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2021年4月1日 木曜日
2021年3月31日 心臓の病気で死にやすいのは低所得で運動しない人?
心疾患に関する論文で興味深いものが2つありましたのでまとめて紹介します。
ひとつめは「運動不足の人は心臓発作で死にやすい」とするものです。医学誌「European Journal of Preventive Cardiology」2021年2月10日号に掲載された論文「死に至る心筋梗塞と過去の身体活動レベルとの関連 (Association of fatal myocardial infarction with past level of physical activity: a pooled analysis of cohort studies)」によると、日ごろの身体活動量が多い人は、たとえ心筋梗塞の発作を起こしたとしても、死亡しにくいことが分かりました。
この研究はこれまでに発表された10件の研究を統合して解析し直すこと(メタ解析)によりおこなわれています。研究の対象となった総人数は1,495,254人。追跡期間中に心筋梗塞を発症したのは28,140人。そのなかで発症後28日以内に死亡したのが4,976人(17.7%)でした。
対象者は身体活動量によって4つにわけられています。「ほとんど運動しないグループ」、「低運動グループ」、「中運動グループ」、「高運動グループ」の4つです。
「ほとんど運動しないグループ」に比べて、「低運動グループ」、「中運動グループ」、「高運動グループ」は死亡リスクがそれぞれ、21%、33%、45%少ないことが分かりました。
もうひとつの研究は「収入が多い人ほど心臓が丈夫」とするもので、これは日本の研究です。医学誌「Journal of Occupational Health」2020年2月2日号に掲載された論文「東京の労働者、社会経済的地位が運動習慣と心肺機能に関連 (Socioeconomic status relates to exercise habits and cardiorespiratory fitness among workers in the Tokyo area)」によると、雇用形態や収入、学歴と、運動習慣や心肺機能に関連のあることが分かりました。
この研究の対象者は東京、埼玉、千葉、神奈川のいずれかに在住で、1日6時間以上、週3日以上働いている20~65歳9,406人(うち男性は56.0%)です。調査は2018年1月~7月にウェブサイト上でおこなわれました。結果は次の通りです。
・年齢と運動習慣の有無は無関係
・既婚者の方が未婚者より運動している(34.7% vs 30.9%)
・高学歴者の方が運動している(大学院卒36.7% vs 高卒者27.8%)
・経営者(雇用者)>正社員(フルタイム従業員)>パートタイムワーカーの順に運動している(41.5% > 36.7% > 27.8%)
・標準体重の人は肥満者ややせている者よりよく運動している
この研究が興味深いのは、(ウェブ上のアンケートですから)実際には測定していないものの、年齢、性別、BMI、身体活動量から最大酸素摂取量を算出し、これと社会的因子の関係を調べていることです。最大酸素摂取量が大きいほど心配機能が高いと考えればOKです。
その結果、心配機能の高低には次のように関係があることが分かりました。
・大卒者 > 高卒者
・経営者(雇用者)>フルタイム従業員>パートタイムワーカー
さらに、年収上位3分の1のグループは、下位3分の1のグループに比べて運動習慣がある確率が76%高く、心肺能力が劣る確率が47%低いことがわかりました。
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2つの論文をまとめると、運動すれば心臓が強くなり(これは当然と言えば当然)、学歴が高く収入が多いほど運動していて心肺機能が高い、となります。最近、所得で寿命が決まるというようなことがよく言われます。それを裏付けるような研究と言えるかもしれません。
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|2021年4月1日 木曜日
2021年3月31日 ステロイドは塗り薬でも骨粗しょう症のリスク増大
アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の治療の最大のポイントはステロイドを早く終わらせることです!
これは太融寺町谷口医院でほぼすべてのアトピーの患者さんに対して15年前から言い続けている言葉です。ほぼ100%の患者さんに「ステロイドを塗るのは今から1週間のみ。その後は生涯塗らなくてOK」と伝えています。そして、実際、きちんとケアをすればほとんどの患者さんがステロイドゼロにもっていけます(ただし頭皮は除く)。
しかしながら、痒みがとれれば「忙しい」などを言い訳にしてケアを怠り、再びステロイドが必要になる人もいます。そういう人には「今度こそ今から1週間が生涯最後のステロイド」と伝えるのですが、やはりケアを怠って……、という人もなかにはいます。今回はそんな人にこそ知ってもらいたい研究結果です。
ステロイドは塗り薬でも骨粗しょう症や骨折のリスクになる!
