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2017年12月10日 日曜日

2017年12月 大学病院総合診療科の患者満足度が高い2つの理由

 医学部入学時には医師になることを考えていなかった私が、医師を目指すようになったきっかけは、友人や知人から聞かされた「医療不信」でした。過去にも述べたように、医師や病院に対する不満を聞くにつれ、「何とかしなければならない」から「自分がやらねばならない」と思いあがってしまうようになり、医学部生の後半には臨床医を目指すようになったのです。

 そもそも「医療不信」の最大の原因は「コミュニケーション不足」にあります。医療者は患者さんに対して、常に効果と安全性を最大限に考慮し治療をおこないます。一方、患者さんもまた安全で有効な治療を求めるわけですから両者の”利害”は完全に一致しているはずです。医師と患者さんはいわばタッグを組んで疾患に取り組まなければならないのですから”仲間割れ”をしている場合ではありません。

 にもかかわらず「医療不信」が生まれるのは医師と患者さん側のどちらか、または双方に誤解が生じるからであり、その最大の理由がコミュニケーション不足です。ということは、しっかりとコミュニケーションを取ることができれば医療不信のほとんどは解消されるはずです。

 これまで私が患者さんから感謝されることが最も多かったのは大学病院の総合診療科で外来をしていたときです。何度も丁寧なお礼を言われ、涙を流しながら感謝の言葉を述べる患者さんも珍しくありませんでした。なぜでしょうか。最大の理由は「充分な時間をとって診察ができるから」です。そもそも総合診療科を受診する人というのは、これまで満足いく治療が受けられておらず複数の診療所/病院を受診していることが多いのです。そして、たいていの医療機関では診察に充分な時間がとれません。

 私が外来を担当していた頃の大阪市立大学病院の総合診療科では、ひとりの医師が診察する患者数は午前が新患のみで7~8人、午後は再診のみで5~6人でした。ひとりあたり20~30分の時間が取れるわけですから、患者さんはこれまでの苦悩や前の病院での不満をたっぷりと話すことができます。「こんなに丁寧に話を聞いてもらったのは初めてです!」「先生に出会えてよかったです!」このような言葉も頻繁に聞いていました。

 しかし、よく考えればすぐに分かることですが、私は単に話を聞いただけです。もちろん医学的な観点から、問診以外にも聴診・打診・触診などもおこないますし、必要な検査は実施します。大学病院ですからありとあらゆる検査ができます。緊急性があれば放射線科医に無理をいって優先的にCTやMRIを撮影してもらうこともあります。場合によっては緊急入院をしてもらうこともありますし、外科医に依頼し緊急手術になることや、循環器内科医と相談し緊急カテーテル検査を実施することもありました。

 不思議なもので、緊急手術をしてくれた外科医や他の仕事をキャンセルして緊急カテーテル検査をしてくれた循環器内科医よりも、最初に総合診療科の外来で診察をした私を慕ってくれる患者さんが多いのです。私は単に重症性と緊急性を見極めただけであり、実際に治療したのは外科医や循環器内科医なのに、です。患者さんは病気や治療の説明を私から聞こうとするのです。

 つまるところ、患者さんにとって必要で重要なのは「きちんと伝えること」つまり「充分なコミュニケーション」だというわけです。患者さんの訴えにしっかりと耳を傾け、適切な診察・検査をおこない診断をつけ、そして治療をおこなう前に、なぜその治療が最適なのかを説明して理解してもらえれば医師患者関係が悪くなるはずはなく医療不信は生まれません。もしも病状が重症で、専門医の治療が必要な場合はすみやかに紹介し、専門治療が終われば再び我々が診ますからその後の関係も良好のままです。もちろん、治療がうまくいかないケースもあります。しかしその場合も、コミュニケーションがきちんととれている場合は不信感を持たれません。

 大学病院の場合、病状がよくなれば「これからは近くにかかりつけ医をみつけてそこで診てもらってください」と言わねばなりません。私にはこれが辛く、「何かあればどんなことでも相談してね」と言いたいという思いが、自分の診療所をもつしか方法はないという結論に達しました。

 そして現在は太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で「何かあればどんなことでも相談してね」と言っています。では、谷口医院を受診する患者さんは100%満足しているのか…。残念ながらそうではありません。この最大の理由は充分な時間がとれない、ということですが、他にも理由はあります。

 実は大学病院の総合診療科の外来がうまくいきやすいのは、単に時間がとれるからだけでなく、もうひとつ大きな理由があります。それは「患者さんが藁にもすがる思いで受診している」からです。これまでどこに行っても治らなかった、けど大学病院ならなんとかしてくれるはずだ…。そういう思いがあるが故に、初めから信頼度が高く良好な関係が築きやすいのです。ですから、初めから医療不信ありき、の患者さんは大学病院でもうまくいかないことがあります。医師が言うことのすべてを否定するような人もいて少々時間がかかります。ですが、時間をかけてゆっくりと話をすれば信頼を得られることもあります。マインドコントロールを解くような感じです。

 しかしこのタイプの患者さんが診療所を受診するとたいていはうまくいきません。実際、谷口医院で良好な関係が築けなかった患者さんの大半がこのタイプです。「とにかく点滴をしてほしい」「とにかく検査をしてほしい」「とにかくステロイドがほしい」「とにかく抗生物質がほしい(ひどい場合は抗菌薬の種類や名前を指定)」などなど…。こういう患者さんを診察するときはそれなりに疲れます。医療機関のミッションはいかに検査や薬を減らすかですが、この手の人たちになぜその検査や薬が不要なのかを説明しても初めから聞く耳を持っていません。ひどい場合は、「お金払うって言ってるでしょ!」「検査してくれ、っていう患者の希望を聞けないのか!」などと怒り出す人もいます。

 小児科医や皮膚科医のいくらかが苦手とする患者さんに「ステロイド恐怖症」があります。ステロイドをまるで”毒”のように考え一切受け付けない人たちです。90年代に比べるとこのような人たちは随分と減りましたが、それでもいまだに苦労するという話を他の医師達から聞きます。ですが、私はこういう患者さんがそれほど苦手ではありません。たしかに、診察室に入るなり「あたしはステロイド使えませんから!」などと宣言されると「この患者さんは一筋縄ではいかないな…」と感じますが、全例ではないものの結果として良好な医師患者関係ができることも多いのです。(逆に、「とにかくステロイドがほしい」という人とはうまくいきません)

