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2020年12月1日 火曜日

2020年11月30日 女性の記憶力低下を防ぐには「働くこと」

 意外な研究結果が報告されました。

 高齢になると誰もが恐れるのが記憶力の低下、ひいては認知症だと思います。これらのリスク因子としてよく指摘されるのが、肥満を含めた生活習慣病、喫煙、運動不足、などで、さらに「労働」ということもしばしば指摘されます。では、専業主婦と働くシングルマザーではどちらの記憶力が衰えやすいでしょうか。研究によればそれは専業主婦などのです。

 医学誌『Neurology』2020年11月4日号(オンライン版)に「 米国の女性における仕事と家庭の有無と中年および晩年の記憶低下との関連(Association of work-family experience with mid- and late-life memory decline in US women)」というタイトルの興味深い論文が掲載されました。

 研究の対象者は55歳以上の米国女性6,189人です。16歳から50歳までの勤務状況、婚姻状況、子供の有無からグループ分けがおこなわれました。その結果、未婚で働く女性488人、既婚で子供を持ち働く女性4,326人、働くシングルマザー530人、働かないシングルマザー319人、専業主婦526人となりました。

 どのグループも55歳から60歳までは記憶力低下に差はありませんでした。ところが60歳以降では働くことと記憶力低下に顕著な差が表れたのです。出産後に有給で働かなかった人は働いていた人に比べて記憶力の低下がなんと50%以上も認められたというのです。

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 この論文を報じた米国の健康情報サイト「HealthDay」は、この研究をおこなった学者Elizabeth Rose Mayeda氏をインタビューしています。

 氏は「働くタイミングは重要ではない」とコメントしています。氏によれば、「記憶力の低下率は、一貫して働いている人、数年間子育てをした後に働きに出る人、それよりも長い期間家にいて(専業主婦をして)働きに出る人で差はない」そうです。ということは、いくつになっても「働きに出る」ことが記憶力維持につながることを示唆しています。

 古典的なフェミニズムでは「専業主婦業はれっきとした労働」と言われ、それに異論はありませんが、こと記憶力低下の予防という点においては「狭義の労働」に分がありそうです。ですが、ボランティアなど無償の仕事や他の社会活動では記憶力低下を防げないのでしょうか。また、狭義の労働が記憶力維持に有効なのならば、その理由は何なのでしょう。仕事のプレッシャーや人間関係から来るストレスが良きスパイスになっているのでしょうか。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年11月24日 火曜日

2020年11月24日 フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる

 男性型脱毛症(以下「AGA])の画期的な薬として日本では2005年に登場した爆発的に処方され、AGAで悩む男性が劇的に減ったと言われています。そして、発売当初から「抑うつ症状」の副作用は指摘されていたのは事実です。

 ただ、太融寺町谷口医院の例でいえばオープンした2007年当初からプロペシア(その後後発品の「フィナステリド」)は大変人気のある薬でしたが、大きな副作用はほとんど聞きません。リビドーの低下(つまり、性欲が低下する)を訴える人はある程度いますが(添付文書では1~5%未満に起こるとされています)、それでも、例えば「パートナーからクレームがくる」ほどには低下せず、「性欲はちょっと減ってちょうどよくなった」と言われることもあります。

 添付文書では「抑うつ症状」が起こるのは「頻度不明」とされています。ところが、フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる気持ち(自殺念慮)の頻度がそれなりに高いことが大規模調査で判明しました。

 医学誌「JAMA Dermatology」2020年11月11日(オンライン版)に「フィナステリド使用時の自殺念慮と精神症状の副作用(Investigation of Suicidality and Psychological Adverse Events in Patients Treated With Finasteride)」というタイトルの論文が掲載されました。

 研究は米国の学者によって、WHOが薬の副作用をまとめたデータベース「VigiBase」を使っておこなわれました。このデータベースに、フィナステリドを使用して自殺念慮が生じた事例356件と精神症状が出現した事例2,926件が報告されていたようです。これらを統計学的に解析すると、フィナステリド使用により自殺念慮のリスクが1.63倍、精神症状の出現リスクは4.33倍になることが分かりました。

 また、大変興味深いことにフィナステリドと似た働きをするデュタステリドではこのようなリスク上昇は認められませんでした。

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 フィナステリドとデュタステリドは非常に似た薬です。両者とも5αリダクターゼという酵素を阻害することによりジヒドロテストステロンという男性ホルモンの1種の生成を抑制します。そして、5αリダクターゼには1型と2型があり、フィナステリドは2型のみを阻害するのに対し、デュタステリドは1型、2型双方を阻害します。

 すでに本サイトでも紹介しているようにAGAを改善させる効果はデュタステリド>フィナステリドです。また、後発品の登場で値段もデュタステリド(当院では3,300円税込み)の方が安くなっています。さらに、フィナステリドで自殺念慮の副作用が出現しやすくなるとなれば、ほとんどの人がフィナステリドではなくデュタステリドを選ぶことになるでしょう。

 もしかするとフィナステリドが市場から消えることもあるかもしれません。

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2020年11月20日 金曜日

第207回(2020年11月) 新型コロナで「分断」される社会

 「分断」という言葉をここ数年間でよく見聞きします。具体的にいつどこで聞いたかを思い出せないのですが、内容としては米国のトランプ大統領を支持する人たちとリベラルの人たちとの隔たりが「分断」と呼ばれています。他には、英国の知識階級と労働者、フランスの白人とムスリムの差を論じるときにも使われているような気がします。

