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2016年12月24日 土曜日
第167回(2016年12月) 医師・医学生のわいせつ事件を防ぐ2つの秘策
このところ医師・医学生のわいせつ事件が目立ちます。医師の不祥事についてはこのサイトで繰り返し述べていますが、今年(2016年)ほどこのような卑劣な事件が目立った年もなかったのではないかと思います。
今回は、なぜこのような事件が繰り返されるのか、どうすれば避けられるのか、について述べたいのですが、その前に最近報道された悪質な事件についてまとめておきたいと思います。
2016年9月20日、千葉市内の飲食店内のトイレで千葉大医学部5回生の2人の学生が酩酊した20代女性を2人で強姦、その後別の5回生の学生がその女性を自宅アパートに連れて帰り強姦したとの容疑で12月12日に起訴されました。この3人の医学生の指導をしていた30歳の研修医Fもその飲食店に同席し被害者の身体に無理やり触ったとのことで逮捕・送検されています。
2016年9月19日、東京都の40代の眼科開業医Mがエレベーター内で面識のあった20代の女性に後ろから抱きつき無理やりキスするなどのわいせつ行為で警視庁に逮捕されました。
2016年11月30日、睡眠薬を飲まされ乱暴されたとして20代の女性2人が大阪府内の大学病院に勤務していた医師2人(名前・年齢は報道されず)を高槻署に告訴しました。報道によると、2人の女性は2014年6月、大阪府高槻市のマンション一室で医師2人と飲酒。その際、医師に勧められた錠剤を飲んだところ意識を失い乱暴されたそうです。
2016年9月27日、長野県警は準強制わいせつの疑いで長野市のK病院に勤務する40代の医師I容疑者を逮捕しました。I容疑者は、2015年12月21日、抵抗が不可能な状態にあった入院中の10代の女性患者に対し身体を触るなどのわいせつ行為をしたと報道されています。
I容疑者には前科がありました。2016年12月1日、千葉県警は強姦及び住居侵入の疑いで、I容疑者を逮捕しました。2011年12月22日深夜、女性宅に侵入し就寝中の女性を脅して暴行に及んだのです。この女性は一人暮らしでI容疑者との面識はなかったそうです。
2016年11月28日、警視庁は、大阪府高槻市の40歳の小児科医M容疑者を児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕しました。M容疑者は、2016年7月28日、東京都のホテルで現金5万円を渡して16歳の女子生徒とみだらな行為をしたそうです。
これらのなかで、エレベーターの中で知人の女性に無理やりキスした事例は、医師でない一般人であれば大きく報道されることはなかったかもしれません。しかし、他の事件は目を覆いたくなるものばかりです。集団レイプ、睡眠薬を飲ませてレイプ、住居侵入し就寝中の女性をレイプ、児童買春・・・。
なぜこのような常識的に考えられないような事件を起こす医師がいるのでしょうか。もちろん本人の人格に問題があったのは間違いないでしょう。しかし、私はこのような事件の背景には、医療の世界特有の2つの要因が関与しているのではないかと考えています。
これまで私はこのサイトや拙書『医学部6年間の真実』などで、医学部入学試験はともかく、医学部入学後や医師になってからは「再受験生」の方が何かと有利であると言ってきました。医学部入学前に社会人の経験があれば、それだけで患者さんとのコミュニケーションがうまくいくことも多く、私自身、研修医の頃、同僚の研修医から羨ましがられたことが何度もありました。
しかし、私は「社会人の経験があれば常識があるからわいせつ事件を起こさない」と言いたいわけではありません。言いたいことは、再受験生(全員とまではいえないかもしれませんが)は、「医学部入学前にそれなりに恋愛も含む社会経験があり、常識・非常識の境界を理解できている」ということです。この点で、社会経験がないまま医学部に入学し、勉強ばかりで研修医になった人たちというのは”気の毒”にみえます。
もちろん、小さい頃から医師を夢見て努力を重ね、一方ではクラブ活動や恋愛にも積極的で、若くして高い人格を持ち合わせた医師がいるのは事実です。しかし、多くのことを犠牲にして勉強に打ち込み医学部に合格。その後も試験と実習に追われ医学部を卒業し研修医、という医師が多いのもまた現実です。医学部にもクラブ活動はありますが、それは医学部の中で限定されたものであり、他学部との交流はあまりありません。集団レイプで逮捕された千葉県の医学生と研修医はラグビー部に所属していたという報道もあります。
私が”気の毒”と感じるのは、勉強ばかりで恋愛を含む社会経験があまりないまま医師になってしまうと、恋愛やセックスといった複雑な対人関係におけるコミュニケーションの取り方がわからないまま歪んだリビドーが誤った方向に進んでしまうのではないかと危惧するからです。「医師の常識は世間の非常識」という言葉があります。この”格言”は医学部に入学した頃から何度も聞かされましたが、私が最もこの言葉が「言いえて妙」と思うのはこと恋愛やセックスにおいてです。
もうひとつ、医師がわいせつ事件を起こす理由として私が考えていることがあります。それは、「医師はモテるという”幻想”」です。幻想でなく実際に医師はモテると思っている人もいるでしょう。実際、関東では医学部の学生や医師というだけでモテる、という話を何度か聞いたことがあります。この話になると、いつも「関西でも同じでは?」と問われるのですが、私の実感としてはそうではありません。過去にも述べましたが(注1)、関西では「学歴や職歴で優位になると考えている男が最も格好悪い」という価値観が根強く、己の身体で勝負すべし、と考えられているきらいがあります。もっとも、これは私の周りでこの傾向が強いだけですべてではないかもしれません。実際、先述した医師のわいせつ事件で、睡眠薬を飲ましてレイプと児童買春は関西の医師による犯行です。
関西でも関東でも同じことは、医師は周囲から”ソンケイ”されているということです。純粋な「尊敬」ではななく”ソンケイ”です。例えば、製薬会社のMR(営業)は極端に医師をチヤホヤします。そんな言葉使うか…?と思うほど極端な尊敬語や謙譲語を彼(女)らは用います。そして、そのような言葉を自分より遥かに年下の研修医にも使うのです。これは傍から見ていると吹き出しそうになるくらいこっけいです。しかし驚くのはその先です。全員とはいいませんがかなりの研修医が自分の親ほど年の離れたMRにえらそうな物の言い方をするのです。私は過去に何度か、いつも温厚な研修医がMRにそのようなぞんざいな態度をとっているのをみて腰を抜かしかけたことがあります。
周囲からいつもチヤホヤされ、(関西では)”幻想”であることが多いものの、「医師はモテる伝説」がはびこり、実際にモテることもないわけではない。そして、これまでの人生経験の少なさから恋愛やセックスに伴う複雑なコミュニケーションをとれない…。このような状態が続いたからこそ、卑劣なわいせつ事件が起こるのではないかというのが私の考えです。
結論です。医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことの1つめは、「医学部生に休学制度をつくる」、ということです。医学部で勉強しなければならない量は受験勉強の比ではありません。私の医学部6年間の思い出はほとんど勉強と臨床実習だけです。一方、関西学院大学時代(の特に後半)は「酒と薔薇の日々」とも呼べるような毎日でした…。
休学して思い切り遊ぶ、でもいいでしょうし、アルバイトでもかまいませんし、一般の企業で契約社員として働いてもいいでしょう。また、ワーキングホリデーを利用して海外で働くのもいい経験になるでしょうし、ボランティアもいいと思います。このような経験を1~数年間、医学部を卒業するまでにしておけば、たとえ素敵なパートナーと巡り合うような経験ができなかったとしても、恋愛を含めた人生や社会というものを実感できるのではないかと思います。
もうひとつ、医師のわいせつ事件を減らすためにすべきことは、医師をチヤホヤするのを止める、ということです。このサイトで何度も述べているように医師の多くは高い人格を持ち合わせていますし、公私ともに尊敬される行動をとっています。しかし、まだ若い医師を過剰に持ち上げるのはその医師にとっても社会にとっても「有害」となります。もしもあなたが、患者としてはともかく、プライベートで医学生や若い医師と接する機会があれば、世間の「常識」を教えてあげてください。
