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2014年4月21日 月曜日

第128回 混乱する高血圧の基準 2014/4/21

 2014年4月1日、日本高血圧学会は5年ぶりに高血圧のガイドラインを改定し「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」という名称で発表しました。改定のポイントはいくつかあるのですが、血圧を下げる努力目標である降圧目標の「若年・中年者高血圧」が130/85mmHgから140/90mmHgとされたことは注目に値するでしょう。

 今月になってから「血圧の基準、変わったんですよね」と言って受診される患者さんが増えています。

 最近はマスコミやインターネットから病気の情報を積極的に入手する人が増えてきておりこれは好ましいことであります。学会が発表するガイドラインというのは大変複雑であり簡単には理解しづらいのですが、それでも情報入手に努めるのは大変立派なことだと思います。

 しかし、です。「血圧の基準、変わったんですよね」と言う患者さんの何人かとはどうも話が噛み合いません。しばらく話すと分かるのですが、こういう患者さんは日本高血圧学会が発表したガイドラインの改定ではなく、日本人間ドック学会が発表した「健康人の基準」について話しているのです。

 2014年4月4日、日本人間ドック学会は、人間ドックを受診した約150万人を分析し、年齢差や男女差を踏まえた「健康な人」の検査値を発表しました。改めて2014年4月のマスコミの報道を調べてみると、一般紙では日本高血圧学会のガイドライン改定について触れている記事はわずかで、一方で日本人間ドック学会の発表を大きく報じていることが分かりました。

 マスコミはおもしろおかしい記事を書くのが使命なのでしょうから、意外な発表、もっといえば奇をてらったような発表を積極的に取り上げます。日本人間ドック学会の発表は特にうがった見方をしなくても、「これまで異常とされてきた血圧やコレステロールの数字、本当は問題ないんですよ。だからそこのあなたも必要のない薬を飲まされているかもしれませんよ」、と素直に読めば感じてしまいます。

 実際、先に紹介した例のように、診察室でこのことを話される患者さんもいるわけです。そして、この患者さんが「血圧の基準、変わったんですよね」の言葉の次に言いたいことは、「だから薬やめてもいいですよね」ということなのです。

 もちろん、これまで飲んでいた血圧の薬は必要だから飲んでいたわけで、その必要性が突然なくなるわけではありません。しかしこの説明には少々の苦労を要します。なにしろ、マスコミは「血圧の正常値が変わった」という誤解を与えるような表現をとりますから、患者さんの立場からすれば「じゃあ飲まなくていいんだ」と解釈してしまうのは無理もありません。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)のようなプライマリ・ケア(総合診療)のクリニックでさえ、このような質問が急増しているのですから、生活習慣病専門のクリニックなどは連日パニックになっているのではないでしょうか。ここでは述べませんが、日本人間ドック学会の発表は、血圧だけでなく中性脂肪やコレステロールの基準についても「健康な人」の基準値について言及しており、これが各学会の発表しているガイドラインと異なるために混乱を招いています。

 混乱が生じているのは医療機関だけではないようです。おそらく日本高血圧学会に対しても質問が相次いだのでしょう。2014年4月14日、日本高血圧学会は「人間ドック学会と健康保険組合連合会による小委員会の新しい「正常」の基準値に関する報道を受けて、高血圧学会から国民の皆様へのお願い」というタイトルの声明(注1)を発表しました。内容を簡単にまとめると、健康診断(人間ドック)での基準と介入が必要な心血管疾患のリスクとなる高血圧や正常血圧の基準は異なるために必要な人は医師の診察が必要、となりますが、これではわかりにくいでしょう。

 そこで私なりにまとめなおしてみたいと思います。人間ドック学会が発表したのは、自覚症状がなく過去に大きな病気をしたこともなく、高血圧が進行したときにおこる動脈硬化もない人、つまりまったく健康な人だけを集めて血圧のデータを集めてみると、「健康な人」の血圧の上限は147/94mmHgであった、ということです。しかし、実際にはここまで上がらなくてももっと低い血圧で動脈硬化をきたし、心筋梗塞や脳梗塞を起こす人がいるのも事実です。つまり、人間ドック学会に所属する医師が診ているのは健康な人が大半であり、高血圧学会に所属する医師が診ているのはすでに動脈硬化がある人が多いわけです。大雑把にいってしまえば、そもそも人間ドック学会と高血圧学会で比較する対象が異なっているというわけです。

 まだあります。そもそも人間ドックを受ける人というのは、お金持ちか、一流企業に勤めていて会社が全額(もしくは一部)を負担してくれるような恵まれた人に限られます。そのような人たちの多くは健康に関心があり、日頃から体重コントロールにつとめ、定期的な運動をおこないバランスの良い食生活をしていることが多いのです。きちんとしたデータはみたことがありませんが、人間ドックを受ける人と受けない人で喫煙率に大きな差があるのではないかと私はみています。つまり、人間ドックを受けるような健康に関心が高い人は、遺伝的な要因で少々血圧が高かったとしても、体重を維持し、禁煙、運動、バランスのいい食事摂取ができているために、動脈硬化や他の心血管のリスクが帳消しになっている可能性が強いというわけです。

 ではどう考えればいいのかというと、日頃から市民健診や会社の定期健診を受けて「まったく問題ない」と言われているような人であればあまり気にする必要はありませんが、すでに治療を受けている人や、定期的な経過観察が必要と医師から言われている人は、人間ドック学会の発表ではなく主治医の意見を聞くべき、というわけで、高血圧学会の発表に従うべきなのです。

 しかし、です。一般人の立場からみると、高血圧学会、というよりも日本の医療界全体に対する不信感のようなものがぬぐえないのではないでしょうか。ノバルティス社の「ディオバン問題」は大変物議を醸しましたが、これに続いて日本最大手の製薬会社である武田薬品も「ブロプレス」という血圧の薬で広告に虚偽があることが発覚しました(注2)。日本最大手の製薬会社が不正行為をしていたとなると、庶民からすると何を信じていいか分かりません。この広告が不正であることに気付いたのは京都大学のある医師ですが、大半の医師はメーカーの広告にだまされていたわけです。しかし、私は製薬会社を責めるつもりはありません。広告が誇大であることを見抜けずに処方をおこなっていた医師にも責任はあるからです。

 ノバルティス社のディオバンも武田薬品のブロプレスも「アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬」(以下「ARB」)というグループに入ります。では、ARBが信頼できないものかと問われれば決してそういうわけではありません。高血圧の治療には必要な薬剤であり、谷口医院でも(これらとは異なる製品ですが)ARBを処方している患者さんは少なくありません。

 しかしARBを高血圧の第一選択薬にすることは谷口医院ではあまり多くはありません。カルシウム拮抗薬の方が効く印象があるからです。発表されたばかりの「高血圧治療ガイドライン(GL)2014(JSH2014)」によりますと、高血圧の第一選択薬は、ARB、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬の4つとなっています。このなかでACE阻害薬はARBと似たような薬でいい薬ですがやはり効きやすさではカルシウム拮抗薬に分があります。利尿薬は心不全の合併などがあると最初に使いたい薬で値段も安いのですが、薬疹がけっこうな割合で起こることもあり第一選択薬にすることは谷口医院では多くありません。

 このように書くと、私はカルシウム拮抗薬を手放しに信じているように思われるかもしれませんが決してそういうわけではありません。薬の使用には、肝臓や腎臓の機能が低下している場合や他の薬を飲んでいる場合には充分な注意が必要ですし、副作用についても軽視してはいけません。様々な要素を考慮してその人にあった薬を総合的に決めていく必要があります。ガイドラインというのはあくまでもガイドラインであって、それに盲目的に従うわけにはいかないのです。今回の改定ではβブロッカーと呼ばれる降圧剤は第一選択薬からはずれていますが、場合によってはβブロッカー中心で血圧を下げることもあります。

 高血圧を含む生活習慣病でコラムを書くと毎回同じような結論になってしまい面白みにかけますが、大切なのは「定期的な健診と生活習慣の改善」(注3)です。そして、健康のことならどんなことでも相談できる主治医を持つことです。最近血圧が上がり気味だという人は一度主治医に相談してみてください。

注1:この声明は下記のURLで読むことができます。
http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf

