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2024年3月31日 日曜日
2024年3月31日 帯状疱疹ワクチン、安い方でOK?
2年ほど前から帯状疱疹のワクチンに関する問い合わせが増えています。患者さんが「うちたい」というのはたいてい高い方のワクチンなので、これはおそらく製薬会社(やこのワクチンで儲かる他の人たち)のマーケティング戦略の結果でしょう。
ですが、谷口医院では結果としてほとんどの患者さんが安い方のワクチンを接種しています。もちろんその理由は「費用」です。高い方のワクチン(グラクソ・スミスクラインの「シングリックス」)は2回接種しなければならず合わせて4~5万円もします。一方、安い方のワクチン(阪大微生物病研究会「ビケン」)は7~8千円程度ですから価格はおよそ6分の1です。
シングリックスを推薦する人は「シングリックスの方が効果が高い」と言うわけですが、どの程度の差があるのでしょう。最近、安い方のワクチンでもそれなりに高い効果があることを示した研究が発表されたのでここに報告します。
医学誌「BMJ」2023年11月号に掲載されたその論文のタイトルは「帯状疱疹生ワクチンの接種後10年間の有効性: 電子健康記録を使用したコホート研究(Effectiveness of the live zoster vaccine during the 10 years following vaccination: real world cohort study using electronic health records )」です。
研究では米国の「Kaiser Permanente Northern California」と呼ばれるデータベースが使われています。対象は50歳以上の1,505,647人で507,444人(34%)が帯状疱疹の生ワクチン(安い方のワクチン)を接種していました。
調査によると、ワクチンの有効性は接種後1年目が67%と最も高く、その後は経時的に減っていき、10年後には15%まで低下していました。
帯状疱疹に罹患して最も困るのが「帯状疱疹後神経痛」と呼ばれる長引く痛みです。これを抑える効果について、1年目は83%で、10年後には41%へ低下していました。
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高い方のワクチンとの比較がありませんが、1年目の有効性67%、1年目の帯状疱疹後神経痛抑制効果83%を「その程度しかないのか」と感じる人もいるのではないでしょうか。それならば高い方にしようと考える人もいるでしょう。もちろんそれでもいいのですが、帯状疱疹の最重要事項は「治療薬がある」です。
もしも治療薬がなくてワクチンしかない感染症であれば、ワクチンのプレゼンスが非常に高くなります。代表は麻疹(はしか)で、(1歳未満と30歳以上は)感染すると死に至ることもある重大な疾患で、治療薬はありません。ですがワクチンはあります。ワクチン2回接種で100%近い効果があります。
一方、帯状疱疹には薬があります。では、薬があるのにもかからず不幸なことに帯状疱疹後神経痛を発症する人がいるのはなぜでしょうか。それは「薬を飲まなかった」か「薬を飲み始めるのが遅かった」かのどちらかです。
つまり帯状疱疹で最も大切なのは「疑えば直ちに受診」です。日頃から「どのような症状が出れば帯状疱疹を疑うべきか」をかかりつけ医から学んでおき、少しでも可能性があればすぐに受診することが大切です。
帯状疱疹に関して言えば治療の主役は薬であってワクチンではないのです。このことを踏まえて高い方か安い方を検討すればいいでしょう。
参考:医療プレミア「帯状疱疹 50歳未満でもワクチン接種がお勧めの人たち」
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|2024年3月21日 木曜日
第247回(2024年3月) 認知症のリスク、抗うつ薬で増加、飲酒で低下?
認知症には信頼できる治療薬があるとは言えず、また決定的な予防法があるわけでもないことは本サイトで繰り返し述べています。治療薬について、日本のメディアではエーザイの「レカネマブ」を絶賛するような記事が目立ちますが、海外メディアは冷ややかなものが多いと言えます。ちなみに、海外メディアではレカネマブがいかに辛辣に酷評されているかについて私は「医療プレミア」で書いたことがあります。
2023年9月4日 「ここが問題! 認知症新薬「レカネマブ」」
2023年10月30日 「アルツハイマー病のリスク遺伝子検査は「気軽に受けてはいけない」」
認知症は内服薬もさほど効果は期待できません。期待できないどころか、余計に悪化する場合も少なくないことを知っておくべきです。実際、例えばドネペジル(アリセプト)を使いだしてから性格が荒っぽくなって家族が手に負えなくなったという事例は枚挙に暇がありません。効果に乏しく副作用のリスクが大きいわけですからそのような薬を保険診療で処方してもいいのか、という問題も生じています。仏国では2018年に、ドネペジル、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(イクセロンパッチ/リバスタッチパッチ)、メマンチン(メマリー)の4種類が保険適用外とされました。これら4種はうまく使えば症状緩和に期待できるのは事実ですが、決して認知症を治すことができるわけではありません。
治療薬がないなら予防薬はどうでしょうか。昔から認知症の予防薬の開発は世界中で進められていますが、いまだに実現化にはほど遠い状態です。
では薬でない予防方法はどうでしょうか。これまた、世界中でいろんな研究が続けられていて、「地中海食がいい」「運動が予防になる」などととする研究結果もあるにはありますが、決定的なものではありません。少なくとも「〇〇をしていれば安心」というものはありません。
その逆に「〇〇はリスクになる」という研究は多数あり、肥満、喫煙、不健康な食事、運動不足、難聴、他人とのコミュニケーション不足、座りっぱなしなどがリスクとして確立されています。なかでも座りっぱなしは、「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスクは上昇する」という研究があり、今すぐにでも対策をとらねばならない課題だといえます。
忘れてはならない認知症のリスクとなる要因は「薬」です。「はやりの病気」第151回「認知症のリスクになると言われる3種の薬」では、ベンゾジアゼピン、抗コリン薬、胃薬のPPI(プロトンポンプ阻害薬)を紹介しました。これらには「認知症のリスクを上げない」とする研究もありますが、最近発表されている数々の研究から判断して「リスクはある」と考えるべきだと私は思います。
他の「認知症のリスクを上げる薬」として、抗てんかん薬、抗パーキンソン薬、抗ヒスタミン薬、ステロイド、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)、循環器系治療薬(不整脈の薬や降圧薬)なども指摘されています。
さて、随分前置きが長くなりましたが、今回は最近「認知症のリスクになる薬」として報告された薬、そして「アルコールが認知症の予防になるかもしれない」という俄かには信じがたい研究を紹介したいと思います。
まずは最近報告された「認知症のリスクになる薬」の話をしましょう。その薬とは「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」です。SSRIとは2000年代以降、世界で最も使用されている抗うつ薬で「(重篤な)副作用はほとんどない」とされています。ベンゾジアゼピンのような依存性もなく、三環系抗うつ薬のような「眠気、ふらつき、倦怠感」もありません。当院でも2007年の開院以来、SSRIは最も多く処方している抗うつ薬です。2008年の「はやりの病気」で取り上げたこともあります(「SSRIは本当に効果がないのか」)。
