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2024年12月19日 木曜日

第256回(2024年12月) B型肝炎ワクチンに対する考えが変わった!

 おそらくメディアでは報道されておらず、たぶんSNSでも話題になっていないと思うのですが、B型肝炎ウイルス(以下「HBV」)のワクチンに対する考え方が変わりました。

 2024年11月15日、日本環境感染学会が新しいガイドラインを発表し、そのなかで私が長年モヤモヤしていたことが一気に解消されました。今回は、HBVワクチンに対する考えがどのように変わったのかを紹介し、今後のあるべき接種方法について述べたいと思います。

 HBVワクチンは本来なら誰もが接種していなければならないワクチンですが、この国では接種者が驚くほど少ないのが現状です。そういう偉そうなことを言っている私自身もこのワクチンの存在を知ったのは医学部に入学した27歳のときで、それまではHBVの危険性についてよく分かっていませんでした。

 私が医学部に入学した90年代の大阪は(そしてたぶん今の大阪も)HBV感染者が九州地方と並んで最も多い地域です。出処は忘れましたが、以前、「大阪府と福岡県に最も感染者が多い」と聞いたことがあります。なぜ大阪と九州に多いかというと、韓国、北朝鮮、台湾からやって来た人が多いからです。

 HBVは性感染、母子感染、血液感染で広がるとされていますが、実際には「スキンシップ程度の接触」で感染することもあります。谷口医院の患者さんのなかにも、「友達を看病して感染した」「間違って友達の歯ブラシを使って感染した」あるいは「道端で倒れている人を起こしたときに傷に触れて感染した」という例もあります。

 この程度の接触で感染するわけですから、ウイルス量の多い感染者と同居していれば時間の問題です。日本では父子感染もそれなりにあるという報告もあります。もちろん父親が娘(息子)に性的虐待して……、ではなく、おそらく傷の手当や食べ物の口移しなどで感染したのでしょう。

 医学部に入学したての頃、HBVワクチンを無料で接種できると聞いて喜んだ私は、実は同時に”恐怖”も感じていました。「すでにかかっているかもしれない……」と思ったからです。当時27歳の私の周辺にはHBV感染者がけっこういたのです。

 疫学的には「日本のHBV感染者は100万人ちょっと」と言われていて、おおまかにいえば100人に1人くらいとなるのでしょうが、私の周りにはすでに感染者が5人いました。医学部内でのワクチン接種の際に「僕の周りには5人の感染者がいます」と肝臓内科の先生に言うと、「そんなはずはない。それは多すぎる」と言われたのですが、これは事実です。

 5人のうち1人(20代の男性)は、ちょうど私が医学部に入学したのと同時くらいに急性肝炎を発症して入院し、パートナーにうつしていたことが判り、ちょっと大変な状態になっていました。この男性は大学は違えどアルバイト先が同じで20~21歳くらいにはしょっちゅう一緒にいた友達です。ちなみに私は医学部入学前に会社員をしていて、その前に私立文系の大学を卒業しています。

 残りの4人は、同世代の男性が2人、同世代の女性が1人、私より20歳ほど年上の男性が1人です。女性の感染ルートは最後まで不明(家庭内感染は否定され、本人が言うには性行為の経験は「ない」とのこと)で、男性は全員が性感染でした。最も重症化したのは「私より20歳ほど年上の男性」で、タイへの出張時にタイ人女性(おそらくsex worker)から感染し、帰国後に劇症肝炎を発症し、一時は意識不明となり生死を彷徨いました……。

 幸いなことに、私自身は感染しておらず無事にワクチンを接種することができました。しかし、それは本当に”幸い”なことであり、知識がなく誰も教えてくれなかったので仕方がないとはいえ、それまでHBVに無関心でいたことが怖くなりました。

 HBVは極めて興味深い生命体で、2本鎖のDNA型のウイルスなのにも関わらず、1本鎖RNA型のHIVと同じように逆転写酵素を持っています。そのため、いったん感染するとヒトの細胞内のDNAに割り込み、ヒトの細胞分裂が起こる度にウイルスも増幅されることになります。つまり、いったん感染すると生涯にわたり消えないのです。そして、感染力は極めて強く、(HBVの体内での状態にもよりますが)感染力はHIVの100倍とも言われています。実際、性感染を考えた場合、HIVはそう簡単には感染しませんが(とはいえ、実際には「よくその程度で感染しましたね……」という事例もありますが)、HBVは(先に述べたように)些細な接触で感染します。

 しかし、HIVの場合はワクチンがなく予防にはコンドームを用いるかPrEPを実施せねばならないのに対し、HBVはワクチンを接種して抗体を形成しておけば感染することは(まず)ありません。しかも、いったん抗体が形成されれば生涯感染しないというのです。欧米諸国や豪州などではたいてい生まれて数時間以内に1回目のワクチンを全員に接種します。
 
 谷口医院をオープンした2007年、私が真っ先に取り組みたかった1つが「HBVの危険性を広く知らしめてワクチンを普及させること」でした。そして、医院オープン直後に自分のHBVの抗体(HBs抗体)を調べてみました。医学部1回生のときに3回接種してそのときに抗体形成を確認していますから今回も「陽性」となるはずです。ところが結果はなんと「陰性」! 抗体が消えてしまっていたのです。

 しかし、これはよくあることで、HBs抗体はワクチンで形成されて数年間が経過すると陰性になることがまあまああります。ただし、心配はいらないとされています。(他の感染症とは異なり)HBVの場合は抗体が消えても、それは血中に出てこないだけで免疫は維持されるとされています。実際、冒頭で紹介した新しいガイドラインの前のバージョンまでは「追加のワクチン接種や検査は不要」と書かれていました。たしかに、私の場合も追加接種を一度おこなうと再び抗体価は上昇しました。

 けれども、そうは言っても血中抗体価がゼロ(陰性)というのは不安です。また、本当に血中抗体価がゼロでも感染しないと言い切れるのでしょうか。実は、「感染した」とする報告がちらほらあります。そして、冒頭で紹介した新しいガイドラインには、いわばこの「不都合な事実」が次のように記載されています。

