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2020年1月31日 金曜日

2020年1月31日 新型コロナ、WHOがついに「緊急事態宣言」

 連日メディアで取り上げられている新型コロナウイルスに対し、2020年1月30日、WHO(世界保健機関)は「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。1週間前の23日には見送られていましたから、この1週間でWHOが「見解を変えた」ということになります。
 
 1月30日のWHOの発表では、中国全域で7,711人が感染確定、12,167人が疑い例として経過が観察されています。感染確定例のうち1,370人が重症、死亡者は170人に上ります。他国では、18か国で合計82人が確定しており、このうち中国への渡航歴がないのが7人です。

 尚、確定感染者と死亡者の最新の数字を調べるにはWorldmeterのサイトがいいと思います。信頼できる情報源からの最新の情報を収集し日々更新されています。

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 WHOが緊急事態宣言を見送った2020年1月23日、私は毎日新聞主催のミニ講座を開いていました。編集長から「新型コロナについても何か話すように」と言われていたのですが、この時点でははっきりしたことが分かっておらず、一般のメディアで報道されている内容以上の情報はありませんでした。そこでスライドは1枚だけにし、今後の情報に注意するべきだということを述べるにとどめました。

 新型コロナウイルスで私が最も懸念しているのは「不当な差別」です。すでに、中国から緊急帰国した日本人を非難する声もあるとか。特に心配なのは子供たちです。文部科学省の通達では、帰国後2週間が経過すれば登校可とされています。風邪が流行っているこの季節、登校したとたんに風邪をひいて咳をしたときに差別的な扱いを受けないでしょうか。

 大阪府では吉村知事が、感染者の行動をすべて公開するという方針だそうです。おそらく今後しばらくは感染者が増えるでしょう。感染力の強さと重症の度合いに関係はありませんが、中国では医療者も相次いで院内感染を起こしていることから、”それなりに”気を付けていたとしても感染を完全に防ぐことは困難だからです。すると、大阪府はすべての感染者のすべての行動を公表するのでしょうか。

 そうなればおそらく相当の混乱をもたらすでしょう。すでに根拠のないデマも出回っているかもしれません。太融寺町谷口医院にも「マスクはN95でなければ防げないのですか?」という問い合わせが複数届いています。しかし、N95は過去のコラム(はやりの病気第114回(2013年2月)「花粉と黄砂とPM2.5」)で述べたように一般の方には現実的なものではありません。

 では何に気を付けてどのように行動すればよいのか。そして、感染したかもしれないときはどうすればいいのか。こんなときこそかかりつけ医に頼るべきです。当院をかかりつけ医にしている人は疑問があればどうぞメールにて(緊急性がある場合は電話対応もします)お問い合わせください。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年1月20日 月曜日

第197回(2020年1月) いろいろな「かぶれ」の総復習

 前回は、すっかり”当然”のようになってしまっている”遅延型食物アレルギー”に高額をつぎこむこようなことを避けてほしい思いから、食物アレルギーの複雑な点について解説しました。今回はその続編として「かぶれ」について事例を取り上げながら紹介していきます。
 
 かぶれの正式病名は「接触皮膚炎」で、文字通り皮膚と何らかの物質が”接触”することによっておこります。正確には接触皮膚炎には「アレルギー性接触皮膚炎」と「刺激性接触皮膚炎」に分けることができて、今回取り上げるのは「アレルギー性接触皮膚炎」の方です。「刺激性接触皮膚炎」というのは、改めて解説するような複雑なものではなく、刺激物に触れれば数分後にかゆくなる皮膚炎のことで”常識的な”ものです。石油に手をつっこんでしばらくすれば痒くなるのが典型例です。

 一方、アレルギー性接触皮膚炎はとてもややこしいものです。理解するのにはまず「基本」を押さえて、その後具体的な例を考えて、それから「例外的な」タイプを考えていきましょう。

 まずは基本からです。アレルギー性接触皮膚炎(以下、単に「接触皮膚炎」とします)とは「何か」に触れて「しばらくしてから」触れた部位に「湿疹」が起こります。基本的には「湿疹」であり、「じんましん」ではありません。「湿疹」と「じんましん」の違いを簡潔に説明するのは意外に困難なのですが、一番大切なポイントは「じんましんは出たり消えたりする」ということです。一方湿疹は一度出るとなかなか消えません。そして接触皮膚炎は通常じんましんではなく湿疹が起こります。まず、ここが一つ目の重要なポイントです(注1)。

 次に重要なのが「しばらくしてから」症状が出現する点です。その物質に触れてから2~3日してから湿疹が生じるのが典型ですが、何度も繰り返していると出現までの時間が短くなってきます。また、一部の物質では触れてからかなり時間が経過してから症状が出ることもあります。例えば「金」の場合、1か月近く経過して(いったん触れてから「触れない状態」が1ヶ月近く経過して)初めて症状が出ることもあります。一方、食物アレルギーでは、前回述べた遅発型食物アレルギーを除き(繰り返しますが”遅延型食物アレルギーではありません)、食直後に出現します。

 例を挙げましょう。食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーがある場合、食べた直後に口腔内の違和感が出現し、重症化する場合は息苦しさや全身のじんましんが生じます。一方、接触皮膚炎としてのマンゴーアレルギーの場合は2~3日してから症状が出ます。典型例は、マンゴーを行儀悪くかぶりついて食べたその2~3日後に口の周りがかゆくなる、というケースです。つまり「マンゴーアレルギー」には2種類あるのです。検査方法も異なり、食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーは血中IgE抗体を測定し(ただし、検査をすると陰性と出ることもあります。検査はあくまでも参考です)、接触皮膚炎の場合はパッチテストをおこないます(ただしマンゴーのパッチテストは一般的ではありません)。

 ここで接触皮膚炎をおこしやすい典型的な物質を挙げていきましょう。ジャンルにわけて簡単にまとめてみます。

〇植物:ウルシ(マンゴーもウルシの仲間です)、ブタクサ・キク(これらは花粉症の原因にもなります。花粉症と接触皮膚炎はマンゴーと同じようにアレルギーの機序が異なります)、サクラソウ(春になると毎年初診の患者さんがやってきます)、イチョウ(銀杏でも起こります)など。

〇金属:三大アレルゲンがニッケル、コバルト、クロム。金や銀でも起こります。太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、ピアス、ネックレス、美顔器、ビューラー、(ジーンズなどの)ボタンなどが多いといえます。

〇毛染め:頻度では他を引き離して最多です(参考:はやりの病気第147回(2015年11月)「毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~」)。

〇生活用品:比較的多いのが眼鏡、手袋(有名なラテックスアレルギーは狭義の接触皮膚炎とは異なります。ラテックス以外の成分による接触皮膚炎はよくあります(参照:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」)、シャンプーや冷感タオル(イソチアゾリノン)、スニーカー(繊維を付着させる糊が原因になることもある)、家具や建築物(ホルムアルデヒドが最多の原因)など。

〇外用薬(製品名は「」をつけています)

