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2019年3月31日 日曜日
2019年3月31日 ホルモン補充療法はアルツハイマーのリスク
一般に閉経前後の更年期障害で用いる「ホルモン補充療法(HRT)」は乳がんや卵巣がんのリスク、さらに心血管系のリスクがあるものの、抑うつ感や不安感などの精神症状の緩和には有効とされています。早期閉経がアルツハイマーのリスクになるという考えもあり、ホルモン補充療法は認知症の予防にもなるのでは、という意見もあります。ですが、その反対にリスクを上げるという報告もあり現在決着がついていません。
先日論文が発表されたフィンランドの大規模研究では「ホルモン補充療法にはアルツハイマーのリスクがある」という結論が導かれています。
医学誌『The British Medical Journal』2019年3月6日号(オンライン版)に掲載された「フィンランドにおけるホルモン補充療法とアルツハイマー病(Use of postmenopausal hormone therapy and risk of Alzheimer’s disease in Finland: nationwide case-control study)」を紹介します。
研究の対照者は1999~2013年にアルツハイマー病と診断された閉経女性84,739人と、他の条件を合致させた同数の対照者です。
アルツハイマー病患者のうち15,768人(18.6%)が全身性(内服及びジェル・貼付薬)の補充療法を実施しており(論文のTable 1)、10,785人(12.7%)が腟剤のみ使用していました。対称者では、14,394人(17.0%)が内服を、11,170人(13.2%)が腟剤のみを使用していました。これらを解析すると、全身性の補充療法の使用率はアルツハイマー患者で有意に高く(これを数字で見ると大して「差」はなさそうなのですが、論文に掲載されたfig.2を見れば一目瞭然です)、逆に腟剤の使用率はアルツハイマー患者で有意に低くなっています。
ホルモン補充療法にはエストロゲン(卵胞ホルモン)単体とエストロゲンとプロゲステロン(黄体ホルモン)複合剤があります。それぞれのアルツハイマーのリスク上昇は前者で1.09倍、後者は1.17倍となりました。
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いくつか補足しておきます。
まず、日本でもフィンランドでも全身性のホルモン補充療法には内服以外にジェルや貼付剤などの皮膚から吸収されるものがあります。この論文ではそれらの比較ができておらず、どちらがよりアルツハイマー病のリスクとなるかは分かりません。
次に、エストロゲン単体とエストロゲン・プロゲステロン複合剤では、複合剤の方がアルツハイマー病のリスクが高くなっていますが、エストロゲン単体だと子宮内膜が増殖し子宮体がんのリスクが上がる可能性があります。
最後に、この論文を読む限り全身性(内服やジェル・貼付剤)はアルツハイマー病のリスクを上昇させるが、膣錠なら安心と解釈できますが、日本ではエストロゲンの膣錠は更年期障害に保険適用がありません。
いずれにしても、ホルモン補充療法は多くのことが期待できる一方で、乳がんや卵巣がん、心疾患系疾患、さらにアルツハイマー病のリスクがあるというわけです。
参考:医療ニュース
2007年4月30日「ホルモン補充療法の危険性」
2008年3月18日「ホルモン補充療法は中止後も乳がんのリスクが残存」
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|2019年3月31日 日曜日
2019年3月31日 親戚・身内にアルツハイマー、自身も高リスク
アルツハイマー病のリスクとしてよく取り上げられるのは、運動、食事、体重、喫煙、飲酒、社会活動、…、など多数ありますが、率直に言ってこれらのなかに”決定的”なものはありません。多少効果があるかもしれない、というものはありますが、これをすれば高確率で認知症を「防げる」あるいは「防げない」というものは見当たりません。喫煙がリスクを下げるとする研究もあるほどです。
ですが、決定的なリスク増加要因はあります。それは「家族歴」です。血縁者に認知症の人がいれば自身もいずれ認知症になりやすいというわけです。以前からこのことは指摘されており、遺伝子での解析もそれを実証していますが(後述)、大きな疫学研究は(私の知る限り)ありませんでした。
今回、これを証明するような研究が発表されたので紹介したいと思います。医学誌『Neurology』2019年3月13日号(オンライン版)に「Relative risk for Alzheimer disease based on complete family history(家族歴におけるアルツハイマー病の相対リスク)」という論文(全文が無料で読めます)が発表されました(注1)。
