいと思っています。

 なぜこのような質問では自尊心が正確に評価できないのか。例えば質問1の「自分自身にだいたい満足している」を考えてみましょう。これは自分自身の「何を」対象とするかで答えが大きく変わってきます。例えば「容姿」なら20代に比べて60代は「満足している」からはほど遠くなるはずです。ですが、「貯蓄」をメインに考えるなら、多くの人は容姿とは反対に20代のときよりも60代の方が満足しているわけです。

 また、このような設問に「本当に正直に答えられるか」という問題もあります。そもそも人は自分自身のことをそれほどよく分かっていません。設問10のように「前向きに考えている」と言われても、「前向きなこともあるけど、慎重になって行動を控えることもあるし……」と考える人が多いのではないでしょうか。ちなみに私の場合、自分のことを「悲観主義者で前向きにはなれない」と常々考えているのですが、私をよく知る昔からの友達からは「お前ほどの楽観主義者はいない」と言われます。

 というわけで、本来私は他人の悪口を言うのは好きでないのですが、ローゼンバーグさんがお考えになったこの尺度が有用とは到底思えません。

 では正確に自尊心を評価する方法はないのでしょうか。日本心理学会のウェブサイトを調べてみると「顕在的自尊心と潜在的自尊心」というタイトルの記事がありました。この記事、ある意味でとても興味深いと言えます。

 この記事によると、顕在的自尊心はローゼンバーグ自尊心尺度で測定することができて(ここまではOK)、国際比較ではなんと日本が最も低く、年代による変化は日本では下降傾向にあるというのです。この時点で、前回と紹介した論文とで結論が食い違っています。調査方法が異なりますが、2つの主張に整合性があるとは到底思えません。

 潜在的自尊心は興味深い考えだと思いますが、紹介されている検査法がどれだけ正確なものなのかが疑問です。また、顕在的自尊心が高く潜在的自尊心が低い不安定的高自尊心者と、顕在的・潜在的自尊心の両方が高い安定的高自尊心者の分類についてはたしかにおもしろいと思いますが、果たしてそんなに単純に分類できるのか、という疑問が私には残ります。またこの記事の最後には「この論争については明確な結論が出ておらず、今後の研究が待たれるところです」という文章もあり、やはり共通のコンセンサスがあるわけではなさそうです。

 結局、自尊心はどのように考えればいいのでしょうか。思い切って誤解を恐れずに私見を述べれば「自尊心なんてものを考えること自体がナンセンス」です。そもそも、日頃から「幸せになりたい」と考える人は大勢いるでしょうし、また考えるべきだと思いますが、「自尊心を高くもちたい」と考えている人がいるとは思えません。もしも、目の前に神様が現れて「幸せがほしいか」と問われれば、よほどのひねくれ者でない限り「ほしいです」と答えるでしょうが、「自尊心がほしいか」と言われて「どうしてもほしい」と答える人はどれだけいるでしょう。私なら「どっちでもいい」と答えます。「くれるならほしい」と答える人は多いでしょうが、「幸せと自尊心のどちらかを選べ」と問われれば誰もが「幸せ!」と即答するに違いありません。

 過去のコラムで繰り返し述べたように(例えば「「承認されたい欲求」と「承認したくない欲求」」、「「承認欲求」から逃れる方法」)、私は「承認欲求なんて捨ててしまえばいい」と言い続けています。しかし、これは誰からも嫌われてもよいという意味ではなくて、「自身にとって大切な少数の身内から愛されていればそれでじゅうぶんであって誰からも愛されることに意味はない。身内以外からは嫌われても何の問題もない。大切なのは<変わらざる自身>を持つことだ」という意味です。

 自尊心も同じようなものだと思います。つまり、「自尊心なんてどうでもよくて考えることにも意味はない。それよりもそんなことを考える暇があるなら自身にとって大切な少数の身内から認められるよう<変わらざる自身>を持つように努めればよい。もしも他人から『あいつには自尊心がない』などと咎められたとしてもそんな悪口は無視すればいい」と私は思います。

