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2021年6月6日 日曜日
2021年6月6日 米国では女性看護師の自殺リスクが一般女性の2倍
医師の自殺リスクが高いということがしばしば指摘されます。きちんとした統計データは見たことがないのですが、我々医師の実感としてもこれは正しそうです。医学部の一学年あたりの学生数は80~100人程度しかいないのですが、卒後10年以内にどの大学のどの学年も1人くらいは自殺しているだろうと言われています。
他方、看護師ではそういう話を聞きません。むしろ、私の個人的な経験でいえば(その多くは太融寺町谷口医院の患者さんですが)看護師として長年勤務して引退されている人は身体も心も健康な人が多いという印象があります。
しかし、米国では女性看護師の自殺リスクが一般女性の2倍とする研究があります。
医学誌「JAMA Psychiatry」2021年4月14日号に掲載された論文「米国の看護師と医師の自殺リスク (Association of US Nurse and Physician Occupation With Risk of Suicide)」を紹介しましょう。
研究に用いられたデータベースでは2017年から2018年にかけて自殺した看護師は2,374人(うち1,912人が女性)、自殺した医師は857人(84.4%が男性)でした。同時期に自殺した一般人口は121,483人(男性が77.8%)でした。これらから、女性10万人あたりの自殺者は看護師で17.1人、一般集団で8.6人となります。よって女性看護師は看護師でない女性にくらべて自殺リスクが約2倍高いということになります。一方、医師は一般人口と比べて自殺リスクが高いとはいえません。
自殺の方法は「薬物」が多く、薬物を用いた自殺者は一般人口では16.8%なのに対し、医療者では24.9%もあります。使用される薬物は、医療者では、バルビツール酸(睡眠薬)、オピオイド(医療用麻薬)、ベンゾジアゼピンが多かったようです。
尚、この研究は新型コロナウイルス流行前のデータであることを押さえておいた方がいいでしょう。きちんとした統計があるかどうかわかりませんが、(女性)看護師が新型コロナのせいで自殺したというニュースを何度か読んだ記憶があります。コロナを加味すればさらに自殺リスクが高くなるかもしれません。
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冒頭で述べたように、引退後もいきいきとしている女性に元看護師が多いという印象が私にはあるのですが(他には元小学校の先生も多い)、よく思い出してみると、谷口医院に通院している若い女性看護師は精神疾患を持ち合わせていることが少なくありません。さすがにバルビツールやオピオイドを常用している人は(ほぼ)いませんが、ベンゾジアゼピンに頼っている看護師はそれなりに多いといえます。
ベンゾジアゼピンはゆっくりと減らしていく治療をおこなっていくわけですが、上手くいかないこともあります。なかには、看護業務を続けられなくなり、看護師をやめて別の仕事にうつる人(なかには社会復帰できない人も)もいます。
ということは、「女性看護師は引退後もいきいき」は「元々引退後も健やかにすごせる人が看護師に向いている」ということであり、「元々メンタルが強くない人が看護師になると薬物に依存するようになり自殺のリスクも上がる」ということなのかもしれません。
たしかに看護師の世界は(おそらく医師の世界よりも)厳しい社会です。ですが、ものすごくやりがいがあって他者に貢献できる職業なのは事実です。谷口医院の患者さんのなかには(なぜか)「これから看護師を目指します」と話す30~40代の女性が少なくなく、またメールでそのような相談を受けることもしばしばあります。
どうかそういった人たちも、米国のこの研究で将来に不安を感じるのではなく、「なぜ看護師を目指そうと思ったのか」をいつも思い出して自身の夢に進んでもらいたいと思います。看護師が素晴らしい職業であることは私が保障します。
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|2021年6月3日 木曜日
2021年6月 コロナワクチンを当院で実施しない理由
2021年3月、翌月より高齢者に対する新型コロナウイルスのワクチン(以下、単に「コロナワクチン」)が始まることが決まり、保健所から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)での接種依頼が来たとき、私は「実施します」と直ちに返答しました。
ですが、最終的には谷口医院では「実施しない」ことに決めました。高齢者に対してだけでなく、当院をかかりつけ医にしているすべての患者さんに対しても、です。そして、ワクチンを希望する人全員に集団接種会場で接種するよう助言しています。ただし、コロナワクチンについても、谷口医院には担うべき重要な任務が残っています。今回はこれらについてまとめてみます。
谷口医院がコロナワクチンを実施しないことを決めた理由は主に3つあるのですが、そのなかでも最大の理由は「コロナワクチンは集団接種会場でうった方がはるかに安全」だからです。
厚生労働省が5月26日に公表した資料によると、5月21までにファイザー社製のワクチンを接種した約611万人のうち、25歳から102歳の男女85人の死亡が確認されています。このうち5月16日までに報告があった55人について、厚労省は「その全員が情報不足等によりワクチンとの因果関係が評価できない」しています。
役人は後からの責任追及を避けるため断定した表現を嫌います。「因果関係が評価できない」の本音は「ワクチンが原因かもしれないけど、それを決定づける証拠がない」という意味で、要するにこれは「ワクチンが原因の可能性もありますよ」と言っているわけです。
611万人の接種で85人が死亡ですから、100万人あたりの死亡者数は13.9人となります。これを多いとみるか少ないとみるかについては他のワクチンが参考になります。たいていワクチンの説明をするときは「だいたい100万人に1人くらいに重篤な副作用が起こる」という表現が使われます。それに鑑みると、コロナワクチンのリスクは1桁以上高いことになります。
それほどのリスクのあるコロナワクチンですが、「うたないこと」もまたリスクになります。有効率95%であることがわかっているワクチンをあえて接種せず、コロナに感染して死亡すれば悔やみきれないでしょう。コロナについてはワクチンをうたないことがリスクであるとも言えるのです。つまり、うってもリスク、うたなくてもリスク、それが非常事態の現実なわけです。
さて、ワクチンを接種することを決めたとして、接種後のアクシデントは最小限にしなければなりません。そのアクシデントを「接種直後」と「しばらくたってから」に分けて考えてみましょう。
接種直後に起こり得るアクシデントはアナフィラキシーです。また、気分不良や嘔吐なども起こり得ます。もしも意識を失うような危険な状態になったときに最も必要なのは何でしょう。こんなときには「じっくりと話を聞いてくれる優しい看護師」も「最新の論文に熟知し学会発表を頻繁にしている優秀な医師」も役に立ちません。
