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2020年9月27日 日曜日

2020年9月28日 やはり「咳」には蜂蜜が最善

 少し古い話になりますが、2020年1月に毎日新聞社主催で私がおこなった講演で、質問が多かったひとつが「咳に対する蜂蜜の効果」でした。その講演で私が述べたのは、次のことがらです。

・いわゆる「咳止め」は脳の咳中枢を抑える薬か、気管を拡張させる薬であり、双方とも可能なら使わない方がいい。

・咳中枢をおさえる薬は麻薬(コデイン)、気管を拡張させる薬は覚醒剤(エフェドリン)であり双方とも中毒性がある。

・これらも含めてエビデンス(科学的証拠)のある咳止め薬はほとんどない

・しかし蜂蜜は有効とするエビデンスがある

・実は蜂蜜は保険診療で処方ができる。太融寺町谷口医院で処方していないのは、わざわざ処方薬を使わなくてもスーパーで売っているもので充分だから。

・薬のなかでは蜂蜜と同じ程度の効果があるかもしれないのが「デキストロメトルファン」(商品名は「メジコン」など)

 これらは主にコクランライブラリーというエビデンスを集めたサイトで紹介されている「小児の急性咳嗽に対する蜂蜜(Honey for acute cough in children)」という論文が元になっています。

 2020年8月、医学誌「BMJ(British Medical Journal)」に「上気道炎症状に対する蜂蜜の効果~体系的考察とメタ分析~(Effectiveness of honey for symptomatic relief in upper respiratory tract infections: a systematic review and meta-analysis)」というタイトルの論文が掲載されました。

 内容は「風邪の咳には蜂蜜が有効で、薬には効果がない」とするもので、コクランライブラリーに掲載されている論文と同じような結果です。ただ、コクランライブラリーでは小児だけが検討されているのに対し、今回発表されたBMJのものでは成人に対する効果も検証されており、やはり蜂蜜は有効とされています。

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 これは私見(というか私的な経験)でエビデンスはありませんが、私は蜂蜜は風邪の予防にもなると思っています。以前も述べたように私は8年近く風邪をひいておらず、その理由は「谷口式鼻うがい」ですが(参照:はやりの病気第198回(2020年2月)「世界一簡単な「谷口式鼻うがい」」)、蜂蜜をよく食べるようになったのもそのひとつかもしれません。食べるといってもスプーン1杯程度を舐めるだけですが。

 蜂蜜ですべての風邪を予防できてすべての咳に有効というわけではありませんが、少なくとも従来の咳止めは使うべきでないでしょう。「咳にはまず蜂蜜、それで改善しなければ受診を」と太融寺町谷口医院では言い続けています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年9月27日 日曜日

2020年9月27日 9種の降圧薬に抗うつ効果

 信じられないほど”希望”のある研究を紹介しましょう。「9つの降圧薬に抗うつ効果がある」とする研究です。

 医学誌「Hypertension」2020年8月24日号に掲載された論文「降圧薬とうつ病のリスク(Antihypertensive Drugs and Risk of Depression)」によると、デンマークの調査でいくつかの降圧薬には抗うつ効果があることが分かりました。

 研究はデンマークのデータベースを使用して、使用頻度の高い41の降圧薬がうつ病の発症リスクに関連しているかどうかが調べられています。その結果、下記の9種類に抗うつ効果があることが分かりました。

〇ACE阻害薬:エナラプリル、ラミプリル(日本未発売)
〇カルシウム拮抗薬:アムロジピン、ベラパミル、ベラパミル合剤
〇βブロッカー:プロプラノロール、アテノロール、ビソプロロール、カルベジロール

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 降圧薬を分類すると、上記3つ以外に、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、利尿薬、αブロッカーの3種があります。このうち、利尿薬については論文では「検討したがうつ病を改善させることも悪化させることもなかった」とされています。一方、ARBとαブロッカーについては記載がありません。αブロッカーはめまいや立ち眩みなどの副作用が多いことから日本ではあまり使われないのですが、おそらくデンマークでも同じでしょう。ARBについては日本ではかなり処方されていますが、デンマークでは普及していないのかもしれません。

