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2023年8月13日 日曜日
2023年8月 開業医は心身が健康である限り引退してはいけない
前々回のコラムでは、医師という職業は患者さんの病の苦痛を引き受け続けなければならないことから”幸せ”にはなれない、という私見を述べました。
「職場のストレスがひどくて……」と訴える患者さんに対し、私は「オン・オフを上手く切り替えましょう」と助言することがあります。つまり、退社時刻になれば仕事のことはきれいさっぱり忘れてプライベートを楽しみましょう、とアドバイスしているのです。
ですが、患者さんが医師の場合(あるいは看護師など他の医療者の場合も)はこのようなことを言いません。私自身がオン・オフを切り替えることができないからです。前回のコラムで述べたように、患者さんの苦痛を忘れることはできません。さらに、あくまでも私見ですが「忘れるべきではない」と考えています。
たいていの医師は、医師という職業を辞めず、医師以外の職業に転職する医師はわずかしかいません。また、早期リタイヤする医師も少数で、80代の医師も何ら珍しくはありません。「もういい年齢だから余生をゆっくり楽しみたい」と言って引退しても、そのうち医療の現場に戻ってくる医師もいます。もちろん、いったん引退したけれども再び仕事を始めるという人は他の業界でも珍しくありませんし、谷口医院の患者さんのなかにも少なくありません。ですが、「職業を替えず、引退もしない職業」をランク付けするとすれば、医師が第1位となるのではないでしょうか。
では、なぜ医師は引退しないのでしょうか。私はこの「答え」を、偶然にも、太融寺町谷口医院を閉院しなければならなくなったことで理解できました。
一般に「人はなぜ働くか」の答えは「生活するため」、つまり「お金を稼ぐため」です。では「一生食べていけるだけのお金があれば引退するか」に対して人はどのように答えるでしょう。「引退する」と答える人もそれなりにいると思います。実際、先述したように引退しても仕事を再開する人がいる一方で、きれいさっぱり仕事はやめて趣味の世界に生きる人もいます。谷口医院の患者さんでいえば、仕事をやめると覇気がなくなる人が多いのですが、なかには「趣味が充実していて楽しくて仕方がない」という人も(少数ではありますが)います。
ですが、ほとんどの人にとって働く理由は「お金のためだけではない」のはあきらかです。上述したように医療者でなくても「いったん退職したけれど再び仕事を始めた」という人はかなりたくさんいますし、引退せずに「可能な限り働き続けたい」という人も少なくありません。谷口医院の患者さんにも大勢います。その理由は「社会とつながっていたい」というものが一番多い気がしますが、「自分がいないと現場が回らないから引退できない」という人もいます。
後者の理由、つまり「自分がいないと……」に対しては、「いずれ引退せねばならないときが来るのだからそれは理由にならないのでは?」という意見があります。むしろ、「引退のタイミングを逃すと”老害”が出てくる」が現実です。
老害はどこの世界にもあると思いますが、医師の世界でもしばしば見受けられます。医師の典型的な老害を感じるのは「学会」です。演者の発表の後の「質疑応答」の場面で手を挙げて、「意味不明の自説」を延々と話し続ける高齢医師がいるのです。座長(司会者)が「時間がおしているのでそろそろ……」と終わらせようとしてもそれでも話をやめない”老害まるだし”の医師もいます。
若い頃活躍していた医師に限って、自身が認知症であると認められず、周囲のスタッフを困らせ、患者さんに迷惑をかけたり、さらに呼ばれていない学会に出掛けたり、頼まれてもいないのに会議に出席しようとしたりすることもあるそうです。
「週刊現代」がある医師の”末路”を負った記事があります。この医師はかつて「天才外科医」の名前をほしいままにしていた、医療者であれば誰もが知っている名医です。記事のなかでは仮名(かめい)が使われていますが、その仮名を見れば医療者ならこの医師が誰なのか容易に推測できます。これだけの名医が認知症となり、そして……。この記事は我々医師にとって最後まで読むのに耐えられないほど辛いものです。
人はいずれ能力が衰えるのですから、あえて早期に引退するのは一種の”美学”だとも言えます。ならば私も早期引退を考えてもいいのではないか。そう思って、太融寺町谷口医院の閉院を決めた1月、タイでボランティアをしながら永住する道やその他引退後のプランを具体的に思案していました。
ところが、私が大好きな西日本のある町で開業する医師から「診療所を引き継いでもらえないか」と言われ、その選択を考えるようになり、その医師から「これまで診てきた患者を見捨てられなくて……」という言葉が私を打ちのめした、という話を前回しました。
閉院を表明した1月以降、私は日々患者さんに「新しいところを紹介しますので閉院を許してください」と言い続けていたわけですが、怒り出したり、泣き出したりする患者さんが後を絶たず、不動産関連の仕事をしている人たちからは「自分が移転先を探しますからなんとか続けてください」などと言われました。なかには不動産業界とは無縁なのに、休日に街を歩いて移転先候補の物件を探してきてくれた患者さんもいました。
そんな患者さんたちを見捨てることなど誰ができるでしょう。では、移転先が見つかったとして(そして幸運にも実際に見つかったわけですが)、私はいつまで医師を続けるべきなのか。この答えはあきらかです。「私の診察を希望する人がいなくなるまで」、そして「私が診療を続けられなくなるほど心身が破壊されるときが来るまで」です。
これが分かった瞬間に「もう一度移転先を探し、そして絶対に見つけなければならない」と決意しました。そして、「老後の楽しみ」とか「引退後の第二の人生」といったものとは自分には縁がないことを自覚し、「私の診察を希望する人がいるのなら、体力、知力、認知力が続く限り診療を続ける」という決心がつきました。
過去のコラム「『偏差値40からの医学部再受験』は間違いだった」でも取り上げたシェークスピアの『As You Like It』に登場するセリフをもう一度紹介したいと思います。
All the world’s a stage, and all the men and women merely players. They have their exits and their entrances.(すべての世界は舞台だ。すべての男と女は単に役者を演じているだけだ。我々には初めから出口(退場)と入口(登場)が与えられているのだ)
日本語訳は私によるもので、韻も踏めていないし下手くそな和訳であることは承知していますが、それでも自分の言葉で訳したかったのは、このセリフが「人生の真実」を示していると考えているからです。この世界は誰にとっても”舞台”、そして我々一人一人はその舞台で演じる”役者”なのです。私に与えられた”役”は「体力が続き認知機能が保たれている限り、そして求める人がいる限り診療を続ける」なのです。
それを理解させてくれたのが、谷口医院の「閉院宣言」に反対し、怒り、涙を流し、休日に移転先の物件を探しに行ってくれたような患者さんたちなのです。
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|2023年7月30日 日曜日
2023年8月1日 亜鉛はコロナに効く!