 なぜ初めから医療不信(ステロイド不信)がある患者さんと良好な関係が築けるか。それは「ステロイドの危険性を認識しなければならないという思いは医師と患者で同じだから」です。アトピー性皮膚炎を代表とする慢性湿疹の治療で最も重要なのは「ステロイドをいかに減らしていくか」です。そのためreactive therapy(痒いところに外用)とproactive therapy(維持療法)の違いをまずはしっかりと理解してもらわねばなりません。私の経験でいえば、ステロイド恐怖症の人でこの「基本事項」をきちんと理解していた人は過去に一人もいません。

 無駄な検査はおこなわないこと、薬を使用するときは安全性に注意を払い最小限の使用とすること。こういったことは医師がいつも考えていることであり、そして、これらは患者さんが求めているものと同じはずです。

 最近は医学部の授業でも対患者のコミュニケーションが重視されています。(今月もその実習で医学部の学生の指導に行ってきました) どのような言葉を使うかよりも、医師・患者の目標は同じであることを再認識する方がずっと重要だ、ということを私は医学生に言い続けています。

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2017年12月8日 金曜日

2017年12月8日 子宮頸がんより多いHPVが原因の中咽頭がん

 世界的にはかなり普及してきたHPVワクチンが日本では一向に広まらないなか、このウイルスが原因の中咽頭がんが急増していることが指摘されています。

 医学誌『Annals of Internal Medicine』2017年11月21日号(オンライン版)で報告された論文(注1)によれば、米国では2008年から2012年の間に、年平均38,793人が「HPVが原因のがん」と診断されています。そのうち女性が23,000人で59%、男性は15,793人、41%です。そして、驚くのはここからです。

 HPV原因のがんといえば子宮頸がんがいわば”常識”でしたが、これが覆りました。報告によれば、現在米国の「HPVが原因のがん」のなかで最も多いのは子宮頸がんでなく中咽頭がんなのです。そして、興味深いことに中咽頭がんを男女ごとにみてみると、女性が3,100人なのに対し、男性は12,638人。男性の方が4倍も多いのです。

 男女差についてもう少しみていきましょう。2002年から2012年の間、HPVが原因の中咽頭がんは女性ではほとんど増えていないのに対し(年0.57%の増加。後で述べるように最近は減少傾向という報告もあります)、男性では年2.89%の増加です。そして、男性の中咽頭がんの発症率は人口10万人あたり7.8人であり、すでに女性の子宮頸がんの発症率(10万人あたり7.4人)を超えているのです。特に上昇率が顕著なのが50代の男性です。論文によれば、この上昇傾向は2060年までは継続し、中咽頭がんは公衆衛生学的に重要な懸念事項とされています。

 では中咽頭がんに対して最も有効な方法は何か。論文ではワクチン接種で発症を予防できることが指摘されています。ところが、米国ではHPVワクチンの接種が男性ではさほど高くなく、さらにリスクの高い中高年にはほとんど普及していません。

 ここからはHPV感染率についてみていきましょう。やはり男女比が興味深いと言えます。口腔内のHPV感染率は、女性で3.2%なのに対し男性では11.5%もあります。人数に換算すれば男性1,100万人、女性320万人です。ハイリスク(注2)のHPV感染率でみると、男性7.3%、女性1.4%です。HPVのハイリスクとして有名な#16だけでみると、男性の口腔内感染率は女性の6倍にもなります(男性1.8%、女性0.3%)。

 もう少し細かくみてみましょう。同性間のパートナーをもつ男女でみると、男性の場合ハイリスクのHPV口腔内陽性率は12.7%、女性は3.6%です。また、黒人、喫煙者、大麻使用者、生涯に16人以上の膣またはオーラルセックスのパートナーがいた者でリスクが高くなっています。

 この「生涯16人以上のパートナー」を詳しくみてみましょう。これまでの人生で16人以上のパートナーがいた男性の場合、パートナーが1人以下の場合に比べて、口腔内のHPV感染は、そのパートナーたちとの「行為」が、オーラルセックスで10倍、膣交渉で4倍、「いずれも」で8倍高くなっています。女性については16人以上のパートナーがれば、1人未満に比べて、オーラルセックスで3倍、膣交渉で6倍、「いずれも」で7倍高くなっています。

 上に述べたように女性の中咽頭がんは増減がほとんどないとされていますが、この論文では、最近は減少傾向にあることを指摘した別の論文を引き合いに出しています。この理由として、女性のHPV感染の予防(子宮頸がんスクリーニング検査やワクチン)が功を奏した結果ではないかと著者らは考えています。

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 この論文は衝撃的です。医学の教科書を書き換えなければならない数字が突き付けられています。これまではHPVが原因のがんといえば子宮頸がんがほとんどだったのが、中咽頭がんが最多となり、しかも男性の方が女性より4倍も多いというのです。

 日本にはまだこのようなデータがありませんし、中咽頭がんでHPVが調べられるようになったのはつい最近のことです。

 ちなみに日本は諸外国と比べてオーラルセックスの普及率が高いと言われており、海外ではいくらか普及している女性の膣をカバーする「デンタルダム」などは日本ではほとんど売れないと聞きます。

 あなたが男性であったとしても女性であったとしても、咽頭のHPV検査、またはHPVワクチン、検討しなくていいですか?

注1:この論文のタイトルは「Oral Human Papillomavirus Infection: Differences in Prevalence Between Sexes and Concordance With Genital Human Papillomavirus Infection, NHANES 2011 to 2014」で、下記URLで概要を読めます。

http://annals.org/aim/article-abstract/2657698/oral-human-papillomavirus-infection-differences-prevalence-between-sexes-concordance-genital

注2:論文によれば、ハイリスクのHPVのサブタイプは、16, 18, 26, 31, 33, 35, 39, 45, 51, 52, 53, 56, 58, 59, 66, 68, 73, 82。ローリスク(通常、尖圭コンジローマの原因となる)は、6, 11, 40, 42, 54, 55, 61, 62, 64, 67, 69, 70, 71, 72, 81, 82, 83, 84, 89です。

参考:
毎日新聞「医療プレミア」
「HPVよりも優先すべきワクチンは」2016年8月7日
「HPVワクチン定期化の費用対効果」2016年8月14日
「ワクチン接種する/しない 学んだ上で判断を」2016年8月21日
NPO法人GINAコラム「子宮頚ガンとHPVワクチン」
NPO法人GINAコラム「悩ましき尖圭コンジローマ」

