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2023年3月11日 土曜日

2023年3月 閉院でなく「移転」は可能か?~続編~

 前回のマンスリーレポートでお伝えしたように、「完全閉院」を決め、1月4日にそれを公表したところ、あまりにも多くの患者さんから「それは困ります」と言われ、涙を流され、「やめないでください」と強く訴えかけられるにつれ、私の心は揺らいでいきました。もう一度、物件を探して新たな土地での新規開業を考えるようになりました。

 といっても、これまでの経験から判断して適当な物件がそう簡単に見つかるとは思えません。なにしろ、1年半前に新たな地を探し始めたその当時から去年の年末まで、たくさんのビルから「コロナを診るなら貸せない」と言われ続けてきたのです。首尾よく「貸せますよ」と言われても、高い階なら入居すべきではありません。

 貸主のリスク意識が高くなかったとしても、我々はビル内での感染を防がねばなりません。発熱の患者さんがエレベータに乗って、クリニックが入居している高いフロアに到着するまでに途中の階で止まり他人が乗ってくればリスクが生まれます。よって、クリニックの物件は高くても4階(現在の谷口医院は4階で、エレベータの中で咳をするおそれがある患者さんには階段を利用してもらっています)、できれば3階以下で探すべきです。

 同じフロアに事業所がいくつもあり、トイレが共用という場合も嫌がられます。あるビルからは、露骨に「患者に共用トイレを使わさんといてくれ」と言われました。こんなビルを借りればトラブルが生じるのは目に見えています。

 1階にテナント募集が出ていて、上の階は一般のマンションという物件もいくつかあったのですが、新型コロナウイルスが重症化したり、別の感染性・致死率が高い感染症が蔓延したりすれば、住人から何を言われるか分かりません。

 そうすると残る選択肢は、#1医療モールに入居する、#2ビル一棟まるごと借りる、#3ビル一棟まるごと買う、#4土地を買って建物を建てる、#5比較的小さいビルで入居者全員の理解がある、の5つのなかから考えることになります。

 #3、#4はかなり高くつきますが、この2ヶ月の「やめないでください」という多くの患者さんからの声を聞き、私は、残りの人生を現在診ている患者さんたちに捧げる覚悟を決めました。よって、全財産をなげうって、さらに可能な限りの借り入れをすればなんとかなると考えています。

 偶然にも、そのような決心をした直後、不動産業を営むある患者さんから「近くに売り物件が出ました!」と早朝に電話がかかってきました。地図で場所を確かめると、立地条件は申し分なく、広さも手ごろです。ワンフロアの面積は狭いですが5階まで使えば充分な広さです。値段はけっこうな額ですが、生涯を賭すると腹をくくるなら契約できない金額ではないでしょう。

 その患者さんは仕事が早く、「すぐにでも見に来てください」と言います。偶然にも翌日は当院が休診の木曜日。これは運命かもしれません。期待に胸を膨らませ、「明日行きます!」と即答しました。そして物件を見に行きました。予想よりもきれいで申し分ありません。1階は「発熱外来専用」にできそう。地下にはレントゲンを置いて……、とビジョンが目に浮かびます。クリニックとして充分使えます。

 ところが、この物件には”落とし穴”がありました。「検査済証」がないのです。不動産の検査済証とは、その建築物が建築基準関係の規定に違反していないことを証明する書類のことで、これがなければ医療機関を開業できない、という法律があるわけではないのですが、関係者の話によれば「医療機関が検査済証がない物件を使うのは不適切」だそうで、結局この話はなくなりました。

 この一戸建て物件の話をもらう少し前、1年半前に断られた医療モールに性懲りもなくもう一度お願いしてみました。1年半前のその当時も、医療モール自体は「歓迎します」と言ってくれていたのですが、モールに入っている一部の医療機関が「反対」しているとのことで、当院は拒否されたのです。

 反対の理由は「当院がそこに入ると競合するから」だそうです。当院としては、患者数を増やすつもりはありませんし、まして、今そこに通っている患者さんを「奪おう」などとは毛頭思っていません。というより、谷口医院は2007年のオープン時から「他で診てもらえなかった人」を中心に診ています。宣伝なども一切したことがありません。そもそも医療機関は営利団体でなく、サービス業のように「顧客確保」などは一切考えません。少なくとも私自身は谷口医院での過去16年間、「できるだけ医療機関に来なくていいように」という視点から治療をしてきました。

 そして、1年半が経過した今、やはり入居しているクリニックが反対しているという理由で断られてしまいました。もしも、私が逆の立場なら、「そうか。谷口医院は1年半探してどこも見つからず閉院しかないのか。ならば、うちに入ってもらえばいいではないか」と考えますが、こういうものの見方自体が甘いようです。

 詳細は省略しますが、1年半にわたり物件を探してよく分かったことのひとつが、医療モールでなくても「近くに医療機関がくると患者を奪われるからという理由で嫌がる医師」がそれなりにいることです。私なら近くに医療機関ができれば、何科のクリニックであっても「協力できる」と考え歓迎するのですが……。

 以前、ある医師とこの話をしたとき、「では、あなたはあなたと同じ総合診療のクリニックが近くにできてもいいのですか?」と尋ねられたことがあります。もちろん私の答えは「歓迎する」です。そもそも世間は絶対的な医師不足です。2020年は「発熱がありコロナかもしれないのにどこも診てくれない」、2021年は「コロナ後遺症なのにどこも診てくれない」、2022年は「ワクチンで後遺症がでたのにどこも診てくれない」という患者さんがどれだけいたか……。

 医療者のなかには「すでに医師は過剰、クリニックも過剰」と考える者がいますが、実際は「いいかかりつけ医が見つからずに困っている」という人はものすごくたくさんいます。「そういう人の力になりたい」といえば格好をつけたような表現に聞こえますが、私はそういう思いに抗うことができず、大学病院に籍を置きながら2007年に開業に踏み切りました。当時は医師になってまだ5年目の終わりごろでしたから、開業するには随分と早い段階でした。ですが、「どこに行っていいか分からない」「どこを受診してもイヤな思いしかなかった」という人の力になりたいという思いが私を支配して離れないのです。

 その思いをはっきりと感じたのが、研修医1年目の夏、タイのエイズホスピスにボランティアに行ったときでした。HIV陽性というだけで医療機関から受診拒否されて行き場をなくした人たちをみていると、「こんなこと絶対に許してはいけない!」という強い気持ちが心底から湧いてきました。その後も私のこの思いは変わっておらず、「医療機関から拒否された」「医師から見放された」という人たちを(おせっかいかもしれませんが)どうしても放っておけないのです。

 さて、現時点の最新情報。まだ、新しい移転先は決まっておらず、今も新しい物件を見に行っている段階ですが、「ここならやっていけるだろう」というところがチラホラ見つかっています。「どこからどうみても完璧」というところはないのですが、それでも「充分にクリニックとしてオープンできるだろう」、という物件は複数見つかりました。

