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2024年7月11日 木曜日

2024年7月 お世話になったあの先生がまさか反ワクチンの代表だったとは……

 コロナワクチンの是非、マスク着用の効果などについては、医師や専門家の言うことがバラバラで、いったい何が正しいのかが分からずに困っている人々が少なくありません。不安に駆られてSNSなどで分かりやすい意見を主張する医師や専門家の意見にすがるようになる人もいます。さらにエコーチャンバー現象が加われば「自分の考えが正しい。あの専門家もそう言っているんだから」という思考に陥ることになります。ですから、一般市民のこのような思考停止を防ぐには、異なる考えをもつ複数の医師が対話を重ね、それを公開すべきだと私は言い続けています。しかし、現実は極端な方向に進んでしまい、もはや後戻りができないところまできてしまっています。

 2024年5月31日、東京で「WHOから命をまもる国民運動大決起集会」が開催されました。全国から日比谷公園大音楽堂に集まった人たちが霞が関に顔を向け「日本政府はテドロス(WHO)事務局長の解任を要求せよ」、「WHO脱退を閣議で決めろ」などと叫んだそうです。一般メディアではほとんど報道されなかったようですが、一説によると参加者は4万人とも5万人とも言われました。

 この集会、単にWHOを批判しているわけではなく、主の目的は「コロナワクチン反対」に他なりません。当院にこの集会の情報を教えてくれたある患者さんによると、参加者は「コロナワクチン=毒」と頑なに信じ、「マスクは無意味」、「抗コロナ薬も毒で、有効なのはイベルメクチンだけだ」と主張しているそうです。そして、驚くのはそれだけではありません。この集会を主催した団体の幹部には有名な医師も複数いるといいます。

 集会を収録したyoutubeは2時間以上もあるようでとても見る気が起こりませんが、触りだけでも確認してどんな医師が登場するのかを見てみたくなりました。そして、驚愕しました……。集会を主催した「WHOから命をまもる国民運動」の幹部たちがステージに登場したとき、堂々と先頭を歩いていたのは、なんと私が医学部の2回生のときに生化学を教わっていた井上正康教授(当時)だったのです! 実はこれまでも井上先生が反ワクチン派として活動しているという噂は耳にしたことがあったのですが、やはり真っ先にステージに登壇し、自信ありげに闊歩する姿を見るとなんとも言えない複雑な気持ちになってしまいました。

 現在の井上先生について調べてみました。『月間東洋療法』に連載をもたれているようで、361号にコラムを書かれていました。一部抜粋してみます。

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テドロス事務局長率いるWHOの主張や行動が、現代医学の常識とは相容れない異常なモノである事に驚愕した。新型コロナウイルスのコウモリ起源説や武漢研究所漏出説の検証に関する消極的な対応、感染ルートの誤情報、免疫の地域特性に関する発言抑制、イベルメクチンや既存特効薬の使用禁止や入手妨害、ワクチンと詐称した未治験遺伝子薬の接種推奨など、マトモな科学的判断や政策は皆無であった。
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 集会に話を戻しましょう。率直に言えばこの集い、雰囲気が異様で画面越しに妙な熱気が伝わってきます。マイクを持って大衆に演説を始めたのは井上先生ではなく別の医師でした。調べてみると東京の美容クリニックで働く医師のようです。医師の他にも、政治家や学者がこの会の幹部を務めているようです。彼(女)らの発言を時間が許す限り聞こうと思ったのですが、途中で辟易としてきてすぐにやめました。いくつかの発言を毎日新聞の記者が綴った記事から引用してみます。

「WHOと日本政府、厚労省は悪魔と考えてください。不服従を貫きます」
「(ここに集まった)みなさんは光の戦士です」
「パンデミックはワクチンを接種させる目的で人工的に計画されたものだ」
「(WHOは)ワクチンを接種させて人口を削減しようとしている」
「日本人がワクチンの実験台にされている」

 さらに、この団体にはテーマソングもあるそうです。上記毎日新聞の記事から転載します。

♪闇が私たちをのみ込もうとしている
♪私たちは戦士
♪光の戦士
♪真実のために戦う

 ここまでくれば、もはや「顔を合わせて科学に基づいた対話をしましょう」というレベルではなく冒頭で述べたような「対話」は不可能です。では、なぜ人はここまで偏った考えに狂信するのでしょうか。単に「正しい知識がないからだ」では答えになっていません。もっと深い理由があるはずです。そして、それを私自身は当院を受診する複数の患者さんから感じ取っています。ここからは私見を述べます。

 当院にも反ワクチンの患者さんが数人います。また、母親が(兄が、妹が)反ワクチンになって家庭の雰囲気が崩壊した、という話も複数聞いています。反ワクチン派となり過激な主張をするようになったそんな人たちには共通点があって、それは「生き生きとしている」です。まるで何かに目覚めたように、あるいは生きる目的を取り戻したかのように情熱的になるのです。集会があれば少々遠くても自腹で参加することを厭いません。実際、日比谷音楽堂にも全国から多数の”戦士”が集まったのですから……。

 ところでこの現象、何かに似ていないでしょうか。話は脱線しますがもう少し私見を披露します。

 私はトランプ前米国大統領がこんなにも支持されるとは思っていませんでした。2016年の大統領選挙から1年遡った2015年11月、トランプ氏は先天性の関節疾患を患う記者セルジュ・コバレスキ氏の物まねをしました。キャンセルカルチャーが幅を利かせる現在の社会通念から考えれば障害者の物まねなど到底許されるはずがありません。このような人物が人権・平等を至上とする米国の大統領になれるわけがないと思いました。ところが私の(そして大方の)予想に反してトランプ氏は当選しました。なぜか。私が考える最大の理由は対立候補のヒラリー・クリントン氏の「失言」です。

 大統領選挙まで残り2ヶ月を切った2016年9月9日、ヒラリー・クリントン氏は演説のなかでトランプ氏を支持する人たちのことを「嘆かわしい人たちの集まり(Basket of deplorables)」と呼びました。民主党の主張はリベラル思想に基づいたもので、端的に言えば「黒人・ヒスパニックの擁護」「男女平等」「同性愛擁護」「キリスト教以外の宗教の擁護」です。そういった主張を掲げる民主党の、しかも女性の党首が放った「嘆かわしい人たちの集まり」という言葉に最も反応したのは「キリスト教徒で異性愛者の白人男性」でした。そしてそんな彼らの”共同幻想”が生みだしたのが「ヒラリーが代表の組織がピザ屋の地下で小児虐待を繰り返している」とするピザゲートと呼ばれる陰謀論です。そしてその陰謀論に付随して誕生した”救世主”がトランプ氏だったのです。トランプ氏を支持する人たちは氏の掲げる政策に同意したからではありません。自分たちの存在を否定するきれいごとで身を固めた”敵”を打ちのめしてくれる救世主がついに登場したが故に理屈を超えた狂信性を持って支持するのです。

 コロナワクチンの登場前後、日本の専門家たちはSNSを駆使してワクチンを接種するよう呼びかけました。海外の論文や研究を引き合いにだして正当性を強調し、「集団免疫」なる用語を用い「みんなのために」という美辞麗句を並べました。反ワクチン派のある男性は、「専門家とやらの上から目線のうさん臭い物言いに吐き気を覚えた」と言っていました。そんな専門家たちを否定しワクチンの危険性を優しくわかりやすく解説してくれる”救世主”たちに惹かれた人たちが、反ワクチンを堂々と主張し始め、他人にその考えを広めようとし、そして集会に参加するようになったのです。だから彼(女)らにとっては、「WHOから命をまもる国民運動」の幹部は”英雄”であり、集会ではその”英雄”から「光の戦士です」と讃えられて高揚し、同志たちとテーマソングを熱唱し恍惚に浸ったのです……。

