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2020年6月14日 日曜日
2020年6月 「我々の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの」ではない
「ピケティに次ぐ欧州の知性」と呼ばれている若きオランダの歴史家ルトガー・ブレグマン(なんとまだ32歳!)は、最近『Humankind: A Hopeful History』というタイトルの書籍を出版しました(私はまだ読んでいませんが)。出版に際して、英紙「The Guardian」はブレグマンのインタビュー記事を掲載しています。著書のタイトルから分かるように、ブレグマンは「歴史は希望に満ち溢れている」と考えていて、The Guardianは「UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)を以前から絶賛しているブレグマンはポストコロナでさらに注目されるだろう」と分析しています。その記事でブレグマンは「我々の本質は優しくて思いやりがあり助けあうもの(Our true nature is to be kind, caring and cooperative)」と述べています。
世界中から注目されている偉大な歴史家を安易に批判したくはありませんが、私には到底ブレグマンの主張に同意できません。ただし、ブレグマンが人気があるのは分かります。なぜならほとんどの人にとって「希望のある明るい話」は心地いいからです。現在のように閉塞感が社会を支配しているときにはなおさらです。ですから、私のような悲観的な物の見方をする者は大勢から嫌われて相手にされないわけです。
ですが、最も大切なのは楽観論か悲観論かという二元論的な議論ではなく「現実」を正確に分析することです。
新型コロナ流行後の「悲しい事件」を挙げればきりがありませんが、今回はまず映像付きのこの記事を紹介しましょう。記事では国籍には触れられていませんがアジア人のカップルがシアトルで米国人に襲われています。たまたまこのシーンが防犯カメラに捉えられていて世界中で報道されたのです。
よく言われるように米国人は中国人・韓国人・日本人の区別がつきませんから、もしも日本人のあなたが同じ状況にいれば暴行を受けた可能性もあるわけです。3月にはパレスチナ人の女性が日本人女性を「コロナ、コロナ」とからかい、日本人女性がスマホでそのパレスチナ人を撮影しようとしたところ、パレスチナ人女性が逆上し日本人に襲い掛かるという事件が起こりました。この事件も防犯カメラに偶然うつっていて拡散されました。
新型コロナのせいでこのような事件が増えていますが、アジア人差別は今に始まったことではありません。欧米で最も差別が少ないと言われている米国の西海岸でさえも、です。西海岸で日本人に人気があるのはシアトルの他、ポートランド、サンフランシスコ、ロサンゼルスあたりだと思います。これらの地でも長期滞在すれば否が応でも辛い経験をすると聞きます。
フランス人は「フランスには差別がない」と言いますが、「The Guardian」の記事によると、2016年には20代のアフリカ系フランス人男性が警察の職務質問を受け、連行され警察署で死亡しています。先日(2020年5月25日)ミネアポリス近郊で警察官に殺害されたアフリカ系アメリカ人ラッパーの黒人男性を彷彿させる事件です。
新型コロナ流行以降の日本人が日本人を差別する事件も、すでにこのサイトで何度か紹介しました。医療者による医療者の差別もあれば、美容室の予約を断られた医療者もいます。なかには「感染が起きた病院関係者に「ごえんりょを」」と張り紙をした美容院もあるとか。また、自身が医療従事者であるという理由だけで子供の登園を認められなかった事件が続出し、厚労省は4月17日に「医療従事者等の子どもに対する保育所等における新型コロナウイルスへの対応について」という異例の通知を全国の自治体に出しました。
もちろん差別される対象は医療者だけではありません。新型コロナウイルスに感染した人への差別や海外からの帰国者に対する差別もあります。なかには感染したことが原因で仕事をなくし、さらに引っ越しを余儀なくされた人もいると聞きます。
人間とはなんと残酷な生き物なのでしょう。感染した人にいったいどんな罪があると言うのでしょう。私には新型コロナに感染した人を差別するのは、まるで交通事故の被害者を犯罪者扱いし加害者の責任を問わないような行為に思えます。また、感染して重症化している人たちの命を救うために仕事をしている医療者やその家族を差別するなどという行為はまったく理解できません。
すでに新型コロナは「知識」(とちょっとした「訓練」)でほぼ100%感染を防ぐことができることが分っています(参照:「新型コロナ 感染防止に自信が持てる知識と習慣」)。過剰に怖がり感染者や医療者を差別する人たちは、そういった知識がないことを暴露しているようなものです。
もちろん今後の動向を楽観視してはいけません。どの国もこのまま”鎖国”もしくはそれに近い状態を続けて海外渡航の制限を続けるなら、日本でもやがて新型コロナは終息していくでしょう。ですが、いつまでもこの状態を続けるわけにはいきません。近いうちに海外渡航を緩和し国際間での人の移動を元に戻すべきです。もしかすると、この考えに反対する人もいるかもしれません。たとえば厭世主義に陥り、他人との接触を極力避け人気のない地域に住むことを考えるような人たちは、鎖国を続けるべきだ、というかもしれません。
私はそのような厭世主義には同意できません。私は自分自身を悲観主義者だと思っていますが、悲観主義と厭世主義は異なる概念です。私の考えは、「世界は交流を活発にし、貧困、戦争回避、地球温暖化などの問題に共に立ち向かっていかねばならない」というものです。もちろん、新型コロナを含めた医療に関する諸問題も世界が一丸とならねばなりません。”鎖国”している場合ではないのです。
しかし、「人類皆兄弟」などと言って、簡単に人を信用し性善説に基づいた行動をとるのは危険すぎます。私は、基本的に人間は残酷で非情なものと考えるべきだと思っています。それが言い過ぎだとしても、人間はときに残酷で非情な存在となり得る、というのは真実だと思います。この私の意見に反対する人には、先述した目を覆いたくなるような差別の数々について考えてもらいたいと思います。
とはいえ、私自身以前はこのような悲観的な考えは持っていませんでした。ほとんどの諍い事は「誤解」から来ているわけで、きちんと話し合えば人間は皆分かり合えるとかつての私は本気で思っていました。それが幻想であることに突然気付いたわけではありません。他人の残酷な行為や裏切りを見聞きするにつれて、少しずつ人間の非情さを認めざるを得なくなったというのが実際のところです。
冒頭で紹介したブレグマンの現在の年齢と同じ32歳の頃、私は医学部の6回生でした。この頃には医師になることを決めており(医学部入学当時は研究者志向で医師になるつもりはありませんでした)、医療に関するすべての「誤解」(それは患者さんの医療不信であったり、特定の病気に対する偏見などであったり、です)は自分の力で解いてみせる、と意気込んでいました。
しかし、その後様々な現実を目の当たりにし(それは医療の世界もプライベートも含めて)、「人間は残酷で非情なもの」という結論に達しました。けれども、だからこそ、あるべき人間の姿、つまり「人間は利他的な存在であるべきだ」ということを強く実感するようになりました。「我々の本質は、優しくなくて、思いやりがなくて、助けあうことなど考えない」と認識した上で、病気や人種で他人を蔑むことがどれだけ愚かなことかをこれからも訴え続けていくつもりです。
そんな私はブレグマンの20年後の著作を楽しみにしています。
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|2020年5月6日 水曜日
第201回(2020年5月) ポストコロナのパラダイムシフト~元の世界には戻らない~
今月号(2020年5月号)の「マンスリーレポート」で述べたように新型コロナは医療界のみならず世界史を塗る変えるほどのインパクトがあります。その理由として、①決して軽症の感染症ではなく(インフルエンザとはまったく異なる)若年者の死亡例も少なくない、②脳、心臓、腎臓など全身の臓器を障害し足の切断もありうる、③無症状者から感染する、④すでに世界中に広がっている、といったことが挙げられます。
上記①②と似た感染症にエボラ出血熱があります。一般に「出血熱」と名の付く感染症は致死率が高いと考えて差し支えありません。マールブルグ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、デング出血熱などで、これらは「死を覚悟せねばならない」感染症です。ただし、これらはそう簡単にはかかりません。地域が限定されているからです(デング出血熱はデング熱の重症型ですが繰り返し感染しなければ発症しません)。ですから、日本に住んでいる限りエボラ出血熱やクリミア・コンゴ出血熱に怯えて暮らす必要はありません。いくら重症化しようが感染の可能性がなければ心配不要なわけです。
ところが①②に③と④が加わると状況は一転します。すでに社会に蔓延しており、感染者は自分が感染していることに気づいておらず、そういった人から感染させられると、感染させた本人は軽症なのに感染させられた自分が死に至るということもあるわけです。まるでゾンビのようです。実際、私は新型コロナ重症化のいくつかの情報を入手した時、数年前の韓国映画「新感染」を思い出さずにいられませんでした。
ここで断っておきたいのは、私は患者さんに不安を煽りたくないということです。ですが、おしなべて言えばまだまだ多くの人がこの感染症を軽く考えすぎています。よくメディアは「感染しても8割は軽症」と言います。この「軽症」の意味が世間では誤解されています。我々医療者が言う「重症」というのは、人工呼吸器が必要、あるいはそこまではいかなくても入院して酸素投与が必要な場合を言います。つまり「軽症」というのはそこまでの治療はその時点で不要という意味に過ぎません。感染者の声を聞いてもらえれば分かると思いますが、30代であったとしても数日間はトイレに這っていかねばならないほど倦怠感が強くなることもあるのです。そして、重要なのはそれで済まないことです。今月号の「マンスリーレポート」にも書いたように「後遺症」が長期間(あるいは生涯)残る可能性もあります。