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2017年12月1日 金曜日

2017年11月30日 日本人の年齢別ピロリ菌感染率

 日本の高齢者の半数以上がピロリ菌に感染している…。

 これは私が医学部の学生だった1990年代によく言われていたことですが、それから20年以上経過し、当時と今の「高齢者」の年齢が変わってきています。「高齢者」とは呼ばずに「X0年代生まれ」という言い方にすべきではないか、と個人的に思っていたところ、まさにそのことを調べた論文が発表されました。

 医学誌『Scientific reports』2017年11月14日号(オンライン版)に掲載されています(注1)。研究を実施したのは愛知医科大学のChaochen Wang氏らで、これまでに発表されている合計86の感染率の研究を総合的に解析(これを「メタ分析」と呼びます)しています。研究の総対象者は170,752人です。

 結果は以下の通りです。数字(%)はピロリ菌の陽性率です。

1910年生まれ 60.9%
1920年生まれ 65.9%
1930年生まれ 67.4%
1940年生まれ 64.1%
1950年生まれ 59.1%
1960年生まれ 49.1%
1970年生まれ 34.9%
1980年生まれ 24.6%
1990年生まれ 15.6%
2000年生まれ  6.6%

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 若年者、というか現在30~40代の世代にもかなり多いことに驚かされます。ピロリ菌は井戸水で感染すると言われています。私は現在49歳。子供の頃、井戸水を使用している家庭はそれほど多くありませんでした。そして私はピロリ菌陰性でした。田舎育ちの私でも陰性なんだから、全国的に私の同世代は大半が陰性だろうと思っていたのですが、この研究をみると「日本人は若年者にもピロリ菌陽性が多い」と認識した方がよさそうです。

 ピロリ菌が原因の疾患は胃がんを始め多数あります。消化器疾患のみならず、血液疾患や一部の皮膚疾患にも関与していると言われています。では、検査して陽性なら除菌を…、と考えたくなる人も多いと思いますが、私自身はピロリ菌除菌には慎重な対応をすべきだと考えています。

参考:
毎日新聞「医療プレミア」2017年7月2日「ピロリ菌「全例除菌」を勧めない理由」

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2017年11月17日 金曜日

2017年11月17日 日本呼吸器学会は「新型タバコ」を推奨せず

 過去のコラム(はやりの病気第168回(2017年8月)「電子タバコの混乱~推奨から逮捕まで~」)で述べたように、電子タバコは英国・米国など肯定的にとらえている国が増えている一方で、持っているだけで逮捕という国もあり、混乱が続いています。

 東京オリンピックが近づいているというのに、日本政府はいまだにはっきりとした見解を表明せず、「受動喫煙防止対策」で規制するタバコに電子タバコ(及び加熱式タバコ)を含めるかどうかすらも決められていません(2017年11月現在)。

 そんななか、日本呼吸器学会は2017年10月31日、「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコに対する日本呼吸器学会の見解」というタイトルの声明を公表しました。同学会は加熱式タバコや電子タバコを合わせて「新型タバコ」と命名しています。ここからはこのサイトでも「新型タバコ」という名称を用います。

 同学会は英国・米国に倣って新型タバコOKとするのかと思いきや、その反対で「推奨しない」と発表しました。

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 従来の紙タバコを吸っている人に対して、私はよく「電子タバコに替えてみませんか?」と話をします。イギリスでは正式に「推奨」されているわけですし、米国でもそのような動きになりつつあるからです。それに、実際に新型タバコに替えてから、「喘息がよくなった」、「体調がよくなりぐっすり眠れるようになった」という声は少なくなく、さらに、「禁煙に成功した」という患者さんもいます。これは、禁煙をしようと思っていたのではなく、新型タバコに替えてしばらくすると自然にやめることができた、ということです。

 というわけで、私は日本呼吸器学会の表明に全面的には賛成しません。ですが、同学会は表明のなかで次のように主張しています。

「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコの使用者が呼出したエアロゾルは周囲に拡散するため、受動吸引による健康被害が生じる可能性がある。従来の燃焼式タバコと同様に、すべての飲食店やバーを含む公共の場所、公共交通機関での使用は認められない」

 紙タバコよりは軽度とはいえ、新型タバコも受動喫煙(吸引)の可能性があるわけですから、やはり公共の場所では控えるべきでしょう。それからもうひとつ。言うまでもないことですが、現在紙タバコを吸っていない人は絶対に新型タバコに手を出してはいけません。

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2017年11月17日 金曜日

第171回(2017年11月) 慢性腎臓病の予防に最善の方法

 生活習慣病には様々なものがありますが、代表的なものを3つ挙げるとすれば、高血圧、高脂血症(高コレステロール血症と高中性脂肪血症)、糖尿病です。さらに2つ挙げるなら、高尿酸血症と慢性腎臓病(CKD)が入ります。(他には、いくつかのがん、肥満が挙げられます。最近は、歯周病や不眠なども生活習慣病に加えられることが増えてきました)

 さて、これら5つのうちどれが最も治療に難渋するか。もちろん個人によりますが、おしなべて言うと、医師からみたときに最も困難なのは「慢性腎臓病」です。残りの4つ、すなわち、高血圧、高脂血症、糖尿病、高尿酸血症には優れた薬がいくつもあります。これら4つの疾患も薬よりも生活習慣の改善が優先されなければならないことは当然ですが、数値を劇的に改善させる薬が何種類もあります。

 一方、慢性腎臓病には薬がほぼないと言っても過言ではありません。高血圧で用いるいくつかの薬には多少効果があるとされていますが、それだけでよくなるわけではなく、手遅れにならないうちに本格的な生活改善をしなければなりません。そして、日本腎臓学会によれば現在日本に慢性腎臓病の患者は1,330万人(20歳以上の成人の8人に1人)もいます。

 そして、慢性腎臓病に対する生活改善は非常に難しいのです。この難しさについては7年前のコラム(はやりの病気第第81回(2010年5月)「慢性腎臓病と塩分制限」)でも述べました。私はその後、慢性腎臓病の患者さんに様々な指導をおこなってきました。幸いなことに進行が止まっている患者さんもいますが、残念ながらじわじわと悪化し、このまま進めば将来は人工透析を免れないのでは、という人もいます。今回は改めて慢性腎臓病の生活改善の難しさを振り返り、それでもできることを述べていきたいと思います。

