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2020年12月27日 日曜日

第208回(2020年12月) 新型コロナ、ワクチンはうつべきか

 ここ1~2週間の間、患者さんからも知人からも最もよく聞かれる質問が「新型コロナのワクチンはうつべきですか?」というものです。

 私のワクチンに対する考え方は医師になってから変わっておらず、毎日新聞「医療プレミア」でも繰り返し伝えています。それは、ワクチンは「理解してから接種する」です。ワクチンの利点・欠点をよく考えた上で、最終的には自分自身で判断しましょう、と言い続けています。「それでは医師として無責任ではないか!」という声があるかもしれませんが、私はワクチンは(というより緊急性がなければほとんどの医療行為は)医師の言いなりになるべきではないと考えています。

 我々医療者がすべきことは、ワクチンに対する情報を分かりやすく患者さんに伝えることです。免疫の話は難解ですから、一般の人が教科書を読んでもなかなか分かりにくいと思います。分からないことがあれば易しい言葉で説明する、それが医師の仕事だと考えています。何度も質問を受けて説明した結果、最終的に「今は接種しません」という結論になったのならそれでいいのです。「理解してから接種する」というのは、裏返せば「理解したから接種しない」という選択肢もOKということです。

 少し例を挙げましょう。過去10年間で、日本で最も物議を醸したワクチンはHPVワクチンです。当院でも過去何百人という人からこのワクチンに関する質問をうけています。私がこのワクチンの利点・欠点について説明した結果、「うたない」という人も「うつ」という人もいます。これでいいわけです。我々医師の仕事は「説明して理解してもらう」ことであり、決してワクチン接種者数を増やすことではありません。ときどき「前のクリニックではワクチンを強引に勧められた」と言う患者さんがいます。そんな医師が実在するとは思えませんが、結果としてその患者さんがそのように感じたのならその医師とは「合わない」と考えた方がいいでしょう。

 前置きが長くなりました。そろそろ本題に入ります。新型コロナのワクチンについて質問を受けたときには現時点で分かっている利点と欠点を説明しています。

 利点としては、ファイザー社とモデルナ社のワクチンは発表では有効性が9割以上と高く、安全性も現時点では問題ないとされていることです。尚、「ファイザー社のワクチン」として名が通っていますが、正確にはBioNTech社というドイツの小さな企業が開発したものです。この会社の規模では早期に市場に送り出すことができないために提携先を探しファイザー社が同意したという経緯があります。ただ、ここでは「ファイザー社のワクチン」として話を進めます。

 これら2社のワクチンの欠点は少なくとも2つあります。1つは「持続期間が分からない」というものです。両者ともワクチンは2回接種になると思われます(おそらく1ヶ月ほどあけて2回目をうつことになると思うのですが詳細は分かりません)。では2回接種してどれくらい効果が持続するのかといえば、それが分からないのです。これは当然であり、開発に着手して1年未満で市場に登場したわけですから、長期間のデータは皆無です。9割以上の効果があったとしても、それを半年ごとにうたねばならない、しかも国民の大多数がうたねばならないのだとしたらかなり大変なことになります。

 もうひとつの欠点は「安全性」です。そもそも安全性というのは長期間観察しなければわからないものです。開発から1年足らずのワクチンを市場に出せば、当初は思ってもみたかった副作用が出現するのはまず間違いありません。それが軽微なものであればいいのですが、その人の人生を台無しにしてしまうような副作用が起こらないとも限りません。これはワクチンの「歴史」をみれば明らかです。

 ここで、最近起こったワクチンの”悲劇”を紹介しておきましょう。2016年4月、フィリピン政府はサノフィ社のデング熱ウイルスのワクチン「Dengvaxia」の接種を開始しました。80万人以上の子供たちに接種された結果、600人以上がこのワクチンを接種した後、死亡しました。フィリピン政府はこのワクチンを中止し、WHOはフィリピン政府を支持、サノフィ社も同意しました。そして、フィリピン政府はこのワクチンを「永久に禁止」としました。

 「ワクチンで600人以上の子供が死亡。製薬会社もワクチンを中止することを認め、国が永久に禁止とした」というこのニュース、もっと大きく報じられてもいいのではないか、と私は言い続けているのですが、このニュースを大きく報道した日本のマスコミを私は知りません。それどころか、サノフィ社のMR(営業)に尋ねてみると、なんとそのMRは「そのような事実は知らない」というのです。つまり、同社のなかでも情報が共有されていないのです。

 これをどうみるか。同社はできるだけ自社社員にもこの事実を伏せておきたいと考えているのか、あるいは600人の子供が死んだことをたいしたことではないと考えているのかのどちらかでしょう。

 話を戻しましょう。ここで私が言いたいのはサノフィ社の責任問題ではありません。強調したいことは「サノフィ社はこのデング熱ウイルスのワクチン開発に20年を費やしていた」ことです。20年かけて研究開発しても600人以上の子供が死亡することが予期できなかったわけです。では、1年足らずで開発され市場に登場したファイザー社とモデルナ社のワクチンの安全性はどのように考えればいいのでしょうか。

 「デング熱と新型コロナは違う種類のウイルスであり、比較するのはおかしい」という声もあるでしょう。実際、これら2種のウイルスはウイルス学的に系統が異なります。ですが、私にはどうしても「気になること」がありその不安が払拭できません。

