メディカルエッセイ
107 医師がストレスを減らすために(前編) 2011/12/20
ちょうど1年前のメディカルエッセイ第95回では、「医師による犯罪をなくすために(前編)」というタイトルで、医師の犯罪として報道されるもののなかで薬物がらみとわいせつ事件が多いということを述べました。
この1年(2011年)を振り返ってみると、東日本大震災の被災者に対して尽力した医師が取り上げられることも多く医師に肯定的な報道が例年に比べると目立ったように思われます。(しかし皮肉なことに、震災関連の報道では実の医師よりもニセ医師の米田きよしなる人物が取り上げられて話題になっていました・・・)
一方、医師による犯罪の記事も例年同様少なくなく、新聞紙上でときおり見かけました。もはや医師の事件は珍しくないのか、それほど大きく取り上げられることもなくなってきているように感じられます。
少し例をあげておくと、わいせつ事件でいえば、最も卑劣で許しがたいのは9月に逮捕された秋田県の26歳の研修医Sです。このSは、2011年4月から7月にかけて13歳未満の女児の裸をデジカメ内蔵の腕時計で撮影していたそうです。秋田県警の捜査により、Sの自宅のパソコンには十数人の女児の動画が見つかったことも報道されています。またSは8月には温泉施設で父親と一緒に入浴していた8歳女児を盗撮して逮捕されています。
S以外の事件で今年報道されて目だったものに、東京の大学病院勤務の37歳医師Sが14歳女性を自宅に呼び込みわいせつ行為をおこない逮捕、北海道の39歳産婦人科医Sが女性患者の下半身の動画を撮影し逮捕、東京の33歳の救急医がサウナで女性の胸を触って逮捕、兵庫県の68歳のクリニック院長が障がいのある女性患者の下半身や胸を触って逮捕、和歌山の52歳の耳鼻科クリニック院長Nが22歳女性の事務員の胸を触り逮捕、などがあります。
今年報道された医師の犯罪事件では車に関するものが多かったように思われます。最も大きな事件となったのは5月に千葉の病院の院長T(60歳)が起こしたひき逃げ事件です。通行人の65歳男性を車ではねて死亡させただけでなく逃亡していますから罪は小さくありません。
10月には神戸で70歳の開業医Sが64歳の男性をひき逃げしています。被害者の男性は骨折を伴う重症なのにもかかわらず、この医師Sも逃げていることが許せません。12月には千葉で65歳の外科医Yがやはりひき逃げ事件を起こしています。この被害者は軽症だったそうですが、Yの車がフェラーリだったからなのかマスコミで取り上げられました。
また、ひき逃げではありませんが、2月には神奈川県の46歳の医師Kが、37歳の会社員男性に殴る蹴るの暴行を加えて逮捕されています。暴行の理由が「車を割り込まれて頭にきた」ということだそうです。7月には広島の29歳の産婦人科医Oが飲酒検問での呼気提出を拒否し、その後強制採血でアルコールが検知され逮捕されています。
医師が起こした薬物事件は今では珍しくもなんともありませんが、今年は自宅で大麻を栽培していた医師が2人も逮捕されたことに私は驚きました。ひとりめは、自宅のベランダで大麻3本を栽培していたことで7月に逮捕された山梨県の39歳の医師Mです。個人での使用のみでも医師が大麻となると許されるものではありませんが、自宅で栽培ときましたからこれは大きなニュースとなりました。
もうひとりは、11月に自宅での大麻栽培で逮捕された千葉の産業医Nです。こちらは育てていた大麻が133本といいますから、おそらく売買にも関与していたのでしょう。しかし、なぜか取り上げられ方は山梨県のMよりも小さかったような気がします。山梨のMの”二番煎じ”と世間では思われたのでしょうか・・・。
わいせつ行為、ひき逃げ、暴行、飲酒運転、違法薬物の使用などはどれも許される行為ではありません。しかし、高い大志を持って医師を目指したはずの彼らはなぜそのような犯罪に手を染めたのでしょうか。
医師が犯罪に手を出す理由として、私はメディカルエッセイ第95回で「周囲からの強い社会的プレッシャーのなかで苦しんでいたからではないか」ということを述べました。そして、それを解決するひとつの方法として、「(どんな誘惑があろうともそれをおしのける)高い倫理観を持っているのが医師の矜持であることを認識する」ということを述べました。
この考えは今も正しいと思っていますが、「高い倫理観」「医師の矜持」といった意識だけでは日頃のストレスに押しつぶされてしまうかもしれません。実際、(上には述べていませんが)5月に覚醒剤取締法で逮捕された東京の44歳の整形外科医Nは、「覚醒剤を使うと仕事のストレスや不安が解消した」と答えているそうです。
過酷な労働条件はたしかにストレスを蓄積していきます。もちろん過酷な労働条件に置かれているのは医師だけではありません。しかし残業時間は月に200時間を越えることも珍しくなく、夜中に起こされるのも当たり前、という労働条件は過酷そのものです。
医師の場合、さらに「世間の医療を見る目の厳しさ」という問題があります。一部のマスコミの報道をみていると、人間はいつか死ぬ、という当たり前のことが忘れ去られているように感じることすらあります。医療に100%完璧ということはありえないのですが、治療や手術が上手くいかなければすぐに医師の過失を問われるような風潮は医師と患者のギャップを増大させます。
警察庁の調べによりますと、2010年の医療・保健従事者の自殺者数は374人で、そのうち「うつ病」と特定されたのは約3割の117人に上るそうです。そして、自殺の原因・動機のトップとなっています。
実は医師の自殺というのは珍しくなく、同じ大学の同級生か1つ2つ先輩か後輩のなかには必ずといっていいほど自殺した医師がいます。私の同級生もひとり、研修医の頃に、自ら命を絶っています。また自殺にまでいたらなくてもいつの間にか出勤しなくなった医師やうつ病で休養している医師も少なくありません。
これらの原因をすべて「ストレス」とはできないでしょうが、多少なりともストレスが関与している可能性はあるでしょう。
医師になりたての頃は、ほぼ全員が強い使命感を持ち患者さんのためになろうという意識を持っています。それが、激務が続き、患者さんから誤解されトラブルを起こし、やり場のないイライラ感や焦燥感がつのり、抑うつ気分が出現し、少しずつ精神的に追い詰められていくのです。しかし、医師は自分が精神疾患に罹患しているとは考えたくありませんから、精神科医にも産業医にも簡単には相談しません。
そしてこの追い詰められた精神状況が限界を超えると自殺につながることがあるのです。また、決して許されることはありませんが、この追い詰められた精神状況が先に述べたような犯罪のきっかけになるるのではないか、と私はみています。
ではどうすればいいのでしょう。医師がストレスを軽減するためにすべきこととは何なのでしょうか。次回はそのあたりを考えていきたいと思います。
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