医学誌「JAMA Dermatology」2021年1月20日号に掲載された論文「ステロイド外用薬と骨粗しょう症および骨粗鬆しょうが原因の骨折のリスクとの関連 (Association of Potent and Very Potent Topical Corticosteroids and the Risk of Osteoporosis and Major Osteoporotic Fractures)」で報告されています。
この研究の対象者はデンマークの723,251人。データベースを用いて解析されています。ステロイド外用の累積使用量が500g未満に比べて、501~999gの場合、骨粗しょう症が原因の骨折のリスクが1.01倍に、1,000~1,999gであれば1.05倍に上昇します。2,000~9,999gなら1.10倍、10,000g以上になると1.27倍にもなります。
また、ステロイド使用量が倍になる度に骨粗しょう症及び骨粗しょう症が原因の骨折のリスクが3%ずつ増加するという結果も出ています。
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ステロイド10,000gというと、1本が5gの軟膏でいえば2,000本に相当します。2,000本と聞くと多いような気がしますが、太融寺町谷口医院を受診する人のなかには、「これまでの人生でそれ以上使ってきた」と答える人も少なくありません。例えば、月に20本使えば8年4か月で”達成”してしまいます。
ステロイド外用で骨折が起こるということは当然血中に吸収されているということです。血中にステロイドが吸収されているのなら、骨折以外にも当然様々な副作用が起こり得ます。
私が医師になり20年近くがたちますが、以前に比べてステロイドに対する危機感が社会全体で薄れているような気がします。改めてステロイドのリスクを見直す必要があります。ちなみに、この研究の対象とされたステロイドは先発品でいえば「フルメタ」です。
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|2021年3月15日 月曜日
第211回(2021年3月) 太融寺町谷口医院ではHPVワクチン接種が減らない理由
去る2021年2月18日、3回目となる毎日新聞主催のミニ講演会をおこないました。例によって時間配分がうまくいかず、最後は慌ただしく終わらざるを得なくなり、質問の時間はほとんど取れませんでした。しかし、その後メールで複数の方からご質問や相談をいただきました。講演の内容は新型コロナを中心としたワクチンの話がメインでしたが、多く寄せられた質問はHPVワクチンに関するものでした。その後も、講演会とは関係なく、大勢の患者さんから、診察室で、あるいはメールでHPVワクチンについての相談が寄せられています。
2021年2月末、ついに他国に追いつくかたちでMSD社がHPVの9価ワクチン(シルガード9)を発売しました。今回は、新しいワクチンと従来の4価ワクチン(ガーダシル)との違いについての話となりますが、まずはこれまでの流れを簡単にまとめてみましょう。
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2007年4月 世界に先駆けて豪州が12-27歳の女性希望者全員に無料でワクチン接種
2009年12月 日本で2価ワクチン「サーバリックス」が発売
2009年12月 新潟県魚沼市が10代の女性希望者全員に無料接種を発表
2010年1月 兵庫県明石市、東京都杉並区などがワクチン接種無料化を発表
2011年8月 日本で4価ワクチン「ガーダシル」が発売
2011~12年頃 副反応の報告が相次ぎ「被害者の会」が設立され始める
2013年4月 HPVワクチン接種が厚生労働省により「定期予防接種」に加えられる(小学校6年生-高校1年生相当の女子)
2013年6月 厚労省が「子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と発表(「積極的勧奨の差し控え」) 。同時期に信州大学医学部の池田修一医師を研究代表者とする研究班(池田班)が設置される。
2014年1月 厚労省の「予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」と「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全調査会」が、HPVワクチンの副作用は、「心身の反応により惹起された症状が慢性化したものと考えられる」と発表。
2015年8月 日本産科婦人科学会が「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明」を発表
2015年12月 WHOが「予防できるのにもかかわらず、日本政府は若い女性をHPV関連のがんの危険にさらしている」と批判の表明
2016年3月 池田班が「HPVワクチンを接種したマウスのみに自己抗体の沈着を示す陽性反応があった」(HPVワクチンは危険)と報告
2016年6月 村中璃子医師が月刊誌「Wedge」に池田班の研究が「捏造」と主張
2016年8月 池田医師が村中医師の記事が名誉毀損に当たるとして、村中医師と「Wedge」編集長及び雑誌社に対し、約1100万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴
2017年11月 村中璃子医師が「HPVワクチンの誤情報を指摘し安全性を説いた」という理由でジョン・マドックス賞を受賞
2019年3月 東京地裁の判決は村中医師らの事実上の完全敗訴。原告(池田医師)の訴えを認め、村中医師ら三者に対し「330万円の支払い」「謝罪広告の掲載」「ウェブ記事の問題部分についての削除」などを求めた。
2019年10月 東京高等裁判所が村中医師の名誉毀損を認める判決
2020年3月 最高裁判所が村中医師の上告を却下。これにて村中医師の敗訴確定。
2021年2月 9価ワクチン「シルガード」発売
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”簡単に”重要なことをピックアップしたつもりですが、それでもまだ随分と複雑ですので、私の視点から一気にまとめてしまいましょう。HPVワクチンの「問題」は次の2つに集約されると私は考えています。
・HPVワクチンが発売され、世界では高い評価を受けているのに、日本では厚労省が「積極的勧奨の差し控え」というよく分からないことを言っていて接種率が上がらない。
