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2019年12月19日 木曜日

第196回(2019年12月) “遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」

 科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない……。

 これが”遅延型食物アレルギー”の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。

 この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。

 ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが…」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。

 メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「”遅延型食物アレルギー”というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。

 『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。

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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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 最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの”病気”を認めているような書き方です。

 さらに調べてみると、”遅延型食物アレルギー”という”神話”は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「(”遅延型食物アレルギー”を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。

 では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか”信者”を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、”信者”は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は”信者”が増える3つの理由を考えています。

 ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の”遅延型食物アレルギー”がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。

・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。

・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。

・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。

・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。

 実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと”遅延型食物アレルギー”が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、”遅延型食物アレルギー”の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。

 好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して”たまたま”好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。

 この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は”遅延型食物アレルギー”だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。

 ”遅延型食物アレルギー”がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば”遅延型食物アレルギー”と考えるでしょう。

 最後に改めて”遅延型食物アレルギー”の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。

 こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。

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2019年12月8日 日曜日

2019年12月 「承認欲求」から逃れる方法

 何年か前から、「承認欲求」という言葉をよく目にするなぁ、と思っていると最近は患者さんからこの言葉を聞く機会が増えてきました。そして、診察室でそういう言葉を口にする患者さんというのは、ほぼ例外なく精神の調子がよくありません。というより「心の悩み」を相談しに来た患者さんが話のなかでこの言葉を使うことが多いのです。

 ネット上でもこの言葉は多数検索されているようで、いろんな人がいろんなことを言っています。「なるほど」と同意できるものもあれば、その逆に反論したくなるようなものもあります。ただ、おしなべて言うとどの書き手も「承認欲求は誰にでもある。強くなりすぎるのはよくない」と言っているような印象があります。

 私としては「う~ん、ちょっと違うんだけどなぁ……」という感覚です。つまり、「承認欲求なんて言葉に捉われずにもっと健全に生きていくことができるのに……」と思わずにいられないのです。そこで今回は「承認欲求の呪縛から逃れる方法」の私見を述べたいと思います。この方法は医学の教科書に載っているわけでもなく科学的なエビデンスがあるわけでもありません。ですが、世の中の原理原則に合致したものだと私は考えています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの話を紹介しましょう(ただし、プライバシー保護のため細部を変更しています。周囲に似たような人がいたとしてもそれは単なる偶然だと考えてください)。

 20代半ばの女性Aさんは4年前からキャバクラで働いています。谷口医院を受診するのは風邪を引いたとき、じんましんが出たとき、そして定期的な肝機能の検査です。飲酒量が多いAさんは肝臓の数値があまりよくありません。そんなAさんは谷口医院を受診するだけの外出でもきれいに着飾っています。ある日、不眠を訴えたAさんは「お客様のネットでの書き込みに傷ついた」と言います。少し踏み込んだ話をすると「承認欲求」という言葉を口にされました。

 30代前半の男性Bさんは人気の美容師です。自身のブログも人気があり毎日更新し、新しい写真を頻繁に公開しているそうです。勉強熱心でカットやメイクの新しい情報も発信していると言います。感想を寄せてくる人も多く、指名の数はいつもトップです。谷口医院を受診するのは主に喘息と鼻炎ですが、最近あることを告白されました。「3年前から精神科で処方されているデパスをやめたいけどやめられない」と言うのです。詳しく話を聞くうちに「承認欲求」という言葉が出てきました。

 AさんとBさんには共通点と相違点があります。共通点としては二人とも「完璧主義」で「努力家」です。まるで自分に欠点があることが許せないと考えているような印象すらあります。

 異なるのは過去の生い立ちです。Aさんは愛情のある家庭に育ったとは言えず、勉強もできず容姿も美しいとはいえずいじめの被害の経験もあるそうです。高校を中退した彼女はお金をためダイエットに成功し美容外科の手術を何度かうけたと言います。これらがAさんの人生の転機となり、その後は他人から優しくされるようになり男性が寄ってくるようになり、そしてキャバクラで働きだしてから人生が変わったそうです。

 一方Bさんは10代の頃から高身長の美男子でスポーツ万能、サーフィンはかなりの腕前のようです。どこの世界にいても人気者になるという感じです。”華”があり、何をやっても成功しそうな雰囲気が漂っています。

 承認欲求について書かれたネット上の言葉を読んでいると「承認欲求が強いのは幼少時に承認されなかったことが原因」という書き込みが目立ちますが、私自身はその意見には賛成しません。もちろんそういう人もいるでしょうが、Bさんのように対人関係に苦労しているとは思えないような人もいるからです。Bさんも医師の私に言えない幼少時の苦しみがあったとは思いますが、そんなことを言い出せば誰にでもなんらかの辛い経験はあるはずです。

 むしろ私が強い承認欲求を持つ人の特徴だと思うのがAさんとBさんに共通している「完璧主義で努力家」です。こういう人たちは端的に言うと「すべての人から愛されなければ気が済まない」と考えているのではないかと思えてくるほどです。

 承認欲求から逃れるためにはまず「すべての人から愛される人」などこの世に存在しないことを理解すべきです。マハトマ・ガンジーやマザー・テレサですらネット上には悪口があふれています。政治家はどのような業績を挙げようが批判されますし、どれだけの実績を出そうが企業家もバッシングの対象となります。このサイトで何度か述べたように私は稲盛和夫氏から大きな影響を受けていて、私にとって稲盛氏は完璧な方であり氏の悪口を言う者などこの世に存在しないはずだと思っています。しかし、その稲盛氏に対してすら否定的なコメントがネット上にはあります。

 次に「他人から承認されること」を目標とするのが極めて危険であることを理解すべきです。「他人」とは仕事上の顧客や上司はもちろん、身内、あるいは「あなたにとって一番大切な人」であったとしてもです。最も親しい人も含めて「他人」から承認されることを求めすぎると、その「他人」があなたの人生の支配者になってしまいます。その人から認められることが行動の最優先事項となるからです。若い頃に経験する”燃えるような恋”の場合はそれでもいいでしょうが、そういう恋は長続きしないものです。

 承認欲求の呪縛から逃れるために積極的にすべきことがあります。それは「自分のなかに<変わらざる自身>を持つこと」です。自分が何者で何が大切で何のために生きているのか。こういったことを自分自身ではっきりと確立し、それを自分の”中心”に置けば他人の評価など気にならなくなります。

