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2021年4月28日 水曜日

2021年4月28日 「濃厚接触」の定義はどのように変わったのか

 「濃厚接触」、1年前から毎日何度も聞くようになった言葉です。

 「わたしは濃厚接触になりますか?」「保健所からは濃厚接触ではないと言われたのですが…」「濃厚接触の人と接したわたしも濃厚接触ですか?」などなど、この濃厚接触という言葉をめぐって今も毎日多くの問合せが寄せられています。

 その(新型コロナウイルスに関する)濃厚接触の定義が最近変更になりました。

 下記は変更前の定義です。国立感染症研究所による「新型コロナウイルス感染症者に対する積極的疫学調査実施要項」(2020年5月29日版)に記載されています。

「濃厚接触者」とは、「患者(確定例)」(「無症状病原体保有者」を含む。以下同じ)の感染可能期間において当該患者が入院、宿泊療養又は自宅療養を開始するまでに接触した者のうち、次の範囲に該当する者である。

 (1)患者(確定例)と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者

 (2)適切な感染防護なしに患者(確定例)を診察、看護もしくは介護していた者

 (3)患者(確定例)の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者

 (4)その他:手で触れることのできる距離(目安として1m)で、必要な感染予防策なしで、「患者(確定例)」と15分以上の接触があった者(周辺の環境や接触の状況等個々の状況から患者の感染性を総合的に判断する)。

 2021年4月20日、この定義が見直されました。厚労省のサイトにも書かれていますが、より分かりやすいのはNHKの説明です。

 ポイントは「発症の2日前から1メートル以内で15分以上接触」という点です。以前は「期間」についての記述があいまいでしたが、新しい定義でははっきりと「発症の2日前」とされています。距離については、以前は2メートルで新しい基準は1メートル、時間は変わらずに「15分間」です。

 2メートルから1メートルに距離は縮められたわけですから、ここだけを見ると、「以前は濃厚接触だったけれど新しい定義では濃厚接触にならない」ケースが増えるように思えますが、NHKは「今回の変更で全国的に増加する見通し」と断定しています。これは、「発症の2日前」と断定されたことで該当者が大幅に増加すると考えているからです。

 無症状の発症前の2日間は行動範囲が広いことが予想されますから、そうなるのは当然でしょう。

 ただし、あまりこの定義にはこだわらない方がいいと思います。また、「保健所が濃厚接触でないと言ったから…」というのも感染していない理由にはなりません。実際、保健所からは濃厚接触でないと言われ感染していた人も大勢います。

 結論としては「気になれば検査を」です。太融寺町谷口医院では、当院をかかりつけ医にしている人と海外渡航目的の人以外は新型コロナウイルスの検査をおこなっていませんが、最近は民間の検査会社が驚くほど低価格(当院が使っているロシュ社製の検査は何倍もします)で検査を実施しています。精度に問題があるという指摘もあるようですが、しないよりはましです。依然として医療者のなかには「PCRの対象を絞れ」という意見も多いのですが、私自身は「疑えば検査を」と言い続けています。

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2021年4月28日 水曜日

2021年4月27日 たった一度の頭部外傷で認知症リスクが上昇

 慢性外傷性脳症(以下「CTE」)の恐ろしさについてこれまで繰り返し述べてきました。今も日本ではこの疾患があまり注目されていませんが、スポーツに捧げた人生の最期が悲惨なものになることから、海外ではサッカーを含むコンタクトスポーツの是非が見直されつつあります。

 一般にCTEは繰り返し脳震盪を起こしたような人がハイリスクと言われています。では”繰り返さなければ”リスクは低いのでしょうか。

 たった一度の頭部外傷で認知症のリスクが上昇する……

 医学誌「Alzheimer’s & Dementia」2021年3月9日号(オンライン版)に掲載された論文でこのようなことが言われています。論文のタイトルは「頭部外傷と認知症の25年間のリスク(Head injury and 25‐year risk of dementia)」で、要約すると「たった一度でも頭部外傷の経験があれば後年に認知症を発症するリスクが25%高く、受傷回数が多いほどそのリスクは上昇する」というものです。

 研究の対象は米国のARIC(Atherosclerosis Risk in Communities)と呼ばれる研究に参加した14,376人(研究開始時の平均年齢は54歳、56%が女性)。追跡期間中(中央値25年)に、対面または電話で頭部外傷に関する聞き取り調査をおこない、さらに対象者のカルテから過去の頭部外傷のエピソードが調べられています。

 認知症との関係を分析したところ、認知症を発症した人の9.5%が、過去に生じた1回以上の頭部外傷に関連していることが分かりました。頭部外傷のエピソードがある人とない人を比較すると、一度のエピソードがある人は、後年に認知症を発症するリスクが25%高いことが分かりました。2回以上あれば25年後の発症リスクが2倍以上になっていました。

 男女の比較では、女性の方がリスクが高く(女性1.69倍、男性1.15倍)、白人の方が黒人よりもリスクが高い(白人1.55倍、黒人1.22倍)ことが分かりました。

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 どうやら、我々の頭部は固い頭蓋骨に保護されているとはいえ、それほど強固なものではなさそうです。コンタクトスポーツのみならず、日常生活でも注意すべきでしょう。バイク乗車はもちろん、自転車でもヘルメット装着がもっと検討されてもいいかもしれません。

参考:

医療ニュース
2020年8月17日「小児のヘディングは禁止すべきか」
2019年11月23日「やはりサッカーも認知症のリスク」
はやりの病気
第137回(2015年1月)「脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~」

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2021年4月22日 木曜日

第212回(2021年4月) 内服ミノキシジルが男女のAGA及び円形脱毛症の救世主となる可能性

 重症の円形脱毛症も男性型脱毛症(以下「AGA」とします)も、ときに治療するのが極めて困難です。

 円形脱毛症はステロイド内服をおこなえばかなりの確率で発毛が認められますが、やめれば元に戻りますから、ステロイドの副作用を考えるとよほどの事情がない限りは勧められない治療です。