上記①②③④のなかで、①②④の3つは医療界のみで解決すべきことです。問題は③の「無症状者からの感染」です。といってもまったくの無症状者、つまり感染してもまったく症状が出ずに治癒する人からの感染はほとんどないとされています。「無症状者からの感染」のほとんどは「発症前数日間の感染」です。数日後に発熱を起こさない、あるいは数日後に味覚がおかしくならない、と100%の確証を持って言える人はどこにもいません。ということは、目の前の人がどれだけ元気であろうが、その人の数日後の様態が分からない以上はすべての人から感染させられる可能性がでてきます(参考:毎日新聞「医療プレミア」2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。
今、私は「すべての人から感染させられる」と言いました。これには反論があるでしょう。「一度感染して治った人からは感染しないんじゃないの?」というものです。しかし、新型コロナに感染してできる抗体は中和抗体(ウイルスをやっつけてくれる抗体)である保証はどこにもありません。例えばC型肝炎ウイルスやHIVは感染すると抗体ができますが、この抗体は新たに体内に入ってくる病原体を退治することはできません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。また、新型コロナはすでに遺伝子の変異が複数みつかっています。一度感染した人が今度は違う遺伝子型に感染、ということも起こり得ます。
というわけで、過去に新型コロナに感染したことがあろうがなかろうが、いついかなるときに誰と出会おうが、その時は元気だったその人から新型コロナウイルスに感染させられて10日後には人工呼吸器につながれて……、という可能性があります。特に、若い人と接するのが危険になります。なぜなら若い人の場合、例えばごく軽度の味覚障害や鼻水といった、症状がほとんどでないケースが多いからです。
マスクの効果について復習をしましょう。すでに何度か述べましたが、マスクをしたからとって新型ウイルスに「感染させられない」効果はほとんどありません。サージカルマスク(医療者が通常装着しているマスク)を用いても期待できません。まして布マスクなど(感染させられない、という意味では)ほとんど役に立ちません。N-95と呼ばれる特殊なマスクは結核には有効ですが、新型コロナを完全に予防できる保証はありません。ですが、「他人に感染させない」という意味では、完璧とは言えないものの、かなりそのリスクを下げることができます(参考:毎日新聞医療プレミア2020年4月20日「新型コロナ 「マスク着用」に二つのリスク」)。きちんと検証したデータは見当たりませんが、おそらく布マスクでも「他人に感染させない」という意味ではかなりの効果が期待できます。
すると、ここから導かれる結論は「他人と会うときにはマスクを外さないのがルール」となります。これが社会を大きく変えるのは明らかです。これからは他人の前で自身の鼻と口を見せてはいけなくなるのです。ちょうどブルカやニカブを身に纏ったムスリムの女性のようなファッションが求められるようになるかもしれません(ちなみに、東南アジア、例えばタイ南部やマレーシア、インドネシアではムスリムの女性はヒジャブと呼ばれるスカーフをしていますが、これは鼻と口を覆いません)。
これからは、ビジネスの場面ではもちろん、プライベートも含めてよほど親しい関係にならなくては他人の前でマスクを外せないことになります。マスクなしで外に出て他人に近づく行為は今後「罪」となるかもしれません。実際、すでにマスクなしの外出で罰金が課せられる国もありますし、そこまで強制されなくても、「外でマスクを外す行為は人前で下着姿になるようなもの」と世論が考えるようになるのではないでしょうか。
現在稼働しているライブハウスはほとんどないと思います。緊急事態宣言が解消されれば再稼働できるのでしょうか。ここで確認しておきたいのが緊急事態宣言の「意味」です。緊急事態宣言はあなたのために政府が発令したわけではありません。あなたのためではなく「社会のため」です。このままだと新型コロナの患者で病院があふれてしまい、他の疾患の治療ができなくなるために宣言が出されたわけです。「国民の6~7割が免疫を持てば……」という議論がよくあります。これは「6~7割が免疫を持てば社会が維持できる」という意味であって、あなたが感染しない、ということではありません。つまり、ワクチンや中和抗体のおかげで感染しない人が6~7割になったとしても、あなたが残りの3~4割に入るのであれば感染して重症化する可能性はあるわけです。それに上述したようにいったん感染した後に免疫が成立するかどうかも現時点では分かっていません。
そういう意味で、ライブハウスが再稼働できたとしても元のように盛況する可能性は低いと思います。もちろんライブハウスだけではありません。宴会の自粛はこのまま続き、居酒屋、焼き鳥屋、寿司屋などを訪れる人数も元には戻らないでしょう。つまり、コロナ以前の社会にはもう戻らないと考えるべきなのです。もちろん、強力なワクチンや特効薬が開発されれば話は変わってきます。ですから私自身もそういったものに期待はしています。ですが、中和抗体ができて長期間有効なワクチンが開発される見込みは現時点では乏しいですし、遺伝子の変異がすでに報告されている以上、どの遺伝子型にも効く特効薬はそう簡単には期待できません。
ではどうすればいいのか。まずすべきは「もうコロナ前の社会には戻らない」ことを認識することです。私見を述べていいのなら、この閉塞感を破るためにも「マスクのファッション化」を提案したいと思います。布マスクなら誰にでもつくれますし、ファッションセンスがある人なら「思わず身に纏いたくなるようなマスク」をつくることができるのではないでしょうか。アパレルメーカーはマスク売り場を正面に持ってくるのです。
飲食店ができることは……、美容室がすべきことは……、試みるべきことはいくらでもあるはずです。私自身もいくつかのアイデアを持っていますが、門外漢のおせっかいになりますから控えておきます。
最後にもう一度私見をまとめておきます。他人の前でマスクを外せなくなることで世の中がドラスティックに変化します。パラダイムシフトと呼べるレベルの変化が世界に訪れます。我々はポストコロナを生きていくしかないのです。
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|2020年5月6日 水曜日
2020年5月 ポストコロナをどう生きるか
ほんの2カ月前までは、まだ世界中の多くの人が「インフルエンザをちょっと重症化させただけ」と考えていた新型コロナ。今も楽観論を唱える人がいるのは事実ですが、それは危険な考えです。1918年に流行が始まったスペイン風邪に例える人もいて、そういう人たちの一部は、死亡数の比較を持ち出して「新型コロナの方がずっと軽症」と言います。たしかに数の上ではそうなのですが、事の深刻度は新型コロナの方が圧倒的に高いのは間違いありません。新型コロナは医療のあり方を一転させ、そして社会にも歴史を塗り替えるほどのインパクトを与えています。今回は、いわば「ポストコロナ」の社会についての私見も述べたいと思います。
先に新型コロナの「重症性」について確認していきましょう。私自身が新型コロナを「これは大変なことになる」と確信したのは2月7日、中国の武漢中心医院の30代の医師・李文亮氏が死亡した時でした。通常のインフルエンザで30代の医師が死ぬことはありません。その後中国では20代の医師が死亡し、欧州では大勢の若い医療者が他界しています。当初は、小児の重症化はないと言われていましたが、(日本での報告は幸いまだないものの)欧米では20歳未満の子供たちも犠牲になっています。日本人は(BCG接種のおかげで、という人もいますがこれは疑わしいです)重症化しないと言う声がある一方で、ニューヨークで新型コロナに感染した2人の日本人医師(30代と40代)は「死」を覚悟したことをメディアの取材に答えています(参考:「NYの日本人医師感染 軽い違和感が、まさか死の恐怖に」 「新型コロナに感染したNYの日本人医師が警告。「自分は『無症状感染』かもと思って行動して」)。
なぜ重症化するのかを確認しておきましょう。当初新型コロナの正体は「肺炎」と言われていました。感染症としての肺炎は通常は一過性です。免疫力が低下している高齢者や持病のある人なら重症化することはあり得ますが、打ち勝てば、つまりウイルスと免疫系の”短期間の決戦”で免疫系が勝利すれば「完全治癒」します。
ところが、新型コロナはそういう単純な感染症ではないのです。それを理解する上でのキーワードが「ACE2受容体」「サイトカイン・ストーム」「血栓」「血管内皮細胞炎」の4つです。順にみていきましょう。
ACE2受容体はいろんな細胞の表面に存在している蛋白質のことです。新型コロナウイルスは、このACE2受容体を見つけると、ここからヒトの細胞内に侵入していきます。肺の細胞のACE2受容体から侵入すると肺炎が起こります。そして、ACE2受容体は肺だけでなく、心臓、腎臓、腸管、血管などの細胞にも幅広く存在しています。ということは、ウイルスは肺だけでなく他の臓器も標的とするわけです。3月以降全世界で心疾患での死亡が増えていることが指摘されています。このなかのいくらかは新型コロナウイルスが直接心臓の細胞を傷つけた可能性があります。当初は少ないと言われていた新型コロナが原因の下痢もかなり多いことが分かってきており、この原因もACE2受容体で説明できます。
次に「サイトカイン・ストーム」を説明しましょう。「ストーム」は嵐のことですから、サイトカイン・ストームとは、サイトカインがまるで嵐のように血管内あるいは臓器に大量にばらまかれることを指します。ではサイトカインとは何かというと、特定の物質を指すわけではなく、平たくいうと免疫に関連する様々な小さな物質の総称です。サイトカインには炎症を引き起こすものと抑制するものがあって、通常は(つまりたいしたことのない感染症の場合は)それらが効率よくつくられて病原体がやっつけられ、一時的に傷んだ組織は回復します。ところが、ストームの状態になってしまうともはや”統制”はとれず、いろんな物質がコントロールされないままに乱造されまくります。こうなると大切な臓器まで痛めつけられることになり、多くの臓器が機能不全となり、ここまでくると一気に致死率が上がります。詳しいメカニズムは分かっていませんが、どうも新型コロナは(従来のコロナウイルスやインフルエンザとは異なり)免疫システムをかき乱し、このサイトカイン・ストームを誘発しているようなのです。
