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2022年1月20日 木曜日

第221回(2022年1月) ポストコロナ症候群の正体は慢性疲労症候群か

 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)に感染した後に症状がとれないポストコロナ症候群の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)における新規の患者数は減少傾向にあります。その理由は3つあります。1つは昨秋から冬にかけて患者数が激減し、さらに12月中旬以降に流行し始めたオミクロン株は大半が軽症であり後遺症を残していないこと、2つ目は長期間苦しんでいた患者さんも、時間が経過して症状が次第に改善、あるいは完全に治癒した人が増えてきていることです。3つ目の理由は後述します。

 ただ、その一方で、依然強い倦怠感、頭痛、動悸などで苦しんでいる人もいます。谷口医院で初めてポストコロナ症候群の訴えを聞いたのは2020年の3月ですからその後1年10ヶ月が経過するというのに、ポストコロナ症候群の治療法については国内でも海外でも確立されておらず、ガイドラインは一応存在しますが、はっきり言うとたいしたことが書かれていません。つまり、我々医師は今も手探りで治療を続けているわけです。

 とはいえ、少しずつ分かってきたこともありますので今回はそれらを整理してみましょう。まずは、頻度や症状などについて確認しておきましょう。尚、ポストコロナ症候群という病名は私が勝手に命名したもので、初めて公的なサイトに披露したのは2020年5月8日の日経メディカルです。「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」というタイトルのコラムを公開しました。国際的な病名は「long-Covid」が一般的です。ただ、海外でも「Post-COVID syndrome」と呼ばれることもあります(例えばこの論文)ので、ここからはポストコロナ症候群(Post-Corona/COVID syndrome)を略してPCSと呼ぶことにします。

 残念なことに、日本にはPCSに関するきちんとした疫学的なデータがありません。この理由は届出システムがないからですが、それだけではありません。日本には最近は随分減ったとは言え、この病気が「気のせい」とか、ひどい場合は「仮病」と決めつけている医師がいるというのも大きな理由です。また、患者さんも「医療機関に相談してもムダ」と決めつけているケースが多数あります。もっとひどいのが、PCSで困っている患者さんに高額な自費診療を勧めるクリニックです。

 話を戻しましょう。データは日本にはなくても海外にはあります。イギリスをみてみましょう。科学誌『Nature』2021年6月9日の特集記事に英国の状況が報告されています。英国統計局(The UK Office of National Statistics (ONS))によると、20,000人のコロナ罹患者の調査において、感染12週間後にも何らかの症状があった人が13.7%に上ります。

 男女比では、感染5週後の時点で女性23%、男性19%と女性に多いのが特徴です。これは重症化して死亡するリスクが高いのが男性>女性であることを考えると興味深いと言えます。年齢の差も注目すべきで、最も多いのが35~49歳で25.6%です。若年者と高齢者では少ないのが特徴です。

 次に症状をみてみましょう。感染して1か月後くらいでは脱毛、味覚・嗅覚障害、動悸、などが多いのですが、半年を超えると、倦怠感、息切れ、筋肉痛、そして不眠や抑うつ感などの精神症状が目立つようになります。

 さて、こうやって改めてPCSの特徴を整理してみると、ある別の疾患と、瓜二つまではいかないにしてもかなり良く似ていることが分かります。その疾患とは「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群」で、英語ではMyalgic Encephalomyelitis/Chronic Fatigue Syndrome、略してME/CFSと呼ばれます(ここからはME/CFSと表記します)。実はこの疾患、2008年の「はやりの病気」で取り上げたことがあります(「疲労の原因と慢性疲労症候群」)。これを書いた2008年の時点では慢性疲労症候群という言い方が一般的でしたが、国によっては筋痛性脳脊髄炎という表現が使われているため、最近は国内でもME/CFSと呼ばれます。

 さて、PCSのみならず、実はこのME/CFSもなかなか医師の間に浸透せず、現在もこんな疾患は存在しないという意見がいまだにあると聞きます。しかし、実在する事実は疑いようがなく、おそらくいまだに「気のせいだ」とか「心因性だ」とか言ってまともに取り合わない医師がいるとすればそれはこの疾患の患者さんを診たことがない医師です。

 ME/CFSの原因については、確定はしていないのですが、原因のひとつは感染症ではないかという意見が有力です。上述のコラムでもそれについて触れています。ここで、論文を紹介しておきます。医学誌『The British Medical Journal』2006年8月2日号に掲載された論文「ウイルス性及び非ウイルス性病原体によって引き起こされる感染後の慢性疲労症候群:前向きコホート研究 (Post-infective and chronic fatigue syndromes precipitated by viral and non-viral pathogens: prospective cohort study)」です。

 研究の対象者は感染症に罹患した合計253人(EBウイルス68人、ロスリバーウイルス60人、Q熱リケッチア43人、その他82人)。このなかで、倦怠感、筋痛、神経認知障害、気分障害などが6カ月間持続したのは29人(12%)。そのうち28人(11%)が慢性疲労症候群の診断基準を満たしていました。

 PCSとME/CFSには、1)中年女性に多い、2)症状は、倦怠感、抑うつ感などが中心、3)感染症罹患後に発症し発症率が似ている(PCS:13.7%、ME/CFS:12%)という共通点があります。

 PCSとME/CFSの異なる点として挙げられるのは、PCSには息切れ、味覚・嗅覚障害、脱毛の症状が多いということです。

 PCSの治療をみていきましょう。日本でよく使われるのは、漢方薬(補中益気湯、当帰芍薬散、柴胡加竜骨牡蛎湯あたりがよく使われます)、ビタミン剤、プレガバリン(リリカ)、イベルメクチン(ストロメクトール)、ステロイドなどですが、どれもエビデンスはなく、谷口医院を受診する患者さんでいえば「こういうものはさんざん試したけどまったく効かないから(谷口医院を)受診した」と言います。一部の医療機関ではBスポット療法(最近はEATとも呼ばれます)と言う鼻咽頭を塩化亜鉛で擦過する治療をされていることもありますが(谷口医院に来る人は)効いていません(ただしこの治療は術者によって成績が大きく異なるようです)。冒頭で述べた「谷口医院を受診するPCSの患者数が減っている理由」の3つ目は「以前に比べてPCSで悩む患者さんを診察する医療機関が増えたから」です。

 国際的には最も注目されている薬はdeupirfenidoneという名の新薬で現在治験(臨床研究)中です。アピキサバン(エリキュース)という抗血栓薬、アトルバスタチン(リピトール)という高コレステロール血症の薬などもよく用いられていますが決定的なものはありません。