注2:詳細は下記メディカル・エッセイを参照ください。
メディカル・エッセイ第135回(2014年4月)「製薬会社のミッションとは」

注3:定期的な検診と生活習慣の改善については下記コラムを参照ください。コラムの中の「3つのENJOY、3つのSTOP、4つのデータに注意して」というところがポイントです。
メディカル・エッセイ第129回「危険な「座りっぱなし」」

参考:はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年4月21日 月曜日

135 製薬会社のミッションとは 2014/4/21

 高血圧の薬「ディオバン」に関する研究に不正があり、いくつかの論文が取り下げられ関係者が職を辞したという事件が昨年(2013年)にありました。世界で最も権威のある医学誌のひとつである『ランセット』にも論文が載せられたものの、そのデータに問題(捏造と言ってもいいでしょう)があり、これまで築き上げられてきたディオバンに対する、そして製造元のノバルティス社に対する信頼が一気に崩壊しました。

 このような不正行為は極めて特殊なものでノバルティス社以外にはありえないだろう・・・、そう思いたいのが社会の感情だと思いますが、残念ながら今度は日本最大の製薬会社である武田薬品で問題が発覚しました。

 医学誌『Hypertension』2014年2月25日(オンライン版)(注1)に、京都大学病院循環器内科の由井芳樹医師が武田薬品の降圧剤「ブロプレス」に対する疑問点を指摘した論文が掲載されました。

 由井医師は、降圧剤を比較した日本の大規模研究「CASE-J」について言及しています。「CASE-J」の結果に基づいて作成したとされている「ブロプレス」のパンフレットにはあるグラフが載せられています。そのグラフでは、従来からよく使われている「アムロジピン」という降圧剤と「ブロプレス」が比較されています。投薬を開始しだして最初の頃は効果が高いのはアムロジピンですが、36ヶ月からブロプレスの方が効果が高くなり、降圧効果を示した曲線が逆転します。この逆転のポイントが、パンフレット上では「初めて明らかになったゴールデンクロス」と謳われているのです。

 しかしこのグラフは”くせ者”です。由井医師によりますと、2008年に発表された論文(しかもこの論文は由井氏が今回投稿した『Hypertension』に掲載されたものです)にも「CASE-J」の調査結果が載せられているのですが、そこにはこの「ゴールデンクロス」がないそうなのです! 『Hypertension』の側からすると、今回の由井医師の論文を掲載するということは2008年の自誌の論文を否定することにつながるわけです。にもかかわらず掲載したということは由井医師の主張が全面的に正しいことを認めた、ということになります。

 この由井医師の主張を聞いて、長年感じていたもやもやした感覚がふっと消えた感じがしたのは私だけではないと思います。というのは、実際に患者さんに使ってみてより高い効果を実感できるのはアムロジピンを初めとするカルシウム拮抗薬だからです。ブロプレスなどのアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下「ARB」)も確かに大変有用な降圧剤であることは間違いありません。しかし、降圧効果はカルシウム拮抗薬に比べるとやや弱いような印象があります。ブロプレスに掲載されたグラフが(今となっては)憎らしいのは、36ヶ月を待てばアムロジピンよりも効果が高くなるんだ、と思わされてしまうこと、そしてそれに輪をかけるように「ゴールデンクロス」などというキャッチーなコピーがつけられ、このクロスポイントが強く印象づけられてしまうことです。

 ちなみに武田薬品には「タケダイズム」と呼ばれる社の基本精神があるそうです。そしてその精神のコアとなるのが「誠実」だそうです・・・。

 武田薬品のブロプレスについてはまだ日が浅いこともあり、ノバルティスのディオバンほどは大きな問題に進展していないようです。一方、ノバルティス社は今も大変なようで、「お前らが長らくだましていたせいで患者さんに迷惑をかけたじゃないか!」とMR(製薬会社の営業)に怒りをぶちまける若い医師もいるそうです。

 しかし私は、これは違うと思います。たしかにノバルティス社に対しても武田薬品に対しても「やれやれ・・」という気持ちになりますが、私は医師にも責任があると思っています。これは不正な研究に関わっていた医師にも責任がある、という意味ではありません。論文やパンフレットに書かれていることを鵜呑みにして処方していた医師にもまったく責任がないとは言えない、言い換えれば不正が公になってからあたかも鬼の首をとったかのように自分らだけが正義だと言わんばかりの態度をとるのはおかしい、ということです。

 最終的に薬を処方するのは医師ですからやはり医師にも責任があります。それに(こう感じているのは私だけではないと思いますが)ARBを単剤で投与した場合、カルシウム拮抗薬に比べると降圧効果は弱い場合が多いですから、それならばカルシウム拮抗薬に変更するか、あるいは2剤併用でコントロールをすればいいわけです。ディオバンの問題は、ディオバンはARBで最も優れている、ということを、データを不正に操作(捏造)して発表したわけですが、この場合も、臨床医はひとりひとりの患者さんを注意深く観察し、必要であればディオバンから他のARBに変更すれば済む話です。

 とはいえ、やはり製薬会社にも「良心」を持っていてもらいたいものです。誤解を避けるために言っておくと、私はここで医師には「良心」があり製薬会社にはない、と言っているわけではありません。このような議論をすると医師の方が断然”有利”になってしまいます。なぜ有利かというと、医師に収入が入るのは、薬を処方して、ではないからです。医師は薬を処方してもしなくても医師(医療機関)に入る収入はほとんどかわりません。以前別のところでも指摘しましたが、医療機関の薬の利益というのはほとんどありません。在庫管理に伴う手間を考えるとマイナスといっても過言ではないと思います。

 医師は薬を処方することよりもむしろ、いかにして薬を減らすか、あるいは処方をなくして生活習慣の改善を促すかが仕事です。そして、医師の診察には診察代が発生し、これが医師の利益になるのです。端的に言えば、医師は薬を処方してもしなくても収益にかわりはないのです。一方、製薬会社は薬を売らなくては会社が成り立ちません。ですから、私が「薬は使わない方がいい」というと、これは真実であり正論ではありますが、この正論を振りかざすのは製薬会社の立場からするとフェアではありません。

 原点に戻って考えると、医師も製薬会社も最終的なミッションは同じです。つまり患者さんの命を救いQOLを向上させる、というものです。共通のミッションを持っているわけですから、医師と製薬会社は同じ方向をみて共に手を取り合い、相乗効果を発揮してミッションに取り組めばいいわけです。
 
 実際我々医師は薬がなければ治療をおこなうことができず無力感にさいなまれるだけです。分かりやすい例として「化膿した傷」を取り上げたいと思います。細菌感染をおこし感染症が深部にまで進行しているような傷に対しては洗浄だけでは治りません。抗菌薬が必要になります。もしも抗菌薬がなかったとすれば、我々医師は簡単な傷の治療もできないのです。

 このように考えると製薬会社というのは世の中になくてはならない大切なものです。もしも製薬会社がこの世からなくなれば1年後には世界の人口は半減しているでしょう。結核やHIVが再び「死に至る病」となり、術後の感染予防ができないことからほとんどの手術ができなくなります。動物にかまれただけで感染症で命を落とし、食べ物でアナフィラキシーをおこしても手の施しようがありません。

 つまり我々は、医療者も治療を受ける患者さんの側も、製薬会社に感謝すべきなのです。しかし、だからこそ、製薬会社で働く従業員の人たちには高い人格をもちミッションを忘れないでほしいのです。けれども実際には製薬会社の従業員の目標が「売り上げ」になってしまっているのではないでしょうか。ノバルティス社が「10Bプロジェクト」と命名した1,000億円を稼ぐための社内プロジェクトをつくっていたことからもそう思わざるをえません。

 たしかに、製薬会社も資本主義経済の中に存在する株式会社ですから株主からはコンスタントに利益を出すことを要求されます。そしてある程度は株価が上がらなければ開発費用が捻出できなくなり、開発費用がなければ新しい薬をつくることができません。結核やHIVには大変有用な薬が登場しましたが、まだまだ治療法の確立されていない病気がたくさんあります。社会から製薬会社に対する期待は大きいのです。

 ではどうすればいいのか、ですが、これは簡単ではありません。しかし方法がないわけではありません。まず株主は、コンスタントな収益に期待せず「将来、大勢の命を救うような薬をこの会社が開発すれば大きな配当が期待できるだろうがそれはないかもしれない。しかしこうやって株を買うことで今薬を必要としている人のために役立っているんだ」というふうに考えて、投資というよりも”寄付”に近い感覚で株を買ってもらえるようにすればどうでしょうか。