世界で最も有名なSSRIはおそらく「プロザック」です。上述のコラムにも書いたように90年代には「ハッピードラッグ」と呼ばれ、全米での使用者は1千万人を超えました。日本ではなぜか今も発売されていませんが、他のSSRIは(当院も含めて)多くの医療機関で処方されています。フルボキサミン(デプロメール、ルボックス)、パロキセチン(パキシル)、セルトラリン(ジェイゾロフト)、エスシタロプラム(レクサプロ)の4種が日本では使用されています。
2008年のコラムでも書いたように、SSRIは万能ではありませんがよく効くことも多く、また副作用が少なく長期間使用しても依存性がないために使いやすい薬だと言えます。しかし最近、そのSSRIが認知症のリスクになるというショッキングな研究がスペインから発表されました。医学誌「Journal of Affective Disorders」2024年3月15日号に掲載されたその論文のタイトルは「抗うつ薬を使用した高齢者の認知症リスク:スペインにおける人口ベースのコホート分析(Risk of dementia among antidepressant elderly users: A population-based cohort analysis in Spain)」です。
研究にはスペインの医療データベースが用いられました。1種類の抗うつ薬を90日以上内服している60歳以上の62,928人を分析した結果、三環系抗うつ薬を内服している人に対し、SSRIを内服している人は認知症のリスクが1.792倍上昇していることが分かったのです(喫煙の有無、生活習慣上のリスク、既存疾患などの他のリスク因子は取り除かれて分析されています)。尚、この研究では他の抗うつ薬も「その他の抗うつ薬」として分析されており、三環系抗うつ薬のグループに比べ認知症のリスクが1.958倍高くなっていました。
では、うつ病には古典的な三環系抗うつ薬を使えばいいのかというと、上述したようにこの薬は「眠気、ふらつき、倦怠感」の副作用がそれなりの頻度で起こります。谷口医院では2000年代には(上述のコラムでも述べたように)SSRIをそれなりにたくさん処方していましたが、その後年々処方量を減らしています。患者さんからの要望も変化してきており、今では「他院で処方された抗うつ薬を減らしたい」という訴えが「抗うつ薬を処方してほしい」というリクエストをしのぐほどになっています。
最後に「飲酒が認知症のリスクを下げる」という衝撃的な研究を紹介しましょう。韓国の研究で、論文は医学誌「JAMA」2023年2月6日に発表された「韓国の全国コホートにおけるアルコール消費量と認知症リスクの変化(Changes in Alcohol Consumption and Risk of Dementia in a Nationwide Cohort in South Korea)」です。
研究の対象者は韓国在住の3,933,382人(平均年齢55.0歳、男性51.8%)で、飲酒量により4つのグループに分類されています。「まったく飲まない群」「少量(1日15グラム未満)飲酒する群」「中等量(1日15~29.9グラム)飲酒する群」「多量(1日30グラム以上)飲酒する群」の4つです。平均6.3年の追跡期間中に100,282人が認知症を発症しました。結果、「まったく飲まない群」に比べ、「少量飲酒する群」では21%、「中等量飲酒する群」では17%、認知症の発症リスクが低下していました。他方、「多量飲酒する群」ではリスクが8%上昇していました。
飲酒者には嬉しい研究と捉えられますが、さらに喜ばしい分析結果も出ています。多量飲酒する人が中等量に減らした場合、減らさなかった人に比べて認知症発症リスクが8%低下するという結果が出たのです。
ただし、少量、中等量、多量のアルコール量にはじゅうぶん注意が必要です。アルコールのグラム数は「摂取量(mL) × アルコール濃度(%)× 0.8」で算出します。例えば5%のビール500mLなら、500 x 5%(=0.05) x 0.8 = 20グラムとなります。この研究の「少量」がいかに少ない量かが分かるでしょう。
もうひとつ、注意が必要です。韓国人と日本人の「飲みっぷりの差」です。韓国の繁華街に行ったことのある人なら、韓国人がいかに大量に飲酒するかに驚いた経験があるのではないでしょうか。なにしろ、20歳前後の若い女性のグループがチャミスルの空瓶を大量に並べているシーンが日常的にあります。つまり、韓国人のアルコール分解能力は日本人を大きく凌ぐと考えるべきです。その韓国人が多くない飲酒量(1日30グラム未満)なら認知症のリスクが下がるというのがこの研究の結論です。同じことが日本人にあてはまるとは考えない方がいいかもしれません。
すべての日本人が直ちに完全禁酒する必要はないと思いますが、ほとんどの飲酒者は飲酒量を考え直すべきだとは言えるでしょう。前回のコラム「我々は飲酒を完全にやめるべきなのか」で述べたように、当院では最近ますますセリンクロの愛用者が増えています。
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|2024年3月11日 月曜日
2024年3月11日 「座りっぱなし」で仕事をする人にとっての効果的な運動は
本サイトで「座りっぱなし」のリスクについて初めて紹介したのは、おそらく2010年の医療ニュース「座っている時間が長い人は短命?」です。その後、繰り返し、「座りっぱなし」は寿命を縮めるだけでなく、生活習慣病、心血管系疾患、ED、さらには認知症のリスクを上昇させることを示した研究などを紹介してきました。
今や「座りっぱなし」は「第二の喫煙」とも呼ばれ、2020年にはWHOが正式に危険性を表明しました。WHOの主張を簡単にまとめれば、「小児から高齢者、妊娠中の女性、さらには障害を抱えた人も含めて、「座りっぱなし」は健康上のリスクになるので適切な対策をとらねばならない」となります。
今回は「座りっぱなし」がいかに有害化を示した台湾の大規模研究を紹介したいと思います。医学誌「JAMA」2024年1月19日号に掲載された論文「仕事で座る時間、余暇の身体活動、全死因および心血管疾患による死亡率(Occupational Sitting Time, Leisure Physical Activity, and All-Cause and Cardiovascular Disease Mortality)」にまとめられています。
研究の対象は1996~2017年の台湾の健康プログラムにの参加した合計481,688人の男女(平均年齢は39.3歳、女性53.2%)。平均追跡期間は12.85年、追跡期間中に26,257人が死亡しました。
「仕事中にほとんど座っている人(ones who mostly sat at work)」は「仕事中にほとんど座らない人(ones who were mostly nonsitting at work)」に比べ、全死因の死亡率が16%高く、心血管疾患による死亡率が34%高かったことが分かりました。「仕事中に座る・座らないを交互に繰り返す人(ones alternating sitting and nonsitting at work)」は、ほとんど座っていない人に比べ、死亡率の増加はみられませんでした。
この研究では「運動」で「座りっぱなし」による死亡リスクが解消できることを示しています。「ほとんど座っている人」が、1日15~30分の「余暇での運動(leisure-time physical activity, LTPA)」か、あるいはPAIスコア100以上の運動をおこなえば、LTPAをほとんどしない「ほとんど座らない人」に比べて死亡リスクが上昇しないことが分かりました。
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この論文が簡単そうでややこしいのは、LTPA、PAIといった聞きなれない言葉がでてくることです。論文を読んでもLTPAとは具体的にどのようなものを差すのかがよく分かりません。もしかすると、台湾の公園などでよく見る大音量の音楽をかけてみんなで踊っているダンスのようなものでしょうか。