 私の妄想はこれくらいにして思い出話をしましょう。1997年のある夏の日、生化学の講義に感動を覚えた私が訪ねたのは井上正康先生の教授室。当時の私はまだ臨床医になることは考えておらず基礎研究を希望していました。何を質問しても分かりやすく答えてくれる井上先生についつい甘えて長居してしまいました。帰り際には「勉強になるからあげるよ」と言われ、当時流行していた本川達雄氏の『ゾウの時間ネズミの時間』を頂戴しました。その日に読み終えた私はますます生命科学の虜になり、科学の研究に邁進する井上先生の姿に憧れるようになりました……。

 結局私はその後、研究者になるには能力もセンスもないことを思い知り臨床の道を進むことになりました。もはや研究職に未練はありませんが、それでも文献の探索は続けています。コロナに関しては、臨床だけでなく基礎医学者の論文も随分読みました。先生はこのウイルスをどのように考えているのだろうとふと井上先生の顔が脳裏をよぎったこともあります。私のことを覚えてはいないでしょうが、私は井上先生の講義を受けたことを誇りに思い、研究室で長々と付き合っていただいたことに今も感謝しています。私は研究者にはなれませんでしたが、臨床の現場では「医療は常に科学的であらねばならない」と肝に銘じています。そういえば『ゾウの時間ネズミの時間』の主題は「おのおのの動物はそれぞれに違った世界観を持っている」でした。現在の井上先生の世界観と臨床医の私のそれにはどれくらいの差があるのでしょうか。

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2024年6月30日 日曜日

2024年6月30日 マルチビタミンで死亡率上昇?

 2007年の開院以来、谷口医院には数多くのサプリメントに関する相談が寄せられています。当院の方針としては、ほとんどのサプリメントにおいて「必ず摂取してください」とも「してはいけません」とも言いません。その時点で分かっているエビデンスについて説明するだけです。

 ですが、例外的に「摂取してください」とするものと「摂取してはいけません」と伝えているものがいくつかあります。

 最も「摂取してください」と助言しているのはビタミンDです。2007年の時点でははっきりしていませんでしたが、その後、食事からの摂取では限度があることがよりはっきりしてきました。谷口医院のスタッフの健診でもビタミンDのサプリメントを摂取していない人で基準量に達していた人はほぼゼロです。日本人を対象とした疫学データをみても、8~9割の日本人は規定量に達していません。

 他方、「摂取してはいけません」の代表は、小林製薬の事件にもなった「紅麹」です。これはそもそも国によっては禁止されているスタチンですし、高いお金を出さなくても安全なスタチンが保険で処方できるからです。わざわざ高いお金を出して危険なスタチンを内服する意味がないわけです。

 紅麹ほどではないにせよ、質問されれば「やめた方がいいのでは?」と助言することが多いのがウコンです。使用者の数を考えれば割合は少ないとは言えますが、肝不全を起こすことがあり海外では死亡例も出ています。米国豪州イタリアでは危険性が公表されています。

 さて、前置きが随分と長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「マルチビタミンは死亡率を減らさない」とした論文、医学誌「JAMA」2024年6月26日号に掲載された「3つの米国前向きコホートにおけるマルチビタミンの使用と死亡リスク(Multivitamin Use and Mortality Risk in 3 Prospective US Cohorts)」です。

 この研究は対象者の数が多いため、エビデンスレベルは高いと言えます。米国の健康な成人390,124人を対象に20年以上追跡され、「マルチビタミンを毎日摂取しても死亡率が減らない」ことが分かりました。

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 マルチビタミンは意味がないのになぜビタミンDは必要なのか、と疑問に感じる人もいるでしょう。実は、当院では推奨しているビタミンDも「摂取すれば死亡リスクが減る」ことを示したエビデンスレベルの高い研究があるわけではありません。

 それに、ビタミンDはかつては骨折や骨粗しょう症を予防するとされていましたが、この考えは現在では完全に否定されています。では、ビタミンDは何に役立つのでしょう。アレルギー疾患を予防する、感染症を予防する、コロナ後遺症のリスクを減らす、などいろいろと言われますが、これらを証明した大規模研究があるわけではありません。

 ではなぜ必要なのか。骨折を例にとれば、ビタミンDのレベルが少なければ骨が脆くなるのは事実です。しかし、大規模調査でみればビタミンD摂取が骨折を減らすわけではありません。これはどういうことでしょうか。「社会全体でみればみんながビタミンDを摂取しても全体の骨折が減るわけではないけれど、個人でみればビタミンDが少ない人は骨折しやすいですよ」と解釈するしかありません。

 摂取の適正基準値が本当に正しいのか、という問題もありますが、決められた量に達していなければ不安になります。えらそうに言っている私自身もその程度の知識しかないことをここで告白しておきましょう。

参考:はやりの病気
第248回(2024年4月) 危険なサプリメント
第188回(2019年4月) ビタミンDが混乱を招く2つの理由

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2024年6月20日 木曜日

第250回(2024年6月) 電子タバコと加熱式タバコの違いと混乱、そして大麻

 (紙)タバコは健康に悪いから、あるいは人前で吸えないから加熱式(電子タバコ)にした、という人が大勢います。しかし、加熱式タバコに替えれば健康上のリスクが減るのかについては意見が分かれていて、また「加熱式」と「電子タバコ」の言葉の混乱はいっこうにおさまらず、各自の言っていることがバラバラで、ときに会話が成り立っていないことがあります。医療者の間でもコンセンサスがなくいろんな意見が錯綜しているのが現実です。今回は、これら新しいタバコの語句を整理し、法律を確認し、そして危険性についての見解をまとめてみたいと思います。

 まずは言葉の整理をしましょう。従来、タバコといえば紙タバコのことを指していました。しかし紙タバコという表現は昔は存在せず、強いて言うなら「紙巻きタバコ」と呼ばれていました。これは「葉巻(はまき)」や「キセル」「パイプ」に対して使うときの表現です。タバコの葉を細かく刻んで鼻腔に入れる嗅ぎタバコというものもあります。他に、アラブ人がよく吸っている水タバコ(シーシャ)があります。ここまでが「従来のタバコ」と言えるでしょう。これらを見渡すと、(アラブ人を除けば)ほとんどの愛煙家が吸うのが紙巻タバコでしたから、単に「タバコ」と言えば「紙巻タバコ」を指していたわけです。

 現在は紙巻タバコの「巻」がとれて、「紙タバコ」と呼ばれる機会が増えています。これは単に「タバコ」であれば、現在主流になりつつある加熱式タバコや電子タバコと区別ができませんし、「紙巻」では長くなりますから「巻」を略して、紙タバコと呼ばれるようになったのではないかと私は推測しています。

 「加熱式タバコ」の話をしましょう。加熱式タバコとは、紙タバコのようにタバコの葉に火をつけるのではなく、タバコの葉を加熱してエアロゾルを生成させ、そのエアロゾルを吸い込むことでニコチンを体内に吸収させます。JTが90年代後半から発売していた「エアーズ」は加熱式タバコに分類されます。同社は2013年に「プルーム」という製品を発売しましたが、さほど広がりませんでした。全国的に普及したのはフィリップモリス社が2014年に販売開始した「アイコス(iQOS)」です。

