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2024年2月4日 日曜日
2024年2月4日 道路の空気汚染が血圧を上昇させる
個人的な話になりますが、私が医学部の1回生から研修医の1年目が終了するまで住んでいたワンルームマンションは高速道路の横に位置していました。19歳から26歳までは大阪市北区の幹線通り沿いにあるワンルームマンションに住んでいました。研修医2年目を迎えるとき、新たに研修医として勤務することになった枚方市の病院の敷地内の寮に入りました。
驚きました……。こんなにもぐっすりと眠れることに。それまでは意識したことがありませんでしたが、住宅街に位置する病院のその敷地内の寮の環境はとても静かで、その静かな環境では深い睡眠が得られるのです。今から考えれば当然かもしれませんが、その当時は思いもしませんでした。
2021年8月、当時の太融寺町谷口医院は階上キックボクシングジムが起こす振動で診療が度々妨げられるようになり、繰り返し申し入れをしても無視されたため(2024年2月現在も裁判中)、新しい場所を探していました。
不動産屋が紹介したある物件は新築で広さはじゅうぶん、家賃も高くなく、クリニックには適しているかと思えました。結局、この物件は「コロナを診るなら患者にビルのトイレを使わせないでほしい」と言われたために断ったのですが、私はそれがなくても「ここでは診療ができない」と考えていました。
高速道路の横だったからです。キックボクシングジムがつくる振動よりははるかにましですが、高速道路ですから騒音は避けられません。また粉じんが舞います。
前置きが長くなりましたが、今回紹介したいのは「道路の空気汚染が血圧を上昇させる」を示した研究です。論文は医学誌「Annals of Internal Medicine」2023年11月28日号に掲載された「交通関連の大気汚染による血圧への影響(Blood Pressure Effect of Traffic-Related Air Pollution)」です。
研究の対象者は正常血圧の22~45歳の16人(平均年齢29.7歳)です。シアトル市のラッシュアワーの時間帯に、外気が車内に入り込む車(フィルターなし)で2日間運転を行うグループと、外気の微粒子を取り除く高性能フィルター(HEPAフィルター)が装備された車で1日だけ運転を行うグループに振り分けられました。尚、被験者にはどちらのタイプの車かは知らされず、HEPAフィルターの有無は乗っただけではわかりません。
結果、外気がHEPAフィルターで取り除かれた車を運転した場合と比べて、外気が車中に入り込む車を1時間運転した場合、拡張期血圧(下の血圧)が平均で4.7mmHg上昇、収縮期血圧(上の血圧)は4.5mmHg上昇しました。24時間後の平均血圧でみても、外気が車中に入り込む車を運転した場合は、拡張期血圧が3.8mmHg、収縮期血圧が1.1mmHg上昇していました。
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車がゆっくりとしか走れない住宅地よりも早いスピードで走る幹線道路や高速道路の方が粉じんはたくさん舞います。音もしますし、場所によっては振動も伝わってくるでしょう。そういった環境に現在住まれている人には失礼ですが、そのような場所は「住むだけで不健康」と言えるでしょう。
新・谷口医院は、旧・谷口医院から徒歩で5分しか離れていないのに、前がお寺、横がお墓、後が高級タワーマンションという大変静かで恵まれた場所に位置しています。つい7ヶ月ほど前までは階上から壁がゆれる程の振動を加えられていたわけですから夢のような環境です。今回紹介した研究は「振動」ではなく「粉じん」についてのものですが、旧・谷口医院(太融寺町谷口医院)を受診していた人も階上にキックボクシングが入居してからは振動で血圧が上昇していたかもしれません……。
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|2024年2月1日 木曜日
2024年1月31日 起床・就寝時間が不規則なら認知症のリスクが53%上昇
「シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇する」という研究を過去の医療ニュース「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク(2023年2月9日)」で紹介しました。今回は「起きる時間と寝る時間がバラバラの人は認知症のリスクが上昇する」という興味深い研究を紹介しましょう。
その研究は、医学誌「Neurology」2023年12月23日号に掲載された論文「睡眠規則性指数と認知症発症および脳容積との関連(Association of the Sleep Regularity Index With Incident Dementia and Brain Volume)」です。
研究では英国の「UKバイオバンク」と呼ばれる研究機関のデータが使われています。研究の対象者は88,094人(平均年齢62歳、女性56%)で、研究機関中に認知症を発症した人は480人いました。睡眠の規則性(日々の起床時刻と就寝時刻がどれだけ規則的か)と認知症発症との関連が検討されました。研究には「睡眠規則性指数」(sleep regularity index、以下「SRI」とします)と呼ばれる指標が使われています。SRIは毎日同じ時刻に起きて同じ時刻に寝れば「100」となり、両者がまったく異なれば「0」となるように設定されています。対象者の中央値は「60」でした。
最も不規則な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは41、反対に最も規則的な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは71でした。最も不規則な睡眠をとる人の認知症のリスクは平均的な人たちに比べ53%上昇していました。
しかし、最も規則的な睡眠サイクルの人もまた、平均的な人に比べ16%のリスク上昇が認められました。
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この研究が興味深いのは、不規則な睡眠サイクルが認知症のリスクになっていたという事実に加え(こちらは予想どおりです)、規則的なサイクルの人たちが平均的な人たちよりもリスクが上がっている点にあります。
16%ですから、統計学的に有意ととれるかどうかは判断が難しいのですが、ひとつ言えることは「起床時刻と就寝時刻を完璧にいつも同じにしても認知症のリスクが下がるわけではなさそうだ」ということです。
ということは、友達との飲み会を早めに切り上げたり、体調が悪いのに無理やり早朝に起きたりする必要はなさそうです。
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|2024年1月21日 日曜日
