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2023年7月9日 日曜日
2023年7月9日 子宮内膜症の原因は細菌感染か
女性のコモンディジーズである子宮内膜症(以下、単に「内膜症」)の原因が「細菌感染ではないか」というパラダイムシフトとも呼べそうな説が日本の学者から提唱されました。
なぜか日本のメディアではあまり見かけませんが、これはかなり大きなインパクトのあるニュースであり、世界の各メディアが取り上げました。例えば、Washington Postは「1000の研究で1つあるかないかのエキサイティングなものだ」と識者が絶賛したコメントを紹介しています。
ではこの画期的な研究を(メディア記事からではなく)論文から紹介しましょう。医学誌「Science Translational Medicine」2023年6月14日号に掲載された論文「フソバクテリウム感染は、子宮内膜線維芽細胞の表現型の変化を通して子宮内膜症の発症を促進する(Fusobacterium infection facilitates the development of endometriosis through the phenotypic transition of endometrial fibroblasts)」です。
研究の対象となったのは女性155人(内膜症の患者79人、健常者76人)で、膣内を綿棒でぬぐってどのような細菌が生息しているかが調べられました。結果、内膜症の患者の64パーセントが子宮内膜でフソバクテリウム属の細菌が陽性であり、対象者は10%未満でした。
さらにマウスでの実験が実施されました。フソバクテリウムをマウスに注射した後、子宮内膜症病変が増加することが分かったのです。さらにそのマウスに抗菌薬を投与すると、病変の数と体重が大幅に減少したのです。
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では、内膜症で悩んでいる患者さんには全例抗菌薬を投与しましょう、と単純に事が運ぶわけではありません。今回の研究は対象者数が充分とは言えませんし、抗菌薬には弊害もあるからです。
ここで基本事項をおさらいしておきましょう。
まず、内膜症とは簡単にいえば、子宮内膜の組織が卵巣や腹膜など他の組織で増殖し、症状としては腹痛が生じます。原因は現在も不明とされています。いくつかの説があるのですが決定的なものはありません。日本産婦人科医会のサイトによると、次の8つの説が紹介されています。
1)体腔上皮化生説
2)子宮内膜移植説
3)胎生組織遺残説
4)リンパ行性転移説
5)血行性転移説
6)医原性移植説
7)免疫学的異常説
8)幹細胞説
今回の研究は上記のいずれとも異なるまったく新しい説なのです。
次にメディアで取り上げられることはめったにないフソバクテリウムについて紹介しておきましょう。この細菌は通常は無害ですが、一部の株は重篤な感染症を引き起こす可能性があり、歯周炎や扁桃炎などの口腔疾患に関連しています。なぜ、口腔内にみられる細菌が子宮に生息しているのかは分かっていません。男性(女性)との性交渉でオーラルセックス(cunnilingus)を介して、という可能性はなくはないですが、性的接触の経験がない内膜症の患者さんもいます。
内膜症の治療は、最初に試みるのは低用量ピル(保険適用があります)ですが、当然のことながら妊娠を希望する場合はピルは使えませんし、副作用からピルが飲めない人もいます。最終的には手術しか選択肢がない、というケースもあります。
そんなときに、難治性となる内膜症が抗菌薬の投与で治癒するなら夢のような話です。勇み足になるようなことは避けなければなりませんが、今後の研究に注意したいと思います。
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|2023年7月8日 土曜日
2023年7月 閉院25日前に起こった”奇跡”
2023年1月のマンスリーレポート「「閉院」を決めました」で、太融寺町谷口医院がとれる選択肢は「閉院」以外にないことを発表しました。閉院後に私自身が何をするかはまったく決まっておらず、医師以外の仕事も選択肢に入れようと考えていました。たまたま閉院を決意した直後の1月中旬に、医療系ポータルサイトのm3.comから「閉院後何をしますか」というインタビューを受け、そのときは、刑務所で働く医師(矯正医官)、海外の日本大使館で働く医師(医務官)、留学生の多い大学で働く医師(学校医)なども考えていると答えました。その当時、最も現実的だったプランはタイ滞在です。私が主催するNPO法人GINAはタイのエイズ患者の支援をおこなっています。タイの田舎を拠点にボランティアをしながらのんびりと余生を過ごすことを考えていたのです。
そのインタビューを受けたのと同じ頃、私が大好きな西日本のある町で開業しているある医師が、私が医師をやめようとしていることを知って、「自分の診療所を引き継いでくれないか」と連絡をくれました。私が大好きなその町で働けるとは夢のようです。早速、閉院後すぐにでも見学に行かせてほしいと返事をしました。しかし、その医師とメールのやり取りをしているなかで、突然わきばらにボディブローを受けたような痛みを覚えました……。
その医師は「自分が引退してからも患者さんを見捨てられないから、(私に)来てほしい」と言うのです。その医師は特に深い意味を込めてそう言ったわけではなく、後継者を探している理由をそのまま述べただけだと思います。しかし、私にとってはこの言葉が鈍い”痛み”となり、その痛みは徐々に身体の奥の方に広がっていきました。
その理由は明らかです。1月4日、閉院を公表した日から、日々の診察は「6月で閉院します。申し訳ありません」と患者さんに謝罪し続ける日々となっていました。「困ります」と怒り出す人もいれば、泣き出す人もいました。平静を装おうとするのだけれど涙があふれだす人もいました。そして、私は恥じました。このような患者さんたちを見捨てて、自分の好きな町に行こうと考えたことを。
そして私は、「移転先を1年4ヶ月探して見つからなかったけど、もう一度探すしかない」と考えるようになりました。
2月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?」では、大阪市北区を離れて少し遠いところで物件を探すことにすると報告しました。しかし、北区で見つからなかったものがそう簡単に他の区で見つかるはずがありませんでした。
3月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?~続編~」では、なかなかいい物件は出てこないものの、欠点を我慢すればできないわけではない物件が見つかってきたことを紹介しました。欠点とは、「かなり狭い」、「発熱外来ができない」、「薬局が近くになく、院内薬局をつくるスペースもない」、「水回りが不十分」、「トイレが小さすぎる」、「エレベータがない」などの悪条件です。この頃には、最悪の場合、ワンルームマンションを借りて、そこでオンライン診療だけをおこなうという選択肢も考えるようになっていました。