 アイコスが予想以上に売れたことを受けてなのか、JTは2016年に上記プルームの後継品である「プルーム・テック (Ploom TECH) 」を発売しました。その後、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)が「グロー(glo)」を上市しました。他にもいくつかの加熱式タバコが発売されていますが、ほとんどこの3種で市場は占有されています。2020年8月31日の日経新聞によると、日本国内での「タバコ全体における加熱式タバコの市場占有率」は26%まで上昇し(残りのほとんどが紙タバコ、次いで葉巻)、加熱式タバコの内訳はアイコス7割、グロー2割、プルーム・テック1割とされています。

 加熱式タバコに似たものに「電子タバコ」があります。電子タバコが加熱式タバコと異なるのはタバコの葉ではなくリキッドを使う点にあります。リキッドを蒸発させた水蒸気を吸引してニコチンを吸収します。ただし、ニコチンが含まれていないものもあり、これらは(日本では)法律上区別されます。尚、加熱式タバコと電子タバコは文脈によっては区別されずに双方が「電子タバコ」と呼ばれていることもあり、これが混乱を招いています。

 ここまでをまとめてタバコを分類すると次のようになります。

〇従来のタバコ: 紙巻タバコ=紙タバコ≒タバコ
           パイプ
             キセル
             葉巻
             嗅ぎタバコ
             水タバコ(シーシャ)

〇加熱式タバコ:アイコス、プルーム・テック、グロー

〇電子タバコ(ニコチンを含むもの): 米国製のKIWI Penなど

〇電子タバコ(ニコチンを含まないもの): 日本で発売されているKIWI Pen、Dr.VAPEなど

 上述したように、加熱式タバコと電子タバコは文脈によっては同じように扱われることがあるのですが、厳密に区別しなければならないときがあります。それは国によっては「どちらかが合法でもう一方が違法」だからです。例えば、中国では電子タバコは合法ですが加熱式タバコは禁止されています。米国も電子タバコは合法ですが加熱式タバコは事実上違法です。フィリップモリス社の本社は米国にあり、一時アイコスが発売されましたが現在は禁止されているのです。他方、電子タバコは合法です。

 一方、日本ではニコチンを含む電子タバコは違法で、加熱式は合法です。ややこしいのは同じ製品でも国によってニコチンが含まれていたりいなかったりするからです。「KIWI Pen」は米国ではニコチンを含む電子タバコですが、日本で発売されている「KIWI Pen」はニコチンフリーです。つまり、米国で買ったKIWI Penを米国で使用するのはOKで、日本に持って帰っても個人で使用するのはOKですが、たくさん購入してそれを知り合いに売るようなことをすれば違法になります。また、日本に帰国する前に米国からタイ(加熱式タバコ・電子タバコ双方が違法)を経由したとすれば、タイの空港に到着した時点で(法的には)違法です。米国からベトナムに移動しても合法ですが、そのまま陸路でカンボジア(タイと同様、双方違法)に入国すればこの時点で違法になります。

 加熱式タバコ・電子タバコの双方を違法とする国は珍しくありません。有名なのがインド、タイ、カンボジア、シンガポール、ブータン、ブラジル、メキシコ、オーストラリアあたりです。このなかで、オーストラリアはニコチンを含まない電子タバコは認められていますが、他の6か国はニコチンなしの電子タバコもNGです。

 興味深いのはタイでしょう。タイでは電子タバコ・加熱式タバコ共に違法で、逮捕されると10年の懲役または50万バーツの罰金が課せられます。しかし、タイに詳しい人ならよくご存知と思いますが、実際にはこれらはショップや屋台で販売されています。それどころか、周知のようにタイでは現在大麻も合法です。オフィス街に24時間営業の大麻ショップがあり、ショッピング街にはきれいな大麻カフェが多数オープンしています。カオサンロードに行けば、入居しているすべての店舗が大麻関連の店というビルもあります。しかし、この国にアイコスなどを持ち込めば逮捕されるリスクがあるのは事実です。

 ちなみに、電子タバコの国ごとの規制についてはwikipediaの地図が分かりやすく役に立ちそうです。ただし、この情報が最新という保証はありませんから、渡航時にはその都度その国に確認する必要があります。加熱式タバコの国ごとの規制についてもこのような便利な地図が欲しいところですが、私が調べた限りでは残念ながら見当たりませんでした。

 以上みてきたように、加熱式タバコ、電子タバコに対する考え方は国よってまったく異なり、合法化すべきかについての、あるいは有害性の認識についての世界的なコンセンサスがありません。米国は「電子タバコOK、加熱式NG」で、日本はその逆ですが、では日本人と米国人では民族的に危険性が異なるのかというとそんなはずがありません。さらに大麻を議論に加えると、国によってやっていることはバラバラです。タイ人の体質は「大麻はOKでアイコスは有害」、日本人はその逆で「アイコスならOKで大麻は危険」などと言えるはずがありません。
 
 つまり、「加熱式は…、大麻は…、紙タバコは…」などと偉そうに言っている医師がいたとしても、それはその人物の意見に過ぎず、世界的なコンセンサスがあるわけではないのです。特に日本では「加熱式も電子タバコも(紙タバコと同様に)論外だ」と主張する専門医が少なくなく、そういう医師たちは禁煙にニコチン代替療法のパッチを勧めるわけですが、英国にはこれを覆すデータがあります。

 886人の禁煙希望者を対象に実施した研究があります。医学誌「The New England Journal of Medicine」2019年1月30日号に掲載された論文「電子タバコとニコチン置換療法のランダム化比較試験(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」です。一方のグループには電子タバコを使い、もう一方にはニコチン代替療法(パッチなど)を処方しました。結果、電子タバコのグループはニコチン代替療法のグループに比べて1年後の禁煙率が1.83倍で、これをもって「電子タバコは有用な禁煙ツール」と結論づけられています。

 しかし、この研究には違和感が残らないでしょうか。なぜならこの研究での「禁煙成功」の定義は「紙タバコを吸っていなければ電子タバコは吸っていてもOK」だからです。ニコチンを紙タバコからではなく、電子タバコから吸収するのはOKとされているわけで、それをはたして「禁煙に成功した」と呼んでいいのでしょうか。注目すべきは研究の妥当性ではなく、英国人の考えです。英国人は「紙タバコでなければ喫煙ではない」と考えているわけでこの点が興味深いと言えます。

 しかし、その英国も最近少し変わってきました。2024年3月、英国政府は、「使い捨て電子タバコの禁止と電子タバコ用リキッドへの新たな課税を含むタバコおよび電子タバコ法案」を導入しました。これは主に未成年に対する電子タバコの規制を強化することが目的と言われています。

 と、このように国によって政策はバラバラであり、大麻も入れると議論は非常にややこしくなるわけですが、大切なのは各自がどのようなことに価値を求め、どのようなリスクをどれだけ取るつもりなのかをはっきりさせることです。その上でかかりつけ医に相談するのがいいでしょう。といっても、たいていの医師は「紙タバコはもちろん、加熱式も、電子タバコもNG。大麻など論外」と言うわけですが。しかし、そのように言う医師が、たとえば「ニコチンを含まない電子タバコ」のリスクをどれだけ考えているかは疑問ですし、いくつかの疾患や症状に対する大麻の有効性及び危険性についてきちんと説明する医師は極めて少数なのが現状です。

参考: GINAと共に
第211回(2024年1月) 大麻に手を出してはいけない「3つ目の理由」
第210回(2023年12月) 大麻について現時点で分かっている科学的知見

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2024年6月9日 日曜日

2024年6月 人間の本質は「憎しみ合う」ことにある

 今からちょうど4年前の2020年6月のマンスリーレポート「『我々の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの』ではない」で、オランダの歴史家ルトガー・ブレグマンが主張する「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」という主張には到底同意できないとする自論を述べました。