 もちろん契約するまでは安心できません。2006年のコラム「天国から地獄へ」で述べたように、太融寺町谷口医院の場所を見つける前に、西区北堀江の四ツ橋筋に面した申し分のない物件をみつけ、ビルのオーナーと仮契約書まで交わしていたのに、最終的に入れなかったというとても苦い経験があります。このときも、そのビルの別のフロアに入っている医療機関から反対されて、その医師が「谷口の入居を許すな!」とビルのオーナーを説き伏せて仮契約書が破棄されてしまったのです。

 なぜ、医師は他人をこんなにも拒否するのでしょう。競合するからという理由で(私は「競合」ではなく「協力」を考えているのに)他の医師が近くで診療することを拒否し、コロナが流行れば発熱患者の診察を拒否し、後遺症もワクチン後遺症も診ないという医師があまりにも多いこの現実……。「医師はすでに過剰で患者を集める工夫をしなければならない」と考えている医師がいう「患者」とは「その医師にとって都合のいい患者」に他なりません。

 なんとか新しい開業場所をみつけ、これまでの診療を続けていくつもりです。次回のマンスリーレポートでは具体的なお知らせをしたいと考えています。メルマガではその都度最新情報をお伝えしていきます。

 しかし、それまでに振動による針刺し事故を起こしてしまえば一巻の終わりです。本日も耐えられない大きな振動が生じたため、数分間診察の中断を余儀なくされました。なんとか、6月末までは針刺し事故を起こさないようにするために、署名へのご協力をお願い致します。

 尚、大勢の方から質問をいただいている「振動問題の真犯人は誰か?」については今も分かりません。「谷口医院を追い出したいと考えるビルがボクシングジムを家賃無料で入居させ振動を起こさせている」と考える人が少なくないのですが、その確証はありません。「今も1階ホールの表札にジムの名前が入っていない。谷口医院が出て行けばジムもすぐに撤退するからだ。これが証拠だ」という意見がありますが、これだけでは証拠としては少し弱いように思えます。

 また、「第三者がビルとジムの双方に大金を払って振動を起こさせている」という説については、容疑者もその動機も皆目見当がつきません。谷口医院に、あるいは私に、そこまで恨みを持った人間や組織の存在は考えにくいのです。

 しかし、真相は依然不明なものの、当院のスタッフのみならず患者さんからも蛇蝎のごとく嫌われ続けながら振動による嫌がらせを一向にやめないこのボクシングジムに相当の「理由」があるのは間違いないでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年3月5日 日曜日

2023年3月6日 昼寝はうつ病のリスク因子

 2007年の谷口医院の開院以来、「睡眠」の相談は数えきれないくらいに聞いています。「寝付けない」「途中で目覚めてしまう」「睡眠時間は長いが熟睡できない」といった狭義の不眠の悩み以外にも、「いくら寝ても寝足りない」「日中すぐに寝てしまう」なども少なくありません。数年前からは「精神科で処方された睡眠薬をやめたい」という訴えが目立ちます。

 様々な睡眠の悩みのなかで「昼寝」についての相談も少なくありません。ただ、昼寝についてはよく分かっていないことが多く、私自身も通り一辺倒に回答しているわけではありません。ある患者さんには昼寝を推奨し、また別の患者さんには昼寝をしないよう助言することもあります。ですが、長時間の昼寝は原則として「やめる」ように話をしています。今回紹介する研究はその私の方針を裏付けることになるかもしれません。

 昼寝はうつ病のリスク因子である……

 医学誌「Frontiers in Psychology」2022年12月15日号に掲載された論文「昼寝とうつ病のリスク:観察研究のメタ分析(Daytime naps and depression risk: A meta-analysis of observational studies)」はそのように結論づけています。

 この研究はこれまで発表された論文を改めて検討し解析しなおす「メタ分析」によっておこなわれています。2022年2月までに発表された良質の研究9件をピックアップし、合計649,111人を対象として解析を加えました。

 結果、昼寝をする人は、しない人に比べて抑うつ症状をきたすリスクが15%高いことが分かりました。

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 この研究が少し残念なのは、昼寝の時間でリスクがどれだけ変わるかが分からないことです。

 谷口医院の経験でいえば、短い時間の昼寝、例えば「5~10分程度の昼寝」であれば健康に寄与していることが多く、うつ病のリスクが上昇するなどとは思えません。その逆に、この短時間睡眠で再び集中力が生まれてきます、運転中どうしようもなく眠くなったときに路肩に車を止めて5分眠ればすっきりしたという経験がある人も多いでしょう。

 では昼間に1時間寝るという人はどうでしょうか。1時間以上昼寝をする人はたいてい生活が乱れてきます。特に、一日中家にいる人がこういう昼寝をするとどんどん体調が悪化して、この論文が示すとおり抑うつ状態が進行します。

 例外があることは認めますが、ほとんどの人は「朝早く起きて昼寝は最小限(5~10分)とする」が理想だと思います。夜中に仕事をしている人の場合も、「起きる時刻を一定にする」が基本であり、好きなときに眠る、というライフスタイルではやがて心身が病んでいきます。

 調子が悪くならない「例外」としては、「3時間睡眠を1日2回とる」「2時間睡眠を3回とる」などの方法でうまくいっている人がいます。こういう睡眠パターンの方が生活のパフォーマンスが上がるという人もいます。それは否定しませんがやはり例外的だと思います。

 また自称「ショートスリーパー」の人もたくさんみてきましたが、そのうちに心身が疲労してくる人がほとんどです。「睡眠は〇時間が理想」というのは人によって異なりますが、谷口医院の患者さんを大勢みてきて「ほとんどの日本人は6~7.5時間くらいが適しているのではないか」と感じています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2023年2月26日 日曜日

2023年2月26日 他者に優しくすれば自身の抑うつ感や不安感が改善する

 2022年12月のマンスリーレポートで、「誰もが簡単に直ちに幸せになれる方法」として「他人に感謝の言葉を述べる」を紹介しました。

 この医療ニュースでは、それに似た研究を取り上げたいと思います。「他者に優しくすれば自分自身の抑うつ感や不安感が改善する」という研究です。

 医学誌「The Journal of Positive Psychology」2022年2月26日号に掲載された論文「助けることによる治癒:幸福介入としての優しさ、社会活動、(認知の)再評価の実験的調査(Healing through helping: an experimental investigation of kindness, social activities, and reappraisal as well-being interventions)」です。

 研究の対象者は軽度の不安感か抑うつ感のある122人(18歳から78歳、中間年齢24.7歳、女性76%)で、ランダムに次の3つのグループに分けられました。

グループ#1 他者に優しくする行為を行う
グループ#2 社会活動を計画して行う(行動療法)
グループ#3 認知の再評価を行う(認知療法)