 HBs抗体が低下した場合にHBV曝露後にHBV DNAが陽性になったり、免疫抑制下においてHBV再活性化が起きるという報告もあり……

 ガイドラインがこれを認めるなら、一度抗体ができただけでは不安になるのは当然です。続きを読んでみましょう。

 一部の医療機関では血液体液曝露のリスクがある医療関係者に対して、免疫獲得者に対する経時的な抗体価測定や、免疫獲得者の抗体価低下にともなって追加接種を行っている。本ガイドラインは既に十分な体制が取られている医療機関でのこのような実践を否定するものではない。

 要するに、「追加接種をおこなってもいいですよ」あるいは「追加接種をおこなった方がいいかもね」と、ガイドラインはそう言っているわけです。

 さて、谷口医院では過去18年の歴史のなかで、少なく見積もっても2千人以上にHBVワクチンを接種してきています。これまでは(旧)ガイドラインに従い「いったん抗体が形成されたことを確認できれば追加接種は生涯不要と考えられています」と伝えてきましたが、この度の新しいガイドラインが公表された直後から「数年間経過すれば免疫がなくなるかもしれません」と説明しています。今までは自分だけが追加接種をして患者さんには不要と言い続けなければならずもどかしさがあったのですが、これですっきりしました。

 私自身は今回のガイドラインの改定を歓迎しています。まあ、初めから「追加接種を検討してもいいよ」と書いておいてくれれば悩まなくて済んだのですが……。

 

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2024年12月12日 木曜日

2024年12月12日 砂糖はうつ病のリスク

 最近発表されたメタ解析(これまでに発表された論文で質の高いものだけを集めて総合的に解析しなおした研究)で「砂糖摂取がうつ病のリスク」であることは間違いなさそうです。

 そのメタ解析が発表された論文は医学誌「Frontiers in Nutrition」2024年10月16日号に掲載された「砂糖摂取とうつ病および不安症のリスクとの関連:系統的レビューとメタ解析(Association of sugar consumption with risk of depression and anxiety: a systematic review and meta-analysis)」です。

 これまでに発表された合計40の研究が解析され、対象者は1,212,107例になります。砂糖摂取でうつ病のリスクが21%増加していました。一方、不安症のリスクとの関連については「11%増加する」となりましたが、こちらは統計学的に有意な結果ではありませんでした。

 尚、うつ病のリスクは男性よりも女性で高いことも明らかとなりました。

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 なぜ、砂糖摂取でうつ病のリスクが上昇するのかについてはこの論文からは分かりません。おそらく血糖値の急激な上昇(最近よく「血糖値スパイク」と呼ばれるものです)に続いて生じる下落が原因のひとつではないかと推測されます。

 いずれにしても「甘いもの」が好きな人は今一度おやつの摂り方を見直した方がいいかもしれません。

 

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2024年12月10日 火曜日

2024年12月 人間は結局「利己的な生き物」なのか

 2024年の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利すると予想していた日本人はどれだけいるでしょう。たしかに事前の世論調査では「トランプ氏が有利」とするものもあったようですが、「なんだかんだ言っても最終的にはおかしな人物を大統領に選ぶような国ではないだろう。まともな人も多いんだから」と思っていた人が多かったのではないでしょうか。

 トランプ氏の悪行はここで言うまでもありませんが、大衆を煽り議会を占拠させ死人まで出しているわけですし、ポルノ女優との不倫の口止め料支払いを事業記録に虚偽記載してニューヨーク市民からなる陪審団から有罪と判断されたわけですし(日本なら「ポルノ女優との不倫」だけで国のトップになることはないでしょう)、34件の州法違反で重罪人となり、複数の刑事裁判で被告人となっている人物が、政府最高峰の職責につくなどとは到底理解できません。私がトランプ氏を金輪際許せないのは、2017年のコラム「私が医師を目指した理由と許せない行為」で述べたように、障害者のものまねをしてこきおろしたからです。米国人はどうかしてしまったのでしょうか。こんな人物を国の代表にしていいはずがありません。

 私と付き合いのある友人知人でトランプ氏を応援していた人は一人もいませんし、谷口医院を受診している米国人を含む外国人全員が(大統領選挙の話ができた患者さんだけですが)「トランプ氏を支持しない」と話していました。トランプ氏が勝利したせいでうつ状態になったという米国人すらいます。

 (尚、「トランプ氏を支持する人を見たことがない」ということを私のメルマガに書いたところ、ある読者から「反ワクチン派はトランプ支持らしい」という話を教えてもらいました。まさか、新型コロナワクチンに反対する人全員がトランプ氏支持というわけではないでしょうが、「反ワクチン派はトランプ派」は興味深い現象です)

 「兵庫県庁内部告発文書問題」で職員を自殺に追い込んだとされ、県議会による不信任決議が可決され、9月30日に知事を失職した斎藤元彦氏が、11月17日の選挙で勝利し、再び兵庫県知事に返り咲きました。

 11月24日におこなわれたルーマニアの大統領選挙では、政党や組織に所属せず、本格的な選挙運動をおこなったこともなく、プーチンを「祖国を愛する男」と称賛し、「NATOから脱退すべきだ」と主張しているCalin Georgescu氏が第1位として決選投票に進みました。

 選挙で誰に投票するかは各自が決めればいいことですし、その理由はどのようなものであってもかまいません。例えば、単に「ルックスがいい」とか「故郷が同じ」とか、そういった理由で投票しても誰からも文句を言われる筋合いはありません。投票の理由を問われることはなく、選挙とはそのようなものだからです。

 ですが、制度上はそうであったとしても、そういう理由で投票したとは言わない方がいいでしょうし、「なぜその人物に投票したのか」と問われればもっともらしい回答を用意しておくのが普通でしょう。そして、トランプ氏、斉藤氏、Georgescu氏に投票した人たちも、そういう理由は用意しているでしょう。例えば「真に国民のことを考えているのはトランプ氏だ」とか「斉藤氏なら、停滞したこの地域を復活させることができる」などです。

 しかしながら、彼(女)らの本音はどうでしょう。米国には「Hidden (secret) Trump Supporeters(隠れトランプ派)」が少なくなかったとする報道があります。「トランプ氏を支持している」と表立って言うことは控え、こっそりとトランプ氏に投票する人たちのことです。彼(女)らはなぜ堂々とトランプ氏を支持すると言えないのか。支持する理由が「公共のため」「社会のため」ではなく、「自分勝手なもの」「自分にとって都合がいいもの」「個人的ルサンチマンを晴らすもの」などだからではないでしょうか。