 興味深いのは、ACE阻害薬、カルシウム拮抗薬、βブロッカーのすべてに抗うつ効果があるわけではないことです。もちろん、患者さんの精神状態は個別に検討すべきではありますが、高齢とともに抑うつ感を自覚する人が増えるのは事実です。ならば、例えばカルシウム拮抗薬の処方を検討するなら、アムロジピンかベラパミルを優先すべきかもしれません。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年9月22日 火曜日

第205回(2020年9月) インフルエンザのワクチンはいつ何回うつべきか

 インフルエンザのシーズンが来ると毎年必ず寄せられて、そしてときに返答に困る2つの質問があります。「インフルエンザのワクチンはいつ打てばいいのですか?」、もうひとつが「インフルエンザのワクチンは1回だけでいいのですか?」というものです。

 「いつ打てばいいか?」については、たいていは「10月末までには打ちましょう」と答えています。その年にもよりますが、早い年だとインフルエンザは11月頃に流行が始まります。そして、ワクチンの効果が期待できるのは接種してから2週間程度経ってからです。ならばできれば10月には打っておきたいところです。それに早い年だと11月中旬になくなってしまうこともあります。

 「10月中に……」と言うと、「早すぎませんか?」と聞かれることがしばしばあります。こういう質問をする人は「ワクチンの効果はそんなに長くないんでしょ。10月だと早すぎると聞きました」と言います。また、今年もある看護学生から「学校からは11月になるまで打たないようにと指示されています」と言われました。

 これらの考えは正しいのでしょうか。日本では昔から「インフルエンザのワクチンの効果は3~5か月程度」と言われることが多いようです(注1)。インフルエンザは4月に流行することもあります。効果が5か月で切れるのだとすれば、10月にワクチン接種すれば年によっては4月まで持たないことになります。先述した看護学校では、10月11月よりも3月4月に流行すると予想して「11月まで打たないように」という指示を出したのかもしれません。

 ワクチンについては行政の、つまり厚生労働省の見解を聞きたいところです。厚労省によれば、インフルエンザワクチンは「12月中旬までにワクチン接種を終えることが望ましいと考えられます」とされています。この”表現”がなんともいやらしいというか、患者さんに案内する我々医師を困惑させます。「終えることが望ましい」という表現は断定を避けた曖昧なものです。そして、「○ヶ月有効です」という表記がありません。

 他方、2020年年9月11日付けの厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部からの事務連絡では「高齢者の新型コロナウイルス対策を最優先に考え、定期接種対象者を10月1日から25日まで優先的に接種」としています。つまり、インフルエンザに罹患すれば重症化すると考えられている高齢者に対しては、厚労省は10月25日までに終わらせるよう勧めているわけです。

 インフルエンザのQ&Aのサイトでは「12月中旬までに」としておきながら、新型コロナウイルス感染症対策推進本部では「ハイリスク者は10月まで」と言っているわけです。ここから理論的に考えられる結論はひとつしかありません。ハイリスク者が当然優先されるわけですから、「ハイリスクである高齢者は10月中に接種してね。ハイリスクでない人はハイリスク者が打ち終わるまで待ちなさい。けど遅くても12月中旬には終わらせてね」ということになります。

 この考えは公衆衛生学的には正しいと言えるかもしれません。行政は国民一人一人を見ているわけではなく、社会全体を考えているからです。全体として重症者・死亡者が少なくなればそれが行政の”勝利”です。一方、我々臨床医は厚労省や他の行政組織の言うことにいつも従うわけにはいきません。なぜなら、我々は個々の患者さんを診ているからです。目の前の患者さんを理屈抜きで守らなければならないのです。

 ここで、冒頭で投げかけたもうひとつの質問を考えてみましょう。「インフルエンザワクチンは1回だけでいいのか?」です。厚労省によれば、「(13歳以上の場合)インフルエンザワクチン0.5mLの1回接種で、2回接種と同等の抗体価の上昇が得られるとの報告があります」と書かれています。つまり、一見したところ「ワクチンは1回でも2回でも効果は同じ」と読めるわけですが、解釈には注意が必要です。