 私には人間の本質が優しくて思いやりがあるなどとは到底思えず、未来を楽観視することができないのです。そのコラムでも述べたように、30代の頃にはまだ人間の未来に期待していました。人間の諍いのほとんどはコミュニケーション不足からくる誤解によるものであり、たいていの場合話し合いをすれば互いを理解しあえると本気で思っていたのです。しかし、その後年をとり、40代半ばくらいには人への不信感が芽生えるようになり、次第に大きくなっていきました。

 そして新型コロナウイルスのパンデミックが起こりました。4年前のそのコラムで述べたように、日本人(東アジア人)というだけで見知らぬ人たちから差別され、襲われるようになりました。谷口医院の患者さんの当時欧米諸国に住んでいた人たちのなかにも逃げるように帰国した人がいます。当時バンクーバーに住んでいたある患者さんは「コロナ流行を機に隣人が豹変したかのようだった」と話していました。バンクーバーはそもそも移民が多く、国籍や民族で差別されないことで有名な街だったはずです。その街で最近まで仲良くやっていた隣人たちが豹変したというのですから、元々保守的な地域であればもっと恐ろしい光景が繰り広げられていたことが想像できます。

 2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻しました。もしも人間がブレグマンの言うように「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」ならば、世界の首脳は軍事で協力するのではなく、話し合いで解決することに力を注ぐのではないでしょうか。もちろん、突然軍事侵攻を開始したロシアに非があることは否めませんが、この戦争の”発端”は2004年のオレンジ革命にあります(と、私は考えています)。そして、オレンジ革命を事実上”煽動”したのは米国を中心とする西側諸国であることにはコンセンサスがあると言っていいでしょう。資金面ではジョージ・ソロスが大きく加担したと言われています。
 
 日本も含めた西側の報道では、2022年の軍事侵攻に先立つロシアの間違った行為として2014年のクリミア併合を挙げます。しかし、その併合は選挙の結果によるものですし、仮に選挙が公平でなかったとしても、ロシアに併合を決意させた原因はユーロマイダン革命にあります。そもそも、このユーロマイダン革命というものは革命と呼ぶにはふさわしくなく「西側諸国がしかけたクーデター」です。ヤヌコーヴィチ大統領を西側諸国が煽ったクーデターでウクライナから追放したのですから。ヤヌコーヴィチ大統領がロシアへの亡命を余儀なくされたため、ロシアはいわばその”仇”をとるためにクリミア半島を併合した、しかも民主的な選挙で、というのが私の見方です。ここでは私の史観が正しいかどうかは別にして、こんなことをやっている人間の本質が優しくて思いやりがあり助けあうものなどとは到底思えないわけです。

 2023年10月7日、パレスチナのガザ地区を支配するハマスがイスラエルに戦争をしかけました。「先に手を出した方が悪い」という理屈が正しいのなら、1948年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争)まで遡って議論すべきです。そもそも1947年に国連が採択した「パレスチナ分割決議」の段階で、土地の43%がアラブ系住民に、57%がユダヤ系住民に与えられるという不公平なものでした。そんななかで勃発したパレスチナ戦争でイスラエルが勝利し、国連による分割決議よりも広大な地域を占領したのです。国連決議に従わないイスラエルが正しいとなぜ言えるのでしょうか。

 アラブ人とイスラエル人の対立をみていると、人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうものとは到底思えません。ハマスがイスラエルに侵攻した直後、イスラエルのヨアン・ガラント(Yoan Gallant)国防相はハマスの軍人を「human animals」、つまり「人間の顔をした獣」と呼びました。しかも、公式な記者会見の場で、です。

 国連にはさほど力がないのは事実ですが、それでも人間の本質が優しくて思いやりがあり助けあうものならば、こと平和に関しては世界各国は国連に従うべきです。ですが、イスラエルははなからそのつもりがありません。先月の国連総会において、イスラエルのエルダン国連大使は壇上で国連憲章の表紙を小型のシュレッダーにかけて細断しました。

 2024年5月31日、米国バイデン大統領はウクライナに対して、米国が供与した兵器でロシア領内を攻撃することを認める決断を下しました。ここまでくれば完全に代理戦争です。つまり、西側連合軍とロシアがいよいよ本格的な戦争に突入したといえなくもなくなります。イスラエルは攻撃をやめません。ここで、もしも北朝鮮が何かをしかけてくるようなことがあればこのまま一気に第三次世界大戦に進んでいくでしょう。

 しかし、本来戦争ほど馬鹿げた政策はないはずで、我々はそれを歴史から学んでいたのではなかったでしょうか。ではなぜこんな愚かな行為を繰り返すのか。私なりの答えは「人間が愚かだから」というよりも、「人間の本質が憎しみ合うことだから」です。

 そのことを証明するのに戦争のようなマクロな憎しみを持ち出す必要はありません。SNSをみればいかに人間が醜い罵り合いをしているかが自明です。

 個人的な話をすれば、私は医師になってからも数年間は「医師は他人に優しい」と思っていました。なぜって、困っている人を救いたいという気持ちがあって医者になるわけだから、優しくなければ務まらないではないですか。だから、私のように医学部入学時点で医師になることを考えておらず研究者を目指していたような者は、小さい頃から医師を目指していたようなタイプの医者にはかなわないと考えていて、そういう意味で少なからず劣等感もあったわけです。

 ところが、実際には医者なんて、特に開業医なんて全然優しくないわけです。新型コロナのパンデミックでそれが露わになりました。いつも診ている患者さんが発熱で苦しんでいるのに、「うちでは診られないから診てほしかったら自分で診てもらえるところを探せ」と言われ、すがるように当院にやって来た患者さんがどれだけいたか。それが、発熱外来を実施すれば点数アップという方針が決まるや否や、手のひらを返したように、今度は発熱患者の取り合いになったわけです。

 私はSNSはやっていませんが、何度か医師の投稿を見たことがあります。驚いたのは自分の意見に反するコメントに対し、汚い言葉を使って相手を攻撃する医師がいることでした。また、汚い言葉とは言えなくても「上から目線」の態度が目立つ医師もいました。オレは専門医だから、あるいは大学教授だから言うことを聞け、のような態度の書き込みもあり、当然のことながら、そういうコメントに対しては一般人から激しい反論がくるわけですが、私からみればそれは当然です。それで「名誉棄損だ」とか「人権侵害だ」などと被害者ぶるのはちょっと違うと思います。

 医者だけではありません。私は子供の頃、なんとなく「お金持ちの人は優しい」と思っていましたが、それはまったく正しくなかったのです。私は以前、マイルがたまったので飛行機のビジネスクラスに乗ったことがあります。たまたま私の周りだけがそうだったのかもしれませんが、ビジネスクラスの乗客は、フライトアテンダントに対する態度がとても横柄なのです。赤ちゃんが泣いたことに文句を言ったり、到着が遅いと言ってみたり(それはフライトアテンダントのせいではないでしょう)、辟易としました。

 ちなみに、South China Morning Postによると、日本人のビジネスクラスを利用する乗客は最悪だそうです。同紙では「the worst culprits(最悪の犯人)」という言葉まで使われています。彼(女)らは「ビジネスクラスに乗っているから特別だと思い込んでいて、地上職員を含め他の全員を見下している」そうです。

 カリフォルニア大学バークレー校の社会心理学者ポール・ピフ(Paul Piff)氏は、車によって社会階級を5つに分け、どのグレードの車が横断歩道の手前で止まって歩行者に道を譲るかを調べました。結果、高級車であればあるほど歩行者のために止まることはせずに自分勝手な行動をとることが分かったのです。

 調べてみると、「金持ちが他人に優しくない」ことを示した研究は多数あります。米誌「New York」の記事は「お金が人を反社会的にする」ことを示しています。ポール・ピフ氏の車のグレードの研究にも触れています。