 実はPCSの治療にはこれら以外に試してみる価値があるかもしれない”劇薬”があります。それはコロナワクチンです。患者さんのなかには「あれほどしんどかった症状がワクチン接種で劇的に治りました」という人もいます。そして、これを検証したデータがあります。この報告によれば、ワクチンを接種した56.7%が改善しています。ですが、18.7%は逆に悪化しています。つまり、試す価値はあるのですが、いわば両刃の剣とも呼べるリスクのある治療です。尚、ファイザー社、アストラゼネカ社に比べてモデルナ社のワクチンが最も改善度が高く悪化しにくいという結果が出ています。

 その他で試す価値のあるものとしては亜鉛とビタミンDがありますが、全員に効果があるわけではありません。しかし、安全性はそれなりに高いことから試してみてもいいと思います。これらについては近いうちに改めて取り上げたいと思います。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2022年1月9日 日曜日

2022年1月 他人を信頼できない日本では「絶望」するしかない

 2021年の最大の出来事は?と問われれば、ほとんどの人は一昨年(2020年)に引き続き「新型コロナウイルス」と答えるでしょう。なにしろ、この病原体のせいで、世界中のほぼすべての人が生活に何らかの制限を加えられているのですから。もちろん、我々医師にとっても「コロナのせいで……」と思わずにはいられない場面がかなり多くあります。

 ですが、2021年にはある意味でコロナ以上の事件がありました。12月17日に起こった「西梅田精神科クリニック放火事件」です。そのクリニックの患者でもあった61歳の男、谷本盛雄がガソリンでクリニックに放火し、自身も院長も含む合計26人(1月3日現在)が死亡しました。

 私の記憶にある範囲で言えば、一度の大量殺人事件としては京都アニメーション放火殺人事件の死者36人に次ぐ規模です。2016年に相模原で起こった障害者施設殺傷事件での死亡者は19人ですから、西梅田の事件はこれを上回ったことになります。尚、相模原の事件についても事件直後から何名もの方(患者さんよりも本サイトの読者の方)から意見を求められていましたので、いずれどこかで取り上げたいと考えています。

 さて、西梅田事件のこの犯人について、私が診察したわけではありませんから、どのような精神疾患を持っていたかなどについて精神医学的な所見を私が述べるのは適切ではありません。一部の情報では、このクリニックは発達障害を中心に診ていたために犯人の疾患も発達障害ではないか、とされていますが定かではありません。ここでは、犯人は「(疾患名はともかく)他人を巻き添えにして自殺をしたかった男性」であることを確認しておきましょう。

 この点で、殺害された女性の兄が妹のパソコンから犯人にたどりついた2017年の「座間9人殺害事件」の白石隆浩とは犯行の性質がまったく異なりますし、死刑を避けて無期懲役を求め、2018年に東海道新幹線内で1人を殺害、2人に重症を負わせた小島一郎とも異なります。先述の相模原事件の犯人である植松聖は死刑を覚悟していたものの、犯行動機は「障害者を殺すのが公益」との信念の元に実行したとされていますからやはり異なります。その場で自殺していないという意味で、2001年に8名を殺害した附属池田小学校事件の宅間守(2004年に死刑執行)、2008年に2名を殺害した土浦連続殺傷事件の金川真大(2013年に死刑執行)、2008年に7人を殺害した秋葉原通り魔事件の加藤智大(死刑が確定しているが現時点で未執行)とも異なります。2019年の京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司は放火後逃走していることと「自分の作品をパクられた」と被害妄想的な証言をしていることから別のタイプと考えられます。

 犯人もその場で自殺したという意味で似ている事件は、2019年に2名の小児が殺害され18名が負傷した「川崎通り魔事件」の岩崎隆一、また、2015年に一人の乗客を巻き添えにして新幹線内で焼身自殺した林崎春生が該当するかもしれません。

 しかしながら、こうやって21世紀になってから起こった集団殺人事件を改めて見直してみると、白石は金銭と性欲という自己の快楽のために、植松は”公益”のために実行していますが、それ以外の犯人の動機には、(それぞれの精神疾患名は別にして)「絶望」があるように私には思えます。

 谷本、小島、宅間、金川、加藤、青葉、岩崎、林崎に共通して言えること、それは「周囲に頼れる人がいなかった」ということではないでしょうか。もちろん、私はこれらの誰一人として知り合いではありませんし、想像の根拠はすべて報道や犯人についてジャーナリストが書いた書物などに限定されます。ですから、医師でしかない私がこのような推測を述べるのは無責任であり、それは承知しています。ですが、無責任であることを認めた上で、彼らは「周囲に頼れる人がおらずそのため絶望していた」のではないかと思わずにはいられないのです。

 もちろん、周囲に頼れる人がいない人全員が事件を起こすわけではありませんし、親から勘当されても立派に生きている人がいることも知っています。ですが、父親からの絶縁(宅間、小島)、引きこもり(岩崎、金川)、孤立(加藤、林崎)といったことが報道されており、谷本も元家族から距離を置かれていたことを考えれば、やはり共通するのは「絶望」だと思うのです。

 このなかの全員がまったくの孤立無援ではなかったのも事実です。例えば、小島は報道を見る限り、祖母と母親からは(おそらく今も)愛されています。加藤も話ができる友人がいなかったわけではなさそうです。ということは、単に「犯行前に誰かひとりでも親身になって話を聞く者がいれば……」とも言えないことになります。では、もしも2人以上、あるいは3人以上の信頼できる者がいれば……、などと考えるのはナンセンスでしょう。人数の問題ではないからです。では、どのような社会であればこういった事件が起こらないようになるのでしょうか。

 2022年1月1日、日経新聞に「成長・満足度、両輪で活力 閉塞感打破、北欧にヒント」という記事が掲載されました。日経新聞が、国連やWHOなど世界の権威ある統計をもとにして、日本、米国、英国、フランス、ドイツ、デンマーク、フィンランド、スウェーデンの8国について、労働生産性、所得格差、男女平等、幸福度、他者への信頼度などを点数で表しています。この表、眺めれば眺めるほど興味深いのですが、ここで取り上げたいのは「他者への信頼度」です。

 「他者への信頼度」のトップはスウェーデンの522.2点、2位はデンマークで521.3点です。先進国平均は214.1点、米国223.0点、英国376.8点です。では、日本の点数は何点かというと、なんとマイナス62.0点なのです。「他者への信頼度」は表で示されているだけで記事の本文に説明がなく、記者のコメントもないのが残念なのですが、この数字には驚かされます。

