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2022年5月26日 木曜日
2022年5月26日 胃腸の病気と片頭痛の関係
総合診療を実践する太融寺町谷口医院では2007年の開院当初から「健康上のことで困ったことがあれば何でも相談してください」と言い続けています。そのため、一人の患者さんがいくつもの症状の悩みを話されます。アトピーと花粉症と喘息というのは最も多いパターンのひとつですが、これは「共通のアレルゲンが複数の症状をもたらす」わけですから当然と言えば当然です。また、不眠と頭痛、抑うつ感と下痢、なども精神症状が持病を悪化させることはよくあるわけでこれも当然です。
ですが、じんましんと倦怠感、とか、関節痛と便秘、となると関連があるのかないかがすぐには判断できません。そのようなよくある組み合わせの一つに「頭痛と下痢」というものがあります。そして、これはどうやら関係がありそうです。
医学誌「International Journal of Environmental Research and Public Health」2022年3月28日号に「胃腸疾患と片頭痛との関連(Association between Gastrointestinal Diseases and Migraine)」という興味深い論文が掲載されました。結論から言えば、「胃腸疾患と片頭痛には関連がある」ということを韓国のこの研究は示しています。
研究は、通称「HIRA」と呼ばれている「健康保険審査評価サービス(Health Insurance Review & Assessment Service)」のデータが用いられています。韓国の保険制度は日本と同様、国民皆保険、つまり韓国民の(ほぼ)全員が加入しています。つまり、このデータベースにアクセスすれば、すべての国民の健康状態が把握できるというわけです。
このデータベースから、片頭痛または胃腸疾患の診断が年に2回以上認められた患者781,115例が解析の対象とされました。胃腸疾患は、消化性潰瘍、消化不良、炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、胃食道疾患が選ばれました。
解析の結果、1つ以上の胃腸疾患があれば片頭痛の発症が約3.5倍高くなることが分かりました。さらに胃腸疾患の数が増えるほど、片頭痛の発症率が高くなることも分かりました。
反対の視点からみると、片頭痛の予防薬及び急性期の治療薬(鎮痛剤)の双方を使用していると、予防薬か急性期の治療薬のどちらかだけを使用している場合よりも胃腸疾患に罹患していることが多いことも分かりました。
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補足しておくと、片頭痛の予防薬と急性期の治療薬の双方を使用しているということは、それだけコントロール不良、つまり重症の片頭痛ということです。
重症の片頭痛があれば重症の胃腸疾患がある、という現象は珍しくありません。おそらく、自律神経系の不調がベースにあるのでしょう。片頭痛も胃炎も過敏性腸症候群もストレスだけでは発症しませんが、ストレスが増悪因子になるのは確実です。
谷口医院が開院して今年で16年目です。次第に、複数の症状を訴える人が増えてきています。というより、谷口医院を長年かかりつけ医にしている人はたいていは複数の症状・疾患の相談をされます。
やはり、人間を診るのはトータルでなければならないのでしょう。総合診療はこれからさらに普及することを私は確信しています。
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|2022年5月16日 月曜日
第225回(2022年5月) 意外な食物アレルギーと仮性アレルゲン
食物アレルギーを疑って受診する患者さんが一向に減りません。年々増えているのが「野菜・果物」ですが、それだけではありません。魚も肉もピーナッツも豆乳も増えています。このコラム(「はやりの病気」)で最近取り上げた食物アレルギーを改めて振り返ると、自分で書いた文章でありながらこんなにも多いのかと驚かされます(下記参照)。今回は最近多い食物アレルギーを紹介し、さらにこれまで取り上げていなかった「仮性アレルゲン」についてポイントをまとめておきます。
