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2016年10月20日 木曜日

第165回(2016年10月) セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~

 2016年5月29日、大阪府河内長野市の観光地、滝畑ダム付近の府道を走っていたワゴン車がダム湖に転落し、運転していた20代の男性以外の同乗者5人全員が死亡しました。運転していた男性の血中から精神安定剤のエチゾラム(商品名で最も有名なのは「デパス」)が検出されました。報道によれば、この男性はこの薬を用いるような持病があったわけではなく、現在府警は薬品の入手ルートを捜査しているそうです。

 この事件を受けて、というわけではないと思いますが、2016年10月14日よりエチゾラムは「麻薬及び向精神薬取締法に規定する向精神薬」に指定されました。これにより、処方日数の上限が30日となりました。

 我々医療者は、このエチゾラムという薬が、なぜこれまで長期処方が認められていたのか理解に苦しんでいました。これほど依存性が強く、一度服用しだすと簡単にやめられなくなる薬がなぜ長期処方が許されるのか分からないのです。ですから、私を含めてほとんどの医師は患者さんに求められても安易に処方しません。やむを得ない場合に限り、最小限の処方しかしないのです。

 しかし、ワゴン車を運転していた男性のように、入手ルートが不明、つまり医療機関で正当に処方されていない例が数多く存在するのが現実です。ただし、それだけではありません。同業者を批判することになりますが、私の率直な意見を述べれば、簡単に処方する医師がいるという印象が拭えません。例を挙げましょう。(ただし、患者さんが特定されないように若干のアレンジを加えています)

【症例1】68歳男性(Nさん)

 健診で高血圧を指摘されたとの理由で、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診。初診時の問診で、エチゾラム0.5mgを1日3錠も内服していることが発覚。Nさんによれば、数年前から肩こりに悩み、近医(整形外科)を受診。鎮痛薬と一緒にエチゾラムを飲むように言われたとのこと。しかも数年間も・・・。診察する医師は前医を否定してはいけません。しかし、私の立場としては、少なくともNさんがエチゾラムの危険性を理解していることを確認しなければなりません。エチゾラムの説明をすると、なんと「そんな薬とはまったく知らなかった。筋肉をほぐす薬としか聞かされていない」との答えが返ってきたのです・・・。

【症例2】59歳女性(Fさん)

 30代前半からうつ状態と不眠を繰り返しているとのこと。今までは近くのクリニックでエチゾラムを処方され、1日1~2錠を内服しており、それがもう20年以上も続いている。職場が近くにあることと、知人から「その薬危険なクスリじゃないの?」と言われたとのことで谷口医院を受診。直ちに危険性を説明し、減らしていくことを提言。しかし、一度依存症になった身体は簡単には元に戻りません。Fさんは今も、エチゾラム依存症に苦しんでいます。

 実は、このような患者さんは少なくありません。そもそもエチゾラムは世界的には65歳以上には「禁忌」(処方してはいけない)の薬です。もちろん、若年者に処方するときも依存性には充分に注意しなければなりませんし、少なくとも「依存性が強い薬であること」は患者さんに理解してもらわねばなりません。場合によっては、65歳以上であっても、あるいは依存性のリスクを抱えてでも、エチゾラムを処方せざるを得ないこともありますが、(同業者を批判したくありませんが)やはりエチゾラムを容易に処方しすぎる医師が存在するのは事実だと思います。

 依存性がある睡眠作用や抗不安作用のある薬はエチゾラムだけではもちろんありません。エチゾラムは薬のカテゴリーで言えば「ベンゾジアゼピン系」となります。ベンゾジアゼピン系の薬は多かれ少なかれ、睡眠作用、抗不安作用、筋弛緩作用(だから肩こりで使われる)などがあります。ベンゾジアゼピン系の薬すべてに「依存性」があります。

 国立精神・神経医療研究センターが発表している「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」(2014年版)に「乱用されていた処方薬(睡眠薬・抗不安薬)のランキング」が掲載されています(注1)。順位は下記の通りです(かっこの中は先発品の商品名)。

1位 エチゾラム(デパス)
2位 フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレース)
3位 トリアゾラム(ハルシオン)
4位 ゾルピデム(マイスリー)
5位 べゲタミン(べゲタミンA、べゲタミンB)
6位 ニトラゼパム(ベンザリン、ネルボン)
7位 ニメタゼパム(エリミン)
7位 ブロチゾラム(レンドルミン)
9位 アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタン)
10位  ブロマゼパム(レキソタン)

 補足しておきます。第4位のゾルピデム(マイスリー)は、記憶のないまま我が子を殺した母親の話などを以前紹介しました(注2)。この薬は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれますが、ベンゾジアゼピンと同じように依存性があります。第5位のベゲタミンは、このランキングで唯一(非)ベンゾジアゼピン系ではなく、もっと依存性の強いものです。乱用されていることから今年(2016年)中に販売中止となることが決まっています。第7位のミメタゼパム(エリミン)は、通称「赤玉」と呼ばれ、裏社会で流通していたことなどが問題となり2015年に販売中止となりました。2位のフルニトラゼパムは、米国(ハワイ、グアムを含む)では持っているだけで逮捕される薬です。

 こうしてみるとこのランキングはそうそうたる薬物が並んでいることが分かります。そしていろんな問題のある薬物をおさえて堂々の1位となったのがエチゾラムというわけです。まだあります。先の症例1(Nさん)のように、エチゾラムは整形外科クリニックでも相当処方されています。もちろん内科系でも、谷口医院のような総合診療(プライマリ・ケア)のクリニックでも処方されることがあります。

 私は医師になってから、ベンゾジアゼピン系の処方を減らすことに継続して努めてきたつもりです。「医師の仕事は薬を処方することでなく処方を減らすこと」というのが私が言い続けているセリフです。そして、私流のセルフ・メディケーションの定義は、「患者さんが知識を増やし、薬を使わなくてもいいよう生活習慣を改め環境の見直しをすること」です。急性疾患ではこの限りではありませんが(例えば突然の事故)、ほとんどの慢性疾患はセルフ・メディケーションを実践することこそが最善の”治療”なのです。

 知識を増やせなんて無責任な・・・。それを教えるのが医者の仕事だろう。そのような声もあるでしょう。たしかにそれはそうなのですが、短い診察時間で何もかもが伝えられるわけではありません。患者さん自らが学習していくことも必要なのです。

 これを読んでくれた方には、「ベンゾジアゼピン系の危険性を理解し、自分自身もしくは周囲の人が、危険性を理解しているかどうかを見直すこと」を実践してもらいたいと考えています。これも立派なセルフ・メディケーションのひとつなのです。

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注1:詳しくは下記URLを参照ください。このランキングは32ページに掲載されています。

http://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NMHS_2014.pdf

注2:はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」

参考:
マンスリーレポート2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
マンスリーレポート2012年4月号「セルフ・メディケーションのすすめ~花粉症編~ 」
メディカルエッセイ第120回(2013年1月)「セルフ・メディケーションのすすめ~抗ヒスタミン薬~」

