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2016年4月27日 水曜日
2016年4月27日 ダイエットには充分なタンパク質を
最近、水が最強のダイエット飲料であるという情報を紹介しました(注1)。これは、ほとんどコストゼロでできる簡単で(度を超さなければ)安全なダイエット法であり、体重が気になる人はすぐにでも実践すべきでしょう。今回お伝えするのも、比較的簡単にできて、しかも苦痛を伴わない方法です。
タンパク質の豊富な食事は満腹感を早くに得られる・・・
医学誌『Journal of the Academy of Nutrition and Dietetics』2016年3月3日号(オンライン版)にこのような研究結果が報告されています(注2)。
この研究は、米国インディアナ州Purdue大学のRichard D. Mattes氏らによっておこなわれました。研究の方法は、新たに被験者を募ったわけではなく、これまでに発表されている多くの論文を総合的に解析するというものです。(これをメタ解析と呼びます)
結果、タンパク質を豊富に取れば、タンパク質が少ないときよりも満腹感が早く得られることが分かったそうです。この理由について、研究者は、タンパク質がいわゆる「満腹ホルモン」の分泌を促しているのではないかと推測しています。どのくらいのタンパク質を摂取すれば満腹感を得られるのかについては、はっきりと言及していません。
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体重が気になる人がいればすぐにでも試してみるべきかもしれません。水が有効という研究もあるわけですから、食事前にまず水を飲み、その後野菜のみならずタンパク質も積極的に摂るようにして、満腹ホルモンの分泌が終わってから、少量の脂肪、最後に少量の炭水化物という流れがダイエットには理想ということになります。
注1:下記を参照ください。
医療ニュース2016年4月4日「最強のダイエット飲料は「普通の水」」
注2:この論文のタイトルは「The Effects of Increased Protein Intake on Fullness: A Meta-Analysis and Its Limitations」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.andjrnl.org/article/S2212-2672%2816%2900042-3/abstract
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|2016年4月26日 火曜日
2016年4月26日 睡眠不足で食欲亢進はカンナビノイドが原因
睡眠時間が短いとダイエットの効果が乏しくなるという研究を以前お伝えしたことがあります(注1)。この研究は、同じ食事量でも睡眠不足があるとやせにくい、とするものです。そして、睡眠不足がダイエットに不向きな理由はまだあります。睡眠時間が短いと食欲が亢進することを実感したことのある人は多いのではないでしょうか。今回お伝えしたい研究はそのメカニズム解明につながるかもしれない興味深いものです。
睡眠不足になるとカンナビノイドが増加する・・・
カンナビノイドと聞いて分からないという人もいるかもしれませんが、これは誰もが知っている物質です。それは「大麻」です。多幸感をもたらす大麻の成分がカンナビノイドなのです。(正確にはカンナビノイドにもいくつかの種類があり、多幸感と無縁のものがありますがここではその説明に踏み込みません)
大麻は日本では今も違法であり、世界各国でも前世紀までは一部の国と地域を除いて違法でしたが、ここ10年くらいで合法とする国が一気に増えました。南米、ヨーロッパでは多くの国が合法になり、アメリカでもいくつかの州ですでに合法です。また、日本を含む違法の国であっても入手するのはそうむつかしくありませんから、興味本位で試したことがあるという人もいるでしょう。大麻には依存性もありますし(大麻推進派は「ない」と言いますが、ないわけではありません)、副作用も少なくありませんから安易に手を出すべきではないと私は考えています。そして大麻フリークの人たちも「これだけは困る・・・」と口をそろえて言う”副作用”があります。それが「食欲亢進」です。
今回紹介する研究は米国シカゴ大学が運営している『SCIENCE Life』と名前のウェブサイト(注2)に報告されています。
この研究の対象者は20代の健常なボランティア男女14人です。最初の4日間は8.5時間、残りの4日間は4.5時間の睡眠時間が与えられました。(実際の平均睡眠時間は7.5時間と4.2時間) 全日程において1日3食の食事が与えられ、定期的な血液検査がおこなわれました。
結果、睡眠時間が短ければ、血中カンナビノイド値が、充分な睡眠時間のときに比べて33%も上昇していました。さらに、睡眠時間が充分なときは、血中カンナビノイドは昼食後にピークとなり、その後次第に下降していくのですが、睡眠不足があれば、血中カンナビノイド値の立ち上がりが遅く、午後の遅い時間から上昇し、夕方から夜遅い時間まで高値を維持したままであることが分かりました。
そして、実際に血中カンナビノイドが高いままの睡眠不足になると、空腹を訴え続け、差し出されたスナック菓子を、睡眠時間が充分なときに比べ2倍近い量を食べたそうです。そして、カロリー摂取量は睡眠時間が充分なときに比べ50%も上昇し、摂取脂肪量にいたっては2倍にもなったそうです。
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睡眠不足があれば、同じカロリー摂取であっても太りやすいだけでなく、食欲が大幅に亢進するというわけです。
現在、日本でも大麻を解禁すべきという意見が増えてきているようですが、太ることに敏感な日本人の性格を考えると、太るなら大麻なんていらない、という声が上がり、意外にも世論が「大麻解禁反対」となるかもしれません。
それにしても多幸感をもたらすカンビノイドが体内で合成されるというのは興味深いと言えます。ヘロイン(麻薬)やメタンフェタミン(覚醒剤)も、なぜ多幸感や興奮をもたらすかというと、これらに似た物質が体内でつくられるからです。ならば、いわば天然の大麻、麻薬、覚醒剤などを思いのままに脳内で作り出せることができれば随分精神状態が安定するのではないか、というのは私が長年考えていることです。いずれ、このことについても詳しく述べたいと思います。
注1:はやりの病気第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」の中で紹介しています。
注2:このレポートのタイトルは「Sleep loss boosts hunger and unhealthy food choices」で、下記URLで読むことができます。
https://sciencelife.uchospitals.edu/2016/02/29/sleep-loss-boosts-hunger-and-unhealthy-food-choices/
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|2016年4月25日 月曜日
2016年4月25日 ノロウイルスの有効な予防法
毎年冬から春にかけてノロウイルスを代表とする感染性胃腸炎(注1)が流行します。ノロウイルスには一応は周期があるとされており、たしかに統計学的な数字をみれば流行したのは2002年、2006年、2010年と規則性があるように見受けられます。しかし、私の実感としては少なくともここ数年間は「数年毎の流行」ではなく、「毎年の流行」のような印象があります。
なぜノロウイルスがやっかいなのか。それは感染力が非常に強く、通常のアルコール消毒では効果が不十分だからです。ただし、アルコールがまったく無効というわけではありません。しかし、アルコールはまったく無効と考えている人が(医療者の中にも)います。実は、アルコールの効果に対する考え方は少しずつ変わってきており、厚労省の正式な文章でも表現が改訂されています。また、ノロウイルスに対して有効と思われる新しい消毒液が発売されましたので、これについても紹介したいと思います。