食物アレルギーを疑って、最初に谷口医院を受診する人はそう多くありません。たいていは他のクリニック(皮膚科が最多)を受診して「診断がつかなかった」、あるいは「前医での説明がよく分からず、結局食べ物を避けるべきかどうか分からない」という訴えで受診されるのがよくあるパターンです。ちなみに、食物アレルギーに関わらず、谷口医院ではこのパターン、つまり「前医で診断がつかなかった」という受診動機が(口コミでの受診を除けば)ほとんどです。
「前医の検査でよく分からなかった」という患者さんにその検査結果をみせてもらうとセット検査がされていることが多々あります。MAST36などと呼ばれるIgE抗体のセット検査が一例です。この検査は「絶対に受けてはダメ」とまでは言いませんが、精度がそれほど高くなく、ほとんどのケースで余計なものも含まれていますから、谷口医院では原則として実施しません。
もっとひどいのが”遅延性食物アレルギー”などと謳い、血中IgG抗体を調べているケースです。これは過去に何度も指摘しているように、食事を摂れば誰もが上昇する可能性のある指標であり、はっきり言うと詐欺のようなものです。こんなものに騙されて、要らない食事制限をするような馬鹿げたことは止めなければなりません。
では具体的なアレルギーの話をしましょう。「それなりに重症化+前医で診断がつかず」で最近増えているのは「香辛料のアレルギー」です。この診断がつきにくいのは、食物アレルギーを疑ったときには直前に食べたものを考えるわけで、その原因がその料理に使われていた香辛料だとはなかなか思わないからです。
もうひとつ理由があります。香辛料は、谷口医院の経験でいえば、クミン、コリアンダー、コショーに多いのですが、これらの特異的IgEを調べることは(少なくとも通常の検査会社では)できません。よって、”推理力”を働かせない限りは、なかなか”回答”にたどり着けないのです。
では事例を紹介しましょう。
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【事例1】30代男性
カレーを食べた直後に全身の蕁麻疹を発症。あまりにも強いために夜間に救急病院受診。ステロイド点滴で改善。翌朝、近くの皮膚科クリニックを受診。「ナンとカレーを食べた」と言うとコムギアレルギーを疑われ検査を受けたが陰性だった。
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この男性は自身もコムギアレルギーを疑っていました。しかし、日ごろからパンやパスタを食べていると言います。コムギアレルギーには特殊型(運動誘発性アナフィラキシーなど)もありますが、そのようなエピソードはありません。カレーは好物で月に1~2回は食べていて、これまでは何ともなかったと言います。
そこで私は「どのような料理店か」を訪ねました。予想通り、本格的なインド料理屋で、料理人は全員インド人だそうです。花粉症のエピソードを訪ねると「ある」と言います。秋にも症状が出ることがあると言います。この時点で「クミンアレルギー≒ヨモギアレルギー」でまず間違いありません。案の定、ヨモギのIgEが陽性でした。
ここでよくある質問に答えておきます。「なぜカレーを食べても症状が出ないことがあるのか」という質問です。それは、本格的なインド料理屋では自然の状態に近い、つまり加工の度合いが低いクミンが使われているからです。アレルギーは感染症ではありませんから似ても焼いても起こりえますが、加工度が高ければ表面の蛋白質の形がかわり、アレルゲンになりにくくなるのです。
もう一例挙げましょう。
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【事例2】20代女性
創作料理屋でエビのアヒージョを食べた直後に呼吸苦と蕁麻疹を発症し救急車を呼んだ。エビを食べた直後に発症したためにエビアレルギーと考え、診察した医師も「そうだろう」と言っていたとのこと。翌日、近くのクリニックで検査を受けるとエビのIgE抗原が陰性だった。結局よく分からないために友達に聞いた谷口医院を受診。
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このケースで最初にエビアレルギーを疑ったことは間違いではありませんが、他のアレルゲンも考えなければなりません。よくあるのが、エビが原因だと思っていたら実際はエビに寄生していたアニサキスだったというパターンです。そこでアニサキスを調べることにしましたが、もう少し幅を広げて考えた方がいいかもしれません。詳しく問診すると、そのアヒージョにはパクチーが使われていたと言います。「パクチーアレルギー≒ヨモギアレルギー」です。結果は、アニサキスは陰性、ヨモギが陽性でした。