過去の「流行りの病気」「ポストコロナ症候群に有効な治療薬はあるか」で、亜鉛は「もともと欠乏している人は重症化しやすい」という報告はあるものの、感染時に亜鉛を投与してもそれが新型コロナウイルス感染症(以下、単に「コロナ」)、あるいはコロナ後遺症の治療になるわけではない、という研究を紹介しました。
そのコラムで紹介したように、日本の「医療基盤・健康・影響研究所」はコロナの治療としての亜鉛の有効性を否定しています。そして、今もその考えを取り下げていません。
ところが、世界的には「コロナの治療として亜鉛は有効」という結論になりつつあります。2つのメタアナリシスを紹介しましょう。
1つ目は医学誌「European Journal of Medical Research」2022年5月23日号に掲載された「亜鉛補給と新型コロナウイルス感染症による死亡率:メタ分析(Zinc supplementation and COVID-19 mortality: a meta-analysis)」です。
1,398人の対象者を解析した結果、亜鉛補給によりコロナによる死亡リスクが43%低下するという結果が導かれました。
もう1つの研究は医学誌「Cureus」2023年6月10日号に掲載された「亜鉛補給は新型コロナウイルス感染症患者の死亡率低下と関連する: メタ分析(Zinc Supplementation Associated With a Decrease in Mortality in COVID-19 Patients: A Meta-Analysis)」です。
これまでに発表された亜鉛とコロナについての1,215本の論文が検索され、これらから質の高い5つの試験で死亡率を、2つの試験で症状の改善度を評価しました。結果、亜鉛補給によりコロナによる死亡リスクが37%低下していたことが分かりました。一方、症状自体の改善度には差がなかったようです。
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亜鉛補給がコロナの治療になるかの2つのメタアナリシスが実施され、双方とも「亜鉛に効果あり」という結果が出たわけです。なぜ日本の「医療基盤・健康・影響研究所」は黙ったままなのでしょうか。
亜鉛は費用も安いですから積極的に使えばいいと思いますが、問題は保険診療で血中亜鉛濃度が調べられないことです。以前も述べたように、「自分の亜鉛濃度は低いと思っていたのに調べてみると基準値よりも高かった」ということもしばしばあります。
コロナに感染したときに亜鉛を使うべきか否か。かかりつけ医と相談して決めるのがいいでしょう。
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|2023年7月24日 月曜日
2023年7月24日 更年期障害のホルモン補充療法はやはり認知症のリスクなのか
更年期障害の訴えがある女性全員に勧めているわけではありませんが、谷口医院でもやや重症の更年期障害の患者さんには一度はホルモン補充療法(HRT)の説明をし、そして実際、それなりの割合の人がこの治療法を開始します。
もちろん開始前にはホルモン補充療法の注意点について説明します。乳がんのリスク、血栓症のリスクは必ず伝え、その他その患者さんに応じて話をします。「認知症のリスク」については質問があれば説明しますが積極的には伝えていません。「認知症のリスクを下げる」する報告もあり決着がついていないからです。
今回、「ホルモン補充療法が認知症のリスクになる」という研究が発表されました。
医学誌「British Medical Journal」2023年6月28日号に掲載された論文「更年期障害のホルモン療法と認知症:全国規模の症例対照研究(Menopausal hormone therapy and dementia: nationwide, nested case-control study)」です。
研究の対象は、デンマークの医療データベースに登録されている2000年1月1日から2018年12月31日までの間に認知症を発症した女性5,589人です。対照群(認知症を発症しなかったグループ)として年齢を一致させた55,890人が選ばれています。
認知症を発症したグループでは1,782人(31.9%)がホルモン補充療法を受けていました。一方、対照群でホルモン補充療法を受けていたのは16,154人(28.9%)でした。ホルモン補充療法の治療開始の年齢中央値は53歳でした。
解析した結果、ホルモン補充療法を受けたことがない女性に比べて、ホルモン補充療法を実施していた女性では、認知症の発症リスクが24%高いことが分かりました。
期間でみると、ホルモン補充療法実施期間が1年以下の場合は認知症のリスクが21%、12年以上では74%上昇することが分かりました。つまり、治療期間が長いほどリスクが高いというわけです。
治療開始年齢でみれば、45~50歳で治療を開始した場合は26%、51~60歳では21%リスクが上昇していました。つまり、早く始めるほどリスクが上昇することになります。
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ホルモン補充療法が認知症のリスクになるとする研究については過去にも紹介したことがあります(下記)。その研究はフィンランドのものでやはり規模はそれなりに大きいものでしたから、今後ホルモン補充療法実施には認知症のリスクを念頭に置いた方がいいかもしれません。
例えば、血縁者に認知症の人がいるような場合は避けた方がいいかもしれません。
参考:医療ニュース
2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
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|2023年7月19日 水曜日
第239回(2023年7月) 「GLP-1ダイエット」は早くも第3世代に突入?!