 AGAはフィナステリドもしくはデュタステリドで大勢の人が改善しますが、長年使用していると効果が減弱してくるのが一般的です。また、これらは女性には使えないという欠点もあります。

 ミノキシジル5%の外用は、日本皮膚科学会の脱毛症のガイドラインではAGAに対し、男女とも「A」(行うよう強く勧める)にランクされていますが、1日2回の外用を面倒くさいと感じる人が多く、また痒みなどの副作用もあるために(さらに高額であることもあり)それほど人気はありません。

 そこで内服ミノキシジルが以前から注目されていましたが、これは副作用のリスクが大きすぎて「使ってはいけない薬」と考えられてきました。実際、日本皮膚科学会のガイドラインでは「D」にランクされています。「D」は「行うべきではない (無効あるいは有害であることを示す良質のエビデンスがある)」とされているものです。

 内服ミノキシジルの危険性について述べる前に、まずこの不思議な薬の歴史を振り返っておきましょう。ミノキシジルの元になる物質がアップジョン社(後にファイザー社に合併されます)によって開発されたのは1950年代です。当初は皮膚潰瘍の治療薬として研究されていました。結果的に潰瘍を治す効果はないことが分かったのですが、強力な血管拡張作用があることが判明しました。そこでアップジョン社はこの物質を高血圧の薬として開発することにしました。物質に改良を加え、1963年にはミノキシジルと命名し、そこから16年後の1979年、ついに「ロニテン(Loniten)」という名前でFDAに認可され、現在も海外では強力な降圧剤として使われています。適用は極めて重症の高血圧に限られ、しかも初回使用時には入院することが勧められています。

 それだけ厳重な管理の元で使用しなければならないのは副作用のリスクが極めて高いからです。それらをまとめた論文があります。1981年、医学誌「Drugs」に「ミノキシジル:その薬理学的特性と治療的使用のレビュー(Minoxidil: A Review of its Pharmacological Properties and Therapeutic Use)」が掲載されました。40年前の古い論文ですが、幸運なことにSpringerLinkという様々な論文を出版しているサイトでこの論文のサマリーを閲覧することができます。

 ここでその全訳を公開することは(著作権の問題もあるでしょうから)避けますが、これを読めばおそらくほとんどの人が「こんな薬、怖くてとても使う気になれない」と思うはずです。起こり得る副作用が、浮腫(身体がむくむこと)、うっ血性心不全(心臓に水が貯まること)、肺水腫(肺に水が貯まること)、といった命に直結するような副作用のオンパレードなのです。

 ところが、ミノキシジルにはこういった心臓や肺などにおこる重篤な副作用以外に、高確率で多毛が生じることが分かり、育毛剤としての開発が検討されることになりました。多毛は全身の様々な部位に起こるようですが、頭髪も増えることが分かりました。しかし、内服するにはリスクが大きすぎます(ただし、ある文献によると、80年代半ばには脱毛症には認可されていないもののAGA治療の目的でロニテンが処方されていたことがあったようです)。そこで、外用薬が開発され、1988年、アップジョン社の「ロゲイン」がFDAに認可されるに至りました。日本では大正製薬が1999年に「リアップ」の商品名で1%のミノキシジルを、2009年に5%の「リアップX5」を発売しました。

 内服で重篤な副作用が起こるわけですから、外用にもリスクはあります。実際、因果関係ははっきりしないものの、リアップ(1%)を使用した直後に循環器系の疾患で3名が死亡していたことが明らかとなり、2003年には長妻昭衆議院議員が質問主意書を提出し、厚労省が答弁しています。

 その後、長い間、ミノキシジルは外用でも要注意、内服は危険すぎて使えないというのが世界のコンセンサスでした。ところが、です。ここ数年で「少量の内服ミノキシジルがAGAに有効で安全」する報告が相次ぎ、それらをレビューしたような論文も複数出てきました(注)。このなかで、最も新しくてこれまでの研究を総合的にまとめていると思われる論文「AGA治療としての経口ミノキシジルのレビュー:完璧な用量を求めて(Review of oral minoxidil as treatment of hair disorders: in search of the perfect dose)」をここで取り上げたいと思います。医学誌「Journal of the European Academy of Dermatology and Venereology」2021年3月3日号に掲載されています。

 この論文によれば、世界で最も規模の大きい研究は意外にも日本で実施されたものです。その日本の論文は医学誌「The Journal of Clinical and Aesthetic Dermatology」2018年7月1日に掲載された「アジア人男性のAGA治療(Androgenetic Alopecia Treatment in Asian Men)」です。

 対象者は18,918人の18~81歳(平均32歳)の日本人男性で調査期間は2011年から2017年。ただし、この研究は、内服ミノキシジル(2.5mgを1日2回)以外にもフィナステリド1mg(1日1回)、外用ミノキシジル(5%)を1日2回、さらに月に一度、様々な成分からなる注射も併用されています。結果は驚くべきもので、著者らが撮影したデジタル写真では、なんとすべての患者で有意な改善が観察されました。治療6カ月後の対象者の満足度は96%!(12カ月後は80%)。しかし、もっと驚くのは副作用の少なさです。頭皮の腫れ、かゆみ、発赤など軽微な皮膚の副作用とめまいが4.2%に起こっただけです。しかも、この副作用はおそらく注射によるものです。ということは、内服ミノキシジルの副作用はほぼゼロであり、フィナステリドだけではこれだけ高い効果が得られないことを考えると内服ミノキシジルの有効性は極めて高いということになります。しかも安全だというのです。