 日本にも「分断」と呼びたくなるような現象があります。日本は今も(ほぼ)単一民族国家だというのに、同じ世代でも「考えていること」がまったく異なると感じることがあるからです。もっとも、これは最近始まったことではなくて、以前から、少なくとも平成の始め頃には指摘されていたことです。

 ちなみに、私が初めて「分断」、つまり同世代なのにまるで価値観が異なる人たちの集団があることを表した言葉を見かけたのは、私の記憶が正しければ1992年ごろで、何かの雑誌に載っていた社会学者の宮台真司氏の言葉でした。氏はそういった事象を「島宇宙」と捉え、同じ価値観をもった小グループがいくつも存在することを指摘しました。別のグループでは考えていることがまったく異なり、コミュニケーションもとれないことにまで触れていました。

 当時はまだ医学部受験などまったく考えておらず、この雑誌を読んだ2年後くらいに社会学部の大学院受験を考えるようになったのですが、今思えば私が社会学を本格的に学びたくなったのは宮台氏のこういう考え方に影響を受けたことが理由のひとつかもしれません。さらに余談になりますが、その後宮台氏の著作を読みだした私は、医学部受験の勉強中に『制服少女たちの選択』という本を手に取りました。その数カ月後、河合塾の模試の現代文にこの本が引用されていてものすごく驚きました。

 話を戻しましょう。現在の私が、社会が「分断」されていると感じ、宮台氏が90年代前半に指摘していた「島宇宙」という言葉を思い出すのは、新型コロナウイルスに対する考え方が人によって(グループによって)あまりにも異なるからです。実際の事例をあげましょう(ただし、プライバシー保護のため内容はアレンジしています)。

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【事例1】20代男性 飲食店勤務

 発熱と頭痛で当院に電話相談。持病はないが数年前から風邪や腹痛で何度か受診している。「その症状は発熱外来で診察する」と言うと不機嫌に。「コロナじゃない」と主張。「発熱外来でないと診られない」と繰り返し言うとしぶしぶ同意して発熱外来に受診。しかし新型コロナウイルスの検査は要らないという。味覚も嗅覚も正常だからコロナじゃないというのが男性の言い分。そういう症状が出ない場合も多いことを説明しようやく検査を実施。結果は案の定陽性。保健所から電話があるからアパートから出ないように指示した。

 翌朝この男性から当院に電話があった。「勤務先に電話すると、『休まれると困る。どうしても休むのなら診断書を出せ』と言われた」とのこと。そもそも外出すべきでないのだから勤務先に診断書を持っていくことも控えるべき」と説明するが、「それを勤務先に理解してもらうのが大変」と言う……。

【事例2】20代女性 事務職

 「電車に乗るのが怖い」「手の消毒について教えてほしい」「職場でマスクを外す人がいて困っている」などの訴えを繰り返しメールで相談してくる女性。数年前から花粉症と湿疹で何度か当院を受診している。相談の頻度が多いとはいえ、内容は理にかなったものであり、答えにくいものではない。父が高齢で寝たきりのために絶対に感染するわけにはいかないと考えている。

【事例3】30代女性 無職

 「新型コロナウイルスに4月に感染し、その後もウイルスが体内から消えない」と言って受診。「このウイルスが慢性化することはない」と繰り返し説明しても受け入れられず、「倦怠感と頭痛がとれないのは体内に潜んでいる新型コロナウイルスのせいなんです」という主張をゆずらない。
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 事例1の男性と事例2の女性はほぼ同じ年齢です。仮にどこかでこの二人が出会う機会があったとしてもほとんど話が噛み合わないのではないでしょうか。この二人の会話に事例3の女性が加わったとすればどうでしょう。おそらく3人とも「話しても無駄だ」と思ってその後連絡をとろうとは思わないでしょう。

 では3人それぞれは日ごろ誰とコミュニケーションをとっているのでしょうか。事例1の男性は職場のスタッフといつも行動を共にしていると言います。仕事が終わってからの付き合いも多いそうです。おそらくこの飲食店で勤務するスタッフ全員が、新型コロナウイルスを脅威と考えず、予防もしていないことが予想されます。事例2の女性も事例3の女性もインターネットでいろんな情報を集めていると言いますが、おそらく見ているサイトはまったく異なります。事例2の女性が言うのは我々医療者が聞いても納得のできるエビデンスレベルの高い情報です。一方、事例3の女性が言うのは「ウイルスは〇〇が開発した」とか「本当は武漢ではなく▲▲でウイルスが生まれた」といった陰謀論のようなものです。

 さて、同じ日本に住み、同じ言語で情報収集をしているほぼ同じ世代の彼(女)たちの考え方がこんなにも違うのはなぜなのでしょうか。しかし、考えが違うことはそもそも良くないことなのでしょうか。

 原則として社会は多様性を認めなければなりません。ですから、異なる考えを持つことに問題はありません。というより、全員が同じ考え・同じ価値観をもつ社会があったとすれば脅威であり、また脆弱でもあります。そういう意味で大勢の人たちが多くの情報源を持ち様々な考えを持つ社会の方がずっと健全です。問題は、違う考え・価値観を持つ人たちとのコミュニケーションが「分断」されていることにあります。

 現在私が恐れているのは、医師の間でもこの「断絶」が生まれつつあることです。医師にも「過剰に恐れる必要はない。外出制限を減らしていくべきだ」と考える「派」があり、「グレートバリントン宣言」というものが発表されています。他方では、こういった考えは危険で慎重になるべきだという「派」が「ジョン・スノー覚書」というものを公表しています。医師であればどちらにも「サイン(署名)」することができるため、世界中の医師がどちらかにサインする動きが広がっています。

