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2017年3月31日 金曜日

2017年3月31日 大通り沿いに住むことが認知症のリスク

 大通りや幹線道路沿いに住めば認知症を発症しやすい・・・

 これは一流の医学誌『Lancet』2017年1月4日号(オンライン版)に掲載された報告です(注1)。

 研究はカナダでおこなわれたものです。対象者はオンタリオ州に居住の20~50歳の約440万人、及び55~85歳の約220万人です。大通りから住居までの距離と認知症の発症との関係が分析されています。観察期間は2001年から2012年です。

 調査期間中に合計243,611人が認知症を発症しました。大通りから居住地の距離との関係は、大通りから300メートル以上離れたところに住んでいる人に比べ、50メートル未満の人では1.07倍認知症を発症しやすいことがわかりました。50~100メートルでは1.04倍、101~200メートルは1.02倍、201~300メートルなら1.00倍です。

 大通りに近づけば近づくほど認知症のリスクが上昇するという”きれいな”結果となっています。尚、認知症と同じ脳疾患であるパーキンソン病と多発性硬化症でも同じ分析がおこなわれていますが、これら2疾患の発症と大通りからの距離との関連性はありませんでした。

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 私的なことになりますが、私が幹線道路沿いに初めて住んだのは20歳の頃で、医学部入学時に引っ越ししたワンルームマンションも幹線通り沿いに位置していました。医学部卒業後は研修先の病院の寮に入ることになりその寮は幹線道路から大きく離れていました。そのときは、研修医ということもありほとんど寮に帰れない生活でした。その後、幹線道路か否かにこだわったわけではないのですが、たまたま幹線道路から離れたところに住み始めました。

 すると、まったく予想していなかったことが起こりました。よく眠れるのです! 今考えれば、当たり前といえばそうなのですが、静かな環境というのがこんなにも大事なのかと驚きました。

 その後私は、国内でも海外でもホテルを予約するときには、幹線道路から離れたところという条件で探すようにしています。尚、日本では心配不要ですが、海外でホテルを探すとき、私は他に2つの条件を求めます。ひとつはホットシャワーが出ること(40歳を過ぎてから冷たい水はキツイのです)、もうひとつは「窓があること」です。アジアでは、ボロボロのゲストハウスでなくとも、例えば2,500円くらいするような中堅のホテルでも、窓がないということがあります。このような研究は見たことがありませんが、窓のない部屋で生活すると間違いなく健康を害する、と私は考えています。

 ですが、窓があるかどうかを事前に調べることが困難であり、これが私の悩みです。Agoda、Tripadviser, Expediaのいずれのホテル検索サイトも「窓あり」で検索できません。他の人はどうしているのでしょうか…。

注1:この論文のタイトルは「Living near major roads and the incidence of dementia, Parkinson’s disease, and multiple sclerosis: a population-based cohort study」であり、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)32399-6/fulltext

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年3月25日 土曜日

第170回(2017年3月) 医師が知り合いを診察すべきでない理由

 医師はフェイスブックをすべきでなく、患者さんとは友達になれない、ということを英国医師会の勧告を紹介して過去のコラム「僕は友達ができない」で述べました(注1)。同医師会は医師が患者さんからの「友達リクエスト」を「承認」すると、医師・患者の双方が不利益を被る可能性があることを指摘しています。

 ただ、実際には日本ではフェイスブックをおこなっている医師は少なくありません。患者さんから「友達リクエスト」がきたときに「拒否」することに抵抗があるために、私自身は英国の指針に従って今後もフェイスブックを含むSNSをおこなうつもりはありませんが、実際にフェイスブックをやっている医師に聞いてみると、あまり抵抗なく「拒否」しているようです。私なら、せっかくの患者さんからの友達リクエストを拒否してしまったら、その次に診察室で顔を合わせたときに気まずくなると考えるのですが、このあたり、私の感覚が他の医師とズレているのかもしれません…。

 医師・患者関係というのは、友達関係とはまったく異なるものです。仮に医師・患者の関係から友達の関係になったとして、その患者さんの病状が安定していて回復傾向にあればいいですが、そうはならなかったときに関係がこじれることがあります。外で会ったときの会話をカルテに残すようなことはしませんから、「言った言わない」という問題がでてくるでしょうし、患者さん側は「特別に目をかけてくれている」と誤解することもあるでしょうし、医師の側からみても「なんとかしてあげたい」という気持ちから冷静さを欠く可能性もあります。

 医師とは友達になれません、なんてことを学校で学ぶわけではありませんから、患者さんのなかには医師と友達関係を求める人もいます。もっとも、これは患者さんの立場にたてば理解できることであり、お世話になった人(医師)とこれからもいい関係を続けたい、とか、尊敬できる医師から医学以外のことも学びたい、と考える人もいると思います。医師への感謝の気持ちが恋愛感情に発展することもしばしばあります。(医師・患者のロマンスは原則として禁じられています。日本には明文化された規則はありませんが、アメリカ医師会の「医療倫理の指針」で述べられています。詳しくは過去のコラム(注2)を参照ください)

 診察室で、元気になった患者さんから「今度食事に招待させてください」「プライベートで電話していいですか」といったことはよく言われますし、太融寺町谷口医院は、繁華街に位置していますから、近隣の飲食店につとめる患者さんから「今度うちに食べにきてください」と言われることや、ときにはキャバクラや(北新地の)クラブで働く女性から「一度遊びにきてください」と言われることもあります。このようなとき、私は(というよりすべての医師は)医師・患者は友達になれず外で会えないルールがあるという説明をしてお断りしています。

 残念なのは、すでに私が客として利用している飲食店のスタッフが患者さんとして来院されたときです。「えっ、せんせーやったんですか?」と驚かれ、私の方も「いつも、美味しいご飯を、あ、あ、ありがとうございます…」とかなりぎこちない会話になります。もちろんそのときはプロ意識を持ってきちんと診察しますが、それ以降私は原則としてその店に行かないようにしています。

 しつこく誘われて断れなかったということなのかどうかはわかりませんが、ひとりの医師が暴力団の幹部と外で会い、診断書に虚偽を記載した疑いがもたれた事件が発覚しました。今回はこの事件を振り返って、なぜ医師は知り合いを診察すべきでないかを考えてみたいと思います。

 2014年7月、指定暴力団の幹部である男性が京都府立医科大学で腎臓の移植手術を受けました。報道によれば、同大学の学長が専門外であるのにもかかわらず手術に立ち会いました。そして、手術の1か月前に学長と手術を受けたこの幹部が病院外で個人的に会っていたことが発覚しました。

 この幹部は、恐喝事件で2015年6月に最高裁で懲役8年の実刑判決を受けています。幹部(ここからは受刑者とします)は、「腎臓の持病」を理由に判決確定後から1年半以上にわたり収監を免れていました。いつまでたっても回復しないことに不信感を抱いた大阪高検及び京都府警は府立医大を調査することになります。

「腎臓の病気のため収監に耐えられない」と診断書を書いた医師は、京都府警の任意の事情聴取に対し「院長からの指示で虚偽の書類を書いた」と供述したとされています。これに対し、学長は2017年2月28日に記者会見を開き疑惑を完全否定しました。しかし、そのわずか2日後の3月2日、退職を発表しました。