相変わらず質問・相談の絶えない「GLP-1ダイエット」(正確には「GLP-1受容体作動薬によるダイエット」となると思いますが、ここでは簡略化された「GLP-1ダイエット」で通します)。少し前までは、初の内服である「リベルサス」に関する質問が多かったのですが、最近はその先を行く”第2世代”、さらには”第3世代”とも呼べる新しい製品に関心が集まってきています。
といっても第2世代の「マンジャロ」は、日本ではつい最近、(抗肥満薬ではなく)糖尿病の薬として発売されたばかりですし、第3世代の「Retatrutide」は、本稿執筆時点の2023年7月の時点で発売されている国は世界中のどこにもありません。我々医療者でも入手したばかりの情報を一般の人が仕入れて、さらに的確な質問をされることに驚かされます。今回はこれらの特徴をまとめて、今後日本で普及するかどうか、さらに問題点もまとめてみたいと思います。
まずはGLP-1ダイエットの歴史を振り替えてみましょう。
2010年6月 注射薬(1日1回注射)のリラグルチド(商品名「ビクトーザ」)が糖尿病に対して保険処方開始。その頃より、美容系クリニックがダイエット目的にリラグルチド(商品名「サクセンダ」)を輸入し販売開始。徐々に売上を伸ばす
2020年6月 注射薬(週に1回注射)のセマグルチド(商品名「オゼンピック」)が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。1日1回注射のサクセンダに代わりシェアを伸ばす
2021年2月 セマグルチドの内服薬「リベルサス」が糖尿病に対して保険処方開始。ほぼ同時に、美容系クリニックがダイエット目的として販売開始。注射型のオゼンピックに代わりシェアを伸ばす
2023年3月 セマグルチドが「ウゴービ」という名称でダイエット目的で保険薬として承認される。しかし2023年7月20日時点で「薬価収載」されておらず、処方できない状態が続いている
2023年4月 第2世代のGLP-1ダイエット薬(週に1回注射)とも呼べるチルゼパチド(商品名「マンジャロ」)が糖尿病に対して保険診療開始。
2023年6月 米国イーライリリー社が第3世代のGLP-1ダイエット薬とも呼べる「Retatrutide」について、米国サンディエゴで開催された米国糖尿病協会(ADA)で報告した
ここで、なぜGLP-1ダイエット薬を第2世代、第3世代と区別すべきかについて説明しておきます。実は、第2世代、第3世代という表現は正式なものではなく、私が勝手に命名しているにすぎません。しかし、患者さん(閉院・移転の関係で7月以降はメール対応のみ)に説明する上で、このような言い方をすると伝えやすいのです。
第1世代のGLP-1ダイエット薬は、有効成分が「GLP-1受容体作動薬のみ」です。ビクトーザもサクセンダもオゼンピックもリベルサスもこれに該当します。
第2世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬」です。「GIP」(Gastric inhibitory polypeptide)という言葉には聞き馴染みがないかもしれませんが、GLP-1受容体作動薬と同じように、血糖値を下げて肥満を解消する効果があると考えて差支えありません。
第3世代は「GLP-1受容体作動薬+GIP受容体作動薬+グルカゴン受容体作動薬」です。上述したようにGIPという用語はほとんどの人にとって馴染みがない言葉だと思いますが、グルカゴンは高校の生物に出てきますから聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。生物を選択していた人なら「インスリンの反対の作用」と覚えていると思います。
となると、疑問が出てきます。インスリンは血糖値を下げる働きがあるから、それが分泌されなくなったり効きが悪くなったりすれば治療としてインスリンを注射します。そしてこれが従来からおこなわれてきた糖尿病の治療法です。ならばインスリンと反対の方向のグルカゴンを作用させれば血糖値が上がってしまい、糖尿病を悪化させ、さらには肥満を増強しそうな感じがします。私自身も少し前まではそう思っていました。
ですが、実態はどうもそうではなく、グルカゴンはかなり複雑な働きをするようなのです。細かいメカニズムは解明しきれていないようなのですが、臨床試験の結果として、グルカゴン受容体を作用させれば、糖尿病の治療、さらにはダイエットにもつながることが分かってきたのです。ただし、この薬は現時点では学会で有効性が報告された段階であり、商品として市場に登場、さらに日本市場に現れるのはまだまだ先の話です。処方が開始されるにしても先に糖尿病薬としてであり、ダイエット目的の処方は見通しすらついていません。
ところで、谷口医院ではこれまでGLP-1ダイエットを希望する人に対して一切の処方をしていません。しかし「どうしても痩せたい」という人を止めることはできず、美容クリニックで(あるいは一般の内科系クリニックで)処方を受けている(というより購入している)人もいます。驚くべきことに、まったく肥満がないような若い女性にまで、しかも美容クリニックのみならず、一般の内科系クリニックやさらには糖尿病専門医までもがGL-1ダイエット薬を処方しているのが現状です。
では、GLP-1ダイエットに危険性はないのかと言えば「おおいにある」が答えです。まず、肥満がない人はこのような薬を使うべきではありません(と言ってもダイエットに取りつかれた人は何としてでも入手するのですが)。
次にある程度の肥満があった場合も副作用についてきちんと理解しておく必要があります。そもそもGLP-1ダイエットでやせるのは当たり前です。なぜなら食欲が激減するからです。実際、「食べる楽しみを失ったから(GLP-1ダイエットを)やめました」という人は後を絶ちません。
「GLP-1ダイエットのせいで食欲がなくなったから注射を(内服を)中止します」、にはそれほど大きな問題はありません。ですが、「GLP-1ダイエットのせいで命を失(いそうにな)った」は絶対に避けなければなりません。そして、実際、そのような報告が増えています。
EMA(European Medicines Agency、欧州医薬品庁)の安全委員会は、現在GLP-1受容体作動薬が原因の自殺念慮と自傷行為について検討しています。アイスランドではこれまでにGLP-1受容体作動薬が原因と思われる自殺念慮や自傷行為が約150件寄せられています。現時点では欧州の他国の状況や、EMAが今後どのような決定をするかについての情報はありませんが、注意深く経過をみていく必要があります。
翻って現在の日本。過去にも述べたように(下記コラム参照)、日本医師会の今村副会長が「(肥満に対しGLP-1ダイエット薬を処方するのは)医の倫理に反する」とまで記者会見で述べたのにもかかわらず、全国の美容外科医、一部の内科医、さらには一部の糖尿病専門医は肥満者のみならず、肥満がない人(特に若い女性)に処方しています。谷口医院が知る限り、「処方医から自殺念慮や自傷行為のリスクがあると聞いた」と答えた人はゼロです。
