はやりの病気
第221回(2022年1月) ポストコロナ症候群の正体は慢性疲労症候群か
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染した後に症状がとれないポストコロナ症候群の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)における新規の患者数は減少傾向にあります。その理由は3つあります。1つは昨秋から冬にかけて患者数が激減し、さらに12月中旬以降に流行し始めたオミクロン株は大半が軽症であり後遺症を残していないこと、2つ目は長期間苦しんでいた患者さんも、時間が経過して症状が次第に改善、あるいは完全に治癒した人が増えてきていることです。3つ目の理由は後述します。
ただ、その一方で、依然強い倦怠感、頭痛、動悸などで苦しんでいる人もいます。谷口医院で初めてポストコロナ症候群の訴えを聞いたのは2020年の3月ですからその後1年10ヶ月が経過するというのに、ポストコロナ症候群の治療法については国内でも海外でも確立されておらず、ガイドラインは一応存在しますが、はっきり言うとたいしたことが書かれていません。つまり、我々医師は今も手探りで治療を続けているわけです。
とはいえ、少しずつ分かってきたこともありますので今回はそれらを整理してみましょう。まずは、頻度や症状などについて確認しておきましょう。尚、ポストコロナ症候群という病名は私が勝手に命名したもので、初めて公的なサイトに披露したのは2020年5月8日の日経メディカルです。「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルのコラムを公開しました。国際的な病名は「long-Covid」が一般的です。ただ、海外でも「Post-COVID syndrome」と呼ばれることもあります(例えばこの論文)ので、ここからはポストコロナ症候群(Post-Corona/COVID syndrome)を略してPCSと呼ぶことにします。
残念なことに、日本にはPCSに関するきちんとした疫学的なデータがありません。この理由は届出システムがないからですが、それだけではありません。日本には最近は随分減ったとは言え、この病気が「気のせい」とか、ひどい場合は「仮病」と決めつけている医師がいるというのも大きな理由です。また、患者さんも「医療機関に相談してもムダ」と決めつけているケースが多数あります。もっとひどいのが、PCSで困っている患者さんに高額な自費診療を勧めるクリニックです。
話を戻しましょう。データは日本にはなくても海外にはあります。イギリスをみてみましょう。科学誌『Nature』2021年6月9日の特集記事に英国の状況が報告されています。英国統計局(The UK Office of National Statistics (ONS))によると、20,000人のコロナ罹患者の調査において、感染12週間後にも何らかの症状があった人が13.7%に上ります。
男女比では、感染5週後の時点で女性23%、男性19%と女性に多いのが特徴です。これは重症化して死亡するリスクが高いのが男性>女性であることを考えると興味深いと言えます。年齢の差も注目すべきで、最も多いのが35~49歳で25.6%です。若年者と高齢者では少ないのが特徴です。
次に症状をみてみましょう。感染して1か月後くらいでは脱毛、味覚・嗅覚障害、動悸、などが多いのですが、半年を超えると、倦怠感、息切れ、筋肉痛、そして不眠や抑うつ感などの精神症状が目立つようになります。
さて、こうやって改めてPCSの特徴を整理してみると、ある別の疾患と、瓜二つまではいかないにしてもかなり良く似ていることが分かります。その疾患とは「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群」で、英語ではMyalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome、略してME/CFSと呼ばれます(ここからはME/CFSと表記します)。実はこの疾患、2008年の「はやりの病気」で取り上げたことがあります(「疲労の原因と慢性疲労症候群」)。これを書いた2008年の時点では慢性疲労症候群という言い方が一般的でしたが、国によっては筋痛性脳脊髄炎という表現が使われているため、最近は国内でもME/CFSと呼ばれます。
さて、PCSのみならず、実はこのME/CFSもなかなか医師の間に浸透せず、現在もこんな疾患は存在しないという意見がいまだにあると聞きます。しかし、実在する事実は疑いようがなく、おそらくいまだに「気のせいだ」とか「心因性だ」とか言ってまともに取り合わない医師がいるとすればそれはこの疾患の患者さんを診たことがない医師です。
ME/CFSの原因については、確定はしていないのですが、原因のひとつは感染症ではないかという意見が有力です。上述のコラムでもそれについて触れています。ここで、論文を紹介しておきます。医学誌『The British Medical Journal』2006年8月2日号に掲載された論文「ウイルス性及び非ウイルス性病原体によって引き起こされる感染後の慢性疲労症候群:前向きコホート研究 (Post-infective and chronic fatigue syndromes precipitated by viral and non-viral pathogens: prospective cohort study)」です。
研究の対象者は感染症に罹患した合計253人(EBウイルス68人、ロスリバーウイルス60人、Q熱リケッチア43人、その他82人)。このなかで、倦怠感、筋痛、神経認知障害、気分障害などが6カ月間持続したのは29人(12%)。そのうち28人(11%)が慢性疲労症候群の診断基準を満たしていました。
PCSとME/CFSには、1)中年女性に多い、2)症状は、倦怠感、抑うつ感などが中心、3)感染症罹患後に発症し発症率が似ている(PCS:13.7%、ME/CFS:12%)という共通点があります。
PCSとME/CFSの異なる点として挙げられるのは、PCSには息切れ、味覚・嗅覚障害、脱毛の症状が多いということです。
PCSの治療をみていきましょう。日本でよく使われるのは、漢方薬(補中益気湯、当帰芍薬散、柴胡加竜骨牡蛎湯あたりがよく使われます)、ビタミン剤、プレガバリン(リリカ)、イベルメクチン(ストロメクトール)、ステロイドなどですが、どれもエビデンスはなく、谷口医院を受診する患者さんでいえば「こういうものはさんざん試したけどまったく効かないから(谷口医院を)受診した」と言います。一部の医療機関ではBスポット療法(最近はEATとも呼ばれます)と言う鼻咽頭を塩化亜鉛で擦過する治療をされていることもありますが(谷口医院に来る人は)効いていません(ただしこの治療は術者によって成績が大きく異なるようです)。冒頭で述べた「谷口医院を受診するPCSの患者数が減っている理由」の3つ目は「以前に比べてPCSで悩む患者さんを診察する医療機関が増えたから」です。
国際的には最も注目されている薬はdeupirfenidoneという名の新薬で現在治験(臨床研究)中です。アピキサバン(エリキュース)という抗血栓薬、アトルバスタチン(リピトール)という高コレステロール血症の薬などもよく用いられていますが決定的なものはありません。
実はPCSの治療にはこれら以外に試してみる価値があるかもしれない”劇薬”があります。それはコロナワクチンです。患者さんのなかには「あれほどしんどかった症状がワクチン接種で劇的に治りました」という人もいます。そして、これを検証したデータがあります。この報告によれば、ワクチンを接種した56.7%が改善しています。ですが、18.7%は逆に悪化しています。つまり、試す価値はあるのですが、いわば両刃の剣とも呼べるリスクのある治療です。尚、ファイザー社、アストラゼネカ社に比べてモデルナ社のワクチンが最も改善度が高く悪化しにくいという結果が出ています。
その他で試す価値のあるものとしては亜鉛とビタミンDがありますが、全員に効果があるわけではありません。しかし、安全性はそれなりに高いことから試してみてもいいと思います。これらについては近いうちに改めて取り上げたいと思います。
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