・鎮痛剤:「スタデルム」・「アンダーム」(これらが使われなくなってきているのはあまりにも接触皮膚炎を起こしやすいから)、「ボルタレンゲル」、「インテバン」

・湿布:ケトプロフェン(「モーラステープ」)

・抗菌薬:フラジオマイシン(かなり多い。これが含まれる「リンデロンA」も多い)、クロラムフェニコール(膣錠での発症が多い)

・抗真菌薬:「ラミシール」「メンタクッス」「ペキロン」「ニゾラール」など

・麻酔薬:「キシロカイン」(歯科医院受診数時間~数日後に起こる)

・その他:「レスタミン」「オイラックス」など

 接触皮膚炎の特殊型についてみていきましょう。

〇光アレルギー性接触皮膚炎

 アレルギーを起こす物質+紫外線で発症します。最多が湿布で、湿布単独でも接触皮膚炎は起こりますが(上記参照)、湿布を貼った部位に光があたって発症するタイプもあります。また、日焼け止めでも起こすことがあります。これは日焼け止めに含まれる紫外線吸収剤(主にメトキシケイヒ酸エチルヘキシル)が原因です。紫外線吸収剤は環境保護の観点から避けられつつあります。かぶれの視点からも紫外線散乱剤だけのものを選ぶ方がいいでしょう(参考:医療ニュース2018年7月30日「ハワイの日焼け止め禁止の続報~多くの日本製も禁止に~」

〇空気伝播性接触皮膚炎 

 直接触れているわけではないのに近づくと微粒子が皮膚に接触して起こるタイプの接触皮膚炎です。比較的多いのが香水です。自身が香水をつけていなくても香水の匂いを放っている人に近づけば症状が出る人もいます。次に多いのが線香です。これは(後述する)パッチテストで調べることができます。花粉症としての接触皮膚炎も空気伝播性接触皮膚炎に含めることがあります。

〇全身性接触皮膚炎症候群

 これは2つに分けて考えます。ひとつは通常の接触皮膚炎が全身に広がるタイプで、毛染め(パラフェニレンジアミン)が代表です。かぶれるのにもかかわらず、症状を我慢しながら使用し続けると全身に広がり、重症化すれば入院を余儀なくされることもあります。

 もうひとつは食べ物によるもので、私見を述べればこれが(広義の)接触皮膚炎で一番ややこしいものです。例えば、チョコレートを食べれば全身が痒くなる場合、チョコレートによる全身性接触皮膚炎症候群の可能性があります。なぜチョコレートでアレルギー反応が生じるかというと、カカオに含まれる金属が原因です(参照:食物に含まれる金属性アレルゲン)。チョコレートには先述した三大金属のニッケル、クロム、コバルトがすべて含まれていますし、他にマンガン、亜鉛、銅なども含有されています。ややこしいのは、チョコレートにアレルギーがあったとしても(狭義の)金属アレルギーのエピソードがないことも多く、またパッチテストをしても陽性反応にならないこともあるということです。尚、しつこいようですがこれは”遅延型食物アレルギー”ではありません。

 今、述べているのは「全身性接触皮膚炎症候群」ですが、局所的に生じる皮膚疾患もあります。例えば掌蹠膿疱症がそうです。この疾患は掌または足底(あるいは双方)に湿疹が生じる、ときに難治性の疾患です。重症例は全身に症状が及び高額な治療薬を用いることもあります。掌蹠嚢胞症の原因として、日本では「歯科金属が原因」と言われることがありますが(ただし実際にはそれほど多くない)、私見を述べればチョコレートが(原因とまでは言えなくても)悪化因子になっているケースは非常に多いと思います。また、掌蹠嚢胞症は禁煙するとピタッと治ることがあり、この原因はタバコに含まれるニッケルではないかと以前から個人的には思っています。尚、いまだに掌蹠膿疱症は稀な病気だと”勘違い”している人がいますが、昔からよくある疾患です(参照:はやりの病気第17回(2005年9月)「掌蹠膿疱症とビオチン療法」)。

 全身性であろうが、局所的なものであろうが、治りにくい湿疹や再発を繰り返す湿疹があって、アトピー性皮膚炎や尋常性乾癬などとは異なる場合は接触皮膚炎に関連したものである可能性を疑ってみるべきだと(私見ですが)考えています。また、アトピーや乾癬にこういった湿疹が合併していることもしばしばあります。

 接触皮膚炎の検査は「パッチテスト」であり、血液検査では分かりません。また、食物アレルギーや花粉症の検査に有用なプリックテスト、スクラッチテスト、皮内テストなどでも調べることはできません。そして、パッチテストには最低でも3日かかりますからあらかじめそのつもりで望まなければなりません(参照:「Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・」)。以前にも指摘したように、化粧品が使えるかどうかを検討するときに試しに手背などに塗ってみて15分間で症状がでなければ問題ないと考えている人がいますがこれは間違いです。貼りっぱなしの期間が2日、判定には最低でも3日、場合によっては1週間くらいたってから判定すべきこともあります。

 最後にもう一度繰り返しますが、食べ物が原因の接触皮膚炎および全身性接触皮膚炎症候群は”遅延型食物アレルギー”ではありません。

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注1:ただし蕁麻疹が起こる接触皮膚炎も皆無ではありません。稀ではありますが一部の物質で起こり得ます。ただし、この情報を本文に入れると非常に読みにくくなると考え、このように注釈で補足することにしました。最近増えている蕁麻疹型の接触皮膚炎はDEETと呼ばれる虫よけによるものです。蕁麻疹型接触皮膚炎は通常の(湿疹型の)接触皮膚炎に比べて早く症状が出現します。

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2020年1月11日 土曜日

2020年1月 幸せを求めるから不幸になる

 前回のマンスリーレポートでは、「承認欲求が強すぎる人はしんどくなってしまう」という話をしました。「他人の評価などどうでもいいではないか」が言い過ぎだとしても、「すべての人に好かれる必要はない」というのが私の考えです。そういうふうに考えられず、他人からいつも褒められることを求めてしまう完璧主義に陥ると承認欲求の束縛から逃れられなくなってしまうのです。

 今回はこの話の続きです。承認欲求を語るときに合わせて考えたいことがあと2つあります。ひとつは「上から目線」、もうひとつが「幸福至上主義」です。

 「上から目線」という言葉が人口に膾炙しだしたのは2000年代に入ってからだと思います。それまではあまり聞かない言葉でした。もうすっかり定着してしまって流行語という感じもしません。誰もが簡単に使っている言葉、そして私に言わせれば「簡単に使われすぎている言葉」です。

 例えばあなたがどこかの会社の新入社員だとしましょう。研修を受けているときに同期の者から偉そうな口の利き方をされればイヤな気持ちになるに違いありません。同期なのにまるで上司のような話し方をされれば腹が立つのはまともな感性であり、これを「上から目線」と呼ぶことには問題ないでしょう。