・HPVワクチンが危険と主張した池田医師をジャーナリストでもある村中医師が「池田医師の研究は捏造だ」と批判した。そこで、池田医師が村中医師を名誉棄損で訴えて勝利した。つまり「捏造」ではないと法が認めた。
ややこしいのは、池田医師の研究が「捏造」でなかったのは事実だとしても、池田医師の出した「結論」が正しいとは言えないことです。つまり、法は「HPVワクチンが危険」とは認めたわけではないのです。
次にHPVワクチンについて客観的にみて正確なことをまとめていきます。
・重篤な副反応が(因果関係が不明だとしても)起こっているのは事実。厚労省のサイトによると、重篤な副作用の出現率は0.0097%。つまり1万人に1人。
・ワクチンで子宮頸がんが100%防げるわけではない。だが、尖圭コンジローマは(100%とは言えないにしても)かなりの確率で防げる。実際、男性も定期接種となっているオーストラリアでは尖圭コンジローマは「根絶(elimination)」すると予測されている。
・100%ではないが、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどにも効果がある。
・ワクチンは3種類。サーバリックスは2価で尖圭コンジローマにはまったく無効。ガーダシルは4価。シルガードは9価。尖圭コンジローマに対する効果は4価も9価もほぼ同じ。9価ワクチンは男性には接種できない。
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でHPVワクチンを導入したのは2011年8月、つまりガーダシルが発売になったときです。ガーダシルは最近まで男性には認可がおりていませんでしたが、男性への接種が禁じられていたわけではありません。そこで、谷口医院では、発売開始と同時に男性への接種も開始しました。これは、特別な宣伝をしたからではありません。患者さんから相談されることが多く、相談をされた人はたいていは男女とも接種されていましたし、今もされています。
全国的には厚労省の「積極的勧奨の差し控え」が出されてから接種率が激減したとされていますが、谷口医院では「積極的勧奨の……」にはまったく影響を受けていません。
ただし、「積極的勧奨の……」が出される前から定期接種対象の小6から高1の女性にはあまり勧めていませんでした。なぜなら、HPVは性行為でしか感染しないからです。「すでに性交渉をしていますよ」、という女子生徒が来れば積極的に勧めるつもりでしたが(今もそのつもりですが)、実際にはそういう生徒はほとんど受診しません。高1までに接種しなければ無料でなくなってしまうわけですが、無料だからという理由で1万人に1人の割合で(因果関係が不明だとしても)結果として重篤な副作用が起こっているワクチンを接種する人はそう多くないわけです。
尖圭コンジローマという病は本当にイヤな病です。性感染症のなかには感染してもすぐに治せるものもありますが、尖圭コンジローマはいったん感染すると、なかなか治らないことがあり、治っても再発のリスクがしばらくは続き、コンドームでも防ぎきれません。なかには繰り返す再発に精神がまいってしまい心の病を併発する人もいます。これだけやっかいな感染症がワクチンで(ほぼ)完全に防げるわけですから、性交渉を開始する年齢になれば接種したいという人が多いのは当然です。また、20代、30代はもちろん、50代で性行為をもつ機会があるという人も希望されます。
4価より9価の方がいいかというと、9価の方がより幅広いHPVのタイプに効果があるわけですが、値段がすごく高くなります。谷口医院では卸業者に9価(シルガード)を安くしてほしいと交渉しましたが28,000円が限界でした。4価(ガーダシル)は15,000円ですから2倍近くもします。
男性の場合は9価ワクチンが禁じられていますからこれから接種する人は4価にするしか選択肢がありません(2価は意味がありません)。女性の場合も、これだけ価格差がありますから9価が余程値下げされない限り依然4価を選択する人の方が多いのではないかとみています。
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|2021年3月10日 水曜日
2021年3月 「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か
新型コロナウイルスが流行する前から、米国では社会主義を求める声が大きくなっていたと言われています。おそらく増大する格差社会に嫌気がさした人が増えていたのでしょう。米国では大学を卒業しても奨学金の返済が懐を圧迫し、医療保険にも入れず、最近は物価高から家賃を払うこともできず車で寝泊まりする人も少なくないと聞きます。そこに新型コロナが追い打ちをかけました。一部の州では自殺者も増えているようです。そんななか、「平等」を原理原則とした社会主義にますます人気が出てくるのは当然かもしれません。
翻って日本では、社会主義を支持する人も一定数はいますが、米国ほど顕著ではありません。社会主義を訴える勢力のある野党は現在存在しないと言ってもいいでしょう。しかし、日本も米国ほどではないにせよ、格差社会が次第に顕著になってきています。今回は私見をふんだんに交えながらあるべき政治体制について考えてみたいと思います。まずは80年代後半からの世界の体制の流れをまとめてみたいと思います。
1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し多数の死傷者を出した事件、いわゆる「天安門事件」が起こりました。この頃の中国は中国共産党の独裁に反対し民主化を求める声が大学生を中心とした若い世代の間で広がっていました。天安門事件での死亡者は一説では1万人を超えるとも言われています。
1989年11月9日、東ドイツ政府が、国外への旅行自由化を発表したことで(実際には完全自由化を宣言したわけではないが市民にはそのように理解されたと言われています)、その日の夜にベルリンの壁にベルリン市民が殺到し、翌日にはベルリンの壁の撤去作業が始まりました。いわゆる「ベルリンの壁崩壊」です。
1985年にソビエト連邦の書記長に就任したゴルバチョフはペレストロイカ(再建)、グラスノスチ(情報公開)といった改革に乗り出し西側の文化に近づく方針をとりました。80年代後半にはソ連崩壊が現実的なものになっていました。
日本では昭和が終わり平成に入る頃に、こういった社会・共産主義の終焉を物語るような事象が世界中で次々に起こっていました。東側社会(旧共産圏のソ連、東欧など。文脈によっては中国や北朝鮮、ベトナム、ラオスなども含む)は西側に大きく遅れをとり、民主主義が社会・共産主義に勝利したのは誰の目にも明らかでした。もちろん、民主主義・自由主義が絶対的に正しくて人類を幸せに導いてくれるわけではありません。チャーチルの名言「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」がいろんな場面で繰り返し引用されることからもそれは明らかでしょう。