 ですが、私はこのような活動には反対です。医師どうしの「分断」がますます加速されるからです。「二極化」は分かりやすくすっきりする反面、極論につながりやすいという危なさがあります。「あんたはどちら派?」というような会話が始まればさらに「分断」が加速するでしょう。

 一般の人も医療者も、新型コロナ対策に現在最も必要なのは「異なる意見を持つ人との対話」ではないか。それが私の考えです。そして、ネット上での匿名の会話ではなく、自己紹介した上でのコミュニケーション、つまり相手の考えも尊重しながら進めていくコミュニケーションが必要だと考えています。先述した事例1と事例3は医療者からみて誤った考えを持っていますが、頭ごなしに否定するのではなく、なぜそのように考えているのかの理解から始めることが大切だと考えています。

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2020年11月10日 火曜日

2020年11月 米国大統領選挙と新型コロナでみえてくる「勝ち組」の愚かさ

 2020年11月の米国大統領選挙で民主党のバイデン氏が勝利しトランプ氏が失脚したことが報じられました。今回の選挙は私自身としてはどちらが勝ってもおかしくないと思っていましたが、4年前の大統領選ではトランプ氏が勝利するなどとは微塵も思っていませんでした。就任してからでさえ、「誇り高きアメリカ人がこんな人物を大統領と認めるはずがない。近いうちに選挙がやり直しされるだろう」と本気で思い込んでいたほどです。

 しかし、世界中のメディアを見聞きし、実際にラストベルト地域などトランプ氏を支持する地域への取材記事などを読むにつれて「なるほど、そういうことか」と思うようになっていきました。トランプ氏がいくら差別発言をしようが、下品な言動を披露しようが支持者には関係がない。いや、むしろトランプ氏がそういった非理性的な行動をとればとるほど、一部の人達からは熱狂的に支持される理由が次第にわかってきたのです。

 その「理由」とは「リベラルへの反逆」です。つまり、民主党を支持するリベラルの言うきれいごとや偉そうな態度に我慢ならない人たちの「怒り」がトランプ氏支持へとつながっているのだと思うのです。「怒り」というのは反理性的な感情です。ですから、トランプ氏が非理性的・反理性的な言動を示せば示すほど、日ごろ感じているリベラルへの怒りが発散できるというわけです。つまり、トランプ氏は、リベラルを嫌う人たちの「代弁者」となっていたのです。

 ではなぜ彼(女)らはリベラルに対して「怒り」の感情を抱くのか。極端なエピソードを創作するとこんな感じです。

 あるハイスクール。勉強はたしかにできるけど付き合いが悪くて冗談が通じないビル。いいとこ育ちで、ちょっとは美人かもしれないけど愛想のないケイト。そして俺たち。ビルやケイトは有名大学に行き、俺たちは地元の工場勤務。不景気で工場が閉鎖に追い込まれた。他の工場で雇ってもらおうと思っても不法滞在のヒスパニック系がマジョリティになってしまっている。そんななか、ビルは弁護士に、ケイトは会社の社長をしていると聞いた。ビルは「平等が大切だ」とかきれいごとを言って移民に権利を与える運動をしているらしい。ケイトは「黒人を守る」などと言っているが本音は黒人へのマーケットを増やしたいだけなのは見え見え。今度の選挙? ビルやケイトは民主党を支持しているって? じゃあ俺たちは……。

 私の印象でいえば、FOXニュース以外の米国の主要メディアはほぼすべてリベラルで、民主党支持です。大手メディアのスタッフは(ほぼ)全員が高学歴者で、差別反対主義者で、ポリティカルコレクトネス大好き、きれいごと大好きです。つまり「エリート」もしくは「ブルジョア」です。

 こう言ってしまうと、マルクス主義でいうブルジョアジーとプロレタリアートの対立に聞こえるかもしれませんがそうではありません。実際、トランプ氏はプロレタリアートの代弁者でないのは自明です。大金持ちなのですから。むしろ、生まれは貧しかったけれど一所懸命に努力をして成功している人たちや、人種差別の被害に遭いながらも努力を重ね高収入を得ている人たち、つまり自身をプロレタリアートと考えているような人たちが民主党を支持しているのが現在の米国だと思うのです。

 マルクス主義の用語でこれらの対立を説明できないのならどう考えればいいのでしょうか。その答えが「勝ち組」です。つまり、「勝ち組への怒り」がアンチ民主党、そしてトランプ氏支持につながったのではないかというのが私の推論です。

 では、なぜ勝ち組が怒りや反感を買うのか。それは彼(女)らに「謙虚さ」が欠落しているからだ、というのが私の考えです。現代社会というのは努力が美化される社会です。努力して這い上がり栄光を手にすれば他人から賞賛を集めます。ロースクールに入り苦労して弁護士になった、メディカルカレッジに入学して努力を重ね医者になった。彼(女)らは欲しいものを手に入れるために自分の時間を犠牲にし、がんばってきたわけです。

 そういう人たちの中には自分にだけでなく他人にも厳しい人が少なくありません。「成功していないのは努力が足りないからだ」という考えに固執するようになり、自分が勝ち組になったのはあれだけ頑張ったのだから当然だ、とうぬぼれるようになります。