 医師は製薬会社に感謝の気持ちを持たなければなりません。同じミッションを持っているということを思い出し、薬がなければ目の前の患者さんを救うことができない、ということに今一度思いを巡らすのです。

 そして製薬会社は、もう一度自社のミッションを見直すべきではないでしょうか。前回述べたようにすぐれたミッション・ステイトメントを組織が(あるいは個人が)もてばこれほど強いものはありません。ただし絵に描いた餅に終わってはいけません。武田薬品の壁には今も「誠実」の文字が掲げられているのでしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Concerns about the Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan (CASE-J) Trial」です。下記URLを参照ください。
http://hyper.ahajournals.org/content/51/2/393/reply#content-block

参考:
はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年4月14日 月曜日

2014年4月14日 妊婦・授乳婦・乳児のマクロライド系抗菌薬のリスク

  前回は、妊婦さんがアセトアミノフェンを服用すると生まれてくる子どものADHDのリスクが上がるかもしれない、という研究結果をお伝えしましたが、今度は抗生物質(抗菌薬)のリスクについて最近発表された研究を紹介したいと思います。

 妊婦や授乳婦、乳児がマクロライド系抗菌薬を使うと、幽門狭窄症に罹患するリスクが上昇する・・・

  医学誌『British Medical Journal』2014年3月11日号(オンライン版)(注1)にこのような研究が報告されました。幽門狭窄症とは、胃の出口(十二指腸の手前)の筋肉が肥厚して内腔が閉塞し、食べたものがつまってしまう疾患です。食後の嘔吐で発覚されることが多く、徐々に進行することもあれば突然発症することもあります。治療は、飲み薬で治ることもありますが、手術になることが多いといえます。

 研究では、1996年から2011年に出産した母親999,378人とその子どもが対象とされ、マクロライド系抗菌薬の使用と幽門狭窄症発症との関係が調べられています。これらの母親のうち30,091人(3.0%)が妊娠中に、21,557人(2.2%)が出産から分娩120日までにマクロライド系抗菌薬を使用し、6,591人(0.6%)の乳児が生後120日までに投薬されていたそうです。

 妊婦・授乳婦・乳児のリスクは次のようになったそうです。数字は、マクロライド系抗菌薬を使わなかった場合に比べて幽門狭窄症に罹患するリスクが何倍になるかを示しています。

<乳児>
・生後0~13日に使用    29.8倍
・生後14~120日に使用     3.24倍

<授乳婦>
・分娩0~13日の使用    3.49倍
・分娩14~120日後の使用 リスクなし
<妊婦>
・妊娠0~27週の使用          1.02倍
・妊娠28週から分娩までの使用 1.77倍

 この研究の対象となった母子に使われたマクロライド系抗菌薬は、エリスロマイシン、アジスロマイシン、ロキシスロマイシン、クラリスロマイシン、スピラマイシンだったそうで、最も多く使われたのはエリスロマイシンだったそうです。

****************

 抗菌薬は使わないに超したことはなく、ウイルス性の感冒ではもちろん使いませんし、細菌性のものであっても重症でなければ使うべきではありません。しかし、どうしても使わざるをえないケースもあります。例えば、乳児が百日咳に罹患すると、咳が重症化し呼吸が止まることもありますから抗菌薬が必要になります。百日咳にはマクロライドがよく効きますからこの場合は使わざるを得ないでしょう。百日咳はワクチンで防げる病気ですが、第1回目のワクチン接種は生後3ヶ月以降になります。

 妊婦さんでときどき問題になるのが、クラミジア子宮頚管炎が妊婦健診などで発覚する場合です。地域にもよりますが、若い妊婦さんの10%近くが妊婦健診でクラミジアが発覚するという報告もあるくらいですから、決して珍しい感染症ではありません。そして、クラミジア子宮頚管炎が見つかった場合、マクロライド系抗菌薬を使わざるをえません。(クラミジアに有効で、かつ妊婦さんに使える抗菌薬はマクロライド系しかありません)

 妊婦さんがクラミジア子宮頚管炎に罹患した場合、早期破水や早産のリスクになることが知られていますし、そもそもクラミジアという細菌が多数増殖した子宮のなかで赤ちゃんを育てるべきでないのは自明でしょう。しかし一方で、治療薬であるマクロライド系抗菌薬を用いると幽門狭窄症のリスクにつながる、というわけです。もちろん、一番いいのは妊娠する前にきちんと検査を受けておくことです。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「Use of macrolides in mother and child and risk of infantile hypertrophic pyloric stenosis: nationwide cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g1908

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2014年4月11日 金曜日

2014年4月号 医療費を安くする方法~後編~

  前回は「初診」と「再診」の区別が大変複雑であり、医療機関によって解釈が変わる可能性があることを延べました。保険点数の改定で2014年4月から初診代が40円、再診代が10円値上がりしましたから(いずれも3割負担の場合)、診察代が「初診」になるか「再診」になるかは3月までよりも重要になったと言えるかもしれません。

 診察代が複雑なのは初診と再診の区別が複雑だから、だけではなく、他にもいくつか複雑なルールがあるということもあります。例を挙げて紹介したいと思います。

 Xクリニックに通院しているA氏とB氏。同じ会社に勤めていて同い年の45歳です。2人とも1年ほど前からXクリニックにいろんなことで通院しています。A氏には「高脂血症」、B氏には「高尿酸血症」がありますが、2人ともまだ薬をどうしても飲まなければならないレベルではなく、Xクリニックで生活指導を受けています。2人が勤める会社では毎年4月に健康診断があり、今日はその健診の結果を持って相談に行く日です。2人は仕事が終わってからXクリニックを受診しました。健診結果を医師に見せて日頃の生活について相談をしアドバイスをもらいました。2人とも診察時間はほぼ同じで、この日は検査も投薬もありませんでした。当然診察代は同じかと思われましたが、A氏は1,050円、B氏は380円で、その差が670円もあります。自分だけ料金が高かったA氏は納得がいきません。2週間前に、共に風邪の症状で受診したときには薬の内容も料金もまったく同じだったのです。

 診察代には、疾患の種類によっては「特定疾患療養管理料」というものが加算されます。これはいくつかの決められた疾患について食事(栄養)や運動などの生活指導に対して算定されるものです。そしてA氏の高脂血症はこの管理料の対象疾患に該当することが決められていて、B氏の高尿酸血症は該当しないのです。しかし実際には、高脂血症も高尿酸血症も生活習慣病の一種であり、医師や看護師による生活指導も似たようなものになります。

 算定される疾患とされない疾患がある以上はどうしても不平等感が出てきます。他に例を挙げれば、ウイルス性肝炎は状態が安定していたとしても算定される一方で、脂肪肝による肝機能障害は算定されません。実際の生活指導は脂肪肝の方が時間のかかることが多いのに、です。もうひとつ例を挙げると、胃炎の場合は算定されますが、逆流性食道炎の場合は算定されません。用いる薬は同じものである場合が多いですし、逆流性食道炎の方が生活指導に時間がかかることも多いのに、です。

 不平等感がぬぐえない例は他にもあります。「特定疾患治療研究事業対象疾患」(以下「難病」とします)に指定されている疾患が現在56あります(注1)。これら56の疾患に罹患していると認定されれば、特定の医療機関を受診した場合診察代がほとんどかかりません。3割の自己負担の分も公費で補われるからです。しかし実際には生活に支障がでるほどの”難病”なのだけれども56疾患に入れられていない疾患もいくつもあります。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の例でいえば、例えば「慢性疲労症候群」や「線維筋痛症」があります。膠原病では「全身性エリトマトーデス」や「強皮症」といったものは56疾患に含まれていますが、「シェーグレン症候群」や「強直性脊椎炎」、「関節リウマチ」などは除外されています(注2)。