第245回(2024年1月) 「間食の誘惑」をどうやって断ち切るか
谷口医院では開院した2007年から継続して「メール相談」を承っていて、毎日数通から20通くらいの相談メールがコンスタントに届きます。新型コロナウイルス(以下「コロナ」)が流行し始めた2020年からは9割くらいがコロナの相談(後遺症、ワクチンの相談、ワクチン後遺症の相談も含む)で、多い日には同じような質問が100通以上も寄せられました。そういう経緯もあって無料メルマガを発行することにしました。メルマガでQ&Aを読んでもらえば大勢の人の参考になるに違いないと考えたのです。
ただ、メルマガを始めても質問の件数自体は減らず、むしろ遠方の人からの相談や質問が増えました。コロナが急速に終焉した(実際は終焉していませんがどんどん軽症化してきているのは事実です)現在、メール相談もコロナに関するものは激減しています。一方で、コロナ以外の質問が増え、昨年(2023年)の後半に寄せられた相談メールで最も多かったのが「GLP-1受容体作動薬」(以下、単に「GLP-1」)です。
GLP-1は本来糖尿病の薬ですが、相談メールを寄せる人たちの大半は糖尿病があるわけではなく「やせたい」と考える人たちです。そこで、今回はこれまでもこの連載で繰り返し紹介しているGLP-1について再度取り上げ、また薬以外の「やせる方法」についてまとめてみたいと思います。
まずGLP-1の現時点での「立ち位置」をみてみましょう。保険診療で処方できることになった「ウゴービ」(英語では「Wegovy」、一般名は「セマグルチド」、糖尿病で使う「オゼンピック」「リベルサス」と成分は同じ)はかなり期待されて登場したわけですが、それほど普及しないと私はみています。
その理由は2つあります。1つは処方できる医療機関が極めて限定されることです。管理栄養士を置かねばならない、常勤医師に日本糖尿病学会の専門医の資格が必要、などいくつかの条件が求められますからこれらの条件をすべてクリアできるところはそう多くありません。そしてもう1つの理由が「処方期間が最大68週(約1年4ヶ月)」と限定されていることです。GLP-1を使用して体重が減るのは、当然のことながら薬が効いているからです。そして、やはり当然のことながら薬を中止すれば痩せる効果がなくなります。
実際、谷口医院の患者さんで美容外科クリニックなどでGLP-1を購入していたダイエターの人たちは中止後に軒並みリバウンドしています。結局、費用を工面しながらGLP-1を続けるか、ダイエットを諦めるかのどちらかになり「GLP-1を中止したけど理想の体重を維持している」という人は残念ながらほとんどいません。つまり、GLP-1ダイエットでやせるのは(ほぼ)間違いありませんが、「薬を中止すれば元の木阿弥」となるのもまた事実なのです。
ではどうすればいいか。まず糖尿病がある人はGLP-1を保険診療で半永久的に処方してもらうのがいいでしょう。これは私見でもありますが、糖尿病のGLP-1処方の”敷居”は下げてもいいのではないかと考えています。といっても薬には容易に頼るべきではありませんから、当院では現在もGLP-1を含む糖尿病の薬をそれほど簡単には処方していません。
ですが、数年前に比べるとその敷居を低くしたのも事実です。当院が開院した2000年代にはまだ糖尿病のいい薬がなく、メトホルミンの処方は最大750mgまでしか認められていませんでした(現在は2,250mgまで可能)。それ以外にも糖尿病の薬は何種類かありましたが、副作用で「空腹感を自覚する」ことが多くて使いにくかったのです。2010年代の半ばから、まずDPP4阻害薬、次いでSGLT-2阻害薬を少しずつ処方し始めました。これらは内服しても空腹感を覚えず、また(いい意味で)当初の予想に反して副作用はほとんど起こらず、SGLT-2阻害薬はやせる効果があることもはっきりしてきました。
当院ではGLP-1の敷居はしばらく高くしていましたが、日本のガイドラインの改訂時に評価が上がったこともあり、昨年(2023年)の後半からは比較的早期に処方するようにしています。特に、体重を落とさなければならない人にはうってつけの薬なのは間違いありません。
メトホルミン(ビグアナイド)、SGLT-2阻害薬、GLP-1はいずれも、副作用が少なく、低血糖を起こしにくい(つまり空腹を感じにくい)優れた薬だと言えます。そして、いずれも痩身効果(やせる効果)があります。これら3種のなかで圧倒的に痩身効果が高いのはGLP-1です。その最大の理由は「食欲抑制効果が高いから」です。
GLP-1の食欲抑制効果には個人差がありますが、効きすぎる人は「食への楽しみがなくなって生きることが面白くなくなった」と言う人もいます。ここまで抑制されるのは問題ですが、当院の経験でいえば、このようなことを言う人はもともと肥満などないのに美容クリニックなどでGLP-1を購入していた人(ほとんどが女性)です。
さて、これら薬剤を使用する以外のやせる方法、そしてそもそも糖尿病がなくこのような薬が使えない人がやせるにはどうすればいいのでしょうか。それを述べる前に、以前にも紹介した「絶対にやってはいけないダイエット」を確認しておきましょう。それは2021年のコラム「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」でも述べた「急激なダイエット」です。方法にかかわらず短期間に体重を落とすことは絶対にしてはいけません。「余計に太りやすい体質」になってしまうからです。そのコラムで紹介しましたからここでは繰り返しませんが「Biggest Loser」にまつわる話を聞けば誰もが納得できるはずです。
糖尿病があろうがなかろうが、太っていようがやせていようが、健康を維持したいのであれば「運動」は絶対不可欠です。しかし、運動をしてもやせないことはアフリカの未開民族ハドザ族を例にとってそのコラムですでに紹介しました。
となると「食事を制す」がどうしても必要になってきます。過去に何度か取り上げた「糖質制限」は効果があるのは間違いありませんが、その方法には様々な意見があります。また、日本糖尿病学会は今も手放しで糖質制限を支持しているわけではなく、2013年のコラム「糖質制限食の行方 その2」で取り上げた状況からほとんど変わっていません。
では「食事療法」の話をしましょう。本サイトですでに紹介したように、すぐにでも実践できる簡単な方法は「食事前に水(または牛乳や豆乳)を飲む」で、実際これだけでも減量できる人は少なくありません。また「パンを食べない」もかなり効果があります。世の中には「パン好き」が少なくなく、パンを米に替えることに抵抗がある人も多いのですが、ここはなんとか頑張ってほしいところです。尚、多くの人が誤解していることに「(発芽)玄米や五穀米にしなければ意味がない。白米ならパンと変わらない」があります。たしかに、白米よりも玄米などにする方が体重抑制効果はあるでしょうが、パンと白米でもまったく違います。パンは単にコムギでできているわけではなく、大量の砂糖と脂肪が使われています。実際、朝食をパンから白米に替えるだけで大きく体重が減る人は珍しくありません。