 「そういう考えはひとりよがりでしかない」、あるいは「そんなことを言っていれば(キャバクラや美容院の)顧客が増えないではないか」という考えもあるでしょう。しかし、私は固定客獲得の努力を怠っていいと言っているわけではありません。また、自分にとって大切な人への気遣いをするな、と言っているわけでもありません。自分の命を差し出してでも愛する人を守りたいという気持ちはあっていいと思いますし、そうあるべきだと思うこともあります。ですが、いつも相手に振り回されるような関係では本末転倒です。

 ここで私の個人的な経験を紹介しておきましょう。私は子供の頃から勉強もスポーツもできたわけではありませんし、ひとつめの大学時代に自分がいかに無力であるかということを思い知りました。大学時代に知り合った先輩たちのおかげで世間というものが分かるようになり就職する頃にはそれなりの自信がついていたことは過去のコラムで述べましたが、それでも私の認められ方というのは、たいていは何もできないことを披露して自分が馬鹿であることを分かってもらってそこから頑張るという方法です。

 それまで劣等感を抱えて生きてきた私の人生が一転したのが医学部受験に合格したときです。会う人ほぼ全員から「すごいなぁ」「すごいですねぇ」などと言われ、医学部入学後はどこに行っても一目置かれるという感じで”承認”されるのが当たり前、となりました。私にとってこれは奇妙な体験でした。それまでの人生で承認されることに縁がなかった私は「医学部に合格したくらいで人格が向上するわけでもないのに、こんなことで人を判断するなんて馬鹿げている」と他人からの承認を冷めた目でみていたのです。そして、こういう経験をしたおかげでかえって「<変わらざる自身>を持たなければそのうちにダメになってしまう」ということが分かりました。昔からよく言うように「成功は人間をダメにする」のです。

 この私のエピソードはひとつの教訓と言えると思います。私の医学部受験に賛成する人はほとんどおらず、合格するまでは「無謀なことに挑戦する馬鹿なヤツ」と思われていたわけです。それが合格発表を契機にがらっと変わって”承認”のオンパレードとなったのです。その日を境に”承認”されるにふさわしい人格が私に突然芽生えたとでも言うのでしょうか。つまり、「承認する他人」あるいは「承認しない他人」というのはしょせんその程度のものなわけです。Facebookの「いいね」の数で一喜一憂するなどということがどれだけ馬鹿げたことなのか今一度考えてみるのがいいでしょう。「いいね」に気持ちを揺さぶられるのは<変わらざる自身>を持っていない証なのです。

 <変わらざる自身>を持っていれば、自ずと今何をすべきかが分かるようになります。もしも「何をすべきか分からない」という人がいるとすれば、自分が何者で何が大切で何のために生きているのかということに思いを巡らせて<変わらざる自身>を確立すればいいのです。

 では、具体的にはどのようなことをすればいいのでしょうか。過去に紹介した「ミッション・ステイトメントをつくる」というのは最もお勧めの方法です(下記参照)。また、これも過去に紹介した「人生を逆算する」というのも試してみるべきです(下記参照)。人生はとても短いものです。他人からの承認でなく<変わらざる自身>を維持することに務めればつまらないことに悩む必要はなくなります。そんなことで悩む時間をもったいないと感じるようになるのです。

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参考:
マンスリーレポート
2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」
2016年1月「苦悩の人生とミッション・ステイトメント」
2018年9月「人生を逆算するということ」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2019年11月25日 月曜日

2019年11月25日 「海の近く」に住めば貧しくても心は安定

 将来はどこに住みたいか、というのは多くの人が考えることで、回答は主に「都会派」か「自然派」に分かれると思います。慌ただしい都会を離れて自然に囲まれた田舎暮らしに憧れる人も少なくないようで、そういった特集を雑誌で見かけることもあります。自然に囲まれた生活をイメージすると「山」と「海」に大きく分けることができます。今回紹介するのは「海の近く」の生活です。ただし、「海に近い都市部」です。

 医学誌『Health & Place』2019年9月号に掲載された論文「イングランドの成人における海との距離と精神状態。収入格差をやわらげる効果も(Coastal proximity and mental health among urban adults in England: The moderating effect of household income)」で述べられているポイントを紹介します。

・海岸から1km以内に住めば精神状態が改善する

・最も収入が低いグループにおいては「海の近く=良い精神状態」の関係が特に強かった

 この研究の対象は「イングランド健康調査(Health Survey for England)」の参加者約25,963人です。都市部に住む成人における「海の近くに住むこと」と「精神状態」、さらに「収入」との関連が調べられています。

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 このようなマイナーな医学誌を取り上げたのは私自身がこの論文のタイトルに魅かれたからです。以前『八月の鯨』という映画を観たとき、ストーリーは私にとってはあまり面白くなく退屈だったのですが、映画に登場する部屋から見える海のシーンがとても美しく「こんな家に住めたらどれだけ幸せだろう」と感じたことがあり、そのシーンだけがその後も私の心に中に何度も登場するのです。ちなみにこの映画は映画ファンの間では軒並み評価が高いようで、その海のシーン以外の良さが分からない私にはセンスがないそうです。

 今回紹介した研究の興味深いところは収入との相関関係が調べられていることです。「低収入でも海を見れば幸せ」と極論することは危険でしょうが、「生きるヒント」になるかもしれません。

 もうひとつ気になるのは、これが「都心部での調査」ということです。都心部の海と田舎の海では違いがあるのでしょうか。あるいは離島はどうなのでしょうか。いつかそんな研究が発表されるのを楽しみにしたいと思います。

参考:
「はやりの病気」第185回(2019年1月)「避けられない大気汚染」
「医療ニュース」2017年3月31日「大通り沿いに住むことが認知症のリスク」

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2019年11月23日 土曜日

2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク

 いまだに一般のメディアでは大きく取り上げられておらず世間の関心も高くなく、さらに医療者の間でもあまり話題にならないのですが、2014年頃から「CTE(慢性外傷性脳症)」のリスクについて私自身は日ごろの外来で患者さんに伝えるようにしています。また、このサイトを読まれた人たちから質問が寄せられることもあります。

 これほど重要な疾患がなぜ世間で重視されないのか私には皆目見当がつきません。2016年にはCTEを取り上げたウイル・スミス主演の映画『コンカッション』が日本でも公開されたのですが、なぜか単館系での上映のみで期間も短くあまり話題になりませんでした。ちなみに、主演のウイル・スミスはゴールデングローブ賞で最優秀主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされています。

 一方、海外ではCTEに関する研究が増えてきており一般のメディアも報道しています。今回は「やっぱりサッカーも危険だった」という研究を紹介しますが、その前にこのサイトでこれまで述べてきたことを簡単にまとめておきましょう。