 では、あなたが新入社員だったとして実の上司から偉そうな口の利き方をされたとすればどうでしょう。もちろんその内容にもよりますが、知識も経験も新入社員よりはるかに豊富な上司のコメントが「上から」であるのは当然です。しかし、上司からの忠告にも「上から目線」という言葉を使う人が最近増えているような気がします。患者さんからこのような言葉を聞く機会が少なくないからです。さらに驚くのはその逆の立場、つまり上司からの「悩み」です。

 「上から目線」と同様「パワハラ」という言葉もすっかり定着しています。そして、最近はいわば「パワハラ恐怖症」に陥っている管理職の人が増えています。例えば40代のある大企業の管理職の男性は、きちんと丁寧な言葉を選んでいるつもりなのに、「それ、上から目線ですよ」と部下から言われて困った、と話していました。上司は上の立場なのだから上から目線が当たり前であり、部下に過剰な気を使うのはかえって部下にも失礼のように私には思えますが、どうも世間の風潮はそうではないようです。

 もっと驚かされたのが高校で教師をしているある50代男性のコメントです。なんと「上から目線と生徒から言われるのが怖い」と言うのです。50代の教師が10代の生徒に上からの目線になるのは当然です。私が高校生のときは尊敬できるような先生はほとんどおらず、そんな教師たちから何を言われても従わず反抗的な態度をとるか無視するかでしたが「上から目線が許せない」と思ったことは一度もありません。

 医師からも似たような話を聞いたことがあります。病院で働くある40代の男性医師が看護師から「さっきの患者、先生から上から目線で話された、と言ってましたよ」との報告を受けたというのです。医師が偉そうにしていいわけではありませんが、医師・患者関係というのは知識と経験の量が絶対的に違うわけで、ときに患者の誤った考えを修正せねばなりません。また、もしもこのクレームを言ってきた患者がこの医師よりもずっと年上だとすれば分からなくはありませんが、この患者は20代というではないですか。もちろん医師の言い方にもよりますし、いろんな患者がいるという前提で診療をしなければならないのは事実ですが、こういう患者とは良好な関係を築くのは簡単ではありません。この40代の医師はコミュニケーション能力が高く、多くの患者さんから慕われているのです。

 ところで「ムカつく」という言葉が登場したのはいつ頃でしょうか。私が大学生の頃にはすでに日常会話で使われるようになっていましたが、小学生の頃にはありませんでした。私自身は今もこの表現に少し抵抗があり、使わないことはないのですが使う度に違和感を覚えます。

 なぜ私が「ムカつく」という言葉に違和感があるのかというと、「そんな感情は人前で口にすべきじゃない」という意識があるからです。ごく親しい人に言うのならまだ分かるのですが、そもそも「生きる」ことは苦しいことや辛いことの連続なわけで、言いたいことをそのまま口にしてもいいのなら四六時中「ムカつく」と言っていなければならないことになります。辛いことに比べると、楽しいことや幸せなことは圧倒的に少ないものだ、というのが私の考えです。

 「ムカつく」などという言葉を気軽に、そして何度も繰り返す人たちに対して、「あなたはずっと幸せな気持ちでいなければならないと思っているの?」と尋ねたくなるのです。

 ここで、冒頭で述べたことに戻ります。つまり、承認欲求に捉われ他人からの否定的な言葉に過敏になっている人、上から目線で接する他者に対し不快感が抑えられない人、気に入らないことがあるとすぐに「ムカつく」と言いいつも幸せを求めている人には「共通点」があります。それは「否定的な感情を受け入れることができず常にいい気分でいることを当然と考えている」ということです。

 こういうタイプの人たちからみると、私のような生き方、つまり「人生は辛いことの方が圧倒的に多く小さな幸せがときどきあれば充分」と考えるような人生は随分とつまらないものに思えるでしょう。けれども、果たして本当にそうでしょうか。本当に辛いことはどこかに追いやらねばならないのでしょうか。

 ここで興味深い心理学の研究を紹介しましょう。専門誌「Emotion」2016年版に「悪い気分はそんなに悪くない。否定的な感情と週末の健康との関係(When bad moods may not be so bad: Valuing negative affect is associated with weakened affect-health links.)」という論文が掲載されています。14~88歳の365人が支給されたスマートフォンで毎日6つの質問に答え、回答と生活の満足度との関係が解析されています。その結果、「否定的な感情が有用(useful)である」と答えた人は、否定的な感情を自覚したときに精神的にも身体的にも悪い状態になりにくかったのです。

 この研究結果は当然と言えば当然です。初めから辛いことがあることを前提として生きていれば予期せぬ不幸に見舞われたときにも心が動じないからです。

 ところで私がこのような心理学の論文の存在を知ったのはこの専門誌を定期購読しているからではなく、英国発症の人文社会科学系ポータルサイト「aeon」(日本の流通業のイオンとは無関係です)に掲載されたコラム「悲しみを心配しないで。辛い期間には利点がある(Don’t worry about feeling sad: on the benefits of a blue period)」を読んだことがきっかけです。

 このコラムの最後のパラグラフがうまくまとまっているので少し抜粋してみます。

「悲しみの期間は長期的には我々に利点をもたらす。逆境の経験は回復力につながる。悲しみを避け、無限の幸福(endless happiness)を追い求めれば幸せは得られず、そんなことをしていると真の幸福の恩恵を享受できない」

 他人から承認されなかったとき、上から目線で物を言われたとき、ムカつく体験をしたとき、幸せでないと感じたとき、「それも人生の通過点のひとつなんだ」と思うことができるようになれば「真の幸せ」に近づく。それが私の考えです。

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参考:マンスリーレポート
2017年4月「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」
2013年9月「幸せの方程式」
2019年12月「「承認欲求」から逃れる方法」

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2019年12月28日 土曜日

2019年12月28日 やはり胃薬PPIは認知症のリスクを増やすのか

 胃薬PPIが認知症のリスクを増やす!

 医学誌『JAMA Neurology』2016年2月15日号(オンライン版)に掲載された論文「PPIと認知症の関係(Association of Proton Pump Inhibitors With Risk of Dementia)」でこのような報告がおこなわれ世界中で物議をかもしました。その後「リスクは増えない」という研究も発表され、研究者の間でも意見が別れています(下記「医療ニュース」参照)。

 そして、新たな大規模研究の結果が報告されました。医学誌『European Journal of Clinical Pharmacology』2019年11月21日号(オンライン版)で中国Anhui Medical Universityのun Zhang氏らの論文では「PPRで認知症のリスクが1.3倍」とされています。

 論文のタイトルは「PPIにおける認知症のリスク:コホート研究のメタアナリシス(Proton pump inhibitors use and dementia risk: a meta-analysis of cohort studies)」です。「メタアナリシス」とは過去におこなわれた研究を集めて総合的に再検討することを言います。このメタアナリシスでは過去に欧州及び中国でおこなわれた合計6つの研究が解析されています。合計の対象者は166,146例です。

 結果、PPI使用で認知症のリスクが1.29倍になっているという結論が導かれました(PPI使用5年以上では1.28倍)。欧州だけでみると1.46倍、65歳以上だけでみると1.39倍です。