 そもそも「他者への信頼度」がマイナスとはどういう意味なのでしょう。スウェーデンでは周囲に1000人集めると522人は信頼できて、日本では1000人集めると信頼できる人はゼロで自分を貶めようとしている人が62人もいる、という意味なのでしょうか。マイナス62.0というこの数字が間違いであってほしいと願いたいですが、日経新聞が元旦の朝刊に載せているわけですから何度も数字に誤りがないことが確認されているはずです。

 ということは、我が国においては「渡る世間は鬼ばかり」が真実ということになります。では、スウェーデンに行けば、周囲の人たちを無条件で信頼できるのでしょうか。あるいは行政が手を差し伸べてくれるのでしょうか。同国を訪れたことのない私にはそれは分かりません。ですが、私がある程度知っているいくつかの国との比較でいえば、たしかに日本ほど他人に冷たい国はありません。

 過去のコラム「マンスリーレポート2015年9月 お金に困らない生き方~4つの秘訣~(後編)」で紹介したように、タイは日本よりも遥かに格差社会、あるいは身分社会ではありますが、他人には優しくホームレスの人たちが救われているシーンもしばしば目にします。他方、日本に長年住む外国人たちからは日本人の冷たさについて聞かされたことが何度もあります。

 では日本人はこんな国をとっとと捨てて海外に新天地を求めればいいのでしょうか。私の答えは「イエス」でもあり「ノー」でもあります。「イエス」と言いたいのは、海外で楽しく過ごし「日本よりずっと幸せ」と話している日本人を何人か知っているからです。一方「ノー」とも言いたいのは、たとえ海外に出た方が幸せになれたとしても、そう簡単に日本にいる大切な人を放ってまで海外に行ける人はそんなに多くないからです。

 では、この日本に残る我々(私も含めて)はどうすればいいのでしょうか。それは、たとえ他人が信頼できなかったとしても、一人一人が草の根レベルで他人のことを慮り、他人から信頼されるように努めることです。

 犯人をかばうような発言は殺害された方のご遺族に失礼であることは承知していますが、谷本を含むこのような犯罪者を生み出したのは「他人を信頼できない」この日本社会に原因があるのではないかと思わずにはいられません。事件を起こす前に話をし、その絶望から生まれた苦しみを共に分かち合いたかった、とついつい私は考えてしまうのです。

本文一部訂正:2022年1月31日

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2022年1月4日 火曜日

2022年1月4日 円形脱毛症は認知症と網膜疾患のリスク

 円形脱毛症の患者さんから尋ねられる最も多い質問は「原因は何ですか?」です。興味深いことに、この後に続くのは「ストレスが多いからですかね?」と「私にはストレスがないのですが……」と正反対のコメントです。

 円形脱毛症が起こる理由は「免疫系の細胞が(大切な)毛根を敵と勘違いして攻撃してしまうから」と言えます。ストレスが原因かどうかという問いに対して私はしばしば「半分イエスです」と答えています。ストレスそのものが直接脱毛につながるわけではありませんが、強烈なストレスにより免疫系が乱れることがあるからです。「ストレスがない」という人は我々からみると要注意です。

 社会生活を営んでいれば何らかのストレスがない方がおかしいわけで「ストレスがない」と言う人のいくらかは過酷な環境にいます。例えば過重労働が月に100時間を超えているのに「こんなの平気です。勉強させてもらって給料までもらえて幸せなんです。僕には何のストレスもありません」というような人は注意が必要なのです。例えばある日突然うつ病を発症するようなことがあります。

 話を円形脱毛症に戻しましょう。この疾患に対して「原因は?」と尋ねる人は多いのですが、「円形脱毛症はどのような疾患のリスクになりますか?」と聞く人はほとんどいません。今回紹介したいのは、円形脱毛症は「認知症」そして「網膜疾患」のリスクになるという話です。

 医学誌「The Journal of Clinical Psychiatry」2021年10月26日号の論文「円形脱毛症と認知症のリスクの関連:全国コホート研究 (Association of Alopecia Areata and the Risk of Dementia: A Nationwide Cohort Study)」によると、円形脱毛症は認知症のリスクとなります。

 研究の対象者は45歳以上の円形脱毛症を有する台湾の男女2,534人です。対照には、年齢、性別、収入、疾患などを合わせた25,340人が選ばれています。結果、円形脱毛症があればどの年齢、性別でもすべての認知症のリスクが対照者に比べて3.24倍、アルツハイマー病については4.34倍にも上昇していました。特に65歳以上の男性のアルツハイマー病のリスクが高かったようです。

 次に医学誌「Journal of the American Academy of Dermatology」2021年11月1日号の論文「円形脱毛症と網膜疾患の関連:全国的コホート研究 (Association between alopecia areata and retinal diseases: A nationwide population-based cohort study)」を紹介しましょう。

 研究の対象者は台湾の円形脱毛症の男女9,909人です。対照にはやはり条件を合わせた99,090人が選定されています。結果、対照者と比較して、円形脱毛症があれば網膜疾患に罹患するリスクが3.10倍に上昇していました。具体的には、網膜剥離(retinal detachment)が3.98倍、網膜血管閉塞症(retinal vascular occlusion )が2.45倍、網膜症(retinopathy)が3.24倍です。

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 円形脱毛症は軽症の場合、標準的な治療で治りますし、場合によっては何もしなくても自然に治癒します。ですが、他方、重症化するとかなり難渋することもあります。入院してもらいステロイドを大量に点滴すれば治ることは治るのですが、この方法はすぐに再発するケースが多々あります。脱毛専門の医療機関を紹介することもあるのですが、結果としてうまくいかないケースもそれなりにあります。

 かといって、特に予防する方法もありません。漢方薬もほとんど効果がありませんし、認知行動療法も無力です。医師泣かせの疾患のひとつです。

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2021年12月27日 月曜日

2021年12月27日 安静時の心拍数上昇が認知症のリスク

 高齢者の安静時心拍数の上昇は認知症のリスクとなる……。

 医学誌「Alzheimer’s Dementia」2021年12月3日号(オンライン版)の論文「安静時心拍数と高齢者の認知機能低下および認知症との関連:人口ベースのコホート研究 (Association of resting heart rate with cognitive decline and dementia in older adults: A population-based cohort study)」でこのような発表がおこなわれました。

 研究の対象者はスウェーデンの認知症がない60歳以上の成人で、2001~2004年から2013~16年まで追跡できた2,147人(平均年齢70.6歳、女性が62%、86人が心疾患の既往歴あり)。安静時心拍数は心電図で測定され、60回/分未満、60~69回/分、70~79回/分、80回/分以上の4つのグループに分類されました。

