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2021年11月11日 木曜日
2021年11月 「人に好かれる」よりも大切なこと
「承認欲求」の話を書くと質問・相談のメールが増えます。それだけ世間の関心が高いテーマなのでしょう。私が一貫して主張しているのは「承認欲求など捨ててしまえばいい」ということです。こう書けば反論もたくさん届くわけですが、この世のすべての人から承認を得ることなどできるはずもなく、また求める必要もないわけです。
では、私自身は「すべての人から嫌われてもいいのか?」と問われれば、そうは言っておらず、「自分にとって大切な人からはやはりその人からみて大切な人間になりたい」わけです。しかし、では「その大切な人のためにお前は何でもするのか?」と問われれば、そういうわけではありません。「それが身近な人や大切な人であったとしても他人に振り回されるべきではない」と考えています。
ちょっと抽象的な話になってきましたからここで例を挙げましょう。
それは私が医学部の学生の頃、あるイベント運営会社でアルバイトをしていたときの話です。
そのアルバイトを始めて数か月がたったある日、その会社の社長から直接電話がかかってきました。
「おう、谷口か。お前、かげで俺の悪口言うてるらしいな。俺はお前が思てるような人間やないんや。俺はな……」
声のトーンがいつもの社長のそれとは異なっています。そして、延々「言い訳」のような話が続きました。もちろん、私はこの社長の悪口など言っていません。話をよく聞くと、社長は前日にアルバイトの女性と飲みに行き、そこでスタッフの話題となって、私が社長の悪口を言っていることになっていたようです。しかし、その悪口の内容がどうもおかしいのです。被害妄想的というか、それって悪口?、と言えるようなものでした。しかし、こういうときは理屈で反論してもいいことは一つもありません。「社長、僕は社長の悪口を言っていません。明日からまたよろしくお願いします」と言って電話を切りました。
数日後、社長と飲みに行ったというそのアルバイトの女性と話す機会がありました。社長からの電話の話をすると、案の定「私は谷口君が社長の悪口を言ったなんて言っていない。なんであの社長、そんなふうに受け取るのかな……」とのことでした。
この社長、学生時代に起業(今で言うスタートアップ)し、しっかりと利益を上げて大勢のアルバイトを雇用し人望もあります。話もおもしろく、人を惹きつける魅力があります。何もしなくても人が寄って来るようなタイプだと私は思っていました。それだけに、「自分が悪く言われているのではないか」と過剰な心配をしていることが奇妙に思えました。
尊敬していた社長だっただけに、私としては「他人が何を言おうが自分は自分」という態度でいてほしかったのです。私が悪口を言ったというのは完全に誤解ですが、たとえ本当に悪口を言ったとしても「谷口が何を言おうが放っておけ」くらいの態度をとってほしかった……、と今も思っています。
続いて当院の患者さんの話をしましょう。ただし、プライバシー保護の観点から詳細にはアレンジを加えていることをお断りしておきます。
その女性は現在28歳。派遣会社経由でコールセンターに努めています。関西の私立大学を卒業した後、いったん大企業に入りましたが、1年もしないうちに退職し、その後は転々としています。幼少時から勉強はよくでき、いつも優秀な成績をおさめており、学生の頃はどんなアルバイトをしても仕事ができていつも重宝されていました。おまけに人あたりも良く、さらに容姿も端麗。周囲からは「理想の女性」とみられています。
そんな彼女がなぜ仕事を続けられないのか。この答えは彼女自身が分かっていました。それは「男性」です。彼女は「恋愛依存症」なのです。恋愛依存症という正式な病名はありませんが、交際相手に依存してしまい、世の中の何もかもがその男性を中心に回り始め、やがて日常生活にも影響が出てきます。こうなると、その男性が電話に出なかっただけでパニックになり、それだけで会社に行けなくなるのです。
この女性、たしかにメンタルが脆弱なところがあるのですが、うつ病や不安症と呼べるほどではありません。谷口医院を受診したきっかけは不眠と抑うつ感でしたが、薬は使うべきでないと私は判断しました。問診を繰り返しているうちに、どうやらパートナーとの関係がうまくいっているときは何もかもが調子よくなり、そうでないときに症状が出てくることが分かりました。
しかし、24時間相手のことを考えて日に何度も電話で愛を語り合うようなハネムーン期はたいてい数か月で変化を迎えます。情熱が冷めたわけではなくても、数時間電話に出られないことくらいあるでしょう。しかし、彼女にとっては、それが「まるで世界を失ったかのような感覚」になってしまいます。毎日何十回の電話やLINEがなければ愛を確認できないのです。
さて、この女性は「異常」でしょうか。私は女性からこの話を聞いたとき、以前あるタイ人女性と交わした会話を思い出しました。当時の私はタイ語を勉強していて、教材として使っていたあるタイポップスの歌詞のなかに「何十回と電話しているのになぜあなたは出てくれないの?」という歌詞がありました。私は、そのタイ女性に「何十回も電話されると冷めるよね」ということを言うと、その場の空気が白けてしまいました。そのタイ人から「これが女心なの。あなたは冷たい人ね」と言われてしまいました……。
その後、韓国人女性と交際したことがあるという日本人男性にこの話をすると、まさにこのことを経験したと言われました。交際時にはその韓国女性から毎日何十回と電話がかかってきたというのです。電話に出なければ激怒されたそうです。また、韓国人男性と付き合ったことのあるという日本人女性に聞いてみたときに、やはり同じことを経験したと教えてくれました。韓国では好きな相手への愛情を示すために日に何十回も電話することが珍しくないようです。
では、仕事が長続きしない先述の女性は韓国やタイなどアジアに行けばうまくやっていけるのでしょうか。私の答えは「NO」です。
話をタイ人女性との会話に戻します。「冷たい人ね」と言われた後、私が「電話に出ない男との関係はどうなるの?」と尋ねてみると、「また新しい男を探す」という答えが返ってきました。要するに、電話にも出てくれないような男にはさっさと見切りをつけて新しい男を探せばいい、と考えているのです。
恋愛依存の女性とタイ女性(や韓国人)の違いはどこにあるか分かるでしょうか。それは、タイ女性は男性に依存していないことです。一時的に依存したとしても「この男は信用できない」と思えばさっさと捨ててしまう強かさを持っています。
他方、谷口医院の患者さんは、すでにその男性が女性にとってのすべてになってしまっていて「男性が自分の思い通りにならない=世界を失うこと」なのです。もちろん、タイ女性のなかにも恋愛依存症の女性はいます。(元)交際相手のペニスを切断、という事件がタイのローカル紙にときどき報道されますが、タイ人にとっては「またか」という感じで新鮮味がないようです。そういえば、日本人女性にも阿部定という、愛した男性を殺害し切断したペニスを持ったまま逃亡していた女性がいましたが……。
今回の話をまとめましょう。まず繰り返しますが、赤の他人からの承認欲求は初めから持たないのが一番です。一方、あなたにとって大切な人からの承認を求めるのは当然ですが、行き過ぎた承認欲求はときにあなたの人生を狂わせます。あなたにとって大切な人がどのような言動をとろうが、あなた自身が<変わらざる自身>を持ち続けることが大切なのです。