 例えば世の中は平等であるべきなのは自明ですが、試験でいい点をとってハイクラスの生活へと進む非白人や女性が許せない白人の低学歴男子は、いくら社会にとって正しいことを主張しようが(というより主張すればするほど)民主党やハリス氏を嫌うようになるのではないでしょうか。すでに米国に居住しているヒスパニック系の人たちは、道徳的には同胞を歓迎しなければならないはずですが、移民に反対するトランプ氏が勝利すれば”既得権”を守ることができます。

 斉藤氏の場合、当初は「県民局長がパワハラの被害に遭ってその苦痛で自ら命を絶った。その責任は斉藤知事にある」というニュアンスで報道されていましたが、その後「実はパワハラなどなかったのでは?」という疑惑が浮上してきました。一部の報道によると、「自殺した県民局長は管理職という立場を利用して複数の女子職員と不倫を重ね、それを自身のパソコンに『不倫日記』として記録していた。それが県にバレそうになり自殺した」とされています。ここから、「自殺した県民局長は自身の不祥事を隠すために斉藤知事をスケープゴートにした。斉藤知事の本当の姿は死んだ県民局長も支持していた前知事(井戸敏三氏)の愚行を正すために現れたヒーローだ!」とする声が上がり始めました。

 これは”物語”としては面白いといえます。なにしろ全会一致で不信任決議が可決され、絶体絶命の窮地に追い込まれた斉藤知事の”真実”がギリギリのところで明らかとなり、形勢が逆転し、最後には勝利を手にしたわけですから、このまま1本の映画にもできそうです。こういう”物語”にワクワクして、それに加担することで正義感に陶酔して斉藤知事に票を入れた若者も少なくなかったのではないでしょか。

 トランプ氏、斉藤氏、Georgescu氏の「勝利」に貢献したのはいずれもSNS(特にX)だと言われています。私は「ツイッター」なるものが登場したとき、興味を持てず、こんなものはすぐに廃れるだろうと思っていました。なぜなら、人の思いや考えをわずか140文字で表すことなどできるはずがないと考えたからです。140文字しかないということは、例えて言えば、スポーツ新聞の見出しとリードだけを読んで物事を判断するようなものです。

 新聞の社説は(特に日本の新聞は)たいてい面白くありませんが、それでも「他者の意見を聞く」ということに関しては参考になります。日本の各新聞の一面にあるコラム(朝日新聞なら「天声人語」)はときにシニカルな内容で読み応えがあることもありますが、その話題の全貌や書き手の正確な意図を知るには文章量が少なすぎます。それでも文字数は600字程度、つまりツィッターの4倍以上はあるわけです。

 しかし、私の感性とは異なり、実際にはX(旧ツイッター)は流行の域を超え、もはや世界の人たちの「日常」と化しています。ということは、私の方が変わり者であり、世のマジョリティの人たちはXを代表とするSNSで情報収集し、それに影響を受け、そして自分自身もSNSを用いて自分の意見を拡散させているのです。

 では、世の中の人々は果たして短いメッセージによる情報取集でじゅうぶんだと考えているのでしょうか。そう考え、むしろ短い方が分かりやすくて便利だと感じている人が多いのかもしれません。短いメッセージはどうしてもストレートなものにならざるを得ません。大勢の注意を惹く必要がありますから表現は過激になり、さらにそれは加速していきます。他人を批判するにしても、従来ならその前提を述べ、相手の言い分を要約し、なぜそれに同意できないかを理論整然と述べなければならないはずですが、そのようなプロセスを省略し、過激な言葉で本音だけを羅列するようになったのです。

 その結果、各自の本心が露わになり、人と人との対立がよりはっきりしました。自分の主張を婉曲せずにストレートに堂々と主張し、反論がくればより過激な言葉でこけおろす。一方、自身の承認欲求を満たすために、自慢としか思えない写真や文字を披露するのです。「自分のステイタスを上げ、他人を蹴落とす」、これが人間の素の欲求なのかもしれません。

 投票する人たちは、国や地域社会のことよりも、自分の欲求が満たされるか否か、誰が勝利すれば自分の嫌いなやつらを蹴落とせるか、そのような視点で行動しているような気がしてなりません。

 

 

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2024年11月22日 金曜日

2024年11月22日 アメリカンフットボール経験者の3分の1以上がCTEを自覚、そして自殺

 いまだに日本ではほとんど取り上げられることのない慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy=CTE、以下「CTE))に関する新しい論文が医学誌「JAMA」2024年9月23日号に掲載されていましたのでここに報告します。

 論文のタイトルは「元プロアメリカンフットボール選手における慢性外傷性脳症の自覚と自殺傾向(Perceived Chronic Traumatic Encephalopathy and Suicidality in Former Professional Football Players)」で、ポイントは次の通りです。

・元プロアメリカンフットボール選手の34%がCTEを自覚している

・研究の対象者は1960年から2020年までプロリーグと契約していた元選手4,180人のうち、調査に協力した1,980人(47.4%、平均年齢57.7歳)。このうち681人(34.4%)が「CTEがある」と答えた

・調査されたのは、ポジション、キャリアの期間、現在の健康問題(不安、注意欠陥/多動性障害、うつ病、糖尿病、感情および行動のコントロールの困難さ、頭痛、高脂血症、高血圧、テストステロンレベル、痛み、睡眠時無呼吸、主観的認知機能など)

・CTEの自覚に関連していたのは、主観的認知障害、低テストステロン、頭痛、現役時代に蓄積した脳震盪の兆候と症状、抑うつ/感情および行動のコントール困難、痛み、若年

・CTEを自覚している681人のうち自殺傾向(suicidality)があるのは171人(25.4%)。CTEの自覚がない1,299 人のうち自殺傾向があるのは64人(5.0%)。よってCTEの自覚があれば自殺傾向が5倍以上になる

・うつ病などの自殺傾向の予測因子を調整した後でもCTEを自覚していれば自殺傾向を生じるリスクは2.06倍

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 CTEを自覚することによってうつ病のリスクが上昇することも考えられますから、このケースでは「予測因子を調整した後の2.06倍」よりも「CTEの自覚があれば自殺をしやすくなるリスクは5倍以上」と認識すべきだと思います。

 私自身は「こういうデータがあるのだから、アメリカンフットボールを(あるいはサッカーなど他のコンタクトスポーツも)禁止にすべきだ」とまでは考えていませんが、少なくとも競技を始めるとき、つまり小学生から高校生くらいまでの間にこういったリスクがあることを説明すべきだと思います。