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注1:下記を参照ください。
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|2016年12月24日 土曜日
第160回(2016年12月) choosing wiselyで考えるノロウイルス対策
毎年冬になると集団感染を起こすノロウイルスが今年も猛威を振るっています。連日のようにマスコミでも報道され、「集団感染」「死亡」といった文字も目にします。また、感染力が極めて強い恐怖の感染症というイメージもあるようで、太融寺町谷口医院にも「ノロだったら大変だと思ったので受診しました」という患者さんは少なくありません。
しかし、結論から言えば、健康な成人であればノロウイルスに感染したとしても水分摂取が可能なら「検査」も「治療」も必要ありません。むしろ、しんどい身体をひきずって医療機関を受診すれば、待合室でインフルエンザなど他の感染症に感染するリスクが増えます。つまり、医療機関を受診したばかりに、かえって健康から遠のいたという笑えない話も実際にあるのです。
不要な医療をおこなわないというのは「choosing wisely」の基本コンセプトです。choosing wiselyについてはこのサイトで何度も紹介していますが、もう一度どのようなものか簡単に振り返っておきたいと思います。発端は、アメリカ内科学委員会(American Board of Internal Medicine)がいくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。現在多くの国でこのキャンペーンが実施されています。
そこで米国のchoosing wiselyのウェブサイトで「ノロウイルス」でキーワード検索をしてみました。結果は「検索数ゼロ」。実は、後で述べるようにこれは予想していたことです。では「胃腸炎」もしくは「腸炎」で検索をしてみると、1件だけヒットしました(注1)。その内容は、「小児の胃腸炎での補液はどうしても経口摂取できないときに限らなければならない」というものでした。
以前も述べたことがありますが、日本には「点滴神話」というものがあり、何かあれば点滴、と考えている人が大勢います。しかし、医学的にみて点滴が必要なケースというのはそう多くはなく、例えば「疲れているとき」「熱があるとき」「風邪の症状があるとき」などでは水分摂取が可能なら点滴は不要です。
では、胃腸炎を起こしているときはどうでしょうか。この場合も水分摂取が可能なら点滴は不要です。ただ、私の経験からいっても、小児の場合は、受診時には安定していても、しばらくすると突然嘔吐しだし、その後水分が摂れず点滴をせざるを得ないというケースがしばしばあります。
ですから、小児(及び簡単に脱水になりやすいやせた老人)については点滴の”敷居”が低くなるのは事実です。ですが米国ではchoosing wiselyのサイトで、その小児に対しても点滴は慎むように勧告しているのです。わざわざ「小児において」という注釈がついているのは、成人であれば”当然”点滴は不要だからです。欧米では、成人に対しめったなことで点滴をおこないません。
私はタイのエイズ施設でボランティアをしていた頃に、この考えを欧米の医師たちからさんざん思い知らされました。なにしろ、エイズ末期の自力で水分を摂れないような患者さんに対しても点滴はしてはいけない、と言うのです。これは日本の医療と随分異なります。最近はいわゆる「延命治療」に反対し、心臓マッサージや人工呼吸器の装着を拒否する患者さん、胃瘻を求めない患者さんが増えています。しかし、点滴まで拒否する患者さんやその家族というのはそう多くありません。一方、欧米ではこのようなケースでも点滴は原則としておこなわないのです。
もちろん、欧米でもノロウイルスに感染した成人に対し、点滴を一切おこなわないということはないはずです。嘔吐が激しく水分がとれないときには一時的に点滴をおこなうことになるでしょう。しかし、choosing wiselyに成人の点滴の記載がないのは、おそらく医師も患者も「点滴は最小限にすべき」という考えが身についているためにわざわざ文章にして警告する必要がないからだと思います。
choosing wiselyの日本版というのは現在作成中であり、現時点では充分なものではありません。であるならば、谷口医院の患者さんに合わせたものを自分でつくってしまえばいいというのが私の考えです。ノロウイルスを含む感染性胃腸炎で私が患者さんに言っているのは次のとおりです。
①軽症ならそもそも医療機関受診が不要。
②水分摂取が可能なら点滴は不要。
③ノロウイルスの迅速検査は入院を要するほどの重症でなければ不要。
④薬も特に使う必要はないが、整腸剤(プロバイオティクス)や吐き気止めは用いてもよい。
⑤高熱があれば解熱鎮痛剤はアセトアミノフェンを用いる。(ロキソニンやボルタレン、ブルフェン(イブプロフェン)といったNSAIDsは胃腸に負担がかかるから使うべきでない。市販のものでも同じ)
⑥下痢止めは原則として使わない(かえって治癒が遅れる)。
⑦最善の治療は水分を多量にとって便をたくさん出すこと。
⑧高熱、血便、激しい倦怠感、持続する嘔吐などがあれば、それがノロウイルスかどうかは別にして医療機関受診が必要。
⑨予防は、カキの生食を避け、手洗いをしっかりする。
補足しておきます。③の「検査」を希望する人がいますが、これはそもそも成人の場合は保険適用がありません。保険で調べることができるのは「3歳未満か65歳以上。または悪性腫瘍は腎不全などの基礎疾患がある場合のみ」です。なぜこのようなケースで保険適用があるかというと、このような患者さんは重症化することがあるからです。ノロウイルスには特効薬がありませんから、検査で陽性であっても陰性であっても治療に変わりがないのです。しかも迅速キットの精度は低く、陰性(感染していない)と出ても、実際には感染していることもあります。こんな検査をおこなうためにわざわざ医療機関を受診することに意味はないのです(注2)。
ノロウイルスの迅速検査をおこなう意味があるのは、重症化し入院する場合です。この場合確定診断をつける必要があります。ノロウイルスと思い込んでいて別の疾患であったということは避けなければなりませんから、陰性という結果がでても繰り返し検査をおこなうこともあります。もちろん、他の感染症の検査もおこないます。
予防の補足をしておきます。⑨にあるようにカキの生食は可能な限り避けるべきです。ちなみに私は医学部の5回生のときに「医師は生ガキを食べてはいけない」と大学病院の先生に言われ、その教えをずっと守っています。ワクチンがなく、感染力が非常に強く、カキに高率に感染しているノロウイルスから身を守るのは、「カキを食べるなら加熱する」に限るのです。
予防に関してもうひとつ補足をしておくと、手洗いには石ケンを使い、アルコールも補助的な使用を検討すべき、ということです。ノロウイルスは石ケンもアルコールも無効と言われることがありますが、これは必ずしも正しくありません。ノロウイルスはエンベロープ(注3)を持たないウイルスで石けんとの親和性はよくありませんが、まったく無効というわけではありません。アルコールは医療者のなかにも誤解している人がいますが補助的に用いるのは有効です(注4)。
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注1:下記を参照ください。
注2:ノロウイルスの迅速検査の「感度」はせいぜい50-70%程度であろうと言われています。これは実際に感染している100人に検査をして「感染している」という結果となるのが50-70人しかいないということです。その程度の検査なのです。一方で、精度の高い検査(PCR法)などもあります。この検査は医療機関ではおこなうことができません。保健所など公衆衛生に従事する機関がおこないます。高齢者の施設やホテルなどでの集団感染の調査に必要だからです。
注3:下記を参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」
病気を知る実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-「手洗いの”常識”ウソ・ホント」
注4:下記を参照ください。
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|2016年12月13日 火曜日
2016年12月 Choosing Wiselyがドクターハラスメントから身を守る!