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2016年10月20日 木曜日

第158回(2016年10月) 「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか

 コムギを避けている人がここ数年で急増しています。以前「医療ニュース」(注1)で述べたように、これは日本だけでなく米国でも同様の傾向にあります。興味深いのは、コムギが原因で生じるセリアック病の患者が増えているわけではなく、また、コムギ/グルテン除去を始めた人の多くがコムギアレルギーでない、ということです(尚、グルテンとはコムギやライ麦に含まれるタンパク質の一種です)。

 セリアック病は元々日本には少なく欧米に多い疾患です。上記「医療ニュース」で述べたように、米国ではセリアック病の有病率は2009年から2014年まででほとんど変わっていません。にもかかわらず、コムギ/グルテンフリー実践者率は同時期に3倍にも増えているのです。

 では、コムギアレルギーが増えているのかというと、全体では増えているかもしれませんが、コムギ除去を始めた人の多くがコムギアレルギーではありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では、ここ数年、「コムギを避けると調子いいんです。これはコムギアレルギーに違いありませんから検査してください」と言って受診する人が少なくありません。

 問診から「コムギアレルギーではなく検査不要」と判断することも多々あります(開院以来主張し続けているように「検査は常に最小限」が谷口医院のポリシーです)。こういう人たちは、コムギを避けているといっても、完全除去しているわけではなく、以前に比べてコムギ摂取量を減らしているだけであり、これはアレルギーではありません。では、完全除去している人はどうかというと、そういう人たちも、よくなったという症状を聞くと、それはイライラ感であったり、頭痛であったり、疲労感であったりで、これらはアレルギーを示唆するものではありません。実際血液検査をしてもコムギ、グルテン、ω5グリアジン(注2)のいずれも特異的IgE抗体は陰性となります。

 最近は少し減りましたが依然根強い”誤解”は、IgG抗体が陽性となり、これを「遅延型食物アレルギー」と呼ぶという説です。過去にも述べたように(注3)、これは完全に否定されている説であり、日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」、です。

 話を戻しましょう。セリアック病でなく(注4)、コムギアレルギーでもないのにも関わらず、コムギ/グルテンを除去すると、これまで悩まされていた症状から解放されて調子がいい、という人が現在大勢いるのです。

 おそらくこれまでは、多くの医師は、こういった変化は単に気持ちの問題、言うなればプラセボ効果ではないかと考えていました。私自身も、プラセボか、もしくは、パンやうどん、パスタをやめることによって急激な血糖値の上昇がなくなったことが原因かもしれない、と考えていて、きちんとした疾患ではないと思っていました。

 しかし、それをくつがえすことになるかもしれない論文が最近発表されました。医学誌『Gut』2016年7月25日号(オンライン版)に掲載され(注5)、この論文では、「セリアック病ともコムギアレルギーとも異なるメカニズムで発症するコムギ/グルテンが関与した疾患が存在する」と述べられています。病名をつけるなら「非セリアック病性非アレルギー性コムギ/グルテン過敏症」となりますが、これでは長いのでここからは便宜上「コムギ/グルテン過敏症」とします。
 
 この研究では、コムギ/グルテン過敏症が疑われる症例、セリアック病患者、健康対照者の分析がおこなわれています。コムギ/グルテン過敏症が疑われる患者では、セリアック病やコムギアレルギーではみられない急性かつ全身性の免疫系の反応、さらに細胞性の腸の損傷も認められたそうです。これらから、腸管内に存在する微生物や食物の成分が機能の低下した腸管粘膜のバリアを通過して血管内に侵入し、それらにより、様々な症状が誘発された可能性が示唆されると研究者は考えています。

 また、コムギ/グルテン過敏症の症例では、血中の「可溶性CD14(soluble CD14)」、「リポ多糖結合蛋白(lipopolysaccharide (LPS)-binding protein)」、「脂肪酸結合蛋白2 (FABP2)」などが上昇することが分かったそうです。もちろん、これらの値を調べただけでこの新しい疾患が確定診断できるわけではありませんが、診断にいたるヒントにはなる可能性はあります。今後の研究を待ちたいと思います。

 ここで谷口医院を受診している「コムギ/グルテン除去」をしている患者さんの例を少し紹介したいと思います(ただし、本人が特定されないように若干のアレンジを加えています)。

【症例1】30代女性

以前より疲労感が継続し、熟睡ができない。持病の片頭痛が増悪傾向に。職場でイライラすることが多く上司に暴言を吐いたことも・・・。そんなとき、ネットの情報で、有名人がコムギ除去をおこない調子がよくなったと聞いてコムギ/グルテン除去を開始した。その結果、開始後2週間ですべての症状が改善。1ヶ月に10錠ペースで服用していた片頭痛の薬(トリプタン製剤)の使用が激減した。

 この症例で注目すべきなのは、トリプタン製剤の使用量が激減したということです。疲労感や不眠というのは、計測できないものであり客観的な評価は困難ですが、トリプタン製剤の使用量は客観性があります。片頭痛というのは重症化すると薬局で売っているような鎮痛薬はほとんど効きません。どうしてもトリプタン製剤に頼らざるを得ないのです。これだけ急激に使用量が激減し、生活の変化はコムギ/グルテン除去だけですから、因果関係がある可能性は充分にあると思われます。少し穿った見方をすると、有名人がコムギ除去で健康になった→自分も同じことをして元気になった(有名人と同じ!)→プラセボ効果で眠れるようになった→片頭痛の頻度が減った(片頭痛は適切な睡眠で改善します)、と考えられなくもありません。しかし、これだけ劇的に改善した原因が単なるプラセボとは思えないのです。

【症例2】40代男性

軽度の糖尿病、軽度の高脂血症(高中性脂肪血症)、軽度の肥満、うつ病などで数年前より谷口医院に通院。やはりネットの情報で、有名人がコムギ制限をしていることを知り開始した。症例1の女性と同様、イライラ感、抑うつ感が大きく改善。また、体重が減少し、血液検査では血糖値、中性脂肪共に値が正常化。本人が言うには、最近薄くなり始めていた毛髪も改善してきたとのこと。

 この症例で、血糖値、中性脂肪の値が低下し、体重が減少したのは、コムギを除去したからではなく、おそらく糖質の摂取量が低下したからでしょう。意図したわけではないものの「糖質制限ダイエット」が結果として成功したというわけです。この症例も、穿った見方をすると、体重が減り、自信がついて、(毛髪が増えたかどうかは分かりませんが)、その結果気分が改善してイライラや抑うつ感が改善したのではないか、と考えたくなります。ただし、そうであったとしても、患者さんの採血データが改善し、精神状態がよくなり、仕事での自信もでてきたわけで、一方でコムギを除去したデメリットはほとんどありません。米は食べていますから糖質不足になりすぎることもありません。私はこの患者さんに対しては「コムギを制限して何もかも上手くいっているのですね。ならば続けてみればどうですか」と話しています。もっとも、よく聞くと、ソーセージやカレー、ギョウザなどは食べているようで、コムギを完全除去しているわけではなさそうです。

