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2022年8月28日 日曜日

2022年8月28日 「10秒間の片足立ち」ができなければ死亡リスク増

 大変分かりやすくて興味深い論文を一流誌から見つけましたので報告しておきます。医学誌「British Journal of Sports Medicine」2022年6月21日号に掲載された「10秒間の片足立ちができるかどうかが中高年の生存リスクを予測する(Successful 10-second one-legged stance performance predicts survival in middle-aged and older individuals)」です。

 この研究の対象はブラジル人です。2009年2月10日~2020年12月10日に医療機関を受診した51~75歳の合計1,702人(平均年齢61.7歳、男性67.9%)を調査しました。「10秒間片足立ち」ができなかった割合は次の通りです。

全体       20.4%
51~55歳      4.7%
56~60歳      8.1%
61~65歳    17.8%
66~70歳       36.8%
71~75歳       53.6%     

 全体として7年間(中央値)を追跡した結果、合計123人が死亡しました。内訳は、がん、心血管疾患、呼吸疾患、新型コロナウイルス関連が、それぞれ、32%、30%、9%、7%でした。

 死亡率をみてみると、「10秒間片足立ち」が「できたグループ」の死亡率が4.6%なのに対し、「できなかったグループ」では17.5%と大きく差がつきました。

 両グループの既往(持病)は次のようになります。

      できたグループ   できなかったグループ
肥満      22.6%        40.2%
冠動脈疾患   30.0%        40.5%
高血圧     43.5%        65.3%
脂質異常症   52.7%        63.0%
糖尿病     12.6%        37.9%

 年齢、性、BMI、どのような病気を持っているかを調整した後の解析結果は、「できなかったグループ」は「できたグループ」に比べて「10年以内の全死亡リスクは84%高い」と推定されました。

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 この研究からは少なくとも次の3つのことは言えそうです。

・加齢と共に「10秒間片足立ち」ができなくなっていく

・「10秒間片足立ち」ができない人は生活習慣病を持っていることが多い

・生活習慣病があっても「10秒間片足立ち」ができれば死亡リスクは低くなる

 ということは、日ごろから生活習慣病の予防に努めるとともに、日々「10秒間片足立ち」をおこないリスクの確認と(片足立ちすることによる)ワークアウト(筋トレ)をすべきだ、という結論が導かれます。

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2022年8月18日 木曜日

2022年8月18日 国税庁が若者にアルコール飲料を勧める日本

 医学的というよりも社会的な話になります。

 「Enjoy SAKE! プロジェクト」というイベントをご存知でしょうか。これは、日本産のアルコール飲料の販路拡大及び消費喚起に向けた事業であり、企画しているのは国税庁です。なぜ国税庁がこのような事業を立てるのか不思議な感じがしますが、おそらく税収を上げるためにアルコール飲料を売り込もうという考えなのでしょう。

 国税庁は他にも「サケビバ!」というビジネスコンテストを実施しています。同庁によると、日本産酒類の発展・振興を考えるコンテストだそうで、応募資格者は20歳以上39歳以下の個人またはそのグループとされています。

 税収が増えるのは国にとっていいことなのでしょうが、国税庁が飲酒を促すこういう企画に違和感を覚えないでしょうか。世界ではアルコールは”悪”とみなされ、飲酒しない人がスマートな人とみなされる傾向にあります。

 例えば、New York Timesは(ちょっと古いですが)2019年6月15日に「新しい「シラフ」~今や、みんながシラフ。ちょっとだけ飲む人もシラフ~(The New Sobriety ~Everyone’s sober now. Even if … they drink a little?~)」というタイトルの記事を載せ、記者は「シラフでいても取り残される心配はなく、かっこ悪いと思う必要はない(No longer do you have to feel left out or uncool for being sober.)」と述べています。

 医学的にみれば、たしかに飲酒は適度であれば生活習慣病のリスクを軽減するとされています。しかし、過去の記事で紹介したように「飲酒は少量でも認知症のリスクを高める」とする研究がありますし、そもそもアルコールは依存性がとても強い物質です。

 あなたの周り(やその知人)にも「アルコールで人生を台無しにした人」がいるのではないでしょうか。実際、アルコール依存症になると治療するのは極めて大変です。アルコールの危険性は周知の事実であり、それを知っているからこそ大麻愛好家はもちろん、他の違法薬物を摂取している人たちのなかにも「自分は依存性の強いアルコールはやらない」などとうそぶく人もいます。

 ゆえに、アルコールの危険性を知っている医療者からすれば国税庁のこういった試みはたいへん滑稽に見えます。日本のメディアはそういったことを報じませんが、世界のメディアは放っておかないようです。

 英紙Financial Timesは2022年8月18日「日本の最新のアルコールに関する助言は『もっと飲んでください』(Japan’s latest alcohol advice: please drink more)」という記事を掲載しました。

 同記事では、日本人の飲酒量が減っていることを指摘し、上述した国税庁の企画を紹介しています。同記事によると、日本の成人1人当たりの年間平均飲酒量は、1995年が100リットルだったのに対し、2020年には75リットルにまで減少しています。WHOによると、2018年の日本人の1人あたりの年間飲酒量 (純粋なアルコールに換算した量)は8リットルです。中国は7.2リットル、英国は11.4リットルです。

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 飲酒量が増えて税収が増えるのはそれだけを考えると歓迎すべきことかもしれません。ですが、アルコール依存症となる人が増えれば、生産性が低下し消費が減ります。また、依存症の治療には税金が費やされます。依存症が進行すれば、家庭が崩壊し人間関係が破綻します。自殺者も増えます。

 国税庁はきっと「適量なら大丈夫」というのでしょう。厚労大臣の見解を聞いてみたいところです。

参考:医療ニュース
2017年6月26日「少量の飲酒でも認知症のリスク!?」

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2022年8月18日 木曜日

第228回(2022年8月) GLP-1ダイエットが危険な理由~その2~

 「はやりの病気」第223回「GLP-1ダイエットが危険な理由」では、その「危険な理由」として、肥満どころか、やせている女性、さらには拒食症を患っている女性にさえ、気軽にGLP-1受容体作動薬を処方(というよりは”販売”)している医療機関の存在を指摘しました。