次は「血栓」です。血栓とは血の塊(固まり)のことで、これが細い血管を詰まらせると、その周囲の臓器に酸素や栄養がいきわたらずダメージを受けます。脳の小さな血管に血栓がつまるとその部分は「梗塞」をおこします。血管が次々とやられると、頭痛、麻痺、意識障害などが現れます。3月以降、世界中で若年者の脳梗塞が相次いでいるという指摘があり、このうちいくらかは新型コロナが原因の血栓の可能性があります。血栓が重大な臓器障害をおこすのは心臓や肺だけではありません。「Washington Post」によると、米国の舞台俳優Nick Cordero氏は新型コロナに感染し血栓のせいで足の指に血液が届かなくなり、その結果右足を切断しました。
新型コロナに血栓が関与しているのではないかと疑われた理由のひとつが感染者の血液検査でd-dimerと呼ばれる項目が上昇していることが分かったことです。通常の風邪や肺炎ではd-dimerは上昇しません。そこで太融寺町谷口医院では新型コロナを疑ったときはd-dimerを測り、上昇していた場合は症状が軽症であったとしても新型コロナの可能性があることを説明し自宅待機をしてもらっています。
ここでひとつの「楽観論」がでてきます。もしも新型コロナの増悪因子が血栓だとするならば、血栓溶解療法を実施すればいいではないか、という考えがでてくるからです。実際、それを検証した研究もあります。ある研究によれば、血栓を溶かす薬のヘパリンを新型コロナの重症例に投与すると致死率が20%低下したというのです。しかし、たったの20%です。先述のWashington Postによれば、抗凝固剤(おそらくヘパリン)を投与しても血栓が溶解しない例が異常に多く米国の医師たちが無力感に苛まれています。
また検死(新型コロナで死亡した人の解剖)をおこなうと全身の臓器に微小な血栓ができていたことが分かりました。細い血管が詰まればその臓器は一気に機能不全になります。上述した足切断の他、例えば、網膜の血管が詰まって網膜症(進行すると失明)、腎臓の血管が詰まって腎不全になる可能性もでてきます。また、脳の血管が詰まると、脳梗塞以外に認知症のリスクも出てきます。
最後のキーワードが「内皮細胞炎(endotheliitis)」です。いったん肺の細胞から侵入した新型コロナウイルスは血流に乗って全身に運ばれます。そして、血管の内側には内皮細胞と呼ばれる細胞があります。医学誌『Lancet』に掲載された論文によれば、新型コロナの患者の広範囲の臓器に内皮細胞炎が起こっていることが分かり、さらに、血管内皮細胞内に新型コロナウイルスが存在していることも確認されています。要するに、人間の身体には隅々まで血管が存在するわけですから、新型コロナはどの臓器にも攻撃をしかけることができる可能性があるのです。
今紹介した4つのキーワード、すなわち「ACE2受容体」「サイトカイン・ストーム」「血栓」「内皮細胞炎」はそれぞれ別にではなく、複雑に関連していると考える方がいいでしょう。例えば、ACE2受容体から侵入したウイルスが内皮細胞炎を起こし、その結果サイトカイン・ストームと血栓が生じる、という感じです。血管が全身に存在する以上、これからもどのような症状が出現するか分かりません。
やっかいなのはまだあります。いつ終わるか、です。新型コロナウイルスはB型肝炎ウイルスやHIVが”武器”にしている「逆転写酵素」は持っていません。よって、ウイルスがヒトの遺伝子に潜り込んで棲息するということはありません。ですが、例えばヘルペスウイルスや水痘ウイルスのように身体のどこかに潜んで完全に死滅しない可能性はあるかもしれません。また、ウイルスが完全に死滅したとしても(私は死滅すると思っていますが)、いったん生じた障害は元に戻らない可能性(これを「不可逆性変化」と呼びます)があります。例えば肺の間質炎がそれなりに進行すると不可逆性変化が起こり完治せず、いくらかの障害を残す可能性があります。そうなると日常生活に支障がなかったとしても、例えばスポーツでのパフォーマンスが落ちることが予想されます。日本でもプロの野球選手やバスケットボール選手の感染が報告されました。元通りのパフォーマンスを発揮できるのかどうか、私は不安に思っています。
まだあります。微小な血管のレベルで障害が起こって元に戻らないのだとしたら、ありとあらゆる症状がでてくる可能性があります。これからは原因不明の微熱、疲労感、浮腫、関節痛、頭痛、腹痛、さらには不眠、イライラ、不安感、抑うつ状態などを考えるときに、新型コロナの感染歴を調べる必要があるかもしれません。あまり馴染みがない感染症とは思いますが、ちょうど「Q熱」に似ています(参考:「原因はリケッチアと判明も…やはり不可解なQ熱」)。Q熱は感染すると病原体が死滅したとしても数年後に疲労感や不眠、抑うつ感を起こすことがあるのです。
新型コロナを楽観視してはいけないという点についてある程度納得いただけたのではないかと思います。では、世界はどう変わるのでしょうか。文章がかなり長くなってしまったのでここではひとつだけ述べておきます。それは「初対面でマスクを外すのが無礼な行為になる」ということです。なぜなら、新型コロナが他人にうつるとき、その4割以上が症状の出る前の数日間に感染させていることが研究により明らかになっているからです。数日後に風邪をひかない保証は誰にもないでしょう。ということは、常に他人の前ではマスクを外せないことになります。
これは世界史を塗り替えるくらいの大転換、いえ「パラダイムシフト」と呼んでもいいでしょう。「よほど親しい関係にならない限り他人の前でマスクを外せない」が、今後どれくらい世界に影響を与えることになるのか……。
(この続きは今月号(2020年5月号)の「はやりの病気」で述べます)
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|2020年4月12日 日曜日
第200回(2020年4月) 新型コロナ、緊急事態宣言下ですべきこと
2020年4月7日、大阪府を含む7つの都府県で新型コロナに対する緊急事態宣言が発令されました。発令以降、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも、電話で、メールで、あるいは受診時に不安感を訴える人が少なくありません。なかには、早朝に電話をかけてきて(10時までは私自身が予約の電話ととるため、この時間を狙ってかけてくる人もいます)、不安なことを次々に話す人もいます。
その気持ちは分かりますし、今回の緊急事態宣言はおそらく戦後生まれの人たち(もちろん私も含めて)にとってはこれまでの人生で最大の社会的危機だと思います。私は2005年にタイ南部のある県に戒厳令が発令されている最中に訪れたことがありますが、それほどの緊迫感は感じませんでした。ちなみに、タイでも現在全土に緊急事態宣言が発令され、県境では検問が実施されています。外国人は外出時にパスポート携帯とマスク着用が義務付けられ、夜間外出禁止令(例えば、バンコクは22時から4時、プーケットは20時から5時と県による異なっています)も出ています。タイに長年住む日本人は「多数の犠牲者がでたクーデターや戒厳令は何度も経験してきたが、これだけ生活を制限されるのは初めて」と言います。
話を戻しましょう。まず最も大切なのは「落ち着くこと」です。不安なことが次々と出てくるでしょうし、(後述するように)専門家の言っていることもバラバラですから、いったい何を信じていいのか分からなくなることもあるでしょう。だからこそ谷口医院をかかりつけ医にしている人はメールや電話で相談されているわけです。なかには「何度もすみません」と断りを入れて連絡してくる人もいますが、そういった谷口医院への気遣いは一切不要です。
2007年の開院以来、谷口医院では「困ったことがあればいつでもメール相談を」と言い続けています。実はこのメール相談、一部の医療者からはとても不評です。「メールでは正確なことが言えない」「訴訟のリスクがある」「そもそも無料でやるのがおかしい」などと言われるのです。ですが、私自身はやめるつもりはありません。
患者さんのなかにも「いつも無料で相談に乗っていただいて恐縮します」という人もいますが、そのようなことは一切気にしないでください。そもそも医療機関は営利団体ではありません。我々は公的な存在であり、そして医療者は「公僕」であるということも、私が長年言い続けていることです。
具体的な話をしましょう。まず、新型コロナはどの程度の脅威なのかをおさらいしておきましょう。1月に中国で報告が相次いだ時点ではまだ重症度がよく分かっていませんでした。「インフルエンザと変わらないのでは?」という意見もありました。しかし、現在ではインフルエンザなどとはまったく異なる脅威であるのは自明です。
それを決定づけたのが2月7日、武漢中心医院の30代の医師・李文亮氏の死亡です。李文亮氏はいち早く新型コロナの存在に気づき、SNSなどで発表したところ、中国当局から「デマ拡散」の罪で処罰されました。氏の死亡後に中国当局は「烈士」の称号を与えました。烈士とは中国で自らの命と引き換えに国民や国家を守った者に与えられる褒章制度です。
通常のインフルエンザで30代の医師は死にません。その後、武漢では20代医師や51歳の病院長も他界しました。つまり、2月の時点で新型コロナが侮ってはいけない感染症であることはすでに疑いようがなかったのです。
しかし、この時点でもまだ楽観視する声がありました。よく引き合いに出されるのが、「日本ではインフルエンザで毎年数千人が死んでいる。新型コロナはまだ数十人だ。だから新型コロナはそんなに恐れる必要がない」という理屈です。しかし、20代や30代の医師が次々と死亡するインフルエンザなどありません。
2月27日、ある大手メディアから私のところに電話がかかってきました。政府が突然発表した「全国の小中高一斉休校をどう思うか」というものです。この時点では小児の感染例の報告はわずかでしたし、小学生が高齢者に感染させたという事例もありませんでした。しかし、登場したばかりで教科書にも載っていない感染症についてすべてが分かるわけがありません。こういう時は慎重に物事を進めなければなりません。普段はマスコミの取材は受けないようにしているのですが、電話をかけてきたのが知り合いのジャーナリストであったこともあり協力しました。私のコメントは「休校はやむを得ない」というものです。