<参考>
はやりの病気第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース
2023年4月23日「やはりサッカーは危険」
2021年12月22日「サッカーは直ちにやめるべきかもしれない」

 

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2024年11月17日 日曜日

2024年11月17日 「座りっぱなし」をやめて立ってもメリットはわずか

 このサイトでは「座りっぱなし」のリスクを繰り返し紹介してきました。座りっぱなしは様々な疾患のリスクとなり、「第二の喫煙」と呼ばれることもあり、しかも「運動しても帳消しにならない」とする研究もあり、非常にやっかいな現代人の習慣だと言えます。

 では座りっぱなしをやめて「立てば」いいのか、例えば(バーカウンターのような)スタンディングディスクで仕事をすればいいのか、と考えたくなりますが、残念ながらそうでもないようです。「座りっぱなしをやめて立ってもメリットはほぼない」というショッキングな研究が医学誌「International Journal of Epidemiology」2024年10月16日号に掲載された論文「デバイス測定による静止行動と心血管疾患および起立性循環器疾患の発生率(Device-measured stationary behaviour and cardiovascular and orthostatic circulatory disease incidence)」に報告されたので紹介します。

 研究の対象者は「UKバイオバンク」に登録された83,013人の成人(平均年齢61.3歳、女性55.6%)、追跡期間は6.9年です。

 この間、「心血管疾患」(冠動脈性心疾患、心不全、脳卒中)が6,829件、「起立性循環器疾患」(起立性低血圧、静脈瘤、慢性静脈不全、静脈性潰瘍)が2,042件発生しました。

 「起立性循環器疾患」のリスクは、(座っていても立っていても)じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり22%増加しました。座りっぱなしの時間が1日10時間を超えると1時間増えるごとに26%増加しました。1日2時間以上立っていると1日30分増えるごとに11%増加しました。
 
 「心血管疾患」のリスクは、じっとしている時間が1日12時間を超えると1時間あたり13%増加しました。座りっぱなしは、1時間あたり15%増加していました。立っている時間についてはリスク増加を認めませんでした。

 ということは、立っていればとりあえず「心血管疾患」は防げそうです。ですが、「起立性循環器疾患」については立っていても(動かなければ)リスクは上がることが示されています。

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 立っていると、座っているときに比べて疲れますから、なんとなくやせそうな気がしないでしょうか。ですが、2019年に報告された論文によると、その効果はほとんどなく、1時間立っていた人は座ったままでいた人よりもわずか9カロリー多く消費しただけだったそうです。

 健康を維持するには運動が不可欠だと言えそうです。

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2024年11月17日 日曜日

第255回(2024年11月) ビタミンDはサプリメントで摂取するしかない

 以前から「問題のビタミン」として本サイトで繰り返しているビタミンDについては相変わらず多数の質問が寄せられています。その後、いくつもの研究が発表され、複雑さが増しているのですが、結論をいえば「ほとんどの日本人はビタミンD不足で、サプリメントで摂取するしかない」となります。そして「不足すれば大変なことになる」も言えそうです。今回はそれについて述べますが、まずはこれまで本サイトで紹介してきたことをまとめてみましょう。

・ビタミンDの摂取基準が以前から大幅に引き上げられている。そのため、2001年の基準(男性2.9μg/日、女性3.0μg/日)ならクリアできても、新しい基準(男女とも8.5μg/日)で考えると大半の日本人が摂取できていない

・ビタミンDが不足すると、骨量低下、免疫能低下、アレルギー疾患のリスク向上など様々な弊害がある。がんのリスクを高めるとする意見もある

・ビタミンDをサプリメントで摂取しても健康上の利点がないとする研究がある

・しかし、食事から必要なビタミンDを補給するのはかなり難しい

・ビタミンDの血中濃度は30~50ng/mLが望ましい。20~30ng/mL未満は「不足」、20ng/mL未満は「欠乏症」とされている

 ビタミンDのサプリメントにうさん臭さが伴う理由のひとつは驚くほど高額で売られていることがあるからです。ある患者さんからの情報によると、コロナ後遺症で有名なそのクリニックでは「ビタミンD不足が原因だ」と言われ、月額8千円もの高価なサプリメントを(半ば強制的に)買わされたそうです。ビタミンDに月8千円とは……。ファンケル、小林製薬、大塚製薬などが扱うビタミンDのサプリメントはせいぜい月に300~400円程度です。

 大勢の日本人がビタミンDが不足しているのは事実です。医学誌「Osteoporosis International」に2013年に日本人を対象とした血中ビタミンD濃度を調査した研究が公開されました。日本人の男性の70~85%、女性では約90%がビタミンDの血中濃度が基準を下回っています。

 この研究はけっこう衝撃的で、谷口医院ではこの論文が発表されてから、職員健診の際に(職員全員が希望することもあり)全員のビタミンD濃度を実施しています。結果は、私自身も含めて(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が毎回基準値に足りていません。約半数が20ng/mL以下、一番高いスタッフでも30ng/mLを超えていません。谷口医院では私自身も含め(ビタミンDのサプリメントを飲んでいない限り)全員が「欠乏症」または「不足」なのです。

 不思議なのは、これだけ大勢の日本人がビタミンDを適正に摂取できていないのにもかかわらず、厚労省なり地域の行政がサプリメントの摂取を勧めないことです。食事または日光からの摂取が困難なことを認め、治療薬として保険診療でビタミンDを処方できるようにすべきではないでしょうか。しかし行政は消極的です。

 厚労省のサイトには「ビタミンDは不足しがちな栄養素ですが、特にカプセル・錠剤形態のサプリメント類からの摂取については、過剰摂取に留意する必要があります」と記載されています。しかし、「留意する必要」と言われても何をすればいいのかまるで分かりません。例えば、厚労省がお墨付きを与えるサプリメントを紹介するとか、あるいは医薬品として処方できるようにすべきでしょう。

 では、なぜ行政はそのような対策に出ないのでしょうか。おそらくビタミンDについてはよく分かっていないところが多いからだと思います。過去に医療プレミアにビタミンDについてのコラムを書いたとき、複数の伝手を頼っていろんな役人に話を聞いてみたのですが、どうも厚労省としても、不明な点が多いために明確な基準をうちだせないようです。