 対象者のなかで、追跡期間中に認知症の診断がついたのは289人でした。心拍数で解析した結果、60~69回/分のグループに比べて80回/分以上のグループでは認知症の発症リスクが55%上昇していたことが判りました。

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 安静時心拍数の上昇が心血管疾患のリスクであることは広く知られています。今回の研究が興味深いのは、心血管疾患を発症した人たちに認知症のリスクが高いのではなく、心血管疾患に関係なくただ安静時心拍数が高いというだけで認知症のリスクが上昇することを示したからです。

 次に知りたいのは、「では、若いうちから心拍数を下げる薬(βブロッカーなど)を用いて安静時心拍数を下げることに努めていれば認知症のリスクを下げられるのか」ということですが、これを調べた研究は見当たりません。

 ではどうすればいいか。安静時心拍数は日ごろから有酸素運動をしていれば下がってきます。有酸素運動で認知症のリスクが下がることは以前から指摘されています。この理由は、運動により安静時心拍数が低下するからなのかもしれません。

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2021年12月22日 水曜日

2021年12月22日 サッカーは直ちにやめるべきかもしれない

 日本ではなぜかほとんど関心が持たれていませんが、10年ほど前から欧米諸国ではアメリカンフットボールやサッカーなどコンタクトスポーツ選手の慢性外傷性脳症(CTE)が注目を集めています。なにしろ、かなりの高確率で引退後に脳の障害や認知症に苦しみ、寿命も短くなるわけですから、選手自身や家族は気が気でありません。

 今回はサッカーがいかに危険かを示した2つの研究を紹介したいと思います。

 まずは、医学誌「Neurology」2021年11月24日号に掲載された「繰り返す頭部衝撃を受けた脳のMRIの異常と神経病理学との関連 (Association Between Antemortem FLAIR White Matter Hyperintensities and Neuropathology in Brain Donors Exposed to Repetitive Head Impacts)」です。

 この研究の調査対象者は67人の元サッカー選手及び他の8人(過去にサッカー、ボクシング、軍隊加入のいずれかがある)です。研究開始時点で対象者は全員が死亡していました(なんと平均67歳という若さです)。全員が生存中に脳のMRIを撮影しており、全員が死亡後、研究のために脳を寄付しています。

 高齢化に伴い、脳のMRIでは「白質高信号(white matter hyperintensities)」と呼ばれる「スポット」が認められます。この所見はCTEやアルツハイマー病に関連していることが分かっています。今回の研究ではこのスポットの単位が増えるごとに、深刻な小血管障害や白質(脳の一部)の損傷が生じるリスクが2倍になることが分かりました。

 解剖ではおよそ7割の(75人中)53人にCTEが認められました。家族の証言からも研究に参加した対象者のおよそ3分の2が認知症に苦しんでいたそうです。

 もうひとつの研究は医学誌「JAMA Neurology」2021年8月2日号に掲載された「男性の元プロサッカー選手のポジションとキャリアの長さと神経変性疾患のリスクとの関連 (Association of Field Position and Career Length With Risk of Neurodegenerative Disease in Male Former Professional Soccer Players)」です。

 研究の対象者はスコットランド人男性の元プロサッカー選手7,676人。対照として、年齢や経済状況をマッチさせた23,028人の一般人が選ばれています。

 7,676人の元サッカー選手のなかでCTEを発症したのは386人(5.0%)で、対照群では366人(1.6%)。リスクは3.66倍となります。

 さて、この研究が興味深いのはここからです。サッカーのポジションごとにリスクが検討されているのです。最もリスクが低いのはゴールキーパーで1.83倍(ヘディングする機会が他のポジションよりも少ないから当然でしょう)、最も高いのはフォワードでもミッドフィルダーでもなく「ディフェンダー」で4.98倍です(こちらも当然でしょう)。

 キャリアの長さでみると、長ければ長いほどリスクは上昇します。15年以上のプロのキャリアを持つ選手ではリスクがなんと5.20倍にもなっています。

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 あくまでも個人的な意見ですが、サッカーという競技自体を見直した方がいいのではないでしょうか。少なくとも、サッカーを開始する時点で本人と保護者はCTEのリスクをきちんと知らされるべきだと思います。

 サッカーだけではありません。過去のコラム(下記参照)で、米国ではアメリカンフットボールの元選手の多くがCTEで不幸な結末を迎えていることを紹介しました。オバマ元大統領は「自分に息子がいれば(アメリカン)フットボールはさせない」と公言しています。スポーツの選択には科学的な視点を加えるべきだと思います。

医療ニュース
2017年8月30日 アメリカンフットボールの選手のほとんどがCTEに!
2019年11月23日 やはりサッカーも認知症のリスク
2016年10月14日   コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症

はやりの病気
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2021年12月19日 日曜日

第220回(2021年12月) アトピー性皮膚炎の高額な新薬は普及するか

 アトピー性皮膚炎(以下、単に「アトピー」)の新しい治療薬に関する問い合わせが急増しています。私の知る限り、一般のメディアではこれら新薬に対する報道は大きくはされていないと思うのですが、問い合わせの内容がかなり細かいものもあります。元々、当院は医療者の患者さんが少なくなく、仕事関係で入って来る情報からこれら新薬のことを知ったというケースが多いのでしょうが、医療者でない人からの問合せも目立ちます。SNSの影響なのでしょうか。

 質問の内容はたいてい「よく効くと聞いたが本当でしょうか」「副作用はどうなのでしょうか」というものです。発売されて間もありませんから、はっきりとしたことは未知なのですが、それでも現時点で分かっていることに私見を交えて解説していきたいと思います。

 アトピーの画期的な注射薬が登場したのは2018年4月、デュピクセント(一般名デュピルマブ)です。2週間に一度の皮下注射(自宅でできます)をおこなうだけで劇的に改善するのは事実です。ただし、薬代は1回66,562円(3割負担で19,969円)ですから、診察代や検査代を入れれば、3割負担でも年間50万円程度は必要になります。これでも発売当初からは2割ほど安くなっています。

 副作用については、発売して3年8ヶ月ほど経過するというのにあまり問題になっていません。ですが安心できるわけではありません。”まだ”3年8ヶ月、と考えるべきだからです。後になってから発売当初には予期していなかった副作用が生じる可能性があります。発売前の臨床試験(治験)ではさほど大きな副作用が報告されてはいませんが、長期使用における安全性は誰も分からないわけです。

 そもそもこの薬剤、薬の添付文書に「本剤投与中の生ワクチンの接種は、安全性が確認されていないので避けること」と記載されています。麻疹(はしか)や風疹、水疱瘡(みずぼうそう)、おたふく風邪などの生ワクチンは病原体を弱めたものを体内に注射して、免疫系細胞に抗体をつくらせることを目的としています。