・CTEは格闘技やアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツで脳震盪を起こすことが原因。

・NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は当初アメリカンフットボールとCTEの因果関係を否定していたがその後認めるようになった。2015年4月時点で、CTEを発症した元アメリカンフットボールの選手5千人以上に対し、NFLは総額10億ドルを支払うことで和解した(「The New York Times」の記事より)。

・病理解剖の研究によれば、元アメリカンフットボール選手の87%がCTEだった(医学誌『JAMA』2017年7月25日号の論文より)。

・コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEになることが、米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体から明らかとなった(医学誌『Acta Neuropathologica』2015年3月の論文より)。

・米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)は「未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない」と勧告した(医学誌『Pediatrics』2016年12月号の論文より)。

・サッカーでヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上となる(医学誌『Neurology』2017年2月1日号の論文より)。

・イングランドの元ストライカーJeff Astle氏が若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界した(報道は「The Telegraph」)。

・オバマ元大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言した(「The Newyorker」より)。

 ここからが今回の研究の紹介です。結論を言えば「サッカー選手は認知症になりやすい」です。医学誌「New England Journal of Medicine」2019年10月21日号(オンライン版)に「元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率Neurodegenerative Disease Mortality among Former Professional Soccer Players」というタイトルの論文が掲載されました。

 研究の対象はスコットランドの元プロサッカー選手7,676例。対照には同年代の一般住民23,028例が選ばれています。追跡期間の中央値は18年以上で、その間に元サッカー選手1,180人(15.4%)、対照群3,807人(16.5%)が死亡しています。ポイントは次の通りです。

・全死因の死亡率については、70歳までは元サッカー選手が一般人よりも低かった。しかしその後は逆転している。

・元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率は一般人の3.45倍。

・元サッカー選手のアルツハイマー病での死亡率は一般人の5.07倍。

・元サッカー選手は一般人よりも虚血性心疾患による死亡率は20%低い。

・元サッカー選手は一般人よりも肺がんでの死亡率は47%低い。

・元サッカー選手は一般人よりも認知症関連の薬の処方頻度が高い。

・ゴールキーパーはゴールキーパー以外の選手と比べて認知症薬の処方頻度は59%低い。

 これらをまとめると、「サッカーをすれば心臓と肺が強くなるが、神経の病気のリスクが高くなる。特にアルツハイマーのリスクが高い。その原因はヘディングをするからだ」、となります。

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 これまでアメリカンフットボールによるCTEの研究がたくさん米国でおこなわれているのは米国ではサッカーの人口が少ないからでしょう。一方、スコットランドではサッカーが国民的スポーツです。今後欧州の他の地域や南米でもサッカーとCTEを結びつける研究が出てくるかもしれません。しかし、それを待つのではなく、この時点で我々は、そして我々の子供はコンタクトスポーツを続けていいのか、という問題を真剣に考えるべきではないかと私には思えます。

 今年の盛り上がりに水を差すようですが、それはラグビーでも同様です。

はやりの病気
第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース
2017年8月30日「アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!」
2017年3月6日「ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク」
2016年12月26日「未成年の格闘技は禁止すべきか」
2016年10月14日 「コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症」
2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」

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2019年11月20日 水曜日

第195回(2019年11月) 本当はもっと多い(かもしれない)腸チフス

 数年前から複数のメディアから取材を受けることが多い感染症が「梅毒」です。「梅毒が急増している」と言われ、たしかに統計上もそのようになっています。しかし、実感としてはそんなことはなく「梅毒は昔から珍しくなかった」というのが、私が言い続けているコメントです(例えば、毎日新聞「医療プレミア」「再考 梅毒が「急増している」本当の理由」)。

 実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染者は過去13年間で大きな推移はあまりありません。ただし「内訳」は大きく異なっています。オープンした2007年から2014年頃までは、梅毒の診断がつくケースの大半が「他院では治らなかった皮疹」で受診、というケースです。他には「原因不明のリンパ節腫脹」「長引く咽頭痛」などから診断がついたこともありましたが、圧倒的に多いのが皮疹です。なかには大学病院で生検(皮膚の一部を切除する検査)までおこなわれて結局診断がついていないという症例もありました。

 一方、最近梅毒の診断がつくのは、保健所などの無料スクリーニング検査で「疑いがある」と言われて谷口医院を受診したというケースです。梅毒は自然治癒もありますし、別の理由で抗菌薬を処方されてしらない間に治っていたということもよくあります。以前、どこかの政治家が「梅毒が増えているのは中国人が持ち込んだからだ」と発言して問題になったことがあります。そのような事実が確認されたわけではありませんし、もしもこのような事実があるなら梅毒以外の性感染症も増えているはずです。梅毒だけが”統計上”増えているのは昔からあったものが見逃されていただけだ、と考える方がずっと自然です。

 さて、今回お話したいのは梅毒ではなく「腸チフス」です。この感染症は梅毒より遥かに少ないのは事実ですが、実はそれなりに多いのではないか、というのが、私が考えていることです。その理由を述べる前に腸チフス全体のおさらいをしておきましょう。

 腸チフスはチフス菌と呼ばれるグラム陰性桿菌(グラム染色でピンクに染まる長細い菌)で、主に食べ物を介して口から感染します。インドやパキスタンといった南アジアでの感染が最も多く、日本人が現地で感染することも珍しくありません。かつての日本でも猛威を振るい太平洋戦争の頃は年間数万人が罹患していたそうです。その後抗菌薬の普及により90年代にはパラチフス(注1)と合わせて年間100人程度で推移しています。その大半が海外で感染し帰国して発覚というパターンです。

 しかし2014年に集団感染が報告されました。医療ニュース2014年10月6日「東京のカレー屋で腸チフスの集団感染」で紹介したように、東京のカレー屋で8人の男女が食中毒症状を訴え、そのなかの6人からチフス菌が検出されたのです。保健所の調査により、最終的には合計18人がこのカレー屋の料理で感染していたことが分かりました(注2)。インドに帰国していた従業員が現地で感染し、日本に戻ってきて調理した生サラダにチフス菌が混入したものと当局は推定しました。尚、当事者のインド人は無症状だったそうです。

 この食中毒事件を「稀な事件」と捉えていいでしょうか。私の答えは「否」であり、たとえ海外渡航しなくても日本人にもリスクはあると考えています。したがって、まず自分自身を守らなければならないと判断し、私自身がワクチンを接種しました。といってもこのワクチンは日本では認可されていませんから、タイ渡航時に知人の医師が勤務する医療機関で接種しました。