 結果は次の通りです。

・社会的つながり(social connection):グループ#1が、グループ#2及びグループ#3よりも改善

・抑うつ感/不安感・生活満足度(depression/anxiety symptoms and life satisfaction):グループ#1が、グループ#3よりも改善

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 この研究の興味深い点は、従来言われてきたような「認知行動療法」が「他者に優しくする」に劣っていることです。

 21世紀になってから認知行動療法の有効性がやたら主張されてきました。認知行動療法とは「認知のゆがみを直し」「望ましい行動をする」ことで精神状態を改善させる方法で、保険適用もあります。

 保険で認知行動療法を受けるには、厚労省に届け出をした医師または看護師が30分以上かけておこなえば16回まで保険で受けることができます。医師の場合は3割負担で1,440円(480点)、看護師の場合は(正確には「医師及び看護師が共同して行う場合」)は1,050円(350点)です。

 認知行動療法を保険診療でおこなう医療機関は精神科を標榜していなくてもかまいません。よって、過去に私自身も研修を受けて届出をして実施しようかと考えたこともあるのですが、やめました。

 最大の理由は「30分の時間を確保するのが困難」だからですが、他にもあります。それは、「認知行動療法で改善した患者をみたことがない」からです。

 保険適用になるくらいですからエビデンスレベルの高い確固とした治療法なのでしょう。ですが、谷口医院の患者さんで精神科を受診してもらってこの治療で改善した人はいまだに一人も知りません。率直に言って、この治療に効果があるとは思えないのです。

 むしろ、「やりがいのある仕事が見つかった」「新しいパートナーができた」という人はそれだけで精神状態が大きく改善することがあります。特にパートナーの存在は大きく、どんな名医よりも「愛し合えるパートナー」が最大の”治療”になります。

 そして、パートナーとの愛情を深めて維持させるには互いの思いやりが絶対に必要になります。

 そういったことを考えると今回紹介したこの研究はすっと腑に落ちます。あまりこのことを強調しすぎると、「パートナーも友達もいなくて優しくする相手がいない場合はどうするんだ」という反論がくるでしょうが、それでも私は「誰でもいいから身近な人に優しくすることから幸せが始まる」と最近は言うようにしています。

参考:認知行動療法を保険診療で実施している医療機関のリスト
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/cbt.html

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2023年2月20日 月曜日

第234回(2023年2月) アルコール飲料は「百害あって一利なし」か

 「アルコールは大量に飲みすぎると身体を害するけれど、少量ならむしろ健康増進に役立つ」と昔から言われてきました。実際、それを示した研究もいくつかあります。

 しかし、ここ数年、「どうもそれは違うのではないか。飲酒は百薬の長どころか、百害あって一利なしではないか」という意見が増えてきています。そこで今回は比較的新しくて信ぴょう性が高いと思われるいくつかの研究を紹介し、いったい飲酒は身体に良いのか悪いのかを改めて考えてみたいと思います。

 まず、日本人を対象に「飲酒が身体によい」と結論付けられた代表的な研究を紹介しましょう。2004年に医学誌「British Journal of Cancer」に発表された「総がんリスクに対する飲酒の影響:日本における大規模集団研究(Impact of alcohol drinking on total cancer risk: data from a large-scale population-based cohort study in Japan)」です。

 この研究の結論は「男性では機会飲酒者(occasional drinkers)のがんの発生率が最も低い」とされています。論文をきちんと読むと、機会飲酒者のがんの発生リスクを1.00とすればまったく飲まない人のリスクは1.10。つまり、「まったく飲まない人はときどき飲む人に比べて発がんリスクが1割高い」となります。これだけを言われればちょっとくらいは飲んだ方が身体に良さそうです。ビール酒造組合のウェブサイトにもこの論文が紹介されています。

 では、もう少し詳しくこの論文をみてみましょう。機会飲酒者に対して定期的飲酒者(regular drinkers)のデータを紹介します。機会飲酒者のリスクをゼロとすると定期的飲酒者の週あたりのアルコールの量とがん発生率は次のようになっています。

               発がんリスク      缶ビール350mL換算
アルコール1~149g/週      1.18         10本/週
アルコール150~299g/週     1.17         10~21本/週
アルコール300~449g/週     1.43         21~32本/週
アルコール450g以上/週       1.61         32本以上

 これをみれば、ビールのロング缶(500mL)を1日1本程度飲めば、機会飲酒者に比べて18%発がんリスクが上昇することが分かります。ところで、ロング缶(または中瓶)1本と聞けば、なんとなく「少量」という気がしないでしょうか。ところが、この量でもリスクがこれだけ上昇しているのです。ということは「酒は百薬の長」が事実だったとしても、その「量」は「350mLの缶ビール1日1本以下」となるわけです。

 このように論文を読むと、上述したビール酒造組合のウェブサイトに書かれていることがひっかかります。このサイトは、「一日にビールに換算して、350mL缶で2、3本程度のお酒を飲む人が、最も心臓血管疾患のリスクが低い」と書いて、その次にこの日本人を対象としたがんのリスクの研究の論文を紹介しているのです。

 素直に読めば、ビール1日350mL缶2、3本が日本人のがんのリスクを下げるかのような印象をもってしまいます。余程注意深く読まなければ「缶ビール毎日3本くらいがちょうどいい」と錯覚してしまいます。同組合がわざと誤解させるようにウェブサイトを構成している、と感じるのは私だけではないでしょう。

 尚、日本人を対象としたこの研究では女性のデータはありません。また、「ビール(及び他のアルコール飲料)にどの程度のアルコール(g)が含まれているか」は厚労省のサイトが参考になります。

 冒頭で述べたように、最近アルコールは少量でも有害であるとする研究が増えています。2023年1月18日のNew York Timesは最近(2023年1月)に新たに発表されたカナダのガイドラインを取り上げています。

 このガイドラインの5ページは少々衝撃的です。イラストをみれば一目瞭然で「お酒はまったく飲まないのが一番いい」のです。缶ビール1本でも健康上有害だというのです。

 ではカナダ政府が気を衒ったことを言い始めただけで世界の潮流は依然「少量なら健康に良い」なのでしょうか。”残念ながら”そうではありません。2023年1月4日、WHO(世界保健機関)は「我々の健康にとって安全なレベルのアルコール消費はない(No level of alcohol consumption is safe for our health)」という声明を発表しました。上述のカナダのガイドラインもWHOのこの発表の影響を受けてのものだと推測されます。WHOの主張をまとめてみます。

・アルコールは少なくとも7種類のがんの原因となる。
注:WHOのこのサイトには7つの詳細を書いていませんが、これは口腔咽頭がん、喉頭がん、食道がん、肝臓がん、大腸がん、直腸がん、乳がんの7つで、2016年に医学誌「Addiction」に掲載された論文が示しています。