ところが意外なほど、私の意見は医療者からも一般の方からも反対されました。医療者からは「エビデンスがない」、一般の人からは「子供の母親が仕事に行けない」というのが最も多かった反論です。しかし、登場したばかりの感染症に対してエビデンスなどあるはずがありませんし、「母親が仕事に…」というのは分かりますが、そんなことを言っている場合ではもはやなかったわけです。
ただ、前回のコラムで述べたように、「結論」が正反対になったとしても医療者や専門家の考えていることは人によってまったく異なるわけではありません。正反対の結論となったとしても考えるプロセスは同じであり、一斉休校に反対した医師の意見もある程度理解できます。なぜなら、そういう医師も子供の感染や子供から大人への感染の可能性を否定しているわけではないからです。
ここからは現実的な予防法について述べていきましょう。マスクについては前回述べたので省略しますが、「マスクで新型コロナは防げない」ことは確認しておきましょう。ではどうすれば感染を防げるか、ポイントは4つあります。
1つは、咳やくしゃみをする人から遠ざかることです。といっても電車の中などでは誰かが偶発的に咳をする可能性があります。そんなときは手に持っている物やあるいは上腕でさっと鼻と口を抑えればOKです。
2つめは「顔を触らない」です。「手洗い」が重要であるのは事実ですが、洗ったときはある程度きれいになったとしても、それでウイルスが完全にゼロになるわけではありませんし、手洗いの後、何かに触れてすぐに”不潔”になります。実際、新型コロナの院内感染は紙のカルテやタブレットが原因になったことが指摘されています。そういったものに触ることは避けられませんが、その手で顔を触らなければ感染することは理論的にあり得ないわけです。ちなみに、医学部の学生をビデオに撮って調べた研究では1時間に平均23回も顔を触っていることが分かりました。
3つめは「うがい」です。ところが、新型コロナに対してはうがいの重要性を指摘する声が不思議なほど上がってきません。おそらくこの理由は2つあります。1つは新型コロナに関して「うがい群と非うがい群」に分けて効果を調べた研究がないこと、もうひとつはうがいの習慣がない海外からの報告がないことです。ですが、うがいが風邪に有効とする日本のデータはあります。この研究では水うがいが風邪予防に有効であることを示しただけではなく、当時は有効性があると言われていたヨード(注1)に風邪予防の効果がないことが示されています。
コロナウイルスはインフルエンザやライノウイルス(風邪ウイルスの代表)に比べて、咽頭よりも鼻腔に病原体が多いことが明らかになっています。医学誌『Nature Medicine』2020年4月3日号に掲載された論文によると、コロナウイルスは咽頭よりも鼻腔に10,000倍以上多く棲息しているのです(インフルエンザもライノウイルスも1,000倍程度)。
ならば理論的に、ガラガラのうがいよりも「定期的な鼻うがいが有効」ということになります。ただ、残念ながらエビデンスがありません。しかし諦めるのはまだ早い。通常「鼻うがい」というのは専用の器具を用いて生理食塩水を一定量使います。生理食塩水の量は多ければ多いほど有効であると考えられますが、大量の生理食塩水を調達するのは困難です。それに、従来の鼻うがいであれば専用器具を清潔な状態に保つのも困難です。
そこで私がすすめているのが「谷口式鼻うがい」です(参照:「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)。谷口式鼻うがいは水を大量に使いますが、その水はシャワー水ですからいくらでもごく安い費用で利用できます。また、器具は1本100円程度のシリンジで、少なくとも100回以上は使えますし、何度も洗浄できますから器具を清潔に保てます。コロナウイルスは他の風邪ウイルスと同様ほんの少しのウイルスが鼻腔粘膜に付着しただけでは感染が成立しません。鼻腔粘膜で増殖しやがて人の細胞に侵入していくわけです。であるならば、繰り返し(とっても1日2度が限界でしょうが)シャワー時に谷口式鼻うがいを大量のシャワー水でおこなえば新型コロナの予防になるはずです。
4つ目は「治療」です。現在新型コロナに有効性が認められた薬剤はありません(参照:医療プレミア「新型コロナ 「効く薬」の候補は?」)。現在期待されているいくつかの薬剤も高価すぎるか簡単に入手できないものが大半です。ですが、使えるものがないわけではありません。
ひとつは「麻黄湯」です。麻黄湯はインフルエンザを含めて風邪に有効とされています。副作用が少なく安い薬ですから新型コロナを含めて風邪に使わない手はありません。ただし「ごく初期」にしか利きませんから、症状が出てから医療機関を受診するのでは手遅れです。日ごろから携帯しておく必要があります。
もうひとつは抗インフルエンザ薬です。抗インフルエンザ薬が新型コロナに有効とするエビデンスは一切ありません。ですが、新型コロナが話題になる直前、興味深い研究が報告されています。医学誌『Lancet』2020年1月4日号に掲載された論文で、「インフルエンザでなかったけれどもインフルエンザの様な症状を呈した患者に抗インフルエンザ薬が有効だった」とするものです。残念ながら、私が診た新型コロナの患者さんのなかに前医で抗インフルエンザ薬が処方されていた人がいましたが効果はありませんでした。しかし、この患者さんに抗インフルエンザ薬が処方されたのは発熱して4日経過してからでした。インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬は早期に使わなければならないのと同様、この患者さんにももっと早い時点で使われていればあるいは……、と考えたくなります。
最後に新型コロナに関して私が最も重要と考えていることを述べておきます。それは「感染者を支援する」ということです。もはや誰が感染してもおかしくありません。あなたの知人や大切な人も感染するかもしれません。感染した人は世間からの冷たい視線に苦しんでいます。いわれなき差別を受けている人もいます。感染が発覚すれば会いに行くことは慎まねばなりませんが、電話やメールで連絡して、玄関に食料品や日用品を届けに行くことはできるはずです。「医療プレミア」のコラムにも書いたように新型コロナを社会で克服するには「譲り合いと絆」が絶対に必要です。
緊急事態はまだしばらく続き、いつ解除されるかは未定です。「緊急事態」であったとしてもなかったとしても、谷口医院をかかりつけ医にされている人は不安なことがあればいつでも相談してください。これを読まれている方が谷口医院未受診で、他にかかりつけ医をお持ちでないのであれば、どうぞどのようなことでもご相談ください。
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注1:ヨードうがい液の代表が「イソジン」です。商品名を出して欠点を述べることは「上品な行為」ではありませんが、イソジンには風邪の予防効果がないというデータが15年前に出ているわけですから、製薬会社がイソジンの販売を続けるのなら、少なくともこれを覆すデータを出すべきだ、ということを私は15年前から言い続けています。尚、このグラフは私が毎日新聞「医療プレミア」に書いたコラムに載せています(同社の著作権でここには転載できません)。
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|2020年4月6日 月曜日
2020年4月 新型コロナ騒動で偶然発見できた長年探していた名言
前回のマンスリーレポートで、新型コロナが流行しだしてから他人を罵ったり蹴落としたりする行為が目立つが、人間とはそもそもそういうものであり、人生は辛いことの方がずっと多く他人から優しさを期待すべきでない。そして、だからこそあなたが「優しさ」を作り続ければいいのだ、という話をしました。
私がこのような考えに到達するようになったのは、知人が、タイや日本で診てきた患者さんが、そして私自身が幾たびの裏切り行為を経験しているからではありますが、こういった考えが「真実」であることを確信している理由は他にもあります。それは2004年にタイで聞いた「名言」です。その名言は私の心の中にずっと残っていて、私自身を長年”支配”しているといってもいいかもしれません。
ですが、不思議なことに、それだけ説得力のある名言をきちんと文字で確認しようと書籍やインターネットを探してみてもどこにも見つからないのです。2004年当時のメモも残していないため長年の間うろ覚えのままの状態です。
その言葉を初めて聞いたのはタイのあるエイズ施設で複数の外国人と昼食を摂っているときでした。スウェーデン人の女性がメモを取り出し「とても感動する言葉」と話し始めました。その名言はマザー・テレサのもので、「人間は合理的でなく自分勝手なもの。だからこそ人に優しくしなさい」といったような内容でした。ちなみにこの女性、専業主婦で10代の娘と息子がいるという立場ながら半年の予定でタイのエイズ施設にボランティアに来ており、その二人の子供たちが休暇を利用して母親にタイまで会いに来ていました。
その約2週間後、今度はタイにボランティアに来ていた日本人の女性から同じ話を聞いてその偶然に驚きました。後から思えばこの女性にこの言葉を詳しく教えてもらえばよかったのですが、それほどの名言ならマザー・テレサ関連の書籍に当たればすぐに見つかるだろうと考えました。短期間に何の接点もないスウェーデン人と日本人から同じ名言を聞いたわけですから、すぐに見つかるだろうと考えたのは無理もないでしょう。
ところが、です。この言葉がどこを探しても見つからないのです。そのスウェーデン人にも日本人女性にも連絡先を聞いていません。その後は誰からもこの言葉の話を聞くことはなく、本当にその言葉がマザー・テレサのものかどうかも疑わしいと思うようになり月日が過ぎていきました。なにしろマザー・テレサ関連の書籍を日本語、英語の双方であたってみても出てこないのですから。
およそ16年後の2020年3月、この名言を少し思い出しながら先月のマンスリーレポートを書きました。人間は優しくなくて人生は辛いことばかり、だからこそあなたが優しくならねばならない……。私が長年言い続けていることです。
そして、”奇跡”が起こりました。私が探していたまさにこの名言をミュージシャンの宮沢和史氏が3月29日に公開された自身のコラムで紹介されていたのです。これには本当に驚きました。16年間探し続けていたその名言を少しずつ思い出しながらコラムを書きあげたところ、1カ月もたたないタイミングでその「完成版」に巡り合えたのですから。