当時の私自身もソ連、中国、東ドイツで起こった出来事に影響を受けました。大学生になりたての頃は(他の多くの学生と同様)「権力が悪い」と決めつけた、言わば左よりの思想に傾きかけたことがありましたが、世界の出来事で完全に社会・共産主義は終わったと思いました。そして、今度は、右に傾いたというわけではありませんが「保守」というものを理想と考えるようになりました。90年代前半のこの頃、西部邁氏の思想に夢中になっていたことは過去のコラム「無意味な「保守」vs「リベラル」」で述べました。
社会・共産主義がうまくいかなかった理由について私が出した結論は「人間の多くは善人ではない。善人でない者が行政を担ったときには腐敗が起こり、不平等が生まれる。だから政府は小さい方がいい」というものです。また、福祉を充実させた社会主義国では、不正をして働かずに福祉の恩恵に預かろうとする輩がでてきます。つまり、役人の側だけでなく、市民側にも善人でない者が少なからずいて、これは不平等なわけです。そこで「政府は小さい方がいい」、つまりいわゆる「夜警国家」が現実的には一番いいのではないかと考えるようになりました。
しかし、夜警国家というのは、安全保障、治安維持といった最低限のことしかせず、福祉や医療には最小限でしか関わらない政治形態です。そのような社会ではハンディキャップを背負った人たちや不運から苦しい生活をしている人たちを見捨てることになってしまいます。
ではどうすればいいのか。私が期待したいと考えたのは、役人ではなく一般市民の中にいる「善人」です。個人や小さなNGOがそういった人たちを助けていくのが理想の社会ではないのか、と考えたのです。
まとめると、私が考えた理想の社会は「夜警国家+善良な市民が自主的に困っている人を助ける社会」です。そして、この考えをかなり長い間持ち続けていました。2009年9月号のマンスリーレポート「選挙よりも政策よりも大切なこと」でもそのようなことを述べています。
では今の私はどうかというと、やはり基本的な考えは変わっていません。「行政には頼らない。なぜなら頼ってもたいていは裏切られるから」というものです。だから新型コロナが流行りだした昨年(2020年2月)、厚労省や大阪府が「37.5度の発熱が4日以上続いたときには保健所に連絡を」と言っていた頃から、行政には裏切られるケースが続出するのが目に見えていましたから「太融寺町谷口医院をかかりつけ医にしている人は体温や日数に関わりなく症状があれば連絡してください」と案内したのです。予想通り、保健所に交渉してもたいていはPCR検査を受け入れてくれませんでした。そこで、谷口医院では5月に保健所に谷口医院独自で検査をすることを交渉し、そして6月初旬から院内での検査を開始しだしました。
もちろん私のこの考えは不充分なものであり、すべての困窮している人を平等に支援できないことは百も承知しています。私自身が手を差し伸べることができる人数はたかがしれていますし、手を差し伸べようとした人に対しても結果として上手くいかないことが多々あると理解しています。ただ、「政府がやるべき。政府の責任だ」などとは言いたくないのです。これからも私自身は、「利他的な精神を持った人を見つけて共に困窮している人を支援する」、という立場であり続けます。
しかしながら、新型コロナが今後も猛威を振るい続けるとすればどうでしょうか。利他的精神を持つ個人や組織だけでコロナ克服は困難です。なぜなら、コロナ克服のためには社会全体をまとめる必要があり、それにはある程度の強制力が必要だからです。そして、現在新型コロナ対策で最も成功しているのは(世間で言われている台湾やニュージーランドではなく)中国ではないかと私は考えています。
日本が第3波に襲われ世界中で感染者が減らずパニックが起こっていた昨年(2020年)末、武漢ではマスク無しで大勢の若者がクラブで騒いでいました。2020年12月20日の朝日新聞は「武漢、強権下の市中感染ゼロ コロナ拡大1年 クラブ客「世界一安全な街」」というタイトルでこの状況を報道しました。
天安門事件で1万人以上の市民が犠牲になった中国では今、多くの人々は自国を誇りに思っていると聞きます。私の知る限り、中国本土の人たちは自国の悪口を言いません。むしろ香港や台湾が劣っているといった言い方をします。彼(女)らはすでに自分たちが世界の覇者と考えているようなきらいもあります。
ただし、中国のその成功の裏にはプライバシーなき独裁政治があります。「The Economist」2021年1月16日に掲載された記事「ほとんどの中国人は厳しいコロナウイルス対策を驚くほど受け入れている (Many in China are strikingly accepting of harsh virus controls)」に新型コロナウイルス陽性が発覚したある女性会社員について報じられています。この女性が過去10日間に訪れた場所、それはラーメン屋から乗車した路線まですべてが公開され、この女性と接した可能性のあるおよそ100人、さらに女性の職場の近くで働く数千人にPCR検査が行われました。女性の自宅付近の道路が封鎖され、その地域の住民約50万人が1週間隔離されています。
このようなプライバシーのない社会が理想だとは到底思えませんが、上述した私が考えるような「小さな政府」であれば、無責任で他人のことを考えない人たちのせいで秩序が維持できなくなるでしょう。日本にはよくも悪くも「同調圧力」が働くせいで新型コロナに対して無責任な人が大勢現れることはないでしょうが(「同調圧力」が日本で社会主義が求められない原因かもしれません)、もしも良心を持たない人たちが勝手な行動をとりだせば社会が維持できなくなります。
国民のほとんどが国家を支持する現在の中国をみていると、天安門事件がまるで実在しなかったかのようです。ちなみに、中国の検索エンジンで「天安門事件」を検索しようとするとすぐにエラーとなるそうです。
「社会主義か、野蛮か」という言葉はマルクス派の女性哲学者ローザ・ルクセンブルグが言ったとされる言葉です。今の世界をみているとこの言葉が真実のような気もします。けれども、私があえて主張したいのは次の言葉です。
「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か
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|2021年3月1日 月曜日
2021年2月28日 頻繁に旅行をすれば幸せが7%アップ!