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 現在PPIを内服している人がこの研究の影響を受けて直ちに中止する必要はありません。ですが、H2ブロッカーなど他の胃薬に変更できないかどうかは主治医と相談してもいいでしょう。また、太融寺町谷口医院の患者さんの印象で言えば、前にかかっていた医療機関であまりにも気軽にPPIが処方されていた人が目立ちます。

 胃の調子が悪いという人のなかには、PPIが必要な人がいるのは事実です。ですが決して気軽に始める薬ではなく、結論が出ておらず異論もあるとはいうものの「認知症のリスクとなるかもしれない」ということは知っておいた方がいいでしょう。

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2018年9月28日「胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!」
2018年5月14日「PPI使用で脳梗塞のリスク認められず」
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2018年4月6日「胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2017年11月15日「ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇」
2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」

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2019年12月28日 土曜日

2019年12月28日 テストステロン補充は心臓発作、脳卒中、血栓症のリスク

 ほとんどテレビを見ずSNSもやらない私は世間の”流行”に疎いのですが、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからの質問で「今、何が流行っているのか」が分かることがあります。ここ1年間で受けた質問で多いのが「男性のテストステロン補充療法は有効か、そして安全か」というもので、なかにはすでに「他院で始めているが大丈夫か」というものもあります。

 テストステロン補充療法は、「中高齢の男性を”元気”にする。気分が晴れやかになり、勃起力も回復する!」という触れ込みで”以前は”海外で随分さかんにおこなわれていましたが、現在は”下火”になっています。米国の医療系ニュースサイト「HealthDay」によると、米国では2001年から2013年までにテストステロン補充療法の処方件数が300%以上増加したものの、FDA(米食品医薬品局)が「危険性」を警告したことがきっかけで、このブームは終息しています。危険性とは、テストステロン補充療法による心筋梗塞や脳卒中のリスク上昇です。

 そのFDAの「警告」は2014年1月31日に発表されました。ただちに全員が中止せよ、と言っているわけではありませんし、結論は避けたような表現をとっていますが、「テストステロン療法受けると脳卒中、心臓発作、および死亡のリスクが30%増加する」という結論の研究を引き合いに出して注意を促しています。

 しかしながら、先述の「HealthDay」によると、2016年の時点で全米でテストステロン補充療法を受けている30歳以上の男性は100万人を超えているそうです。

 テストステロンの危険性は心臓発作や脳卒中だけではありません。「HealthDay」の関連サイトで医師向けのサイト「Physician’s Briefing」は、医学誌『JAMA Internal Medicine』2019年11月11日(オンライン版)に掲載された論文「性腺機能低下症のない男性におけるテストステロン補充療法と深部静脈血栓症の関係(Association of Testosterone Therapy With Risk of Venous Thromboembolism Among Men With and Without Hypogonadism)」を紹介し、テストステロン補充療法が深部静脈血栓症(DVT)のリスクであることを伝えています。

 この論文によると、性腺機能低下症がないテストステロン補充療法を受けていた男性が6か月以内にDVTを発症するリスクが2.32倍(性腺機能低下症の診断がついている男性は2.02倍)に上昇していました。

 このリスクは高齢者より中年男性で高いようです。同論文によると、65歳未満の男性ではリスクが2.99倍上昇するのに対し、65歳以上では1.68倍です。

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 テストステロン補充療法の普及について知り合いの泌尿器科医に聞いてみると、(安全性はともかく)効果は確実にあり一度注射するとやめられなくなる患者が多いそうです。危険性を繰り返し伝えても「責任は自分がとるから注射を続けてほしい」という希望も多いのだとか。

 我々は歴史から学ばなければなりません。女性ホルモン補充療法の有効性と安全性が調査された大規模研究WHI(Women’s Health Initiative study)では、乳がんのリスクが当初予想されていたよりもはるかに高いことがわかり、当初の研究の終了予定を待たずに中止されたという経緯があります。もちろん、これが女性ホルモンがすべての人に使えないことを意味しているわけではありませんが、充分に慎重にならねばらないのは確実です。

 谷口医院の患者さんからの情報によると、テストステロン補充療法を勧める医師のなかには「テストステロン補充療法の効果は絶大で安全」とさかんに謳い勧め、なかには、自らがこの治療をおこない高齢で元気であることをアピールしている医師もいるとか。実際にこの治療を始めた40代前半の患者さんによると、「危険性の説明はまったくなかった」そうです。ちなみに、現在この患者さんは(私が危険性を説明したからなのか)この治療をやめています。そして、テストステロンレベルを自然に上げるために「運動」を開始し現在調子がいいと言います。

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2019年12月19日 木曜日

第196回(2019年12月) “遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」

 科学的根拠がない数万円もする検査で被害に会う人が後を絶たない……。

 これが”遅延型食物アレルギー”の実態であることを2014年12月に紹介しました(医療ニュース「「遅延型食物アレルギー」に騙されないで!」)。読者の方からこの記事に対して質問を受けることが多く、またこの記事を読んで太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診した患者さんも少なくありません。さらに、メディアからの問い合わせも多数ありました。

 この記事を書いた今から2014年頃は一種の社会問題になりつつあり、日本小児アレルギー学会や日本アレルギー学会もこのような検査には科学的な根拠がなく受けるべきでないことを発表しました。日本アレルギー学会というのは1952年に設立された長い歴史を持つ日本で最大のアレルギー関連の学会です。その学会が正式に「注意喚起」を発表したわけですから(発表は2015年2月)、これで世間の誤解は収束し、今後はこのようないい加減な検査はなくなっていくだろうと私は見ていました。

 ところが、まるでこの注意喚起が無視されているかのように、その後も被害に会う人が続出しています。相変わらず谷口医院に初診で来られて「数万円もの検査を受けた結果、卵をやめるように言われたが…」という相談があります。驚くべきことに、当初私はこのような検査をおこなうのは医療機関ではないだろうと思っていたのですが、保険診療をおこなっている普通の診療所/クリニックで検査を受けたという人もいました。

 メディアからの問い合わせも変わってきました。2014年の時点では「正しい検査なのか?」という問い合わせが多かったのに対し、最近では「”遅延型食物アレルギー”というものがあることを前提に」質問されることが増えてきているのです。

 『週刊新潮』は2019年10月24日号で、ラグビー・ワールドカップで活躍した堀江翔太さんを取り上げ、妻・友加里さんの手記を紹介しています。少し長くなりますが同紙の記事を引用してみます。

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<30歳を過ぎて体の変化を感じて遅延アレルギー(食物過敏)の検査をしました。卵、小麦、牛乳、パンは食べられない。だから玄米、みそ汁、メインはお魚か鶏肉。お酒はテキーラだけ。(中略)。体に合う食事でパフォーマンスにつなげる努力をしています>(9月21日付「スポーツ報知」)
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 最後に「スポーツ報知」からの引用であることを断っています。「自分たちが主張しているわけではない」ということを言いたいのだとは思いますが、まったく否定もされておらず、日本を代表する週刊誌がこの”病気”を認めているような書き方です。