2004年2月4日に厚労省が発表した「ノロウイルスに関するQ&A」(注2)には、「ノロウイルスの失活化には、エタノールや逆性石鹸はあまり効果がありません。ノロウイルスを完全に失活化する方法には、次亜塩素酸ナトリウム、加熱があります」と書かれています。これを素直に読めば、アルコール(エタノール)は使うべきでなく、ノロウイルスの対策には化学薬品としては次亜塩素酸ナトリウム以外にはない、となります。
このQ&Aは2015年6月30日に改訂(注3)されました。消毒については「一般的な感染症対策として、消毒用エタノールや逆性石鹸(塩化ベンザルコニウム)が用いられることがありますが、ノロウイルスを完全に失活化する方法としては、次亜塩素酸ナトリウムや加熱による処理があります」、とされています。「(エタノールには)あまり効果がありません」という文言が消えています。
2004年の表現と2015年の改訂文書は似ているようにみえるかもしれませんが全く異なります。先に述べたように2004年の文書では「アルコールは効果なし」と読めるのに対し、2015年版では「アルコールは完璧ではないですが使うべきです」と解釈できるからです。
実は、アルコールに対する効果が過小評価されていないか、ということは以前からしばしば指摘されていました。実際には、アルコールはノロウイルスにもある程度は有効です(注4)。ノロウイルスの予防に最も有効なのは「徹底的な手洗い」です。石けんについては、他のウイルスほど有効ではありません。一般に、エンベロープといって”殻”のようなものを持つタイプのウイルス(インフルエンザウイルスやHIVが代表です)には石けんは有効ですが、エンベロープを持たないタイプのウイルスは効果が劣ります。しかし石けんはアブラを落とすのが得意ですから、アブラに付着したノロウイルスを洗い流すことはできます。ですから石けんは効果が不十分とはいえ使った方がいいのです。
アルコールに話を戻すと、病原体の予防を考えたとき、(特に日本人は)「完璧さ」を求めます。このため、「アルコールで完全に死滅させることができないならもっと強力なものはないのか」と考えたくなります。そして、その「もっと強力なもの」が次亜塩素酸ナトリウムです。実際、次亜塩素酸ナトリウムであれば、ほとんどすべての微生物を完璧に防ぐことができます。
しかし、欠点もあります。まず刺激が強すぎて皮膚に直接付けることができず手洗いには使えません。金属に塗布すると腐食するという欠点もあります。木材や有機物と接触すると消毒のパワーが減弱することも指摘されています。このため、木製の椅子や手すりなどの消毒には不十分となる可能性があります。パルプを原料とした紙も同様で、以前は、嘔吐物に新聞を載せてその上から次亜塩素酸ナトリウムをかけることが推薦されていましたが、最近はこの方法を疑問視する声もあります。
最近、ノロウイルスを効果的に予防することのできる改良型の消毒薬が相次いで登場してきています。価格が高いことなどもあり、現時点ではまだそれほど普及していませんが、医療機関のみならず一般企業や家庭でも今後使われるようになっていくかもしれません。下記はその一例です。
〇ルビスタ(R)(キョーリンメディカルサプライ社)
http://www.rubysta.jp/
〇ラビショット(健栄製薬株式会社)
http://www.kenei-pharm.com/medical/344/
〇ザルクリーン (健栄製薬株式会社)
http://www.kenei-pharm.com/medical/336/
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注1:ノロウイルスに感染しているかどうか調べてほしい、という要望がときどきありますが、原則として成人の場合は保険適用もなく現実的ではありません。ノロウイルスは成人であればほとんどのケースで入院は不要ですし、そもそも特効薬がありませんから、検査することにあまり意味がありません。一方、小児や高齢者で入院が必要になる場合は院内感染のリスク管理の意味もあり検査がおこなわれることが多いといえます。
注2:下記URLを参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/dl/040204-1.pdf
注3:下記URLを参照ください。
注4:消毒に用いるアルコールには「エタノール」と「イソプロピルアルコール」があります。ノロウイルスを含むエンベロープを持たないウイルスにはイソプロピルアルコールでは有効性が乏しいため、エタノールを用いるべきです。
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|2016年4月22日 金曜日
第159回(2016年4月) 医師の不祥事と悲しきジャーナリズム
最近、医師の不祥事が立て続けに報道されています。ここ2~3ヶ月で報道されたもので主なものを並べてみます。まずはわいせつ事件から。
2016年2月10日、当時15歳の女子生徒の裸を撮影したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反で高知県の60代男性医師が逮捕。この医師は、同じ女子生徒にわいせつ行為をおこない1月21日にも逮捕されていましたから2月は再逮捕ということになります。
2月24日、術後で抵抗できない女性の胸などを触ったとして準強制わいせつ罪で神戸市の40代男性医師が起訴。翌日の25日、女子高生2人を買春した疑いで大分市の20代医師が逮捕。
15歳の女子生徒に・・、術後の抵抗できない女性に・・、といったことは到底考えられないようなことですが、逮捕や起訴が実際におこなわれているのですからこれらは事実なのでしょう。次はわいせつ以外の事件をみていきます。
2月10日、診療報酬の架空請求で3千万円をだまし取った奈良市の50代の医師が懲役3年6ヶ月の判決。同日、女性研修医のメールのIDを不正に入手し無断でアクセス、女性研修医に成り済まして男性にメールを送り、その返信に添付された男性のみだらな写真を病院内のトイレに置いたとする名誉毀損の罪などで、北海道の32歳医師が有罪判決。
2月12日、覚醒剤取締法違反で広島県呉市の病院長50代男性が現行犯逮捕。2月17日、20代女性と女子高生の2人を連続ひき逃げし過失傷害と道交法違反で浜松市の50代医師が逮捕。2月20日、酒に酔い救急隊員を殴り公務執行妨害で大阪府枚方市の40代男性医師が逮捕。2月22日、同僚医師の金を盗み窃盗の疑いで広島市の30代男性医師が逮捕。2月26日、宮崎大学医学部の医師がインサイダー取引で懲戒処分。3月31日、中国から危険ドラッグを輸入し東京税関が東京都の60代の医師を東京地検に告発・・・。
地方紙まで検索すればまだまだ出てくるかもしれません。こういった記事を立て続けに見ると、「医師はいったい何をやってるんだ!」と憤りを感じる人も多いでしょうし、これだけ次々に出てくるなら、報道されているのは氷山の一角じゃないのか、と感じる人もいるかもしれません。しかし、実際にはこのような医師は私の周囲にはいませんし、噂としてもこういった話はめったに聞きません。信じがたいという人もいるかもしれませんが、大半の医師は高い人格を有しています。
一方で、医師に同情的というか、”たかだか”道交法違反やインサイダー取引で報道するのはいくら医師だからといって気の毒ではないかという意見もあります。「医師も人間だから・・・」という人もいます。たしかに、先に紹介した事例でいえば、一般の会社員であれば、報道されていないであろう、もしくは報道されたとしても実名までは出ないだろう、と思われるケースがほとんどです。ネット社会のこの時代、いったん実名がネット上に出回ればそれを消すことは容易ではありません。彼らが今後医師としてやっていくのは極めて困難です。
当事者の医師たちはマスコミを憎悪しているかもしれません。しかし、マスコミも善悪の判断はしているはずです。一般の会社員であれば報道しないことも、公人であれば報道するのがマスコミの使命です。先に挙げた犯罪が政治家によるものであったとすれば、間違いなく報道されるはずです。医師は政治家のような純粋な「公人」とは呼べないかもしれませんが、国民から徴収される税金と保険料が収入の元になっているわけですし、ヒポクラテスの誓いなどを持ち出すまでもなく高い倫理感を持たねばならない職種ですから、マスコミが厳しく報道することに私は異論ありません。
しかし、です。マスコミの報道が完全に「公平」かと言えば、そうではないと思います。私が感じる「過小報道」と「過大報道」について述べてみたいと思います。