 もしも免疫能が低下している人に生ワクチンを接種すると、弱められたはずの病原体が勢いを取り戻し、宿主(その人)を攻撃することになります。生ワクチンをうてないのは、例えばHIV陽性で十分な治療を受けていない人や、臓器移植をした人(免疫応答を抑えるために日頃から強力な免疫抑制剤を飲んでいる)、白血病で骨髄移植を受けた人などです。

 そしてデュピクセントを接種している人もこのような免疫が弱いグループに含まれるのです。製薬会社としては、「生ワクチンをうてないように注意しているのは念のためであり実際は安全」と主張するのかもしれませんが、少なくとも免疫能を大きく下げる可能性があることは事実です。デュピクセントを使用開始すれば長期間(あるいは生涯)、生ワクチンは避けなければならず、感染症に注意しなければならないのです。

 デュピクセントが登場して2年8ヶ月後の2020年12月、内服薬オルミエント(一般名バリシチニブ)がアトピーに使用できるようになりました。この薬剤は2017年に関節リウマチに対する治療薬として登場しました。アトピーにも効くことはその当時から分かっており、3年遅れでアトピーにも適応が認められたというわけです。また、オルミエントは現在新型コロナウイルスの重症例にも使われています。

 デュピクセントは注射のために使いにくいけれど、オルミエントなら飲み薬だから試したいと考える人が増えてきました。そんななか、2021年8月には2番目となる内服薬リンヴォック(一般名ウパダシチニブ)が、同年11月には3番目の内服薬サイバインコ(一般名アブロシチニブ)が登場しました。

 これら3つの内服薬、オルミエント、リンヴォック、サイバインコはいずれもJAK阻害薬と呼ばれるもので、優れた免疫抑制剤です。ですが”免疫抑制”剤なのです。感染症に対するリスクが上昇し、そして、やはりデュピクセントと同様、生ワクチンがうてません。それだけではありません。これら3つの薬の添付文書には次の「説明」が書かれています。

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本剤投与により、結核、肺炎、敗血症、ウイルス感染等による重篤な感染症の新たな発現もしくは悪化等が報告されており、本剤との関連性は明らかではないが、悪性腫瘍の発現も報告されている。
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 結核を含む様々な感染症のリスクがあり、さらに悪性腫瘍(がん)になることもあると言うのです。アトピーは慢性疾患です。これらの薬を長期(あるいは生涯)内服することになります。そして、長期間でこういったリスクがどれほど上昇するのかについては誰も分かりません。治験(臨床試験)で結核やがんが発症したのはごくわずかでしょう。ですが、それは試験期間中の短期間での話です。服用が長期になればなるほどリスクが上昇すると考えるべきです。

 まだあります。費用です。下記のようにデュピクセントよりも高くつきます。

オルミエント:1錠5,274.9円
リンヴォック:1錠4,972.8円(2錠まで可)
サイバインコ:100mg1錠5,221.40円、200mg1錠7,832.30円

 これらをざっと計算すると一年間の薬代は3割負担で60万円~100万円以上にもなります。これを極めて長期間、あるいは生涯捻出することができる人はどれだけいるでしょうか。

 さて、このようにネガティブなことばかり言えば、アトピーの、特に重症の人たちからは反感を買います。「これまで何をしてもよくならなかったところに救世主のような薬が登場したんだ。悪口を言うな!」というわけです。

 しかし、谷口医院の患者さんの例で言えば、”重症”の人もこのような注射薬や内服薬を使わなくても99%以上の人は無症状で肌がきれいない状態を維持できています。アトピーの素因を示すと言われている非特異的IgEが5~6万IU/mLの人でも、こういった強い薬はもちろん、ステロイド外用薬も使用せずにコントロールできているのです。なぜか。私自身はアトピーの名医でも何でもありませんが、前の病院で「名医」にかかっていたという患者さんも、意外なことに基本的なことをされていない場合がけっこう多いのです。

 例えば、デュピクセントは値段が高いからステロイド内服を長期で使用していたという患者さんは、ステロイドの内服はもちろんステロイド外用も1週間で中止できました。その後1年以上が経過しますが、ステロイド外用は(頭皮を除いて)完全に不要です。谷口医院がこの患者さんに実施したのは、汗対策の指導、ダニ及び花粉対策の指導、それにコレクチム(デルゴシチニブ)とタクロリムス外用の処方と塗り方の指導、後は食事指導や他の疾患に対する指導だけです。尚、この患者さんは前の病院でもこれら外用薬を処方されていたことがありましたが、塗り方が適切ではありませんでした。谷口医院ではこの2種の外用薬を重症の人では月に50~100本程度使用してもらっています。これら2種も強力な免疫抑制剤ですが(コレクチムはJAK阻害薬の外用です)、内服と異なり結核やがんのリスクは(ほぼ)ありません。

 たしかに、無症状時にベトベトする薬を塗るのは面倒くさいのですが、慣れればそれほど苦痛ではありません。汗やダニ対策も最初は大変なのですが、これらも習慣の問題です。重症の患者さんのなかには高額な内服薬や注射薬が必要な人もいるかもしれませんが、谷口医院の患者さんは(ほぼ)全員が不要です。

参考:はやりの病気
第202回(2020年6月)「アトピー性皮膚炎の歴史を変える「コレクチム」」
第177回(2018年5月)「アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか」
第99回(2011年11月)「アトピー性皮膚炎を再考する」

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2021年12月12日 日曜日

2021年12月 やりたいこと vs 役割を演じること

 今からちょうど3年前、2018年12月のマンスリーレポート「人生は自分で切り拓くものではなかった!?」で、私が相当奇妙な発言をしたと思われた読者の方も多いと思います。なにしろ、それまで私が書籍などで言い続けてきた「医学部受験などたいていの人は努力をすれば可能だ」という主張を全否定したと解釈されてもおかしくないようなことを述べただけでなく、私自身は「〇〇」という目に見えない存在に”監視”されていて、「生きているのではなく生かされているのだ」という、まるで新興宗教の教えのようなことを突然言い放ったわけですから。

 さらに私は、2020年7月のマンスリーレポート「『偏差値40からの医学部再受験』は間違いだった」で、医学部受験は誰にでも可能なわけではなく、「人生を決めるのは99%の運と1%の努力」という考えを主張し、「運も実力のうち」という言葉を完全に否定しました。このコラムではシェークスピアの名言を引き合いに出し、「人生とはそれぞれの役割を”演じる”こと」と述べました。