この論文を理解するために、まずは「血縁者の表現」を確認しておきましょう。日本では一親等、二親等、…と呼ばれる血縁者の表現は言語ごとに異なり、英語では次のように表現します。
・第一度近親者(first-degree relative):両親、きょうだい(兄弟・姉妹)、子供
・第二度近親者(second-degree relative):祖父母、孫、おじ・おば、甥・姪、片方の親が異なるきょうだい
・第三度近親者(third-degree relative):いとこ(first-cousin)(注2)、曽祖父母、ひ孫
この研究の対象者は1800年代のユタ州の開拓者及びその親族です。解析されたのは合計270,818人、うち4,436人が死亡時にアルツハイマー病の診断がついていました。
解析の結果、第一度近親者にアルツハイマー病患者が1人以上いると、自身も発症するリスクが1.73倍、2人以上なら3.98倍、4人以上ならなんと14倍にも上っていました。
また、第一度近親者と第二度近親者のいずれにもアルツハイマー病患者が1人いると、自身の発症リスクは2.04倍であり、第一度近親者に1人、第二度近親者に2人の場合は、自身の発症リスクは21.29倍まで上昇していました。
第一度近親者にアルツハイマー病患者がいない場合も、第二度近親者に2人以上の患者がいると発症リスクは1.25倍。第一度、第二度がゼロであっても、第三度近親者に2人以上の患者がいればリスクが1.17倍です。4人以上になると1.44倍となり、これは遠い関係であっても血縁者に患者が多ければ多いほど、自身のリスクも上昇することを示しています。
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この研究結果は当然といえば当然で、現在ではリスクを遺伝子で調べることができます。ApoE遺伝子の「ε4」の数が0か1か2かでリスクが大きく変わるのです。「ε4」を2つ(つまりホモで)持っているとリスクが11.6倍にもなることが分かっています(参照:メディカルエッセイ第179回(2017年12月)「これから普及する次世代検査」)。
お金をかけてApoE遺伝子を調べなくても、血縁者にアルツハイマー病罹患者がいれば、それだけでハイリスクと言えそうです。該当する人は、たとえ大きな効果がないとしても、運動や食事などの生活習慣を見直した方がいいかもしれません。
注1:論文そのものよりも、この論文を分かりやすく解説した米国の医療サイト「HealthDay」に掲載されたレポート「遠い親戚もアルツハイマーのリスクを上げる(Even Distant Relatives’ History Could Up Your Alzheimer’s Risk)」の方が読みやすいと思います。
注2:first-cousinを英語で説明するとa child of your aunt or uncleとなり日本語の「いとこ」と同じです。通常cousinと言えばfirst-cousinのことを指します。second-cousinは日本語でいうところの「またいとこ」または「はとこ」(a child of a cousin of your mother or father)です。third-cousinはWikipediaによると、Third cousins share at least one set of great-great-grandparents(曽祖父母の親が共通)となり、これは「みいとこ」(曽祖父・曽祖母の兄弟姉妹の曽孫)と同じになると思います。
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|2019年3月24日 日曜日
第187回(2019年3月) 誤解に満ちた花粉症情報
過去の「はやりの病気」で最後に花粉症を取り上げたのは第53回の2008年1月ですから、それからはや11年が経過したことになります。改めて当時の文章を読んでみると、自分が書いたものなのに、今患者さんに伝えていることと比べて大きな差があることに気づきます。
2008年当時、私が書いた要点をまとめてみたいと思います。
・予防は重要だが限度がある。「帰宅後すぐにシャワー」は実際には困難
・免疫療法はいい方法だが危険性があり安易に勧められない
・中心となる薬は抗ヒスタミン薬とステロイド点鼻薬
現在の私が患者さんに説明していることを上記と対比して述べてみます。
・予防が一番重要。面倒くさくても「帰宅後すぐにシャワー」を勧める
・免疫療法は最強の治療法。舌下免疫療法は危険性が極めて少ない