 厚労省は「報告があります」と言っているだけです。その「報告」がどのような研究をもとにしているのかが分かりません。注釈として、その報告の出処が載せられてはいますが、詳細をネットで調べることができず、その報告書を入手するのは簡単ではありません。その報告書を苦労して入手しようと考える人は少数でしょうし、仮に入手してエビデンスのレベルがそれほど高くないことに気づいたとしても、厚労省の表現が間違っているとは言えません。なにしろその報告が正しいとも間違っているとも厚労省は言及しておらず、単にそのような報告があると言っているだけだからです。
 
 厚労省は、「ただし、医学的な理由により、医師が2回接種を必要と判断した場合は、その限りではありません」とし、医学的な理由として「13歳以上の基礎疾患(慢性疾患)のある方で、著しく免疫が抑制されている状態にあると考えられる方等は、医師の判断で2回接種となる場合があります」と書かれています。つまり、厚労省は「ワクチンは1回だけど、身体が弱っている人は2回必要。それは担当医の責任です」と言っているわけです。要するに、厚労省のサイトをよく読めば「ワクチンが1回か2回かについて厚労省は関知しません」が同省の立場であることが分かります。

 話をすっきりさせましょう。もしもワクチンの効果が充分に高くて長く、1回接種で11月から4月までの半年間しっかりと効くのであれば、「10月になれば国民全員が1回だけうってね」と言えば済む話です。ですが、実際には片方で「12月中旬」、もう片方で「高齢者は10月まで」と言い、「2回接種するかどうかは担当医に決めてもらってね」と言っているわけです。

 なぜ厚労省はあえて複雑な表現をとって分かりにくくしているのか。最大の理由は「ワクチンが足らないから」です。2番目の理由は「10月に国民全員が押し寄せれば医療機関がパンクするから」でしょう。他にも「ワクチン接種回数が増えればそれだけ副作用のリスクが上がるから」ということも考えているかもしれません(ワクチンの健康被害は国が保証することになっています)。

 では、もしも私が厚労大臣であれば「全員が2回、1回目を10月に」と宣言するでしょうか。私がその立場でもそのような宣言はしません。ただ、現在のような分かりにくい表現はやめます。私なら次のように言います。「インフルエンザのワクチンは全員が2回接種できればいいのですが全員に供給する余裕はありません。また、10月に皆さんが一斉に受診すれば医療機関は対応できません。そこで社会全体で優先順位を決めなければなりません。小児(注2)や高齢者や持病がある人などハイリスクの人が先に、そして2回接種を検討すべきです。健康な若い人は1回接種のみ、そしてハイリスクの人が済んでからにしてください」

 2回目はいつ接種すればいいのでしょうか。ワクチンの効果が5か月であったとしても、6か月であったとしても(米国では最低6か月有効と考えられています。米国CDCのサイトでは10月末までに接種するようにと書かれています)、前日まで100あった効果が次の日に突然ゼロになるわけではありません。効果はゆっくりと減弱していき、一定の数値を下回ると無効となるわけです。その効果を長続きさせるために2回目接種が有効で、これをブースター接種と呼びます。では、ブースター接種はいつが望ましいのか。これを検証したデータは見たことがありませんが、他のワクチンのように1~2カ月後が適切だと思われます。

 では、2回接種が望ましいなら太融寺町谷口医院では全員に2回接種をしているのかというとそういうわけではありません。ワクチンの入荷数はクリニック毎に決められていてそんなにたくさん割り当てられないからです。そこで谷口医院では次のような説明をしています。

・インフルエンザのワクチンは可能なら2回接種が望ましい
・しかし供給量が多くなく全員に2回接種は不可能
・そこで2回接種が必要なハイリスク者(高齢者、糖尿病、腎不全、膠原病、喘息、HIV陽性など)を優先している
・ハイリスク者でない13歳以上の人は、2回接種はハイリスク者に譲ってほしい
・1回接種の人は10月末までが望ましい(あまり遅くなると在庫がなくなる)
・10月に接種して4月に流行した場合は効果が切れている可能性はある
・谷口医院未受診の人は1回接種でも断っている