 さらに調べてみると、”遅延型食物アレルギー”という”神話”は世界中で流布されているようです。米国の医療界もこれを問題と考えており、米国アレルギー・喘息・免疫学学会(American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology)はChoosing Wiselyのトップに「(”遅延型食物アレルギー”を調べるときに計測する)血中IgG抗体の検査は無駄である」を挙げています。Choosing Wiselyはこのサイトで何度も取り上げているように「無駄な医療、すべきでない医療」のことです(参照:「Choosing Wisely Top 10」)。

 では、医学会や(ほとんどの)医師が「意味がないからすべきでない」と考えている検査が廃れるどころか”信者”を増やしているのはなぜでしょうか。しかも谷口医院の経験から言えば、”信者”は情報社会から取り残されているような人ではなく、むしろその逆に高学歴・高収入の人が多いのです。私は”信者”が増える3つの理由を考えています。

 ひとつは「遅発型食物アレルギー」との混乱です。食物アレルギーの大半は食べた直後に症状が出ますが、一部には例外がありこの例外を「遅発型食物アレルギー」と呼びます。この実際に存在するアレルギーと神話の”遅延型食物アレルギー”がごちゃ混ぜになっているように思えるのです。遅発型食物アレルギーについては過去にも述べたことがありますが、ここでもう一度紹介しておきたいと思います。

・肉アレルギー:食べてから数時間後に発症することが多い。大腸がんなどの治療に用いるセツキシマブを使用したことがある人、マダニに刺されたことのある人に起こりやすい。

・納豆アレルギー:食べてから半日ぐらいたってから発症することが多い。ネバネバした成分がクラゲと共通しているためクラゲに刺されたことがある人に起こりやすい。患者の多くはサーファーと言われているが海に縁のない人にも生じている。

・アニサキスアレルギー:食直後に生じることもあるが数時間後に発症することもある(参考:はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。

・食物依存性運動誘発性アナフィラキシー:摂取後数時間後に発症することが多い。原因として多い食物は小麦、魚介類、野菜・果物。また、このアナフィラキシーの特殊型として「茶のしずく石鹸」で有名になったグルパール19Sによる小麦依存性運動誘発性アナフィラキシーがある(参照:はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」)。

 実際に存在する遅発型食物アレルギーで有名なものはこれくらいです。これらと”遅延型食物アレルギー”が混乱されているのではないか、というのが私の考えです。そして、”遅延型食物アレルギー”の神話がなくならない理由として私が考えている2つめが以前も取り上げた「好酸球性胃腸炎」です(参照:はやりの病気第170回(2017年10月)「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」)。

 好酸球性胃腸炎(及び好酸球性食道炎)は厚労省の指定する「難病」に選定されているくらいですから「稀」とされていますが、実際には軽症例も入れればもっと多いのではないかと私は考えています。なぜなら軽度の胃炎症状などで上部消化管内視鏡(胃カメラ)を実施して”たまたま”好酸球性胃腸炎が見つかることもあるからです。そして、軽度の好酸球性胃腸炎がみつかり、小麦や米を中止すると胃腸の調子がよくなることがあります。

 この人が胃腸の調子が悪かったけれども内視鏡検査を受けておらず、”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦、米、大豆、卵、牛乳などが陽性となりこれらの摂取を避けたとすればどうなるでしょう。当然体調はものすごく良くなります(詳しくは「最も難渋するアレルギー疾患~好酸球性食道炎・胃腸炎~」参照)。この人は、自分は”遅延型食物アレルギー”だと考えるでしょう。実際は好酸球性胃腸炎なのに、です。

 ”遅延型食物アレルギー”がはびこっている原因として私が考える3つめの理由は以前にも紹介した「コムギ/グルテン過敏症」です(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)。この「コムギ/グルテン過敏症」は私が勝手に命名したもので「認めない」という医療者も多いとは思いますが、このコラムで述べたように「コムギ/グルテンをやめると調子がいい」という人が少なくないのは事実です。こういう人が”特殊な”医療機関で”遅延型食物アレルギー”の検査を受け、小麦が陽性となったとすれば”遅延型食物アレルギー”と考えるでしょう。

 最後に改めて”遅延型食物アレルギー”の正体を確認しておきましょう。これは食物の血中IgGが上昇していればアレルギーだとするまったく誤った考えです。日本アレルギー学会が表明しているように、「血清中のIgG抗体のレベルは単に食物の摂取量に比例しているだけ」です。つまり、その日の食事内容によって誰もが上昇する可能性があるわけです。

 こんなものを高額で患者に受けさせている医療機関が実在するのが現実だというわけです。

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2019年12月8日 日曜日

2019年12月 「承認欲求」から逃れる方法

 何年か前から、「承認欲求」という言葉をよく目にするなぁ、と思っていると最近は患者さんからこの言葉を聞く機会が増えてきました。そして、診察室でそういう言葉を口にする患者さんというのは、ほぼ例外なく精神の調子がよくありません。というより「心の悩み」を相談しに来た患者さんが話のなかでこの言葉を使うことが多いのです。

 ネット上でもこの言葉は多数検索されているようで、いろんな人がいろんなことを言っています。「なるほど」と同意できるものもあれば、その逆に反論したくなるようなものもあります。ただ、おしなべて言うとどの書き手も「承認欲求は誰にでもある。強くなりすぎるのはよくない」と言っているような印象があります。

 私としては「う~ん、ちょっと違うんだけどなぁ……」という感覚です。つまり、「承認欲求なんて言葉に捉われずにもっと健全に生きていくことができるのに……」と思わずにいられないのです。そこで今回は「承認欲求の呪縛から逃れる方法」の私見を述べたいと思います。この方法は医学の教科書に載っているわけでもなく科学的なエビデンスがあるわけでもありません。ですが、世の中の原理原則に合致したものだと私は考えています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんの話を紹介しましょう(ただし、プライバシー保護のため細部を変更しています。周囲に似たような人がいたとしてもそれは単なる偶然だと考えてください)。

 20代半ばの女性Aさんは4年前からキャバクラで働いています。谷口医院を受診するのは風邪を引いたとき、じんましんが出たとき、そして定期的な肝機能の検査です。飲酒量が多いAさんは肝臓の数値があまりよくありません。そんなAさんは谷口医院を受診するだけの外出でもきれいに着飾っています。ある日、不眠を訴えたAさんは「お客様のネットでの書き込みに傷ついた」と言います。少し踏み込んだ話をすると「承認欲求」という言葉を口にされました。

 30代前半の男性Bさんは人気の美容師です。自身のブログも人気があり毎日更新し、新しい写真を頻繁に公開しているそうです。勉強熱心でカットやメイクの新しい情報も発信していると言います。感想を寄せてくる人も多く、指名の数はいつもトップです。谷口医院を受診するのは主に喘息と鼻炎ですが、最近あることを告白されました。「3年前から精神科で処方されているデパスをやめたいけどやめられない」と言うのです。詳しく話を聞くうちに「承認欲求」という言葉が出てきました。

 AさんとBさんには共通点と相違点があります。共通点としては二人とも「完璧主義」で「努力家」です。まるで自分に欠点があることが許せないと考えているような印象すらあります。