 今回は、例えばBMIが30以上といったあきらかな肥満がある場合でも、やはりこのダイエットが危険である理由について述べたいと思います。

 現在GLP-1ダイエットの先陣を切っているのは、デンマークのノボ・ノルディスクファーマ社(以下、「ノボ社」)です。市場に最も早く登場したGLP-1ダイエット薬「サクセンダ(Saxenda)」もノボ社の薬品です。日本では一部のクリニックが自費診療でこの薬を”販売”(ここからは「販売」で通します)していますが、アイルランド、オランダ、スイスなどでは肥満に対して保険適用されています。

 しかし、現在ノボ社が最も注力しているのはサクセンダではなく、セマグルチド(Semaglutide)で、日本では糖尿病の薬(注射薬・内服薬の双方があります)として保険診療にて処方されています。日本での商品名は、注射薬は「オゼンピック」、内服薬は「リベルサス」です。

 ノボ社によると、サクセンダよりもセマグルチドの方がダイエット効果が高く、また、注射の場合、サクセンダは毎日注射しなければならないのに対し、セマグルチドは週に一度でOKです。週に一度でよくて効果がより高いわけですから、ノボ社としてはセマグルチドに力を注ぐのは当然です。また、サクセンダにはない内服薬(リベルサス)があるわけですから、この点も、今後セマグルチドを普及させやすい理由になるでしょう。実際、日本の美容クリニックなどではオゼンピックよりもリベルサスが積極的に宣伝されているようです。

 ただし、現在ノボ社の世界的な戦略は、日本とは異なり、内服(リベルサス)ではなく注射薬を販売促進しています。商品名はオゼンピックではなく、Wegovy(日本語にすると「ウェゴビー」でしょうか。

 すでに、Wegovy専用のウェブサイトが作成されています。そして、ノボ社はWegovyの売り上げ目標を2025年までに37億ドル(約4930億円)にすると公表しました。これまでの目標から2倍以上引き上げたことになります。

 この目標を到達すべく、ノボ社の社員は色めき立っています。英紙Financial Timesの取材に答えたノボ社のある社員は「このホルモン(GLP-1)の発見者はノーベル賞に値する!」と力説しています。Financial Timesのこの記事を読んでいると、この社員が取材に対し興奮している様子がありありと伝わってきます。この社員は「GLP-1は製薬業界のスイスアーミーナイフだ!」と形容し、GLP-1受容体作動薬が糖尿病、肥満のみならず、腎疾患、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、さらにはアルツハイマー病の治療にも使えることを主張しています。

 ノボ社のこの社員が言うように、GLP-1受容体作動薬が、腎疾患や非アルコール性脂肪肝炎の治療薬として有力視されているのは事実です。ですが、スイスアーミーナイフに例えているということは、GLP-1受容体作動薬をまるで「夢の万能薬」として捉えているような印象を受けます。

 GLP-1ダイエット薬が莫大な利益を期待できる以上、他社も黙っていません。Financial Timesの別の記事によれば、イーライリリー社が「Tirzepatide」(日本語では「チルゼパチド」でしょうか)を上市することが決まっています。なんと、この薬、同社のデータによると、使用者の3分の2が体重20%減少に成功したというのです。セグマチルドと直接比較した研究は見当たりませんが、この数字だけをみればセグマチルドよりもTirzepatideの方が効果が高い可能性があります。

 新型コロナウイルス関連で次々と”ヒット作”を送り出しているファイザー社も黙っていません。また、新型コロナのワクチンで脚光を浴びたアストラゼネカ社や、新型コロナの特効薬カシリビマブ/イムデビマブ(ロナプリーブ)を開発したリジェネロン社、さらには製薬界のスタートアップとして注目されているVersanis社やGelesis社もGLP-1ダイエット薬の販売を狙っています。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの複数の製薬会社が鎬を削っているのです。ここに日本の製薬会社が入っていないのは少し寂しい気がしないでもありません……。

 薬というのは、食品や化粧品と異なり、CMなどで直接消費者にアピールすることはできません。そこでノボ社がとった方法はクイーン・ラティファを起用したプロモーションビデオです。そのタイトルはIt’s bigger than me. タイトルにはおそらく「本当の私より脂肪がついているこの身体は病気なの。だから”治療”をおこなって病気をなおさなければ」というニュアンスが含まれているのでしょう。このビデオにはノボ・ノルディスクファーマ社という社名もセグマチルドという薬の一般名もWegovyという商品名も一切出てきません。まずは消費者(肥満者、というよりもやせたいと思っている人)に「肥満は治療可能な病気だ」ということを訴えたいのでしょう。

 GLP-1ダイエットの効果が高いのは事実だとして「欠点」を考えてみましょう。まず費用です。米国ではWegovyは1ヵ月あたり約1350ドル(約18万円)もします。これは自費の値段ですから保険であればずっと安くなるはずです。ところが、米国の高齢者向けの公的医療保険「メディケア」では保険適用が認められていません。一部の私的保険では認可されているようですが、上述のFinancial Timesによれば、申請すれば無条件で適用となるわけではないようです。

 日本では主流の内服のリベルサスはこの米国の費用から考えると驚くほど安く、月に15,000円ほどですから米国の10分の1以下となります。その程度なら痩せるための”必要経費”と考える人もいるでしょうが、経済的に続けられない人も少なくないでしょう。

 では、中止すると何が起こるか。当然体重の「リバウンド」が起こります。Financial Timesの取材によれば、ある経験者は、薬を止めると体重が7%増えました。また、薬を止めてから1週間も経たないうちにパニック発作に襲われた人もいます。

 リバウンドについて言えば、過去のコラム「はやりの病気」第214回(2021年6月)「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」で紹介したように、ダイエットをやめたときのリバウンドは”必然”とさえ言えます。これから言えることは「ダイエットをするならば一生続けられる方法を選ばなければならない」ということです。

 では、「GLP-1ダイエットを死ぬまで続ける」という考えはどうでしょうか。その場合は、安全性、つまり副作用について慎重に考えなければなりません。ここで、過去の「ダイエット薬」が中止に追い込まれた歴史をみてみましょう。

・アンフェタミン(1930~60年代):覚醒剤ですから危険性は言うまでもありません。尚、日本でも保険適用のあるサノレックス(マジンドール)はアンフェタミン類似物質であり、添付文書にも「依存性について留意すること」と記載されています。覚醒剤(類似物質)ですから、当然「耐性」もでてきます。

・フェンフェン(1990年代):フェンフルラミンとフェンタミンを組み合わせたダイエット薬。米国では一大ムーブメントとなったが躁状態になるリスクと弁膜症のリスクで販売中止に

