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2016年1月9日 土曜日

2016年1月9日 妊婦のダイエットで子供が脂肪肝

 無理なダイエットなどでやせている妊婦から生まれてくる子供は脂肪肝になりやすいことが以前から指摘されていました。このメカニズムを分子レベルで解明し、さらに改善させる方法についても言及している論文が医学誌『Scientific Reports』2015年11月19日(オンライン版)に掲載されました(注1)。日本人による研究です。

 エサを40%少なくすることで栄養不良にした妊娠マウスから生まれた子供マウスの肝臓が調べられています。肝臓には、異状な形態をした役に立たないタンパク質が蓄積し、これを除去するために免疫をつかさどるマクロファージの一種が増え、結果として炎症が生じ脂肪肝となっているようです。

「シャペロン」という最近注目されている物質があります。これは、わかりやすく言えば、形状がおかしくなって本来の機能が発揮できなくなったタンパク質に働きかけ、おかしくなった形を元に戻してあげることのできる物質で、形が元に戻ったタンパク質は機能を取り戻すことができるのです。

 今回の研究では、このシャペロンを脂肪肝の子供マウスに投与しています。結果、タンパク質が本来の機能を取り戻し、脂肪肝が大きく改善したそうです。

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 シャペロン(chaperon)の元々の意味は「若い女性が社交界にデビューするときに付きそう年上の女性」のことです。形が崩れて正常の機能を無くしてしまったタンパク質(若い女性)に働きかけ元に戻すことができる(シャペロン)ことからこの名前が付けられたと言われています。

 (ヒトの)若い妊婦さんから生まれた子供(もしくは妊婦)にシャペロンを投与すれば、脂肪肝が防げるのではないかという意見もあるようですが、シャペロンに過度の期待をするのは筋違いでしょう。

 つまらない正論に聞こえるかもしれませんが、妊娠中こそ、過度なダイエットを避け、適正な体重を維持することに努めなければなりません。

注1:この論文のタイトルは「Undernourishment in utero Primes Hepatic Steatosis in Adult Mice Offspring on an Obesogenic Diet; Involvement of Endoplasmic Reticulum Stress」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/articles/srep16867

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2016年1月8日 金曜日

2016年1月8日 デング熱ワクチン、ついに実用化へ

 2014年の東京での流行以来、デング熱に対する世間の関心は高まっており、最近は海外渡航前に診察室で相談される人も増えてきました。もちろんこれは好ましいことで、デング熱はマラリアと異なり、日中に人の多いプールサイドやビーチでも被害に遭いますから、我々医療者からみると、これまでの関心が低すぎた、というのが実情です。

 デング熱は日本人がよく行くリゾート地、たとえばハワイやプーケットやバリ島などでも被害は少なくありません。水着になるときは日焼け止めの上からDEETの塗布が必要です。しかし、水に濡れる度に何度も塗り直すのはけっこう大変です。

 デング熱は感染症ですからワクチンの登場が長年望まれていました。昨年(2015年)には医学誌『The New England Journal of Medicine』に開発中のワクチンに有効性があるとした論文(注1)が掲載され、秒読み段階に来ていました。

 そして、ついに2015年12月9日、メキシコでこのワクチンが世界で初めて承認されました(注2)。さらに12月22日、ワクチン製造者のSanofiはフィリピンで(注3)、12月28日にはブラジルでも承認されたことを発表しました(注4)。

 一方、デング熱で年間9万人以上の感染者と200人近くの死亡者を出しているインドでは、このワクチン導入に慎重な姿勢をみせています(注5)。有効性と安全性が充分に検証されていないのではないかとする意見があるようです。

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 冒頭で述べたように、プールサイドやビーチでDEETを完璧に塗るというのは思いのほか困難です。有効で安全なワクチンがあれば接種を希望する人が大勢いるでしょうし、私自身も接種します。しかし、デング熱ウイルスを媒介するネッタイシマカ(やヒトスジシマカ)は、チクングニア熱ウイルスや最近注目されているジカ熱ウイルスも媒介します。そしてこれらに対してデング熱ワクチンは無効です。

 ということは結局これまでと同様の蚊対策は必要ということになります。ワクチンではなく、蚊の発生自体を抑制する工夫が必要かもしれません。しかし仮に抑制できたとしても、今度は「生態系が乱れる」という問題が出てきます。なんとも悩ましいものです・・・。

注1:この論文のタイトルは「Efficacy and Long-Term Safety of a Dengue Vaccine in Regions of Endemic Disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1506223

注2:下記URLでメキシコでの承認の詳細が読めます。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/dengvaxia-world-s-first-dengue-vaccine-approved-in-mexico.aspx

注3:下記はフィリピンでの承認についてです。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/sanofi-pasteur-dengue-vaccine-approved-in-the-philippines.aspx

注4:下記はブラジルについてです。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/Dengvaxia-First-Dengue-Vaccine-Approved-in-Brazil.aspx

注5:インドのオンライン新聞「The Indian Express」に「Dengue fever vaccine Dengvaxia: Hope but with caution」というタイトルで報道されています。下記URLを参照ください。

http://indianexpress.com/article/explained/dengvaxia-dengue-vaccine-delhi-health-deaths-india-fever/

参考:旅行医学・英文診断書 → 〇海外で感染しやすい感染症について → 3) その他蚊対策など

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2016年1月6日 水曜日

開業10年目に向けて(2016年1月)

 2016年の1月で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は10年目に入ることになります。

 谷口医院の基本方針、つまり、「どのような場合にも相談に応じるプライマリ・ケアの実践」は2007年1月のスタート以来まったく変わっていません。

 谷口医院は都心部にありますから、患者さんの層としては、近くに住んでいる人よりも近くに職場がある、という人が大半です。また、大阪に出張中、あるいは旅行中という関西以外の方もよく来られます。東日本大震災以降減少していた外国人の患者さんも再び少しずつ増えてきています。