 「日本人にもリスクがあり、実際には感染者数がもっと多い」と私が考える理由を述べていきます。

 まずひとつめに「感染しても気付いていない人」がそれなりにいます。実際、件のカレー屋のインド人は自分自身が感染したことに気づいていなかったわけですし、当局のこの調査でさらに無症状病原体保有者が1名確認されています。

 次に「感染しても軽症で済む人」がそれなりにいます。軽症の人は医療機関を受診しませんから、感染して軽い症状が出たが自然に治癒した、もしくは症状がとれて保菌者となった、という人がそれなりにいるはずです。

 その次に考えられることとして、「それなりの症状が出て医療機関を受診したけれども正確な診断がつかなかった。しかし抗菌薬が処方されて結果的に治った」という例もかなりあると私はみています。これはちょうど冒頭で述べた梅毒と同じで、実際の臨床現場では「とりあえず抗菌薬が処方されて診断がつかぬまま治った」というケースがかなりあるのです。ちなみに、私自身は「安易に抗菌薬を使うな。抗菌薬を処方するのは原因菌が特定されたかまたは強い根拠を持って推測できるときだけにしなければならない」と医療者に対して言い続けています。

 まだあります。通常下痢や発熱が生じると患者さんも我々医師も食中毒の可能性を考えますが、下痢が起こらなかったときはどうでしょう。腸チフスは高熱と皮疹が出ても必ずしも下痢が起こるとは限りません。便秘となることもあります。このような状態で食中毒を、さらに腸チフスを疑うことができるでしょうか。

 海外渡航歴のない国内発症例はどれくらい報告されているのでしょうか。国立感染症研究所の報告によれば、2013年1月から9月末までの9ヶ月で合計49例の腸チフス報告があり、そのうち18例は明らかな海外渡航歴のない国内感染例です。同研究所によれば、この18人がどのように感染したのかについてはほとんどが不明です。

 米国では果物からの感染が報告されています。2010年、国外から輸入されたmamey(日本語では何と呼ぶのでしょう。私は食べたことがありません)の冷凍果肉からの感染がCDCにより報告されています。

 こういったことを踏まえると、海外に渡航しない日本人が腸チフスに感染する可能性は決して少なくないと考えるべきです。そして、腸チフスがやっかいなのは(梅毒と異なり)重症化することがあるという事実です。最近は薬剤耐性菌が増えてきており強力な抗菌薬の長期投与を余儀なくされる例も増えてきています。

 こう考えるとワクチンをうちたくなる人もでてくるでしょう。実際、谷口医院にも感染症に興味のある患者さんからはそのような要望が寄せられています。私自身がおこなったようにタイでのワクチン接種を勧めているのですが、そんなに簡単に海外には行けないという人もいます。谷口医院は未認可のワクチンを扱わない方針なのですが、あまりにも要望が多いこともあり例外的に腸チフスのワクチンを入荷させることにしました。ただし、輸入には様々な経費がかかることから当然のことながら高くなります。私がタイで接種したワクチンは約500バーツ(約1,500円)でしたが、谷口医院での費用は8,800円になります(注3)。

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注1:腸チフスと似た名前の感染症にパラチフスと発疹チフスがあります。パラチフスは細菌学的に腸チフスと似ています。ただし腸チフスのワクチンは効きません。しかし一般にパラチフスは腸チフスよりも軽症です。発疹チフスは「チフス」の文字が入っていますが、細菌学的に腸チフスやパラチフスとはまったく異なる種類で、リケッチアと呼ばれる病原体が原因です。なぜ、全然違う種類の病原体に同じような名前が付けられたかと言うと、腸チフス、パラチフス、発疹チフスのいずれも似たような発疹を呈するからです。ちなみにこれらの発疹は梅毒のときに生じる皮疹と似ていることがあります。話はまだややこしくなります。腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。

注2:この事件の概要は国立感染症研究所が報告しています。

注3:他のワクチンも驚くほど安いことから、私は海外渡航の多い人にはタイでの接種を勧めることがしばしばあります。例えば、麻疹・風疹・おたふく風邪の三種のワクチンを日本で接種すれば合計16,000円(谷口医院の場合)かかりますが、バンコクのマヒドン大学にある「Thai Travel Clinic」ではわずか227バーツ(約800円)です(2019年11月20日現在)。

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2019年11月11日 月曜日

2019年11月 医療者と他職種の「正直」はどう違うか

 前回のこのコラムでは「医師と他職種の共通点と相違点」について述べました。今回はその続きとして「医療者と他職種の「正直」の違い」について話したいと思います。このような話をする人は他に見当たりませんから、あまり他の人が考えない、あるいは考えても意味のないことを考えるのが私の”癖”なのかもしれません。

 まずは「正直」という言葉の意味を考えてみましょう。「正直」に似た言葉に「誠実」があります。基本的に「誠実」と「正直」はまったく異なる概念である、というのが私の考えです。分かりやすい例を挙げましょう。浮気をしたときにそれを包み隠さず伝えるのが「正直」で、浮気という裏切り行為を初めからしないのが「誠実」です。ですから、「誠実」は「正直」よりも”上”の概念、あるいは高貴な真実、もっといえばより重要な原則ということになります。「正直になる」よりも「誠実になる」方が人間にとって大切なことなのです。

 「浮気を伝える」というのは極端にネガティブな例であり「正直がよくない」ことを説明するには説得力に欠けるかもしれませんが、「正直がよくない」例は他にも多数あります。例えば、「とても疲れて帰宅したときに妻が高熱で寝込んでいることに気づき、今日は元気がありあまっていてご飯をつくりたい気分だ、と言って妻のためにお粥をつくる」、がそうです。他にも、「子供がまだ幼い時に、その子供の母親が不倫した男と駆け落ちして心中したことを隠して、お母さんは病気で死んだんだよ、と言う」とか「ホームパーティに呼ばれて食事をご馳走になったときに、料理が口に合わなくても美味しいと言う」というのもそうでしょう。私流の解釈として「正直」は「誠実」よりも”下”に位置します。

 仕事の場面で考えてみましょう。仕事においても「正直がよくないこともある」とかつての私は考えていました。私が初めて本格的に仕事をしたのは最初の大学生時代の旅行会社でのアルバイトです。このアルバイトを通して私自身がどれだけ成長できたかということについてはすでに何度か述べました。今回述べるのはそのアルバイトを通して私が「正直でない」行動をとっていたことです。今振り返ってみれば本当にそれでよかったのかという疑問が出てくるのですが、当時の私はそうすべきと思っていました。