ヨモギアレルギーがくせ者なのは、ヨモギ花粉自体のアレルギー症状はたいしたことがない(あるいは検査では陽性となるが秋の花粉症の症状はないという人もいます)のに、香辛料のアレルギーは救急車を呼ばねばならないほど重症化することがあるからです。
過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」でも述べたように、ヨモギのPFAS(花粉食物アレルギー症候群)として、ニンジン、セロリなどがあります。これらは「セリ科」の植物です(ヨモギはキク科)。そして、パクチー(コリアンダー)もセリ科、クミンもセリ科です。ヨモギアレルギーがあるとコショウに反応することもあるのですが、コショウは「コショウ科」で別のカテゴリーです。尚、コショウアレルギーのある人も日本の食卓に置いてあるようなコショウでは反応しません。本格的なタイ料理などで出てくる緑の丸い実(激辛!)で初めて発症するのです。
尚、ヨモギではなくシラカンバの花粉症があり、シラカンバのPFASとして香辛料にアレルギーがある場合があります。また、トウガラシやマスタードで起こることもあります。これらをまとめてさらに補足してみましょう。
・ヨモギ(キク科)かシラカンバ(カバノキ科)の花粉症があると、PFASを起こすことがある。
・セリ科の植物とこれらが似ている。セリ科の植物の代表はセロリとニンジン。パクチーもセリ科。
・香辛料のなかにはセリ科のものがあり、代表がクミンとコリアンダー(コリアンダーは通常粉末だが、元はパクチー)
・マスタードアレルギーはヨモギ、シラカンバのいずれでも起こる。コショウはヨモギを疑う。唐辛子はシラカンバを疑う。
さて、春先に増えるのがトマトアレルギーです。おそらく、スギの影響で身体がスギに敏感になり、スギのPFASを起こすトマトに反応しやすくなるのではないかと思われます。そして、ナスアレルギーも増えます。トマトもナス科ですからその関係かな、と思うのですが、それを記した文献が見当たりません。
そこで私はもうひとつの可能性を考えています。それが「仮性アレルゲン」です。仮性アレルゲンとは蕁麻疹の原因となるヒスタミンを多く含む食事を摂取したときに生じる蕁麻疹のことを言います。古い魚を食べると、魚の身に含まれているヒスチジンが細菌によりヒスタミンに変化して蕁麻疹を起こすことは以前紹介しました。「仮性アレルゲン」は細菌によるものではなく、元々ヒスタミンが多く含まれている食べ物を食べることで起こります。
そのヒスタミン(や類似物質)を多く含む食べ物の代表がナスなのです。他には、チーズ、ワイン、ホウレンソウ、タケノコ(あくの強いもの)、ヤマイモ、魚の開きなどが知られています。ややこしいのは、トマトにもヒスタミンは多く含まれていて、トマトを食べて蕁麻疹、というケースはスギのPFASなのか仮性アレルゲンなのか区別がつかないことです。治療法が変わるわけではないのですが、PFASなら次第に重症化していく可能性がありますからこの見極めは重要です。
食物アレルギーはいったん発症するとその人の人生を大きく変えることもあります。また、思い込みや間違った診断のせいで無駄な食事制限をしている人もいます。疑問がある人はかかりつけ医に相談しましょう。
はやりの病気
第196回(2019年12月) 「”遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」」
第191回(2019年7月) 「複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月) 「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」
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|2022年5月15日 日曜日
2022年5月16日 寝室が明るいと血糖値と心拍数が上昇する
睡眠が健康に重要なのは疑いようがなく、少しでもいい睡眠が取れるようにできることは何でもしたいと考える人が大勢います。過去の医療ニュース「2021年2月28日 睡眠環境の見直しで人生が変わる」では緑の多い地域に住めばいい睡眠がとれるという研究を紹介しました。