・欧州地域におけるすべてのアルコールに起因するがんの半分は「軽度」および「中等度」のアルコール消費が原因。具体的には、ワインなら週に750mLのボトル2本未満、缶ビールなら500mLを1日1本。

・そもそもアルコールは「グループ1」の発がん物質。グループ1にカテゴライズされている他の代表的な物質は、アスベスト、放射線、タバコ。

 なんとも衝撃的な発表です。他の論文もみてみましょう。医学誌「Nature Communications」2022年3月4日号に掲載された論文「英国人におけるアルコール消費量と灰白質および白質量との関連(Associations between alcohol consumption and gray and white matter volumes in the UK Biobank)」によると、「1日平均1~2単位のアルコールでも脳が委縮」します。これは英国のバイオバンクと呼ばれるデータベースに登録されている36,678人の健康な中高年を対象とした調査で、英国のアルコール1単位は(米国やカナダと異なり)8gですからまさにワイン1杯、もしくはビールコップ1杯程度です。

 アルコールが引き起こすのはがん、心疾患、脳委縮などだけではありません。科学誌「Science News」2022年11月4日の記事「米国のアルコールによる死亡率は、パンデミックの最初の年に急激に上昇した(The U.S.’s alcohol-induced death rate rose sharply in the pandemic’s first year)」に、分かりやすいグラフが掲載されています。米国では過去20年にわたりアルコールによる死亡者が増加しており、2019年から2020年にかけては人口100,000人あたり10.4人から13.1人へと26%も上昇しています。増加した最大の原因は新型コロナウイルスですが、問題はウイルスそのものではなくストレス下で飲酒に走る人があまりにも多いことです。

 アルコールが自殺者を増やすというデータもあります。医学誌「Journal of Addictive Diseases」2020年3月14日号に掲載された論文「アルコール使用と自殺のリスク:系統的レビューとメタ分析(Alcohol use and risk of suicide: a systematic review and Meta-analysis)」によると、アルコール摂取により自殺のリスクが全体で65%(男性56%、女性40%)上昇します。

 死亡だけではありません。日本人を対象とした研究ではアルコール消費が白内障のリスクを上昇させます。

 こうして新しい研究をたどってみると、どうやらアルコールは「百害あって一利なし」と考えるべきなのかもしれません。ただし、アルコールが健康に良いとする研究もないわけではありません。医学誌「Pain」2022年2月号に掲載された論文「片頭痛とアルコール、コーヒー、および喫煙の関係(Alcohol, coffee consumption, and smoking in relation to migraine: a bidirectional Mendelian randomization study)」によると、アルコール摂取で片頭痛のリスクが46%下がります。ただし、当院の経験でいえば、片頭痛の患者さんの何割かは飲酒で悪化しています。

 もうひとつアルコールが健康にいいとする研究を紹介しましょう。日本人を対象とした研究で医学誌「BMC Geriatrics」2022年2月28日号に掲載された論文「飲酒で高齢者の認知機能が上昇する(Alcohol drinking patterns have a positive association with cognitive function among older people: a cross-sectional study)」です。この研究によれば、「ワインの機会飲酒をしている75歳以上の日本人は認知機能が向上」します。驚くべき結果です。

 飲酒が健康に良いとするこのような研究もあるものの、WHOの発表やカナダのガイドラインなどを見る限り、アルコール摂取は従来考えられていたような「百薬の長」とはもはや呼べなさそうです。これからのアルコールとの付き合い方、見直した方がいいかもしれません。

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2023年2月9日 木曜日

2023年2月9日 夜勤もシフト勤務も認知症のリスク

 夜勤が様々な疾患のリスクになるという話はこのサイトで何度も述べてきました。どのような疾患のリスクになるか、少し例を挙げてみると、乳がん、心筋梗塞などの心疾患、高中性脂肪血症、糖尿病、肥満、交通事故のリスク上昇などです。

 そして、今回お伝えしたいのは「夜勤は認知症のリスク」というショッキングな研究です。

 医学誌「Frontiers in Neurology」2022年11月7日号に掲載された論文「シフト勤務、夜勤と認知症との関係:系統的評価とメタ分析(Relationship between shift work, night work, and subsequent dementia: A systematic evaluation and meta-analysis)」を紹介します。

 研究の対象者は過去の4つの研究の対象となった合計103,104人で、これらを総合的に解析(これをメタ解析と呼びます)することで検討しています。

 結果は、夜勤をすると夜勤をしない人と比較して、認知症発症のリスクが12%高いことが分かりました。他方、シフト勤務では「全体としては」そのようなリスク上昇が認められませんでした。しかし、50歳以上に限定して解析しなおすと、シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇していました。

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 認知症のリスク、と言われると、さすがに夜勤に抵抗が出てくる人も少なくないのではないでしょうか。こういったことをあまり言い過ぎるのは、夜勤で頑張ってくれている人に対して失礼な行為ではあります。

 ですが、やはりこういった信ぴょう性の高いデータは社会で共有する必要があるでしょう。過去のコラム(下記)にも書いたように、夜勤は若いうちに体験して(そして稼いで)、社会全体で様々な疾患のリスクを減らし、そして医療費も削減する、というのが私が考える理想です。

参考:はやりの病気第192回(2019年8月) 「夜勤」がもたらす病気

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2023年2月9日 木曜日

2023年2月 閉院でなく「移転」は可能か?

 2023年、当院が診療を開始したのは1月4日の午後でした。その日の午前にはスタッフ全員が集合し、毎年恒例の「新年会議」を開き、「これ以上針刺し事故のリスクを抱えられない。よって6月30日をもって閉院する」と発表しました。その後、本ウェブサイトでそれを公開し、その日の午後から受診するすべての患者さんに閉院を決定したことを告げました。

 私の今後の身の振りはまったく決まっていません。意外なことに、閉院を公表後、全国の病院から「うちで働きませんか」というオファーをいただきました。こういった話はとてもありがたいのですが、私自身は病院勤務は考えていません。

 大学病院の総合診療科で勤務していた頃はとても楽しかったのですが、「いつでもどんなことでも相談してくださいね」とは言えませんでした。それは大学病院を含め、病院のすることではないからです。病院の役割として「診断がつきましたから次からは近くの診療所/クリニックに行ってください」と言わねばなりません。また、総合診療科以外の病院の科はいわゆる”縦割り”になっていますから、現在おこなっているような、例えば、子宮内膜症と片頭痛と過敏性腸症候群と気管支喘息とアレルギー性鼻炎とじんましんを同時に診る、といったことはできません。