PAIは「Personal Activity Intelligence」のことでノルウェーの研究者Ulrik Wisløff氏が考案した指標です。PAIは運動中の心拍数の変化を週ごとのスコアに変換する指標で、有用度を検討した論文によると、10年前と現在の双方でPAIスコアが100以上であれば(PAI100以上の運動を続けていれば)、100未満の人に比べて、心血管疾患による死亡リスクが32%、全死因の死亡リスクが20%低くなります。
PAIが興味深いところは、スコアを各自の心拍数から算出している点で、この方式なら元々運動能力の高い人も低い人も指標として用いることができます。またスコアを算出する期間を1日ではなく1週間にしている点も注目に値します。この方法であれば「週末のみハードな運動をする人」も高得点になるからです。ただ、現時点ではすべてのウェアラブルデバイス(スマートウォッチ)に対応できているわけではなく、PAIスコアが計測できるデバイスはXiaomi(シャオミ)、Amazfit(アマズフィット)、MIO(ミオ)だけのようです。以前は、AppleWatchやFitbitなどでも連動させてPAIスコアが表示されるアプリがあったそうなのですが現在はサービスを終了しているそうです。
この台湾の研究で分かることは、座りっぱなしは死亡リスクとなるが、それなりに負荷のかかる運動をすればそのリスクが解消できそうだ、ということです。しかし、過去の医療ニュース「座りっぱなしの時間が長ければ運動しても認知症のリスク上昇」で紹介したように認知症のリスクは運動で解消されないという研究もありますから、「座りっぱなし」の仕事自体はやはり見直した方がいいかもしれません。
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|2024年3月10日 日曜日
2024年3月 「谷口医院がすてらめいとビルを”不法占拠”していた」裁判の判決
2022年6月7日、旧谷口医院が入居していたすてらめいとビルを運営する会社「株式会社すてらめいとジャパン」が谷口医院に対し、「貸していないスペースを谷口医院が不法占拠していた」という理由で3120万円の損害賠償請求の裁判を起こしてきました。
我々がビルを不法占拠していたとは穏やかではありません。当然のことながら谷口医院はすてらめいとジャパン(以下「すてらめいと」)と賃貸契約を結び、その契約どおりにビルを利用していました。もちろん契約書もあります。では、なぜ「すてらめいと」はこんな無茶苦茶なことを言ってきたのか。
すでに本サイトでお伝えしているように、階上に突然入居して振動をまき散らすキックボクシングジムに対して当院は防振工事をしてほしいとお願いしました。すてらめいとにとってはどうやらそれが気に入らなかったようです。以下、簡単に経緯を振り返っておきます。
2020年12月 階上にキックボクシングジムが事前相談もなく入居。振動をまき散らし始める
2021年5月 ジムが「防振工事を6月20日を目途に開始する」と文書で連絡してきた
2021年7月 「やっぱり工事はやらない」という連絡が届いた。そのため「約束どおり防振工事を求める」訴訟を起こすことをジム・すてらめいとの双方に伝えた
2021年12月 すてらめいとの弁護士が「家賃を2倍にする」と文書を送って来た。裁判所で当院の弁護士と「調停」がおこなわれ、「調停不成立」となった
2022年1月 当院の弁護士が「当初の約束通り防振工事をすること」を求め大阪地方裁判所に訴状を提出
2022年6月 「谷口医院がビルを不法占拠しているから3120万円を支払え」という裁判(以下「不法占拠裁判」)をすてらめいとが起こしてきた
2023年1月 振動裁判の終結時期の見通しが立たず、振動が悪化したことで針刺し事故のリスクが急増し、また移転先が見つからなかったため「閉院」を決定
2023年6月5日 不動産業を営む当院の患者さんから紹介されたビルを使えることになり「閉院」でなく「移転」できることになった
2023年8月 移転先で新しい「谷口医院」の再開
2024年1月12日 「不法占拠裁判」で谷口恭が尋問を受けた
「鉄筋」ではなく単なる「鉄骨」のビルで診療している医療機関の階上にキックボクシングジムを入れること自体がおかしいわけですが、今回は振動裁判の件はおいておくとして(現在も裁判中)、当院が防振工事をお願いしたことに対し、すてらめいとは腹を立てたのか、「そんなこと言うなら家賃を倍にする!」と訴えてきたことにまず驚かされます。
こんなこと法律に詳しくなくても認められないことは明らかでしょう。ですが、法律に詳しい人に相談すると「社会の常識と司法の判断は異なることもあるし、こちらも弁護士を立てるしかない」と言われました。そんなものか、と考えて当院の弁護士に相談したところ「調停」がおこなわれました。
結果は、もちろん「不成立」です。裁判所もいくら社会常識と異なる判断をするのだとしても、まさかこのケースで「家賃倍増に応じなさい」と当院に忠告することはないでしょう。
分からないのはすてらめいとの弁護士です。ときに一般人が感情的になって滅茶苦茶な要求を突きつけることはあります。ですが、弁護士はプロの専門家なわけです。専門家ならそんな感情的な訴えは認められないと考えないのでしょうか。私が裁判官なら「この弁護士、ちょっとおかしいな」と判断すると思います。
私には司法は分かりませんが、ビル会社の立場に立つなら「階上に入ったキックボクシングジムのせいで患者さんや医療スタッフに恐怖を与え危険な目に遭わせて申し訳ない。直ちに防振工事をおこなうから待ってほしい」と言うか、たとえ針刺し事故などのリスクが分からなかったとしても「家賃を下げることで我慢してもらうわけにはいきませんか」という申し入れをするのが普通の感覚ではないでしょうか。
それを「家賃を倍にする!」と主張するとは今から考えても理解できません。
2024年1月12日、大阪地方裁判所で「尋問」があり私が呼ばれました。通常、生まれて初めての裁判で、しかも「被告人」となり、相手方の弁護士や裁判官の尋問を受けるのは相当の緊張が強いられると思いますが、私にはそういったものがありませんでした。むしろ馬鹿馬鹿しくてやる気が起こりませんでした。そもそも「当院は契約書どおりに借りていただけです」と答える以外に何を言えばいいのでしょう。
他のことを聞かれれば正直に答えるだけです。しかしすてらめいとの弁護士があまりにも無茶苦茶なことを言ってくるので、つい「嘘を言わないでください!」と一喝してしまいました……。なんと、「入居後数年してから貸していないスペースに勝手にレントゲンを置いた」と言い始めたのです。
レントゲンは2007年の開院当初から設置してあることは調べればすぐに分かることです。レントゲンは一般のオフィス機器とは異なり保健所への登録が必要で、保健所の職員がきちんと法律に従って設置しているかを見に来ます。当然その記録も残っています。器械の販売会社にも記録があるはずです。それに、2007年にはすてらめいとの社員の健康診断も請け負ったのです。当然レントゲン撮影もしています。つまり、すてらめいともすてらめいとの弁護士も自分たちの主張が嘘であることが分かっていて、しかも調べればすぐにバレる嘘であることも知っていながら堂々と嘘をついてきたのです。裁判では嘘を言ってはいけないのではなかったでしょうか。さすがに私が一喝した後は黙っていましたが。
呆れる嘘はまだありました。弁護士はなんと「不法占拠するために谷口医院がドアを改造して医院のスペースを広げた」と言ってきたのです。しかし、すてらめいとビルはセキュリティの関係でそのような改造や工事をすることができません。実際、他のフロアと同じ構造になっていることはビルに立ち入ればすぐに分かることです。そもそも、すてらめいとの本社はビルの2階にあって、その2階の入り口と谷口医院が入居していた4階のドアの構造や外観はまったく同じなのです。なぜこのようなすぐにバレる嘘をつくのか。そもそもこの弁護士は賃貸契約書を何と思っているのでしょうか。