 そして、彼(女)らがその後も自分のアイデンティティを維持するには、自分が成功しているのは「公正で正しい競争社会で勝ち抜き、今も平等な社会で勝負しているのだ」と思いこむ必要があります。だから彼(女)らは「平等」という概念を大切にします。性的指向や性自認に関わらず、有色人種も、外国人も、身体障がい者も、みんなが”平等に”チャンスが与えられている世界で自分は正当な競争を勝ち抜いたんだ、という「幻想」が彼(女)ら”エリート”には必要なのです。

 そして、これは日本にもそのままあてはまります。「勝ち組」の人たちの多くは、たしかに真面目に努力を重ねて成功しているのでしょう。一方、「勝ち組」の人たちのいくらかはきれいごとが好きで、努力を重ねて成功したのは自分ががんばったおかげだと思いこんでいます。

 東日本大震災のときには被災者を支援し、ラグビーで日本が善戦したときには「ワンチーム」という言葉に熱狂し支え合いを美化していた「勝ち組」の人たちも、新型コロナが流行しはじめると「他者を思いやる発言」が減っていないでしょうか。仕事をなくすかもしれないと考え始めると他人のことを考える余裕がなくなるのかもしれません。

 新型コロナの流行で「勝ち組」の立場を脅かされそうになった人たちのいくらかは、また新たな努力を始めるでしょう。会社を経営している人なら、助成金を上手に申請してこの状況を耐え忍び、そして再び成功することでしょう。成功を確認した時点で「苦境のなかでここまでこれたのは自分ががんばったからだ」と再び思うに違いありません。一方、コロナ禍でも雇用やお金の不安を感じることなく働いている人は「これまで一生懸命がんばってきたからだ」と自分自身をねぎらっているのではないでしょうか。

 今から14年前のコラム「医者は「勝ち組」か「負け組」か」で、私は「勝ち組」と言う考え方に疑問を投げかけ、何でもお金に換算する考えを強く批判し、お金が勝ち負けの指標にはならないことを主張しました。また、お金を求めることが馬鹿馬鹿しいことをタイの農民と日本のビジネスマンの逸話を用いて述べたこともあります(「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」)。成功の原因として自分の実力が占める割合はほんのわずかであり、「人生を決めるのは99%の運と1%の努力」だということを過去のコラム「『偏差値40からの医学部再受験』は間違いだった」で述べました。

 私は自分自身のことを「勝ち組」とは思っていませんし、また「勝ち組」を目指すつもりもありません。過去のコラムでも述べたように自分自身の役割を演じるだけです。米国の大統領選については他国の人間が口をはさむべきではありませんが、日米問わず、勝ち組の人たちには”勝っている”要因をもう一度考えてもらいたいと思っています。”勝っている”のは自分ががんばったからなのか?ということを。

 最後に旧約聖書から興味深い言葉を引用しましょう(日本聖書協会の和訳を引用しようとしたのですが著作権の関係でできないようなので私が勝手に英文を訳しました。尚、英文にも複数あり、下記に示したのはその一例です。興味のある方はBible Hubのサイトを参照ください)。

私が白日のもとで見てきたのはこういうことだ。すなわち、足の速い者が競争に勝つとは限らない。強い者が闘いに勝つとは限らない。知恵のある者がパンを手にできるわけではない。賢者が金持ちになれるわけでもない。しかし、これらを成し遂げた者たち全員に「時」と「運」が味方したのだ。

“I have seen something else under the sun: The race is not to the swift or the battle to the strong, nor does food come to the wise or wealth to the brilliant or favor to the learned; but time and chance happen to them all.”

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2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 認知症予防には「食の多様性(ダイバーシティ)」

 ここ数年よく耳にする言葉に多様性(ダイバーシティ)があります。よく使われるのは、主に職場で「人種、宗教、性的指向・性自認などの違いからくる人それぞれの考えを尊重しよう」という文脈です。最近の日本では、セクシャルマイノリティの人権の話になると決まって引用されます。

 しかし多様性(diversity)というのは社会的な言葉だけではなく、医学の分野でも用いられることがあります。今回の話題は「食の多様性」です。

 多様性に富んだ食事をしている人ほど加齢による海馬(記憶を司る脳の部位)の萎縮が抑制される……

 医学誌『European Journal of Clinical Nutrition』9月2日(オンライン版)に「食の多様性は、日本人の海馬の体積の変化と関連(Dietary diversity is associated with longitudinal changes in hippocampal volume among Japanese community dwellers)」というタイトルの論文が掲載されました。著者は日本人の学者です。

 海馬は記憶を司る脳の領域で、加齢に伴い誰もが萎縮していきますが、アルツハイマー病などの認知症があれば早期から萎縮することが分かっています。

 研究の対象者は「国立長寿医療研究センター」の老化に関する研究に参加している1,683人(男性50.6%)、調査期間は2008年7月~2012年7月です。海馬の萎縮の程度と食事内容との関係が解析されています。

 食の多様性を5段階に分類すると、多様性が最も少ないグループでは海馬の体積の減少率が1.31%、次いで順に1.07%、0.98%、0.81%、0.85%となりました。

 研究者は「様々なものを食べること(食の多様性を増やすこと)が認知症のリスク低下につながる」と結論づけています。

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 太融寺町谷口医院の患者さんのなかに「身体にいいもの」にこだわりすぎて、特定のものばかり食べて「身体に悪い(かもしれない)もの」を一切避けているという人がいます。たとえば発芽玄米のみばかり食べて、小麦、卵、大豆製品などを一切食べないという人がいます。そして、「魚には重金属が…」「コーヒーにはカビが……」などと言って食べるものをどんどんと制限しています。こういう人たちはビーガン(徹底した菜食主義者)の人たちよりもさらに健康のリスクがあるのは自明なのですが、なかなか聞く耳をもってくれません。