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2023年11月23日 木曜日

2023年11月23日 22分の運動で座りっぱなしのリスクを相殺できる可能性

 死亡や認知症罹患のリスクを上昇させることが明らかな「座りっぱなし」。その弊害を解消できる候補が「運動」ですが、これまで世界で発表された研究を振り返ると、運動をすることで座りっぱなしのリスクが解消できるという報告と、運動をしてもリスク低下につながらないとする研究があります。

 今回紹介するのは「1日22分間の中から高強度の運動によって座りっぱなしによる死亡リスクを相殺できる」とする報告です。

 医学誌「British Journal of Sports Medicine」2023年10月24日号に掲載された論文「デバイスで測定された身体活動、座りっぱなしの時間、および全死因死亡のリスク: 4つの前向きコホート研究の個人参加者のデータ分析(Device-measured physical activity, sedentary time, and risk of all-cause mortality: an individual participant data analysis of four prospective cohort studies)」を紹介します。

 研究の対象者の合計は50歳以上の11,989人(女性50.5%)で、中央値5.2年の追跡期間中に6.7%(805人)が死亡しました。1日当たりの中から高強度運動の時間が22分未満の人は、1日当たりの座りっぱなしの時間が8時間と比べて、12時間であれば死亡リスクが38%上昇します。

 他の数値もまとめると、「中から高強度の運動で座りっぱなしによる死亡リスクが低下する」という結果となっています。

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 ただし、座りっぱなしが健康によくないという事実に変わりはなく、ウォーキング程度ならともかく、中から高強度の運動を生涯継続するのは困難です。しかも、この研究は死亡リスクのみを検討したものであり、本サイトで何度か取り上げている認知症のリスクについては言及していません。

 これまでの世界の研究を振り返ってみても、座りっぱなしは相当厄介な健康を脅かすリスクです。座りっぱなしで仕事をする人も、なんとか工夫をしてマメに立ち上がる習慣を身に着ける必要があるでしょう。

参考:医療ニュース
2023年9月30日 座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇
2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消
2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年11月19日 日曜日

第243回(2023年11月) GLP-1受容体作動薬で依存症の治療ができるか

 2023年3月に、ダイエット(正確には「肥満症の治療」)目的として保険で処方できることが承認されたのにもかかわらず、長い間「薬価収載」されずに発売が延期になっていた「ウゴービ」(一般名はセマグルチド)が、11月22日についに薬価収載されることが決まりました。正確な発売日は未定ですが、おそらく12月には処方できると思われます。

 GLP-1ダイエットについては過去に何度か取り上げ危険性も指摘しましたが、基本的には使用者は増加の一途をたどると私はみています。最大のリスクは自殺念慮と自傷行為で、EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会が注意喚起を促しています。実際、谷口医院の患者さんのなかにも自殺や自傷までは進まなくても抑うつ状態になる人はいます。

 ただし、それらは重篤なものではなく「食べる楽しみを失って……」とか「パーティに行きたくなくなった。行っても飲み食いする気持ちになれなくて……」という感じで、食欲がなくなることに起因する軽度の抑うつ状態であるため、そういった副作用があることを事前に承知してもらい、なおかつかかりつけ医が見守りながら続けるのであれば、たいていはそう大きな問題ではないと思います。

 これまでGLP-1ダイエット(正確には「GLP-1受容体作動薬を用いたダイエット、以下は単に「GLP-1ダイエット」とします)をしている人をみてきた私が不思議に感じることが3つあります(尚、谷口医院ではダイエット目的でGLP-1受容体作動薬を処方したことは一度もありません。ダイエットしている人を診ているのは谷口医院では別のことでかかっているからです)。

#1 まったく、あるいはほとんど効果がない人がいる。おそらく全体の1割程度。

#2 食欲がなくなるだけでなく摂食障害が大きく改善する人がいる

#3 食のみならず、飲酒、さらに買い物やギャンブルなどへの衝動が抑制できるようになる人もいる

 #2については、最初の一人から聞いたときは「食欲がなくなるのだからあり得るだろう」と思ったのですが、よく考えてみると摂食障害というのはそんなに簡単に治る疾患ではありません。精神科医でさえも診察を嫌がることが少なくなく紹介しても断られて戻って来ることが多く、そのため、結局谷口医院で診ることになるのです。

