ブログ
2021年9月23日 木曜日
2021年9月23日 米国で鉄欠乏性貧血が増加している意外な理由
きちんとデータをとったわけではありませんが、太融寺町谷口医院を開業した15年前に比べて、男女とも鉄欠乏性貧血を起こす患者さんが増えているように感じています。今回紹介する研究は米国のものですが、日本でも同じことが言えるかもしれません。
医学誌「The Journal of Nutrition」2021年7月号に掲載された論文「鉄摂取量の減少が米国人の鉄欠乏性貧血および関連死亡率の上昇と類似 (Decreased Iron Intake Parallels Rising Iron Deficiency Anemia and Related Mortality Rates in the US Population )」を紹介します。
この研究は米国人を対象としたデータベースを解析することによっておこなわれています。米国人の食品摂取と鉄欠乏性貧血の関係を調べた結果、「食品に含まれる鉄の摂取量減少が原因で鉄欠乏性貧血の有病率が上昇している」ことが分かりました。
具体的な数字をみていきましょう。まず、全体的に食事から摂取できる鉄分の量が減っています。分析されている1,000以上の食品のうち62.4%が1999年から2018年を比べると鉄の濃度が低くなっています。
米国人の食事内容としては、牛肉の摂取が15.3%減少し、他方鶏肉は21.5%増加しています。食事からの鉄摂取量は男性で6.6%、女性で9.5%減少しています。
米国人の鉄欠乏性貧血の有病率は年齢と性別により20年の間に10.5~106%増加していました。鉄欠乏性貧血に関連する年齢調整死亡率は、20年間で10万人あたり約0.04人から約0.08人に上昇していました。一方、鉄欠乏性貧血以外の貧血(例えば再生不良性貧血)を含む全貧血による死亡は25%以上低下していました。
************
要するに、貧血で亡くなる人は減っているのに鉄欠乏性貧血だけは例外。そして米国人が鉄を摂らなくなった原因は2つあって、1つは食品に含まれる鉄分が減少していること、もうひとつが牛肉を食べなくなったこと、というわけです。
私が鉄欠乏性貧血の患者さんによく言うのが「血のしたたるステーキを食べましょう」です。正確にはあの赤い「血のようなもの」は血液ではなく、牛の筋肉を構成するミオグロビンと呼ばれる蛋白質なのですが、この蛋白質にたっぷりの鉄分が含まれているのです。
一方、米国人の間でも摂取量が増えている鶏肉はあまりミオグロビンを含まず、結果として鉄分があまり取れません。ダイエット目的で牛肉より鶏肉と考える人が少なくないようですが、貧血予防には「血のしたたるステーキ」が一番です。
参照:HealthyDayNews 2021年8月4日「食生活の変化は大勢のアメリカ人の貧血を意味する (Changing Diets Mean More Americans Are Anemic Now)」
投稿者 記事URL
|2021年9月17日 金曜日
第217回(2021年9月) コロナにはカロナールよりロキソニン
今回述べるのは完全に「私見」でありエビデンスがあるわけではありません。「私ならこうする」という程度の話であって、何年後かに「間違っていました。すみません」と言うことになるかもしれません。ですが、困っている患者さんを何とかしたいという気持ちが拭えずに、私見ながら自説を述べることにしました。
「困っている患者さん」とはポストコロナ症候群に苦しんでいる人で、勧めたいことは「コロナ(かもしれない)を疑う症状が出現すれば、アセトアミノフェンでなくNSAIDsを使いましょう」ということです。尚、本コラムで「コロナ」と言えば、新型コロナ(ウイルス)のことを指すこととします。
解説しましょう。アセトアミノフェンとは解熱鎮痛剤の一種で、最も有名な商品名は日本では「カロナール」でしょう。多くの風邪薬や鎮痛剤の主成分としても使われています。例えば「バファリンルナ」「小児用バファリン」はアセトアミノフェンからできています。海外では、アセトアミノフェンよりもパラセタモールという言い方が一般的です。例えば、タイではアセトアミノフェンと言ってもあまり通じませんが、パラセタモールと言えば誰でも分かります。北米や南米では、タイレノールという製品で有名です。ちなみに、日本にもタイレノールはありますが使用できる量が少なすぎてあまり実用的ではありません(と個人的には思っています)。
過去のコラム(メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」)で、鎮痛剤を最初に飲むなら「ロキソニンなどのNSAIDsよりもアセトアミノフェン」という内容のことを書きました。今も、その考えに大部分で変わりはないのですが「例外」が出てきました。それがコロナです。「コロナに感染した(かもしれない)ときはアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使うべきだ」、というのが現在の私の考えです。
コロナワクチン接種後の頭痛や発熱に対し(NSAIDsでなく)アセトアミノフェンを使うべきだという噂がまことしやかに出回っているようですが、私ならアセトアミノフェンでなくNSAIDsを使います。解説しましょう。
まずは「NSAIDsとは何か」について確認しておきましょう。NSAIDs(たいていの人は「エヌセッズ」と発音します)とは「Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs」の略で、日本語にすれば「非ステロイド性抗炎症薬」となります。私は、医療者でない一般の人から、NSAIDsという言葉を聞いたことはありますが「非ステロイド性抗炎症薬」という表現を聞いたことは一度もありません。よって、この言葉に馴染みのある人はあまりいないと思いますので説明しておきます。
非ステロイド性抗炎症薬とは「ステロイドでない」「炎症を抑える薬」です。なぜ、わざわざ「ステロイドでない」と断りを入れているのかというと、ステロイドが炎症を抑える薬の代表だからです。ですから、NSAIDsというのは、「ステロイドじゃないんだけれど炎症をおさえてくれる(ありがたい)薬」のことです。
ただし、実際には医療者も含めてNSAIDsのことを「炎症を抑える薬」とはあまり表現しません。「解熱鎮痛剤」「痛み止め」「熱を下げる薬」という言い方をすることの方がずっと多いと思います。そして、これも医療者も含めて「解熱鎮痛剤」を次のように3つのカテゴリーに分類している人が多いと言えます。
・アセトアミノフェン
・NSAIDs
・麻薬(や麻薬に似た物質)
痛みのことだけを考えるとこの分類は間違っていません。では、アセトアミノフェンとNSAIDsの違いはどこにあるのでしょうか。これも医療者も含めて多くの人は「アセトアミノフェンは胃にやさしい」「アセトアミノフェンは腎臓にやさしい」「アセトアミノフェンは妊娠中の女性や小児も飲める」と言います。まとめると、「アセトアミノフェンはNSAIDsより解熱鎮痛のパワーは弱いけれども安全な薬」と考えられているわけです。