 組織と同じで食にも多様性が必要、といってもこういう人たちの耳には届かないのでしょうか……。

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2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 胃薬PPIは糖尿病のリスクにもなる

 このサイトでは特定の薬を充分な根拠もないままに高評価したり、逆に低く評価したりはしていないつもりです。常に客観的な観点から医療情報をお伝えすることを心がけています。ですが、胃薬PPIに関しては否定的なものを取り上げる機会が増えています。認知症、脳梗塞、骨粗しょう症などのリスクになることが指摘されているPPIは新型コロナのリスクにもなる可能性があることを過去に伝えました。今回は糖尿病との関係です。

 医学誌『Gut』2020年9月28日号(オンライン版)に「胃薬PPIの定期的な服用と2型糖尿病のリスク:3つの前向きコホート研究の結果(Regular use of proton pump inhibitors and risk of type 2 diabetes: results from three prospective cohort studies)」というタイトルの論文が掲載されました。中国人の学者による研究ですが、対象は米国の医療従事者が対象の3つの大きな研究(Nurses’ Health Study(NHS)、NHSⅡ、Health Professionals Follow-up Study(HPFS))です。

 調査開始時に糖尿病を発症していない人が204,689人で、調査期間中に10,105人が糖尿病を発症しています。PPIを使用していない人に比べて、PPIの長期使用者で糖尿病のリスクが24%上昇していました。リスクは使用期間が長いほど上昇するようで、使用期間が0~2年のグループでは発症リスクが5%上昇するのに対し、2年以上の使用では26%になっています。

 興味深いことに、このリスクはPPIを中止すると減少するようです。使用中止期間が0~2年であれば17%、2年以上になれば19%のリスク低下が確認されています。

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 過去にも述べたように、これまでPPIを内服していた人でも、少しの生活習慣の改善と薬の変更でいい状態が維持できる人は少なくありません。PPIは頼りになる薬ですが、長期使用を減らしていく対策も必要です。

医療ニュース
2020年8月6日 胃薬PPIは新型コロナのリスクになる
2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

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2020年10月25日 日曜日

第206回(2020年10月) 新型コロナのPCR、ようやく保険で可能に

 PCRや抗原検査といった検査をするのにも一苦労する新型コロナ。ここにきて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でもようやく保険診療でこういった検査ができるようになりました。さらに、もうすぐ検査代は全額無料になりそうです。ただ、東京を含めて全国の多くの地域では、数か月前からすでに医師が必要と判断すれば無料でできていました。なぜ大阪市ではこんなにも時間がかかるのでしょう。谷口医院の経験を振り返りながら説明していきましょう。

 新型コロナが日本でも流行しだした2月下旬から5月中旬ごろまでの間、「保健所(発熱センター)に電話してもなかなかつながらない。つながっても検査はできないと言われる。熱があるのにどうすればいいの?」という問い合わせを電話やメールで何百件と聞きました。そもそも、保健所の電話回線はたかがしれているのですから「4日発熱が続けば電話を」などという方針には初めから無理があったのです。
 
 ですから、谷口医院では2月下旬から「4日待たなくてもいいし、保健所に電話する必要もない。うちに連絡してくれればPCRの手配をする」と答えていました。(これは非公開ですが)医療機関からならつながる保健所の電話がありますし、患者さん自身が「検査をしてください」とお願いするよりも、我々が「〇〇の理由から新型コロナを疑います。PCRをお願いします」と交渉する方がスムースにいくからです。

 ところがこの考えが誤っていたことに気づくのにそう時間はかかりませんでした。私が保健所に交渉しても断られるのです。「あきらかにコロナですよ」という患者さんの検査を依頼しても認めてもらえないのです。仕方がないから、保健所は諦めて、大きな病院に「不明熱」という名目で入院してもらい、そこでコロナ陽性であることが判明した患者さんもいます。

 こんな状況では保健所に交渉するだけ無駄です。そこで5月中旬、保健所に勤務する医師に対して「保健所はあてにできないから当院で検査をさせてほしい」と直談判しました。すると、意外にも答えはあっさりと「OKです」とのこと。しかし、考えてみればこれは当然で、保健所も我々や患者さんにいじわるをして「検査できません」と言っているわけではないのです。それだけキャパシティが少なかったのです。そんななか、クリニックで検査をすると言われれば保健所からみても「渡りに船」です。

 ただ、谷口医院で患者負担ゼロで検査をするには、法律上、保健所と谷口医院が「行政契約」を結ばねばならないとのことでした。しかし、「その契約にはそんなに時間がかからない。近々連絡するから少し待ってほしい」とのことでした。「これで、患者さんに不安な思いをさせなくて済むんだ」と、そのときはそう思い、暗闇に光が差したような感覚になったのを覚えています。

 ところが、です。待てど暮らせど連絡はこない。たまりかねて何度か保健所に催促の電話をするのですが、いつも「もう少し待ってほしい」との回答。10月になれば医師会と保健所が「集団契約」をすることになり、そうなれば医師会に加入しているすべての医療機関(もちろん谷口医院も加入しています)が患者負担ゼロで検査ができるようになると聞いていたのですが、この話も進展がありません。