 それは同省のサイトに掲載されている言葉からも読み取れます。ビタミンDの血中濃度の適正基準について、「一般に、30nmol/L(12ng/mL)を下回る血中濃度は骨や健康を保つには低すぎ、125nmol/L(50ng/mL)を超える血中濃度は恐らく高すぎます」という表現があります。

 「恐らく高すぎる」という言葉に自信のなさが表れています。これを執筆した役人も「もしかすると50ng/mLでも問題ないかもしれない。けれども、あまり高い数値を書いてしまうと健康被害が起こったときに責任問題になるかもしれない……」と考えたのではないでしょうか。

 しかし、高すぎるビタミンD血中濃度が危険なのは事実です。サプリメントマニアのなかには「自分はビタミンD濃度が高いから風邪をひかず、花粉症も治った。自分の場合は50ng/mLを超えるくらいが調子がいい」と言う人がいますがこれは危険です。最悪の場合、腎臓の機能が低下して元に戻らなくなるかもしれません。

 ではどうすればいいか。「定期的に測って血中濃度が適正化どうか確認する」が最善なのですが、この検査は保険適応にならず自費で受けるしかなく、費用はそれなりにします(谷口医院の場合1,800円)。しかし、食品(と日光)からでは不十分、サプリメントは摂取過多に注意、しかしそのサプリメントで充分な量が摂れているのかは不明、となんとももどかしいのがビタミンDなのです。

 しかし、ビタミンDは非常に重要な栄養素ですから、やはり自身が摂取できているかどうかは調べた方がいいでしょう。原則として谷口医院では自費検査を勧めていませんが、年に一度程度のビタミンDの検査は例外的に推奨しています。

 ではビタミンDを摂取して適正な血中濃度を保てばどんないいことがあるのでしょうか。この話がまた複雑です。まず、従来ビタミンDが有用と言われていた疾患についてはことごとく否定されています。例えばビタミンDをいくら摂取しても骨折や骨粗しょう症の予防にはなりません。

参考:
はやりの病気第244回(2023年12月)「なぜ「骨」への関心は低いのか」
医療ニュース2017年10月23日「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」

 また、虚血性心疾患、脳血管障害、がんなどの予防にもほとんど寄与しません。

参考:医療ニュース2014年2月28日「ビタミンDのサプリメントに有益性なし」

 では、ビタミンDが不足していればどのような不都合があるのでしょうか。あるいはどのような症状があればビタミンD不足を疑えばいいのでしょうか。英紙「The Telegraph」から「ビタミンD不足で起こり得る7つの症状」を紹介しましょう。尚、この記事ではビタミンD不足を20ng/mL以下としています。
 
#1 疲労

疲労が慢性化している場合にビタミンD不足を疑います。興味深いことに、英国でもビタミンDの血中濃度を保険診療で測定することができるのは、慢性かつ広範囲の疼痛や骨疾患などの深刻な事態がある場合のみで、日本と同様のもどかしさがあるようです。

#2 風邪をひきやすい

すでにビタミンDが急性上気道炎(風邪)の予防になることを示した研究はいくつもあります。

また、エビデンスはありませんが、「ビタミンDでコロナ後遺症は治る」は”結果としては”正しいと思います。実際、谷口医院の患者さんにもそのような人はいます。しかし、一部の反ワクチン派が主張する「コロナ後遺症になればビタミンDは不足する」は正しいわけではありません。なぜなら、上述したように国民の8~9割が初めからビタミンD不足だからです。

#3 骨が痛い

ビタミンD不足が原因で骨粗しょう症や骨軟化症などを起こしている可能性があります。興味深いことに、上述したように「ビタミンDのサプリで骨粗しょう症は防げない」という研究がある一方で、若くして骨粗鬆症を発症する人はビタミンDが欠乏していることが多いのです。

#4 筋肉が痛い

慢性疼痛患者の71%にビタミンD不足(<20ng/mL) が認められたとする研究があります。谷口医院の患者さんのなかにも線維筋痛症や慢性疲労症候群が疑われていて、ビタミンDのサプリメントで治ったケースがあります。

#5 傷の治りが遅い

傷が治るには炎症を抑えなければなりません。ビタミンDは炎症を抑えてくれます。957人の60歳以上のアイルランド人(日照時間が短いためビタミンDが不足しやすい)を対象とした調査では、ビタミンD血中濃度が10ng/mL以下であれば、炎症マーカーのCRP(C反応性蛋白)、IL-6(インターロイキン6)が上昇しやすいことがわかりました。

足に潰瘍を起こしている糖尿病患者にビタミンDを投与すると大きく改善した、という報告もあります。

#6 脱毛

48人の円形脱毛症の患者にビタミンDのクリームを外用すると、69.2%に効果があったとする報告があります。

びまん性脱毛(全体的に抜け毛が増えるタイプの脱毛)のある人はビタミンDが不足しており、その傾向は特に女性で顕著であることを示した報告があります。

#7 体重増加(糖尿病)

The Telegraphの記事ではビタミンD不足で体重増加が生じることを示したエビデンスが示されていませんが、糖尿病を予防するという研究は複数あります。

 これだけの研究を提示されるとビタミンDが重要であると認めざるを得ません。しかし、摂取し過ぎは不足以上に問題です。しかし検査に保険適用はない……。なんとももどかしいのがビタミンDです。

 

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2024年11月11日 月曜日

2024年11月 自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる

 1年ぶりにマンスリーレポートで「幸せ」を取り上げましょう。改めてこのサイトを振り返ってみると、私は「幸せ」をテーマにいくつものコラムを書いています。自分自身でも「幸せとは何か」がよく分かっていないから取り上げる機会が多くなるのでしょうが、それはたぶん私だけではなく世界の多くの人たちも同じではないでしょうか。何しろ「幸せ」は哲学の根源的なテーマなのですから。

 これまで私が「幸せ」について書いたコラムを振り返ってみると、私自身はがむしゃらに働いたり金銭を稼いだりすることを求めていないことが分かります。一番分かりやすいのはおそらく2017年のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」だと思います。この中で取り上げた「タイの農夫と日本のビジネスマン」の逸話、私はタイで知り合ったある日本人に教えてもらったのですが、初めて聞いたときからとても気に入り、今でもときどき思い出しています。そして、金儲け主義の人たちを冷めた目でみています。