相次ぐ医師の不祥事、心なき医師の言葉、止まらないドクターハラスメント、などの話を聞くと、世間の医師への不信感はますます大きくなってきているような気がします。
しかし、当たり前のことですが、我々医師としては患者さんを傷つけたくて言葉を選んでいるわけではありませんし、ハラスメントしたいと思っているわけではありません。不祥事については、たしかに医師からみても「直ちに医師をやめてほしい」と思わざるをえないおかしな医師がいるのは事実ですが、報道されている事件のなかには冤罪としか考えられないようなものもあります(注1)。医師は、全員ではないことは認めますが、大半は高い人格を持ち、患者さんに貢献できるように日々の診療をおこなっています。
では、なぜ医師・患者関係がこうもうまくいかないのか。その理由はたくさんあるでしょうが、私自身が長年感じているのは「医師と患者の考えの方向がまったく異なるときに会話がかみあわず関係がうまくいかない」ということです。
例をあげましょう。患者さんが何か健康上のことで気になることがあったときにまず相談するのは、見ず知らずの医師ではなく「近くにいる人」のことがあります。大阪では、その「近くにいる人」が「近所のおばちゃん」であることが多く、患者さんは「近所のおばちゃんに病院で〇〇の検査をしてもらうのが一番いいと聞いたから来ました」というようなことを言います。
あるいは、「ワイドショーのパーソナリティが言ってたから…」というのも多い訴えです。私が研修医の頃、指導を受けていた先生たちから「(朝のワイドショーの司会の)MM氏が言ったことは絶対正しいと思っている患者が大勢いる」という話を何度も聞きました。
具体的な症例をみてみましょう。太融寺町谷口医院でよくある訴えに「じんましんが出たから血液検査をしてほしい」というものがあります。一般に、じんましんで血液検査が必要な症例というのはごくわずかで、大半は時間とお金の無駄になるだけです。しかし、それを説明しても引き下がらない人はけっこういます。そして、なぜそこまで血液検査にこだわるのかを聞いてみると、「近所のおばちゃんが言ってたから…」「テレビでそう言ってたから…」という答えが多いのです。
医師側からみれば診察がおこないやすいのは「白紙」の状態で受診してくれて、症状や困っていることを先入観なしに語ってくれるときです。こういうときは説明がスムーズに進み、必要な検査や治療に関してすんなりと受け入れてくれます。一方、初めから「〇〇の検査が絶対が必要」と思い込んで受診された場合、それが医学的に標準的なものであればいいのですが、著しくかけ離れている場合にはとても苦労します。そして、こういうときにコミュニケーションがうまくいかず、医師患者関係も悪化します。
じんましんの例で言えば、はじめから「血液検査が絶対に必要」と思い込んでいる患者さんに説明するのはことのほか時間がかかります。なかには「もういいです。他の病院に行きます!」と怒って帰る人もいます。こういう経験をすると、私も含めてほとんどの医師は落ち込んで反省します。「説明が伝わらなかったのは自分の力量不足。けれどなぜあの人はあんなにも血液検査にこだわったのだろう…。もしかすると、知人のじんましんが悪化してアナフィラキシー(アレルギー性のじんましんが重症化した状態)でもおこしたことがあったのだろうか…」といったことを想像することもあります。
前回の「マンスリーレポート」でも、私はこの「大半のじんましんには血液検査が不要」ということを述べました。それは医師側の観点ですから、読者からは批判されるかな、と思っていました。予想に反してクレームのメールなどは来なかったのですが、患者側の言い分もあると思います。「近所のおばちゃん(やテレビ)が言ってたのに…」は勘弁してほしいと思いますが、「知人が重症化したから心配で・・・」という理由は我々にも理解できます。初めから「知人が…」と言ってくれればいいのに、と我々は思いますが、そういうことを話しにくい雰囲気を医師側がつくってしまっているのかもしれません。
choosing wiselyは現在日本で少しずつ盛り上がってきています。ただし、それは医師だけの話です。医師はこの概念を理解し、現在おこなっている医療行為にムダなものはないか、ということを考えるようになってきています。一方、患者サイドのchoosing wiselyを意識している人はほとんどいません。アメリカのchoosing wiselyのサイトには「患者用」のページもありますが、日本では今のところ、このような充実したサイトはありません。
前回も述べましたが、たとえばじんましんで困っているなら、choosing wiselyのページで「じんましん」で検索をおこなえば「ルーチンで血液検査をすべきでない」という内容の説明文がでてきます。受診前にこういった知識を身につけてもらっていれば、医師とのコミュニケーションがスムーズにいきます。ただ、私はchoosing wiselyのウェブサイトに書かれていることがすべてです、と言っているわけではありません。「知人がアナフィラキシー…」というエピソードがあれば、いくら信頼できるウェブサイトに「血液検査は不要」と書かれていてもそれで安心できるわけではありません。
ですから、そういった場合、なぜ血液検査をすべきと思うのかを診察室で医師に話してくれればいいのです。その際に、choosing wiselyのサイトで「大半のじんましんは検査不要」ということを知っていてくれれば、医師とのコミュニケーションは非常にうまくいきます。先ほど患者さんの知識や先入観が「白紙」であれば診察をおこないやすいと述べましたが、もっといいのは「ある程度正しい知識をもっておいてもらうこと」であり、もっといえば、「不要な検査や治療についてある程度知ってほしい」ということです。
ただ、多くの人にとってそういった「予習」をしておくことはハードルが高いと思います。ではどうすればいいか。どうすれば医師とのコミュニケーションが潤滑になり、良好な関係をつくることができるのでしょうか。
アメリカのchoosing wiselyには「検査や治療を受ける前に医師に尋ねる5つの質問」というものがあります(注2)。この5つ(下記)を常に考えてもらうことにより良好な医師患者関係を築けるのではないか、というのが私の考えです。
①その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?
②その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?
③もっとシンプルで安全なものはないのですか?
④もしもそれをおこなわなかったとすればどんなことが起こりますか?
⑤それはどれくらいの費用がかかりますか?