・抗ヒスタミン薬、点鼻ステロイドに加え、抗ロイコトリエン拮抗薬を積極的に使用
花粉症に限らず、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では開院以来治療方針を変えたことはなく、どのような疾患も「予防」が重要であることを繰り返し述べてきています。花粉症に対しても方針は同じなのですが、年々予防の重要性を強調するようになってきました。
その最大の理由は「多くの重症例に遭遇してきたから」です。前回コラムを書いてからの11年間で多くの重症の患者さんが受診されました。ガイドラインに従い治療をおこなっても限度があり、次は内服ステロイドを使うしかない…、というところまで進んだ患者さんも過去に何人かいました。
ですが、ここで内服ステロイドを用いるのではなく、もう一度原点に戻って「花粉対策」をしてもらうと劇的に改善することが何度もあったのです。特に、「帰宅後すぐにシャワー」は、11年前には「現実的でない」と書きましたが、やはりこの効果は絶大です。少し外出しただけで髪を湯で洗うというのは、特に髪の長い女性だと本当に大変です。もっと困るのが、例えば4人家族で自分だけが花粉症という場合です。他の3人が花粉を部屋に持ち込むことを避けねばなりませんから、3人にも「帰宅後すぐにシャワー」をお願いせねばなりません。ですが、これを実践できれば症状が劇的に改善することもよくあるのです。
シャワーの際には「鼻うがい」も勧めています。専用の器材を買ったり生理食塩水をその都度用意したりするのは大変ですから、私は「シリンジでぬるま湯」を勧めています。シリンジとはプラスティック製の注射筒のことで、薬局には売っていないようですが、Amazonなどネット通販で購入できます。これでシャワーのお湯を吸い取って、片方の鼻を指でおさえてもう一方の鼻腔に一気に注入するのです。鼻腔に侵入した花粉を洗い流せるだけでなく、風邪の予防にもなります(ちなみに、私はこの鼻うがいを2012年の12月に始めてから一度も風邪を引いていません)。
シャワーや鼻うがい以前に空気清浄機は必需品ですが、意外なことに、それなりに重症の人でも「置いていない」と言われることがあります。そして、実際、「どんな薬でもよくならない」と言っていた人が「空気清浄機を置いただけで激変しました!」と報告しに来られたことも何度かあります。
次に「免疫療法」の話をしましょう。2008年の時点では「舌下免疫療法」はまだ研究レベルでしたが、2014年から保険診療が開始されました。注射に比べて安全性が高いことは論を待たないのですが、「本当に効くのか」という声がありました。しかし、谷口医院の患者さんでいえば開始してから3年以上経過した半数以上の人が「今年は症状がほぼゼロ」と言っています。当初の予想よりもかなり成績がよさそうです(一方、ダニの舌下免疫療法では「劇的に改善した」と言う人は現時点では少数です)。
免疫療法は注射でも可能ですが、少なくともスギに関しては舌下でこれだけ効果が出ているわけですから、注射による免疫療法はますます下火になっていくでしょう。
注射と言えば、今年は「注射で花粉症を治したい」という声が、例年の数倍はあります。なかでも、「ステロイドを打ってほしい」という声が次から次へと寄せられます。ケナコルトなどのステロイドを1回注射すると1ヶ月程度は花粉症の症状がほぼ消失することから90年代にはしばしばおこなわれていましたが、危険性が高すぎてこれは「絶対にやってはいけない治療」と認識すべきです。過去には強い副作用で生活に支障をきたし、裁判になった例もあります。この場合、患者さんが注射した医師を訴えればほぼ確実に医師が敗訴します。にもかかわらず、これだけ要望が多いのはなぜなのでしょう。しかも、例年このリクエストをされるのは、水商売の仕事をしている人が多いのですが、今年は、一般企業で働く人や学生、専業主婦などからの要望が目立ちます。これはおそらくSNSでそういった情報が広がっているからなのでしょう。
花粉症の注射で年々リクエストが増えているのが「ヒスタグロビン+ノイロトロピン」の皮下注射です。これは、たしかに危険性はほとんどなく、保険診療が認められ費用も安く(1回300円程度)、やはりSNSなどで評判がいいようで、谷口医院にも頻繁に問い合わせがあります。保険診療が認められている安全性の高い治療ですから、要望があればそれに応えるようにはしていますが、この治療はガイドラインに掲載されていないものです。つまり安全性が高いのは事実ですが、有効であるとする高いエビデンス(科学的確証)がないのです。ですから、谷口医院ではこの注射を実施するにしても、ガイドラインどおりの治療と並行しておこなうよう助言しています。