 異なるのは過去の生い立ちです。Aさんは愛情のある家庭に育ったとは言えず、勉強もできず容姿も美しいとはいえずいじめの被害の経験もあるそうです。高校を中退した彼女はお金をためダイエットに成功し美容外科の手術を何度かうけたと言います。これらがAさんの人生の転機となり、その後は他人から優しくされるようになり男性が寄ってくるようになり、そしてキャバクラで働きだしてから人生が変わったそうです。

 一方Bさんは10代の頃から高身長の美男子でスポーツ万能、サーフィンはかなりの腕前のようです。どこの世界にいても人気者になるという感じです。”華”があり、何をやっても成功しそうな雰囲気が漂っています。

 承認欲求について書かれたネット上の言葉を読んでいると「承認欲求が強いのは幼少時に承認されなかったことが原因」という書き込みが目立ちますが、私自身はその意見には賛成しません。もちろんそういう人もいるでしょうが、Bさんのように対人関係に苦労しているとは思えないような人もいるからです。Bさんも医師の私に言えない幼少時の苦しみがあったとは思いますが、そんなことを言い出せば誰にでもなんらかの辛い経験はあるはずです。

 むしろ私が強い承認欲求を持つ人の特徴だと思うのがAさんとBさんに共通している「完璧主義で努力家」です。こういう人たちは端的に言うと「すべての人から愛されなければ気が済まない」と考えているのではないかと思えてくるほどです。

 承認欲求から逃れるためにはまず「すべての人から愛される人」などこの世に存在しないことを理解すべきです。マハトマ・ガンジーやマザー・テレサですらネット上には悪口があふれています。政治家はどのような業績を挙げようが批判されますし、どれだけの実績を出そうが企業家もバッシングの対象となります。このサイトで何度か述べたように私は稲盛和夫氏から大きな影響を受けていて、私にとって稲盛氏は完璧な方であり氏の悪口を言う者などこの世に存在しないはずだと思っています。しかし、その稲盛氏に対してすら否定的なコメントがネット上にはあります。

 次に「他人から承認されること」を目標とするのが極めて危険であることを理解すべきです。「他人」とは仕事上の顧客や上司はもちろん、身内、あるいは「あなたにとって一番大切な人」であったとしてもです。最も親しい人も含めて「他人」から承認されることを求めすぎると、その「他人」があなたの人生の支配者になってしまいます。その人から認められることが行動の最優先事項となるからです。若い頃に経験する”燃えるような恋”の場合はそれでもいいでしょうが、そういう恋は長続きしないものです。

 承認欲求の呪縛から逃れるために積極的にすべきことがあります。それは「自分のなかに<変わらざる自身>を持つこと」です。自分が何者で何が大切で何のために生きているのか。こういったことを自分自身ではっきりと確立し、それを自分の”中心”に置けば他人の評価など気にならなくなります。

 「そういう考えはひとりよがりでしかない」、あるいは「そんなことを言っていれば(キャバクラや美容院の)顧客が増えないではないか」という考えもあるでしょう。しかし、私は固定客獲得の努力を怠っていいと言っているわけではありません。また、自分にとって大切な人への気遣いをするな、と言っているわけでもありません。自分の命を差し出してでも愛する人を守りたいという気持ちはあっていいと思いますし、そうあるべきだと思うこともあります。ですが、いつも相手に振り回されるような関係では本末転倒です。

 ここで私の個人的な経験を紹介しておきましょう。私は子供の頃から勉強もスポーツもできたわけではありませんし、ひとつめの大学時代に自分がいかに無力であるかということを思い知りました。大学時代に知り合った先輩たちのおかげで世間というものが分かるようになり就職する頃にはそれなりの自信がついていたことは過去のコラムで述べましたが、それでも私の認められ方というのは、たいていは何もできないことを披露して自分が馬鹿であることを分かってもらってそこから頑張るという方法です。

 それまで劣等感を抱えて生きてきた私の人生が一転したのが医学部受験に合格したときです。会う人ほぼ全員から「すごいなぁ」「すごいですねぇ」などと言われ、医学部入学後はどこに行っても一目置かれるという感じで”承認”されるのが当たり前、となりました。私にとってこれは奇妙な体験でした。それまでの人生で承認されることに縁がなかった私は「医学部に合格したくらいで人格が向上するわけでもないのに、こんなことで人を判断するなんて馬鹿げている」と他人からの承認を冷めた目でみていたのです。そして、こういう経験をしたおかげでかえって「<変わらざる自身>を持たなければそのうちにダメになってしまう」ということが分かりました。昔からよく言うように「成功は人間をダメにする」のです。

 この私のエピソードはひとつの教訓と言えると思います。私の医学部受験に賛成する人はほとんどおらず、合格するまでは「無謀なことに挑戦する馬鹿なヤツ」と思われていたわけです。それが合格発表を契機にがらっと変わって”承認”のオンパレードとなったのです。その日を境に”承認”されるにふさわしい人格が私に突然芽生えたとでも言うのでしょうか。つまり、「承認する他人」あるいは「承認しない他人」というのはしょせんその程度のものなわけです。Facebookの「いいね」の数で一喜一憂するなどということがどれだけ馬鹿げたことなのか今一度考えてみるのがいいでしょう。「いいね」に気持ちを揺さぶられるのは<変わらざる自身>を持っていない証なのです。

 <変わらざる自身>を持っていれば、自ずと今何をすべきかが分かるようになります。もしも「何をすべきか分からない」という人がいるとすれば、自分が何者で何が大切で何のために生きているのかということに思いを巡らせて<変わらざる自身>を確立すればいいのです。

 では、具体的にはどのようなことをすればいいのでしょうか。過去に紹介した「ミッション・ステイトメントをつくる」というのは最もお勧めの方法です(下記参照)。また、これも過去に紹介した「人生を逆算する」というのも試してみるべきです(下記参照)。人生はとても短いものです。他人からの承認でなく<変わらざる自身>を維持することに務めればつまらないことに悩む必要はなくなります。そんなことで悩む時間をもったいないと感じるようになるのです。

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参考:
マンスリーレポート
2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」
2016年1月「苦悩の人生とミッション・ステイトメント」
2018年9月「人生を逆算するということ」

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2019年11月25日 月曜日

2019年11月25日 「海の近く」に住めば貧しくても心は安定

 将来はどこに住みたいか、というのは多くの人が考えることで、回答は主に「都会派」か「自然派」に分かれると思います。慌ただしい都会を離れて自然に囲まれた田舎暮らしに憧れる人も少なくないようで、そういった特集を雑誌で見かけることもあります。自然に囲まれた生活をイメージすると「山」と「海」に大きく分けることができます。今回紹介するのは「海の近く」の生活です。ただし、「海に近い都市部」です。

 医学誌『Health & Place』2019年9月号に掲載された論文「イングランドの成人における海との距離と精神状態。収入格差をやわらげる効果も(Coastal proximity and mental health among urban adults in England: The moderating effect of household income)」で述べられているポイントを紹介します。

