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2016年5月23日 月曜日
第153回(2016年5月) それほど単純でない高尿酸血症
太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)の患者さんは働く世代の比較的若い患者さんが多いため、初診・再診にかかわらず「職場の健康診断で異状を指摘されたので来ました」と言って受診される人が大勢います。きちんと統計をとったわけではありませんが、よくある異状、すなわち、肝機能障害、高血圧、高脂血症(コレステロール、中性脂肪)、高血糖などのなかで、おそらく最も頻度が多いのが「尿酸値が高い」、すなわち高尿酸血症です。
高尿酸血症とは一般に血清尿酸値が7.0mg/dLを超えた状態を指します。7.0mg/dLを少し超える程度であれば、多くの人は無症状ですが、健診を実施する側(会社)としては、健診を受け異状がみつかった従業員に何もしないわけにはいきませんから、「かかりつけ医に相談してください。かかりつけ医がない場合はみつけてください」と助言することになるわけです。(大企業などで産業医が常在している場合は、産業医を受診することになります)
尿酸値が高いとなぜいけないのか。その理由はいくつもあるのですが、最も有名なのは「痛風」でしょう。文字通り、風が当たっても痛いとされる痛風発作は強烈であり、深夜に救急車を呼ぶ人も少なくない「のたうち回るほどの痛み」となります。痛み止めがなければ日常生活もままなりません。あんな痛い思いをするならしっかりと薬を飲みます、と一度でも経験のある人は言います。このケースは我々からすると”ラク”です。薬の重要性をそれほど伝えなくても、患者さんの方から薬を求めてくるからです。
では、痛風を起こしたことがなくて、健康診断で初めて高尿酸血症を指摘されたという場合はどうすればいいのでしょうか。谷口医院をかかりつけ医にしている患者さんは「できれば薬を飲みたくない」という人が多く、私自身が「薬は最後の手段です」と言って、簡単には処方しません。実際、「尿酸値が7を超えたので尿酸を下げる薬をください」と言う人はほとんどいません。
一度も痛風を起こしたことがない人の場合、尿酸値が7mg/dLを超えた程度であれば、私自身は原則として薬の処方はおこないません。では、8mg/dLを超えた場合は? 9mg/dLでは、10mg/dLを超えたらさすがに危ないのでは・・・、という疑問が出てきます。医師としては、「あのとき薬を出しておいてくれたらあんな痛い思いをしなくて済んだのに・・・」と患者さんから後から言われることは避けたいものです。
統計学的に血性尿酸値が7.0mg/dLを超えれば痛風を起こしやすくなっていることは分かっています。しかし、これくらいの人は非常に多く、日本人の成人の4人に1人が高尿酸血症と言われることもあります。「いつも7台だけど痛風なんて起こしたことがない」という人は実際に大勢います。ただし、数字が高ければ高いほど痛風を起こしやすいのは事実です。ですから、高尿酸血症を指摘された人、特に9mg/dLを超えた場合は、食生活や生活習慣の改善を早急におこない、再検査をおこなう必要があります。再検査でも目安として9mg/dLを超えるような場合は投薬を検討すべきでしょう。(ガイドライン上は8mg/dL以上で投薬検討とされています) しかし、それほど単純な話ではありません。
痛い、というのは大変分かりやすいですから、高尿酸血症=痛風というのは有名です。しかし高尿酸血症のもたらす弊害はそれだけではありません。高尿酸血症が持続すると、腎臓に障害をもたらし、高血圧や不整脈のリスクにもなりますし、心筋梗塞の危険性が上昇します。心筋梗塞のリスクとしては糖尿病や高脂血症、高血圧、喫煙、大量飲酒、肥満などの方が有名ですが、高尿酸血症もリスクのひとつです。高尿酸血症自体が高血圧のリスクにもなるわけですから、もしも尿酸値が少し高いだけだったとしても、高血圧がある場合は、初期の段階で積極的に薬を使う方がいい場合もあります。
そして、高尿酸血症のある人の多くが、軽度であったとしても、肥満、飲酒、運動不足、喫煙(喫煙は少しでも心筋梗塞の大きなリスクです)、高血圧、高脂血症などを合併しています。もしも、これらが一切なく、尿酸値がわずかに高いという程度であれば、プリン体を含む食品などの注意と水分摂取励行程度で生活指導は終わりで、再検査の説明をするだけです。しかし、多くの場合、他の生活習慣病、あるいはそのリスクがありますから、少々時間をとって現在の問題点を調べていく必要があります。時間をとって話を聞くと、塩分過多、運動不足、飲酒過多などが多くの人にあることが分かります。
つまり、「健診で尿酸値が高いと言われました」という多くのケースにおいて、尿酸値の数字だけをみて済ませるわけにはいかないのです。軽度であっても、他の虚血性心疾患のリスクについても確認して検討することになります。患者さんとしては、「数字がいくらになれば薬を開始すべきか」という質問をしたくなるのは分かりますが、数字だけでは簡単に決めることがないのです。ガイドラインには一応の基準というものがありますが、医師はそのガイドラインを杓子定規的に用いているわけではありません。
薬の選択も簡単ではありません。最近はインターネットなどで得た情報をもとに、「血圧の薬は〇〇〇で、尿酸は△△△を希望します」と”注文”する人もいて驚かされます。たいていは、使用した人の体験談などを読んだという程度で深く考えた上での”注文”ではありません。私の基本的な考えは、「患者さんに病気のことを勉強してもらい知識を増やしてほしい」というものです。ですから、インターネットを使って知識の吸収につとめるのは素晴らしいことだと思います。しかし現実には「体験談」による情報収集が中心の人が多く、偏った考えになってしまっていることが多々あります。
例えば、降圧薬として用いる利尿薬は尿酸値を高めることがあるために使用しにくいのですが、これを知っている人はそれほど多くありません。一方、それを知っていて、尿酸値が高くても使いやすい利尿薬があることまで知っている人がいて驚かされることがあります。しかし、その利尿薬に比較的高頻度で起こる重篤な副作用のことまで考慮してこの薬を「注文」する人となるとほぼ皆無です。「薬の選択はすべて任せてほしい」とまでは言いませんが、初めから「◇◇◇という薬を出してください。他の薬はイヤです」と言われると、治療が上手くいかないケースがあるのです。
話を尿酸に戻します。尿酸値を下げる薬も多数ありますが、歴史の浅い高価な薬を使わなければならないケースはごくわずかで、ほとんどは昔からある安い薬で充分です。1錠10円未満ですから3割負担で3円未満です。太融寺町谷口医院では高尿酸血症の患者さんの98%以上は、この1日3円未満の薬です。副作用は完全にゼロとは言いませんが、かなり安全な薬です。ちなみに、以前、尿酸値を下げる効果のあるサプリメントを飲んでいるという患者さんは1日70円以上と言っていました。しかもほとんど下がっておらず結局、この1錠3円未満の薬に変更しました。すぐに正常値まで下がりました。
ただし、最初の方で述べたようにやはり薬は最後の手段です。尿酸値を下げるには食事と飲酒の見直しが重要です。ネット上などでは反対意見もあるようですが、やはり「プリン体」の摂取を減らすことが不可欠です。ここでは詳しくは述べませんが、節酒は可能な範囲でおこなうべきで、お酒の選択も考えるべきです。プリン体フリーのビールは美味しくないという声は聞きますが、かといって「地ビール」ばかり飲むのは危険です(注1)。
尿酸値を下げたいときに食べ物の選択は簡単ではありません(注2)。一見身体によさそうなものもプリン体を多量に含むものがあるからです。例えば、「ほうれん草のおひたしに鰹節をかけたもの」は身体によさそうですが、高尿酸血症がある人には勧められません。ほうれん草の赤い部分と鰹節がプリン体を高濃度で含むからです。あとは、魚の干物や干し椎茸なども一見身体によさそうですがこれらも高濃度のプリン体を含みます。しかし、こういった和食は糖尿病や中性脂肪が高い人には良いものなのです。そして、先にも述べたように、ややこしいのは、尿酸値が高い人のいくらかは中性脂肪や血糖値も高いのです。じゃあ、いったい何を食べればいいんだ!と言いたくなります。そうなのです。どのようなものを食べるべきなのかというのは思いのほかむつかしいのです。医師や看護師、栄養士と相談して少しずつ食事を見直していかねばなりません。
高尿酸血症を含め生活習慣病を改善させる食事というのは地味な努力が不可欠であり、「これを食べればOK、これさえ食べなければOK」という単純なものではないというわけです。
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注1:公益財団法人「通風財団」のウェブサイトで公開されている「アルコール飲料中のプリン体含有量」を参照ください。地ビールがいかに高プリン体かがわかります。