 ところが、経済界ではこのような考えは人気がなく、2023年のコラム「『幸せはお金で買える』という衝撃の結末」で紹介したように、「幸せはお金で買える」という説がまかりとおっています。上述の2017年のコラムで紹介したように、元々はノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは「年収が75,000ドル(当時のレートで約900万円)を超えると、それ以上収入が増えても『感情的な幸福』は変わらない」と主張していました。

 そこに異論を唱えたのが経済学者のマシュー・キリングスワースで、2021年のコラム「幸せに必要なのはお金、それとも愛?」でも紹介したように、「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する」という、まるでカーネマンを挑発するかのようなタイトルの論文を発表し物議を醸しました。

 そして、2023年のコラムで述べたように、カーネマンとキリングワースの2人は共同で「幸せ」を検討し直した結果、キリングワースの主張が正しかったという結論が導かれ、「お金はあればあるほど幸せ」というのが世界の経済界と定説となってしまったのです。しかも、一定の収入で幸せを感じ、それ以上収入が増えても幸せ度が上がらない人は「精神疾患を患っている変わり者」だとされたのです。

 「『幸せ度』は年齢でかわってくる」という研究は2023年のコラム「幸せになりたければ自尊心を捨てればよい」で紹介しました。このコラムでは、世界では「最も不幸せな年齢は48.3歳でそれ以降は幸せに向かっていく」のだけれど、「日本人は例外で、年をとればとるほど不幸になる」ことを内閣府が発表していることを紹介しました。

 ここまでをまとめると、「幸せがどのようなものかには個人差があるが、まともな人であれば収入が増えれば増えるほど幸せ度は増す。年齢でみれば、日本以外の世界では若い頃から中年にかけて低下して48.3歳で底を打ち、その後は右肩上がりに幸せ度が増していく。しかし、日本人だけは例外で、48.3歳以降もどんどん不幸になっていく」、となります。

 今回は幸せについての新たな研究を紹介しましょう。結論は「自身が幸せかどうかを気にし過ぎない方がいい」となります。論文は米国心理学会(American Psychological Association)が今年発行した医学誌に掲載された「幸福の追求を紐解く: 幸福について考えるだけで、幸福を目指さなければ、否定的な感情に支配され、幸せは訪れない(Unpacking the pursuit of happiness: Being concerned about happiness but not aspiring to happiness is linked with negative meta-emotions and worse well-being.)」です。

 ややこしくて分かりにくいタイトルですが、本文を読めば言わんとしていることが伝わってきます。著者によると「幸せを目指すこと(aspiring)自体には問題がない」ようです。ところが、「幸せを気にすると(being concern)、人は自分の幸福度を判断(judge)するようになり、無意識的に、本来ならポジティブな出来事をネガティブに捉えるようになり、その結果、幸せが妨げられる」と言います。

 これではまだ分かりにくいので、次にこの論文を解説したカリフォルニア大学(University of California)のサイトに掲載された分かりやすいコラム「幸せについて心配するのはやめましょう(Stop worrying about being happy)」から核心となる部分を引用してみましょう。

・幸せについて心配しすぎると、実際には幸せを感じにくくなり、さらにメンタルが落ちる可能性がある

・「幸せになりたいという願望」と、「自分の幸せのレベルを気にする」という側面は分けて考える必要がある。「幸せになりたいという願望」は持っていていい。しかし、「自分の幸せのレベルを気にする」は、人生の満足度の低下や抑うつ症状の悪化など、幸福度の低下と大きく関連している

・幸せになるためのコツは、ポジティブな経験をしたときに「それ以上の幸福を感じることはないかもしれない」と受け入れること。また、ポジティブな経験をした時に「完璧ではない側面」に執着すれば、結果としてはそのポジティブな経験を台無しにしてしまう

・そもそも、幸せを感じる瞬間はあったとしてもごくわずかであり、その瞬間に自覚した幸せの感情を受け入れることで、その経験に余計な否定的感情を加えずに前進することができる

・精神的に健康な状態を維持するために、「否定的感情を自覚することは誰にでもある自然な反応である」ことを受け入れて、「自分が幸せになれると思うからという理由だけで何かをする」ことを慎んで、「社会的つながりを伴う活動に参加する」のがよい

 これでかなり分かりやすくなったと思います。よく考えるとこの論文が言わんとしていることは我々が過去に繰り返しどこかで聞いていたような内容に似ていないでしょうか。例えば、老子の「足るを知る」という言葉はまさにこれらを表していると言えるでしょう。

 2010年から2015年にウルグアイの大統領を務めたホセ・ムヒカ氏は在任中も大統領公邸ではなく、郊外の小さなトタン屋根の家で、妻と3本足の犬と暮らしていました。2012年のBBCの取材に対し、ムヒカ氏は次のように答えています。

「貧しい人とは、贅沢な生活を維持するために働き、常にもっともっとと欲しがる人たちです(Poor people are those who only work to try to keep an expensive lifestyle, and always want more and more)」

 The New York Timesによると、現在89歳のムヒカ氏は自己免疫疾患に加え食道がんを患っています。同紙の取材に対し、氏は次のようにコメントしています。

「欲求の法則から逃れ、人生の時間を自分の望むことに費やすとき、人は自由になれます。欲しいものが増えれば増えるほど、その欲求を満たすために人生を費やすことになります(You’re free when you escape the law of necessity — when you spend the time of your life on what you desire. If your needs multiply, you spend your life covering those needs)」

 老子やムヒカ元大統領の言葉をゆっくりと噛み締めると、爽快な幸福感に身を包まれるような感覚になるのは私だけでしょうか。「スマホを捨てよ」とまでは言いませんが(ちなみにムヒカ氏は4年前に携帯電話を捨てたそうです)、自慢話と誹謗中傷だらけのSNSに時間を割くのをやめて、ふと手を伸ばせば得ることができる小さな幸せをひとつひとつ味わう……。そんな生活が理想ではないでしょうか。いくら優れた経済学者の主張であろうが、「幸せはお金で買える」に私は同意しません。

 

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2024年10月24日 木曜日

2024年10月24日 ピロリ菌は酒さだけでなくざ瘡(ニキビ)の原因かも

 ヘリコバクター・ピロリ(以下「ピロリ菌」)は酒さの原因になっていることがあります(参考:医療ニュース2017年6月2日「ピロリ菌除菌で酒さが大きく改善」)。すべての酒さに対していえることではないのですが、ときに治療に難渋していた酒さがピロリ菌を除菌することにより劇的に改善することがあります。興味深いことに、これまで谷口医院で酒さの原因がピロリ菌であった人のほぼ全員が胃の症状はまったくありませんでした。