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|2021年10月24日 日曜日
2021年10月24日 離乳食「スプーンフルワン」は安全か
数か月前から、乳児の保護者の方たちから繰り返し受けている質問があります。それは「スプーンフルワンで食物アレルギーが予防できるのか」というものです。
まずは離乳食として販売されているこの製品について概要をみてみましょう。
・スイス拠点の世界最大の食品会社ネスレ(Nestle)が開発し世界中で販売している
・食物アレルギーのアレルゲン(原因食品)となりうる16種(鶏卵、牛乳、小麦、ピーナッツ、くるみ、ピーカン、アーモンド、カシューナッツ、ヘーゼルナッツ、ピスタチオ、ゴマ、大豆、エビ、鱈、鮭、オーツ麦) を含む離乳食
・英語のウェブサイトには、「食物アレルギーの予防になる」という内容の記載があり、小児科医が「昔の考えは間違っていた」「アレルゲンになりうる食品は早く摂取開始すべきだ」といったコメントをしている
・日本のウェブサイトにそのような「効用」を謳った記載はない
英語のサイトでは「食物アレルギーの予防になる」とされている一方で、日本のサイトでは触れられていません。では、スプーンフルワンは食物アレルギーの予防になるのでしょうか。
英語のサイトに書かれているように、以前は「アレルゲンとなる可能性のあるものはできるだけ摂取を遅らせる方がいい」と考えられていました。ところが、現在はこの考えが否定されており、英語のサイトに登場している白人の小児科医が言っているように「早く食べる方がアレルギーになりにくい」のは事実です。これについては、2015年の医療ニュース「ピーナッツアレルギー予防のコンセンサス」で紹介しました。
ですから、英語のサイトが言っていることは間違いではありません。
ところが、2021年10月11日、日本アレルギー学会は、日本小児アレルギー学会、日本小児臨床アレルギー学会、日本外来小児科学会、食物アレルギー研究会の各団体と連名で「乳幼児用のミックス離乳食(Spoonfulone スプーンフルワン)に関する注意喚起」を発表し、「スプーンフルワンの日本語のサイトには食物アレルギー予防の記載がない」ことを強調しています。
この理由は主に2つあります。1つは、「スプーンフルワンを摂取することにより、含まれている16種のアレルギーを発症させる可能性がある」ということ、もう1つは、「スプーンフルワンを摂取できるかどうかを事前に知る方法がない」ということです。
では、結局のところ、スプーンフルワンは食物アレルギーの予防に有効なのでしょうか。
この答えは「そのお子さんによる」としか言いようがありません。食物アレルギーの予防として推薦できることも多いのですが、アトピー性皮膚炎を含む湿疹がある場合、気管支喘息がある場合、すでに食物アレルギーの疑いがある場合などは控えた方がいい場合もあります。そして、やっかいなのは血液検査などで簡単に摂取可能かどうかが分かるわけではない、ということです。
このあたりに食物アレルギーの難しさがあります。
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|2021年10月21日 木曜日
第218回(2021年10月) ポストコロナワクチン症候群
どのようなワクチンも接種後のトラブルをゼロにはできません。現在、「積極的勧奨の差し控え」を取りやめるべきか否かが議論になっているHPVワクチンも、極端な推進者が言うような「絶対安全」なものではありません。
2020年7月に厚労省の会議に提出されたHPVワクチンに関する資料(資料9と資料10)によれば、医師や企業から「副作用疑い」(接種との因果関係を否定できない事例)と報告されているのは3,222人(約0.036%)で、このうち1,865人(約0.021%)が「重篤」です。
各自が接種するかどうかは、この0.021%を「リスク」と考え、これを「ベネフィット」と天秤にかけて検討することになります。もしも、この0.021%というリスクが1桁上がって0.21%ならどうでしょう。「それでもベネフィットがリスクを上回るから受ける」という人もいるかもしれません。では、2.1%ならばどうでしょう。50人に1人以上が重篤になるワクチンを希望する人はまずいないでしょう。21%なら誰も受けないに違いありません。これではまるでロシアンルーレットです。
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンを考えましょう。コロナワクチンの場合、軽症なものも含めれば副作用出現率はほぼ100%と言えます。尚、ワクチンの副作用は「副反応」と呼ばれることがありますが、ここではすべて「副作用」で統一します。
もちろん、軽度の副作用であればリスクと呼ぶに値しません。たとえ翌日から高熱にうなされ3日間寝たきりを強いられたとしても、4日目からは元気に登校・出勤できるのなら、ほとんどの人にとっては感染しにくくなるベネフィットの方がずっと大きいでしょう。
では、3日ではなく30日間寝たきりとなればどうでしょう。寝たきりとまではいかなくても、1か月間仕事や学校にも行けない状態、行けたとしても倦怠感がとれず集中力・記憶力が明らかに低下していてミスが連発、このままでは仕事をクビになるかもしれない。そして改善する見込みが立たない状態、だったとすれば……。
実は、こういう患者さんが増えています。最初に相談されたのは7月上旬。ある会社の経営者の人でした。ワクチンの1回目をうった翌日から倦怠感に苛まれるようになり、まともに仕事ができなくなり、現在は数日に一度メールで部下に指示を出すだけだそうです(尚、混乱や誤解を防ぐためにワクチン名や症状の詳細は伏せておきます)。その後、同じように「長引く副作用」を訴える患者さんが相次いでいます。
これはおかしいと考えた私は、医療者向けのポータルサイト「日経メディカル」の私の連載コラムに「「ポストコロナワクチン症候群」は存在するか」というタイトルの記事を載せました。公開されたのが9月22日です。このサイトは医療者が対象ですから、私の目的は医療者に問いかけるものでした。予想通り、何名かの医療者から「自分も似たような事例を経験している」という連絡をもらいました。
意外だったのが「コラムを読みました。私も同じことで苦しんでいます」という患者さんからの問合せが次々と寄せられたことです。日経メディカルは医療者でなければ会員登録できませんから、おそらく知り合いの医療者から転送してもらった、などで読まれているのでしょう。
しかし、です。(病名を何と呼ぶかは別にして)ポストコロナワクチン症候群が存在するとした研究は世界のどこを探しても見当たりません。今のところ、多くの医療者からみれば「谷口がわけのわからんことを言っている」という程度のものでしかありません。
似たような経験を1年半ほど前、2020年の春にもしました。コロナに感染した後、倦怠感や頭痛、味覚障害などが長期間続くという患者さんが相次ぎ、私はこれを「ポストコロナ症候群」と名付けました。初めの頃は誰も相手にしてくれませんでしたが、このときは私には”勝算”がありました。日本にはなくとも海外(特に欧州)からは感染後に症状が長期間残る事例が報告され始めていたからです。尚、このときも日経メディカルの連載コラムで記事を書き「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルで2020年5月9日に公開しました。