「パンを白米に替える」に比べるとハードルは上がりますが、「1日1食にする」はかなり効果があります。「16時間ダイエット(あるいはオートファジーダイエット)」でも効果が出る人がいますが、やはり「1日1食ダイエット」の方が減量効果が大きいのは間違いありません(参考「医療ニュース2023年12月14日時間制限ダイエットよりも1日1食ダイエットが有効」)。ただし、この方法はすでに糖尿病があったり、他の疾患を抱えていたりすれば危険が伴います。必ずかかりつけ医の許可をもらってください。
1日1食ダイエットを実施するときの最大の”敵”、そして、多くのダイエターにとっても最も強敵となるのが「間食の誘惑」です。「元々間食をしない」という人には理解しがたいでしょうが(そもそもそういう人は太っていません)、間食を完全にやめるのは思いの他困難です。大勢の患者さんを診てきた当院の経験でいえば、タバコをやめるよりもはるかに難しいと言えます。つまり、間食(お菓子、スイーツ、ファストフードなど)がやめられない人は立派な依存症だと考えられるのです。
タバコに限らず、アルコールでも大麻でもベンゾジアゼピンでも痛み止めでも、いったん依存症になってしまえばそこから脱却するのは極めて困難です。しかもタバコや大麻と異なり、お菓子は簡単に入手できてしまいますし、職場ではお土産などでもらいますから止めようとする意思が簡単に崩れ去ってしまいます。ではどうすればいいか。決定的な切り札はないのですが、当院では次のような助言をしています。
#1 GLP-1を使う(これは効果がありますが、糖尿病がなければ保険診療で処方できません)
#2 間食はナッツ類のみにする(高脂肪ですが低糖質のためさほど太りません)
#3 低糖質のお菓子を用意する(最近はクッキーなど甘いものだけでなくチップスタイプもあります)
#4 お土産でもらうお菓子は他人にあげる
#5 スポーツドリンクを避け、カフェでは甘いドリンクを注文しない
#6 できるだけ我慢する
#6の「できるだけ我慢する」は個人差が大きく、当院の経験でいえば努力してもあまり変わりません。この理由を示唆するのが有名な「マシュマロ実験」です。「机に置かれた1つのマシュマロを15分我慢できればもう1つもらえる」という実験で、これがクリアできる幼児は成人したときに社会的な成功をおさめている、とするものです。この実験から「自制心がIQなどより大切」とされてきましたが、その後の再現を試みた実験の結果などから現在では「我慢できるかどうかは遺伝または家庭環境で決まる」と考えられています。ということは、成人してからは「我慢できる能力を努力で向上させることは極めて困難」と言えそうです。
当院はハードな依存症、例えば覚醒剤やコデイン(咳止め)などの依存症も診ていますし(これらは精神科で断られることが多いのです)、アルコール、タバコ(ニコチン)などの分かりやすい依存症、さらに買い物依存、摂食障害、性依存症などの人たちも診ています。最近は「承認欲求依存症」の人たち(不安症やうつ病につながります)も少なくありません。大勢の依存症の人たちを診ていると「誰もがなんらかの依存症を持っている=人が人である限り依存症から逃れられない」と思えてきます。
間食をやめるには栄養学的・内分泌学的な視点よりもむしろ「人間の本質」から考えていくべきなのかもしれません。
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|2024年1月10日 水曜日
2024年1月 世界は終末に向かっている
「世界終末論」というのはノストラダムスの大予言に代表されるようなオカルト、あるいはかつてオウム真理教が予言していたような新興宗教の独自の教義であり、信頼できる科学的な根拠はありません。そういった終末論を求める(特に若い)人たちというのは、「現状が満たされておらず”一発逆転”で自分の時代が来ることに賭けている人たち」と、私は考えていました。
誰かの予言などそもそも信じられませんし、古文書を曲解したような理屈も信用できません。そもそも古文書に書かれていることが科学的に正確とは思えません。よって「世界が近々終焉することなどはあり得ず、淡々とした日常が続くのがこの世界であり、世界が変わるのを待つのではなく自分自身が変わらねばならない」と私は(特に若い)人たちに言うことがあります。
けれども、数年前から私の心のなかでずっと引っかかっていたことがあります。それは2018年のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告です。IPCCとは地球温暖化を研究する国際組織で、国土交通省は「気候変動に関する政府間パネル」と呼んでいます。IPCCは2007年にノーベル平和賞を受賞しました。受賞理由は「人為的に起こる地球温暖化の認知を高めた」です。
ノーベル平和賞というのは、生理学・医学賞や物理学賞などの自然科学系のノーベル賞に比べると、どうしても(狭義の)科学的信頼度が低いように思えますが、それでもエビデンスに裏付けされた報告をしています(そうでなければ困ります)。
2018年、IPCCは「早ければ2040年までに地球は(温暖化により)壊滅的な状態になる」との内容を報告しました。The New York Timesは「(IPCCの)報告書によると早ければ2040年にも危機が訪れるリスクがある(Major Climate Report Describes a Strong Risk of Crisis as Early as 2040)」とのタイトルでこの発表を報じました。
これ、かなりのビッグニュースではないでしょうか。もしも私が政治家や官僚なら、ことあるごとにIPCCのこの報告を取り上げ「地球を守りましょう!」と叫びます。SNSを駆使して「2040年まであと〇年!」とPRに努めます。地球が壊滅的になれば食料確保にも苦労し日々生き残ることが困難となります。「生きがいが……」とか「本当の自分は……」などと言っている場合ではありません。2040年といえば、残り16年しかありません。焦っているのは私だけなのでしょうか。IPCCの勧告がまるで顧みられていない現在の世界の状況は、人類が集団自決に向かっているかのように私には見えます。
もしも、例えば知識人、特に地学に詳しい学者から「いや、2018年のIPCCの発表には計算間違いがあって実際にはあと数千年は地球は問題なく暮らせる場所だ」と言ってもらえれば安心できるわけですが、私の知る限りそういう話はほとんどありません。
正確に言うと、安心できそうなことを主張した学者が(私の知る限り)1人いました。英国ノーサンブリア大学の天体物理学者で数学教授のヴァレンティーナ・ザルコバ(Valentina Zharkova)博士です。ザルコバ博士は地球温暖化どころか、「これから地球はミニ氷河期に入る」との自論を発表し、これをカナダのメディアがIPCCの報告と同じ2018年に取り上げました。尚、この主張を科学的に発表しているザルコバ博士の論文は難解すぎて私には読破できませんでした……。