2024年3月4日、大阪地方裁が判決を下しました。「原告の請求を棄却する」というものです。つまり、当院の全面勝訴です。しかし、我々としては達成感や充実感はまったくありません。馬鹿らしい裁判に付き合わされた上、費やさざるを得なかった総額200万円ほどは裁判に勝利しても返ってこないからです。数字だけみれば「3120万円もの訴えを起こされ無傷ですんだんだから200万円程度の費用は安いものだ」となるのかもしれませんが、やりきれないものがあります。
おそらくすてらめいとの目的は我々を疲弊させることにあるのでしょう。勝ち目のない裁判でも我々の時間と費用を奪うことはできます。彼らも時間と費用がかかるわけですが、いわば「Lose-Loseの関係」を目指したのでしょう。あるいは、この裁判の敗訴が”貸し”になり、振動裁判では有利になると考えたのでしょうか。「不法占拠では負けてあげたんだから振動裁判では谷口医院が譲歩しなければならない」と思っているのでしょうか。
司法の世界では当事者が相手側の弁護士と会うことは禁じられているそうですが、いつかすてらめいとの弁護士から真相を聞きたいと考えています。その前に、メインの振動裁判の方を終わらせなければなりませんが。
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|2024年2月15日 木曜日
2024年2月15日 若年性認知症の15のリスク因子
若年性認知症について英国で実施された大変興味深い研究を紹介します。論文が掲載されたのは医学誌「JAMA Neurology」2023年12月26日号、タイトルは「英国バイオバンクにおける若年性認知症の危険因子(Risk Factors for Young-Onset Dementia in the UK Biobank)」です。
研究の対象者は英国のデータベース「バイオバンク」に登録された「65歳未満で、観察開始時点で認知症の診断を受けていない」356,052人で、観察開始は2006年から2010年まで、観察期間の終了はイングランドとスコットランドは2021年3月31日、ウェールズは2018年2月28日です。
39のリスク因子が検討され、若年性認知症のリスク要因となるのは次の15であることが分かりました。
#1 低学歴(lower formal education)
#2 社会経済的地位の低さ(lower socioeconomic status)
#3 ApoEε4を2つ所有(carrying 2 apolipoprotein ε4 allele)
#4 飲酒しない(no alcohol use)
#5 アルコール使用障害(alcohol use disorder)
#6 社会的孤立(social isolation)
#7 ビタミンD欠乏(vitamin D deficiency)
#8 CRP高値(high C-reactive protein levels)
#9 低握力(lower handgrip strength)
#10 難聴(hearing impairment)
#11 起立性低血圧(orthostatic hypotension)
#12 脳卒中(stroke)
#13 糖尿病(diabetes)
#14 心疾患(heart disease)
#15 うつ病(depression)
検討された結果、若年性認知症のリスクでなかった24項目(39-15)は下記の通りです。
性別(sex)
身体活動(≒運動不足)(physical activity)
喫煙(smoking)
(低栄養の)食事(diet)
認知活動(cognitive activity)
結婚(marriage)
窒素酸化物(nitrogen oxide)
(PM2.5などの)微粒子(particulate matter)
殺虫剤(pesticide)
ディーゼル(diesel)
腎臓の機能(estimated glomerular filtration rate function / eGFR)
アルブミン(albumin)
高血圧(hypertension)
低血糖(hypoglycemia)
心房細動(atrial fibrillation)
アスピリンの使用(aspirin use)
BMI
不安症(anxiety)
ベンゾジアゼピンの使用(benzodiazepine use)
せん妄(delirium)
睡眠障害(sleep problems)
外傷性脳損傷(traumatic brain injury)
関節リウマチ(rheumatoid arthritis)
甲状腺機能異常(thyroid dysfunction)
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この分析は「若年性認知症」であることに注意が必要です。運動不足、喫煙、低栄養の食事、肥満、ベンゾジアゼピンの使用などが「認知症全体」のリスクであることが否定されたわけではありません。
「15項目」には努力と定期的な検査で防げるものもありそうです。概して言えば、健診を受け、(健診には含まれない)ビタミンDとCRPを調べ、勉強して(低学歴をカバーし社会経済的地位をあげる)、身体を鍛え(握力)、友達を大切にし、お酒をほどほどに飲む?、といったところでしょうか。
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|2024年2月12日 月曜日
第246回(2024年2月) 我々は飲酒を完全にやめるべきなのか
少し前まで「健康に良い」とされていたものが、ある日突然”悪者”になることがあります。典型的なのは薬やワクチンで、突然副作用がクローズアップされて使われなくなることがあります。コロナワクチンは依然公衆衛生学的には優れたものですが、個人レベルでみたときには取返しのつかない副作用が起こることがあり、それが知れ渡ると一気に”人気”がなくなりました。
現在、アルコール飲料(以下、単に「アルコール」)が悪者に成り下がろうとしています。言葉の起源はよく分からず誰が言い出したのかはっきりしませんが、つい最近まで「酒は百薬の長」という言葉すら使われていました(今も未練がましく言う人がいます)。しかし、今の時代にこんなことを言えば「時代に取り残された人」というレッテルを貼られかねません。
アルコールが優れているとする科学的なデータがある(あった)のは事実です。日本の研究で有名なのは2005年に医学誌「British Journal of Cancer」に発表された「がんになるリスクに対する飲酒の影響:日本における大規模集団研究のデータから(Impact of alcohol drinking on total cancer risk: data from a large-scale population-based cohort study in Japan)」です。結論は「男性では『時々飲む人』(occasional drinkers)のがんの発生率が最も低い」です。「時々飲む人」ががんになるリスクを1.00とすればまったく飲まない人のリスクは1.10。つまり、「まったく飲まない人はときどき飲む人に比べて発がんリスクが1割高い」のです。ビール酒造組合も参考文献としてこの論文を挙げています。
酒好きでかつインテリの人はよくこういう研究を話題にするわけですが、実はこの論文、よく読めばさほどアルコールを絶賛していないことがわかります。まず、女性には飲酒でがんのリスクが下がるとは一切書かれていません。また「時々飲む」の定義は「毎日少量飲む」でも「休肝日をつくる」でもなく「定期的に飲まず宴会などで機会があれば少量飲む」という意味です。改めてよく読んでみると「時々飲む」人のがんのリスクを1.00とすれば、週に350mLの缶ビールを1~10本飲む人(つまり1日1~2本飲む人)のリスクは1.18と18%上昇しているのです。論文の「時々飲む」がどれだけ少量かを認識しなければなりません。