 今シーズンは新型コロナが脅威となるでしょうから、似たような症状を呈するインフルエンザは何としても避けたいところです。「ハイリスク」の”敷居”を下げて2回接種者を増やすべきだと考えているのですが、下げ過ぎると1回も接種できない人が出てくるかもしれません。何とも悩ましい問題です……。

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注1:ワクチンの添付文書に「(ワクチンの効果は)接種後3カ月で有効予防水準が78.8%であるが、5カ月では 50.8%と減少する」と書かれています。 

注2:新型コロナウイルスとは異なり、インフルエンザは小児もハイリスクとなります。このため、厚労省がワクチンを高齢者を優先としたことに対し、日本小児科医会は提言を出しています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年9月13日 日曜日

2020年9月 新型コロナ、楽観論に流されてはいけない

 東京、次いで大阪や沖縄を中心にこの夏流行した新型コロナウイルスのいわゆる「第2波」も終息しつつあります。そして、重症者の割合が第1波の3~4月に比べると少なくなっていることもあり「新型コロナは実はたいしたことがない」「すでに弱毒化した」といった意見を言う人たちの声が大きくなってきています。医療者のなかにも「新型コロナ軽症説」を訴える人たちが増えてきています。

 ですが、実際にはまだまだ油断は禁物です。今回は巷で流行している軽症説を紹介していきましょう。現在流布している軽症説は主に3つあります。

軽症説#1:ウイルス弱毒化説

 3~4月は死亡者が多かったし、死亡率も高かった。それに比べて第2波では死亡者も死亡率も低い。死亡率(死亡者/感染者)が低いのは検査をした人が増えたことが要因だとしても、死亡者が少ないことの説明はつかないではないか。そして、ウイルスの変異はすでに報告されている(参考:「新型コロナ 第2波で重症や死亡が少ないわけ」)。日本でこの夏流行した新型コロナウイルスは毒性が低くなった。

軽症説#2:日本人には「ファクターX」がある

 日本人は他国の人たちと異なり、重症化しない要因「ファクターX」が存在する。そのおかげで日本人に新型コロナが感染しても抗体ができるまで待つ必要もない。もっと簡単な免疫(これを「自然免疫」と呼ぶ)で充分に対処できる。

 補足しておくと、「ファクターX」というのはノーベル賞を受賞された山中伸弥先生が提唱された概念です(ちなみに私は医学部の学生時代、山中先生に薬理学を教わっていました)。このファクターXの正体はまだ分からないけれども、このおかげで日本人は軽症で済んでいるとし、その理論を構築されたのが国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授です。高橋教授はファクターXの正体は未知としつつも、「すでに日本人の3人に1人はウイルスに触れているが大半は感染が成立しなかったか、感染しても軽症で済んだ」という自説を展開されています。

軽症説#3:日本人の多くはすでに中和抗体を持っている

 実は日本人は第1波の前、つまり1~2月に新型コロナに感染して抗体ができた。その抗体のおかげで感染しにくいし重症化もしない。

 この説を提唱されているのは、京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授です。上久保教授によると、新型コロナウイルスには三つのタイプがあるそうです。「S型」「K型」「G型」の3つで、「S型」と「K型」は軽症ですみ、「G型」と「G型」の変異型が重症化すると言います。先に「S型」にかかり、その後「G型」にかかれば重症化し、これが欧米で死亡者が多い原因だそうです。一方、「K型」に先に感染し、その後「G型」にかかった場合は「K型」によってできた抗体が「G型」にも有効なおかげで軽症で済む。そして日本人の多くは1~2月に「K型」に感染していたというのです。

 ではこれら3つの説を解説していきましょう。まず軽症説#1は、支持する医師も多いものの根拠がありません。遺伝子が変異したからそれが弱毒化につながったというのは話が飛躍しすぎています。それを証明した実験もありません。つまりエビデンスがまったくないのです。エビデンスがないからと言って否定もできませんが、重症化している人の割合が減ったとは言え存在するわけです。この説を信じるのは危険すぎます。

 軽症説#2については、高橋先生の理論構築は充分に筋が通っていますし魅力的な仮説です。ですが、この説を実証するには「ファクターX」の正体を明らかにしなければなりません。山中先生も高橋先生もファクターXとしてBCG(結核のワクチン)を考えています。そして、高橋先生の説が登場する前からBCGがファクターXではないかと考える日本人の医師は少なくありませんでした。