まずは「過小報道」から。あえて先には述べませんでしたが、ここ数ヶ月でマスコミが最も取り上げたのが、診療報酬詐取で3月9日に逮捕された東京都の30代女性タレント医師でしょう。すべてのマスコミが厳しく報道し、ネット上でも彼女を擁護する意見は皆無と聞きます。医師専用の掲示板でも少し話題になっていましたが、軽蔑するような意見のみです。医師の間では議論する価値すらないと思われているようです。悪質犯罪者は二度と医療現場に顔を出さないでくれ、で終わりです。同情の声は一切ありません。
私が「過小報道」と考えているのはこの事例ではありません。同時期に京都で発生したとんでもない事件のことです。この事件は非常に悪質であり、しかも犯人が医師ですから、それなりには注目されたのですが、東京の女性医師に関連した報道ばかりが目立ち、結果として京都の医師はあまり取り上げられませんでした。この事件をここで振り返っておきます。
2015年末、40代の京都の男性医師が速度違反で摘発されました。この医師は運転免許証を携帯しておらず身分証明として住基カードやパスポートを提示し、そこにはこの男性医師の顔写真が貼付されていました。これらの身分証明書が偽造されたものであることが後に発覚します。なんと自分が診ている患者の名前で偽造していたのです。京都府警は2016年1月13日、この男性医師を有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕しました。
自分の患者の名前を使って住基カードやパスポートを偽造・・・。にわかには、というよりもどれだけ熟考しても理解できません。ある意味では、東京の女性医師の、カネとオトコに目がくらんで・・・、の方がまだ理解しやすいかもしれません。続きがまだあります。この男性医師は、偽造パスポートを用いて実際に海外に渡航したことがその後の捜査によって判明しました。偽造パスポートで海外渡航したということは、入国先で何らかの犯罪行為に手を染めるのが前提なのでしょう。
さらに、複数の患者名義で住基カードをつくり、なんと金融機関の口座を開設、しかも見つかった通帳が70点にも上ると言いますから驚きを通り越して何と言えばいいのかわかりません。この事件はもっと大きく報道し、警察の捜査では見つからなかった被害者がいないかどうかの呼びかけをマスコミに担ってほしかった、東京の女性医師の事件よりも悪質ではないのか、というのが私の意見です。
次は「過大報道」です。「報道の自由」がありますから、京都の医師のように私が「過小報道」ではないのか、と言ったところで説得力はありません。マスコミには何を報道するかを決める自由と権利があります。しかし、過大報道はどうでしょう。そのせいで、容疑者が不当に不利益を被ったとすればどうでしょうか。社会にはマスコミのいきすぎた報道のせいでその後の人生が大きく変わってしまった人は少なくありません。
2016年3月30日、京都府警は、強制わいせつの容疑で70代の男性医師を逮捕しました。この医師は自身の病気で京都市内の病院に入院しており、心電図の装置を取り付けようとしていた(ナースコールで呼び出したとする報道もあります)20代の看護師に抱きつきキスをしたそうです。
個室での強制わいせつですから、被害者からの訴えがあったのだと思われます。もちろん被害者及びその家族は大変辛い思いをしたに違いありません。ですから警察に届けるのは正当な行為ですし、被害届を受理した警察が捜査して逮捕するのは当然のことです。
しかし、です。これをマスコミが報道するのは問題があります。最初に述べた複数のわいせつ事件とどう違うのか、と思う人もいるでしょう。しかしこの事件は事の本質がまったく異なります。報道によれば、逮捕された70代の男性は、公立の大学病院の元病院長です。学歴や経歴と犯罪には関係がありませんが、この医師が「正常な思考状態」であれば、まず間違いなくこのような犯罪はおこないません。では、なぜこのような奇行に出たのか・・・。おそらく認知症があるからです。そしてその認知症は前頭側頭型認知症(FTD)と呼ばれる理性のコントロールが効かなくなるタイプのものだと思われます。報道だけでは断定できませんが、私はその可能性が極めて強いとみています。
もちろん認知症があれば何もかも許されるわけではありません。被害者もいるわけですから法律に基づいた処罰を受けねばなりません。しかし、報道はどうでしょうか。この事件は、「元病院長が強制わいせつ!被害者は20代の看護師!」で充分話題になり、ゴシップとしては面白いのでしょう。しかし、読者の興味を引くことだけを考えていればそれでいいのでしょうか。
医師は一般の会社員よりも厳しく報道されるべきだとは思います。しかし、ときには加熱しすぎていないかどうか、マスコミの方々に検討いただきたいものです。
参考:メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」
第38回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!①」
第39回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!②」
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|2016年4月18日 月曜日
第152回(2016年4月) 大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン
国民の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで死亡する時代と言われ久しくなります。がんを臓器別にみてみると、2013年のデータでは、男性は罹患者数が最も多いのが大腸がん、2位は胃がん、以下前立腺がん、肺がんと続きます。女性は最多が乳がん、2位は大腸がん、以下肺がん、胃がんです。男女合わせた全体では大腸がんが1位です。前年までは大腸がんは胃がんに次いで2位であり、2013年になって初めて、男性、男女合わせた全体で最多になりました。
胃がんはヘリコバクター・ピロリ菌を除菌することで大部分を予防することができます。乳がんは、定期検診の有効性が認められており、厚労省も40歳以上に勧めています。しかし乳がんの検診というのは早期発見して死亡を防ぐことが目的であり、発症自体を防ぐ予防法は確立していません。(アンジェリーナ・ジョリーのように遺伝的素因がある場合は「発症前の乳房切除」という選択肢もありますがこれは例外でしょう)
大腸がんの場合は、早期発見する方法としては定期的な大腸ファイバー(大腸カメラ)という方法がありますが検査自体が大変です。便潜血反応をみる検査は簡単にできますから40歳以上になればおこなうよう厚労省も推薦しています。しかし、完全に早期発見できるわけではありませんし、発症の「予防」になるわけではありません。
がんについては「早期発見」が重要ですが、できれば発症そのものを防ぎたいものです。AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月1日、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」というタイトルの発表をおこないました(注1)。その「6つの習慣」とは以下の通りです。
1. 健康体重を維持し、腹部の脂肪量をコントロールする
腹部の脂肪は、体重にかかわらず(たとえやせていたとしても)大腸がんのリスクになることが判っています。
2. 定期的に運動をおこなう
家の掃除でもランニングでも、日常でおこなえる運動にはさまざまなものがあります。重要なのは「定期的に」です。
3.食物繊維を積極的に摂る
1日あたり食物繊維10グラム(豆であれば1カップ弱)を摂れば、大腸がんのリスクが10%低下します。
4.赤肉の摂取量を減らし、加工肉を避ける
ホットドッグ、ベーコン、ソーセージなどの加工肉を避けます。加工肉による大腸がんのリスクは赤肉の2倍にもなると言われています(これについては後述します)。
5.アルコールを控えめにする
「男性なら1日グラス2杯、女性なら1杯が目安」と書かれていますが、アルコールが何を指しているのかがよく判りません。ただ、別のところに「ワインなら5オンス」と書かれており、これはワイングラス1杯程度です。つまり、男性ならワイングラス2杯(ビールならだいたい中瓶1本、日本酒なら1合程度です)、女性はこの半分くらいが適量ということになります。