 その後、一部のマスコミが、府立医大の電子カルテには腎臓の評価に用いられるクレアチニンの値が1.1mg/dLと記載されていたと報道しました。同時期に高検に提出された診断書には10.6mg/dLとされていたそうです。10.6mg/dLなら継続治療が必要であり、とても収監には耐えられません。一方、1.1mg/dLなら、腎機能のみで判断するのであれば、通常の生活を送ることができます。ただ、この情報は私の知る限り、情報の出所がはっきりせず信ぴょう性は定かではありません。ですが、いったんこのような情報が世間に出たわけですから、学長にはこれを説明する義務があります。尚、学長と受刑者が外で会っている現場は複数回目撃されているそうです。

 さて、この事件、どこに問題があるかというと、私的な関係と医師・患者関係が区別されていないところにあります。私は医師が個人として暴力団員と接するのがいけないとは考えていません。現在私はその筋の人で仲良くしている人はいませんが、これまでの人生でその世界と接触しかけたことはないわけではありません。過去にも述べましたが(注3)、小学校には親がヤクザの同級生がいて、家が近所だったこともあり、よく家に遊びに行っていました。彼は小学校卒業と同時に引越し、今はどこで何をしているのか知りませんが、もし引越ししていなかったなら同級生として今も付き合いがあったかもしれません。

 個人的に私は「暴力団排除条例」というものに違和感を覚えますが(注4)、暴力団員の知り合いがいたとすれば、自分で診察することはおこないません。これは暴力団員だから、ではなく自分の知り合いを自分が診察するのが「よくないこと」であることを知っているからです。単なる風邪くらいならいいかもしれませんが、移植が必要なほどの腎疾患であれば、たとえ自分が腎臓専門医であったとしても他の専門医を紹介します。知り合いに治療をおこなえば冷静さを失うことがあるからです。

 マスコミの報道をみていると、この事件のポイントを「ヤクザの親分のために大学病院の医師たちがお上に対して嘘をついた」としているように見受けられます。ですが、真の問題は、患者さんが暴力団員だったことではなく「知人」に便宜を図った疑いが否定しきれない、ということです。もしも「暴力団員」が「政治家」や「権力者」あるいは「医師」であれば、メディアはある程度今回と同じような報道をおこなったでしょう。ですが、「単なる知り合い」であればこのような報道はされなかったに違いありません。

 また、今回のケースは患者が「受刑者」であったことが問題だとされています。ですが、患者が受刑者でなく、診断書の宛先が高検や京都府警でなく勤務先や学校であったとしても、内容に「虚偽」があったとすれば虚偽記載をした罪は同じです。

「暴力団員」「受刑者」という条件を外して考えてみると、2つの問題が浮かび上がってきます。ひとつは、虚偽記載という罪を犯したこと。もうひとつは、医師と患者が知り合いであったということです。難治性の疾患であればカルテの内容や診断書が重要な意味をもちます。すべての文字や文章に、知り合いであることからくる「先入観」や「主観」が入らないと言い切れるでしょうか。

 医師は自分の友達や知人が重大な疾患であればあるほど診察すべきではなく、患者さんと友達になることは避けるべきであり、患者さんからの誘いは断らねばならないのです。医師とはそのような「窮屈な職業」、というのが私の考えです。
 
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注1:メディカルエッセイ第103回(2011年8月)「僕は友達ができない」

注2:メディカルエッセイ第118回(2012年11月)「解剖実習が必要な本当の理由」

注3:NPO法人GINA「GINAと共に」第63回(2011年9月)「暴力団排除条例に対する疑問」

注4:上記注3のコラムを参照ください。

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2017年3月25日 土曜日

第163回(2017年3月) 誰もが簡単にすぐにできる「鼻うがい」

 現在私がウイークリーで連載をもっている毎日新聞電子版の「医療プレミア」で、一度自分自身が実施している「鼻うがい」を紹介したことがあります(注1)。

 私は新聞という、いわば準公共の媒体に掲載する医学・医療系のコラムには、あまり個人的なことを書くべきではないと考えています。基本的には医学的エビデンス(確証)の高いものを紹介するべきであり、奇を衒ったようなものや普遍性に乏しいものを書くことは、ときに有害でさえあると思っています。

 ですから、「鼻うがい」について、しかもそれが私自身の考えたオリジナル鼻うがい法といったものを「医療プレミア」に書いていいものかどうか悩みました。その結果、「注釈」で簡単に述べる、という方法にしたのです。

 しかし、です。意外なことに、詳しく教えてほしい、という問合せが今も多く寄せられます。「医療プレミア」は単なるその場限りの情報提供ツールではなく、公開後何年たっても読みごたえのあるコラムを集めているのですが(私はそう思っています)、それにしても公開して1年以上がたって、本文ではなく「注釈」に書いたことに興味を持ってもらえるとは想定していないことでした。

「鼻うがい」で検索をかけるといろんなサイトがヒットします。少し読んでみると、風邪予防や花粉症に有効とする肯定的なものがある一方で、「痛い」というコメントが多いのが目立ちます。また、方法については「生理食塩水」「ぬるま湯」というのがキーワードになっているようです。

 もしも私が鼻うがいに対してまったくの「白紙」だったとすると、鼻うがいには否定的な気持ちになったに違いありません。まず「痛い」のはイヤですし、生理食塩水を自分でつくるような面倒くさいことはできません。その上、温度調節をしなければならない、などと聞けば、一度や二度はできたとしても毎日続けることなど(ずぼらな私に)できるはずがありません。

 しかし、私はもう4年近く鼻うがいを続けています。しかも、何の痛みも自覚することなく、面倒くさいことは一切せずに、です。今となっては私が今から紹介する「鼻うがい」をどのようにして考案したのかが思い出せないのですが、おそらく最初は単なる”思いつき”で始めたのだと思います。

 鼻うがいが有効なのは明らかです。ですが、その前に通常のうがいが有効であることを確認しておきましょう。実は、うがいの有効性を実証した研究というのは(私の知る限り)あまりありません。おそらく世界的に有名な研究はないと思います。私が患者さんによく説明する研究は注1の「医療プレミア」のコラムでも紹介した医学誌『American Journal of Preventive Medicine』に掲載された京都大学の研究です。この研究ではそれまで有用とされていたヨード系うがい液には風邪を予防する効果がなく、水でなら有効であることが示されました。

 通常の水でのうがいが風邪の予防になることは感覚的にも納得できるのではないでしょうか。そして、病原体が棲みついて仲間を増やすのは咽頭や扁桃だけではありません。「鼻かぜ」という言葉があるように病原体が鼻粘膜に棲みついて炎症をきたすこともある、というか、頻度としてはおそらくこちらの方が多いわけです。鼻づまりで苦しいときに、「あ~、鼻の中の病原体を洗い流したい」と強く感じるのは私だけではないでしょう。それに、鼻水や鼻づまりが生じる前の段階で”わるさ”をする病原体を洗い流すことが有効なのは間違いありません。すでに京都大学の研究で消毒液は役に立たないことがわかっています。また、皮膚の傷に対しても、かつて使われていた消毒薬にはあまり効果がなく、通常の水道水で洗浄する方がずっと有効であることが分かっています。特に日本の水道水は飲料水としても合格するほどきれいなものです。

 ならば鼻の中に水をいれて病原体を洗い流すことは是非ともやるべきです。しかし、プールで息つぎを失敗して鼻に水が入ったときのあの苦しさを思い出すと、鼻に水を入れるなんて恐ろしくてできません。臆病な私には鼻から水を吸い込む勇気がありません。