・リモナバント:2006年に欧州各国で承認されたが、抑うつ感や自殺企図などが高頻度で生じることが判り2008年に発売中止

・シブトラミン:日本ではエーザイにより2007年に医薬品製造販売承認が申請されたが、副作用が強く2009年9月26日に却下された

・甲状腺ホルモン:ネットで入手できる「いかがわしいやせ薬」に含まれていることがある

・ベルヴィーク:2020年に発がん性を理由に米国FDAが承認を取り下げた

 尚、動物実験とはいえ、ノボ社のセグマチルドにより甲状腺がんが発生しています。ちなみに、安全性と有効性が共に高いダイエット治療には、BMIが35以上などの条件を満たせば「肥満手術」があります。

 では、そこまで手術の適応を満たさない場合、効果的で安全なダイエットをするにはどうすればいいでしょうか。谷口医院で昔から推薦しているのは、総摂取カロリー制限(または糖質制限)+有酸素運動(+筋トレ)+食事前の水(または牛乳か豆乳)摂取です。反対に「絶対にすべきではないダイエット」として言い続けているのが、方法は何であれ「期間限定のダイエット」です。

参考:
はやりの病気:
第223回2022年3月「GLP-1ダイエットが危険な理由」
第214回(2021年6月)「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」
メディカルエッセイ:
第94回(2010年11月)「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
医療ニュース:
2013年9月30日「デキサプリンを飲まないで!」
2009年10月26日「タイ産やせ薬で相次ぐ死」


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2022年8月10日 水曜日

2022年8月 元首相暗殺犯の”完全勝利”

 安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也は今、どんな心境なのでしょう。

 拘置所のなかでメディアの報道を見聞きすることはできないでしょうから、自身が世界でどのように報じられているかについては分からないでしょう。しかし、自分が成し遂げたことを冷静に考えれば、自身を否定的に論じる意見だけでなく、英雄視する声もあることを想像しているに違いありません。

 自身が逮捕された時の写真が世界中のメディアで掲載され、ネットで拡散され世界の人々に自分の存在が広く知れ渡っている様子を思い浮かべていることでしょう。山上の価値観から判定すれば、成し遂げたことは「完全勝利」と言えます。そして、おそらく自身が予想したよりも”成功”しています。

 日本の全国紙や週刊誌は、事件から1ヶ月以上が経過した今も、ほぼ毎号この事件について何らかのかたちで取り上げ、山上が恨みを抱いていた宗教団体と政治家との癒着が次々にスクープされ、さらには他の宗教と政治家とのつながりがクローズアップされています。

 海外メディアは統一教会(現・世界平和統一家庭連合。本稿では人口に膾炙している「統一教会」とする)の各国での活動や被害者の声を取り上げ、元信者にインタビューを重ね、統一教会へのバッシングが世界中で巻き起こっています。おそらく霊感商法などの被害者への返金をせよ、という社会の声が強くなり、統一教会の活動は縮小されることになるでしょう。山上にとっては、「これ以上の成功はない」というくらいの成功ではないでしょうか。

 一般的な日本人は山上のことをどのようにみているのでしょか。動機がどのようなものであれ、右寄りの思想家の安倍元首相を殺害したわけですから、一部の左翼系の思想家・活動家からは歓迎されていることでしょう。中国、韓国、北朝鮮の民族主義的な思想をもつ民衆からは英雄視扱いされているに違いありません。

 では、イデオロギーの視点からではなく、ひとりの日本人が元首相を殺害したということに対して一般の世論はどうなのでしょうか。意外なことに、イデオロギーを抜きにしても山上を支持する声が小さくありません。

 オンライン署名サイトのChang.orgに、7月中旬、ひとりの有志が「山上徹也容疑者の減刑を求める署名」を立ち上げました。これを書いている8月7日現在、すでに5,600人以上の署名が集まっています。

 このオンライン署名を立ち上げた人は、山上を減刑すべき2つの理由として「過酷な生育歴を鑑みての温情」と「本人が非常に真面目、努力家であり、更生の余地のある人間である事」を挙げています。人がどのような考えを持とうが自由ですが、私はこの2つの理由にはまったく同意できません。「過酷な成育歴」があれば人を殺しても減刑されるという理屈には納得できませんし、「真面目、努力家」が減刑されるなら「不真面目、非努力家」が差別されることになります。

 しかし、短期間ですでに5千人以上の署名が集まっていることを山上が知れば、支持する理由はともかく(この2つの理由以外の理由で減刑を望む者もいるでしょう)ほくそ笑むことになるでしょう。

 山上が”完全勝利”したといえる理由は大勢の支持者が国内外にいるからだけではありません。父と兄がすでに自殺しており、統一教会に洗脳され、もはや家族とは呼べなくなった母を除けば家族がいないことが大きいのです(注)。つまり、このような事件を犯しても”身内”が社会から追いつめられることはありません。

 この点が他の無差別事件と異なるところです。例えば、7月26日に死刑が執行された「秋葉原通り魔事件」の加藤智大は、事件や自身の生い立ちや環境の情報が大きく報道され、一部の人たちからは”神”と崇められていましたが、残された両親と弟は悲惨な経緯をたどっています。

 弟はどこに就職しても”弟”であることがそのうちに発覚してしまい、報道によれば、一時は婚約していたパートナーからも、「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は」と罵られ、そして自死を選びました。取材を受けていた記者に「死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」と訴えたそうです。加藤の両親も、事件の後、世間から身を隠すように暮らしていると聞きます。

 加藤に対しては「残された家族のことを考えなかったのか?」という非難の声があるでしょうが、山上の場合にはそのような声が上がる前提としての絆がないのです。まさに「失うものは何もない(Nothing To Lose)」状態だったのです。

 山上は死刑を覚悟で暗殺を遂行した可能性がありますが、もしもこれだけ世間から”好意的に”見られていることを知れば「死にたくない」と考え直すようになるかもしれません。死刑を免れても娑婆に出られることは当分ないわけですが、それでも塀の中でいくらかの自分に関する報道を読むことができ、希望者(いくらでもいるでしょう)と面会することができ、加藤のように本を出版することもできます(加藤は合計4冊の本を出版しました)。本が出版されれば、その英訳もつくられるでしょう。さらに多言語で出版され、世界中で読まれることになるかもしれません。

 犯行の方法は「自家製の銃」ですから、ストーリー性もかなり高いと言えます。何年か後には映画にもなるかもしれません。日本最長就任期間を誇る元首相を手製の銃で暗殺し、その目的が世界にはびこる巨大な宗教組織の悪を暴くことだったわけです。ハリウッドが取り上げてもおかしくありません。山上は日本史のみならず世界史にも名を残すことになるでしょう。