現在世界的には「飲酒は一切しないのが理想」という考えがすでに主流となっています。そのような研究は2010年代に入ってから相次いでいたのですが、大きく舵が切られたのは2023年1月4日、世界保健機関(WHO)が発表した「我々の健康に安全なレベルのアルコール消費はない(No level of alcohol consumption is safe for our health)」という声明です。WHOがはっきりと「アルコールはわずかでも健康を害する」と主張したのです。
このWHOの声明をいち早く取り入れて国の方針にしたのがカナダです。カナダは国のガイドラインにこの考えを取り込み、アルコールの有害性を国民に強調しました。大麻が完全合法のカナダが「アルコールはわずかでも危険だ」と発表していることは興味深いと言えるでしょう。
「酒は百薬の長」などという言葉が、いかに時代錯誤かが分かるでしょう。我々は世界の見解を謙虚に受け止め、アルコールはわずかでも有害であることを認めなければなりません。
では、アルコールが有害であることを認めるとして、長所はまったくないのでしょうか。そんなことはありません。リラックス効果があるのは間違いありませんし(ただし個人差が大きい)、アルコールのおかげで人間関係が構築できた、あるいは関係性がより強固になった、ということはいくらでもあるわけです。ということは、「有害性を自覚しながら各自が飲酒量をコントロールしていく」ことが重要となります。
アルコールについて考えたとき「生涯飲酒をしない」と選択する人もこれからはどんどん増えるでしょう。特にまだ酒を口にしたことがない未成年の人たちのいくらかは生涯飲酒をすることはないのではないか、と私は予想しています。「送別会などどうしても参加しなければならない席で乾杯だけ付き合う」という選択肢も出てくるでしょう。
他方、「飲酒をやめたいけれどやめられない」あるいは「減らしたいけれど飲み始めると理性が効かなくなる」という人はどうすればいいのでしょうか。その場合「断酒」または「節酒」を考えることになります。
アルコール依存症の診断がついている人には以前は「断酒しか選択肢がない」と言われていました。実際、長期間やめていても1滴のアルコールが引き金となり再び依存症に……、というケースは実によくあります。ですから「依存症には断酒しかない」とされ、今でもその考えは根強くあります。
しかし、その一方で依存症には断酒が最適だとしても断酒に踏み切れない人や、あるいは依存症とまでは呼べないけれどもう少し飲酒量を減らすべき人には「節酒」が推薦されるようになってきました。この理由はいくつかありますが「断酒しなくても、一定の割合の人は上手に節酒できるから」もそのひとつです。実は、これはあまり指摘されませんが、私が診てきた患者さんでも、アルコールのみならず、大麻はもちろん、覚醒剤でさえも上手に付き合っている人がいます。ただし(特に覚醒剤については)そのようなことを言うと「自分もそっち側だ」と都合よく解釈する人がほとんどですから「やめたくてもやめられなくなり人生が崩壊していくリスク」を私自身も強調するようにしています。実際、私の経験でいえば(少なくとも覚醒剤については)そのように崩壊していく人の方がずっと多いのです。
アルコールに話を戻しましょう。最近、「断酒は古い。これからは節酒だ」と言われるようになった理由のひとつは、セリンクロ(一般名「ナルメフェン」)という薬が登場したことです。この薬は従来の抗酒薬と呼ばれるノックビン(ジスルフィラム)、シアナマイド(シアナミド)、あるいはレグテクト(アカンプロサート)のように「断酒」が内服の条件ではなく、飲酒することを前提としています。通常、飲酒する1~2時間前に1錠(または2錠)飲みます。すると、アルコールによる快楽が減少し、結果として飲み過ぎを防いでくれるのです。
ということは、「飲酒量を減らしたい。だから家では飲まないようにしている。だけど、飲みにいくとついつい場の雰囲気に負けて飲んでしまうんだよなぁ。つがれた酒はあけなければならないと教えてくれたのは誰だっけ……」などという人には最適な薬です。なにしろ、飲酒しない日には飲む必要がなく、友人知人と飲酒をする日にのみ飲み会が始まる少し前に飲んでおけば効果が期待できるのですから。
ところで、依存症はどの医師が診るのかというと、一応は精神科医ということになっています。しかし、当院では2007年の開院以来大勢の依存症の患者さんをいろんな精神科に紹介してきましたが、たいていは結局診てもらえずに帰されています。精神科を受診してもらっても門前払いされているケースが大半なのです。特に覚醒剤依存症についてはほとんど診てもらえた試しがありません。摂食障害ですらも(摂食障害も広義には依存症だと私は考えています)精神科クリニックから断られることがしばしばあります。
そういう事情もあって、覚醒剤のみならず、咳止め/風邪薬、ベンゾジアゼピン(これはそもそも精神科で処方された薬が原因です)、大麻なども結局当院で診ることになるケースが以前からあり、次第に増えてきているのです。
アルコールについては「節酒」を選択した場合、超音波検査で肝臓の状態をチェックし、血液検査の値や各種がんのリスクも考えながら、セリンクロを生活のなかに上手に取り入れてもらっています。
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|2024年2月10日 土曜日
2024年2月 「競争しない」という生き方~その3~
谷口医院は「精神科」を標榜していませんが、総合診療のクリニックということもあり、2007年1月の開院当初から精神症状を訴える患者さんも少なくありませんでした。開院当初は患者さんが拒否しない限りは、精神科クリニックに積極的に紹介していました。ところが、精神科を受診してもらっても必ずしも上手くいくわけではなく、それなりの患者さんが再び谷口医院に戻ってきます。これは「その精神科医がよくない」という意味ではなく、精神疾患とはそういうものだとそのうちに気付きました。
2010年代半ばからは「精神科で処方されている薬をやめたい」という訴えが少しずつ増えてきました。特に依存性のある薬を長期間内服している人たちはその悩みが深刻で、「どうしてもやめられない。そういう薬を出す精神科には行きたくない」と訴えます。
「その診断、合っているのかな?」と思わずにはいられないケースもあります。最近顕著なのが発達障害です。本来、発達障害は幼少時のエピソードを確認する必要もあり、簡単には診断できなかったはずなのですが、初診時に簡単な問診で確定診断を下され、いわゆる「精神刺激剤」が処方されているケースが少なくありません。しかも薬の説明がほとんどされておらず、「(従来の発達障害の薬と異なり)依存性はない」と言われたという患者さんがたくさんいます。しかし、アトモキセチン(ストラテラ)、グアンファシン(インチュニブ)などの精神刺激剤は、これらが登場する前によく使われていたメチルフェニデート(リタリン、コンサータ)、あるいは米国でよく処方されているリスデキサンフェタミンメシル(ビバンセ)のような覚醒剤類似物質とは異なるカテゴリーではありますが、決して副作用がない薬ではありません。そして、こういった処方に疑問を感じて谷口医院を受診する患者さんがいます。
こういった経緯もあって、数年前から(あくまでも患者さんが希望すれば、ですが)谷口医院で精神疾患の治療をおこなうことがあります。
まず気付いたのは、精神疾患の大部分は「環境に原因がある」という当たり前の事実です。以前、精神科でうつ病と言われたという男性が「僕はうつ病なんかじゃありません。安定した仕事と貯金があればすぐに回復します」と言っていました。そして後日、これが真実であることを身をもって証明していました。ある患者さんは失恋から立ち直り新しいパートナーができた瞬間に精神症状がすっかりなくなりました。その後、そのパートナーと入籍し今も元気にしています。