6.ニンニクをたっぷり摂る
ニンニクの豊富な食事は大腸がんリスクを低下させます。シチュー、炒め物、焼き肉などにはニンニクを加えることが推薦されています。
がんを含む生活習慣に起因する疾患(=感染症以外のほとんどの疾患、というのが私の考えです)を防ぐには、「10の習慣」が有効であり、私は「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」と覚えることを提唱しています。(詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください) 「10の習慣」は下記の通りです。
3つのEnjoy
①Exercise(運動は楽しくおこないましょう)
②Eating(食事は身体にいいものを楽しんで食べましょう)
③Early-morning waking up(毎朝早起きして1日を充実したものにし、夜はぐっすりと眠りましょう)
3つのStop
④Smoking(タバコはすぐにやめましょう)
⑤Stress(ストレスは上手にコントロールしましょう)
⑥Sitting too much(喫煙に匹敵するほど危険です)
4つのデータ
⑦血圧
⑧コレステロール
⑨体重(BMI)
⑩血糖
AICRが発表した「大腸癌を防ぐ6つの習慣」と比較すると、共通しているのは①と②だけですが、他の8つ(③~⑩)も大腸ガンのリスク低下になります。AICRの発表で注目に値するのは4番目の「赤肉・加工肉」と6番目の「ニンニク」です。
2015年10月29日、WHO(世界保健機関)は「加工肉が大腸癌のリスクとなる」という発表(注2)をおこない世界中で物議を醸しました。特にソーセージやハムが国の文化ともいえるドイツでは、WHO発表の直後から反対の声明が次々にあがりました。日本のマスコミも取り上げました。マスコミの取材に答えたほとんどの医師は、「現在の日本人の摂取量であれば問題ないであろう」という意見でした。しかし、可能であれば加工肉よりも新鮮な肉を摂取すべきなのもまた事実です。
ニンニクががんの予防になることは以前から指摘されていましたが、今回AICRがはっきりと言及したことは注目に値します。私の印象でいえば、あまりニンニクの有効性を主張している日本人の医師や公衆衛生学者は多くないように思えます。これは、日本料理がニンニクをほとんど使わないからではないかと私は思っています。
日本料理は以前は健康食の代表と言われていましたが、最近は地中海料理にその座を奪われています。地中海料理が健康にいいのは、新鮮な魚貝類(これは日本料理と共通しています)、新鮮な野菜、ピーナッツ類、オリーブオイル、そしてニンニクをたっぷりと使うからです。
ニンニクの欠点は翌日に残るあの「臭い」でしょう。臭いに敏感な日本人にはニンニク料理はなじまないかもしれません。しかし、大腸がんの予防になることがもっと注目されれば、ニンニク料理に社会が寛容になるのではないでしょうか。個人的にはそれに期待して、思いっきりニンニクが食べられる日を待ちたいと思っています。(ニンニクをオリーブオイルで炒めたときのあの香りは私を幸せな気持ちにさせますが、そのように感じるのは私だけではないでしょう)
ところで、今回のAICRの「6つの習慣」には入れられていませんが、大腸がんの予防にアスピリンが有効なのでは、ということがしばしば指摘されます。大腸がんを発症した人がアスピリンを毎日服用すると「再発の予防」になることが分かっているからです(注3)。では、発症したことのない人が毎日アスピリンを服用することで大腸がんを予防できるのかどうか、ということが気になります。
最近、これを検証した研究が報告されました。医学誌『JAMA oncology』2016年3月3日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、アスピリンを定期的に内服することにより大腸がんのリスクが19%低下するという結果が出ています。研究の対象者は合計135,965人(男性47,881人、女性88,084人)で、32年間の追跡期間中、男性7,571人、女性20,414人ががん(すべてのがん)を発症しています。乳がん、前立腺がん、肺がんなどではアスピリンの予防効果が認められませんでしたが、消化器系、特に大腸がんの予防効果が有意に認められています。
しかしながら、今のところ、私の知る限り、大腸がんに罹患したことのない人に対して、アスピリンを予防目的で積極的に勧めている医師はおらず、私自身も勧めるつもりはありません。アスピリンは解熱鎮痛効果のみならず、脳・心血管系疾患の再発予防がある(血を固まりにくくする)ことは以前から知られており、そのような目的で使用することには問題がありませんが、一方で鎮痛薬というのはアスピリンも含めて依存性がありますし、消化器系のがんを予防するのが事実だとしても、消化管の粘膜の出血のリスクがあるのもまた事実です。
私自身としては、大腸がんの予防には、AICRが唱える「6つの習慣」、さらに私自身が以前から提唱している「10の習慣」を実践し、さらに早期発見に努めるというのが最善であると考えています。
注1:この発表のタイトルは「6 Steps to Prevent Half of Colorectal Cancer Cases」で、下記のURLで全文を読むことができます。
注2:この発表は下記URLで読むことができます。タイトルは「Links between processed meat and colorectal cancer」です。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/processed-meat-cancer/en/
注3:これは欧米では以前から指摘されていたことで、日本人にも当てはまるのかどうかはデータがありませんでした。しかし、日本人の患者約300人を対象とした研究が国立がん研究センターなどのチームでおこなわれ、日本人にもアスピリンによる大腸がんの再発予防効果があるという結果がでました。医学誌『Gut』2014年1月31日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「The preventive effects of low-dose enteric-coated aspirin tablets on the development of colorectal tumours in Asian patients: a randomised trial 」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://gut.bmj.com/content/63/11/1755.abstract?sid=883f283e-f1ed-47f3-b10a-f5d3b9f89e0a
また、糖尿病治療薬のメトホルミンを大腸がんの外科手術後に服用すると再発予防効果があるとする横浜市立大学の研究が最近発表されました。医学誌『The Lancet oncology』2016年3月2日号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Metformin for chemoprevention of metachronous colorectal adenoma or polyps in post-polypectomy patients without diabetes: a multicentre double-blind, placebo-controlled, randomised phase 3 trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045%2815%2900565-3/abstract
注4:この論文のタイトルは「Population-wide Impact of Long-term Use of Aspirin and the Risk for Cancer」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://oncology.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2497878&resultClick=3