いつまでも理想を求めているだけでは何も産まれません。何かを妥協しなければ移転は実現しません。そこで何を犠牲にするかを考え始めました。「駅から遠い」は患者さんに理解してもらうしかありません。「狭い」も完全予約制にするなどして対処すればやっていけるかもしれません。「水回りがない」は診察できませんから、大幅な工事が必要になります。それを家主に認めてもらうよう交渉しなければなりません。
そういった妥協案を考えていた4月の中頃、当院を長年かかりつけ医にしているある不動産関係の社長さんが、「いいのが見つかりました」と言って物件を紹介してくれました。この物件はこれまで検討したなかで群を抜いて理想的です。というより、欠点がありません。太融寺町谷口医院からすぐ近く、駅からも徒歩1~2分、そして、ビルの1階をまるごと貸りることができます。ビル自体が新しく、バリアフリーで、充分な広さがありますから「発熱外来」も実施できます。
ところが、「やっと運が回ってきた!」と喜んだのも束の間、そのビルのオーナーが「谷口医院には貸さない」と言ってきたのです。なぜか。「(当院が)現在家主を訴えた裁判を起こしているから」だと言います。ある不動産関係者に聞いてみると「家主としてはそういうエピソードのある借主を嫌がる」そうです。ですが、いくつか見て回った物件の家主は「ボクシングジムを階上に入れられたなんてそんなに気の毒なことがあったのなら是非うちを借りてください」と言ってくれていました。同情してほしいとは思いませんが、当院が不当な理由で家主を訴えているわけではないことは理解してもらいたいものです。ですが、そんなことを言っても家主がNOと言うなら仕方がありません。
移転先探しは再び暗礁に乗り上げました。
ゴールデンウィークに入る直前、ある医療モールと契約できそうな状況になってきました。今年の秋ごろに新たにできる医療モールで、まだ入居するクリニックは決まっていないと言います。以前、入居希望した医療モールは、モール自体は歓迎してくれましたが、そのモールに入っている医療機関から反対されて話は流れました。今度の話は、入居先はまだどこも決まっていないわけですから谷口医院が一番乗りになり、他院から反対されることはありません。
この新築の医療モールに入居することをかなり真剣に考え始めた頃、ゴールデンウィークに突入しました。連休中、私はあらゆる伝手を頼って医療モールに関する情報収集に努めました。その結果分かったのは「医療モールにはトラブルが多い」ことでした。「患者の取り合い」のような事態になりやすいというのです。
谷口医院自体は開院当初の2007年から「他で診てもらえなかった人、ようこそ」というポリシーを通しています。昔も今も「診てもらえるところがあるならそちらにどうぞ」という方針です。他に受診できるところがあるならそちらに行かれればいいわけです。そもそも世間には「きちんと診てもらえるところがない」と嘆いている患者さんがものすごくたくさんいて、需要が供給よりも圧倒的に多いのです。「開業医は余っている」という声があるのは私も知っていますが、それは「開業医にとって都合のいい患者が少ない」を示しているに過ぎません。
私としては「患者をとった・とられた」などというややこしい話に巻き込まれたくありませんし、そういう話が直接耳に入らなかったとしても、そういうことを考える医師と同じ医療モールで診察をしたくありません。そんな医者がどれくらいいるのか知りませんが、当院は実際にそういう医者から入居を反対された経験があるわけですから今後も出てこないとは限りません。
しかし、連休も終わり6月末の閉院まで残りの時間がなくなっていく状況下で、依然この新しい医療モールが第一候補のままです。
そんなとき、長年当院をかかりつけにしている不動産会社を経営するある患者さん(上述の社長さんとはまた別の患者さん)が、魅力的な物件があるという話を持ってきてくれました。ビルのオーナーが変わったばかりで、薬局と診療所に同時に貸すことも検討しているとのこと。
私はこの話に飛びつきました。非常に幸運なことに当院の治療方針に共感してくれる薬局が1階に入ることになりました。谷口医院は2階から5階を使います。このビルを借りる契約が成立したのは2023年6月5日。閉院まで残りわずか25日の時点でした。
以上が新しい谷口医院が生まれるまでの軌跡です。
新しい谷口医院では8月14日から診察を再開します。
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|2023年6月26日 月曜日
2023年6月25日 母親の認知症、母親の円形脱毛症は子供に遺伝しやすい
アルツハイマー病が遺伝するのは間違いありませんが、それは父親ではなく母親からだ、という研究結果が発表されました。医学誌「Psychiatry and Clinical Neurosciences」2023年5月10日号に掲載された「親の認知症歴と認知症のリスク: 世界共同研究の横断分析(Parental history of dementia and the risk of dementia: A cross-sectional analysis of a global collaborative study)」にまとめられています。
研究に用いられたのは、8ヵ国のデータベースに登録された高齢者合計17,194人のデータです。父親および母親の認知症歴と子供の認知症、どのような認知症かなどが分析されました。結果、次のことが分かりました。
・母親が認知症があれば子供の認知症の発症リスクは上昇するが、父親では認められなかった
・母親に認知症があれば子供が認知症を発症するリスクは1.51倍、母親がアルツハイマー病であれば子供の認知症のリスクは1.80倍
・子供の性別でも差があった。子供が男性の場合、リスクは2.14倍に上昇するが、女性の場合は1.68倍にとどまる
もうひとつ、こちらは認知症以上に衝撃的な研究を紹介しましょう。
円形脱毛症のエピソードがある母親から生まれた子供は、自己免疫疾患、アレルギー疾患、甲状腺疾患、精神疾患を発症するリスクが有意に高い、というものです。
医学誌「JAMA Dermatology」2023年5月24日号に掲載された論文「円形脱毛症の母親から生まれた子供の自己免疫疾患、アトピー性皮膚炎、甲状腺疾患、精神疾患(Autoimmune, Inflammatory, Atopic, Thyroid, and Psychiatric Outcomes of Offspring Born to Mothers With Alopecia Areata)」で紹介されています。
研究に用いられたのは韓国のデータベースです。円形脱毛症で医療機関を3回以上受診した母親46,352陣と、その母親から2003年から2015年に生まれた子供67,364人が分析されています。
結果、母親に円形脱毛症があれば、子供に次の疾患のリスクが上昇することが分かりました。