 と、ここまで書くと私自身が山上を絶賛しているかのようです。考えなければならないのは、「なぜ山上がこのような犯行に至ったのか」、そして「同じような犯行を未然に防ぐには我々は何をすべきなのか」でした。

 この事件から改めて浮き彫りになったのは、「人間は失うものが何もない状態になれば恨みをもつ者を殺害することへの抵抗がなくなる」という真理です。では、この事件を未然に防ぐ方法はあったのでしょうか。

 それがあるとするならば「人とのつながり」を置いて他にはないでしょう。もしも、山上の兄が自殺をせずに生きていれば……、山上に恋愛のパートナーがいれば……、中高の同級生が連絡をとっていれば……、職場に気の置けない同僚がいれば……、山上は事件を企てたでしょうか。「あなたが(お前が・先輩が)そんなことをすれば私が(俺が・僕が)悲しい!」と言える者がひとりでもいれば、山上は犯行に及ばなかった可能性があるのではないでしょうか。

 もしも山上のように、人との「つながり」がない孤独な者がいて、その者が恨みを抱く対象がいたとすれば、同様の事件が起こり得ます。そして、安倍元首相がそうであったように、悪意がなくても他人から恨みを買うことはあります。ならば事件を防ぐには、人との「つながり」を築くことで孤独な者を救うしかありません。

 では、どのようにして「つながり」を持たない孤独な人を探せばいいのでしょうか。私自身は以前から引きこもっている患者さんや精神症状を訴える患者さん(男女ともに)に、「何でも話せる人はいますか?」と尋ねるようにしています。「いません」と言われることも少なくありません。そのようなとき、そんなに簡単な話ではありませんが、一緒に解決策を考えるようにしています。

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注:本コラムの脱稿後、山上には妹がいることを週刊誌の報道から知りました。妹はこれから身元を隠して生きていかねばならなくなるでしょう。ということは山上の”完全勝利”とは言えないかもしれません。

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2022年7月28日 木曜日

2022年7月28日 1日43分の早歩きで認知症の「リスク」が3割低下

 いい薬があるとは言えず、確実な予防法があるわけでもないのが認知症です。運動は有効とする意見は昔からありますが、過去のコラム「認知症について最近わかってきたこと(2018年版)」で紹介したように、認知症になった人に運動をしてもらっても進行を遅らせることができないという研究があります。

 今回紹介するのは「明るい話題」です。「中等度の強さの運動は認知症を発症するリスクを27%下げる」が結論です。

 医学誌「Journal of Alzheimer’s disease」2022年4月号に掲載された論文「日本人高齢者の身体活動強度と認知症:8年間の縦断研究に基づいた用量反応分析(Physical Activity Intensity and Suspected Dementia in Older Japanese Adults: A Dose-Response Analysis Based on an 8-Year Longitudinal Study)」を紹介します。

 研究の対象者は3,722人の日本人の高齢者。8年間の追跡期間中に「認知症の疑い(suspected dementia)」と診断されたのが全体の12.7%でした。「中等度の強さの運動」を週あたり300分以上続けていた高齢者は、そうでない高齢者と比べると、「認知症の疑い」と診断されるリスクが27%減少していました。

 「中等度の強さの運動」の実施時間と「認知症の疑い」のリスク減少は直線的な関係となりました。つまり、「運動をすればするほどその分だけ認知症のリスクが下がる」となります。

 興味深いことに、「強度の強さの運動」と「認知症の疑い」には有意な関係はありませんでした。

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 結論としては、「中等度の強さの運動を週に300分しましょう」、ということになるわけですが、「中等度」と言われてどのようなことをすべきか分かるでしょうか。東京都健康長寿医療センター研究所のウェブサイトに分かりやすい説明があるので、それをここでさらに簡単にまとめて紹介したいと思います。

 中強度(中等度の強さ)の運動とは、安静時(椅子に座ってじっとしている状態)の3.0~5.9倍の強度を指します。普通歩行なら3.0倍、速い速歩きは5.0倍の強度に相当します。

 高強度(高度の強さ)の運動とは、安静時の6.0倍以上の強度を指します。ゆっくりとしたジョギングがちょうど安静時の6.0倍に相当します。山登りは6.5倍、ランニングは8.3-9.8倍、水泳なら10.0倍です。

 今回紹介した論文の結論は「中等度の強さの運動を週に300分」ですから、「1日43分の早歩きかゆっくりのジョギングを毎日しましょう」ということになります。

参考:
医療ニュース2021年1月29日 1日わずか11分の運動で「座りっぱなし」のリスク解消
はやりの病気第215回(2021年7月) アルツハイマー病の新薬が期待できない理由

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2022年7月21日 木曜日

第227回(2022年7月) 「将来のビジョン」を描くことで精神症状を治す

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は「精神科」を標榜していませんが、「心(精神)の調子が悪く診てほしい」という依頼は2007年の開院時からあります。頼まれれば無条件で診察する、というわけではなく、できるだけ希望は聞くようにしますが、初めから精神科を紹介する場合もあります。

 しかし、いつの頃からか「精神科を受診したけれどうまくいかなくて……」という訴えが増え始め、現在ではそういう患者さんは谷口医院で診るようにしています。どのような患者さんが多いかというと、最も多いのが「精神科で処方される薬を使いたくない」あるいは「精神科で処方されている薬を止めたい」という希望をもっている人です。

 今回は、そういった人たちに谷口医院ではどのような治療をしているかを紹介したいと思います。尚、巷には「精神科医は一切不要」とする「精神科医不要論」があるようですが、私はそういった考えには与しません。ただ、精神科の薬を止めたいといって受診する患者さんのなかには、たしかに「はじめからこんな薬、要らなかったのでは?」と思わざるを得ないケースがあるのは事実です。

 元々私は谷口医院を開業する前から「薬(や検査)は最小限」と言い続けてきました。Choosing Wiselyという概念が登場したときに、すぐに飛びついたのも元々私が考えていたことと一致したからです。もっとも、こういう考えは私のオリジナルではなく、大学の総合診療の現場では以前から徹底されています。私が研修医の頃も、上司に自分が診た事例の報告をすると「その検査は本当に必要だったのか」「その薬はどうしても処方しなければならなかったのか」といったことを厳しく追及されました。