 ちょうど1年前に立てた2015年の目標で最も重要なものは「患者さんにセルフメディケーションを促していく」ということと「チュージング・ワイズリーの考え方を取り入れてムダな医療がないかを見直す」というものでした。

 セルフメディケーションについては、この言葉自体が世間に少しずつ浸透していることもあり、患者さんにも理解されやすくなってきたのではないかと感じています。正しい知識を持ってもらい、予防に努めてもらうことで、医療機関の受診を減らすことができますから、これからも伝えていきたいと考えています。

 ただ、セルフメディケーションの具体的な方法について、症状別、あるいは疾患別に、文章にしてウェブサイトに掲載することを考えていましたが、これはいまだにできていません・・・。

「チュージング・ワイズリー」というのは、本当に必要な検査や治療のみをおこない無駄な医療行為をなくしていく、という考えです。これについては、診察室で個々の患者さんに説明をしており、理解してくれることが増えてきました。しかしながら、なかには「お金払うって言っているのに何で検査してくれないの??」と言い理解をしてもらえない患者さんも依然います。これは私の説明不足にあり、こういった主張をされる患者さんはたいてい初診の方です。ならば、ウェブサイトを通して「チュージング・ワイズリー」の重要性を訴えていくべきで、実は昨年の初頭から企画していたのですが、いまだにできていません・・・。

 なんだか言い訳ばかりの新年の言葉になってしまいました・・・。

 昨年の私の出来事としては、リハビリが思いのほか順調に経過したということがあげられます。2014年8月、左上肢の麻痺を伴う頸椎症に対し「全身麻酔下頸椎後方除圧及び椎弓形成術」という手術を受けました。術後は順調に経過し、術前や手術直後は左腕を挙げることすらできませんでしたが、現在は5kgのダンベルで筋トレができるほどに回復しました。また、手術直後は腕が振れないために長距離のウォーキングができませんでしたが、現在は20kmくらいまでであればジョギングもできるようになりました。ここまでくれば症状出現前と比べて8~9割は回復していると言えます。

 クリニック以外での社会活動として、産業医/労働衛生コンサルタントの仕事、大学での講義、NPO法人GINAでの活動以外に、縁あって、2015年7月から毎日新聞の「医療プレミア」というウェブサイトの医療ページに連載を持たせてもらうことになりました。

 この連載では「実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-」というタイトルで感染症についてのコラムを書いています。私が以前から主張している病気の予防法は、まず感染症とそれ以外を分け、感染症は知識で防ぎ、感染症以外の疾患については「10の習慣」で防ぐというものです。(「10の習慣」は、「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」というものです。詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください)

「医療プレミア」に掲載するコラムは感染症だけのものですが、日頃診ている症例や、世界の論文で紹介されている新しい研究結果なども交えて、わかりやすく世間に伝えていきたいと考えています。こうすることが、少なくとも感染症領域においては「セルフメディケーション」「チュージング・ワイズリー」の双方にも有用だと思うのです。

「医師のもつ知識や技術は公共のもの」というのが私の考えです。しばらくの間は、当院ウェブサイトのみならず、「医療プレミア」も利用させてもらい、私のもつ知識を大勢の方に知っていただく努力をしていきたいと考えています。

2016年1月1日 東南アジアのある港にて

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2015年12月26日 土曜日

2015年12月26日 コーヒーを飲んで長生き、自殺も予防!

 否定的な研究がないわけではないものの、ここ数年コーヒーが健康に良いとする研究が相次いでおり、このサイトでも何度か紹介しています。今回も「コーヒーを飲めば長生きできる」とする研究です。

 医学誌『Circulation』2015年11月16日号(オンライン版)に報告されています(注1)。

 この研究は米国ハーバード大学公衆衛生学教室が、NIH(米国立衛生研究所)の資金援助を受けておこなったものです。対象者は、米国の医師や看護師など合計20万人以上の医療従事者で、調査期間は30年以上にも及びます。この間に約32,000人が死亡しています。

 結果、調査開始時点で1日1~5杯のコーヒーを飲んでいた人は、死亡リスクが低く、病名でみてみると、心血管疾患、神経疾患(パーキンソン病など)による死亡が少なく、、また自殺も少ないという結果が出ています。

 さらに喫煙を除外してコーヒー摂取量の検討をおこなうと、1日3~5杯のコーヒーを飲んでいる人は死亡リスクが0.85に低下(15%減少)し、5杯以上では0.88(12%減少)とされています。

 なぜ死亡率が低下するかについて、はっきりとしたことは判っていませんが、コーヒーの抗酸化作用、抗炎症作用、血糖調節作用などが有力視されています。

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 これまで発表された研究では、コーヒーは生活習慣病や悪性腫瘍のリスクを下げるとするものが多かったわけですが、全体の死亡率を下げ、さらに神経疾患や自殺のリスクも下げるとした今回の研究は特筆に値すべきと言えます。

 コーヒーを飲んで自殺を予防しよう!と言ってしまうのは時期尚早でしょうが、自殺の多い我が国で自殺とコーヒーの大規模研究をおこなう価値はあるのではないでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Association of Coffee Consumption With Total and Cause-Specific Mortality in 3 Large Prospective Cohorts 」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://circ.ahajournals.org/content/132/24/2305.abstract?sid=6b9e4651-d92d-4c5f-a5d3-a06d4be29d94

参考:

はやりの病気
第22回(2005年12月)「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
第30回(2006年4月)「コーヒー摂取で心筋梗塞!? 」