 例えば「新人で何の実績もないのに経験者のフリをする」というのがあります。18歳の頃、生まれて初めてバスの添乗をしたときのことです。「初めてです」と正直に言えば、バスのドライバーからも旅行客からもなめられます。そこでベテラン添乗員のフリをするわけです。何を聞かれても自信たっぷりに答えるのです。もちろんこれをしようと思えば経験のある先輩たちから事前に話を聞いて何度もシュミレーションして望まなければなりませんが。

 ある離島のリゾート地で「グラスボート」(底が透明になっている小さな船)のチケットを売る仕事をしていたときのことも紹介しましょう。私自身はグラスボートになど乗ったことがないくせに「ものすごく感動しますよ! 僕が初めて乗ったときは興奮して眠れなかったんです! 昨日来たお客さんは全員チケットを買いましたよ!」などと「正直でないこと=嘘」を言っていました。

 これも過去に述べたように、私はひとつめの大学生時代にディスコでウエイターのアルバイトをしていたこともあります。この世界は経験が短いことがお客さんからなめられることにつながりますから、ベテランのフリをしなければなりません。仕事中にお客さんと話すことの大半は「正直でないこと=ハッタリ」でした。

 ひとつめの大学を卒業して会社員をしていた頃にも「正直でないこと」を何度も口にしていました。輸入品を全国に販売促進する仕事をしていたときは、「アメリカではすごく売れていて間違いなく日本でも流行りますよ」とか「もうリピートの注文がどんどん入っていてもうすぐ品切れになりますよ」とか、根拠のない「出まかせ」を言っていたわけです。

 こうやって過去の私が言ってきた「正直でないこと=嘘・ハッタリ・出まかせ」を振り返ってみると、なんだか自分がとんでもなくひどい人間のように思えてきますが、当時は何の罪悪感もないどころか、仕事というのはそうあるべきだ、と考えていました。実際、私のこのような方針というか”戦略”で失敗したエピソードは特にありません。いつも”成功”していたと言ってもいいと思います。

 では医師になってからはどうかというと、私が初めて本格的にこの問題を考えたのは研修医一年目の麻酔科の研修で、初めて麻酔をかけるときの患者さんへの説明でした。麻酔は安全な医療行為ではありますがアクシデントがないわけではありません。そんな医療行為を研修医1年目の者がおこなう、しかも麻酔をかけるのが初めて、となると患者さんは不安になるに違いありません。しかしこの場面で「嘘」を言うわけにはいきません。「正直に」自分は1年目の研修医であり麻酔をかけるのが初めてであることを伝えました。
 
 形成外科の研修時代、初めての手術をするときも「初めての手術です」と伝えました。その患者さんは「ということは先生(私のこと)は僕のことを一生忘れないですね!」と言いつつも、その直後に「他の先生もついてくれますよね……」と加えていましたからやはり不安に感じられたのでしょう。
 
 医療者が「正直」であるべきか否かという問題を最も真剣に考えなければならないのは「医療ミス」をしたときです。長い間医療行為をしていると誰でも「ミス」はします。絶対にミスをしてはいけないのが医療職という考えもありますが、長年医療行為をしていて一度もミスがないという医療者はいません。では、すべての医療者がミスをすれば直ちにそれを患者さんに伝えているかというとそういうわけではなさそうです。例えば医療事故があれば直ちにカルテを公開すべきですが、あとから書き換えたとか、裁判で新たな事実が分かったといった内容が報道されることがあります。

 私の個人的な意見は「医療者は(他職種とは異なり)常に正直であらねばならない」です。「見つからなければ黙っておいてもいい」という考えには反対です。以前、太融寺町谷口医院の患者さんに薬を誤って処方したことがありました。私のカルテへの薬の入力ミスはたまにあるのですが、ほとんどはそれをチェックする看護師が気づきます。

 ですが、そのときは見逃されており2週間後に患者さんが再診したときに気づきました。処方しようと考えた薬をクリックするときにリストのひとつ下の薬を押してしまい、似た名前の別の薬が処方され、既に飲み終わっていたのです。しかし患者さんの様態はよくなっています。黙っておいた方が余計な不安を与えない、という考えもあるかもしれませんが、私は正直に自分が薬の処方を間違えたことを伝えました。その時は「話してくれて感謝します」と言われましたが、その後この患者さんは受診していません。やはり誤薬が許せない、と考えられたのかもしれません。

 もうひとつ実例を紹介します。今度は当院の看護師の話です。ある日その看護師は注射の量を間違えて投与したことに気づきました。ただし、それは黙っていれば誰にも分からないことで、さらにその量の違いが患者さんに影響を与える可能性はほぼゼロです。医師に伝えず、患者さんに伝えることを考えない看護師もいると思います。私はその看護師からこの報告を受けたときに「このことを患者さんに伝えるべきだと思いますか?」と尋ねました。すると、その看護師は間髪おかずに「はい」と答え、すぐに患者さんに電話をかけて謝罪したのです。黙っておけば誰も気付かないことを上司である私に報告し、直ちに患者さんに電話で知らせるというその看護師の勇気と行動に私がどれだけ感動したか想像できるでしょうか。

 医師になるまでの私の考えが間違っていたのかどうかについては今も答えが出ていませんが、医療者にとっての「正直」は「誠実」と同じくらい重要な原則であることは間違いありません。

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2019年10月27日 日曜日

2019年10月27日 片頭痛があればアルツハイマーのリスクが4.2倍

 片頭痛は脳梗塞のリスクであるという情報はかなり知れ渡ってきているようです。初診時の患者さんからこのことを聞かれることが少しずつ増えてきています。脳梗塞のみならず、心筋梗塞、脳出血、静脈血栓症、不整脈などのリスクが上昇することを示した研究も過去のニュース「片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク」で紹介しました。

 今回報告するのは、おそらく脳梗塞以上に衝撃的だと思います。それは「片頭痛があればアルツハイマー型認知症のリスクが4.2倍にもなる」という研究です。

 医学誌『International Journal of Geriatric Psychiatry』2019年9月号に掲載された論文「片頭痛と認知症のリスク、アルツハイマー型認知症・脳血管性認知症の前向き調査(Migraine and the risk of all‐cause dementia, Alzheimer’s disease, and vascular dementia: A prospective cohort study in community‐dwelling older adults)」で研究結果が報告されています。

 研究の対象者はカナダのある地域に在住する65歳以上の679人で、登録時には認知機能の異常がないことが確認されています。5年後に認知機能を評価しアルツハイマー型認知症及び脳血管型認知症の有無が調べられました。