 この話をきちんと説明すると長くなってしまうので簡単に紹介すると、デング熱は2回目に別のタイプのものに感染すると悪化することが判っています。これを「抗体依存性感染増強現象」と呼びます。そして、サノフィ社のワクチンは1回感染した人に接種すると効果があり、一度も感染したことのない人にワクチン接種してその後感染すると悪化することが指摘されています。つまりワクチン接種が1回目の感染と同じことになっている可能性があるわけです。

 抗体依存性感染増強現象が起こり得るのはデング熱、エボラ出血熱など限られたウイルスだと考えられています。では、新型コロナはどうなのでしょう。新型コロナに再感染したという報告は、感染者がこれだけいることを考えると非常に少ないのは事実ですが、それでも世界中から報告が集まっています。オランダの報道機関BNO Newsによると、2020年12月27日現在、確実に再感染した例が31人でうち2名は死亡しています。そのうち2回目の感染の方が悪化した例が10例あります。この10例は抗体依存性感染増強現象が起こった可能性があるのではないか、というのが私の仮説です。世界で8千万人以上が感染しているなかでのわずか10人ですから、仮に抗体依存性感染増強現象が起こったとしてもごくわずかなのかもしれませんが、これを無視してもいいのでしょうか。尚、再感染は確定例は31例のみですが、再感染の疑い例は2,290例あり、そのうち24人が死亡しています。

 さて、ファイザー社製ワクチン、モデルナ社製ワクチン、あるいは登場間近の他社製のワクチンは抗体依存性感染増強現象を起こさないと言い切れるでしょうか。

 ワクチンの基本は「理解してから接種する」であることをもう一度強調しておきたいと思います。

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2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 Z薬は認知症の人の骨折・脳卒中のリスク

 「一番弱い睡眠薬って聞いたんでマイスリーを出してください」と言われて、大変驚かされたという話は以前どこかに書きました。なぜ、マイスリー(マイスリーは商品名。ゾルピデムが一般名。ここからはゾルピデムで統一)が一番弱いと言われているのかはまったく謎なのですが、このように言われることがときどきあります。

 ゾルピデムは一番弱いどころか、取り返しのつかない悲惨な事件の原因になっていることは過去にも述べました(はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」)。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬(以下BZ)が依然性が強く、大変危険であることも過去に何度も述べています(例えば、はやりの病気第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」

 ゾルピデムはベンゾジアゼピンに似ているのですが薬理学的な構造が異なるために、以前は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれていました。しかし、この表現であれば「BZとは異なり安全なのかな……」と誤解の元になります。最近はゾルピデムのような薬は「Z薬」と呼ばれるようになってきました。ゾルピデムの他にはゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ザレプロン(国内未承認薬)があります。いずれもZで始まるか、その関連品であるが故にZ薬と名付けられたのです。

 そのZ薬を認知症の人が使用すると、骨折や脳卒中のリスクが上昇することが報告されました。医学誌『BMC Medicine』2020年11月24日に「認知症患者の睡眠障害に対するZ薬の副作用:人口ベースのコホート研究(Adverse effects of Z-drugs for sleep disturbance in people living with dementia: a population-based cohort study)」という論文が掲載されました。

 研究は、睡眠障害があるがBZもZ薬も使用していない人、Z薬が使用されている人、BZが使用されている人で比較が行われました。Z薬を「高用量」で使用している人は、Z薬もBZも使用していない人に対して、大腿骨近位部骨折のリスクが1.96倍、脳梗塞のリスクが1.88倍になることが判りました。

 尚、この論文でのZ薬の「高用量」の定義はゾピクロン7.5mgです。日本ではゾピクロンは7.5mgと10mgが発売されていますから、どちらを選んでもすでに高用量となります。

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 大腿骨近位部骨折はかなり難儀な骨折で、寝たきりになる可能性が高く、1年後の死亡率は1~2割、1年が経過しても骨折前の歩行状態に回復しない割合は50%と言われています。

 どうしてもZ薬が必要なら半錠から始めるべきだ、と言えるかもしれませんが、当院の経験でいえば、Z薬は(もちろんBZも)安易に手を出すべきではありません。最近当院で患者さんから聞く「睡眠障害」の訴えは、「眠れないから睡眠薬を出してほしい」よりも「睡眠薬をやめたいけどやめられない」が増えてきています。

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2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 夜勤は喘息のリスク

 一定の年齢になると夜勤はやめるべき、ということをこのサイトで繰り返し述べています(例えば、はやりの病気第192回(2019年8月)「「夜勤」がもたらす病気」)。

 今回は夜勤が喘息のリスクを上昇させるという研究を紹介します。医学誌『Thorax』2020年11月16日号に「夜勤は喘息のリスク増加に関連(Night shift work is associated with an increased risk of asthma)」というタイトルの論文が掲載されました、

 研究の対象者は2007~2010年に「UK Biobank」と呼ばれる調査に参加した286,825人です。対象者のなかで喘息を有していたのは全体の5.3%(14,238人)です。常に夜勤の人は、固定時間勤務の人に比べて中等症から重症の喘息を発症するリスクが36%高いことが判りました。