・自己免疫疾患:2.08倍
・全頭型脱毛:1.57倍
・アトピー性皮膚炎:1.13倍
・アレルギー性鼻炎:1.04倍
・気管支喘息:1.03倍
・甲状腺機能低下症:1.14倍
・ADHD:1.16倍
・気分障害(うつ病など):1.13倍
・不安障害:1.14倍
当然といえば当然なのかもしれませんが、母親の円形脱毛症の程度が強ければ遺伝リスクも上昇するようです。母親に重症の全頭型脱毛症または汎発性脱毛症があった場合は次のようにリスクが上昇します。
・全頭型脱毛:2.98倍
・ADHD:1.26倍
・気分障害:1.23倍
・不安障害:1.24倍
さらに興味深いのは母親の年齢が関連していることです。分娩時の年齢が35歳未満の母親に比べ、35歳以上の母親が出産した場合、円形脱毛症、アレルギー疾患、精神疾患のリスクが上昇します。
また、生まれてくる子供の性別によっても変わります。男児と比べて女児は円形脱毛、白斑症、精神疾患のリスクが上昇していました。
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認知症に遺伝性があるのは以前からよく知られており、ApoE遺伝子は簡単に調べることができます。ただし、知ってしまえば後には引けませんから安易な気持ちでは調べない方がいいでしょう。
円形脱毛症については、遺伝性があるという説は過去にもありましたが、それは円形脱毛に対する遺伝であり、他の疾患についても遺伝性があることをこれほど明らかにした報告はなかったと思います。
最近は疾患のみならず性格やキャラクターも環境ではなく生得的なものであるという考えが主流になってきており、それを示唆するエビデンスも増えてきています。これは「やればできる」「教育が人をつくる」「生活習慣のみなおしで病気を防げる」など従来言われてきた言わばリベラルな主張を覆すことになり興味深いと言えます。
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|2023年6月22日 木曜日
第238回(2023年6月) コロナ後遺症予防にパキロビッドかゾコーバを
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)がすっかり軽症化し、重症化リスクのある人を除けば取るに足らない感染症に成り下がりました。国民のほとんどがあれほど渇望していたワクチンも、今や希望者は激減し、2021年の「ワクチンをうてる場所がなくて……」という悲痛な叫びがもはや幻のように感じられます。
ではコロナはすでにインフルエンザと同じ程度の、あるいはインフルエンザよりも軽い風邪と考えていいのでしょうか。残念ながらそういうわけではありません。「後遺症」があるからです。
ここでよくある誤解について述べておきます。風邪症状が生じてその後後遺症が残るのはコロナ特有の現象と考えている人がそうではありません。生活ができなくなるほどの後遺症が生じる感染症にQ熱、ライム病などがあります。たしかにこれらは稀な感染症ではありますが、インフルエンザやマイコプラズマといったよくある感染症でも後遺症が残ることはしばしばあります。これらに感染した後に咳が1ヵ月続いた、というケースはいくらでもありますし、「倦怠感(だるさ)が取れない」「頭痛をよく起こすようになった」という訴えもまあまああります。
ただし、「半年以上に渡り味覚障害が続いている」といったケースは、私はコロナ以外では知りません。PEM(運動後倦怠感)という現象も、感染症ではなく慢性疲労症候群(ME/CFS)でならよくありますが、感染症後のPEMは、ほとんど私は経験したことがありません。なお、PEM/慢性疲労症候群については過去のコラム「誤解だらけの慢性疲労症候群(ME/CFS)」を参照ください。
他にも、脱毛、性機能障害(コロナ感染後性欲がなくなる、あるいはED(勃起障害)が起こる)、突然動悸が始まるようになった、という後遺症はコロナ以外ではほとんど聞きません。ということは、他の感染症後の後遺症とは異なる、コロナ特有の後遺症があるということになります。
すでに本サイトで公表しているように、当院では2023年5月末からコロナ後遺症の点数化を試みています。12の項目の合計点が12点以上あれば、「コロナ急性期後の後遺症(postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection」、通称「PASC」の診断がつけられます。そして、PASCの診断がついた事例だけを正式な「コロナ後遺症」とすべきだ、とする意見が世界では増えてきています。
診断基準を点数化するという試みは、我々医療者にとってはありがたいものです。診断が簡単になるからです。特にコロナ後遺症の場合は、診断書や傷病手当を書くべきか否か、という社会的問題が伴いますから、こういった書類を作成するときにはありがたいツールとなります。
ですが、患者さん側からみたときは、症状が点数化されてもそれが治療につながるわけではなく、また自身では重症だと思っていたのに点数が11点しかなくて、そのせいで給付金がもらえなかった、という事態が生じるかもしれません。よって、診断基準の点数化は患者さんにとっては利点があるとは限りません。それに、これら12の診断基準はどれもが「(検査などで)確かめようがないもの」ですから、簡単に”嘘”を言うことができます。ですから、あらかじめこの基準を知っていれば医師の前で嘘をつくことによっていくらでも点数を上げることができるのです。
このように診断基準の点数化は問題が多数あるのですが、患者側からみて最重要は「治してほしい」ということです。ところが、コロナ後遺症の治療は本当に難しいのです。もちろん、当院で治った人も多数いるのですが、そのなかの何割かは薬が効いたのか自然に治ったのかの区別がつきません。漢方薬もよく使いますが、他の疾患に比べて漢方薬のキレがよくないというか、やはり効果があるのか自然に治ったのかがよく分からないのです。
「ワクチン」が治療になることはあります。実際、苦しい後遺症に苛まれていたけれど、ワクチンをうったとたんに(本当に”とたんに”)よくなる人もいるのです。しかし、その一方で、ワクチン接種で余計に悪くなる人もいるので、安易には勧められない方法です。英国のデータによると、ワクチン接種で後遺症が改善した人は56.7%に上りますが、18.7%の人たちは逆に悪化しています。
日本の論文もあります。後遺症を抱える患者の20.3%はワクチン接種2週間から6か月後に症状の改善を認めたものの、54.4%はワクチン接種後も症状の変化がありませんでした。この結果から著者らは「ワクチンは症状の変化に関係がない」と結論づけています。