では、どのような人がなかなか改善しないか、というと、もちろん持って生まれた素因や自身では変えようのない環境なども原因になるのですが、最近よく感じるのは「競争によるプレッシャーから逃れられない人」は治りにくいんじゃないか、ということです。
というわけで、精神状態を改善させるために「競争から降りること」を提唱したいと思います。といっても、すでに過去に2回、「馬鹿らしい競争なんてさっさとやめて楽しく生きましょうよ」というコラム(「競争しない、という生き方」、「競争しない、という生き方~その2~」)を書いていますので、今回は視点を変えて、「競争することは人間らしくない」ことを歴史的に”証明”したいと思います。
歴史上、初めて人が人らしくなったのはおそらく集団で狩りをする狩猟生活をするようになった頃ではないかと私は考えています。一人一人がバラバラに行動していれば人どうしで殺し合いになることもあったでしょうし、獲物が効率よく獲得できません。仲間で力を合わせて狩猟生活を開始したことで人は集団生活の必要性と利便性を理解したはずです。
次の転機は農耕生活の始まりです。身体能力にさほど恵まれていなかった弥生人が頑強な肉体を有する縄文人になぜ勝利できたかについては諸説ありますが、「集団行動に長けていた」が最たる理由ではないか、つまり一致団結できる力を有する集団の方が最終的には強いのではないか、というのが私の見立てです。そして集団での力を向上させるには「協調性」が不可欠となります。
狩猟生活であれば、その集団が嫌になれば他のグループに移ることもできるでしょうが、農耕生活の場合は自身の土地を持っているわけですし、持っていない場合でも、他の村に入れてもらおうとしてもよその集団からやってきた者は不審者とみなされるでしょう。ならば多少嫌なことがあったとしても自身が生まれたその村で生きていくしかありません。
村の中には他人の言うことを聞かず、すぐに争いごとをおこす者もいたでしょう。そのような者たちは村八分にされ子孫を残すことができません。「革命家」が現れ、村の有志を引き連れて新しいコミュニティをつくるというケースもあったでしょうが、それは極めて稀だったと予想されます。また、誰にも頼らず一人きりで生きていくことはほとんど不可能だったわけです。ということは、よほどの人物でない限りはその村のルールに従い、ある程度は自身の欲求を抑えて仲間に合わせていく他はなく、そのようなことができる人間のみが子孫を残すことができたわけです。そして「我々はその末裔だ」ということが重要です。
つまり、我々現代人の大半は、歴史的に、そして遺伝的に「集団のなかでしか生きていくことができない」のです。そして、集団のなかでは弱肉強食ではなく、強い者が弱い者を守ろうとする文化が構築されたことが予想されます。なぜなら、誰もがいつ病気や怪我で身体が不自由になるかもしれない状況の中、「我々の社会では弱い者を助ける文化が根付いている」とメンバー全員が理解していれば、その村全体に安心感が広がるからです。村人の大半が頻繁に喧嘩している集団より、助け合いの精神にあふれている集団の方が存続しやすいのは当然です。このような集団ではひとりひとりの精神状態が良好であったに違いありません。
では、この歴史上の”事実”を現代社会にあてはめてみましょう。同僚との競争を強いられ、いつリストラに遭うかもしれないという環境は、例えていえば「村人の大半が頻繁に喧嘩している集団」、あるいは「誰もが革命家を目指さねばならない集団」のようです。これではストレスから逃れられないのは当然で、同僚を蹴落として勝ち続けることができる人はほんのわずかしかいない、まさに弱肉強食の社会です。しかも、(私の仮説が正しければ)人間は”遺伝的に”助け合いの精神を持っているはずで、他人を蹴落とす行為はその”自然”に逆らうことになるわけですから心が痛くなるのは当然です。
だからこんな競争社会からは降りてしまえばいいのです。例えば、私の知人に出世などにははなから興味がなく、職場のグチは言うものの家族や近しい友人との週末のキャンプやドライブを楽しみにしている男性がいます。また、パートナーはいないものの友達は男女共に多く、馴染みの客だけを対象に小さな飲食店を経営している女性がいます。彼(女)らは、金持ちではなく、世間がいうステイタスも高くありません。けれども、気の置けない身内に囲まれ楽しくやっています。いろんな愚痴を私には言いますが、どこか微笑ましいというか、話のネタとしてそのような不平不満を話すことを楽しんでいるようにすら見えます。診察室で患者さんから聞く苦しみとは異なるものです。
出世、高収入、高級車、高級品、名誉、ステイタスなど、このようなものに興味を持たず、友達やパートナーとお金をかけずに楽しく過ごす人生の方が魅力的だと思えてこないでしょうか。このことを私は谷口医院の患者さんやプライベートの友人・知人をみていて強く感じます。社会的なステイタスや収入が低くても、仕事のグチは言うものの、プライベートを楽しんでいる人の精神状態は軒並み良好です。他方、中年の男性で精神的に弱っているのは昔から優等生をやめられない大企業の人たちに多いのです。
中年の女性でいえば、メンタルが不安定なのはいつまでも他人との”比較”をやめない人たちです。特に高学歴の女性で専門職に就いている人たちは、世間では「男社会の不平等さに苦しんで……」というようなことが言われていて、「不平等」についてはその通りなのですが、精神状態にフォーカスして言えば、私はむしろ、女性どうしの「ライバル意識」が不幸を招いているような気がします。たとえば「同僚の〇〇さんはすごく恵まれているのに私はいつもひどい目に遭って……」というようなことを繰り返し訴える人がいます。このような人たちは他人との比較をやめるだけで随分と精神状態が改善すると思うのですが、これがなかなか困難です。
ちなみに私自身は、「医者はステイタスが高いでしょ」と言われることがありますが、実際にはそんなことはありません。年収は医師の平均よりも(たぶんずっと)少ないですし、今も大学に籍を置いていますが役職は「非常勤講師」のままですし、医師会や学会には入っていますが役職はありませんし、論文は読むのは好きですがほとんど書きませんから誰からも評価されません。つまり、医師のなかでは最低のランクです。農耕社会で言えば「小作人」くらいでしょうか。しかしそれを悔しいなどとは思ったことは一度もなく、競争社会に乗る気は一切ありません。競争社会から距離をとることで気楽な生活が楽しめているのですから。
出世、高収入、名誉などに初めから興味を持たなければそれなりに楽しくやっていけます。逆に、そのようなものにこだわって他人と競争しようとしても、人類は歴史のなかで集団内のメンバーとは争わない方が有利なように”進化”してきたわけですから、その進化に抗うのは賢明ではないのです。
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|2024年2月4日 日曜日
2024年2月4日 道路の空気汚染が血圧を上昇させる
個人的な話になりますが、私が医学部の1回生から研修医の1年目が終了するまで住んでいたワンルームマンションは高速道路の横に位置していました。19歳から26歳までは大阪市北区の幹線通り沿いにあるワンルームマンションに住んでいました。研修医2年目を迎えるとき、新たに研修医として勤務することになった枚方市の病院の敷地内の寮に入りました。
驚きました……。こんなにもぐっすりと眠れることに。それまでは意識したことがありませんでしたが、住宅街に位置する病院のその敷地内の寮の環境はとても静かで、その静かな環境では深い睡眠が得られるのです。今から考えれば当然かもしれませんが、その当時は思いもしませんでした。
2021年8月、当時の太融寺町谷口医院は階上キックボクシングジムが起こす振動で診療が度々妨げられるようになり、繰り返し申し入れをしても無視されたため(2024年2月現在も裁判中)、新しい場所を探していました。