宮沢氏によると、この名言のタイトルは「あなたの中の最良のものを」といい、かなり有名なものだそうです。ということは私の探し方が下手だったということなのでしょう。しかし、探しても見つからなかった理由があったのです。この言葉はマザー・テレサ関連の書籍にはなく、氏によると「人から人に口頭や手紙、インターネットなどを介してつたわり、ゆっくりと、じんわりと世界中に広まっていった」名言なのだそうです。ここでその冒頭の言葉を紹介しましょう(注1)。私が16年間うろ覚えながらずっと胸に秘めていた言葉です。
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく 人を愛しなさい
あなたが善を行なうと 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく 善を行いなさい
目的を達しようとするとき 邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく やり遂げなさい
改めて読んでみるとひとつひとつの言葉が胸に染み入るような感覚を覚えます。この6行だけで心が救われるような気がします。過去のコラム(例えばメディカルエッセイ第14回(2005年8月)「習慣としての奉仕」)で何度か述べたように、ボランティアの話になると「それは自己満足でないのか」と言い出す人が必ずいます。ですが、マザー・テレサが言うように「気にすることなく」行動すればそれでいいのです。
この言葉の後半には「助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい」という一節が出てきます。これは、前回のコラムで私が述べた「自分が裏切られるのはかまいませんが、裏切ってはいけないのです」とほとんど同じことです。16年前にタイで聞いた言葉が私の身体に染みわたっているのかもしれません。
宮沢氏がこの言葉を自身のコラムで紹介されたのは、新型コロナが原因であらわになった人間の醜い姿を嘆いてのことです。氏の言葉を引用します。
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マスクやトイレットペーパーを必要以上に買い占めている「世の中のものを自分にしか与え続けていない」人間を見ると、この上ない失望感に苛まれる。しかし、いざとなれば人間とはそういうものだ、ということをも、新型コロナウイルスの蔓延によって世界中の人々は同時に学んだわけだ。
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これは私が前回のコラムで言いたかったこととほぼ同じです。そのコラムで私は「それよりも(差別を嘆くよりも)、これが人間の実態であることを認識し、その上で”幸せ”を探す方が現実的です」と述べました。
太融寺町谷口医院には、新型コロナを疑って問い合わせをしてきたり受診したりする人が少なくありません。できるだけ電話もしくはメールで症状を確認し、受診してもらうときは午前診もしくは午後診の最後の時間に来てもらっています。受診してもらわずに電話とメールのみのやり取りをして、検査を希望されれば谷口医院から相談センター(保健所)に交渉して検査を受け入れてもらうこともあります。
患者さんのなかには検査を拒否する人もいます。2週間隔離され強制入院になることを避けたいというのです。軽症で一人暮らしの場合はそれでもOKです。そういう場合は谷口医院から毎日電話で様子を伺って助言をしています。新型コロナにかかったかもしれないということは気軽に他人に話せるものではありません。差別の対象となる可能性があるからです。ですから、感染を疑い自宅待機というのはともすれば一日中誰とも話さず、外出もできず、という事態となります。強制入院も辛いですが、その場合は日に何度も医療者と話をすることになりますし三度の食事は出てきます。一方、自宅療養の場合は完全な孤独と戦わねばなりませんし食事の調達も自分でしなくてはなりません。
もし身近に新型コロナに感染した人が出たら、まず声をかけることが大切です。現時点では診断がつけば直ちに強制入院ですから、できることは励ましのメールを送るくらいしかないかもしれませんが、これからは「重症でなければ自宅で安静」という方針に転換されます。患者数増加に伴い、新型コロナ陽性者用のベッド(病床)がもうすぐ底をつくからです。
そういう知人がいたとすればあなたの出番です。電話やメールで様子を伺い、食品や日用品を届けてあげることを考えてみてはどうでしょうか。直接会うのは避けた方がいいですから、荷物を持って行っても玄関に置いてすぐに帰らなければなりませんが、その知人もあなた自身も本来の人間のあるべき姿を実感できるはずです。「不合理、非論理、利己的」な人間が多い世界の中で、あなたとあなたの知人は”真実”に触れることができるのです。
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注1:ネット上に出回っていたこの言葉の日本語版と英語版を下記に転記します。いくつものサイトがみつかりましたが、ほぼすべてが個人のブログでした。つまり、やはり現在でも出版はされていないようです。尚、宮沢氏によれば、この言葉はマザー・テレサのオリジナルではなく、米国のケント・M・キースの『逆説の10カ条』を読んだマザー・テレサが広めたものだそうです。
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい
あなたが善を行うと、利己的な思いでそれをしたと思われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく、正直であり誠実であり続けなさい
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい
助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい
あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい
たとえそれが十分でなくても
気にすることなく、最良のものをこの世界に与え続けなさい
最後に振り返ると、あなたにもわかるはずです
結局は、全てあなたと内なる神との間のことで
あなたと他の人との間であったことは一度も無かったのです
People are often unreasonable, illogical, and self-centered;
love them anyway
If you are kind, people may accuse you of selfish ulterior motives;
Be kind anyway
If you are successful, you will win some false friends and some true enemies;
Succeed anyway
If you are honest and frank, people may cheat you;
Be honest and frank anyway
What you spend years building, someone could destroy overnight;
Build anyway
The good you do today, people will often forget tomorrow;
Do good anyway
Give the world the best you have, and it may never be enough;
Give the best you’ve got anyway
You see, in the final analysis it is between you and God;
it was never between you and them anyway
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|2020年3月29日 日曜日
第199回(2020年3月) 新型コロナ、錯綜する情報
新型コロナ(以下COVID-19)の混乱がおさまりません。科学的に間違った行動をとる人が少なくなく、いわれなき差別や諍いが生まれ、さらに医療者の発言も誤解されてもおかしくないようなものが見受けられるからです。
一方、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)をかかりつけ医にしている人は、不安なことがあればメールや電話で相談し、受診時に困っていることを話されて、我々の説明に納得してもらっています。「もっと早く相談すればよかった」と言われることも多々あります。
今回はCOVID-19について世間で流布している情報を整理したいと思います。ただし、明らかなデマ(例えば、COVID-19のウイルスは「お湯」で死ぬからお湯を飲めばいい、など)は除外します。まずはマスクについて取り上げましょう。
先日、タクシーの運転手に教えてもらって驚いたのは「いくつかの薬局ではマスク目当てに開店前から行列ができる」ということです。そもそもマスクはそれほど有用な感染予防ツールではありません。このことを指摘しているメディアも少なくないわけで(例えば、私は毎日新聞「医療プレミア」で私自身が日ごろマスクをしていないことを述べました)、にもかかわらずマスクで行列ができるというのが不思議です。マスクが入荷しないことに腹を立てた客が店員に激しく詰め寄ることもあるとか……。
あるときこの話を谷口医院の患者さんに話すと、「仕方ないんですよ。うちの会社ではマスクがないと出勤禁止って言われてるんです」とのこと。しかもマスクは会社で支給してくれないそうです。先述のコラムでも述べたように、マスクはまったく不要というわけではなく、人が密集する場所、例えば満員電車やライブハウスでは必要となります。実は、先述の毎日新聞のコラムで、「ライブハウスは注意」と書いたのですが、皮肉なことにこれが公開された直後に大阪のライブハウスでの集団感染が発覚しました。もっとも、ライブハウスではドリンクも楽しむのが普通ですから、初めから終わりまでマスクをするのは無理でしょう。