 下記の「注」で紹介したすべての論文は「内服ミノキシジルはAGAに高い効果を有し、副作用が少ない」という結論になっています。さらに驚くべきことに、円形脱毛症にも有効だという結論が出ています。

 では、本当に内服ミノキシジルは安全な薬でしょうか。率直に言えば、私は懐疑的です。なぜなら、太融寺町谷口医院には、発毛専門クリニックまたは美容系クリニックで処方された(あるいは個人輸入などで購入した)内服ミノキシジルで大変な副作用を経験した患者さんを何人も診ているからです。倦怠感、浮腫、動悸といったところが多いのですが、なかには関節腫脹が顕著となり何軒も医療機関を受診している人もいました。

 では私は原則として内服ミノキシジル使用に反対なのかというと、そういうわけではありません。正直な気持ちを述べれば「そこまでして治療しなければならないのか……」という思いはあるのですが、これだけの強い副作用が出ても「何とか飲める方法はありませんか……」と繰り返し尋ねられることが多いからです。

 そこで、考えたのが「副作用のリスクコントロールをおこないながら低用量の内服ミノキシジルを使って治療をする」という方法です。このヒントはファイザー社のウェブサイトにありました。ロニテンの使用にあたっては、心臓への負荷を防ぐためにβブロッカーという別の降圧薬と浮腫の予防に一部の利尿薬(ループ利尿薬)を用いるべきだと書かれています。必要に応じてこういった治療を併用していけば内服ミノキシジルが使用できるかもしれません。

 とはいえ、日本皮膚科学会のガイドラインでは今も「D」であることに変わりはありません。個別には処方を検討しますが、充分に慎重におこないます。希望する人全員に実施できるわけではありません。

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注:その他の論文は下記を参照ください。 

Oral minoxidil treatment for hair loss: A review of efficacy and safety

Low-dose oral minoxidil as treatment for non-scarring alopecia: a systematic review

Efficacy and Safety of Oral Minoxidil 5 mg Once Daily in the Treatment of Male Patients with Androgenetic Alopecia: An Open-Label and Global Photographic Assessment

Safety of low-dose oral minoxidil treatment for hair loss. A systematic review and pooled-analysis of individual patient data

Safety of low-dose oral minoxidil for hair loss: A multicenter study of 1404 patients

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2021年4月11日 日曜日

2021年4月 幸せに必要なのはお金、それとも愛?

 過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」で、年収は高ければ高いほど幸せになるわけではないという学説を紹介しました。科学誌『PNAS』に2010年に掲載された、ノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンの論文「高収入で人生の評価が改善しても感情的な幸福は改善しない(High income improves evaluation of life but not emotional well-being)」です。カーネマンによれば、年収が75,000ドル(約900万円)を超えると、それ以上収入が増えても「感情的な幸福」は変わりません。

 年収75,000ドルは低くありませんが、これは米国の2010年のデータであり、日米の家賃の比較などから考えて、日本でいえば年収300~400万円くらいに相当するのではないか、とそのコラムで私の考えを述べました。この論文を紹介したのは、ノーベル経済学賞受賞者によるものだから、というより私自身の”感覚”と一致しているからです。お金はあればあるほど嬉しいことは認めますが、贅沢に走らなければある程度の収入があれば生きていけます。短い人生の限られた時間のなかで使える金額はしれています。ちなみに、もしも時間が買えるのなら私は金の亡者になるかもしれません……。

 さて、今回のテーマも最近取り上げる頻度が多くなっている「幸せ」です。今回は、まずはこのカーネマンの説に反対する論文を紹介したいと思います。その論文が掲載された科学誌はカーネマンのものと同じ『PNAS』。2021年1月26日号に掲載されたその論文のタイトルは「年収75,000ドルを超えたとしても幸せは収入に連れて上昇する (Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year)」というもので著者はマシュー・キリングスワース(Matthew A. Killingsworth)。わざわざタイトルに「年収75,000ドル」という言葉を持ってきていることからも分かるように、これはあきらかにカーネマンの論文に対抗したものです。

 研究の対象者は米国の18~65歳(年齢中央値は33歳)の労働者33,391人(37%が既婚、36%が男性)。平均年収は約85,000ドル(約1,020万円)で、約1%が年収50万ドル(約6,000万円)以上でした。携帯電話のアプリを用い、幸福感や満足感などが調べられました。その結果、収入が多ければ多いほど日々の幸福感が高く、人生に対する満足度も高いことが分かりました。さらに、収入が多ければ多いほど、自信や快適さなどポジティブ感情をより強く感じ、退屈な気持ちや不快感などのネガティブ感情をあまり自覚していないことが示されました。これらを示したグラフ(「幸福感と満足感」「ポジティブな感情とネガティブな感情」)をみればこの研究は説得力があるようにみえます。さらに興味深いことに、カーネマンの唱えた「年収75,000ドル」を境に、「満足感」が「幸福感」を上回り、「ポジティブ感情」と「ネガティブ感情」が入れ替わっています。

 ここまではっきりと「収入はあればあるほど幸せ」という結果を突き付けられると、「人生はカネ次第なのか……」と考えたくなります。

 この論文をどう解釈するかは個人の自由ですが、私自身の正直な気持ちを言えば「調査に何らかの誘導があったのではないか」と疑っています。それは自分自身に照らし合わせての気持ちではありません。日ごろ診察している患者さんを診ていての感想です。

 太融寺町谷口医院は都心部に位置していますから、どちらかというと若い患者さんが多いクリニックですが、50代以上の患者さんも少なくはありません。患者さんに「幸せですか?」と尋ねているわけではありませんし、この論文のような調査をしたわけではありません。ですが、幸せそうにしている高齢者には一定の傾向があります。私が感じている「高齢者にとっての幸せの秘訣」は「仲の良いパートナーがいるかどうか」です。