不動産屋が紹介したある物件は新築で広さはじゅうぶん、家賃も高くなく、クリニックには適しているかと思えました。結局、この物件は「コロナを診るなら患者にビルのトイレを使わせないでほしい」と言われたために断ったのですが、私はそれがなくても「ここでは診療ができない」と考えていました。
高速道路の横だったからです。キックボクシングジムがつくる振動よりははるかにましですが、高速道路ですから騒音は避けられません。また粉じんが舞います。
前置きが長くなりましたが、今回紹介したいのは「道路の空気汚染が血圧を上昇させる」を示した研究です。論文は医学誌「Annals of Internal Medicine」2023年11月28日号に掲載された「交通関連の大気汚染による血圧への影響(Blood Pressure Effect of Traffic-Related Air Pollution)」です。
研究の対象者は正常血圧の22~45歳の16人(平均年齢29.7歳)です。シアトル市のラッシュアワーの時間帯に、外気が車内に入り込む車(フィルターなし)で2日間運転を行うグループと、外気の微粒子を取り除く高性能フィルター(HEPAフィルター)が装備された車で1日だけ運転を行うグループに振り分けられました。尚、被験者にはどちらのタイプの車かは知らされず、HEPAフィルターの有無は乗っただけではわかりません。
結果、外気がHEPAフィルターで取り除かれた車を運転した場合と比べて、外気が車中に入り込む車を1時間運転した場合、拡張期血圧(下の血圧)が平均で4.7mmHg上昇、収縮期血圧(上の血圧)は4.5mmHg上昇しました。24時間後の平均血圧でみても、外気が車中に入り込む車を運転した場合は、拡張期血圧が3.8mmHg、収縮期血圧が1.1mmHg上昇していました。
************
車がゆっくりとしか走れない住宅地よりも早いスピードで走る幹線道路や高速道路の方が粉じんはたくさん舞います。音もしますし、場所によっては振動も伝わってくるでしょう。そういった環境に現在住まれている人には失礼ですが、そのような場所は「住むだけで不健康」と言えるでしょう。
新・谷口医院は、旧・谷口医院から徒歩で5分しか離れていないのに、前がお寺、横がお墓、後が高級タワーマンションという大変静かで恵まれた場所に位置しています。つい7ヶ月ほど前までは階上から壁がゆれる程の振動を加えられていたわけですから夢のような環境です。今回紹介した研究は「振動」ではなく「粉じん」についてのものですが、旧・谷口医院(太融寺町谷口医院)を受診していた人も階上にキックボクシングが入居してからは振動で血圧が上昇していたかもしれません……。
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|2024年2月1日 木曜日
2024年1月31日 起床・就寝時間が不規則なら認知症のリスクが53%上昇
「シフト勤務をすればしない場合に比べて認知症発症リスクが31%上昇する」という研究を過去の医療ニュース「夜勤もシフト勤務も認知症のリスク(2023年2月9日)」で紹介しました。今回は「起きる時間と寝る時間がバラバラの人は認知症のリスクが上昇する」という興味深い研究を紹介しましょう。
その研究は、医学誌「Neurology」2023年12月23日号に掲載された論文「睡眠規則性指数と認知症発症および脳容積との関連(Association of the Sleep Regularity Index With Incident Dementia and Brain Volume)」です。
研究では英国の「UKバイオバンク」と呼ばれる研究機関のデータが使われています。研究の対象者は88,094人(平均年齢62歳、女性56%)で、研究機関中に認知症を発症した人は480人いました。睡眠の規則性(日々の起床時刻と就寝時刻がどれだけ規則的か)と認知症発症との関連が検討されました。研究には「睡眠規則性指数」(sleep regularity index、以下「SRI」とします)と呼ばれる指標が使われています。SRIは毎日同じ時刻に起きて同じ時刻に寝れば「100」となり、両者がまったく異なれば「0」となるように設定されています。対象者の中央値は「60」でした。
最も不規則な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは41、反対に最も規則的な起床就寝サイクルをとる人たち5%の平均SRIは71でした。最も不規則な睡眠をとる人の認知症のリスクは平均的な人たちに比べ53%上昇していました。
しかし、最も規則的な睡眠サイクルの人もまた、平均的な人に比べ16%のリスク上昇が認められました。
************
この研究が興味深いのは、不規則な睡眠サイクルが認知症のリスクになっていたという事実に加え(こちらは予想どおりです)、規則的なサイクルの人たちが平均的な人たちよりもリスクが上がっている点にあります。
16%ですから、統計学的に有意ととれるかどうかは判断が難しいのですが、ひとつ言えることは「起床時刻と就寝時刻を完璧にいつも同じにしても認知症のリスクが下がるわけではなさそうだ」ということです。
ということは、友達との飲み会を早めに切り上げたり、体調が悪いのに無理やり早朝に起きたりする必要はなさそうです。
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|2024年1月21日 日曜日
第245回(2024年1月) 「間食の誘惑」をどうやって断ち切るか
谷口医院では開院した2007年から継続して「メール相談」を承っていて、毎日数通から20通くらいの相談メールがコンスタントに届きます。新型コロナウイルス(以下「コロナ」)が流行し始めた2020年からは9割くらいがコロナの相談(後遺症、ワクチンの相談、ワクチン後遺症の相談も含む)で、多い日には同じような質問が100通以上も寄せられました。そういう経緯もあって無料メルマガを発行することにしました。メルマガでQ&Aを読んでもらえば大勢の人の参考になるに違いないと考えたのです。
ただ、メルマガを始めても質問の件数自体は減らず、むしろ遠方の人からの相談や質問が増えました。コロナが急速に終焉した(実際は終焉していませんがどんどん軽症化してきているのは事実です)現在、メール相談もコロナに関するものは激減しています。一方で、コロナ以外の質問が増え、昨年(2023年)の後半に寄せられた相談メールで最も多かったのが「GLP-1受容体作動薬」(以下、単に「GLP-1」)です。
GLP-1は本来糖尿病の薬ですが、相談メールを寄せる人たちの大半は糖尿病があるわけではなく「やせたい」と考える人たちです。そこで、今回はこれまでもこの連載で繰り返し紹介しているGLP-1について再度取り上げ、また薬以外の「やせる方法」についてまとめてみたいと思います。
まずGLP-1の現時点での「立ち位置」をみてみましょう。保険診療で処方できることになった「ウゴービ」(英語では「Wegovy」、一般名は「セマグルチド」、糖尿病で使う「オゼンピック」「リベルサス」と成分は同じ)はかなり期待されて登場したわけですが、それほど普及しないと私はみています。
その理由は2つあります。1つは処方できる医療機関が極めて限定されることです。管理栄養士を置かねばならない、常勤医師に日本糖尿病学会の専門医の資格が必要、などいくつかの条件が求められますからこれらの条件をすべてクリアできるところはそう多くありません。そしてもう1つの理由が「処方期間が最大68週(約1年4ヶ月)」と限定されていることです。GLP-1を使用して体重が減るのは、当然のことながら薬が効いているからです。そして、やはり当然のことながら薬を中止すれば痩せる効果がなくなります。