http://www.tufu.or.jp/gout/gout4/73.html
注2:「通風財団」のウェブサイトで公開されている「食品中のプリン体含有量」を参照ください。
http://www.tufu.or.jp/pdf/purine_food.pdf
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|2016年5月13日 金曜日
2016年5月13日 「味の素」で大腸がんの予防
先月の「はやりの病気」で、AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)が発表した「大腸がんの半数を減らすことのできる6つの習慣」を紹介しました(注1)。その6つをざっと振り返ると、①太らない、②運動する、③食物繊維を摂る、④加工肉NG、⑤アルコール控える、⑥ニンニクたっぷり、です。
今回お伝えしたいのは、「グルタミン酸が大腸がんの予防になる」とする研究で、医学誌『Cancer』2016年3月15日号(オンライン版)に掲載されています(注2)。
この研究の対象者は「ロッテルダム・スタディ」と呼ばれる疫学調査に参加した55歳以上のオランダ人5,362人で、調査開始は1990年です。調査期間中242人が大腸がんを発症しています。分析の結果、調査開始時のグルタミン酸摂取量と大腸がんの発症には相関関係があることがわかりました。つまり、グルタミン酸を多く摂っていれば、大腸がんのリスクが減らせるというわけです。
総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合が1%増加すれば相対リスクが0.78に、つまり発症のリスクを22%下げることができるとされています。さらに、この傾向は体重によって異なるようです。BMIが25以下、つまり適正体重であれば相対リスクが0.58で、これは42%もリスクが減るということを意味します。
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太っていればグルタミン酸の効果が減るというのは、AICRの「6つの習慣」のひとつでもある、上記①太らない、と関係があるのかもしれません。つまり太っていることによるリスクがグルタミン酸の効果を差し引くということです。
適正体重であればグルタミン酸摂取で大腸がんの相対リスクが0.58になるというのは、センセーショナルな結果であり、世界中で取り上げられてもいいと思うのですが、今ひとつ話題になっていません。私の分析では、この理由は以下の3つです。
(1)オランダという比較的小さな国での研究である。(これが米・英、あるいは日本ならもっと大きく取り上げられたかもしれません)
(2)「総蛋白摂取量に占めるグルタミン酸の割合」というものがそんなに簡単に計測できるのか、という疑問がある。(私自身も、この計測の正確さに疑問を持っています)
(3)グルタミン酸の有害性を指摘する声もある
ところで、我々日本人が「グルタミン酸」と聞いてまず思い出すのが「味の素」です。というより、この論文を読めばほとんどの日本人が「じゃあ、味の素をしっかり摂ればいいのだろうか」と思うでしょう。
私は個人的には「味の素は健康に寄与できる」ということがもっと強調されてもいいと感じているのですが、味の素株式会社はその点で消極的なようです。少なくとも味の素を効果的に使うことによって、塩分摂取を大幅に減らすことが可能です。さらに大腸がんの予防効果があるとなると、PRしないのはもったいないという気がするのですが・・・。
私の推測ですが、上記(3)、つまり、グルタミン酸≒味の素の有害性を強調する声があるために、あまり味の素の良さが味の素株式会社からもアピールされないのではないかという気がしています。どのようなものも摂取しすぎるのは良くありませんが、私の経験上、少なくともタイ、マレーシア、インドネシアといった東南アジアの人たちに比べると日本人の味の素の摂取量がかなり少ないのは間違いありません。以前タイのある地域で、ソムタム(タイのパパイヤサラダ)をつくっているのを見たとき、味の素をあまりにも大量に入れているのを見て驚いたことがあります(注3)。一皿に大さじ2~3杯は入れられていました。ちなみに、タイでも味の素は「アジノモト」と呼ばれています。
グルタミン酸≒味の素の有害性については過去に指摘されたことがありますが、現在は少なくとも信憑性の高い否定的なデータはほとんどありません。もしも味の素が健康を害するものなら、日本より摂取量が多いと思われるタイを初めとする東南アジアで何らかの被害が生じると思うのですが、そういう話も聞きません。現在WHOはグルタミン酸の上限を設けておらず安全なものとしていますから、私自身はそれほど過敏になる必要はなく、美味しいと思える範囲でどんどん摂取すればいいと思っています。ただ、どのようなものも摂りすぎには注意する必要がありますが(注4)。
注1:下記を参照ください。
はやりの病気第152回(2016年4月)「大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン」
注2:この論文のタイトルは「Baseline dietary glutamic acid intake and the risk of colorectal cancer: The Rotterdam study」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/cncr.29862/abstract
注3:詳しくは下記を参照ください。
マンスリーレポート2013年8月号「この夏の暑さと塩と味の素」
注4:味の素も多量に摂りすぎると中毒症状を呈することがあります。「味の素中毒」(中華料理店症候群)については下記を参照ください。
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|2016年5月10日 火曜日
2016年5月 恥ずべき日本人~海外でやってはいけないこと~
過去3回にわたり、我々日本人が外国人、特にアジア人と上手くやっていくにはどのようにすべきかということを、私の実体験をまじえながらお話してきました。最大のポイントは「どこの国にも良い人もいれば悪い人もいる」ことを認識し、「〇〇人は・・・」といった先入観を持たないようにすること、です。
外国人シリーズはこの3回で終了にしようと当初考えていたのですが、3月にタイからとんでもないニュースが入ってきました。これは大変大きな問題であり、国をあげて・・・、とまではいかなくても日本人全体できちんと議論すべきだと私は考えているのですが、日本のマスコミはほとんど報道しませんでした。そこで、今回はこの事件をおさらいして日本人の海外でのあるべき姿について考えてみたいと思います。我々日本人はよく、中国人は・・・、韓国人は・・・、といったことを言いますが、外国人も「日本人は・・・」という会話をしています。そして、それが否定的なことも、特に最近は少なくないのです。
2016年3月5日、タイのホアヒンのビーチで約30人の若い男性が全裸で円陣を組み大声を出し、公然わいせつの現行犯で逮捕されました。タイ警察は全員をブラックリストに載せました。
ホアヒンというのはタイ中部に位置するプラチュワップキーリーカン県にある海岸沿いの郡です。なぜこのようなあまり有名でない県にあるひとつの郡が有名かというと、ホアヒンは王室の保養地だからです。プーケットやサムイ島などと比べると、ビーチはそれほどきれいとはいえないものの、静かで落ち着ける、まさに「保養地」といった感じです。
王室の保養地だけあって安くはありませんが、ビーチの前に建てられたホテルは人気があり国内外から大勢の観光客がやってきます。そんな人気のホテルのひとつが「インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート」。ホテル内のレストランで夜の海や砂浜を眺めながらディナーを楽しむことができます。
少し話しはそれますが、ここで私の個人的な経験を述べておきます。私は過去に一度だけホアヒンに行ったことがあります。タイでは計画どおりに事が運ばないことが多く、たしか2006年に1週間ほどタイに滞在していたとき、丸1日時間があきました。そこで、バンコクの宿をチェックアウトしてバスターミナルを目指し、一度訪れてみたかったホアヒン行きのバスに飛び乗ったのです。
バスは3時間程度で到着し、まず宿を探しました。安いゲストハウスのようなところはあまりなく、また、せっかくホアヒンという土地に来ているのだから少しくらい贅沢しようと考え、ホテルの予算を1,500バーツ(約4,500円)まであげました。たしか「インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート」も見に行った記憶があるのですが予算オーバーで断念。サムロー(三輪タクシー、トゥクトゥクの自転車版)の運転手に相談すると、いいところがあると言われ少し離れたホテルに連れて行かれました。