日本の医師にこんな質問をすると気分を害されるのではないか…、という意見があります。しかし、医師にとって最も嬉しいのは「患者さんに満足してもらうこと」であり、患者側からみれば「本当に必要な検査や治療を、リスクに注意しながら、安い費用で受けること」であるのは自明です。そして、当然のことながらこれは医師からみても同じです。ということは、「5つの質問」は、患者側からみても医師側からみても「当然の原理原則」を再確認するツールと言えるのではないでしょうか。
医師といい関係を築く方法。それは疾患や症状のことをあらかじめある程度”正確に”知っておくことです。そのためにchoosing wiselyのようなウェブサイトは役立ちます。しかし、現時点で日本語のわかりやすいサイトがあるとは言い難いですし、正確な知識の習得は易しくありません。(インターネットで出回っている情報の多くはあてになりません)
ですが、choosing wiselyの原理原則を覚えておくことはそうむつかしくはありません。この「5つの質問」を常に意識していれば、不要な医療を避けることができ、医師患者関係も良好になり結果としてドクターハラスメントも避けられる、というのが私の考えです。
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注1:例えば、2016年5月に東京足立区の病院で発生した「準強制わいせつ事件」は報道されている内容が事実とは思えません。詳しくは下記を参照ください。
メディカルエッセイ第163回(2016年9月)「そんなに医者が憎いのか」
注2:詳しくは下記を参照ください。
http://www.hospitalsafetyscore.org/media/file/ChoosingWiselyPoster_TheLeapfrogGroup.pdf
米国の非営利団体「Consumer Reports」は、この「5つの質問」のカードを作成しています。下記のページに写真があります。
http://consumerreports.org/doctors-hospitals/questions-to-ask-your-doctor/
下記はchoosing wiselyのオーストラリア版です。少しニュアンスが異なりますが同じような「5つの質問」があります。
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|2016年12月9日 金曜日
2016年12月9日 コーヒー1日3杯以上で脳腫瘍のリスクが低下
ちょうど太融寺町谷口医院が開院した2000年代後半あたりから、コーヒーががんや生活習慣病の予防になるという研究が相次ぎ、このサイトでも繰り返し紹介してきました。今回も「コーヒーは健康に良い」という研究で、「1日3杯以上のコーヒーで脳腫瘍のリスクが低下する」というものです。
医学誌『International Journal of Cancer』2016年12月15日号(オンライン版)に日本人を対象とした研究が紹介されています(注1)。
対象者は合計106,324人の日本人の男女(男性50,438人、女性55,886人)です。約10年の調査期間中に脳腫瘍を発症したのは157人(男性70人、女性87人)でした。コーヒーと緑茶を飲む頻度を「週に4日以下」「1日1~2杯」「1日3杯以上」の3つのグループに分け、脳腫瘍のリスクが検討されています。
男女合わせたデータをみてみると、コーヒーを1日3杯以上飲んでいる人は脳腫瘍のリスクが0.47倍に下がっています。女性だけでみれば0.24倍とさらに低下しています。「神経膠腫」と呼ばれる脳腫瘍全体の約3分の1を占める悪性腫瘍だけでみてみても、コーヒー摂取量が多い人はリスクが0.54倍に低下しています。
尚、緑茶と脳腫瘍のリスクには相関関係が認められなかったそうです。
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脳腫瘍の予防にコーヒーを!とまでは言えないと思いますが、この研究はコーヒー好きには嬉しいものでしょう。脳腫瘍にも悪性と良性があります。先に述べた悪性の「神経膠腫」は脳腫瘍のなかで最も頻度が多いものですが、がん全体のなかではそれほど多いわけではありません。
脳腫瘍がやっかいなのは、予防する方法が確立されていないからです。胃がんならピロリ菌の除菌、肝がんなら肝炎ウイルスの治療、子宮頚がんならワクチンと定期健診、大腸がんなら生活習慣病の予防と治療、肺がんなら喫煙など、多くのがんには「〇〇には気を付けましょう」というものがあるわけですが、脳腫瘍にはそういったものはありません。いくら規則正しい生活を続けていようが、感染症に注意しようが起こるときは起こるのです。遺伝性があるわけでもありません。
そのような状況のなか、「コーヒーがリスクを下げられるかもしれない」という研究は興味深いと言えます。今後の研究にも注目したいと思います。
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注1:この論文のタイトルは「Coffee and green tea consumption in relation to brain tumor risk in a Japanese population」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijc.30405/full
参考:
医療ニュース
2016年10月31日 認知症予防にはコーヒー?それとも緑茶?
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない
2015年8月28日 コーヒーが悪性黒色腫を予防
2016年3月8日 コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下
はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
など
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|2016年12月9日 金曜日
2016年12月8日 胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク
胃薬には様々な機序のものがあり薬局で買えるもの(OTC)もあれば漢方薬もあります。多数ある胃薬のなかで「最もよく効く胃薬は?」と問われれば多くの医療者は「PPI」と答えると思います。
PPI、正確にはプロトンポンプインヒビター(proton pump inhibitor)と呼ばれる胃酸分泌を抑制する薬は日本では90年代前半に登場し、あっという間にシェアを伸ばしました。非常によく効く上に、副作用があまりないと考えられており、今では消化器内科医のみならず多くの医師が”簡単に”処方しています。
そのPPIが今年(2016年)になり、突然「キケンな薬」とみなされることになります。まずきっかけとなったのは「認知症のリスクとなるかもしれない」という報告です。ドイツでおこなわれた大規模研究で、PPI定期使用者の認知症のリスクは使用していない人に比べて44%も上昇していることが分かったのです(注1)。
次に危険性を発表したのは「米国心臓学会」(American Heart Association)。2016年5月、PPIが血管内皮細胞の老化を加速する可能性があることを報告しました(注2)。「血管内皮細胞の老化の加速」というのは動脈硬化が進行することを意味しており、要するに心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患が起こりやすくなるということです。
今回お伝えするのも「米国心臓学会」の報告です。2016年11月15日、「大衆向けの胃薬が脳梗塞のリスクを上げる」というタイトルでPPIの危険性をウェブサイトに掲載しました(注3)。
紹介されているのはデンマークの研究です。対象者はデンマーク国民244,679人(平均年齢57歳)で調査期間はおよそ6年です。この間に脳梗塞を発症したのは9,489例で、発症とPPIの使用状況の関係が検証されています。検討されたPPIは4種。オメプラゾール(先発品の商品名は「オメプラゾン」「オメプラール」)、pantoprazole (Protonix、日本未発売)、ランソプラゾール(タケプロン)、エソメプラゾール(ネキシウム)です。
解析の結果、PPIを使用していると脳梗塞のリスクが21%上昇していることが判りました。ただし、少ない量の使用であればリスク上昇はほとんどなかったそうです。4種のなかでも差があります。各PPIを最高用量で用いた場合、最もリスク上昇が少なかったのがランソプラゾールの30%、最も高かったのがpantoprazoleの94%でした。