実際、谷口医院の患者さんで美容外科クリニックなどでGLP-1を購入していたダイエターの人たちは中止後に軒並みリバウンドしています。結局、費用を工面しながらGLP-1を続けるか、ダイエットを諦めるかのどちらかになり「GLP-1を中止したけど理想の体重を維持している」という人は残念ながらほとんどいません。つまり、GLP-1ダイエットでやせるのは(ほぼ)間違いありませんが、「薬を中止すれば元の木阿弥」となるのもまた事実なのです。
ではどうすればいいか。まず糖尿病がある人はGLP-1を保険診療で半永久的に処方してもらうのがいいでしょう。これは私見でもありますが、糖尿病のGLP-1処方の”敷居”は下げてもいいのではないかと考えています。といっても薬には容易に頼るべきではありませんから、当院では現在もGLP-1を含む糖尿病の薬をそれほど簡単には処方していません。
ですが、数年前に比べるとその敷居を低くしたのも事実です。当院が開院した2000年代にはまだ糖尿病のいい薬がなく、メトホルミンの処方は最大750mgまでしか認められていませんでした(現在は2,250mgまで可能)。それ以外にも糖尿病の薬は何種類かありましたが、副作用で「空腹感を自覚する」ことが多くて使いにくかったのです。2010年代の半ばから、まずDPP4阻害薬、次いでSGLT-2阻害薬を少しずつ処方し始めました。これらは内服しても空腹感を覚えず、また(いい意味で)当初の予想に反して副作用はほとんど起こらず、SGLT-2阻害薬はやせる効果があることもはっきりしてきました。
当院ではGLP-1の敷居はしばらく高くしていましたが、日本のガイドラインの改訂時に評価が上がったこともあり、昨年(2023年)の後半からは比較的早期に処方するようにしています。特に、体重を落とさなければならない人にはうってつけの薬なのは間違いありません。
メトホルミン(ビグアナイド)、SGLT-2阻害薬、GLP-1はいずれも、副作用が少なく、低血糖を起こしにくい(つまり空腹を感じにくい)優れた薬だと言えます。そして、いずれも痩身効果(やせる効果)があります。これら3種のなかで圧倒的に痩身効果が高いのはGLP-1です。その最大の理由は「食欲抑制効果が高いから」です。
GLP-1の食欲抑制効果には個人差がありますが、効きすぎる人は「食への楽しみがなくなって生きることが面白くなくなった」と言う人もいます。ここまで抑制されるのは問題ですが、当院の経験でいえば、このようなことを言う人はもともと肥満などないのに美容クリニックなどでGLP-1を購入していた人(ほとんどが女性)です。
さて、これら薬剤を使用する以外のやせる方法、そしてそもそも糖尿病がなくこのような薬が使えない人がやせるにはどうすればいいのでしょうか。それを述べる前に、以前にも紹介した「絶対にやってはいけないダイエット」を確認しておきましょう。それは2021年のコラム「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」でも述べた「急激なダイエット」です。方法にかかわらず短期間に体重を落とすことは絶対にしてはいけません。「余計に太りやすい体質」になってしまうからです。そのコラムで紹介しましたからここでは繰り返しませんが「Biggest Loser」にまつわる話を聞けば誰もが納得できるはずです。
糖尿病があろうがなかろうが、太っていようがやせていようが、健康を維持したいのであれば「運動」は絶対不可欠です。しかし、運動をしてもやせないことはアフリカの未開民族ハドザ族を例にとってそのコラムですでに紹介しました。
となると「食事を制す」がどうしても必要になってきます。過去に何度か取り上げた「糖質制限」は効果があるのは間違いありませんが、その方法には様々な意見があります。また、日本糖尿病学会は今も手放しで糖質制限を支持しているわけではなく、2013年のコラム「糖質制限食の行方 その2」で取り上げた状況からほとんど変わっていません。
では「食事療法」の話をしましょう。本サイトですでに紹介したように、すぐにでも実践できる簡単な方法は「食事前に水(または牛乳や豆乳)を飲む」で、実際これだけでも減量できる人は少なくありません。また「パンを食べない」もかなり効果があります。世の中には「パン好き」が少なくなく、パンを米に替えることに抵抗がある人も多いのですが、ここはなんとか頑張ってほしいところです。尚、多くの人が誤解していることに「(発芽)玄米や五穀米にしなければ意味がない。白米ならパンと変わらない」があります。たしかに、白米よりも玄米などにする方が体重抑制効果はあるでしょうが、パンと白米でもまったく違います。パンは単にコムギでできているわけではなく、大量の砂糖と脂肪が使われています。実際、朝食をパンから白米に替えるだけで大きく体重が減る人は珍しくありません。
「パンを白米に替える」に比べるとハードルは上がりますが、「1日1食にする」はかなり効果があります。「16時間ダイエット(あるいはオートファジーダイエット)」でも効果が出る人がいますが、やはり「1日1食ダイエット」の方が減量効果が大きいのは間違いありません(参考「医療ニュース2023年12月14日時間制限ダイエットよりも1日1食ダイエットが有効」)。ただし、この方法はすでに糖尿病があったり、他の疾患を抱えていたりすれば危険が伴います。必ずかかりつけ医の許可をもらってください。
1日1食ダイエットを実施するときの最大の”敵”、そして、多くのダイエターにとっても最も強敵となるのが「間食の誘惑」です。「元々間食をしない」という人には理解しがたいでしょうが(そもそもそういう人は太っていません)、間食を完全にやめるのは思いの他困難です。大勢の患者さんを診てきた当院の経験でいえば、タバコをやめるよりもはるかに難しいと言えます。つまり、間食(お菓子、スイーツ、ファストフードなど)がやめられない人は立派な依存症だと考えられるのです。
タバコに限らず、アルコールでも大麻でもベンゾジアゼピンでも痛み止めでも、いったん依存症になってしまえばそこから脱却するのは極めて困難です。しかもタバコや大麻と異なり、お菓子は簡単に入手できてしまいますし、職場ではお土産などでもらいますから止めようとする意思が簡単に崩れ去ってしまいます。ではどうすればいいか。決定的な切り札はないのですが、当院では次のような助言をしています。
#1 GLP-1を使う(これは効果がありますが、糖尿病がなければ保険診療で処方できません)
#2 間食はナッツ類のみにする(高脂肪ですが低糖質のためさほど太りません)
#3 低糖質のお菓子を用意する(最近はクッキーなど甘いものだけでなくチップスタイプもあります)
#4 お土産でもらうお菓子は他人にあげる
#5 スポーツドリンクを避け、カフェでは甘いドリンクを注文しない
#6 できるだけ我慢する
#6の「できるだけ我慢する」は個人差が大きく、当院の経験でいえば努力してもあまり変わりません。この理由を示唆するのが有名な「マシュマロ実験」です。「机に置かれた1つのマシュマロを15分我慢できればもう1つもらえる」という実験で、これがクリアできる幼児は成人したときに社会的な成功をおさめている、とするものです。この実験から「自制心がIQなどより大切」とされてきましたが、その後の再現を試みた実験の結果などから現在では「我慢できるかどうかは遺伝または家庭環境で決まる」と考えられています。ということは、成人してからは「我慢できる能力を努力で向上させることは極めて困難」と言えそうです。
当院はハードな依存症、例えば覚醒剤やコデイン(咳止め)などの依存症も診ていますし(これらは精神科で断られることが多いのです)、アルコール、タバコ(ニコチン)などの分かりやすい依存症、さらに買い物依存、摂食障害、性依存症などの人たちも診ています。最近は「承認欲求依存症」の人たち(不安症やうつ病につながります)も少なくありません。大勢の依存症の人たちを診ていると「誰もがなんらかの依存症を持っている=人が人である限り依存症から逃れられない」と思えてきます。
間食をやめるには栄養学的・内分泌学的な視点よりもむしろ「人間の本質」から考えていくべきなのかもしれません。
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