ワクチンで副作用が起こればPMDA(医薬品医療機器総合機構)の専用ページから報告することになっています。その原因が本当にワクチンかどうかは別にして、例えば翌日に激しい頭痛が生じて救急搬送されて死亡したような例はどのような医師が担当してもきちんと報告するでしょう。しかし、救急搬送されたものの医師が「単なる頭痛でワクチンと関連がない」とみなした場合は報告されません。患者さんが「ワクチンのせいです」と主張したとしても、必ずしも医師がそう判断するわけではないのです。
では、「ワクチン接種後1週間たってもだるさが続く」と言ってクリニックを受診した場合はどうなるでしょう。おそらくこのケースも報告する医師はあまりいないでしょう(私も悩みます)。では、2週間経過していればどうでしょうか。患者さんが「ワクチンが原因だ」と考えていて、私自身もそれが否定できないと判断した場合は報告を検討します。しかし、このケースでは報告しない医師もいるに違いありません。尚、コロナワクチンの副作用の届出は被害者の実名も報告せねばなりません。
つまるところ、コロナワクチンはどの程度の人にどの程度の副作用が出現して、それがどれくらいの期間続くのかといったことは誰にも分らないのが実情なのです。最近受診した患者さんは、「ワクチン接種後に頭痛を繰り返すようになった」という訴えが主症状ですが、左の脇のリンパ節が腫れているとも言います(ワクチンは左の上腕に接種)。超音波検査をおこなうと、患者さんの主張どおりリンパ節が腫れていました。ワクチン接種後のリンパ節腫脹の訴えは当院ではそう多いわけではありませんが、読売新聞の報告では4割にも上るそうです。
1回目接種で出現した副作用が長引いた場合、2回目に躊躇するのは当然でしょう。先に述べた日経メディカルの連載コラムでは、「うちたくなかったけれど担当医から強く勧められて2回目を接種して、結局今も寝たきりのまま」の事例も紹介しました。
一番の問題は「苦しんでいることが医療者に理解されず、医療機関を受診してもほぼ門前払いされている人が少なくない」ことです。当院にメールで相談して来られる人たちに「医師が患者さんを見放すことはありません。その医療機関で診られないのならきちんと診てくれるところを紹介してくれます。まさか、自分で探せ、とは言われないでしょう」と返答したところ、「その、まさかです」という返事が複数返ってきました。
目下のところ、ポストコロナワクチン症候群というものが存在することにコンセンサスはありません。ですが、当院に相談される患者さんを診ていると、(病名の是非はともかく)ワクチンの後遺症で苦しみ、そして日常生活に影響が出ることはあり得ると私は確信しています。ポストコロナワクチン症候群の存在を認めたからといって、直ちに特効薬が期待できるわけではないのですが、ポストコロナ症候群(感染後の後遺症)の場合も、治療を続けていれば多くの場合改善します(薬が効いたのか自然に治ったのか区別がつかないケースも多いのですが……)。
ポストコロナワクチン症候群の場合も一人で悩んでいてはいけません。当院をかかりつけ医にしている人のみならず、まだかかりつけ医を持っていないという人で悩んでいる人がいればご相談ください。
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|2021年10月10日 日曜日
2021年10月 「承認されたい欲求」と「承認したくない欲求」
2年前のコラム「「承認欲求」から逃れる方法」で、太融寺町谷口医院の患者さんの実例を示し(ただし詳細はアレンジを加えました)、「承認欲求なんて捨ててしまえばいい。そもそも万人から愛される必要はない」と述べました。
この私の意見に対し「同感です」という声も届いたものの、「そうは言っても仲間外れにされたくない」という感想もいただきました。そのコラムで私は「<変わらざる自身>を持ち他人が自分のことをどう思おうが気にしなければいい」と言いました。私の考えに同意できない人はこの点に賛成できないようです。いくら<変わらざる自身>を持っていても孤立するなら意味がない、というわけです。
もちろん孤立して生きていかねばならないほど辛いこともないでしょうから、この意見は理解できます。今回は、私の考え「承認欲求なんて捨ててしまえばいい」を「誰からの承認欲求か」という観点から改めて考えてみたいと思います。
たとえば、人口100人の離れ小島にあなたが住んでいるとしましょう。食料は基本的に自給自足で、他の地域への定期船はありません。おまけにインターネットは使えない環境で、電話は島の中でしか通じません。さて、もしもこの島で家族も含めて誰からも嫌われて孤立してしまえば、つまり誰からも「承認」されなければどのようなことが起こるでしょうか。おそらく生きていけなくなるでしょう。唯一の生き残る道は「島を出て別の世界を探す」となります。
他方、上述のコラムで取り上げたキャバクラ勤務の女性と美容師の男性を考えてみましょう。彼(女)らには家族があり、友達がいて、さらに(全員ではないにせよ)同僚の何人かとは仲良くしています。お客さんと深い関係になることはめったにありませんが、それでも彼(女)らを目当てに定期的にキャバクラ/美容院に通っている人も少なくありません。つまり、彼(女)らは決して社会的に孤立しているわけではありません。しかし、ネット上の悪意ある書き込みに心が傷ついてしまったのです。
ネットの書き込みなど無視せよ、というのが私の意見ですが、そんなことを言っていられないケースがあることも承知しています。自殺した女性(木村花さん)や人生を狂わされたタレント(スマイリーキクチさん)の存在もメディアの報道から少しは知っています。人の人生を左右するような悪意ある書き込みをする輩がいるのは事実ですが、その一方で、見ず知らずの人や知り合ったばかりの客の全員から賞賛されることなどあり得ないのもまた事実です。
ここまでをまとめると、「ネットやSNSの書き込みには悪意がある許せない犯罪行為もあるのは事実だが(特に有名人の場合)、他人から悪口を言われることは(特に成功している人たちにとっては)当然のことであり、誰からも賞賛されることなどあり得ない。自分にとって大切な人たちから認められていればそれで十分。承認欲求は「身内から」だけにしておくべきだ」、となります。
ところで、ここで言っている承認欲求は「承認されたい欲求」です。本来承認されるべきなのは身内からだけで十分なはずなのに、(私のようなひねくれ者でなければ)一人でも多くの人から承認されたいと思ってしまうのが人間のサガなのかもしれません。
では、「承認したくない欲求」はどうでしょうか。
秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんが2021年10月26日に結婚することが報道されています。私自身は「皇族制」については賛成の立場ですが、実はどのような方々がおられて、どのようなことをされているかなどについてはまったくと言っていいほど関心がありません。ですから、眞子さまが誰と結婚されようがまるで興味がなく週刊誌の報道もほとんど見ません。もしも、眞子さまのフィアンセが外国人なら海外メディアがどう報じるかは気になりますが、海外メディアにとっては日本人の小室さんが相手ではニュースバリューはほとんどないでしょう。