コロナが流行しだした2020年の春、「コロナはイブプロフェン(NSAIDsのひとつ)で悪化する」という噂が世界中に広がりました。これは医学誌「The Lancet Respiratory Medicine」2020年3月11日号に掲載された論文「高血圧と糖尿病でCOVID-19感染のリスクが高くなるか(Are patients with hypertension and diabetes mellitus at increased risk for COVID-19 infection?)」がきっかけです。生活習慣病で使うACE2阻害薬がコロナを悪化させる可能性が指摘され、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2型)に影響を与えるイブプロフェンもコロナ重症化に関係するのではないか、と考えられたのです。
現在はこの説を支持する人はおそらく(ほとんど)いないと思いますが、当時は「コロナかもしれないときはアセトアミノフェン」と言われていましたし、私自身もその意見に賛成していました。実際、私は毎日新聞の自分の連載コラム「新型コロナ 医師が勧める解熱剤は?」でそう書きました。
ちなみに、デング熱に感染したときにNSAIDsを内服すると重症化する可能性があります。しかしアセトアミノフェンなら安心です。また、インフルエンザでも(特に小児では)インフルエンザ脳炎・脳症を発症した場合NSAIDsで悪化することがあり、アセトアミノフェンにしておくのが無難です。改めて考えてみても「NSAIDsをアセトアミノフェンよりも優先すべきだ」という事態になることは(コロナ前までは)あまりなかったことが分かります。
NSAIDsでイブプロフェン以外に有名なのはロキソプロフェン(先発の商品名はロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)、アスピリン(バファリン)、インドメタシン(インダシン)、メフェナム酸(ポンタール)、セレコキシブ(セレコックス)などです。
さて、ここからが本題です。これまでの自分の見解を撤回して正反対の自説「コロナを疑ったときはアセトアミノフェンではなくNSAIDsを」と主張するのは、NSAIDsには先に述べた「抗炎症作用」があるからです。他方、アセトアミノフェンには抗炎症作用がほとんどありません。
では、NSAIDsの抗炎症作用で何が期待できるのか。それは「脳内に生じた炎症を取り除き予防すること」です。頭痛にイブプロフェンやロキソプロフェンなどのNSAIDsが効く理由のひとつが抗炎症作用です。「アセトアミノフェンは効かずに、ロキソニンやボルタレンなら効く」という人は、脳の一部に強い炎症が生じていることが理由なのかもしれません。
では、なぜ脳内の炎症を取り除かねばならないのか。その理由が「ポストコロナ症候群を予防するため」です。過去のコラム「はやりの病気第213回(2021年5月)「分かり始めた「ポストコロナ症候群」」で、私は、ポストコロナ症候群のメカニズムは、「肺炎→酸素が取り込めない→低酸素血症→脳(のミクログリア)に炎症」だと述べました。ということは、炎症を最小限に抑えることができれば、ポストコロナ症候群が起こらない、あるいは起こっても軽症で済ませられる可能性がでてきます。
そもそも「ACE2関連イブプロフェンコロナ悪化説」が(ほぼ)否定された現在、優先してアセトアミノフェンを使用しなければならない理由は見当たりません。ならば、少しでもコロナの疑いがあれば初めからNSAIDsを使う方がいいわけです。ただ、この意見を支持してくれる研究は私の知る限り国内外にありませんから、例えば初診の患者さんに「コロナに感染したかもしれないときやワクチン接種後の解熱鎮痛剤は何がいいですか」と聞かれると「何でもいいと思います」と答えています。
これからは、当院を昔から受診していて信頼関係のある(と、私が思い込んでいるだけかもしれませんが)患者さんには、(こっそりと)「NSAIDsをお勧めします」と伝えようと思っています。
投稿者 記事URL
|2021年9月10日 金曜日
2021年9月 雨の中を走ろう(Running in the rain)
私の古い記憶をたどると「規則正しい生活をしましょう」と初めて言われたのは、何年生だったかは忘れましたが小学校の夏休み前。要するに、夏休みに入ってもこれまでどおり早く起きなさい、夜更かしはいけません、と担任の先生は言いたかったわけです。
一方、小学生時代の私の最大の楽しみは「朝寝坊」でした。日曜日の朝、いったん目覚まし時計に起こされても、「今日は日曜日、あと1時間は眠れる」ということに気付いて、二度寝に落ちるあの瞬間が幸せなひとときだったのです。ちなみに、小学校低学年の頃は「ムーミン」が始まる9時まで布団から出られず、パルナス提供のアニメで私の日曜日が始まりました。今でも「日曜の朝」というキーワードを耳にすると、反射的に頭のなかにパルナスのCMソングが流れてきます。
話を進めましょう。「規則正しい生活を……」と言われても初めから従う気持ちのない私は、夏休みの間も地域社会のラジオ体操や野球やサッカーなどのイベントがなければ毎日のように朝寝坊を楽しんでいました。
小学6年生になった頃にはラジオの深夜放送にはまりだし、布団に入ってからもイヤホンでラジオを深夜まで聞くようになりました。深夜放送を聞き出したことから、世の中には深夜にも起きている人たちが大勢いて、都会にはなにやらワクワクするエキサイティングな世界がありそうだ、ということが分かり始めました。
中学に入ってからも深夜放送好きは変わらず、この頃の私の将来の夢は「ラジオのDJになりたい」というものでした。気の利いた話をして、リスナーからのハガキを読んでときには身の上相談に乗って、適度なタイミングで洒落た音楽を紹介する……、と、そういうスタイルのDJに憧れたのです。
今の私は大勢の人たちから医療に関する質問メールをもらって、返信するのに毎日それなりの時間を費やしています。当院をかかりつけ医にしている患者さんだけでなく、全国から相談メールが寄せられます。医療に関係のない人生相談のようなものも届きます。考え方によっては今の私がやっていることは、中学の頃に憧れていた深夜放送のDJに似ているかもしれません。
話を進めます。大学(医学部でなくひとつめの大学)に進んだ私は「自由」を手に入れました。規則正しい生活などつまらない人間のすることだ、と考え、ショートスリーパーであることを自負し、毎晩のように街に繰り出していました。社会人になってからも、睡眠は時間の無駄遣いと嘯き、仕事を終えた金曜の夜は、いったん帰宅しドレストアップ、とまではいかないにせよ、仕事時とはまったく異なるファッションに身を纏い街に出ました。朝まで騒ぎあかし、土曜日の夕方に目を覚まし、そして再び夜の街に……、といった生活を続けていました。
医学部受験を決意したときからそのような生活とは縁を切って、早朝に起床して勉強するようになりましたが、医学部入学後は、勉強が中心とはいえ、規則正しい生活からはほど遠いものでした。自宅での勉強が集中モードに入ると、深夜、ときには明け方までそのまま勉強を続けていました。医師になってからは、当直業務が多くなり、生活のリズムは滅茶苦茶になり、わずか15分でも眠れる時間があれば眠るという「細切れ睡眠」の生活になりました。太融寺町谷口医院を開業してからも、最初のうちは夜間の救急病院にもアルバイトに行っていましたから、やはり細切れ睡眠を続けていました。