 また、谷口医院でしばしば感じるのがHIVについてです。現在HIVは難病指定されていません。エイズを発症した後にHIV感染が発覚したような場合は、障がい者の1級に認定されることもありますが、症状がないけれども思い当たることがあり自らの意思で検査を受けて感染が発覚したようなときは障がい者認定を受けることができません。投薬が開始されるようになると、それなりに公的扶助が受けられるのですが、それでもすべての医療費が無料になるわけではありません。HIVに感染すると、エイズ関連疾患以外にも、例えば、風邪をひきやすくなったり、下痢が続いたり、湿疹に悩まされたり、ということがしばしばあります。また、職場ではたいていは感染の事実をカムアウトしておらずストレスにさらされていますから(職場で感染していることを伝えて結果的に退職においこまれたという例が谷口医院では多数あります)、不眠や抑うつ感といった精神症状がしばしば現れます。したがって医療機関を受診する機会が多く医療費がかさむのです。

 この疾患は管理料が算定され、こちらの疾患は(なぜか)されない、という例や、この疾患は難病指定されているけれども(同じような苦しみの伴う)別の疾患はされない、という例は他にもいくつもあります。つまり、診察料のアップにつながる管理料がかかってくる疾患で受診すればそうでない疾患で受診する人に比べて料金が高くなりますし、その逆に難病指定されている疾患でかかると公費が適用され安くなるというわけです。診察代にはこれら以外にも複雑な規定がいくつもあるのですが、これ以上の具体的な例を挙げることはやめにして、そろそろ「医療費を安くする方法」のまとめをおこないたいと思います。

 これまで述べてきたことを確認すると、検査や投薬は最小限にして、なおかつ安い検査・薬を選ぶ、ということが重要です。次に、診察代は可能なら「初診」ではなく「再診」にしてもらうという方法があるかもしれませんが、これは医療機関が決めるものなのでどうしようもありません。(しかし「再診」と思っていたのに「初診」とされた場合は納得いくまで説明を聞くべきです) また、管理料がかかるものとかからないものがあり、難病指定されるものとされないものがあることについてもどうしようもありません。(患者会をつくってロビイスト活動をおこなうという方法はあるかもしれませんが・・・)

 そこで提案としては、一番いいのは「何でも相談できるかかりつけ医をもつ」ということです。薬局なら、相談するだけなら無料ですが、医療機関の場合は診察代がその都度かかります。医療機関を変更すればそれだけで新たに「初診代」がかかります。ときどき、「今日は薬も検査もないからタダですよね」と言う患者さんがいますが、医療機関とはそういうところではありません。そもそも医療機関の使命というのは、いかに検査や薬を減らすか、ということでもあるのです。

 我々が最も「この患者さん、医療費がもったいないなぁ・・・」と感じるのが、ドクターショッピングをしている人たちです。つまり、受診した医療機関での診察に満足できずに次々と医療機関を替える人たちです。医療機関を何度も替えることほどムダな医療費の使い方もありません。たしかに、満足いく診察が受けられなかったので医療機関を替えたいということがあるのは分かります。しかし、ならば「ここで診てもらえないなら適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいわけです。

 そんなことを言うと失礼じゃないの・・・。そのように感じる人もいるかもしれません。しかしそんなことはありません。我々医師は病気で苦しんでいる患者さんを放っておくことはできません。自分で診ることができないなら、その症状や疾患に適した医療機関を紹介するのは医師のミッションのひとつです。ですから、遠慮なく「では適切な医療機関を紹介してください」と言えばいいのです。

 ちなみに私が医学部の学生時代に(研究者でなく)医師になろうと考えたきっかけのひとつが、こういった患者さんの力になりたいと思ったということです。どこの医療機関を受診していいか分からず何軒も受診して(症状は取れないのに)診察カードばかりが増えました・・・。医学部の学生の頃にこのような訴えを何度か聞く機会があったのです。研修医を終えてから、私はタイのエイズ施設にボランティアに行きましたが、そのとき欧米から来ていた医師たちはエイズ専門医ではなくプライマリ・ケア医(総合診療医・家庭医)でした。彼(女)らは、患者さんのあらゆる症状を聞いて治療にあたっていたのです。プライマリ・ケアが重要であることを改めて実感した私は、帰国後母校の大阪市立大学医学部の総合診療科の門を叩き、本格的なプライマリ・ケアの修行にのぞむことになりました。

 話を戻しましょう。医療費を安くする最善の方法は、自分のかかりつけ医を持つことです。そして健康に関することならどんなことでも相談すればいいのです。より高度な医療が必要であれば、かかりつけ医は適切な医療機関に紹介状を書いてくれます。こんなこと相談していいのかな・・・、と感じる必要はありません。実際、谷口医院に長年通院している患者さんは実に何でも尋ねてきます。飼おうと思っているペットの相談、友達にすすめられたけど躊躇している健康食品について、筋トレやマラソン時の栄養補給について、といったこともよく質問されます。自分自身のことでなく家族やパートナー、知人のことでも相談を受けます。さすがに、最近飼い猫の元気がないんですが・・・、という相談には力になれませんが・・・。

 私からみれば、多くの人たちはかかりつけ医をもっと頼るべきだと思います。そうすれば、より早く病気が発見され早期治療ができますし、正しい予防の方法が学べます。また、高価なサプリメントや美容関連の出費で後悔することが防げるかもしれません。

 患者さんはかかりつけ医をもっと頼るべきと私は考えていますが、一方で、行政のかかりつけ医に対する期待は我々の想定以上のものです。厚労省保険局医療課長の宇都宮啓氏が、最近医療関連のウェブサイト「m3.com」のインタビューに答えています(注3)。宇都宮氏によれば、「患者さんに24時間対応する役割を果たすのが本来のかかりつけ医」だそうです。

 この言葉は行政の忠告として受け止めはしますが、現実的には24時間の対応は(私には)無理です。私は現在のクリニックを開業したとき最初の1年間はクリニックに寝泊まりしていたのですが、朝までぐっすり眠れることはほとんどありませんでした。ひっきりなしに患者さんから電話がかかってくるからです。それも直ちに医療を要するような例はほとんどなく「深夜の悩み相談室」になっていました。現在私が通常の診療以外にしていることはメールでの相談と午前7時から9時の電話応対です。これが現時点での限界であり、厚労省の役人が期待する「24時間対応」が理想であることは認めますが、実際にはできません。

 お役人からすると、こんな私は「かかりつけ医失格」となるのでしょうが、すべての人が24時間対応するかかりつけ医を持てるとは到底思えません。24時間対応のかかりつけ医を持っていない人は、とりあえず24時間”非対応”の(私のような)かかりつけ医を持つことから始めればどうでしょう。それが結局は医療費を最も安くする方法に他ならないのです。

注1:これら56の疾患については難病情報センターの下記のサイトを参照ください。
http://www.nanbyou.or.jp/entry/513

注2:強直性脊椎炎は国が指定する「特定疾患治療研究事業対象疾患」には含まれていませんが、東京都には助成制度があります。(しかし東京都だけです) 関節リウマチは「悪性関節リウマチ」であれば56疾患のひとつですが、動けないほどの重症であったとしても「悪性関節リウマチ」の条件を満たさなければ難病の認定はされません。

注3:このインタビューは「m3.com」のサイトで読めますが、会員登録が必要で、しかも会員には医師しかなれないかもしれません。一応URLを付記しておきます。
http://www.m3.com/iryoIshin/article/197571/?portalId=mailmag&mmp=RA140404&mc.l=37066120

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2014年4月4日 金曜日

2014年4月4日 妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?