どうやら「後遺症を発症すればコロナワクチンで治す」という方法には期待しない方がよさそうです。ただし、コロナワクチンは「後遺症のリスクを下げる」効果はありそうです。この日本の論文では、ワクチンを2回接種すると、未接種者に比べて後遺症発症リスクを36%、1回接種者に比べて40%下げることが分かりました。仏人を対象とした研究でもワクチン接種が後遺症のリスクを下げるという結果が出ています。医学誌「BMJ」2023年3月1日号の論文「コロナワクチン接種により重症及び後遺症が軽減されると研究で判明(Covid-19: Vaccination reduces severity and duration of long covid, study finds)」によると、ワクチン接種者は未接種者に比べて後遺症がすべて消失した人は2倍にもなります。
こうしてみると「後遺症を防ぎたければワクチン接種」となります。ですが、感染後の後遺症ではなく、ワクチンの後遺症に悩まされている人が少なくないのもまた事実です。そして、冒頭で述べたように、現在コロナワクチンをうたないという選択をする人がどんどん増えてきています。
しかし、後遺症にはいまや効果的な「予防薬」があります。パキロビッド、ゾコーバ、ラゲブリオといった抗コロナ薬です。本来、抗コロナ薬は感染が判った直後に内服することによって「重症化リスクを下げ」、「有症状期間を短くする」効果が期待できます。それらに加えて、後遺症のリスクを下げる効果も期待できるのです。
私の実感としては、パキロビッドは確実に後遺症のリスクを下げてくれます。論文では26%下げるとされていて、この数字は小さいように思えますが、谷口医院の経験でいえば「パキロビッドを服用して後遺症の生じた事例はゼロ」です。
ラゲブリオは重症化リスクを下げるかどうかは疑わしく、欧州では「ラゲブリオを使用すべきでない」と勧告されています。しかし、後遺症のリスクを軽減させるのは確実らしく、ある論文によると、ラゲブリオは感染後180日日後の絶対リスクを2.97%低下させます。2.97%という数字が小さすぎる気がしますが……。また、塩野義製薬によると、ゾコーバは後遺症のリスクを45%も低下させるそうです。ただし査読済の論文が発表されていませんからエビデンスがあるとは言えませんが。
では、なぜ抗コロナ薬が後遺症にも有効なのでしょうか。一部の患者は「長期間ウイルスが体内に残っているから」という説が最近注目されています。発症してから230日後に、脳全体を含む複数の部位でウイルスのRNAが検出されたという報告があります。また、海外メディアによると、英国では患者の体内からウイルスが発症505日目に検出されたという報告もあります。
通常、身体の隅々までウイルスの有無を検査することはできませんから(生きている状態で脳にウイルスがいるかどうかを調べることはできない)充分に調べられていないだけで、実際には後遺症で苦しんでいる人のいくらかはウイルスが残っているのかもしれません。現在のルールでは抗コロナ薬を使用するのは発症直後に限られていますが、後遺症で苦しんでいるケース(例えば前述の診断基準で12点以上のケース)では使用を認めるべきなのかもしれません。
現時点で後遺症発症予防に対してできることはワクチンと発症直後の抗コロナ薬です。後遺症のリスクが高い人(谷口医院では「精神状態が脆弱な中年女性」が後遺症の最たるリスク)は積極的に考えた方がいいかもしれません。
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|2023年6月11日 日曜日
2023年6月 医師は”幸せ”になれない
過去2回にわたり「幸せ」について論じてきました。太融寺町谷口医院は土壇場で新天地で新たな「谷口医院」に生まれ変わることが決まりましたが、太融寺町を離れるわけですから「太融寺町谷口医院」は6月30日をもって「閉院」となります。ということは、太融寺町谷口医院からお届けするマンスリーレポートは今回が「最終回」ということになります。その最終回は「幸せ」のとりあえずの完結編とします。その完結編では「医師は幸せか」を取り上げてみたいと思います。
過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」の結語として、私は次のように述べました。
「私にとって「幸せ」とは何か。いまのところ自分ではまったく分かっていないようです…」
他方、私が発行するメルマガで、次のように述べたことがあります。
「医師としての仕事が好きならばこれほど幸せな人生はない。なにしろ贅沢なものにお金を使おうという気にすらならないのだから……」
このコメントは「医師は儲かるか」という読者からの質問に私が答えたものです。医師は比較的高収入だが、お金を使うことよりも仕事に没頭できるので医師は幸せだ、としたのです。
では医師の仕事はそんなに幸せ、つまり楽しくて仕方がないのでしょうか。
結論から言えば「楽しくて仕方がない」などということはまったくありません。はっきり言うとその正反対です。この仕事はそれなりの”覚悟”がないと初めからやらない方がいいと断言できます。つまり、将来のビジョンを考えるときに安易に医学部を選択すべきでないのです。
医師になるということは、患者の苦しみを聞き続ける、ということに他なりません。その苦しみというのは、ときに家族や友達にも言えないことです。医師ならば理解してくれるだろう、と期待するからこそ患者は本音を語るのです。
その本音の苦しみを聞いた医師はそれを受け止めなければなりません。突然のがんの宣告、交通事故に巻き込まれ脊髄損傷、軽い気持ちで受診したのに難病を告知された、といったことが医療機関では日常茶飯事です。患者さんの側からみればその病気や怪我で人生が大きく変わってしまうわけです。なかにはその病気や怪我を受け止められない人もいます。
過重労働や仕事のストレスがある患者さんに対して、私は医師として「オン・オフを切り替えましょう」と助言することがあります。ですが、医師の仕事をしている限り、オン・オフの切り替えなどできません。患者さんの苦しみを忘れることはできないわけです。
医学部の学生の頃、先生たちから何度か「患者の立場になれ」と言われたことがあります。けれども、そんなこと言われなくたって、患者さんから話を聞けばその辛さや悲しみは自然に伝わってきます。
医師になってしばらくして私が自分自身に誓ったことは「患者さんを不幸だと思ったり憐れんだりしてはいけない」ということです。このような考えをもってしまうと、上から目線になってしまうからです。患者さんの多くは、病気を宣告されたときは動転したとしても、やがて現実を受け入れていきます。この姿には、私は患者さんに敬意を抱くことがしばしばあります。客観的には不幸にみえたとしても患者さんがそれを受け入れている以上、我々治療者がその境遇を憐れむのは失礼です。
一方、患者さんがその疾患と現実を受け入れられないこともしばしばあります。例えば、がんやHIVを告知されたとき、それが晴天の霹靂であったような場合なら、ほとんどの人はすぐには受け入れられません。「どうして自分(だけ)が……」という気持ちになるのです。このようなときも、我々医療者は患者を憐れんではいけません。私は医師と患者は”完全に”対等であるべきだとは思っていませんが、医師が患者を不幸だと思ったり、憐れんだりする資格はないのです。