緑の多い地域に引っ越すのは大変ですが、今回紹介する方法は誰もが本日から実践できます。医学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」2022年3月14日号に「睡眠中に光に当たると心臓の機能が損なわれる(Light exposure during sleep impairs cardiometabolic function)」という論文が掲載されました。
論文の結論は「照明を付けたまま睡眠をとると、インスリン抵抗性が亢進し(つまり血糖値が高くなり)、心拍数が高くなり、心拍変動が低下する(緊張状態が続く)」です。
研究の対象者は20人の健康な若年成人で2晩施設に泊まってもらっています。10人ずつ2つのグループに分け、第1グループは2晩連続で3ルクスの暗い部屋で眠ってもらい、第2グループは最初の晩は第1グループと同様3ルクスの部屋で、翌晩は100ルクスの明るい部屋で眠ってもらい、その差が比較検討されました。
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この研究が物語っているのは、人間は暗いところでリラックスできる(緊張状態が緩和され交感神経が落ち着く)ということです。就寝時には電気を消す(暗くする)べきなのは当然です。
私は個人的には朝早く起きることを推奨していますが、谷口医院の患者さんのなかには「夜型人間(night person)」もいます。職業でいえば、作家や芸術家の人たちです。こういう人は自分のペースを維持すればいいと思いますが、日中の就寝時に暗くする工夫を促したいと思います。
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|2022年5月9日 月曜日
2022年5月 「社会のため」が偽善かどうかを見抜く鍵は「順番」
前回のマンスリーレポートで私は、あさま山荘事件、さらにはオウム真理教も引き合いに出し、「社会のため」などと宣う者は、本当は社会や他人のことを考えているわけではなく、自分自身の強すぎる承認欲求を美辞麗句でカモフラージュしている偽善者ではないか、という私見を述べました。
さらには、そういった罪を犯した者だけではなく、「社会のため」などという言葉を気軽に口にする政治家、経営者、あるいは医師たちも、本心でないきれいごとを言っているにすぎず、大半は偽善者ではないかという意見も付記しました。
社会のため、あるいは、世のため人のため、といった言葉に嫌悪感を抱くのは私だけでしょうか。世の中の多くの人は、そういう言葉を聞いて「この人は立派だ」と思うのでしょうか。
幸福学研究者の前野隆司さんの生い立ちを2022年4月11日の日経新聞が記事にしています。そのまま転記します。
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人の役に立ちたいという気持ちは持っていました。中学1年のとき、友達に「皆の役に立つために医者になりたい」と話すと、思わぬ反応が返ってきました。きれい事を言うやつとみなされ、「偽善者」とあだ名をつけられたのです。
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その時代の前野隆司さんを私は存じ上げませんが(お会いしたことはなく今もよく存じませんが)、前野さんが幼少時からどれだけ人格者であったとしても「皆の役に立つために医者になりたい」という表現をとれば、やはり周囲からはいいようには思われないのではないでしょうか。
では、すべての中学1年生が「将来は医者になりたい」と言って非難されるのかといえば、そういうわけではありません。前野さんのように偽善者と言われてしまう生徒と、そうは言われず、むしろ周囲から応援される生徒にはどのような違いがあるのでしょうか。
私は20代前半の頃から稲盛和夫さんのファンで著作はほとんどすべて読んでいます。このサイトの過去のコラム「メディカルエッセイ第86回(2010年3月)動機善なりや、私心なかりしか」でも取り上げたことがあります。
稲盛さんは、DDI(現在のKDDI)を設立されるとき次のような自問をされました。
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私は自分の本心を確かめるため、毎晩ベッドに入る前に、「動機善なりや、私心なかりしか」と心の中で問いかけることにした。「世間に自分をよく見せたいというスタンドプレーではないか」、(中略)毎日自問自答を繰り返した結果、世のため人のために尽くしたいという純粋な志が微動だにしないことを確かめた私は、この事業に乗り出す決心をした。(『稲盛和夫のガキの自叙伝』日経ビジネス人文庫)