そのようなときに頼りになるのは、最適な救命用具、薬、そしてそれらを使いこなせる知識と経験が豊富な医師と看護師。そして、最も大切なのが「十分なマンパワー」です。つまり、人数がそろっていることが最重要事項なのです。
要するに、ワクチン接種直後の安全性を確保しようと思えば、谷口医院のようなクリニックで接種するよりも集団接種会場の方がはるかに優れているわけです。
ただし、コロナワクチンには「接種直後」だけでなく「しばらくたってから」のリスクがあります。実際、接種数日後に「予期せぬこと」が起こり、他界しているケースが目立ちます。このリスクを適切に評価し、きちんとフォローしていくのがかかりつけ医の使命です。よって、谷口医院の患者さんには、「ワクチン接種後何かあった場合はすぐに(電話かメールで)連絡してきてください。場合によっては最優先で診察しますし、重症化している場合はこちらで救急車を手配して救急病院に交渉します」と伝えています。
谷口医院がコロナワクチンを集団会場で接種するよう勧めている理由は他にもあります。ワクチン接種をすることにより一般の診察に影響が及ぶことも大きな理由です。コロナ禍で電話再診を増やし、不要不急の受診を控えてもらっていることもあり、以前に比べると少し余裕をもって外来をおこなえていますが、それでも日によっては待ち時間が長くなってしまいます。この状況のなかで、何かと手間のかかるワクチンも手掛けるとなると、通常の外来に来られる患者さんに迷惑がかかることになります。またスタッフの疲労度もかなり増すのは間違いありません。
もうひとつ、谷口医院がコロナワクチンを実施しないことを決めた理由は「コロナワクチンを実施する診療所が思いのほか多い」ことです。医師会から聞いている情報では、かなりの内科系クリニックがワクチン接種をおこなうそうです。3月の時点で「当院はワクチンを実施します」と保健所に回答したのは、「他の診療所はやらないから行き場をなくす人が増えるだろう」と考えたからです。また、この時点では集団接種がおこなわれることがまだ決まっていませんでした。
ですが、現在では、集団接種のみならず、多くの一般の診療所/クリニックが実施することを表明しています。ならばかつてのPCR検査のように「他がやらないのなら谷口医院でやらねば……」と考える必要はもはやないわけです。
思い起こせば昨年(2020年)6月、コロナを疑った患者さんを診察して当院から保健所に交渉してもPCR検査を拒否されることが多く、それならば、と考え検査会社に交渉して谷口医院でPCR検査を開始しました。検査会社によると、谷口医院が大阪市で初めてPCRを実施したクリニックだったそうです。当時はPCRどころか、発熱患者の多くがかかりつけ医を含む複数の医療機関から受診を断られ、保健所からは検査を拒否され、行き場をなくしていました。
そのため、谷口医院の「発熱外来」の原則は「谷口医院をかかりつけ医にしている人のみ」を対象としたものでしたが、例外的に「どこに行っても断られる」という患者さんを診るようにしていました。そして、そういう患者さんが後を絶たなかったのです。
ところが、こういう患者さんは今年(2021年)の2月頃よりほぼいなくなりました。おそらく「発熱外来」をおこなう医療機関が増えてPCRを実施するようになったからでしょう。ところで、大阪府の「発熱外来」実施医療機関は大阪府のウェブサイトの「大阪府 診療・検査医療機関 公表一覧 [Excelファイル/33KB]」に掲載されています。このなかの「A方式」の医療機関はかかりつけ医でなくても診察可能なところです。谷口医院は「B方式」です。B方式は「かかりつけにしている患者さんのみ対応します」という意味です。
ということは、いつのまにか、谷口医院は「コロナにはさほど積極的でない医療機関」へと変わりつつあり、ようやくおよそ1年4か月ぶりに元の状態に戻って来た、ということになります。
ただし、現在の外来が元の世界と異なるのは「ポストコロナ症候群」と私が呼んでいるコロナ後遺症の患者さんが少なくないことです。これからは、さらに「ワクチン接種後の後遺症」の訴えを診察する機会が増えるかもしれません。
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|2021年5月30日 日曜日
2021年5月30日 「仕事で身体動かしてます」は無意味?
2007年の開院以来、当院が一貫して言い続けているのが「検査や薬は最小限に」です。では、薬を極力減らしてどのように治療しているかというと、最も患者さんに言い続けているのが「運動」です。肥満や他の生活習慣病はもちろん、頭痛やめまいなどの神経疾患、胃炎や過敏性腸症候群などの消化器疾患、肩こりや腰痛といった整形外科的疾患、うつや不安などの精神疾患にも運動を積極的に勧めています。そして実際、運動だけでこういった疾患が治癒することも少なくありません。
患者さんに「運動しましょうよ」と言って、よく反論されるのが「私は仕事で身体を動かすので、運動はすでにしています」というものです。しかし、私の経験上、「仕事での運動」は(職種にもよりますが)あまり効果がありません。今回紹介するのはその私の考えを支持するような論文です。
医学誌「European Heart Journal」2021年4月14日号に掲載された論文「心血管疾患における身体活動のパラドックスと全死亡率: 104,046人の成人を対象としたコペンハーゲンの人口調査 (The physical activity paradox in cardiovascular disease and all-cause mortality: the contemporary Copenhagen General Population Study with 104 046 adults)」によると、「余暇の時間に運動をすると心血管疾患のリスクが低下するが、仕事で身体を動かすと逆に上昇する」ようです。
研究の対象はデンマークの20~100歳の一般住民104,046人です。余暇の身体活動レベル、及び仕事での身体活動レベルが、自己申告に基づいて「低値」「中等度」「高値」「極めて高値」の4つのグループに分られています。そして、追跡調査を10年間(中央値)おこない、心血管疾患との関連が調べられています。追跡期間中に7,913件(7.6%)の心血管疾患が確認され、9,846人(9.5%)が死亡しています。
結果は次の通りです。
余暇の身体活動レベルが「低値」のグループに比べると、「中等度」は14%、「高値」は23%、「極めて高値」は15%、心血管系疾患に罹患するリスクが低下していた。
「死亡」でみると、「低値」のグループに比べ、「中等度」は26%、「高値」は41%、「極めて高値」は40%、リスクが低下していた。
一方、仕事での身体活動レベルが「低値」のグループに比べると、「高値」は15%、「極めて高値」は35%、心血管系疾患に罹患するリスクが上昇していた。
「死亡」でみると、「低値」のグループに比べ、「高値」は13%、「極めて高値」は27%、リスクが上昇していた。
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なぜ、余暇の時間に運動すれば健康になり、仕事で身体を使えば不健康になり死亡率が上昇するのか、その理由は論文からは分かりません。
