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2017年3月17日 金曜日

2017年3月 遂に破綻した私の時間管理

 しまった! やってしまった…。そう叫びたくなったのは昨日中に目を通すはずだった新聞を読まずに寝てしまったからです。どうしてそこまで後悔するかというと、私は日経新聞の電子版を購読していて、1週間が過ぎるとデータが消されてしまうからです。そうです。今の私は新聞を読むのが1週間遅れなのです…。

 私の人生はいつも時間に追われていて、物心がついたときから、とまでは言えないにしても、少なくとも高校を卒業したあたりから、「時間がない、時間がもったいない」が口癖になっていました。もっとも、このようなことを言い過ぎると周囲に不快感を与えますから、なるべく言わないようにはしていますが…。

 そんな私が高校を卒業してまず取り組んだのが「睡眠時間を減らす」ということです。中学・高校とラジオの深夜放送にハマっていた私は、元々どちらかという睡眠時間を削るのが得意でした。関西学院大学(以下「関学」)に入学した18歳の時点から、大学生には時間はたっぷりある、と言う同級生を横目で見ながら、「寝る時間を削ってでも楽しんでやる!」と考えました。

 以前にも述べましたが、18歳の頃の私はアルバイト先で自分が何もできず役に立たない人間であることを知ることになりました。(関学のように)偏差値が高い大学に行ければ…、と考えていたのが完全に間違いで、名前も聞いたことのない低偏差値の大学生がバリバリ仕事をこなしているのをみて、のんきに大学生活を楽しもうとしている場合ではない!と自覚したのです。

 そこで私は、同級生がのんびりしている時間にもアルバイトにでかけ、深夜からでも遊びに行き、早朝からまたアルバイトに行きという生活をすることになっていったのです。当時の私はショートスリーパーであることは”いいこと”のように考えていて、睡眠を削ればその分人生を謳歌できる、と本気で考えていました。一度、オールナイトで遊んで夜が明けてから帰ったとき、二日酔いもあり不本意ながら夕暮れ時まで寝てしまったことがあります。そのときに窓から見えた夕陽の虚しかったこと…。あぁ、今日という日を無駄に過ごしてしまった…、という後悔の念を痛切に感じました。

 就職してからも人の倍は遊んでやる!と考えていた私は早々にその思いを挫かれることになります。英語がまったくできなかった私の配属先はなんと「海外事業部」。英語ができなければ存在価値がゼロのような部署です。これも以前に述べましたのでここでは繰り返しませんが、そのときの選択肢は2つ。死ぬほど英語を勉強して少しは使える社員になるか、入社早々退職し次を探すか…。前者を選択した私は朝5時に起床し英語の勉強を開始しだしました。関学の学生の頃、朝5時に起きてアルバイトに出かけていましたから、早起きには慣れています。今も私の起床時間は午前4時45分ですから、結局私の人生はずっと早起きです。

 会社を辞めて医学部の受験勉強を開始しだしたときも睡眠時間は5時間と決めていました。その頃の私は、雑念を追い払うために、付き合いで出かける、ということをほとんどしませんでしたから、私のこれまでの人生でもっとも規則正しい生活となりました。会社員時代は、英語の勉強で忙しくても、どれだけ睡眠時間が短くても、人付き合いは断らず、むしろそれを自分の「セールスポイント」にしていたくらいですが、医学部受験勉強時代は、友人にも「一年間は出家したものと思ってほしい」と伝え、可能な限り受験以外のことを考えないようにしていたのです。

 医学部入学後は、再び友人や先輩との付き合いが始まりましたから、相変わらず夜中でも出かけることもありました。その上、医学部の勉強はとても大変ですから、のんびりする余裕などありません。医学部の若い同級生と同じ勉強時間では太刀打ちできませんから、それまでの人生の「他人の倍は遊ぶ」というルールを「他人の倍は勉強する」に変更することになりました。

 医学部の1回生の終り頃、1997年の初頭に読んだ『7つの習慣』に感銘を受けた私は、同書で紹介されている「自分の葬儀を想像する」ことを実践するようになりました。これは、自分がどんなふうに人生の最後を迎えたいかを思い描くことにより、今すべきことが逆算できるというもので、たしかに、自分が死ぬまでに何をしていたいか、どんな人間になっていたいかを考えると、残された時間はあまり多くないことに気づきます。そして、このことに気づけば時間をムダにしている余裕はありません。