 慢性腎臓病の生活改善で最重要なのが「塩分制限」ですが、非常に困難で、日本腎臓学会のガイドラインでは、最も軽症のステージ1であったとしても1日の塩分摂取量を6グラム未満にしなければなりません。前出のコラムでも述べたように、味噌汁、鍋焼きうどん、五目そばの塩分は、それぞれ2グラム、7.4グラム、8グラムです。これらの数字を見るだけで、1日合計6グラム未満がどれだけ困難かが分かります。

 実際の日本人の塩分摂取量をみてみましょう。昭和時代に比べれば、現在は摂取量が大きく減っているのは事実です。しかし、それでも下記の通りです(厚生労働省「国民健康・栄養調査結果の概要」より)。

2008年 男性:11.9グラム、女性:10.1グラム
2013年 男性:11.1グラム、女性:9.4グラム

 ちなみに、「目標」は下記のように定められています(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」より)。

2005年 男性:10グラム未満、女性:8グラム未満
2010年 男性:9グラム未満、女性:7.5グラム未満
2015年 男性:8グラム未満、女性:7.0グラム未満

 摂取量の数字では男女とも減少していますが、よくみると、それでも2005年の目標すら満たせていません。このまま「目標」を下げ続けても、「絵に描いた餅」にしかなりません。そして、私自身の個人的見解を述べれば、そろそろ日本人の塩分摂取量低下は限界にきています。摂取量が次回発表される2018年は、2013年の数字から比べてさほど減少していないでしょう。つまり、日本人は和食を捨てない限り、これ以上塩分摂取量を下げるのは極めて困難なのです。

 ではどうすればいいか。最も重要なのは慢性腎臓病の「怖さ」を知ることです。最近は職場でも学校でも家庭でも「叱る」のではなく「褒める」ことが重要とされているようで、医師も患者さんに対し「褒める」のが良い、とされています。ですが、私はもともと他人を褒めるのが苦手なこともあり、生活習慣病の指導については褒めるのではなく「恐怖」を植え付けています。もっとちゃんとやらないと将来は透析になりますよぉ…、と言い続けているのです。このような指導(そもそもこれを「指導」と呼べるかどうかも疑問ですが…)しかしていない私は、良医ではありません。医学部でおこなわれる模擬患者とのコミュニケーションの試験なら不合格になるでしょう。

 腎臓はいったん悪化すると元には戻らない臓器です。ですから、それ以上悪くならないように、生活習慣の改善を今以上に厳しくおこなうしありません。少しでもできたことを褒めてあげて…、などと悠長なことを言っている場合ではないのです。

 ではどうすればいいか。まずほとんどの人がすぐに簡単にできることがあります。それは「腎臓に負担がかかる薬やサプリメントを飲まない」ということです。代表的なものは、鎮痛剤(ほとんどの市販の鎮痛剤は腎臓に影響を与えます)と風邪薬(鎮痛剤が含まれる)です。そして、もうひとつの代表がカルシウム及びビタミンDです。これらは骨を強くするため、という理由で飲んでいる人が少なくありませんし、また、健康のため、という漠然とした理由でマルチビタミン(含ビタミンD)やマルチミネラル(含カルシウム)を飲んでいる人が大勢います。筋力強化やダイエットのためにプロテインを飲んでいるという人も少なくありませんが、彼(女)らのどれだけがプロテインが腎臓を悪くすることを知っているでしょう。もちろん医療機関で処方される薬にも腎臓に負担がかかる薬は少なくありませんし、個人輸入で薬を入手するなどということは危険極まりない行為です。

 次にすべきなのはやはり運動と食事です。特に汗をかく運動は非常に効果的です。フルマラソンを走るときには塩分補給をしなければならないことからも分かるように(ただしフルマラソンは腎臓に負担がかかりますから推薦できませんが)、塩分を多少多めに摂ったとしても運動で汗をかけば帳消しになります。ですから、やせるため、あるいは動脈硬化を防ぐため以上に「将来人工透析になるのを回避するため」に運動で汗を流すべきなのです。

 食事はもちろん可能な限り塩分の制限につとめなければなりませんが、他にもすべきことがあります。それは「太らない」ということです。最近はあまり言われなくなりましたが、数年前には「少し太っている方が長生きする」ということがさかんに言われました。たしかにそのような統計が海外のみならず日本にもあります。ですが、私はこの考えに以前から疑問を持っています。私が診ている患者さんでいえば、適正体重の人の方が明らかに健康だからです。そして、肥満やメタボリック症候群は慢性腎臓病のリスクになることが分かっています。つまり、太っていればたとえ長生きできたとしても人工透析で寿命を延ばしているだけ、ということになりかねないのです。

 では太らないためにはどのような食事をすればいいか。今回提案したいのは「蛋白質をしっかり摂る」ことです。ここは誤解しやすいところなので注意が必要です。慢性腎臓病がある程度進行すると蛋白質が腎臓を傷めます。ですから摂取量を制限しなければなりません。そして、以前は、腎機能低下の初期段階から蛋白質を制限する食事療法が推奨されていました。

 ですが、この考えは現在では見直されており、軽症であれば厳しい蛋白制限を指示しない考えが主流になってきています。実際、日本腎臓病学会のガイドラインでもステージ2までは「過剰な摂取をしない」との表現にとどまっています。一般にステージ2までは「1.3g/kg標準体重/日を超えない」が推奨されます。例えば標準体重が60kg(身長160センチ程度)とすれば1.3x60=約80グラムが蛋白質を摂取していい上限となります。

 では肉や魚を食べるとどれくらいの蛋白質を摂取することになるかというと、だいたい肉や魚100グラムで蛋白質20グラムです。私は肉料理が大好きで、月に2回程度は近所の「サイゼリア」でステーキを食べます(999円というリーズナブル価格です!)。このステーキが約160グラムですから蛋白質は32グラムになります。また私は毎朝納豆を1パック食べますがこれは約8グラムです。もちろんタンパク質は米を含む多くの食品に含まれていますから、単純に肉・魚・卵・大豆食品などを合計すればいいわけではありませんが、多くの人にとって「過剰な摂取をしない」というのはむつかしいわけではなく、むしろ肉や魚、大豆をしっかり摂って摂取量を把握することの方が重要です。(先述したようにもちろんプロテインは絶対NGです)

 厳格に制限すべきなのは蛋白質ではなく、総摂取カロリーあるいは炭水化物です。いずれにしても「体重を増やさない」ということが最重要です。慢性腎臓病の予防及び治療に重要とされている塩分制限に異論はありませんが、和食を捨てない限り日本人には極めて困難です。ならば、まだ初期の段階であれば、「汗をかく運動」と「太らない食事療法」をしっかりとおこなうことで、それ以上の進行をとめるべきではないか。これが私の考えです。