 この私の実感を裏付ける研究を紹介したいと思います。それは「ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)」です。75年以上にわたり724人の男性が追跡調査されており、すでに研究責任者は4代目です。

 この研究を紹介した記事が米国の月刊誌「Atlantic」に掲載されています。その記事から一部の重要な部分を抜粋します。

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 高齢期を迎えて最も幸せで健康な人々は、喫煙せず(あるいは人生の早い段階で禁煙し)、運動し、飲酒はしないか飲んでも嗜む程度にとどめ、精神的に活発だ。だが、これらの習慣は「あるひとつの大きな習慣」と比較すると見劣りする。晩年の幸福の最も重要な因子は、「安定した関係、特に長いロマンティックなパートナーシップ」だ。 80歳で最も健康な者は、50歳での人間関係に最も満足していたのだ。
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 「Atlantic」のこの記事は少し「ロマンティックなパートナーシップ」を強調しすぎているように思われますが、「50歳での人間関係が良好であれば80歳で健康」は、まさに「ハーバード成人発達研究」で分かった最重要事項です。4代目の研究責任者のハーバード大学医学部精神科のRobert Waldinger教授は繰り返しこのことを主張しています。Waldinger氏のTEDは世界中で繰り返し閲覧されています。

 この研究が興味深いのは、調査対象者に調査開始の若い頃に「人生の目的は何か」と訊ねていることです。80%以上が「お金(富)」と答え、50%は「有名になること(名声)」と回答しています。しかし、生涯を通しての調査で、最も大切なのは「身近な人との人間関係」であることがわかったのです。

 Waldinger教授の英語は大変聞き取りやすく、上記URLのTEDなら英語のスクリプトもついているために一度ご覧いただきたいのですが(感動のあまり涙が出てくるかもしれません)、ポイントは、パートナーシップの重要性を強調している一方で、社会的なつながりをパートナーに限定していないことです。むしろ、Waldinger教授は「愛情がなく諍いのある結婚生活を維持するのは離婚するよりも不健康」と断言しています。結婚でなくてもいいので、家族、友達、地域社会と社会的につながっている人は、つながりが少ない人よりも幸せで、健康で、長生きすることが研究で明らかになったのです。

 先述の「Atlantic」でも述べられているように、パートナーとの関係は「燃え上がる儚い恋愛」ではなく「長続きする愛情」が大切です。婚姻状態を維持しているかどうかは関係ありません。「ハーバード成人発達研究」のサイトに掲載されている論文「愛は何と関係があるのか。既婚の80代の社会的機能、健康状態、毎日の幸福 (What’s love got to do with it? Social functioning, perceived health, and daily happiness in married octogenarians )」によれば、結婚しているかどうかが幸せに影響するのはわずか2%です。

 さて、これを読まれているあなたは冒頭で紹介した「お金はあればあるほど幸せ」の論文に納得しこれからの人生、お金に執着しますか? それとも深い人間関係を大切にしますか?

 最後に、Waldinger教授がTEDの講演でも取り上げているマーク・トウェインの言葉を紹介しておきましょう(訳は谷口恭)。

 こんなにも短い人生で 、諍い、謝罪し、傷つけ、責めるような時間などない。愛し合う為の時間しかないのだ。たとえそれが一瞬だとしても。

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2021年4月1日 木曜日

2021年3月31日 心臓の病気で死にやすいのは低所得で運動しない人?

 心疾患に関する論文で興味深いものが2つありましたのでまとめて紹介します。

 ひとつめは「運動不足の人は心臓発作で死にやすい」とするものです。医学誌「European Journal of Preventive Cardiology」2021年2月10日号に掲載された論文「死に至る心筋梗塞と過去の身体活動レベルとの関連 (Association of fatal myocardial infarction with past level of physical activity: a pooled analysis of cohort studies)」によると、日ごろの身体活動量が多い人は、たとえ心筋梗塞の発作を起こしたとしても、死亡しにくいことが分かりました。

 この研究はこれまでに発表された10件の研究を統合して解析し直すこと(メタ解析)によりおこなわれています。研究の対象となった総人数は1,495,254人。追跡期間中に心筋梗塞を発症したのは28,140人。そのなかで発症後28日以内に死亡したのが4,976人(17.7%)でした。

 対象者は身体活動量によって4つにわけられています。「ほとんど運動しないグループ」、「低運動グループ」、「中運動グループ」、「高運動グループ」の4つです。

 「ほとんど運動しないグループ」に比べて、「低運動グループ」、「中運動グループ」、「高運動グループ」は死亡リスクがそれぞれ、21%、33%、45%少ないことが分かりました。

 もうひとつの研究は「収入が多い人ほど心臓が丈夫」とするもので、これは日本の研究です。医学誌「Journal of Occupational Health」2020年2月2日号に掲載された論文「東京の労働者、社会経済的地位が運動習慣と心肺機能に関連 (Socioeconomic status relates to exercise habits and cardiorespiratory fitness among workers in the Tokyo area)」によると、雇用形態や収入、学歴と、運動習慣や心肺機能に関連のあることが分かりました。

 この研究の対象者は東京、埼玉、千葉、神奈川のいずれかに在住で、1日6時間以上、週3日以上働いている20~65歳9,406人(うち男性は56.0%)です。調査は2018年1月~7月にウェブサイト上でおこなわれました。結果は次の通りです。

・年齢と運動習慣の有無は無関係
・既婚者の方が未婚者より運動している(34.7% vs 30.9%)
・高学歴者の方が運動している(大学院卒36.7% vs 高卒者27.8%)
・経営者(雇用者)>正社員(フルタイム従業員)>パートタイムワーカーの順に運動している(41.5% > 36.7% > 27.8%)
・標準体重の人は肥満者ややせている者よりよく運動している