 そもそも摂食障害というのは「満腹でも食べなければならないという思いが頭を支配する」と表現する人もいるほどで、他人より空腹感が強いから起こるわけでは決してありません。ですから、食欲が低下したからといって摂食障害までが良くなるとは思えないのです。しかし、実際に改善(しかも大きく改善)する人がいます。

 さらに#3です。食欲は低下したとしても、アルコールに対する欲求までが減るのはなぜなのでしょう。飲酒はまだ口にするものですから理解できるとしても、買い物やギャンブルへの衝動が低下するのはなぜなのでしょう。

 食欲低下、特に嗜好品に対する欲求がどれだけ変化するのかをみてみましょう。ニューヨークに本社を置くモルガン・スタンレーがGLP-1ダイエットを開始した300人を対象とした興味深い調査を実施しました。「Healthier categories see a boost in consumption by patients after starting on AOM(抗肥満薬の開始後、より健康的なカテゴリーの食品の消費が増加)」というタイトルのグラフに注目してみましょう。「健康に悪い」のが自明な飲食物の摂取量が大きく減っているのがわかります。

 例えば、GLP-1ダイエットを開始してスイーツ(Confections)の摂取量が減った人が72%。清涼飲料水(Carbonated / sugary drinks)は70%、スナック菓子(salty snacks)は67%、アルコールは66%もの人たちが消費量を減らしています。一方、その逆に野菜や果物の摂取量が増えた人が54%もいます。

 「Patients report the most significant changes to fast food and pizza restaurant trips(患者はファストフードやピザレストランへの利用に最も大きな変化があったと報告)」というタイトルのグラフもみてください。77%もの人が「ファストフード店の利用が減った」と回答しています。

 モルガン・スタンレーのアナリストPamela Kaufman氏は、「食品、飲料、レストラン業界では、不健康な食品、高脂肪食、甘いもの、塩辛いものに対する需要が低下するだろう」と述べています。同社は、GLP-1ダイエットが流行した結果、炭酸飲料、焼き菓子、塩味のスナックの総消費量は2035年までに最大3%減少するとみています。実際、すでにウォルマートはGLP-1ダイエットをしている人たちの食品購入の減少を実感していると発表しています。

 さらに驚く報告を紹介しましょう。医学誌「nature」はGLP-1ダイエットによりアルコール、ニコチン、さらにギャンブルへの欲求が低下する可能性について言及しています。

 具体的な論文をみてみましょう。まずはアルコールです。好んで飲酒をすることが知られているアフリカベルベットザルにGLP-1受容体作動薬を投与した研究があります。結果は、プラセボ投与群に比べてGLP-1作動薬を投与したグループのサルは、アルコール消費量が有意に減少していました。ラットを用いた別の研究でもGLP-1受容体作動薬がアルコール消費量を減少させることが分かりました。

 日本に比べて米国ではアルコール依存症に苦しむ人が多いのですが、その米国でアルコールよりも遥かに深刻なのが麻薬依存です。そして、なんとGLP-1受容体作動薬は麻薬(オキシコドン)の依存も減らすという研究があります。さらに、コカインへの渇望が減るとする研究もあります。

 米国紙「The Atlantic」の記事によると、GLP-1受容体作動薬はアルコール、ニコチン、オピオイドなどの薬物のみならず、買い物、爪を噛む、皮膚をむしるといった依存症、あるいは強迫行動を改善させることができると報告しています。これは私見ですが摂食障害の病態は「依存症+強迫障害」です。この記事が言うように、GLP-1受容体作動薬で依存症と強迫行動が改善するなら、摂食障害の治療に使える可能性があります。

 谷口医院では禁煙治療のみならず、(受け入れてくれる精神科の医療機関がないために)覚醒剤(メタンフェタミン)を代表とする薬物依存の患者さんも診ています。そして、治療の困難さを日々実感しています。一時は自助グループやグループセッションに積極的に紹介していたのですが、こういった試みもうまくいった試しがほとんどありません。もしもGLP-1受容体作動薬の投与で改善するのなら、少なくともその可能性があるなら試してみる価値はありそうです。