しかしながら、患者が病気自体を受け入れたとしても苦しみや悲しみが消えるわけではありません。いえ、実際苦しいのです。悲しくて辛いのです。その苦しさは完全には理解できないのだとしても、医師は可能な限り理解すべきだと私は思っています。
四六時中考え続けるわけにはいきませんが、忘れることはできません。私は医師になってから患者さんの夢を見ない日はほとんどないと言っていいかもしれません。広範囲の熱傷、転落事故、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、HIV感染、脊髄損傷、多発性硬化症、悪性リンパ腫、抗NMDA受容体抗体脳炎……、こうして目を閉じると、これらの患者さんの顔が次々と脳裏をよぎります。
階上ボクシングジムの振動のせいでいつ針刺し事故が起こるかもしれない状況となりました。この状態で診療をを続けるわけにはいかず「閉院」を決めました。もちろん、それまでにさんざん移転先を探したのですが、主に「コロナを診る医療機関はお断り」という理由で入居できるビルが見つかりませんでした。
ならば何もかも終わらせるしかない。そう考えて私はいったんは閉院を決め、そして海外に出る計画を立てました。様々な国が候補に挙がりましたが、最終的にはタイに居住する計画を立て始めました。タイの田舎に住んで、タイ全土のエイズ施設や障がい者の施設でボランティアをするつもりでいました。「閉院」を正式に発表したのが1月4日。以降しばらくは毎日患者さんに「すみません。閉院します」と頭を下げる日々でした。
ところが、「それは困ります」という声があまりにも多く、診察室で泣き出す人が後を絶ちませんでした。私からみれば「2年間移転先を探し続けたけどなかったんだから理解してください」という気持ちでしたが、「もう一度探してください」という声が多く、なかには休日に街を歩いて空き物件を探しに行ってくれた人もいました。不動産会社で働いている人や不動産業を営んでいる患者さんたちは、自社で扱っている物件を持ってきてくれました。
私が幸運だったのは、新型コロナウイルスの勢いが衰え、不動産業界がコロナを診る医療機関を門前払いしなくなってきたことでした。そして、最終的には、不動産会社の社長を務める患者さんが探してきてくれた物件で新しいクリニックをオープンできることが決まったのです。こんな私は幸せか不幸せか。当然”幸せ”です。
では医師は「幸せ」か。患者の苦しみや悲しみ、あるいは患者の家族やパートナーの苦しさも共有するのが医師です。24時間そういった苦しさを噛みしめているわけではないにせよ、その苦しみを完全に忘れることなどできるはずがありません。そして、その苦しみは患者を診れば診るほど積み重なっていくわけです。
医師になって確信したことがあります。生きるとは楽しいことよりも辛いことの方がはるかにたくさんあるということです。そして、人々が感じる楽しさではなく苦しさを共有していくのが医師の使命なのです。こんな宿命を背負っている医師という職業、あなたには幸せにうつりますか。それとも不幸せに見えるでしょうか……。
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|2023年6月4日 日曜日
2023年6月4日 治る糖尿病は1%だけ?
糖尿病の治療を受けている患者の約1%だけが薬が不要になる……。
これは医学誌「Diabetes Obesity and Metabolism」2023年5月8日号に掲載された論文「日本における2型糖尿病の寛解と再発の発生率と予測因子: 全国患者登録の分析 (JDDM73)(Incidence and predictors of remission and relapse of type 2 diabetes mellitus in Japan: Analysis of a nationwide patient registry (JDDM73))」の結論です。
この研究の対象者はタイトルから分かるとおり日本人です。「糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)」という研究会が保有するデータベースが分析されています。研究の対象者は18歳以上の日本人48,320人で、この研究での糖尿病の定義は「HbA1cが6.5%以上、および(または)糖尿病の薬が処方されている」です。
「寛解」というのはおおまかには「治ること」と考えていいのですが、この研究での定義は「糖尿病の薬を中止して3カ月以上HbA1cが6.5%未満を維持している状態」とされています。
解析の結果、中央値5.3年の追跡期間中に3,677例が寛解に至り、年間1000人あたりの寛解率は10.5(およそ100人に1人)でした。
寛解に至りやすい特徴としては「治療期間が短い」「調査開始時のHbA1cが低い」「調査開始時のBMIが高い」「1年でBMIが大きく低下している」「調査開始時に糖尿病の薬を飲んでいない」でした。
ただし、寛解した3,677人のうち2,490人(67.7%)が1年以内に再発(HbA1c値の再上昇)していました。
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この研究は、日本の糖尿病関連サイトでも報告されています。
この日本語の報告では、「糖尿病は意外にも治る人がいる」というような紹介をされています。
しかし谷口医院の経験でいえば、糖尿病が「治る」のは1%程度ではありません。1割までは届かないと思いますが、少なく見積もっても5%程度(20人に1人程度)の患者さんは薬を中止できます。残念ながら再発する人がいるのは事実ですが、この研究のように7割近くなどということはありません。せいぜい2~3割程度です(さらに長期間観察すれば上昇するかもしれませんが)。
そもそも他院から谷口医院に移ってきた時点では、「これまで食事にも運動にも気を使っていなかった」という人が大半です。そういう人には、まず薬を止めたい意思があることを確認し、生活習慣を改善させればそれが可能であることを説明します。
糖尿病で重要なことのひとつは「薬を使うかどうか別にして、治療開始を遅らせない」ことです。糖尿病はいったん発症して長期化すると、血管がボロボロになり、物理的に傷んだ血管はもはや修復不能になります。
そうなる前に生活習慣を改め必要最低限の薬を使えばいいのです。
「糖尿病は治らない」なんて考え、もはや古すぎます。
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|2023年5月28日 日曜日
2023年5月28日 「常に夜勤」はアルツハイマー病のリスクが2倍以上
夜勤やシフト勤務が認知症のリスクになると言う研究は最近「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク」でお伝えしたばかりですが、今回も似たような研究を紹介したいと思います。