 その結果、アルツハイマー型認知症のリスクは4.22倍にもなっていました。意外なことに脳血管性認知症のリスクは上昇していません。

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 この論文は非常に重要だと思います。まずこの研究は「前向き研究」でおこなわれています。以前にも述べたように前向き研究は「後向き研究」に比べて、エビデンスレベルがずっと高いわけです。

 次に、アルツハイマー型認知症の最大の要因は「遺伝」です。私の印象で言えば、この点が正確に世間に伝わっておらず、週刊誌やネット情報なども「〇〇を食べればリスク増大」「運動不足がリスクを上げる」「頭を使わないと…」「交友関係が少ないと…」などそのようなことばかり取り上げますが、最大の要因が遺伝であることは間違いありません(下記「医療ニュース」参照)。

 そして、片頭痛も遺伝の要因が強いことはほぼ間違いありません。ということは、片頭痛があり親族にアルツハイマー型認知症がいる人のリスクはかなり高いということになります。であるならば、片頭痛の治療と予防をしっかりおこなうことと、(エビデンスレベルが高くないとはいえ)認知症の予防として推奨されている食事や運動方法などを実践すべきということになります。

 それから(これは誰も言わないので私が言います)、リスクが高い人は認知症を恐れるのではなく、すぐに発症してもいいようにいろいろな”準備”をしておくことが大切です。例えば、預金や保持している金融商品を明確にして家族に伝えておくとか、自営業者の人なら早めに後継者を探すとか、そういったことが必要です。「自分は認知症のリスクが高いから早めに準備しています」という人はあまりいませんが、これは重要なことだと私は考えています。

参考:
はやりの病気第179回(2018年7月)「認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」
医療ニュース2019年3月31日「親戚・身内にアルツハイマー、自身も高リスク」
医療ニュース2019年3月31日「ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク」
医療ニュース2018年2月26日「片頭痛は心筋梗塞、脳卒中、静脈血栓症のリスク」

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2019年10月22日 火曜日

第194回(2019年10月) 電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~

 米国では電子タバコで死亡者続出、英国では依然推奨されている……。

 これが現在の電子タバコに対する世界の実情です。いったい電子タバコは「死に至る危険な物質」なのでしょうか。それとも英国政府の言うような「安全で有効な禁煙ツール」なのでしょうか。電子タバコを使用した死亡者が米国で相次いでいるのは事実であり、因果関係が認められれば従来のタバコ以上に規制しなければなりません。

 今回は電子タバコ及び加熱式タバコについての最近の議論をまとめてみたいと思います。前回このテーマに触れたのは2017年8月ですからおよそ2年前になります。そのときのコラムのタイトルは「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」です。当時の各国の状況を簡単に振り返っておきましょう。

英国:禁煙ツールとして推奨。英国保健省が「禁煙支援ツールになり得る」と正式に発表。電子タバコは従来のタバコに比べて有害性が95%も低いと主張。

米国:政府は正式な言及をしていないが、「米国での電子タバコ使用者の増加が、国民全体での禁煙率上昇に寄与している」とする論文が公開された。

タイ:所持しているだけで逮捕。実際、2017年7月には路上で電子タバコを使用していたスイス人男性が逮捕され6日間留置された。尚、「(iQOSなどの)加熱式タバコは電子タバコと異なる」という理屈は一切通用しないと考えるべき(と私見を述べた)。

カンボジア:タイと同様、所持しているだけで逮捕されるという法律がある(ただし、実際に逮捕されたという情報は入手できず)。

 では、その後の2年間の経過をみていきましょう。まずは近いところから。

 タイではその後逮捕者が続出しています。”逮捕”といってもほとんどのケースでは賄賂を払えば解放してもらえるはずですが、賄賂などというものに激しく抵抗する人もいます(注1)。私の経験でいえば正論にこだわり融通の利かないのはアメリカ人に多い印象があるのですが、プーケットで逮捕されたのはフランス人の女性でした。

 現地の新聞によれば、2019年1月30日、31歳の仏人女性が電子タバコを保持しているという理由でプーケットの警察官に逮捕されました。4人の警官が4万バーツ(約14万円)の賄賂を要求し仏人女性が拒否したところ、女性は警察署に連行され、その後バンコクの刑務所で3泊過ごすことになりました。罰金は827バーツだけでしたが、法定費用や旅費などで8千ユーロ(約100万円)かかったそうです。さらに、出入国管理局は「国外追放」を決めました。当然のことながら「賄賂を要求された」という女性の主張を警察は認めていません。

 尚、私の入手した情報によると、バンコクで加熱式タバコ(または電子タバコ)で日本人が警官に”逮捕”されたという話は多数あります。ですが、留置所や刑務所に入った日本人の話は聞いたことがありません。おそらく”賄賂”を渡して解放されているのでしょう。

 シンガポールでも動きがありました。現地の新聞によれば、2019年2月より電子タバコ使用者は2千USドル(約24万円)の罰金刑が課せられるようになりました。さらに常習者に対しては最大2万ドル(約240万円)または12ヶ月の禁固刑となるそうです。

 シンガポールはときに「明るい北朝鮮」と呼ばれるように、徴兵制度、入国制限などが厳しいことで有名です。一方、その逆にアジアで最も民主化が進んでいる国(地域)として挙げられることが多いのが台湾です。現時点でアジアで同性婚が合法なのは台湾だけです。しかし電子タバコについては、その台湾でも規制は厳しく、税関のサイトによると持ち込みが禁止されています。

 どうやらアジアに旅行するときには加熱式及び電子タバコは持って行かない方がよさそうです(どうしても持って行きたい場合はその都度領事館に確認するのがいいでしょう)。

 次は米国です。最近よく報道されている米国の電子タバコによる死亡者続出について情報をまとめておきましょう。

 2019年9月19日、CDC(米疾病対策センター)は、全米で8人目となる電子タバコが原因の死亡者が生じたことを報告しました(注2)。現地の新聞によれば、電子タバコにより呼吸器疾患を発症した患者は、疑い例も含めると全米38州および1属領で530人に昇ります。そして、マサチューセッツ州では4カ月間の期限付きとはいうものの、全種類の電子タバコの販売を禁止することが決まりました。現地の新聞によると、米国ではミシガン州とニューヨーク州では味のついた電子タバコ(vape flavors)の販売は禁止されていますが、全種の禁止を決定したのはマサチューセッツが初だそうです。