 そこで私は「シリンジ」を用意することにしました。シリンジとは注射や採血のときに使う注射針に接続するプラスティックの筒のことです。面倒くさがりの私はコップどころか洗面器を用意するのもおっくうに感じます。そこで、シャワーをするときに片方の手を少し丸めて掌に湯をためて、そこからシリンジを片手に持ち掌のお湯を吸いあげるのです。10mLのシリンジであればこの作業を1回するだけでスタンバイOKです。

 次に少し上を向いた状態で、シャワーでお湯を口の中に入れ、通常のうがいをします。このときのポイントは声を出さず喉の上でお湯を静止させるような感じです。そして、そのまま少し上を向いたまま片方の鼻を押さえて、もう一方の鼻(鼻腔)にシリンジの先端をいれて、勢いよくシリンジからお湯を注入するのです。そして、そのお湯を口から出すのではなく、そのまま勢いよく鼻の外に噴出させます。このとき、喉の上にためていたお湯は口から同時に吐き出します。この間、もう一方の鼻は押さえたままです。この作業を片側で2~3回おこない、その後反対側でもおこないます。

 一般的な鼻うがいは鼻腔に入れた水を口から出すそうですが、その作業を通常のお湯でやればけっこうな痛みが伴うはずです。しかし、私のやり方であれば、痛みはほぼゼロです。やり始めた頃は軽い痛みを感じるかもしれませんが、ほとんど気にならないレベルですし、すぐに慣れます。

 私は毎日2~3回シャワーをします。(これはうがいをするためではなく汗を流すためです。私は身体を洗うときにタオルは使わず、石ケンもほとんど使いません。この方法で多くの湿疹が改善しますし、これも多くの人に伝えたいことなのですが、今回の鼻うがいとは関係のないことなので、これ以上の言及はやめておきます) そのシャワーのときにこの鼻うがいをおこなうのです。この方法はとても行儀が悪いというか、一度鼻に入れたものをそのあたりにまき散らしますから銭湯などではおこなえません。また、自宅のシャワールームでおこなうにしても、行儀が悪いことだけでなく、鼻水や病原体をまき散らすのは不衛生で家族に迷惑をかけますから実践した後は床などをシャワーできれいにしておかなければなりません。

 この鼻うがいを開始してから4年近くたちます。この間、風邪はほとんどひいておらず、ひいたとしてもすぐに治ります。抗菌薬や市販の風邪薬はもちろん、鎮痛剤も飲んでいません。私が風邪で飲むのは麻黄湯くらいです。また、この鼻うがいは、風邪をひいてしまったときにも鼻腔内の病原体を洗い流せるという利点もあります。

 それに鼻うがいは花粉症やダニアレルギーの対策にもなるはずです。いくらきれいな部屋でも多少のダニやハウスダストは存在しますし、花粉の季節に外出すればいくらかは花粉が鼻腔に入ってくるでしょう。

 この私の鼻うがいについて、シリンジはどうやって手に入れるんですか、と何度か聞かれたことがあります。薬局で買えるかどうか確かめたことはないのですが、例えばAmazonでなら簡単に買えます。「シリンジ」で検索すればたくさんでてきます。医療機関でシリンジを使うときは使い捨て(single-use)ですが、鼻うがいには数百回は使えます。(それ以上使うとゴムが劣化して吸水作業ができなくなります)

 この私が思いついた「鼻うがい」。実践されるのは自由ですが、蓄膿や副鼻腔炎を過去に起こしたことがある人は、副鼻腔にお湯が入ってしまうリスクもあります。念のため、かかりつけ医に先に相談することを勧めます。

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注1:実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月20日)「うがいの”常識”ウソ・ホント」

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2017年3月17日 金曜日

2017年3月 遂に破綻した私の時間管理

 しまった! やってしまった…。そう叫びたくなったのは昨日中に目を通すはずだった新聞を読まずに寝てしまったからです。どうしてそこまで後悔するかというと、私は日経新聞の電子版を購読していて、1週間が過ぎるとデータが消されてしまうからです。そうです。今の私は新聞を読むのが1週間遅れなのです…。

 私の人生はいつも時間に追われていて、物心がついたときから、とまでは言えないにしても、少なくとも高校を卒業したあたりから、「時間がない、時間がもったいない」が口癖になっていました。もっとも、このようなことを言い過ぎると周囲に不快感を与えますから、なるべく言わないようにはしていますが…。

 そんな私が高校を卒業してまず取り組んだのが「睡眠時間を減らす」ということです。中学・高校とラジオの深夜放送にハマっていた私は、元々どちらかという睡眠時間を削るのが得意でした。関西学院大学(以下「関学」)に入学した18歳の時点から、大学生には時間はたっぷりある、と言う同級生を横目で見ながら、「寝る時間を削ってでも楽しんでやる!」と考えました。

 以前にも述べましたが、18歳の頃の私はアルバイト先で自分が何もできず役に立たない人間であることを知ることになりました。(関学のように)偏差値が高い大学に行ければ…、と考えていたのが完全に間違いで、名前も聞いたことのない低偏差値の大学生がバリバリ仕事をこなしているのをみて、のんきに大学生活を楽しもうとしている場合ではない!と自覚したのです。

 そこで私は、同級生がのんびりしている時間にもアルバイトにでかけ、深夜からでも遊びに行き、早朝からまたアルバイトに行きという生活をすることになっていったのです。当時の私はショートスリーパーであることは”いいこと”のように考えていて、睡眠を削ればその分人生を謳歌できる、と本気で考えていました。一度、オールナイトで遊んで夜が明けてから帰ったとき、二日酔いもあり不本意ながら夕暮れ時まで寝てしまったことがあります。そのときに窓から見えた夕陽の虚しかったこと…。あぁ、今日という日を無駄に過ごしてしまった…、という後悔の念を痛切に感じました。

 就職してからも人の倍は遊んでやる!と考えていた私は早々にその思いを挫かれることになります。英語がまったくできなかった私の配属先はなんと「海外事業部」。英語ができなければ存在価値がゼロのような部署です。これも以前に述べましたのでここでは繰り返しませんが、そのときの選択肢は2つ。死ぬほど英語を勉強して少しは使える社員になるか、入社早々退職し次を探すか…。前者を選択した私は朝5時に起床し英語の勉強を開始しだしました。関学の学生の頃、朝5時に起きてアルバイトに出かけていましたから、早起きには慣れています。今も私の起床時間は午前4時45分ですから、結局私の人生はずっと早起きです。

 会社を辞めて医学部の受験勉強を開始しだしたときも睡眠時間は5時間と決めていました。その頃の私は、雑念を追い払うために、付き合いで出かける、ということをほとんどしませんでしたから、私のこれまでの人生でもっとも規則正しい生活となりました。会社員時代は、英語の勉強で忙しくても、どれだけ睡眠時間が短くても、人付き合いは断らず、むしろそれを自分の「セールスポイント」にしていたくらいですが、医学部受験勉強時代は、友人にも「一年間は出家したものと思ってほしい」と伝え、可能な限り受験以外のことを考えないようにしていたのです。

 医学部入学後は、再び友人や先輩との付き合いが始まりましたから、相変わらず夜中でも出かけることもありました。その上、医学部の勉強はとても大変ですから、のんびりする余裕などありません。医学部の若い同級生と同じ勉強時間では太刀打ちできませんから、それまでの人生の「他人の倍は遊ぶ」というルールを「他人の倍は勉強する」に変更することになりました。