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|2016年4月11日 月曜日
2016年4月 インド人の詐欺と外国人との話のタブー
私はこれまでの人生で「詐欺」の被害に遭ったことが3回あります。そのうち2回は日本人から、もう1回は外国人からです。このコラムで前々回から外国人とのつきあい方を紹介し、過去2回は私の「良き思い出」を語りました。今回は否定的な思い出、外国人の詐欺についての話です。
あれはたしか2005年だったと記憶しています。タイのエイズ患者・孤児を支援するためのNPO法人GINA設立に向けて準備をしており、その頃の私は定期的にタイを訪問していました。ある日バンコクで知人に会う約束をしていた私は、1時間ほど時間が空いたために、大通りに面したオープンカフェに入りました。
テーブルにノートパソコンを広げた私は、午前中に面会した人と話したことをまとめていました。すると頭にターバンを巻いた大柄な、いかにもインド人というような中年男性がやってきて、相席してもいいか、と尋ねてきました。満席に近い状態だったので、私は彼に同席を勧め、軽く挨拶をしました。やはりインド出身で現在タイに出張に来ているとのことでした。
私の経験上、インド人というのは話好きで、プライバシーという言葉を知らないのかと思うくらいどんどん踏み込んだ質問をしてきます。親は元気かとか兄弟は何をしているのかとか、これくらいならいいかもしれませんが、いとこはもう結婚しているのか、とかそんなこと聞いてどうするの、と言いたくなるようなことまで聞いてきます。以前タイで知り合った別のインド人からも質問攻めにあって辟易とした経験を思い出した私は、相席したそのインド人からの質問を手短に終わらせてノートパソコンに専念しようとしていました。
しかし、インド人は会話を続けようとします。そして「お前の一番好きな花を私は知っている。それを当ててみせよう」という怪しげなことを言ってきました。この後どのような会話があったか、そのインド人が何をしたかをはっきり覚えていないのですが、たしか自分が今握った紙にその花の名前が書いてある、という話だったように記憶しています。それまでの会話で私が花が好きだなどとは言っていませんでしたから、私はその挑戦を受けて立つことにしました。それから、数分間会話をした後、インド人は「お前が好きな花がこの紙に書いてあるから開けてみろ」と言います。
それを開けたとき、私の息は止まりました。なんと、私が考えていた花の名前が本当に書かれていたのです! 驚いてインド人の顔を見上げたとき私の心臓は凍り付きました。さっきまでそこにいたインド人とは同じ人間と思えないほど表情が変わり、冷酷な視線が私の顔面に突き刺さります。あれから10年以上たちますが、私はあの目が今も忘れられません。そして、「約束通り100ドル払え」と小さいながらも低く太い声で脅してきます。「100ドルなんてそんな話、聞いていないぞ」などと言っても通用しないでしょう。
これは危ない、と感じた私は、冷静さを装うようにし、目をそらさないようにしながら、手探りでパソコンをたたみかばんに入れ、財布を取り出しました。一瞬心臓が凍り付きそうになりましたが、まだ日は暮れておらず周囲には大勢の人がいます。私は財布から20バーツ紙幣(約60円)を取り出して机に置いて立ち上がったと同時に、「おっちゃん、悪いけどおっちゃんの英語、よう聞きとらんわ~。悪いなあ~。少ないけどこれもらっといてや~」と、半径5メートル以内にいる人たち全員が振り向くくらいの大声で大阪弁を叫び、ゆっくりと後ずさりし、その後ダッシュで大通りを駆け抜けました。
今となっては、20バーツでおもしろい体験ができた、といいように解釈していますが、あの視線は今思い出しても恐怖が蘇ります。しかし、それにしてもなぜ私の好きな花が当てられたのか、これは今でも解決していません。その後、海外詐欺事情に詳しそうなバックパッカー歴が長い日本人数人に聞いてみたところ、その詐欺はよくあるものでトリックは簡単だと言います。「たいていの日本人は好きな花としてバラかサクラを挙げるからそのどちらかを用意しておけば50%の確率であたる。お前もどちらかを思い浮かべたんだろう」と言われたのですが、私が思い浮かべた花はバラでもサクラでもなく少しマイナーなものです。今思えば、そのときインド人に「驚いた。100ドルあげるからトリックを教えて」と言えばよかったと少し後悔しています。いや、やっぱり100ドルは高すぎるか・・・。
この体験をしてから、この手の話には乗らないよう自制しています。先にも述べたように、私の経験からいえば、インド人というのはよく言えば話し好きでフレンドリー、悪く言えば空気が読めずずうずうしい人が多いのですが、もちろんそんな人ばかりではありません。
バンコクでは日本では考えられないくらいの低価格でオーダーメイドのスーツが買えます。そしてそういう仕立屋はたいていインド人が経営しています。一度ふらっと入った仕立屋でインド人のオーナーにとても誠実に対応してもらった私はその後も何度かその店に足を運びました。勤勉で誠実な彼は古き良き時代の日本人のようです。
私は外国人の友人や知人が特別多いというわけではありませんし、外国人と恋人の関係など特別な仲になったことはありません。しかし、これまでの経験から、外国人との会話にはいくつかのタブーがあることが分かるようになってきました。誰でも思いつくのが相手の宗教や支持政党に触れることですが、これは日本人相手でも同じでしょう。私が外国人との会話で最も注意すべきタブーと考えているのは「領土」です。例をあげましょう。
タイ人の私の友人(女性)の話です。彼女(Wさんとします)の出身はシーサケート県というカンボジアに接する県です。シーサケート県は特に産業もなく貧しい県ですが、彼女は努力を重ねタイのなかでも有名な大学に合格、さらに大学院に進学しました。国際学会に参加するために来日したこともあります。今でこそインバウンド誘致政策に力を入れている日本も、彼女が来日した2008年はタイ人が日本に入国するのは容易ではなく、ビザを申請するために私が保証人になりました。きれいな英語を話すその彼女は話題が豊富です。
あれはたしか2005年頃、私がタイに滞在中にWさんと話す機会があり、話題がプレアヴィヒア寺院になりました。この寺院は、Wさんの出身県であるシーサケート県とカンボジアとの国境に位置しており、後に(2008年7月)、世界文化遺産に登録されることになる歴史的価値の高い寺院です。
プレアヴィヒア寺院がタイ、カンボジアのどちらに帰属するかという問題は、太平洋戦争にも関連しフランスや日本も絡んでいて非常に複雑なのですが、ごく簡単にまとめておくと、太平洋戦争終結後しばらくタイが実効支配していたものの、カンボジアが国際司法裁判所に提訴し、同裁判所はカンボジアに領有権があることを認めました。しかしその後も対立が続き現在も解決しているとは言いがたい状況です。
私はあるとき、何気なく、話題を広げるだけの目的でWさんにプレアヴィヒア寺院について触れてみました。すると、それまで穏やかだったWさんが豹変したのです!「あの寺院はタイのものです!あなたがカンボジアのものというならあなたとは絶好です!!」という勢いでまくしたてるのです。これには驚きました。その直前まで、この地方のタイ人とカンボジア人は顔も似ていて区別がつきにくい、といったカンボジアに好意的な発言をしていただけに私は何と答えていいのか分かりませんでした。なにしろ私は「プレアヴィヒア寺院」という単語を出しただけで、帰属権の話を持ち出したわけではなかったのです。
もうひとつ例を挙げましょう。こちらは私のこの体験よりも深刻なもので2003年頃の知人の話です。私の知人の日本人男性(Y氏)には、交際に発展しそうな韓国人女性がいました。その女性は留学生として来日し、卒業後も帰国せずアルバイトながら日本の出版社で働いていました。狭いワンルームマンションの壁はジャニーズのポスターだらけ。日本文化が大好きで、もちろん日本語もかなり上手です。ある日のこと、Y氏とこの女性の間で竹島の話題が浮上しました。すると、竹島という呼び方自体が気に入らなかったのか、ふだんは冷静沈着なこの女性が激情しだしたそうです。この事件以来、Y氏は領土問題を「地雷」と命名し二度と触れなかったそうです。この事件が原因かどうかは分かりませんが、結局二人の関係はその後しばらくして終焉したようです。