この記事がそれなりに注目されたのは(といっても日本ではおそらく報道されていなと思いますが)、2018年のカナダでは前年より平均気温が低かったことが原因のひとつだと思われます。カナダ政府によると、2018年のカナダは2005年以降最も平均気温が低い年でした。おそらく「このまま毎年寒い冬を迎えるのか……」という大衆心理に応じるかたちでザルコバ博士の論文が紹介されたのでしょう。
ところが、その後の数字を追ってみると、翌年からカナダの気温は再び上昇傾向に転じています。私が知る限り、現在もザルコバ博士の主張を積極的に取り上げている世界のメディアはありません。
では、2018年のIPCCの報告以降、地球温暖化はどのような状態になっているのでしょう。2023年に生じた具体的な災害をみてみましょう。これについてはすでに「GINAと共に」の10月号「他人の不幸や未来はどうでもいいのか」の後半で、世界各地の温暖化の状況を数値を挙げて紹介しました。よってここでは繰り返しませんが、中東やアフリカ大陸では深刻な洪水が発生し、カナダでは史上最悪の山火事が起こったことは記憶に新しいと思います。
本稿執筆時、タイムリーなことに、通称「C3S」と呼ばれる「EUコペルニクス気候変動局(European Union’s Copernicus Climate Change Service)」が、「2023年の世界平均気温は、記録が残る1850年以降で最高、おそらく過去10万年で最高で、業革命前からの世界の平均気温上昇が1.48 ℃だった」と発表しました(発表は2023年1月9日)。2015年のパリ協定では「1.5℃未満を目指す」とされましたから、目標の上限ギリギリまで近づいたことになります。
1.48℃という数字を目の当たりにすると、2018年のIPCCの報告にある「2040年」が前倒しされるのではないかと思えてきます。では、パリ協定(及びその前の京都議定書)に従い、地球温暖化を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。国連は「ゼロカーボン」の重要さを強調し新しい技術に期待していると言っていますが、この主張、なんだか虚しくないでしょうか。
その理由は、人類の愚かさを象徴するような紛争や戦争が世界で相次ぎ、さらに兵器を製造し輸送し消費することで多量の(二酸化炭素などの)「カーボン」を発生させているからです。呑気にゼロカーボンなどと言っている場合ではなく、優先順位を考えなければならないのは明らかです。ここで現在人類はどれくらい兵器製造に熱心なのかをみてみましょう。
世界各国の軍事支出の年間総額を算出しているストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2022年の全世界の軍事費(兵器、人件費、その他諸費用)は合計2兆2000億ドル(300兆円以上)にもなります。The New York Timesによると、2022年の時点で世界の武器輸出量が最も多い国は米国で世界全体の45%です。
驚くべきことに、イスラエルは戦争相手のハマスが武器を購入することを「奨励(encourage)」しています。The New York Timesによると、ネタニヤフ首相はカタール政府に対しハマスに武器輸出の停止ではなく奨励しているというのです。私にはこの理由がよく分かりませんが、おそらく右派のネタニヤフ首相にとっては派手な戦争を起こした方が自分のプレゼンスが高まると考えているのではないでしょうか。
そして、我が国もすでに戦争に加担しています。日本政府は12月22日、防衛装備品の輸出ルールを定めた「防衛装備移転三原則」とその運用指針を変更しました。日本で製造されたパトリオットミサイルが直接ウクライナに運ばれることはありませんが、米国で備蓄されることになるようです。日本のメディアはこの件について事の重要さをさほど報じているようには思えませんが、例えばアルジャジーラ(カタールの英字新聞)は「致死性武器の輸出を認めない姿勢を長年取ってきた日本にとって大きな転換を示すものであり、攻撃能力の強化は、武力行使を自己に限定するという第二次世界大戦後の原則からの脱却」と緻密な言葉を使って深刻さを伝えています。
尚、日本のパトリオットミサイルは三菱重工グループが製造しており、フィナンシャル・タイムズによると、米国政府は過去数ヵ月間、日本(政府)に対し、同社のパトリオットミサイルの輸出を許可するよう迫っていました(ちなみに12月中旬頃より三菱重工の株価が急騰しています)。
「ゼロカーボン」の前に「ゼロ兵器・ゼロ戦争」にすべきなのは自明だと私は思いますが、どうも世界の権力者たちはそうは考えないようです。2040年まであと16年しかありません。このまま戦争が続けられるのなら「淡々とした日常」はもうすぐ終わり、世界終末論が現実化するかもしれません。
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|2024年1月7日 日曜日
2024年1月8日 更年期障害のホルモン補充療法の認知症のリスクは議論が分かれる
女性の更年期障害の治療としてのホルモン補充療法(Hormone Replacement Treatment, 以下、HRT)は認知症のリスクを下げるのか上げるのかについては意見が分かれています。
まずは「認知症のリスクを下げる」と結論されている2つの有名な研究を紹介しましょう。
1つは65~89歳のアルツハイマー病の診断基準を満たした65名を対象とした2010年に発表された研究です。アルツハイマー病の患者グループ(ただし、ApoEε4遺伝子をホモで持つ患者を除く)は、HRTを実施することにより、認知機能の低下を軽減し、さらに抑うつ気分を改善させるという結果となりました。
もう1つは、閉経後のアルツハイマー病女性患者43名を対象とした2011年に発表された研究です。HRTにより認知機能の低下を軽減するという結果が得られています。
他方、HRTが認知症のリスクになるという研究もあり、本サイトでも過去に2つの大きな研究を紹介しています。
医療ニュース2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
医療ニュース2023年7月24日 更年期障害のホルモン補充療法はやはり認知症のリスクなのか
このように結論が分かれている事象についてはメタアナリシスと呼ばれる、これまでに発表された論文を総合的に解析しなおす研究が有効です。医学誌「Frontiers in Aging Neuroscience」2023年10月23日号に掲載された論文「アルツハイマー病および認知症のリスクに対する更年期ホルモン療法が及ぼす影響の系統的レビューとメタアナリシス(Systematic review and meta-analysis of the effects of menopause hormone therapy on risk of Alzheimer’s disease and dementia)」をみてみましょう。