医学誌「Journal of Neurology」2023年4月6日号に掲載された論文「夜勤とすべての認知症およびアルツハイマー病のリスクとの関連性:英国バイオバンク参加者245,570人を対象とした縦断研究(The association of night shift work with the risk of all-cause dementia and Alzheimer’s disease: a longitudinal study of 245,570 UK Biobank participants)」をまとめていきます。
研究の対象者は英国のデータベース(UK Biobank)に登録されている245,570人、追跡期間の平均は13.1年です。夜勤とすべての原因による認知症およびアルツハイマー病の発症との関連性が調べられています。結果は次の通りです。
・すべての原因による認知症を発症したのは1,248人。アルツハイマー病発症者は474人
・すべての認知症の発症リスクは、常に夜勤をしている人が最も高い(リスクは1.465倍)。
・不規則なシフト勤務者のすべての認知症のリスクは1.197倍
・アルツハイマー病の発症リスクは、常に夜勤をしていれば2.031倍にもなる
・常に夜勤勤務をしている人は、AD-GRS(Alzheimer’s disease genetic risk score/アルツハイマー病遺伝的リスクスコア)が高、中、低のいずれであっても、アルツハイマー病のリスクが高くなる
************
今回も対象者が多い大規模研究です。もはや夜勤が認知症のリスクとなるのは自明といっていいでしょう。
遺伝的リスクが低くても高くてもアルツハイマー病を発症するリスクが上がるわけですから、リスクが高い人(ApoE遺伝子をε4で持つ人)は早い段階で夜勤中止を検討すべきでしょう。
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|2023年5月22日 月曜日
第237回(2023年5月) 麻疹(はしか)とこれからの発熱外来
麻疹(はしか)が流行しつつあります。麻疹そのものについての情報提供はこれまで、このサイトおよび他のサイトに私が書いたものもありますので(下記の毎日新聞「医療プレミア」の麻疹に関するコラムはすべて無料で読めます)、興味のある方にはそちらをご覧いただくとして、ここでは今後「麻疹かもしれない」と思ったときにどのように医療機関を受診すべきかについて述べていきたいと思います。
まず、「麻疹の再感染及びワクチン接種後の感染」について話をしておきましょう。
先日(2023年5月17日)、テレビ朝日の「ABEMA Prime」の出演依頼を受けて麻疹に対する話をしました。生放送ということで、どのような質問をされるのか不安があって、さらに、リハーサルなし、それどころか私自身が出演者と面識がないどころか、失礼ながら私がテレビを見ないこともあって、キャスターやパネリストがどのようなキャラクターの方々なのかもまるで分からない状態で番組がスタートしました。
しかも、私の出演はオンラインですからスタジオの”空気”が読めません。生放送で場違いなことや、空気が読めない発言をすれば大変なことになります。番組の「台本」のようなものを開始直前に受け取ったのですが、それをすべて読み終わらないうちに番組が始まってしまいました(下記URLで1週間はオンデマンドで診られるそうです)。
興味深いことに、そして非常に幸いなことに、キャスターの益若つばささんが冒頭で私にとってとてもありがたいコメントをしてくれました。益若さんは最近帯状疱疹に罹患されたそうです。そのときに「子供の頃に水痘(みずぼうそう)にかかったことがリスクと言われた。麻疹もそうなのかどうかが心配です」といったことを発言してくれたのです。しかも番組の途中で、再度その疑問を取り上げてくれました。
これは多くの人が知りたいことであり、医師の立場からみれば「極めて良い質問」です。そして、この答えは「麻疹の再感染はない」です。益若さんが苦しまれた帯状疱疹はたしかに過去の水痘ウイルスの感染が原因です。ですが、麻疹の場合は感染して治癒すれば強力な「抗体」ができて二度と感染することはありません。
その番組で私は「個人的な意見だが麻疹のパンデミックは起こらない」と述べました。その理由は2つあります。1つは2006年に麻疹ワクチンは2回接種が定期化されたために現在の18歳未満のひとたちはしっかりとした抗体があるから。そしてもう1つは現在55歳(あるいは60歳)以上の人たちの大半は感染しているために自然の抗体ができているからです。
通常、パンデミックが起こって多数の犠牲者が起こる感染症は免疫能が不十分な小児と高齢者を襲います。ところが麻疹の場合は、この2つのグループが強固の免疫で守られていますからパンデミックの心配はないのです。
では、ワクチンを2回接種した場合はどうでしょう。この場合はなかなか100%感染しないとは言えません。ワクチンを2回接種したのにも関わらず感染してしまう可能性はあります。ただし、ワクチンを2回接種していれば重症化することは(ほぼ)ありません。高熱が出ず、皮疹もごくわずかの軽症で済むのです。これを「修飾麻疹」と呼びます。
本稿執筆時点で2023年4月から5月にかけて麻疹を発症した事例が4例報告されています。1例目はインドで感染した茨城県の30代男性、2例目と3例目は1例目の男性と同じ新幹線の車両に乗車していた30代女性と40代男性。そして4例目が神戸の事例で、1例目の男性が神戸に移動していたことからこの男性から感染したものとみられています。これら4例のうち神戸の事例については公表されていないので詳細が分かりませんが、他の3例についてはいずれもワクチン未接種(または接種歴不詳)とされています。
茨城と東京の3例はいずれも入院しているようでおそらく軽症ではないのでしょう(4例目の神戸の事例は詳細不詳)。ということは、やはり麻疹対策での最重要事項はワクチンということになります。つまり、高齢者は既感染で、18歳未満は2回のワクチン接種で免疫を得ているわけですから「20~50代のワクチン追加接種」がパンデミックを回避するための最大のポイントになります。
もしもあなたがワクチン未接種または1回接種のみだったとして、麻疹かもしれない発熱が出たときはどうすればいいでしょうか。麻疹は「皮疹」が有名ですが、これは後半に出ます。もう少し正確に言うと、麻疹の発熱は「二相性」といっていったんは解熱します。そのときに口の中に白い斑点(これを「コプリック斑」と呼びます)ができ、その直後に2回目の発熱が起こり、このときに全身に皮疹が出現します。
1回目の発熱時ですでにかなりの倦怠感が伴います。この時点では麻疹よりは新型コロナ、またはインフルエンザが疑われることもあるでしょう。つまり、皮疹があろうがなかろうが、高熱と倦怠感があれば、医療機関の発熱外来を受診するしかないわけです。過去3年で私は何十回と繰り返して訴えてきたように「発熱外来」のあるかかりつけ医を見つけておくのがものすごく大切です。