おそらく世界にはこのようなエピソードが無数にあると思います。私はアルゼンチン人の友人はいませんが、もしも、たとえばどこかのバーでアルゼンチン人に知り合ったとして、話題につまったとしても、フォークランド諸島の話には触れないのが無難です。まず間違いなくフォークランド諸島を英国のものと思っているアルゼンチン人は皆無です。そして韓国では竹島が「独島」と呼ばれるように、アルゼンチンではフォークランド諸島でなく別の呼び方がきっとあるはずです。
さて、結論として、外国人と上手くつきあうための2つのコツを述べたいと思います。外国人と話をするとき、「〇〇人は~」という話題はとても楽しめます。これは日本人のことでも、その外国人の国民のことでも、別の国のことでもです。ちょうど日本人どうしの会話で「〇〇県民は~」という話題になるのと同じです。私自身も外国人との会話で話題を探すときに「△△国は行ったことがあるか。□□人に友達がいるか」といったことを質問し、「〇〇人の特徴は~」という話をすることはよくあり、これはとても盛り上がります。
しかし、それはステレオタイプの特徴を話のネタとして披露しているだけであり、どこの国にも善人もいれば悪人もいます。私はこの手の話が過熱しすぎたときは、この言葉で閉めるようにしています。外国人と上手くつきあうための1つめのコツがこの「どこの国にも良い人もいれば悪い人もいる」という事実を認識するということです。そして、もうひとつが「領土問題には触れない」ということです。
よく「価値観が違うからあの人とはつきあえない」と言って、自ら交友関係を狭める人がいますが、私に言わせればもったいない話です。「価値観が違うからこそ」話していて楽しいのです。そして、日本人どうしの「価値観の違い」などたかがしれています。外国人と話してみると、思いもしなかった驚きと興奮が次々に訪れるのです。
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|2016年4月4日 月曜日
2016年4月4日 最強のダイエット飲料は「普通の水」
普通の水(plain water)こそが最強のダイエット飲料だ・・・
医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2016年2月22日号(オンライン版)に掲載された論文が主張していることです。
この研究の対象者は米国在住18歳以上の合計18,311人です。対象者が飲食したものとその量を分析した結果、普通の水の摂取量を1%増やすと、1日の総摂取カロリーが8.58Kcal減少し、さらに脂肪0.21グラム、砂糖0.74グラム、塩9.80ミリグラム、コレステロール0.88グラム、それぞれの摂取量が減少するという結果が出ました。
これは、対象者の人種・民族、教育レベル、収入、体重に関わらず同じように言えることのようです。女性や高齢者より、若年から中年の男性に顕著に認められたようです。
****************
普通の水を1%増やしたときの数字が算出されていますが、これではわかりにくいと思います。そこで例を挙げて考えてみましょう。毎日朝食前にコップ1杯の水を飲む人がいたとして、この人が夕食前にも飲んだとしましょう。水の摂取量は100%の増加となります。論文の数字にあてはめてみると、総摂取カロリーは8.58キロカロリーx100=858キロカロリー減少、塩は9.8ミリグラムx100=980ミリグラム≒1グラムの減少となります。
もしもコップ1杯の水を増やすことでこれだけ摂取カロリーが低下し、塩分を減らすことができるなら、世の中のほとんどの肥満と高血圧がなくなることになります。いくらなんでもそこまでの効果はないだろうと思えますが、比較的大規模な調査ですからこの研究は注目に値します。そして「普通の水」なら低コスト(日本ではほぼ無料)であり、度をこさなければ安全です。
ところでこの研究の恩恵に最も預かれる国はどこでしょうか。それは日本を含む水道水が飲める国です(注2)。この研究はアメリカ人を対象としています。アメリカではほとんどの地域で水道水が飲めませんから、おそらくこの研究でいう「普通の水(plain water)」とはコンビニやスーパーで売られているミネラルウォーターのことを指していると思われます。
海外に行けば誰もがすぐに実感することですが、日本のように食堂や喫茶店に着席した時点で無料の飲料水を持ってきてくれる国はほぼありません。しかも日本の水は軟水で味もいいのです。(ヨーロッパの一部の国では水道水が飲めますが、硬水であることが多く、美味しくありません。ただし北欧の水は日本よりも美味しいという声もあります)
これからは、たとえばファミリーレストランに着席したときは、まず出されたコップ1杯の水を飲みながらメニューを眺め、水を飲み終えてから注文するような習慣を身につければどうでしょう。
注1:この論文のタイトルは「Plain water consumption in relation to energy intake and diet quality among US adults, 2005-2012」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jhn.12368/abstract
注2:水道水が飲める国というのはほとんどありません。しかも美味しく飲めるとなると、日本を除けば、ニュージーランドと北欧くらいだと思います。国土交通省が公表している平成16年度の「日本の水資源」のなかに報告あります(下記URL参照。ページ40)。(平成26年度版ではなぜか言及されていません)
http://www.mlit.go.jp/tochimizushigen/mizsei/hakusyo/h16/1.pdf
参考:
メディカルエッセイ第94回(2010年11月)「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
医療ニュース2016年2月29日「水道水には多数の「良い細菌」」
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|2016年3月29日 火曜日
2016年3月29日 帯状疱疹予防にワクチンを
一般財団法人阪大微生物病研究会(通称「ビケン」)が製造する水痘(みずぼうそう)のワクチンが、2016年3月18日より50歳以上の帯状疱疹予防のために接種することができるようになりました。
帯状疱疹は、治療開始が遅れた場合、あるいは早期に開始した場合でも、その後長年にわたり強烈な痛みに苦しめられる「帯状疱疹後神経痛」という疾患に悩まされることがあります。原因は水痘(みずぼうそう)のウイルスで、新たに感染するのではなく、子供のとき(成人の感染も珍しくはありません)に感染して体内に潜んでいるウイルスが活性化することによって起こります。
ウイルスが活性化するのは免疫状態が低下するからです。ならばワクチンを接種してウイルスに対する抵抗力を上げるという考えは理にかなっており、米国などでは随分前から水痘ワクチンによる帯状疱疹の予防が普及しています。高齢になると免疫状態が低下しますから、厚労省が50歳以上に接種を認めたことは適切です。
しかし、です。免疫力が低下するのは加齢だけではありません。疲労、睡眠不足などでも低下します。実際、太融寺町谷口医院の患者さんの例でいえば、帯状疱疹の患者さんは50歳以上よりもむしろ40代に多いですし、30代でも珍しくありません。なかには20代の患者さんもいます。
ということは、50歳まで待たなくてももっと早い段階で接種すべきと考えられます(注1)。(実際、私も少し前に接種しました) ただ、50歳未満でワクチンを接種して何らかの副作用(副反応)がでた場合に補償されないという問題はあります(注2)。
帯状疱疹を起こすような免疫力の低下として、「免疫力を低下させる疾患」があります。悪性腫瘍が多いのですが、谷口医院の例でいえば、若い患者さんの場合は膠原病とHIVが多いようです。したがって、膠原病やHIVがある人は年齢が若くても積極的にワクチンをうつべきです。(ただし、HIVのコントロールが不良な場合や膠原病でステロイドの内服を続けている場合は接種できません)(注3)