 電子タバコや加熱式タバコを有用とする意見は日本を含めてほとんどの国で取り上げられず、(ほぼ)唯一の例外となるのが英国です。先述したように、英国保健省は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。そして、これだけではありません。2015年の報告書には「問題は電子タバコが有害と考える人がいるせいで何百万人もの人が禁煙ができていない(The problem is people increasingly think they are at least as harmful and this may be keeping millions of smokers from quitting.)」と断言しているのです。まるで「喫煙者は禁煙するために全員が電子タバコに替えなさい」と言っているように聞こえます。

 さて、その英国当局は2019年2月27日に電子タバコに関する新しい見解を発表しました。そこには「入院している喫煙者に、電子タバコを勧めて禁煙を促すことを検討する(This will include the option for smokers to switch to e-cigarettes while in inpatient settings.)」と記載されています。やはり現時点でも電子タバコを強く推奨しています。

 ここで論文を参照してみましょう。医学誌『The Lancet』2016年1月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコと禁煙のメタ分析(E-cigarettes and smoking cessation in real-world and clinical settings: a systematic review and meta-analysis)」によれば、「電子タバコで禁煙を試みたグループの禁煙成功率は、電子タバコを使用せずに禁煙に取り組んだグループよりも有意に低かった」という結果が出ています。メタ分析というのはこれまでに世界中で発表された複数の研究を総合的に解析する方法ですからエビデンス(科学的確証度)の高いものと言えます。つまり、高いエビデンスを持って「電子タバコでの禁煙は有効でない」と言っているわけです。

 しかし、その逆の結論の研究があります。医学誌『New England of Journal of Medicine』2019年2月14日号(オンライン版)に掲載された論文「電子タバコとニコチン代替療法の比較(A Randomized Trial of E-Cigarettes versus Nicotine-Replacement Therapy)」によると、電子タバコによる禁煙率が18.0%、ニコチン代替療法では9.9%であり、「電子タバコの有用性が有意差を持って高い」と結論されています。ニコチン代替療法というのは日本でも保険診療で実施できる「ニコチン貼付薬」(ニコチネル)や「バレニクリン」(チャンピックス)のことです。そして、この研究の対象となっているのはイギリス人です。ということは、イギリスでは日本でおこなわれている禁煙治療よりも電子タバコを使う方が禁煙成功率が高いという結論が出ているというわけです。

 電子タバコについては、どうもイギリスだけが孤立しているような印象があります。今後のイギリスの見解に注目していきたいと思います。現在禁煙を考えている人は、電子タバコを用いるのではなく、保険診療で禁煙治療を実施すべきでしょう。

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注1:念のために補足しておくと、私は「賄賂は当然」とか「賄賂は悪くない」と言っているわけではありません。ですが、私の経験から言ってタイでは賄賂が”日常化”しており、本来の「誠実」とか「正義」といったものとは分けて考えなければなりません。私の経験を紹介しておきましょう。バンコクで知人の日本人の車に乗せてもらっているとき、右折禁止を知らなくてたまたまそこにいた警察官に停められました。知人はパスポートに500バーツ紙幣(当時のレートで約1,500円)を挟み、それを警察官に渡すとものの数秒ですぐに”解放”となりました。知人によれば、「警察官も初めから逮捕するつもりはなく”賄賂”を求めている。この国ではこれで”経済”が回っている」とのことでした。

注2:さらにCDCの2019年10月17日の報告によれば、10月15日の時点で、電子タバコと大麻を蒸気で吸入する製品による肺損傷が全米で1,479件報告されており、33人の死亡が確認されています。

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2019年10月8日 火曜日

2019年10月 「医療はサービス業」という誤解~その2~

 職業に貴賤がないのは事実だとしても、医療者の仕事に対する考え方については他の職種と大きく異なる点がいくつかあります。一方、共通する点もあるわけで、私自身は医師になる前から、この「医師と他職種の共通点と相違点」について考えてきました。

 誰かに指示されたわけでもないのに、どうしてこのような(考えても仕方がないことかもしれない)ことを考え始めたかというと、きっかけは医学部入学前から繰り返し読んでいた稲盛和夫氏の著書の影響です。稲盛氏が言う「利他の精神」は、我々医療者が患者さんに対して考えていることと共通する部分があります。

 もしも「会社は誰のためのものか」という問いに「株主の利益のため」とか「社長と役員が(あるいは社員が)金を稼ぐため」と返されればすっきりします。「医療機関の目的とはまったく異なります」と言えるからです。そして、実際に「金儲けのために起業する」という人も少なくないでしょう。

 ところが稲盛氏のように「世のため、人のため」をモットーとし「利他の精神」を追求される姿勢は我々医療者のミッションと似ています。さらに、過去のコラム「動機善なりや、私心なかりしか」で取り上げた稲盛氏のこの言葉は私の座右の銘のひとつであり、何かを決断するときはいつもこの言葉を反芻してきました。そして、「動機善なりや、私心なかりしか」はこれからも私の行動の規範であり続けるでしょう。

 では、稲盛氏の考えと医療者に全く違いはないのかというとそういうわけではありません。稲盛氏は京セラの次に第二電電(現KDDI)を設立され、その後もグループ会社を増やし、従業員を増やし、利益を伸ばしています。稲盛氏の視点から言えば、この利益は私欲によるものではなく社会によい製品やサービスを届けているわけで、それは「利他的」なのでしょう。そして自社の社員の経済的地位や満足度も向上させていて、これも「利他的」と呼んでいいと思います。稲盛氏は不況のときも従業員を解雇しなかったことを自著で述べています。

 医療の世界はどうでしょうか。医療者全員とは言えないかもしれませんが、私自身のことでいえば、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を大きくしようと考えたことは一度もありません。谷口医院がまだ2~3年目の頃、何軒かのコンサルタント会社から「分院をつくりましょう」という営業が来ました。「これだけ患者数が増えて待ち時間が長いのだから、先生(私のこと)のコンセプトを広げて社会貢献しましょうよ」などともっともらしいことを言うわけです。なかには薬局も運営しているある会社から「全額負担するから分院をつくってほしい」と言われたこともあります。

 私はすべてのオファーを断りました。医師不足のなか(そうでないとする意見もありますが私の実感としてはまだまだ医師不足です)、簡単に分院をまかせられる医師が見つかるとも思えません。今でこそようやく「総合診療」という言葉が少しずつ普及してきましたが、当時はまだまだ「縦割り」の医療が通常であり、私のように幅広い領域を診るつもりで研修を受けてきた医師はそう多くなかったのです。そのような状態で分院をつくれば、患者さんにもスタッフにも迷惑がかかるだけです。それに、今診ている患者さんに割く時間が減ることを避けねばなりません。谷口医院を大きくすることはまったく考えず、現在の患者さんの診察やスタッフの教育に時間をもっと取りたい、というのが私の考えで、この考えは今も変わっていません。稲盛氏は「良き製品やサービスを社会に供給して”大勢の人の”生活向上に貢献したい」と思われているでしょうから、この点が私の考えとは異なります。