 妊婦さんが風邪をひいて受診、妊婦さんが耐えられない頭痛で受診、ということは太融寺町谷口医院でもよくあるのですが、妊婦さんに対する薬にはいくら注意してもしすぎることはありません。妊婦さんに薬を処方することもありますが、「絶対に何も問題がありません」と言って出せる薬はありません。妊婦さんに処方することのある薬も、伝統的に妊婦さんにも使われていて特に副作用の報告がないようなものに限られます。

 風邪をひいたときの発熱や咽頭痛に、あるいは慢性の頭痛や関節痛のある妊婦さんに処方できる薬といえばアセトアミノフェンになります。アセトアミノフェンは新生児にも使うことがありますし、あらゆる解熱鎮痛剤のなかでもっとも安全だと言われています。(アセトアミノフェンの詳細については下記コラム「鎮痛剤を上手に使う方法」を参照ください) アセトアミノフェン以外では漢方薬を用いることもありますが、インフルエンザを含む風邪症状によく用いる麻黄湯は動悸を生じることがあるため、妊婦さんには少し処方しにくいと言えます。葛根湯あたりであれば比較的処方されやすいですが、それでも動悸などの副作用がないわけではありません。

 そのアセトアミノフェンについて、妊婦さんが内服すると出生児がADHD(注意欠陥多動性障害)を発症するリスクが上昇するという研究が米国UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のZeyan Liew氏らによりおこなわれ、医学誌『JAMA Pediatr』2014年2月24日(オンライン版)(注1)に掲載されました。
 
 この研究は、デンマークの周産期母児合併症に関する調査(Danish National Birth Cohort)に参加した合計64,322人の妊婦さんが対象です。妊娠中のアセトアミノフェン内服と、出生児のADHDリスクとの関連性が検討されています。

 調査の結果、まず妊婦さんの半数以上(56%)がアセトアミノフェンを妊娠中に内服していたことが判りました。妊娠中にアセトアミノフェンを内服していた場合、内服していなかった場合に比べて、子どもがADHDの診断を受けたり、薬物療法が開始されたりする割合が有意に高かったようです。(具体的には、出生児が多動性障害(hyperkinetic disorder、HKD)と診断されるリスクが1.37倍、ADHDの薬物療法が開始されるリスクが1.29倍、7歳の時点でADHDを疑う問題行動を生じるリスクが1.13倍とされています)

 また、妊婦さんがアセトアミノフェンを内服した期間が長いほど、内服量が多いほど、これらのリスクは上昇したそうです。

 このような結果に対し、研究者らは、アセトアミノフェンが胎盤関門を通過できることを指摘し、アセトアミノフェンに内分泌攪乱作用があり、性ホルモンや甲状腺ホルモンといった母体から分泌されるホルモンに影響を与えるのではないか、あるいはアセトアミノフェン自体が何らかの神経毒性があるのではないか、と考察しています。そして、「アセトアミノフェンを妊娠中の安全な薬と考えるべきではない」と述べています。しかし同時に、「さらなる研究が必要である」とも述べています。

 この研究に対し、英国ウエールズのCardiff UniversityのMiriam Cooper氏は、同じ医学誌にコメントを載せています(注2)。Cooper氏は、妊娠中のアセトアミノフェンと神経発達異常との関連性について否定はしていませんが、「因果関係を断じるには時期尚早であり、現時点で臨床を変えてはならない、つまり、慎重さは必要だが従来通りアセトアミノフェンを必要な症例においては使用すべき」、という見解を述べています。

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 激しい痛みや高熱を我慢すれば、その我慢が母体にストレスを与え胎児に影響を及ぼす可能性が出てきます。もちろん薬は安易に使うべきではありませんが、内服するメリットと薬の副作用のリスクをよく考えた上で、必要と判断されれば使うべきです。

 今後のさらなる研究を待ちたいと思います。

(谷口恭)

参考:メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

注1:この論文のタイトルは「Acetaminophen Use During Pregnancy, Behavioral Problems, and Hyperkinetic Disorders」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833486&resultClick=3

注2:この論文(論評)のタイトルは「Antenatal Acetaminophen Use and Attention-Deficit/Hyperactivity DisorderAn Interesting Observed Association But Too Early to Infer Causality」で、下記URLで一部を読むことができます。
http://archpedi.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1833483&resultClick=3

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2014年3月31日 月曜日

2014年3月31日 ビタミンCやEの摂りすぎで膝を悪くする

  日本人はビタミン剤が大好きですが、なかでもビタミンCとビタミンEは「抗酸化作用」という言葉が一人歩きして、若さを維持できる、と思っている人がいまだに少なくないような印象があります。ビタミンEについては、最近は有害性がしばしば指摘されるようになり、以前に比べるとやみくもに摂取する人は減っているようですが、ビタミンCは依然人気があります。若さを維持する、だけでなく膝などの関節にもいいとする説が流布されており、たしかにそのようなことを主張する医学的意見が過去にあったのも事実です。しかし、最近次のような研究が発表されました。

 ビタミンCとビタミンEの摂りすぎは、膝にいいどころか、むしろ変形性膝関節症のリスクを増大させる・・・

 これは医学誌『Osteoarthritis and cartilage』2014年2月9日(オンライン版)に掲載された研究結果(注1)です。

 この研究はUCSF(米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の研究者らが、多施設共同変形性関節症研究(Multicenter Osteoarthritis Study、MOSTと呼ばれます))の参加者(男女合計3,026人)を対象として、変形性膝関節症の発症とビタミンC及びビタミンEの血中濃度との関係を調べています。

 研究開始時に変形性膝関節症がなかった対象者を分析した結果、ビタミンCの血中濃度が最も高いグループは、最も低いグループに比べ、変形性膝関節症の発症率が有意に高かったようです。ビタミンEについても同様の結果が出ています。

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 この研究では、ビタミンCとビタミンEの摂取量を血中濃度で調べています。したがって摂取方法は、食事からの摂取なのか、サプリメントから摂ったのか、あるいは注射からなのか、といったことが分かりません。

 冒頭でも述べましたが、ビタミンCやビタミンEの効果を盲目的に信じて驚く程多量のサプリメントを摂っている人がいます。水溶性だから摂りすぎても大丈夫、と言われていたビタミンCの有害性も最近は指摘されるようになってきており、この研究もその一例になると思います。

 現代でもビタミンが不足している人は皆無とまではいえませんが、通常の食事をしていればビタミン不足になることはまずありえません。いずれ改めて述べたいと思いますが、ビタミンのサプリメントはほとんどの人が摂るべきではないと私は考えています。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは「High plasma levels of vitamin C and E are associated with incident radiographic knee osteoarthritis」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.oarsijournal.com/article/S1063-4584%2813%2901013-3/abstract

参考:医療ニュース
2014年1月28日「やはりビタミン・ミネラルのサプリメントは利益なく有害」
2011年11月14日「ビタミンEの発ガンリスク」
2012年3月13日「ビタミンE過剰摂取で骨粗しょう症に」
2011年8月26日「ビタミン剤で発ガンのリスク上昇」

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2014年3月30日 日曜日

2014年3月30日 禁煙は心の健康にも有効

 ここ数年で、禁煙をおこなう人が急増し、医療機関での禁煙治療も随分普及してきています。基本的にほとんどの医師は、”ほとんどすべての”患者さんに禁煙をすすめています。今私が、”すべての”でなく”ほとんどすべての”としたのは、禁煙を必ずしもすすめていないケースも医師によってはあるからです。

 それは精神疾患を有している患者さんの場合です。精神疾患がある人に対する禁煙治療については意見が分かれるのです。最近では、禁煙すべき、という意見が増えてきてはいますが、例えば大病院のなかには、一般病棟は全面禁煙だけれども精神科病棟のみは喫煙室があるようなところもありますし、精神科専門病院では全面禁煙にしているところの方が今でも少ないのではないかと思われます。この理由は「精神症状の緩和に喫煙が役立っている」という意見があり、また「禁煙治療をおこなうことで精神症状が悪化する可能性」を指摘する声があるからです。

 しかしながら、禁煙は、心疾患や悪性腫瘍のリスクを下げるだけでなく、どうやら精神症状をも改善してくれるようです。

 禁煙すると、喫煙を続けた場合に比べ、うつ症状や不安症状、ストレス症状が有意に軽減し、肯定的な感情や精神的なQOLが有意に向上する・・・。

 これは医学誌『British Medical Journal』2014年2月13日号(オンライン版)に掲載された研究結果です(注1)。

 この研究は、これまでに公表された禁煙と精神状況に関する合計26個の研究を総合的に解析(メタ解析)することによっておこなわれています。対象集団は、一般人口に加え、慢性の身体性疾患を有する人、精神疾患を有する人も含まれています。年齢の中央値は44歳で性別は男性48%です。平均喫煙本数は1日あたり20本で、ニコチン依存度は中等度とされています。

 その結果、禁煙をおこなったグループでうつ症状や不安症状が有意に改善し、肯定的な感情が芽生えやすくなり、精神的なQOLの向上につながったそうです。さらに、抑うつ症状や不安症状を有している人が禁煙すると、抗うつ薬を用いたときと同等かそれ以上の効果がある、と研究者らは述べています。

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 さて、では問題はどのように禁煙をしていくかですが、承認されている禁煙補助薬で成功率の高いチャンピックス(一般名はバレニクリン)を考えたいところです。ただし、精神症状を有している人に対する禁煙治療は上にも述べたように反対意見があるのも事実です。