と思っていたら、興味深いニュースが飛び込んできました。Washington Post 2021年9月28日に「英国ハリー王子とメーガン妃を彷彿させる。日本を混乱させている眞子さまと小室圭さん(You’ve heard of Harry and Meghan. Now meet Mako and Kei, who have Japan in a tizzy.)」というタイトルの記事が掲載されました。
私がこのタイトルを見て驚いたのは、眞子さまと小室圭さんのご結婚がハリー王子とメーガン妃と同列の扱いを受けていることです。英国が日本よりも格上といっているわけではありません。ハリー王子とメーガン妃は、そもそもメーガン妃のルーツ、離婚歴などスキャンダラスな話題が豊富にあるわけです。にもかかわらずWashington Postほどの超一流紙が日英の皇室を同じようにみなしたタイトルをつけているわけですから記事の中身がとても気になります。
私の率直な感想を言えば、Washington Postのこの記事は、小室さんが皇室にふさわしいか否かをメーガン妃の場合と同じように考察しているのではなく、小室さんを嫌う日本の世論を暗に皮肉っているだけです。小室さんの髪型を揶揄して一面に載せたスポーツ新聞についても記事は触れています。そして、最後のパラグラフでは、二人の結婚を「祝福する」と答えたのはわずか5%、「祝福しない」が91%とされた日本の世論調査を取り上げています。
例えば、(メーガン妃のように)小室さんの出生が日本以外の国とか、お母さんがアフリカ系だとか、離婚歴があるとかであれば、日本の世論が結婚に反対するのは分からなくもないのですが(それでも私自身は反対しませんが)、お母さんが元婚約者からの借金400万円を返済していないことでなぜこれほどまで結婚に反対されるのか、私にはまるで理解できません。これは、私が91%の日本人と”感覚”が合わないということなのかもしれません。
さて、私が言いたいのはここからです。多くの日本人が小室さんの結婚に反対する理由、それは小室さんを「承認したくない」からで、日本人は「承認したくない欲求」が強いのではないか、というのが私の立てた仮説です。
そして、「承認したくない欲求」は「承認されたい欲求」と表裏の関係にあるのではないでしょうか。言葉を変えれば「自分がいつも世界の中心。自分は誰からも好意を持たれたい。一方、他人が幸せになるのは許せない」というのが大勢の日本人の心の奥に潜んでいる本心なのではないかと思えてくるのです。
「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。進化生物学的にみても、他人を蹴落とし自分が多くの子孫を残せた方が遺伝子にとっては有利になります。大勢(の異性)から好感を持たれれば自分の遺伝子を残すチャンスが広がります。そして、ライバル(の同性)を蹴落とすことができればさらにそのチャンスは増えます。
ということは「承認されたい欲求」も「承認したくない欲求」も進化生物学的には理にかなった”欲求”、つまり自分は承認されたくて他人は承認したくないのは生物にとってごく自然な欲求だということになるのかもしれません。
ここで話を再び人口100人の離れ島に戻します。仮にあなたが男性で、島一番の美女と結婚したいと考えていたとして、突然ライバルが出現すればどうなるでしょう。なんとかしてそのライバルを蹴落とそうとするのではないでしょうか。もしもそのライバルの親にスキャンダルがあればそれを”武器”にするのではないでしょうか。私自身もそうするかもしれません。
翻ってここは21世紀の日本です。インターネットで世界中につながることができます。今の職場があなたに合わなければ転職すれば済む話です。ネット社会で生きていれば、特に希望しなくてもどんどん知り合いが増えます。客商売をしていればあなたが顔を覚えていない他人からもいろんなことを思われて”書きこまれ”ます。そんな名前と顔が一致しない他人全員から承認されることにどれほどの意味があるでしょう。また、あなたのことを知らない有名人が誰と何をしようがあなたには何の関係もないはずです。
承認されたい欲求も承認したくない欲求もその対象は身内だけで充分なのです。
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|2021年10月3日 日曜日
2021年10月3日 新型コロナのChoosing Wisely
以前から太融寺町谷口医院では繰り返しその重要性を訴えているChoosing Wisely。一言で言えば「ムダな医療」をなくそう、ということで、新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に関しても考えていかねばなりません。
医学誌「nature medicine」2021年7月5日号に「コロナのChoosing Wisely:患者と医師の10のエビデンスに基づいた推奨 (Choosing Wisely for COVID-19: ten evidence-based recommendations for patients and physicians)」というタイトルの論文が掲載されました。この論文で、コロナのChoosing Wisely10か条が発表されました。最初の5か条は一般市民向け、後半の5か条は医師向けのものです。
<一般市民向け>
#1 公共の場では常に顔面にフィットしたマスクを適切に着用する
#2 屋内での混雑は避ける
#3 コロナを疑う症状があれば検査を受け、症状が軽度でも自己隔離をする
#4 呼吸困難や酸素飽和度が92%以下になった場合は医療機関を受診する
#5 順番が来ればできるだけ早くワクチンを受ける。過去にコロナにかかっていても受ける。
<医師向け>
#6 効果のない(あるいは効果があることが実証されていない)薬を使わない。具体的には、ファビピラビル(アビガン)、イベルメクチン(抗寄生虫薬)、アジスロマイシン(ジスロマック)、ドキシサイクリン(ビブラマイシン)、オセルタミビル(タミフル)、ロピナビル・リトナビル(抗HIV薬)、ヒドロキシクロロキン(抗マラリア薬)、イトリズマブ(日本未発売の乾癬治療薬)、ベバシズマブ(アバスチン)、インターフェロン-α2b、フルボキサミン(抗うつ薬)、回復者の血漿、ハーブ製剤などは使うべきでない
#7 レムデシビルやトシリズマブ(アクテムラ)を使用するときは適用を見極める
#8 ステロイド薬は低酸素血症がある場合にのみ慎重に使用する。使用時には血糖値をモニタし、正常範囲を維持する
#9 治療方針を決定する目的以外でCTの撮影や血液検査をルーチンで行わない
#10 コロナ流行中にもコロナ以外の重症な疾患を見過ごさない
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当然といえば当然のことばかりです。無駄な検査や治療はいつも控えることを考えねばなりません。
ワクチンが普及した今、「スパイク蛋白の抗体(S抗体)の検査をむやみやたらにおこなわない」という一文を入れたいと個人的には思っています。