そのホテルは市街地からは少し遠いのですが、ほとんど誰もいないビーチの前にあり、なかなかきれいなところで価格も予算内。ここに決まりです。
その日の私の時間は夢のような世界でした。夕方は静かなビーチでのんびり過ごし、夜には街の方に行ってみました。すると、たまたま地元のお祭りの最中で、バンコクやチェンマイとは異なる賑わいを体験できました。夜店のひとつに軍が運営している射撃場があり、夜店でありながらなんと本物の拳銃を撃たせてくれるのです。しかも50バーツ(約150円)という安さ。バンコクでも射撃場はありますが価格は1万円以上と聞きます。射撃と買い物と食事を楽しみ、その後は部屋から夜の海の眺めを満喫しました。翌朝、早起きし静かなビーチに行くと貝を捕っているお婆さんがひとりだけ。そのお婆さんに笑顔で話しかけられ、言葉はよく聞き取れなかったのですが、ひとつの貝殻をもらいました。その貝殻のおかげでその後の人生が好転・・・、といったうまい話はありませんでしたが、その後私はしばらくその貝殻をかばんに入れていました。
話を戻しましょう。
2016年3月5日の夜、インペリアル・ホアヒン・ビーチリゾート内のレストランで食事をしていたタイ人女性はビーチの異様な光景を目にしました。砂浜で全裸になった約30人の男性が円陣をくみ大声を出しています。このような非常識な行動をとるのは中国人に違いないと考えたそのタイ人は写真を撮り「中国人の醜態」としてツイッターに投稿しました(注1)。2日で1万回以上リツイートされたこの写真はタイ全土で大きな問題となり、ただでさえ評判のよくない中国人の信用を地に落としました。
しかし、彼らは中国人ではなく日本人であったことが判明しました。このため件のタイ人女性は中国人への謝罪文を投稿したそうです。写真をみると、裸の若い男性達が肩を組んでいます。3月という季節を考えると大学生の卒業旅行かと思いきや、なんと社員旅行とのこと。まともな会社なら、30人のうち誰かひとりくらい、「これは非常識じゃないのか」という疑問を持ってもよさそうなものですが、これが日本人の実態なのです。
外国にきて、しかも王室の保養地で全裸で騒ぐ・・・。これがどれだけ失礼なことか。もしも伊勢神宮の境内で外国人が同じことをすれば我々日本人はどう感じるでしょう。それと同じ罪をこの日本人達は犯したわけです。
私はいわゆる「左翼思想」を持っているわけではありませんし「自虐史観」もありません。しかし、日本人の海外での振る舞いに辟易とさせられることは少なくなく、年々増えているような気がします。10年くらい前までは、タイの、特に地方に行けば「コボリ、コボリ」と呼ばれ(注2)、日本人というだけで無条件の歓迎を受けることもありましたが、最近はそのような話もほとんど聞きません。それどころか、私自身がタイにいる日本人に嫌悪感を持つことも増えています。下記はすべて私自身が見た例です。
・バンコクのある銀行。Tシャツ、短パン、ビーチサンダルでガムを咬みながら二人の日本人中年男性が入ってきて(ビジネス街のため他の客はすべてスーツ姿)、大声でタイ人の悪口を言い、受付の女性に横柄な態度。パスポート提示を求められると投げるように渡した。
・BTS(モノレール)内。30代の日本人男性3人が「昨日のオンナは2千バーツで最高・・・」など明らかな買春自慢。こういう人たちは、周囲に日本人もしくは日本語のわかる外国人がいるとは考えないのか。
・チェンマイのある食堂。日本人のおそらくロングステイヤーと思われる高齢男性二人が大声でののしり合う。周りのタイ人から奇異な目で見られていてもおかまいなし・・・。その男性達がそれぞれ連れている自分の孫ほどの年齢の若い女性も完全にひいているのに気づかないのか。ちなみに女性と高齢男性のカップルは双方ともコミュニケーションがほとんど成立していない。男性たちは日本語しかできず明らかにカネのみの関係(注3)。
・バンコク、スクンビット通りのある交差点。日本人の泥酔した集団が万歳三唱と一本締め。これ、外国人からはかなりの顰蹙なのにそれに気づかないのか。
これ以外にもタイではいろいろとありますし、タイ以外の国でも恥ずかしいと感じることがあります。つまらない正論は言いたくありませんが、海外に行けば「その国に滞在させてもらっている」という謙虚な気持ちを持つことが必要です。これは、もしも日本にやって来た外国人が、母国の慣習や文化を押しつけようとすれば我々がどのような気持ちになるかを考えれば分かることです。
日本人であるというだけで海外で歓迎されればこれはとてもありがたいことです。タイではその信用が失われつつあります。東日本大震災のとき、そして今回の熊本の地震のときも、多くの外国人は日本を応援してくれていますし、争いもなく協力して助け合っている我々の姿に対し賞賛と感動の眼差しを送ってくれています。その眼差しを裏切らないためにも我々は海外での自分たちの行動を反省すべきではないでしょうか。
注1(2021年7月3日修正):日本人が集団逮捕されブラックリストに掲載されたという新聞記事(タイ語)があり、ツイッターに投稿された写真も載せられていました。また、英語での報道記事もありましたが、現在はいずれもURLが削除されています。
注2:最も有名な日本人として今も「コボリ」を挙げるタイ人は少なくありません。タイでは何度も映画化されている『クー・カム』(日本語は『メナムの残照』)という小説の主人公の日本人男性が「コボリ」だからです。
注3:北タイの恥ずべきロングステイヤーについて、過去にコラムを書いたことがあります。下記も参照ください。
GINAと共に第75回(2012年9月)「恥ずべき北タイのロングステイヤー達」
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|2016年5月6日 金曜日
2016年5月6日 怒りやすいのは寄生虫が原因の可能性
些細なことですぐに怒り出す人はどこの社会にもいますから、文化の違いはあるにせよ、「そういった人もいての世の中」と考える必要があります。ただし、怒りの程度が一線を越えてしまえば「病気」と認識すべきです。
ちょっとしたことで突然声を荒げ、暴力的行為を働き、実際に他人に損傷を負わせる、あるいは他人のモノを壊す、となれば、それが10分程度で治まったとしてもやはり「病気」であり治療の対象となります。(必ずしも治療は上手くいきませんが)
すぐに怒り出す(すぐにキレる)というエピソードは、いくつかの精神疾患、例えば、パーソナリティ障害(特に、反社会性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害)、統合失調症、躁病、ADHD(注意欠陥多動性障害)などでも起こりえます。しかし、これら疾患では説明がつかない、より重症の「すぐに怒る病気」があり、「間欠性爆発性障害(以下IED)」と呼ばれています。
IEDはこれまで、脳の疾患であるとする説が有力で、実際に脳MRIを撮影すると異状が認められるとする報告もあります(注1)。今回新たに報告されたものは従来の説を根底から覆すもので、その原因は感染症とされています。
医学誌『The Journal of Clinical Psychiatry』2016年3月23日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によれば、IEDの原因はトキソプラズマという原虫です。
研究の対象者は成人358人。IEDの診断がついているグループ、IED以外の精神疾患を持つグループ、精神疾患のないグループの3つのグループに分け、トキソプラズマ抗体(IgG抗体)が調べられています。抗体陽性率は、IEDグループで22%、他の精神疾患グループで16%、精神疾患のないグループで9%だったそうです。また、トキソプラズマ抗体の陽性者と陰性者を比べると、陽性者の「怒り・攻撃性のスコア」は有意に高かったそうです。
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トキソプラズマといえばAIDS患者に発症するものと一般には思われており、実際免疫能が低下した場合に感染し発症します。ネコの糞から感染するのが一般的な感染ルートです。症状としては、発熱、リンパ節腫脹、肝機能異常などが主で、重症化すると、筋炎、肺炎、網脈絡膜炎(目の炎症)、さらに重症化すると全身の多臓器不全をおこします。また、妊娠中に初感染すれば(HIV感染に関係なく)、胎盤を介して胎児に感染することがあります。すると胎内死亡、流産・早・死産が生じやすくなり、出生すると、脳内石灰化、水頭症(小頭症)、網脈絡膜炎、精神・運動発達遅滞などをきたします。妊娠するとネコに注意、と言われるのはトキソプラズマの初感染を防ぐためです。(すでに感染したことのある人は気にする必要はありません)
さて、この研究はトキソプラズマでIEDのすべての説明がつくわけではありません。それに、先にも述べたように、怒りというのは誰にでも起こりうる反応ですから、怒りっぽい性格の人全員が検査をする必要はもちろんありません。ただ、以前と性格が変わってしまい、些細なことで周囲を驚かせるくらいに怒ってしまうという人はかかりつけ医に相談してもいいかもしれません。