メディカルエッセイ
第105回(2011年10月)「お茶とコーヒーとチョコレート」

医療ニュース
2015年8月28日「コーヒーが悪性黒色腫を予防」
2014年8月22日「コーヒーで顔のシミも減少」
2014年6月30日「コーヒーで基底細胞癌のリスクが43%も減少」
2013年9月2日「コーヒーの飲み過ぎで死亡リスク増加?」
2013年4月18日「コーヒーでも緑茶でも脳卒中のリスク低減」
2013年1月8日「コーヒーで口腔ガン・咽頭ガンの死亡リスク低下」
2012年10月1日「コーヒーは消化管疾患と無関係」
2008年9月13日「子宮体癌の予防にコーヒーを」
2007年9月3日「コーヒーは肝臓癌のリスクを下げる」

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2015年12月26日 土曜日

2015年12月25日 ブラジルで小頭症をきたすジカ熱がアウトブレイク

 蚊が世界一恐ろしい生物であることは過去に紹介しました(注1)。最大の理由は蚊(ハマダラカ)がマラリアを媒介するからであり、マラリアは世界三大感染症のひとつで毎年50万人以上が死亡しています。しかし「蚊が媒介する死に至る病」はマラリアだけではなく、黄熱やウエストナイル熱、日本脳炎などは致死率が高い感染症ですし、デング熱やチクングニア熱もときに激しい症状に苦しめられます。

 今年(2015年)後半になり、ブラジルでジカウイルス感染症が急増しています。ジカウイルスというのは生物学的にデング熱や日本脳炎の仲間のウイルスで、やはり蚊(ネッタイシマカ)が媒介します。

 実は、2015年5月7日、汎米保健機関(PAHO)がジカウイルス感染症に対する注意喚起情報を発表していました(注2)。このときは、まだ死亡例は出ていなかったのですが、熱帯の各地方で報告が増加していることから注意喚起がおこなわれたのです。2007年にはミクロネシアで、2013年にはプランス領ポリネシアで流行がおこり、2014年にはニューカレドニアとクック諸島、さらにチリのイースター島での報告がありました。

 そして2015年になりブラジルで大流行が生じ、ついに死亡例も報告されました。ジカウイルス熱は1週間程度の潜伏期を経た後、発熱、頭痛、筋肉痛、皮疹などをきたしますが、通常は自然治癒し後遺症はほぼないとされていました。ところが、ブラジルでは小児への感染が爆発的に広がり、同国保健省の2015年11月30日の報告では、疑い例も含めればジカウイルスに感染し小頭症を発症した患児は1,248人、うち7人は死亡しています。

 これまでは感染してもすぐに治癒すると考えられていたジカウイルスは、小児に感染すると頭蓋骨や脳の発育障害から小頭症が生じ、成長障害や知的障害を伴い死に至ることもあるということです。

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 この時期にブラジルでジカウイルスが大流行というのは、なんとも皮肉というか、こうなるとオリンピックが無事開催されるかどうかの心配もでてきます。少なくとも、小さい子供を連れてのブラジル渡航は自粛すべという勧告が出されることになるでしょう。

 ブラジルに行かない人は安心かというとまったくそんなことはなく、実際2014年にはタイのサムイ島から帰国した日本人の感染が報告されています。ジカウイルスはネッタイシマカが媒介するということは、ネッタイシマカが生息する地域ではいずれ流行する可能性が強いといえます。ですから、今後タイやシンガポールを含む東南アジアから、さらに香港・台湾あたりにまで流行が広がる可能性は充分にあります。実際、デング熱の流行は北上しており現在では台湾でも珍しい感染症ではなくなっています。そのうち沖縄で、デング熱やチクングニア熱のみならずジカウイルス熱も流行する可能性もなくはありません。

 しかし蚊を恐れて(亜)熱帯の渡航をやめるというのもナンセンスです。DEETや蚊取り線香を中心に対策を立てれば(注3)それほど恐れることはありません。

注1:下記コラムを参照ください。

メディカルエッセイ第149回(2015年6月)「世界で最も恐ろしい生物とは?」

注2:下記URLを参照ください。

http://www.paho.org/hq/index.php?option=com_docman&task=doc_view&Itemid=270&gid=30075&lang=en

注3:下記を参照ください。

トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について
3) その他蚊対策など

参考:はやりの病気
第133回(2014年9月)「デングよりチクングニアにご用心」
第126回(2014年2月)「デング熱は日本で流行するか」
第63回(2008年11月)「日本脳炎を忘れないで!」

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2015年12月22日 火曜日

2015年12月22日 「社会的時差ボケ」が糖尿病などのリスクに

「Social jetlag」という言葉をご存知でしょうか。jetlagなら時差ボケ、これにsocial(社会的な)という修飾語がつき、直訳すれば「社会的時差ボケ」、つまり夜勤やシフト勤務などで生活が乱れることを指します。

 以前から、夜勤やシフト勤務は肥満や生活習慣病、また不眠や頭痛といった様々な疾患のリスクになることが指摘されています。(下記「医療ニュース」も参照ください)

 今回紹介する研究も同じような内容です。医学誌『Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism』2015年11月18日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、「社会的時差ボケ」が心疾患のリスクを高めます。

 研究の対象は、米国の30~54歳の健康な男女447人でフルタイムまたはパートタイムのシフト勤務者です。睡眠時間と活動時間を記録する活動計(actigraph)を装着してもらい、勤務日と休日で睡眠がどの程度異なるかが測定され、「社会的時差ボケ」の程度と生活習慣病のリスクとの相関関係が検討されています。

 結果、社会的時差ボケが大きいほど、HDLコレステロール(善玉コレステロール)が低下し、中性脂肪が増加し、糖尿病のリスクが増加し、体重増加が生じています。また夜型(evening chronotype)の人は、HDLコレステロールの低下が顕著なようです。

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 これは経験的に実感している人も多いのではないでしょうか。シフト勤務から昼間だけの勤務となり健診の結果が良くなり元気になったという人は大勢います。我々医療者の間では特にそういう話をよく聞きます。たとえば、転職で夜勤がなくなると、それだけで体重が減って元気になったという看護師は少なくありません。