今月(2021年2月)のマンスリーレポート「コロナ禍でも旅に出よう」で、「旅は人生を豊かにする」ということを述べました。それを書いたこともあり「旅/travel」をキーワードにネット検索していると興味深い記事が見つかりました。
医学誌「Tourism Analysis」2020年12月5日号に論文「頻繁に旅行に行けば人は幸せになれるだろうか(Would You Be More Satisfied with Your Life If You Travel More Frequently?)」が掲載されました。それを医療系のメディア「News Medical Life Science」と「HealthDay News」が分かりやすく解説しています。
この研究の最大のポイントは単に「旅行」の効用を調べたのではなく「頻繁に旅行にいくこと」に着眼している点です。
研究の対象は500人。「旅行の重要性」「旅行計画にかける時間」「年間の旅行回数」「人生の満足度」なども調べられています。
結果、自宅から75マイル(120km)以上離れた場所に定期的に旅行する人は、あまり旅行をしない人や全く旅行をしない人と比べて、約7%幸せを多く感じているという結果が出ました。
この調査ではもうひとつ興味深いことが分かりました。日ごろから休暇について話したり計画したりする人ほど実際に休暇を取り旅行に行く可能性が高くなるというのです。
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日ごろから旅行のことを考えていれば実際に旅行に行く回数が増えるのは当然といえば当然ですが、それでもこの「事実」は重要だと思います。「人生を幸福にしたければ旅に出よ。旅に出ていないときは旅のことを考えよ」、と言えそうです。
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|2021年3月1日 月曜日
2021年2月28日 睡眠環境の見直しで人生が変わる
医学誌「Sleep」2021年1月28日号に興味深い論文が2本掲載されています。それらを合わせた結論は「緑の多い地域に住んで、睡眠をたっぷりと」となります。
1つめの論文のタイトルは「住居環境と青年期の睡眠との関連 (Associations of the residential built environment with adolescent sleep outcomes )」です。
住居周辺の騒音が大きいほど睡眠時間が短くなるだけでなく(これは常識的に理解できます)、周囲に「緑」が多いほど早寝早起きできることが分かりました。住宅の周囲に樹木が増えれば入眠時刻が早くなり、覚醒時刻も早くなるというのです。
もうひとつの論文のタイトルは「青年期の睡眠時の脳波への睡眠制限の影響 (Effects of sleep restriction on the sleep electroencephalogram of adolescents )」です。
結論からいえば、「就床時間(ベッドに入っている時間)を減らせば、睡眠時間(実際に眠っている時間)が減る以上に、認知機能に重要な脳波の活動が低下する」ことが分かりました。就床時間を10時間から7時間に減らすことによって、睡眠時間の減少率は23%だった一方で、脳波の活動は40%も低下していたそうです。尚、この研究の対象者は9.9~16.2歳の77人です。
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少年から青年期の睡眠時間が大切と今さら言われても、取り返しのしようがありません。よって、成人になってできることは「騒音が少なくて緑の多い地区に住むこと」となります。小さなお子さんのいる家庭なら、さらに就床時間を確保することが大切になります。
ちなみに私は小学校6年生頃からラジオの深夜放送にはまり、その後最近までショートスリーパーであることを”誇り”に思っていました。高校卒業以降、住んでいたアパートはほとんどが幹線道路沿い。医学部在学中に住んでいたワンルームマンションは高速道路の横でした。最近までいつも騒音と共に生活していました。
これらの論文が小学校高学年くらいに出ていて、それを周りの大人が教えてくれていたら、私の人生はきっと違うものになったでしょう……。
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|2021年2月22日 月曜日
第210回(2021年2月) よく分からなくなってきた「ポストコロナ症候群」
新型コロナウイルスに感染した後、体内からウイルスが消失しているのは明らかなのに(新型コロナウイルスは慢性化しません)、その後も症状が続いたり、別の症状が出現したりすることがあります。私はこれを「ポストコロナ症候群」と命名し、過去のコラム(「ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群」)でも述べました。また、他のサイト(「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」、「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」でも紹介しました。尚、「ポストコロナ症候群」という病名は私が勝手に名付けているだけで正式なものではありません。
私が初めてポストコロナ症候群と思われる事例に遭遇したのは2020年2月下旬です。おそらく、新型コロナに感染したであろう40代の男性で、解熱後も咳が止まらないと言います。その頃は、新型コロナは重症化することはあっても症状が長引くことはないとされていましたから、この男性は近くの病院や保健所で「新型コロナとは関係がない」と言われ続けていました。
過去に何度か太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診したことがあることから相談に来られました。その男性は以前にも風邪を引いた後、咳が長引いた経験があったために(これを「感冒後咳嗽」と呼びます)、今回も過去の咳と同じようなものではないかと当初は考えたのですが、「頭痛と倦怠感もとれない」と言います。しかも咳の様子がたしかに通常の感冒後咳嗽と異なります。しかし、当時は世界中のどこからも報告のなかった新型コロナの後遺症だと診断することはできません。もちろん困ったのは原因がわからず診断がつかないことだけではありません。問題は咳止めや喘息の吸入薬があまり効かず、なす術がないことです。
しばらくして次第に症状は改善していったのですがその後2カ月が経過しても完全には治らないと言います。この頃はまだ抗体検査が一般的でなく、しかも精度が高くないことも指摘されており、その上保険適用はなく自費になりますから(当院では実施していませんでした)、勧めることはありませんでした。それからさらに数か月し再診されたときには症状がほぼ消失していました。
