はやりの病気
第228回(2022年8月) GLP-1ダイエットが危険な理由~その2~
「はやりの病気」第223回「GLP-1ダイエットが危険な理由」では、その「危険な理由」として、肥満どころか、やせている女性、さらには拒食症を患っている女性にさえ、気軽にGLP-1受容体作動薬を処方(というよりは”販売”)している医療機関の存在を指摘しました。
今回は、例えばBMIが30以上といったあきらかな肥満がある場合でも、やはりこのダイエットが危険である理由について述べたいと思います。
現在GLP-1ダイエットの先陣を切っているのは、デンマークのノボ・ノルディスクファーマ社(以下、「ノボ社」)です。市場に最も早く登場したGLP-1ダイエット薬「サクセンダ(Saxenda)」もノボ社の薬品です。日本では一部のクリニックが自費診療でこの薬を”販売”(ここからは「販売」で通します)していますが、アイルランド、オランダ、スイスなどでは肥満に対して保険適用されています。
しかし、現在ノボ社が最も注力しているのはサクセンダではなく、セマグルチド(Semaglutide)で、日本では糖尿病の薬(注射薬・内服薬の双方があります)として保険診療にて処方されています。日本での商品名は、注射薬は「オゼンピック」、内服薬は「リベルサス」です。
ノボ社によると、サクセンダよりもセマグルチドの方がダイエット効果が高く、また、注射の場合、サクセンダは毎日注射しなければならないのに対し、セマグルチドは週に一度でOKです。週に一度でよくて効果がより高いわけですから、ノボ社としてはセマグルチドに力を注ぐのは当然です。また、サクセンダにはない内服薬(リベルサス)があるわけですから、この点も、今後セマグルチドを普及させやすい理由になるでしょう。実際、日本の美容クリニックなどではオゼンピックよりもリベルサスが積極的に宣伝されているようです。
ただし、現在ノボ社の世界的な戦略は、日本とは異なり、内服(リベルサス)ではなく注射薬を販売促進しています。商品名はオゼンピックではなく、Wegovy(日本語にすると「ウェゴビー」でしょうか。
すでに、Wegovy専用のウェブサイトが作成されています。そして、ノボ社はWegovyの売り上げ目標を2025年までに37億ドル(約4930億円)にすると公表しました。これまでの目標から2倍以上引き上げたことになります。
この目標を到達すべく、ノボ社の社員は色めき立っています。英紙Financial Timesの取材に答えたノボ社のある社員は「このホルモン(GLP-1)の発見者はノーベル賞に値する!」と力説しています。Financial Timesのこの記事を読んでいると、この社員が取材に対し興奮している様子がありありと伝わってきます。この社員は「GLP-1は製薬業界のスイスアーミーナイフだ!」と形容し、GLP-1受容体作動薬が糖尿病、肥満のみならず、腎疾患、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、さらにはアルツハイマー病の治療にも使えることを主張しています。
ノボ社のこの社員が言うように、GLP-1受容体作動薬が、腎疾患や非アルコール性脂肪肝炎の治療薬として有力視されているのは事実です。ですが、スイスアーミーナイフに例えているということは、GLP-1受容体作動薬をまるで「夢の万能薬」として捉えているような印象を受けます。
GLP-1ダイエット薬が莫大な利益を期待できる以上、他社も黙っていません。Financial Timesの別の記事によれば、イーライリリー社が「Tirzepatide」(日本語では「チルゼパチド」でしょうか)を上市することが決まっています。なんと、この薬、同社のデータによると、使用者の3分の2が体重20%減少に成功したというのです。セグマチルドと直接比較した研究は見当たりませんが、この数字だけをみればセグマチルドよりもTirzepatideの方が効果が高い可能性があります。
新型コロナウイルス関連で次々と”ヒット作”を送り出しているファイザー社も黙っていません。また、新型コロナのワクチンで脚光を浴びたアストラゼネカ社や、新型コロナの特効薬カシリビマブ/イムデビマブ(ロナプリーブ)を開発したリジェネロン社、さらには製薬界のスタートアップとして注目されているVersanis社やGelesis社もGLP-1ダイエット薬の販売を狙っています。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの複数の製薬会社が鎬を削っているのです。ここに日本の製薬会社が入っていないのは少し寂しい気がしないでもありません……。