*******************
注1:帯状疱疹の予防以前に、水痘にかかったことのない人は、早急にワクチン接種をすべきです。水痘は子供のときに罹患すれば、大多数は後遺症もなく治癒しますが、成人になってから感染すると、命にかかわるような状態にはならないものの、醜い皮膚症状が残り、なかには人目が気になり外出できなくなる人もいます。
注2:よく誤解されるのは、厚労省が承認すれば保険適用になる、というものです。「承認」というのは、保険適用になるわけではなく、ワクチンの被害がでたときに補償の対象になるということです。
注3:これら以外には、臓器移植後や重症のアトピー性皮膚炎などで免疫抑制剤を内服している場合も接種できません。
参考:
はやりの病気第71回(2009年7月)「帯状疱疹とヘルペスの混乱」
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|2016年3月28日 月曜日
2016年3月28日 900万人以上もいる「隠れメタボ」に注目すべき
肥満でないのに高血圧や高血糖などの異常を複数持つ「隠れメタボリックシンドローム」の患者が全国で914万人に上ることを厚生労働省研究班(代表=下方浩史・名古屋学芸大教授)がまとめた。
これは、2016年3月7日の読売新聞(オンライン版)の報道です。隠れメタボがあると、ない人に比べて心臓病を発症するリスクが1.23倍になるそうです。(なぜか他の全国紙、朝日、毎日、日経、産経などでは報道されていません)
「隠れメタボ」とはどのようなものなのか。簡単にまとめておきます。通称「メタボ」、正式名称「メタボリック症候群」は、一言でいえば、「肥満の程度や健診の数値はたいしたことがないけれど、将来心筋梗塞や脳梗塞といった心血管系疾患にかかりやすい状態」のことをいいます。
具体的な診断基準として、まず「腹囲」をみます。男性は85cm以上、女性は90cm以上の腹囲があれば「メタボの可能性あり」とされます。そして、①血圧、②血糖値、③中性脂肪またはHDLコレステロール(善玉コレステロール)のうち2つ以上で軽度でも異常(注1)があればメタボの確定診断となります。
今回厚労省研究班が発表した「隠れメタボ」とは、腹囲の基準を満たしておらず、BMI(体重÷身長の2乗)(注2)が25未満であるものの、上記①②③の2つ以上が該当している状態のことを指します。研究班によれば隠れメタボは全国で914万人にも上るそうです。
この報道、あまり盛り上がっていないようですが(読売新聞以外は報じていません)、私は非常に重要な「問題提起」だと考えています。
メタボリック症候群という概念を普及させることの意味はたしかにあります。行政としては何らかの診断基準を示して国民に注意を促す必要があるからです。しかし現状は正確な情報が伝わっておらず誤解が蔓延しています。
最も問題だと思われるのが腹囲の基準です。メタボの基準には「身長」が加味されません。身長を考えずに腹囲だけで判断するわけですから当然正確さは劣ります。次に筋肉量が考えられていないことが問題です。たとえば、同じ腹囲85cmだったとしても、おなかだけポッコリでている人と柔道選手ではまったく異なるわけです。身長も筋肉量も考慮しない「腹囲」にどれだけの意味があるのか、というのが日々生活習慣病の患者さんを診ている私の実感です。
メタボリック症候群は元々「内臓脂肪症候群」と呼ばれていました。それほど見た目には肥満でなくても内臓脂肪が蓄積し、血圧や血糖などに軽度の異常が伴えば心血管疾患を起こしやすいことから命名された病名であり、重要なのは「内臓脂肪を減らすこと」です。
内臓脂肪を的確に評価するには腹部CTが適しています。しかしCT撮影で大量の被爆をしてまで計るべきではありません。そこで代替として「腹囲」が採用されているのです。しかし腹囲を絶対視しすぎると内臓脂肪の正確な評価ができなくなります。
さらに輪を掛けてここ数年私が問題だと考えているのは「ちょいメタボが長生きする」という誤解です。これについては過去のコラムで述べたように大変危険な考えです。少し太っている方が長生きというのは西洋人を対象としたものです。実際、ADA(米国糖尿病学会)は、糖尿病のスクリーニング検査を推奨するBMI値を従来は25としていましたが、「アジア系アメリカ人」の住民については23に設定しなおしています。これは、多くのアジア系米国人が一般的なアメリカ人に比べると、BMIが低くても糖尿病を発症していることを示すデータがあるからです。
大切なことは「診断基準にとらわれない」ということです。行政はいつも国民全体に目を向けていますから最大公約数としての指針を示します。国民ひとりひとりのことを考えているわけではありません。あなたにとって大切なのは国が発表する基準ではなく、あなた自身とあなたの家族の健康です。腹囲にとらわれない、ちょいメタボが長生きするといったデマにだまされない、今回の発表にあったように隠れメタボが900万人以上もいる、といったことを理解して、気になることがあればかかりつけ医に相談するのが最善です。
注1:正確には、①血圧が収縮期130mmHg以上または拡張期85mmHg以上、②血糖値110mg/dL以上、③中性脂肪150mg/dL以上またはHDLコレステロール40mg/dL未満、です。LDLコレステロール(悪玉コレステロール)が含まれていないことに注意してください。LDLコレステロールは他の値がすべて正常であったとしても、つまり単独で高いだけでも心血管系疾患のリスクとなります。
注2:体重はkg(キログラム)、身長はm(メートル)で算出します。たとえば身長2メートル、体重88kgの人であれば、88÷2の2乗=88÷4=22となります。一般的には25以上を過体重としますが、本文で述べているように、日本人の場合はこれよりも少ない基準で考えるべきです。
参考:医療ニュース2015年1月31日「やはりアジア人は太るべきでない」
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|2016年3月19日 土曜日
第151回(2016年3月) 認知症のリスクになると言われる3種の薬
この薬を飲めば認知症のリスクが上がるかもしれませんよ・・・
このように言われれば誰もが飲むのをためらうことでしょう。しかし実際には、医療機関で非常にたくさん処方されている薬や、一部は薬局で簡単に買える薬のなかにも、認知症の危険性が指摘されているものがあります。今回は渦中の3種の薬について述べたいと思います。
まず1つめです。以前から何度も認知症のリスクを上げるのではないかと言われてきたのが「ベンゾジアゼピン」です。「マイナートランキライザー」と呼ばれることもあります。ベンゾジアゼピンは、薬局で買うことはできず、睡眠薬、抗不安薬、抗けいれん薬などとして医療機関で処方されます。精神科医のみに処方されるわけではなく、実際はどの科の医師も処方しています。日本でよく使われるものを商品名(先発品)で挙げると、デパス、リーゼ、ワイパックス、ソラナックス、メイラックス、レンドルミン、エリミン、ベンザリン、サイレース、ロヒプノールなどです。
なぜ簡単に処方されるのかというと、ひとつには即効性があり、飲めばすぐに効果を実感できるのが最大の理由でしょう。費用も安く、「主観的にイヤな副作用」はあまりありません。つまり、嘔気とか下痢とか蕁麻疹(薬疹)とかいった、いかにも不快な副作用は起こりにくく、患者さんからすればとても便利な薬なのです。
しかし欠点もあります。最も問題となるのは「依存性」です。飲めばすぐに効くものの、効果が切れれば再び不安・イライラ、不眠などが生じるわけですから、すぐに追加で飲みたくなります。こうして「飲まないと落ち着かない」状態になってしまい薬を手放せなくなります。つまり「薬物依存症」となってしまうのです。(睡眠薬としてのベンゾジアゼピンがいかに危険であるかについては過去のコラムでも指摘しています(注1))
依存性以外の欠点(副作用)として、ベンゾジアゼピンは筋弛緩作用が強いためにふらつきや転倒のリスクがあることが挙げられます。このため高齢者には原則使ってはいけないことになっており、ガイドラインにもそう書かれています。しかし、実際には多用されているのが現実であり、日本の医師は高齢者にベンゾジアゼピンを使いすぎることがよく指摘されます。転倒で受診された患者さんを診察するとき、証明はできないものの、「その転倒はベンゾジアゼピンを飲んでなければ防げたのではないか」と感じることもあります。