この男性に生じた高熱と咳はおそらく新型コロナウイルスによるものだと思われます。今なら直ちにPCR検査ができますが当時はこの程度であれば重症性がないとみなされ検査の対象とならなかったのです。また、長引いた咳は新型コロナの後遺症であることはおそらく間違いなく、このケースはポストコロナ症候群と呼べます。
ですが、長引いた症状で受診されるなかには「本当にコロナと関係があるのだろうか?」と感じる事例も少なくありません。例えばこのようなケースです。
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30代女性。求職活動中。2020年4月初旬より倦怠感と頭痛がある。最初は咳もあったが新型コロナの検査は保健所に依頼しても拒否された。1ヶ月以上経過しても症状がとれない。そのために求職活動ができなくなった。
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この女性が主張するようにたしかにこの頃は余程の重症例でない限りはPCR検査ができませんでした。そして、この女性がポストコロナ症候群である可能性は否定できません。ですが、抗体検査を勧めても「自費になるから……」「検査は正確でないと聞いた……」などと言って受けようとしません。半年ほどたってから「かなり精度の高い抗体検査が登場しましたよ」と言ってみると、今度は「感染して半年たちましたから抗体が消えている可能性もありますよね」と言ってやはり受けようとしません。
たしかに自費の検査となるのは事実ですが、当院の負担で受けてもらおうと提案してみましたがそれでも受けないと言います。100%の確証を持てるわけではありませんが、この女性、本当は「新型コロナではなかった」と思われるのがイヤなのではないでしょうか。そのうち受診しなくなったのは、私が「コロナとは関係ない」と思っていると感じたからかもしれません。
この女性にとっては、「コロナのせいで体調不良が続いており、そのせいで就職活動ができない」と考えることで、就職活動がうまくいかないことの言い訳ができるわけです。これを「疾病利得」と呼びます。「病気が治らなければ学校に行かなくていい」、あるいは「病気が治らなければかまってもらえる」という気持ちから体調不良が続くようなときにこの言葉を使います。複雑なのは、こういうケースは必ずしも”嘘”を言っているわけではないということです。「病気が治らなければいいのに……」という思いが、いつのまにか症状を引き起こしているということが実際にあります。
世界のデータをみてみると、先述の過去のコラムでも紹介したイタリアの研究では感染者の87.4%が2カ月後に何らかの症状を有していました。医学誌「Lancet」2021年1月8日号に掲載された論文「新型コロナの患者退院6カ月後の研究 6-month consequences of COVID-19 in patients discharged from hospital: a cohort study」によれば、武漢の新型コロナウイルスの入院患者1,733人の6割以上は、退院後6ヵ月時点で、倦怠感・筋力低下、睡眠障害、不安・うつなどに悩まされていることが分かりました。
新型コロナウイルスに感染し「血栓」ができて脳梗塞を起こし障害が残ったとか、足の血管がつまって足を切断せざるをえなくなった、というような事例はあきらかな後遺症でありポストコロナ症候群のなかに入ります。
ですが、倦怠感、不安・うつなどは客観的に評価のしようがありません。咳や筋力低下も精神症状から起こることはよくあります。新型コロナウイルスに感染していたのが事実だとしても、その後出現した症状と感染が本当に関係あるのかと問われれば疑問が残ります。
ただし、広い意味では関係があります。感染したことが事実であれば、因果関係がはっきりしなかったとしてもその後何らかの症状が出現しているのであれば関係があると考えるべきです。実際、感染して死ぬかもしれないという恐怖や、他人に感染させた(かもしれない)という罪悪感から倦怠感や抑うつ状態が生じることはあり得ます。だからこそ、私は単に「後遺症」と呼ぶのではなく、広い意味での症状も含めて「症候群」とすべきだと考えたのです。
それに、「因果関係がはっきりしない(から病気と認められない)」という言葉は苦しんでいる人を傷つけることになります。もしもあなたの周りに新型コロナに感染してその後何らかの症状に苦しんでいる人がいたとすれば、その人の立場になって考えるべきです。日本は感染したことを責められて差別される国です。感染したことですでに相当辛い思いをしているはずです。その辛さが原因でいろんな症状が起こることは充分予想できます。
しかしながら、実際には感染していなかったとすればどうでしょう。それでも苦しまれているのは事実ですから我々医療者が見放すことはありませんが、コロナのせいにするのは間違っています。
では、どうすればいいのでしょうか。ポストコロナ症候群の可能性があるなら「抗体検査を早急に受ける」ことが勧められます。たしかに、現在保険適用はなく、精度が低い検査も出回っています。しかしECLIA法という方法で信頼できる検査会社で実施すれば、それなりに高い精度で結果が得られます。そして、先述した女性が言っているように「時間がたてば抗体が消失する」可能性もあります。もちろん、本当は抗体検査を保険でできるようになればいいのですが、行政に期待しても裏切られるだけです。
検査をして抗体陽性を確認したからといって画期的な治療法があるわけではありませんが、それでも意味がないわけではありません。ポストコロナ症候群の他の患者さんの治療を参考にできますし、その後の抗体価を追っていくことも有用です。
抗体検査以外にもうひとつ勧めたいことがあります。それは「医療機関を替えない」ことです。谷口医院にポストコロナ症候群を疑い受診される人の多くは、谷口医院にたどり着くまでにいくつもの医療機関を受診していることが少なくありません。気持ちは分かりますが、医療機関を替えていいことはまずありません。必要ならその医療機関で紹介状を書いてもらえばいいのです。あるいは、初めから谷口医院に来てもらってももちろんOKです。
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|2021年2月9日 火曜日
2021年2月 コロナ禍でも旅に出よう
「GoToトラベル」がこれだけ批判され中止に追い込まれたなかで、「旅に出よう」などと言えば「非常識だ!」と各界から非難されるでしょうが、それでも私は「旅に出よう」と言い続けたいと考えています。ただし、すべての人に旅を促しているわけではありません。私が少々のリスクを抱えてでも旅に出ることを勧めているのは次の2つのグループです。
1つは「先が長くないかもしれない人」です。もちろん持病を抱えた高齢者がコロナ禍で外出するのは大きなリスクが伴います。たいていの観光旅行は不要不急とみなされ、「そんな持病を持っている人がコロナ禍で旅行だなんてとんでもない!」という意見の方が多いでしょう。