大切なのは、理由はともかく、仕事で身体を動かす人もそうでない人も、余暇の時間に運動しましょう、ということです。
尚、どのような運動が望ましいかについてまでは分析されていませんが、当院で勧めることが多いのは、50歳未満ならジョギング、50歳以上なら速いスピードのウォーキング、さらに年齢に応じた筋トレです。
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|2021年5月20日 木曜日
第213回(2021年5月) 分かり始めた「ポストコロナ症候群」
「コロナ後遺症」という言葉を聞く機会が増えてきました。新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染し、ウイルスは消えたのにもかかわらず様々な症状に苦しめられることを言います。私は、過去のコラム「よく分からなくなってきた「ポストコロナ症候群」」で、この”疾患”はつかみどころがなく、実に分かりにくいという話をしました。
コロナに感染すると後遺症が出現することがあると私が確信したのは去年(2020年)の4月です。このサイトでポストコロナ症候群という言葉を用いて初めて紹介したのは、2020年8月のコラム「ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群」ですが、日経メディカルの私の連載では「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月8日に公表しました。
ポストコロナ症候群が存在することを確証していながら、なぜ次第に分かりにくくなってきたのかというと、その最大の要因は「症状が客観的に分かりにくいこと」です。通常、ある疾患の病名を確定するには「客観的な証拠」が必要です。がんなら「がん細胞が病理検査で検出された」、甲状腺機能低下症なら「甲状腺ホルモンの数値が下がっている」などです。
ポストコロナ症候群の場合、患者さんが訴えるのが、倦怠感、頭痛、味覚障害など、測定することができないものばかりです。脱毛については明らかな例もありますが「本当にそうかな?」と疑わざるを得ないものもあります。また、抑うつ感や不眠を訴える人も少なくないのですが、以前からそういう訴えがあった人も少なくなく、コロナと関係があるのかどうかは調べようがありません。
ポストコロナ症候群が分かりにくい理由はまだあります。コロナに感染していたのが確実なのであれば、症状があればとりあえずはポストコロナ症候群と呼んでいいわけですが、感染していたかどうかが不明な場合、診断のしようがないのです。
理論上、抗体検査は診断の根拠になり得ますが、精度がそれほど高くないことが欠点です。最近は精度がかなり上がり、スパイク蛋白に対する抗体も調べることができるようになったのですが、抗体は長期間維持されないことが指摘されています。また、保険適用がなくこの点が隘路となります。例えば「PCRはしてないけど去年の春にコロナになったんです。その後、しんどいのが続いてて今も就職活動ができないんです」という人がいます。就職活動が上手くいかない原因をコロナのせいにしているのでは?と疑いたくなることもあります。
ポストコロナ症候群が分かりにくい理由はまだあります。実は、私がこの疾患の存在を疑い出したときから、症状を訴える人の何割かはもともとナーバスで、精神的に脆弱な人が多かったのです。そういった人が、いったん「コロナに感染したに違いない」という思考回路に入ってしまうと、ほんのささいな症状でも後遺症だと思い込んでしまいます。そして、こういうタイプの人たちは症状が長期間続きます。
ただ、太融寺町谷口医院に長年通院している患者さんのなかには、そのようなナーバスなタイプではないのに症状を訴える人もいます。しかし、その症状は客観的に評価しづらいものです。
ここまでをまとめると、ポストコロナ症候群の特徴は次の3つになります。
#1 症状は頭痛、倦怠感、抑うつ感、動悸など神経に関係しているものが多く、これらは客観的に評価しにくい
#2 もともとナーバスな性格の人に多い
#3 もともとナーバスな人は後遺症が長期間続く
#1について、最近興味深い論文が発表されました。医学誌「The Lancet Psychiatry」2021年5月1日号に掲載された論文「Covid-19に罹患した236,379人の6か月間の神経学的および精神医学的転帰 (6-month neurological and psychiatric outcomes in 236?379 survivors of COVID-19: a retrospective cohort study using electronic health records)」です。
この論文では、コロナと他の疾患(インフルエンザ及び他の呼吸器疾患)で神経学的な後遺症がどれほどの差をもって起こるかが調べられています。その結果、コロナ感染者は、インフルエンザ感染者に比べて神経症状を発症する確率が44%高いことが分かりました。
私がこの論文を読んで最初に思ったのが、「コロナでなくても、インフルエンザでも他の呼吸器感染症でも神経症状(後遺症)が起こるんだ」ということでした。今までそのようなことを意識したことがなかったからです。ですが、よく考えてみると、インフルエンザは重症化すると「インフルエンザ脳症」を起こしますし、細菌性肺炎の場合でも、特に高齢者の場合はその後脳梗塞を起こすことがしばしばあります。ということは、感染の後の後遺症はコロナに限ったことではない、ということになります。ただし、コロナの場合は他の感染症に比較して、そういった神経症状を発症する可能性が高いわけです。
では、なぜコロナの場合は神経症状を起こしやすいのでしょう。最初私はその鍵が「血栓」にあるのではないかという仮説を立てました。コロナに感染すると体中に血栓ができて血管が詰まることはすでに明らかになっています。血栓が脳の血管に生じると脳梗塞を起こしたり、(米国の舞台俳優のように)足を切断したりといった事例が生じるわけです。ですから、コロナに感染し重症化してくるとヘパリンという血をサラサラにする薬を投与することが治療のひとつになります。
ですが、コロナ後遺症で苦しんでいる当院の患者さんに血栓ができているとは思えません。たしかに感染してしばらくしてからはd-dimerという血栓の指標が上昇することが多いのですが、その上昇はそれほど長く続きません。ですが、症状は残るのです。血栓が何らかのきっかけになったとしても他に理由があるはずです。私の仮説は「炎症」そして「低酸素血症」です。そう考えるきっかけとなった論文を紹介しましょう。
医学誌「Free Neuropathology」に掲載された論文「COVID-19の神経病理学:臨床病理学的最新情報 (Neuropathology of COVID-19 (neuro-COVID): clinicopathological update)」によれば、コロナで死亡し剖検された184人の脳のうち、43%にミクログリアの活性化が認められました。また、別の論文、医学誌「Brain」2021年4月15日号の「コロンビア大学でのCOVID-19神経病理学 (COVID-19 neuropathology at Columbia University Irving Medical Center/New York Presbyterian Hospital )」でも、コロナで死亡した人の解剖から脳にミクログリアの活性化が認められました。ミクログリアというのは脳内の免疫を担う細胞の1つで、炎症反応を引き起こします。つまり、コロナに感染すると脳内のミクログリアが活性化し炎症が起こることを示しているわけです。