 コムギ/グルテン過敏症は実在する疾患なのか否か? 現段階ではおそらく「認めない」という医師の方が多いでしょう。しかし、谷口医院では、私の方から勧めることは通常はありませんが、すでにコムギ/グルテン除去を実施している人や、これからやってみたいという人には応援したいと考えています。もちろん、注意深い経過観察が必要ですが。

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注1:医療ニュース2016年9月29日「コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加」

注2:コムギ依存性運動誘発性アナフィラキシーでは、コムギ、グルテンともにIgE抗体が陰性となり、ω5グリアジンのみが陽性となります。また、「茶のしずく石鹸」で有名になった、グルパール19Sによるアレルギーは、特殊な検査で確定させます。  

注3:医療ニュース2014年12月25日「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」

注4:セリアック病の診断には小腸粘膜の生検が必要になります。ですから、生検をしていないならセリアック病を否定できないじゃないか、とうい意見があるかもしれません。しかし、セリアック病というのは下痢や腹痛などの消化器症状が生じるものであり、谷口医院で訴えの多い、イライラ、頭痛、疲労感などをきたすわけではありません。

注5:この論文のタイトルは「Intestinal cell damage and systemic immune activation in individuals reporting sensitivity to wheat in the absence of coeliac disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2016/07/21/gutjnl-2016-311964.abstract?sid=6a1deaeb-8cfb-4833-8643-0c9fc2b54324

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2016年10月14日 金曜日

2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症

 なぜか日本ではそれほど注目されていないものの、世界では、特にアメリカで近年最も注目されている脳疾患が慢性外傷性脳症(CTE)であるということを、以前述べました(注1)。

 なにしろ、元々は通称「パンチドドランカー」と呼ばれていた、元ボクサーにみられる、若年にして認知症を発症するこの恐怖の疾患が、実はボクサーのみならず、アメリカンフットボールやサッカー、さらに野球選手にも起こり得る、それもけっこうな頻度で起こることが明らかとなり、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)もそれを認め、オバマ大統領は「自分に息子がいればフットボールはさせない」と公言したのです。

 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症(CTE)に・・・

 この衝撃的な事実は、医学誌『Acta Neuropathologica』2015年10月30日号(オンライン版)に掲載されました(注2)。研究は米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体が対象とされています。

 脳検体を用いて病理学的な考察がおこなわれています。合計1,721名の男性のなかで66人がアメリカンフットボールやサッカーなどのコンタクトスポーツの経験があります。その66人の脳を分析すると、なんと21人(32%)に慢性外傷性脳症の病理所見が見つかったのです。

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 この疾患が有名になったきっかけは、米国のアメリカンフットボールのスーパースター、マイク・ウェブスターの悲惨な人生です。かつてのスーパースターは、引退後、奇妙な行動をとり始め、精神症状に悩まされ、家を失い、妻に去られ、末路はホームレスでした。認知症が進行していたのです。

 その後、次々に元アメリカンフットボールの選手、野球選手、プロレスラーなどがこの疾患を発症していることが明らかとなりました。先に述べたようにオバマ大統領が「自分の息子には・・・」と述べたこともあり、現在米国では大きな議論を読んでいます。

 翻って日本では、ほとんど話題にさえなっていません。コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEに・・・。この論文がもっと議論されるべきではないか、私はそう考えています。

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」

注2:この論文のタイトルは「Chronic traumatic encephalopathy pathology in a neurodegenerative disorders brain bank」で、下記URLで概要が読めます。

http://link.springer.com/article/10.1007/s00401-015-1502-4

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2016年10月11日 火曜日

2016年10月 折れない心のつくり方

 なぜか最近、精神症状を訴える患者さんが増えています。そして、目立つのが「掲示板やブログで悪口を書かれて・・・」という理由です。

 ここ数年は「炎上」という言葉をよく聞きます。有名人の場合はその後謝罪するというのがお決まりのパターンですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で精神症状を訴えるのは患者さんのコメントが炎上を招いたわけではありません。ひとり、もしくは数人の匿名の者が書き込んだ言葉で精神的なダメージを負っているのです。

 職業でいえば、水商売の女性(キャバクラ譲と呼ぶのでしょうか)が目立ちますが、レストラン・居酒屋の店長さんが「食べログ」などで悪口を書かれて、という話もよく聞きます。美容師さんもいます。また、職業に関係なく個人のブログで誹謗中傷された、という人もいます。

 眠れない、動悸がする、不安とイライラが交叉して苦しい、何とかしてほしい・・、と言って相談に来られます。不安を和らげる薬を処方することもないわけではありませんが、こういうケースでは、通常、考え方を変えるよう助言し薬を用いないようにするのが私のやり方です。

 まず、こういったことで悩む人たちは元々真面目でナイーブな人が多く、他人の何気ない言葉で傷つきやすい性格を持っています。たとえ、抗不安薬で一時的な気分の改善を図ったところで、再び「書き込み」を読んで落ち込むことになります。そして、こういう人たちに限って、読まなくてもいいのに、まるで自分の悪口が他にないかを探すようにネットを探索するのです。

 それができれば苦労しない、と言われそうですが、最も有効な方法は「ネット上の言葉を一切気にしない」というものです。そもそも、その掲示板やブログを世界中のどれだけの人が見ているというのでしょう。水商売の女性は、自分の売り上げに関係する、と言いますが、その人の同僚が客を装って書込みしている可能性もあるでしょう。それに、世論はそれほどバカではありません。

 もしも私がキャバクラに行くことがあれば(行ったことがありませんし、生涯行かないとは思いますが)、ネット上で評判の悪い女性に会うことを楽しみにすると思います。なぜなら、こういう情報は個人的な恨みや妬みで書かれていることが多く、事実を反映していないからです。そして、このように考えるのは私だけではないはずです。

 レストランや居酒屋についても、書込みは一切当てにならないと私は考えています。私はそのような書込みをしたことがありませんが、もしも素晴らしいレストラン・居酒屋を見つければ、不特定多数の人に教えたくありませんから何も書きません。次に行ったときに満席であれば自分が困るからです。こんな私は意地汚いのかもしれませんが、他人に推薦したい店を見つけたときは、仲の良い友達だけに教えるようにするのが普通の感覚ではないでしょうか。逆に、とても不快な思いをしたとしても、私なら「書込みに時間をかけるのは馬鹿らしい。それに、読む人が賢明ならそれが単なる個人の恨みと思うだろう」と考え、やはり何も書きません。よく「同じ被害者を出さないために・・・」などと言う人がいますが、これは「悪口を書く言い訳」としての大義名分が欲しいだけです。

 人は本能的に、その人が「信頼できるかどうか」を見抜く力を持っています。これは鍛えて身につく力ではないかもしれませんが、ある程度はノウハウがあります。例えば、私はタクシードライバーに横柄な態度をとる人間を信用しません。このサイトで過去に何度か「医師の大半は高い人格を持っている」と書きましたが、タクシードライバーに偉そうな態度をとる医師を見たことがありません。