しかし、そのような生活スタイルに終止符を打ち、毎日同じ時刻に起きる規則正しい生活を開始しました。その理由は2つあります。1つは、患者さんに「規則正しい生活をしましょう」と言わねばならなくなったことです。
このサイトで何度も紹介し、当院をかかりつけ医にしている患者さんには嫌がられるほど繰り返し話をしているように、規則正しい生活をするだけで大きく改善する疾患はたくさんあります。片頭痛や不眠症がその代表ですが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、不安感や抑うつ感といった精神症状、月経痛や月経不順などの婦人科疾患、胃炎や過敏性腸症候群などの消化器疾患なども相当します。おそらく規則正しい生活を続けることによって、バイオリズムが安定化し、自律神経のバランスが整うのでしょう。
規則正しい生活によって大きく改善する患者さんを診るにつれ、他の患者さんにも積極的に勧めるようになり、そうなると自分自身が実践しないわけにはいきません。ちなみに、私が禁煙に成功できたのも、患者さんに禁煙指導をするうちに「自分が喫煙するのは”詐欺”のようなものだ」と考えて禁煙に取り組んだからです。
私が規則正しい生活を始めた理由はもう1つあります。ある時、知人のひとりが「毎日同じ時間に同じことを繰り返すのが気持ちいい」と言いだしたことです。人生は何が起こるか分からないから楽しいのではないか、初めから決まっている予定通りの人生など何が面白いのか、と考えていた私は、この人が言うこの意見を最初は理解することができませんでした。しかし、この言葉が心のどこかにひっかかっていたのか、ときおり思い出すようになっていました。
今も私は「毎日同じ時間に同じことを繰り返すのが気持ちいい」という境地には達していません。むしろ今でも「この世にはハレとケ、日常と非日常の双方が必要だ」という考えを持っていて、「同じことを繰り返すだけのハレのない生活」ほどつまらないものはない、という気持ちがあります。
ですが、「毎日同じ時間に同じことをするのが幸せ」と考える人は案外多いようです。最近、この幸せを世界一実感しているのではないかと思える人の記事を読みました。
記事は英国紙「The Guardian」2021年4月16日に掲載された「私の経験~私は10年間同じ夕食を食べています(Experience: I’ve had the same supper for 10 years)」で、取り上げられているのはウエールズの羊飼い、72歳の男性です。ロンドンなど都会に出たことはほとんどなく、毎日71頭の羊の世話をするのが仕事、食事は10年間同じものを食べていると言います。クリスマスでも特別な食事は摂らず、昼食は洋ナシ、オレンジ、ペースト入りサンドイッチ、夕食は魚2キレ、タマネギ1個、卵、ベイクドビーンズ、ビスケット数枚だそうです。毎日同じ時間に羊にエサをやり、予定通りに買い物に行き、毎回同じものを買うと言います。男性は「自然と同じように、私は決まった生活をしている(I have a routine, just like nature.)」とコメントしています。
私の場合、居住区から出たくないと考えるこの男性とは正反対で、旅が好きで、新たな出会いにワクワクし、旅先のハプニングも楽しもうとします。ですが、現実にはここ10年くらいは国内外どこに行っても起きる時刻は同じですし、起床後最初にするのは同じメニューの運動です。週に4回ジョギングをし、残りの3回は室内でワークアウト(筋トレ)をしています。
過去20年で私が最も多く訪れている海外の都市はバンコクです。スクンビットの定宿を利用し、ジョギングはベンジャキティ公園を3周というのがいつものパターンです。ちなみに、以前はバンコク滞在時には様々な道を走っていて、2015年8月17日の朝6時半ごろにはラチャプラソン交差点を通りました。その約12時間後の午後7時前、その交差点で爆発テロ事件が発生し20人が死亡しました。
4時45分に起床、最初にするのはランニングかワークアウト、という生活がいつの間にかパターンとなりもう7年になります。ランナーのなかには、雨の日はランニングを休むという人がいますが、私の場合、怪我をしているときを除けば、7年間のうち予定を変更して休んだのは台風で警報が出ていた1日だけです。帰宅後は、シャワー、出勤、だいたい同じ時間に帰宅、シャワー、読書、就寝という生活をずっと続けています。
あれほど単調な日常生活を嫌っていた私が、いつのまにか毎日同じことを繰り返す魅力を知ってしまったのかもしれません。雨が降っても走る、と他人に話せば、そこまでしなくてもいいのでは、とたいていは呆れられます。そんなとき私は次のように答えています。
雨が降る中いつものようにランニングをして後悔したことは一度もないんです……。
投稿者 記事URL
|2021年9月2日 木曜日
2021年9月2日 コロナワクチン、心筋炎のリスクにはなるけれど……
最近、コロナワクチンの副作用の質問で多いのが「心筋炎」です。
日本では中日ドラゴンズの木下雄介投手が7月上旬にコロナワクチン接種後(メーカーは不明)にハードなトレーニング中に倒れ意識を失い大学病院に搬送されたものの8月3日に死亡したと報じられています。
香港の英字新聞「South China Morning Post」2021年7月5日号によると、シンガポールの16歳の男子が、ファイザー製のワクチン接種6日後にジムで激しいトレーニングをした直後に心停止を起こしました。
報道からは2人とも死因ははっきりしませんが、若くて健康な男性が激しいトレーニングのさなかに倒れたわけですから、まずは心疾患が疑われます。一般に、心臓の疾患は、中年以降であれば心筋梗塞、心不全、心筋症などが考えられますが、健康な若者が突然倒れた場合は不整脈か心筋炎、心膜炎などが疑われます。
そして実際、ファイザー製のコロナワクチン接種後の心筋炎のリスクは確実にありそうです。
医学誌「The New England Journal of Medicine」2021年8月25日号に掲載された論文「ファイザー社製コロナワクチンの安全性に関する全国調査(Safety of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Setting)」によると、イスラエルでの全国規模の調査では、(ファイザー製)ワクチン接種による心筋炎のリスクが3.24倍に上昇し、これは人口10万人につき2.7人が発症することになります。
ただし、この論文によると、ワクチンをうたずに新型コロナに感染すると、心筋炎を発症するリスクは18倍以上、10万人あたり11人が発症します。よって、ワクチンをうって起こり得る心筋炎のリスクよりも、感染して心筋炎を発症するリスクの方がずっと高いということになります。