注1:この論文は医学誌『Biological Psychiatry』2016年1月号(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「Frontolimbic Morphometric Abnormalities in Intermittent Explosive Disorder and Aggression」。下記URLで概要を読むことができます。
http://www.biologicalpsychiatrycnni.org/article/S2451-9022%2815%2900007-5/abstract
注2:この論文のタイトルは「Toxoplasma gondii Infection: Relationship With Aggression in Psychiatric Subjects」で、下記URLで全文を読むことができます。(全文が読めるのは一定期間内となる可能性もあります)
http://www.psychiatrist.com/JCP/article/Pages/2016/v77n03/v77n0313.aspx
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|2016年4月27日 水曜日
2016年4月27日 ダイエットには充分なタンパク質を
最近、水が最強のダイエット飲料であるという情報を紹介しました(注1)。これは、ほとんどコストゼロでできる簡単で(度を超さなければ)安全なダイエット法であり、体重が気になる人はすぐにでも実践すべきでしょう。今回お伝えするのも、比較的簡単にできて、しかも苦痛を伴わない方法です。
タンパク質の豊富な食事は満腹感を早くに得られる・・・
医学誌『Journal of the Academy of Nutrition and Dietetics』2016年3月3日号(オンライン版)にこのような研究結果が報告されています(注2)。
この研究は、米国インディアナ州Purdue大学のRichard D. Mattes氏らによっておこなわれました。研究の方法は、新たに被験者を募ったわけではなく、これまでに発表されている多くの論文を総合的に解析するというものです。(これをメタ解析と呼びます)
結果、タンパク質を豊富に取れば、タンパク質が少ないときよりも満腹感が早く得られることが分かったそうです。この理由について、研究者は、タンパク質がいわゆる「満腹ホルモン」の分泌を促しているのではないかと推測しています。どのくらいのタンパク質を摂取すれば満腹感を得られるのかについては、はっきりと言及していません。
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体重が気になる人がいればすぐにでも試してみるべきかもしれません。水が有効という研究もあるわけですから、食事前にまず水を飲み、その後野菜のみならずタンパク質も積極的に摂るようにして、満腹ホルモンの分泌が終わってから、少量の脂肪、最後に少量の炭水化物という流れがダイエットには理想ということになります。
注1:下記を参照ください。
医療ニュース2016年4月4日「最強のダイエット飲料は「普通の水」」
注2:この論文のタイトルは「The Effects of Increased Protein Intake on Fullness: A Meta-Analysis and Its Limitations」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.andjrnl.org/article/S2212-2672%2816%2900042-3/abstract
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|2016年4月26日 火曜日
2016年4月26日 睡眠不足で食欲亢進はカンナビノイドが原因
睡眠時間が短いとダイエットの効果が乏しくなるという研究を以前お伝えしたことがあります(注1)。この研究は、同じ食事量でも睡眠不足があるとやせにくい、とするものです。そして、睡眠不足がダイエットに不向きな理由はまだあります。睡眠時間が短いと食欲が亢進することを実感したことのある人は多いのではないでしょうか。今回お伝えしたい研究はそのメカニズム解明につながるかもしれない興味深いものです。
睡眠不足になるとカンナビノイドが増加する・・・
カンナビノイドと聞いて分からないという人もいるかもしれませんが、これは誰もが知っている物質です。それは「大麻」です。多幸感をもたらす大麻の成分がカンナビノイドなのです。(正確にはカンナビノイドにもいくつかの種類があり、多幸感と無縁のものがありますがここではその説明に踏み込みません)
大麻は日本では今も違法であり、世界各国でも前世紀までは一部の国と地域を除いて違法でしたが、ここ10年くらいで合法とする国が一気に増えました。南米、ヨーロッパでは多くの国が合法になり、アメリカでもいくつかの州ですでに合法です。また、日本を含む違法の国であっても入手するのはそうむつかしくありませんから、興味本位で試したことがあるという人もいるでしょう。大麻には依存性もありますし(大麻推進派は「ない」と言いますが、ないわけではありません)、副作用も少なくありませんから安易に手を出すべきではないと私は考えています。そして大麻フリークの人たちも「これだけは困る・・・」と口をそろえて言う”副作用”があります。それが「食欲亢進」です。
今回紹介する研究は米国シカゴ大学が運営している『SCIENCE Life』と名前のウェブサイト(注2)に報告されています。
この研究の対象者は20代の健常なボランティア男女14人です。最初の4日間は8.5時間、残りの4日間は4.5時間の睡眠時間が与えられました。(実際の平均睡眠時間は7.5時間と4.2時間) 全日程において1日3食の食事が与えられ、定期的な血液検査がおこなわれました。
結果、睡眠時間が短ければ、血中カンナビノイド値が、充分な睡眠時間のときに比べて33%も上昇していました。さらに、睡眠時間が充分なときは、血中カンナビノイドは昼食後にピークとなり、その後次第に下降していくのですが、睡眠不足があれば、血中カンナビノイド値の立ち上がりが遅く、午後の遅い時間から上昇し、夕方から夜遅い時間まで高値を維持したままであることが分かりました。
そして、実際に血中カンナビノイドが高いままの睡眠不足になると、空腹を訴え続け、差し出されたスナック菓子を、睡眠時間が充分なときに比べ2倍近い量を食べたそうです。そして、カロリー摂取量は睡眠時間が充分なときに比べ50%も上昇し、摂取脂肪量にいたっては2倍にもなったそうです。
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睡眠不足があれば、同じカロリー摂取であっても太りやすいだけでなく、食欲が大幅に亢進するというわけです。
現在、日本でも大麻を解禁すべきという意見が増えてきているようですが、太ることに敏感な日本人の性格を考えると、太るなら大麻なんていらない、という声が上がり、意外にも世論が「大麻解禁反対」となるかもしれません。
それにしても多幸感をもたらすカンビノイドが体内で合成されるというのは興味深いと言えます。ヘロイン(麻薬)やメタンフェタミン(覚醒剤)も、なぜ多幸感や興奮をもたらすかというと、これらに似た物質が体内でつくられるからです。ならば、いわば天然の大麻、麻薬、覚醒剤などを思いのままに脳内で作り出せることができれば随分精神状態が安定するのではないか、というのは私が長年考えていることです。いずれ、このことについても詳しく述べたいと思います。
注1:はやりの病気第139回(2015年3月)「不眠症の克服~「早起き早寝」と眠れない職業トップ3~」の中で紹介しています。
注2:このレポートのタイトルは「Sleep loss boosts hunger and unhealthy food choices」で、下記URLで読むことができます。
https://sciencelife.uchospitals.edu/2016/02/29/sleep-loss-boosts-hunger-and-unhealthy-food-choices/
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|2016年4月25日 月曜日
2016年4月25日 ノロウイルスの有効な予防法
毎年冬から春にかけてノロウイルスを代表とする感染性胃腸炎(注1)が流行します。ノロウイルスには一応は周期があるとされており、たしかに統計学的な数字をみれば流行したのは2002年、2006年、2010年と規則性があるように見受けられます。しかし、私の実感としては少なくともここ数年間は「数年毎の流行」ではなく、「毎年の流行」のような印象があります。