また、常に夜勤をしている人は、夜勤なし、または夜勤はまれ、という人たちに比べて肺機能が低下している確率が20%高いことも明らかとなりました。

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 過去にも述べたように、誰かが夜勤をしなければならないのは明らかですが、誰が何歳までおこなうのかについては社会全体で何らかのガイドラインをつくるべきだと私は考えています。

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2020年12月14日 月曜日

2020年12月 「新しい世界」を受け入れよう

 大阪府では新型コロナウイルスの新規感染者が連日300人を超えていますが、間もなく減少傾向に入ると思われます。なぜそのような予想ができるかというと、増加の幅が縮小傾向に入ったからです。毎日の感染者数を何気なくみていると「今日は〇〇〇人感染したんだな」と思ってしまうかもしれませんが、これは誤りで、毎日の感染者数の発表は「1~数日前に検査を受けて陽性となった人数」で、その人たちが発症したのはその数日前で、感染したのはさらに数日前です。ということは「真の新規感染」は発表された1週間から10日程度前に起こっているはずです。

 つまり、感染者の増加幅が小さくなってきたということはそれだけで感染が落ち着いてきたことを示しているわけです。しかし、これにて一件落着……、というわけにはいきません。人々が行動を引き締めると感染者数が減るのは当然であり、また緩みだすと増加に転じます。当分の間、これを繰り返し、第4波、第5波、……、と続くことになります。

 ワクチンができるまでの辛抱だ、という声が一部にあります。ですが、ワクチンができたところで元の世界に戻ることはありません。WHOの緊急時の責任者であるMichael Ryan氏も「ワクチンがパンデミックを終わらせるわけではない」と明言したことが報道されています。

 なぜワクチンができても新型コロナの脅威が消えないのか理由を述べていきます。まず、100%有効なワクチンは少なくとも現段階では存在しません。例えば、早ければ年内にも接種開始されるといわれているファイザー社のワクチンについてみていきましょう。

 11月19日付の同社のプレスリリースでは43,000人以上を対象とした研究がおこなわれ、プラセボ(偽薬)群で162例、ワクチン群で8例の感染がそれぞれ認められ、ここから有効率は95%とされています。95%という数字が極めて高いことは間違いないのですが、よくある誤解が「ワクチンをうてばウイルスに感染しても95%の確率でウイルスを退治できる」というものです。

 有効率というのはそうではなくて「プラセボと比較したときにその薬(ワクチン)がどれくらい発症を減らすことができたか」をみる指標です。研究に参加した人数が43,000人ですから、ファイザー社のワクチンを接種した人、偽薬を接種した人を共に21,500人とすると、偽薬接種の21,500人中発症したのは162人、ワクチン接種の21,500人中に発症したのは8人ということになります。偽薬でも99%以上の人(21,500 – 162 / 21,500)は感染していないのです。一方、ワクチンを接種しても0.04%の人(8 / 21,500)は発症したのです。また、そもそもこのような研究に参加する人というのは新型コロナウイルスに多少なりとも興味がある人が多いでしょうから、それなりの感染予防をしていたはずです。有効率が高いのは間違いありませんが、全員に必ず効果があるわけではありません。

 さらに「効果持続期間」についても検討せねばなりません。人数は多くないものの再感染の報告が集まってきています。そして、今回のワクチンは「緊急性」が要求されたのだからやむを得ないとはいえ、各社のワクチンは効果持続時間を検証していません。いいワクチンが開発されたけれど効果は1年も持たない。そして安全性は100%担保されない。そのうちにウイルスが変異してワクチンが効かなくなった……、という可能性は充分にあると私はみています。ちなみに、ファイザー社の社長は、ワクチンの有効性を発表したその日に420万ポンド近くの自社株を売却したことが報道されています。

 患者さんからも知人からもメディアの取材でもよく聞かれる質問に「コロナ流行前の生活にいつになったら戻れるのですか?」とういものがあります。私の答えは「もう元には戻れない」です。このことを信じられない、あるいは信じたくないと言う人は少なくありませんが、私は元の世界は諦めるべきだと思っています。では「元の世界」とはどのような世界なのか。一言で言えば「初対面の人とも居酒屋でワイワイできる世界」です。

 「元の世界」に戻れないことがどれだけ辛いかについて、私はある程度理解しているつもりです。私が連載している毎日新聞の「医療プレミア」にも書いたのですが、「人生で大切なことの7割くらいは居酒屋で学んだ」と私は自負しています。お酒を交えて楽しいことだけでなく辛いこと悲しいことを仲間と語り合い、仲間が別の仲間をつれてきて交流が広がり、先輩たちからは人生の教訓を学び、そして仲間と議論し、ときには喧嘩にもなる、それが私の人生を振り返ったときの居酒屋の姿です。

 「人生で大切なことの7割」は大袈裟だろうと思う人もいるでしょうが、大学の仲間と、あるいは会社の同僚と居酒屋でワイワイガヤガヤと楽しい時間を過ごした思い出がない人の方が少ないでしょう。そこで生涯の親友や人生を共にするパートナーと巡り合ったという人もいるに違いありません。元のように楽しめないのはもちろん居酒屋だけではありません。ディスコやクラブも以前のような遊び方はできません。そういった場所でのパーティも従来のかたちでは開けません。今もカラオケ店は存在していますが、私はカラオケは絶滅する可能性すらあると思っています。