もちろん、一番いいのはワクチンもうたずに新型コロナにもかからずに、そして心筋炎も発症しないことです。心筋炎の原因として圧倒的に多いのはウイルス性です。様々なウイルスが心筋炎の原因となりますが、最も多いのはコクサッキーウイルスのB群と呼ばれるグループです。他には、コクサッキーウイルスのA群、インフルエンザウイルス、HIV、エコーウイルスなども原因となります。そして、おそらく来年あたりの教科書には心筋炎の原因ウイルスのひとつに新型コロナウイルスも付記されるでしょう。
心筋炎の観点からワクチンをうつべきか否かを考えてみましょう。もしも新型コロナにかかれば、かかっていない人に比べて心筋炎を発症するリスクが18倍にもなります。とはいえ、10万人あたり11人ですからさほど多いわけではありません。新型コロナに罹患した人10万人を集めて11人(≒1万人に1人)ですから、気にしないという人もいるでしょう。
一方、ワクチンでのリスクは10万人あたり2.7人で、1万人あたり0.3人と考えるとやはりそんなに多いわけではありません。大切なのは、接種直後に激しい運動をすればリスクが上がるということです。木下投手の報道からは何日後に発症したのかよく分かりませんが、シンガポールの男子は6日後と報道されています。ということは、やはりワクチン接種後1週間はジム(フィットネスクラブ)での激しい運動は避けるべきだ、ということになります。
投稿者 記事URL
|2021年8月29日 日曜日
2021年8月29日 片頭痛を大きく改善させるω3脂肪酸
ω3不飽和脂肪酸(以下、単に「ω3」とします)をしっかり摂取して、ω6不飽和脂肪酸(以下「ω6」)を減らすと、いろんな病気の予防になり健康に良い、ということが随分前から言われています。特に日本では、伝統的にω3を豊富に含む青魚をたくさん食べることから「支持されやすい健康法」だと言えるでしょう。
今回ご紹介するのは、そのω3が「片頭痛の予防効果がある」という話です。尚、ω3は「n-3系脂肪酸」とも呼ばれ、医療者の立場で言えばこちらの方が馴染みのある表現なのですが、一般的にはω3の方がむしろ人口に膾炙しているようですので、ここではω3で統一します。
医学誌「British Medical Journal」2021年7月1日号に「成人の片頭痛を軽減するためのω3およびω6脂肪酸を含む食事変更:ランダム化比較試験 (Dietary alteration of n-3 and n-6 fatty acids for headache reduction in adults with migraine: randomized controlled trial)」という論文が掲載されました。
この研究では米国人の対象者がω3及びω6の摂取量を基準に3つのグループに分けられています。ω3としてEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)を含む食事が採用されています。ω6にはリノール酸が用いられています。尚、リノール酸を多く含む油の代表がコーン油や大豆油です。
・グループ#1:ω3を多く摂取+ω6は通常(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
・グループ#2:ω3を多く摂取+ω6を減らす(ω3を1.5g/日摂取、リノール酸を摂取エネルギーの1.8%以下とする)
・グループ#3:ω3もω6も通常の食事と同様(ω3を0.15g/日以下、リノール酸を摂取エネルギーの7%とする)
結果、グループ#2では、1日あたりの頭痛時間が減り、1か月あたりの頭痛の日数は平均で4日間減少しました。また、グループ#1でも、グループ#2ほどではないものの、1日あたりの頭痛時間も月あたりの日数も減っています。
ただし、「生活の質を劇的に改善した(significantly improve quality of life)とまでは言えない」、と研究者らは付記しています。
************
平均で月あたりの頭痛回数が4日も減ったのなら、生活の質(quality of life)はかなり改善したのではないのか?と私は論文を読んだときに感じたのですが、それはさておき、食の「質」を損なわない、つまり美味しく食べられるのであれば、「ω3を増やしてω6を減らす食事療法」を再考してみてもよさそうです。
ω3について書かれたウェブサイトは星の数ほどありどれを信頼していいのか迷うこともあるでしょう。日本語で読めるサイトとしては厚労省のサイトがお勧めです。ここに書かれていることを簡単にまとめると次のようになります。
・ω3が心疾患に有効なのはまず間違いない
・ω3は関節リウマチにも有効
・ω3が、脳疾患、眼疾患、前立腺がんに有効かどうかは分からない
・ω3は食品から摂ることが推奨され、サプリメントの効果は不明
サプリメントで摂取しても効果がないなら食品から摂るしかありません。まず、日本人は食品からω3がどれだけ摂取できているのかをみてみましょう。
厚労省のサイト(の137ページの表5)を簡略化してまとめると次のようになります。
男性 女性
18~29歳 2.0g/日 1.6g/日
30~49歳 2.0g/日 1.6g/日
50~64歳 2.2g/日 1.9g/日
50歳を超えると摂取量が増えるのは年をとれば肉から魚に食事の趣向が変わるからでしょうか。なぜ、男性が女性よりも多いのかについては、単に食事の総量が多いからだと思われます。
次に、厚労省の定める「1日あたりの目標摂取量」(上記サイトの151ページ)をみてみましょう。
男性 女性
18~29歳 1.92g/日 1.62g/日
30~49歳 2.03g/日 1.59g/日
50~64歳 2.16g/日 1.85g/日
これをみる限り、日本人は男女ともほとんどが基準量を摂取できているようです。基準を満たしていないのは、30~49歳の男性と18~29歳の女性だけですし、いずれもわずかです。先に紹介した米国の研究では1.5g/日を「積極的摂取」とし、通常摂取を0.15g未満としていることに注意してください。米国の標準的な料理ではω3がほとんど摂れていないことがよく分かります。
ちなみに厚労省の同じ資料からω6をみてみると、男女ともほとんどの年齢で基準値をやや超えた量を摂取しています(18~29歳の男性はわずかに基準値を下回っています)。
では、ω3を多く含む食材にはどのようなものがあるのでしょうか。これは以前からいろんなところで発表されていますからお馴染みだと思いますが、改めて確認しておくと、サバやイワシなどの青い魚、亜麻仁油、エゴマ、くるみなどが有名です。
************
<参考>
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」
医療ニュース
2018年12月30日「ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし」
2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
投稿者 記事URL
|2021年8月15日 日曜日
第216回(2021年8月) 抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?