 酒さが治りにくい場合、谷口医院ではピロリ菌の検査を実施しているのですが(患者さんが同意すれば、ですが)、これまでざ瘡(ニキビ)についてはピロリ菌との関連を疑ったことがなく検査を勧めたこともありませんでした。しかし、難治性のざ瘡では検査をする価値があるかもしれません。興味深い研究が発表されたからです。

 研究は医学誌「Archives of Dermatological Research」2024年9月14日号に掲載された論文「ヘリコバクター・ピロリ菌と尋常性ざ瘡:関係はあるか?(Helicobacter pylori and acne vulgaris: is there a relationship?)」で発表されました。

 研究の対象者はエジプトの「Ain Shams大学病院」https://www.asu.edu.eg/healthcareの皮膚科外来を2021年11月~2022年10月に受診したざ瘡の患者45人と年齢・性をマッチングさせた健康ボランティア45人です。ざ瘡の有無とピロリ菌の検査結果は次のようになりました。

           ピロリ菌抗原     ピロリ菌抗体       
ざ瘡患者       26人(57.8%)         9人(20%)
健常人        27人(60%)       14人(31.1%)

 この研究はまだ続きます。ざ瘡の重症例でピロリ菌抗原陽性率がどのように変化するかが調べられました。結果は驚くべきものです。

        ピロリ菌抗原陽性率
軽症        4人/16人(25%)  
中等症        10人/16人(62.5%)
重症         12人/13人(92.3%)

 ざ瘡の程度が重症であればあるほど、ピロリ菌陽性率が高いのは興味深いといえます。
************

 過去に同様の研究がないかを調べてみたところ見つかりました。2014年に医学誌「Journal of Medical Sciences」に掲載された論文「重度の尋常性ざ瘡はヘリコバクター・ピロリ感染と関連している:初の文献報告(Severe Acne Vulgaris is Associated with Helicobacter pylori Infection: First Report in the Literature)」です。

 研究は2012年から2013年にイランのタブリーズで実施されました。対象者は75人のざ瘡の患者(軽症25人、中等症25人、重症25人)と25人の健常人です。ピロリ菌感染は次の通りです。

健常者   56%
軽症者   60%
中等症者  72%
重症者   88%

 統計学的な有意差は「重症者」と「健常者」でついています(p=0.01)。

 2つの研究のいずれもが「重症であればあるほどピロリ菌に感染している可能性が高い」という結果を示しています。これらの研究では除菌をすればざ瘡が改善するのかどうかが分かりませんが、既存の治療でよくならない場合は試してみる価値はあるでしょう。

 

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2024年10月17日 木曜日

第254回(2024年10月) 認知症予防のまとめ

 前回のはやりの病気「『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」に対して、質問や感想が大勢届いています。LDLコレステロール(以下、単に「コレステロール」)は多くの人たちに馴染みがあるキーワードのようで、「コレステロールが高いことが認知症の最大のリスクだなんてショックだ」という意見がある一方で、「コレステロールを下げるだけで認知症のリスクが減るならばありがたい」というポジティブな意見まで様々です。そこで今回は認知症のリスクについて再度まとめることを試み、前回に引き続きリスク軽減には何をすべきかについて興味深い研究を紹介したいと思います。

 まずリスクについて。前回のコラムでは「認知症のリスクのうち45%は生まれてから努力したり対策をとったりすることで軽減できる」と述べました。これは逆側からみると「55%はどうしようもない」ということでもあります。なんだ、努力でリスク軽減が図れるのは45%しかないのか……、と感じた人もいるようですが、ここは前向きに考えましょう。この「努力でなんとかなる」割合、2020年版では40%、2017年の論文ではわずか35%とされていたのです。つまり、ほんの7年ほど前までは「認知症になるかどうか3分の2は生まれたときから決まっている」と考えられていたところが、現在は「リスクの約半数は取り除ける」とされたわけですからこの違いはとても大きいと考えるべきです。

 しかしながら55%の”壁”は小さくありません。では55%を占める「変えられないリスク因子」とは何を指すのでしょうか。年齢(高齢であるほどリスクは上昇)、性別(生物学的性が女性であればリスクが高い)などもありますが、やはり最大の原因は「遺伝」、とりわけ本サイトでも何度も紹介しているApoE遺伝子が重要になります。ApoEにはε(イプシロンと読みます)2、ε3、ε4の3つがあり2つ一組で存在します。つまり、すべての人は、ε2・ε2、ε2・ε3、ε2・ε4、ε3・ε3、ε3・ε4、ε4・ε4の6つのうちのどれかを持っていて、この組み合わせは生涯変わりません。3種のεのうち、ε4がアルツハイマーのリスクとなります。

 ApoE遺伝子のε2,3,4は分子生物学的にどのような違いがあるのでしょうか。分子レベルでみれば遺伝子のアミノ酸の配置がわずかに違うだけです。科学誌「Science」2024年9月12日号の「遺伝子の重荷(The burden of a gene)」に掲載されたイラストを紹介しましょう。

 

 アミノ酸が並んでいる部位(コドン)の112番目がε2かε3ならシステイン(Cys)で、ε4はこの部分がアルギニン(Arg)に置き換わっています。もうひとつは158番目で、ε2ならシステインで、ε3と4はアルギニンです。たったこれだけの違いでその人の”運命”が大きく変わるのです。2007年に発表された認知症のリスクに関する論文によれば、ε3・ε3の人がアルツハイマーになるリスクを1とすると、ε3・ε4なら3.2倍、ε4・ε4のリスクはなんと11.6倍にもなります。上述の「Science」にも衝撃的なグラフが掲載されていますのでここに紹介しましょう。ε4を2つ持っていれば(ホモで所有していれば)75歳で8割が、80歳で9割以上が、85歳で95%以上がアルツハイマー病を発症するのです。ε3ε4の場合でも75歳で4割が、80歳で8割が発症します。

 

 遺伝子は変えられないわけですから、識者がメディアの取材に答えるときなどには必ず「遺伝的にリスクが高いからといって必ずしも発症するわけではない。ε4を2つ持っていても90歳を超えてしっかりしている高齢者もいる」といったコメントが採用されます。ですが、Scienceのこのグラフをみれば分かるようにε4が2つの人は90歳になればほとんど100%アルツハイマー病を発症しているわけですから、「しっかりしている高齢者」などは少なくとも数字の上では奇跡的な存在です。