PPI以外の胃酸分泌を抑制する薬としてH2ブロッカー(ファモチジンなど)があります。H2ブロッカーについては脳梗塞のリスク上昇は認められなかったようです。
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下記「医療ニュース」でも述べたように、わざわざ高価なPPIを使わなくてもいいのに…、という症例は少なくありません。つまり、PPIに頼らなくても値段の安いH2ブロッカーでコントロールできる例は少なくないように私は感じています。ですから、転勤などで大阪に引っ越してきて新たに当院をかかりつけ医とした患者さんに対してはPPIをH2ブロッカーに変更することがよくあります。
ただし危険性を意識しすぎて、PPIを一切使わない、というのは行き過ぎです。やはりPPIがどうしても必要な症例もあります。ですが、そういったケースでもPPIで症状を安定させた後は、H2ブロッカーや他の胃薬、あるいは漢方薬などを用いる方がいいでしょう。もちろん薬以上に大切なのは、規則正しい生活、規則正しい食習慣であることは言うまでもありません。
注1:下記を参照ください。
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
注2:下記を参照ください。
医療ニュース2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
注3:下記を参照ください。
http://newsroom.heart.org/news/Xpopular-heartburn-medication-may-increase-ischemic-stroke-risk
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|2016年11月18日 金曜日
2016年11月18日 座りっぱなしはEDのリスクにも
このサイトでは2013年あたりから「座りっぱなし」は大変危険であり、がんや生活習慣病のリスクになるということを繰り返し紹介してきました。運動などでそのリスクが軽減するという意見もありますが、何をしてもリスクは低下しない、いわば「喫煙と同じようなもの」とする報告もあります。
座りっぱなしでED(勃起不全)のリスクが上昇する・・・。
このような日本人を対象とした研究結果が報告され話題を呼んでいます。愛媛大学の学者が「道後Study」と呼ばれる疫学研究のデータを分析しました。医学誌『Journal of Diabetes and its Complications』2016年10月18日(オンライン版)に掲載されています(注1)。
研究の対象者は、2型糖尿病(生活習慣の乱れから起こる糖尿病)の男性患者430人(平均年齢60.5歳)で、自記式質問紙調査を用いて、喫煙、飲酒状況、運動習慣、降圧薬の服用の有無、これまでの病気、歩行習慣などが調べられ、さらに過去1年間の1日あたりの「座りっぱなし」で過ごした時間が問診されています。座りっぱなしの時間は、①5時間未満、②5~7時間、③7~9時間、④9時間以上の4つに分類されています。
EDについては、その有無と重症度が調べられています。重症度は、「SHIM(Sexual Health Inventory for Men)」(注2)と呼ばれるED用の問診票で評価され、スコア8未満(1-7点)が「重症ED」、8-11点が「中等度ED」です。
これらを解析すると、④9時間以上座りっぱなしのグループでは「重症ED」になりやすいという結果になっています。オッズ比は1.84、つまり1.84倍「重症ED」になりやすい、ということです。一方、「中等度ED」と「座りっぱなし」には相関関係が認められなかったようです。尚、この調査では対象者の36.1%が「中等度ED」、49.8%が「重症ED」だったようです。
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もっと大規模な疫学研究にも期待したくなりますが、理論的に考えても、「糖尿病+座りっぱなし」でEDになりやすいのは理解できることです。糖尿病で血管が老化しているところに、座りっぱなしで下半身の血流が滞るのですから。
座りっぱなしがNGであるのはもはや疑いようがないと思います。私は以前から「健康のための10の週間」として「3つのEnjoy、3つのStop、4つのDataに注意して!」を提唱しています(注3)。「3つのStop」の1つが「Sitting too much」(座りっぱなし)です。
注1:この論文のタイトルは「Self-reported sitting time and prevalence of erectile dysfunction in Japanese patients with type 2 diabetes mellitus: The Dogo Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.jdcjournal.com/article/S1056-8727(16)30707-3/abstract
注2:SHIMは下記を参照ください。
http://www.njurology.com/_forms/shim.pdf
注3:詳しくは下記を参照ください。
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|2016年11月17日 木曜日
2016年11月17日 寒いところに住めばうつ病になりやすい?
南国に住んでいる人は陽気で楽天的。うつ病とは無縁の人生…。
こういうイメージを持っている人が多いと思います。私自身もこのような印象があり、実際、タイ人やフィリピン人の底抜けの明るさに感動を覚えたことが何度もあります。日本でも、沖縄で「おばー」に「なんくるないさー」と言われて心が洗われるような経験をしたことがあります。
一方、寒い地域の人たちに対するイメージは、笑顔が少なく、行動範囲が狭く(雪のせいで仕方がないのですが)、陽気な印象はあまりありません。
もちろん、これは一種の「偏見」であり、南国に住む人全員が陽気というわけではありませんし、北国に住む人の大半が陰気というわけではないでしょう。ただし、世界的な統計をみてみても、タイやフィリピンは自殺の少ない国にランクされます。日本でも、東北地方は比較的自殺率が高いことはよく知られています。(警察庁の2015年の統計(注1)では、沖縄は自殺率が低いランキングで19位。ずば抜けて低いわけではなさそうです)
今回、カナダで緯度と自殺率の高さの関係が調べられた研究が報告されたのでお伝えしたいと思います。その研究では、「緯度が高いほどうつ病の罹患率が上がる」、つまり「寒い地域に住むとうつ病になりやすい」という結論がでています。医学誌『Canadian journal of psychiatry』2016年10月11日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。
この研究は、全国規模でおこなわれた2つの調査(The National Population Health Survey、the Canadian Community Health Survey)を解析することによりおこなわれています。調査期間は1996~2013年で、全回答者のうち、495,739例については「うつ」の調査がおこなわれており、これらのデータと緯度との関係が調べられました。緯度は郵便番号で解析されています。
結果、緯度が高くなれば、うつ病の有病率が増加することがわかったそうです。また、この傾向は北緯55度未満で発生する傾向があったとされています。
************
カナダは地理的に最も南の都市がトロントになると思います。調べてみると、トロントで北緯43度でした。ちなみに、北緯55度に近い有名な都市となると、エドモントンで北緯53度です。この研究は、だいたい北緯43度から緯度が上がるにつれてうつ病の有病率が上昇し、その傾向は北緯55度まで続く、と読むことができます。
となると、気になるのは、北緯55度以北はどうなのか、ということと、北緯43度まではどうなのかということです。北緯55度以北の国となると旧ソ連と北欧が該当し、厚労省のデータ(注3)によれば、たしかに旧ソ連の国は人口あたりの自殺率が高いような傾向があります。しかし北欧については、以前は自殺が多い国と言われていたこともありましたが、現在はそうではありません。
では、北緯43度以南はどうなのでしょう。先に述べたように東北地方の自殺率が高いことは有名ですが、北海道ではそうでもありません(注1)。