ガイドラインで推奨されている内服薬の抗ロイコトリエン拮抗薬は非常にすぐれた薬剤ですが、2008年当時は花粉症に対してまだ保険適用がなく使えませんでした。当時から気管支喘息には適用があったために、喘息と花粉症の双方がある人にはとてもいい薬剤でした。この薬が花粉症にも使えるようになってからは治療がぐっとおこないやすくなりました。特に1日1回寝る前に飲むタイプの「モンテルカスト」は、眠気などの副作用もほとんどなく(ただし一部の薬とは飲み合わせが悪く注意が必要)、即効性はありませんが、継続して使用すると安定した効果が期待できます。
最後に谷口医院を受診されている患者さんの特徴を紹介しておきます。もともと谷口医院でアレルギー疾患を積極的に診ようと思ったのは、開院前の私の経験がきっかけです。まだ「総合診療」という言葉が一般的でなかった頃から、私は多くの病院・診療所、そして多くの「科」で研修を受けていました。そこで感じたのが「縦割り医療」(「科」ごとの医療)の欠点です。例えば、耳鼻科に花粉症で受診した人は、鼻症状(と結膜炎症状くらい)は診てもらえますが、皮膚は診てもらえない(花粉で顔面に湿疹が起こることは珍しくない)のです。一方、花粉で湿疹が起こる人が皮膚科を受診すると、もちろん皮膚は診てもらえますが同時に生じている咳は相談できないのです(花粉が原因で咳や咽頭痛が生じることはよくある)。
忙しい患者さんがいろんな診療科を受診しなければならないのは現実的ではありません。特に花粉症は多彩な症状を呈しますから、もしも臓器別に診療科を受診するとなると、眼科、耳鼻科、皮膚科、呼吸器内科のそれぞれに行かなければならなくなります。花粉が原因で微熱、倦怠感が生じることもあります。花粉が原因と断定できないけど不眠で悩まされる、といったこともあるでしょう。これらをすべて相談できる医療機関が絶対に必要と考えたために、開院前からアレルギーを総合的に捉える癖をつけていたのです。
谷口医院に研修・見学に来る研修医や医学生に「GP(総合診療医)はアレルギーをトータルで診なければならない」と口うるさく言っているのはこのような理由からなのです。
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|2019年3月11日 月曜日
2019年3月 そんなに医者が憎いのか・続編
本サイトの過去のコラム(メディカルエッセイ第164回(2016年9月)「そんなに医者が憎いのか」)で紹介した「事件」は当初の私の予想を大きく外れる展開となっています。まずは事件の経過を振り返ってみましょう。
2016年5月、東京のある病院。胸部の手術直後の30代の女性が病室で40歳の執刀医からわいせつ行為を受けたとして、この医師が警視庁に逮捕されました。わいせつ行為の内容は、「術後病室に戻された患者に対し、二度にわたり着衣をめくり、手術していない左乳房の乳首をなめ、自慰行為に及んだ」そうです。女性患者の病室は4人部屋で他にも3人の患者がいました。
先述のコラムで述べたように、この女性は”真実”を述べていると思われますが「術後せん妄」と呼ばれる状態にあり幻覚が生じていたことは自明であり、まさか本当に起訴されるなどとは私は微塵も思っていませんでした。しかし、実際に裁判がおこなわれたのです。
2016年11月30日、第1回の公判で検察は「手術後で抗拒不能状態にあり、ベッドに横たわる女性患者A氏に対して、診察の一環として誤信させ、着衣をめくって左乳房を露出させた上で、その左乳首を舐めるなどのわいせつ行為をした」と述べました(参考:m3.com「乳腺外科医裁判、2月20日の判決迫る」)。
2018年9月11日、第3回公判でA氏は「男性外科医は左胸の衣服をめくった。頭の上から変な息遣いが聞こえた。左手で衣服をめくり、右手をズボンの中に入れて出口を見ながら自慰行為をしていた」と証言しました(先述の参考記事参照)。
検察に有利な証言をする医療者が出てくることはあり得ないと考えられていましたが、予期せぬことが起こりました。
2018年9月27日、第7回公判で(なんと)A氏を擁護する精神科医が登場したのです!この医師は「術後せん妄でなく事実があった」と証言しました(参考:m3.com『精神科医「術後せん妄で説明する必要はない」』)。しかし、この医師はせん妄に詳しくないことが判り、2019年1月におこなわれた検察側の論告求刑ではこの医師の証言は引用されていません(これは「異例の扱い」だそうです)。
意外なことに、A氏を擁護する医師がもう一人現れました。2018年10月30日、第10回公判で検察側・弁護側の双方が麻酔科医を証人とし、検察側の麻酔科医が「術後せん妄の可能性は低い」と述べたのです。