 しかし最近は、精神症状を有する症例へのチャンピックスを用いての禁煙治療を推進するような研究発表が増えてきています。例えば、医学誌『Biological Psychiatry』2011年2月8日(オンライン版)(注2)では、チャンピックスを内服しても精神症状が悪化しないという結論が導かれていますし、医学誌『British Medical Journal』2013年10月11日号(オンライン版)(注3)にも、チャンピックス内服で自殺のリスクは増えないという研究結果が掲載されています。

 太融寺町谷口医院では、他院(精神科)で抗うつ薬などを処方されている患者さんが禁煙治療目的で受診されたときは必ずその精神科の主治医に、チャンピックスを用いての禁煙治療をおこなっていいかどうかの確認をとるようにしています。以前は「禁煙治療は望ましくない」と言われることもあったのですが、ここで紹介した研究の影響もあるのかどうかは分かりませんが、ここ1年間くらいは積極的に禁煙治療を推奨する精神科医が増えてきているような印象があります。

(谷口恭)

注1:この論文のタイトルは、「Change in mental health after smoking cessation: systematic review and meta-analysis」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/348/bmj.g1151

注2:この論文のタイトルは、「A Double-Blind Randomized Placebo-Controlled Pilot Study of Neuropsychiatric Adverse Events in Abstinent Smokers Treated with Varenicline or Placebo」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.biologicalpsychiatryjournal.com/article/PIIS000632231001276X/abstract

注3:この論文のタイトルは、「Smoking cessation treatment and risk of depression, suicide, and self harm in the Clinical Practice Research Datalink: prospective cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/347/bmj.f5704

参考:
トップページ 禁煙外来
はやりの病気第66回 2009年2月号 「メンソールの幻想と私の禁煙」
はやりの病気第56回 2008年4月号 「ついに登場! 飲む禁煙薬」
はやりの病気第32回 2006年5月第2週号「そろそろ本格的な禁煙を!① 」
はやりの病気第33回 2006年6月第1週号「そろそろ本格的な禁煙を!② 」
はやりの病気第34回 2006年6月第2週号「そろそろ本格的な禁煙を!③(最終回)」

 

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2014年3月22日 土曜日

第134回(2014年3月) 医師に人格者が多い理由

 医師の多くは人格者である、と言われればあなたはどのように感じるでしょうか。

 悪い冗談を・・・、と感じる人もいるかもしれません。私のことを個人的に知っている人なら「おまえが言うな!」とあきれる人もいるでしょう。私自身は人格者ではありませんし、このサイトで医師の犯罪について何度か書いたこともあります(注1)。医師が犯す罪には、違法薬物とわいせつ行為が多いということにも触れたことがありますから、今さら医師が人格者なんてよくそんなことが言えるな、と感じる人もいるかもしれません。

 一方、素晴らしい人格を持ち合わせた医師に治療を受けたことのある人からすれば、医師が人格者という言葉を当然と受け取るかもしれません。自分の時間を犠牲にして献身的に治療をしてもらったという経験がある人などは医師に尊敬の念を持っていることでしょう。

 これまで医師の反社会的な行為についても言及してきたこの私の意見をいえば、医師は、あってはならない犯罪に手を染める者がいるのは事実ですが、それでも多くは人格者ではないかと感じています。私自身が人格者でないことは自明ですが、それでも「人格者的」という形容詞で考えた場合、医学部入学前の自分と今の自分を考えれば人格者的になってきているという程度のことなら言えると思います。

 今回は、医師がなぜかくも人格者になれるのか、ということを述べたいわけですが、その前に医師がどのような人格者なのかについてみておきたいと思います。

 まず医師の多くは利他的です。患者さんによくなってもらうためにあらゆることを考えます。勤務時間を終えてからも他にいい治療はないかということを考えますし、手術の前日には術中の様子をシュミレーションします。医師は高給取りと思っている人が世間には多いようで、たしかに年収をみれば一般の会社員の平均よりは多いかもしれません。しかし時間給でみれば決して高くはありませんし、そもそも医師(の多く)は給料が高いとか低いとかをあまり気にしていません。自分が最も貢献できる場を求めている、という言い方が最も適していると思います。

 次に医師は目の前の患者さんを治療するだけでなく、自分が少しでも貢献できるなら他の医師を通して多くの人の力になりたいと考えています。一般の会社であれば、社内で開発した技術やノウハウを他社に知られたくないと考えるでしょう。そのために特許をとれるものはとり、産業スパイを警戒します。一方、医療の世界では、研修医のみならず中堅の医師でも他の医療機関に見学や研修に行くことがよくあります。他の医療機関からの医師を受け入れる側も、工夫している治療法について説明し、手術を見学してもらいディスカッションの場を設けます。患者さんの情報については医師どうしにも守秘義務がありますが、治療法や手術の方法、治療の工夫などについてはお互いの知識や経験を惜しみなく公開し互いに切磋琢磨をおこないます。これはより多くの患者さんの力になりたいからに他なりません。

 また医師(の多く)は私生活も他人から尊敬されるようなものである場合が多いといえます。日頃から医学以外のことに対しても教養を深め、様々なかたちで社会に貢献しています。「飲む・打つ・買う」という言葉がありますが、仕事に影響がでるほど大酒を飲む医師は(ほぼ)いませんし(違法薬物に耽溺する少数の医師がいるのは事実ですが)、「打つ」については合法・違法を問わずギャンブルにはまっている医師など見たことがありませんし、「買う」についてはほぼ皆無でしょう。

 人格者とは到底言えない私自身でさえも、教養を深め社会に貢献するにはどうすればいいかということを常々考えています。私生活を覗かれてもかまわないとさえ思います。映画『トゥルーマン・ショー』(注2)のように、寝室とトイレ以外ならあらゆる場面でカメラで監視されてもさほどストレスにはならないかもしれません。

 さて、ではなぜかくも医師はこれほど高い人格を有しているのでしょうか。もしもあなたが医学部の入学式をみてもそのようには感じられないでしょう。私自身も医学部に入学した頃は、医学生を尊敬するどころか、「この子たち、本気で医者になりたいと思ってるの?」と感じたのは事実です。なかには立派な人格を持ち合わせている学生もいましたが、大半は「大丈夫?」と言いたくなるような男の子、女の子でした。当時の私は27歳で、入学当初は研究者志望で医師になることは考えていなかったのですが、そんな私自身も今から振り返れば人格者などとは到底呼べるものではなく思い出すのも恥ずかしいくらいです。

 そんな医学生が医師に一歩近づくのは解剖実習です。実際のご遺体に接するとき我々は一種の洗脳を受けます。今思えばこのときに医師としての人格が少し身につくのかもしれません(注3)。次に医師に近づくのは医学部5回生の臨床実習のときです。まだ学生なのにもかかわらず患者さんは「先生、先生」と言って話をしてくれます。このときに「患者さんから期待されている」ことを実感し、より医師の本質に近づきます。そして実際に医師になり、患者さんの主治医になると「期待されている」という感覚がますます強くなり、私生活も含めてより高度な人格者へと進んでいくのです。

 そして医師が人格者へと進んでいきやすいもうひとつの理由があります。それは医師のミッションが分かりやすく明文化されているということです。

 以前見た映画でこのようなシーンがありました。その映画は、ストーリー自体はさほど(私には)面白くなかったのですが、印象に残った場面があります。悪徳企業に雇われた医師が、主人公の患者に対し不利なことをしようとします。そのときその主人公は「ヒポクラテスの誓い」(注4)を暗唱しだしたのです。患者からヒポクラテスの誓いを聞かされたその医師は良心を思い出し「医」に忠実になります。ヒポクラテスの誓いには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し」という一文があります。我々医師は、それは世界中すべての医師ですが、ヒポクラテスの誓いには絶対に逆らえないのです。

 ヒポクラテスの誓いだけではありません。日本医師会が作成している「医の倫理綱領」(注5)というものがありますが、我々はこのミッションにも絶対服従しなければなりません。いえ、しなければならない、というよりはこのミッションに深く共感できるからこそ何を差し置いても遵守しようと思うのです(注6)。

 ちなみに看護師の世界には「ナイチンゲール誓詞」というものがあります(注7)。これはナイチンゲール自身がつくったものではないという説が有力ですが、世界中の看護学校でこの誓詞が教えられていると聞きます。多くの看護師もまた人格者であるのはこの誓詞があるからではないかと私は考えています。