「抗体医薬」という言葉を聞く機会が増えていると思います。もともとは「がん」の領域で広がってきた言葉です。がん細胞の表面に現れた蛋白質(抗原)をピンポイントで狙い撃ちできるのが抗体医薬の特徴です。
「抗体」という言葉自体からは、感染症、あるいはアレルギーの領域で出てくる「抗原・抗体反応」を思い浮かべる人の方が多いかもしれません(参考:メディカルエッセイ第69回(2008年10月)「「抗体」っていいもの?悪いもの?」)。「抗体」はいろんな場面で出てきますから、とてもややこしいわけですが、「基本」をおさえておけば苦手意識を持つ必要はありません。
その「基本」とは「「抗体」と言われれば常に「抗原」が存在する」ということです。がんの抗体(医薬)であれば、がん細胞の表面の蛋白質が抗原になります。現在、「ロナプリーブ」と呼ばれる新型コロナウイルスの治療薬が注目されています。これも抗体医薬で、コロナウイルスの表面の蛋白質(抗原)を標的にしています。
アレルギーでいえば、例えばスギ花粉の表面の蛋白質(抗原)に対して、あなたが「抗体」を作り出せば、抗原(スギ花粉)に結合(抗原抗体反応)し、様々な症状が出現します。関節リウマチや膠原病であれば、自分自身の一部を抗原とみなし抗体が形成され、抗原が抗体と結合(抗原抗体反応)することにより炎症が生じ、痛みが現れます。
このように抗体には「いい抗体」も「悪い抗体」も、また「良くも悪くもない抗体」(例えばHIV抗体)などもあります。そして、今回お伝えするのが、片頭痛も抗体医薬で治療する時代がついに到来?という話です。
片頭痛に有効な抗体とはどのようなもので、抗原はどこにあるのかを考えていくに際し、まず片頭痛のメカニズムをおさらいしておきましょう。
片頭痛が起こる仕組みは「三叉神経・血管説」で説明されます。これは脳内にある三叉神経と呼ばれる神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出し、そのCGRPが、脳内に分布する血管の壁を構成する平滑筋細胞と呼ばれる細胞に取り込まれると、血管が拡張し、そのせいで血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが刺激となり神経に「炎症」が起こり痛みが誘発されるというわけです。
ちょっとややこしいですね。今度は逆からみていきましょう。炎症というのは何やら「腫れている」という雰囲気を想像できると思います。この「腫れ」の原因が脳内を走行する血管から漏れ出た蛋白質による刺激です。血管から蛋白質が漏れ出すには血管が拡張する必要があり、そのためには、血管の壁(平滑筋と呼ばれる筋肉)が緩まなければなりません。血管壁を緩める合図となるのが、CGRPと呼ばれるペプチド(蛋白質のようなもの)です。そして、このCGRPは三叉神経の末端から放出され血管に向かってやって来て、血管を構成する平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合するというわけです。
ということは、そもそもCGRPが三叉神経の末端から分泌されなければ片頭痛は起こらない、ということになります。そして、CGRPが分泌されるには、三叉神経の外に存在しているセロトニンと呼ばれる物質が、三叉神経の表面に存在する「セロトニン受容体」に結合する必要があります。もう一度まとめ直すと次のようになります。
・三叉神経の外に存在しているセロトニンが、三叉神経の表面にあるセロトニン受容体に結合する
↓
・すると、三叉神経の内部にあったCGRPと呼ばれる物質が外に放出される
↓
・CGRPは脳内の血管に近づいていき、血管の壁を構成する平滑筋の表面に存在するCGRP受容体に結合する
↓
・すると血管壁が緩んで血管が拡張する
↓
・血管内の一部の蛋白質が漏れ出てそれが刺激となり脳内に炎症が起こる
なぜ抗体医薬が片頭痛に効くかを説明する前に、もうひとつ復習しておくべきことがあります。それは片頭痛の特効薬として使われる「トリプタン製剤」です。製品名でいえば、スマトリプタン(イミグラン)、リザトリプタン(マクサルト)、エレトリプタン(レルパックス)、ナラトリプタン(アマージ)などです。
これらトリプタン製剤はセロトニンより先回りしてセロトニン受容体に結合することにより、セロトニンがセロトニン受容体にくっつけなくなり、そのためCGRPの分泌が阻止されるのです。トリプタン製剤は飲むタイミングが遅いと効果は半減します。これは、すでに多量のCGRPが放出されてからでは遅いからです。頭痛を感じたときにすぐに飲むのがトリプタン製剤の効果を最大限に引き出すコツです。
ここでようやく抗体医薬の登場です。今年(2021年)になり、一気に次の3種もの抗体医薬が発売されました。
#1 ガルカネズマブ(商品名エムガルティ):1回約45,000円、月に1回の注射
#2 フレマネズマブ(商品名アジョビ):1回41,356円、月に1回の注射、または3倍量を3か月に1回注射
#3 エレヌマブ(商品名アイモビーグ):1回41,356円、月に1回の注射
このうち#1のガルカネズマブと#2のガルカネズマブはCGRPに直接結合します。CGRPが抗原となり、抗原・抗体反応が起こるというわけです。一方、#3のエレヌマブはCGRPそのものではなく、血管平滑筋細胞の表面に存在するCGRP受容体に結合します。#1と#2は、CGRPとくっつくことでCGRPの形がかわり、CGRP受容体に結合できなくなります。#3はCGRPに先回りしてCGRP受容体にくっついて、CGRPを寄せ付けないというメカニズムです。
さて、問題は費用です。上に述べたように、注射の費用だけで3割負担で月に13,000円ほどがかかります。これらを毎月(あるいは3か月に1回)注射することにより完全な予防ができればいいのですが、実際はどうなのでしょうか。治験ではいい成績が出ていますし、副作用もさほどないようですが100%完全に効くわけではありません。
既存の片頭痛予防薬はどうでしょうか。比較的よく使われる予防薬はバルプロ酸(デパケン)、インデラル(プロプラノロール)、アミトリプチリン(トリプタノール)などです。これらも100%完全に効くわけではなく、なかには効果が乏しい人もいます。ですが、内服をきちんと続けていればほぼ100%防げる人も大勢います。
当院の経験でいえば、既存の内服の片頭痛予防薬が効く人というのは、毎日同じ時間に飲める人です。ついでに言えば、毎日同じ時刻に起きて(これが最も大切!)、できるだけ同じ時刻に就寝することを心がけ、昼寝も極力しない(これも大切!)という生活習慣を確立できた人が大きく改善しています。
新しい薬は発売後に何が起こるか分かりません。当院の患者さんのなかで、既存の予防薬に満足できない人は、抗体医薬の投与目的で専門病院への紹介を検討しますが(当院では今回紹介した抗体医薬を扱う予定はありません)、まずは生活習慣をもう一度見直し、既存の予防薬を適正に使用することが重要です。
まちがっても、「規則正しい生活ができず同じ時刻に薬を飲めないから」、という理由で高価な抗体医薬に頼るべきではありません。
投稿者 記事URL
|2021年8月15日 日曜日