 以前紹介した研究(下記「医療ニュース」)は規模が小さく、研究の信憑性は高くなかったかもしれませんが、今回ご紹介したものは対象者も多く注目に値する研究だと思います。

 ではシフト勤務をやめて昼間の仕事に!と考えたいところですが、社会全体でみれば夜に働いてくれる人がいなくては困ります。私個人の意見としては、シフト勤務者は生活習慣病のリスクが高い人や高齢者はできるだけ避けるようにして、また若く健康な人であってもシフト勤務者は休日を増やすといった工夫を社会全体でおこなっていくべきと思っています。しかし、最もそういったことを反省しなければならないのは医師かもしれません・・・。

 本文で述べたevening chronotypeという言葉は、おそらく辞書には載っていないと思いますが、これからちょっとした流行語になるのではないかと私は思っています。chronotypeというのは、生物学の用語で概日リズムの型を指します。evening chronotypeは日本語でいう「夜型」のことです。一方「朝方」はmorning chronotypeです。

注1:この論文のタイトルは「Social Jetlag, Chronotype, and Cardiometabolic Risk」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://press.endocrine.org/doi/10.1210/jc.2015-2923

参考:
医療ニュース2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」
メディカルエッセイ第128回(2013年9月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」

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2015年12月21日 月曜日

第155回(2015年12月) 不正請求をなくす3つの方法

 2015年11月6日、警視庁は診療報酬(療養費)の不正請求をおこなった詐欺容疑として、暴力団組長や柔道整復師ら16人を逮捕し、マスコミで大きく報じられました。これがどのような詐欺なのかというと、まず普通の接骨院を装い患者を集めます。「患者」といっても本当の患者ではなく、肩や腰をもんでもらいたい人たちが保険証を提示し無料でマッサージを受けて、その上お金までもらっていたそうです。

 つまり「患者」を装った「アルバイト」なのです。マッサージをしてもらってお小遣いまでもらえるわけですから罪の意識がなければいくらでも「アルバイト」は集まるでしょう。報道によりますと、芸人ら数百人が加担し、さらに(私は聞いたことがない名前でしたが)有名なタレント女医までこの事件に絡んでいたとされています。

 この事件を受けてマスコミやジャーナリストが事件を解説するような記事を書いています。よくあるのが、接骨院だけでなく医師・歯科医師も含めて「不正請求が横行している」と強調しているものです。

 今回は不正請求をなくすための3つの方法を述べたいと思います。私はこの3つの方法を実践することで、柔道整復師のことはよく分かりませんが、少なくとも医療での不正請求の大部分がなくなると思っています。後で詳しく述べるように3つのうち1つはすぐには実現困難ですが、あとの2つはやろうと思えばすぐにでもできることであり、そのうち1つはこれを読んでいるあなたにもやってもらいたいことです。

 不正請求をなくす方法について詳しくは後で述べるとして、先に「不正請求」の誤解を解いておきたいと思います。よくマスコミが言うのは、「厚生労働省が医療機関に返還を求めた診療報酬が〇〇億円」というもので、たとえば2013年度で言えばその額は約146億円になります。マスコミはこの額を不正請求と言うわけですが、これは事実ではなくトリックがあります。

 医療機関に返還を求めた診療報酬の大半は「医療機関は必要と判断して実施した検査や投薬が、支払い側に認められなかったもの」です。ですからこのようなことはどこの医療機関でもあるのです。太融寺町谷口医院での例をあげると、体重が多い人であれば薬がたくさん必要ですから多めに処方するとこれが認められなかったり、呼吸困難を訴える患者さんに酸素飽和度を測定するとなぜか認められなかったり、B型肝炎ウイルスに感染している患者さんの血中ウイルス量を測定すると却下されたり・・・、と理由に納得できない「返還」がたくさんあるのです。これは私だけでなくほとんどの医師が感じていることです。

 では、医療機関で悪意のある診療報酬不正請求はまったくないのかというと残念なことにゼロではありません。実際2010年に逮捕された奈良県大和郡山市のY病院では悪質な不正請求が横行しており、報道によれば約860万円もの大金を詐取していたそうです。一部のマスコミはこの事件を「氷山の一角」としていますが、私自身は、これはやはり稀なケースであると信じています。しかし、同じような医療機関が今後出てこないとも限りません。

 ここからは不正を防ぐ3つの方法を紹介したいと思います。

 ひとつめは、医療者は営利を求めてはいけないことを国民全体に周知してもらうことです。これは我々からみれば当たり前なのですが、これを当たり前だと思っていない人が非常に多いのです。「そんなの当たり前じゃないか!」と思う人も、心のどこかで「医師=金持ち」のような印象があるのではないでしょうか。

 以前にも述べたことがありますが(注1)、日本医師会が作成した「医師の倫理要綱」第6条に「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文章があります。我々医師はこの倫理要綱には逆らえませんから、まともな医師であれば「営利」のことは考えません。

 しかし世間に「医師=金持ち」のイメージがあれば医師を目指す若者が誤解してしまうかもしれません。そこで私が提案したいのは、将来の進路を決めるときや、医学部受験のとき、医学部入学式のとき、医師国家試験を受ける時、研修医として病院に採用されるとき、医師会に入会するとき、などの節目ごとに、この「医師は医業にあたって営利を目的としない」という文言を宣誓してもらう、あるいは署名してもらうようにすればいいと思うのです。

 もしも、医学に興味があって医学部に入学したけれど、大学生活を通してお金に興味が出てきた、将来は金儲けがしたい、と思い直す学生が出てくればその時点で医学部を退学すればいいのです。