誤解のないように言っておくと、谷口医院はGLP-1ダイエットに反対しているわけではありません。むしろ、「ウゴービが保険適用になれば開始しましょうね」と話している患者さんも次第に増えてきています。
ですが、肥満のない人に対する処方は(つまり保険適用外の処方は)谷口医院ではおこなう予定はありません。そのような人たちに対してはこれまで通りオーソドックスなダイエット方法を伝えていきます。これで、けっこうな人たちが理想体重にもっていって健康を維持できているのです。
参考:
はやりの病気第223回(2022年3月)「GLP-1ダイエットが危険な理由」
はやりの病気第228回(2022年8月)「GLP-1ダイエットが危険な理由~その2~」
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|2023年7月9日 日曜日
2023年7月9日 子宮内膜症の原因は細菌感染か
女性のコモンディジーズである子宮内膜症(以下、単に「内膜症」)の原因が「細菌感染ではないか」というパラダイムシフトとも呼べそうな説が日本の学者から提唱されました。
なぜか日本のメディアではあまり見かけませんが、これはかなり大きなインパクトのあるニュースであり、世界の各メディアが取り上げました。例えば、Washington Postは「1000の研究で1つあるかないかのエキサイティングなものだ」と識者が絶賛したコメントを紹介しています。
ではこの画期的な研究を(メディア記事からではなく)論文から紹介しましょう。医学誌「Science Translational Medicine」2023年6月14日号に掲載された論文「フソバクテリウム感染は、子宮内膜線維芽細胞の表現型の変化を通して子宮内膜症の発症を促進する(Fusobacterium infection facilitates the development of endometriosis through the phenotypic transition of endometrial fibroblasts)」です。
研究の対象となったのは女性155人(内膜症の患者79人、健常者76人)で、膣内を綿棒でぬぐってどのような細菌が生息しているかが調べられました。結果、内膜症の患者の64パーセントが子宮内膜でフソバクテリウム属の細菌が陽性であり、対象者は10%未満でした。
さらにマウスでの実験が実施されました。フソバクテリウムをマウスに注射した後、子宮内膜症病変が増加することが分かったのです。さらにそのマウスに抗菌薬を投与すると、病変の数と体重が大幅に減少したのです。
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では、内膜症で悩んでいる患者さんには全例抗菌薬を投与しましょう、と単純に事が運ぶわけではありません。今回の研究は対象者数が充分とは言えませんし、抗菌薬には弊害もあるからです。
ここで基本事項をおさらいしておきましょう。
まず、内膜症とは簡単にいえば、子宮内膜の組織が卵巣や腹膜など他の組織で増殖し、症状としては腹痛が生じます。原因は現在も不明とされています。いくつかの説があるのですが決定的なものはありません。日本産婦人科医会のサイトによると、次の8つの説が紹介されています。
1)体腔上皮化生説
2)子宮内膜移植説
3)胎生組織遺残説
4)リンパ行性転移説
5)血行性転移説
6)医原性移植説
7)免疫学的異常説
8)幹細胞説
今回の研究は上記のいずれとも異なるまったく新しい説なのです。
次にメディアで取り上げられることはめったにないフソバクテリウムについて紹介しておきましょう。この細菌は通常は無害ですが、一部の株は重篤な感染症を引き起こす可能性があり、歯周炎や扁桃炎などの口腔疾患に関連しています。なぜ、口腔内にみられる細菌が子宮に生息しているのかは分かっていません。男性(女性)との性交渉でオーラルセックス(cunnilingus)を介して、という可能性はなくはないですが、性的接触の経験がない内膜症の患者さんもいます。
内膜症の治療は、最初に試みるのは低用量ピル(保険適用があります)ですが、当然のことながら妊娠を希望する場合はピルは使えませんし、副作用からピルが飲めない人もいます。最終的には手術しか選択肢がない、というケースもあります。
そんなときに、難治性となる内膜症が抗菌薬の投与で治癒するなら夢のような話です。勇み足になるようなことは避けなければなりませんが、今後の研究に注意したいと思います。
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|2023年7月8日 土曜日
2023年7月 閉院25日前に起こった”奇跡”
2023年1月のマンスリーレポート「「閉院」を決めました」で、太融寺町谷口医院がとれる選択肢は「閉院」以外にないことを発表しました。閉院後に私自身が何をするかはまったく決まっておらず、医師以外の仕事も選択肢に入れようと考えていました。たまたま閉院を決意した直後の1月中旬に、医療系ポータルサイトのm3.comから「閉院後何をしますか」というインタビューを受け、そのときは、刑務所で働く医師(矯正医官)、海外の日本大使館で働く医師(医務官)、留学生の多い大学で働く医師(学校医)なども考えていると答えました。その当時、最も現実的だったプランはタイ滞在です。私が主催するNPO法人GINAはタイのエイズ患者の支援をおこなっています。タイの田舎を拠点にボランティアをしながらのんびりと余生を過ごすことを考えていたのです。
そのインタビューを受けたのと同じ頃、私が大好きな西日本のある町で開業しているある医師が、私が医師をやめようとしていることを知って、「自分の診療所を引き継いでくれないか」と連絡をくれました。私が大好きなその町で働けるとは夢のようです。早速、閉院後すぐにでも見学に行かせてほしいと返事をしました。しかし、その医師とメールのやり取りをしているなかで、突然わきばらにボディブローを受けたような痛みを覚えました……。
その医師は「自分が引退してからも患者さんを見捨てられないから、(私に)来てほしい」と言うのです。その医師は特に深い意味を込めてそう言ったわけではなく、後継者を探している理由をそのまま述べただけだと思います。しかし、私にとってはこの言葉が鈍い”痛み”となり、その痛みは徐々に身体の奥の方に広がっていきました。
その理由は明らかです。1月4日、閉院を公表した日から、日々の診察は「6月で閉院します。申し訳ありません」と患者さんに謝罪し続ける日々となっていました。「困ります」と怒り出す人もいれば、泣き出す人もいました。平静を装おうとするのだけれど涙があふれだす人もいました。そして、私は恥じました。このような患者さんたちを見捨てて、自分の好きな町に行こうと考えたことを。
そして私は、「移転先を1年4ヶ月探して見つからなかったけど、もう一度探すしかない」と考えるようになりました。