マスクで店員に暴言を吐いたり、マスクをしていない人を非難したりするのは直ちにやめるべきです。マスクがなくても日常生活に問題はありません。ちなみに、私はマスクを持ち歩いていますが、めったに着けることはありません。ライブハウスなどには行きませんし、電車に乗るときは混雑する時間を避けているからです。マスクを携帯している理由は自分自身が咳をしたときに「咳エチケット」として必要だからです。ですが、前回のコラムでも述べたように私は過去7年間風邪をひいていませんから、実際にはマスクの出番はほとんどありません。
ところでCOVID-19って、本当はどれくらい”怖い”感染症なのでしょうか。これの答えはそう単純なものではありません。どうやら世間では「とても怖い」と考える人と「全然大したことがない」と考える人に二分しているそうですが、ことはそんなにクリアカットに論じることはできません。おそらく「医師によって意見が違う」と嘆く人は、マスコミに登場して”分かりやすい”ことを言う医師の言葉を聞いているからだと思います。
医学のことを論じるのはそう簡単ではありません。ですから、例えばテレビの短い時間で正確なことを述べよ、と言われればその医師がまともであればあるほど内容は分かりにくくなるはずです。ですが、テレビの番組制作者が好むのは「分かりやすく断定的にものを言ってくれる専門家」です。しかし、専門家としてはいい加減なことや誤解を生むような発言はしたくありません。これが、一般に「医師がテレビに出ることを嫌がる最大の理由」です(注)。
話を「COVID-19はどれくらい怖いのか」に戻します。例えば中国ではデリバリーで食事をオーダーすると、料理した人と包んだ人の体温が送られてくるそうです(ネットで写真をみつけたのですが削除されていました)。また、中国では店員と顧客のやり取りが糸電話やロープが使われています(ネットで見つけたツイッターより)。
フランスでは外出禁止令が発動し、米国では飲食店での飲食禁止や10人以上の集会の禁止が命じられているわけですし、イタリアではミラノのある大病院では60歳以上は人工呼吸器を使ってもらえないことが大手メディアで報道されています。60歳で日ごろ健康な人であれば、COVID-19に感染し重度の肺炎に進行したとしても、一時的に人工呼吸器を用いれば回復することが充分に期待できます。「60歳以上は見殺し」が続けられるのだとしたら、例えば60歳の優良企業の社長と59歳の殺人歴のある無職の者のどちらの命を救うべきか、という議論も必ず出てきます。我々はそういうレベルにまで来ているわけです。
一方、日本の一部の識者は今も「COVID-19はインフルエンザを少し強くした程度。過度に恐れる必要もなければ学校を休校にする必要もない」と主張しています。海外での対応と日本人のこういった意見を聞くと、同じ病原体による同じ疾患による対策とは到底思えません。では、どちらの主張が正しいのでしょうか。答えは「双方とも正しい」です。
最近は「日本の医療は遅れている。だから富裕層は海外で治療を受ける」という人もいるようですが、日本の医療技術が他国と比べて低いわけではありません。しかも世界的には驚くほど安い費用しかかかりません。お金がないから受診できないということは(絶対とは言いませんが)ほとんどありません。また、国民の平均的な清潔度が高く、民度も高く、いざとなれば(ある程度は)利他的になることができて秩序を守ります。このような国であれば、楽観論者の言うように通常の風邪予防の対策でかなりコントロールできます。
一方、海外(の多くの国)ではそうはいきません。日本よりもずっと移民が多く(ただし、この点については日本の移民・難民政策が厳しすぎることが問題であり、日本は”遅れて”います)、良質な医療が全員に行き渡っているわけではありません。日本ほど民意度の高い国はそう多くありません。この意見には反論が多いかもしれませんが、世界に目を向けると識字率がほぼ100%の国はそう多くないのが現実です。
しかし、日本は鎖国しているわけではありません。日本に住む外国人も決して少なくはありませんし、現在の騒動がどれくらい続くかは分かりませんが、これだけ広がったCOVID-19が(SARSやMERSのように)急速に勢いをなくすとも思えません。日本人はたとえ自身が海外に渡航しなかったとしても、世界の住人の一員という自覚を持つべきだと思います。
現在数字で表れている日本の感染者数が実態を反映していないことは理解しておいた方がいいでしょう。3月22日時点で日本の感染者は1,054人で世界第22位、死亡者数は36人で世界第14位です。死亡者数は事実ですが、感染者数は検査をしていないからこれだけ少ないわけで、疑いのある人すべてに検査すれば、少なくとも数万人にはなると思います。そして、ここがポイントになります。もしも日本が感染者の実数を把握できれば、死亡率は驚くほど低値になります。つまり世界各国と比較して極めて高いレベルの治療ができていることが明らかになるはずです。
個人的にはこれを世界にアピールすべきだと思っています。日本の医療技術が高いことを自慢する必要はありませんが、公衆衛生の向上に努め検査や治療の優先順位を的確におこなえば現在日本以外の国で恐れられているほどの恐ろしい感染症ではないことは訴えていいと思います。
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注:そんなことを言っておきながら、私自身も先日NHKの取材を受けて、そのインタビューシーンが放映されました。内容は「COVID-19を疑った患者が医療機関から診察拒否されている現状」についてです。この内容なら引き受けて問題ないだろうと判断したのですが、例えば「検査の対象を広げるべきか」「COVID-19はそんなに恐ろしいのか」といったコメントを求められるとするなら「テレビで短くコメントできるほど単純な話ではありません」と言って取材を断ります。
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|2020年3月12日 木曜日
2020年3月 新型コロナから考える「優しさ」という幻想
前回は新型コロナの現実にきちんと向き合いリスクを正しく評価しようという話をしました。楽観視しすぎるのも不安視しすぎるのも正しくなく、そのような見方をしてしまうのは「常に”幸せ”でないと気が済まない」という誤った考えだ、ということを述べました。
過去に述べたように「人生は辛いことの方がずっと多いもの」です(私はそう考えています)。ですが、辛いことばかりではなく幸せを感じることもできるのが人生のいいところです(私はそう考えています)。一人きりで何かをしているときが幸せと感じる人も少なくないでしょうが、そういう人たちでも生涯において他者と接することを苦痛と感じ続ける人は少数でしょう。どのような趣味や仕事を持つ人も、家族、パートナー、友達といった他者とのふれあいやコミュニケーションに幸せを感じるのではないでしょうか。
では、他人との関わりで幸せを感じるのはどんなときでしょうか。優しくされたり、優しくしたりといった体験があったときに何とも言えない平和的な気持ちで満たされたという経験はおそらく誰にでもあるでしょう。
さて、新型コロナです。新型コロナの問題が大きくクローズアップされ始めた2020年1月末、私が懸念したことのひとつは武漢から帰国した日本人に対する差別が起こらないか、ということでした。残念ながら私の予想は当たってしまい「武漢に行っていた」というだけで、当事者や、さらには検査やケアを担った医療者までが差別的な扱いを受けました。
その後も新型コロナに関する「差別」は広がる一方です。驚くべきことに医療者の間でさえも広がっています。武漢から帰国した日本人や「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員へのケアをおこなった医療者に対する医療者による驚くべき差別が生じていることを日本災害医学会が報告しました。
同学会によると、「職場において「バイ菌」扱いされるなどのいじめ行為」、「職場管理者に現場活動したことに謝罪を求められる」といった、信じがたい不当な扱いを受けた事案が報告されています。同学会は「当事者たちからは悲鳴に近い悲しい報告が寄せられ、同じ医療者として看過できない行為であります。もはや人権問題ととらえるべき事態であり、強く抗議するとともに改善を求めたいと考えます」と述べています。
同じ医療者として、というより一人の日本人として到底許せない行為です。しかも、きちんとした知識があるはずの医療機関でこのようなことが起こっているわけです。医療機関以外の職場でもこれと同じか、あるいはもっとひどい差別が生まれるかもしれません。
もしも私の目の前でこのような差別的な発言をする者がいればその場で注意します。ですが、こういった事態が相次いでいる現状を考えると、このサイトで正論を振りかざしてもほとんど意味がないでしょう。それよりも、これが人間の実態であることを認識し、その上で”幸せ”を探す方が現実的です。
基本的に私は、人の優しさとはとても脆いものだと思っています。これは歴史を見れば明らかです。政治的ダイナミクスにより「昨日の友は今日の敵」となることなど人間社会では日常茶飯事ですし、戦争で国が分断されかつての同胞が敵となり殺し合うという歴史もあります。信頼していた家族やパートナーに裏切られたという経験がある人もいるでしょう。生涯に渡り親友が続けばそれは素晴らしいことですが、必ずしもそうはなりません。
近しい相手からでさえ裏切られることがあるわけですから、これが単なる職場の同僚であればなおさらです。学校や職場でいつイジメやハラスメントが起こっても不思議ではありません。もちろん見ず知らずの赤の他人から優しさを期待することなどできません。ここである患者さんの話をしましょう。
40代女性のその患者さんは花粉症があります。そしてこの季節に風邪をひくと咳がなかなか治らないと言います。薬(吸入薬)でかなり症状は改善するのですが、それでも偶発的に咳が出ることがあります。この女性、最近は怖くて電車に乗れないと言います。といっても乗らなければ出勤できません。朝は始発に乗って混雑を避けることができますが、帰りの電車が恐怖で、車両が混んでいれば何本でも電車を見送るというのです。また、駅のトイレなどで行列をつくっているときに咳がしたくなったときは、その場を離れて咳をしにいくそうです。今の世の中、咳をしただけで他人から白い目で見られるというのです。