 さて、精神疾患について。開業当初よりも現在の方が、私の処方量(処方する薬の量/精神症状の訴え)は減っています。そうなったきっかけはいくつかありますが、ここでひとつ挙げるとすると、以前のコラムでも紹介した2012年9月に起こった「目黒区社長夫人マイスリー息子殺害事件」です。当時42歳の社長夫人がマイスリーを飲み、意識がないなかで5歳の我が息子を殺めました。目と口をガムテープでふさぎ、ビニール紐で身体を縛り上げ、さらには家庭用ゴミ袋を二重に被せてガムテープで密閉したのです。

 この社長夫人はマイスリー以外にもアルコールも飲んでいたと報道されていますが、アルコールなしでの高齢者によるレイプ事件も起こっています。2012年3月、明石市の総合病院で当時72歳の男性が深夜に女性部屋に忍び込み、当時87歳の女性に襲いかかったのです。

 これらの事件が報道されてから、私はマイスリーを処方している患者さん、及びこれから処方する患者さんのほぼ全員に事件の話をしています。すでにマイスリーを飲んだことのある患者さんのなかには、「夜中に友達に電話していたことを翌日の携帯を見て知った」とか「朝起きるとお菓子を食べ散らかしていたことが分ったけど記憶がない」といったエピソードを話す人もいます。そして、必ずしもアルコールは伴っていません。

 ベンゾジアゼピン系及びその類似薬品(マイスリーはこちらに入ります)は過去のコラム「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」などで述べましたから繰り返しませんが、ここでは「依存性の強い薬は安易に使うべきではなく、仮に使い始めたとしてもできるだけ早く離脱することを考えなければならない」という基本を確認しておきましょう。

 では、すぐに効いて患者満足度の高いベンゾジアゼピン系を使わないとすれば、不眠や不安、うつ状態にはどのような治療をおこなえばいいのでしょうか。比較的副作用が少なく、依存性がない薬もいくつかあるので、必要があればそういった薬剤の処方をすることもありますし、代替として漢方薬を処方することもあります。けれども、今回は「薬以外」の方法を紹介します。

 まずは「運動」が挙げられます。これは世界的に周知の事実で、例えば英国の国民保健サービス(NHS)も、米国のメイヨークリニックも、ハーバード大学も精神症状に対する運動を推奨しています。谷口医院の患者さんでも効果が出ていますし、診察室では「どのような運動を始めるか」について私が患者さんに助言しています。

 今回のコラムでは、その「運動」と共に私が一部の患者さんに勧めている「将来のビジョンを描く」について紹介しましょう。これは「将来のビジョンを明確に描くことにより、不安感や抑うつ感を解消する方法」です。この方法を思いついたのは、谷口医院をオープンする前にタイで出会った当時40歳のうつ病を患っている男性との会話がきっかけです。そして、その話は過去のコラム「お金に困らない生き方~4つの秘訣~(前編)」でもしました。ここではもう一度、その男性のセリフを紹介しましょう。

「一生食べていける大金をもらえるか、安定した仕事に就けるなら、僕のうつ病はすぐに治ります。世の中のうつ病の大半は単にお金がないことが原因なんですよ……」

 この男性の言葉に反論できる人はどれだけいるでしょう。もちろんお金があれば何もかも解決するわけではありませんし、この説は飛躍しすぎています。ですが、お金があれば「この先食べていけるか不安……」という悩みは解決しますし、将来病気を患って頼れる人がいなかったとしても、ある程度のお金があればたいていはなんとかなります。

 けれども、例えば「現在の仕事は辛くて続けられない」「仕事は続けたいけどあの上司の下ではこれ以上働けない」「履歴書をいくら送っても仕事にありつけない」といった場合はどうでしょう。仕事がない、あるいは失うかもしれない、といったときに抑うつ感や不安感がゼロでいられる人はそうはいないでしょう。こんなときに気分がすぐれないからといって向精神薬を内服して問題が解決するでしょうか。

 それならば、たとえ現状が苦しくても、不安感や抑うつ感や不眠に苦しめられながらでも将来のビジョンを思い描く方がずっと健全です。私がよく患者さんに問いかける言葉は、「5年後にはどんな生活をしていたいですか?」というものです。「同じ職場にいたいですか?」と聞くと、半数以上の人は「できるなら別のことをしていたいです」と言います。そこで、「それを実現するには1年後にはどのようなことができるようになっている必要があるでしょう」、さらに「では1年後そうなるためには今日からできることは何かありませんか?」と聞きます。ここまでくると、不安や抑うつ感を感じているヒマなどない、という考えに至る人もいます。

 高齢者の場合は「あなたはいくつまで生きる予定ですか?」と聞くこともあります。このような質問は、患者医師関係が構築できてからにすべきですが、ときには初診時に尋ねることもあります。次に「ではそれまでにやりたいことを全部やるようにしませんか」というふうに話をもっていきます。そもそも、高齢者に対してはよほどのことがない限り、向精神薬を使うべきではありません。もちろん、それ以外の薬も安易に使うべきではありません。健診の結果が少々基準から離れていても必ずしも薬が必要になるわけではないのです。すぐに「検査、検査」という人がいますが、谷口医院では「検査はいつも最小限」を徹底しています。ですから、特に高齢者の場合、初診時には診察代のみとなることも多々あります。

 この「将来のビジョンを描いて精神状態を健全に保つ」という方法、スランプに陥った精神状態を改善させるだけでなく、人生に元気と勇気を与えてくれます。現状に満足できていなくても、将来に明るいビジョンを持つことさえできればなんとかやっていけるものなのです。

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2022年7月10日 日曜日

2022年7月 世界から戦争をなくす方法

 たしか20代の頃、なにかの雑誌で「世界で戦争がなかった日は〇〇日しかない」という内容のコラムを読んだ記憶があります。この出処は思い出せず、ネット検索をしても出てこないので詳しいことは分からないのですが、このコラムの著者は「人間は世界のどこかでほぼ毎日戦争をしている(愚かな生き物だ)」ということを皮肉りたかったわけです。

 シリア、イエメン、アフガニスタン、パレスチナ、イスラム国、スリランカ、ミャンマー、エチオピア、ウクライナなど、21世紀になってからも世界のどこかで戦争または内戦が繰り広げられ、21世紀になってからは「戦争がなかった日」はおそらくゼロだと思います。

 人類の歴史が始まって以来、世界のすべての地域で平和だった時代などほぼないのではないでしょうか。いわば人類の歴史は戦争の歴史でもあるわけです。ということは、人間とは「戦争が好きな生き物」、それが言い過ぎだとしても「戦争を避けられない生き物」くらいは言えるでしょう。