分析の対象とされた研究はランダム化比較試験(「前向き研究」とも呼ばれる薬投与グループとプラセボグループを分けて薬の効果を調べる試験)が6件(治療参加者21,065名、プラセボ参加者20,997名)。観察レポートが45件(患者症例768,866名、対照550万名)です。
ランダム化比較試験では、65歳以上の閉経後の女性を対象とした場合、プラセボと比較してHRTで認知症リスクが38%増加することが示されました。エストロゲン+プロゲストゲン療法(EPT)の場合は64%増加していました。エストロゲン単独療法(ET)の場合は19%増加とされていますが、こちらは統計学的な有意差は認められていません。
他方、観察研究ではアルツハイマー病のリスクが22%低下していました。興味深いのは中年期(midlife)にHRTを実施した場合は認知症のリスクが32%減少するのに対し、高齢期(latelife)でのHRTは、有意ではないもののリスク増加と関連していたことです。
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HRTが認知症のリスクになるか否かについては世界中で議論を呼んでいます。例えば、上記の「医療ニュース2023年7月24日」で取り上げた論文については、米国で物議を醸しCNNが取り上げています。「たとえ認知症のリスクになったとしてもそれをはるかに上回る長所がHRTにはある」と主張する医療者もいます。
いずれにしても、HRTを開始するか、あるいは中止するかについては個別に検討していくしかないでしょう。
参考:はやりの病気第242回(2023年10月) 間違いだらけの男女の更年期障害のホルモン治療
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|2023年12月24日 日曜日
2023年12月24日 妊娠中の電子タバコは胎児発育遅延のリスクを上げない
電子タバコは有害か否か、という話になると、たいていの医師は「電子タバコに替えても有害性は変わらない」と言います。ところが、谷口医院の患者さんをみていると、少なくとも喘息症状は紙タバコから電子タバコに替えることで大きく改善します。
がんや脳血管障害などかなり長期で経過をみなければならない疾患のリスクが下がるかどうかは患者さんをみていても分かりませんが、ほとんどの医師は「電子タバコもやめましょう」と言います。
私自身も、非喫煙者から「電子タバコなら吸ってもいいんでしょうか」と尋ねられれば反対しますが、喫煙者から「電子タバコに替えた方がいいでしょうか」と相談された場合は「電子タバコでも有害性は変わらない」とは言いません。「替えられるなら替えた方がいいですよ」と助言しています。
今回紹介する研究はそんな私の助言に正当性を与えることになるかもしれません。「妊娠中に電子タバコを吸っても胎児発育遅延(Small for gestational age:SGA)のリスクが上昇しない」と結論された研究です。
医学誌「JAMA」2023年12月13日号に掲載された論文「若年層における妊娠後期の電子タバコと(従来の)喫煙(Use of E-Cigarettes and Cigarettes During Late Pregnancy Among Adolescents)」を紹介します。
研究の対象となったのは10,428人の妊娠中の10~19歳の女性です。電子タバコも含めてまったく喫煙していない女性と比べて、電子タバコのみを吸った女性と、電子タバコと紙タバコを併用した女性では退治発達遅延のリスクに差はありませんでした。
他方、紙タバコのみを吸っている女性の場合、退治発達遅延の児を出産するリスクが非喫煙者の2倍以上にもなることが分かりました。
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だからと言って、妊娠中も電子タバコならOK、という意味ではありません。やはり、様々な疾患のリスクが指摘されている以上は可能なら完全にやめる方がいいでしょう。
ですが、「電子タバコでもリスクは変わらないからすべてやめろ」と言われれば「じゃあ、無理だから紙タバコをやめない」と考える若者もいます。
電子タバコ論争になるといつも感じるのですが、「タバコ絶対反対論者」の人たちは「とにかくすべてやめなさい」としか言いません。私の場合(谷口医院の場合)、「可能ならまずは電子タバコに替えてみませんか」と助言しています。
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|2023年12月18日 月曜日
第244回(2023年12月) なぜ「骨」への関心は低いのか
それは私がまだ医学部の学生だった頃の話。臨床実習で整形外科の外来の見学をしていたとき、整形外科医が患者さんの腰のレントゲン写真をみながら「骨折していますね」と説明しているのを聞いて、驚きました。
骨折というのは、例えば交通事故やスポーツなどで何らかの強烈な物理的な力が骨に加わって折れる、というイメージしか当時の私にはなくて「いつの間にか骨折している」なんてことがあるのか、と不思議に思ったのです。
その後、この背骨(腰椎)がいつの間にかつぶれたように骨折している「腰椎圧迫骨折」がものすごい頻度で起こっていることを知りました。日本人の有病率の正確な数字は知りませんが、80代以上だと3割くらいは圧迫骨折があると思います。実際、腰が曲がっている老人はたいていレントゲンを撮影すれば圧迫骨折が見つかります。
その後私は総合診療医となり、多くの腰椎圧迫骨折を診るようになりました。まだ40代の圧迫骨折は診たことがありませんが、50代なら経験があります。そういえば、元アイドルの松本伊代さんは2021年、2022年と2回も腰椎圧迫骨折を起こしたことが報道されました。松本伊代さんは1965年生まれですから50代で2回も骨折したことになります。しかし、それにしても不思議です。松本伊代さんだけでなくやせていれば腰椎圧迫骨折のリスクがあるのは自明なのになぜ対策が取られていなかったのでしょうか。
もうひとつ、私にとって”不可解な”骨折があります。大腿骨頸部骨折と呼ばれる、股の付け根の骨折です。こちらは腰椎圧迫骨折と異なり「いつの間にか」ではありません。骨折すれば激痛が走り、歩けなくなりますから救急搬送されるのが一般的です。たいていは転んだり、しりもちをついたりしたときの衝撃で起こり、原因というかきっかけがはっきりしています。
では私にとって何が不可解なのか。その後の展開が悲惨だからです。悲惨とまで言えば患者さんには失礼でしょうが、その後寝たきりになる事例がものすごく多いのです。手術がうまくいったとしても日常生活には何らかの制限が課せられます。寝たきりになれば、認知症のリスクが急上昇します。実際このような高齢者は珍しくなく、私は研修医の頃にアルバイトで勤務していた高齢者の病院で不思議に思っていました。なぜ、転倒→大腿骨頸部骨折→寝たきり→認知症→幸せとはいえない末期、のパターンがこんなにも多いのか。
どちらも決して稀ではなくどこにでもある腰椎圧迫骨折と大腿骨頸部骨折の共通点、それは「どちらも多くの人がリスクがあるのが分かっていながらじゅうぶんな対策をとっていない」ことです。