高齢者の場合は、若年者に比べると薬が効きすぎるという問題もあります。ですから翌日も薬の効果が残っていて、ぼーっとして意味不明なことを言うことがあります。「最近調子がおかしい。認知症でしょうか・・」と言って受診される患者さんのベンゾジアゼピンを減らせば再び元気になった、ということはしばしばあります。つまり、認知症ではなくベンゾジアゼピンが効き過ぎていたために意味不明な言動が起こっていた、ということです。
医学誌『British Medical Journal』2016年2月2日号(オンライン版)に、「ベンゾジアゼピンは認知症のリスクを上げない」とする研究結果が発表されました(注2)。これまでは認知症のリスクになるとされていた見解を覆す研究ですから、これは注目すべきものです。研究の対象者は合計3,434人、平均追跡期間は7.3年ですから比較的大規模な研究で、信ぴょう性は高いと言えます。
そして、この研究が興味深いのは「ベンゾジアゼピンを少量使用した人の認知症のリスクは少し上昇し、たくさん使った人にはリスクは認められなかった」としていることです。結論として「ベンゾジアゼピンの使用は認知症のリスクを上げない」とされています。
なぜ、少量の使用で少しリスクが上がったのでしょうか。これはおそらく認知症の初期に出現する不安やイライラ、不眠といった症状にベンゾジアゼピンが使用されたからではないかと推測できます。また、認知症初期の不安定な時期には副作用のリスクを考慮して少量しか用いられていない可能性があります。そして、認知症初期には、まだ認知症の診断がついていないことが予想されます。つまり、少量のベンゾジアゼピンが認知症のリスクを上げたのではなく、認知症の初期段階ではまだ診断がついておらずこのときに少量のベンゾジアゼピンが使われている、ということです。
この研究によって、認知症のリスクという「汚名」を着せられていたベンゾジアゼピンの名誉が回復したといっていいかもしれません(注3)。しかし、先に述べたようにベンゾジアゼピンにはやっかいな依存性という問題があり、高齢者の場合はふらつき、転倒のリスク、さらに翌日にも薬の作用が残るという欠点もあります。ガイドラインどおり高齢者にはできるだけ使わないという方針は守るべきですし、依存性を考えれば若年者も決して簡単に使用してはいけません。
ベンゾジアゼピンについては疑いが晴れたわけですが、その逆に、突然認知症のリスクが指摘され、現在世界的に混乱を招いている薬があります。それは「プロトン・ポンプ・インヒビター(以下PPI)」と呼ばれる胃薬です。日本で名の通った製品名(先発品)は、オメプラゾン、タケプロン、パリエット、ネキシウム、タケキャブなどです。胃潰瘍や十二指腸潰瘍のみならず逆流性食道炎にもよく効く薬で、保険適用のルールが厳しい割には比較的よく処方されている薬です。またヘリコバクター・ピロリ菌の除菌にも用いられます。
医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、高齢者がPPIを使用すると、使用しなかった場合に比べて認知症のリスクが44%も上昇します。
にわかには信じがたいデータですが、これは対象者の多い大規模研究です。ドイツで2004年~2011年に治療を受けた75歳以上の合計218,493人が研究の対象です。ここから、PPIを定期的には使用していない症例や2004年の段階で死亡したり認知症を発症したりした症例などを除外し、最終的に73,679人が解析の対象となっています。このなかでPPI定期使用者が2,950人、非使用者は70,729人です。追跡期間中に認知症を発症したのが全体で29,510人です。分析すると、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%上昇していることが分かりました。
これはドイツの研究ですが、この結果を軽視できないと考えた「米国消化器学会(American Gastroenterological Association)」は、論文発表3日後の2016年2月18日、「How to Talk with Your Patients About PPIs and Dementia(PPIと認知症の関係について患者さんにどのように話すべきか)」というタイトルで、医師に対する注意勧告をおこないました(注5)。
これは高齢者が長期間PPIを服用したときの研究であり、短期間の使用や若年者の使用は考慮されていません。ですから、たとえばピロリ菌の除菌が必要な若年者がこの研究を受けて治療を中止するというようなことは避けるべきです。しかし、ドイツのみならず日本も含めて世界各国でPPIの不適切使用は少なくないのではないか、とも言われており、漠然と長期間内服している人は見直してみるべきかもしれません。
PPIのこの報告は世界中で話題になりましたが、実は以前からほぼ確実に認知症のリスクになるのではないかと言われている薬があります。それは「抗コリン薬」または「抗コリン作用の強い薬」です。
医学誌『JAMA Internal Medicine』2015年3月号(オンライン版)(注6)に掲載された論文によりますと、抗コリン作用を有する薬を高齢者が使えば使うほど認知症のリスクが上昇し、高用量使用者では非使用者に比べて54%もリスクが上昇するとされています。この研究の対象者は65歳以上の米国人合計3,434人です。
54%ものリスク上昇。しかも「抗コリン作用を有する薬」というのは、ベンゾジアゼピンやPPIのように医師が処方するものではなく、薬局で気軽に買えるものです。古いタイプの花粉症の薬やじんましんの薬、胃痛・腹痛で比較的よく使われる薬が代表です。睡眠改善薬として薬局で売られているものも該当します。
もちろん今回紹介した薬のいずれもが、必要なときは使うべきであり、自己判断で中止してはいけません(注7)。「薬の使用はいつも最少量」という原則を守っていればそう心配する必要はないのです。しかし、自己判断で漠然と長期で使うのは危険であることは肝に銘じるべきでしょう。
注1:下記を参照ください。
はやりの病気第148回(2015年12月)「不眠治療の歴史が変わるか」
はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」
注2:この論文のタイトルは「Benzodiazepine use and risk of incident dementia or cognitive decline: prospective population based study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/352/bmj.i90
注3:ただし、ベンゾジアゼピンの認知症のリスクが完全に否定されたわけではありません。危険性を警告した最も有名な論文のひとつが医学誌『British Medical Journal』2014年9月9日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Benzodiazepine use and risk of Alzheimer’s disease: case-control study」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/349/bmj.g5205
注4:この論文のタイトルは「Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2487379
注5:下記URLを参照ください。
http://partner.gastro.org/how-to-talk-with-your-patients-about-ppis-and-dementia
注6:この論文のタイトルは「Cumulative Use of Strong Anticholinergics and Incident Dementia」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2091745
注7:本文で紹介したもの以外に認知症のリスクを挙げるとされているものに、前立腺がんに対するアンドロゲン遮断療法があります。これについては下記コラムを参照ください。
メディカルエッセイ第158回(2016年3月)「「がん検診」の是非」
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