 不正を防ぐ2つめの方法は、「医師の収入の上限を設ける」というものです。過去にも述べたことがありますが(注2)、私はこれが国民の誤解を解くのに最も手っ取り早い方法だと考えています。上限があれば「金儲けしたい」と考える輩は初めから医師になることを考えなくなります。先に述べた奈良県のY病院の院長は、当時の週刊誌の報道によれば「豪奢な自宅の敷地内にハーレーダビッドソンやBMWといった高級大型バイク、新型のフェアレディZやGT-Rなど高級国産車が常時止められていた」そうです。収入の上限があれば、こんな趣味がある人は初めから医師など考えないはずです。

 不正を防ぐ3つめの方法は、誤解を恐れずに言えば「患者さんは医師に感謝する」ということです。もちろん感謝したくてもできない場合もあるでしょうし、感謝どころか「こんな病院二度と受診したくない!」と思うような経験のある人もいるでしょう。もちろんそんな場合は、そのような病院に金輪際行かなければいいわけですし、場合によっては訴訟を考えてもいいでしょう。

 しかし、病気やケガを治療してもらって心底感謝しているという患者さんや、医師の言葉に救われたという経験のある人も少なくないでしょう。そんなときは医師に感謝の言葉をかけることを勧めたいと思います。長時間勤務でどれだけ疲れていても、患者さんからの感謝の言葉で医師は頑張れるのです。ここで誤解のないように言っておくと「感謝」というのは「お金」や「物」であってはいけません。特にお金はその場で固辞するのに大変なエネルギーを使いますし、その場でどうしても断れずに受け取ってしまうとそれを送り返すのに多大な労力を強いられます。以前述べたように(注3)、感謝の気持ちは「言葉」が一番嬉しいのです。

 不正請求の議論になったときに必ず出てくる言葉が「性善説」です。性善説に頼っていると不正は防げない、というような意見です。私は「性善説」という言葉で議論することが不毛だと思っています。そもそも人間には「生まれたときから完全な善人」などおらず、同じように完全な悪人もいません。すべての人がいいところもあれば悪いところもあるのです。ある状況で「善い」行動をとるか「悪い」行動をとるか、それが決まる最も大きな要因はその人の「期待のされ方」です。

 以前述べたように(注4)医師の大半は人格者です。(私自身は高い人格を持っているわけではありませんが、それでも過去の自分に比べると「人格者的」ではあると思います) なぜ医師が人格者になれるのかというと、ひとつは「ヒポクラテスの誓い」、先にも述べた日本医師会の「医師の倫理要綱」、以前紹介したフーフェランドの『扶氏医戒之略』(注5)といったわかりやすいミッション・ステイトメントがあること、そしてもうひとつは患者さんから受け取る「感謝の言葉」です。

「感謝の言葉」を聞けば聞くほど、医師は期待されていることを自覚し高い人格を維持しようとします。このような状態で「不正請求」などというものは考えることさえできないものなのです。ですから、我々医師が、報道などで「不正請求」という文字を目にしたときに最初に思うことは「誤報に違いない」というものです。(残念ながら、誤報でない、という場合もありますが‥)

 以上述べてきた不正請求をなくす3つの方法をまとめてみると、まず①医師を目指す者に「医師=金持ち」という幻想を捨ててもらい、②実際に収入の上限を設け、③医師は日頃から高い人格を目指すと同時に患者さんが医師に感謝の気持ちを感じたときはその気持ちを言葉に表す(もちろん感じなければ不要です)、となります。これで、不正請求は消失するはず、というのが私の考えです。

注1:下記コラムで詳しく述べています。

メディカルエッセイ第134回(2014年3月)「医師に人格者が多い理由」

注2:下記2つのコラムで述べています。

メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」
メディカルエッセイ第131回(2013年12月)「不可解な公表された医師の収入」

注3:下記を参照ください

メディカルエッセイ第31回(2006年1月)「正しい医師への謝礼の仕方、教えます!」

注4、注5:上記注1で紹介したコラムで述べています。

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2015年12月21日 月曜日

第148回(2015年12月) 不眠治療の歴史が変わるか

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんは睡眠の悩みを訴える人が多く、毎日のようにその苦痛を聞いています。谷口医院の患者さんは働く若い世代が多いですから、「睡眠」の悩みとして一番多いのは狭い意味での不眠ではなく、「眠る時間の確保ができない」、つまり「労働時間が長すぎて困っている」、というものです。

 過去に述べたように、睡眠不足は作業効率を落とし(飲酒運転と同じ!)、いろんな病気のリスクになります(注1)。また日本人を対象とした研究で「睡眠不足は死亡率を高くする」とするものもあります(注2)。

 睡眠に関するもうひとつの問題が「睡眠時間を確保しても眠れない」、つまり「不眠」です。不眠があるからといって、それだけで睡眠薬を処方するわけにはいきません。まずは規則正しい生活ができているかどうかの見直し、そして原因になっているものがないかどうかの検討をしなければなりません。実際、不眠の原因が内分泌疾患(最多が甲状腺機能亢進症)であったり、薬剤性であったり、ということはしばしばありますし、うつ病など精神疾患であることも珍しくありません。その場合、まずは原疾患の治療が必要になります。

 不眠の原因が特に見当たらず、生活習慣の見直しをおこなったけれどもそれでも不眠が続くという場合には「睡眠薬」の検討を開始することになります。

「睡眠薬」という表現以外に「入眠剤」「睡眠補助薬」「睡眠改善薬」などいろんな言葉があり混乱を招いています。ここはきちんと分類しておかないと話がややこしくなりますから、この時点で整理したいと思います。現在使われている「睡眠の薬」を分類すると次のようになります。

①ベンゾジアゼピン系:現在日本で使用されている大多数
②非ベンゾジアゼピン系:ゾルピデム(マイスリー)、ゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)
③メラトニン受容体作動系(ロゼレム)
④オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)
⑤バルビツール酸系
⑥非バルビツール酸系:ブロバリンなど