では、軽症の場合はどうでしょうか。これも何度もお伝えしているように「新型コロナであろうがインフルエンザであろうが、重症化リスクのない人の場合は医療機関受診はそもそも不要」です。何もしなくてもそのうち治るからです。もっともこれは受診してはいけないという意味ではありません。場合によってはオンライン診療も含めて受診を検討すべきでしょう。
では軽症の麻疹を疑ったときにはどうすればいいのでしょうか。例えば、微熱と(特にかゆくない)皮疹が出た場合、我々はほぼ全例で麻疹を鑑別に加えます。そして、麻疹の疑いがあればどうするか。答えは「隔離」です。場合によっては軽症でも保健所と相談して入院先を探すこともありますし、入院できない場合は他人と接することのないよう自己隔離してもらいます。
なぜ、麻疹に感染すると隔離されなければならないのか。もちろん他人への感染リスクを下げるためですが、それならばインフルエンザや新型コロナと同じと思われるかもしれません。ですが、違うのです。新型コロナやインフルエンザよりも麻疹の方が他人への感染リスクを下げることがずっと重要なのです。
2016年にインドネシアで麻疹に感染した30代の日本人男性は現地で重症化し、意識をなくし人工呼吸器の装着を余儀なくされました。帰国後はリハビリを開始しましたが、後遺症が残ったと報告されています。風疹と異なり、麻疹は妊娠中の女性が感染しても母子感染はありませんが、赤ちゃんのみならず母体の命が危険に晒されます。つまり、ワクチン未接種(または1回接種のみ)の人たちがそれなりに多い現状に鑑みると、他人への感染は可能な限り避けなければならないのです。
麻疹の潜伏期間は10~12日程度あります。この間にも他人に感染させる可能性があります。発症後も、軽症であれば行動を控えない人もいるでしょう。一般的に麻疹に感染すると発症から完全治癒まで2~3週間はかかります。こんなにも自己隔離することはできない、と考える人もいるでしょう。ですが、成人が麻疹に感染したときのリスクを甘くみてはいけません。実際、4月から5月に感染した人たちは入院しているわけです。
日本には「はしかにでもかかったようなもの」という慣用句があり、これは一過性の発熱のみ、つまり「軽症」であることを示しているわけですが、成人に感染した場合のことを考えるとこの慣用句は必ずしも適切ではないのです。
参考:
マンスリーレポート
2016年9月 麻疹騒動から考える、かかりつけ医を持たないリスク
医療ニュース
2017年5月29日 ワクチン1回では不十分~後遺症も残る麻疹脳炎~
2016年8月31日 麻疹とマスギャザリング
「医療プレミア」
2022年12月19日 麻疹 「世界の全地域で差し迫った脅威」とWHOが訴えるわけ
2019年9月22日 人ごとでないフィリピン「ワクチン不信」と麻疹急増
2017年6月4日 本当に「大丈夫」?渡航前ワクチンの選び方
2016年4月3日 SSPE 恐ろしい「はしかのような」病から学ぶこと
2016年3月27日 麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
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|2023年5月7日 日曜日
2023年5月7日 ペットを飼ってもストレスは減らない?
谷口医院の患者さんのなかにはペット好きが少なくありません。なかにはネコを20匹以上買っているとか、毎月の給料の大半をイヌとネコのエサ代や砂代に費やしているという人もいます。
それだけの手間とお金をかけても精神的なストレスが緩和され、幸せ感を自覚できるのであればやはりペットと過ごす暮らしは理想だと言えるでしょう。ですが、最近、そうではなくてペットでストレスが減るわけではない、という意外な報告がありました。
医学誌「Plos One」2023年4月26日号に掲載された論文「新型コロナウイルス流行中の飼い主とペットとの関係、ストレス、孤独の変化、及びメンタルヘルスに対するペット所有の影響:縦断調査(Temporal patterns of owner-pet relationship, stress, and loneliness during the COVID-19 pandemic, and the effect of pet ownership on mental health: A longitudinal survey)」を紹介します。
研究の対象者は新型コロナウイルス流行前(2020年2月)とロックダウン中(2020年4月~6月)の感情を振り返りました。2020年9月と2021年を通して四半期ごとに追跡調査が実施され、約4,200人以上の回答が分析されました。
結果、ネコとイヌの飼い主は新型コロナウイルス流行期間を通してペットとの絆が着実に深まっていると感じていました。 家でより多くの時間を過ごし、他者から隔離されていることが、ペットとの関係が強化されたと考えられます。
ところが、です。メンタルヘルスに対するペットの影響は期待に反するものでした。ペットがストレスと孤独を和らげると予想されましたが、ペットを飼っている人は、飼っていない人に比べて、同じ程度の孤独を自覚しており、時にはより高いストレスレベルを自覚していることがあったのです。
ただし、ペットを飼うことにより、ロマンティックな関係(恋愛)に関連する孤独感が緩和されることを示唆する結果が得られました。
また、ペットを飼っていない人はストレスの量が少なく、猫を飼っている人は最もストレスが多いことが分かりました。ロックダウン中に獣医を受診したり、日々のケアにお金がかかったりすることは、ペット所有者のストレスの一因となった可能性が示唆されました。
************
まとめなおすと、「ペットが必要な人は元々ストレスが多い」、「ペットの必要性を感じていない人は元々ストレスが少ない」と言えるかもしれません。
論文が示すように、ペットを買えば、そのペットを受診させる必要もあり、エサ代や砂代でそれなりの出費を覚悟せねばならず「責任」がでてきます。これが新たなストレスになる場合があるのでしょう。
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|2023年5月7日 日曜日
2023年5月 「幸せ」がお金で決まらないとすれば何が重要なのか
前回のマンスリーレポート「「幸せはお金で買える」という衝撃の結末」では、従来言われていたように「ある程度の年収があればそれ以上の収入増加は幸せ増大につながらない」という説を覆し、「年収は高ければ高いほど幸せで、幸せ度が上がらない人には不幸な原因がある」という結果を導いた衝撃的な研究を紹介しました。
その研究は学術的には重要なのでしょうが、私はどうしてもその結論に納得できません。では「お金だけではない」とすれば、幸せは何で決まるのでしょうか。これまでこのサイトで取り上げてきた研究も踏まえて改めて考えてみましょう。