 ウェブ会議やミーティングが「意外に便利」であることに気付いた人も多いでしょうが、一方で「ウェブにはもう飽きた。やはり人は人の目を直接見てコミュニケーションを取るべきだ」と感じている人も多いのではないでしょうか。私は随分前からこのことを言い続けています。あまり同意してくれる人はいないのですが、私はZOOMなどでのコミュニケーションなら電話の方がはるかに意思疎通がしやすいと考えています。電話でなら微妙な息遣いやトーンの変化が察知できるからです。そもそもコミュニケーションのメインは言葉ではなくnon-verbalのはずです。

 「初対面の人とも居酒屋でワイワイできる世界」はもう戻ってきません。書物やビデオやyoutubeからは知識を得ることはできますが、non-verbalのコミュニケーションは不可能であり、他者と触れ合うことができません。

 ではそんな新しい世界の中で、我々は何を求めて、何を目標にして生きていけばいいのでしょうか。これを明らかにするには「何のために生きているのか」を考えなければなりません。そしてこの問いに簡単に答えられる人はあまりいません。ちなみに私は10代半ばから数年間、ほとんど毎日「人は何のために生きているのか」を考えていましたが答えは見つかりませんでした。

 しかし、大学生になってから少しずつその答えが分かるような気がしてきました。仲間と楽しい時間を過ごすため、愛する人を守るため、感動を伴う経験をするため、などいろんな答えに気付き、さらなる答えを求めるようになりました。会社をやめて母校の社会学部の大学院を目指していた頃、そして医学部に入りたての頃は、学問を究めて世の真実を知ることが人生の答えだと思っていました。医師になりタイのエイズ施設にボランティア目的で訪れたときは、助けを求めている人の力になることこそが答えだと思うようになりました。

 そして今、新型コロナのせいで他人と触れ合うことが容易にはできない世界となりました。そんな世界で今、私ができることは何なのか。そのひとつが今まで自分が探し求めて得ることができたかもしれない人生の「答え」を若い人に伝えることではないかと思っています。しかし「居酒屋」は簡単には使えません。ウェブで伝えるのは困難です。ではどうすればいいのか。最近の私は毎日このことついて考えています。 

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2020年12月1日 火曜日

2020年11月30日 女性の記憶力低下を防ぐには「働くこと」

 意外な研究結果が報告されました。

 高齢になると誰もが恐れるのが記憶力の低下、ひいては認知症だと思います。これらのリスク因子としてよく指摘されるのが、肥満を含めた生活習慣病、喫煙、運動不足、などで、さらに「労働」ということもしばしば指摘されます。では、専業主婦と働くシングルマザーではどちらの記憶力が衰えやすいでしょうか。研究によればそれは専業主婦などのです。

 医学誌『Neurology』2020年11月4日号(オンライン版)に「 米国の女性における仕事と家庭の有無と中年および晩年の記憶低下との関連(Association of work-family experience with mid- and late-life memory decline in US women)」というタイトルの興味深い論文が掲載されました。

 研究の対象者は55歳以上の米国女性6,189人です。16歳から50歳までの勤務状況、婚姻状況、子供の有無からグループ分けがおこなわれました。その結果、未婚で働く女性488人、既婚で子供を持ち働く女性4,326人、働くシングルマザー530人、働かないシングルマザー319人、専業主婦526人となりました。

 どのグループも55歳から60歳までは記憶力低下に差はありませんでした。ところが60歳以降では働くことと記憶力低下に顕著な差が表れたのです。出産後に有給で働かなかった人は働いていた人に比べて記憶力の低下がなんと50%以上も認められたというのです。

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 この論文を報じた米国の健康情報サイト「HealthDay」は、この研究をおこなった学者Elizabeth Rose Mayeda氏をインタビューしています。

 氏は「働くタイミングは重要ではない」とコメントしています。氏によれば、「記憶力の低下率は、一貫して働いている人、数年間子育てをした後に働きに出る人、それよりも長い期間家にいて(専業主婦をして)働きに出る人で差はない」そうです。ということは、いくつになっても「働きに出る」ことが記憶力維持につながることを示唆しています。

 古典的なフェミニズムでは「専業主婦業はれっきとした労働」と言われ、それに異論はありませんが、こと記憶力低下の予防という点においては「狭義の労働」に分がありそうです。ですが、ボランティアなど無償の仕事や他の社会活動では記憶力低下を防げないのでしょうか。また、狭義の労働が記憶力維持に有効なのならば、その理由は何なのでしょう。仕事のプレッシャーや人間関係から来るストレスが良きスパイスになっているのでしょうか。

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2020年11月24日 火曜日

2020年11月24日 フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる

 男性型脱毛症(以下「AGA])の画期的な薬として日本では2005年に登場した爆発的に処方され、AGAで悩む男性が劇的に減ったと言われています。そして、発売当初から「抑うつ症状」の副作用は指摘されていたのは事実です。

 ただ、太融寺町谷口医院の例でいえばオープンした2007年当初からプロペシア(その後後発品の「フィナステリド」)は大変人気のある薬でしたが、大きな副作用はほとんど聞きません。リビドーの低下(つまり、性欲が低下する)を訴える人はある程度いますが(添付文書では1~5%未満に起こるとされています)、それでも、例えば「パートナーからクレームがくる」ほどには低下せず、「性欲はちょっと減ってちょうどよくなった」と言われることもあります。