 ①ベンゾジアゼピン系が最も使用されているもので、商品名でいえば、ハルシオン、レンドルミン、リスミー、ベンザリン、ユーロジン、エリミン、サイレース、ロヒプノールなどが相当します。ごく短時間しか作用しないものから長時間作用するものまで、また比較的弱いものから強力なものまでそろっており、多くの場合すぐに効果がでますから、「確実に眠りたいときには便利な薬」という言い方ができるかもしれません。

 しかし危険性は小さくありません。まずベンゾジアゼピン系には「依存性」という大変やっかいな問題があります。これは文字通り睡眠薬に「依存」してしまう、つまりある程度使い続けるともはやベンゾジアゼピンなしでは眠れない身体になってしまう、いわば一種の「薬物依存」です。睡眠薬に限らず薬というのは減らしていくことを考えなければなりませんが、ベンゾジアゼピン系というのは依存を断ち切ることが最も困難な薬のひとつなのです。

 ベンゾジアゼピン系には「反跳性不眠」という問題もあります。これは、ベンゾジアゼピン系をある程度使い続けると、中止したときに、薬を始める前よりも不眠の重症度が強くなる、つまり、睡眠薬を使ったことにより、使う前よりも不眠症がひどくなってしまうことを言います。「依存性」と「反跳性不眠」の2つがベンゾジアゼピン系の代表的な問題点です。

 ベンゾジアゼピン系にはまだ問題があります。「筋弛緩作用」がありこれは転倒のリスクになります。また日中の倦怠感や眠気が起こることもあります。特に高齢者ではこういったリスクが増大し、実際海外では多くの国で65歳以上の高齢者には使用してはいけないことになっています。一方、日本ではベンゾジアゼピン系の使用が諸外国に比べ極めて多いことがしばしば指摘されます。さらに、充分なコンセンサスが得られているとまでは言えませんが、一部にはベンゾジアゼピン系が認知症のリスクになるとする報告もあります。

 ベンゾジアゼピン系にそんな問題があるなら②非ベンゾジアゼピン系に期待したいところですが、非ベンゾジアゼピン系も、化学構造がベンゾジアゼピン系とは異なるというだけで、実際の効果や副作用はベンゾジアゼピン系と変わりません。実際、過去に紹介した悲惨な事件の原因(注3)となったのは非ベンゾジアゼピン系の代表ともいえる「ゾルピデム(マイスリー)」です。

 ③は副作用が少なく、依存性もない大変使いやすい薬で、登場したときには期待が大きかったのですが、残念ながら効果に乏しくこれでは眠れないという人が少なくありません。この薬は国によっては薬としては認められておらず「サプリメント」の扱いです。

 ⑤と⑥はかなり強い薬で副作用が多く重症例にしか使われないものです。重症例に限り精神科専門医により処方される薬と考えればいいでしょう。

 今、もっとも注目されているのが④オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)です。この薬は日本人の学者により開発され2014年12月から処方開始となりました。オレキシンというのは脳でつくられる覚醒を維持するホルモンと考えればいいと思います。オレキシンがオレキシン受容体と結合することにより人は覚醒していられる、というわけです。ベルソムラはそのオレキシン受容体をブロックすることにより、オレキシンの作用を抑制するという仕組みです。

 このような理屈よりも重要なのが実際の効果と副作用です。まず副作用からみていきましょう。ベルソムラの最大の特徴は、(非)ベンゾジアゼピン系の欠点である「依存性」と「反跳性不眠」がないということです。これは大変大きいことです。副作用がまったくないわけではなく(たとえば眠気が昼間に持ち越されるといった副作用はありえます)、また歴史の新しい薬ですから長期使用での安全性については未知の部分もありますが、ベルソムラは従来の睡眠薬に比べて随分と使いやすい画期的な薬といえます。

 ③のロゼレムが登場したときも同じようなことが言われましたが、残念ながら、先にも述べたようにロゼレムでは効果が不十分であることが多かったのです。ベルソムラはロゼレムに比べて、睡眠効果も高く今後ますます使用されていくことになると思われます。

 ただし、谷口医院の患者さんをみていると、ベルソムラは、キレの良さというか、効果の強さでいえばやはり従来の睡眠薬、つまり(非)ベンゾジアゼピン系よりは弱いといえます。それに、これまで(非)ベンゾジアゼピン系を使っていた患者さんに、直ちにベルソムラに切り替えてもらってもたいていは上手くいきません。

 そこで、谷口医院では、現在(非)ベンゾジアゼピン系を使っている患者さんに対しては、いきなりベルソムラに変更するのではなく、まずはこれまで通り(非)ベンゾジアゼピン系を使用してもらいベルソムラを併用します。しばらくしてから、(非)ベンゾジアゼピン系の量を少なくします。たとえば1/2の量、もっと慎重に進める場合は3/4程度にします。そして少しずつ(非)ベンゾジアゼピン系を減らしていき、最終的にはベルソムラのみにするのです。ロゼレムで上手くいかなかったケースでもベルソムラでは成功することが多いといえます。

 先にも述べたように新しい薬というのは長期で使用して初めて判る副作用もありますから、ベルソムラの場合も手放しに歓迎というわけにはいきません。しかし、今後(非)ベンゾジアゼピン系の使用を大幅に減らすことは期待できそうです。

注1:詳しくは下記「はやりの病気第139回」を参照ください。

注2:下記に簡単な紹介がされています。

http://jeaweb.jp/journal/abstract/vol014_04.html

注3:詳しくは下記「はやりの病気第124回」を参照ください。

参考;はやりの病気

第138回(2015年2月)「不眠症の克服~睡眠時間が短い国民と長い国民~ 」
第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」
第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」
第124回(2013年2月)「睡眠薬の恐怖」

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2015年12月11日 金曜日

2015年12月 私が狂っているのか、それとも社会がおかしいのか

 先日、近くの食堂で遅い夕食をとっているとき、テレビで今年(2015年)の流行語大賞の発表がおこなわれていました。日頃ほとんどテレビを観ず、流行にかなり疎い私はノミネートされていた流行語をほとんど知りませんでした。それはいいのですが、そのテレビを観ていて、虫唾が走るような不快感を覚えました・・・。