実際、福岡市の地下鉄内でマスクをしていない男性が咳をして乗客と口論になり非常ベルが押されたという事件がありました。この女性も、この事件を聞いて電車が怖くなったそうです。どうも今の世の中、自分の身を守るために他人を排除しようとする人たちが増えているようです。
しかし、このようなことは今に始まったことではありません。小学生の頃には「困っている人を助けましょう」「他人に親切にしましょう」と習いますが、現実には世の中はいつの時代も優しくありません。小学校で習うことを世間の大人たちはできていないわけです。社会とは「渡る世間は鬼ばかり」であることがほとんどです。昨年(2019年)の流行語「ワンチーム」も、東日本大震災の年に流行した「絆」も幻想に過ぎなかったと言えば言い過ぎでしょうか。
他人からの優しさなど期待できないと考えるべきです。そんな世の中でも夢を持つことができれば幸せかというと、多くの夢はいつまでたってもかないません。優しさのないつまらない日常が淡々と時を刻んでいるのが現実なのです。
ならばそんな世の中でいったい何をすればいいのでしょう。厭世観を抱き社会から逃避することでしょうか。私はそうは思っていません。皮肉な表現に聞こえるかもしれませんが、「優しさ」がほとんどない社会だからこそ、その「優しさ」が貴重なのです。ならば、その「優しさ」はあなたが作り出せばいいわけです。
過去のコラム「日本人が障がい者に冷たいのはなぜか」で、私は「障がい者や困っている人がいれば何かを考える前にまず駆け寄る」ということを提唱しました。これを心がけている私は、ときに自分の予定がずれこんだり、数字の上では金銭的なロスが生じたりすることもあるわけですが、決して「損をした」という気持ちにはなりません。このことは多くの人に理解してもらえると思います。ボランティアをしたことのある人なら「ボランティアをする気持ちよさ」を体験しているでしょうし、そういった経験がない人も他人から感謝の言葉をかけてもらえれば「やってよかった」と感じるはずです。
さらに言うと、感謝の言葉も期待するべきではありません(参考:日経メディカルのコラム「医師は感謝を期待してはいけない」)。感謝されるから他人に優しくするのではなく、それが人間にとっての原理原則だから優しくすべき、というのが私の考えです。
新型コロナは自分が感染するのはときにやむを得ないわけですが、他人、特に高齢者や持病のある人への感染は防ぐよう努めなければなりません。人の優しさについては、自分が裏切られるのはかまいませんが、裏切ってはいけないのです。
これを実践するだけで、つまり裏切られても他人に優しくすることを忘れなければ”幸せ”は少しずつ増えていきます。
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|2020年2月25日 火曜日
第198回(2020年2月) 世界一簡単な「谷口式鼻うがい」
2020年1月23日、毎日文化センターで開催した毎日新聞主催の私のミニ講演会で、最も多くの質問を受けたのが「鼻うがい」でした。この講演会の内容は、同紙「医療プレミア」の編集者が記事「「私は風邪薬を飲みません」 谷口恭医師講演」にしてくれて、それを読んだという人からも「その鼻うがいについてもっと教えてほしい」との声が届きました。そこで、今回はこの「谷口式鼻うがい」について少し詳しく説明したいと思います。
谷口式鼻うがいの最大の特徴は、何といっても簡単なことです。おそらくこれより簡単な鼻うがいは他には存在しないと思います。方法は文字で説明するよりも実際に見てもらった方が簡単にわかりますので、まずはそのビデオ(YouTube)をご覧いただくのが一番いいと思います。ここではその補足をしていきましょう。
まずは「なぜ鼻うがいか」ということから確認していきましょう。現在流行している新型コロナウイルスは、当初は「咽頭痛や鼻水といった上気道炎症状はほとんど起こらず、いきなり下気道症状(咳や呼吸苦)と高熱が出ることが特徴だ」と言われており、医学誌『LANCET』に1月に掲載された論文にはそのように記載されていました。
ですが、その後軽症例やほとんど無症状である場合も多いことが報告され始めました。そして、興味深いことに、ウイルスは咽頭よりも鼻腔から多く検出されることが判りました。医学誌『New England Journal of Medicine』2020年2月19日号に掲載された論文「SARS-CoV-2 Viral Load in Upper Respiratory Specimens of Infected Patients(新型コロナウイルス感染者の上気道のウイルス量)」に詳しくまとめられています。
この論文から分かるのは、新型コロナウイルスも通常のコロナウイルスや他の風邪をもたらす感染症と同様、まず鼻腔に感染する(少なくともそういう例が多い)ということです。新型コロナウイルスが騒がれだした1月は発症者が武漢市に限定されており、中国の医療事情を考慮すると、医療機関を受診したのは症状がそれなりに進んでいた人たちだったのでしょう。つまり肺炎に進行してから医師の診察を受けたために、より重要な臓器である肺(肺炎)の治療がおこなわれ、鼻腔のウイルスなどには注目されなかったと考えられます。
つまり、新型コロナウイルスを含めて飛沫感染するタイプの感染症、つまりほとんどの風邪を考えたときに、最もきれいにしておかなければならないのは鼻腔、ついで咽頭ということになります。咽頭は普通の「ガラガラうがい」でもできますが、鼻腔は汚いままです。そこで鼻うがいが有効ということになります。問題は、どうやってするか、です。
鼻うがいの効果が高いのは(鼻腔を直接洗えるわけですから)明らかだと思いますが、私が鼻うがいに固執したもうひとつの理由を説明しておきましょう。怪我をしたとき、例えば膝をすりむいたとき、私が子供の頃は赤チンを塗られました。これは激痛でした。その後「マキロン」のような消毒が主流となり、いつの頃からかその主役が「イソジン」に代わりました。ところがちょうど私が医師になった2002年頃に「コペルニクス的転回」が起こります。傷の消毒にはイソジンは無効どころかかえって治癒を遅らせることが判ってきたのです。では何が有効なのか。水です。受診された場合は生理食塩水を使うこともありますが、基本的に水道水で問題ありません。時間をかけて水で病原体を洗い流すのが最も有効なのです(参考:はやりの病気第10回(2005年6月)「キズの治療①」)。
理論的に考えれば鼻うがいに風邪の予防効果があるのは明らかでしょう。ではなぜ普及しないのか。そして有効性を検証した論文がないのか。理由は2つあります。1つは「有効なのはわかっているけれども面倒くさい」ということ。もうひとつは、おそらく(ガラガラも含めて)うがいのような習慣があるのは日本くらいで他国では一般的ではなくエビデンスがないからだと思います。日本の医師(の多く)はエビデンスがないことに注目しませんし、面倒くささを考えると患者にどころか自分で実践するのにも抵抗があるわけです。
もっとも、私自身も鼻うがいには長い間”抵抗”がありました。その理由は2つあって、ひとつは生理食塩水を用意するのがとてつもなく面倒くさいこと、もうひとつは専用のデバイス(例えばこういうタイプ)を用意することに抵抗があること、です。私自身は元々旅行が好きですし、学会参加などでよく出張にもいきます。荷物はできるだけ少なくしたいわけで、既存の鼻うがい用のデバイスを鞄に入れることに嫌気が差します。旅行中は鼻うがいを休むという方法もよくありません。なぜなら旅行中にこそ風邪をひくリスクが上がるからです。ですから、鼻うがいが理論的に有効なことは確信していましたが、現実的には無理だよな~とずっと思っていたのです。
しかしあるとき、「シリンジ」を使ってみればどうだろう、とふと思いつきました。過去に薬物中毒を起こしたある患者さんと診察室で話をしているときでした。20代のその女性は、自殺する意図が本当にあったのかどうかは別にして大量に睡眠薬を飲み、それを家族に発見され救急搬送され、そこで胃洗浄がおこなわれたと言います。私も太融寺町谷口医院を始める前は夜間の救急外来での仕事が多く、胃洗浄は何十回と経験があります。管(チューブ)を鼻から胃に入れて、シリンジを使って生理食塩水を注入して吸引するという作業を繰り返します。その患者さんと話していたときにそのシーンがふと蘇り、「そうか、鼻うがいに応用すればいいんだ!」とひらめいたのです。
鼻に水を入れるのが辛いのは、泳いでいるときに偶発的に水が鼻に入ってしまったときのことを思い浮かべれば明らかです。それが分かっていて意識的に吸い込むのは相当な勇気がなければできません。ですが、シリンジで勢いよく注入すれば一瞬で終わります。10mLのシリンジ(実際は13mLくらい入ります)なら1秒で注入できます。ただし、もしもそれで激痛が走るのであれば現実的ではありません。生理食塩水を使えば解決しますが、こんなもの出張や旅行に持ち歩くわけにはいきませんし、塩を持ち歩いてその都度生理食塩水を作るのも面倒です。
では水道水でシリンジを鼻腔に注入したときに痛みはどれくらい生じるのでしょうか。これを初めて実戦するときは少し勇気がいりましたし、実際に少し痛かったのは事実です。ですが、その痛みは考えていたよりも小さくて、何回かおこなううちにゼロになりました。
谷口式鼻うがいには「欠点」もあります。それは鼻腔に入れた水がそのあたりに一気にばらまかれますから人前ではできませんし、周りが汚くなります。つまり、このうがいはシャワールームでしかできないのです。ですから、実践できるのはせいぜい朝と晩の一日に2回だけです。私は仕事がら風邪症状のある患者さんと毎日何度も接しますから、そういった人を近距離で診察したときには次の患者さんを診る前にガラガラうがいと手洗いをしています。
では「谷口式鼻うがい」の効果はどうなのでしょうか。エビデンスというものは比較対象が必要になりますから、そういうものはありません。たった1例の症例報告というものはエビデンスにはならないのです。それを断った上で私自身の話をすると、冒頭で紹介したミニ講演のときにも述べたように、私はこの鼻うがいを始めてから7年間一度も風邪を引いていません。それまでのガラガラうがいと手洗いだけだと必ずといっていいほど年に2~3回は風邪をひいていましたが、過去7年間はゼロです。この記録がどこまで続くかはわかりませんが、私は生涯この鼻うがいをやめないつもりです。なにしろ副作用ゼロですし、費用はごくわずか(シリンジはアマゾンで安く買えます)なのですから。それに、花粉症やその他アレルギー性鼻炎の予防にもなります。