 この研究が興味深いのは、(ウェブ上のアンケートですから)実際には測定していないものの、年齢、性別、BMI、身体活動量から最大酸素摂取量を算出し、これと社会的因子の関係を調べていることです。最大酸素摂取量が大きいほど心配機能が高いと考えればOKです。
 
 その結果、心配機能の高低には次のように関係があることが分かりました。

・大卒者 > 高卒者
・経営者(雇用者)>フルタイム従業員>パートタイムワーカー

 さらに、年収上位3分の1のグループは、下位3分の1のグループに比べて運動習慣がある確率が76%高く、心肺能力が劣る確率が47%低いことがわかりました。

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 2つの論文をまとめると、運動すれば心臓が強くなり(これは当然と言えば当然)、学歴が高く収入が多いほど運動していて心肺機能が高い、となります。最近、所得で寿命が決まるというようなことがよく言われます。それを裏付けるような研究と言えるかもしれません。

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2021年4月1日 木曜日

2021年3月31日 ステロイドは塗り薬でも骨粗しょう症のリスク増大

 アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の治療の最大のポイントはステロイドを早く終わらせることです!

 これは太融寺町谷口医院でほぼすべてのアトピーの患者さんに対して15年前から言い続けている言葉です。ほぼ100%の患者さんに「ステロイドを塗るのは今から1週間のみ。その後は生涯塗らなくてOK」と伝えています。そして、実際、きちんとケアをすればほとんどの患者さんがステロイドゼロにもっていけます(ただし頭皮は除く)。

 しかしながら、痒みがとれれば「忙しい」などを言い訳にしてケアを怠り、再びステロイドが必要になる人もいます。そういう人には「今度こそ今から1週間が生涯最後のステロイド」と伝えるのですが、やはりケアを怠って……、という人もなかにはいます。今回はそんな人にこそ知ってもらいたい研究結果です。

 ステロイドは塗り薬でも骨粗しょう症や骨折のリスクになる!

 医学誌「JAMA Dermatology」2021年1月20日号に掲載された論文「ステロイド外用薬と骨粗しょう症および骨粗鬆しょうが原因の骨折のリスクとの関連 (Association of Potent and Very Potent Topical Corticosteroids and the Risk of Osteoporosis and Major Osteoporotic Fractures)」で報告されています。

 この研究の対象者はデンマークの723,251人。データベースを用いて解析されています。ステロイド外用の累積使用量が500g未満に比べて、501~999gの場合、骨粗しょう症が原因の骨折のリスクが1.01倍に、1,000~1,999gであれば1.05倍に上昇します。2,000~9,999gなら1.10倍、10,000g以上になると1.27倍にもなります。

 また、ステロイド使用量が倍になる度に骨粗しょう症及び骨粗しょう症が原因の骨折のリスクが3%ずつ増加するという結果も出ています。

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 ステロイド10,000gというと、1本が5gの軟膏でいえば2,000本に相当します。2,000本と聞くと多いような気がしますが、太融寺町谷口医院を受診する人のなかには、「これまでの人生でそれ以上使ってきた」と答える人も少なくありません。例えば、月に20本使えば8年4か月で”達成”してしまいます。

 ステロイド外用で骨折が起こるということは当然血中に吸収されているということです。血中にステロイドが吸収されているのなら、骨折以外にも当然様々な副作用が起こり得ます。

 私が医師になり20年近くがたちますが、以前に比べてステロイドに対する危機感が社会全体で薄れているような気がします。改めてステロイドのリスクを見直す必要があります。ちなみに、この研究の対象とされたステロイドは先発品でいえば「フルメタ」です。

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2021年3月15日 月曜日

第211回(2021年3月) 太融寺町谷口医院ではHPVワクチン接種が減らない理由

 去る2021年2月18日、3回目となる毎日新聞主催のミニ講演会をおこないました。例によって時間配分がうまくいかず、最後は慌ただしく終わらざるを得なくなり、質問の時間はほとんど取れませんでした。しかし、その後メールで複数の方からご質問や相談をいただきました。講演の内容は新型コロナを中心としたワクチンの話がメインでしたが、多く寄せられた質問はHPVワクチンに関するものでした。その後も、講演会とは関係なく、大勢の患者さんから、診察室で、あるいはメールでHPVワクチンについての相談が寄せられています。

 2021年2月末、ついに他国に追いつくかたちでMSD社がHPVの9価ワクチン(シルガード9)を発売しました。今回は、新しいワクチンと従来の4価ワクチン(ガーダシル)との違いについての話となりますが、まずはこれまでの流れを簡単にまとめてみましょう。

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2007年4月 世界に先駆けて豪州が12-27歳の女性希望者全員に無料でワクチン接種

2009年12月 日本で2価ワクチン「サーバリックス」が発売

2009年12月 新潟県魚沼市が10代の女性希望者全員に無料接種を発表

2010年1月 兵庫県明石市、東京都杉並区などがワクチン接種無料化を発表

2011年8月 日本で4価ワクチン「ガーダシル」が発売

2011~12年頃 副反応の報告が相次ぎ「被害者の会」が設立され始める

2013年4月 HPVワクチン接種が厚生労働省により「定期予防接種」に加えられる(小学校6年生-高校1年生相当の女子)

2013年6月 厚労省が「子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません」と発表(「積極的勧奨の差し控え」) 。同時期に信州大学医学部の池田修一医師を研究代表者とする研究班(池田班)が設置される。

2014年1月 厚労省の「予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」と「薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全調査会」が、HPVワクチンの副作用は、「心身の反応により惹起された症状が慢性化したものと考えられる」と発表。