 「奇妙なこと」を言い始めて3年が経過した今、改めて私が感じていることをここに披露したいと思います。

 まず「役割」についてです。もしも、生まれてから死ぬまでの間、与えられた宿題だけをやって、与えられた試験だけを受け、与えられた仕事だけをやり、あらかじめ決められたパートナーと生活を共にする、という人生があったとすれば、これほどつまらない人生はないでしょう。

 では、次のケースはどうでしょうか。それはかなり前、新聞か雑誌で読んだある有機化学者の話です。たしか日経新聞の「私の課長時代」だったと思うのですが、記憶が定かでなく、その人の名前もどのような研究をしたのかもまったく覚えていません。私が覚えているのは、大学院時代に研究室の教授から与えられた、特に興味のなかった研究に従事したと書かれていたことです。その教室ではメンバー全員が教授から課題を与えられてそれをやるしか選択肢がないとのことでした。

 それを読んだときの私の感想は「こんな人生、絶対にイヤだ」です。その有機化学者はその研究で成功して博士号を取得し、その後も大企業の研究室で働いて出世もし、その記事では当時の教授に感謝している、というようなことが書かれていたわけですが、私が同じ境遇なら、この教授に感謝することはおそらくできません。

 私はこの有機化学者と正反対のことをしています。有機化学者も私も同じ「理系の者」ですが、そもそも私は上司の言うことを聞いたためしがありません。研修医1年目のときは、大学病院での研修が物足りなくて教授に「土曜日は他の病院に見学に行かせてほしい」とお願いし、2年目のときは本来の人事に逆らって予定外の別の研修をさせてもらいました。さらに、大学の人事に従わずタイにボランティアに行くことを実行しました。このため当時の教授からは「お前とは絶縁ではないが破門だ」と言われました(ただし、この教授には今も慕わせてもらっています)。

 欧米からタイの施設に来ていた複数の総合診療医(general practitioner)に影響を受け、教えを乞い、帰国後は大学の総合診療部の門を叩き、大学病院で学ばせてもらうことになりました。しかし、大学病院での経験では物足らなくなり、いくつもの病院や診療所で研修を受ける私独自のやり方を半ば強引に認めてもらい、さらに、自分のやりたい医療を実践するには自分でクリニックを立ち上げるしかないと判断し、まだ医師になって丸5年もたっていないのに開業に踏み切ったのです。

 この当時の私はまだ「人生は自分で切り拓くものだ」と考えていましたから、こういった道を選んだことにまったく後悔はありませんでしたし、今も後悔しているわけではありません。当時の(今も)愛読書には小田実の『何でも見てやろう』 (名著です)や大前研一氏の『やりたいことは全部やれ!』 (これも良書です)があります。そして、この当時は、私がやりたいことをやって、上手くいっているのは自分が努力したからだと”勘違い”していました。

 冒頭で紹介したコラムで述べたように、私がやりたいことをできたのは単に運がよかったからです。そして、「運も実力のうち」では決してありません。運がいいのは単に運がよかった、ただそれだけの話です。自分の努力を卑下しなくていい、という意見もあるかもしれませんが、努力できること自体が運がいいわけです。もしも私が脳に障害を負ったり、若年性認知症を発症したりすればこういった努力はできません。脳に障害を持った人は努力しなかった結果なのか、というとそんなはずはなく、運が悪かったわけです。

 ならば私は自分の運の良さに感謝すべきです。そして、感謝すべきなのは運だけではありません。件の有機化学者のように課題を与えてくれた教授のようなエピソードは私にはありませんが、それとは違ったかたちで私を導いてくれた先輩や、指導してくれた上司がいます。そういった人たちへの感謝の念を忘れてはいけないことは言うまでもありません。

 また、これまでの人生で出会った私が尊敬している人たちは、例外なく「誠実」であり、また「謙虚」なことを知り、これらが人生の原則であることを悟ることができたのです。ということは、私は自分の運や私を導いてくれた人たちへの感謝を忘れることなく、また自分自身も「誠実」でかつ「謙虚」であらねばなりません。

 そして、次にすべきことは他者を思いやることです。幸運なことに、私は臨床医という立場にあります。日々の仕事がそのまま他者への思いやりにつながるありがたい環境に身を置いています。ということは、プライベートの生活のみならず、仕事を通しても他者を思いやるという行為が実践できるわけです。やはりこの幸運にも感謝しなければなりません。「職業に貴賤はない」ことは認めますが、それでも私は、一日中同じネジを延々と回す業務や、アマゾンの倉庫で1日中出荷をするような仕事は耐えられません。ならば、私は今の仕事を「させてもらっている」と考え、感謝の念を忘れてはいけません。

 さらに、ここまで良い運に恵まれたわけですから、ここで自分の人生を終えるわけにはいきません。家族や友人に加え、目の前の患者さんを支援することの次は、社会への貢献です。といっても、私には大それたことはできませんから目の前の患者さんや、遠方からメールなどで相談してくる患者さんの力になれるよう努力すること、あるいは私が設立したNPO法人GINAを通して海外の(特にタイの)困窮している人々を支援することなどでおこなう草の根レベルの貢献です。

 今さら「他にやりたいことが見つかった」と言って、これまでの人生を否定するような生き方は許されません。つまり、運や人に「感謝」し、「誠実」かつ「謙遜」であり、他者への「思いやり」、社会への「貢献」を続けていく、これが私の生きる道であり、それができているかどうかを、例の「〇〇」が監視していると思うのです。そして、日々目の前に立ちはだかる問題、それは病気を含めた他者の悩みや苦しみであることが多いわけですが、これらを解決するのが私の「役割」であり、その役割を演じ続けていかなければならないと考えているのです。

 ちなみに、「感謝」「誠実」「謙虚」「思いやり」「貢献」は、Appreciation(感謝)、Being sincerity and modesty(誠実で謙虚であること)、Consideration and Contribution(思いやりと貢献)と反芻しています。

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2021年11月25日 木曜日

2021年11月25日 ω3系脂肪酸は心房細動のリスク

 最近の「医療ニュース」で、「ω3系脂肪酸(以下、単に「ω3」)は片頭痛を改善させる」というω3が有用だという話をしましたが、今回は否定的な話題です。

 ω3のサプリメント接種で心房細動(不整脈の一種)のリスクが上昇する……

 医学誌「Circulation」2021年10月6日号に掲載された論文「心血管疾患のランダム化比較試験における心房細動のリスクに対する長期のω3脂肪酸サプリメントの効果:系統的レビューとメタ分析 (Effect of Long-Term Marine Omega-3 Fatty Acids Supplementation on the Risk of Atrial Fibrillation in Randomized Controlled Trials of Cardiovascular Outcomes: A Systematic Review and Meta-Analysis)」を紹介します。