 添付文書では「抑うつ症状」が起こるのは「頻度不明」とされています。ところが、フィナステリド(プロペシア)で自殺したくなる気持ち(自殺念慮)の頻度がそれなりに高いことが大規模調査で判明しました。

 医学誌「JAMA Dermatology」2020年11月11日(オンライン版)に「フィナステリド使用時の自殺念慮と精神症状の副作用(Investigation of Suicidality and Psychological Adverse Events in Patients Treated With Finasteride)」というタイトルの論文が掲載されました。

 研究は米国の学者によって、WHOが薬の副作用をまとめたデータベース「VigiBase」を使っておこなわれました。このデータベースに、フィナステリドを使用して自殺念慮が生じた事例356件と精神症状が出現した事例2,926件が報告されていたようです。これらを統計学的に解析すると、フィナステリド使用により自殺念慮のリスクが1.63倍、精神症状の出現リスクは4.33倍になることが分かりました。

 また、大変興味深いことにフィナステリドと似た働きをするデュタステリドではこのようなリスク上昇は認められませんでした。

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 フィナステリドとデュタステリドは非常に似た薬です。両者とも5αリダクターゼという酵素を阻害することによりジヒドロテストステロンという男性ホルモンの1種の生成を抑制します。そして、5αリダクターゼには1型と2型があり、フィナステリドは2型のみを阻害するのに対し、デュタステリドは1型、2型双方を阻害します。

 すでに本サイトでも紹介しているようにAGAを改善させる効果はデュタステリド>フィナステリドです。また、後発品の登場で値段もデュタステリド(当院では3,300円税込み)の方が安くなっています。さらに、フィナステリドで自殺念慮の副作用が出現しやすくなるとなれば、ほとんどの人がフィナステリドではなくデュタステリドを選ぶことになるでしょう。

 もしかするとフィナステリドが市場から消えることもあるかもしれません。

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2020年11月20日 金曜日

第207回(2020年11月) 新型コロナで「分断」される社会

 「分断」という言葉をここ数年間でよく見聞きします。具体的にいつどこで聞いたかを思い出せないのですが、内容としては米国のトランプ大統領を支持する人たちとリベラルの人たちとの隔たりが「分断」と呼ばれています。他には、英国の知識階級と労働者、フランスの白人とムスリムの差を論じるときにも使われているような気がします。

 日本にも「分断」と呼びたくなるような現象があります。日本は今も(ほぼ)単一民族国家だというのに、同じ世代でも「考えていること」がまったく異なると感じることがあるからです。もっとも、これは最近始まったことではなくて、以前から、少なくとも平成の始め頃には指摘されていたことです。

 ちなみに、私が初めて「分断」、つまり同世代なのにまるで価値観が異なる人たちの集団があることを表した言葉を見かけたのは、私の記憶が正しければ1992年ごろで、何かの雑誌に載っていた社会学者の宮台真司氏の言葉でした。氏はそういった事象を「島宇宙」と捉え、同じ価値観をもった小グループがいくつも存在することを指摘しました。別のグループでは考えていることがまったく異なり、コミュニケーションもとれないことにまで触れていました。

 当時はまだ医学部受験などまったく考えておらず、この雑誌を読んだ2年後くらいに社会学部の大学院受験を考えるようになったのですが、今思えば私が社会学を本格的に学びたくなったのは宮台氏のこういう考え方に影響を受けたことが理由のひとつかもしれません。さらに余談になりますが、その後宮台氏の著作を読みだした私は、医学部受験の勉強中に『制服少女たちの選択』という本を手に取りました。その数カ月後、河合塾の模試の現代文にこの本が引用されていてものすごく驚きました。

 話を戻しましょう。現在の私が、社会が「分断」されていると感じ、宮台氏が90年代前半に指摘していた「島宇宙」という言葉を思い出すのは、新型コロナウイルスに対する考え方が人によって(グループによって)あまりにも異なるからです。実際の事例をあげましょう(ただし、プライバシー保護のため内容はアレンジしています)。

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【事例1】20代男性 飲食店勤務

 発熱と頭痛で当院に電話相談。持病はないが数年前から風邪や腹痛で何度か受診している。「その症状は発熱外来で診察する」と言うと不機嫌に。「コロナじゃない」と主張。「発熱外来でないと診られない」と繰り返し言うとしぶしぶ同意して発熱外来に受診。しかし新型コロナウイルスの検査は要らないという。味覚も嗅覚も正常だからコロナじゃないというのが男性の言い分。そういう症状が出ない場合も多いことを説明しようやく検査を実施。結果は案の定陽性。保健所から電話があるからアパートから出ないように指示した。

 翌朝この男性から当院に電話があった。「勤務先に電話すると、『休まれると困る。どうしても休むのなら診断書を出せ』と言われた」とのこと。そもそも外出すべきでないのだから勤務先に診断書を持っていくことも控えるべき」と説明するが、「それを勤務先に理解してもらうのが大変」と言う……。

【事例2】20代女性 事務職

 「電車に乗るのが怖い」「手の消毒について教えてほしい」「職場でマスクを外す人がいて困っている」などの訴えを繰り返しメールで相談してくる女性。数年前から花粉症と湿疹で何度か当院を受診している。相談の頻度が多いとはいえ、内容は理にかなったものであり、答えにくいものではない。父が高齢で寝たきりのために絶対に感染するわけにはいかないと考えている。