 腎臓はいたわっていても年齢と共に誰でも次第に劣化していきます。つまり慢性腎臓病が進んでいきます。あなたの寿命が尽きるまでは腎臓の”寿命”をなんとか持ちこたえさせねばならないのです。

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2017年11月17日 金曜日

第178回(2017年11月) 論文を持参すると医師に嫌われるのはなぜか

「インターネットをみてこういう治療を考えているんですけど…」、と言って受診する人が次第に増えています。一昔前までは、「テレビのパーソナリティが言ってたから」、の方が多かったのですが、最近は、「ネットに書いてあったから」が上回ります。大阪では、かつては「近所のおばちゃんが言ってたから」、というのが頻繁にありましたが、最近は大阪でも「近所のおばちゃん」はネットに負けています。

 この手の話を医師どうしでしたときに、こういう患者さんを否定的にみる意見が多くでます。初めから特定の考えに凝り固まっていると、それをニュートラルな状態に戻すのに時間がかかるからです。ときには、これはマインドコントロールを解くようなものかもしれない、と感じることもあります。

 そんな「〇〇を見て聞いて…」のなかで、おそらく医師が最も嫌がるのが「論文に書いてあった」というもので、その論文(多くは英語)を持参する患者さんもときどきいます。後述するように、私自身はこういう患者さんがどちらかというとイヤではなく、むしろ好感を持ってしまうことが多いのですが、勘弁してほしい…、と感じる医師は大勢います。今回は、なぜそのような患者さんが嫌がられるのかを解説したいと思います。まず、実際にあった症例を紹介します。(ただし、本人特定ができないように細部に変更を加えています)

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【症例】50代男性 A氏 商社勤務

 胃炎があり、近くのXクリニックで胃薬のプロトンポンプ阻害薬(以下「PPI」)を処方してもらい半年になります。ネット上でたまたま見つけたブログにPPIが脳梗塞のリスクになるという話が書いてあり、そこから原著の論文にまでたどりつきました。イギリス駐在経験もあるA氏は英語の論文を読むことにそう抵抗はありません。1週間かけてすべて読み込み9割以上は理解しました。

 やはり、PPIは脳梗塞のリスクになると確信したAさんはその論文を印刷しXクリニックに持参しX医師に話をしました。すると、医師の対応はつれないもので、その論文を読もうともしません…。

X医師:「そういう意見もあるという程度です。気にする必要はありません」

Aさん:「でもこの論文にこう書いてあるんですよ。先生はこの論文を読まれたのですか」

X医師:「読む必要があるとは考えていません。そんなに飲みたくないらやめますか」

Aさん:「なぜ読む必要がないと言い切れるんですか! もういいです!!」
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 X医師といわば喧嘩別れしたAさんは、翌週、職場の近くの太融寺町谷口医院にやってきました。私は、Aさんに「あなたの疑問はもっともだと思います」と答えながら、一方ではX医師の気持ちもよく分かりました。その理由を述べます。

 まず、Aさんが持参した論文が掲載されている医学誌は、一流のものではなく、比較的小規模の研究や症例報告でも採用されるものです。もちろん、そういった論文にもすぐれたものは多数あるのですが、その論文を金科玉条のように考えているAさんにX医師は抵抗を持ってしまったのでしょう。

 次にこの研究は「後ろ向き研究」でした。つまり、脳梗塞を起こした人のいくらかが過去にPPIを飲んでいることを報告したものだったのです。統計学的に「後ろ向き研究」はエビデンスレベル(科学的確証度)が高くありません(注1)。Aさんによると、X医師はAさんが持参したその論文に見向きもしなかったということですが、もしかすると最初のページの「概要」の部分にはさっと目を通し、それが後ろ向き研究であることに気付いたのかもしれません。

 その一方、私はAさんの気持ちもよく分かります。私にも同じような経験があるからです。医学部の1回生の頃、英語の論文をまだ読み慣れていない私はひとつの論文を最後まで読むのにそれなりに苦労しました。読み終えると充実感が得られ、そこに書いてあることが”絶対的な真実”のように思えるのです。おそらく、せっかく頑張って読んだのだから価値のある論文に違いない、と思いたくなるのでしょう。

 ですが、医学をきちんと学ぶとこの「危険性」が理解できるようになります。一般の方の希望を壊すようですが、論文をいくら拾い読みしても医学に精通することはできません。知識レベルで医師と対等になることはほとんど不可能というのが私の意見です。よく「医師と患者は対等に」と言われ、そこから「患者様」と呼べ、という意見もありますが、私は反対です。医師がエラそうにするのはもちろんNGですが、対等になることは無理です。

 医学部に入学しなければ医師と対等になれない、とまでは言いません。ですが、少なくとも教科書を理解していない人がいくら論文を読んでも、まず100%正確には読めないでしょうし、その論文が医学全体のなかでどのような位置づけで、エビデンスレベルはどの程度なのかということは理解できないのです。

 我々医師は最新の医学情報に追いついていかねばなりませんから日々の勉強は欠かせません。ほとんどの医師は、複数の一流の医学誌(もちろんすべて英語です)の目次程度には定期的に目を通しています。ですが、それだけでは医師として失格です。なぜなら、教科書の内容にもキャッチアップしていかねばならず、むしろこちらの方が重要だからです。

 もちろん私自身も複数の教科書を定期的に読むようにしています。私の場合、内科領域で言えば『Harrison’s Principles of Internal Medicine』(以下「ハリソン」)という世界的に有名な教科書の19th editionを読んでいます。これはかなり高価なもので学生の頃は買えず私は図書館で読んでいました。現在私が読んでいるのはKindle版で割安ですがそれでも24,000円もします。

 教科書は最重要なのですが、臨床には直接役に立たないことが多々あります。実際に患者さんの診察をおこなうにはもっと臨床に即したテキストが必要です。私が高頻度に用いているのは『UpToDate』というオンライン上のテキストです。これは文字通り最新の知識、それもエビデンスレベルの高い知識が効率的に得られます。価格は3年間で1,200ドル(約15万円)もしますが、内容を考えるとまったく高くありません。