なぜノロウイルスがやっかいなのか。それは感染力が非常に強く、通常のアルコール消毒では効果が不十分だからです。ただし、アルコールがまったく無効というわけではありません。しかし、アルコールはまったく無効と考えている人が(医療者の中にも)います。実は、アルコールの効果に対する考え方は少しずつ変わってきており、厚労省の正式な文章でも表現が改訂されています。また、ノロウイルスに対して有効と思われる新しい消毒液が発売されましたので、これについても紹介したいと思います。
2004年2月4日に厚労省が発表した「ノロウイルスに関するQ&A」(注2)には、「ノロウイルスの失活化には、エタノールや逆性石鹸はあまり効果がありません。ノロウイルスを完全に失活化する方法には、次亜塩素酸ナトリウム、加熱があります」と書かれています。これを素直に読めば、アルコール(エタノール)は使うべきでなく、ノロウイルスの対策には化学薬品としては次亜塩素酸ナトリウム以外にはない、となります。
このQ&Aは2015年6月30日に改訂(注3)されました。消毒については「一般的な感染症対策として、消毒用エタノールや逆性石鹸(塩化ベンザルコニウム)が用いられることがありますが、ノロウイルスを完全に失活化する方法としては、次亜塩素酸ナトリウムや加熱による処理があります」、とされています。「(エタノールには)あまり効果がありません」という文言が消えています。
2004年の表現と2015年の改訂文書は似ているようにみえるかもしれませんが全く異なります。先に述べたように2004年の文書では「アルコールは効果なし」と読めるのに対し、2015年版では「アルコールは完璧ではないですが使うべきです」と解釈できるからです。
実は、アルコールに対する効果が過小評価されていないか、ということは以前からしばしば指摘されていました。実際には、アルコールはノロウイルスにもある程度は有効です(注4)。ノロウイルスの予防に最も有効なのは「徹底的な手洗い」です。石けんについては、他のウイルスほど有効ではありません。一般に、エンベロープといって”殻”のようなものを持つタイプのウイルス(インフルエンザウイルスやHIVが代表です)には石けんは有効ですが、エンベロープを持たないタイプのウイルスは効果が劣ります。しかし石けんはアブラを落とすのが得意ですから、アブラに付着したノロウイルスを洗い流すことはできます。ですから石けんは効果が不十分とはいえ使った方がいいのです。
アルコールに話を戻すと、病原体の予防を考えたとき、(特に日本人は)「完璧さ」を求めます。このため、「アルコールで完全に死滅させることができないならもっと強力なものはないのか」と考えたくなります。そして、その「もっと強力なもの」が次亜塩素酸ナトリウムです。実際、次亜塩素酸ナトリウムであれば、ほとんどすべての微生物を完璧に防ぐことができます。
しかし、欠点もあります。まず刺激が強すぎて皮膚に直接付けることができず手洗いには使えません。金属に塗布すると腐食するという欠点もあります。木材や有機物と接触すると消毒のパワーが減弱することも指摘されています。このため、木製の椅子や手すりなどの消毒には不十分となる可能性があります。パルプを原料とした紙も同様で、以前は、嘔吐物に新聞を載せてその上から次亜塩素酸ナトリウムをかけることが推薦されていましたが、最近はこの方法を疑問視する声もあります。
最近、ノロウイルスを効果的に予防することのできる改良型の消毒薬が相次いで登場してきています。価格が高いことなどもあり、現時点ではまだそれほど普及していませんが、医療機関のみならず一般企業や家庭でも今後使われるようになっていくかもしれません。下記はその一例です。
〇ルビスタ(R)(キョーリンメディカルサプライ社)
http://www.rubysta.jp/
〇ラビショット(健栄製薬株式会社)
http://www.kenei-pharm.com/medical/344/
〇ザルクリーン (健栄製薬株式会社)
http://www.kenei-pharm.com/medical/336/
******************
注1:ノロウイルスに感染しているかどうか調べてほしい、という要望がときどきありますが、原則として成人の場合は保険適用もなく現実的ではありません。ノロウイルスは成人であればほとんどのケースで入院は不要ですし、そもそも特効薬がありませんから、検査することにあまり意味がありません。一方、小児や高齢者で入院が必要になる場合は院内感染のリスク管理の意味もあり検査がおこなわれることが多いといえます。
注2:下記URLを参照ください。
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/dl/040204-1.pdf
注3:下記URLを参照ください。
注4:消毒に用いるアルコールには「エタノール」と「イソプロピルアルコール」があります。ノロウイルスを含むエンベロープを持たないウイルスにはイソプロピルアルコールでは有効性が乏しいため、エタノールを用いるべきです。
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|2016年4月22日 金曜日
第159回(2016年4月) 医師の不祥事と悲しきジャーナリズム
最近、医師の不祥事が立て続けに報道されています。ここ2~3ヶ月で報道されたもので主なものを並べてみます。まずはわいせつ事件から。
2016年2月10日、当時15歳の女子生徒の裸を撮影したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反で高知県の60代男性医師が逮捕。この医師は、同じ女子生徒にわいせつ行為をおこない1月21日にも逮捕されていましたから2月は再逮捕ということになります。
2月24日、術後で抵抗できない女性の胸などを触ったとして準強制わいせつ罪で神戸市の40代男性医師が起訴。翌日の25日、女子高生2人を買春した疑いで大分市の20代医師が逮捕。
15歳の女子生徒に・・、術後の抵抗できない女性に・・、といったことは到底考えられないようなことですが、逮捕や起訴が実際におこなわれているのですからこれらは事実なのでしょう。次はわいせつ以外の事件をみていきます。
2月10日、診療報酬の架空請求で3千万円をだまし取った奈良市の50代の医師が懲役3年6ヶ月の判決。同日、女性研修医のメールのIDを不正に入手し無断でアクセス、女性研修医に成り済まして男性にメールを送り、その返信に添付された男性のみだらな写真を病院内のトイレに置いたとする名誉毀損の罪などで、北海道の32歳医師が有罪判決。
2月12日、覚醒剤取締法違反で広島県呉市の病院長50代男性が現行犯逮捕。2月17日、20代女性と女子高生の2人を連続ひき逃げし過失傷害と道交法違反で浜松市の50代医師が逮捕。2月20日、酒に酔い救急隊員を殴り公務執行妨害で大阪府枚方市の40代男性医師が逮捕。2月22日、同僚医師の金を盗み窃盗の疑いで広島市の30代男性医師が逮捕。2月26日、宮崎大学医学部の医師がインサイダー取引で懲戒処分。3月31日、中国から危険ドラッグを輸入し東京税関が東京都の60代の医師を東京地検に告発・・・。
地方紙まで検索すればまだまだ出てくるかもしれません。こういった記事を立て続けに見ると、「医師はいったい何をやってるんだ!」と憤りを感じる人も多いでしょうし、これだけ次々に出てくるなら、報道されているのは氷山の一角じゃないのか、と感じる人もいるかもしれません。しかし、実際にはこのような医師は私の周囲にはいませんし、噂としてもこういった話はめったに聞きません。信じがたいという人もいるかもしれませんが、大半の医師は高い人格を有しています。
一方で、医師に同情的というか、”たかだか”道交法違反やインサイダー取引で報道するのはいくら医師だからといって気の毒ではないかという意見もあります。「医師も人間だから・・・」という人もいます。たしかに、先に紹介した事例でいえば、一般の会社員であれば、報道されていないであろう、もしくは報道されたとしても実名までは出ないだろう、と思われるケースがほとんどです。ネット社会のこの時代、いったん実名がネット上に出回ればそれを消すことは容易ではありません。彼らが今後医師としてやっていくのは極めて困難です。
当事者の医師たちはマスコミを憎悪しているかもしれません。しかし、マスコミも善悪の判断はしているはずです。一般の会社員であれば報道しないことも、公人であれば報道するのがマスコミの使命です。先に挙げた犯罪が政治家によるものであったとすれば、間違いなく報道されるはずです。医師は政治家のような純粋な「公人」とは呼べないかもしれませんが、国民から徴収される税金と保険料が収入の元になっているわけですし、ヒポクラテスの誓いなどを持ち出すまでもなく高い倫理感を持たねばならない職種ですから、マスコミが厳しく報道することに私は異論ありません。
しかし、です。マスコミの報道が完全に「公平」かと言えば、そうではないと思います。私が感じる「過小報道」と「過大報道」について述べてみたいと思います。