 病院だけでなく、「クリニックを引き継いでもらえませんか」という申し出を、開業している複数の医師からもらいました。これは魅力的な話なのですが、いくつか解決せねばならない問題があります。まず、その診療所が入っているビルが「発熱患者もOK」と言ってくれなければならないのですがそういうところはほとんどありません。あったとしても、再び新型コロナウイルスが強毒化したり、似たような感染症が流行したりしたときに当院の患者さんがバッシングを受けることはないかと懸念します。

 一番いいのは医療モールに入居することですが、総合診療科の当院は他の科から嫌われます。実際、ある医療モールに入居を申し込むと、モールのオーナーからは「歓迎します」と言われたのですが、そのなかに入っているクリニックから反対されてこの話はなくなりました。

 ということは、当院に残された方法は、ビル一棟をまるごと借りるとか、土地を探して建物を建てるといったものになります。しかし、このあたり(大阪市北区)では土地が高すぎてとても手が出ません。

 ここまで八方塞りになると、通常の臨床医は諦めざるを得ません。そこで、私は、通常の臨床でない医師、例えば、産業医や労働衛生コンサルタント(共に資格があります)、学校医(留学生の多い大学などを考えています)、刑務所の医師(法務省の矯正医官と呼びます)、外務省の医師(医務官と呼びます)などを考え始めました。

 あるいは、さらに選択肢を広げ、いっそのこと「医師を辞める」道も考えるようになりました。海外の大学に行く、あるいは海外を放浪する、というのもいいかな、と様々な生き方を想像するようになりました。この1ヵ月の間、将来のビジョンが日ごとに変わっているような状態です。

 診療はこれまでと同じように続けています。診察室で私の方から閉院の話をすると、ときに患者さんは涙を浮かべ、「新しいところ、なんとか見つけてください」と訴えられます。私の方ももらい泣きしそうになることもあります。なかには、「自分がなんとか見つけます」と言って物件を探してきてくれたり、知り合いの不動産屋を紹介すると言ってくれたりする人もいます。不動産関係で勤務している人は「探してみます」と言ってくれます。

 そこまで言われる人の訴えを聞いていると、閉院するということがどれほど「罪」なのかが分かってきます。閉院を伝えた後、「新しい受診先を紹介します」とは伝えますが、たしかに当院のなかには紹介先を探すのに相当苦労するだろうな、と思われる患者さんが少なくありません。

 意外なことに、単純な疾患で診ている患者さん(たとえば、喘息だけ、とか、高血圧だけ、とか、じんましんだけ、というケース)のなかにも「先生(私のこと)には何でも相談できると思っているから(当院に)来ている」という声が多くありました。私にはこれがとても意外でした。数年間、ひとつの症状だけで通院し、いつも診察時間が短時間で終わっていた患者さんからもこのようなことを言われるからです。

 そのような状況のなか、閉院を公表してから新たな受診先を見つけられた患者さんはまだ3人だけです。

 涙を見るから心が動く、という単純な話ではありませんが、「閉院は困ります」という患者さんたちからの訴えを繰り返し聞いているうちに、私の心は次第に揺れ動いてきました。いったん決意したはずの「永遠に閉院」が「なんとかならないか……」に変わってきたのです。しかし移転先はさんざん探して見つかりませんでした。

 ではどうすればいいか。現在考えているのは「少し遠くの場所で探す」という方法です。医療法上、移転は半径2km以内にしなければならないという規定があります。これにこだわるから移転先が見つからないのであって、それ以上遠くに行けばいいわけです。つまり、医療法上の狭義の「移転」ではなく、医療法を外れた”移転”をすればいいのです。

 ただし、この方法であればいったん「廃院」し、新たに別のクリニックを「新規開業」するというかたちになります。いくら詰めたとしても数か月のブランクがあきます。それに、そもそも北区に見つからないものが隣の区まで探したとしてもそう簡単に見つかるとは思えません。適切な物件というのは、一棟そのまま借りられるようなものか、土地を購入するというプランです。そう都合のいい物件はないでしょう。

 しかし、患者さんや医療者が持ってきてくれる情報から、検討できそうな物件もありそうなことが分かってきました。これからしばらくの間、休診日に物件探しに明け暮れることになります。

 ただし、新たな”新規開業”にたどり着けたとしても、相当先の話になります。早くても年明けになるでしょう。ブランクの期間は、私の知人の開業医に頼んでその分の処方をお願いしようと思っています。また、新規開業後も、初めのうちはオンライン診療のみになるかもしれません。

 この話を数人の患者さんにしてみると、全員が「それで充分ですから絶対にまた開業してください!!」と言ってくれました。もちろん、「そんなブランクができるなら、もうけっこうです。新たなクリニックを探します」という人もいるでしょう。新たな開業ができるという保証は現時点では確約できないわけですから、そうしてもらう方がいいと思います。

 実際には、このような条件を受け入れてでも「新規開業すればまた受診する」と言ってくれる患者さんが少なくなく、そういった人たちの存在を考えると、「何としても新規開業に向けて全力を尽くさなければ」、という気持ちが体の底から沸き上がってきます。

 私が発行するメルマガ(谷口恭の「その質問にホンネで答えます」)及び次回の「マンスリーレポート」で進捗状況をお伝えしたいと思います。

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2023年1月29日 日曜日

2023年1月29日 「鼻腔」の免疫向上に「マスク着用」「鼻を触らない」

 最近公開した「はやりの病気」2023年1月号の「「湿度」を調節すれば風邪が防げる」で、マスクはなぜ風邪予防に有効かについて「気道の湿度を保てるから」という研究を紹介しました。しかし、マスクが有効な理由はそれだけではなさそうです。

 そのコラムを書いた数日後、たまたま興味深いレポートと論文を発見しました。米国の医療系ニュースサイト「Health Day」に「鼻腔が冷えることが冬に風邪が流行る理由かもしれない(Cooler Noses May Be Key to Winter’s Spike in Colds)」という記事が載っていました。この記事では、医学誌「Allergy and Clinical Immunology」2022年12月6日号に掲載された論文「寒さに晒されると細胞外小胞による鼻腔内のウイルスに対する免疫が下がる(Cold exposure impairs extracellular vesicle swarm-mediated nasal antiviral immunity)」を引き合いに出しています。

 Health Dayによると、鼻に細菌が入って来たとき、鼻腔の前部に存在する細胞が働きます。細胞は、まずその細菌を検知し、数十億もの小さな液体で満たされた”袋”を鼻腔粘液に放出します。すると、その”袋”が細菌を攻撃するのです。そして、この袋のことを「細胞外小胞(extracellular vesicles, EVs)」と呼びます。

 ではウイルスではどうでしょうか。上述の論文はそれを調べたものです。1種のコロナウイルス(新型コロナウイルスとは別のコロナウイルス)と2種のライノウイルスを健常者に感染させ、細胞外小胞がどのように反応するかを調べました。それぞれのウイルスに対し、異なる方法で反応することが分かりました。ウイルスがヒトの細胞に感染する前に、細胞外小胞がウイルスを捕まえることも分かりました。