ただし、コロナそのものが脳内のミクログリアに直接働きかけて炎症を生じさせている証拠はありませんし、その可能性はそれほど高くないと思います。先述の「Brain」の論文によれば、おそらく低酸素血症が原因で全身性の炎症が起こり、その結果脳内のミクログリアが活性化したのではないかと推測されています。
ということは、先に起こった症状は「肺炎」です。肺炎→酸素が取り込めない→低酸素血症→脳のミクログリアに炎症、と考えられるわけです。
ところで、うつ病の病態が「炎症」ではないかということが最近よく言われます。全貌は分かっていないものの、うつ病患者の脳内ではミクログリアの活性化が生じていることを示した研究も相次いでいます。炎症が元々あるところに、低酸素血症が起こればさらにその炎症が悪化することは想像に難くありません。
そして、最近の論文でコロナに感染するとかなり長期間抑うつ症状が生じることが分かりました。医学誌「JAMA」2021年3月12日号に掲載された論文「コロナの急性症状と成人のうつ症状との関連 (Association of Acute Symptoms of COVID-19 and Symptoms of Depression in Adults)」によれば、感染から4ヵ月後の時点で52%が「大うつ病」の診断基準を満たしていました。
これですべての謎が解けたかもしれません。まず、コロナに罹患するとたとえ自覚症状が軽度であったとしても低酸素血症が起こります。呼吸苦の訴えが乏しいのにもかかわらず酸素飽和度が低下していることがコロナではよくあります。低酸素血症の結果、脳内のミクログリアが活性化し炎症が起こります。うつ病患者はもともとミクログリアの活性化が高く、低酸素血症で炎症が一気に悪化します。いったん炎症が起これば回復するのに時間がかかりますが、やがて回復すれば神経症状は消えます。ただし、うつ病があれば元々ミクログリアが活性化しているわけですから、長引くことが予想されます。
ここまでくれば後は「対策」です。「コロナに感染した(かもしれない)ときはできるだけ早く酸素投与をおこなえば、後遺症=ポストコロナ症候群を予防できる可能性がある」となります。
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|2021年5月15日 土曜日
2021年5月 「残された時間」がわずかだからメルマガ発行
私には残された時間がわずかしかない……
などと言えば「何をおおげさな……」と思われるでしょうが、ここ数か月でこの気持ちが「確信」に近づきました。といっても、末期がんが見つかったわけでも、自殺を決意したわけでもありません。では、なぜ私には残り時間がわずかしかないのかを説明していきます。
まず、私は以前から人生を逆算して計画を立てることを心がけています。思い通りにならないのが人生であり、これまでの人生を振り返ってみても予期せぬことの連続であったわけですが、それでも「〇歳までに△△をしなければ……」という計画を立て、見直す作業を頻繁にしています。太融寺町谷口医院のことで言えば、いつまでこのスタイルでクリニックを続けるべきか、ということをよく考えます。最近は「生涯現役」という言葉をよく聞きますし、死ぬまで働きたいと考える医師も少なくないのですが、私はそのようには考えていません。
その理由は2つあります。老後はゆっくり過ごしたいから、ではありません。ひとつは、タイでやり残したことがあること、もうひとつは、いずれ今のようには身体も頭も動かなくなるから、です。
「定年制をなくしていくつになっても働くのが社会のためにも自身の健康のためにも望ましい」とする意見を聞く機会が増えてきました。これを間違っているとは言いませんが、若い頃と同じようなパフォーマンスは発揮できません。体力も記憶力も、さらには認知力も落ちてくるからです。現在のように、働く若い患者層が中心のクリニックで1日約70名の患者さんを診察し、困ったことがあれば何でも相談してもらうというスタイルは、ある程度の体力と常に新しいことを学んで知識を増やしていく努力が不可欠となります。
もちろんその努力を放棄するわけではありませんが、どうしても体力の低下は避けられず、若い頃には考えられなかった凡ミスもするようになるでしょう。そういったミスをする前にクリニックの医師は引退しなければならない、というのが私の考えです。引退した後のことは完全に決まったわけではありませんが、以前実施していたようにタイのエイズ施設でひとりひとりの患者さんとじっくり向き合うスタイルのボランティアを考えています。
ところで、私が日本での開業を急いだ理由は「医療機関から見放されている人の力にならなければ……」と考えたからです。医療不信がある、医療機関でイヤな思いをした、医療者から心無い言葉を吐かれた、どこに行っても「うちでは診られない」と言われた、何科を受診していいか分からない、など、医療者からの助けを必要としているのに医療機関を受診できない人が大勢いることを知ってしまったが故に「自分がクリニックを立ち上げねば」と考えたのです。
大学病院で外来をしているときも「どのようなことも相談してください」と言っていたのですが、(大学)病院では診断がつけば「続きは診療所/クリニックで診てもらってください」と言わねばなりません。私はこれがイヤで「いつでも困ったことがあれば相談してください」と言える立場に立ちたかったのです。
日本中のすべての人に「困ったことがあればいつでも相談を」と言いたいわけではありません。すでに何でも相談できるかかりつけ医を持っている人は、私のところには来る必要がありませんし、かかりつけ医をまだ持っていない人も遠方の人は診られません(このため、遠方から来られる人には、せっかく来られたところを申し訳ないのですがお断りさせてもらっています)。それに、当院をかかりつけ医にするようになった人も、「いつでも気軽に」ではなく、できるだけ受診回数を減らすように努力してもらっています。「検査や薬は最小限にして、受診回数を減らしていきましょう」は15年前の開業時から言い続けている言葉です。
さて、こんな私は「かかりつけ医をみつけてもっと利用すべきだ」ということを様々なところで言い続けているわけですが、新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)が流行しだしてからこの考えが変わりました。なぜなら、この1年と3か月の間、「かかりつけ医からはうちでは診られないと言われてどこに相談していいか分からない」という相談をもう百回以上も聞いたからです。当院は2020年3月の時点から「症状に関係なくコロナが心配な人は相談してください」と言い続けて、通常の時間枠とは別の「発熱外来」を設けました。PCR検査が保健所の許可が必要だったときから検査会社と独自に交渉して、2020年6月上旬には当院で検査を始めました。