2015年8月 日本産科婦人科学会が「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明」を発表

2015年12月 WHOが「予防できるのにもかかわらず、日本政府は若い女性をHPV関連のがんの危険にさらしている」と批判の表明

2016年3月 池田班が「HPVワクチンを接種したマウスのみに自己抗体の沈着を示す陽性反応があった」(HPVワクチンは危険)と報告

2016年6月 村中璃子医師が月刊誌「Wedge」に池田班の研究が「捏造」と主張

2016年8月 池田医師が村中医師の記事が名誉毀損に当たるとして、村中医師と「Wedge」編集長及び雑誌社に対し、約1100万円の損害賠償や謝罪広告の掲載などを求めて東京地裁に提訴

2017年11月 村中璃子医師が「HPVワクチンの誤情報を指摘し安全性を説いた」という理由でジョン・マドックス賞を受賞

2019年3月 東京地裁の判決は村中医師らの事実上の完全敗訴。原告(池田医師)の訴えを認め、村中医師ら三者に対し「330万円の支払い」「謝罪広告の掲載」「ウェブ記事の問題部分についての削除」などを求めた。

2019年10月 東京高等裁判所が村中医師の名誉毀損を認める判決

2020年3月 最高裁判所が村中医師の上告を却下。これにて村中医師の敗訴確定。

2021年2月 9価ワクチン「シルガード」発売
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 ”簡単に”重要なことをピックアップしたつもりですが、それでもまだ随分と複雑ですので、私の視点から一気にまとめてしまいましょう。HPVワクチンの「問題」は次の2つに集約されると私は考えています。

・HPVワクチンが発売され、世界では高い評価を受けているのに、日本では厚労省が「積極的勧奨の差し控え」というよく分からないことを言っていて接種率が上がらない。
 
・HPVワクチンが危険と主張した池田医師をジャーナリストでもある村中医師が「池田医師の研究は捏造だ」と批判した。そこで、池田医師が村中医師を名誉棄損で訴えて勝利した。つまり「捏造」ではないと法が認めた。

 ややこしいのは、池田医師の研究が「捏造」でなかったのは事実だとしても、池田医師の出した「結論」が正しいとは言えないことです。つまり、法は「HPVワクチンが危険」とは認めたわけではないのです。

 次にHPVワクチンについて客観的にみて正確なことをまとめていきます。

・重篤な副反応が(因果関係が不明だとしても)起こっているのは事実。厚労省のサイトによると、重篤な副作用の出現率は0.0097%。つまり1万人に1人。

・ワクチンで子宮頸がんが100%防げるわけではない。だが、尖圭コンジローマは(100%とは言えないにしても)かなりの確率で防げる。実際、男性も定期接種となっているオーストラリアでは尖圭コンジローマは「根絶(elimination)」すると予測されている。

・100%ではないが、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどにも効果がある。

・ワクチンは3種類。サーバリックスは2価で尖圭コンジローマにはまったく無効。ガーダシルは4価。シルガードは9価。尖圭コンジローマに対する効果は4価も9価もほぼ同じ。9価ワクチンは男性には接種できない。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でHPVワクチンを導入したのは2011年8月、つまりガーダシルが発売になったときです。ガーダシルは最近まで男性には認可がおりていませんでしたが、男性への接種が禁じられていたわけではありません。そこで、谷口医院では、発売開始と同時に男性への接種も開始しました。これは、特別な宣伝をしたからではありません。患者さんから相談されることが多く、相談をされた人はたいていは男女とも接種されていましたし、今もされています。

 全国的には厚労省の「積極的勧奨の差し控え」が出されてから接種率が激減したとされていますが、谷口医院では「積極的勧奨の……」にはまったく影響を受けていません。

 ただし、「積極的勧奨の……」が出される前から定期接種対象の小6から高1の女性にはあまり勧めていませんでした。なぜなら、HPVは性行為でしか感染しないからです。「すでに性交渉をしていますよ」、という女子生徒が来れば積極的に勧めるつもりでしたが(今もそのつもりですが)、実際にはそういう生徒はほとんど受診しません。高1までに接種しなければ無料でなくなってしまうわけですが、無料だからという理由で1万人に1人の割合で(因果関係が不明だとしても)結果として重篤な副作用が起こっているワクチンを接種する人はそう多くないわけです。
 
 尖圭コンジローマという病は本当にイヤな病です。性感染症のなかには感染してもすぐに治せるものもありますが、尖圭コンジローマはいったん感染すると、なかなか治らないことがあり、治っても再発のリスクがしばらくは続き、コンドームでも防ぎきれません。なかには繰り返す再発に精神がまいってしまい心の病を併発する人もいます。これだけやっかいな感染症がワクチンで(ほぼ)完全に防げるわけですから、性交渉を開始する年齢になれば接種したいという人が多いのは当然です。また、20代、30代はもちろん、50代で性行為をもつ機会があるという人も希望されます。

 4価より9価の方がいいかというと、9価の方がより幅広いHPVのタイプに効果があるわけですが、値段がすごく高くなります。谷口医院では卸業者に9価(シルガード)を安くしてほしいと交渉しましたが28,000円が限界でした。4価(ガーダシル)は15,000円ですから2倍近くもします。

 男性の場合は9価ワクチンが禁じられていますからこれから接種する人は4価にするしか選択肢がありません(2価は意味がありません)。女性の場合も、これだけ価格差がありますから9価が余程値下げされない限り依然4価を選択する人の方が多いのではないかとみています。

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2021年3月10日 水曜日

2021年3月 「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か

 新型コロナウイルスが流行する前から、米国では社会主義を求める声が大きくなっていたと言われています。おそらく増大する格差社会に嫌気がさした人が増えていたのでしょう。米国では大学を卒業しても奨学金の返済が懐を圧迫し、医療保険にも入れず、最近は物価高から家賃を払うこともできず車で寝泊まりする人も少なくないと聞きます。そこに新型コロナが追い打ちをかけました。一部の州では自殺者も増えているようです。そんななか、「平等」を原理原則とした社会主義にますます人気が出てくるのは当然かもしれません。