この研究を聞いてもうひとつ気になるのは、北緯43~55度までなら日本で同じことが言えるのか、ということです。ちょうど札幌が北緯43度くらいです。カナダのこの研究が普遍的なものだとしたら、札幌より北部に住むとうつ病になりやすい、ということになりますが、実際はどうなのでしょう…。
注1:警察庁の下記ページを参照ください。
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H27/H27_jisatunojoukyou_01.pdf
注2:この論文のタイトルは「Major Depression Prevalence Increases with Latitude in Canada」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://cpa.sagepub.com/content/early/2016/10/03/0706743716673323.abstract
注3:下記を参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/dl/h22_shiryou_05_08.pdf
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|2016年11月15日 火曜日
第159回(2016年11月) 喘息の治療を安くする方法
喘息(ぜんそく)は1990年代半ばまでは「死に至る病」でした。気道が閉塞し呼吸ができなくなり、救急車到着が間に合わずそのまま命を落とす人も多かったのです。90年代半ばまでは毎年約6千人が喘息で死亡していました。90年代後半から死亡者は少しずつ減りだし、2000年代になってからは4千人を下回るようになり、2012年には2千人を切りました。もはや喘息は命に関わる疾患ではなく、我々医療者は「喘息死亡者ゼロ」を目標としています。
では、なぜ喘息で死亡することがなくなったのでしょうか。死亡だけではありません。喘息で入院を要するケースも救急車を要請するケースも劇的に減っています。私が医師になった2002年の時点では、一晩救急外来で勤務をすると、数名は必ず喘息発作で救急搬送されていました。現在はそういう症例は激減しており、今も喘息を上手くコントロールできていないというケースは、薬を適切に使用していない場合がほとんどです。
つまり、喘息がこれだけコントロールしやすくなったのは「いい薬」が登場したから、というわけです。今回はその「いい薬」について歴史的経緯を述べ、さらに「いい薬」の欠点の「費用が高くつく」ということに対して解決法を紹介したいと思います。
しかし「いい薬」の話を始める前に喘息のメカニズムを復習しておきましょう。喘息で息苦しくなるのは「気道が細くなるから」です。ですから、従来は、その細くなった気導を広げるのが最適の治療と考えられていました。ところが、気管支拡張薬を使って気道を広げてもそれは一時的なものであり、またすぐに気道が細くなりますから、そのうちに薬が効かなくなってきて重症化するということがよくあったのです。
ところが、喘息の本当のメカニズムは「気道が細くなるから」ではなく「気道に炎症が起こるから」であることがわかってきました。「炎症」というとむつかしいですが、「気道の粘膜が腫れる」と考えれば分かりやすいと思います。粘膜が腫れた結果として気道が細くなっていたのです。であるならば、単に気管支を拡張させる薬を使うよりも、元の原因の「炎症」を和らげる治療をすべき、ということが分かります。
そして気道の炎症を和らげる薬が先述の「いい薬」で、正体は「吸入ステロイド」です。以前からステロイド内服が喘息に効果があるのは分かっていましたが、ステロイド内服を続けるわけにはいきません。副作用が強すぎるからです。吸入ステロイドなら全身に作用するわけではありませんから、ステロイド内服を使用したときのような副作用に悩まされることもないのです。
その吸入ステロイドが普及しだしたのが1990年代半ばです。この頃より喘息での死亡者が減少しだしましたから吸入ステロイドは歴史的な薬といえます。しかしながら、医療者が予測したほどには吸入ステロイドは普及しませんでした。その最大の理由は「効果がすぐに実感できない」ということです。新しい薬と期待して使ってみても1週間程度はほとんど効果が感じられないのです。これでは患者さんは継続して使ってくれません。
もちろん、これは医師の説明不足であり、こういった薬の特性を十分に理解してもらうのは医師の義務であります。しかし、結果として患者さんにうまく伝わらず、きちんと使ってもらえないことが多かったのです。その点、吸入型の気管支拡張薬は使えば直ちに効果を実感できますから、患者さんからすればこちらに頼りたくなるのも当然といえば当然でしょう。
ここで吸入型の気管支拡張薬には2種類あることを確認しておきます。1つは短期作動型、つまり、さっと効いてさっと切れるタイプです。これはとても分かりやすく、苦しくなれば吸入すればいいだけですから患者さんからは重宝されます。しかし、この薬の欠点はいずれ効かなくなってくるということです。喘息で苦しいときにこの薬が効かなくなれば命に関わることもあります。現在では、この吸入型の短期作動の気管支拡張薬(ここからは「SABA」と呼びます)は、非常用のいわば「お守り」として患者さんに持ってもらっています。
もうひとつの気管支拡張薬は長時間作用するタイプ(ここからは「LABA」と呼びます)で、これは症状がなくても毎日使用すべき薬で、これによりある程度は安定しますから、SABAの使用頻度がぐっと減ります。
そこで、根本的な治療である吸入ステロイド(ここからは「ICS」と呼びます)とLABAの双方の処方がおこなわれるようになりました。しかし、この方法もなかなかうまくいきませんでした。なにしろ効果が実感できるのはLABAの方であり、吸入ステロイドは効いているのかどうかわからない、使っても使わなくても症状が変わらない、と患者さんは感じるのです。それだけではありません。吸入薬は安くありませんからそれを2つも使うとなると金銭的に大変です。
ブレークスルーが起こったのは2007年でした。ICSとLABAが一緒になった「合剤」が登場したのです。合剤と聞くと、単に2つの薬を合わせただけ、と思われます。それはそうなのですが、これが画期的な薬となったのです。なにしろ、効果をすぐに実感でき、しかもICSのおかげで気道の炎症がおさまった状態が維持されるのです。ICS単独が登場したとき以上に、この合剤は歴史的な薬となりました。
その後次々にICSとLABAの合剤が開発され、現在ではアドエア、シムビコート、フルティフォーム、レルベア(すべて商品名)の4種が発売されています。これら合剤の普及により、喘息による死亡・入院が大きく減少しているのです。
しかし、欠点もあります。2つの薬を合わせただけなのに何でこんなに高いの?と思えるくらい高いのです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんのなかには、あまりお金を持っていない人もいますから(失礼!)、費用は少しでも安く抑えたいと考えます。そしてこれは我々からみても同じです。患者さんが負担する費用をできるだけ安くするのも医師の仕事のひとつと私は考えています。
そこで私は、数年前からコントロールのよくなった患者さんに対してある「治療案」を提唱しています。これが本コラムの主題である「喘息の治療を安くする方法」です。具体的な方法は、ICSとLABAの合剤をまず使い、症状がまったくなくなった状態になれば、ICS単独に切り替える、という方法です。炎症がなくなった状態が維持できていれば喘息が発症することはありませんから理にかなった方法です。もちろんこのようなことを考えるのは私だけではなく、少しずつ全国的に普及してきています。そしてこの方法を「ステップダウン」と呼ぶことが一般的になってきました。
どれくらい安くなるかをみていきましょう。合剤を2ヶ月分処方したとなると診察代などを含めて3割負担で約4,800円もかかります。これをICS単独に切り替えたとすると約2,600円で済みます(いずれも当院で最もよく処方する薬を使った場合)。まだあります。これはすべての患者さんに適応できるわけではありませんが、いい状態が維持できていれば、ICS単独の吸入回数を減らすことも可能です。ICS単独は1日2回が基本ですが、安定していれば1日1回に減らすことも場合によっては可能です。(ただし医師の許可なく減らすのはよくありません)
うまくいけば、さらにICSの吸入回数を2日に一度程度にできる場合もあります。ここまでくれば合剤で治療をしていたときに比べて費用はなんと10分の1以下で済むのです!