ところが、多くの診療所/クリニックは「コロナは診ません」という方針をとったのです。私にはこれが理解できませんでした。なぜ、日ごろ困っている患者さんが「コロナかもしれない」と不安に苦しんでいるときに「うちでは診られないからよそに行って」と言えるのでしょう。百歩譲って何らかの事情で診られないとしても、ならばなぜ診てもらえる医療機関を紹介しないのでしょう。高熱と呼吸困難で苦しんでいる患者さんに対して、「自分で診てもらえるところを探せ」はあまりにもひどすぎます。
我々医師の世界では「前医を非難してはいけない」というルールがあります。これは前医の診断が間違っていたとしても、それはそう診断する理由があった事情を尊重しなければならないからです(参考:メディカルエッセイ第26回(2005年10月)「後医は名医?!」、マンスリーレポート2018年2月「医師が医師を非難するのはNGだけど…」)。
「前医を非難してはいけない」というルールには今も従うつもりでいますが、この1年あまりで「例外は多数ある」と考えるようになりました。もっと言えば、「例外の方が多いのでは」と思わざるを得ません。この1年間で当院をかかりつけ医にしている患者さんの多くが仕事を失くしています。そして、新たな仕事が見つからないと言います。飲食店の経営者の人たちは「協力金のおかげでなんとか続けていられるがこの先が不安」と言います。そんななか、保険医協会という医師の団体は「全ての医療機関に減収補填を」と訴えているのです。私はこの文字を見たとき自分の目を疑いました。患者数が減ったのはコロナを診ないからに他なりません。それで、自身が感染する危険を回避し、患者数が減って暇になって収益が減ったからから補填せよ、はあまりにも自分勝手です。仕事をなくした患者さんのことをどう考えているのでしょうか。
コロナ流行後、いろんな立場の人が批判されています。首相官邸、与党、各自治体及びその首長、公衆衛生学者、保健所、などなど。私の意見を率直に言うと、もっとも非難されるべきは開業医です。日ごろ困っている患者を見放すことが私には理解できないのです。コロナ流行後、この1年余りで当院への相談メールは急増しました。全国から寄せられています。今のところ、どれだけ時間がかかろうと全例に返事をしていますが、もっと効率よく、適切な情報を伝えることができる方法はないだろうか……。
そこで思いついたのが「メルマガ」です。もちろん(守秘義務の観点から)受け取った質問メールをそのまま大勢に転送することはできませんが、内容をアレンジしてプライバシーを確保した上で大勢の人に知ってもらうことは有用でないかと考えるようになりました。これまで当院に寄せられた相談メールは2万通以上あります。そして、改めてよく考えてみると似たような内容のメールが多数あります。
また、私は言うべきことは言葉を飾らずに率直に言うようにしていますが、それでも現在連載している「医療プレミア」や「日経メディカル」ではあまりに露骨なことを書けば編集でカットされますし、このサイトでも書きにくいこともあります。メルマガならそういった表現の制約に悩まされることもないでしょう。もちろん自分の言葉には責任を持ちますが、ダイレクトに言いたいことを表現したいと考えています。「残された時間」を使って、開業をしたときから抱き続けている「患者さんに伝えたいこと」をメルマガで述べていきたいと思います。
そんなメルマガは「まぐまぐ」を使うことにしました。興味のある方は「まぐまぐ」のトップページから「谷口恭」で検索してみてください。
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|2021年5月9日 日曜日
2021年5月9日 鳥のさえずりと水の音で健康増進
波の音と鳥のさえずりで目を覚ます日々……。考えただけでワクワクするのは私だけではないでしょう。そして、こういった環境が健康を増進するという研究結果が発表されました。
医学誌「PNAS」2021年4月6日号に発表された論文「自然の音による健康上の利点と国立公園でのそれらの分布 (A synthesis of health benefits of natural sounds and their distribution in national parks)」です。
この研究では、これまでに発表された自然の音についての合計36件の論文が精査されています。その上で、18件を取り出しそれらを総合的に解析(これをメタ解析とよびます)しています。その結果、単に気分が改善するだけでなく、痛みが軽減し、ストレスが減り、さらに、認知能力の向上も認められたのです。
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この論文は米国の健康サイトHealthDayでも取り上げられています。タイトルは「(波の音と鳥のさえずり、自然の音が癒しをもたらすことを示した研究(Waves Lapping, Birds Singing: Nature’s Sounds Bring Healing, Study Finds)」です。さらに、ビデオもあります。
公園の横に位置したマンションやホテルはそれだけで人気があると聞いたことがあります。公園の存在だけでなく、鳥のさえずりも人気に寄与しているのかもしれません。公園に噴水や池があれば尚いいと思いますが、それらがあったとしても「水の音」は聞こえるのでしょうか。
と、ここまで書いて思い出したのが大阪の梅田にあるウエスティンホテルです。私はこのような高級ホテルとは(おそらく生涯)縁がありませんが、このホテル、中庭に「森」があり、その中に滝があることで有名です。近くを通ると(私も通ったことはあります)、まさに本物の滝と同じ音が聞けます。季節と時間によっては鳥のさえずりも聞こえるでしょうから、最高にリラックスできるかもしれません。
ちなみに私は、高級ホテルではありませんが、以前タイ南部の田舎にある海に面したホテルに泊まったことがありこの体験をしました。周りには何もないところで、まさに波の音と小鳥のさえずりで目を覚ましたのです。着替えて海岸に行くと、海藻をとっている高齢の女性がひとりいるだけ。海は格別きれいというわけではありませんでしたが、10年以上も前のあの朝のシーンを今回紹介した論文を読んで思い出しました。
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|2021年4月28日 水曜日
2021年4月28日 「濃厚接触」の定義はどのように変わったのか
「濃厚接触」、1年前から毎日何度も聞くようになった言葉です。
「わたしは濃厚接触になりますか?」「保健所からは濃厚接触ではないと言われたのですが…」「濃厚接触の人と接したわたしも濃厚接触ですか?」などなど、この濃厚接触という言葉をめぐって今も毎日多くの問合せが寄せられています。
その(新型コロナウイルスに関する)濃厚接触の定義が最近変更になりました。
下記は変更前の定義です。国立感染症研究所による「新型コロナウイルス感染症者に対する積極的疫学調査実施要項」(2020年5月29日版)に記載されています。
「濃厚接触者」とは、「患者(確定例)」(「無症状病原体保有者」を含む。以下同じ)の感染可能期間において当該患者が入院、宿泊療養又は自宅療養を開始するまでに接触した者のうち、次の範囲に該当する者である。