 2015年8月16日午前7時頃、バンコクのラーチャダムリ通りを北向きにジョギングしていた私は右手にエラワン廟を見ながら交差点を右折しプルンチット通りに入りました。その36時間後に死者20人の被害をもたらした爆弾テロ事件がこの場所で起こるとは想像だにできませんでした。

 2015年11月12日、レバノンの首都ベイルートで2件の自爆テロ事件がおこり43人が死亡しました。(なぜかマスコミはこの事件をあまり取り上げませんでした・・・) その翌日、パリで連続自爆テロ事件が起こり127人以上が死亡しました。この事件はコンサート会場やレストランで事件が起こり世界中を恐怖におののかせました。

 2015年の私の印象は、これほどイスラム教関連の忘れ難い出来事が起こった年はないのでは?、というものです。日本人を助けるためにシリアに入国しISILというテロ組織(マスコミではこのテロ組織を「イスラム国」と呼んでいますがこれは国ではありません)に捕らえられ、2015年1月に惨殺されたジャーナリストの後藤健二氏のことを世間はもう忘れたのでしょうか。

 また、同じ月(2015年1月)に、イスラムを風刺したパリの週刊誌の編集長や執筆者ら合計12人が殺害されたシャルリー・エブド襲撃事件(この事件とISILとの関係は不明)はもう忘れ去られたのでしょうか。

 忘れ去られたわけではないけれども、流行語大賞にノミネートされた言葉の方がインパクトが強くより流行した、ということなのでしょうか。ISIL(イスラム国)、自爆テロ、後藤健二、シャルリー・エブド、こういった言葉は流行語にはならないのでしょうか。「流行語」はどこか軽薄なイメージが伴うため、あえてこういった単語はノミネートから外しているのでしょうか・・・。

 私が言っていることは「中年オヤジの戯言(たわごと)」に過ぎないのかもしれません。それにテレビのことなど放っておけばいいのだとは思いますが、イスラム関連の事件が取り上げられていないのはやはりおかしいと思うのです。

 イスラム関連以外のことで言えば、2015年は二人の日本人がノーベル賞を受賞しています。ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章博士はニュートリノが質量を持つことを発見しました。ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智先生はイベルメクチンという寄生虫の薬で何億人もの人を救っています。ならば「ニュートリノ」や「イベルメクチン」が流行語になってもよさそうなものだと思うのですが、このように感じるのは私だけなのでしょうか・・・。

 話をイスラムに戻したいと思います。私はこれから世界が最悪の事態になるのではないかという危機感を拭えません。私は政治に詳しいわけではなく、ずぶの素人ですが、次のように考えています。

 2015年9月30日、ロシアはシリアの反政府組織を空爆しました。シリア政府(アサド政権)をロシアは支持しています。結果として、これが引き金となり次々と悲劇が起こっているのではないかと思うのです。1ヶ月後の10月30日、エジプト上空でISILがロシア機を爆撃し、乗客乗員224人全員が死亡しました。ISILはジハードの名の下に自爆テロを繰り返し、11月12日にはベイルートで、13日にはパリで大規模な自爆テロを起こしました。

 私が懸念していることは2つあります。1つは、純粋なイスラム教徒に対する偏見です。イスラムを名乗るテロ組織が世界中で次々と自爆テロを起こすようになれば、キリスト教徒や仏教徒、多くの日本人のような無宗教の人々は、イスラム教徒に対する偏見を持つことにつながります。そして彼(女)らは社会から疎外されることになりかねません。すると、そういった者のいくらかは社会への怨恨が生じ、ISILに加わるかもしれません。そして、まさにこれこそがISILの考えていることです。つまり、非イスラム教徒がイスラムへの偏見を強めることになればなるほど、ISILの「思う壺」というわけです。

 先に述べたバンコクの爆破事件はウイグル族のイスラム教徒の犯行と言われています。中国政府(漢民族)は以前からウイグル族を弾圧していることが問題になっていました。イスラムへの風当たりが強くなっているこの時期に一気に圧力をかけてくるかもしれません。するとウイグル族の若者がISILに加わるという可能性もでてきます。

 さらに、です。日本では地下鉄サリン事件という世界中を驚かせたテロ事件が起こった歴史があります。オウム真理教に共感し入信した若者の何割かは社会に対するルサンチマンを持っていて、それがテロという反社会的な行動につながったのではないでしょうか。だとすると、現在の日本社会に不満を持つ若者がISILに勧誘され、日本国内でのテロが起こらないとも限りません。実際、パリでも、海外からやってきた者ではなく、自国の国籍をもつ者たちによって悲劇が繰り広げられたわけです。

 もうひとつの私の懸念は、大国どうしの複雑な関係です。私は以前、旅先で知り合ったトルコ人に「日本人はスンニ派とかシーア派とかにこだわりすぎる。自分たちはそんなこと普段意識しない」と言われたことがあるのですが、やはり国家の関係を考えるときにはこれらを考えるのがわかりやすいと思います。(ただし私の知識はいい加減で正確ではない可能性があります)

 スンニ派とシーア派ではスンニ派の方が多く、スンニ派の方が一般に規律が厳しい。代表国がトルコとサウジアラビア。シーア派の大国はシリア、イラン、イラク(ただしフセイン元大統領はスンニ派)、それにレバノンです。ISILはシリア内で反政府組織として発生していますから一応はスンニ派です。

 問題はここからです。ロシアは昔からシリアと仲がよくトルコと仲が悪いわけですから、シーア派支持となります。しかし、シーア派のアサド大統領はここ数年間民主化運動をおこなう市民を大量に虐殺しており、西欧諸国はそろって反アサドです。となると、ロシアと西ヨーロッパが対立することとなり、アメリカも西ヨーロッパと同じ立場になります。ということはロシア対西ヨーロッパ・アメリカとなり、こうなると「冷戦の再燃」です。