・海岸から1km以内に住めば精神状態が改善する

・最も収入が低いグループにおいては「海の近く=良い精神状態」の関係が特に強かった

 この研究の対象は「イングランド健康調査(Health Survey for England)」の参加者約25,963人です。都市部に住む成人における「海の近くに住むこと」と「精神状態」、さらに「収入」との関連が調べられています。

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 このようなマイナーな医学誌を取り上げたのは私自身がこの論文のタイトルに魅かれたからです。以前『八月の鯨』という映画を観たとき、ストーリーは私にとってはあまり面白くなく退屈だったのですが、映画に登場する部屋から見える海のシーンがとても美しく「こんな家に住めたらどれだけ幸せだろう」と感じたことがあり、そのシーンだけがその後も私の心に中に何度も登場するのです。ちなみにこの映画は映画ファンの間では軒並み評価が高いようで、その海のシーン以外の良さが分からない私にはセンスがないそうです。

 今回紹介した研究の興味深いところは収入との相関関係が調べられていることです。「低収入でも海を見れば幸せ」と極論することは危険でしょうが、「生きるヒント」になるかもしれません。

 もうひとつ気になるのは、これが「都心部での調査」ということです。都心部の海と田舎の海では違いがあるのでしょうか。あるいは離島はどうなのでしょうか。いつかそんな研究が発表されるのを楽しみにしたいと思います。

参考:
「はやりの病気」第185回(2019年1月)「避けられない大気汚染」
「医療ニュース」2017年3月31日「大通り沿いに住むことが認知症のリスク」

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2019年11月23日 土曜日

2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク

 いまだに一般のメディアでは大きく取り上げられておらず世間の関心も高くなく、さらに医療者の間でもあまり話題にならないのですが、2014年頃から「CTE(慢性外傷性脳症)」のリスクについて私自身は日ごろの外来で患者さんに伝えるようにしています。また、このサイトを読まれた人たちから質問が寄せられることもあります。

 これほど重要な疾患がなぜ世間で重視されないのか私には皆目見当がつきません。2016年にはCTEを取り上げたウイル・スミス主演の映画『コンカッション』が日本でも公開されたのですが、なぜか単館系での上映のみで期間も短くあまり話題になりませんでした。ちなみに、主演のウイル・スミスはゴールデングローブ賞で最優秀主演男優賞(ドラマ部門)にノミネートされています。

 一方、海外ではCTEに関する研究が増えてきており一般のメディアも報道しています。今回は「やっぱりサッカーも危険だった」という研究を紹介しますが、その前にこのサイトでこれまで述べてきたことを簡単にまとめておきましょう。

・CTEは格闘技やアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツで脳震盪を起こすことが原因。

・NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は当初アメリカンフットボールとCTEの因果関係を否定していたがその後認めるようになった。2015年4月時点で、CTEを発症した元アメリカンフットボールの選手5千人以上に対し、NFLは総額10億ドルを支払うことで和解した(「The New York Times」の記事より)。

・病理解剖の研究によれば、元アメリカンフットボール選手の87%がCTEだった(医学誌『JAMA』2017年7月25日号の論文より)。

・コンタクトスポーツ経験者の3割以上がCTEになることが、米国の脳バンク(ブレインバンク)に集められた脳の検体から明らかとなった(医学誌『Acta Neuropathologica』2015年3月の論文より)。

・米国小児科学会(AAP)のスポーツ医学・フィットネス委員会(COUNCIL ON SPORTS MEDICINE AND FITNESS)は「未成年が格闘技をおこなうのなら非接触型にしなければならない」と勧告した(医学誌『Pediatrics』2016年12月号の論文より)。

・サッカーでヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上となる(医学誌『Neurology』2017年2月1日号の論文より)。

・イングランドの元ストライカーJeff Astle氏が若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界した(報道は「The Telegraph」)。

・オバマ元大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言した(「The Newyorker」より)。

 ここからが今回の研究の紹介です。結論を言えば「サッカー選手は認知症になりやすい」です。医学誌「New England Journal of Medicine」2019年10月21日号(オンライン版)に「元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率Neurodegenerative Disease Mortality among Former Professional Soccer Players」というタイトルの論文が掲載されました。

 研究の対象はスコットランドの元プロサッカー選手7,676例。対照には同年代の一般住民23,028例が選ばれています。追跡期間の中央値は18年以上で、その間に元サッカー選手1,180人(15.4%)、対照群3,807人(16.5%)が死亡しています。ポイントは次の通りです。

・全死因の死亡率については、70歳までは元サッカー選手が一般人よりも低かった。しかしその後は逆転している。

・元サッカー選手の神経変性疾患による死亡率は一般人の3.45倍。

・元サッカー選手のアルツハイマー病での死亡率は一般人の5.07倍。

・元サッカー選手は一般人よりも虚血性心疾患による死亡率は20%低い。

・元サッカー選手は一般人よりも肺がんでの死亡率は47%低い。

・元サッカー選手は一般人よりも認知症関連の薬の処方頻度が高い。

・ゴールキーパーはゴールキーパー以外の選手と比べて認知症薬の処方頻度は59%低い。

 これらをまとめると、「サッカーをすれば心臓と肺が強くなるが、神経の病気のリスクが高くなる。特にアルツハイマーのリスクが高い。その原因はヘディングをするからだ」、となります。

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 これまでアメリカンフットボールによるCTEの研究がたくさん米国でおこなわれているのは米国ではサッカーの人口が少ないからでしょう。一方、スコットランドではサッカーが国民的スポーツです。今後欧州の他の地域や南米でもサッカーとCTEを結びつける研究が出てくるかもしれません。しかし、それを待つのではなく、この時点で我々は、そして我々の子供はコンタクトスポーツを続けていいのか、という問題を真剣に考えるべきではないかと私には思えます。

 今年の盛り上がりに水を差すようですが、それはラグビーでも同様です。

はやりの病気
第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
医療ニュース
2017年8月30日「アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!」
2017年3月6日「ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク」
2016年12月26日「未成年の格闘技は禁止すべきか」
2016年10月14日 「コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症」
2015年5月9日「脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに」

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2019年11月20日 水曜日

第195回(2019年11月) 本当はもっと多い(かもしれない)腸チフス

 数年前から複数のメディアから取材を受けることが多い感染症が「梅毒」です。「梅毒が急増している」と言われ、たしかに統計上もそのようになっています。しかし、実感としてはそんなことはなく「梅毒は昔から珍しくなかった」というのが、私が言い続けているコメントです(例えば、毎日新聞「医療プレミア」「再考 梅毒が「急増している」本当の理由」)。

 実際、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では梅毒の新規感染者は過去13年間で大きな推移はあまりありません。ただし「内訳」は大きく異なっています。オープンした2007年から2014年頃までは、梅毒の診断がつくケースの大半が「他院では治らなかった皮疹」で受診、というケースです。他には「原因不明のリンパ節腫脹」「長引く咽頭痛」などから診断がついたこともありましたが、圧倒的に多いのが皮疹です。なかには大学病院で生検(皮膚の一部を切除する検査)までおこなわれて結局診断がついていないという症例もありました。

