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2026年10月1日 木曜日
2026年10月1日 米国、若年者の脳梗塞が急増。原因は大麻か
米国では、20歳から54歳の脳卒中発症率が、1993年から2020年の間にほぼ倍増していることが分かりました。医学誌「Neurology」2026年9月23日号に掲載された「若年者の脳卒中 集団ベースの研究における経時的な発生率、30日症例致命率、および危険因子(Stroke in the Young Incidence, 30-Day Case Fatality Rates, and Risk Factors Over Time in a Population-Based Study)」を紹介します。
この研究では、米国の5つの地域での20歳~54歳の脳卒中発症者を経時的に調べたデータが解析されています。対象期間は1993年~2020年です。この期間中に初回脳卒中発症例が2,076例特定されています。調査開始時の1993年から1994年においては、人口10万人・年あたり33.90人でしたが、2020年には62.18人と大幅に上昇していることが分かりました。
一方、高齢者では脳卒中発症率が低下していました(1993年から1994年は人口10万人・年あたり618.78件、2020年は453.04件)。
脳卒中には、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血があります。このなかで増えているのが脳梗塞で、1993年から1994年の10万人・年あたり23.8人から、2020年には47.3人と約2倍に増加していました。他方、脳出血、くも膜下出血は減少しています(それぞれ27.5%→21.2%、27.9%→18.6%)。
もうひとつ興味深いのは、若年者の脳梗塞は大幅に増加しているものの、救命率は向上していることです。発症30日以内の致命率は、1993年から1994年が11.7%だったのに対し、2020年には9.4%へ減少しています。
では、なぜ若年者の脳梗塞が増えたのか。論文によると原因は4つ。高血圧、糖尿病、心房細動、薬物等の使用です。この論文を報道したCNNによると、具体的には、高血圧が原因の脳梗塞は47%→60%と増加、糖尿病は19%→26%、心房細動は1%→6%、薬物使用は5%→40%です。
最も大きく上昇しているのは薬物使用で8倍にもなります。CNNと同様、この論文を紹介しているHealth Dayは、薬物のなかでも「大麻による影響が最も大きい」としています。
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この論文だけで、「若者の大麻使用が増加 → 脳梗塞増加」と断定できるわけではありませんが、可能性は多いにあるでしょう。そして、日本でも若年者の大麻使用者が大幅に増えています。私の肌感覚で言えば、見つかっていないだけで、実際には確実に、しかも大きく増加しています。米国は(多くの地域で)大麻が合法であり、また違法の州であっても調査で大麻使用を認める人たちが多いのに対し、日本では大麻取締法の存在が大きいですから、使用者の多くはそれを隠し、調査では正直に答えません。
日本でもこれだけ大麻使用者が増えている現状に鑑みると、米国と同じように若年者の脳梗塞が増加していくのではないでしょうか。尚、オランダ、フランスにも若年者の脳梗塞が増加しているとする報告があります。
救命率が上昇したのは喜ばしいことですが、脳梗塞は何らかの後遺症を残すことが多く、若年時に発症するということは、残りの長い人生を障害を抱えて生きていかねばならないことを意味します。
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2026年10月1日 木曜日
2026年10月 認知機能低下が進む時、友人の傍での自殺は許されるか
あらかじめ予想していたことではあったのですが、1年前のマンスリーレポート「私が安楽死に反対するようになった理由(前編・後編)」で、安楽死に反対するという意見を公開したところ、反対意見が相次ぎました。私が「反ワク」呼ばわりされて大量の誹謗中傷メールが届いた2021年の夏に比べれば比較にならないほど穏やかなのですが(尚、私は新型コロナワクチンに反対しているわけではなく、私自身は初回から毎年接種しています。「未知のワクチンには注意が必要」と述べただけなのですが、当時の世論は私を「反ワク」と糾弾しました)、「安楽死は本人が決めるものだ」「どのように死ぬかを決めるのは個人の自由だ」、あるいは「あんたは医者のくせに本当に苦しんでいる患者を知らないのか?」というややけんか腰のコメントもありました。
そのコラムでも述べたように、過去の私は、安楽死どころか「自殺の自由」も認められるべきだ、という考えをもっていました。その考えが変わったのは「人間には生まれてこない自由はない」ことに気付いたことがきっかけです。「生まれてこない自由がないのは自明なのだから、自殺する自由もなくて当然だろう」と考えるようになったのです。ただし「条件」をつけています。そのコラムでも述べたように、「自殺(安楽死)を希望していて、死んでほしくないと考える人が世界に一人もいないこと」という条件を満たすのであれば、自殺や安楽死が許されるのではないかという考えは今も持っています。
ただ、そのような人は実際に存在するでしょうか。私がその人の主治医であれば、私自身がその人に自殺や安楽死で生涯を終えてほしくありません。私以外にも、少なくともカトリック教徒の人たちがその人に関わっていればやはり自殺や安楽死に反対するでしょう。私自身はキリスト教徒ではありませんが、他者の殺人に手を貸すことはできませんし(安楽死は英語でeuthanasiaと呼び、これは専門用語というよりは日常的に使われる単語ですが、mercy killing、つまり「慈悲ある殺人」と呼ばれることもあります)、人為的に死を早める行為には賛成できません。
そういうわけで、自殺または安楽死を望んでいるという人に対して、私は「死は自然なものであるべきで、自ら終わらせる自由はないとする考えをどう思いますか」と聞いてみたいのですが、もしも、この人の認知機能が低下している場合はどうすればいいのでしょうか。現行の法律では安楽死が認められている国であっても「本人の意思」は必要です。認知機能が低下して意思が確認できないときは対象外となります。ですから、安楽死を希望するのなら認知機能が低下する前に意思を表明していなければなりません。