 この研究は過去に発表された良質な論文を集めて解析し直すこと(メタ分析)で結論を出しています。解析全対象者は81,210人で、58,939人(72.6%)は1日当たりのω3の摂取量が1グラム以下、22,271人(27.4%)は1グラムを超える量を摂取していました。ω3の1日当たりの摂取量が1グラムを超えていると、心房細動の発症リスクが49%上昇していたのに対し、1グラム以下ではリスク上昇は12%にとどまっていました。

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 巷ではω3は心臓に優しいと言われているのにも関わらず心房細動のリスクになるとは驚きです。

 ですが、結論から言えば、過去にも述べたようにほとんどの日本人にとってω3のサプリメントは不要です。ついでに言えば、医薬品としてのω3も不要です。そもそも日本人のω3の平均摂取量はおよそ2グラムです。一方、標準的な米国人では1日あたりの摂取量は1グラム以下です。

 そして、ω3のサプリメントを多くとっても有益性はなく、逆に前立腺がんのリスクを上昇させるという研究もあります。サプリメントや製薬会社の宣伝に踊らされるのではなく、日本人らしい食事をしていればそれでOKということです。心房細動はいったん発症すると、生涯にわたり血液をサラサラにする薬を飲まなければならないことも多く、日常生活が制限されてしまいます。また、突然死のリスクも増えます。

 サプリメントのせいで心房細動を起こしたとしたら、後悔してもしきれないでしょう。

<参考>
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」 
医療ニュース
2021年8月29日「片頭痛を大きく改善させるω3脂肪酸」
2018年12月30日「ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし」
2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
 

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2021年11月20日 土曜日

第219回(2021年11月) 「発達障害」を”治す”方法

 本サイトで初めて発達障害を取り上げたのは太融寺町谷口医院をオープンする前、今から15年前の2006年です(はやりの病気2006年9月「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」)。その後、発達障害の”流行”は現在も続いていて止まる様子がありません。

 昭和時代なら単なる「個性」で片付けられていたような”症状”を、自身もしくは周囲が発達障害だと決めつけて受診に至るというケースも目立ちます。以前からそのような、例えば「空気が読めない人」は大勢いたわけで、「昔なら病気とは考えられていなかった。だから発達障害は増えているわけではない」という意見は根強くあります。

 他方、精神科医と製薬会社が発達障害を意図的に増やしているという指摘もあります。これは「薬で儲けたい製薬会社と受診者数を増やして稼ぎたい精神科医の利害が一致し、市民が犠牲になり患者にされている」という意見です。いささか陰謀論のきらいがある考えですが、この考えもまったくのデタラメではないと私は感じています(そう思わざるを得ない実例については後述します)。

 では、やはり統計上、薬の処方数が増え、受診者数が増えているだけであって、発達障害そのものは増えていないのでしょうか。現在の私の考えは「増えている」です。そう考える理由については後述することにして、まずは発達障害の基本をまとめておきましょう(実は、肝心の基本が誤解されていることが多いのです)。

 発達障害は先天的な疾患です。「大人の発達障害」という言葉があり、これは大人になっていきなり発症するかのような印象を受けます。たしかに成人してから発症する可能性もなくはないでしょうが、障害は生まれつきあったはずです。つまり脳を詳しく調べれば異常が見つかるはずです。具体的には、小脳が平均より小さかったり(だからバランス感覚が悪い)、脳の左右差が大きかったり(だから特定の領域に詳しくなる)するわけです。

 よく指摘されるように、この疾患は正常と異常の境界がはっきりしていません。病名の定義も変わってきており、最近はアスペルガー症候群という病名は用いられなくなり、代わりに「自閉スペクトラム症」という言葉がよく使われます。そして、発達障害のなかに自閉スペクトラム症、ADHD(注意欠陥性多動障害)、他に学習障害などがあるとする概念が普及してきています。ですが、実際には自閉スペクトラム症とADHDの区別がつきにくいこともしばしばあります。

 冒頭のコラムを書いた2006年頃からアスペルガー症候群は流行語のようになり、いわゆる「空気の読めない人」がアスペルガーのレッテルを貼られるようになってきました。また、抜群に暗記が得意だったり、特定の趣味に没頭したりするような人たちも「アスペ(ルガー)の傾向がある」と言われるようになりました。「他人の気持ちが理解できない」こともアスペルガーの特徴のひとつとされ、「私の気持ちをまったく理解してくれない夫はアスペルガーかも……」と考える妻の訴えも増えだし、この苦しみが「カサンドラ症候群」と呼ばれるようになりました。

 一方、ADHDは文字通り注意力に欠けていて落ち着きがない症状を指すわけですが、単に不注意が多いだけ、忘れ物を繰り返すだけでADHDではないかと考える人が増えてきました。また、アスペルガー症候群と同じように、何か特定のジャンルに極めて詳しいことや高い芸術のセンスがあることが取り上げられるようになり、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちからの「自分はアスペ(ルガー)でしょうか、それともADHDでしょうか」という相談が増えました。

 私は精神科医ではないために、このような疾患の診断を下すことは原則としておこないません。他覚的にそれらが疑われ、患者さんが希望するときには精神科医を紹介しますが、(特にアスペルガー症候群の場合)有効な治療法がないこともあり、積極的に精神科受診を促すようなことはしていません。

 それに、率直に言うと、精神科医の診断を疑うこともあります。そもそも発達障害というのは先述したように先天性の疾患であり、文字通り「発達」に障害があるわけです。つまり、幼少時に発達障害を連想させるエピソードがなければなりません。決して、10分程度でできるアンケートのような質問に答えるだけで診断がつくわけではないのです。

 にもかかわらず、「精神科では初診時に簡単な質問用紙に答えて10分で発達障害の診断がついて薬が処方されました」という患者さんもいるのです。しかも、診察室で会話する限り、私にはその患者さんが発達障害だとは到底思えず、薬は覚醒剤類似物質が処方されています。もしかすると、名医ならば初診患者に10分程度の質問用紙を書かせただけで診断がつけられるのかもしれませんが……。

 発達障害の診断をきちんとするには、脳に異常があることを示すべきだと以前から私は主張しているのですが、これはほとんど試みられていません。MRIを撮影すれば医療費が高くつくことが原因なのかもしれませんが、発達障害というのは「治らない病気」とされているわけですから(後述するように私は”治療”できると考えていますが)、病名告知はその患者さんの人生を大きく変えてしまうこともあるわけです。何十年もたってから「それは誤診でした」では済みません。発達障害には脳に器質的な異常所見があるはずで、仮にそれが見つからなければ発達障害でない可能性も出てくるわけです(否定できるわけではありませんが)。逆に、あきらかな脳の器質的な異常(先述したように左右差や脳の一部が小さいなど)があればそれだけで確定診断に近づきます。