 しかし、研究では細胞外小胞のこの素晴らしい機能が低温化では妨げられることが分かりました。華氏40度(摂氏4.4度)の寒い環境では、細胞外小胞のそのウイルスを捕まえる効果が87.5%も抑制されることが分かったのです。また細胞外小胞の放出も大幅に低下しています(注)。

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 鼻腔内の温度を下げないようにするにはマスクが最適です。そして、記事によると、大切なのは鼻腔の奥ではなく手前(前方)の部位です。この部分の細胞が”敵”が侵入したことを検知し、多量の細胞外小胞を放出するのです。

 ということは、「はやりの病気」で述べたように、「鼻毛を抜く」「鼻をほじる」などの行為は感染予防上、最悪の行為ということになります。

 「マスクをする」「鼻を触らない」がものすごく重要というわけです。

注:細胞外小胞の放出が大幅に低下することは論文のグラフで示されているのですが、具体的な数字は書かれていません。ですが、Health Dayの記事には42%低下と書かれています。

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2023年1月23日 月曜日

2023年1月23日 コロナ後遺症を予防する2つの薬

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)は随分と軽症化してきました。ワクチン普及がその理由だとする意見が多いのですが、おそらくそれだけではないでしょう。ウイルスが変異を繰り返した結果、重症化しにくいタイプに”進化”してきている可能性もあります。そもそも、できるだけ遺伝子を残したいと考えるウイルスにとっては、宿主のヒトを重症化させて殺してしまうよりも、軽症にとどめて自粛などさせず広範囲を動き回らせる方が自分たちの遺伝子を広めることができるわけですから、軽症化する方が彼(?)らにとっても都合がいいわけです。

 他方、軽症化はもちろんヒトにとってもありがたい話で、「死に至る病」でなく「単なる風邪」なら重症化リスクのない人にとってはたいして注意する必要がなくなります。ただし、重症化リスクのある人に感染させると、最悪の場合その相手が死亡……、という事態も起こり得ることは忘れてはいけません。

 「他人への感染」以外に、もうひとつやっかいなコロナの特徴が「後遺症」です。最近はあまり報道されなくなりましたが、後遺症は依然として存在します。私は2020年4月に「これは非常にやっかいなことになるに違いない……」と感じ、2020年5月12日公開の医療プレミア「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」で初めて注意を促し、その後繰り返し訴えてきました。

 案の定、後遺症を訴える患者さんは急増しました。大部分は(時間はかかるものの)完治するのですが、完治とは言えない人もいます。特効薬はなく、非常に苦しい日々を強いられることもあります。一時「コロナワクチンが治療になる」という話もあり、谷口医院の患者さんのなかにも「ワクチンをうって後遺症が治った」という人もいるのですが、その逆にかえって悪くなったという人もいます。

 ならば「予防薬」に期待したいところです。そして、予防になるかもしれない薬が現在2種類あります。

 1つは重症化リスクのある人に適応のある「パキロビッド」です。エビデンスレベルが高いとは言えないのですが、論文「パキロビッドと新型コロナの急性期後遺症リスク(Nirmatrelvir and the Risk of Post-Acute Sequelae of COVID-19)」によると「新型コロナに感染したと診断されてから90日後に、12種類の後遺症のうち1種類以上に悩まされるリスク」を、パキロビッドは26%下げることが分かりました。

 もうひとつの薬は糖尿病薬のメトホルミンです。論文「メトホルミン、イベルメクチン、フルボキサミンによる新型コロナのの外来治療と、10か月にわたるフォローアップによる後遺症の発症(Outpatient treatment of Covid-19 with metformin, ivermectin, and fluvoxamine and the development of Long Covid over 10-month follow-up)」によると、メトホルミンで後遺症のリスクが42%低下します。
 
 この研究ではメトホルミン以外にイベルメクチンとフルボキサミン(抗うつ薬)についても調べられましたが、これら2種では後遺症の予防はできませんでした。

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 太融寺町谷口医院では、患者さんが拒否しない限り、重症化リスクのある人にはパキロビッドを推薦しています。重症化を防いでくれるだけでなく、後遺症のリスクが減少する可能性があるわけですから積極的に服用すべきだと思います。

 一方、メトホルミンは元々糖尿病がある患者さんには谷口医院で処方していることが多いのですが(谷口医院では糖尿病で最も処方している薬がメトホルミンです)、糖尿病がない人に処方することは(少なくとも保険診療上は)できません。

 追加の研究が増えてエビデンスがそろえば保険診療で使えるようになると思いますが、まだまだ先になりそうです。とはいえ、これまで手がなかった後遺症の予防薬となる可能性があるわけですから(しかもとても安くて3割負担で1錠3円程度です)、これからの研究に注目したいと思います。

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2023年1月20日 金曜日

第233回(2023年1月) 「湿度」を調節すれば風邪が防げる

 随所でお知らせしているように、太融寺町谷口医院は2023年6月30日をもって閉院せざるを得なくなりました。この「はやりの病気」は閉院後も継続する予定ですが、私の身の振り方によってはそれができなくなるかもしれません。よって、閉院までの間、大勢の方が関心を持つような内容にしたいと思います。

 このコラムの第1回のタイトルは「インフルエンザ」で、公開したのは谷口医院がオープンする2年前の2005年2月3日です。この頃の私は、大学病院の総合診療科の外来を担当しながら、他の診療所や病院にも研修(修行)に出て、夜間は当時の自宅の1階を改造してつくった「日本一小さな診療所」を運営していました。

 改めてその第1回の自分の文章を読んでいると、まあおおまかには現在と変わっていないのですが、現在の見解は下記のように変更しなければなりません。

・(2005年には)タミフルを絶賛している → タミフルは、健常者に対しては有症状期間を少し短くするだけであり、小児・高齢者などハイリスク者以外は使う必要がないことが分かっています

・(2005年には)リレンザ・イナビル・ゾフルーザの話がでてこない → 抗インフルエンザ薬のラインナップが増えています。また、現在は感染者に接してからの予防投与(これをPEPと呼びます)も推奨される場合があります

・(2005年には)手洗い・うがいを推奨している → これらは現在も変わりませんが、私としては現在は「谷口式鼻うがい」を推奨しています

・(2005年には)「換気」について触れられていない → 当時は換気についてさほど注目されていませんでしたが、現在は重要であることが分かっています

・(2005年には)「麻黄湯」(や葛根湯)の有用性について触れられていない → 当時の私はまだ有効性をそこまで確認できていませんでした。今は確信しています。

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)が猖獗を極めていたのは2020年の年明けから2021年の終わり頃までといっていいでしょう。当時はハイリスク者のみならず、40代、あるいは30代の健常者にも「死」のリスクがありました。現在は「死に至る病」とは言えなくなり、基礎疾患のない若者であれば特に恐れる必要がありません。