2021年8月15日 不眠に対する運動は有効か
当院で不眠の相談をしたことがある人には「またかよ」と言われるでしょうが、私は不眠を訴える患者さんほぼ全員に繰り返し「運動をしましょう」と言い続けています。実際、運動だけで不眠症が治った人は決して少なくありません。また、定期的な運動をしている人で不眠で悩む人はほとんどいません(過剰な運動で不眠になる人はいますが)。
しかし、運動が不眠に有効なのはば確実ですが、どの程度有効なのかを評価した質の高い大規模研究はあまりみたことがありません。今回、そういった研究が報告されたのでお伝えします。
研究は医学誌「The Journal of sports medicine and physical fitness」2021年6月号に「原発性不眠症に対する運動介入の効果:メタ分析(Effect of exercise intervention on primary insomnia: a meta-analysis.)」というタイトルで掲載されています。
この研究では、これまでに発表されている運動と睡眠の関係を検討した23の研究をメタ解析しています。運動をした人1,269例と対照グループ(運動をしなかった人)1,203例が比較検討されています。
その結果、運動をすれば不眠を改善する効果が認められることが分かりました。尚、この研究ではSMDという指標が使われています。運動が不眠に有効であることを示すSMDは-(マイナス)1.64、有酸素運動であれば-2.21です。-(マイナス)がついていて、なおかつ絶対値が大きければ大きいほどその関係が強いことを示します。よって、この研究から言えることは、運動が不眠を改善するのは確実であり、なかでも有酸素運動が有効だ、ということになります。
************
ところで、睡眠の質が高いか低いかはどのように判断すればいいのでしょうか。専門的には睡眠中の脳波や心拍数を測定するのですが、自宅で医療者の介入なしに簡単にできる方法があります。
それはFitbitを使うことです。AppleWatchではなくFitbitの方が有効です(私見ですが)。Fitbitなら、睡眠の深さがどの程度かを知ることができ、何時に深い睡眠(あるいはレム睡眠)をとっていたかが分かります。同時に心拍数も測定できますから、健康管理にとても役立ちます。念のために付記しておくと、私はFitbitの会社と関係があるわけではなく利益供与はありません。
投稿者 記事URL
|2021年8月9日 月曜日
2021年8月 「絶対悪」の基準は「ずるい行為」か否か
いつ、どこで、誰から聞いたのか、あるいは何かに書かれていたものを読んだのか、そのあたりの記憶がはっきりしないのですが、私には「人を裁いてはいけない」という言葉が20代の頃からずっと頭の片隅にあります。たしか、このような言葉は聖書にもあったはずですから、関西学院大学時代にキリスト教学の授業で聞いたのかもしれませんが、はっきりとした記憶はありません。
「人を裁いてはいけない」というこの言葉がなぜ私の頭から離れないのか。おそらく「人を裁くのはみっともないことだけれど、えてしてやってしまう可能性がある」という恐怖が私の心にあるからだと思います。
「人を裁く」という行為が実に恥ずかしく醜い行為にうつることがあります。「人間は平等だ」「人の上に人をつくらず」といったきれいごとを言いたいわけではありません。自分の価値観のみを信じ他人の意見を聞き入れない行為や、正義感に酔いしれた独りよがりの行動に遭遇したときには、思わず目を伏せたくなります。
新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)の関連で言えば、私は「マスク警察」を気取る人が愚かに思えます。「自粛警察」も自らの正義感に酔った人たちのやることだと冷めた目でみていますが、私の感覚で言えば「マスク警察」の方がみっともないのです。
なぜでしょうか。私自身は実際に「マスク警察」をしている人たちを直接見たことがないのですが、目撃者の話によると、どうも弱々しい若者や女性がマスクをしていないときに近づいていって上から目線で注意をするのが実態のようです。一方、例えば100kgを超える巨体の西洋人や黒人がマスクをしていなくても何も言わないそうです。要するに、マスク警察というのは単なる「弱い者いじめ」なわけです。
もうひとつ例を挙げましょう。「子供の教育に悪いから」という言葉を金科玉条のように掲げて、性を取り上げたテレビ番組に抗議をしたり、アダルト本を置いているコンビニに苦情を言ったりする人たちがいます。しかし、そういったテレビ番組やアダルト本は本当に子供の教育に悪いものなのでしょうか。悪いものだったとしても、子供にも自分で考える頭と行動力がありますから、そういった情報を入手しようと思えばいくらでも手に入れることができるわけです。抗議をしたり苦情を言ったりする本当の理由は、子供のことを思っているのではなく、本人が不快に思っているからに他なりません。
要するに、マスク警察は「自分の考え(マスクは全員がすべき)と異なることをやっている他人が憎いから」、アダルト番組や書籍に苦情を言う人は「そのようなものが視界に入るのが苦痛だから」正義や正論を振りかざして他人を攻撃しているだけではないのか、と私には思えるのです。しかも、弱々しい若年者や女性、テレビ局や店舗(コンビニ)など、絶対に反撃を加えてこない対象を攻撃しているのです。
さて、ここまでの私の文章を読まれて何か矛盾を感じられたでしょうか。そう、「人を裁くなと言っているお前が人を裁いているではないか」という矛盾です。では、私自身は自分の行動を棚に上げて、自分本位な理屈で好きなことを言っているだけ、つまり「同じ穴のムジナ」なのでしょうか。
この問題を検討するために、次の場面を考えてみましょう。
****
小学生のA君が、B君とC君にいじめられている。そこにD君が通りかかった。D君は弱い者いじめをしているB君とC君が許せないと考えて、B君とC君に殴り掛かってやっつけた。そしてA君を助けた。
****
この状況で、「D君はA君を助けたいという自分勝手な欲望でB君とC君を裁いた」と考えてD君を非難する人はいないでしょう。
では、D君の行動とマスク警察やアダルトを非難する人たちの違いはどこにあるのでしょうか。まず私が用意したい答えは「その欲望は<絶対悪>に対抗するものか」を基準にするというものです。
A君をいじめているB君とC君の行動は「絶対悪」です。マスクをしていない弱々しい若者や女性に詰め寄る行為も「絶対悪」です(私はそう思います)。「子供の教育に悪い」を言い訳にアダルト情報の苦情を言うのも「絶対悪」です(私はそう思います。理由は後述します)。
ですが「絶対悪」などというものは簡単に定義できるわけではありません。いじめが絶対悪であることには同意が得られるでしょうが、マスク警察やアダルト情報の抗議を「絶対悪」と言えば違和感を覚える人の方がずっと多いでしょう。