【事例3】30代女性 無職

 「新型コロナウイルスに4月に感染し、その後もウイルスが体内から消えない」と言って受診。「このウイルスが慢性化することはない」と繰り返し説明しても受け入れられず、「倦怠感と頭痛がとれないのは体内に潜んでいる新型コロナウイルスのせいなんです」という主張をゆずらない。
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 事例1の男性と事例2の女性はほぼ同じ年齢です。仮にどこかでこの二人が出会う機会があったとしてもほとんど話が噛み合わないのではないでしょうか。この二人の会話に事例3の女性が加わったとすればどうでしょう。おそらく3人とも「話しても無駄だ」と思ってその後連絡をとろうとは思わないでしょう。

 では3人それぞれは日ごろ誰とコミュニケーションをとっているのでしょうか。事例1の男性は職場のスタッフといつも行動を共にしていると言います。仕事が終わってからの付き合いも多いそうです。おそらくこの飲食店で勤務するスタッフ全員が、新型コロナウイルスを脅威と考えず、予防もしていないことが予想されます。事例2の女性も事例3の女性もインターネットでいろんな情報を集めていると言いますが、おそらく見ているサイトはまったく異なります。事例2の女性が言うのは我々医療者が聞いても納得のできるエビデンスレベルの高い情報です。一方、事例3の女性が言うのは「ウイルスは〇〇が開発した」とか「本当は武漢ではなく▲▲でウイルスが生まれた」といった陰謀論のようなものです。

 さて、同じ日本に住み、同じ言語で情報収集をしているほぼ同じ世代の彼(女)たちの考え方がこんなにも違うのはなぜなのでしょうか。しかし、考えが違うことはそもそも良くないことなのでしょうか。

 原則として社会は多様性を認めなければなりません。ですから、異なる考えを持つことに問題はありません。というより、全員が同じ考え・同じ価値観をもつ社会があったとすれば脅威であり、また脆弱でもあります。そういう意味で大勢の人たちが多くの情報源を持ち様々な考えを持つ社会の方がずっと健全です。問題は、違う考え・価値観を持つ人たちとのコミュニケーションが「分断」されていることにあります。

 現在私が恐れているのは、医師の間でもこの「断絶」が生まれつつあることです。医師にも「過剰に恐れる必要はない。外出制限を減らしていくべきだ」と考える「派」があり、「グレートバリントン宣言」というものが発表されています。他方では、こういった考えは危険で慎重になるべきだという「派」が「ジョン・スノー覚書」というものを公表しています。医師であればどちらにも「サイン(署名)」することができるため、世界中の医師がどちらかにサインする動きが広がっています。

 ですが、私はこのような活動には反対です。医師どうしの「分断」がますます加速されるからです。「二極化」は分かりやすくすっきりする反面、極論につながりやすいという危なさがあります。「あんたはどちら派?」というような会話が始まればさらに「分断」が加速するでしょう。

 一般の人も医療者も、新型コロナ対策に現在最も必要なのは「異なる意見を持つ人との対話」ではないか。それが私の考えです。そして、ネット上での匿名の会話ではなく、自己紹介した上でのコミュニケーション、つまり相手の考えも尊重しながら進めていくコミュニケーションが必要だと考えています。先述した事例1と事例3は医療者からみて誤った考えを持っていますが、頭ごなしに否定するのではなく、なぜそのように考えているのかの理解から始めることが大切だと考えています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年11月10日 火曜日

2020年11月 米国大統領選挙と新型コロナでみえてくる「勝ち組」の愚かさ

 2020年11月の米国大統領選挙で民主党のバイデン氏が勝利しトランプ氏が失脚したことが報じられました。今回の選挙は私自身としてはどちらが勝ってもおかしくないと思っていましたが、4年前の大統領選ではトランプ氏が勝利するなどとは微塵も思っていませんでした。就任してからでさえ、「誇り高きアメリカ人がこんな人物を大統領と認めるはずがない。近いうちに選挙がやり直しされるだろう」と本気で思い込んでいたほどです。

 しかし、世界中のメディアを見聞きし、実際にラストベルト地域などトランプ氏を支持する地域への取材記事などを読むにつれて「なるほど、そういうことか」と思うようになっていきました。トランプ氏がいくら差別発言をしようが、下品な言動を披露しようが支持者には関係がない。いや、むしろトランプ氏がそういった非理性的な行動をとればとるほど、一部の人達からは熱狂的に支持される理由が次第にわかってきたのです。

 その「理由」とは「リベラルへの反逆」です。つまり、民主党を支持するリベラルの言うきれいごとや偉そうな態度に我慢ならない人たちの「怒り」がトランプ氏支持へとつながっているのだと思うのです。「怒り」というのは反理性的な感情です。ですから、トランプ氏が非理性的・反理性的な言動を示せば示すほど、日ごろ感じているリベラルへの怒りが発散できるというわけです。つまり、トランプ氏は、リベラルを嫌う人たちの「代弁者」となっていたのです。