 医学部の1回生の終り頃、1997年の初頭に読んだ『7つの習慣』に感銘を受けた私は、同書で紹介されている「自分の葬儀を想像する」ことを実践するようになりました。これは、自分がどんなふうに人生の最後を迎えたいかを思い描くことにより、今すべきことが逆算できるというもので、たしかに、自分が死ぬまでに何をしていたいか、どんな人間になっていたいかを考えると、残された時間はあまり多くないことに気づきます。そして、このことに気づけば時間をムダにしている余裕はありません。

 例えば、元々私はテレビをあまり観ませんが、この頃からNHKの語学教育番組を除けばテレビの前に座ることがほとんどなくなりました。映画は好きなのですが、漠然と観るのではなく、いつも「貴重な一本」と考えて楽しむようにしています。自分の行動は損得で決めるわけではありませんし、生産性が高いか低いかで判断しているわけでもありません。悩んでいる後輩から連絡があれば夜中でも会いに行くことは変わりませんが、ダラダラと過ごすような時間はほとんどなくなりました。

 医師になってからはこの傾向がさらに進み、以前もどこかで言ったように、トイレと寝室以外は24時間監視されていてもかまわないと思うほどです。20代の会社員の頃は、他人の倍遊ぶことが目標でしたが、医師になったときには同僚の倍働こうと思いました。たしかに研修医は誰もが仕事と勉強だけの日々になるのは事実ですが、それでも私は同僚よりも患者さんと接する時間を長くし、救急外来に入りびたり、そして論文も教科書もたくさん読むことを心がけました。

 太融寺町谷口医院を始めてからも、教科書や論文を読む量は減らしていない、どころか最近はネット上で簡単に論文にアクセスできますから読む量は増えています。医学部の学生時代には値段が高くて買えなかった世界的に有名な医学書も最近はiPADで読んでいます。医学書というのは驚くほど高価で何万円もするものもざらにあります。学生の頃は、親からもらう小遣いで買える同級生を羨ましく思っていましたが、今の私は出張時の機内でそれらを読んでいます。

 ネット社会は新聞や論文、医学書へのアクセスを簡単にしただけではありません。私の元には谷口医院やGINAのサイトを見た人から健康相談などのメールが毎日たくさん届きます。外国人からのメールもほぼ毎日送られてきます。谷口医院のウェブサイトには英語版もあるからです。これらのひとつひとつに回答するのはそれなりに時間がかかるのですが、必要なことですし、メールで問題が解決するならとても有益なものといえます。

 これからももっと勉強してもっと仕事をして…、と考えているのですが、最近、ついに私の時間管理が破綻してしまいました。谷口医院のサイトの「医療ニュース」は、海外の論文などから興味深いものをピックアップして月に4本書いていたのですが、先月(2017年2月)は1本しか書けませんでした。

 実は2月と3月にそれぞれ学会発表があり、この準備に時間を取られ…、というのは言い訳で、よく考えると私のスケジュールはとっくに破綻していることに気づきました。

 NHKの英語教育番組「ニュースで英会話」はテレビのハードディスクにたまりっぱなしで、昨日観たのは2年前のものです。「話題のニュースで旬な表現を学ぶ…」がこの番組の特徴なのに、私にとっては「なつかしのニュース」になってしまっています。定期的に読んでいる週刊誌は1~2週間遅れ。新聞は冒頭で述べた通り。amazonの「ほしいものリスト」に入っている書籍はとっくに1000冊を超えています。

 コラムというのは、考えがまとまってから書くものだと思いますが、今書いている破綻している私の時間管理には改善策が見当たりません。現在の睡眠時間は6時間。20代の頃と異なり、これ以上削ることはできません。また週に5~6時間、脊椎症の術後のリハビリ(筋トレとジョギング)にあてていますが、これも減らすことはできません。

 この「マンスリーレポート」は、だいたい毎月10日ごろに公開していましたが、現在すでに17日。破綻した時間管理の打開策は今のところ見当たらず…。これからも私の人生は時間に追われっぱなしなのでしょうか…。

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2017年3月6日 月曜日

2017年3月6日 ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク

 アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツが脳にダメージを与え、将来認知症や人格変貌、さらに自殺をも招くことがある、ということはここ数年注目されており、このサイトでも何度か取り上げました(注1)。この脳にダメージをおこす疾患のことを「慢性外傷性脳症」(以下「CTE」)と呼びます。コンタクトスポーツと言えばサッカーを思い浮かべる人も多いでしょう。では、サッカーのヘディングはどうなのでしょうか。

 ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上…。

 医学誌『Neurology』2017年2月1日号(オンライン版)にこのような研究が報告されました(注2)。

 研究の対象者は、ニューヨーク市のアマチュアサッカークラブの成人男女の選手222人。調査はオンライン上でおこなわれました。調査期間の2週間でヘディングを行った回数は、男性平均44回、女性は27回でした。また、「偶発的な頭部への衝撃」が男性の37%、女性の43%にありました。そして、ヘディングや偶発的な衝撃により20%の選手に何らかの症状が認められています。

 これらを分析した結果、ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べ脳振盪を起こすリスクが3倍以上、偶発的な衝撃を2回以上受けた選手は、受けていないい選手と比較し6倍以上となっていました。

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 この論文では、ヘディングが脳振盪を起こしやすいとは言っていますが、CTEのリスクとなるかどうかについては検討されていません。しかし一般紙がこれに言及しています。英国の新聞「The Telegraph」はこの記事を取り上げ、ヘディングとCTEのリスクについて、イングランドの元ストライカーJeff Astle氏を取り上げてコメントしています(注3)。Astle氏は若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界しています。

 Astle氏の若すぎる死とサッカーの関係についてはBBCも取り上げています(注4)。BBCは、氏の娘のDawnさんがラジオ番組でコメントした次の言葉を紹介しています。

「サッカーが原因で認知症が起こったことを示す証拠は以前からありました。にもかかわらず真剣に検討されなかったのは”許されないこと”かつ”不可解”なことです」

注1:下記を参照ください。
はやりの病気
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース
2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに 

注2:この論文のタイトルは「Symptoms from repeated intentional and unintentional head impact in soccer players」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.neurology.org/content/88/9/901.short?sid=2346c46a-d26b-49a8-942b-bd585e28f60e

注3:この記事のタイトルは「Demand for new study of heading and concussion(ヘディングと脳振盪の新たな研究が望まれる)」です。下記URLを参照ください。

http://www.telegraph.co.uk/football/2017/02/01/demand-new-study-heading-concussion/

注4:この記事のタイトルは「Jeff Astle’s daughter: Dad’s job killed him(Jeff Astle氏の娘が語る~父の仕事が父を殺した~)」です、下記URLを参照ください。

http://www.bbc.com/news/uk-38979607

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2017年2月23日 木曜日

第169回(2017年2月) 「レセプト債」の失敗からみる世間の誤解

 「レセプト債」と呼ばれる<高利回りで低リスク>の金融商品を扱っていた金融機関4社が破綻したことが報道されたのは2015年の11月でした。報道によれば、オプティファクター社が運営するファンド3社が発行したレセプト債を、アーツ証券など証券7社が2015年10月時点で約2,470の法人・個人に約227億円分販売し、これが返還できなくなりました。

 高利回りで低リスクの商品などあるわけない、と私のような金融に疎い人間は思いますが、世間には「うまい話」がないわけではないのかもしれません。しかし、レセプト債などというのはその言葉を聞いた瞬間、「うまくいくわけがない。手を出してはいけない」と(ほとんどの)医師は分かります。レセプト債になけなしの年金をつぎ込んで路頭に彷徨うことになったという話を聞くと、なんでそんな胡散臭い商品を買う前に相談してくれなかったの!と見知らぬ人にも言いたくなってしまいます。(私に相談してくる人はいませんでしたが、もしも相談を受けたとすれば瞬時に「絶対に買うな!」と言っていました)