 ただし、肥満も糖尿病もない患者さんに保険診療でGLP-1受容体作動薬を処方することはできませんし、自費診療によるこういった薬の処方も谷口医院ではおこなっていません。覚醒剤依存症の人は例外なく肥満はありません(というより全員がやせています)から、そもそも現時点では処方が不可能です。もしも将来、依存症の治療に使うことができるようになったとしても、全員に効くわけではありません。これは上述の論文でも指摘されていて、効く人と効かない人がいるのです。上記#1で述べたGLP-1受容体作動薬を使ってもやせない人が一定数いることと関係があるのではないかと私は考えています。

 しかし、すべての事例に有効なわけではないにせよ、他に有効な治療法のない依存症に対してGLP-1受容体作動薬が効くかもしれないというのは夢のある話です。

参考:はやりの病気

第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!
第228回(2022年8月) GLP-1ダイエットが危険な理由~その2
第223回(2022年3月) GLP-1ダイエットが危険な理由

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2023年11月12日 日曜日

2023年11月 幸せになりたければ自尊心を捨てればよい

 半年ぶりに「幸せ」を取り上げます。今回注目するのは「年齢」です。一般に、人は何歳頃が最も幸せで、何歳頃が最も不幸なのでしょうか。若さが失われることで年をとればとるほど不幸になっていくのでしょうか。それとも、加齢と共に人生を達観できるようになり、その結果幸せが訪れるのでしょうか。

 実は「年代と幸福感」については世界で繰り返し研究されています。そして、一致した見解があります。それは「幸福度と年齢の関係はU字型になる」です。おそらく最も有名な論文は、これまでに発表されているデータをまとめ直した研究(これを「メタアナリシス」と呼びます)で、2021年に科学誌「Journal of Population Economics」で発表された「幸福はどこでもU字型を示すか? 145か国の年齢と主観的健康状態(Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries)」です。この論文によると、世界中のほとんどの地域で「幸せ曲線」はU字型を描きます。つまり、「若い頃は幸福で、次第にその程度が低下し、いったん底をついて、再び上昇する」のです。この論文によると、そのU字カーブの底、つまり「最も不幸せな年齢」は48.3歳です。ということは、48.3歳を過ぎれば人はどんどん幸せになるというわけです。本当でしょうか。

 どれくらいの人がこれを信じることができるでしょう。この論文では日本のデータも加味されています。日本人の「U字カーブのどん底」は世界平均より少し高くて50歳だそうです。では、あなたの周囲の人たちは50歳が最も不幸で、40歳や60歳の人は50歳の人よりも幸せそうに見えるでしょうか。そして、50歳を超えた人は安心していいのでしょうか。

 日本独自のデータもみてみましょう。第一生命経済研究所が、30歳から89歳の全国の男女800名を対象に幸福観に関する意識調査を実施し、2012年に発表しています。この報告によると日本人の年齢ごとの幸福度は男女で異なります。男性の場合、先の論文と同様、30代から40代にかけて落ち込み、その後どんどん上昇します。最も幸せなのは80代で、20代よりも上です。他方、女性の場合はまるで異なり、年齢ごとの変化はほとんどありません。60代で少し幸福度が上昇し、最低は80代ですが大きな差ではありません。ただし、この研究は対象がわずか800人ですから信頼性はさほど高いとは言えないでしょう。

 内閣府によるかなりショッキングな調査があります。日本人の幸福度は年々低下することを示しているのです。グラフをみると明らかで、調査対象最年少の15歳をピークにして幸福度はどんどん低下していきます。興味深いことに、このグラフには米国人の幸福度が合わせて記されています。米国人の幸せはやはり40歳頃で底をうつU字型カーブです。

 レポートには「諸外国の調査研究では、(幸福度は)U字カーブをたどるとされる。(中略)しかし、日本では高齢期に入っても他国(たとえばアメリカ)に比べると幸福度が上昇していかない」と、「日本人は例外的に年を取るほど不幸になる」と断言されているのです。内閣府からこれだけはっきりと言われると、日本人でいることを恨みたくなってこないでしょうか。