 しかし、そうはいっても諦めるべきではありません。発症すれば仕方がありませんが、少しでも発症を遅らせる努力は必要でしょう。そのために役立つのが前回紹介したLANCETの論文であり、合計14個のリスク回避に務めるべきです。特に中年期以降の認知症のリスクのトップ3「コレステロール」「難聴」「社会的孤立」は最重要だと認識すべきです。若年期の「低教育」も5%を占めるハイリスクですから、もしもあなたが若年期に相当するなら今からでも勉強を始めるのがいいかもしれません。

 ではこれら14項目以外に気を付けるべきことはないのでしょうか。ここでは比較的新しい論文から認知症のリスク軽減に役立ちそうな情報を紹介しましょう。

 まずは手っ取り早い方法としてビタミンDの摂取を考えてみましょう。血中ビタミンD(25(OH)D)濃度が75nmol/L(=30ng/mL)未満の欠乏症になれば、欠乏症でない人に比べ認知症のリスクが2倍高いという研究があります。

 「ナッツを食べて認知症を防ごう!」とする研究もあります。対象は50,386人(平均年齢56.5歳、女性49.2%)の英国在住者で、平均7.1年の追跡調査の結果、ナッツをまったく食べない人と比べると、毎日ナッツを食べる人は、認知症発症リスクが12%低下したという結果が出ています。

 次は「歯」です。歯の数が19本以下になると認知症のリスクが上昇するという研究があります。20本以上の歯がある人と比較して、歯の数が10~19本の人は認知症のリスクが14%増加します。1~9本なら15%、0本の場合は13%の増加です。この結果が興味深いのは、「20本以上か19本以下か」という点が重要で、19本以下になってしまえば、0本でも19本でもリスクがほとんど変わっていないことです。つまり「認知症を防げたければ最低でも20本の歯を守れ」となるわけです。

 ビタミンDはサプリメントで、ナッツはアレルギーがなければ日々のおやつにすることで対策がとれそうです(ビタミンDの血中濃度の計測は自費診療になりますが)。また、歯についても早い段階で歯科医院を受診し、できるだけ「抜かない治療」を心がけることが大切です。この点は少し注意した方がいいかもしれません。どのようなときに抜歯するか、については歯科医院によって考え方が大きく異なるからです。谷口医院では、患者さんから相談されたときには「できるだけ抜かない治療」を実施してくれる歯科医院を推薦しています。

 ここからは認知症のリスクであることは分かっていても回避するのがときに困難な要素を紹介しましょう。研究はともに女性に限定されたもので、認知症のリスクはPTSDとストレスです。「PTSDが中年女性の認知機能を低下させるリスク因子である」ことを示した50~71歳の12,270人の女性を対象とした研究があります。参加者のなかでPTSDの症状があった女性は67%にのぼり、フラッシュバック、悪夢を見る、重度の不安に悩まされる、悲惨な出来事を繰り返し思い出す、気分が変調する、などの症状が多くあった女性は、まったく症状がなかった女性に比べて、認知機能の変化を示すスコアの変化率が著しく悪いことが分かりました。

 1968年に38歳~60歳だった1,415人の女性を35年間追跡調査して認知症のリスクを調べた研究では、中年期にストレスを繰り返し経験していた女性は、そうでない女性に比べて、認知症のリスクが65%高かったことが分かりました。特に強いストレスを経験していた女性は、認知症のリスクが2倍以上に上昇していました。

 PTSDもストレスも本人の努力ではどうにもならないケースが多いでしょうが、これらが認知症の大きなリスクになることは知っておくべきでしょう。

 「認知症を患わないようにする」だけが今後の人生の目標になってしまうのは行き過ぎですが、自身のリスクを把握した上で総合的な対策を立てることが大切です。ただし、ApoE遺伝子の検査については受ける前にじゅうぶんに検討を重ねてください。谷口医院ではこれから配偶者ができる可能性がある、あるいはこれから出産を考えている男女に対しては見合わせるように助言しています。他方、50代以降の男女で受ける人は年々増えています。

 

 

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2024年10月11日 金曜日

2024年10月11日 幼少期に「貧しい地域に住む」か「引っ越し」がうつ病のリスク

 なんともショッキングな研究が発表されました。幼少時に「貧しい地域に住む」あるいはただ単に「引っ越し」をするかの経験があれば成人してからうつ病を発症しやすくなるというのです。

 医学誌「JAMA Psychiatry」2024年7月17日号に掲載された「時間の経過とともに変化する近隣の所得不足、幼少期の転居、および成人期のうつ病リスク(Changing Neighborhood Income Deprivation Over Time, Moving in Childhood, and Adult Risk of Depression)」です。

 研究の対象者は、1982年1月1日から2003年12月31日までの期間にデンマークで生まれ、生後15年間を同国内で過ごした合計1,096,916人(男性563,864人=51.4%)です。統計分析は2022年6月から2024年1月まで実施されました。分析に使われたのは、「出生から15歳までの各年の居住地における近隣所得欠乏指数(neighborhood income deprivation index )」と、「幼少期全体の平均所得欠乏指数(mean income deprivation index)」で、居住地を移動したかどうかについては、「滞在者」の定義を「幼少期全体を通じて同じゾーンに住んでいた個人」、「移動者」は「そうでない個人」とされています。

 結果、追跡調査中に35,098人(女性23,728人=67.6%) がうつ病と診断されました。幼少期に貧困地域に住んでいた人は、うつ病のリスクが10%上昇しました。所得不足が増加するごとに、うつ病のリスクも上昇していることが分かりました。また、近隣の貧困状態とは無関係に、幼少期の引越しは成人期のうつ病発生率を増加させることが分かりました。2回以上の引っ越しでそのリスクは61%も上昇していました。

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 この研究が正しいとして、それが日本にもあてはまるのならば、親がいわゆる「転勤族」で(あるいはその他の理由で)15歳までに引っ越しを繰り返していた場合、うつ病になりやすいということになってしまいます。

 「子育て」に議論を呼びそうな研究です。しかし、すでに成人している人は今さら過去を変えられません。ただ、もしかすると「自分は転勤族の親の元で育ったからうつ病のリスクがあるんだ」と把握することは役に立つかもしれません。どのような疾患でも「自身のリスクを知る」は重要だからです。

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