 さらに複雑なことに、11月にトルコがロシアの戦闘機を撃墜したことで二国間関係が険悪になっています。もう一度同じようなことがあると一気に大戦に突入となるのでは・・・と危惧します。

 ここで私の個人的な話をしたいと思います。NPO法人GINAの関連の仕事で南タイを訪れたときの話です。南タイはイスラム教徒が多数派を占め、独立運動が盛んで、ISILとは(今のところ)無関係ですが、死傷者を伴うテロがときどき起こります。私が訪問したときも戒厳令が敷かれており夜間外出は禁じられていました。海岸近くに投宿していた私は夕方に海岸通りの屋台で食事を買おうと思いビーチに出ました。

 すると、ヒジャブ(女性のイスラム教徒が頭に巻いている布)をまとった20人くらいの小学生くらいの女の子たちが砂浜でバレーボールをしていました。バンコクには中東出身者が集まるエリアがあり、そこにも多くのイスラム教徒の男女がいるのですが、そこでは女性の笑顔を見た記憶がありません。しかし、南タイの砂浜では無邪気な少女たちが、何がそんなにおかしいの、と言いたくなるほど笑い合って戯れていました・・・。ほのぼのとしたその雰囲気に癒やされた私は、なんだかとても平和的な気持ちになり、しばらくその場を離れたくなくなりました。

 中東では男女の会話も禁じられているそうですが、タイでは(マレーシアやインドネシアでも)屋台で焼き鳥を焼いているヒジャブを巻いた女性が、笑顔で日本人男性の私にも焼き鳥を売ってくれておまけをしてくれることもあります。

 私のイスラム教に対する印象は「平和で明るく無邪気」です。これは現在のイスラム教の世間のイメージと正反対だと思います。しかし、2014年にノーベル平和賞を受賞したパキスタンのマララ氏(と呼べばいいのでしょうか。マララさん?マララちゃんは失礼?)を思い出して下さい。日本での報道は一瞬で終わってしまいましたが、それでも彼女の勇気ある行動に胸を打たれた日本人も多かったはずです。

 2015年を振り返ってイスラム教徒のことが真っ先に出てくる私はおかしいのでしょうか。家族や従業員からは、遠い国のことを考える前に自分たちのことを考えろ、と言われそうですし、患者さんからは、もっと身近に困っている人がいることを忘れるな、と叱られそうです。それはたしかにその通りなのですが、1人でも多くの人にイスラムのことを考えてほしい。そしてイスラムでまずイメージするのはISILではなくマララ氏であってほしい。そう願っています・・・。

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2015年12月4日 金曜日

2015年12月4日 小児の特異的IgE抗体陽性、4分の1が疾患なし

 アレルギーの血液検査はあくまでも「参考」であり、絶対的なものではないのですよ、という話を患者さんにすることがよくあります。特に小児の場合は、検査で陽性と出るけれども実際は何の反応もでない、ということが多々あります。こういうケースで、うかつに食事制限などをおこなってしまい、成長障害が起こるようなことがあれば目もあてられません・・・。

 最近は、学校の先生が詳しくなってきていて「血液検査の結果でアレルギーが分かるわけではない」ということを親御さんに伝えてくれているのですが、それでも血液検査を希望される父兄は少なくありません。

 食物アレルギーでは、確実な検査は「食物負荷試験」といって実際に可能性のある食べ物を少量摂取してもらう検査をおこないます。しかし、この検査は危険性を伴いますから入院が必要になります。その次に有用な診察は検査ではなく「問診」です。いつ、どのようなものを食べて、どれくらい時間がたってからどのような症状がでたのかを詳しく聞くことによってアレルギーかどうかがある程度分かります。私の印象でいえば、こういった「問診」の方が血液検査より有用です。

 では血液検査はどれくらい不正確かというと、最近興味深い研究が報告されました。

 小児の特異的IgE抗体陽性の約4分の1は疾患がない・・・。

 医学誌『Allergy』2015年10月27日号(オンライン版)に論文が掲載されました(注1)。研究の対象となったのはスウェーデンの小児2,607人で、4歳、8歳、16歳時に採血がおこなわれ一般的な食物または吸入アレルゲンに対する特異的IgE抗体が調べられています。

 結果、全体の51%の小児が何らかのアレルゲンに対する特異的IgE抗体が陽性でした。そのなかの約4分の1(23%)はいかなるアレルギー疾患も有していなかったのです。

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 たとえば、「コムギのIgE抗体が陽性となったけれどもこれまで何の問題もなく食べている」、という場合にあなたはどのように考えるでしょうか。

「検査はいい加減だ。だからこれまで通り食べよう」、と思えれば問題ありません。この考え方で合っています。しかし、「今までは何の症状もでなかったが、これからアレルギーが出るかもしれない・・・」と考え、コムギ製品を口にするときいつも恐怖心を感じてしまう人もいます。そして、そう人に限って検査を希望することが多いのです。

 念のために付記しておくと、この研究はIgE抗体を調べたものです。過去に何度か述べましたが、IgG抗体を計測して「遅延型食物アレルギー」などとしているものはまったくデタラメで参考にすらなりません。にもかかわらず、「高いお金を払ってIgG抗体を調べられ「遅延型食物アレルギー」と言われ食物を制限するよう言われました。本当に食べてはいけないのですか?」といって受診される患者さんがいまだにいます。訳の分からない業者にだまされる前にまずはかかりつけ医に相談するべきです。

注1:この論文のタイトルは「IgE-antibodies in relation to prevalence and multimorbidity of eczema, asthma and rhinitis from birth to adolescence」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/all.12798/abstract

参考:医療ニュース
2014年12月25日 「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!
2015年8月3日 食物アレルギーが急増

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