まずは「過小報道」から。あえて先には述べませんでしたが、ここ数ヶ月でマスコミが最も取り上げたのが、診療報酬詐取で3月9日に逮捕された東京都の30代女性タレント医師でしょう。すべてのマスコミが厳しく報道し、ネット上でも彼女を擁護する意見は皆無と聞きます。医師専用の掲示板でも少し話題になっていましたが、軽蔑するような意見のみです。医師の間では議論する価値すらないと思われているようです。悪質犯罪者は二度と医療現場に顔を出さないでくれ、で終わりです。同情の声は一切ありません。
私が「過小報道」と考えているのはこの事例ではありません。同時期に京都で発生したとんでもない事件のことです。この事件は非常に悪質であり、しかも犯人が医師ですから、それなりには注目されたのですが、東京の女性医師に関連した報道ばかりが目立ち、結果として京都の医師はあまり取り上げられませんでした。この事件をここで振り返っておきます。
2015年末、40代の京都の男性医師が速度違反で摘発されました。この医師は運転免許証を携帯しておらず身分証明として住基カードやパスポートを提示し、そこにはこの男性医師の顔写真が貼付されていました。これらの身分証明書が偽造されたものであることが後に発覚します。なんと自分が診ている患者の名前で偽造していたのです。京都府警は2016年1月13日、この男性医師を有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕しました。
自分の患者の名前を使って住基カードやパスポートを偽造・・・。にわかには、というよりもどれだけ熟考しても理解できません。ある意味では、東京の女性医師の、カネとオトコに目がくらんで・・・、の方がまだ理解しやすいかもしれません。続きがまだあります。この男性医師は、偽造パスポートを用いて実際に海外に渡航したことがその後の捜査によって判明しました。偽造パスポートで海外渡航したということは、入国先で何らかの犯罪行為に手を染めるのが前提なのでしょう。
さらに、複数の患者名義で住基カードをつくり、なんと金融機関の口座を開設、しかも見つかった通帳が70点にも上ると言いますから驚きを通り越して何と言えばいいのかわかりません。この事件はもっと大きく報道し、警察の捜査では見つからなかった被害者がいないかどうかの呼びかけをマスコミに担ってほしかった、東京の女性医師の事件よりも悪質ではないのか、というのが私の意見です。
次は「過大報道」です。「報道の自由」がありますから、京都の医師のように私が「過小報道」ではないのか、と言ったところで説得力はありません。マスコミには何を報道するかを決める自由と権利があります。しかし、過大報道はどうでしょう。そのせいで、容疑者が不当に不利益を被ったとすればどうでしょうか。社会にはマスコミのいきすぎた報道のせいでその後の人生が大きく変わってしまった人は少なくありません。
2016年3月30日、京都府警は、強制わいせつの容疑で70代の男性医師を逮捕しました。この医師は自身の病気で京都市内の病院に入院しており、心電図の装置を取り付けようとしていた(ナースコールで呼び出したとする報道もあります)20代の看護師に抱きつきキスをしたそうです。
個室での強制わいせつですから、被害者からの訴えがあったのだと思われます。もちろん被害者及びその家族は大変辛い思いをしたに違いありません。ですから警察に届けるのは正当な行為ですし、被害届を受理した警察が捜査して逮捕するのは当然のことです。
しかし、です。これをマスコミが報道するのは問題があります。最初に述べた複数のわいせつ事件とどう違うのか、と思う人もいるでしょう。しかしこの事件は事の本質がまったく異なります。報道によれば、逮捕された70代の男性は、公立の大学病院の元病院長です。学歴や経歴と犯罪には関係がありませんが、この医師が「正常な思考状態」であれば、まず間違いなくこのような犯罪はおこないません。では、なぜこのような奇行に出たのか・・・。おそらく認知症があるからです。そしてその認知症は前頭側頭型認知症(FTD)と呼ばれる理性のコントロールが効かなくなるタイプのものだと思われます。報道だけでは断定できませんが、私はその可能性が極めて強いとみています。
もちろん認知症があれば何もかも許されるわけではありません。被害者もいるわけですから法律に基づいた処罰を受けねばなりません。しかし、報道はどうでしょうか。この事件は、「元病院長が強制わいせつ!被害者は20代の看護師!」で充分話題になり、ゴシップとしては面白いのでしょう。しかし、読者の興味を引くことだけを考えていればそれでいいのでしょうか。
医師は一般の会社員よりも厳しく報道されるべきだとは思います。しかし、ときには加熱しすぎていないかどうか、マスコミの方々に検討いただきたいものです。
参考:メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」
第38回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!①」
第39回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!②」
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|2016年4月18日 月曜日
第152回(2016年4月) 大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン
国民の2人に1人ががんに罹患し、3人に1人ががんで死亡する時代と言われ久しくなります。がんを臓器別にみてみると、2013年のデータでは、男性は罹患者数が最も多いのが大腸がん、2位は胃がん、以下前立腺がん、肺がんと続きます。女性は最多が乳がん、2位は大腸がん、以下肺がん、胃がんです。男女合わせた全体では大腸がんが1位です。前年までは大腸がんは胃がんに次いで2位であり、2013年になって初めて、男性、男女合わせた全体で最多になりました。
胃がんはヘリコバクター・ピロリ菌を除菌することで大部分を予防することができます。乳がんは、定期検診の有効性が認められており、厚労省も40歳以上に勧めています。しかし乳がんの検診というのは早期発見して死亡を防ぐことが目的であり、発症自体を防ぐ予防法は確立していません。(アンジェリーナ・ジョリーのように遺伝的素因がある場合は「発症前の乳房切除」という選択肢もありますがこれは例外でしょう)
大腸がんの場合は、早期発見する方法としては定期的な大腸ファイバー(大腸カメラ)という方法がありますが検査自体が大変です。便潜血反応をみる検査は簡単にできますから40歳以上になればおこなうよう厚労省も推薦しています。しかし、完全に早期発見できるわけではありませんし、発症の「予防」になるわけではありません。
がんについては「早期発見」が重要ですが、できれば発症そのものを防ぎたいものです。AICR(米国がん研究協会、American Institute for Cancer Research)は、2016年3月1日、「6つの習慣を実践することにより大腸がんの半数を減らすことができる」というタイトルの発表をおこないました(注1)。その「6つの習慣」とは以下の通りです。
1. 健康体重を維持し、腹部の脂肪量をコントロールする
腹部の脂肪は、体重にかかわらず(たとえやせていたとしても)大腸がんのリスクになることが判っています。
2. 定期的に運動をおこなう
家の掃除でもランニングでも、日常でおこなえる運動にはさまざまなものがあります。重要なのは「定期的に」です。
3.食物繊維を積極的に摂る
1日あたり食物繊維10グラム(豆であれば1カップ弱)を摂れば、大腸がんのリスクが10%低下します。
4.赤肉の摂取量を減らし、加工肉を避ける
ホットドッグ、ベーコン、ソーセージなどの加工肉を避けます。加工肉による大腸がんのリスクは赤肉の2倍にもなると言われています(これについては後述します)。
5.アルコールを控えめにする
「男性なら1日グラス2杯、女性なら1杯が目安」と書かれていますが、アルコールが何を指しているのかがよく判りません。ただ、別のところに「ワインなら5オンス」と書かれており、これはワイングラス1杯程度です。つまり、男性ならワイングラス2杯(ビールならだいたい中瓶1本、日本酒なら1合程度です)、女性はこの半分くらいが適量ということになります。
6.ニンニクをたっぷり摂る
ニンニクの豊富な食事は大腸がんリスクを低下させます。シチュー、炒め物、焼き肉などにはニンニクを加えることが推薦されています。
がんを含む生活習慣に起因する疾患(=感染症以外のほとんどの疾患、というのが私の考えです)を防ぐには、「10の習慣」が有効であり、私は「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」と覚えることを提唱しています。(詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください) 「10の習慣」は下記の通りです。