 私はこのコラムで、別に医師(や看護師)が人格者で尊敬されるべき、と言いたいわけではありません。そうではなく、医師が人格者である、というより人格者になることができる、あるいは人格者に近づくことができるのは、解剖実習から実際の臨床への経験と同時に、「ヒポクラテスの誓い」や「医の倫理綱領」といった、わかりやすい一種のミッション・ステイトメントがあるから、ということが言いたかったのです。

 医療者以外で高い人格を有している人が多い職業に警察官があると思います。警察の不祥事もしばしば報道されますが、それでもおしなべていえば警察官は高い人格をそなえた尊敬できる人物が多いのではないでしょうか。私はこの理由のひとつに「警察官の宣誓」(注8)があるからではないかと考えています。この宣誓は警察学校入学式に読まれ、全員が暗唱できるようになると聞いたことがあります。私は個人的にこの宣誓のファン、というか読む度に感動させられます。特に「何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い」というところが涙があふれるほどの感動に包まれるのですが、こんな風に感じるのは私だけではないでしょう。

 話を戻しましょう。以前別のところでも述べましたが、ミッション・ステイトメントの力は偉大です。私は個人のミッション・ステイトメントを持つようになってから精神の平安を得ることができ、心がぶれなくなったことを実感しています。定期的におこなっているミッション・ステイトメントの見直しは私にとって最も大切な時間でもあります(注9)。

 それにしてもミッション・ステイトメントというのは不思議なものです。短い文を読み直せば、たちまち忘れかけていた良心がよみがえり、まるで魂が真実に導かれるような気持ちになります。ということは、もしも私が変わり者でなく私の感性が一般的なものであるとするなら、すべての組織が、すべての職業人が、そしてすべての人がもしも熟考されたミッション・ステイトメントを持てば、全組織、そして全員が正しい方向に導かれるということになりますが、これは幻想なのでしょうか・・・。

 次回に続きます。

注1:たとえば下記のコラムで医師の犯罪について述べています。

メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」

注2:『トゥルーマン・ショー』は1998年公開のジム・キャリー主演のアメリカの映画。主人公は保険会社のサラリーマンとして平和な生活をしているが、実はテレビの壮大な企画番組であり、周囲の人物や景色はすべて撮影用のセット。いたるところに設置されたカメラで24時間監視され、それが世界中に放送されている、というストーリー。個人的に好きな映画です。

注3:解剖実習についてのコラムは下記を参照ください。

メディカルエッセイ第118回「解剖実習が必要な本当の理由」

注4:『ヒポクラテスの誓い』の日本語訳の一例を下記に記しておきます。

・この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
・師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
・著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
・自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
・依頼されても人を殺す薬を与えない。
・同様に婦人を流産させる道具を与えない。
・生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。
・どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
・医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

注5:「医の倫理綱領」を下記に紹介します。

医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
1.医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
2.医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。
3.医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
4.医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
5.医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
6.医師は医業にあたって営利を目的としない。

注6 他にも医師のミッションが記されたものはあります。下記コラムの最後に紹介したものも良質な医師のミッションです。

マンスリーレポート2013年2月号「幕末時代の勉強法から学ぶこと」

注7:「ナイチンゲールの誓詞」を下記に紹介します。

われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わんーーー
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。
われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、
悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。
われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし。
わが任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、
わが知り得たる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし。
われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。

 
注8:「警察官の宣誓」を下記に記しておきます。

私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令及び条例を遵守し、地方自治の本旨を体し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います。

注9:これについては下記を参照ください

マンスリーレポート2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」

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2014年3月22日 土曜日

第127回(2014年3月) A型肝炎に要注意、可能ならワクチンを

 A型肝炎が2014年になり例年を超える勢いで急増しているようです。国立感染症研究所の報告によりますと、2014年第9週までの報告数は102例になり、例年の倍以上のスピードで推移しているそうです。2月21日までの報告を地域別にみてみると、宮城県、大阪府、埼玉県、東京都あたりでの報告が目立ちます。

 もう少し詳しくみてみると、2月21日までの報告では、年齢の中央値は46.5歳、年齢階級でみると50~69歳が41%で最多、次が20~39歳の32%です。性別では男性が59%、女性が41%です。感染した地域は7割が国内で3割が海外です。海外での感染は、カンボジア、タイ、パキスタン、フィリピン、インドネシア、エチオピア、韓国、モロッコなどとされています。

 感染経路については、2月21日までの報告のうち9割以上が経口感染で、そのうち約4割は生カキの摂取が原因と考えられています。残りの約1割は性感染ではないかとみられています(注1)。

 A型肝炎というのはA型肝炎ウイルスによって発症します。アルファベットがついた肝炎ウイルスにはA型からE型があります。B型とC型については、日本にも感染者が多数いること(どちらも100万人以上と推測されています)、慢性化し将来的に肝臓ガンや肝硬変のリスクがあることなどから広く周知されていると思います。D型は日本にはほとんど存在しないこととB型に感染している人にしか感染しないことから一般にはあまり知られていません。E型はブタやシカを生で食べない限りは国内では感染しませんし、海外での感染もA型ほどは多くないためにそれほど有名ではありません。

 一方、A型肝炎は2~3年前から一躍有名になりましたが、このきっかけはおそらく2011年の夏に発生したタイの大洪水でしょう。一般に洪水被害が起こると「水系感染」といって汚染された水からの感染症が流行することがあります。タイはもちろん水道水は飲めずに飲料水はペットボトルなどで飲みますが、料理に使う水をすべてペットボトルでまかなうわけにはいきません。不衛生な水で野菜を洗ったり、そのような水で洗った包丁を使ってフルーツをカットしたりしますから、野菜や果物にA型肝炎ウイルスが付着していた、ということが起こりうるのです。

 もっとも、日頃から感染症に対する注意をしている人であれば、アジア方面に渡航する前にワクチンを接種していました。A型肝炎はワクチンで防げる病気、つまりVPD(注2)なのです。ワクチンは2回もしくは3回接種でほぼ全員に抗体がつき、少なくとも数年間は有効であり、特にアジア方面の海外渡航には必須のワクチンです。そのため、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、アジア方面への旅行(短期旅行もバックパッカーなどの長期旅行も)、留学、ボランティア、海外駐在や出張などに行く人たちからの依頼が多く、希望があれば全員に接種していました。

 ところがタイの大洪水をきっかけにA型肝炎ウイルスのワクチンが一気に供給不足となり入手できなくなってしまったのです。これは、つまり、「大洪水が起こるまでは感染症に注意している人たちの需要量とワクチンメーカーの供給量がちょうど釣り合っていた。しかし大洪水をきっかけにタイに進出している日系企業が慌てて駐在員や出張する社員にワクチン接種をおこなったせいで一気に供給量が不足した」ということです。

 このサイトで何度も取り上げているように、日本人は感染症に関しては他国に比べると随分と遅れています。海外駐在員も同様で、さすがにB型肝炎ウイルスのワクチンを接種していない駐在員はほとんどいないと思いますが(ただし中小企業の駐在員や大企業でも現地採用の社員では接種していない人もいまだにけっこういます)、A型肝炎ウイルスのワクチンは接種率がさほど高くなかったのです。

 現在のワクチンの状況はどうかというと、谷口医院は旅行医学をおこなっているということもあり、ある程度は優先的にワクチンを回してもらっています。ただし以前のように希望者全員に接種できるほどは入手できません。そこで社会的に優先順位の高い人、具体的には、中小企業の駐在員・出張者(大企業の場合は社内で産業医に接種してもらうよう助言しています)、フリーのジャーナリストやカメラマン、ボランティア、留学などの目的の人に接種するようにしています。つまり、現時点では、バックパッカーも含めて単なる旅行目的の人には接種できないこともあります。また性感染症の予防目的という人や、カキを生で食べたいから接種したいという人にもお断りすることがあります。

 A型肝炎という病気やウイルスには馴染みがないという人が多いかもしれませんが、これは現在の日本が清潔になっていて感染の危険性が大きく減少しているからです。戦後間もない頃の不衛生な環境では感染者が珍しくありませんでした。日本は上水道は比較的早くから整備されており水道水がそのまま飲めるありがたい国ですが(水道水をそのまま飲める国というのはそれほど多くないのです)、糞尿を野菜栽培の肥料として使っていたこともありA型肝炎は稀な疾患ではなかったのです。