年をとれば骨折するのは仕方がない、という意見があるかもしれません。しかし、骨折だけが無関心なのは不思議です。なぜなら、他の年齢とともに生じやすくなる疾患、例えば、がん、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、認知症などは、多くの人たちが関心をもち、人によっては検査や予防に大金をつぎこんでいるからです。そして、多くの医師が危険性を主張し定期的な健康診断や早い受診を促します。
がんのリスクが簡単に分かると宣伝された線虫の尿検査(N-NOSE)は効果が疑わしい(というよりほとんど否定されている)のにも関わらず、谷口医院にはたくさんの問合せが寄せられます。がんに効くと謳われているいかがわしい健康商品の相談もよく聞きます。「認知症だけにはなりたくない」と必死で訴える患者さんもいます。しかし、これらに比べると骨に関心のある人はそう多くありません。
健康で長生きしたければ骨を丈夫に保つのは必須条件です。診察室でこういう話をすると「カルシウムを(ビタミンDを)摂っています」と言われることがしばしばあります。そして、「前のクリニックではビタミンDを処方されていました」と言われる人も少なくありません。しかし、こんなものは骨折の予防にはなりません。
もっとも、以前はたしかにカルシウムやビタミンDが骨折予防に有効とされていましたから患者さんがそう考えるのは無理もありません。ですが、少なくとも10年くらい前からはこれらの有用性が否定されていました。谷口医院の医療ニュース(2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」)でも紹介したことがあります。
こういう調査結果は繰り返し発表されていて、最近のエビデンスレベルの高い論文としては「The New England Journal of Medicine」2022年7月28日号に掲載された「中高年におけるビタミンDの補給と偶発的な骨折(Supplemental Vitamin D and Incident Fractures in Midlife and Older Adults)」があります。この研究は非常に分かりやすいのでここに紹介しておきましょう。
対象者は米国人の50歳以上の男性及び55歳以上の女性、合計25,871人(女性が50.6%)で、中央値5.3年の調査期間中に1,551人が合計1,991回骨折しています。ビタミンDを摂取したグループとしていないグループで比較すると、次のような結果が得られました。
・ビタミンD摂取グループ:12,927人中769人が骨折
・ビタミンDを摂取しないグループ:12,944人中782人が骨折
この数字をみればもはや説明はいらないでしょう。では骨折を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。まず誰もがすぐにすべきなのは「骨塩量を計測する」です。たいていの内科または整形外科系のクリニックであれば簡単に調べることができます。谷口医院でも50歳以上の男女(特に女性)の場合は積極的に検討しています。ただ、骨粗しょう症を臨床的に疑ったときにしか保険適用されないので、男性の場合は特に60歳未満では保険適用にはなりにくいという問題はあります(その場合は自費になります)。まだ、50代前半なのに驚くほど骨が少ない人がいます。特に(松本伊代さんのように)やせている女性は要注意です。
それから、骨が脆くなるのは加齢や女性ホルモンの低下だけではありません。見逃してはいけないのが「薬剤性」です。ステロイド、抗リウマチ薬、タモキシフェン(乳がんの薬)などが有名ですが、頻度はそう多くないものの胃薬プロトンポンプ阻害薬(PPI)やSSRIと呼ばれる抗うつ薬、甲状腺ホルモン(チラーヂン)などが原因になることもあります。最近、問題になっているのはHIVの曝露前予防(PrEP)として使われる抗HIV薬です。HIVのPrEPは若い人が飲んでいるケースも目立ち、長期的にはそれなりに高いリスクがあると考えるべきです。
骨粗しょう症が見逃されていることを示すショッキングな日本の報告を紹介しておきます。「日本人の骨粗しょう症性の骨折による死亡者数は人口動態統計として公表されている数値の約19倍にも上る」というのです。医学誌「Journal of Orthopaedic Science」2023年11月18日号に掲載された論文「日本における骨粗しょう症性骨折による死亡者数:疫学調査(Deaths caused by osteoporotic fractures in Japan: An epidemiological study)」によると、2018年の人口動態統計上の骨粗しょうによる死亡者数は190例ですが、死亡診断書(死体検案書)のデータを解析すると3,437例が骨粗しょう症が原因だと判明したのです。
では骨を丈夫にするには、そして骨折を予防するにはどうすればいいか。答えは「ビタミンDを摂る」でも「シイタケなどのキノコを摂る」でもありません(ちなみに、松本伊代さんは主治医からこれらを摂るように言われていたとyoutubeで述べています)。
最も重要なのは「運動」です。それも単なるウォーキングのような軽度のものでなく負荷をかけたワークアウト(筋トレ)が重要になります。筋肉をしっかりつければ骨も丈夫になります。とにかくやせたい、と考える人が多いですが、体重があれば、それが筋肉でなく脂肪であったとしても骨は頑丈になります。とはいえ、身体全体を考えると脂肪はほどほどにして筋肉を増やさなければなりません。
骨折/骨粗鬆症の予防/治療には有効な薬もあります。もちろんカルシウムでもビタミンDでもありません。最近は効果の高い注射薬も出ていますが、より一般的なのは(そして谷口医院でもよく処方するのは)次の3種の内服薬です。
#1 女性ホルモン製剤(エストロゲン)
#2 SERM(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)
#3 ビスフォスフォネート製剤
#1と#2は女性のみが適応となります。閉経後に急激に骨密度が低下するのはエストロゲン(女性ホルモン)が分泌されなくなるからで、当然それを補えばリスクが下がります。谷口医院ではまず#1を検討することが多いのですが、乳がんや子宮体がんなどのエピソードがある人には使えないためにその場合は#2を選択します。ただし、血栓(血の固まり)ができる病気や心筋梗塞、脳梗塞などの血管の病気のエピソードがあれば#1、#2とも使えません。
このように有効な治療があるのですが、残念ながら治療を始める前に骨折してしまう人が少なくありません。まずは骨に関心を持つこと、そして骨密度を測ることが重要です。
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|2023年12月14日 木曜日
2023年12月14日 時間制限ダイエットよりも1日1食ダイエットが有効