薬というのは、食品や化粧品と異なり、CMなどで直接消費者にアピールすることはできません。そこでノボ社がとった方法はクイーン・ラティファを起用したプロモーションビデオです。そのタイトルはIt’s bigger than me. タイトルにはおそらく「本当の私より脂肪がついているこの身体は病気なの。だから”治療”をおこなって病気をなおさなければ」というニュアンスが含まれているのでしょう。このビデオにはノボ・ノルディスクファーマ社という社名もセグマチルドという薬の一般名もWegovyという商品名も一切出てきません。まずは消費者(肥満者、というよりもやせたいと思っている人)に「肥満は治療可能な病気だ」ということを訴えたいのでしょう。
GLP-1ダイエットの効果が高いのは事実だとして「欠点」を考えてみましょう。まず費用です。米国ではWegovyは1ヵ月あたり約1350ドル(約18万円)もします。これは自費の値段ですから保険であればずっと安くなるはずです。ところが、米国の高齢者向けの公的医療保険「メディケア」では保険適用が認められていません。一部の私的保険では認可されているようですが、上述のFinancial Timesによれば、申請すれば無条件で適用となるわけではないようです。
日本では主流の内服のリベルサスはこの米国の費用から考えると驚くほど安く、月に15,000円ほどですから米国の10分の1以下となります。その程度なら痩せるための”必要経費”と考える人もいるでしょうが、経済的に続けられない人も少なくないでしょう。
では、中止すると何が起こるか。当然体重の「リバウンド」が起こります。Financial Timesの取材によれば、ある経験者は、薬を止めると体重が7%増えました。また、薬を止めてから1週間も経たないうちにパニック発作に襲われた人もいます。
リバウンドについて言えば、過去のコラム「はやりの病気」第214回(2021年6月)「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」で紹介したように、ダイエットをやめたときのリバウンドは”必然”とさえ言えます。これから言えることは「ダイエットをするならば一生続けられる方法を選ばなければならない」ということです。
では、「GLP-1ダイエットを死ぬまで続ける」という考えはどうでしょうか。その場合は、安全性、つまり副作用について慎重に考えなければなりません。ここで、過去の「ダイエット薬」が中止に追い込まれた歴史をみてみましょう。
・アンフェタミン(1930~60年代):覚醒剤ですから危険性は言うまでもありません。尚、日本でも保険適用のあるサノレックス(マジンドール)はアンフェタミン類似物質であり、添付文書にも「依存性について留意すること」と記載されています。覚醒剤(類似物質)ですから、当然「耐性」もでてきます。
・フェンフェン(1990年代):フェンフルラミンとフェンタミンを組み合わせたダイエット薬。米国では一大ムーブメントとなったが躁状態になるリスクと弁膜症のリスクで販売中止に
・リモナバント:2006年に欧州各国で承認されたが、抑うつ感や自殺企図などが高頻度で生じることが判り2008年に発売中止
・シブトラミン:日本ではエーザイにより2007年に医薬品製造販売承認が申請されたが、副作用が強く2009年9月26日に却下された
・甲状腺ホルモン:ネットで入手できる「いかがわしいやせ薬」に含まれていることがある
・ベルヴィーク:2020年に発がん性を理由に米国FDAが承認を取り下げた
尚、動物実験とはいえ、ノボ社のセグマチルドにより甲状腺がんが発生しています。ちなみに、安全性と有効性が共に高いダイエット治療には、BMIが35以上などの条件を満たせば「肥満手術」があります。
では、そこまで手術の適応を満たさない場合、効果的で安全なダイエットをするにはどうすればいいでしょうか。谷口医院で昔から推薦しているのは、総摂取カロリー制限(または糖質制限)+有酸素運動(+筋トレ)+食事前の水(または牛乳か豆乳)摂取です。反対に「絶対にすべきではないダイエット」として言い続けているのが、方法は何であれ「期間限定のダイエット」です。
参考:
はやりの病気:
第223回2022年3月「GLP-1ダイエットが危険な理由」
第214回(2021年6月)「やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法」
メディカルエッセイ:
第94回(2010年11月)「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
医療ニュース:
2013年9月30日「デキサプリンを飲まないで!」
2009年10月26日「タイ産やせ薬で相次ぐ死」
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