 こうして考えると、ブレグマンはなぜ「人間の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」などと言えるのでしょう。彼の周囲には優しい人ばかりが集まっているのでしょうか。そしてビジネスクラスに搭乗したことがないのでしょうか。

 などと言っていてもしかたありません。私自身は(私自身が優しいかどうかは分かりませんが)「利他の精神」が、たとえ人間の本質でなかったとしても「人間のあるべき姿」だと信じています。そして、優しくない人間はこれまで山ほどみてきましたが、利他の精神を発揮し他人に優しい人たちも知っています。そういう人たちとのネットワークを大切にし、たとえ戦争が起ころうとも、たとえ地球温暖化が進行し豊かな暮らしが失われようとも、「人間のあるべき姿」を貫いてみせるつもりです。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2024年6月9日 日曜日

2024年6月5日 15歳老けてみえる人は大腸がんかも

 現在世界的に若年者の大腸がんの増加が問題となっています。最近、「早期発症の大腸がん患者は実年齢より生物学的に15年年上」、言い換えれば「実年齢より15年老けてみえる」という研究が発表されました。

 2024年5月31日から6月4日まで、米国シカゴで「2024年米国臨床腫瘍学会年次総会(2024 American Society of Clinical Oncology annual meeting)」が開催されました。その総会で、オハイオ州立大学総合がんセンターが発表した研究のなかにこのようなものがあったのです。

 なぜ、早期発症の大腸がんが増えているのかはよくわかっていないのですが、西洋式の食事 (高脂肪、低食物繊維食) が、大腸がんの発生率増加と関連している可能性が指摘されています。腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢)は食物繊維を分解して発酵させ、腸内壁の健康維持に重要な役割を果たす有益な腸内細菌を作り出します。高脂肪、低繊維食は腸内の微生物バランスを崩し、結果として腸内の炎症が惹起されます。

 炎症が持続すればがんが発症しやすくなるのはよく知られた事実で、大腸でいえば、潰瘍性大腸炎やクローン病といったいわゆる炎症性腸疾患(IBD)は大腸がんのリスクとなります。脂肪肝で肝臓に持続的な炎症があると肝臓がんのリスクが上がりますし、慢性膵炎は膵臓がんのリスクです。熱傷や外傷などで皮膚に傷を負うと、やがてそれが皮膚がんのリスクとなります。

 オハイオ州立大学総合がんセンターの研究者らはエピジェネティクスという遺伝子の研究から「早期発症の大腸がん患者は実年齢よりも平均して生物学的に15歳年上」であることを示しました。たとえば、45歳の早期発症の大腸がん患者は、60歳の生物学的特徴を持っている(=60歳に見える)ということです。

 これらをまとめると、「高脂肪食+低食物繊維食 → 腸管に炎症 → 老けてみえる + 大腸がんのリスクが上昇」となります。

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 『ブラックパンサー』の主演をつとめたチャドウィック・ボーズマンは43歳の若さで大腸がんで2020年に他界しました。彼を「(43+15=)58歳に見える」と言えばファンから怒られそうです。

 「大腸がんで若くして他界した有名人」を検索すると「ザ・ギンギンマルのオガタ。36歳で急逝」と出てきました。私はこの芸人を知らなかったのでwikipediaで画像検索すると、確かに同世代の相方よりも老けているような印象があります。しかしやはり彼を「(36+15=)51歳に見える」と言えばファンに失礼でしょう。

 老けてみえるかどうかは別にして「炎症」が多くの疾患の原因であるのは間違いありません。では「炎症を起こさないようにするためには何をすべきか」となって、それには多数の注意点があるのですが、「太らない(脂肪肝を避ける)、いいものを食べて腸内環境をよくする(例えば超加工食品は避ける)、ストレスを避ける(脳に炎症が起こると考えられるようになってきました)」あたりは常に注意すべきでしょう。

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2024年5月31日 金曜日

2024年5月31日 インターネットは幸せにつながる

 インターネットは我々の生活を劇的に改善させましたが、そのせいで人々が孤独になり精神衛生上は良くないという指摘があります。それは事実なのでしょうか。「そんなことはなくてインターネットは人を幸福にする」を示した研究を紹介したいと思います。

 医学誌「Technology, Mind, and Behaviour」2024年5月13日号に掲載された論文「インターネットの使用と幸福感の関連性に関するマルチバース分析(A Multiverse Analysis of the Associations Between Internet Use and Well-Being)」です。

 研究の対象は168か国の2,414,294人で、調査期間は2006年から2021年です。インターネットにアクセスできること、またはインターネットを積極的に使用することが、幸福につながるかどうかが調べられました。結果、インターネット接続と幸福の間に統計的に有意な正の関連性(つまりインターネットの利用がえれば幸せが増す)が認められ、インターネットは生活満足度や目的意識などの幸福度指標を高めるという結論が導かれました。

 この論文について、科学誌「Nature」が5月12日に取り上げています。同誌は「インターネットにアクセスできる人は、ウェブにアクセスできない人に比べて、生活満足度、肯定的な経験、社会生活への満足感の尺度で平均8%高いスコアを獲得し、オンライン活動は人々が新しいことを学び、友達を作るのに役立ち、これが有益な効果に寄与する可能性がある」とインターネットの利点を強調しています。

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 このような研究を待つまでもなく、インターネットが人を豊かにしているのは明らかだと私は思いますが、SNSには弊害があることもまた自明と言えるでしょう。SNSの普及により、心を病む若者が増え、それが自殺率の上昇につながっていることが繰り返し指摘されています。

 ワシントンポストによると、米国では学校でスマホ中毒とも呼べる状態の生徒が多く、これを阻止するため、登校時にロックのかかるポーチにスマホを収納することを義務付ける学校が増えています。当初は生徒や保護者からの反対が多かったものの、継続して実行すると生徒どうしの(本来のかたちの)コミュニケーションが増え、授業に集中できるようになってよかったという意見が多いそうです。

 上記Natureの記事では、「過去1週間にインターネットを利用した15~24 歳の女性は、ウェブを利用しなかった人に比べて、住んでいる場所への満足度が低い。これは、自分のコミュニティで歓迎されていないと感じる人々がオンラインで過ごす時間が長いためかもしれない」とするこの論文の研究者の意見を載せています。ということは、もともと幸せでない人がインターネットにアクセスしているということなのかもしれません。

 いずれにしても大切なのは「使い方」でしょう。たしかに(一部の)若者のように、SNSで承認欲求まるだしの自慢話を披露したり、他人の悪口を書きまくっていたりすれば心を病んでいくのも無理もありません。一方、勉強や情報収集のツールとしてインターネットを用いるならこれほど便利なものもありません。一種の”革命”と呼んでもいいでしょう。ということは「ネットは〇か×か」ではなく、「人を幸せにするネット利用法は?」を考えればいいわけです。

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2024年5月16日 木曜日

第249回(2024年5月) 健康の最優先事項はパートナーを見つけること

 谷口医院を開院した2007年にはほとんど意識していなかったのですが、「仲のいいカップルは病気をしにくく、しても予後(その病気の行方)がいい」ことを2010年代の半ばくらいには確信するようになっていました。仲睦まじいパートナーがいる人はがんが見つかったとしてもその後の経過が比較的順調なことが多く、生活習慣病もみるみる改善していくのです。禁煙成功率も高く、精神症状が出現しても比較的早期に治ります。しかしこれは当然と言えば当然です。食事療法はパートナーの協力が必要ですし、精神症状がよくなるのは言うまでもないことでしょう。