 ではなぜ彼(女)らはリベラルに対して「怒り」の感情を抱くのか。極端なエピソードを創作するとこんな感じです。

 あるハイスクール。勉強はたしかにできるけど付き合いが悪くて冗談が通じないビル。いいとこ育ちで、ちょっとは美人かもしれないけど愛想のないケイト。そして俺たち。ビルやケイトは有名大学に行き、俺たちは地元の工場勤務。不景気で工場が閉鎖に追い込まれた。他の工場で雇ってもらおうと思っても不法滞在のヒスパニック系がマジョリティになってしまっている。そんななか、ビルは弁護士に、ケイトは会社の社長をしていると聞いた。ビルは「平等が大切だ」とかきれいごとを言って移民に権利を与える運動をしているらしい。ケイトは「黒人を守る」などと言っているが本音は黒人へのマーケットを増やしたいだけなのは見え見え。今度の選挙? ビルやケイトは民主党を支持しているって? じゃあ俺たちは……。

 私の印象でいえば、FOXニュース以外の米国の主要メディアはほぼすべてリベラルで、民主党支持です。大手メディアのスタッフは(ほぼ)全員が高学歴者で、差別反対主義者で、ポリティカルコレクトネス大好き、きれいごと大好きです。つまり「エリート」もしくは「ブルジョア」です。

 こう言ってしまうと、マルクス主義でいうブルジョアジーとプロレタリアートの対立に聞こえるかもしれませんがそうではありません。実際、トランプ氏はプロレタリアートの代弁者でないのは自明です。大金持ちなのですから。むしろ、生まれは貧しかったけれど一所懸命に努力をして成功している人たちや、人種差別の被害に遭いながらも努力を重ね高収入を得ている人たち、つまり自身をプロレタリアートと考えているような人たちが民主党を支持しているのが現在の米国だと思うのです。

 マルクス主義の用語でこれらの対立を説明できないのならどう考えればいいのでしょうか。その答えが「勝ち組」です。つまり、「勝ち組への怒り」がアンチ民主党、そしてトランプ氏支持につながったのではないかというのが私の推論です。

 では、なぜ勝ち組が怒りや反感を買うのか。それは彼(女)らに「謙虚さ」が欠落しているからだ、というのが私の考えです。現代社会というのは努力が美化される社会です。努力して這い上がり栄光を手にすれば他人から賞賛を集めます。ロースクールに入り苦労して弁護士になった、メディカルカレッジに入学して努力を重ね医者になった。彼(女)らは欲しいものを手に入れるために自分の時間を犠牲にし、がんばってきたわけです。

 そういう人たちの中には自分にだけでなく他人にも厳しい人が少なくありません。「成功していないのは努力が足りないからだ」という考えに固執するようになり、自分が勝ち組になったのはあれだけ頑張ったのだから当然だ、とうぬぼれるようになります。

 そして、彼(女)らがその後も自分のアイデンティティを維持するには、自分が成功しているのは「公正で正しい競争社会で勝ち抜き、今も平等な社会で勝負しているのだ」と思いこむ必要があります。だから彼(女)らは「平等」という概念を大切にします。性的指向や性自認に関わらず、有色人種も、外国人も、身体障がい者も、みんなが”平等に”チャンスが与えられている世界で自分は正当な競争を勝ち抜いたんだ、という「幻想」が彼(女)ら”エリート”には必要なのです。

 そして、これは日本にもそのままあてはまります。「勝ち組」の人たちの多くは、たしかに真面目に努力を重ねて成功しているのでしょう。一方、「勝ち組」の人たちのいくらかはきれいごとが好きで、努力を重ねて成功したのは自分ががんばったおかげだと思いこんでいます。

 東日本大震災のときには被災者を支援し、ラグビーで日本が善戦したときには「ワンチーム」という言葉に熱狂し支え合いを美化していた「勝ち組」の人たちも、新型コロナが流行しはじめると「他者を思いやる発言」が減っていないでしょうか。仕事をなくすかもしれないと考え始めると他人のことを考える余裕がなくなるのかもしれません。

 新型コロナの流行で「勝ち組」の立場を脅かされそうになった人たちのいくらかは、また新たな努力を始めるでしょう。会社を経営している人なら、助成金を上手に申請してこの状況を耐え忍び、そして再び成功することでしょう。成功を確認した時点で「苦境のなかでここまでこれたのは自分ががんばったからだ」と再び思うに違いありません。一方、コロナ禍でも雇用やお金の不安を感じることなく働いている人は「これまで一生懸命がんばってきたからだ」と自分自身をねぎらっているのではないでしょうか。

 今から14年前のコラム「医者は「勝ち組」か「負け組」か」で、私は「勝ち組」と言う考え方に疑問を投げかけ、何でもお金に換算する考えを強く批判し、お金が勝ち負けの指標にはならないことを主張しました。また、お金を求めることが馬鹿馬鹿しいことをタイの農民と日本のビジネスマンの逸話を用いて述べたこともあります(「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」)。成功の原因として自分の実力が占める割合はほんのわずかであり、「人生を決めるのは99%の運と1%の努力」だということを過去のコラム「『偏差値40からの医学部再受験』は間違いだった」で述べました。

 私は自分自身のことを「勝ち組」とは思っていませんし、また「勝ち組」を目指すつもりもありません。過去のコラムでも述べたように自分自身の役割を演じるだけです。米国の大統領選については他国の人間が口をはさむべきではありませんが、日米問わず、勝ち組の人たちには”勝っている”要因をもう一度考えてもらいたいと思っています。”勝っている”のは自分ががんばったからなのか?ということを。