(1)患者(確定例)と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者
(2)適切な感染防護なしに患者(確定例)を診察、看護もしくは介護していた者
(3)患者(確定例)の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者
(4)その他:手で触れることのできる距離(目安として1m)で、必要な感染予防策なしで、「患者(確定例)」と15分以上の接触があった者(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)。
2021年4月20日、この定義が見直されました。厚労省のサイトにも書かれていますが、より分かりやすいのはNHKの説明です。
ポイントは「発症の2日前から1メートル以内で15分以上接触」という点です。以前は「期間」についての記述があいまいでしたが、新しい定義でははっきりと「発症の2日前」とされています。距離については、以前は2メートルで新しい基準は1メートル、時間は変わらずに「15分間」です。
2メートルから1メートルに距離は縮められたわけですから、ここだけを見ると、「以前は濃厚接触だったけれど新しい定義では濃厚接触にならない」ケースが増えるように思えますが、NHKは「今回の変更で全国的に増加する見通し」と断定しています。これは、「発症の2日前」と断定されたことで該当者が大幅に増加すると考えているからです。
無症状の発症前の2日間は行動範囲が広いことが予想されますから、そうなるのは当然でしょう。
ただし、あまりこの定義にはこだわらない方がいいと思います。また、「保健所が濃厚接触でないと言ったから…」というのも感染していない理由にはなりません。実際、保健所からは濃厚接触でないと言われ感染していた人も大勢います。
結論としては「気になれば検査を」です。太融寺町谷口医院では、当院をかかりつけ医にしている人と海外渡航目的の人以外は新型コロナウイルスの検査をおこなっていませんが、最近は民間の検査会社が驚くほど低価格(当院が使っているロシュ社製の検査は何倍もします)で検査を実施しています。精度に問題があるという指摘もあるようですが、しないよりはましです。依然として医療者のなかには「PCRの対象を絞れ」という意見も多いのですが、私自身は「疑えば検査を」と言い続けています。
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|2021年4月28日 水曜日
2021年4月27日 たった一度の頭部外傷で認知症リスクが上昇
慢性外傷性脳症(以下「CTE」)の恐ろしさについてこれまで繰り返し述べてきました。今も日本ではこの疾患があまり注目されていませんが、スポーツに捧げた人生の最期が悲惨なものになることから、海外ではサッカーを含むコンタクトスポーツの是非が見直されつつあります。
一般にCTEは繰り返し脳震盪を起こしたような人がハイリスクと言われています。では”繰り返さなければ”リスクは低いのでしょうか。
たった一度の頭部外傷で認知症のリスクが上昇する……
医学誌「Alzheimer’s & Dementia」2021年3月9日号(オンライン版)に掲載された論文でこのようなことが言われています。論文のタイトルは「頭部外傷と認知症の25年間のリスク(Head injury and 25‐year risk of dementia)」で、要約すると「たった一度でも頭部外傷の経験があれば後年に認知症を発症するリスクが25%高く、受傷回数が多いほどそのリスクは上昇する」というものです。
研究の対象は米国のARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)と呼ばれる研究に参加した14,376人(研究開始時の平均年齢は54歳、56%が女性)。追跡期間中(中央値25年)に、対面または電話で頭部外傷に関する聞き取り調査をおこない、さらに対象者のカルテから過去の頭部外傷のエピソードが調べられています。
認知症との関係を分析したところ、認知症を発症した人の9.5%が、過去に生じた1回以上の頭部外傷に関連していることが分かりました。頭部外傷のエピソードがある人とない人を比較すると、一度のエピソードがある人は、後年に認知症を発症するリスクが25%高いことが分かりました。2回以上あれば25年後の発症リスクが2倍以上になっていました。
男女の比較では、女性の方がリスクが高く(女性1.69倍、男性1.15倍)、白人の方が黒人よりもリスクが高い(白人1.55倍、黒人1.22倍)ことが分かりました。
************
どうやら、我々の頭部は固い頭蓋骨に保護されているとはいえ、それほど強固なものではなさそうです。コンタクトスポーツのみならず、日常生活でも注意すべきでしょう。バイク乗車はもちろん、自転車でもヘルメット装着がもっと検討されてもいいかもしれません。
参考:
医療ニュース
2020年8月17日「小児のヘディングは禁止すべきか」
2019年11月23日「やはりサッカーも認知症のリスク」
はやりの病気
第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」
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|2021年4月22日 木曜日
第212回(2021年4月) 内服ミノキシジルが男女のAGA及び円形脱毛症の救世主となる可能性
重症の円形脱毛症も男性型脱毛症(以下「AGA」とします)も、ときに治療するのが極めて困難です。
円形脱毛症はステロイド内服をおこなえばかなりの確率で発毛が認められますが、やめれば元に戻りますから、ステロイドの副作用を考えるとよほどの事情がない限りは勧められない治療です。
AGAはフィナステリドもしくはデュタステリドで大勢の人が改善しますが、長年使用していると効果が減弱してくるのが一般的です。また、これらは女性には使えないという欠点もあります。
ミノキシジル5%の外用は、日本皮膚科学会の脱毛症のガイドラインではAGAに対し、男女とも「A」(行うよう強く勧める)にランクされていますが、1日2回の外用を面倒くさいと感じる人が多く、また痒みなどの副作用もあるために(さらに高額であることもあり)それほど人気はありません。
そこで内服ミノキシジルが以前から注目されていましたが、これは副作用のリスクが大きすぎて「使ってはいけない薬」と考えられてきました。実際、日本皮膚科学会のガイドラインでは「D」にランクされています。「D」は「行うべきではない (無効あるいは有害であることを示す良質のエビデンスがある)」とされているものです。
内服ミノキシジルの危険性について述べる前に、まずこの不思議な薬の歴史を振り返っておきましょう。ミノキシジルの元になる物質がアップジョン社(後にファイザー社に合併されます)によって開発されたのは1950年代です。当初は皮膚潰瘍の治療薬として研究されていました。結果的に潰瘍を治す効果はないことが分かったのですが、強力な血管拡張作用があることが判明しました。そこでアップジョン社はこの物質を高血圧の薬として開発することにしました。物質に改良を加え、1963年にはミノキシジルと命名し、そこから16年後の1979年、ついに「ロニテン(Loniten)」という名前でFDAに認可され、現在も海外では強力な降圧剤として使われています。適用は極めて重症の高血圧に限られ、しかも初回使用時には入院することが勧められています。