 しかし、2000年代当時、「おひとりさま」という言葉が流行していて、これからは(特に女性は)ひとりで人生を楽しむ時代だ、のような風潮がありましたから、「パートナーを見つけましょう」という考えは時代遅れのように捉えられていました。ちなみに、「おひとりさま」というこの言葉、世間では上野千鶴子氏の代名詞のように言われていますが、発案したのは岩下久美子さんというジャーナリストです。岩下さんは「警視庁ストーカー問題対策研究会」委員も務めていたストーカー研究の第一人者で、不幸なことに2001年9月1日、プーケットの海でパートナーと遊泳中に高波にのまれて水死しました。ちなみにプーケットの9月から10月は観光客の溺死事故がよく起こります。

 2010年、本サイトで「おひとりさま」を否定的に取り上げたコラム「素敵な老後の過ごし方」を書きました。上野千鶴子氏を批判し、さらに「おひとりさまの老後の満足度は低い」研究を紹介しました。そもそも仲の良いパートナーがいれば生活の満足度が上がるのは当然です。本サイトでは「パートナーとベッドを共にすればぐっすり眠れて長生きできる」というタイトルで海外の論文を紹介し、また別のコラムでは「ハーバード成人発達研究」から「50歳でのパートナーとの関係が良好であれば80歳で健康」という結果について取り上げました。

 今回は、「パートナーがいれば幸せ」というよりも、「パートナーがおらず孤独であれば病気になりやすく短命に終わる。孤独であることはそれだけで病だ」を示した研究を紹介しましょう。

 米国には「我々の孤独と孤立の蔓延2023(Our Epidemic of Loneliness and Isolation2023 )」という興味深い報告書があります。驚くべきことに、同報告書によると、「孤独」「社会的孤立」は、早期死亡(早死に)のリスクをそれぞれ26%、29%増加させ、これらは1日15 本のタバコを吸うのと同程度のリスク増加となります。「社会的孤立」とは、客観的な社会的関係がほとんどなく、社会的交流がほとんどないことを指します。一方、「孤独」は主観的な内面の状態を意味します。

 報告書には何が死亡のリスクになるかが総合的に解析されたグラフも掲載され、第1位から第6位までが分かりやすく表示されています。第6位は「大気汚染」、第5位は「肥満」、第4位は「座りっぱなし」、第3位は「(大量)飲酒」、第2位は「1日15本以上の喫煙」です。そして堂々の第1位が「孤独(社会的つながりの欠如)」なのです。

 同報告書から具体的な疾患をみていくと孤独のリスクは次のようになります。

・孤独は心臓病のリスクを29%増加、脳卒中のリスクを32%増加させる

・孤独な心不全患者は入院のリスクが68%増加、救急外来受診のリスクが57%増加、一般外来受診のリスクが26%増加、再入院のリスクが55%増加する

・孤独な人に対する社会的サポートを充実させれば高血圧のリスクが36%低下する

・6つ以上の多様な社会的役割 (親、配偶者、友人、家族、同僚、グループのメンバーなど)があれば、一般的な風邪ウイルスによる風邪を発症するリスクが4倍低い

・慢性的な孤独と社会的孤立は、高齢者の認知症発症リスクを約50%増加させる

・孤独を感じている人は認知能力が20%早く低下する

・孤独を頻繁に感じる人は、孤独をほとんどまたはまったく感じない人々に比べて、うつ病を発症する確率が2倍以上

・トラウマなど人生での不利な経験がある人は、他人に打ち明けることで、うつ病を発症するリスクが最大15%低下する

・男性の自殺は一人暮らしなど客観的な孤立と強く関連している

・女性の場合、孤独感が自傷行為による入院と有意に関連している

 孤独が多くの疾患のリスクとなり死亡率を高めるのであれば政府が対策を立てるべきだという考えがでてきます。この問題にいち早く取り組んだ国はおそらく英国でしょう。きっかけをつくったのは2016年にテロリストの凶弾に倒れた労働党のジョー・コックス(Helen Joanne “Jo” Cox)議員でした。氏の意思を受け継いだ超党派の英国議会議員らが「ジョー・コックス委員会」を結成し、2018年に「孤独大臣(Minister for Loneliness)」が誕生しました。現在はスチュアート・アンドルー(Stuart Andrew)氏が4代目の孤独大臣を務めています(日本のWikipediaでは英国の孤独大臣が廃止されたと書かれていますが……)。

 英国の次に孤独大臣が誕生したのはおそらく日本です。それほど大きく報道されたようには思えませんでしたが、2021年2月12日に初代孤独大臣(孤独・孤立対策担当大臣)が就任し、現在は4代目の加藤鮎子議員が就任しています。

 では、世界中のどれくらいの人が孤独を感じているのでしょうか。米国のプライマリ・ケアの患者603人を対象とした最近の研究では65歳以上の53%が2020年4月から2021年9月までに孤独を経験したことが分かりました。英国の慈善団体「Campaign to End Loneliness」 によると、2022年には英国の成人の49.63% (2,599万人) が「孤独を(常に、しばしば、時々)感じている」と答えています。さらに、英国の人口の7.1% (383万人) が慢性的な孤独感に苛まれています。
 
 国際比較をみてみましょう。統計のサイト「statista」に、世界29か国の孤独を感じている人の割合が掲載されています。第1位はブラジルで50%の人が「しばしば、またはいつも、またはときどき(Often/Always/Some of the times)」孤独を感じています。2位はトルコで46%、3~5位は、インド(43%)、サウジアラビア(43%)、イタリア(41%)です。世界初の孤独大臣が誕生した英国は14位で34%、意外なことに日本は第28位(下から2番目)で16%です。ただし、この調査は2021年に調査会社Ipsosにより公表されたものであり、新型コロナウイルスの影響を受けているでしょうから現在の孤独感とは違いがあるかもしれません。また、聞き取りの方法によっても回答が変わってくる可能性があります。

 内閣官房孤独・孤立対策担当室が公表している日本のデータをみてみましょう。約12,000人を対象に2021年に実施された調査で、孤独が「常にある/時々ある/たまにある」と答えた人の割合は36.4%で、約11,000人を対象とした2022年の調査では40.3%と増加しています。新型コロナウイルスの脅威が去り、ロックダウンから解放されている現在では世界中の人々の孤独感が大きく変化しているはずです。しかし、日本は以前から「ひきこもり」で世界的に有名で、「Hikikomori」はすでに国際語です。2013年には、BBCが世界に向けて日本の実情を報道しています。BBCの当時の報道では日本人の引きこもりは約70万人としていますが、その後も増加し、内閣府が2022年11月に実施した調査では15歳から64歳までの年齢層の2%余りにあたる推計146万人に上ります。日本が引きこもり大国であり、かつ孤独を感じている人が多いのは間違いないでしょう。

 ということは、「日本人ほど早死にのリスクを抱えた民族はいない」と言えそうです。早死にのリスクを軽減させるためによく言われるのが「食事」「運動」「適正体重」「禁煙」「節酒」などですが、これらよりも重要な最優先事項は「孤独からの脱却」だと考えるべきでしょう。

 孤独から解放されるための人間関係にはいろいろとあるでしょうが、やはりパートナーに勝る存在はないでしょう。ということは、健康のために食事の内容や運動のメニューを考えたり、あるいは禁煙の計画を立てたりするよりも、孤独を感じている人はまずパートナーを探すことを最優先すべきです。これが、谷口医院で様々な患者さんを17年間診察してきた私が今感じていることです。