 次に異なるのは、少なくとも谷口医院では「検査や処方を最小限とし、今後受診しなくてもいいような診療をおこなう」という方針を開院以来取っていることで、これを極限すると「患者数ゼロが究極の目標」ということになります。実際、過去にあるメディアの取材を受けたときに「究極の目標は「失業」」と答えたことがあります(参照:「私が総合診療医を選んだ理由 ・後編」)。

 このサイトで何度も紹介している「choosing wisely」も、おそらく稲盛氏の考えとは異なるでしょう。choosing wiselyは残念ながらまだまだ世間に普及しているとは言えませんが、私は草の根レベルで他の医療者や患者さんに話をするようにしています(興味がある方は当院ウェブサイトの該当ページを参照ください)。choosing wiselyでは無駄な医療を減らすために検査や処方をいつも最小限とすることを心がけています。一般の方にchoosing wiselyについて話すと、きまって「それでは医療機関が儲からないではないか」と言われますが、医療機関はそもそも営利団体ではないわけです。このサイトで何度も指摘しているように日本医師会の「医師の倫理要綱」の第6条は「医師は医業にあたって営利を目的としない」です(参照:「医師に人格者が多い理由」)。

 このサイトで「「医療はサービス業」という誤解」というタイトルのコラムを書いたのは2008年の9月、今から11年以上前です。書くきっかけとなったのは患者さんからの数々のクレームでした。当時、開業して1年が経過した頃から「待ち時間が長い」というクレームが相次ぎ、その挙句に「待たされたんだから希望する薬を処方してほしい」と言われることが何度もあり「それは違いますよ」と言わねばならない機会が増えたのが執筆のきっかけのひとつでした。また、待ち時間とは関係なく、「お金を払うんだから……」とか「検査を希望したのになんでできないんだ……」という声も連続して聞かれるようになり、いつの間にか谷口医院は「クレームの絶えないクリニック」になってしまいました。

 そのときに私が気づいたのが「患者さんは医療機関をサービス業と思っているからこのようなことを要求するんだ!」ということです。そして、そのコラムを書いてから10年以上が過ぎました。患者さんの目の前で「医療はサービス業ではありません!」と強い口調で言うようなことは余程のことがない限りしませんが(そこまで言うときは「もう帰ってください」いう私の意思表示です)、「医療機関では検査や薬を最小限にすることをいつも考えているんですよ」と多くの患者さんに伝えています。私の言い方が上達したのかどうかは不明ですが、怒り出す患者さんは次第に減ってきています。むしろ、好意的に受け取ってくれる人が年々増えています。初診時から「他院で処方されている薬を減らしたい」「デパス依存症を治したい」などと言って、先にこのサイトを読んでから受診される人も増えてきています。

 ですがその一方で、「なんで希望する検査をしてくれへんの!?」と声を荒げる人が今もいるのも事実です。

 最近私が懸念している社会現象があります。それは医師の開業を支援するコンサルタント会社がおかしな方向を向いていることです。こういう会社は医師の名簿をどこかで入手して一斉にダイレクトメールを送信しますから、すでに開業している私のところにも頻繁にメールが届きます。その内容をみてみると「集患アップ」とか「患者を増やすには」とか、もっとひどい場合は「他院の患者を奪うには」という表現すら見受けられるのです。

 コンサル会社は医療のニーズをまったくわかっていないようです。どれだけ多くの人が自身の健康のことを相談できるかかりつけ医をもっておらず、サプリメントや健康食品、あるいは民間療法にすがっているか知らないのでしょう。また、(これは医療者側に責任があるのですが)いいところがみつからないといってドクターショッピングを繰り返している人がどれだけ多いのかも知らないのでしょう。もしもコンサル会社が今のように「集患アップ」(そもそも「患い」を「集める」という言葉がよくありません)などと謳っていると、これから医師を目指す若い人たちにも「医療もサービス業なんだ」と誤った認識を持たせてしまうかもしれません。

 医療はサービス業ではありません。これを認識することが健康になる最大の秘訣と言ってもいいと思います。なぜなら、気になることがあれば、サービス業をしていない、つまり検査・薬を最小限として患者さんにお金と時間を使わせないように努めているかかりつけ医に相談することが、結果的に費用と時間を最小限とし早く元気になれるからです。そして(反論したくなる人もいるかもしれませんが)「検査・薬は最小限」を基本としている医療機関は少なくありません。Choosing Wiselyに関心を持つ医師が増えてきているのも事実です。かかりつけ医からは、治療よりもむしろ「予防」について学び、医療機関受診を最小限とする努力をすることが大切なのです。

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2019年10月7日 月曜日

2019年10月7日 大阪で日本脳炎ウイルス、北海道出身者は要注意

 2019年9月12日、大阪府八尾市保健所は「同市東部で採取したコガタアカイエカから日本脳炎ウイルスが見つかった」と発表しました。大阪府によれば2003年の調査依頼、府内でウイルスが見つかったのは初めてです。

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 日本脳炎は発症すれば、3分の1が死亡、3分の1が後遺症を残します。つまり「死に至る病」のひとつです。ワクチンを接種していれば防げるのですが、問題はしていない人が少なくないことです。

 最も注意が必要なのは北海道出身の人です。北海道にはコガタアカイエカが棲息してないことから長年ワクチンが定期化されておらず、ようやく定期接種に位置付けられたのは2016年からです。

 また、中年以降の人も注意が必要です。北海道以外の地域でも正式に「定期予防接種」に指定されたのは1994年です。また2005年から2010年の間は「積極的勧奨の差し控え」となっていました。下記は日本の日本脳炎ワクチンの簡単な時間的推移です。

1954年 不活化ワクチンの勧奨接種が開始
1976年 臨時の予防接種に指定
1994年 定期予防接種に指定
2005年 積極的勧奨の差し控え
2010年 新型ワクチンによる積極的勧奨再開

参考:
はやりの病気
第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」
医療ニュース
2016年10月8日「対馬での日本脳炎「集団感染」の謎」
毎日新聞「医療プレミア」
「来夏の東京五輪で「日本脳炎」の患者が急増する心配」2019年5月5日
「日本脳炎のワクチンが今必要なわけ」2016年12月18日
「日本脳炎の大流行を危惧する二つの理由」2016年12月11日

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