それだけ厳重な管理の元で使用しなければならないのは副作用のリスクが極めて高いからです。それらをまとめた論文があります。1981年、医学誌「Drugs」に「ミノキシジル:その薬理学的特性と治療的使用のレビュー(Minoxidil: A Review of its Pharmacological Properties and Therapeutic Use)」が掲載されました。40年前の古い論文ですが、幸運なことにSpringerLinkという様々な論文を出版しているサイトでこの論文のサマリーを閲覧することができます。
ここでその全訳を公開することは(著作権の問題もあるでしょうから)避けますが、これを読めばおそらくほとんどの人が「こんな薬、怖くてとても使う気になれない」と思うはずです。起こり得る副作用が、浮腫(身体がむくむこと)、うっ血性心不全(心臓に水が貯まること)、肺水腫(肺に水が貯まること)、といった命に直結するような副作用のオンパレードなのです。
ところが、ミノキシジルにはこういった心臓や肺などにおこる重篤な副作用以外に、高確率で多毛が生じることが分かり、育毛剤としての開発が検討されることになりました。多毛は全身の様々な部位に起こるようですが、頭髪も増えることが分かりました。しかし、内服するにはリスクが大きすぎます(ただし、ある文献によると、80年代半ばには脱毛症には認可されていないもののAGA治療の目的でロニテンが処方されていたことがあったようです)。そこで、外用薬が開発され、1988年、アップジョン社の「ロゲイン」がFDAに認可されるに至りました。日本では大正製薬が1999年に「リアップ」の商品名で1%のミノキシジルを、2009年に5%の「リアップX5」を発売しました。
内服で重篤な副作用が起こるわけですから、外用にもリスクはあります。実際、因果関係ははっきりしないものの、リアップ(1%)を使用した直後に循環器系の疾患で3名が死亡していたことが明らかとなり、2003年には長妻昭衆議院議員が質問主意書を提出し、厚労省が答弁しています。
その後、長い間、ミノキシジルは外用でも要注意、内服は危険すぎて使えないというのが世界のコンセンサスでした。ところが、です。ここ数年で「少量の内服ミノキシジルがAGAに有効で安全」する報告が相次ぎ、それらをレビューしたような論文も複数出てきました(注)。このなかで、最も新しくてこれまでの研究を総合的にまとめていると思われる論文「AGA治療としての経口ミノキシジルのレビュー:完璧な用量を求めて(Review of oral minoxidil as treatment of hair disorders: in search of the perfect dose)」をここで取り上げたいと思います。医学誌「Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology」2021年3月3日号に掲載されています。
この論文によれば、世界で最も規模の大きい研究は意外にも日本で実施されたものです。その日本の論文は医学誌「The Journal of Clinical and Aesthetic Dermatology」2018年7月1日に掲載された「アジア人男性のAGA治療(Androgenetic Alopecia Treatment in Asian Men)」です。
対象者は18,918人の18~81歳(平均32歳)の日本人男性で調査期間は2011年から2017年。ただし、この研究は、内服ミノキシジル(2.5mgを1日2回)以外にもフィナステリド1mg(1日1回)、外用ミノキシジル(5%)を1日2回、さらに月に一度、様々な成分からなる注射も併用されています。結果は驚くべきもので、著者らが撮影したデジタル写真では、なんとすべての患者で有意な改善が観察されました。治療6カ月後の対象者の満足度は96%!(12カ月後は80%)。しかし、もっと驚くのは副作用の少なさです。頭皮の腫れ、かゆみ、発赤など軽微な皮膚の副作用とめまいが4.2%に起こっただけです。しかも、この副作用はおそらく注射によるものです。ということは、内服ミノキシジルの副作用はほぼゼロであり、フィナステリドだけではこれだけ高い効果が得られないことを考えると内服ミノキシジルの有効性は極めて高いということになります。しかも安全だというのです。
下記の「注」で紹介したすべての論文は「内服ミノキシジルはAGAに高い効果を有し、副作用が少ない」という結論になっています。さらに驚くべきことに、円形脱毛症にも有効だという結論が出ています。
では、本当に内服ミノキシジルは安全な薬でしょうか。率直に言えば、私は懐疑的です。なぜなら、太融寺町谷口医院には、発毛専門クリニックまたは美容系クリニックで処方された(あるいは個人輸入などで購入した)内服ミノキシジルで大変な副作用を経験した患者さんを何人も診ているからです。倦怠感、浮腫、動悸といったところが多いのですが、なかには関節腫脹が顕著となり何軒も医療機関を受診している人もいました。
では私は原則として内服ミノキシジル使用に反対なのかというと、そういうわけではありません。正直な気持ちを述べれば「そこまでして治療しなければならないのか……」という思いはあるのですが、これだけの強い副作用が出ても「何とか飲める方法はありませんか……」と繰り返し尋ねられることが多いからです。
そこで、考えたのが「副作用のリスクコントロールをおこないながら低用量の内服ミノキシジルを使って治療をする」という方法です。このヒントはファイザー社のウェブサイトにありました。ロニテンの使用にあたっては、心臓への負荷を防ぐためにβブロッカーという別の降圧薬と浮腫の予防に一部の利尿薬(ループ利尿薬)を用いるべきだと書かれています。必要に応じてこういった治療を併用していけば内服ミノキシジルが使用できるかもしれません。
とはいえ、日本皮膚科学会のガイドラインでは今も「D」であることに変わりはありません。個別には処方を検討しますが、充分に慎重におこないます。希望する人全員に実施できるわけではありません。
************
注:その他の論文は下記を参照ください。
Oral minoxidil treatment for hair loss: A review of efficacy and safety
Low-dose oral minoxidil as treatment for non-scarring alopecia: a systematic review
Safety of low-dose oral minoxidil for hair loss: A multicenter study of 1404 patients
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|2021年4月11日 日曜日
2021年4月 幸せに必要なのはお金、それとも愛?