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|2021年9月23日 木曜日
2021年9月23日 米国で鉄欠乏性貧血が増加している意外な理由
きちんとデータをとったわけではありませんが、太融寺町谷口医院を開業した15年前に比べて、男女とも鉄欠乏性貧血を起こす患者さんが増えているように感じています。今回紹介する研究は米国のものですが、日本でも同じことが言えるかもしれません。
医学誌「The Journal of Nutrition」2021年7月号に掲載された論文「鉄摂取量の減少が米国人の鉄欠乏性貧血および関連死亡率の上昇と類似 (Decreased Iron Intake Parallels Rising Iron Deficiency Anemia and Related Mortality Rates in the US Population )」を紹介します。
この研究は米国人を対象としたデータベースを解析することによっておこなわれています。米国人の食品摂取と鉄欠乏性貧血の関係を調べた結果、「食品に含まれる鉄の摂取量減少が原因で鉄欠乏性貧血の有病率が上昇している」ことが分かりました。
具体的な数字をみていきましょう。まず、全体的に食事から摂取できる鉄分の量が減っています。分析されている1,000以上の食品のうち62.4%が1999年から2018年を比べると鉄の濃度が低くなっています。
米国人の食事内容としては、牛肉の摂取が15.3%減少し、他方鶏肉は21.5%増加しています。食事からの鉄摂取量は男性で6.6%、女性で9.5%減少しています。
米国人の鉄欠乏性貧血の有病率は年齢と性別により20年の間に10.5~106%増加していました。鉄欠乏性貧血に関連する年齢調整死亡率は、20年間で10万人あたり約0.04人から約0.08人に上昇していました。一方、鉄欠乏性貧血以外の貧血(例えば再生不良性貧血)を含む全貧血による死亡は25%以上低下していました。
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要するに、貧血で亡くなる人は減っているのに鉄欠乏性貧血だけは例外。そして米国人が鉄を摂らなくなった原因は2つあって、1つは食品に含まれる鉄分が減少していること、もうひとつが牛肉を食べなくなったこと、というわけです。
私が鉄欠乏性貧血の患者さんによく言うのが「血のしたたるステーキを食べましょう」です。正確にはあの赤い「血のようなもの」は血液ではなく、牛の筋肉を構成するミオグロビンと呼ばれる蛋白質なのですが、この蛋白質にたっぷりの鉄分が含まれているのです。
一方、米国人の間でも摂取量が増えている鶏肉はあまりミオグロビンを含まず、結果として鉄分があまり取れません。ダイエット目的で牛肉より鶏肉と考える人が少なくないようですが、貧血予防には「血のしたたるステーキ」が一番です。
参照:HealthyDayNews 2021年8月4日「食生活の変化は大勢のアメリカ人の貧血を意味する (Changing Diets Mean More Americans Are Anemic Now)」
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|2021年9月17日 金曜日
第217回(2021年9月) コロナにはカロナールよりロキソニン
今回述べるのは完全に「私見」でありエビデンスがあるわけではありません。「私ならこうする」という程度の話であって、何年後かに「間違っていました。すみません」と言うことになるかもしれません。ですが、困っている患者さんを何とかしたいという気持ちが拭えずに、私見ながら自説を述べることにしました。
「困っている患者さん」とはポストコロナ症候群に苦しんでいる人で、勧めたいことは「コロナ(かもしれない)を疑う症状が出現すれば、アセトアミノフェンでなくNSAIDsを使いましょう」ということです。尚、本コラムで「コロナ」と言えば、新型コロナ(ウイルス)のことを指すこととします。
解説しましょう。アセトアミノフェンとは解熱鎮痛剤の一種で、最も有名な商品名は日本では「カロナール」でしょう。多くの風邪薬や鎮痛剤の主成分としても使われています。例えば「バファリンルナ」「小児用バファリン」はアセトアミノフェンからできています。海外では、アセトアミノフェンよりもパラセタモールという言い方が一般的です。例えば、タイではアセトアミノフェンと言ってもあまり通じませんが、パラセタモールと言えば誰でも分かります。北米や南米では、タイレノールという製品で有名です。ちなみに、日本にもタイレノールはありますが使用できる量が少なすぎてあまり実用的ではありません(と個人的には思っています)。
過去のコラム(メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」)で、鎮痛剤を最初に飲むなら「ロキソニンなどのNSAIDsよりもアセトアミノフェン」という内容のことを書きました。今も、その考えに大部分で変わりはないのですが「例外」が出てきました。それがコロナです。「コロナに感染した(かもしれない)ときはアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使うべきだ」、というのが現在の私の考えです。
コロナワクチン接種後の頭痛や発熱に対し(NSAIDsでなく)アセトアミノフェンを使うべきだという噂がまことしやかに出回っているようですが、私ならアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使います。解説しましょう。
まずは「NSAIDsとは何か」について確認しておきましょう。NSAIDs(たいていの人は「エヌセッズ」と発音します)とは「Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs」の略で、日本語にすれば「非ステロイド性抗炎症薬」となります。私は、医療者でない一般の人から、NSAIDsという言葉を聞いたことはありますが「非ステロイド性抗炎症薬」という表現を聞いたことは一度もありません。よって、この言葉に馴染みのある人はあまりいないと思いますので説明しておきます。
非ステロイド性抗炎症薬とは「ステロイドでない」「炎症を抑える薬」です。なぜ、わざわざ「ステロイドでない」と断りを入れているのかというと、ステロイドが炎症を抑える薬の代表だからです。ですから、NSAIDsというのは、「ステロイドじゃないんだけれど炎症をおさえてくれる(ありがたい)薬」のことです。
ただし、実際には医療者も含めてNSAIDsのことを「炎症を抑える薬」とはあまり表現しません。「解熱鎮痛剤」「痛み止め」「熱を下げる薬」という言い方をすることの方がずっと多いと思います。そして、これも医療者も含めて「解熱鎮痛剤」を次のように3つのカテゴリーに分類している人が多いと言えます。
・アセトアミノフェン
・NSAIDs
・麻薬(や麻薬に似た物質)
痛みのことだけを考えるとこの分類は間違っていません。では、アセトアミノフェンとNSAIDsの違いはどこにあるのでしょうか。これも医療者も含めて多くの人は「アセトアミノフェンは胃にやさしい」「アセトアミノフェンは腎臓にやさしい」「アセトアミノフェンは妊娠中の女性や小児も飲める」と言います。まとめると、「アセトアミノフェンはNSAIDsより解熱鎮痛のパワーは弱いけれども安全な薬」と考えられているわけです。