 私の場合、複数の教科書と『UpToDate』を基本とした上で、日々発表される新しい論文を読んでいます。そして、どのような論文にも同じ価値があるとはみなしておらず、一流の医学誌(注2)に掲載されているものを優先して読みます。

 一般の人は、おそらく24,000円も出して「ハリソン」を買おうと思わないでしょうし、またたとえ入手したとしてもスラスラ読めるものではありません。読みこなそうと思えば、基礎的な解剖学や生理学、生化学の知識が必要であり、それらから勉強してみようとは考えないでしょう。15万円も出して『UpToDate』にアクセスしようと思う人もいないでしょう。

 では、一般の人は、正確で新しい医学情報にアクセスできないのかというとそういうわけではありません。例えば、健康食品やサプリメントでいえば国立健康・栄養研究所が作成している「「健康食品」の安全性・有効性情報」というページは有用なサイトです。また、「コクラン(Cochrane)」というエビデンスレベルの高い医療情報を集めたサイトは分かりやすく私は患者さんにしばしば推薦しています。これらを読みこなせば、ある程度正確で偏りのない知識が得られると思います。

 ですが、限界があります。やはり一番いいのは、「かかりつけ医から学ぶ」という姿勢です。偉そうに言うな、と反発する人もいるかもしれませんが、目の前の患者さんに正確で最新の医療情報を提供するのはかかりつけ医の使命なのです。最後に、日本医師会が定めている「かかりつけ医の定義」を紹介しておきます。

「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」

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注1:後ろ向き研究に対し「前向き研究」と呼ばれるものがあります。PPIと脳梗塞を例にとるなら、ある時点で2つのグループに分けて、一方にはPPIを、もう一方には偽薬を飲んでもらい、それぞれのグループが脳梗塞をどの程度起こすか観察する方法です。この方法だと信頼度がぐっと上がります。
 
注2:誰もが認める一流の医学誌となると、『British Medical Journal』、『New England Journal of Medicine』、『The Lancet』、『Journal of the American Medical Association』、『Annals of Internal Medicine』あたりが挙げられると思います。

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2017年11月15日 水曜日

2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇

 医療機関で最もよく処方される胃薬のひとつPPI(プロトンポンプ阻害薬)は、過去2年で最も評判の落ちた薬と言えるかもしれません。これまでは、安全でよく効く、といいことづくしの薬だったのが(値段が高いのは欠点ですが)、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る…、と、様々な副作用のリスクが指摘されるようになってきました(下記「医療ニュース」「はやりの病気」参照)。

 今回は、そのPPIがなんと、胃がんのリスクを上昇させる!という驚くべき研究を紹介したいと思います。なぜ驚くかというと、PPIは「最も効く胃の薬」としての”地位”がありますし、胃がんの原因として有名なピロリ菌の除菌をおこなうときにも使う薬だからです。

 この報告がおこなわれたのは医学誌『Gut』2017年10月31日号(オンライン版)です(注1)。研究の対象は、香港の医療データベースClinical Data Analysis and Reporting System(CDARS)に登録されたピロリ菌の除菌をおこない成功した成人63,939人のデータです。対象者はその後の平均追跡期間7.6年の間に全体の0.24%にあたる153人が胃がんを発症しています。

 胃がんとPPI使用の関係を解析した結果、PPI使用により胃がんの発症リスクが2.44倍にもなることが判りました。さらに、リスクはPPIの使用頻度が多ければ多いほど、期間が長ければ長いほど上昇しています。

 具体的な数字は驚くべきものです。PPIを使用していない人に比べると、週に1~6日内服している人のリスクは2.43倍、毎日飲んでいる人ではなんと4.55倍にも上昇します。内服期間では、1年以上内服すれば5.04倍、2年以上で6.65倍、3年以上では8.34倍にまで上昇します。

 一方、PPIとよく比較される胃薬のH2ブロッカーではリスク上昇はなく、内服していない人に比べて0.72倍とむしろ低下していました。

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 衝撃的な報告です。これが真実だとすれば、直ちにPPIを中止しなければならない人が大勢いることになります。

 ところで、この報告の信ぴょう性はどの程度なのでしょうか。この研究はいわゆる「後ろ向き研究」です。つまり、胃がんになった人、ならなかった人が過去にPPIをどの程度内服していたかを調べて分析したものです。一方、統計学的には「前向き研究」の方がエビデンス(科学的確証度)のレベルが高くなります。前向き研究でPPIのリスクを検討するなら、ピロリ菌除菌後の患者をたくさん集め2つのグループに分け、一方にはPPIを使用し、もう一方には使用しない(より正確にするためには偽薬を用いる)でその後の胃がん発症率を調査することになります。

 前向き研究でもPPI使用者で胃がん発症が多いという結果がでればPPIのリスクはほぼ「確定」となります。したがって、より科学的な考え(エビデンスに基づいた考え)をする人たちからは、「後ろ向き研究しかない現時点でPPIを控えるのは時期尚早」という意見が出てくると思われます。

 ですが、私の個人的見解としては、今回の研究のみでも、つまり前向き研究の登場を待たなくても「PPI投与、特に長期投与は慎重にすべき」と考えていいと思います。少なくとも、先にH2ブロッカーを試すべきですし、その他胃薬には多数ありますし、漢方薬にも有用なものが複数あります。もちろん、薬以前に生活習慣の見直しが重要なのは言うまでもありません。

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注1:論文のタイトルは「Long-term proton pump inhibitors and risk of gastric cancer development after treatment for Helicobacter pylori: a population-based study」で、下記URIで概要を読むことができます。

http://gut.bmj.com/content/early/2017/09/18/gutjnl-2017-314605

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」

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2017年11月6日 月曜日

2017年11月 私の苦い体験と残念な薬剤師

 その電話は土曜日の診察終了間際、午後8時の少し前にかかってきました。
 
 太融寺町谷口医院(当時は「すてらめいとクリニック」という名称。以下「谷口医院」)をオープンして間もない2007年のことです。他府県在住の若いカップルからの電話で、「コンドームが破れた。緊急避妊をお願いしたい」という内容でした。

 緊急避妊薬は海外では薬局で買えますが、日本では医療機関で処方しなければならないことになっています。通常、緊急避妊をおこなうのは(大きな)病院ではなく診療所/クリニックです。科としては婦人科か、谷口医院のような総合診療をおこなっているところ、それに一部の内科クリニックとなるでしょう。すべての科でおこなっているわけではありません。