3つのEnjoy
①Exercise(運動は楽しくおこないましょう)
②Eating(食事は身体にいいものを楽しんで食べましょう)
③Early-morning waking up(毎朝早起きして1日を充実したものにし、夜はぐっすりと眠りましょう)
3つのStop
④Smoking(タバコはすぐにやめましょう)
⑤Stress(ストレスは上手にコントロールしましょう)
⑥Sitting too much(喫煙に匹敵するほど危険です)
4つのデータ
⑦血圧
⑧コレステロール
⑨体重(BMI)
⑩血糖
AICRが発表した「大腸癌を防ぐ6つの習慣」と比較すると、共通しているのは①と②だけですが、他の8つ(③~⑩)も大腸ガンのリスク低下になります。AICRの発表で注目に値するのは4番目の「赤肉・加工肉」と6番目の「ニンニク」です。
2015年10月29日、WHO(世界保健機関)は「加工肉が大腸癌のリスクとなる」という発表(注2)をおこない世界中で物議を醸しました。特にソーセージやハムが国の文化ともいえるドイツでは、WHO発表の直後から反対の声明が次々にあがりました。日本のマスコミも取り上げました。マスコミの取材に答えたほとんどの医師は、「現在の日本人の摂取量であれば問題ないであろう」という意見でした。しかし、可能であれば加工肉よりも新鮮な肉を摂取すべきなのもまた事実です。
ニンニクががんの予防になることは以前から指摘されていましたが、今回AICRがはっきりと言及したことは注目に値します。私の印象でいえば、あまりニンニクの有効性を主張している日本人の医師や公衆衛生学者は多くないように思えます。これは、日本料理がニンニクをほとんど使わないからではないかと私は思っています。
日本料理は以前は健康食の代表と言われていましたが、最近は地中海料理にその座を奪われています。地中海料理が健康にいいのは、新鮮な魚貝類(これは日本料理と共通しています)、新鮮な野菜、ピーナッツ類、オリーブオイル、そしてニンニクをたっぷりと使うからです。
ニンニクの欠点は翌日に残るあの「臭い」でしょう。臭いに敏感な日本人にはニンニク料理はなじまないかもしれません。しかし、大腸がんの予防になることがもっと注目されれば、ニンニク料理に社会が寛容になるのではないでしょうか。個人的にはそれに期待して、思いっきりニンニクが食べられる日を待ちたいと思っています。(ニンニクをオリーブオイルで炒めたときのあの香りは私を幸せな気持ちにさせますが、そのように感じるのは私だけではないでしょう)
ところで、今回のAICRの「6つの習慣」には入れられていませんが、大腸がんの予防にアスピリンが有効なのでは、ということがしばしば指摘されます。大腸がんを発症した人がアスピリンを毎日服用すると「再発の予防」になることが分かっているからです(注3)。では、発症したことのない人が毎日アスピリンを服用することで大腸がんを予防できるのかどうか、ということが気になります。
最近、これを検証した研究が報告されました。医学誌『JAMA oncology』2016年3月3日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、アスピリンを定期的に内服することにより大腸がんのリスクが19%低下するという結果が出ています。研究の対象者は合計135,965人(男性47,881人、女性88,084人)で、32年間の追跡期間中、男性7,571人、女性20,414人ががん(すべてのがん)を発症しています。乳がん、前立腺がん、肺がんなどではアスピリンの予防効果が認められませんでしたが、消化器系、特に大腸がんの予防効果が有意に認められています。
しかしながら、今のところ、私の知る限り、大腸がんに罹患したことのない人に対して、アスピリンを予防目的で積極的に勧めている医師はおらず、私自身も勧めるつもりはありません。アスピリンは解熱鎮痛効果のみならず、脳・心血管系疾患の再発予防がある(血を固まりにくくする)ことは以前から知られており、そのような目的で使用することには問題がありませんが、一方で鎮痛薬というのはアスピリンも含めて依存性がありますし、消化器系のがんを予防するのが事実だとしても、消化管の粘膜の出血のリスクがあるのもまた事実です。
私自身としては、大腸がんの予防には、AICRが唱える「6つの習慣」、さらに私自身が以前から提唱している「10の習慣」を実践し、さらに早期発見に努めるというのが最善であると考えています。
注1:この発表のタイトルは「6 Steps to Prevent Half of Colorectal Cancer Cases」で、下記のURLで全文を読むことができます。
注2:この発表は下記URLで読むことができます。タイトルは「Links between processed meat and colorectal cancer」です。
http://www.who.int/mediacentre/news/statements/2015/processed-meat-cancer/en/
注3:これは欧米では以前から指摘されていたことで、日本人にも当てはまるのかどうかはデータがありませんでした。しかし、日本人の患者約300人を対象とした研究が国立がん研究センターなどのチームでおこなわれ、日本人にもアスピリンによる大腸がんの再発予防効果があるという結果がでました。医学誌『Gut』2014年1月31日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「The preventive effects of low-dose enteric-coated aspirin tablets on the development of colorectal tumours in Asian patients: a randomised trial 」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://gut.bmj.com/content/63/11/1755.abstract?sid=883f283e-f1ed-47f3-b10a-f5d3b9f89e0a
また、糖尿病治療薬のメトホルミンを大腸がんの外科手術後に服用すると再発予防効果があるとする横浜市立大学の研究が最近発表されました。医学誌『The Lancet oncology』2016年3月2日号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Metformin for chemoprevention of metachronous colorectal adenoma or polyps in post-polypectomy patients without diabetes: a multicentre double-blind, placebo-controlled, randomised phase 3 trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045%2815%2900565-3/abstract
注4:この論文のタイトルは「Population-wide Impact of Long-term Use of Aspirin and the Risk for Cancer」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://oncology.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2497878&resultClick=3
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|2016年4月11日 月曜日
2016年4月 インド人の詐欺と外国人との話のタブー
私はこれまでの人生で「詐欺」の被害に遭ったことが3回あります。そのうち2回は日本人から、もう1回は外国人からです。このコラムで前々回から外国人とのつきあい方を紹介し、過去2回は私の「良き思い出」を語りました。今回は否定的な思い出、外国人の詐欺についての話です。
あれはたしか2005年だったと記憶しています。タイのエイズ患者・孤児を支援するためのNPO法人GINA設立に向けて準備をしており、その頃の私は定期的にタイを訪問していました。ある日バンコクで知人に会う約束をしていた私は、1時間ほど時間が空いたために、大通りに面したオープンカフェに入りました。
テーブルにノートパソコンを広げた私は、午前中に面会した人と話したことをまとめていました。すると頭にターバンを巻いた大柄な、いかにもインド人というような中年男性がやってきて、相席してもいいか、と尋ねてきました。満席に近い状態だったので、私は彼に同席を勧め、軽く挨拶をしました。やはりインド出身で現在タイに出張に来ているとのことでした。