 翻って日本では、社会主義を支持する人も一定数はいますが、米国ほど顕著ではありません。社会主義を訴える勢力のある野党は現在存在しないと言ってもいいでしょう。しかし、日本も米国ほどではないにせよ、格差社会が次第に顕著になってきています。今回は私見をふんだんに交えながらあるべき政治体制について考えてみたいと思います。まずは80年代後半からの世界の体制の流れをまとめてみたいと思います。

 1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し多数の死傷者を出した事件、いわゆる「天安門事件」が起こりました。この頃の中国は中国共産党の独裁に反対し民主化を求める声が大学生を中心とした若い世代の間で広がっていました。天安門事件での死亡者は一説では1万人を超えるとも言われています。

 1989年11月9日、東ドイツ政府が、国外への旅行自由化を発表したことで(実際には完全自由化を宣言したわけではないが市民にはそのように理解されたと言われています)、その日の夜にベルリンの壁にベルリン市民が殺到し、翌日にはベルリンの壁の撤去作業が始まりました。いわゆる「ベルリンの壁崩壊」です。

 1985年にソビエト連邦の書記長に就任したゴルバチョフはペレストロイカ(再建)、グラスノスチ(情報公開)といった改革に乗り出し西側の文化に近づく方針をとりました。80年代後半にはソ連崩壊が現実的なものになっていました。

 日本では昭和が終わり平成に入る頃に、こういった社会・共産主義の終焉を物語るような事象が世界中で次々に起こっていました。東側社会(旧共産圏のソ連、東欧など。文脈によっては中国や北朝鮮、ベトナム、ラオスなども含む)は西側に大きく遅れをとり、民主主義が社会・共産主義に勝利したのは誰の目にも明らかでした。もちろん、民主主義・自由主義が絶対的に正しくて人類を幸せに導いてくれるわけではありません。チャーチルの名言「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」がいろんな場面で繰り返し引用されることからもそれは明らかでしょう。

 当時の私自身もソ連、中国、東ドイツで起こった出来事に影響を受けました。大学生になりたての頃は(他の多くの学生と同様)「権力が悪い」と決めつけた、言わば左よりの思想に傾きかけたことがありましたが、世界の出来事で完全に社会・共産主義は終わったと思いました。そして、今度は、右に傾いたというわけではありませんが「保守」というものを理想と考えるようになりました。90年代前半のこの頃、西部邁氏の思想に夢中になっていたことは過去のコラム「無意味な「保守」vs「リベラル」」で述べました。

 社会・共産主義がうまくいかなかった理由について私が出した結論は「人間の多くは善人ではない。善人でない者が行政を担ったときには腐敗が起こり、不平等が生まれる。だから政府は小さい方がいい」というものです。また、福祉を充実させた社会主義国では、不正をして働かずに福祉の恩恵に預かろうとする輩がでてきます。つまり、役人の側だけでなく、市民側にも善人でない者が少なからずいて、これは不平等なわけです。そこで「政府は小さい方がいい」、つまりいわゆる「夜警国家」が現実的には一番いいのではないかと考えるようになりました。

 しかし、夜警国家というのは、安全保障、治安維持といった最低限のことしかせず、福祉や医療には最小限でしか関わらない政治形態です。そのような社会ではハンディキャップを背負った人たちや不運から苦しい生活をしている人たちを見捨てることになってしまいます。

 ではどうすればいいのか。私が期待したいと考えたのは、役人ではなく一般市民の中にいる「善人」です。個人や小さなNGOがそういった人たちを助けていくのが理想の社会ではないのか、と考えたのです。

 まとめると、私が考えた理想の社会は「夜警国家+善良な市民が自主的に困っている人を助ける社会」です。そして、この考えをかなり長い間持ち続けていました。2009年9月号のマンスリーレポート「選挙よりも政策よりも大切なこと」でもそのようなことを述べています。

 では今の私はどうかというと、やはり基本的な考えは変わっていません。「行政には頼らない。なぜなら頼ってもたいていは裏切られるから」というものです。だから新型コロナが流行りだした昨年(2020年2月)、厚労省や大阪府が「37.5度の発熱が4日以上続いたときには保健所に連絡を」と言っていた頃から、行政には裏切られるケースが続出するのが目に見えていましたから「太融寺町谷口医院をかかりつけ医にしている人は体温や日数に関わりなく症状があれば連絡してください」と案内したのです。予想通り、保健所に交渉してもたいていはPCR検査を受け入れてくれませんでした。そこで、谷口医院では5月に保健所に谷口医院独自で検査をすることを交渉し、そして6月初旬から院内での検査を開始しだしました。

 もちろん私のこの考えは不充分なものであり、すべての困窮している人を平等に支援できないことは百も承知しています。私自身が手を差し伸べることができる人数はたかがしれていますし、手を差し伸べようとした人に対しても結果として上手くいかないことが多々あると理解しています。ただ、「政府がやるべき。政府の責任だ」などとは言いたくないのです。これからも私自身は、「利他的な精神を持った人を見つけて共に困窮している人を支援する」、という立場であり続けます。

 しかしながら、新型コロナが今後も猛威を振るい続けるとすればどうでしょうか。利他的精神を持つ個人や組織だけでコロナ克服は困難です。なぜなら、コロナ克服のためには社会全体をまとめる必要があり、それにはある程度の強制力が必要だからです。そして、現在新型コロナ対策で最も成功しているのは(世間で言われている台湾やニュージーランドではなく)中国ではないかと私は考えています。

 日本が第3波に襲われ世界中で感染者が減らずパニックが起こっていた昨年(2020年)末、武漢ではマスク無しで大勢の若者がクラブで騒いでいました。2020年12月20日の朝日新聞は「武漢、強権下の市中感染ゼロ コロナ拡大1年 クラブ客「世界一安全な街」」というタイトルでこの状況を報道しました。