2月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?」では、大阪市北区を離れて少し遠いところで物件を探すことにすると報告しました。しかし、北区で見つからなかったものがそう簡単に他の区で見つかるはずがありませんでした。
3月のマンスリーレポート「閉院でなく「移転」は可能か?~続編~」では、なかなかいい物件は出てこないものの、欠点を我慢すればできないわけではない物件が見つかってきたことを紹介しました。欠点とは、「かなり狭い」、「発熱外来ができない」、「薬局が近くになく、院内薬局をつくるスペースもない」、「水回りが不十分」、「トイレが小さすぎる」、「エレベータがない」などの悪条件です。この頃には、最悪の場合、ワンルームマンションを借りて、そこでオンライン診療だけをおこなうという選択肢も考えるようになっていました。
いつまでも理想を求めているだけでは何も産まれません。何かを妥協しなければ移転は実現しません。そこで何を犠牲にするかを考え始めました。「駅から遠い」は患者さんに理解してもらうしかありません。「狭い」も完全予約制にするなどして対処すればやっていけるかもしれません。「水回りがない」は診察できませんから、大幅な工事が必要になります。それを家主に認めてもらうよう交渉しなければなりません。
そういった妥協案を考えていた4月の中頃、当院を長年かかりつけ医にしているある不動産関係の社長さんが、「いいのが見つかりました」と言って物件を紹介してくれました。この物件はこれまで検討したなかで群を抜いて理想的です。というより、欠点がありません。太融寺町谷口医院からすぐ近く、駅からも徒歩1~2分、そして、ビルの1階をまるごと貸りることができます。ビル自体が新しく、バリアフリーで、充分な広さがありますから「発熱外来」も実施できます。
ところが、「やっと運が回ってきた!」と喜んだのも束の間、そのビルのオーナーが「谷口医院には貸さない」と言ってきたのです。なぜか。「(当院が)現在家主を訴えた裁判を起こしているから」だと言います。ある不動産関係者に聞いてみると「家主としてはそういうエピソードのある借主を嫌がる」そうです。ですが、いくつか見て回った物件の家主は「ボクシングジムを階上に入れられたなんてそんなに気の毒なことがあったのなら是非うちを借りてください」と言ってくれていました。同情してほしいとは思いませんが、当院が不当な理由で家主を訴えているわけではないことは理解してもらいたいものです。ですが、そんなことを言っても家主がNOと言うなら仕方がありません。
移転先探しは再び暗礁に乗り上げました。
ゴールデンウィークに入る直前、ある医療モールと契約できそうな状況になってきました。今年の秋ごろに新たにできる医療モールで、まだ入居するクリニックは決まっていないと言います。以前、入居希望した医療モールは、モール自体は歓迎してくれましたが、そのモールに入っている医療機関から反対されて話は流れました。今度の話は、入居先はまだどこも決まっていないわけですから谷口医院が一番乗りになり、他院から反対されることはありません。
この新築の医療モールに入居することをかなり真剣に考え始めた頃、ゴールデンウィークに突入しました。連休中、私はあらゆる伝手を頼って医療モールに関する情報収集に努めました。その結果分かったのは「医療モールにはトラブルが多い」ことでした。「患者の取り合い」のような事態になりやすいというのです。
谷口医院自体は開院当初の2007年から「他で診てもらえなかった人、ようこそ」というポリシーを通しています。昔も今も「診てもらえるところがあるならそちらにどうぞ」という方針です。他に受診できるところがあるならそちらに行かれればいいわけです。そもそも世間には「きちんと診てもらえるところがない」と嘆いている患者さんがものすごくたくさんいて、需要が供給よりも圧倒的に多いのです。「開業医は余っている」という声があるのは私も知っていますが、それは「開業医にとって都合のいい患者が少ない」を示しているに過ぎません。
私としては「患者をとった・とられた」などというややこしい話に巻き込まれたくありませんし、そういう話が直接耳に入らなかったとしても、そういうことを考える医師と同じ医療モールで診察をしたくありません。そんな医者がどれくらいいるのか知りませんが、当院は実際にそういう医者から入居を反対された経験があるわけですから今後も出てこないとは限りません。
しかし、連休も終わり6月末の閉院まで残りの時間がなくなっていく状況下で、依然この新しい医療モールが第一候補のままです。
そんなとき、長年当院をかかりつけにしている不動産会社を経営するある患者さん(上述の社長さんとはまた別の患者さん)が、魅力的な物件があるという話を持ってきてくれました。ビルのオーナーが変わったばかりで、薬局と診療所に同時に貸すことも検討しているとのこと。
私はこの話に飛びつきました。非常に幸運なことに当院の治療方針に共感してくれる薬局が1階に入ることになりました。谷口医院は2階から5階を使います。このビルを借りる契約が成立したのは2023年6月5日。閉院まで残りわずか25日の時点でした。
以上が新しい谷口医院が生まれるまでの軌跡です。
新しい谷口医院では8月14日から診察を再開します。
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|2023年6月26日 月曜日
2023年6月25日 母親の認知症、母親の円形脱毛症は子供に遺伝しやすい
アルツハイマー病が遺伝するのは間違いありませんが、それは父親ではなく母親からだ、という研究結果が発表されました。医学誌「Psychiatry and Clinical Neurosciences」2023年5月10日号に掲載された「親の認知症歴と認知症のリスク: 世界共同研究の横断分析(Parental history of dementia and the risk of dementia: A cross-sectional analysis of a global collaborative study)」にまとめられています。
研究に用いられたのは、8ヵ国のデータベースに登録された高齢者合計17,194人のデータです。父親および母親の認知症歴と子供の認知症、どのような認知症かなどが分析されました。結果、次のことが分かりました。
・母親が認知症があれば子供の認知症の発症リスクは上昇するが、父親では認められなかった
・母親に認知症があれば子供が認知症を発症するリスクは1.51倍、母親がアルツハイマー病であれば子供の認知症のリスクは1.80倍
・子供の性別でも差があった。子供が男性の場合、リスクは2.14倍に上昇するが、女性の場合は1.68倍にとどまる
もうひとつ、こちらは認知症以上に衝撃的な研究を紹介しましょう。
円形脱毛症のエピソードがある母親から生まれた子供は、自己免疫疾患、アレルギー疾患、甲状腺疾患、精神疾患を発症するリスクが有意に高い、というものです。