 しかし、私は人類が「戦争をしない生き物」になることは可能だと考えています。太古から変わらなかった「戦争を避けられない」という歴史を塗り替えることなどできるはずがない、とほとんどの人は考えるでしょうが、戦争を「過去のもの」にすることができる方法があります。今回はその考えを披露したいと思います。

 世界から戦争をなくす方法、それは「空港とLCCの拡充」です。これでは訳が分からないと思うので解説していきます。

 例えば、これから日本が韓国やアメリカと戦争を起こすことはあるでしょうか。私はないと思います。では、日本と北朝鮮ならどうでしょうか。私はあり得ると考えています。この違いはどこにあるのかというと、日本と韓国、日本とアメリカは人の動きが活発で互いに深い交流があるからです。この交流の大きさは太平洋戦争の時代とは雲泥の差です。

 90年代初頭、韓国人が日本を訪れることは容易ではありませんでした。それどころか、韓国内では日本の書籍や音楽を入手することは極めて困難で、日本の文化に触れるには大型図書館などに出向かなければなりませんでした。

 私はこの頃に来日した韓国人の若い女性と話をしたことがあります。過去のマンスリーレポート「外国を嫌いにならない方法~韓国人との思い出~」でも述べたのでここでは詳しくは繰り返しませんが、その女性は「大阪や東京というのは、ヤクザが跋扈(ばっこ)した街で、若い女性は決してひとりで歩いてはいけない。男性から声をかけられるようなことがあれば直ちに逃げないといけない」と聞かされていたと話していました。

 今やソウルやブサンに1泊2日で行く日本人もいるほどです(私も1泊で行ったことがあります)。こんなにせわしないプランで来日する韓国人は知りませんが、それでも日本と韓国はお互いに気軽に行ける国になり、友達や恋愛のパートナーが韓国人という日本人も少なくありません。過去の微妙な”歴史”の話から仲違いした日本人男性と韓国人女性のカップルの話は過去のコラム「インド人の詐欺と外国人との話のタブー」で紹介しましたが、それだけで相手のことを憎むようになるわけではありません。

 外務省によると、コロナ流行前の2018年、渡米した日本人は約350万人、韓国には約300万人が渡航しています。中国には270万人、タイは165万人です。これだけ人の行き来があると、渡航先の国で友人ができ、なかには恋愛関係に発展することも大いにあります。「アメリカの奴らは日本人と違って……」「韓国人は……」といった否定的な言葉を事前に聞いていたとしても、実際に行ってみれば「同じ人間で、仲良くできるんだ」ということが分ります。

 では、北朝鮮の人たちは日本人のことをどのように思っているでしょうか。私が90年代初頭に話をした韓国人女性のように、「日本人は冷酷で仲良くなれない」と思っている人たちが多いのではないでしょうか。

 私はウクライナにもロシアにも行ったことがありませんが、今回の戦争が始まる前、ウクライナ人とロシア人の交流はそれほどなかったのではないでしょうか。ウクライナは裕福な国ではなく、一人あたりのGDPが4千ドルに届きません。ロシアは1万ドルほどだったと思いますが今やロシアはかつての共産主義国ではなく貧富の差が大きな国です。ということは、平均的なウクライナ人と平均的なロシア人が頻繁に相手国に行き来して友達が多い、ということは考えられません。プーチン大統領が「ロシア軍はウクライナ市民を救うために戦争をしている」などというデタラメなプロパガンダをロシア国民に主張できるのも、大半のロシア人がウクライナ人を知らないからです。

 イギリスとフランスは歴史上何度も戦争をしていますが、これから起こることはないでしょう。それは、交通の発達ですでに両国を行き来して互いの国に友達や恋人がいるという人が大勢いるからです。日本と韓国は、まだまだ英仏ほどの関係には達していませんが、コロナが終わり、両国の、特に若者が互いの国を行き来する機会が増えれば、戦争が起こることはないと思います。

 ならば、世界中の、特に若者が(戦争で駆り出されるのは若者です)、全世界を飛び回って各国で友達をつくるようにすれば、国と国との戦争が起こるリスクはぐんと低くなります。そのためには、出入国の手続きを簡単にして、渡航の費用を安くする必要があります。よって、空港を拡充して、LCCの便を増やせば戦争が起こらない、というのが私の理屈です。

 日本と北朝鮮が戦争を起こすリスクを回避しようと思えば、十万人くらいの単位で学生の交換留学を促進すればいいのです。若い学生どうしが時空間を共有すれば、自然に友情や愛情が生まれます。若者どうしの交流が活発化すれば、それは上の世代にも伝播していきます。そうなれば戦争は起こり得ません。もっとも、北朝鮮トップの御仁はこのような案は即却下するでしょうが。

 人間というのは奇妙な生き物で、集団で行動すると、他の集団のメンバーと争いごとを起こす一方で、自分たちとは背景の異なる他の集団のメンバーに対して興味をもち、友情や愛情を発展させます。そして、集団どうしが対立するときには、必ず「相手が悪で自分たちが正義だ」という大義名分をつくりだします。だから、集団のリーダーは「自分らが正しいんだ」というプロパガンダをメンバーに植え付けようとするわけです。

 これに抗うには、そういうリーダーの馬鹿げたプロパガンダが広まる前に、集団の各メンバーが相手側の集団のメンバーと積極的に交わるようにすればいいのです。過去のコラムでも述べたように、我々は「〇〇国の人の性格は……」という話が好きでたいてい盛り上がります。日本人どうしの「△△県出身者は……」という話と同じです。しかし、もちろんどこの国にも地域にもいろんな人がいます。「〇〇国の人は……」という話は”ネタ”にとどめておいて、世界中の若者がいろんな地域に行って自分で確かめるようにすればきっと世界は平和になります。

 そのためにはコロナにはそろそろ大人しくしてもらって、我々人間は空港とLCCの拡充に努めるべきです。コロナの影響もあって現在世界的な不況が訪れようとしていますが、私が政治に携わる立場にいれば、自国はもちろん他国にも働きかけて旅行業界に大型投資を仕掛けます。不況から抜け出すことが期待できるだけでなく、世界中で若者の交流が活発になり国際間の友情や愛情が芽生えることにより、きっと世界に平和が訪れるからです。