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|2020年2月12日 水曜日
2020年2月 新型コロナの混乱から「幸せ」を考える
前々回は、「承認欲求が強すぎるとしんどくなる→万人から好かれる必要はない」ということを、前回は、「いつも幸せで当然という考えは捨てるべし=人生はたいていは辛いことの方がずっと多いもの」ということを述べ、それを認識している方がかえって”幸せ”なんだ、という自説を紹介しました。
今回は、現在流行し混乱を招いている新型コロナウイルスから「幸せ」について考えてみたいと思います。
まず、新型コロナについて簡単にこれまでの経緯をまとめておきましょう。2019年12月に中国武漢市で発生した新型コロナウイルスは重篤な肺炎をもたらし感染者が次第に増えていきました。毎日新聞主催の私のミニ講演は1月23日に開催され、そのときに「医療プレミア」の編集長から「講演で新型コロナについて何か話すように」という指令を受けました。しかし私の知る情報はWHOなどの公式発表とメディアの報道だけですから面白い話はできません。スライドは1枚だけにしました。このときにはまだ日本では感染者の報告はありませんでした。
その後日本でも感染者がみつかり世界中に広がりました。当初この感染症を診断した武漢市の30代の医師が死亡し、それまで世間に流れ始めていた「さほど深刻なものではないのでは?」という楽観的観測に釘を刺しました。一方では、マスクがどこも手に入らない、新型コロナを積極的に診ている病院の関係者の子供がイジメに合う、中国人が宿泊している旅館の宿泊客のキャンセルが相次ぐ、中国人というだけで診療を拒否される(注1)といった出来事が相次いでいます。マスクを高値で売りさばく輩もいるとか……。
新型コロナに対する世間の反応として私が感じているのは「極端な楽観視」と「極端な不安感」が入り乱れていることです(注2)。「新型コロナなんてインフルエンザと同じようなもの」とツイッターで嘯いている医師もいるという話を聞きました。一方で、不安感から外出を恐怖に感じている人もいるようです。
極端な楽観と極端な不安、これらは一見正反対の感情のように見受けられますが、「幸せ」をキーワードに考えてみると、根は同じであるように私には思えてきます。
解説していきましょう。新型コロナを極端に楽観視する人たちというのは「リスクに向き合うことを避ける人たち」です。
興味深い調査を紹介しましょう。群馬大学の片田敏孝教授らが2006年11月の千島列島東方沖の地震後に岩手県釜石市の小学生にアンケートした結果、避難指示を聞いた後、実際に避難したのは290人中わずか7人でした。避難しない理由として、保護者が「大丈夫」「津波は来ない」「前にもあった」などと判断したのです。東日本大震災が起こったのはこのアンケートのおよそ4年後です。
2018年7月西日本の大水害で各地が被害に合いました。特に被害が大きかった岡山では「晴れの国・岡山で大きな水害が起こるはずがないという根拠のない思い込みがあった」と証言する声が報道されました。2019年6月に九州を襲った豪雨で避難指示が出されたとき、鹿児島市の避難率は1%未満だったという指摘もあります。
なぜ避難指示を無視するのか。これを説明するのによく使われるのが「正常性バイアス」と「同調性バイアス」です。正常性バイアスとは、自分にとって都合の悪い情報を無視することで、同調性バイアスとは、他のみんなもそうだから……、と思ってしまうことです。これら心理学用語は心理学者が語るべきかもしれませんが、私見としては「私に限ってそんな不幸が起こるはずがない=私はいつも幸せでいて当然」という気持ちが強いからこのようなバイアスが生まれるのではないかと考えています。
新型コロナにもこういう楽観論がはびこっています。よくあるのが「中国は医療技術が低い。日本なら感染しても死ぬことはない」というものです。ひどいものになると、「アメリカ軍が中国人を殺害するために既存のコロナウイルスにHIVの遺伝子を組み入れて武漢でばらまいた」、という陰謀論もすでに登場しているようです。この陰謀論は「ウイルスは人為的につくられたもの。抗HIV薬のカレトラが新型コロナに効くから(これは事実ですでに日本でも新型コロナに使われています)感染しても心配ない」という考えにつながります。陰謀論というのは自分の考えを正当化するのに(つまり自分の”幸せ”を維持するのに)都合がいいのです。
一方、マスクを探し求めていくつもの薬局を巡るような人たちというのは、「短期間で死亡するかもしれないそんな感染症で自分の”幸せ”を妨害されてたまるか。なんとかしてマスクで自分自身を守らなければ」という思いが強くなりすぎて、たかがマスクを高値で買い求めるという行動に走ってしまうのです。
新型コロナでいえば、マスクはときに大切ですがマスクがなくても感染のリスクを下げることはできます。むしろマスク装着よりも予防に大切なことがいくつもあります(注3)。
今回のこのコラムで私が言いたいのは「新型コロナをどうやって予防するか」ということではありません。言いたいのは「未知の感染症にいつ遭遇するかもしれないという事実を受け入れて理にかなったリスク対策をしよう」ということです。
新型コロナの発端は武漢市の海鮮市場だと言われています。しかし「海鮮」と名がついているものの様々な小動物が生で売られていたそうです。SARSと同じようにコウモリ→小動物→ヒトというルートが指摘されています。さて、ここであなたも考えてみてください。ネット情報によると、この海鮮市場はいわば”観光地”のひとつであり、外国人もよく訪れていました。あなたが、例えばアジアのどこかの街を訪れ、こういった市場があったとすれば近づくことを避けるでしょうか。もしもその街に友達がいたとして、その友達に誘われたとしたら……。
私は武漢市には行ったことがありませんが、動物の市場ということであればタイのイサーン地方(東北地方)や北部にある日本人が行かないような市場を見学したことが何度かあります。そこでは生きたヘビやネズミや、名前も分からないアライグマのような動物も売られていました。今のところ、タイではこういった動物から新種のウイルスがヒトに感染したという報告はありませんが、武漢市で生じたことがタイで起こらないとも限りません。では私は今後そういったところに近づかないかと問われれば、やはりこれまでと同様”観光”を楽しみます。動物に近づかないようにはしますが。
MERSは感染者が大きく減少していますが消滅はしていません。潜伏期間は最長14日程度と言われています。ヒトからヒトへ容易に感染し(2015年の韓国のアウトブレイクを思い出してください)致死率は30%以上です。ではあなたは中東から入国したばかりの人を見かければ逃げ出すのでしょうか。
重篤な感染症に感染するリスクは日常生活のなかでもゼロではないと考えるべきです。また、どこに住んでいても人生には災害や事故などのリスクもあります。つまり、生きている限り突然の不幸に見舞われる可能性はあるわけで、大切なのは「そういったことも起こり得る」ことをきちんと認識した上でリスクコントロールをすることです。「幸せ」が突然終焉を迎える可能性も覚悟しておくべきであり、それを無視することが危険なのです。そして、そのことを理解していれば「生きているだけで”幸せ”」と感じることができます。
いつも幸せでないと気が済まない人と生きているだけで幸せと思える人、本当に”幸せ”なのはどちらでしょうか。
************
注1: この「事件」については「医療プレミア」でも「日経メディカル」でも紹介しました。
注2: これも「医療プレミア」(2020年2月13日号)で取り上げました。
注3: 手洗い・うがいが何よりも重要なのは言うまでもありません。先月のミニ講演会で見てもらった「ビデオ」も参照してみてください。
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|2020年1月31日 金曜日
2020年1月31日 電子タバコ、WHOがついに「危険宣言」
電子タバコは有害か否か、禁煙のツールとして有効か否か。
このサイトで何度も取り上げているこの論争、どうやら「電子タバコは有害」という方向に大きく傾いてきました。過去のコラム(はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」)で取り上げたように、イギリス政府は「電子タバコは禁煙に有効であり、積極的に紙タバコから切り替えるべきだ」という方針を固辞しています。
一方、米国では電子タバコで死者が相次いでいることを問題視し、危険性を指摘する声が強くなってきていました。タイやシンガポールでは所持しているだけで「罪」になることも上記のコラムでお伝えしました。
今回紹介したいのはWHOの見解です。2020年1月29日に更新された電子タバコのQ&Aで、電子タバコの危険性を強く警告しています。
WHOによれば、電子タバコは10代の若者の脳の発達に悪影響を与え、胎児にも障害を与える可能性を指摘しています。また、禁煙の補助ツールになる証拠はない、と断言しています。
************
このWHOの見解はイギリス政府の主張とまったく異なるものです。では、イギリスではこのWHOの見解をどのように報道しているのでしょうか。「The Telegraph」が「WHOが電子タバコは有害であり安全でない(World Health Organisation: E-cigarettes are harmful to health and are not safe) 」という記事を掲載しています。
2015年以降、イギリス保健省(Public Health England)は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。The Telegraphの記事によれば、この保健省の発表に疑問を感じているイギリスの専門家もいるそうです。
先述のコラムでも述べたように、電子タバコについてはイギリスだけが世界から孤立しているような状態です。今回紹介したWHOのこの発表でその孤立がますます加速することになりそうです。
参考:
はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」
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