 では、(第一生命経済研究所ではなく)内閣府の見解が正しいとすれば、なぜ日本人は(日本人だけが)年を重ねても幸せが訪れないのでしょうか。この疑問に対する答えになるかもしれない興味深い報告を紹介しましょう。

 科学誌「Frontiers in Public Health」に2020年に掲載された興味深い論文があります。タイトルは「日本の生涯にわたる自尊心の発達の軌跡: 青年期から老年期までのローゼンバーグ自尊心尺度のスコアの年齢差(The Developmental Trajectory of Self-Esteem Across the Life Span in Japan: Age Differences in Scores on the Rosenberg Self-Esteem Scale From Adolescence to Old Age)」で、日本人による日本人を対象とした「自尊心(self-esteem)」に関する研究です。結論は「ヨーロッパ系アメリカ人では中年期以降自尊心が低下するのに対し、日本人の自尊心は青年期で低くなりその後成人期から老年期にかけて高くなり続ける」です。

 論文に掲載されたグラフをみれば一目瞭然です。調査対象最年少の15歳での自尊心が最も低く、その後は男女とも一貫して上昇し続けています。はたして、これは事実を反映しているのでしょうか。そして、なぜ日本人の(日本人だけの)自尊心が年齢と共に上昇し続けるのでしょうか。この点は世界からも注目されているようで、英国紙The Guardianに2023年9月に掲載された記事もこの研究を紹介しています。記者は、日本人の自尊心が年齢と共に上昇する理由として「日本人は謙虚でバランスのとれた態度をとっているからではないか」と推測しています。

 世界中の人々が読んでいる著名な新聞で「日本人は謙虚で……」と書かれると、我々は誇りに思っていいのかもしれませんが、ここでは「日本人は年をとればとるほど不幸になる」という内閣府の調査と合わせて考えてみましょう。もちろん直ちに自尊心と幸福度に直接の因果関係があるとは言えないわけですが、自尊心も幸福度も共に本人の主観、つまり「本人がどう思うか」で決まることを考えると、「日本人は加齢とともに次第に自尊心が高くなることが理由でどんどん不幸せになっていく」と言えないでしょうか。

 では「自尊心」とはいったい何なのでしょうか。一言で言えば「自分に対する自信」となりますが、これは様々な意味に解釈できますから、ここでは「自尊心が低すぎる人・高すぎる人はどんな人たちか」を考えてみましょう。

 自尊心が低すぎる人はアイデンティティが持てず自分に自信がない人で、「薬物などの依存症になりやすく、自殺未遂をしやすい」という傾向があります。

 他方、自尊心が高すぎると、いわゆる自信過剰となり過度なナルシシズムに陥ります。そういえば、自分の非は一切認めず大声で若者に説教している高齢男性をしばしば見かけます……。これはThe Guardianの記者がほめてくれている「謙虚」とは正反対のものです。おそらくこの記者は日本人の自尊心の高さをステレオタイプの「武士(サムライ)」に当てはめているのではないでしょうか。寡黙でいつも他人を慮りときには自身を犠牲にするようなタイプです。

 しかし当事者である我々がよく知っているように、実際の日本の高齢者はこのような「武士タイプ」ばかりではありません。年齢と共に自尊心が高くなるのが事実だとしても、それはいばりちらしているだけの「見苦しい自尊心」であることも多そうです。しかし、いずれにしても自尊心が上昇する代わりに幸せ度が低下するのであればまったく嬉しくありません。

 ではその自尊心を捨ててしまえば幸せになれるのでしょうか。そして、世界の人たちはいったいどのようにして自尊心を上手に低下させているのでしょう。「年齢と共に自尊心を低下させることで幸せ度が増す」と考えるのは論理の飛躍かもしれませんが、あながちこの仮説も間違っているとは言えないのではないでしょうか。

 では、自尊心を上手く低下させる方法を考えてみましょう。最も簡単なのは「謙虚になること」です。The Guardianの記者は「自尊心が高いから謙虚だ」と言っているわけですが、私はその逆だと思っています。「もう年をとったから何でも若者に任せて年寄りらしく目立たないように人生を楽しもう」と考えて自尊心を徐々に低下させるのです。そういえば、いつまでたっても権力にしがみつこうとする見苦しい高齢者が日本社会のいたるところにいるような気がします。