 コロナのおかげ(という表現は変ですが)で、「風邪の予防」に対する世間の感心が高まりました。コロナが始まった2020年の前半はやたら「接触感染」という言葉が飛び交いました。このため、オフィス内や飲食店内では手洗いだけでなく手指消毒、さらに机、テーブル、ドアノブなどが繰り替えし消毒されるようになりました。そして一部の企業や飲食店では今も続けられています。

 一方、接触感染を軽視する声もあります。「コロナの重要な感染ルートは飛沫感染と空気感染であり、触れる物には過敏になる必要がない」という意見です。しかし、これは極端な意見です。私の経験からいっても接触感染はコロナだけでなくインフルエンザでも少なくはありません。これは2005年の第1回のコラムには書きませんでした。当時の私はまだこのことに気付いていなかったからです。

 ですが、今は確信しています。コロナ、インフルエンザを含むほとんどの風邪の病原体は接触感染します。とはいえ、一部の企業や店舗のように執拗に消毒処置をする必要はありませんし、手荒れするほどアルコール消毒をするのはナンセンスです。手洗いは「水道水」が基本であり、アルコールは「水道が近くにない場合」のみ、つまり補助的な使用に留めるべきです。

 では過剰な消毒やアルコールの手指消毒をしないならどうやって接触感染を防げばいいのでしょう。それは「鼻を触らない」です。ただし、コロナが流行しだした頃にさかんに言われたように、「ちょっとでも顔を触るのはNG」はやり過ぎです。谷口医院の患者さんから話を聞いて分かるようになったのは「鼻をほじる」「鼻毛を抜く」などの行動をとる人がよく風邪を引くことです。よってこういった行動を慎めばそれだけで風邪をひくリスクは下げられるのです。

 今回は新たな風邪の予防法についての話をしましょう。それは「湿度の調節」です。

 昔からよくある疑問に「なぜ冬になると風邪をひくのか」というものがあります。「寒いから」と答える人が多いわけですが、ではなぜ寒さが発症因子になるのでしょうか。実はこれについては医学の教科書にきちんと書かれていません。そこで、私が「なぜ冬に風邪をひきやすいか」についてその理由を並べてみます。

#1 冬には日光を浴びる量が少なくなりビタミンDの生成が減少し、免疫能が低下する(可能性がある)

#2 冬は寒いために屋内にいる時間が長くなり、窓を閉め切るために換気が効率的におこなわれず、そのため他者からの飛沫感染、あるいは空気感染のリスクが上がる(これは間違いありません)

#3 空気が乾燥する(湿度が低下する)

 #3の湿度について。最近の研究で、病原体増殖の至適湿度というものがあることが分かってきました。メリーランド大学の公衆衛生学者Donald Milton氏によると、風邪のウイルスとして有名なライノウイルスは高い湿度を好むそうで、そのため米国では初秋に流行するようです。一方、インフルエンザウイルスやコロナウイルスは冬に流行しやすく、湿度が40%を下回った環境を好むようです。これらは科学系メディア「ScienceNews」に掲載されています。

 では、インフルエンザやコロナはなぜ乾燥した環境で感染しやすくなるのでしょうか。通常、ウイルスが人の呼気から放出されるとき、裸の状態で飛び出すわけではなく、唾液や鼻水などに包まれて体外に出ていきます。これら体液には、粘液や蛋白質などの成分が含まれていて、ウイルスを殺菌する効果もあります。湿度が高い状態であれば、体液が乾きにくく、時間をかけてウイルスを殺すことができます。体液は身体を離れてもウイルスをやっつけてくれているというわけです。その逆に、湿度が低ければウイルスを包んでいる体液がすぐに蒸発してしまい、殺菌効果が期待できずウイルスの感染力が維持されてしまうのです。この研究は査読前論文を集めたbioRxivという医学誌に掲載されています。

 上述のScience Newsの記事には興味深い顕微鏡の写真が掲載されています。湿度が低ければ(40%)、体液が乾燥しウイルスがむき出しとなっています。インフルエンザやコロナはこの状態のときに感染しやすいと考えられます。湿度が中等度(65%)であればウイルスが体液に包まれておりウイルスを不活化させると予想されます。しかし、興味深いことに湿度が高すぎれば(85%)、ウイルスは死滅しにくいようです。

 乾燥は「次に感染する人」の防御力にも影響を与えます。「乾燥した空気は気道の表面に存在する細胞死を引き起こす」ことを示した動物実験があります。気道粘膜の表面を守っている細胞が死んでしまえば、当然病原体は奥に侵入しやすくなりますから、「乾燥→気道粘膜の表面の細胞死滅→病原体が侵入し感染成立」となるのです。

 以上をまとめると、環境を病原体が感染しにくい湿度にすべきであり、それは乾きすぎても湿気が多すぎてもダメで、50~65%程度が望ましいということになります。自宅、特に寝室は空気清浄器(できればHEPAフィルター付き)と共に加湿器や除湿器を置いて対処するのがいいでしょう。もちろんその前に用意しなければならないのは湿度計です。

 では、自分の意図で調節できない職場やビルの中、あるいは地下街ではどうすればいいのでしょうか。マスクがお勧めです。マスクが感染予防に有効なことは明らかで、いくつもの信頼度の高い論文があります。マスクをしていても病原体が口腔内や鼻腔に入ってくるのは事実ですが、感染者が病原体を排出しにくくなります。コロナではなんと100%カットしてくれるという研究もあります。これだけでも(少なくともコロナには)マスクは「感染させない」という意味でかなり有用なわけですが、「感染しない」という意味でも非常にすぐれたツールです。気道の乾燥を防ぐことにより気道粘膜の表面のバリア機能を正常に保ってくれるからです。

 最後にもう一度まとめてみましょう。インフルエンザ、コロナを含めて有効な風邪の予防対策は、「鼻うがい」「手洗い」「鼻を触らない」「換気」「湿度の調節」「マスク」「麻黄湯」です。ちなみに、私が最後に風邪をひいたのは2012年の12月。それから鼻うがいを始め、その後一度も風邪をひいていません。インフルエンザにもコロナにも無縁です。

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2023年1月4日 水曜日

2023年1月 「閉院」を決めました

 階上のボクシングジムが作り出す振動で度々診察を妨げられるようになった2021年1月より2年間にわたり、ジムとビルに対し防振工事をするよう申し入れてきました。しかし、ジムの社長にもビルの担当者にも「壁にヒビが入るほどの振動のなかで医療行為はできません」と繰り返し訴えても、「それが何か……」という態度で初めからコミュニケーションがとれるような相手ではありませんでした。