2018年11月1日の第11回公判ではA氏の胸に付着したという唾液に関するDNAやアミラーゼ反応について尋問が行われました。この尋問で、科捜研(警視庁科学捜査研究所)の職員が試料を残しておらず、検査自体がかなりずさんであったことが明らかとなりました。我々医療者(というよりすべての科学者)のルールに則れば、試料が残っておらず再現性が担保できないのであれば、こんなものはもはや「科学」ではありません。司法の世界でも、このような信ぴょう性のない「捜査」に説得力はないでしょう。
ところが、2019年1月8日の第13回公判で、検察側は「徹底した矯正教育を施すことが必要不可欠」として被告の医師に懲役3年を求刑したのです。
そして多くの医療者が注目するなか、2019年2月20日、東京地裁の判決が言い渡されました。もちろん「無罪」です。
しかしながら、東京地裁のまともな判断に安堵したのも束の間、2019年3月5日、東京地検は東京地裁判決を不服として控訴しました。
もう一度、「事件」のあった状況を考えてみましょう。場所は4人部屋。一応カーテンはありますが、他に3人の患者がいて、看護師など他の医療者や入院患者の家族がいつ入ってくるか分からない状況です。そんななか、自分が手術をした患者さんの胸を舐めて自慰行為をすることができるでしょうか。
現在の私は手術(執刀)をしていませんが、研修医の頃からクリニックを開業して1年くらいまでは皮膚の手術はおこなっていて、自分が執刀したのは約100件、研修医の頃に助手として手術に関わった症例も加えれば数百件になります。手術の後、患者さんを診に行くときはいつも緊張します。縫合が上手くいったかどうか、出血や腫脹、感染徴候がないかなどに注意しなければならないからです。そんな状況で患者さんの胸を舐めて自慰行為などできるはずがありません。
ただし、残念なことに世の中にはわいせつ行為をする医師はいます。定期的に新聞や週刊誌に恥ずべき事件が報道されていることからもそれが分かります。入院中の女児にいたずらをした香川の小児科医、乳癌検診を受けにきた女性の裸をスマホで撮影した大阪の医師、患者や看護師のスカートの中を院内で盗撮した福島の内科医。最近では、女性に睡眠作用のある薬を飲ませて自宅に連れ込み性的暴行をはたらいた東京の二人の男性医師が逮捕されました。15歳の女子中学生にわいせつ行為をした北九州の50代医師も逮捕されました。
ですから、私はこの乳腺外科医の事件に対して「高い人格を持つ医師がそんなことをするはずがない」と言っているわけではありません。また「悪意で虚言を吐く患者を許すな」と言いたいわけでもありません。この事件で重要なのは「術後せん妄でそういったことがあり得る」ということをまず関係者全員が認識し、そして社会に伝えることです。
報道によるとA氏は次のような発言をしています。
「(事件のあった)病院は私に対してセカンドレイプをした。病院が守るべきは医師ではなく、患者ではないか。(男性医師の名字)さん、あなたは性犯罪者です。今まであなたが楽しんだ分の長い長い実刑を望みます」(参照:m3.com「被害女性「医師免許剥奪、長い長い実刑を」)
私は2014年に患者として手術を受けたことがあります。そのときにメインに使われていた麻酔薬はA氏と同じプロポフォールでした。術後の記憶はあいまいで、後から聞いた話では、一応辻褄の合う会話をしていたそうですが、その会話の内容を覚えておらず、夢と現実をいったりきたりしていた感じでした。
A氏が”嘘”を言っていないのは事実だと思います。医療者から「術後せん妄だ」と言われても、警察や検察、そして自身の弁護士らからは「事件はあった。医師を許してはいけない」と言われ続け、無罪判決が出た後も東京地検はすぐに控訴したわけですから、おそらくA氏は自分が”真実”を述べていると確信しているでしょう。ここまでくると、「もはや自分のためだけではない。”正義”のためにも戦わなくては!」とさえ感じているのではないでしょうか。
検察が控訴しても東京高裁は無罪判決を出すでしょうし、検察が上告することはないと思います。しかし、すでに”一線”を超えてしまっています。A氏が「やっぱり術後せん妄だったんですね」と思い直す可能性はほとんどないでしょうし、先述したように医師のなかにさえ「事件はあった」と証言する者がいるのですから。
ちなみに、私はこの事件の話をこれまで医療者以外の知人何十人かに話してみました。誰一人「事件はあったのでは?」と答えず、全員が「あるはずがない。お前(私のこと)の言う通りだ」と言います。もちろん、私の周りの医療者は一人の例外もなく全員が「冤罪であり起訴などあり得ない」と言っています。
「常識」とはとても脆いものではありますが、それでもこの「事件」に関しては、常識的に考えて冤罪以外の何ものでもないのです。
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