 キャバクラは(行ったことがないので)分かりませんが、レストラン・居酒屋なら、店員(特に店長)の態度、言葉、ミスがあったときの対応などでその店がいい店かどうかの判断ができます。もちろん美味しくなければ困りますが、頼んだメニューが口に合わなければおすすめメニューを聞いて、そのときどのような対応をしてくれるかを見ればいいのです。

 他人の評価を気にしすぎる人に「いい例」を紹介したいと思います。過去に何度か述べたことがありますが、私は医学部受験を決意する前から稲盛和夫さんのファンです。稲盛さんの名言「動機善なりや、私心なかりしか」は私の座右の銘のひとつです(注1)。HIV/AIDSに貢献するNPO法人GINAを立ち上げたときも、都心部で主に働く若い人を対象とし「どんなことでも相談してください」という医療機関が必要と考え、太融寺町谷口医院を開院したときも、稲盛さんのこの言葉を何度も反芻しました。

 稲盛和夫さんの言葉を座右の銘にしているのは私だけではないでしょう。また、京セラの社員の人たちからみれば「神」のような存在なのかと思っていたのですが、そういうわけでもなさそうです。Amazonで稲盛さんの本の書評をみてみると、否定的なコメントも少なくなく、なかには京セラの元社員が稲盛さんをこき下ろしているようなものもあります。稲盛さんのような人でさえ、悪く言う人がいるのです。

 もうひとつ例を挙げましょう。最近オンラインマガジンの『クーリエ・ジャポン』にケイトリン・ロバーツというカナダの女性の話が紹介されました(注2)。26歳のロバーツさんは「ボディ・プライド」と呼ばれるワークショップを開催しています。このワークショップでは参加者全員が裸になり、ありのままの自分の身体を受け入れることを目的としているそうです。

 このようなことをすると、SNSで話題にならないはずがありません。案の定、あるリベンジポルノのスレッドに彼女の裸の写真が掲載され、「胸くそ悪い女だが、ベッドのなかでは最高!」との匿名の書き込みがあったそうです。すると、ロバートさんは、なんとそのスレッドに飛び込んで、「無料の宣伝をありがとう!」と返したのです。

 通常、ここまでする必要はありませんが、匿名の書き込みなどすべて無視すればいい、というのが私の考えです。しかし、「それができれば苦労しないよ・・・」という声が聞こえてきそうです。では、どうすればいいか。その答えは実は”簡単”です。

 あなた自身が日ごろから誠実な態度を示し、他人から信頼されるようにすればいいのです。人は、見せかけだけの、つまり自分をよく見せたいからおこなう”善行”と、誠実な心から生まれる善行を見分けることができると私は考えています。そして、誠実な心から生まれる行動は他人からの「信頼」となります。「信頼」を積み重ねていけば、それは「信頼残高」を増やすことになります(注3)。いったん築き上げた信頼残高が不動のものとなるわけではありません。いくら信頼残高を増やしても、たった一度の裏切り行為があれば一瞬で吹き飛びます。仲睦まじい夫婦が、ただ一度の暴言・暴力・不倫などで崩壊することを想像すればわかるでしょう。つまり残高を築くには日々の誠実な態度が欠かせない一方で、いくら築き上げても不誠実な行為があれば一瞬で吹き飛ぶもの。それが「信頼」なのです。

 もしもあなたが、謂れのない悪口を書きこまれたり、あるいは周囲の人から冷たくされたりしたときも、慌てる必要はありません。まずは、いつも誠実な態度をとっているか、日ごろ自分が接している人に対して「信頼」される言動をとっているか、そして「信頼残高」は蓄積されているか、を見直してみてください。あなたが「誠実」であり「信頼」される態度を示していれば、何も慌てる必要はありません。もしも自分の「誠実」に自信がないなら、書き込みや周囲の態度に悩むのではなく、その時間をもっと「誠実」になるための努力に費やせばいいのです。

 折れない心の作り方。それは、いつも誠実な態度で他人と接し、信頼を築き上げていくことに他なりません。たとえ、あなたの悪口を言う人がいたとしてもあなたを信頼している人があなたを裏切ることはないのです。

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注1:下記を参照ください。

メディカルエッセイ第86回(2010年3月)「動機善なりや、私心なかりしか」

注2:下記を参照ください。

https://courrier.jp/translation/63821/

注3:この「信頼残高」という言葉は私がつくったものではなく、かなり有名な言葉です。発端はおそらく『7つの習慣』(スティーブン・R.コヴィー著)だと思います。私も『7つの習慣』でこの言葉を知り、大きな衝撃を受けました。

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2016年10月8日 土曜日

2016年10月8日 対馬での日本脳炎「集団感染」の謎

 すでにマスコミで報道されているように2016年9月末に対馬で合計4人の日本脳炎発症者が確認されました。対馬は、地理的には福岡県または佐賀県と釜山の中間くらいに位置した島ですが、行政上は長崎県になります。その長崎県の発表によれば、感染した4人には行動範囲などに共通性がないことから、集団感染や院内感染は否定されています。

 4名の患者は、70歳代の男性2人と80代の男女1人ずつです。

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 この報道がとても不可解なのは、対馬には豚がいないはずだからです。日本脳炎ウイルスは豚→蚊(コガタアカイエカ)→ヒトと感染します。感染者がいるということはコガタアカイエカは必ず対馬にいます。たとえまだ蚊が発見されていなくても確実に存在します。しかし、豚は(まさか野生の豚はいないでしょうから)養豚場がなければ存在しているはずがありません。

 にもかかわらず日本脳炎が発症したのはなぜなのでしょう。一部の報道ではイノシシ(野生のイノシシはいるでしょう)が豚の代わりとなったのではないかと言われていますが真相はわかっていません。

 ところで、私はこのコラムのタイトルに「集団感染」という言葉を入れました。長崎県が正式に「集団感染」を否定しているのに、です。この理由を述べたいと思います。報道されているように確かに4人の患者には共通点がありません。しかし、日本脳炎は感染しても、発症するのは、100人から1,000人にひとりくらいです。そして対馬の人口は3万人程度のはずです。仮に1,000人に1人発症したとすると、4人の発症者は感染者4千人を意味します。人口3万人のうち4千人が感染したとすると、感染率は10%を超えます。これは立派な「集団感染」です。

 過去の医療ニュースでお伝えしたように、2016年7月11日、韓国保健福祉部は、韓国全土に「日本脳炎警報」を発令しました。イノシシが感染源になっているかどうかは別にして、コガタアカイエカが朝鮮半島から対馬にかけて大量発生しているのは間違いないでしょう。

参考:
医療ニュース2016年7月13日「韓国全土に日本脳炎警報」
はやりの病気第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