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2024年5月5日 日曜日

2024年5月 小池百合子氏のカイロ大学”卒業”が真実と言える理由

 8年前のコラム、マンスリーレポート2016年6月「己の身体で勝負するということ」には大勢のコメントをいただきました。当時、学歴詐称で表舞台から姿を消したタレントのショーンK氏を引き合いに出し、私自身の経験から、後に行き過ぎた私見であることは認めるようになったものの、現在も学歴・職歴にこだわる人たちを冷ややかにみている、という話をしました(尚、8年前には社会からバッシングされている氏をかばうために「SK氏」としていましたが、現在では氏を悪く言う人はもういないでしょうから「ショーンK氏」と”実名”にします)。

 自分の学歴・職歴を前面に押し出そうとしている人を私が哀れに感じるのは、「あなたは自分に自信がないから、そういったことを持ち出すのですね」と思えるからです。その大学(院)やその企業はエライのかもしれませんが、「だからあんたは何なの?」と私には思えます。他人の学歴・職歴を気にする人に対しては「あなたは人を見る目がないから、そうやって他人の属性でしか人を判断できないんじゃないんですか」と言いたくなります。

 しかし、学歴(や職歴)で人を判断する人、自分の学歴を自慢したがる人は世の中に少なくありません。最近、立て続けにそのような”事件”が3件も報道されたことからもそれはよく分かります。まず、その3件を振り返ってみましょう。

 米国で活躍するプロ野球選手大谷翔平氏の元通訳で、違法賭博と銀行詐欺の罪を犯したとされる水原一平氏が学歴を詐称していたことが報道であきらかとなりました。水原氏は、2007年にカリフォルニア大学リバーサイド校を卒業とされていましたが、NBCによると、同校は「水原氏が通っていた記録はない」と回答しています。

 「県庁はシンクタンク。 野菜を売ったり牛の世話をしたりモノを作ったりとかと違い、皆さまは頭脳・知性の高い人たち」など、信じられないような差別発言を繰り返し、辞意を表明した静岡県知事の川勝平太氏は「オックスフォード大学で博士の資格を取ったこと」が自慢だそうです。川勝知事の場合、学歴を詐称しているのではなく学歴を自慢していることがなんとも滑稽です。日本学術会議任命拒否問題のとき、川勝知事は菅首相(当時)に対し「菅義偉という人物の教養のレベルが露見した」と発言し非難されました。調べてみると、菅首相(当時)は法政大学出身でした。

 川勝知事は、かつて自身が学長を務めていた大学の女子学生に「11倍の倍率を通ってくるんですから、もうみなきれいです」、「めちゃくちゃ顔のきれいな子は賢いこと言わないとなんとなくきれいに見えないでしょう。ところが全部きれいに見える」などと発言したことがNHKに報道されました。オックスフォードで博士号をとれる優秀な人になら分かるのでしょうが、私には「めちゃくちゃ顔のきれいな子は……全部きれいに見える」の日本語がいまだによく分かりません。

 カイロ大学文学部社会学科を1976年10月に主席で”卒業”した東京都知事の小池百合子氏は、90年代初頭からその学歴が虚偽であると繰り返し指摘されています。その都度、小池氏は卒業の”証拠”を公表し反論しています。ここで経緯を簡単に振り返ってみましょう。

・1992年の参院選の際、カイロ大学卒業を疑う報道が相次いだため、小池氏は当時連載していた『週刊ポスト』のコラム「ミニスカートの国会報告」1993年4月9日号でカイロ大学の卒業証書を写真で紹介した

・2016年の東京都知事選挙の際、6月30日放映のテレビ番組「情報プレゼンター とくダネ!」が学歴詐称疑惑を扱ったため、小池氏は卒業証書と卒業証明書を担当者に送った(ことを「週刊文春」が報じた)。

・2018年6月8日、「文藝春秋」が、「小池氏はカイロ大学を卒業していない」ことを証言した、小池氏がカイロ滞在時に同居していた女性(後に実名を公開)に取材をし、記事を発表した

・2020年5月27日、「週刊文春」が「『カイロ大学卒業は嘘』 小池百合子東京都知事の学歴詐称疑惑 元同居人が詳細証言」との記事を配信し、卒業関係書類のロゴやスタンプが偽物であると報じた

・同日、「プレジデントオンライン」に「『カイロ大学卒業は本当』小池百合子東京都知事の学歴詐称疑惑 カイロ大学が詳細証言」が掲載された。カイロ大文学部日本語学科の教授が「確かに小池氏は1976年に卒業している。72年、1年生の時にアラビア語を落としているが、4年生の時に同科目をパスしている。これは大学に残されている記録であり、私たちは何度も日本のメディアに、同じ回答をしている」と証言している、と報じた

・同年5月29日、石井妙子氏の『女帝 小池百合子』が出版され、(上述の)元同居人の証言などに基づいた学歴詐称疑惑が明らかにされた

Wikipediaによると、同年6月8日、カイロ大学のモハンマド・エルホシュト学長が「(小池氏は)1976年にカイロ大文学部社会学科を卒業したことを証明する」「卒業証書はカイロ大の正式な手続きにより発行された」「日本のジャーナリストが証書の信ぴょう性に疑義を示したことは、大学と卒業生への名誉毀損で看過できない」との声明を発表した

・同年6月9日、駐日エジプト大使館が、カイロ大学が発表した「小池氏が1976年10月に卒業したことを証明する旨の声明文」をフェイスブックで公開した

・2024年4月9日、「文藝春秋」が、元都民ファーストの会事務総長の小島敏郎の記事「『私は学歴詐称工作に加担してしまった』小池百合子都知事 元側近の爆弾告発」を公開。さらに、上述の同居人が実名を公表し「百合子さん、あなたが落第して大学を去ったことを私は知っている──」を公開した

 ここまでくると、小池氏がカイロ大学を「卒業」していないことはもはや疑いようがないでしょう。そもそも小池氏は(wikipediaによると)自著『振り袖、ピラミッドを登る』(1982年)の58ページに、「1年目に落第し、次の学年に進級できなかった」と記述しています。卒業には最低で5年かかり、早くても1977年となるわけですら、1976年10月に卒業していないのは自明です。

 ですが、私自身は小池氏が”卒業”したのもまた事実だと思っています。なぜ、そんなことが言えるのか。私はエジプトに渡航したことがありませんし、この国について詳しいわけではありませんが、「この地域の卒業証書なんて(少なくとも70年代には)金さえ払えばどうにでもなった」という話を複数の人から聞いているからです。

 学歴を金科玉条のように持ち出す人がいますが、しょせん学歴なんてそんなものです。実は、学歴や職歴を詐称している人など日本国内にもいくらでもいますし、バレない方法もあります。せっかくですから、その「方法」をここで伝授しましょう。

 提出先にもよりますが、例えばあなたが中小企業に就職するとして、その企業が卒業証書や職歴を証明する書類を求めたりすることはまずありません。だから、履歴書に嘘を書いてもバレることはまずないのです。

 では、大企業などに就職を考えるときはどうすればいいのでしょうか。その場合、今はない大学、今はない企業名を書くという方法があります。例えば関西出身の私の知人(といっても海外で知り合ったバックパッカーで今は交流はありませんが)は、「神戸商船大学卒業、兵庫銀行で勤務」と履歴書に書くそうです。神戸商船大学は今はなき国立大学で、兵庫銀行はすでに倒産しています。銀行はともかく、商船大学の卒業証明書は国立大学だったのですからどこかで発行してもらえると思うのですが、その知人によると「そこまで求められたことは一度もない」そうです。

 また、たぶんこれは「言ってはいけないこと」でしょうが、実は医者の世界には「裏口入学」や「替え玉受験」の話などいくらでもあります。医師国家試験に合格しているからいいではないか、と言う人すらいます。筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う京都在住の女性を殺害して起訴された40代の(元)医師は韓国の医大を卒業したとされていましたが、これが虚偽であったことが事件後に発覚しました。