 実際、現在70代以上の人の採血をすると抗体ができている(つまり感染して治癒している)ということがけっこうあります。実はA型肝炎には不顕性感染(感染したことに気付かずに治っている)ことがあり、特に小児期では不顕性感染が8割以上と言われています。一方、成人の場合は不顕性感染が10~25%程度であろうと言われています。

 A型肝炎ウイルスに罹患し発症すると、発熱や倦怠感などに苦しめられます。初めから確定診断にいたることは少なく、風邪などと誤診されることが多いといえます。症状が継続するために採血をおこなうと肝機能が悪化しておりそこからA型肝炎が疑われて検査をおこない確定にいたる、という流れです。ただ、A型肝炎はB型肝炎やC型肝炎と同様、潜伏期間が長く(1ヶ月以上になることもあります)、問診から感染のエピソードを探りにくいことがあります。B型やC型であればタトゥーやボディピアス(これらは忘れないでしょう)や性交渉(これも忘れないのが普通でしょう)を思い出してもらうのにそれほど苦労しませんが、A型の場合は1ヶ月前に食べたものを思い出してもらうのは簡単ではありません。

 A型肝炎を発症すると通常は入院になります。倦怠感と発熱がしばらく続き日常生活が困難になるからです。入院してもたいした治療はないのですが点滴をつなぎっぱなしにして水分を補うことをします。重症化(劇症化)はB型肝炎などと比べると頻度は低いのですがないわけではありません。今年(2014年)の報告では劇症化はないようですが、劇症肝炎になると命を失うこともあります。

 ところでカキといえば、A型肝炎よりもむしろノロウイルスの方が有名です。ノロウイルスによる下痢症が昨年(2013年)末から急激に増えました。ノロウイルスは感染力が非常に強く、例えば、感染者が嘔吐した絨毯を拭いた後掃除機をかけてウイルスが空気中に散乱しそれを吸って感染、といったこともあります。またアルコールでは死滅せずに特別な対策が必要です。ここ数年間は毎年ノロウイルスが原因と思われる下痢が冬になると増えますが、生カキを食べて、というのはそれほど聞きませんでした。ところが、今シーズン(2013年11月頃から2014年3月にかけて)は、生カキを食べて、と答える人が私の印象で言えば異様に多いのです。

 そして、もう少し踏み込んで言えば、生カキを食べる人が増えた結果としてA型肝炎に罹患する人が増えているのではないか、という印象がぬぐえないのです。ちなみに、我々医療従事者は(全員とは言い切れないかもしれませんが)生カキは食べません。A型肝炎ウイルスのワクチンは接種していますが、ノロウイルスにはワクチンもなく防ぐ術がないからです。そして医療者がノロウイルスに感染したとなると、感染力の強さを考えると仕事は休まなければなりませんし、生カキを食べて下痢で休んだなどということは医療の世界では「恥」以外の何物でもありません。

 もちろん生カキというのは美味しいものですから(実は私も大好物で、引退後に思いっきり食べることを夢見ています)、一般の人は医療者ほど敏感になる必要はありません。ノロウイルス感染のリスクを抱えて食する、という考えがあってもいいと思います。それに小児や高齢者や免疫不全の状態でなければ、感染して数日間は下痢と嘔吐に苦しめられても水分摂取さえ持続できれば命にかかわる状態にはなりません。

 ただしA型肝炎はそういうわけにいきません。稀とはいえ劇症化もありますし、劇症化に至らなくても入院治療が必要になります。A型肝炎ワクチンは(値段は安くありませんが)副作用もほとんどなく極めて有効なワクチンです。海外渡航、生カキの摂取を考えている人は積極的に検討すべきでしょう。

注1:A型肝炎は不衛生な水や食べ物から感染することが多いのですが、性的接触を介して他人の肛門からの感染もあります。詳しくは下記コラムを参照ください。

NPO法人GINAウェブサイト
Dr.谷口のセイフティ・セックス講座(2010年4-5月)

注2:VPDについては下記コラムを参照ください。
第119回(2013年7月)「VPDを再考する」

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2014年3月17日 月曜日

2014年3月17日 AGAにはプロペシアよりアボルブが有効?

  現在AGA(男性型脱毛症)の治療に最も多く使われているのはプロペシアですが、数年前よりアボルブの方が有効ではないのか、という議論があり、最近興味深い研究が報告されましたので紹介したいと思います。

 しかしその前にこの「アボルブ」について簡単にまとめておきたいと思います。アボルブは2009年に「前立腺肥大症の治療薬」として国内で処方できるようになった薬です。前立腺肥大症の薬には様々なものがありますが、アボルブは5αリダクターゼ阻害薬と呼ばれるものです。ジヒドロテストステロンという男性ホルモンが前立腺肥大に関与していることがわかっており、5αリダクターゼ阻害薬はこのホルモンの合成を抑制するのです。

 一方で、プロペシアも5αリダクターゼ阻害薬(注1)です。しかしプロペシアは初めからAGAの治療薬として開発され承認されたものであり、前立腺肥大症の薬としては承認されていません。その反対に、アボルブは前立腺肥大症に対して承認されているものでAGAに対しては承認が取得されていません。

 しかし当局に「承認」されるかどうかというのは社会的な課題であり、AGAや前立腺肥大症に悩んでいる人たちからすれば、「承認なんてどうでもいいから効く方を処方してくれ」となるのは当然でしょう。

 さて、プロペシアとアボルブのどちらがAGAに効くかというのは以前から研究者の間でも関心が持たれていました。小規模の比較検討しかなかったなかで、2006年に比較的大規模な研究結果が医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』に発表されました(注2)。この研究では合計416人の男性が、フィナステリド(プロペシアの一般名)5mg、デュタステリド(アボルブの一般名)0.05mg、0.1mg、0.5mg、2.5mg、プラセボ(偽薬)のいずれかに振り分けられ発毛の効果が比較検討されています。結果は、デュタステリド2.5mgが有意にフィナステリドより効果があった、というものでした。

 ただ、この研究が残念なのが、デュタステリドが2.5mg、フィナステリドが5mgでの検討であるということです。実際の製品のアボルブは0.5mg、プロペシアは1mgです。これでは、アボルブがプロペシアより有効と断定することはできません。

 同じ医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2014年1月10日号(オンライン版)(注3)に、(私が知る限り)初めてのプロペシアとアボルブのAGAへの有効性を比較検討した大規模研究が報告されました。

 この研究では合計917人の20~50歳の男性が、デュタステリド0.02mg、0.1mg、0.5mg、フィナステリド1mg、プラセボ(偽薬)のいずれかに振り分けられ半年後(24週後)に効果判定がおこなわれています。

 結果は、デュタステリド0.5mg(つまりアボルブと同じもの)がフィナステリド1mg(プロペシアと同じもの)よりも有意に発毛効果があった、というものです。毛髪数、髪の太さのいずれもが有意に増大し、写真での評価もより改善していたそうです。また、副作用は同程度であったようです。

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 この研究結果を受けて、現在プロペシアを服用している人のなかにもアボルブへの変更を希望する人が増えてくることが予想されます。アボルブの販売元のグラクソ・スミスクライン社は現時点ではAGAの承認を取得する予定はないそうですが、AGAで悩んでいる人たちのなかには、承認が取れているかどうかは関係ないと考える人もいるに違いありません。実際、太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも2~3年前から、「プロペシアでなくアボルブを処方してほしい」という患者さんが少しずつ増えてきています。

(谷口恭)

参考:薄毛・抜け毛を治そう
Q6 アボルブがプロペシアよりもいいって聞いたんですが・・・

注1:もう少し詳しくいえば、5αリダクターゼには1型と2型があり、プロペシアは5αリダクターゼの2型のみ阻害しますが、アボルブは1型にも2型も作用します。

注2:この論文のタイトルは「The importance of dual 5α-reductase inhibition in the treatment of male pattern hair loss: Results of a randomized placebo-controlled study of dutasteride versus finasteride」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2806%2901287-4/abstract

注3:この論文のタイトルは「A randomized, active- and placebo-controlled study of the efficacy and safety of different doses of dutasteride versus placebo and finasteride in the treatment of male subjects with androgenetic alopecia」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2813%2901171-7/abstract

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