このサイトで何度も繰り返しているように、私はほとんどの慢性疾患ではセルフメディケーションが重要であり、治療は医師に任せるべきではない、という考えを持っています。喘息については、まず環境の見直し(受動喫煙はないか、ペットを飼っているなら対策はきちんとできているか、ダニ対策は万全か、空気清浄機は?、加湿器は?、など)を徹底してもらい、次いで、薬の作用機序を理解してもらい、症状を自己評価してもらいながら、ゆっくりとICSのステップダウンをしていくのが最適かつ最強の喘息のセルフメディケーションだと考えています。
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|2016年11月15日 火曜日
第166回(2016年11月) ”貧乏”な者が医師に向いている理由
「うちは貧乏なんだからね!」と母親から言われ続けて育ったということを、以前、詩人の暁方ミセイさんが新聞のコラムで書かれていました。そのコラムが1年以上も印象に残っているのは私も同じ経験をしているからです。
ミセイさんの家では「うちは貧乏」という言葉をさんざん聞かされていて、弟が上履きを無くしたとき「もう買えないよ!」とひどく怒られたそうです。そんな暁方家で、その弟さんが「2千円のステーキが食べたい」とだだをこね、両親が呆れて家族で食べに行ったことがあったそうです。そのときミセイさんは「上履きを買えない家庭がステーキなんか食べられるわけがない。きっと今晩ありったけのお金を使い切って一家心中するに違いない」と思い一番安いカレーを注文したことが語られていました。
その後、ミセイさんは、たまの外食くらいで我が家が破産しないことを知り気を使いすぎていたことに気づいたそうです。そして、私もほとんど同じことを経験したことがあります。私の家も「うちは貧乏」が両親の口癖で、質素な生活をしていました。金持ちの友達がジュースを飲んでいても、私は家に帰って「砂糖水」です。料理用の溶けやすい砂糖を水道水に溶かせて飲むのです。(しかし、これはとても美味しく、私の実家は田舎なので水が美味しいということもあり、今も帰省したときはときどき飲んでいます)
私が高校を卒業し、実家を離れることになる数日前、珍しく母親が「外でご飯を食べよう」と言い出し、中華料理屋(それも大衆食堂でない)に連れていかれました。好きなものを注文するよう言われた私は、「我が家にそんなお金があるはずがない。大学の入学金も出してもらっているのにこれはおかしい。もしかして母は”最後の晩餐”のつもりなのか・・」と考えてしまい、一番安いラーメンしか注文できませんでした。
大学(関西学院大学)に入学したとき、周りに金持ちが多くて驚きましたが、さほど悲壮感は感じませんでした。ある程度予測できていたことですし、「近所のスーパーで賞味期限切れの菓子パンをまとめ買いする」、「パン屋でパンの耳が大量にはいった袋を50円で買ってマヨネーズで食べる」、「チキンラーメンは朝に3分の1程そのままバリバリと食べて、残り3分の2は夜にお湯をかけてご飯と食べる」、「空腹がひどいときは吉野家で並盛1人前をおかずにして白いご飯を食べる」というようなことを言うと、周囲の友達は面白がってくれるのです。「さすが大阪!(関学は西宮ですが) 貧乏も笑いにできるんだ!」、と味をしめた私は、貧乏も悪くない、という気持ちがでてきました。
しかし、貧乏なままで生涯を終えることはできない、という気持ちももちろんありました。就職するとそれなりの月給をもらえるようになりましたが、趣味や交際費で消えてしまい、3年目からは勉強にお金を使うようになり、医学部に入学してからは、また関学時代の貧乏生活に逆戻りです。その頃は賞味期限切れのパンを売ってくれる店はなく、パンの耳もなぜか簡単に入手できなくなり、専ら自炊となりました。米・味噌・お茶代込で1食あたり200円を超えないように自分でつくっていました。
医学部を卒業し研修医になると再びお金が入ってきました。2年目からは他の病院で当直業務などのアルバイトをおこなうようになり(研修医のアルバイトは現在禁止されています)、びっくりするくらいお金が入ってきました。そして、研修医が終わる頃には車の購入も現実のものに(10年落ちの45万円の中古車ですが)。ある日、ある病院の当直業務が終わると、「本日の給料」と言われ、現金でなんと8万円も渡されました。これで有頂天にならないはずがありません。
その日私は和食レストランの「さと」に行きました。「さと」は私の地元で高校時代から唯一存在したファミリーレストランで、「いつか「さと」で一番高いものを食べてやる!」というのが私のかねてからの”夢”だったのです。そしてその日、長年の”夢”の「「さと」で一番高い料理」を食べた私の感想は、「こんなものか・・・」というもの。期待していた感動はまるでなく、逆に「虚無感」を覚えた程です。
これまでの人生で私も(「さと」よりも遥かにグレードの高い)「高級レストラン」と呼ばれるところに行ったことがないわけではありません。しかしどこにいっても「こんなものか・・」という印象が拭えず、もう一度訪れたいと思うことがないのです。むしろ、私が昔から利用しているマクドナルドや吉野家の方がずっと美味しいと感じます。それに安い方がいいに決まっています。高級な料理は私自身が納得できたとしても、私の胃袋が”緊張”してしまい、これでは消化によくありません・・・。
少し前に、マクドナルドでスマホのクーポンを使っている30代男性を見て吐き気を催し生理的な嫌悪感を持った、とツイートした女性が話題になっていましたが、私は40代後半で同じことをやっています。ちなみに、私は吉野家でもスマホの割引クーポンを提示しています。もしもこの女性が私をみれば、吐き気どころか気絶するかもしれません・・。
さて、長々と、ある意味で”自慢”とも呼べる私の「貧乏物語」を紹介してきたのは、医師という職業は”貧乏”な者の方が向いているのではないか、と最近富みに思うようになってきたからです。私は比較的早いタイミングで自分のクリニックをオープンさせましたから、他の医師から「お金大変だったでしょ」とよく言われます。実際は、まったく大変ではなかったのですが・・。また、開業を考えているという医師から「開業資金に〇〇万円を貯めるつもり」と聞いて驚いたことがあります。私の用意した開業資金は、その医師が考えている額の10分の1にも満たなかったのです。
なぜ、私と他の医師にこれだけの開きがあるのか不思議ですが、彼(女)らからよく聞くと謎が解けます。以前紹介したことがあり、今回も先に述べたように、医師の夜間や休日の当直アルバイトは”破格”です。ですから私としては開業してからも深夜と日・祝日に他の病院でアルバイトをすればやっていけると確信していたのです。実際、私は最初の1年間はクリニックから給料を受け取らず、他の病院のアルバイトで稼いだお金から最低限の生活費を引いたお金をクリニック開業時の借入金の返済に回していました。
もうひとつ、私と他の医師が異なるのは、自分のクリニックからもらう給料の想定額が異なる、ということです。最近、それを裏付けるような調査がおこなわれました。医師のポータルサイト「ケアネット」で、2016年9月9日~12日に会員医師1,000人を対象に「医師の年収に関するアンケート」がおこなわれました。自身の業務内容・仕事量に見合うと思う年収額についての質問に対し、最も回答数が多かった年収帯はなんと2,000~2,500万円だったのです。
この調査は「(現在の)業務内容・仕事量に見合う年収」ですから、休みなく過酷な労働を続けている医師、という前提で考えると、ある程度高額を要求したくなる気持ちは分からなくはないのですが、それでも2,000万円は高すぎます。日ごろどのような患者さんを診ているかにもよるでしょうが、私は日々「お金がない。医療費は10円でも安い方がいい」、「仕事が決まらない、家賃が払えない」、「バイト代が上がらなくて・・」と言っている患者さんを多く診ていますし、私自身がこれまで”貧乏”で生きてきましたから2,000万円などというお金はどこか遠い世界の話に聞こえます。以前も述べたように(注1)、「医師の年収に上限を設けるべき」というのが私が言い続けていることです。
本当は大金が欲しいんじゃないの?と感じる人がいるかもしれませんが、私は高級車にも高級ワインにもゴルフにも愛人にも興味がなく、ぜいたく品にお金を使うなら寄付する方がずっといいと感じています。そして、このように考えるのは私だけではないはずです。2015年までウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏の「貧乏な人とは、少ししか持っていない人のことを指すのではなく、無限の欲があって、いくら持っても満足しない人のことだ」という言葉に共鳴した人は大勢いるのではないでしょうか。
暁方ミセイさんはコラムの中で、家族で心中することになるに違いないと考え「不安で泣き濡れた夜をどうしてくれる!」とユーモアを入れて結ばれていましたが、私はむしろ”貧乏”に育ててくれた両親に感謝しています。
注1:メディカルエッセイ第155回(2015年12月)「不正請求をなくす3つの方法」で、2つめの方法として述べています。
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|2016年11月7日 月曜日
2016年11月 Choosing Wiselyが日本を救う!