 さて、レセプト債がなぜ儲からないものかを説明していきますが、その前にこの事件に「悪質性」があったのかどうかを考えてみたいと思います。2017年2月16日の朝日新聞(オンライン版)に「レセプト債「高利で安全」容疑の元社長ら投資家に説明」というタイトルの記事が掲載されました。報道によれば、容疑者らがレセプト債を発行したファンドの財務内容が悪化しているのを知りつつ、元本償還や利払いが確実に行えると別の証券会社員らに対して装うための資料を作成していたそうです。

 記事を読めば、この容疑者は「悪い奴」となりますが、私個人の印象としては、初めから「悪いこと」を企んでいたわけではないと思っています。つまり、最初は「レセプト債」が「高利で安全」と真剣に考えていたのではないかと思うのです。私の推理は次のようなものです。

 容疑者たちは医療機関が発行する「レセプト」に興味を持った。通常、医療機関を受診して患者が払うのは3割のみ。残りの7割は支払基金というところなどから2~3か月後に医療機関に支払われる。そのときの「請求書」がレセプトである。医療機関からみれば、入金が2~3か月後というのはもどかしいに違いない。もしも多少の割引があってもレセプトを発行したときすぐに入金されればありがたいのではないか。ん、これは「手形割引」と同じことだ。支払われるのが60日後の1,000万円の手形があったとして、60日後ではなく今すぐに現金が欲しい、現金をくれるなら5%を割り引いた950万円でもかまわない、と考える者がいるから「手形割引」という制度があるわけで、いわば「レセプト割引」を医療機関に提案すればいいのでは、と考えたというストーリーです。

 例えばある月のレセプトの請求合計額が1,000万円の医療機関があったとしましょう。2か月後に1,000万円を受け取れることができるが950万円でいいから今すぐに現金がほしいと考えたとします。ファンド会社は950万円でこのレセプトを買い取れば、その医療機関にも喜んでもらえて、自社は2か月後に50万円の利益がでます。2か月で50万円ですからファンド会社が半分の25万円を取ったとしても、ひとりの顧客が950万円投資すれば2か月後に975万円が戻ります。ということは、2か月での利率は2.63%、これを年利にすればx6で15.78%ということになり、驚くほどの高金利ということになります(計算、あってますでしょうか…?)

 もしも私に医療の知識がないとすればレセプト債は魅力的な商品にうつったかもしれません(金銭的な余裕があれば、の話ですが…)。なにしろ年利15.78%という高金利で、なおかつ医療の需要は減ることはないでしょうから低リスクと考えるのも無理はありません。しかし、レセプトというものがどういうものかを私は知っていますから、このようなものが商品として成り立たないことはすぐにわかるのです。では、その理由を解説していきましょう。

 まず1つめの理由は「レセプトは請求額がそのまま支払われるわけではない」ということです。我々医師は、患者さんの負担をできるだけ少なくすることも考え、検査や処置、薬は必要最小限のものにします。過剰診療にならないように注意しているのです。にもかかわらず当局からは「認められない」とされ支払ってもらえないことが多々あります。これを「査定」と呼びます(注1)。以前にも述べましたが、「医療機関が不正請求をしている」、と言われた場合、大部分はこの「医師は必要と判断したが当局から認められない」という場合のことを指しています。ですから、マスコミが報じる「医療機関の不正請求」というのは実態を反映していません。

 査定された場合、もちろん医師は納得できませんから「再請求」をします。これで医療機関の言い分が認められることもありますが、理由も明かされぬまま「やはり認められない」とされることも多々あります。

 レセプトを医療機関から買い取ったとしても、実際に入金される金額は予定よりも少なくなると考えるべきなのです。レセプト債を考案した人たちはおそらくこういったことまで考えなかったのではないでしょうか。また、買い取ったレセプトが査定されても「再請求」はできません。その患者さんを知らない者は、(たとえ医師であったとしても)なぜその治療が必要だったかについての詳細が分からないからです。

 レセプト債が非現実的である2つめの理由は、そもそも医師には「守秘義務」があるということです。患者さんの情報が詰まったレセプトを他人に見せるということは守秘義務違反ではないのか、という疑問があります。しかし世の中には「レセプト代行業者」というものが実際に存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)もオープンした頃にはそういった業者からの営業活動もありました。私自身は、自分が診察した患者さんの情報を他の機関に見せることに同意できません。法的な守秘義務違反に当たらないのだとしても医師の良心がこれを許しません。そしてこのように考えるのは私だけではないはずです。まともな医師ならレセプト業務(これが大変な作業なのは事実ですが…)を他人に任せるようなことはしません。実際、一部のマスコミは「(レセプト債を企画した)オプティ社は、(レセプトを)売ってくれる病院を探すのに苦労していた」と報道しています。

 理由はまだあります。そしてこの3つ目が、レセプト債が非現実的であると私が考える最大の理由です。証券会社やファンド会社のミッションは「利益を出すこと」ですから、レセプトの金銭的な価値が下がると困ります。レセプト債の顧客を増やすには、高い配当を維持し続けなければなりません。ということは、今月よりも来月、来月よりも来々月の方がレセプトの請求金額が上がることを期待するようになります。もしも、これがサービス業であれば問題ないでしょう。なぜならサービスをおこなう会社のミッションも「利益を出すこと」だからです。サービスをおこなう会社とレセプト債の会社の利益が一致する、つまり「共に儲かる」わけです。
 
 しかし医療機関はサービス業ではありませんし、そもそも利益を増やすことを目的としていません。実際にはその逆で、患者さんの受診をどのようにして減らすか、ということを日々考えているわけです。生活習慣病なら生活習慣の改善を指導し、アレルギー疾患ならアレルゲンや他の悪化因子を取り除く指導をおこない、感染症ならどのように予防すべきかということを伝えるのが医師の使命です。薬を減らすこと、検査の頻度を減らすことがミッションなのです(注2)。

 レセプト債を販売する証券会社やファンド会社は「医療機関も儲かるんだからレセプトの点数は上昇することが期待できる」と考えたのでしょうが、我々医療者はむしろその反対のことを考えているのです。向いている方向がまったく正反対ですから、医療機関と金融機関のタイアップなど、初めから上手くいくはずがないのです(注3)。

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注1:理不尽な査定の例を少し挙げると、問診から明らかに糖尿病を疑ったときに「糖尿病の疑い」という病名でHbA1Cを測定すると認められなかったり、全身の湿疹で外用剤を処方するときに軟膏を塗りにくい部位にクリームを処方して認められなかったり、しばらく抗ヒスタミン薬を続ける必要がある慢性蕁麻疹に2か月分の処方をして査定されたり…、と切りがありません。ちなみに、今述べた慢性蕁麻疹に対する抗ヒスタミン薬の査定は当院ではある月のみに複数例ありました。ところが、それ以前も以降も一度も査定されていません。査定された症例に対してもちろん「再請求」をおこないましたが、理由があかされないまま「再請求は認められない」という結果でした。

注2:ここは誤解されやすいところなので少し補足をしておきます。医療機関もある程度は利益を出さなければつぶれてしまうんじゃないの?、という質問があります。しかし、原則としてそのような心配は不要です。なぜなら医療については「需要」が「供給」よりも圧倒的に多いからです。例えば、美容室なら「需要=供給」あるいは「需要<供給」となっているでしょうから、派手な宣伝をおこない人件費を削減し他店との競争をしなければ生き残れません。一方、医療機関の場合は「どこに行っても長時間待たされる」という声が多いことからも分かるように、あきらかに「需要>>供給」です。圧倒的な供給不足があるが故に、いかがわしい代替療法や健康食品が流行るのです。