過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」で、年収は高ければ高いほど幸せになるわけではないという学説を紹介しました。科学誌『PNAS』に2010年に掲載された、ノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンの論文「高収入で人生の評価が改善しても感情的な幸福は改善しない(High income improves evaluation of life but not emotional well-being)」です。カーネマンによれば、年収が75,000ドル(約900万円)を超えると、それ以上収入が増えても「感情的な幸福」は変わりません。
年収75,000ドルは低くありませんが、これは米国の2010年のデータであり、日米の家賃の比較などから考えて、日本でいえば年収300~400万円くらいに相当するのではないか、とそのコラムで私の考えを述べました。この論文を紹介したのは、ノーベル経済学賞受賞者によるものだから、というより私自身の”感覚”と一致しているからです。お金はあればあるほど嬉しいことは認めますが、贅沢に走らなければある程度の収入があれば生きていけます。短い人生の限られた時間のなかで使える金額はしれています。ちなみに、もしも時間が買えるのなら私は金の亡者になるかもしれません……。
さて、今回のテーマも最近取り上げる頻度が多くなっている「幸せ」です。今回は、まずはこのカーネマンの説に反対する論文を紹介したいと思います。その論文が掲載された科学誌はカーネマンのものと同じ『PNAS』。2021年1月26日号に掲載されたその論文のタイトルは「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する (Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year)」というもので著者はマシュー・キリングスワース(Matthew A. Killingsworth)。わざわざタイトルに「年収75,000ドル」という言葉を持ってきていることからも分かるように、これはあきらかにカーネマンの論文に対抗したものです。
研究の対象者は米国の18~65歳(年齢中央値は33歳)の労働者33,391人(37%が既婚、36%が男性)。平均年収は約85,000ドル(約1,020万円)で、約1%が年収50万ドル(約6,000万円)以上でした。携帯電話のアプリを用い、幸福感や満足感などが調べられました。その結果、収入が多ければ多いほど日々の幸福感が高く、人生に対する満足度も高いことが分かりました。さらに、収入が多ければ多いほど、自信や快適さなどポジティブ感情をより強く感じ、退屈な気持ちや不快感などのネガティブ感情をあまり自覚していないことが示されました。これらを示したグラフ(「幸福感と満足感」、「ポジティブな感情とネガティブな感情」)をみればこの研究は説得力があるようにみえます。さらに興味深いことに、カーネマンの唱えた「年収75,000ドル」を境に、「満足感」が「幸福感」を上回り、「ポジティブ感情」と「ネガティブ感情」が入れ替わっています。
ここまではっきりと「収入はあればあるほど幸せ」という結果を突き付けられると、「人生はカネ次第なのか……」と考えたくなります。
この論文をどう解釈するかは個人の自由ですが、私自身の正直な気持ちを言えば「調査に何らかの誘導があったのではないか」と疑っています。それは自分自身に照らし合わせての気持ちではありません。日ごろ診察している患者さんを診ていての感想です。
太融寺町谷口医院は都心部に位置していますから、どちらかというと若い患者さんが多いクリニックですが、50代以上の患者さんも少なくはありません。患者さんに「幸せですか?」と尋ねているわけではありませんし、この論文のような調査をしたわけではありません。ですが、幸せそうにしている高齢者には一定の傾向があります。私が感じている「高齢者にとっての幸せの秘訣」は「仲の良いパートナーがいるかどうか」です。
この私の実感を裏付ける研究を紹介したいと思います。それは「ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)」です。75年以上にわたり724人の男性が追跡調査されており、すでに研究責任者は4代目です。
この研究を紹介した記事が米国の月刊誌「Atlantic」に掲載されています。その記事から一部の重要な部分を抜粋します。
************
高齢期を迎えて最も幸せで健康な人々は、喫煙せず(あるいは人生の早い段階で禁煙し)、運動し、飲酒はしないか飲んでも嗜む程度にとどめ、精神的に活発だ。だが、これらの習慣は「あるひとつの大きな習慣」と比較すると見劣りする。晩年の幸福の最も重要な因子は、「安定した関係、特に長いロマンティックなパートナーシップ」だ。 80歳で最も健康な者は、50歳での人間関係に最も満足していたのだ。
************
「Atlantic」のこの記事は少し「ロマンティックなパートナーシップ」を強調しすぎているように思われますが、「50歳での人間関係が良好であれば80歳で健康」は、まさに「ハーバード成人発達研究」で分かった最重要事項です。4代目の研究責任者のハーバード大学医学部精神科のRobert Waldinger教授は繰り返しこのことを主張しています。Waldinger氏のTEDは世界中で繰り返し閲覧されています。
この研究が興味深いのは、調査対象者に調査開始の若い頃に「人生の目的は何か」と訊ねていることです。80%以上が「お金(富)」と答え、50%は「有名になること(名声)」と回答しています。しかし、生涯を通しての調査で、最も大切なのは「身近な人との人間関係」であることがわかったのです。
Waldinger教授の英語は大変聞き取りやすく、上記URLのTEDなら英語のスクリプトもついているために一度ご覧いただきたいのですが(感動のあまり涙が出てくるかもしれません)、ポイントは、パートナーシップの重要性を強調している一方で、社会的なつながりをパートナーに限定していないことです。むしろ、Waldinger教授は「愛情がなく諍いのある結婚生活を維持するのは離婚するよりも不健康」と断言しています。結婚でなくてもいいので、家族、友達、地域社会と社会的につながっている人は、つながりが少ない人よりも幸せで、健康で、長生きすることが研究で明らかになったのです。
先述の「Atlantic」でも述べられているように、パートナーとの関係は「燃え上がる儚い恋愛」ではなく「長続きする愛情」が大切です。婚姻状態を維持しているかどうかは関係ありません。「ハーバード成人発達研究」のサイトに掲載されている論文「愛は何と関係があるのか。既婚の80代の社会的機能、健康状態、毎日の幸福 (What’s love got to do with it? Social functioning, perceived health, and daily happiness in married octogenarians )」によれば、結婚しているかどうかが幸せに影響するのはわずか2%です。
さて、これを読まれているあなたは冒頭で紹介した「お金はあればあるほど幸せ」の論文に納得しこれからの人生、お金に執着しますか? それとも深い人間関係を大切にしますか?
最後に、Waldinger教授がTEDの講演でも取り上げているマーク・トウェインの言葉を紹介しておきましょう(訳は谷口恭)。
こんなにも短い人生で 、諍い、謝罪し、傷つけ、責めるような時間などない。愛し合う為の時間しかないのだ。たとえそれが一瞬だとしても。
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