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2016年9月30日 金曜日

2016年9月30日 ファストフードで使われる肉から抗菌薬排除の動き

 太融寺町谷口医院を開院してから私が最も繰り返し言い続けてきた言葉のひとつが「抗菌薬は簡単に使用してはいけない」というものです。「熱がでたから抗菌薬」「とりあえず抗菌薬」「予防目的の抗菌薬」などはあり得ない、という話を繰り返してきました。なかには「お金払うって言っているでしょ!」と怒り出す人も過去に何人かいましたが、何を言われても、必要のない抗菌薬を処方することはできないのです。尚、抗菌薬のことを「抗生物質」と呼ぶこともありますが、私はこの「コーセーブッシツ」という言葉の響きが「安全で良く効くもの」という”神話”を作り上げているように感じています。抗菌薬とは「細菌」に対して有効なものであり、魔法の薬ではありません。

 私はこれまで、抗菌薬は通販で買ってはいけない、海外では薬局で買えるが買ってはいけない、と言い続けています。副作用のリスクが誰が背負うのか、というのが一番の問題ですが、「耐性菌」を生み出してはいけない、というのもその理由です。国民ひとりひとりが気を付けていれば耐性菌のリスクも下げられるのです。

 しかしながら、個人の努力ではどうしようもない抗菌薬の使用用途があります。それは「家畜への投与」です。家畜のエサに抗菌薬を混ぜると成長が促進されるためにこれまで日米では長年用いられ続けてきました。尚、ヨーロッパでは、1999年には家畜への抗菌薬の使用は禁止されています。

 米国では、現在販売されている抗菌薬のなんと7~8割が家畜に使用されているという指摘もあります。こうなると耐性菌が生まれるのも時間の問題でしょうし、スーパーマーケットで売られているミルクにも抗菌薬が含まれているという報告もあります(注1)。

 ところが、ここにきてこのような悪しき慣習が改善されつつあるようです。

 2016年9月26日の日経新聞によると、8月上旬、英国の消費者団体が、マクドナルドのスティーブ・イースターブルック最高経営責任者宛に、抗生物質を与えた食肉を使用しないよう求める署名活動を始めました。元々、マクドナルドは2017年3月までに、抗菌薬を与えた鶏肉の使用をやめるとしていましたが、世論の動きを受けてなのか、当初の目標より1年早く使用を中止していました。今回、消費者団体は(鶏肉だけでなく)牛肉や豚肉でも使わないことを求めています。

 ケンタッキー・フライド・チキンにも同様の動きがあり、株主でもある消費者団体から家畜のエサから抗菌薬を取り除くことを要求されているようです。ウエンディーズは、2017年を目途に抗菌薬を与えて飼育した鶏肉を用いないことを決定し、サブウェイも2025年までには抗菌薬を用いない肉の使用にすることを決めているようです。

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 では日本はどうなのでしょうか。2016年4月5日に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」で「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(注2)というものが決められました。このなかで、家畜に対する抗菌薬の使用についても触れられているのですが「完全禁止」とまではされていません。日本でも、薬剤耐性菌は喫緊の課題となっています。米国に続いて、ファストフード店からの完全除去を願いたいものです。

注1:下記のコラムで詳しく述べました。興味のある方は参照ください。
毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-
「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」

注2:下記を参照ください。

http://www.maff.go.jp/j/syouan/tikusui/yakuzi/pdf/yakuzai_honbun.pdf

参考:
マーティン・J・ブレイザー著『失われていく、我々の内なる細菌』(みすず書房)

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2016年9月30日 金曜日

2016年9月29日 コムギ/グルテンフリー食実践者、日米ともに増加

 ここ数年、「コムギを除去している」という患者さんがかなり増加しています。全国的な統計は見たことがありませんが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診される人たちの間では確実に増えています。

 この理由として、私は3つのことを考えています。

 ひとつは「糖質制限」のブームです。糖尿病を有している人よりも、むしろダイエットをしたいという人たちの間で糖質制限が流行っています。完全に糖質を制限しようと思えば、米やイモも除去しなければなりませんが、そこまではせずに、コムギを主食とした食品、具体的には、パン、パスタ、うどんなどを避けているのです。この理由でコムギを制限している人は、カレーやから揚げ、ソーセージなどまでは除去していないことの方が多いと言えます。

 ふたつめは「コムギアレルギー」と考えている人です。コムギを試しに抜いてみると下痢をしなくなった。アレルギーがあるに違いない、と考えるのです。こう訴えて受診する人がコムギアレルギーであることは実際にはほとんどないのですが、なぜか谷口医院では「自称コムギアレルギー」の人が少なくありません。

 3つめは、欧米での流行を受けて、という理由です。グルテンフリーを謳った食品やレストランが欧米でブームになり、有名人も実践しているという話が取り上げられるようになり、それを聞いてやってみたくなった、というものです。グルテンとは、コムギに含まれるタンパク質です。

 欧米でグルテンフリーが流行しているとういのは最近よく聞く話であり、私は、セリアック病が増えているのかもしれない、と考えていました。セリアック病とは、グルテンによって小腸が障害され、栄養分が吸収されなくなる一種の自己免疫疾患です。セリアック病は欧米では比較的よくあるものの、日本では稀な疾患です。何らかの理由で欧米では増加傾向にあるためにグルテンフリーが流行している。日本ではもともと少ないものだから、欧米人を見習って同じことをする必要はないのでは? というのが私の考えでした。

 しかし、どうやら欧米でもセリアック病が増えているわけではなさそうです。

 医学誌『JAMA internal medicine』2016年9月6日号(オンライン版)に掲載された論文で興味深いことが報告されています(注1)。研究の対象者は6歳以上の米国人22,278人です。2009年から2014年までのセリアック病の有病率とグルテンフリー実践率は下記のようになります。

                   2009~2010   2011~2012   2013~2014
 セリアック病有病率       0.70%        0.77%        0.58%
 グルテンフリー実践者率    0.52%             0.99%              1.69%

 セリアック病が増えていないのに、グルテンフリー実践者が5年で3倍にも増加していることが分かります。研究者の分析では、米国のセリアック病の患者は176万人、グルテンフリー実践者は270万人になるそうです。

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 セリアック病と診断されているわけでもないのに、なぜグルテンフリーを実践する人が増えているのか。この理由について、研究者は「コムギ/グルテンに関係のない消化器症状を有する患者が、自分の判断で、単純にグルテンフリーが役立つかもしれないと思い込んでいるのでは」と、考えているようです。

 谷口医院の患者さんで、「コムギ/グルテンフリーを実践している」という人で、セリアック病の診断がついた人は一人もいません。もっとも、セリアック病を診断するのは簡単ではなく、小腸内視鏡をおこない生検(粘膜の一部を切り取る検査)をしなければなりませんから、実際にここまで調べれば診断がつく人がいるかもしれませんが。(尚、「自称」ではなく「本当の」コムギアレルギーでコムギ完全除去をしなければならない患者さんはいます)