 その他府県のカップルがわざわざ谷口医院に電話してきたのは、「近くに開いているクリニックがないから」です。当時の谷口医院は土曜日も午後8時まで受付をおこなっており(現在土曜は午後7時まで)、他には受診できるところがないと言います。ですが、私はその晩、所用で最終の新幹線に乗らなければなりませんでした。その電話がかかってきたときには、まだ待合室に10人以上の患者さんが診察を待っていました。そのカップルは車を飛ばしても8時には間に合わないと言います。このカップルを診察すると最終の新幹線に間に合わなくなる可能性が出てきます。少し悩んだ挙句、私は「当院では対応できない。救急病院を受診してほしい」と答えました。

 翌日、私はずっとこのカップルのことが気になっていました。いえ、今こうしてこのことを書いているくらいですから、10年が過ぎた今もこの記憶が私を苦しめています。なぜあのとき受け入れなかったのか…。私の「所用」はカップルのお願いを断るほど重要だったのか…。最終の新幹線に間に合わなかったとしても深夜バスを利用すれば済む話だったのではないか…。

 このことが頭をよぎるとき、いつも考えてしまうことがあります。日本ではなぜ薬局で薬剤師が緊急避妊薬を販売しないのでしょう。海外では当たり前のようにおこなっているのに、です。もちろん、この問題に気付いているのは私だけではありません。実際、2017年7月に開催された「第2回医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(通称「スイッチOTC検討会」)では、緊急避妊薬を薬局で販売できるようにすべきではないかという議題が取り上げられました。ですが、肝心の薬剤師が同意しないのです。

 はっきり言えば、薬剤師のこの考え、情けなくないでしょうか。私たち日本の薬剤師は海外の薬剤師と違ってそんな難しいことできませーん、と宣言しているようなものです。確かに緊急避妊の説明は簡単ではありません。単に理屈を覚えればいいわけではないからです。生理学、薬理学、産科学の知識に加え、心理的なケアや社会的な配慮もおこなわなければなりません。なかにはデートレイプの被害ということもあります。被害者に不適切な発言をすると「セカンドレイプ」となり余計に苦しめることになります。また緊急避妊は繰り返す人が多いですから、今後の避妊についても話をしなければなりません。ですから相応の勉強や研修が必要になります。

 もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に申し入れをして「緊急避妊こそ薬剤師の仕事だ!」と訴えます。そもそも性行為というのは日中よりも夜間におこなわれることが多いものです。そして緊急避妊は早ければ早いほど成功率が上がるわけです。そして、都心部には深夜まで開いている薬局があります。一方、診療所/クリニックは夜遅くまで開いておらず(特に土曜日!)、また大病院の救急外来はどこもいっぱいで、受診時に症状のない緊急避妊希望者は後回しにされることが多いのです。

 もうひとつ、私が薬剤師に期待したいこと、というか、情けないと思うことがあります。それは、現在連日のようにメディアに取り上げられている「ヒルドイドを始めとするヘパリン類似物質をなぜ薬剤師が販売しないのか」ということです。

 これについては、以前にも述べました(「はやりの病気第161回(2017年1月)「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)。私が言いたいのは、「ヒルドイドやビーソフテンといったヘパリン類似物質は単なる保湿剤であり、わざわざ医療機関で処方するものではなく、海外では薬局で販売されているし、日本でもすでに一部のヘパリン類似物質は薬局で販売されている。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社が医療機関での処方に固執しているのは事実だが、なぜ薬剤師が自分たちにやらせてくれと言わないのか」ということです。

 2017年10月6日、健康保険組合連合会が公表した「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究III」(76-94ページ)で、ヘパリン類似物質の処方が全国で年間93億円にのぼると推計されています。これは各メディアも報道しており、「ヒルドイドやビーソフテンを治療ではなく単なるスキンケア製品として求める患者(患者ではありませんが)が多い」と言われています。

 しかし我々臨床医の立場からすると、ここはきちんと区別しなければなりません。谷口医院でもオープンした2007年から「スキンケア製品として(または化粧水として)ヒルドイドかビーソフテンを処方してほしい」という初診の患者(患者ではありませんが)が、ちょこちょこやって来ます。もちろん、そのような理由では処方できない、ということを説明しますが(そして保険診療のルールをそれなりに丁寧に説明しているつもりなのですが)、「お金払うって言ってるでしょ!」と捨てゼリフを吐いて帰る人もそれなりにいます。

 ですが、例えばアトピー性皮膚炎や他の慢性湿疹でステロイドまたはタクロリムスでの治療が奏功して炎症がまったくなくなりあとは乾燥だけとなった場合は、再び炎症を起こさないためにヘパリン類似物質を使うことはよくあります。というより、いかに「保湿」が重要であるかの説明をおこない、幾種類もある保湿剤のなかでいかにヘパリン類似物質が有効かという説明をします。ですが、ヒルドイドやビーソフテンには「処方制限」(詳しくは「保湿剤の処方制限と効果的な使用法」)があるので、薬局やネット販売のものも探してね、という話をします。

 先に述べた緊急避妊薬の場合は、心理的、社会的な背景にまで踏み込む必要があり、単に教科書的な知識だけでは対応できません。それなりのトレーニングが必要です。ですが、ヘパリン類似物質の場合は、他のスキンケア製品の販売とほとんど変わらないといっても言い過ぎではありません。実際、すでに一部のヘパリン類似物質は薬局や化粧品屋で販売されているのです。

 もしも私が薬剤師なら、薬剤師会に対して、「ヘパリン類似物質はすぐに薬局で医師の処方せんなしで薬剤師が販売できるようにすべきだ。ヒルドイドやビーソフテンの製薬会社にも訴えるべきだ!」と主張します。

 ちなみに、私がよく行く近所の薬局は夜遅い時間まで開けてくれているので助かっています。私はそこで格安のお菓子やインスタントラーメンをまとめ買いしています。品揃えの豊富さとスーパー顔負けの安さにはいつも感謝しています。

 ですが、薬剤師が声を張り上げてセール品の案内をしているのを目にすると、感謝の気持ちが残念な気持ちに変わっていきます…(注1)。

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注1:残念な薬剤師については過去のコラムでも書いたことがあります。下記を参照ください。

参考:メディカルエッセイ第154回(2015年11月)「「かかりつけ薬局」という幻想」

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2017年10月25日 水曜日

2017年10月25日 認知症の治療にイチョウの葉は有効か無効か

 認知症の薬には保険診療で認められているものも4種類(先発品)ありますが(注1)、どれも劇的に効くわけではありません。ならばサプリメントに期待したいところですが、残念ながらこちらもいいものがありません。昔から「イチョウの葉」がいいのでは?と言われていますが、これはエビデンス(科学的確証)のデータベース「コクラン」で否定されています(注2)。