また、「そうはいっても医療機関も儲けたいんじゃないの?」という声があるかもしれません。しかし、医療機関が儲けることを考えていないことは簡単に示すことができます。「医療法人」は解散するときに「余剰金」があれば全額を国に没収されるのです。国に持っていかれるお金のために収益を上げることを考えるはずがありません。このことだけでも、初めから利益を目的としてないということが分かるでしょう。

注3:ちなみに医療機関とタイアップしてうまくいかないのは金融機関だけではありません。谷口医院はオープンした頃、あるエステティックサロンから協力を要請されました。私としては「皮膚症状で悩んでいる人の力になれるなら…」と考えましたが、実際に紹介されて来る人から「エステティシャンに勧められたのですが、金銭的にどうかと…」という相談をもちかけられたときに、「そのお金を払って施術を受ければどうですか」と言える例はひとつもありませんでした。高額な料金で施術をおこなうことを目的としているエステティックサロンと、いかなる場合も患者さんの負担を最小限にすべきと考えている医療機関がうまくやっていけるはずがないことがよく分かりました。

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2017年2月23日 木曜日

第162回(2017年2月) 危険な性交痛~犬とキウイとラテックス~

 性交痛を訴えて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する女性の患者さんは少なくありません。谷口医院をかかりつけ医としている患者さんはもちろん、「どこに行っていいか分からないから(遠くから)来ました」とか、「今までいくつかの医療機関を受診したけれど診断がつかなくて…」という人もいます。なかには「婦人科に行くと皮膚科に行けと言われて、皮膚科に行くと婦人科に行けと言われた…」という気の毒な方もいます。谷口医院のような総合診療のクリニックには、「どこの科に行っていいかわからない」という患者さんが大勢受診されるのです。

 さて、女性の性交痛の原因は様々で、頻度の多いものから挙げていくと、「性行為による摩擦が原因の皮膚炎」「性行為で生じた微細な外傷」が最も多く、次いでカンジダ性外陰部炎が多数を占めます。カンジダは真菌感染ですから、顕微鏡の検査で簡単に診断がつくのですが、婦人科では顕微鏡の検査を実施しているところが少なく、皮膚科では外陰部の診察をしないところが多いようです。性交痛の原因が「心因性」ということも少なくなく、この場合は治療に時間がかかり、カウンセリングに近いことや、精神に作用するような薬を用いることもあります。

 今回紹介したい女性の性交痛は、頻度は多いとは言えないものの、重症化し、ときに命に関わるかもしれないもので、2つを紹介します。2つともアレルギー疾患です。

 ひとつはラテックスアレルギーです。周知のように、ほとんどのコンドームはラテックスでつくられています。ラテックスとは天然ゴムとほぼ同じものと考えればいいと思います。天然ゴムはゴムの木の樹液から精製します。ラテックスアレルギーがあると、コンドームが外陰部に触れたときに重症なアレルギー症状が起こることがあるのです。

 ここでよくある誤解について説明しておきます。ラテックスアレルギーを「かぶれ」と思っている人がいますがこれは誤りです。ラテックス製のグローブを使うと、1~2日後にアレルギー症状が出る人がいますが、ラテックスアレルギーはこのことを指しているわけではありません。1~2日後に出現するのは、ラテックス以外の化学物質(例えばチウラム)によるかぶれ(接触皮膚炎)であることがほとんどです。

 ラテックスアレルギーのアレルギーは接触皮膚炎のアレルギーとメカニズムが異なります。ここではそのメカニズムを詳細に説明することは避け、ポイントだけ述べていきます。ラテックスアレルギーは「即時型」であり、接触して比較的短時間(多くは数分から1時間以内)に症状が出現します。そして最重要ポイントは、「次第に重症化する」ということです。最初のうちは、ラテックスに触れた表皮や粘膜がかゆくなるだけですが、そのうち全身のじんましんや喘息症状が出現することもあり、最悪の場合は生命も脅かされることになります。

 ラテックスアレルギーがある人はラテックス製のコンドームを避ければいいんじゃないの?という問いに対しては、まったくその通りです。問題は、「あなたにラテックスアレルギーがないと言い切れるか?」ということです。ラテックスアレルギーは、エピソードからそれを疑い、そして検査をしないことには分かりません。エピソードだけで診断をつけることもありますが、まったく何の症状もないのに疑うことはできませんし、健康診断でも調べられるわけではありません。

 そしてラテックスアレルギーは「ある日突然発症」します。先述したようにいきなり最重症の症状が出るわけではありませんが、子供の頃にはなくて成人してから発症します。職業でみれば多いのは医療者などグローブを使う仕事をしている人です。「グローブなんて使わないから大丈夫、わたしはラテックスに触れない」と考えている人もいるでしょう。しかしどこかで触れている可能性もあります。指サックや風船もそうです。甲子園球場に行く度に口元がかゆくなる、というエピソードから診断がつくこともあります。

 そんなエピソードは一切ない、という人もまだ安心できません。キウイやアボカドなど野菜や果物を食べると口のなかに違和感が出る、という人はこれらのアレルギーがあるかもしれません。いくつかの野菜や果物は、表面のタンパク質の構造がラテックスと似ていることから、ラテックスに一度も触れたことがなくてもアレルギーを起こす可能性があるのです。これを「ラテックス・フルーツ症候群」と呼びます。

 ただ、私の印象でいえばコンドームを含むラテックスアレルギーはここ数年で減少しています。過去にも述べたように(注1)、天然ゴムからアレルゲンとなるタンパク質を取り除く技術が発達したからではないかと私は考えています。となると、高品質のコンドームでは大丈夫だけれど、普通の薬局にはおいていないような安物の場合は……、ということがあるかもしれません。

 ここからは性交痛が危険な状態になるかもしれないもうひとつのアレルギーを紹介したいと思います。それは「イヌアレルギー」です。なんで犬で性交痛?と意外に思う人もいるでしょうし、おそらく頻度はそれほど多くはないと思います。性交痛を訴える患者さんに対して原因がイヌアレルギーだと100%の確証を持って診断したことは私はありません。ですが、私が診た患者さんのなかにも疑い例はありますし、海外では重症例の報告もあります。

 なぜイヌにアレルギーがあると性交痛が起こるのか。それはイヌの精液に含まれるPSAと呼ばれるタンパク質がヒトのPSAと似ているからです。つまりイヌアレルギーがあると「(ヒトの)精液アレルギー」があるかもしれない、ということです。

 ここで疑問が出てきます。アレルギーというのはその物質に過剰に触れることによって発症します。ということは、精液アレルギーはイヌの精液に何度も触れたから発症するということになります。しかし、いくらなんでもイヌと性交を持つ人はいないわけで(いるかもしれませんが)、イヌの精液がヒトの皮膚や粘膜に付着することは考えられません。

 けれどもPSAは尿中にも含まれています。イヌにおしっこをかけられた、という体験はイヌを(特に室内で)飼っている多くの人が経験しているでしょう。また、それだけではありません。このアレルゲンは正確にいうとPSAに含まれる「can f 5」と呼ばれる物質です。そして「can f 5」はイヌのPSAからだけではなく、フケからも検出されたという報告があります(注2)。イヌを飼っている人ならほぼ全員がイヌのフケに触れているはずです。