私の経験上、インド人というのは話好きで、プライバシーという言葉を知らないのかと思うくらいどんどん踏み込んだ質問をしてきます。親は元気かとか兄弟は何をしているのかとか、これくらいならいいかもしれませんが、いとこはもう結婚しているのか、とかそんなこと聞いてどうするの、と言いたくなるようなことまで聞いてきます。以前タイで知り合った別のインド人からも質問攻めにあって辟易とした経験を思い出した私は、相席したそのインド人からの質問を手短に終わらせてノートパソコンに専念しようとしていました。
しかし、インド人は会話を続けようとします。そして「お前の一番好きな花を私は知っている。それを当ててみせよう」という怪しげなことを言ってきました。この後どのような会話があったか、そのインド人が何をしたかをはっきり覚えていないのですが、たしか自分が今握った紙にその花の名前が書いてある、という話だったように記憶しています。それまでの会話で私が花が好きだなどとは言っていませんでしたから、私はその挑戦を受けて立つことにしました。それから、数分間会話をした後、インド人は「お前が好きな花がこの紙に書いてあるから開けてみろ」と言います。
それを開けたとき、私の息は止まりました。なんと、私が考えていた花の名前が本当に書かれていたのです! 驚いてインド人の顔を見上げたとき私の心臓は凍り付きました。さっきまでそこにいたインド人とは同じ人間と思えないほど表情が変わり、冷酷な視線が私の顔面に突き刺さります。あれから10年以上たちますが、私はあの目が今も忘れられません。そして、「約束通り100ドル払え」と小さいながらも低く太い声で脅してきます。「100ドルなんてそんな話、聞いていないぞ」などと言っても通用しないでしょう。
これは危ない、と感じた私は、冷静さを装うようにし、目をそらさないようにしながら、手探りでパソコンをたたみかばんに入れ、財布を取り出しました。一瞬心臓が凍り付きそうになりましたが、まだ日は暮れておらず周囲には大勢の人がいます。私は財布から20バーツ紙幣(約60円)を取り出して机に置いて立ち上がったと同時に、「おっちゃん、悪いけどおっちゃんの英語、よう聞きとらんわ~。悪いなあ~。少ないけどこれもらっといてや~」と、半径5メートル以内にいる人たち全員が振り向くくらいの大声で大阪弁を叫び、ゆっくりと後ずさりし、その後ダッシュで大通りを駆け抜けました。
今となっては、20バーツでおもしろい体験ができた、といいように解釈していますが、あの視線は今思い出しても恐怖が蘇ります。しかし、それにしてもなぜ私の好きな花が当てられたのか、これは今でも解決していません。その後、海外詐欺事情に詳しそうなバックパッカー歴が長い日本人数人に聞いてみたところ、その詐欺はよくあるものでトリックは簡単だと言います。「たいていの日本人は好きな花としてバラかサクラを挙げるからそのどちらかを用意しておけば50%の確率であたる。お前もどちらかを思い浮かべたんだろう」と言われたのですが、私が思い浮かべた花はバラでもサクラでもなく少しマイナーなものです。今思えば、そのときインド人に「驚いた。100ドルあげるからトリックを教えて」と言えばよかったと少し後悔しています。いや、やっぱり100ドルは高すぎるか・・・。
この体験をしてから、この手の話には乗らないよう自制しています。先にも述べたように、私の経験からいえば、インド人というのはよく言えば話し好きでフレンドリー、悪く言えば空気が読めずずうずうしい人が多いのですが、もちろんそんな人ばかりではありません。
バンコクでは日本では考えられないくらいの低価格でオーダーメイドのスーツが買えます。そしてそういう仕立屋はたいていインド人が経営しています。一度ふらっと入った仕立屋でインド人のオーナーにとても誠実に対応してもらった私はその後も何度かその店に足を運びました。勤勉で誠実な彼は古き良き時代の日本人のようです。
私は外国人の友人や知人が特別多いというわけではありませんし、外国人と恋人の関係など特別な仲になったことはありません。しかし、これまでの経験から、外国人との会話にはいくつかのタブーがあることが分かるようになってきました。誰でも思いつくのが相手の宗教や支持政党に触れることですが、これは日本人相手でも同じでしょう。私が外国人との会話で最も注意すべきタブーと考えているのは「領土」です。例をあげましょう。
タイ人の私の友人(女性)の話です。彼女(Wさんとします)の出身はシーサケート県というカンボジアに接する県です。シーサケート県は特に産業もなく貧しい県ですが、彼女は努力を重ねタイのなかでも有名な大学に合格、さらに大学院に進学しました。国際学会に参加するために来日したこともあります。今でこそインバウンド誘致政策に力を入れている日本も、彼女が来日した2008年はタイ人が日本に入国するのは容易ではなく、ビザを申請するために私が保証人になりました。きれいな英語を話すその彼女は話題が豊富です。
あれはたしか2005年頃、私がタイに滞在中にWさんと話す機会があり、話題がプレアヴィヒア寺院になりました。この寺院は、Wさんの出身県であるシーサケート県とカンボジアとの国境に位置しており、後に(2008年7月)、世界文化遺産に登録されることになる歴史的価値の高い寺院です。
プレアヴィヒア寺院がタイ、カンボジアのどちらに帰属するかという問題は、太平洋戦争にも関連しフランスや日本も絡んでいて非常に複雑なのですが、ごく簡単にまとめておくと、太平洋戦争終結後しばらくタイが実効支配していたものの、カンボジアが国際司法裁判所に提訴し、同裁判所はカンボジアに領有権があることを認めました。しかしその後も対立が続き現在も解決しているとは言いがたい状況です。
私はあるとき、何気なく、話題を広げるだけの目的でWさんにプレアヴィヒア寺院について触れてみました。すると、それまで穏やかだったWさんが豹変したのです!「あの寺院はタイのものです!あなたがカンボジアのものというならあなたとは絶好です!!」という勢いでまくしたてるのです。これには驚きました。その直前まで、この地方のタイ人とカンボジア人は顔も似ていて区別がつきにくい、といったカンボジアに好意的な発言をしていただけに私は何と答えていいのか分かりませんでした。なにしろ私は「プレアヴィヒア寺院」という単語を出しただけで、帰属権の話を持ち出したわけではなかったのです。
もうひとつ例を挙げましょう。こちらは私のこの体験よりも深刻なもので2003年頃の知人の話です。私の知人の日本人男性(Y氏)には、交際に発展しそうな韓国人女性がいました。その女性は留学生として来日し、卒業後も帰国せずアルバイトながら日本の出版社で働いていました。狭いワンルームマンションの壁はジャニーズのポスターだらけ。日本文化が大好きで、もちろん日本語もかなり上手です。ある日のこと、Y氏とこの女性の間で竹島の話題が浮上しました。すると、竹島という呼び方自体が気に入らなかったのか、ふだんは冷静沈着なこの女性が激情しだしたそうです。この事件以来、Y氏は領土問題を「地雷」と命名し二度と触れなかったそうです。この事件が原因かどうかは分かりませんが、結局二人の関係はその後しばらくして終焉したようです。
おそらく世界にはこのようなエピソードが無数にあると思います。私はアルゼンチン人の友人はいませんが、もしも、たとえばどこかのバーでアルゼンチン人に知り合ったとして、話題につまったとしても、フォークランド諸島の話には触れないのが無難です。まず間違いなくフォークランド諸島を英国のものと思っているアルゼンチン人は皆無です。そして韓国では竹島が「独島」と呼ばれるように、アルゼンチンではフォークランド諸島でなく別の呼び方がきっとあるはずです。
さて、結論として、外国人と上手くつきあうための2つのコツを述べたいと思います。外国人と話をするとき、「〇〇人は~」という話題はとても楽しめます。これは日本人のことでも、その外国人の国民のことでも、別の国のことでもです。ちょうど日本人どうしの会話で「〇〇県民は~」という話題になるのと同じです。私自身も外国人との会話で話題を探すときに「△△国は行ったことがあるか。□□人に友達がいるか」といったことを質問し、「〇〇人の特徴は~」という話をすることはよくあり、これはとても盛り上がります。
しかし、それはステレオタイプの特徴を話のネタとして披露しているだけであり、どこの国にも善人もいれば悪人もいます。私はこの手の話が過熱しすぎたときは、この言葉で閉めるようにしています。外国人と上手くつきあうための1つめのコツがこの「どこの国にも良い人もいれば悪い人もいる」という事実を認識するということです。そして、もうひとつが「領土問題には触れない」ということです。
よく「価値観が違うからあの人とはつきあえない」と言って、自ら交友関係を狭める人がいますが、私に言わせればもったいない話です。「価値観が違うからこそ」話していて楽しいのです。そして、日本人どうしの「価値観の違い」などたかがしれています。外国人と話してみると、思いもしなかった驚きと興奮が次々に訪れるのです。
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