 天安門事件で1万人以上の市民が犠牲になった中国では今、多くの人々は自国を誇りに思っていると聞きます。私の知る限り、中国本土の人たちは自国の悪口を言いません。むしろ香港や台湾が劣っているといった言い方をします。彼(女)らはすでに自分たちが世界の覇者と考えているようなきらいもあります。

 ただし、中国のその成功の裏にはプライバシーなき独裁政治があります。「The Economist」2021年1月16日に掲載された記事「ほとんどの中国人は厳しいコロナウイルス対策を驚くほど受け入れている (Many in China are strikingly accepting of harsh virus controls)」に新型コロナウイルス陽性が発覚したある女性会社員について報じられています。この女性が過去10日間に訪れた場所、それはラーメン屋から乗車した路線まですべてが公開され、この女性と接した可能性のあるおよそ100人、さらに女性の職場の近くで働く数千人にPCR検査が行われました。女性の自宅付近の道路が封鎖され、その地域の住民約50万人が1週間隔離されています。

 このようなプライバシーのない社会が理想だとは到底思えませんが、上述した私が考えるような「小さな政府」であれば、無責任で他人のことを考えない人たちのせいで秩序が維持できなくなるでしょう。日本にはよくも悪くも「同調圧力」が働くせいで新型コロナに対して無責任な人が大勢現れることはないでしょうが(「同調圧力」が日本で社会主義が求められない原因かもしれません)、もしも良心を持たない人たちが勝手な行動をとりだせば社会が維持できなくなります。

 国民のほとんどが国家を支持する現在の中国をみていると、天安門事件がまるで実在しなかったかのようです。ちなみに、中国の検索エンジンで「天安門事件」を検索しようとするとすぐにエラーとなるそうです。

 「社会主義か、野蛮か」という言葉はマルクス派の女性哲学者ローザ・ルクセンブルグが言ったとされる言葉です。今の世界をみているとこの言葉が真実のような気もします。けれども、私があえて主張したいのは次の言葉です。

 「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か

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2021年3月1日 月曜日

2021年2月28日 頻繁に旅行をすれば幸せが7%アップ!

 今月(2021年2月)のマンスリーレポート「コロナ禍でも旅に出よう」で、「旅は人生を豊かにする」ということを述べました。それを書いたこともあり「旅/travel」をキーワードにネット検索していると興味深い記事が見つかりました。

 医学誌「Tourism Analysis」2020年12月5日号に論文「頻繁に旅行に行けば人は幸せになれるだろうか(Would You Be More Satisfied with Your Life If You Travel More Frequently?)」が掲載されました。それを医療系のメディア「News Medical Life Science」「HealthDay News」が分かりやすく解説しています。

 この研究の最大のポイントは単に「旅行」の効用を調べたのではなく「頻繁に旅行にいくこと」に着眼している点です。

 研究の対象は500人。「旅行の重要性」「旅行計画にかける時間」「年間の旅行回数」「人生の満足度」なども調べられています。

 結果、自宅から75マイル(120km)以上離れた場所に定期的に旅行する人は、あまり旅行をしない人や全く旅行をしない人と比べて、約7%幸せを多く感じているという結果が出ました。

 この調査ではもうひとつ興味深いことが分かりました。日ごろから休暇について話したり計画したりする人ほど実際に休暇を取り旅行に行く可能性が高くなるというのです。

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 日ごろから旅行のことを考えていれば実際に旅行に行く回数が増えるのは当然といえば当然ですが、それでもこの「事実」は重要だと思います。「人生を幸福にしたければ旅に出よ。旅に出ていないときは旅のことを考えよ」、と言えそうです。

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2021年3月1日 月曜日

2021年2月28日 睡眠環境の見直しで人生が変わる

 医学誌「Sleep」2021年1月28日号に興味深い論文が2本掲載されています。それらを合わせた結論は「緑の多い地域に住んで、睡眠をたっぷりと」となります。

 1つめの論文のタイトルは「住居環境と青年期の睡眠との関連 (Associations of the residential built environment with adolescent sleep outcomes )」です。

 住居周辺の騒音が大きいほど睡眠時間が短くなるだけでなく(これは常識的に理解できます)、周囲に「緑」が多いほど早寝早起きできることが分かりました。住宅の周囲に樹木が増えれば入眠時刻が早くなり、覚醒時刻も早くなるというのです。

 もうひとつの論文のタイトルは「青年期の睡眠時の脳波への睡眠制限の影響 (Effects of sleep restriction on the sleep electroencephalogram of adolescents )」です。

 結論からいえば、「就床時間(ベッドに入っている時間)を減らせば、睡眠時間(実際に眠っている時間)が減る以上に、認知機能に重要な脳波の活動が低下する」ことが分かりました。就床時間を10時間から7時間に減らすことによって、睡眠時間の減少率は23%だった一方で、脳波の活動は40%も低下していたそうです。尚、この研究の対象者は9.9~16.2歳の77人です。

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 少年から青年期の睡眠時間が大切と今さら言われても、取り返しのしようがありません。よって、成人になってできることは「騒音が少なくて緑の多い地区に住むこと」となります。小さなお子さんのいる家庭なら、さらに就床時間を確保することが大切になります。

 ちなみに私は小学校6年生頃からラジオの深夜放送にはまり、その後最近までショートスリーパーであることを”誇り”に思っていました。高校卒業以降、住んでいたアパートはほとんどが幹線道路沿い。医学部在学中に住んでいたワンルームマンションは高速道路の横でした。最近までいつも騒音と共に生活していました。

 これらの論文が小学校高学年くらいに出ていて、それを周りの大人が教えてくれていたら、私の人生はきっと違うものになったでしょう……。

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