 学歴なんてこんなものです。自分の学歴を自慢したり、学歴で人を判断することがいかに馬鹿げているかが分かるでしょう。学歴や職歴などの「付随するもの」ではなく、今あなたの目の前にいるその人が信用できる人物か否かを見極めるのはあなた自身の「眼力」にかかっています。その眼力を身に着けるためにあなたに必要なのが学歴や職歴でないことはもはや言うまでもないでしょう。

 ちなみに私は大阪市立大学(現・大阪公立大学)と関西学院大学を卒業していて、前者は一部の医師や医学生から(特に阪大の医師から、と聞きます)「阿倍野ドクター教習所」と揶揄され、後者は元大阪府知事の橋下徹氏から「8流大学」とこき下ろされています……。

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2024年5月1日 水曜日

2024年5月1日 座りっぱなしの死亡リスクはコーヒーで解消? 30分減らせば血圧低下

 座りっぱなしの健康リスクが極めて大きいことはこのサイトで繰り返し伝えてきていますし、世間でも周知されてきています。世界的には「座りっぱなしは新たな喫煙(Sitting is the New Smoking)」とも言われています。

 今回は座りっぱなしに関する最近発表された2つの研究を紹介します。まずは「長時間座りっぱなしの生活をしていてもコーヒーを飲めば死亡リスクが増えない」というちょっと信じられない研究で、医学誌「BMC Public Health」2024年4月17日号に「毎日の座っている時間とコーヒーの摂取量と、米国成人における全死因および心血管疾患による死亡リスクとの関連性(Association of daily sitting time and coffee consumption with the risk of all-cause and cardiovascular disease mortality among US adults)」というタイトルで掲載されています。

 研究の対象者は2007~2018年の米国民健康・栄養調査(National Health and Nutrition Examination Survey of US)に参加した10,639人(平均年齢47.1歳、女性50.0%)です。観察期間中に合計945人が死亡、うち284人が心血管疾患で死亡しています。1日8時間以上座る人は、4時間未満の人に比べて、全死因死亡リスクは46%上昇、心疾患での死亡リスクは79%上昇していました。

 コーヒー摂取量が最も多い人(1日540g以上)は、コーヒーを飲まない人に比べると、全死因死亡リスクが33%減少、心血管系疾患での死亡リスクは54%減少していました。

 また、「1日6時間以上座るコーヒーを飲まない人」は、「1日6時間未満しか座らずコーヒーを飲む人」に比べて、全死因死亡率が58%上昇していたものの、長時間座っていてもコーヒーを飲んでいればそのリスク上昇がないことが分かりました。

 もうひとつ、最近発表された研究を紹介しましょう。「1日当たりの座りっぱなしの時間を30分以上減らせば血圧が下がる」とするもので、医学誌「JAMA Netw Open」2024年3月27日号に掲載された「高齢者の座位時間の減少と血圧 ランダム化臨床試験(Sitting Time Reduction and Blood Pressure in Older AdultsA Randomized Clinical Trial)」です。

 研究の対象者は60~89歳でBMIが30~50の男女283人(試験開始時の平均年齢68.8歳、女性65.7%)で、座りっぱなしの時間を30分減らすよう介入されたグループ140人と、介入なしの143人に分けられました。結果、介入されたグループでは6カ月後に収縮期血圧(上の血圧)が平均3.48mmHg低下していました。

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 補足しておくと、コーヒーの研究では1日540g以上の意味がよく分かりません。通常コーヒーは1杯あたりに使用される豆の重さは10からせいぜい15g程度です。ということは540gだと1日50杯近くになりますが、これほど飲んでいる人がそんなに多いはずがありません。ということは、「豆ではなく飲むコーヒーの重量」と考えればいいのでしょうか。しかし、コーヒーの比重を仮に1.2とすれば540÷1.2=450mLとなり、通常のコーヒーカップ2杯ちょっとということになり、これでは少ないような気がします。結局よくわかりませんが、常識的な範囲でコーヒーをたくさん飲む人は座りっぱなしの心疾患系疾患のリスクが減ると考えておくのがいいでしょう。

 血圧の方の研究は対象者のBMIが30以上と肥満の人だけで検討されています。日本人にはそのまま応用できない可能性があります。座りっぱなしの研究は欧米で先行していて、日本人を対象としたものはあまりありません。今後日本の研究に注目したいと思います。

参考:医療ニュース2023年9月30日「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇」

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2024年4月29日 月曜日

2024年4月29日 GLP-1受容体作動薬、パーキンソンにもアルツハイマーにも有効か

 糖尿病だけでなく肥満にも劇的な効果を示すGLP-1受容体作動薬(以下、単に「GLP-1」)は、「糖尿病患者の心不全と身体活動制限を改善する」ことを示した論文が話題となっています。

 谷口医院の患者さんをみていると、糖尿病の改善や体重減少よりもむしろ、「飲酒量が減った」「もう少しで禁煙できそう」「買い物依存が治ったかも」「チョコレートが欲しくなくなった」など、「依存症の治療薬」として期待できるのではないかということです。これは学術的に認められたわけではなく、おそらく私以外にこんなことを主張している医師は見当たらないのですが、重要なことだと考えて、毎日新聞の「医療プレミア」及び「日経メディカル」の私の連載で公表しました。

 今回紹介したいのはGLP-1の「抗炎症作用」です。動物実験も含めて次のような研究が発表されています。

・GLP-1は脂肪肝のマウスの肝臓の炎症を軽減したという研究

・同様に、GLP-1が肥満マウスの脂肪組織の炎症を軽減したという研究

・日本人を対象としたGLP-1が脂肪肝を改善したという研究

・GLP-1がマウスの腎臓の炎症を改善したという研究

・GLP-1がマウスの心臓の炎症を改善したという研究

 これらの研究も興味深いのですが、さらに注目したいのが「脳における抗炎症作用」です。万人が認めるわけではないものの、パーキンソン病、さらにはアルツハイマー病も病気の正体は実は「脳の炎症」ではないか、という考えがあります。もしもこれら難治疾患がGLP-1で改善する可能性があるのなら研究を進めるべきでしょう。

 GLP-1の一種であるエクセナチド(商品名は「バイエッタ」)というGLP-1が、パーキンソン病患者の運動能力の大幅な改善につながることを示した研究が医学誌「The LANCET」に掲載されています。

 さらに、リキシセナチド(商品名は「リキスミア」)というGLP-1が、早期パーキンソン病の進行を抑制するという医学誌「NEJM」に掲載された研究もあります。

 ところで、糖尿病があって肥満があれば血液検査でCRP(C反応性蛋白)が高値になることがあり、これは全身に炎症があることを示しています。ということは、GLP-1で抗炎症作用が生じるのは、GLP-1の直接の作用ではなくて、糖尿病と肥満が解消されることが原因と考えるべきなのでしょうか。
 
 科学誌「Nature」はそうでないと言及しています。その理由は、GLP-1の抗炎症作用は、有意な体重減少が達成される前に始まることが確認されているからです。

 もうひとつ気になるのは、パーキンソン病(さらにはアルツハイマー病も)がGLP-1で改善するのなら、GLP-1は脳に移行しているのか、という問題です。血中の物質が脳へと移行するのは「血液脳関門」を通らなければなりません。

 上述のNatureによると、GLP-1受容体(GLP-1が作用する物質)は脳内に豊富に存在し、研究チームがマウスの脳内のGLP-1受容体をブロックしたところ、GLP-1は炎症を軽減できなくなりました。これは、GLP-1の少なくとも一部は脳に作用し、脳内のGLP-1受容体に結合することを示しています。

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