正午から午後8時までを食事ができる時間帯とし、残りの時間は絶食するダイエットが数年前から流行っています。16時間の絶食が求められることから「16時間ダイエット」または「オートファジーダイエット」と呼ばれることもあります。
このダイエットが有効とする研究がある一方で、効果を否定したものもあります。今回はその双方を取り上げてみましょう。
医学誌「JAMA」2023年10月27日号に掲載された論文「成人の2型糖尿病の体重減少に対する時間制限食の影響(Effect of Time-Restricted Eating on Weight Loss in Adults With Type 2 Diabetes)」では肥満かつ2型糖尿病の患者75人を対象とした研究が報告されています。
正午から午後8時のみを食事摂取可とし摂取カロリーの制限をしなかったグループは、日々の摂取カロリーを25%減らしたグループに比べ、体重減少率が高いという結果がでました。興味深いことに、糖尿病の改善率は双方のグループ間で有意な差はありませんでした。
時間制限ダイエットには効果がないとする研究も紹介しましょう。医学誌「New England Journal of Medicine」2022年4月21日号に掲載された論文「時間制限ダイエットの有無で比較したカロリー制限(Calorie Restriction with or without Time-Restricted Eating in Weight Loss)」です。
対象者は139人で調査期間は12ヶ月。この調査では時間制限をするグループにもしないグループにもカロリー制限が課せられています。参加者全員に許された1日あたりの摂取カロリーは男性1500~1800kcal、女性1200~1500kcalです。118 人(84.9%)が12 か月のフォローアップを完了しました。結果、両グループとも体重減少は認められたのですが(時間制限グループ:マイナス8.0kg、時間制限なしグループ:6.3kg)、これらに有意差はありませんでした。
この研究を取り上げたThe New York Timesは記事のタイトルを「時間制限ダイエットに効果がないことが分かった(Scientists Find No Benefit to Time-Restricted Eating)」としていますが、私はそうは捉えていません。なぜなら、この研究の対象者はダイエットには成功しているからです。ただ、時間制限をせずにカロリー制限だけしかしていないグループもダイエットに成功し、両者に有意差はなかった、と言っているわけです。
言うまでもなくカロリー制限は簡単ではありません。たとえ1日1回でも満腹感の味わえる時間制限ダイエットの方がハードルが低いわけです。そして、最初に取り上げた論文のように「時間制限が有効だ」とする結果がでた研究もあるのです。
ということはまずはやってみる価値がありそうです。実際、過去数年で谷口医院でこの16時間ダイエットを実施した患者さんは100人くらいはいて、それなりには成功した人もいます。効果はわずかですが、重要なのはこのダイエット法には危険性がなく、例えば同じものばかり食べるようなダイエットに比べると長続きしやすいという点です。夕食は仲間とアルコールと共に、という人であれば午後4時から午前0時までを食事可能な時間とすればいいわけです。
最後に「とっておきの時間制限ダイエット」をお教えしましょう。それは「1日1食ダイエット」です。この方法はすでに糖尿病があるなどで、食事の仕方に注意点がある人には不向きですが、健康な人ならそれほど危険性はありません。きちんと統計をとったわけではありませんが、谷口医院の患者さんでいえばこの方法はかなりの確率で成功します。朝と昼は水とお茶とコーヒーだけ。その代わり、夜は好きなものを好きなだけ食べる、という方法です。
ただし、健診で異常がある人やそれなりに高度な肥満のある人は先にかかりつけ医に相談することが必要です。
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|2023年12月10日 日曜日
2023年12月 そもそも自尊心とは何なのか、いらないのでは?
前回のマンスリーレポートでは、「日本人は他国の人たちと異なり、年をとればとるほど自尊心が上昇し、その代わり幸福度はどんどん低下する」ことを紹介しました。自尊心と幸福度に直接の因果関係があるとは言えないかもしれませんが、両方とも「主観」で決まることなので、あながち関連がないとは言えないのではないか、という私見を述べました。
こうなると「自尊心とは何か」が気になります。前回は自尊心が極端に高い人と低い人の特徴を挙げて、「自尊心が高ければ傲慢なナルシシストになってしまい、これが不幸せの原因である。だから謙虚さを身につけるべきだ」と結論付けました。
このように、私は「自尊心が高いこと=悪いこと」という前提に立ちましたが、文脈によっては「自尊心を高く持つべし」とするものもあります。というより、一般的には自尊心は高ければ高いほどよい、とされています。今回は、このよくわからない自尊心を掘り下げて考えてみましょう。
自尊心について最も深く学ぶのはおそらく心理学でしょう。ちなみに、臨床医学ではほとんど取り上げられず、精神医学の領域でも言葉くらいは出てくるでしょうが、自尊心についての精神医学者の研究というものを私はあまり見たことがありません。しかし、心理学では自尊心自体がテーマになり繰り返し研究されているはずです。
前回紹介した論文のタイトルにもある「ローゼンバーグ自尊心尺度」はそれなりに有名です。下記の10項目で点数をつけます。簡単にできますから未実施の人は一度試してみてください。
1. 私は、自分自身にだいたい満足している。
2. 時々、自分はまったくダメだと思うことがある。
3. 私には、けっこう長所があると感じている。
4. 私は、他の大半の人と同じくらいに物事がこなせる。
5. 私には誇れるものが大してないと感じる。
6. 時々、自分は役に立たないと強く感じることがある。
7. 自分は少なくとも他の人と同じくらい価値のある人間だと感じる。
8. 自分のことをもう少し尊敬できたらいいと思う。
9. よく、私は落ちこぼれだと思ってしまう。
10. 私は、自分のことを前向きに考えている。
上記項目1,3,4,7,10については「強くそう思う」=4点、「そう思う」=3点、「そう思わない」=2点、「強くそう思わない」=1点で点数化します。項目2, 5, 6, 8, 9は、「強くそう思う」=1点、「そう思う」=2点、「そう思わない」=3点、「強くそう思わない」=4点とします。
合計点数が20点以下であれば「自尊心が低い」、30点以上であれば「自尊心が高い」となり、日本人の平均は約25点だと言われています。ちなみに私の場合、ちょうど25点となり、「自分の自尊心は日本人の平均程度」というとてもつまらない結果となってしまいました……。
しかし、こんなもので本当に人間の自尊心が評価できるのでしょうか。はっきり言うと私は「できない」と思っています。さらに、前回引き合いにだした論文の筆者らには申し訳ないですが、この尺度が信頼できない以上、「日本人は年齢とともに自尊心が高くなる」とした結論の信ぴょう性も疑わしいと思っています。