実はそこがポイントで、だからこそ、「絶対悪」の”認定”には慎重にならねばならないのです。自分と異なる意見を持っている人がいたとすれば、自身の価値観でその人を裁くのではなく、その人は「絶対悪」と呼べるほどの間違った主張をしているのかを見極めなければなりません。絶対悪を簡単に”認定”してしまえば、歪んだ正論や正義が生まれてしまいます。戦争はその最たるものでしょう。
コロナワクチン肯定派の人は、反対派の意見を聞くとき、その反対の根拠が「絶対悪」と呼べるようなものかを吟味しなければなりません。反対派の人も同様です。こういう視点を常に持つようにすれば、そう簡単には自分と異なる意見の人のすべてを否定できなくなるはずです。
私自身も、もしもマスク警察の人たちが、巨体の外国人や暴力団の人たちに「マスクを着けてください」と詰め寄るならむしろ応援したいと思いますし、アダルト情報に反対する人も「子供の教育に悪い」などと言わずに、「子供ではなく私が不快だから控えてください」という抗議の仕方をするのであれば支援するかもしれません。
ここまでくれば理解いただけるかと思いますが、私自身が「絶対悪」と考える基準はそれが「ずるい行為」かどうかです。いじめはもちろん、強い者には何も言えないくせに弱者にだけマスクをしろ!と強制する行為は「ずるい行為」です。「子供の教育に…」を盾にして自分の欲求を正当化するのも「ずるい行為」です。
20代の頃から私の心のなかにある「人を裁いてはいけない」についてずっと考えてきました。この命題を文字通り実践するなら、極悪人を目の前にしても何も言えず何もできなくなってしまいます。ですが、「善」「悪」「正義」などは簡単に判断することはできません。どの立場に立つかによっても異なります。しかし、「ずるい行為」なら判別は比較的容易です。もちろん、厳密に決めることはできず人によって判断がずれることもあるでしょうが、私自身にとっては「ずるい行為」を基準に考えるとたいていのことがすっきりします。
私が連載している日経メディカルのコラムで、2回連続で医師を非難しました。最初の回はわいせつ医師に対して、後の回では金儲けを企んだ悪徳医師を糾弾しました。医師が医師を非難するのはタブーという考えが根強いのですが、私がこういった医師について書くことを決めた最大の理由は、「ずるい医者を許してはいけない」という気持ちがあるからです。
投稿者 記事URL
|2021年7月29日 木曜日
2021年7月29日 果物摂取で糖尿病リスクが36%低下
果物を積極的に食べるようにすれは糖尿病のリスクが36%も下がる……
このような嬉しい研究結果が医学誌「The Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism」2021年6月2日号に報告されました。論文のタイトルは「あるコホートにおける果物摂取と糖尿病のリスクとの関連(Associations Between Fruit Intake and Risk of Diabetes in the AusDiab Cohort)」です。
研究の対象は合計7,675人のオーストラリア人(平均年齢54歳、男性45%)で、果物の総摂取量で全体を4つのグループに分類しています。最も接種量が少ないグループは1日の果物摂取量が平均で62グラム、2番目に少ないグループは122グラム、上から2番目のグループは230グラム、最も多いグループは372グラムです。
研究では対象者に「糖負荷試験」を実施しています。糖負荷試験とは空腹時に糖(甘い飲み物)を飲んでもらい、その後採血をおこない血糖値やインスリンの血中濃度を測定する試験です。
結果、果物摂取が最も少ないグループに比べて、最も多いグループは糖負荷後、血糖値が3%低く、インスリン濃度が5%低値で、インスリン感受性は6%高くなっていました。インスリンは血中の糖を体内に取り込むときに必要なホルモンです。ということは、糖負荷後にインスリン濃度が低いということはそれだけ糖尿病になりにくいことを意味します。また「インスリン感受性が高い」ということは、少量のインスリンでも効くという意味ですから、やはり糖尿病になりにくいことを示しています。
そして、5年後の2型糖尿病発症リスクを検討すると、果物摂取が最も少ないグループに比べて、最も多いグループは36%リスクが低かったのです。
残念ながら、12年後の調査では果物摂取による糖尿病リスク低下は認められなかったのですが、リンゴ、オレンジ、バナナでは、ある程度のリスク低下がありました。
尚、興味深いことに、果物をジュースにした場合は、糖尿病のリスク低下は認められませんでした。
************
果物は糖尿病のリスクと思っていた、と言う患者さんがなぜかけっこういます。また、果物ジュースはむしろ糖尿病のリスクになると思っている人も少なくありません。
この研究を意外に思う人もいるかもしれませんが、果物のGI値(グリセミックインデックス)を考えれば何も不思議ではありません。不思議なのは、果物はたいてい甘い(そして美味しい)のにGI値がさほど高くないことです。一般にGI値が高い食べ物は糖尿病の、そして肥満のリスクになります。白米より玄米、うどんよりそば、と言われるのは、白米より玄米が、うどんよりそばがGI値が低いからです。
果物ジュースで効果が出ない理由は、(これは論文には書いていないことですが)おそらく2つあります。1つは果物そのものを食べるときと異なり、一気に甘い成分(果糖)が体内に吸収されること、もうひとつは本来果物に含まれているはずの食物繊維がジュースにすることにより分解されているからではないかと思われます。
ということは、果物ジュースを飲むときにはゆっくり飲む方がいいということになります。また、果物ジュースが糖尿病のリスクになるわけではなく、すでに糖尿病の人が果物ジュースを飲んではいけないわけではありません。ただし、果物にもよりますから、すでに糖尿病がある人はかかりつけ医に相談してください。
投稿者 記事URL
|2021年7月19日 月曜日
2021年7月19日 血圧の薬カルシウム拮抗薬は男性の「夜間頻尿」に注意
血圧が高い……
夜中にトイレに起きる……
これらは共に中年以降の男性によくある訴えです。血圧については程度やその人の背景(例えば肥満や喫煙があれば基準が厳しくなる)にもよりますが、運動や食事療法で改善しない場合は薬を検討することになります。
その血圧の薬のせいで夜中のトイレの回数が増えるようなことは避けたいものです。
しかし、血圧の薬によってはそうなりやすいのはどうやら間違いなさそうです。
医学誌「Journal of Clinical Medicine」2021年4月9日号に興味深い論文が掲載されました。タイトルは「カルシウムブ拮抗薬は40歳以上の男性の夜間頻尿に関連 (Calcium Channel Blockers Are Associated with Nocturia in Men Aged 40 Years or Older )」です。
研究の対象者は泌尿器科に入院していた40歳以上の男性合計418人です。夜間の排尿回数は次のようになりました。
・降圧薬を飲んでいない人:1.35回
・カルシウム拮抗薬以外の降圧薬を飲んでいる人:1.48回
(飲んでいない人との有意差はなし)
・カルシウム拮抗薬だけを飲んでいる人:1.77回