ちょうど2年くらい前から私が日々の診療のなかで力を注いでいるのがchoosing wiselyです。過去のコラム(注1)にも書いたように、choosing wiselyの概念を普及させることによって、不要な医療行為がなくなり、患者さんの負担が減り、医師はストレスを減らすことができ、おまけに医療費も低下するという「いいことづくし」になります。
2016年11月5日、大阪で開催されたあるセミナーでchoosing wiselyのセッションがあり、私も講師としてお呼びがかかったために参加してきました。このセミナーは医師を対象としたものですが、私が主張したことは一般の方にも知っていただきたいことです。そこで、今回はそのセッションで私が話した内容を簡単に紹介したいと思います。
まず、choosing wiselyの言葉の意味について。直訳すれば「賢く選択」ですが、これでは何のことかよく分かりません。私個人の意見としては「不要な医療をやめる」くらいが一番いいのではないかと思っています。
choosing wiselyは元々、ABIM(アメリカ内科学委員会、American Board of Internal Medicine)が、いくつもの学会に働きかけ「不要な医療行為」を挙げてもらい、それをリストにしたものです。これが世界中の医師に評価されたのですが、ここで”不自然さ”を感じないでしょうか。なぜなら、「不要な医療行為」をおこなわないのは、当たり前のことだからです。
先日のセッションで私が主張したことの1つがこの点です。「不要な医療」をやめるのは当然のことであり、今さら強調することではありません。つまり、医師からみたときのchoosing wiselyの原理原則は医師にとって「自明の理」であり、choosing wiselyが有用なのは、具体的な医療行為のリストを参照することで、自分自身の医療に誤りがないかを確認することに他なりません。
choosing wiselyの原理原則が自明であることを確認するために、私は医師にとっての3つのミッションを引き合いに出しました。1つめは、「ヒポクラテスの誓い」の一部です。そこには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない」とあります。軽微な頭部外傷でのCT撮影は「被爆」という害がありますし、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の安易な処方には「依存性」という害があります。
2つめは、日本医師会の『医の倫理綱領』にある「医師は医業にあたって営利を目的としない」です。医業が営利行為でないのは当たり前なのですが、choosing wiselyの議論になると、医療機関が儲からなくなるから普及しないのでは?、という声が上がることがあります。しかし、初めから医療機関は営利を目的としていない、ということを確認しておくべきかと考えてこれを述べました。
3つめは、ドイツの医学者フーフェランドが著した『Enchiridion Medicum』を緒方洪庵翻が翻訳した『扶氏医戒之略』の一部です。緒方洪庵は、医者に対する戒めを適塾の生徒たちへの教えとし、「医療費はできるだけ少なくすることに注意するべきである」「世間のすべての人から好意をもってみられるよう心がける必要がある。賭けごと、大酒、好色、利益に欲深いというようなことは言語道断である」と説いています(現代語訳は馬場茂明著「聴診器」より)。改めて主張すべきことではないかもしれませんが、再認識してほしいという意味で紹介しました。
ついで、私は患者さんからの言葉で医師の「心が折れる」瞬間を紹介し、これらはchoosing wiselyを普及させることで解消できるということを述べました。具体的にみていきましょう。
医師: 「このじんましんは、非アレルギー性のものであり、血液検査は不要です」
患者A: 「いいから検査してください! 患者の希望を聞くのが医者の仕事でしょ!!」
医師: 「あなたの風邪はまず間違いなくウイルス感染であり、抗菌薬は不要です」
患者B: 「えっ、お金払うのあたしですよね・・・」
医師:「それはベンゾジアゼピンといってとても依存性の強い薬です。簡単に処方できる薬ではありません」
患者C:「もういいです! 友達にわけてもらいます!」
医師: 「その症状に点滴は不要です」
患者D: 「金払うって言うてるやろ! 前の病院はしてくれたぞ!!」
米国版のchoosing wisely(注2)では、患者A,B,Cのことについては、すべて記載があります(注3)。例えば、患者Aについて言えば、「じんましんで血液検査を安易にすべきでない」といったことが書かれています。もしも、患者A,B,Cが、choosing wiselyの概念を知っていて、医療機関を受診する前に、ウェブサイトでこれらを調べていれば、「自分が希望する検査や治療は安易にはおこなうべきではないんだ」ということを理解してもらえる可能性があります。そうすれば不要な受診を避けられたかもしれません。
あるいは、受診してからでも、診察室でchoosing wiselyのウェブサイトを見てもらえば、希望している検査や投薬が不要であることを納得してもらえるかもしれません。ですから、choosing wiselyの日本版のリストを早急に構築すべきではないか、と私は考えています。
しかし「日本版リスト」は単に「米国版」の翻訳であってはなりません。例えば、患者Cで取り上げた若年者のベンゾジアゼピン依存症は、日本の方が深刻度が高く、米国のchoosing wiselyで取り上げられているのは高齢者に対する注意だけです。また、患者Dの点滴の問題については、米国のchoosing wiselyについてはまったく記載がありません。過去にも紹介しましたが日本には「点滴神話」というものがあり、科学的な有効性(エビデンス)が認められていないのにもかかわらず、点滴すれば早く治る、と思っている人が大勢いるのです。
単なる翻訳ではこういった日本の実情が反映されませんから、日本の医療事情をよく吟味したうえで「日本版」のchoosing wiselyをつくらなければならない、というのが私の考えです。
2016年10月15日、日本版choosing wiselyのキックオフセミナーが東京で開催されました。残念ながら私は参加できなかったのですが、このセミナーにはChoosing Wisely Canada代表でトロント大学教授のWendy Levinson氏が講演をされました。大盛況だったようで、choosing wiselyに関心を持つ医師が大勢いることが証明されたといっていいと思います。
現時点では、このchoosing wiselyという概念が一般の方(患者さん)に充分に普及しているとは言えません。しかし、これを理解することで、医療機関の不要な受診がなくなり、被爆する機会が減り、針を刺すという痛い思いをすることが減り、不要な薬を処方されることもなくなり、時間とお金を節約することができます。我々医師も、先にあげたような「心が折れる」ことがなくなりますし、医療費の削減にもつながるのです。
こんな「いいことづくし」のchoosing wisely。絶対に普及させなければならない、と私は考えています。
************
注1;下記(メディカルエッセイ)を参照ください。
第144回(2015年1月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編)
第145回(2015年2月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(中編)
第146回(2015年3月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(後編)
注2:下記が米国版choosing wiselyのウェブサイトです。
http://www.choosingwisely.org/
注3:じんましん、抗菌薬、ベンゾジアゼピンのchoosing wiselyについては下記を参照ください。(ベンゾジアゼピンについては「高齢者に使用すべきない」という内容で、本文で取り上げたのは若い女性です。米国のchoosing wiselyでは若者へのベンゾジアゼピンについて記載したものがありません。これはおそらく若年者のベンゾジアゼピン依存症の問題は、米国では日本ほど深刻でないことが理由だと思われます)
http://www.choosingwisely.org/societies/american-academy-of-allergy-asthma-immunology/
http://www.choosingwisely.org/patient-resources/antibiotics/
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