 一方、最近梅毒の診断がつくのは、保健所などの無料スクリーニング検査で「疑いがある」と言われて谷口医院を受診したというケースです。梅毒は自然治癒もありますし、別の理由で抗菌薬を処方されてしらない間に治っていたということもよくあります。以前、どこかの政治家が「梅毒が増えているのは中国人が持ち込んだからだ」と発言して問題になったことがあります。そのような事実が確認されたわけではありませんし、もしもこのような事実があるなら梅毒以外の性感染症も増えているはずです。梅毒だけが”統計上”増えているのは昔からあったものが見逃されていただけだ、と考える方がずっと自然です。

 さて、今回お話したいのは梅毒ではなく「腸チフス」です。この感染症は梅毒より遥かに少ないのは事実ですが、実はそれなりに多いのではないか、というのが、私が考えていることです。その理由を述べる前に腸チフス全体のおさらいをしておきましょう。

 腸チフスはチフス菌と呼ばれるグラム陰性桿菌(グラム染色でピンクに染まる長細い菌)で、主に食べ物を介して口から感染します。インドやパキスタンといった南アジアでの感染が最も多く、日本人が現地で感染することも珍しくありません。かつての日本でも猛威を振るい太平洋戦争の頃は年間数万人が罹患していたそうです。その後抗菌薬の普及により90年代にはパラチフス(注1)と合わせて年間100人程度で推移しています。その大半が海外で感染し帰国して発覚というパターンです。

 しかし2014年に集団感染が報告されました。医療ニュース2014年10月6日「東京のカレー屋で腸チフスの集団感染」で紹介したように、東京のカレー屋で8人の男女が食中毒症状を訴え、そのなかの6人からチフス菌が検出されたのです。保健所の調査により、最終的には合計18人がこのカレー屋の料理で感染していたことが分かりました(注2)。インドに帰国していた従業員が現地で感染し、日本に戻ってきて調理した生サラダにチフス菌が混入したものと当局は推定しました。尚、当事者のインド人は無症状だったそうです。

 この食中毒事件を「稀な事件」と捉えていいでしょうか。私の答えは「否」であり、たとえ海外渡航しなくても日本人にもリスクはあると考えています。したがって、まず自分自身を守らなければならないと判断し、私自身がワクチンを接種しました。といってもこのワクチンは日本では認可されていませんから、タイ渡航時に知人の医師が勤務する医療機関で接種しました。

 「日本人にもリスクがあり、実際には感染者数がもっと多い」と私が考える理由を述べていきます。

 まずひとつめに「感染しても気付いていない人」がそれなりにいます。実際、件のカレー屋のインド人は自分自身が感染したことに気づいていなかったわけですし、当局のこの調査でさらに無症状病原体保有者が1名確認されています。

 次に「感染しても軽症で済む人」がそれなりにいます。軽症の人は医療機関を受診しませんから、感染して軽い症状が出たが自然に治癒した、もしくは症状がとれて保菌者となった、という人がそれなりにいるはずです。

 その次に考えられることとして、「それなりの症状が出て医療機関を受診したけれども正確な診断がつかなかった。しかし抗菌薬が処方されて結果的に治った」という例もかなりあると私はみています。これはちょうど冒頭で述べた梅毒と同じで、実際の臨床現場では「とりあえず抗菌薬が処方されて診断がつかぬまま治った」というケースがかなりあるのです。ちなみに、私自身は「安易に抗菌薬を使うな。抗菌薬を処方するのは原因菌が特定されたかまたは強い根拠を持って推測できるときだけにしなければならない」と医療者に対して言い続けています。

 まだあります。通常下痢や発熱が生じると患者さんも我々医師も食中毒の可能性を考えますが、下痢が起こらなかったときはどうでしょう。腸チフスは高熱と皮疹が出ても必ずしも下痢が起こるとは限りません。便秘となることもあります。このような状態で食中毒を、さらに腸チフスを疑うことができるでしょうか。

 海外渡航歴のない国内発症例はどれくらい報告されているのでしょうか。国立感染症研究所の報告によれば、2013年1月から9月末までの9ヶ月で合計49例の腸チフス報告があり、そのうち18例は明らかな海外渡航歴のない国内感染例です。同研究所によれば、この18人がどのように感染したのかについてはほとんどが不明です。

 米国では果物からの感染が報告されています。2010年、国外から輸入されたmamey(日本語では何と呼ぶのでしょう。私は食べたことがありません)の冷凍果肉からの感染がCDCにより報告されています。

 こういったことを踏まえると、海外に渡航しない日本人が腸チフスに感染する可能性は決して少なくないと考えるべきです。そして、腸チフスがやっかいなのは(梅毒と異なり)重症化することがあるという事実です。最近は薬剤耐性菌が増えてきており強力な抗菌薬の長期投与を余儀なくされる例も増えてきています。

 こう考えるとワクチンをうちたくなる人もでてくるでしょう。実際、谷口医院にも感染症に興味のある患者さんからはそのような要望が寄せられています。私自身がおこなったようにタイでのワクチン接種を勧めているのですが、そんなに簡単に海外には行けないという人もいます。谷口医院は未認可のワクチンを扱わない方針なのですが、あまりにも要望が多いこともあり例外的に腸チフスのワクチンを入荷させることにしました。ただし、輸入には様々な経費がかかることから当然のことながら高くなります。私がタイで接種したワクチンは約500バーツ(約1,500円)でしたが、谷口医院での費用は8,800円になります(注3)。

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注1:腸チフスと似た名前の感染症にパラチフスと発疹チフスがあります。パラチフスは細菌学的に腸チフスと似ています。ただし腸チフスのワクチンは効きません。しかし一般にパラチフスは腸チフスよりも軽症です。発疹チフスは「チフス」の文字が入っていますが、細菌学的に腸チフスやパラチフスとはまったく異なる種類で、リケッチアと呼ばれる病原体が原因です。なぜ、全然違う種類の病原体に同じような名前が付けられたかと言うと、腸チフス、パラチフス、発疹チフスのいずれも似たような発疹を呈するからです。ちなみにこれらの発疹は梅毒のときに生じる皮疹と似ていることがあります。話はまだややこしくなります。腸チフス、パラチフスは英語ではそれぞれTyphoid Fever, Paratyphoid Feverというのですが、腸チフス菌、パラチフス菌を英語ではSalmonella Typhi、Salmonella Paratyphi Aと呼びます。つまり、これら2つの菌はサルモネラ属に属する、つまりサルモネラ菌と同じ仲間なのです。

注2:この事件の概要は国立感染症研究所が報告しています。

注3:他のワクチンも驚くほど安いことから、私は海外渡航の多い人にはタイでの接種を勧めることがしばしばあります。例えば、麻疹・風疹・おたふく風邪の三種のワクチンを日本で接種すれば合計16,000円(谷口医院の場合)かかりますが、バンコクのマヒドン大学にある「Thai Travel Clinic」ではわずか227バーツ(約800円)です(2019年11月20日現在)。

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