 50代以降、幸せになりたければ自尊心を少しずつ下げることを意識してみましょう。「年をとり体力や認知力などが低下していることを自覚し、チャンスはどんどん若者に譲り、周囲の人たちに感謝しながら、自身はおとなしく目立たぬようにする」が50代以降の幸せになる秘訣ではないか、というのが現在の私の考えです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年11月5日 日曜日

2023年11月5日 運動がアルツハイマー病を抑制することが解明された

 運動は認知症、とりわけアルツハイマー病の予防になるのか否か、については議論が分かれています。「予防する」とした研究も少なくないのですが、「予防しない」というものもあります(参考:医療ニュース2022年12月30日「運動で認知症を予防できる?できない?」)。

 今回紹介する研究は、「運動で分泌されるホルモンがアルツハイマー病を抑制する」ことが分子レベルで解明された、というものです。

 医学誌「Neuron」2023年8月30日号に掲載された論文「イリシンがERK-STAT3シグナル伝達の下方制御に続いてアストロサイトからのネプリライシンの放出を誘導することによりアミロイドβを減少させる(Irisin reduces amyloid-β by inducing the release of neprilysin from astrocytes following downregulation of ERK-STAT3 signaling )」を紹介します。

 タイトルがかなり複雑です。まずは「イリシン」から説明しましょう。最近、マイオカインという言葉を聞く機会が増えていると思います。マイオカインとは、筋肉から分泌されるホルモンやペプチドなどの物質の総称です。マイオ(筋肉)から分泌されるサイトカイン(生体で分泌される物質の総称)だから「マイオカイン」です。様々な種類のものがあり、現在数十種類のマイオカインが明らかにされつつあります。筋肉を肥大・増強させるにもマイオカインの分泌が不可欠であることが分かっています。

 イリシンはそのマイオカインの1つで、運動をすると骨格筋から分泌されて血中濃度が上昇します。そして、エネルギー消費量を増大させる(つまり脂肪を燃焼させてダイエットにつながる)のです。

 また、イリシンはアルツハイマー病の患者やアルツハイマー病を起こさせたモデルマウスで血中濃度が低下していることも分かっています。

 ということは、イリシンを外から投与する、または(運動により)血中濃度を上げることでアルツハイマー病を予防(あるいは治療)することができるかもしれないわけです。今回の研究に使われたのはモデルマウスではなく、研究者が作成したアルツハイマー病の「3次元細胞培養モデル」です。これを用いてイリシンがどのように脳内の作用を引き起こすかが調べられました。

 結果、イリシン投与により、アストロサイトと呼ばれる脳内の細胞からネプリライシンと呼ばれる物質が活発になることが分かりました。ネプリライシンはアミロイドβを分解できることが分かっています。アミロイドβはアルツハイマー病の患者の脳内にたくさん蓄積されているものです。つまり、イリシン投与→ネプリライシン活性化→アミロイドβ減少という流れがあったのです。

 ややこしいタイトルをもう一度見直すと、「ERK-STAT3」という言葉が残っています。ERK-STAT3は、イリシンがアストロサイトに結合するときのアストロサイトの表明に発現している受容体のことです。ここでもう一度、流れをまとめると次のようになります。

 イリシン投与→イリシンがアストロサイトの表面にあるERK-STAT3という受容体に結合する→アストロサイトからネプリライシンが放出されて活性化する→ネプリライシンがアミロイドβを分解する

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 ここまではっきりとメカニズムが解明されれば、やはり運動はアルツハイマー病を予防できそうに思えます。次の問題は、「どのような運動でイリシンが効率よく分泌されるか」、そして、欲を言えば「イリシンをアルツハイマー病の予防薬として使えないか」です。

 理論的には後者にも期待できるでしょう。ですが、実用化はできたとしてもまだまだ先になります。前者、すなわち「どのような運動が有効か」については調べることができます。運動ごとに応じて血中イリシンの値を計測すれば分かるからです。とりあえず、現時点では有酸素運動とワークアウト(筋トレ)の双方をおこなってイリシン分泌に期待するのがいいでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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