 そんななか、ある医師から「大阪市も保険診療でなら検査できるようになったらしいよ」という話を聞きました。これは私が聞いていた話と異なります。5月に保健所で「OKです」と言われたとき、行政契約が済むまでは保険診療でも検査はできないと聞いていたからです。そこで、ある行政機関に尋ねてみました。すると、「少し前から保険診療でなら検査ができるようになった。つまり無料にはならないが3割負担でなら検査可能」との回答を得たのです。

 というわけで、10月中旬から谷口医院でも新型コロナウイルスのPCR検査及び抗原検査が保険診療でできるようになりました。ただし、診察した結果、感染の可能性があると判断された場合のみとなります。無症状だけど盛り場に行ったから心配、というような理由では保険診療で検査をおこなうことは認められていません。

 では、なぜ大阪市では診療所での新型コロナの検査にこれだけ消極的なのでしょうか。ある情報によると、大阪では院内感染で医師が二人亡くなり、そのことがあるから診療所での検査に抵抗がある、とのことです。

 ですが、私に言わせれば、院内感染で医師が死ぬこともある重要な感染症だからこそ、各医療機関は「発熱外来」を設けて、院内感染対策を万全にした上で検査を積極的におこない、早期発見に努めなければならないのです。

 一部のメディアが報道したように「保健所からも医療機関からも検査を断られて受診が遅れて死亡した」という症例が全国で相次ぎました。この人たちは、症状が出てから他界されるまでずっとひとりで過ごしていたのでしょうか。多少しんどくても、保健所が断ったんだからコロナじゃないんだろうと思って、仕事や買い物に行った人はいないでしょうか。そして、他人に感染させた可能性はないでしょうか。

 つまり、疑いがある患者さんを迅速に検査するのも我々医療者の使命なのです。そして、院内の感染対策をしっかりとおこなえば新型コロナウイルスはそれほど恐れる必要はありません。ただし、感染力の強さについては患者さんにも知っておいてもらう必要があります。

 ここ数か月、我々の説明に対して怒り出す患者さんが目立ちます。「発熱外来に来てください」と言うと気分を害するのです。2月以降、「症状があれば発熱外来に」と言い続けているのですが、「軽症ですから」(そもそも風邪が軽症なら受診は不要)とか、「味覚障害はありませんから」(全員に味覚障害が出現するわけではない)といった理由で「普通の診察時間に受診したい」という人が(多くはありませんが)週に1~2人いるのです。なかには受付にやって来て「今、診てください」と言う人もいます。慌てて外に出てもらって「一般の時間では診られません。発熱外来に来てください」と言うと、怒って帰る人もいます。

 新型コロナウイルスは適度には恐れるべきです。症状があるときに人が集まるところ(医療機関の待合室も)に行ってはいけません。しかし、過度に恐れる必要はありません。患者さんから感染して亡くなった大阪の2人の医師は気の毒だと思いますが、きちんと対策をとっていれば感染することはありません。検体採取のときに患者さんがくしゃみや咳をするのでそのときに感染することが報告されていますが、これも対策で防げます。

 谷口医院で実際に検査をしたことがある人が近くにいれば聞いてほしいのですが、検査のときには大きな窓の外に顔を向けてもらい、私はPPE(ガウン、N-95、フェイスシールド、グローブなど)を装着し、患者さんの後ろに立ち、後ろから柔らかい綿棒を鼻の奥に入れます。痛くはありませんがその際、けっこうな確率でくしゃみや咳がでます。この処置中、私の背後から業務用扇風機で強風を窓の外に送っています。この状態で感染するはずがないのです。もっとも、実際の感染は飛沫(やエアロゾル)ではなく、接触感染が多いと言われています。ですから患者さんの触った保険証、紙幣、硬貨などはウイルスが付着しているものとして扱います。谷口医院ではすべてのスタッフに対し、顔を触る前には両手を消毒することを義務付けています。

 話を戻します。この数か月、実に多くの患者さんから「なんでここで(谷口医院で)検査できないの?」と言われ続けてきました。現在は保険診療でなら検査可能となりました。そして、もうすぐ負担ゼロでできるようになるはずです。しかし、他の疾患のように「気になればいつでもお越しください」というわけにはいきません。「発熱外来」の枠に受診してもらうことになります。

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2020年10月12日 月曜日

2020年10月 不幸の原因は他人と比較すること

 「不幸の原因は他人と比較すること」という命題は正しいでしょうか。私は「真」だと考えています。ではその「対偶」の「他人と比較しなければ不幸にならない」はどうでしょうか。対偶とは「PならばQ」に対して「QでないならPでない」ことを示す数学の用語です。

 不幸の代表のようにみなされることの多い「貧乏」を考えてみましょう。「貧乏は不幸か?」と尋ねられれば、おそらく多くの人は「その質問に答える前に、貧乏の定義を教えてほしい」あるいは「どの程度の貧乏かによる」と返答するのではないでしょうか。つまり、漠然と「貧乏は不幸か?」と問われても答えようがないのです。

 では、「失業して無一文の人」と「無借金の公務員」はどちらが貧乏で不幸でしょうか。よほど屁理屈が好きな人を除けば「無一文の人」が貧乏で不幸と答えるでしょう。では「失業して無一文だが健康な30歳」と「消費者金融から300万円の借金がある65歳」はどちらが不幸でしょうか。この質問なら屁理屈が好きな人も「より貧乏で不幸なのは65歳」と答えるのではないでしょうか。つまるところ、「貧乏」は他人と比較することで初めて成立する概念なのです。