 最後に旧約聖書から興味深い言葉を引用しましょう(日本聖書協会の和訳を引用しようとしたのですが著作権の関係でできないようなので私が勝手に英文を訳しました。尚、英文にも複数あり、下記に示したのはその一例です。興味のある方はBible Hubのサイトを参照ください)。

私が白日のもとで見てきたのはこういうことだ。すなわち、足の速い者が競争に勝つとは限らない。強い者が闘いに勝つとは限らない。知恵のある者がパンを手にできるわけではない。賢者が金持ちになれるわけでもない。しかし、これらを成し遂げた者たち全員に「時」と「運」が味方したのだ。

“I have seen something else under the sun: The race is not to the swift or the battle to the strong, nor does food come to the wise or wealth to the brilliant or favor to the learned; but time and chance happen to them all.”

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 認知症予防には「食の多様性(ダイバーシティ)」

 ここ数年よく耳にする言葉に多様性(ダイバーシティ)があります。よく使われるのは、主に職場で「人種、宗教、性的指向・性自認などの違いからくる人それぞれの考えを尊重しよう」という文脈です。最近の日本では、セクシャルマイノリティの人権の話になると決まって引用されます。

 しかし多様性(diversity)というのは社会的な言葉だけではなく、医学の分野でも用いられることがあります。今回の話題は「食の多様性」です。

 多様性に富んだ食事をしている人ほど加齢による海馬(記憶を司る脳の部位)の萎縮が抑制される……

 医学誌『European Journal of Clinical Nutrition』9月2日(オンライン版)に「食の多様性は、日本人の海馬の体積の変化と関連(Dietary diversity is associated with longitudinal changes in hippocampal volume among Japanese community dwellers)」というタイトルの論文が掲載されました。著者は日本人の学者です。

 海馬は記憶を司る脳の領域で、加齢に伴い誰もが萎縮していきますが、アルツハイマー病などの認知症があれば早期から萎縮することが分かっています。

 研究の対象者は「国立長寿医療研究センター」の老化に関する研究に参加している1,683人(男性50.6%)、調査期間は2008年7月~2012年7月です。海馬の萎縮の程度と食事内容との関係が解析されています。

 食の多様性を5段階に分類すると、多様性が最も少ないグループでは海馬の体積の減少率が1.31%、次いで順に1.07%、0.98%、0.81%、0.85%となりました。

 研究者は「様々なものを食べること(食の多様性を増やすこと)が認知症のリスク低下につながる」と結論づけています。

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 太融寺町谷口医院の患者さんのなかに「身体にいいもの」にこだわりすぎて、特定のものばかり食べて「身体に悪い(かもしれない)もの」を一切避けているという人がいます。たとえば発芽玄米のみばかり食べて、小麦、卵、大豆製品などを一切食べないという人がいます。そして、「魚には重金属が…」「コーヒーにはカビが……」などと言って食べるものをどんどんと制限しています。こういう人たちはビーガン(徹底した菜食主義者)の人たちよりもさらに健康のリスクがあるのは自明なのですが、なかなか聞く耳をもってくれません。

 組織と同じで食にも多様性が必要、といってもこういう人たちの耳には届かないのでしょうか……。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年11月1日 日曜日

2020年10月31日 胃薬PPIは糖尿病のリスクにもなる

 このサイトでは特定の薬を充分な根拠もないままに高評価したり、逆に低く評価したりはしていないつもりです。常に客観的な観点から医療情報をお伝えすることを心がけています。ですが、胃薬PPIに関しては否定的なものを取り上げる機会が増えています。認知症、脳梗塞、骨粗しょう症などのリスクになることが指摘されているPPIは新型コロナのリスクにもなる可能性があることを過去に伝えました。今回は糖尿病との関係です。

 医学誌『Gut』2020年9月28日号(オンライン版)に「胃薬PPIの定期的な服用と2型糖尿病のリスク:3つの前向きコホート研究の結果(Regular use of proton pump inhibitors and risk of type 2 diabetes: results from three prospective cohort studies)」というタイトルの論文が掲載されました。中国人の学者による研究ですが、対象は米国の医療従事者が対象の3つの大きな研究(Nurses’ Health Study(NHS)、NHSⅡ、Health Professionals Follow-up Study(HPFS))です。

 調査開始時に糖尿病を発症していない人が204,689人で、調査期間中に10,105人が糖尿病を発症しています。PPIを使用していない人に比べて、PPIの長期使用者で糖尿病のリスクが24%上昇していました。リスクは使用期間が長いほど上昇するようで、使用期間が0~2年のグループでは発症リスクが5%上昇するのに対し、2年以上の使用では26%になっています。

 興味深いことに、このリスクはPPIを中止すると減少するようです。使用中止期間が0~2年であれば17%、2年以上になれば19%のリスク低下が確認されています。

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 過去にも述べたように、これまでPPIを内服していた人でも、少しの生活習慣の改善と薬の変更でいい状態が維持できる人は少なくありません。PPIは頼りになる薬ですが、長期使用を減らしていく対策も必要です。

医療ニュース
2020年8月6日 胃薬PPIは新型コロナのリスクになる
2019年12月28日「やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか」
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

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