ですが、例えば余命半年を宣告されている人ならどうでしょう。もしも、あなたのお母さんやお爺さんが来年の桜を見ることが絶望的な状況だとして、今年の桜を見せてあげたいとは思わないでしょうか。桜を見なければ6月まで生きられたのに、4月に花見に行ったがために1ヶ月寿命が短くなったとすれば、あなたは、そして当事者のあなたのお母さんやお爺さんは不幸なのでしょうか。
旅行を勧めたいもうひとつのグループは大学生くらいの若い人たちです。太融寺町谷口医院の大学4年生の患者さん、つまり4月から就職する人たちに対し、私は「寝る時間を惜しんででもどんどん遊んで旅行にも行ってきてください」と言っています。昨年4月に大学1年生になった人たちにも「4年間の楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうから、1日1日が貴重だと思ってとにかく外に出ましょう。旅に出ましょう」と話しています。ちなみに、私は若者にはコロナに関係なくどんどん恋愛をすることを勧めています(参考:「新型コロナ それでも若者は恋をしよう」)
不謹慎だ、という声が聞こえてきそうですが、遊び方を工夫すればいいわけです。若い人たちが注意すべきなのは「大人に感染させないこと」です。例えば、キャンピングカーを借りて若者だけで海や山に行くのは何の問題もありません。電車や飛行機を使う旅行も守ってもらわねばならないマナーがありますが、それらをクリアすればOKです。そのマナーについては後で述べるとして、まず「GoToトラベル」が批判された経緯とそれに伴う議論について例を挙げて少しだけ触れておきましょう。
2021年1月21日、医学誌『Journal of Clinical Medicine』に京都大学の西浦博教授らが発表した論文「”Go To Travel” Campaign and Travel-Associated Coronavirus Disease 2019 Cases: A Descriptive Analysis, July?August 2020(「GoToトラベル」キャンペーンと旅行が関与した新型コロナの症例:記述的分析2020年7月から8月 )」が掲載されました。これに対し、数名の識者が異議を唱えSNSを介した論争がありました。ここでその詳細を振り返ることはしませんが、なぜそのような意見の食い違いが起こったのかを明らかにしましょう。意見の相違が生じるのは「何を基準にした分析で何を目的としたものかが明確でないから」です。わかりやすく言えば、西浦教授はGoToトラベルを中止すべきだと主張しているわけではなく、単に「こういう方法でデータを分析するとこういう結果になりました」と言っているだけです。他方、この論文を批判した識者たちは、この論文が政府を批判し直ちにGoToトラベルの中止を勧告したものだと捉えたのです。
西浦教授は医師向けのポータルサイトm3.comで「(自身の研究は)GoToトラベルという政策の是非を強く問うものではありません。また、この私たちの記述疫学研究が、広い範囲で報道に取り上げられましたが、それが政策議論に直結しすぎるのも私たちの意図するところではありません」とコメントしています。
西浦教授の論文に反論した人たちは、あたかもGoToトラベルが感染者増加の最たる原因のように読める論文の妥当性について意見を述べました。こういう人たちの意図するところもよく分かります。GoToトラベルが諸悪の根源のような風潮が社会に広がれば迷惑を被る人が出てくるわけですからこういった意見は必要です。
このような”論争”がメディアで取り上げられると、一般の人たちは「いったい旅行はいいの?悪いの?」と分からなくなるでしょうし、「GoToトラベルを積極的に実施/中止すべきだ)」という政策を考えたくなる人も出てくるかもしれません。
ですが、あなたやあなたの大切な人にとって最も重要なことは「政策」ではなく「あなたやあなたの大切な人がどうするか」です。政府や公衆衛生学者にとって重要なのは国民全体の感染者を減らすことですから政策が重要になります。一方、個人でみたときには、まず自分自身と自分の身内の”幸せ”が最重要事項です。幸せになるためにリスクを引き受けるという選択肢も当然出てきます。
分かりやすい例を挙げれば、GoToトラベルがあろうがなかろうが、緊急事態宣言が出てようが出てなかろうが、遠距離恋愛をしている若い大学生はパートナーに会いに行くことを何よりも優先します。恋愛中の若い二人を止めることは誰にもできません。たとえ相手に感染させたとしても、周囲の者に感染させなければ二人の行為を非難することはできないのです。
では若者が旅行するときには何に気を付ければいいのでしょうか。簡単です。「大人の前でマスクを外さない」です。これだけです。これだけを守ればどこにでも出かければいいのです。ただし、これをきちんと守ろうとすると旅行の楽しみが少しばかり減ってしまうのは事実です。
例えば、新幹線や特急に乗るときの楽しみに「友達との飲食」がありますが、これは慎んだ方がいいでしょう。私が大学生の頃、友人たちと新幹線に乗ったとき、自由席の椅子をくるんと回転させビールを買って”宴会”を楽しみました。このようなことはコロナ禍ではできません。地方都市に行けば、小さな居酒屋に行ってみたくなりますがこれも慎重にならねばなりません。もちろんホテルや旅館内でも共用の場でマスクを取ることは極力避けねばなりません。
「書を捨てよ、町へ出よう」という寺山修司の言葉は”真実”であり、大勢の若者に考えてもらいたいと私は思っています。人生で大切なことは、本にもいくらかは書いてありますが、それが自分の血となり肉となるには読むだけでは不充分です。外に出て、人と触れ合い、人に揉まれなければ、大切なことは分かりません。
私は過去のコラムで「人生で大切なことの7割くらいは居酒屋で学んだ」と述べました。そして、今回は「人生で大切なことの4%くらいは旅から学んだ」ことを付け加えておきます。たった4%?、と思われる人もいるでしょう。私もそう思います。これはつまり、私自身がまだまだ旅をしなければならないことを意味しています。私がこれまで訪れたことのある国は20もありませんし、今も訪ねたことのない県がいくつかあります。旅先でのふとした経験がその後の人生に大きな影響を与えることもあるわけで、旅はとても大切です。
特に若者にとっては大切です。若いうちは借金してでも旅をすべきです。そして、旅を続けるべきなのは若者だけではありません。私は立場上、現在は外出を控えていますが、いずれ再び旅に出ます。せめて「人生で大切なことの2割くらいは旅から学んだ」と言えるくらいになるまでは……。
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|2021年1月30日 土曜日
2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消
座りっぱなしが健康のリスクになることはこれまでこのサイトで繰り返し伝えてきました。生活習慣病、がん、ED、そして認知症のリスクにもなると言われている「座りっぱなし」は「第2の喫煙」と呼ばれることもあります。