 発達障害が増えていると私が考える理由のひとつは「父親の高齢化」です。これにはきちんとしたデータがあるのにも関わらず、なぜか世間には今一つ浸透していません。医学誌『Molecular Psychiatry』2011年12月号に掲載された論文「父親の年齢と自閉症のリスク:人口ベースの研究と疫学研究のメタアナリシスからの新しいエビデンス (Advancing paternal age and risk of autism: new evidence from a population-based study and a meta-analysis of epidemiological studies)」を紹介しましょう。この論文によれば、50歳以上の父親から生まれた子供が(発達障害を含む)自閉症(autism)を発症するリスクは、29歳以下の父親の2.2倍にもなります。

 発達障害が増えていると私が考えるもうひとつの理由は「”治療”されていない人が多い」というものです。ですから、これは正確には「増えている」わけではありません。冒頭で述べたように、昔なら「個性」で片付けられていた行動が発達障害と呼ばれるようになっているという指摘は正しいと思います。ですが、発達障害を患っている人が、昭和時代なら”治療”されて症状が出なくなっていたのが、現在では”治療を受けていない”ということがあるように思えるのです。

 先ほど発達障害は「治らない」と述べました。では私が言う”治療”とは何なのでしょうか。それは「対人関係を通しての”学習”により症状を再発させないこと」です。発達障害の中には知能が正常、あるいは正常よりも高い人が少なくありません。例えば18歳のときには場違いな発言をして空気を凍らせていたような人も、そういった失敗を繰り返し経験することで、「他人があのようなことを言ったときに、こういう返答をしてはいけない」とか「あれを言うならあのタイミングではよくない」といったことが学習できると思うのです。

 そして、そのような学習の機会を最も多く得ることができるのが「恋愛」です。これは完全に私見ですが、発達障害の人たちには美男美女が多くないでしょうか(注)。だからコミュニケーションが苦手で、無神経な発言で他人をイラつかせることがあったとしても恋愛にはむしろ有利なこともあるのです。そして恋愛を通して、つまりパートナーから”指導”を受け学習することで発達障害の症状の再発が防げると思うのです。

 ところが、昭和が終わる頃あたりから若者の人間関係が希薄になってきました。クラブ活動に参加したとしても昭和時代のように濃厚な人間関係が構築されず、恋愛に消極的な若者が増え、さらにインターネットやSNSの普及でコミュニケーションが対話から文字に変わりました。健全な人間関係を構築するには、言葉そのものではなく、話し方や空気の読み方、非言語(non-verbal)でのコミュニケーションが大切です。昭和時代であれば、部活で厳しい”洗礼”を受け、恋愛で失敗を繰り返し、就職すれば上司からの暴言は当たり前といった社会でもまれるうちに、人間関係が苦手な人も、そして発達障害を患っている人たちもそれなりの学習ができたと思うのです。

 私は「厳しい社会を復活させよ」と言っているわけではありません。ですが、文字でなく濃厚な対面の人間関係に自分を置き、そして深い恋愛にどっぷりと耽溺するような経験を通して学習することが、発達障害の”治療”になると思うのです。

 こんなことは研究のテーマになりませんし、学術的な論文は書けません。ですからこの私見は医学的な意味をもたないことは分かっています。ですが、私がこれまで多くの人(それは患者さんのみならずプライベートの友人知人も含めて)をみてきた結果、発達障害の”治療”としてたどりついた結論が「若者よ、濃厚な人間関係に己の身を投げ入れよ、そして恋愛に人生を賭けよ」なのです。

注:高齢の父親から生まれた子供に発達障害が多いという事実に注目してみましょう。高齢になってから若い女性に子供を産ませることができるのは、経済的にも肉体的にも、そしておそらく容姿にも恵まれた男性ではないでしょうか。よって発達障害を抱えながら生まれてくる子供も遺伝的に魅力のある容姿や雰囲気を持っていることが予想されるというわけです。もっとも、これは私の「仮説」というよりも「偏見」ですが……。

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2021年11月14日 日曜日

2021年11月8日 片頭痛は認知症のリスク

 過去に紹介した医療ニュースで「片頭痛がアルツハイマー病のリスクになる」とする研究について紹介しました(医療ニュース2019年10月27日「片頭痛があればアルツハイマーのリスクが4.2倍」)。この研究はかなりのインパクトがあり、この医療ニュースを読んだ方からの問合せも多かったのですが、最近はあまり触れられなくなってきていました。

 最近、同じように片頭痛が認知症のリスクであることを示した研究が報告されたので紹介します。

 医学誌「Acta Neurologica Scandinavica」オンライン版2021年9月15日号に掲載された「片頭痛と認知症のリスクにおけるメタ解析(Meta-analysis of association between migraine and risk of dementia)」という論文です。

 冒頭で述べた過去に紹介した研究は「前向き研究」と呼ばれる信頼度の高い検査です。今回紹介する研究は「メタ解析」で、これまでに発表された質の高い5つの研究を総合的にまとめ直したものであり、さらに信頼度は高いと言えます。研究の総対象者は合計249,303人とかなり多い人数が選ばれています(よって信ぴょう性は上がります)。結果は以下の通りです。

・片頭痛はすべての認知症のリスクを34%上昇させる。

・片頭痛はアルツハイマー病のリスクを2.49倍上昇させる

・ただし、片頭痛は血管性認知症のリスクを上昇させるわけではない

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 この論文、片頭痛がある人には非常に不快なものではないでしょうか。もしも「片頭痛は血管性認知症のリスクを上げる」なら、血管性認知症のリスクを下げる生活習慣を身に着ければいいわけです。例えば、運動をする、適正体重を維持する、などです。

 ですが、血管性認知症のリスクではなくアルツハイマー病のリスクを上げるとなると、対策のとりようがありません。もちろん、運動や適正体重、良質な食事などはアルツハイマー病のリスクを下げるとは言われていますが、決定的なものではありません。

 冒頭で紹介した過去の論文も「リスクが4.2倍」という悩ましいものでしたが、研究の規模はさほど大きくありませんでした。今回の結果は2.49倍と4.2より数字は小さいわけですが、メタ解析されたもので信頼度はかなり高いと言えます。しかも、そのリスクを下げるための決定的なものはないわけです。

 受け止められない人も多いでしょうが、片頭痛がある人は「アルツハイマー病になる」という前提で今後の人生計画を立てた方がいいかもしれません。

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