医学誌「JAMA Dermatology」2023年5月24日号に掲載された論文「円形脱毛症の母親から生まれた子供の自己免疫疾患、アトピー性皮膚炎、甲状腺疾患、精神疾患(Autoimmune, Inflammatory, Atopic, Thyroid, and Psychiatric Outcomes of Offspring Born to Mothers With Alopecia Areata)」で紹介されています。
研究に用いられたのは韓国のデータベースです。円形脱毛症で医療機関を3回以上受診した母親46,352陣と、その母親から2003年から2015年に生まれた子供67,364人が分析されています。
結果、母親に円形脱毛症があれば、子供に次の疾患のリスクが上昇することが分かりました。
・自己免疫疾患:2.08倍
・全頭型脱毛:1.57倍
・アトピー性皮膚炎:1.13倍
・アレルギー性鼻炎:1.04倍
・気管支喘息:1.03倍
・甲状腺機能低下症:1.14倍
・ADHD:1.16倍
・気分障害(うつ病など):1.13倍
・不安障害:1.14倍
当然といえば当然なのかもしれませんが、母親の円形脱毛症の程度が強ければ遺伝リスクも上昇するようです。母親に重症の全頭型脱毛症または汎発性脱毛症があった場合は次のようにリスクが上昇します。
・全頭型脱毛:2.98倍
・ADHD:1.26倍
・気分障害:1.23倍
・不安障害:1.24倍
さらに興味深いのは母親の年齢が関連していることです。分娩時の年齢が35歳未満の母親に比べ、35歳以上の母親が出産した場合、円形脱毛症、アレルギー疾患、精神疾患のリスクが上昇します。
また、生まれてくる子供の性別によっても変わります。男児と比べて女児は円形脱毛、白斑症、精神疾患のリスクが上昇していました。
************
認知症に遺伝性があるのは以前からよく知られており、ApoE遺伝子は簡単に調べることができます。ただし、知ってしまえば後には引けませんから安易な気持ちでは調べない方がいいでしょう。
円形脱毛症については、遺伝性があるという説は過去にもありましたが、それは円形脱毛に対する遺伝であり、他の疾患についても遺伝性があることをこれほど明らかにした報告はなかったと思います。
最近は疾患のみならず性格やキャラクターも環境ではなく生得的なものであるという考えが主流になってきており、それを示唆するエビデンスも増えてきています。これは「やればできる」「教育が人をつくる」「生活習慣のみなおしで病気を防げる」など従来言われてきた言わばリベラルな主張を覆すことになり興味深いと言えます。
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|2023年6月22日 木曜日
第238回(2023年6月) コロナ後遺症予防にパキロビッドかゾコーバを
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)がすっかり軽症化し、重症化リスクのある人を除けば取るに足らない感染症に成り下がりました。国民のほとんどがあれほど渇望していたワクチンも、今や希望者は激減し、2021年の「ワクチンをうてる場所がなくて……」という悲痛な叫びがもはや幻のように感じられます。
ではコロナはすでにインフルエンザと同じ程度の、あるいはインフルエンザよりも軽い風邪と考えていいのでしょうか。残念ながらそういうわけではありません。「後遺症」があるからです。
ここでよくある誤解について述べておきます。風邪症状が生じてその後後遺症が残るのはコロナ特有の現象と考えている人がそうではありません。生活ができなくなるほどの後遺症が生じる感染症にQ熱、ライム病などがあります。たしかにこれらは稀な感染症ではありますが、インフルエンザやマイコプラズマといったよくある感染症でも後遺症が残ることはしばしばあります。これらに感染した後に咳が1ヵ月続いた、というケースはいくらでもありますし、「倦怠感(だるさ)が取れない」「頭痛をよく起こすようになった」という訴えもまあまああります。
ただし、「半年以上に渡り味覚障害が続いている」といったケースは、私はコロナ以外では知りません。PEM(運動後倦怠感)という現象も、感染症ではなく慢性疲労症候群(ME/CFS)でならよくありますが、感染症後のPEMは、ほとんど私は経験したことがありません。なお、PEM/慢性疲労症候群については過去のコラム「誤解だらけの慢性疲労症候群(ME/CFS)」を参照ください。
他にも、脱毛、性機能障害(コロナ感染後性欲がなくなる、あるいはED(勃起障害)が起こる)、突然動悸が始まるようになった、という後遺症はコロナ以外ではほとんど聞きません。ということは、他の感染症後の後遺症とは異なる、コロナ特有の後遺症があるということになります。
すでに本サイトで公表しているように、当院では2023年5月末からコロナ後遺症の点数化を試みています。12の項目の合計点が12点以上あれば、「コロナ急性期後の後遺症(postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection」、通称「PASC」の診断がつけられます。そして、PASCの診断がついた事例だけを正式な「コロナ後遺症」とすべきだ、とする意見が世界では増えてきています。
診断基準を点数化するという試みは、我々医療者にとってはありがたいものです。診断が簡単になるからです。特にコロナ後遺症の場合は、診断書や傷病手当を書くべきか否か、という社会的問題が伴いますから、こういった書類を作成するときにはありがたいツールとなります。
ですが、患者さん側からみたときは、症状が点数化されてもそれが治療につながるわけではなく、また自身では重症だと思っていたのに点数が11点しかなくて、そのせいで給付金がもらえなかった、という事態が生じるかもしれません。よって、診断基準の点数化は患者さんにとっては利点があるとは限りません。それに、これら12の診断基準はどれもが「(検査などで)確かめようがないもの」ですから、簡単に”嘘”を言うことができます。ですから、あらかじめこの基準を知っていれば医師の前で嘘をつくことによっていくらでも点数を上げることができるのです。
このように診断基準の点数化は問題が多数あるのですが、患者側からみて最重要は「治してほしい」ということです。ところが、コロナ後遺症の治療は本当に難しいのです。もちろん、当院で治った人も多数いるのですが、そのなかの何割かは薬が効いたのか自然に治ったのかの区別がつきません。漢方薬もよく使いますが、他の疾患に比べて漢方薬のキレがよくないというか、やはり効果があるのか自然に治ったのかがよく分からないのです。
「ワクチン」が治療になることはあります。実際、苦しい後遺症に苛まれていたけれど、ワクチンをうったとたんに(本当に”とたんに”)よくなる人もいるのです。しかし、その一方で、ワクチン接種で余計に悪くなる人もいるので、安易には勧められない方法です。英国のデータによると、ワクチン接種で後遺症が改善した人は56.7%に上りますが、18.7%の人たちは逆に悪化しています。