 結局のところ、日本も米国も状況は変わらないのかもしれません。では、セリアック病でないのにコムギ/グルテンフリーを実践するのは馬鹿げたことなのか? 私はそうは思いません。セリアック病かどうかは別にして、それで体調がよくなるのなら、続けることに意味はあると思います。それに、日本人の場合はコムギの代わりに美味しい米がありますから、いきすぎた糖質制限にならなければコムギを抜いても問題ないと私は考えています。

注1:この論文のタイトルは「Time Trends in the Prevalence of Celiac Disease and Gluten-Free Diet in the US PopulationResults From the National Health and Nutrition Examination Surveys 2009-2014」で、下記のURLで概要を読むことができます。

https://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2547202

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2016年9月27日 火曜日

2016年9月27日 米国、抗菌石けんをついに販売禁止に

 抗菌石けんを勧める医療者はほとんどおらず、抗菌効果が無効であるとする研究もあるということを過去にお伝えしました(注1)。今回お伝えするのは、抗菌石けんが無効であるどころか、危険性があるために米国では販売禁止になったというニュースです。

 2016年9月2日、FDA(米食品医薬品局A)は、一般向けに販売されている石けんやハンドソープなどで、トリクロサンやトリクロカルバンなど19種類(注2)の殺菌剤が含まれる製品の販売を禁止することを発表しました(注3)。

 このような動きは突然決まったわけではなく、以前から抗菌石けんの効果と副作用については問題が指摘されていました。特に、薬剤耐性菌の発生や甲状腺ホルモン、生殖ホルモンへの影響の懸念があり、FDAは、2013年2月に規制案を発表し、抗菌石けんの製造会社には、安全性と有効性を示すデータの提出が義務付けられました。そして、提出されたデータをFDAが検証した結果、通常の石けんよりも有効であることを証明できなかったのです。

 ただし、規制案で検証すべき成分に挙げられていた塩化ベンザルコニウム(注4)、塩化ベンゼトニウム(注5)、クロロキシレノールの3種類については、安全性と有効性のデータの提出期限を1年間延期することになりました。また、除菌用のローションやジェル、ウェットティッシュなどは規制の対象外とされています。

 では、我々は何をすればいいのでしょうか。FDAの報告は最後にこうまとめています。

「普通の石けんと水で手洗いを。これが感染症を遠ざけて病原体を拡散させない最良の方法のひとつなのです。(Wash your hands with plain soap and water. That’s still one of the most important steps you can take to avoid getting sick and to prevent spreading germs.)」

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 抗菌石けんに効果があるかどうかは、日々の臨床を通してなかなか実感できませんが、害があるのは明らかです。なぜなら抗菌石けんが原因と思われる手のかぶれで受診する患者さんが少なくないからです。また、通常の石けんも使いすぎはよくありません。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。石けんの使いすぎで、手湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎を起こす人は非常に多いのです(注6)。

注1:下記を参照ください。

医療ニュース(2015年11月6日)「抗菌石けんは不要、普通の石けんで充分」

注2:具体的な19種についてはFDAの消費者向けの案内(注3)には載せられていません。下記が参考になります。

http://www.foodsafetynews.com/2016/09/fdas-final-rule-on-antibacterial-soaps-bans-19-ingredients/#.V-mtMrO0tsU

ここにもその19種を記しておきます。

Cloflucarban, Fluorosalan, Hexachlorophene, Hexylresorcinol, Iodine complex (ammonium ether sulfate and polyoxyethylene sorbitan monolaurate), Iodine complex (phosphate ester of alkylaryloxy polyethylene glycol), Nonylphenoxypoly (ethyleneoxy) ethanoliodine, Poloxamer-iodine complex, Povidone-iodine 5 to 10 percent, Undecoylium chloride iodine complex, Methylbenzethonium chloride, Phenol (greater than 1.5 percent), Phenol (less than 1.5 percent) 16, Secondary amyltricresols, Sodium oxychlorosene, Tribromsalan, Triclocarban, Triclosan, Triple dye

注3:FDAの案内は下記を参照ください。

http://www.fda.gov/downloads/forconsumers/consumerupdates/ucm378615.pdf

注4:塩化ベンザルコニウムは医療機関で用いられている石けんにもよく使われています。代表的なものは、オスバン、ウエルパス、ロッカール、ヂアミトールでしょうか。

注5:塩化ベンゼトニウムはマキロンの主成分として有名です。石けんとしてはハイアミンが有名でしょうか。

注6:下記を参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月27日)
「手洗いの”常識”ウソ・ホント」

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2016年9月22日 木曜日

第157回(2016年9月) 最近増えてる奇妙な食物アレルギー

 食物アレルギーというのは、メディアでよく取り上げられるからなのか、多くの質問や相談が寄せられます。最近は少し下火になったとはいえ、依然「遅延型食物アレルギー」についての質問も相変わらず多く、マスコミからの取材依頼もしばしばあります。過去にも述べたように「遅延型食物アレルギー」というものは否定されているものです。一部の情報で、特定の食物のIgG抗体が上昇するのが遅延型食物アレルギーとしているものがあるようですが、日本アレルギー学会のサイト(注1)に記載されているように「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。

 しかし、食物アレルギーを患っている患者さんは年々増えており、しかも従来にはなかったような新しいタイプのものが増えているような印象があります。今回は、そのようなこれまではあまり注目されていなかった食物アレルギーを紹介していきます。

 まず1つめに取り上げたいのは「ビールアレルギー」です。以前は何の問題もなくビールが飲めていたのにもかかわらず、あるときから飲むとすぐに全身に蕁麻疹(じんましん)が出現し、それがだんだんひどくなってきた、というケースです。

 全例とは言いませんが、このビールアレルギーの患者さんの大半は、アトピー性皮膚炎か、もしくはアトピーがなくても手に湿疹がある(あった)人です。そして、かなりの人が過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトの経験があります。診察時に、「居酒屋でバイトしてたでしょ」と言うと、「なんで知ってるんですか?!」と驚かれることもしばしばあります。

 このメカニズムを解説しましょう。これはこのサイトで過去に何度か紹介している「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露仮説」と呼ばれるものです。これでは何のことか分からないので、改めてかみ砕いて説明します。

 従来の考え方では、食物アレルギーは、元々遺伝的に決まっているか、あるいは食べているうちにアレルギーが成立するのではないかとされていました。それがそうではないことが分かってくるようになり、正しいと考えられるようになってきたメカニズムは「食物アレルギーの機序・・・仮説」でクリアカットに説明できます。これはまだ「仮説」の域を超えていないのですが、最近、正確であることを強く示唆する事象がいくつかでてきています。

 その代表が日本で生じた「茶のしずく石鹸」によるコムギアレルギーです。従来コムギを普通に食べていた人たちが、コムギを少し食べただけでアレルギー症状が出現し、ひどい場合は救急搬送される例が相次ぎました。コムギアレルギーがなぜ生じたのか。それは「茶のしずく石鹸」に含まれるコムギの成分が皮膚から身体に侵入することで、身体がそのコムギ成分をアレルゲン、つまり「敵」とみなすようになったからです。つまり、一部の食物は口から入るとアレルゲンにはならず(これを「免疫寛容」といいます)、皮膚から体内に侵入するとアレルギーが成立し(これを「感作」と呼びます)、いったんアレルギー(感作)が成立すると、その食物を普通に食べてもアレルギー症状が生じるのです(注2)。