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2022年7月3日 日曜日

2022年7月4日 東アフリカでは2千万人が飢餓

 「医療ニュース」のほとんどは、医学誌に掲載された新しい論文を紹介することが多いのですが、今回は一般紙の社会ニュースに掲載された記事を取り上げたいと思います。

 結論からいえば、現在世界は大変なことになっていて「救える命が救えない」状態です。

 「The New York Times」2022年6月12日に掲載された記事「『あの子を埋葬し、歩き続ける』餓死するソマリアの子供たち(’We Buried Him and Kept Walking’: Children Die as Somalis Flee Hunger)https://www.nytimes.com/2022/06/11/world/africa/somalia-drought-hunger.html」によると、現在東アフリカでは干ばつが進んでいて、その結果、食料が不足し、2022年末までにケニア、エチオピア、ソマリアの三国で最大2千万人が飢餓に苦しむと試算されています。

 記事によれば、ソマリアの人口は推定1600万人で、そのうち約700万人が深刻な食料不足に直面しています。ユニセフの報告によれば、2022年に入ってから少なくとも448人の子供が重度の栄養失調で亡くなっています。

 なぜこの地域では食料が不足しているのか。最大の原因は干ばつです。調査機関によれば、ソマリアでは2021年の中盤からすでに300万頭の家畜が死んでいます。ソマリアは、度々干ばつの被害に苦しんでいます。2011年には干ばつによる死亡者数がなんと26万人にも上りました。そして、今回の干ばつは来年(2023年)まで続く見通しです。

 尚、欧州紙「Euronews」に2022年6月14日に掲載された記事「サイレントキラー:熱波に備えれば毎年数千人の命を救うことができると赤十字が警告(’Silent killers’: Preparing for heatwaves could save thousands of lives every year, warns Red Cross )」によると、毎年世界では48万人もが熱波が原因で死亡しているそうです。

 さらに、食料不足の要因は干ばつだけではありません。ウクライナ戦争が影響を及ぼしているのです。つまり、ウクライナやロシアから小麦が輸入できなくなったことで食力不足に拍車がかかっているのです。

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 食品ロスが社会問題となっているこの国で暮らす者としてはどう考えればいいのでしょうか。

 さらに、我が国の医療費について考えてみましょう。

 脊髄性筋委縮症の治療薬ゾルゲンスマ(注射薬)は1本1億6707万7222円です。以前に比べると随分安くなったとはいえ、がんの治療薬のオプジーボは1人あたり年間1千万円以上します。

 ちなみに、ソマリアの一人当たりのGDPは1,815ドル(約20万円)です。

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2022年6月30日 木曜日

2022年6月30日 乳製品の摂り過ぎは前立腺がんのリスクか

 「乳製品は前立腺がんと乳がんのリスクを上げるのではないか」という問題は以前から議論になっていました。最近、「乳製品は前立腺がんのリスクを上げる」という報告が出ましたので報告します。

 医学誌「The American Journal of Clinical Nutrition」2022年6月8日号に掲載された論文「『Adventist Health Study-2』における乳製品、カルシウム摂取量、および前立腺がんの発症リスク(Dairy foods, calcium intakes, and risk of incident prostate cancer in Adventist Health Study-2 )」の紹介です。

 研究の対象者は、米国とカナダのセブンスデー・アドベンティスト教会の男性信者28,737人で、平均7.8年間の追跡調査期間中に合計1,254人が前立腺がんを発症しました。うち190人は進行がんでした。

 乳製品の摂取量が上位1割の男性は下位1割に比べると、前立腺がんのリスクが27%上昇していました。上位1割の男性は、乳製品をまったく摂らないグループと比べると62%も上昇していました。

 発がんの原因が乳製品に含まれるカルシウムにあるのか、とった点も検討されています。乳製品以外でのカルシウム摂取量が少ないグループと多いグループの間で発がんリスクの差は認められませんでした。ということは、乳製品が前立腺がんのリスクを高めるのは、乳製品に含まれるカルシウム以外の成分が原因ということになります。

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 研究の対象となったセブンスデー・アドベンティスト教会は、過去のコラム「メディカルエッセイ第126回(2013年7月)我々はベジタリアンの道を進むべきか」でも紹介しました。同協会では菜食主義が勧められており、信者にはビーガン(肉魚だけでなく、卵も乳製品も一切摂らない菜食主義者)も少なくありません。

 この論文を読めば、「乳製品を止めようかな……」と思う人もいるかもしれませんが、そう思い込むのは早そうです。論文で紹介されている乳製品摂取上位1割は1日あたりの摂取量が430グラムにもなります。一方、国立健康・栄養研究所によると、日本人男性の乳製品摂取量の平均は166.1グラムと4割以下です。

 乳製品はカルシウムを効率よく摂ることができるだけではありません。蛋白質も効率よく摂取できる貴重な食品です。よって、極端に摂りすぎなければむしろ健康及び長生きに寄与する食品と考えるべきです。

 ところで、乳製品は乳がんのリスクになるという説もありますが、現在ではほぼ否定されています。日本乳癌学会は、乳製品摂取はむしろ乳がんのリスク低下になるとしています。

 尚、前立腺がんは男性にしか起こりませんが(女性は持っていないのですから)、乳がんは女性だけでなく男性にも起こります(男性にも乳房はありますから)。乳がんのリスクが喫煙、アルコール、糖尿病であることをここで確認しておきましょう。

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2022年6月12日 日曜日

第226回(2022年6月) アトピーの歴史は「モイゼルト」で塗り替えられるか

 「はやりの病気」でアトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)を取り上げる機会がここ数年で増えてきています。その理由はいずれも「画期的な新薬が登場した」からであり、今回もまた新たな新薬が登場したが故に再び取り上げることにしました。

 今回はその新しい薬「モイゼルト軟膏」の話をする前に、「アトピー性皮膚炎の治療の歴史」をまとめておきましょう。

1999年まで:ステロイドしかなかった時代
1999年:タクロリムス軟膏登場
(2007年:当院開院)
2008年:シクロスポリン登場
2018年:デュピクセント®(注射)登場
2020年:コレクチム®軟膏登場
2020年:オルミエント®登場
2021年:リンヴォック®登場
2021年:サイバインコ®登場
2022年:モイゼルト®軟膏登場

 まず、1999年までは効果のある薬はステロイド外用くらいしかありませんでした。そのため、「ステロイドを塗ればよくなるけれどもやめれば悪化する。そしてそのうちに取り返しのつかない副作用に悩まされる……」ということが多かったのです。