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稲盛さんが自問された「世のため人のため……」という言葉に対して「偽善者」と言う人はいないでしょう。中学生時代の前野さんとはどこが違うのでしょうか。
もう1つ例を挙げましょう。東日本大震災が起こってしばらくしてからのある日、谷口医院をかかりつけ医にしている40代のある男性が受診しました。精神的に不安定な男性で、谷口医院を受診している理由も精神疾患が中心です。仕事には就いておらず生活保護を受給しています。その男性が言ったのが次の言葉です。
「震災の被害者たちが困ってるのに日本政府は何もしない。僕はさっき2万円寄付してきました。こんな国には希望が持てませんからこれからも毎月2万円の寄付をします……」
男性は少しテンションが上がって興奮気味です。いかにも「いいことをしたでしょ」と言わんばかりの勢いです。この男性、偽善者ではないでしょうし、”いいこと”をしたのは事実でしょうが、生活保護を受給しているこの男性のこの言葉を万人が賞賛するわけではないでしょう。
では、同じように見ず知らずの人のために尽力したいと考えた稲盛さんの言葉が美しいのに対して、生活保護を受給している男性の言葉が空しく聞こえるのはどこに違いがあるのでしょうか。
私の答えは「順番」です。稲盛さんはカネもコネもほとんどないなかで京セラを立ち上げ、大きくし、社員を守りながら(京セラが従業員を大切にするのは有名)、その上で当時電話を独占支配していたNTTに立ち向かったのです。
一方、生活保護受給の男性の発言を我々が素直に賞賛できないのは、「国を批判する前に、生活保護をもらっている自分のことを考えたら?」という気持ちが拭えないからです。
では、前半で紹介した前野隆司さんの場合はどう考えればいいのでしょうか。おそらく周囲の生徒たちからは、「そんな大それたことを宣う前に、両親など自分がお世話になった人たちを幸せにしろよ」と思われたのではないでしょうか。あるいは、例えばクラスに障がい者がいたのならば、「皆の役に、などと言う前に近くにいる苦しんでいる仲間を助けることを考えろよ」との思いがあったのかもしれません。
最近、何かの熱に受かされたように「ウクライナ人を助けよう!」と言い出している人たちに私が辟易としているのも同じ理由です。ウクライナの人たちが見聞きするのに耐えられないような状況に追い込まれているのは事実ですから「力になれることは何でもしたい」と考えることは理解できます。ですが、それならば、凄惨な事態となっているミャンマーにはなぜ見向きもしないのでしょうか。行き場をなくしたロヒンギャ難民のことはどう考えているのでしょうか。
私がヨーロッパ人だとすればミャンマーよりもウクライナ人の力になろうと考えます。しかし私は日本人ですから、ミャンマー人には何もせずにウクライナ人を助けたいとは思えないのです。
「ミャンマー(やロヒンギャ)について、メディアではウクライナほどの報道をしないからよく分からなかった。私はウクライナ人が悲惨な状態になっていることを知って純粋な気持ちから助けたいと思っただけ」という人も少なくないでしょう。ですが、それならば、「同じアジアの自分たちを無視して欧州人を優先する日本人」をミャンマーの人たちはどう感じるかについて、改めて思いを巡らせてほしいのです。
そろそろ私見をまとめたいと思います。まず、「社会のため」「世のため人のため」などという言葉は安易に口にすべきではありません。そういったことを考えるのは自由ですが、言葉にするならば「それを言う資格があるか」を考えるべきです。
「社会のため」よりも大切なのは「自分の身近な人たちのため」です。自分の周囲の人を蔑ろにして、あるいは自分自身が自律(自立ではない)できていないときに「社会のため」などと言い出しても、それは偽善にしか聞こえないのです。
こう考えれば、あさま山荘事件の革命戦士たちも、オウム真理教の幹部たちも、あるいは実績が伴っていないのに「社会のため」などと宣う政治家たちも、その主張に説得力がない理由が見えてくるのではないでしょうか。
コロナ流行以降、私が医師に幻滅しているのも、日ごろ診ている患者さんが発熱などで苦しんでいたときに「うちでは診られないから自分で受診先を探せ」と言って見放した医者があまりにも多かったからです。そのような医者には金輪際「患者さんのため」という言葉を使ってほしくありません。
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