 これまでは問題なく食べていたものであっても、その食べ物が皮膚から体内に侵入するとアレルギーになってしまう。これが「食物アレルギーの機序・・・仮説」の実態です(注3)。本当にこのようなことがあるのか・・・。この仮説が提唱されたときは懐疑的な声も少なくなかったものの、次第にこれを裏付ける事象が増えてきているのです。

 ビールアレルギーもそのひとつです。ビールアレルギーの大規模調査はみたことがありませんが、私の実感として、多くの人は過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしており、そこでビールがこぼれて炎症があった皮膚に付着した、という経験をもっています。そして、ビール酵母もしくは麦芽のIgE抗体を調べると陽性となります。他のほとんどの食物アレルギーと同じように、いったんビールアレルギーになってしまえば、対策としてはビールを避けるしかありません。アトピー性皮膚炎や手湿疹がある人は、アルバイトの選択を考え直した方がいいかもしれません。

 次に紹介したいのは、マカロンやカンパリなどの赤色の食べ物・飲み物です。この原因はこのサイトで過去にも紹介したことのあるコチニールが原因です(注4)。2012年5月、消費者庁は、「コチニール色素に関する注意喚起」というタイトルのニュース・リリースを公表しました(注5)。我々医師の実感としては、この発表の前からも、マカロンやカンパリのアレルギーはときどき経験していました。特に珍しいと言えるものでもないために、「マカロンやカンパリを避けましょうね」で済ませていましたが、私には以前から疑問に思っていたことがありました。それは、これらのアレルギーを持っているのは全員が女性、ということです。消費者庁のニュース・リリースには性差については触れられていません。しかし私はこれまで男性のこれらのアレルギー患者を診たことがありません。なぜなのでしょうか。マカロンを好んで食べるのは男性よりも女性でしょうし、バーでカンパリソーダを注文するのは女性が多いからか・・・。そのように考えたこともありましたが、答えは別にありそうです。これを解く「鍵」も「食物アレルギーの機序・・・仮説」にあります。

 なぜ、女性にだけコチニールアレルギーが起こるのか。それは女性が口紅を使うからです。(ですから口紅を用いる男性にも当然起こることになります) 一部の口紅には、赤色を出すためにコチニールが用いられているのです。もっとも、コチニール入りの口紅を使えば誰もがアレルギーを発症するわけではありません。おそらく、口紅があれていたり(口唇炎)、口角炎があったりして皮膚の微細な傷からコチニールが体内に侵入したのでしょう。それで「感作」されアレルギーが成立するというわけです。ですから、これから対策を立てるとすれば、コチニール入りの口紅を避けることと、いったんアレルギーが発症した場合は、マカロン、カンパリは避け、赤色の食べ物をみたときは原料を確認することです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」で説明できそうなアレルギーで、最近増えていると私が感じているのが「ココナッツアレルギー」です。ココナッツ入りの食べ物・飲み物を食べた直後に身体がかゆくなるというのが典型的な症状です。そして、大半の例に、ココナッツオイルでマッサージを受けた経験があります。ココナッツは美味しいですし健康にもいいものですから、食べられなくなることは避けたいものです。少なくとも、湿疹や傷があるときにはココナッツオイルを用いたマッサージは避けるべきだと思います。

 最後に紹介したいのが「納豆アレルギー」です。私自身はまだ患者さんを診たことがないのですが、学会などでは最近よく紹介されています。納豆アレルギーが興味深い点は2つあります。1つは、症状が出るのが遅く、納豆を食べてから半日から1日くらいたってから出る、という点です。通常、食物アレルギーは食べた直後から遅くとも1時間くらいして出ますから、納豆アレルギーは例外的な食物アレルギーと言えます。

 もうひとつ納豆アレルギーで興味深いのが、先に述べた、コムギ、ビール、コチニール、ココナッツなどとは異なり、納豆が皮膚から入ったことが原因ではない、ということです。では原因は何なのか。これを解くヒントは「納豆アレルギーの大半はサーファー」という事実です。では、なぜサーファーにアレルギーが起こるのか。この答えは「クラゲに刺されるから」です。つまりクラゲの持つネバネバとした成分(ポリガンマグルタミン酸と呼ばれています)が皮膚から体内に侵入し「感作」が成立し、そのネバネバ成分と構造が似ている納豆のネバネバ成分を食べるとアレルギー症状が出現するというわけです。

「食物アレルギーの機序・・・仮説」が「仮説」でなくきちんとした「原理」と認められるにはまだもう少し時間がかかるでしょう。また、どんな食べ物でもこの仮説が当てはまるわけではなく、例えば化粧品には、白ワイン、米、日本酒などが原料に使われているものもありますが、コムギやココナッツのようなアレルギーが生じたという報告は聞いたことがありません。

 しかしながら、この仮説で説明がつく、我々が気づいていないアレルギーもまだまだあるのではないかと私は思っています。例えば、ピーナッツアレルギーは、この機序で説明できるのでは?と思えてきます。口の周りが荒れている子供が行儀悪くピーナッツバターを食べるのは危険ですし、ピーナッツの破片がころがっているような床で赤ちゃんがハイハイをするのは避けるべきだと思います。一部のカニアレルギーは、カニを頬張ろうとしたときにカニの甲羅で口の周りが切れてそこからカニの身が入ったのでは・・・? 最近増えている果物アレルギーも、もしかすると行儀悪くかぶりついたときに果物エキスが口角炎から侵入したのでは・・・? 

 10年後のアレルギーの教科書が大きく改訂されているかもしれません。 

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注1:下記を参照ください。

http://www.jsaweb.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=51

注2:これをイラストで示したものが下記です。

http://www.stellamate-clinic.org/images_mt/child.pdf

注3:詳しくは下記を参照ください。
メディカルエッセイ第136回(2014年5月)「免疫学の新しい理論」

注4:下記を参照ください。
医療ニュース2012年5月28日「コチニールのアレルギーに注意!」

注5:下記で読めます。

http://www.fsc.go.jp/sonota/cochineal.pdf

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2016年9月22日 木曜日

第164回(2016年9月) そんなに医者が憎いのか

 2016年8月後半より、我々医師の間では、東京都足立区の病院で「準強制わいせつ」の疑いで逮捕された40歳の男性医師のことが毎日のように話題に上っています。この「事件」は、少し医療の知識があれば、報道されている内容が事実であるはずがないことが分かります。しかし、一方では精神的苦痛を受けている女性がいるのも事実であり、当局としては訴えがあった以上は「逮捕」さらに「起訴」しないわけにはいきません。私が最も問題だと思うのはメディアやジャーナリストの”姿勢”で、今回はこのことを話したいのですが、まずはこの事件を整理していきましょう。