 私の見解を言えば、ステロイドによる最も多い副作用は「酒さ様皮膚炎」です。顔面の、特に鼻や鼻の周囲、頬部、口の周りに赤い炎症が起こり、これが治らないのです。酒さ様皮膚炎は比較的少ない量のステロイドでも起こり得ます。さらに進行すると、全身の皮膚が薄くなり、そんなに強い力を加えなくても皮膚に触れると皮がめくれるようになります。ここまでくるとどうしようもありません。

 1999年までは(それ以降も)ステロイド以外の治療としていろんなものが試みられましたが、私の印象で言えば、一部の漢方薬を除けば有効といえる薬はほぼありません。漢方薬も、効く人もいるけれど効かない人の方が多い、といった感じで、おおざっぱにいえば(患者さんには失礼な言い方ですが)1999年までのアトピーは「どうしようもない病気」だったのです。そういう背景もあり、多数の民間療法やアトピービジネスが蔓延しました。

 タクロリムス(先発の商品名は「プロトピック」)は画期的な製品でした。なにしろ「もうステロイドを使わなくてもアトピーを治すことができる」という噂が広がり、「夢の薬」という声もあったほどです。

 けれども、実際には当初期待されていたほどには普及しませんでした。この経緯については2011年のコラム「アトピー性皮膚炎を再考する」にも書きましたが、ここでもポイントだけを振り返っておくと、「タクロリムスを使えない」という人は「タクロリムスを始める地点にまだ立っていない」のです。

 強い炎症を取ることができるのはステロイドを置いて他にはありません。ですが、どれだけ重症であっても、ステロイドを1週間も外用すればまず間違いなく症状をゼロにできます。そして、この状態になって初めてタクロリムスの出番となります。その後は、タクロリムスを適切に使用すればステロイドはその後(頭皮以外は)不要となります。

 ではタクロリムスは塗るタイミングを誤らず、その後適切に塗っていれば、もう何も心配ないのかと言われれば、そういう人も多いのですが、そうでない人もいます。「感染症のリスク」があるからです。若い人の場合、タクロリムスでアトピーの再発を防げたとしても、ニキビ、ヘルペス、脂漏性皮膚炎といった病原体が関与する疾患が生じることがあります。

 特にニキビは厄介で、元々ニキビ肌ではないのに、タクロリムスを使用し始めたがために発症するようになり、そのためにニキビの予防薬を外用しなければならなくなったという人もいます。すると、皮膚症状がまったくないのに、アトピーの再発予防目的でタクロリムスを外用し、そのタクロリムスの副作用で生じ得るニキビを防ぐためにニキビの予防薬を塗らなければならなくなります。これはかなり面倒くさいことです。

 少し補足しておくと、ニキビ予防に保険診療で処方できるのはディフェリンゲルとベピオゲル(いずれも商品名)で、発売されたのはそれぞれ2008年10月、2015年4月です。これらが発売されるまでは有効なニキビの予防薬もなく、そのため谷口医院では、ディフェリンを海外から輸入して処方していました。尚、アゼライン酸(商品名AZAクリア)も優れたニキビの予防薬ですが、なぜか日本では化粧品扱いとなり保険適用はありません。

 アトピーには極めて有効だけれど、ニキビなどの感染症のリスクとなるというのはタクロリムスの欠点と言えます。そして、この問題をほぼ克服したのが2020年6月に発売となったコレクチム(商品名)です。コレクチムもJAK阻害薬と呼ばれる免疫抑制剤の一種であるため、ニキビなどの感染症の発症が懸念されていたのですが、発売前の調査では頻度は少なく、また発売後の市場調査でもそれほど多くありません。谷口医院の患者さんを診ていてもコレクチムがニキビで使えないというケースはほぼ皆無です。タクロリムスとコレクチムは作用メカニズムがまったく異なりますが、イメージでいえば「コレクチムはタクロリムスの欠点を克服した薬」です。

 そして、2022年6月1日、そのコレクチムに続く外用薬「モイゼルト軟膏」が発売となりました。この薬も作用メカニズムは、タクロリムスやコレクチムとはまったく異なります。3種のなかでは免疫抑制作用が最も弱く、副作用も最も少ないことが予想されます。ただ、実際にはコレクチムの患者満足度がかなり高いために、モイゼルト軟膏はそれほど広がらない可能性もあります。

 ですが、待望の新薬ですから谷口医院では発売された6月1日以降、コレクチムかタクロリムスを使用している(ほぼ)すべてのアトピーの患者さんに、モイゼルト軟膏を「お試し」というかたちで処方しています。本稿執筆時点(6月12日)でその後再診された患者さんは2人います。「コレクチムvsモイゼルト」の印象を尋ねると、コレクチム派が1人、モイゼルト派が1人と意見が別れています。

 ところで、アトピーの新薬という話になると、学会では過去のコラム「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」で紹介したような、高価な薬が取り上げられます。3割負担で年間50万円から100万円もするこういった薬、効果が高ければいいではないかという人もいるでしょうが、副作用のリスクが高すぎて安易には使えません。

 これら過去のコラムでも述べたように、いずれも免疫抑制作用が強すぎるのです。ここで、冒頭で述べた「歴史」に戻りましょう。実は2008年にシクロスポリンという極めて効果の高い内服薬がアトピーに使われるようになりました。しかし普及したとは言えません。その最大の理由は「副作用が強すぎて使えない」です。強力な免疫抑制作用があるために、感染症、さらには悪性腫瘍のリスクが上昇するのです。

 では、2018年に発売されたデュピクセント、2020~21年に使用できるようになった3種の内服薬はどの程度のリスクがあるのかというと、少なくとも添付文書上のリスクはシクロスポリンとほとんど同じです。「生ワクチンが接種できない」はすべてに共通しています。シクロスポリンの添付文書には、いったん治ったB型肝炎ウイルスの活性化、敗血症、悪性リンパ腫や他のがんのリスクなどが記載されていて、これらはオルミエント、リンヴォック、サイバインコのものにも同様の注意が書かれています。また、これら3種の内服薬の添付文書には結核のリスクについても言及されています。

 つまり、現在学会などで盛んに取り上げられ、各製薬会社が資金を投入してPR活動をしているデュピクセント、オルミエント、リンヴォック、サイバインコは、副作用のリスクが高すぎて普及しなかったシクロスポリンと、同等とまではいえませんが、同じようなリスクがあり、また費用は驚くほど高いのです。

 というわけで、今後のアトピー性皮膚炎の治療は「タクロリムス、コレクチム、モイゼルトの3種の外用薬を、効果、費用、副作用の3点に注意しながら各自それぞれの方法で使い分けていく」ということになるでしょう。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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