 ですが、そのコクランの見解を覆すような研究、つまり、認知症にイチョウが有効という研究が発表されました。医学誌『International psychogeriatrics』2017年9月21日号(オンライン版)(注3)に掲載されています。

 この研究では認知症の患者さんを2つのグループ(それぞれ814人)に分けて、一方にEGb761と呼ばれるイチョウ葉抽出エキス240mgを投与し、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬)を投与しています。投与期間は22~24週です。結果、イチョウを投与したグループは有意にプラセボ群よりも認知症に関連するほとんどの症状が改善したそうです。

 さらに、患者さん本人だけでなく介護者の苦痛も改善したそうです。

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 これまでの見解を覆す興味深い研究ですが、これをもってしてイチョウに期待しすぎるのは時期尚早だと思います。副作用がないなら試してみてもいいのでは、という意見もあるでしょうが、私の経験上、イチョウのサプリメントはけっこうな頻度で頭痛を訴える患者さんがいます。特に片頭痛のエピソードがある人にこの傾向が顕著です。

 認知症は予防も治療も決定的なものがあるとはいえませんが、それでも食事、運動、学習、行動などでリスクが低減するとされているものもありますから、まずはそういった知識を集めるのがいいでしょう。このサイトでも追って新しい情報をお伝えしていきたいと思います。

注1:下記を参照ください。

はやりの病気第95回(2011年7月)「アルツハイマーにどのように向き合うべきか」

注2:コクランのレポートは下記で読むことができます。尚、ページ上方の「日本語」をクリックすれば日本語訳をも読めます。

http://www.cochrane.org/CD003120/DEMENTIA_there-is-no-convincing-evidence-that-ginkgo-biloba-is-efficacious-for-dementia-and-cognitive-impairment

注3:この論文のタイトルは「Treatment effects of Ginkgo biloba extract EGb 761R on the spectrum of behavioral and psychological symptoms of dementia: meta-analysis of randomized controlled trials」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.cambridge.org/core/journals/international-psychogeriatrics/article/treatment-effects-of-ginkgo-biloba-extract-egb-761-on-the-spectrum-of-behavioral-and-psychological-symptoms-of-dementia-metaanalysis-of-randomized-controlled-trials/B4E1DCC0E7DDCD9898C0294DC437DB54

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2017年10月23日 月曜日

2017年10月23日 骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効

 骨を丈夫にして骨折を防ぐためにビタミンDやカルシウムのサプリメントを摂取している人は少なくありませんし、処方薬としてビタミンDを内服している人もいます。ですが、これらの効果は疑わしく、米国予防医療作業部会(U.S. Preventive Services Task Force、以下「USPSTF」)は正式にそれを公表しました。USPSTFの詳細にわたる報告も無料で全文が公開されていますが(注1)、いくつかの米国のメディアが内容をまとめたものを報道しているので(注2)、ここではそちらをまとめたものを紹介したいと思います。

 まず、高齢者の骨折がどれほど重要なものかを数字でみてみましょう。2014年に米国で転倒で救急外来を受診したのは約280万人。そのうち約80万人が入院し、1年以内に約27,000人が死亡しています。また、数字には出ていませんが、死亡を免れたとしても寝たきり、あるいはそれに近い状態になる人は多数いるはずです。そして、米国では65歳以上の3人に1人は少なくとも年に一度は転倒していると言われています。
 
 これを聞くと、では転倒程度では骨折しない丈夫な骨をつくろう、と誰もが思います。そして、従来はビタミンDとカルシウムが有用と言われてきました。結論から言えば、USPSTFの見解はそれをほぼ否定するものです。つまり、それらを積極的に摂取した人に骨折が少ないわけではなく、USPTFとしては骨折予防のためのビタミンDおよびカルシウムの摂取を推奨しないとしたのです。

 もっとも、これらの骨折予防効果は以前から乏しいと言われており、エビデンス(科学的確証)のデータベースである「コクラン」も完全には効果を否定していないものの似たような報告をおこなっています(注3)。

 一方、米国医学研究所(National Academy of Medicine)とWHOは、健康改善を目的としたビタミンDとカルシウム摂取を推奨していますが、どちらの組織も骨折予防のためのサプリメントは推奨していません。

 ではどうすればいいのか。USPSTFが推奨するのは「運動」です。米国保健福祉省(The US Department of Health and Human Services)が提唱している次の運動メニューを勧めています。

・少なくとも週に150分の中~高強度の運動。または、週75分の激しい運動。
・週に2回の筋トレ
・週に3日以上のバランストレーニング

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 私が感じる日米の違いを2点指摘しておきます。

 ひとつは、日本では今でも医療機関でビタミンDやカルシウムが骨折の再発予防などに処方されていることです。エビデンスに乏しい治療がいけないわけではありませんが、運動の重要性が同時に説明されているか、あるいは説明されていたとしても実践できているかどうかを一度見直す必要があるでしょう。

 もうひとつは運動指導についてです。日本では多くの医療者が高齢者の骨折予防にウォーキングを勧めています。一方、米国で推奨されているのは中から高強度の運動(moderate-intensity exercise)ですから、通常のスピードのウォーキングでは不十分ということになります。もちろん運動は「続けること」が最重要ですから、できない運動の指導をすることには意味がありませんが、強度を上げなければ効果に乏しいことは知っておく必要があります。

注1:下記を参照ください。

https://www.uspreventiveservicestaskforce.org/Page/Document/draft-evidence-review/vitamin-d-calcium-or-combined-supplementation-for-the-primary-prevention-of-fractures-in-adults-preventive-medication

注2:この記事のタイトルは「USPSTF Draft Recommendations for Falls and Fracture Prevention」です。下記URLを参照ください。

https://www.medscape.com/viewarticle/886193

注3:コクランのウェブサイトで読むことができます。レポートのタイトルは「Vitamin D and related vitamin D compounds for preventing fractures resulting from osteoporosis in older people」です。下記URLを参照ください。尚、この報告はページ上部の「日本語」というところをクリックすれば日本語でも読めます。

http://www.cochrane.org/CD000227/MUSKINJ_vitamin-d-and-related-vitamin-d-compounds-preventing-fractures-resulting-osteoporosis-older-people

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