幸せについて本サイトで初めて触れたのは2006年8月、太融寺町谷口医院はまだ存在せず、私が大学病院で勤務していた頃でした。コラムのタイトルは「世界一幸せな国 」。2つの研究を紹介しました。
1つは、英国のNPO、NEF (The New Economic Foundation)が、世界178か国を対象とした「幸せ度数」のランキング、もうひとつはやはり英国のレスター大学が「生活満足度」を基にした「幸せの世界地図」で、こちらも対象は世界178か国です。結果は次のようになります。
NEFのランキング:1位バヌアツ、2位コロンビア、3位コスタリカ
レスター大学のランキング:1位デンマーク、2位スイス、3位オーストリア
尚、NEFのサイトを改めてみてみると、2006年から2020年のトータルランキングが掲載されていて、1位から3位は、コスタリカ、バヌアツ、コロンビアとされています。つまり、14年間が経過しても上位3国は変わらないことになります。
バヌアツ、コロンビア、コスタリカの一人あたりの実質GDP(GDP(PPP) per capita)は、Worldmeterによると、それぞれ3,215、14,503、17,110USドルです。ちなみに日本は42,067ドルです。そして、第1位はカタールで128,647ドルです。カタールは、すべての国民の平均年収が1500万円(4人家族なら世帯収入が6千万円)もあるのです。では、大金持ちのカタール人はなぜ幸せランキングの上位にこないのでしょうか。カタールはNEFのランキングではなんと152か国中152位、つまり最下位です。
前回のコラムで紹介したように、ノーベル経済学受賞者が「収入は多ければ多いほど幸せ」と言っているところに、私が「それはおかしい!」と言ったところで誰も耳を傾けないでしょう。ですが、NEFの幸せランキングが正しいとすれば、なぜ世界一の金持ち国家のランキングが世界一不幸とされているのでしょう。
他の「幸せランキング」も見てみましょう。国連が運営する非営利団体「Sustainable Development Solutions Network」が2023年3月20日、「世界幸せレポート(World Happiness Report 2023)」というものを発表しました。結果、幸せな国家第1位に選ばれたのはフィンランドで、これで6年連続第1位となります。
OECDの「Better Life Index」というものもあって、こちらでもフィンランドが第1位です。
谷口医院の患者さんにはなぜか「フィンランド好き」が少なくありません。特にアカデミックな環境にいる人、例えば大学院生、高校教師、医療者などからは絶大な人気があり、実際に長期留学で同国に赴く人も目立ちます。この国のどこに魅力があるのでしょうか。
フィンランドで有名なものといえば、誰もが思いつくのがオーロラ、サウナ、サンタクロースあたりでしょうか。食事はどうでしょう。私が谷口医院の患者さんらから聞いた話では、フィンランドの食事はそんなによくありません。トナカイの肉もそんなに美味しくないと聞きますし、もしも日本人の口に合うのなら巷にはフィンランド料理屋があってもよさそうですが見たことがありません。ある患者さんはフィンランド滞在中、ずっとチョコレートで栄養を摂っていたと言っていました。
「ヒュッゲ」とはデンマーク由来の言葉だそうですが、フィンランドを含む北欧ではお馴染みの習慣だと聞きます。日本語には訳しにくいものの「ほっこり」「ほのぼの」「しっぽり」「まったり」などが近いようです。おそらく、暖炉のある大きな部屋で家族のメンバーが集まってホットチョコレートでも飲みながらのんびり過ごすようなイメージだと思います。
ということは一人当たりのGDPが46,344USドル(日本より少し高いくらい)で、自然がきれいとはいえ長くて厳しい冬に耐えねばならず、食事がたいして美味しくない(失礼!)、けれど家族団らんのほっこりした時空間(ヒュッゲ)を楽しめるからフィンランドは世界一幸せな国と考えるべきなのでしょうか。もちろん世界第一位の結果となったのは、福祉制度や環境対策が適切に取られている、教育体制が充実している、医療機関にアクセスしやすい、などの理由があるからですが、ヒュッゲなしではフィンランドの幸福は語れないのではないでしょうか。
もうひとつ興味深いデータを紹介しましょう。英国の慈善団体CAF(Charities Aid Foundation)が「World Giving Index」という人助けや寄付のランキングを公表しています。
こちらの2021年のランキングをみると、第1位はインドネシアです。世界で最も他人にやさしい(困っている人がいれば助ける、寄付をするなど)国はインドネシアだというわけです。そして、このランキングで最も興味深いのは「最下位の国」です。調査対象国全114か国で最下位の国、つまり「他人に最も冷たい国」は我が国日本です。
作家の橘玲氏は著書『幸福の「資本」論――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』で興味深い提言をされています。幸せを決めるファクターは、「(手持ちの)お金」「(金を稼げる)能力」「友達や恋人」であるとし、これらをそれぞれ「金融資本」「人的資本」「社会資本」と呼んでいます。
この説が興味深いのは、例えば「金融資本+人的資本=ソロリッチ」(友達・恋人のいない医師など専門職に多い)、「人的資本+社会資本=リア充」(一流企業の若いビジネスパーソンなど)など8つのタイプに分類していることです。ちなみに、金融資本、人的資本、社会資本のすべてがすろった「超充」はめったにないそうです。
結局のところ、何に幸せを感じるのかは人それぞれであり、お金だけがあれば幸せという人も(たぶん)おらず、お金が無くても愛だけがあればいいというのもまた(たぶん)きれいごとであり、環境保全、社会福祉、助け合い、寄付、(ヒュッゲなど)家族とほっこりできる時間なども誰にとってもそれなりには必要であり、それらのバランスと程度によるというのが現実ではないでしょうか。
最後に私自身の「幸せの基準」を紹介しておきましょう。私が重視しているのは「将来のビジョンが描けるか」です。例えば、今宝くじで3千万円が当たったとしてもいつまでたってもまともな仕事ができる見通しが立たず友達もいないのなら幸せではありません。他方、まだ見習いの身だけれど今からあと3年かけて技術と知識を習得し誰にも負けない仕事をするというビジョンがあり、支えてくれる友人がいれば幸せです。身体にハンディキャップがあるけれど、作業所で安定した仕事があって信頼しあっているパートナーがいて、貧しいながらもときどき寄付をするような生活がこれからも続きそうなら幸せ度は高いと言えます。
ということは、今幸せ感の自覚がないのであれば、将来、例えば10年後はどんな生活をしていたいかを思い描き、それを実現するためには3年後は何をしていればいいか、1年後は、3か月後は、……、と考えるようにすれば「幸せへのステップ」が自ずと見えてくるはずです。
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