 精液アレルギーというのはそれほど多い疾患ではありません。ドイツのネットメディア「Deutsche Welle(DW)」の報告(注3)によれば、1958年にオランダの医師によって報告されたこのアレルギーは、症例報告がこれまでに100例程度しかなく正確な統計がないそうです。しかし、1万人に1人くらいはいるのではないかと考えられているそうです。

 ラテックスアレルギーと精液アレルギー、共に重症化を懸念しなければなりませんが、どちらが厄介かというと精液アレルギーの方でしょう。ラテックスアレルギーはあったとしても、ラテックスに触れなければいいだけの話です。避妊にはポリウレタン製のコンドームを用いて、妊娠を希望するときはコンドームを用いなければいいのです。

 一方、精液アレルギーは妊娠希望時には対策が必要になります。おそらく抗ヒスタミン薬やステロイドの内服をしておけば重症化はしないことが予想されますが、薬の副作用のリスクや、すでに妊娠の可能性があるときには薬の胎児への影響も考えなければなりません。イヌアレルギーと性交痛、その両方が疑われるときは、かかりつけ医に相談すべきかもしれません。

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注1:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」

注2:この論文は医学誌『International Archives of Allergy and Immunology』2012年5月30日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Involvement of Can f 5 in a Case of Human Seminal Plasma Allergy」で下記URLで概要を読むことができます。

http://beta.karger.com/Article/Abstract/336388

注3:レポートのタイトルは「Allergic to sperm – when sex becomes dangerous」です。下記URLを参照ください。

http://www.dw.com/en/allergic-to-sperm-when-sex-becomes-dangerous/a-19251475

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2017年2月16日 木曜日

2017年2月 私が医師を目指した理由と許せない行為

 なんで医師になろうと思ったんですか?

 医師になってからこの質問をもう何百回受けたか分かりません。医師になろうと思えばかなりの時間を「犠牲」にしなければなりませんし、いろんな意味で「自由」ではありませんから一般の人からすれば医師を目指す動機が気になるのは当然だと思います。また、この質問は医師からも聞かれますし、私自身も他の医師に尋ねることがあります。

 こういう質問は単なる社交辞令ではなく、本当に興味を持って聞いてくれていることがほとんどですから、私はできるだけ丁寧に答えているつもりです。ここでそれを披露してみたいと思います。

 まず私は医学部に入学した時点では医師になるつもりはありませんでした。医学部を目指した理由は「医学を学びたかったから」です。医学部受験の前は、母校の関西学院大学社会学部の大学院進学を考えていました。社会学部の大学院で本格的に勉強したかったテーマは、「人間の行動・感情・思考について」です。そのため私は社会学関連の文献のみならず、生命科学系の書籍も読み漁っていました。もちろん当時の私には本格的な論文などは敷居が高すぎて読めませんでしたが、講談社ブルーバックスをはじめとした初心者向けの生命科学の本を片っ端から読んでいたのです。

 生命科学のおもしろさに魅せられた私は、そのうちに、私が研究したかった「人間の行動・感情・思考」といったテーマは社会学的なアプローチよりも生命科学から追及すべきではないか、あるいはいったん生命科学を本格的に勉強してから社会学に戻るべきではないか、と考えるようになり、この気持ちが医学部受験につながったのです。

 ところが、です。医学部も4回生くらいになってくると、自分には研究者としてやっていく能力もセンスもないことに気づくようになります。この現実を受け入れるのはそれなりに辛いものではあったのですが、同時期にある種の「使命」のようなものに気づき始めました。これを「使命」と言ってしまうのはおこがましいのですが、「お前ならできる」と期待の声(それはもちろん「おせじ」なのですが)を繰り返し聞くようになり、その気にさせられた、というのが最も真実に近いでしょうか。

 説明しましょう。当時の私は、多くの友人や知人から健康上の相談を持ちかけられていました。私以外に医師や医学生の知り合いがいないのであればそれは当然でしょう。もちろん、まだ医師になっていない私ができることなどほとんどないのですが、それでも話を聞くことはできます。

 彼(女)らは、医師への不平・不満を容赦なく私にぶつけてきます。そのなかの多くは「それは医師が悪いんじゃなくて、そういう制度だから仕方がない」「気持ちはわかるけど、その病気は治らなくて他に治療がない」といったものなのですが、なかには「たしかに…。そんな説明じゃ分からないよね」「えっ、そんなひどいこと言われたの?」といったようなものもあり、「医療機関で患者さんにこんな思いをさせてはいけない…。自分ならこうする!」と感じることがあり、その思いが度重なるにつれて、「もしかして自分が進むべき道は研究なんかじゃなくて臨床じゃないのか…。これが自分の”使命”なのでは?」と思うようになってきたのです。

 さて、このあたりまでは、私が「なんで医師になろうと思ったんですか?」と聞かれたときにいつも話していることです。たいていはここまで話すと、理解・共感してもらえますのでこのあたりで終わりになるのですが、今回はもう少し掘り下げて話してみたいと思います。

 医療の不満といったことが語られるとき、治療の結果に満足できない、副作用について知らされてなかった、説明が足らない、といったことを指す場合が多いのですが、私が最も心を動かされた「不平・不満」というのはこのようなことではありません。私が医師のあり方に疑問や、ときには憤りを感じ、「自分ならこうする!」と思ったのは「病気に伴う差別」についてです。

 例を挙げましょう。アトピー性皮膚炎というのは痒みが辛い疾患ですが、それだけではありません。「見た目の問題」が決して小さなものではないのです。当時医学部生の私に相談してきた患者さん(というか知人)は、見た目のせいでどれだけ社会生活で辛い思いをしているかというようなことは医師や看護師は理解してくれない、と言います。もっとも、医療者にとっての「目標」は痒みを解消することであり、それ以上の治療については医療者を責めても仕方がないことかもしれません。けれどもその見た目のせいで社会から差別を受けているとすればどうでしょう。子どもが口にするような無神経で露骨で残酷な言葉を浴びせられることはないにしても、かげで容姿の悪口を言われたり、言われなくても外出に躊躇してしまうことはあるわけです。それで就職活動に消極的になり、恋愛も諦める。さらには引きこもりにも…、という人もなかにはいました。

 アトピーに限らず、皮膚症状が目立つ疾患に罹患すれば、それを隠さなければならなくなります。プールにも海にも銭湯にも行けなくなります。他人の「かわいそうに…」という言葉はときに彼(女)らを傷つけることになります。いつしか私は、患者さんの痛みや痒み、あるいは手足の不自由さそのものよりも、社会的に不利益を被ることに関心を持つようになりました。このときに患者さんに「かわいそう」などと思ってはいけない、ということを強く感じました。医療者は患者に憐れみを持ってはいけません。患者の人格を尊重し、社会的な不利益があるならばそんな社会と闘っていかねばならないのです。

 研修医の頃、タイのエイズホスピスに短期間のボランティアに赴くことになり、この体験がその後の医師としての進路に大きな影響を与えることになります。エイズという病のために、食堂や雑貨屋から追い払われ、病院では診療を拒否され、地域社会から追い出された人たちがその施設に大勢いました。彼(女)らの苦痛を聞く度に、心の底から沸々とあふれてくる憤りを抑えられなくなってきました。

 病気やケガで困っている人を救いたい…。医師であれば誰もがこのように思います。私も例外ではないのですが、私の場合、それ以上に「病気のせいで差別を受けることが許せない」という気持ちが抑えられないのです。これは理性では説明できないようなものです。