 報道によれば2016年5月、胸部の手術を終えたばかりの30代の女性が病室で40歳の執刀医からわいせつ行為を受けたとして、この医師が警視庁に逮捕されました。わいせつ行為の内容は、「術後病室に戻された患者に対し、二度にわたり着衣をめくり、手術していない左乳房の乳首をなめ、自慰行為に及んだ」そうです。

 女性患者の病室は4人部屋で他にも3人の患者がいたことが分かっています。弁護人が発表した情報によれば、「二度の行為」の1回目があったとされる時間帯には、医師は手術室にいて、ごく短時間病室に行ったときは、執刀した他の医師と看護師2名もいたそうです。2回目の犯行があったとされる時間帯には、この医師は他の病室で別の患者を診ていたことが分かっています。

 これだけでこの事件が「冤罪」であることは自明ですが、おそらく一般の人は「じゃあ、なんで被害者の女性は嘘を言うんだ? 医師にも何らかの過失があるんじゃないのか?」と疑いたくなるかもしれません。

 この女性はある意味で”嘘”は言っていないと思います。ではなぜこのような事実でないことを言ったのか。まず間違いなく、術中の麻酔薬や鎮痛薬の影響です。こういった薬は手術が終わればすぐに体内から排出されるわけではなく、しばらくは残ります。そして、術後目が覚めてから、錯乱、幻覚、妄想などが出現し、これを「術後せん妄」と呼びます。ですから、この報道を聞いたとき、我々医療者は「術後せん妄に間違いない」ということが分かるのです。

 ただ、誤解のないように言っておくと、私はこの被害者の女性を責めているわけではありませんし、相当の精神的苦痛があったことは事実だと思います。ですから、医療者側は、執刀医の男性医師をかばいすぎるあまり、この女性を糾弾するようなことがあってはなりません。また、行政としてもわいせつ行為の被害の親告があれば、逮捕するのは当然でしょうし、法律上の手続きを経て起訴するのもやむを得ません。

 では、問題はどこにあるのでしょうか。私は2つあると考えています。まず1つめは、「術後せん妄」について、医療サイドでのもっと徹底した対策が必要であったのではないかということです。後からは何とでも言えますから、私がこのようなコメントをすることは、執刀医やこの病院のスタッフに失礼だとは思います。しかし、もしもこの女性が術後せん妄を起こすかもしれない、ということを予め認識していたとすればどうでしょう。術後の経過観察は必ず必要ですから、執刀医は手術創の確認をしなければなりません。もしもこのときに複数の看護師が医師の診察前から診察後しばらく一緒にいたとすれば、状況が変わったかもしれません。もちろん、このような対策を立てたとしても「術後せん妄」が収まらなかった可能性もありますし、そもそも看護師がすべての患者にこのような対策をとることはできません。

 ただ、結果として「術後せん妄」が起こった以上は、それは避けられない事態であったとしても、女性患者が苦痛を追ったことは事実なわけで、あらかじめそのようなことが起こることを女性が理解するまで説明していたのか、そのリスクを最小限にする対策をとっていたのか、術後せん妄が起こったときに速やかに適切な対応が取られたのか、という点は議論すべきだと思います。

 この事件で私が思うもうひとつの問題はジャーナリズムの姿勢です。この事件は、少しの知識があれば「冤罪」であることは自明です。また、そういった「知識」がなかったとしても、「本当にこのようなわいせつ事件は起こり得るのか」ということを、数人の医療者に尋ねれば分かることです。まともな人間であれば、「冤罪」である可能性が極めて高い事件であることが分かりますから、実名報道は避けるのではないでしょうか。あるいは「逮捕」「起訴」されればどのような事件であっても実名報道すべきという”協定”のようなものでもあるのでしょうか。

 警察庁のデータによれば、全国での強姦は年間千件以上あります。これらを逮捕者が無罪の可能性が高い状況で実名が報道されるケースはどれくらいあるのでしょう。率直に言って、この事件の容疑者が「医師」であるという、ただそれだけの理由で実名報道をしたのではないでしょうか。大手出版社ならもしかすると「社内規約」のようなものがあるのかもしれません。ではインデペンデントのジャーナリストはどうでしょう。例えば、江川紹子氏はYahooニュースに公開された自身の記事でこの医師の実名を(しかも何度も!)書いています。

 ここで最近報道された別の事件を紹介したいと思います。2016年8月27日、静岡県警焼津署は、同席していた女性の酒に薬物を混ぜ、わいせつな行為をしたとして、準強姦容疑で、焼津市立総合病院の20代の医師を逮捕しました。この医師は容疑を否認しているそうです。しかし、この「事件」は共同通信などで実名報道されています。

 さて、この事件の真偽についてはどうでしょう。私はこの医師のことを知りませんから無責任な発言になりますが、これが事実である可能性は現時点では「ある」と思います。以前述べたように、医師のほとんどは「人格者」である、というのが私がこれまで医師をしていて感じていることです(注1)。しかし、なかにはとんでもない罪を犯す医師もいる、ということはこのサイトで何度もお伝えしてきたとおりです。診察室で女児を裸にして写真を撮っていた研修医、未成年を部屋に連れ込みわいせつ行為をおこなった30代の医師など、常識的にはあり得ないような事件が実際に起こっています(注2)。2010年には東京の大学病院に勤める医師が交際中の看護師が妊娠したことを知り、栄養剤と偽って点滴に子宮収縮剤を入れ故意に流産させたという事件もありました。そういう事実を勘案すると、女性の酒に薬物を混ぜ、わいせつな行為というのは、あってもおかしくないな、というのが私の率直な印象です。

 ただし、この医師は容疑を否認しています。この状態で、実名を報道することに問題はないのでしょうか。この容疑者が医師でなければ果たして実名報道されたでしょうか。

 では、なぜ医師は冤罪の可能性が極めて高くても、本人が罪を認めていなくても、こんなに簡単に実名報道されるのでしょうか。メディア側としては、「医師は公的な存在であるためプライバシーよりも公共性が優先される」、という政治家に対して使うような理屈を用意するかもしれません。しかし、政治家と医師は人数も役割もまったく異なります。

 マスコミがこのような態度を取り続ければ、医師と患者の距離がますます乖離していきます。ただでさえ、医療不信が根強い社会ですから、このような実名報道は、医師のマスコミ嫌いを加速し、患者を含む一般の人たちは、医師を「畏怖の対象」とみなすようになります。そうなれば「得」をする人はいません。では、不利益を被るのは誰でしょうか・・・。

 繰り返しますが、私の経験上、医師は高い人格を有している人が大半です。この次診察を受ける医師を、わけのわからない犯罪に手を染めるとんでもない人種とみるか、信頼できて何でも話せる頼りになる存在とみなすかはあなた次第、ではありますが。

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注1:下記を参照ください。
メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

注2:下記を参照ください。
メディカルエッセイ第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」

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