コロナが流行しだした2020年の春、「コロナはイブプロフェン(NSAIDsのひとつ)で悪化する」という噂が世界中に広がりました。これは医学誌「The Lancet Respiratory Medicine」2020年3月11日号に掲載された論文「高血圧と糖尿病でCOVID-19感染のリスクが高くなるか(Are patients with hypertension and diabetes mellitus at increased risk for COVID-19 infection?)」がきっかけです。生活習慣病で使うACE2阻害薬がコロナを悪化させる可能性が指摘され、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2型)に影響を与えるイブプロフェンもコロナ重症化に関係するのではないか、と考えられたのです。
現在はこの説を支持する人はおそらく(ほとんど)いないと思いますが、当時は「コロナかもしれないときはアセトアミノフェン」と言われていましたし、私自身もその意見に賛成していました。実際、私は毎日新聞の自分の連載コラム「新型コロナ 医師が勧める解熱剤は?」でそう書きました。
ちなみに、デング熱に感染したときにNSAIDsを内服すると重症化する可能性があります。しかしアセトアミノフェンなら安心です。また、インフルエンザでも(特に小児では)インフルエンザ脳炎・脳症を発症した場合NSAIDsで悪化することがあり、アセトアミノフェンにしておくのが無難です。改めて考えてみても「NSAIDsをアセトアミノフェンよりも優先すべきだ」という事態になることは(コロナ前までは)あまりなかったことが分かります。
NSAIDsでイブプロフェン以外に有名なのはロキソプロフェン(先発の商品名はロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)、アスピリン(バファリン)、インドメタシン(インダシン)、メフェナム酸(ポンタール)、セレコキシブ(セレコックス)などです。
さて、ここからが本題です。これまでの自分の見解を撤回して正反対の自説「コロナを疑ったときはアセトアミノフェンではなくNSAIDsを」と主張するのは、NSAIDsには先に述べた「抗炎症作用」があるからです。他方、アセトアミノフェンには抗炎症作用がほとんどありません。
では、NSAIDsの抗炎症作用で何が期待できるのか。それは「脳内に生じた炎症を取り除き予防すること」です。頭痛にイブプロフェンやロキソプロフェンなどのNSAIDsが効く理由のひとつが抗炎症作用です。「アセトアミノフェンは効かずに、ロキソニンやボルタレンなら効く」という人は、脳の一部に強い炎症が生じていることが理由なのかもしれません。
では、なぜ脳内の炎症を取り除かねばならないのか。その理由が「ポストコロナ症候群を予防するため」です。過去のコラム「はやりの病気第213回(2021年5月)「分かり始めた「ポストコロナ症候群」」で、私は、ポストコロナ症候群のメカニズムは、「肺炎→酸素が取り込めない→低酸素血症→脳(のミクログリア)に炎症」だと述べました。ということは、炎症を最小限に抑えることができれば、ポストコロナ症候群が起こらない、あるいは起こっても軽症で済ませられる可能性がでてきます。
そもそも「ACE2関連イブプロフェンコロナ悪化説」が(ほぼ)否定された現在、優先してアセトアミノフェンを使用しなければならない理由は見当たりません。ならば、少しでもコロナの疑いがあれば初めからNSAIDsを使う方がいいわけです。ただ、この意見を支持してくれる研究は私の知る限り国内外にありませんから、例えば初診の患者さんに「コロナに感染したかもしれないときやワクチン接種後の解熱鎮痛剤は何がいいですか」と聞かれると「何でもいいと思います」と答えています。
これからは、当院を昔から受診していて信頼関係のある(と、私が思い込んでいるだけかもしれませんが)患者さんには、(こっそりと)「NSAIDsをお勧めします」と伝えようと思っています。
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|2021年9月10日 金曜日
2021年9月 雨の中を走ろう(Running in the rain)
私の古い記憶をたどると「規則正しい生活をしましょう」と初めて言われたのは、何年生だったかは忘れましたが小学校の夏休み前。要するに、夏休みに入ってもこれまでどおり早く起きなさい、夜更かしはいけません、と担任の先生は言いたかったわけです。
一方、小学生時代の私の最大の楽しみは「朝寝坊」でした。日曜日の朝、いったん目覚まし時計に起こされても、「今日は日曜日、あと1時間は眠れる」ということに気付いて、二度寝に落ちるあの瞬間が幸せなひとときだったのです。ちなみに、小学校低学年の頃は「ムーミン」が始まる9時まで布団から出られず、パルナス提供のアニメで私の日曜日が始まりました。今でも「日曜の朝」というキーワードを耳にすると、反射的に頭のなかにパルナスのCMソングが流れてきます。
話を進めましょう。「規則正しい生活を……」と言われても初めから従う気持ちのない私は、夏休みの間も地域社会のラジオ体操や野球やサッカーなどのイベントがなければ毎日のように朝寝坊を楽しんでいました。
小学6年生になった頃にはラジオの深夜放送にはまりだし、布団に入ってからもイヤホンでラジオを深夜まで聞くようになりました。深夜放送を聞き出したことから、世の中には深夜にも起きている人たちが大勢いて、都会にはなにやらワクワクするエキサイティングな世界がありそうだ、ということが分かり始めました。
中学に入ってからも深夜放送好きは変わらず、この頃の私の将来の夢は「ラジオのDJになりたい」というものでした。気の利いた話をして、リスナーからのハガキを読んでときには身の上相談に乗って、適度なタイミングで洒落た音楽を紹介する……、と、そういうスタイルのDJに憧れたのです。
今の私は大勢の人たちから医療に関する質問メールをもらって、返信するのに毎日それなりの時間を費やしています。当院をかかりつけ医にしている患者さんだけでなく、全国から相談メールが寄せられます。医療に関係のない人生相談のようなものも届きます。考え方によっては今の私がやっていることは、中学の頃に憧れていた深夜放送のDJに似ているかもしれません。
話を進めます。大学(医学部でなくひとつめの大学)に進んだ私は「自由」を手に入れました。規則正しい生活などつまらない人間のすることだ、と考え、ショートスリーパーであることを自負し、毎晩のように街に繰り出していました。社会人になってからも、睡眠は時間の無駄遣いと嘯き、仕事を終えた金曜の夜は、いったん帰宅しドレストアップ、とまではいかないにせよ、仕事時とはまったく異なるファッションに身を纏い街に出ました。朝まで騒ぎあかし、土曜日の夕方に目を覚まし、そして再び夜の街に……、といった生活を続けていました。