 そこで裁判を起こしました。振動がどれだけひどいものかを証明するために一級建築士に振動の数値を計測してもらって、その結果を裁判所に提出してもらいました。しかし、裁判所が「防振工事が必要」と判断したとしても、実際にジムとビルが防振工事を開始するまでには相当の年月がかかることが判りました。

 ならば、当院が「移転」をするしかないと考え、複数の不動産会社に相談し、私自身も実際に何日間も歩いて当院の近辺の物件をかたっぱしから探し回りました。けれども、適切な移転先は見つかりませんでした。医療モールへの入居も希望し、モールの運営会社からは了承されたのですが、入居している他の医療機関から断られ、この話もなくなりました。

 この2年の間、患者さんには振動の恐怖を与え、注射や点滴での針刺し事故のリスクを背負わせています。激しい痛みや倦怠感などの苦痛を抱え、やっとの思いで受診にたどりつき、点滴治療を受けているときに大きな振動に見舞われ、治療を受けたせいで余計に苦しくなってしまった患者さんもいます。レントゲン撮影時の大きな振動で撮り直しを余儀なくされ、余計な被爆をさせてしまったこともあります。我々は幾度となく苦情を聞き大変申し訳なく思っています。苦痛であることを口にしないどころか「私は大丈夫です。先生や看護師さんが心配です」といった言葉をいただいたことも何度もあります。
 
 ひどい振動のために壁の一部にはすでにヒビが入っています。最近は、振動の頻度は大きく減ったものの(ジムの客が激減していることが予想されます)、悪質な振動を突然起こされることが増え、針刺し事故のリスクが上昇しています。これ以上、事故のリスクを抱え続け、患者さんに恐怖と苦痛を与えることはできないと結論するに至りました。

 したがって、クリニックを閉院することを決めました。針刺し事故のリスクはすぐにでもなくすべきであり、そういう意味では直ちに閉院した方がいいでしょう。ですが、突然治療を中断するわけにもいかず、また、医療機関の閉院はそれほど簡単にできるものではありません。大阪府の許可を取り、行政の手続きが完了するまでにおよそ半年がかかります。よって、診察は6月末まで続ける予定をしています。

 当院は2007年の開院時から「他のどこからも診てもらえなかった人」に受診してもらえるように努めてきました。当院の発熱外来開始は2020年1月31日と、かなり早期に立ち上げたのもそのような理由です。発熱外来一人目の患者さんは「10軒以上の医療機関から見放された中国人」でした。

 「他では診てもらえないから」という理由で、かなり遠方から新幹線を利用して長年受診している患者さんもいます。もちろん近くにお住まいの患者さんや、勤務先が近いから利用しているという患者さんも大勢います。そういった患者さんたちを裏切ることになり、お詫びの言葉もみつかりません。

 これから半年をかけて、当院を長年かかりつけ医にされていた患者さんの新たな受診先を探していきます。すぐには見つからないケースも多々あるでしょうし、おそらく半年では見つけられない場合もあると思います。よって、閉院してからも患者さんからのメール相談は続けます。少なくとも新たなかかりつけ医が見つかるまでは無期限にメールでの相談や質問を承ります。

 このサイトでは何度か、個人の「ミッション・ステイトメント」をもつ素晴らしさについて言及してきました。私が初めて自分のミッション・ステイトメントをつくったのは1997年の、たしか春頃でした。その後は、毎年1月1日にミッション・ステイトメントの改定作業をおこなっています。

 今から1年前の2022年1月1日、その日は私が好きな西日本のある町で数時間一人きりの時間をつくって自分の内面を掘り下げていきました。これから一個人として、医師として何を大切にして、何をすべきかについて考え直しました。そのときに出た自分の「答え」は、「太融寺町谷口医院の患者さんとスタッフを守る。振動に負けず司法の力を借りて振動工事をしてもらう」というものでした。

 私には「勝算」がありました。我々の主張が正しいことは自明だからです。病気や怪我で苦しんで受診している人に振動で恐怖を与えていいはずがありません。振動のせいで針刺し事故が起こって、神経損傷や院内感染が生じていいはずがありません。

 当院は「多額の慰謝料を払え」とか「ジムは出ていけ」と言っているわけではなく、「防振工事をしてください」とお願いしているだけです。それに、もしも当院が移転したとしても、こんなにひどい振動が起こるフロアを当院の後に借りる業者が現れるはずがありません。いずれにしても防振工事をする以外に選択肢はないはずです。

 裁判を進めてもらうなかで分かって来たことがあります。このビルは「鉄骨」という構造でつくられています。「鉄筋」や「RC(鉄骨鉄筋)」と呼ばれる頑丈なつくりではなく、「鉄骨」のビルは振動が生まれれば簡単に階下に伝わります。それが分かっていながら、ビル側はボクシングジムを誘致したのです。

 当院の患者さんのなかにはジムに苦情というかお願いをされた方もいます。それに、ジムに通うお客さんもそのうちに「下にクリニックがあるのはおかしい」と気づくでしょう。高齢者や辛い病状を抱える患者さんとエレベータに同乗すれば、こんなところで振動をおこせば何が起こるのかは分かります。ということは、クリニックの上でボクシングジムを経営するということは客が来なくなり、自分たちを苦しめるだけになります。

 実際、以前と比べて振動が生じる時間は大幅に減っています。これは客がまったくいない時間帯が増えていることを意味します。部屋全体が揺れるほどの振動は最近では週に2~3回に減ってきています。ですが、その1回の振動は以前よりも大きくなっており、針刺し事故のリスクはむしろ上がっているのです。

 ボクシングジムはサービス業ですからイメージが大切になるでしょう。医療機関の上に開いて患者さんを苦しめるようなことをやれば大きなイメージダウンになるはずです。にもかかわらず振動を巻き散らす理由は、「太融寺町谷口医院を追い出したいから」に他なりません。

 では、ジムはなぜそのようなことを考えるのか。ジムの関係者が私や当院のスタッフに恨みを持っている可能性もあるかもしれませんが、おそらく当院を追い出したいと考えているのはビルの方だと思います。その理由は皆目見当がつきませんが、体よく当院を追い出すのには「振動による嫌がらせ」は都合のいい方法だからです。先述したように、当院が退去してもこの振動に耐えられる業者はありませんから、当院の退去後に防振工事を始めるに違いありません。あるいは、当院が退去すればジムも撤退するのかもしれません。おそらく、「家賃を無料にするからクリニックが出ていくまで暴れまくってほしい」とビルがジムに依頼したのではないか、というのが現時点の私の推測です。

 2023年1月1日、前年とはまた別の、私が大好きな西日本のある町でミッション・ステイトメントの見直しをおこないました。大切なスタッフと患者さんを守るには「閉院以外にはない」という結論に至りました。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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