 そんな私が最近どうしても許せない行動を目にしました。米国の女優メリル・ストリープのスピーチの原稿で見つけたトランプ大統領の行為です。大統領は、なんと、障害をもつリポーターの真似をしてこきおろしたというのです。メリル・ストリープは次のように述べています。

It kind of broke my heart when I saw it, and I still can’t get it out of my head, because it wasn’t in a movie. It was real life. (そのシーンを見たとき、私の心が壊される思いがしました。そのシーンを頭から取り除くことができません。映画ではなく、現実の話だからです)

  このシーンはyoutubeで見ることができます。メリル・ストリープが「心が壊される思い」をしたのがよく分かります。私は政治的にはニュートラルな立場であり、特定の支持政党を持っていません。また、政権与党に対し何らかの「抗議」をしたこともありません。しかし、今回ばかりは、他国とはいえ、そして就任前のこととはいえ、トランプ大統領のこの行為を許すことは絶対にできません。

  差別をしない人はいない、と言われることがあります。それが事実だとすれば、私が差別をするのは「病気や障害を理由に差別をする輩」です。トランプ大統領の行動を知ったことにより、私が医師を目指すことになったきっかけである「心の底から沸々とあふれてくる憤り」を再び思い出すことになりました。

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2017年2月10日 金曜日

2017年2月10日 片頭痛があると術後脳卒中のリスク上昇か

 片頭痛について、数年前からしばしば言われるのが「脳梗塞のリスク」です。医学誌『Neurological Sciences』2010年6月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)で指摘され、マスコミでも何度か取り上げられたからなのか、診察室でもよく質問されます。私がいつも患者さんに言っているのは、「あまり気にしすぎないこと。そして、脳梗塞のリスク、例えば肥満や生活習慣病、喫煙などには注意すること」と話しています。最近、同じような研究が報告されたので紹介します。

 片頭痛のある患者は手術の後、脳梗塞を起こしやすく、再入院の率も高い

 医学誌『British Medical Journal』2017年1月10日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)です。

 対象者は2007年1月~2014年8月に、マサチューセッツ総合病院と2つの関連施設で手術を受けた12万4,558例(平均年齢52.6歳、女性が4.5%)です。対象者のなかで片頭痛の診断を受けたことがある人が10,179人(8.2%)で、そのうち(閃輝暗点などの)前兆がある人が1,278人(片頭痛患者の12.6%)、前兆がない人が8,901人(87.4%)です。手術を受けてから30日以内に脳梗塞を起こしたのは771人(全体の0.6%)です。

 これらを分析すると、全体では術後に脳梗塞を起こすリスクは1000件あたり2.4。すべての片頭痛患者でみると1000件あたり4.3。さらに片頭痛患者を前兆なし・ありで分けて解析すると、前兆なしで3.9、ありで6.3となっています。これらから、片頭痛があれば術後に脳梗塞を起こすリスクは1.75倍に、さらに前兆がある場合は2.61倍になることがわかりました。

 また、片頭痛があれば、退院後30日以内に再入院になるリスクが1.31倍と上昇していました。

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 太融寺町谷口医院の患者さんでいえば、特に女性で片頭痛のある人は、ナイーブな人が多く、本文にも述べたように脳梗塞への不安をしばしば口にします。(元々ナイーブな人が多いのか、度重なる頭痛からナイーブな側面がでてきたのかはわかりません)

 片頭痛は通常の鎮痛薬が無効である場合が多く、高価なトリプタン製剤や予防薬が必要になることも多々あります。しかし、規則正しい生活を実践するだけでも頭痛の頻度が劇的に少なくなる人も大勢います。

 月並みな言い方ですが、規則正しい生活を心がけ、脳梗塞のリスクとなるような生活習慣を改めるのが、最善の治療であるのは事実です。
 

注1:この論文のタイトルは「Migraine and cerebral infarction in young people」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10072-009-0195-7

注2:この論文のタイトルは「Migraine and risk of perioperative ischemic stroke and hospital readmission: hospital based registry study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/356/bmj.i6635

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2017年1月25日 水曜日

2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる

 胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になって様々な危険性が指摘されるようになり、先日も新たなリスクを紹介(注1)したばかりですが、また新たな報告がありましたのでお伝えします。

 胃薬PPIやH2ブロッカーはクロストリジウム・ディフィシルやカンビロバクターといった消化器感染症のリスクを上昇させる…

 医学誌『British Journal of Clinical Pharmacology』2016年1月5日号(オンライン版)でこのような報告(注2)がおこなわれました。

 今回の研究の対象者はスコットランド東部のTayside在住の成人です。PPIもしくはH2ブロッカーの内服歴のある188,323人と、そういった胃薬を内服していない376,646人が比較されています。調査期間は1999年から2013年です。細菌検査は、入院していない人は外来で、入院した人は病院でおこなわれており、外来と入院で別々に検討されています。

 結果、入院しなかった人たちでは、胃薬を飲んでいれば飲んでいない場合に比べて細菌性腸炎を起こすリスクが2.72倍になり、入院した人たちでは、そのリスクが1.28倍になっていました。

 この研究は細菌ごとに検討されています。クロストリジウム・ディフィシル感染症は、入院しなかった人たちでは胃薬を内服していると感染するリスクが1.7倍に、入院した人では1.42倍になっていました。カンビロバクター感染症は、入院しなかった人たちで3.71倍、入院した人たちで4.53倍にもなっていました。

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 クロストリジウム・ディフィシルは、他の細菌感染治療目的で抗菌薬を投与しているうちに増殖してくる「薬剤耐性菌」としてよく知られており、ときに致死的になる感染症です。最近では、抗菌薬を投与された患者が使用していたベッドをその次に使用した患者がクロストリジウム・ディフィシルに感染するリスクが上昇するという報告(注3)もあり注目されています。

 カンピロバクターは細菌性腸炎の原因菌として有名で、鶏肉の刺身やタタキから感染することが多いのが特徴です。頻度が小さいとはいえ、感染するとギラン・バレー症候群(注4)を発症することもあります。

 今回の研究だけで、PPIとH2ブロッカーがこういった感染症を起こしやすいと断言できるわけではありません。しかし、実は、FDAは2012年の時点で、PPIがクロストリジウム・ディフィシルのリスクになることを発表しています(注5)。(この発表はそれほど注目されておらず、日本で発売されているPPIの添付文書には一応記載がありますが(注6)、処方時にすべての患者さんに説明されているわけではありません。私はPPIの処方が長期に及ばない限りは診察室で説明していません)

注1:医療ニュース 2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

注2:この論文のタイトルは「Acid suppression medications and bacterial gastroenteritis: a population-based cohort study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bcp.13205/abstract

注3:この論文のタイトルは「Receipt of Antibiotics in Hospitalized Patients and Risk for Clostridium difficile Infection in Subsequent Patients Who Occupy the Same Bed」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2565687

注4:ギラン・バレー症候群については下記を参照ください。

はやりの病気第73回(2009年9月)「ギラン・バレー症候群」

注5:この発表のタイトルは「FDA Drug Safety Communication: Clostridium difficile-associated diarrhea can be associated with stomach acid drugs known as proton pump inhibitors (PPIs)」で、下記URLで読むことができます。

http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm290510.htm

注6:例えば、PPIで最もよく処方されるひとつである「ネキシウム」の添付文書には、4ページ目の「10 その他の注意」の(6)に記載があります。下記URLを参照ください。

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00059751.pdf

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