・カルシウム拮抗薬を含む降圧薬を2種以上飲んでいる人:1.90回
カルシウム拮抗薬だけが夜間頻尿を促すというわけです。そして、この研究にはもうひとつ興味深い結果が導かれています。この傾向は若年者(40~65歳)で顕著だというのです。この年代では、カルシウム拮抗薬を飲んでいない男性の夜間の排尿は0.96回なのに対し、飲んでいる男性では2.00回に上昇しているのです。
********
降圧薬を簡単にまとめてみましょう。次の種類があります。
#1 カルシウム拮抗薬
#2 ARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬)
#3 ACE阻害薬
#4 βブロッカー
他にはαブロッカー、サイアザイド系利尿薬、漢方薬などがあります。#1から#4では、太融寺町谷口医院の処方量で言えば、(ARB>>カルシウム拮抗薬≒βブロッカー>>その他)です。ACE阻害薬は、ARBと似た薬ですが副作用がそれなりの頻度で出現するため、ARBの後発品が登場してからはほとんど使わなくなりました。
カルシウム拮抗薬は昔からある薬で後発品も豊富にそろっていますから、谷口医院を開院したころには最も多く処方していたのですが、年々頻度が減ってきています。実は、夜間頻尿は以前から(この論文の登場前から)訴える人はそれなりにいましたし、顔がほてる、むくむ、という訴えもそれなりにあり、さらに他の薬と飲み合わせが複雑であることから次第に処方頻度は減っていきました。ただし、血圧を下げる力は最も強いように思えます。
血圧の薬を飲んでいる男性は、最近気になる夜間のトイレは年齢のせいではない可能性があります。特に若い人は一度薬の見直しをしてもいいかもしれません。
投稿者 記事URL
|最近のブログ記事
- 2024年11月 自分が幸せかどうか気にすれば不幸になる
- 2024年10月24日 ピロリ菌は酒さだけでなくざ瘡(ニキビ)の原因かも
- 第254回(2024年10月) 認知症予防のまとめ
- 2024年10月11日 幼少期に「貧しい地域に住む」か「引っ越し」がうつ病のリスク
- 2024年10月 コロナワクチンは感染後の認知機能低下を予防できるか
- 2024年9月19日 忍耐力が強い人は長生きする
- 2024年9月8日 糖質摂取で認知症のリスクが増加
- 第253回(2024年9月) 「コレステロールは下げなくていい」なんて誰が言った?
- 2024年9月 「反ワクチン派」の考えを受けとめよう
- 2024年8月29日 エムポックスよりも東部ウマ脳炎に警戒を
月別アーカイブ
- 2024年11月 (1)
- 2024年10月 (4)
- 2024年9月 (9)
- 2024年8月 (3)
- 2024年7月 (1)
- 2024年6月 (4)
- 2024年5月 (4)
- 2024年4月 (4)
- 2024年3月 (4)
- 2024年2月 (5)
- 2024年1月 (3)
- 2023年12月 (4)
- 2023年11月 (4)
- 2023年10月 (4)
- 2023年9月 (4)
- 2023年8月 (3)
- 2023年7月 (5)
- 2023年6月 (4)
- 2023年5月 (4)
- 2023年4月 (4)
- 2023年3月 (4)
- 2023年2月 (4)
- 2023年1月 (4)
- 2022年12月 (4)
- 2022年11月 (4)
- 2022年10月 (4)
- 2022年9月 (4)
- 2022年8月 (4)
- 2022年7月 (4)
- 2022年6月 (4)
- 2022年5月 (4)
- 2022年4月 (4)
- 2022年3月 (4)
- 2022年2月 (4)
- 2022年1月 (4)
- 2021年12月 (4)
- 2021年11月 (4)
- 2021年10月 (4)
- 2021年9月 (4)
- 2021年8月 (4)
- 2021年7月 (4)
- 2021年6月 (4)
- 2021年5月 (4)
- 2021年4月 (6)
- 2021年3月 (4)
- 2021年2月 (2)
- 2021年1月 (4)
- 2020年12月 (5)
- 2020年11月 (5)
- 2020年10月 (2)
- 2020年9月 (4)
- 2020年8月 (4)
- 2020年7月 (3)
- 2020年6月 (2)
- 2020年5月 (2)
- 2020年4月 (2)
- 2020年3月 (2)
- 2020年2月 (2)
- 2020年1月 (4)
- 2019年12月 (4)
- 2019年11月 (4)
- 2019年10月 (4)
- 2019年9月 (4)
- 2019年8月 (4)
- 2019年7月 (4)
- 2019年6月 (4)
- 2019年5月 (4)
- 2019年4月 (4)
- 2019年3月 (4)
- 2019年2月 (4)
- 2019年1月 (4)
- 2018年12月 (4)
- 2018年11月 (4)
- 2018年10月 (3)
- 2018年9月 (4)
- 2018年8月 (4)
- 2018年7月 (5)
- 2018年6月 (5)
- 2018年5月 (7)
- 2018年4月 (6)
- 2018年3月 (7)
- 2018年2月 (8)
- 2018年1月 (6)
- 2017年12月 (5)
- 2017年11月 (5)
- 2017年10月 (7)
- 2017年9月 (7)
- 2017年8月 (7)
- 2017年7月 (7)
- 2017年6月 (7)
- 2017年5月 (7)
- 2017年4月 (7)
- 2017年3月 (7)
- 2017年2月 (4)
- 2017年1月 (8)
- 2016年12月 (7)
- 2016年11月 (8)
- 2016年10月 (6)
- 2016年9月 (8)
- 2016年8月 (6)
- 2016年7月 (7)
- 2016年6月 (7)
- 2016年5月 (7)
- 2016年4月 (7)
- 2016年3月 (8)
- 2016年2月 (6)
- 2016年1月 (8)
- 2015年12月 (7)
- 2015年11月 (7)
- 2015年10月 (7)
- 2015年9月 (7)
- 2015年8月 (7)
- 2015年7月 (7)
- 2015年6月 (7)
- 2015年5月 (7)
- 2015年4月 (7)
- 2015年3月 (7)
- 2015年2月 (7)
- 2015年1月 (7)
- 2014年12月 (8)
- 2014年11月 (7)
- 2014年10月 (7)
- 2014年9月 (8)
- 2014年8月 (7)
- 2014年7月 (7)
- 2014年6月 (7)
- 2014年5月 (7)
- 2014年4月 (7)
- 2014年3月 (7)
- 2014年2月 (7)
- 2014年1月 (7)
- 2013年12月 (7)
- 2013年11月 (7)
- 2013年10月 (7)
- 2013年9月 (7)
- 2013年8月 (175)
- 2013年7月 (411)
- 2013年6月 (431)