医学部受験を決意したときからそのような生活とは縁を切って、早朝に起床して勉強するようになりましたが、医学部入学後は、勉強が中心とはいえ、規則正しい生活からはほど遠いものでした。自宅での勉強が集中モードに入ると、深夜、ときには明け方までそのまま勉強を続けていました。医師になってからは、当直業務が多くなり、生活のリズムは滅茶苦茶になり、わずか15分でも眠れる時間があれば眠るという「細切れ睡眠」の生活になりました。太融寺町谷口医院を開業してからも、最初のうちは夜間の救急病院にもアルバイトに行っていましたから、やはり細切れ睡眠を続けていました。
しかし、そのような生活スタイルに終止符を打ち、毎日同じ時刻に起きる規則正しい生活を開始しました。その理由は2つあります。1つは、患者さんに「規則正しい生活をしましょう」と言わねばならなくなったことです。
このサイトで何度も紹介し、当院をかかりつけ医にしている患者さんには嫌がられるほど繰り返し話をしているように、規則正しい生活をするだけで大きく改善する疾患はたくさんあります。片頭痛や不眠症がその代表ですが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、不安感や抑うつ感といった精神症状、月経痛や月経不順などの婦人科疾患、胃炎や過敏性腸症候群などの消化器疾患なども相当します。おそらく規則正しい生活を続けることによって、バイオリズムが安定化し、自律神経のバランスが整うのでしょう。
規則正しい生活によって大きく改善する患者さんを診るにつれ、他の患者さんにも積極的に勧めるようになり、そうなると自分自身が実践しないわけにはいきません。ちなみに、私が禁煙に成功できたのも、患者さんに禁煙指導をするうちに「自分が喫煙するのは”詐欺”のようなものだ」と考えて禁煙に取り組んだからです。
私が規則正しい生活を始めた理由はもう1つあります。ある時、知人のひとりが「毎日同じ時間に同じことを繰り返すのが気持ちいい」と言いだしたことです。人生は何が起こるか分からないから楽しいのではないか、初めから決まっている予定通りの人生など何が面白いのか、と考えていた私は、この人が言うこの意見を最初は理解することができませんでした。しかし、この言葉が心のどこかにひっかかっていたのか、ときおり思い出すようになっていました。
今も私は「毎日同じ時間に同じことを繰り返すのが気持ちいい」という境地には達していません。むしろ今でも「この世にはハレとケ、日常と非日常の双方が必要だ」という考えを持っていて、「同じことを繰り返すだけのハレのない生活」ほどつまらないものはない、という気持ちがあります。
ですが、「毎日同じ時間に同じことをするのが幸せ」と考える人は案外多いようです。最近、この幸せを世界一実感しているのではないかと思える人の記事を読みました。
記事は英国紙「The Guardian」2021年4月16日に掲載された「私の経験~私は10年間同じ夕食を食べています(Experience: I’ve had the same supper for 10 years)」で、取り上げられているのはウエールズの羊飼い、72歳の男性です。ロンドンなど都会に出たことはほとんどなく、毎日71頭の羊の世話をするのが仕事、食事は10年間同じものを食べていると言います。クリスマスでも特別な食事は摂らず、昼食は洋ナシ、オレンジ、ペースト入りサンドイッチ、夕食は魚2キレ、タマネギ1個、卵、ベイクドビーンズ、ビスケット数枚だそうです。毎日同じ時間に羊にエサをやり、予定通りに買い物に行き、毎回同じものを買うと言います。男性は「自然と同じように、私は決まった生活をしている(I have a routine, just like nature.)」とコメントしています。
私の場合、居住区から出たくないと考えるこの男性とは正反対で、旅が好きで、新たな出会いにワクワクし、旅先のハプニングも楽しもうとします。ですが、現実にはここ10年くらいは国内外どこに行っても起きる時刻は同じですし、起床後最初にするのは同じメニューの運動です。週に4回ジョギングをし、残りの3回は室内でワークアウト(筋トレ)をしています。
過去20年で私が最も多く訪れている海外の都市はバンコクです。スクンビットの定宿を利用し、ジョギングはベンジャキティ公園を3周というのがいつものパターンです。ちなみに、以前はバンコク滞在時には様々な道を走っていて、2015年8月17日の朝6時半ごろにはラチャプラソン交差点を通りました。その約12時間後の午後7時前、その交差点で爆発テロ事件が発生し20人が死亡しました。
4時45分に起床、最初にするのはランニングかワークアウト、という生活がいつの間にかパターンとなりもう7年になります。ランナーのなかには、雨の日はランニングを休むという人がいますが、私の場合、怪我をしているときを除けば、7年間のうち予定を変更して休んだのは台風で警報が出ていた1日だけです。帰宅後は、シャワー、出勤、だいたい同じ時間に帰宅、シャワー、読書、就寝という生活をずっと続けています。
あれほど単調な日常生活を嫌っていた私が、いつのまにか毎日同じことを繰り返す魅力を知ってしまったのかもしれません。雨が降っても走る、と他人に話せば、そこまでしなくてもいいのでは、とたいていは呆れられます。そんなとき私は次のように答えています。
雨が降る中いつものようにランニングをして後悔したことは一度もないんです……。
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|2021年9月2日 木曜日
2021年9月2日 コロナワクチン、心筋炎のリスクにはなるけれど……
最近、コロナワクチンの副作用の質問で多いのが「心筋炎」です。
日本では中日ドラゴンズの木下雄介投手が7月上旬にコロナワクチン接種後(メーカーは不明)にハードなトレーニング中に倒れ意識を失い大学病院に搬送されたものの8月3日に死亡したと報じられています。
香港の英字新聞「South China Morning Post」2021年7月5日号によると、シンガポールの16歳の男子が、ファイザー製のワクチン接種6日後にジムで激しいトレーニングをした直後に心停止を起こしました。
報道からは2人とも死因ははっきりしませんが、若くて健康な男性が激しいトレーニングのさなかに倒れたわけですから、まずは心疾患が疑われます。一般に、心臓の疾患は、中年以降であれば心筋梗塞、心不全、心筋症などが考えられますが、健康な若者が突然倒れた場合は不整脈か心筋炎、心膜炎などが疑われます。
そして実際、ファイザー製のコロナワクチン接種後の心筋炎のリスクは確実にありそうです。
医学誌「The New England Journal of Medicine」2021年8月25日号に掲載された論文「ファイザー社製コロナワクチンの安全性に関する全国調査(Safety of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Setting)」によると、イスラエルでの全国規模の調査では、(ファイザー製)ワクチン接種による心筋炎のリスクが3.24倍に上昇し、これは人口10万人につき2.7人が発症することになります。
ただし、この論文によると、ワクチンをうたずに新型コロナに感染すると、心筋炎を発症するリスクは18倍以上、10万人あたり11人が発症します。よって、ワクチンをうって起こり得る心筋炎のリスクよりも、感染して心筋炎を発症するリスクの方がずっと高いということになります。