日本の論文もあります。後遺症を抱える患者の20.3%はワクチン接種2週間から6か月後に症状の改善を認めたものの、54.4%はワクチン接種後も症状の変化がありませんでした。この結果から著者らは「ワクチンは症状の変化に関係がない」と結論づけています。
どうやら「後遺症を発症すればコロナワクチンで治す」という方法には期待しない方がよさそうです。ただし、コロナワクチンは「後遺症のリスクを下げる」効果はありそうです。この日本の論文では、ワクチンを2回接種すると、未接種者に比べて後遺症発症リスクを36%、1回接種者に比べて40%下げることが分かりました。仏人を対象とした研究でもワクチン接種が後遺症のリスクを下げるという結果が出ています。医学誌「BMJ」2023年3月1日号の論文「コロナワクチン接種により重症及び後遺症が軽減されると研究で判明(Covid-19: Vaccination reduces severity and duration of long covid, study finds)」によると、ワクチン接種者は未接種者に比べて後遺症がすべて消失した人は2倍にもなります。
こうしてみると「後遺症を防ぎたければワクチン接種」となります。ですが、感染後の後遺症ではなく、ワクチンの後遺症に悩まされている人が少なくないのもまた事実です。そして、冒頭で述べたように、現在コロナワクチンをうたないという選択をする人がどんどん増えてきています。
しかし、後遺症にはいまや効果的な「予防薬」があります。パキロビッド、ゾコーバ、ラゲブリオといった抗コロナ薬です。本来、抗コロナ薬は感染が判った直後に内服することによって「重症化リスクを下げ」、「有症状期間を短くする」効果が期待できます。それらに加えて、後遺症のリスクを下げる効果も期待できるのです。
私の実感としては、パキロビッドは確実に後遺症のリスクを下げてくれます。論文では26%下げるとされていて、この数字は小さいように思えますが、谷口医院の経験でいえば「パキロビッドを服用して後遺症の生じた事例はゼロ」です。
ラゲブリオは重症化リスクを下げるかどうかは疑わしく、欧州では「ラゲブリオを使用すべきでない」と勧告されています。しかし、後遺症のリスクを軽減させるのは確実らしく、ある論文によると、ラゲブリオは感染後180日日後の絶対リスクを2.97%低下させます。2.97%という数字が小さすぎる気がしますが……。また、塩野義製薬によると、ゾコーバは後遺症のリスクを45%も低下させるそうです。ただし査読済の論文が発表されていませんからエビデンスがあるとは言えませんが。
では、なぜ抗コロナ薬が後遺症にも有効なのでしょうか。一部の患者は「長期間ウイルスが体内に残っているから」という説が最近注目されています。発症してから230日後に、脳全体を含む複数の部位でウイルスのRNAが検出されたという報告があります。また、海外メディアによると、英国では患者の体内からウイルスが発症505日目に検出されたという報告もあります。
通常、身体の隅々までウイルスの有無を検査することはできませんから(生きている状態で脳にウイルスがいるかどうかを調べることはできない)充分に調べられていないだけで、実際には後遺症で苦しんでいる人のいくらかはウイルスが残っているのかもしれません。現在のルールでは抗コロナ薬を使用するのは発症直後に限られていますが、後遺症で苦しんでいるケース(例えば前述の診断基準で12点以上のケース)では使用を認めるべきなのかもしれません。
現時点で後遺症発症予防に対してできることはワクチンと発症直後の抗コロナ薬です。後遺症のリスクが高い人(谷口医院では「精神状態が脆弱な中年女性」が後遺症の最たるリスク)は積極的に考えた方がいいかもしれません。
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|2023年6月11日 日曜日
2023年6月 医師は”幸せ”になれない
過去2回にわたり「幸せ」について論じてきました。太融寺町谷口医院は土壇場で新天地で新たな「谷口医院」に生まれ変わることが決まりましたが、太融寺町を離れるわけですから「太融寺町谷口医院」は6月30日をもって「閉院」となります。ということは、太融寺町谷口医院からお届けするマンスリーレポートは今回が「最終回」ということになります。その最終回は「幸せ」のとりあえずの完結編とします。その完結編では「医師は幸せか」を取り上げてみたいと思います。
過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」の結語として、私は次のように述べました。
「私にとって「幸せ」とは何か。いまのところ自分ではまったく分かっていないようです…」
他方、私が発行するメルマガで、次のように述べたことがあります。
「医師としての仕事が好きならばこれほど幸せな人生はない。なにしろ贅沢なものにお金を使おうという気にすらならないのだから……」
このコメントは「医師は儲かるか」という読者からの質問に私が答えたものです。医師は比較的高収入だが、お金を使うことよりも仕事に没頭できるので医師は幸せだ、としたのです。
では医師の仕事はそんなに幸せ、つまり楽しくて仕方がないのでしょうか。
結論から言えば「楽しくて仕方がない」などということはまったくありません。はっきり言うとその正反対です。この仕事はそれなりの”覚悟”がないと初めからやらない方がいいと断言できます。つまり、将来のビジョンを考えるときに安易に医学部を選択すべきでないのです。
医師になるということは、患者の苦しみを聞き続ける、ということに他なりません。その苦しみというのは、ときに家族や友達にも言えないことです。医師ならば理解してくれるだろう、と期待するからこそ患者は本音を語るのです。
その本音の苦しみを聞いた医師はそれを受け止めなければなりません。突然のがんの宣告、交通事故に巻き込まれ脊髄損傷、軽い気持ちで受診したのに難病を告知された、といったことが医療機関では日常茶飯事です。患者さんの側からみればその病気や怪我で人生が大きく変わってしまうわけです。なかにはその病気や怪我を受け止められない人もいます。
過重労働や仕事のストレスがある患者さんに対して、私は医師として「オン・オフを切り替えましょう」と助言することがあります。ですが、医師の仕事をしている限り、オン・オフの切り替えなどできません。患者さんの苦しみを忘れることはできないわけです。
医学部の学生の頃、先生たちから何度か「患者の立場になれ」と言われたことがあります。けれども、そんなこと言われなくたって、患者さんから話を聞けばその辛さや悲しみは自然に伝わってきます。
医師になってしばらくして私が自分自身に誓ったことは「患者さんを不幸だと思ったり憐れんだりしてはいけない」ということです。このような考えをもってしまうと、上から目線になってしまうからです。患者さんの多くは、病気を宣告されたときは動転したとしても、やがて現実を受け入れていきます。この姿には、私は患者さんに敬意を抱くことがしばしばあります。客観的には不幸にみえたとしても患者さんがそれを受け入れている以上、我々治療者がその境遇を憐れむのは失礼です。