 私の意見は否定的です。すでにイスラエルからBCGは新型コロナに有効でないという論文が出ています。BCGを支持する医師たちはイスラエルのBCGと日本のBCGは種類が異なるという理由を持ち出します。では他の国をみてみましょう。現在新型コロナの勢いが止まらずに感染者数世界第2位のインドもBCGが定期接種となっています。ただ、インドのBCGも日本のタイプとは異なります。ですが、アジアでは、インド、バングラディシュについで3番目に感染者数が多いフィリピンでは日本と同じタイプのBCGが使われています。BCGが当初から注目されていたのは、もともとBCGは自然免疫力を増強する効果があると考えられているからです。それは正しいのですが、だからといって新型コロナに有効とするには無理があるように私には思えます。

 軽症説#3はユニークで魅力的です。しかし、この説が正しいとすると日本人の大半は新型コロナに対する抗体を持っていなければならないことになり、抗体陽性率が極めて低い事実と相反します。これを説明するのに上久保教授は「現在おこなわれている抗体検査では精度が低くて陰性とでてしまう」と説明します。たしかに一言で抗体といってもウイルスのどの蛋白質に対する抗体なのかを明らかにしなければきちんとした議論ができません。現在の抗体検査はそこまで厳密には測定できませんから、上久保教授の説も筋が通っています。しかし上久保教授の主張する「S型」「K型」「G型」について客観的なデータがあるわけではなく仮説の域を超えません。

 上久保教授は、「免疫を維持するためにはウイルスと共に生活していかなければならない」と説き、「再度自粛すれば、かえってその機会(ウイルスと接する機会)が失われかねない。『3密』や換気など非科学的な話ばかりだ」と自説を強調されます。これは現在の日本も含めた世界の政策とまったく異なる立場です。日本人だけがすでに抗体を持っていて、自粛を全面的に中止せよ、というのは私には乱暴すぎる考えに聞こえます。

 ここで実際の新型コロナをもう一度振り返ってみましょう。まず日本でも他国に比べると人数は少ないとは言え、若者も命を奪われています。40代、50代は若者とは呼べないかもしれませんが、日ごろ健康で持病がない成人も死亡したり、重篤な後遺症を残したりしています。新型コロナとよく比較されるインフルエンザでこのようなことはあり得ません。ちなみに、私が新型コロナは最悪の事態となるかも……、と考えるようになったのは中国の30代の医師が死亡した2月です。中国では次いで20代の医師も亡くなりました。

 高い確率で後遺症を残すのもインフルエンザとは異なる点です。治癒して体内にウイルスはいないはずなのに息苦しさや倦怠感が残るという人が少なくありません。海外でも日本でも後遺症が残るのはもはや間違いないというレベルに来ています。私は5月の時点で、後遺症と思われる症状を訴える人を複数診察したことから「ポストコロナ症候群」という言葉を勝手に名付けました。そのときはまだ確定はできないと考えていましたが、もはや後遺症(=ポストコロナ症候群)が存在するのは自明です。

 まだあります。健康で若い人は無頓着になりがちですが、「無症状でも他人にうつす」という事実は世界にパラダイムシフトをもたらせました。正確に言えばまったくの無症状(asymptomatic)ではなく発症前に無症状(pre-symptomatic)ですが、pre-symptomaticの時期に他人に感染させやすいのはもはや疑いようがありません。いくら若者は軽症で済んだとしても、高齢者を死に至らしめる可能性があるのですから、マスクなしで他人と気軽に接することができないのです。

 軽症説#3の上久保説では「まったく自粛不要」ですが、#2の高橋教授は高齢者には注意が必要と言われます。そうであるなら、やはりプレコロナの時代には戻れないということになります。

 無症状でも他人に感染させ、高齢者のみならず若年者も重症化することがあり、それなりの確率で後遺症をもたらす感染症と共に生きていかねばならないのなら、我々は元の世界に戻れないと考えるべきです。楽観論に頼りたくなる気持ちは分かりますが、現実に目を背けてはいけません。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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