もちろん、一番いいのはワクチンもうたずに新型コロナにもかからずに、そして心筋炎も発症しないことです。心筋炎の原因として圧倒的に多いのはウイルス性です。様々なウイルスが心筋炎の原因となりますが、最も多いのはコクサッキーウイルスのB群と呼ばれるグループです。他には、コクサッキーウイルスのA群、インフルエンザウイルス、HIV、エコーウイルスなども原因となります。そして、おそらく来年あたりの教科書には心筋炎の原因ウイルスのひとつに新型コロナウイルスも付記されるでしょう。
心筋炎の観点からワクチンをうつべきか否かを考えてみましょう。もしも新型コロナにかかれば、かかっていない人に比べて心筋炎を発症するリスクが18倍にもなります。とはいえ、10万人あたり11人ですからさほど多いわけではありません。新型コロナに罹患した人10万人を集めて11人(≒1万人に1人)ですから、気にしないという人もいるでしょう。
一方、ワクチンでのリスクは10万人あたり2.7人で、1万人あたり0.3人と考えるとやはりそんなに多いわけではありません。大切なのは、接種直後に激しい運動をすればリスクが上がるということです。木下投手の報道からは何日後に発症したのかよく分かりませんが、シンガポールの男子は6日後と報道されています。ということは、やはりワクチン接種後1週間はジム(フィットネスクラブ)での激しい運動は避けるべきだ、ということになります。
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|2021年8月29日 日曜日
2021年8月29日 片頭痛を大きく改善させるω3脂肪酸
ω3不飽和脂肪酸(以下、単に「ω3」とします)をしっかり摂取して、ω6不飽和脂肪酸(以下「ω6」)を減らすと、いろんな病気の予防になり健康に良い、ということが随分前から言われています。特に日本では、伝統的にω3を豊富に含む青魚をたくさん食べることから「支持されやすい健康法」だと言えるでしょう。
今回ご紹介するのは、そのω3が「片頭痛の予防効果がある」という話です。尚、ω3は「n-3系脂肪酸」とも呼ばれ、医療者の立場で言えばこちらの方が馴染みのある表現なのですが、一般的にはω3の方がむしろ人口に膾炙しているようですので、ここではω3で統一します。
医学誌「British Medical Journal」2021年7月1日号に「成人の片頭痛を軽減するためのω3およびω6脂肪酸を含む食事変更:ランダム化比較試験 (Dietary alteration of n-3 and n-6 fatty acids for headache reduction in adults with migraine: randomized controlled trial)」という論文が掲載されました。
この研究では米国人の対象者がω3及びω6の摂取量を基準に3つのグループに分けられています。ω3としてEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)を含む食事が採用されています。ω6にはリノール酸が用いられています。尚、リノール酸を多く含む油の代表がコーン油や大豆油です。
・グループ#1:ω3を多く摂取+ω6は通常(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
・グループ#2:ω3を多く摂取+ω6を減らす(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの1.8%以下とする)
・グループ#3:ω3もω6も通常の食事と同様(ω3を0.15g/日以下、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
結果、グループ#2では、1日あたりの頭痛時間が減り、1か月あたりの頭痛の日数は平均で4日間減少しました。また、グループ#1でも、グループ#2ほどではないものの、1日あたりの頭痛時間も月あたりの日数も減っています。
ただし、「生活の質を劇的に改善した(significantly improve quality of life)とまでは言えない」、と研究者らは付記しています。
************
平均で月あたりの頭痛回数が4日も減ったのなら、生活の質(quality of life)はかなり改善したのではないのか?と私は論文を読んだときに感じたのですが、それはさておき、食の「質」を損なわない、つまり美味しく食べられるのであれば、「ω3を増やしてω6を減らす食事療法」を再考してみてもよさそうです。
ω3について書かれたウェブサイトは星の数ほどありどれを信頼していいのか迷うこともあるでしょう。日本語で読めるサイトとしては厚労省のサイトがお勧めです。ここに書かれていることを簡単にまとめると次のようになります。
・ω3が心疾患に有効なのはまず間違いない
・ω3は関節リウマチにも有効
・ω3が、脳疾患、眼疾患、前立腺がんに有効かどうかは分からない
・ω3は食品から摂ることが推奨され、サプリメントの効果は不明
サプリメントで摂取しても効果がないなら食品から摂るしかありません。まず、日本人は食品からω3がどれだけ摂取できているのかをみてみましょう。
厚労省のサイト(の137ページの表5)を簡略化してまとめると次のようになります。
男性 女性
18~29歳 2.0g/日 1.6g/日
30~49歳 2.0g/日 1.6g/日
50~64歳 2.2g/日 1.9g/日
50歳を超えると摂取量が増えるのは年をとれば肉から魚に食事の趣向が変わるからでしょうか。なぜ、男性が女性よりも多いのかについては、単に食事の総量が多いからだと思われます。
次に、厚労省の定める「1日あたりの目標摂取量」(上記サイトの151ページ)をみてみましょう。
男性 女性
18~29歳 1.92g/日 1.62g/日
30~49歳 2.03g/日 1.59g/日
50~64歳 2.16g/日 1.85g/日
これをみる限り、日本人は男女ともほとんどが基準量を摂取できているようです。基準を満たしていないのは、30~49歳の男性と18~29歳の女性だけですし、いずれもわずかです。先に紹介した米国の研究では1.5g/日を「積極的摂取」とし、通常摂取を0.15g未満としていることに注意してください。米国の標準的な料理ではω3がほとんど摂れていないことがよく分かります。
ちなみに厚労省の同じ資料からω6をみてみると、男女ともほとんどの年齢で基準値をやや超えた量を摂取しています(18~29歳の男性はわずかに基準値を下回っています)。
では、ω3を多く含む食材にはどのようなものがあるのでしょうか。これは以前からいろんなところで発表されていますからお馴染みだと思いますが、改めて確認しておくと、サバやイワシなどの青い魚、亜麻仁油、エゴマ、くるみなどが有名です。
************
<参考>
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」
医療ニュース
2018年12月30日「ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし」
2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
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