一方、患者さんがその疾患と現実を受け入れられないこともしばしばあります。例えば、がんやHIVを告知されたとき、それが晴天の霹靂であったような場合なら、ほとんどの人はすぐには受け入れられません。「どうして自分(だけ)が……」という気持ちになるのです。このようなときも、我々医療者は患者を憐れんではいけません。私は医師と患者は”完全に”対等であるべきだとは思っていませんが、医師が患者を不幸だと思ったり、憐れんだりする資格はないのです。
しかしながら、患者が病気自体を受け入れたとしても苦しみや悲しみが消えるわけではありません。いえ、実際苦しいのです。悲しくて辛いのです。その苦しさは完全には理解できないのだとしても、医師は可能な限り理解すべきだと私は思っています。
四六時中考え続けるわけにはいきませんが、忘れることはできません。私は医師になってから患者さんの夢を見ない日はほとんどないと言っていいかもしれません。広範囲の熱傷、転落事故、関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、HIV感染、脊髄損傷、多発性硬化症、悪性リンパ腫、抗NMDA受容体抗体脳炎……、こうして目を閉じると、これらの患者さんの顔が次々と脳裏をよぎります。
階上ボクシングジムの振動のせいでいつ針刺し事故が起こるかもしれない状況となりました。この状態で診療をを続けるわけにはいかず「閉院」を決めました。もちろん、それまでにさんざん移転先を探したのですが、主に「コロナを診る医療機関はお断り」という理由で入居できるビルが見つかりませんでした。
ならば何もかも終わらせるしかない。そう考えて私はいったんは閉院を決め、そして海外に出る計画を立てました。様々な国が候補に挙がりましたが、最終的にはタイに居住する計画を立て始めました。タイの田舎に住んで、タイ全土のエイズ施設や障がい者の施設でボランティアをするつもりでいました。「閉院」を正式に発表したのが1月4日。以降しばらくは毎日患者さんに「すみません。閉院します」と頭を下げる日々でした。
ところが、「それは困ります」という声があまりにも多く、診察室で泣き出す人が後を絶ちませんでした。私からみれば「2年間移転先を探し続けたけどなかったんだから理解してください」という気持ちでしたが、「もう一度探してください」という声が多く、なかには休日に街を歩いて空き物件を探しに行ってくれた人もいました。不動産会社で働いている人や不動産業を営んでいる患者さんたちは、自社で扱っている物件を持ってきてくれました。
私が幸運だったのは、新型コロナウイルスの勢いが衰え、不動産業界がコロナを診る医療機関を門前払いしなくなってきたことでした。そして、最終的には、不動産会社の社長を務める患者さんが探してきてくれた物件で新しいクリニックをオープンできることが決まったのです。こんな私は幸せか不幸せか。当然”幸せ”です。
では医師は「幸せ」か。患者の苦しみや悲しみ、あるいは患者の家族やパートナーの苦しさも共有するのが医師です。24時間そういった苦しさを噛みしめているわけではないにせよ、その苦しみを完全に忘れることなどできるはずがありません。そして、その苦しみは患者を診れば診るほど積み重なっていくわけです。
医師になって確信したことがあります。生きるとは楽しいことよりも辛いことの方がはるかにたくさんあるということです。そして、人々が感じる楽しさではなく苦しさを共有していくのが医師の使命なのです。こんな宿命を背負っている医師という職業、あなたには幸せにうつりますか。それとも不幸せに見えるでしょうか……。
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|2023年6月4日 日曜日
2023年6月4日 治る糖尿病は1%だけ?
糖尿病の治療を受けている患者の約1%だけが薬が不要になる……。
これは医学誌「Diabetes Obesity and Metabolism」2023年5月8日号に掲載された論文「日本における2型糖尿病の寛解と再発の発生率と予測因子: 全国患者登録の分析 (JDDM73)(Incidence and predictors of remission and relapse of type 2 diabetes mellitus in Japan: Analysis of a nationwide patient registry (JDDM73))」の結論です。
この研究の対象者はタイトルから分かるとおり日本人です。「糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)」という研究会が保有するデータベースが分析されています。研究の対象者は18歳以上の日本人48,320人で、この研究での糖尿病の定義は「HbA1cが6.5%以上、および(または)糖尿病の薬が処方されている」です。
「寛解」というのはおおまかには「治ること」と考えていいのですが、この研究での定義は「糖尿病の薬を中止して3カ月以上HbA1cが6.5%未満を維持している状態」とされています。
解析の結果、中央値5.3年の追跡期間中に3,677例が寛解に至り、年間1000人あたりの寛解率は10.5(およそ100人に1人)でした。
寛解に至りやすい特徴としては「治療期間が短い」「調査開始時のHbA1cが低い」「調査開始時のBMIが高い」「1年でBMIが大きく低下している」「調査開始時に糖尿病の薬を飲んでいない」でした。
ただし、寛解した3,677人のうち2,490人(67.7%)が1年以内に再発(HbA1c値の再上昇)していました。
************
この研究は、日本の糖尿病関連サイトでも報告されています。
この日本語の報告では、「糖尿病は意外にも治る人がいる」というような紹介をされています。
しかし谷口医院の経験でいえば、糖尿病が「治る」のは1%程度ではありません。1割までは届かないと思いますが、少なく見積もっても5%程度(20人に1人程度)の患者さんは薬を中止できます。残念ながら再発する人がいるのは事実ですが、この研究のように7割近くなどということはありません。せいぜい2~3割程度です(さらに長期間観察すれば上昇するかもしれませんが)。
そもそも他院から谷口医院に移ってきた時点では、「これまで食事にも運動にも気を使っていなかった」という人が大半です。そういう人には、まず薬を止めたい意思があることを確認し、生活習慣を改善させればそれが可能であることを説明します。
糖尿病で重要なことのひとつは「薬を使うかどうか別にして、治療開始を遅らせない」ことです。糖尿病はいったん発症して長期化すると、血管がボロボロになり、物理的に傷んだ血管はもはや修復不能になります。
そうなる前に生活習慣を改め必要最低限の薬を使えばいいのです。
「糖尿病は治らない」なんて考え、もはや古すぎます。
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