 ところで、人はなぜ他人と自分を比較するのでしょうか。それは、おそらく生物学的な本能です。「他人より優位に立たねば生存競争に不利」と考えるプログラムが人の遺伝子に刻まれているはずです。「他人より強くなければ獲物にありつけず飢え死にする」「他人より強くなければ子孫が残せない」という生き残る上での「戦略」があり、その戦略にのっとった行動をとる者が勝ち残り自身の遺伝子を残していったわけです。現代の社会は原始社会から大きく変化していますが、それでも「他人より金を稼がねば高級な物が食べられない」「他人より魅力がなければ素敵なパートナーを得られない」という”戦略”は本能として残っているのです。ですから、自己啓発でよくある「自分らしさを大切に」という言葉には生物学的な観点からは説得力がないわけです。

 ならば、やはり人は本能に逆らえず他人と比較し続けなければならないのでしょうか。私の答えは「ノー」です。実際、このサイトで繰り返し述べているように、すでに私は「競争社会」から降りています(「競争しない、という生き方」 「競争しない、という生き方~その2~」)。出世にはまったく興味がなく、無一文では困りますがお金に執着したこともありません。他人より目立ちたいとか、他人よりモテたいと思ったことも若い頃にはありましたが、今はまったくありません。そしてこの生き方がとても心地いいのです。しかし、この考えのまま原始社会にタイムスリップしたとすれば、私はたちまち生き残ることができなくなるでしょう。ですが、そのようなことが起こるはずがありませんし、たとえ新型コロナウイルスよりも恐ろしい感染症が猛威をふるったとしても人類が原始社会に戻るとは思えません。

 「貧乏」に話を戻しましょう。私は自分がどれくらい貧しいかについて他人と比較することは(馬鹿らしいので)しませんが、比較しようと思えばできないことはありません。私はアラブの石油王に比べると極端に貧乏ですが、北朝鮮の農民と比べると驚くほど金持ちです。日本人で比較してみると、私は一部上場企業の役員たちよりもずっと貧乏ですが、戦中にルソン島で人肉を摂取しなければならなかった人たちや戦後シベリアに抑留され馬糞に含まれる麦の屑をあさっていた人たちよりもはるかに金持ちです。他者との比較が馬鹿らしいのは「上には上がいて下には下がいる」からです。先に例として挙げた「失業して無一文の人」でいえば、周囲が借金を抱えている失業者ばかりだとすれば相対的に貧乏と言えませんし、スタートアップの準備をワクワクしながら開始しているかもしれません。

 他人よりいい成績をとっていい大学に行けば出世できる、という考えがあります。これはある意味で正しいと思います。一流大学で優秀な成績を収めた方が大企業に就職するのが有利でしょうし、その後もがんばって成績を伸ばせば出世できるでしょう。そして、そういったことを望む人は勝手にやればいいわけです。しかし、いい成績がとれずいい大学に行けなかった人がそれが理由で不幸になるわけではありません。大企業で出世する以外にも人生には「幸せを感じられること」がいくつもあるからです。過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」で紹介した「タイの農民と日本のビジネスマン」の逸話からも分かるように「出世」や「お金」は見方を変えれば馬鹿馬鹿しいものにさえなるのです。

 なぜ現代社会では比較することが馬鹿げているのでしょうか。原始社会のように、全員の食糧がないといった事態になれば他人より優位に立たねばならないわけですが、現代ではそのようなことはありません。そして、貧乏な人も金持ちの人も胃袋の容積はたかがしれています。高級な物しか美味しく感じられないという人もいるのでしょうが、そうでない人の方が多いでしょう。ちなみに、私はマクドナルドが今も大好きで、スマホのトップページにアプリを置いています。過去のコラム(「”貧乏”な者が医師に向いている理由」)でクーポンを使う30代が気持ち悪がられるという逸話を述べましたが、私は50代になった今もそれをやっています。吉野家と王将のアプリもトップページに置いていますし、王将は現在スタンプをためています。

 「格差」という言葉に敏感に反応する人がいます。格差社会では王将のスタンプをためてマクドナルドのクーポンを利用しているような私は「下」に位置するのでしょうが、そんなこと気にしなければいいのです。いつか、高級中華料理と高級ハンバーグを食べてやる、などと思う人は格差を気にして他人との比較をすればいいと思いますが私には興味がありません。

 科学誌「PNAS」2016年5月17日号に「機内の物理的および状況の不平等はエアレイジを予測する(Physical and situational inequality on airplanes predicts air rage)」という興味深い論文が掲載されています。機内で乗客の怒りが生まれることを「エアレイジ」と呼ぶそうです。そのエアレイジはファーストクラスがある機内で起こりやすくなり、エコノミーの人がファーストクラスを通って席につくと怒りはさらに強くなるそうです。つまり、他人との格差を見せつけられ自分が「下」にいることが分かると怒りモードに入りやすいというわけです。

 しかしながら、当然のことですが、エコノミーの人全員が怒りやすくなるわけではもちろんありません。おそらくファーストクラスの席を見ただけで怒りやすくなるような人が高級料理を求め、私のようにクーポンやスタンプについて楽しく語る者を蔑むのでしょう。ただし、たしかに座り心地がよくてスペースの広い座席は魅力的です。この夏もタイに渡航する予定だった私は今年初めてエアアジアのビジネスクラスを予約しました(タイ航空や日本航空など既存の航空会社は高すぎて初めから論外です)。とても楽しみにしていたのですが、新型コロナのせいで渡航できず、さらに日本のエアアジアが倒産したせいで大金(私にすれば大金です)を失ってしまいました……。やはり慣れないことはすべきでないのかもしれません。