では、認知機能が日ごとに低下していくことを感じている人が、最低限の認知機能を保っているうちに終わらせたいと考えたときはどうすればいいのでしょうか。2026年4月にThe New York Timesに掲載された興味深い記事「あなたの傍で人生を終えてもいいですか?(May I End My Life With You?)」を取り上げて検討したいと思います。まずはこの記事(というかコラム)を簡単にまとめてみます。
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2023年12月中旬、Beth Mazurという名の中年女性が筆者(おそらく同世代の中年女性)の住むサンタフェにやってきました。筆者と夫のJohnは、ちょうど家の横に小さなゲストハウスを建てたばかりでBethを歓迎しました。筆者とBethが過去に会ったのはほんの数回、しかも短時間でした。Bethの滞在予定は5日間でしたが、その5日間が終わる頃には、Beth、筆者、Johnの3人はすっかり仲良くなり、筆者はクリスマスまでそのまま滞在するよう提案しました。Bethは猫のLao、犬のRooともすっかり仲良くなっていました。
Bethと筆者の出会いは12年前に遡ります。あるオンラインの患者グループがきっかけでした。Bethも筆者もME/CFS(慢性疲労症候群/筋痛性脳脊髄炎)と呼ばれる難治性の慢性疾患に罹患していたのです。Bethはマサチューセッツ工科大学卒業でコンピュータの科学者、筆者は科学ジャーナリストという背景もあり、二人は気が合ったのかもしれません。BethはME/CFSの患者団体を設立し精力的に活動を広げ、筆者は科学ジャーナリストとしてME/CFSに関する記事や書籍を上梓していました。
Bethがゲストハウスに滞在している間、筆者はBethの痛みの部位をマッサージするようにしていました。同じ疾患に罹患しているわけですから、どの部位がどのように痛み、どのようなマッサージが効果的なのかがよく分かるのです。滞在中、Bethの様態が悪化したわけではなく、筆者と二人でスパに出掛けることもありました。
クリスマス直前の冬至の夜、3人で焚火を囲んで話し込みました。その翌朝、筆者のもとにBethからメールが届き、Bethの認知機能の検査結果が添付されていました。ある項目ではBethの成績は下位1パーセントタイル、つまり最下層に位置付けられていました。そのメールを読んでいるとき、FedExの配達員がドアをノックしました。Bethが注文したチョコレートでした。そして配達員が奇妙なことを口にしました。「あそこで誰かが横たわっているのを知っていますか?」
Bethは凍った小川のそばに横たわっていました。周囲には何かの残滓がこびりついた空のグラスが置かれていました。変わり果てたBethを見つけた直後、筆者に次のメッセージが届きました。その時間に送信されるよう設定されていたのです。
「どうかご自身を責めたり、心を痛めたりしないで。私にとって昨日の夜はこれ以上ないほど満ち足りた、かけがえのない最後のひとときだったの。RooもLaoもそばにいてくれて、一緒に寄り添い、優しさを紡いでくれたのよ(Please don’t feel bad in any way ? I cannot imagine a better last evening. Even Roo and Lao joined in the nurturing.)」
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筆者はBethの自殺を受け入れたのでしょうか。この点について記事でははっきりとは書かれていませんが、「彼女の選択に賛成か反対かに関わらず、それを受け入れ、彼女の死後に彼女が築いたコミュニティを大切にすることこそが、彼女への愛の形なのだ」と筆者は述べています。Bethの死を受け入れ、これからもBethへの「愛」を示し続けることを誓っているのです。
ですが、これをハッピーエンドと捉えていいのでしょうか。そして、死後Bethの気持ちを受け入れたからといって、自宅のすぐ近くで親友(と呼んでいいでしょう)が自殺を遂げたことは間違いなく筆者及び夫のJohnの記憶から消えることはありません。筆者やJohnは、例えば「なぜあの夜Bethがゲストハウスで眠りについたことを確認しなかったのだろう」、あるいは「自分たちにBethのために何かできることがあったのではないだろうか」などといった自責の念に苦しむことはないでしょうか。
一方で、認知機能が落ちていくBethの気持ちも理解しなければなりません。Bethはあの夜、焚火の前で筆者に対し「もし自分の人生を終わらせてしまえば、愛する人たちをどれほど傷つけることになるかは分かっているつもり。でも、それじゃああたしはただ他人のために生きているだけ……」と述べています。
Bethは「愛する人たちを傷つけること」を選択しました。しかし、認知機能が落ちていく自分の姿に耐えることができず絶望していました。「それでも生きる」という選択は死ぬことよりも遥かに辛いはずです。そんな「死ぬことよりも遥かに辛いこと」に耐えなければならない人を目の前にしたときに「それでも死なないで」と言えるかどうか……。
安楽死の議論では、「激烈な痛みに耐えなければならないなら早く死にたいと考える患者の希望を聞くべきだ」という意見がでます。しかし、この問題はかなりの部分で「強力な鎮痛と鎮静」をかければ対処できます。単に痛みを取るだけではなく、強力な鎮静(heavy sedation)をかけて意識レベルを落とすのです。意識がなければ生きていることにはならないではないか、とする意見もありますが、目の前に横たわる大切な人が呼吸をして心臓が動いていて皮膚が暖かければ生きていることを実感できるという人も少なくないでしょう。
ですが、認知機能が衰えていくという辛さに対しては、鎮痛も鎮静も効果がありません。大切な人がそのような状態になったとき「それでも私のためでもいいから生きていて!」と言う人もいるでしょうが、「あなたがそこまで言うなら先に逝ってらっしゃい」と考える人もいるかもしれません。その場合、安楽死は認められるべきでしょうか。私は現在安楽死にも自殺にも反対の立場ですが、この状況でも反対し続けるべきかについては結論が出せていません。
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