その危険な「座りっぱなし」をいかに解消するか。今回紹介したいのは「わずか1日11分の運動で解消できる」とするものです。発端は、医学誌「British Medical Journal」2020年12月号に掲載された論文「加速度計で測定された身体活動と座りっぱなしの時間と死亡率との関連性~44,000人以上の中年以上のメタ分析~(Joint associations of accelerometer-measured physical activity and sedentary time with all-cause mortality: a harmonised meta-analysis in more than 44 000 middle-aged and older individuals)」ですが、「1日11分」という言葉が広がったのは「New York Times」の記事「1日11分の運動が座りっぱなしを解消するかも(11 Minutes of Exercise a Day May Help Counter the Effects of Sitting)」だと思います。
ポイントを述べていきましょう。
・従来、座りっぱなしのリスク解消には「1日60~75分の適度な運動が必要」とされていた。この根拠となっているのが医学誌「The Lancet」2016年9月24日号に掲載された論文「座りっぱなしのリスクを身体活動で解消できるか~100万人以上の男女から得たデータのメタ分析~(Does physical activity attenuate, or even eliminate, the detrimental association of sitting time with mortality? A harmonised meta-analysis of data from more than 1 million men and women)」。
・しかし今回、研究をより客観的な方法で実施しなおしたところ、早期死亡のリスクを減らすための最適な運動量は「1日35分程度の早歩き、もしくはそれに準ずる運動」であることが判った。
・1日少なくとも11分の運動をすれば長時間のデスクワークによる健康被害を減らすことができることも判った。
・座りっぱなしの時間が最も長く運動量が最も少ないグループは、運動量が最も多く座りっぱなしの時間が最も短いグループに比べて、早期に死亡するリスクが260パーセントも高い
************
運動の”敷居”は高いと考える人は少なくありませんが、1日11分なら可能でしょう。ただし、例えば「通勤で11分は歩いています」ではほとんど意味がないと思います。論文にはっきりと書いてあるわけではありませんが「心拍数を上げての11分」にすべきです。どれくらい心拍数を上げればいいかは年齢やその人の背景によって異なります。
日頃診察していて私が思うのは「運動なしで健康を維持することはできない」「運動メニューの確立と実践は生活習慣病においては薬よりも有効な処方箋」ということです。
参考:
医療ニュース2018年6月9日 「「座りっぱなし」は認知症のリスクか」
医療ニュース2016年2月27日 「「座りっぱなし」はやはり危険」
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
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|2021年1月30日 土曜日
2021年1月29日 ベジタリアンは骨折しやすい
日本は諸外国と比べてベジタリアン、特にビーガンは少ないと言われていますが、太融寺町谷口医院の患者さんのなかに何人かはおられます。では、その人たちがとても健康かというと、そういうわけではなさそうです。貧血や低蛋白血症を防ぐためにサプリメントを多用して腎臓や肝臓を悪くするというケースはよくありますし、体重コントロールが上手くいかず過体重になっていく場合もあります。
今回紹介したいのは「ビーガンは骨折リスクが4割高い」というイギリスの研究です。医学誌「BMC Medicine」11月23日号に「ベジタリアンとビーガンの食事と骨折のリスク~前向きEPIC-Oxford研究の結果 Vegetarian and vegan diets and risks of total and site-specific fractures: results from the prospective EPIC-Oxford study」というタイトルで掲載されました。
ビーガンは肉、魚のみならず卵も乳製品も一切とらない最も厳しいベジタリアンで、骨折のリスクが上がるのは想像に難くありません。この研究では他のベジタリアンについても調査されています。
調査の対象は「EPIC-Oxford」と呼ばれる研究の参加者約55,000人で、追跡期間は平均17.6年です。参加者の内訳は、通常の食生活をしている人(肉も食べる人)が29,380人、肉は食べず魚を食べる人(これをpescetarianと呼びます)が8,037人、通常のベジタリアン(肉も魚も食べない人)が15,499人、ビーガンが1,982人です。追跡期間中に発生した骨折は3,941件です。
その結果、ビーガンはベジタリアンでない人に比べて、骨折のリスクが1.43倍になることが判りました。特に大腿骨近位部の骨折ではリスクが2.31倍にもなります。また、大腿骨近位部の骨折リスクは、ビーガン以外のベジタリアンでも上昇しています。魚を食べるが肉を食べないベジタリアン(pescetarian)は1.26倍、通常のベジタリアンは1.25倍となっています。
************
ベジタリアンになってから(あるいはビーガンになってから)調子がいいという人に、無理に肉を食べろとは言いませんが、私の経験上、ベジタリアンでいい健康状態を維持している人はほとんど見たことがありません。
日本ではベジタリアン専用のレストランはあまりないと思いますが、海外ではよくあります。私は過去に一度バンコクのベジタリアン専門レストランに行ったことがあります。そこは「レストラン」というよりは体育館みたいなつくりで数百人のベジタリアンが集まってビュッフェ形式の食事を楽しんでいました。何人かに声をかけて気付いたのは、ほぼ全員が「ベジタリアンになって日が浅いこと」です。やはり長続きはしないのでは?、とその時感じました。
太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、長続きして効果もでていることが多い食事療法は小麦制限です。あるいは極端なものは危険ですが、(小麦以外のものも含めた)糖質制限(低炭水化物ダイエット)やパレオダイエット(caveman diet)も、それなりにいい状態を維持し、かつ長続きしている人が多いようです。一方、ベジタリアンは軒並み上手くいっていません。
きちんとしたことを言うには症例数を増やして統計学的な検討を加えなければなりませんが、私の「印象」としては、(もちろん個人ごとに考えなければなりませんが)おしなべて言えば肉を中心の生活にした方がいいように思えます。
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