なぜこのような質問では自尊心が正確に評価できないのか。例えば質問1の「自分自身にだいたい満足している」を考えてみましょう。これは自分自身の「何を」対象とするかで答えが大きく変わってきます。例えば「容姿」なら20代に比べて60代は「満足している」からはほど遠くなるはずです。ですが、「貯蓄」をメインに考えるなら、多くの人は容姿とは反対に20代のときよりも60代の方が満足しているわけです。
また、このような設問に「本当に正直に答えられるか」という問題もあります。そもそも人は自分自身のことをそれほどよく分かっていません。設問10のように「前向きに考えている」と言われても、「前向きなこともあるけど、慎重になって行動を控えることもあるし……」と考える人が多いのではないでしょうか。ちなみに私の場合、自分のことを「悲観主義者で前向きにはなれない」と常々考えているのですが、私をよく知る昔からの友達からは「お前ほどの楽観主義者はいない」と言われます。
というわけで、本来私は他人の悪口を言うのは好きでないのですが、ローゼンバーグさんがお考えになったこの尺度が有用とは到底思えません。
では正確に自尊心を評価する方法はないのでしょうか。日本心理学会のウェブサイトを調べてみると「顕在的自尊心と潜在的自尊心」というタイトルの記事がありました。この記事、ある意味でとても興味深いと言えます。
この記事によると、顕在的自尊心はローゼンバーグ自尊心尺度で測定することができて(ここまではOK)、国際比較ではなんと日本が最も低く、年代による変化は日本では下降傾向にあるというのです。この時点で、前回と紹介した論文とで結論が食い違っています。調査方法が異なりますが、2つの主張に整合性があるとは到底思えません。
潜在的自尊心は興味深い考えだと思いますが、紹介されている検査法がどれだけ正確なものなのかが疑問です。また、顕在的自尊心が高く潜在的自尊心が低い不安定的高自尊心者と、顕在的・潜在的自尊心の両方が高い安定的高自尊心者の分類についてはたしかにおもしろいと思いますが、果たしてそんなに単純に分類できるのか、という疑問が私には残ります。またこの記事の最後には「この論争については明確な結論が出ておらず、今後の研究が待たれるところです」という文章もあり、やはり共通のコンセンサスがあるわけではなさそうです。
結局、自尊心はどのように考えればいいのでしょうか。思い切って誤解を恐れずに私見を述べれば「自尊心なんてものを考えること自体がナンセンス」です。そもそも、日頃から「幸せになりたい」と考える人は大勢いるでしょうし、また考えるべきだと思いますが、「自尊心を高くもちたい」と考えている人がいるとは思えません。もしも、目の前に神様が現れて「幸せがほしいか」と問われれば、よほどのひねくれ者でない限り「ほしいです」と答えるでしょうが、「自尊心がほしいか」と言われて「どうしてもほしい」と答える人はどれだけいるでしょう。私なら「どっちでもいい」と答えます。「くれるならほしい」と答える人は多いでしょうが、「幸せと自尊心のどちらかを選べ」と問われれば誰もが「幸せ!」と即答するに違いありません。
過去のコラムで繰り返し述べたように(例えば「「承認されたい欲求」と「承認したくない欲求」」、「「承認欲求」から逃れる方法」)、私は「承認欲求なんて捨ててしまえばいい」と言い続けています。しかし、これは誰からも嫌われてもよいという意味ではなくて、「自身にとって大切な少数の身内から愛されていればそれでじゅうぶんであって誰からも愛されることに意味はない。身内以外からは嫌われても何の問題もない。大切なのは<変わらざる自身>を持つことだ」という意味です。
自尊心も同じようなものだと思います。つまり、「自尊心なんてどうでもよくて考えることにも意味はない。それよりもそんなことを考える暇があるなら自身にとって大切な少数の身内から認められるよう<変わらざる自身>を持つように努めればよい。もしも他人から『あいつには自尊心がない』などと咎められたとしてもそんな悪口は無視すればいい」と私は思います。
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|2023年11月23日 木曜日
2023年11月23日 22分の運動で座りっぱなしのリスクを相殺できる可能性
死亡や認知症罹患のリスクを上昇させることが明らかな「座りっぱなし」。その弊害を解消できる候補が「運動」ですが、これまで世界で発表された研究を振り返ると、運動をすることで座りっぱなしのリスクが解消できるという報告と、運動をしてもリスク低下につながらないとする研究があります。
今回紹介するのは「1日22分間の中から高強度の運動によって座りっぱなしによる死亡リスクを相殺できる」とする報告です。
医学誌「British Journal of Sports Medicine」2023年10月24日号に掲載された論文「デバイスで測定された身体活動、座りっぱなしの時間、および全死因死亡のリスク: 4つの前向きコホート研究の個人参加者のデータ分析(Device-measured physical activity, sedentary time, and risk of all-cause mortality: an individual participant data analysis of four prospective cohort studies)」を紹介します。
研究の対象者の合計は50歳以上の11,989人(女性50.5%)で、中央値5.2年の追跡期間中に6.7%(805人)が死亡しました。1日当たりの中から高強度運動の時間が22分未満の人は、1日当たりの座りっぱなしの時間が8時間と比べて、12時間であれば死亡リスクが38%上昇します。
他の数値もまとめると、「中から高強度の運動で座りっぱなしによる死亡リスクが低下する」という結果となっています。
************
ただし、座りっぱなしが健康によくないという事実に変わりはなく、ウォーキング程度ならともかく、中から高強度の運動を生涯継続するのは困難です。しかも、この研究は死亡リスクのみを検討したものであり、本サイトで何度か取り上げている認知症のリスクについては言及していません。
これまでの世界の研究を振り返ってみても、座りっぱなしは相当厄介な健康を脅かすリスクです。座りっぱなしで仕事をする人も、なんとか工夫をしてマメに立ち上がる習慣を身に着ける必要があるでしょう。
参考:医療ニュース
2023年9月30日 座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇
2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消
2018年6月9日 「座りっぱなし」は認知症のリスクか
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