 「自分らしく生きる」という言葉を私は好きになれません。なぜなら「自分らしく」という表現自体が他人の存在を意識しているからです。自分らしいかどうかなど気にせずに、他人と比較することを放棄して、むしろ他人と自分との比較が馬鹿げていると認識することを勧めたいと思います。ファーストクラスとの差にイライラするよりも、初めからそんな比較などせずにさっさとエコノミーの席について好きな本にでも熱中する方がはるかに有益で健康的です。

 「他人と比較しなければ不幸にならない」が「真」であることにあなたは同意されたでしょうか。同意されたのならば「不幸の原因は他人と比較すること」もあなたは認めたことになります。なぜなら、ある命題が真だとすればその対偶もまた真となるからです。これは数学及び論理学の基本です。

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2020年9月27日 日曜日

2020年9月28日 やはり「咳」には蜂蜜が最善

 少し古い話になりますが、2020年1月に毎日新聞社主催で私がおこなった講演で、質問が多かったひとつが「咳に対する蜂蜜の効果」でした。その講演で私が述べたのは、次のことがらです。

・いわゆる「咳止め」は脳の咳中枢を抑える薬か、気管を拡張させる薬であり、双方とも可能なら使わない方がいい。

・咳中枢をおさえる薬は麻薬(コデイン)、気管を拡張させる薬は覚醒剤(エフェドリン)であり双方とも中毒性がある。

・これらも含めてエビデンス(科学的証拠)のある咳止め薬はほとんどない

・しかし蜂蜜は有効とするエビデンスがある

・実は蜂蜜は保険診療で処方ができる。太融寺町谷口医院で処方していないのは、わざわざ処方薬を使わなくてもスーパーで売っているもので充分だから。

・薬のなかでは蜂蜜と同じ程度の効果があるかもしれないのが「デキストロメトルファン」(商品名は「メジコン」など)

 これらは主にコクランライブラリーというエビデンスを集めたサイトで紹介されている「小児の急性咳嗽に対する蜂蜜(Honey for acute cough in children)」という論文が元になっています。

 2020年8月、医学誌「BMJ(British Medical Journal)」に「上気道炎症状に対する蜂蜜の効果~体系的考察とメタ分析~(Effectiveness of honey for symptomatic relief in upper respiratory tract infections: a systematic review and meta-analysis)」というタイトルの論文が掲載されました。

 内容は「風邪の咳には蜂蜜が有効で、薬には効果がない」とするもので、コクランライブラリーに掲載されている論文と同じような結果です。ただ、コクランライブラリーでは小児だけが検討されているのに対し、今回発表されたBMJのものでは成人に対する効果も検証されており、やはり蜂蜜は有効とされています。

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 これは私見(というか私的な経験)でエビデンスはありませんが、私は蜂蜜は風邪の予防にもなると思っています。以前も述べたように私は8年近く風邪をひいておらず、その理由は「谷口式鼻うがい」ですが(参照:はやりの病気第198回(2020年2月)「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)、蜂蜜をよく食べるようになったのもそのひとつかもしれません。食べるといってもスプーン1杯程度を舐めるだけですが。

 蜂蜜ですべての風邪を予防できてすべての咳に有効というわけではありませんが、少なくとも従来の咳止めは使うべきでないでしょう。「咳にはまず蜂蜜、それで改善しなければ受診を」と太融寺町谷口医院では言い続けています。

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2020年9月27日 日曜日

2020年9月27日 9種の降圧薬に抗うつ効果

 信じられないほど”希望”のある研究を紹介しましょう。「9つの降圧薬に抗うつ効果がある」とする研究です。

 医学誌「Hypertension」2020年8月24日号に掲載された論文「降圧薬とうつ病のリスク(Antihypertensive Drugs and Risk of Depression)」によると、デンマークの調査でいくつかの降圧薬には抗うつ効果があることが分かりました。

 研究はデンマークのデータベースを使用して、使用頻度の高い41の降圧薬がうつ病の発症リスクに関連しているかどうかが調べられています。その結果、下記の9種類に抗うつ効果があることが分かりました。

〇ACE阻害薬:エナラプリル、ラミプリル(日本未発売)
〇カルシウム拮抗薬:アムロジピン、ベラパミル、ベラパミル合剤
〇βブロッカー:プロプラノロール、アテノロール、ビソプロロール、カルベジロール

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 降圧薬を分類すると、上記3つ以外に、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、利尿薬、αブロッカーの3種があります。このうち、利尿薬については論文では「検討したがうつ病を改善させることも悪化させることもなかった」とされています。一方、ARBとαブロッカーについては記載がありません。αブロッカーはめまいや立ち眩みなどの副作用が多いことから日本ではあまり使われないのですが、おそらくデンマークでも同じでしょう。ARBについては日本ではかなり処方されていますが、デンマークでは普及していないのかもしれません。

 興味深いのは、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、βブロッカーのすべてに抗うつ効果があるわけではないことです。もちろん、患者さんの精神状態は個別に検討すべきではありますが、高齢とともに抑うつ感を自覚する人が増えるのは事実です。ならば、例えばカルシウム拮抗薬の処方を検討するなら、アムロジピンかベラパミルを優先すべきかもしれません。

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