 例えば、元々私はテレビをあまり観ませんが、この頃からNHKの語学教育番組を除けばテレビの前に座ることがほとんどなくなりました。映画は好きなのですが、漠然と観るのではなく、いつも「貴重な一本」と考えて楽しむようにしています。自分の行動は損得で決めるわけではありませんし、生産性が高いか低いかで判断しているわけでもありません。悩んでいる後輩から連絡があれば夜中でも会いに行くことは変わりませんが、ダラダラと過ごすような時間はほとんどなくなりました。

 医師になってからはこの傾向がさらに進み、以前もどこかで言ったように、トイレと寝室以外は24時間監視されていてもかまわないと思うほどです。20代の会社員の頃は、他人の倍遊ぶことが目標でしたが、医師になったときには同僚の倍働こうと思いました。たしかに研修医は誰もが仕事と勉強だけの日々になるのは事実ですが、それでも私は同僚よりも患者さんと接する時間を長くし、救急外来に入りびたり、そして論文も教科書もたくさん読むことを心がけました。

 太融寺町谷口医院を始めてからも、教科書や論文を読む量は減らしていない、どころか最近はネット上で簡単に論文にアクセスできますから読む量は増えています。医学部の学生時代には値段が高くて買えなかった世界的に有名な医学書も最近はiPADで読んでいます。医学書というのは驚くほど高価で何万円もするものもざらにあります。学生の頃は、親からもらう小遣いで買える同級生を羨ましく思っていましたが、今の私は出張時の機内でそれらを読んでいます。

 ネット社会は新聞や論文、医学書へのアクセスを簡単にしただけではありません。私の元には谷口医院やGINAのサイトを見た人から健康相談などのメールが毎日たくさん届きます。外国人からのメールもほぼ毎日送られてきます。谷口医院のウェブサイトには英語版もあるからです。これらのひとつひとつに回答するのはそれなりに時間がかかるのですが、必要なことですし、メールで問題が解決するならとても有益なものといえます。

 これからももっと勉強してもっと仕事をして…、と考えているのですが、最近、ついに私の時間管理が破綻してしまいました。谷口医院のサイトの「医療ニュース」は、海外の論文などから興味深いものをピックアップして月に4本書いていたのですが、先月(2017年2月)は1本しか書けませんでした。

 実は2月と3月にそれぞれ学会発表があり、この準備に時間を取られ…、というのは言い訳で、よく考えると私のスケジュールはとっくに破綻していることに気づきました。

 NHKの英語教育番組「ニュースで英会話」はテレビのハードディスクにたまりっぱなしで、昨日観たのは2年前のものです。「話題のニュースで旬な表現を学ぶ…」がこの番組の特徴なのに、私にとっては「なつかしのニュース」になってしまっています。定期的に読んでいる週刊誌は1~2週間遅れ。新聞は冒頭で述べた通り。amazonの「ほしいものリスト」に入っている書籍はとっくに1000冊を超えています。

 コラムというのは、考えがまとまってから書くものだと思いますが、今書いている破綻している私の時間管理には改善策が見当たりません。現在の睡眠時間は6時間。20代の頃と異なり、これ以上削ることはできません。また週に5~6時間、脊椎症の術後のリハビリ(筋トレとジョギング)にあてていますが、これも減らすことはできません。

 この「マンスリーレポート」は、だいたい毎月10日ごろに公開していましたが、現在すでに17日。破綻した時間管理の打開策は今のところ見当たらず…。これからも私の人生は時間に追われっぱなしなのでしょうか…。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年3月6日 月曜日

2017年3月6日 ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク

 アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツが脳にダメージを与え、将来認知症や人格変貌、さらに自殺をも招くことがある、ということはここ数年注目されており、このサイトでも何度か取り上げました(注1)。この脳にダメージをおこす疾患のことを「慢性外傷性脳症」(以下「CTE」)と呼びます。コンタクトスポーツと言えばサッカーを思い浮かべる人も多いでしょう。では、サッカーのヘディングはどうなのでしょうか。

 ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上…。

 医学誌『Neurology』2017年2月1日号(オンライン版)にこのような研究が報告されました(注2)。

 研究の対象者は、ニューヨーク市のアマチュアサッカークラブの成人男女の選手222人。調査はオンライン上でおこなわれました。調査期間の2週間でヘディングを行った回数は、男性平均44回、女性は27回でした。また、「偶発的な頭部への衝撃」が男性の37%、女性の43%にありました。そして、ヘディングや偶発的な衝撃により20%の選手に何らかの症状が認められています。

 これらを分析した結果、ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べ脳振盪を起こすリスクが3倍以上、偶発的な衝撃を2回以上受けた選手は、受けていないい選手と比較し6倍以上となっていました。

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 この論文では、ヘディングが脳振盪を起こしやすいとは言っていますが、CTEのリスクとなるかどうかについては検討されていません。しかし一般紙がこれに言及しています。英国の新聞「The Telegraph」はこの記事を取り上げ、ヘディングとCTEのリスクについて、イングランドの元ストライカーJeff Astle氏を取り上げてコメントしています(注3)。Astle氏は若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界しています。

 Astle氏の若すぎる死とサッカーの関係についてはBBCも取り上げています(注4)。BBCは、氏の娘のDawnさんがラジオ番組でコメントした次の言葉を紹介しています。

「サッカーが原因で認知症が起こったことを示す証拠は以前からありました。にもかかわらず真剣に検討されなかったのは”許されないこと”かつ”不可解”なことです」

注1:下記を参照ください。
はやりの病気
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース
2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに 

注2:この論文のタイトルは「Symptoms from repeated intentional and unintentional head impact in soccer players」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.neurology.org/content/88/9/901.short?sid=2346c46a-d26b-49a8-942b-bd585e28f60e

注3:この記事のタイトルは「Demand for new study of heading and concussion(ヘディングと脳振盪の新たな研究が望まれる)」です。下記URLを参照ください。

http://www.telegraph.co.uk/football/2017/02/01/demand-new-study-heading-concussion/

注4:この記事のタイトルは「Jeff Astle’s daughter: Dad’s job killed him(Jeff Astle氏の娘が語る~父の仕事が父を殺した~)」です、下記URLを参照ください。

http://www.bbc.com/news/uk-38979607

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年2月23日 木曜日

第169回(2017年2月) 「レセプト債」の失敗からみる世間の誤解

 「レセプト債」と呼ばれる<高利回りで低リスク>の金融商品を扱っていた金融機関4社が破綻したことが報道されたのは2015年の11月でした。報道によれば、オプティファクター社が運営するファンド3社が発行したレセプト債を、アーツ証券など証券7社が2015年10月時点で約2,470の法人・個人に約227億円分販売し、これが返還できなくなりました。

 高利回りで低リスクの商品などあるわけない、と私のような金融に疎い人間は思いますが、世間には「うまい話」がないわけではないのかもしれません。しかし、レセプト債などというのはその言葉を聞いた瞬間、「うまくいくわけがない。手を出してはいけない」と(ほとんどの)医師は分かります。レセプト債になけなしの年金をつぎ込んで路頭に彷徨うことになったという話を聞くと、なんでそんな胡散臭い商品を買う前に相談してくれなかったの!と見知らぬ人にも言いたくなってしまいます。(私に相談してくる人はいませんでしたが、もしも相談を受けたとすれば瞬時に「絶対に買うな!」と言っていました)

 さて、レセプト債がなぜ儲からないものかを説明していきますが、その前にこの事件に「悪質性」があったのかどうかを考えてみたいと思います。2017年2月16日の朝日新聞(オンライン版)に「レセプト債「高利で安全」容疑の元社長ら投資家に説明」というタイトルの記事が掲載されました。報道によれば、容疑者らがレセプト債を発行したファンドの財務内容が悪化しているのを知りつつ、元本償還や利払いが確実に行えると別の証券会社員らに対して装うための資料を作成していたそうです。

 記事を読めば、この容疑者は「悪い奴」となりますが、私個人の印象としては、初めから「悪いこと」を企んでいたわけではないと思っています。つまり、最初は「レセプト債」が「高利で安全」と真剣に考えていたのではないかと思うのです。私の推理は次のようなものです。

 容疑者たちは医療機関が発行する「レセプト」に興味を持った。通常、医療機関を受診して患者が払うのは3割のみ。残りの7割は支払基金というところなどから2~3か月後に医療機関に支払われる。そのときの「請求書」がレセプトである。医療機関からみれば、入金が2~3か月後というのはもどかしいに違いない。もしも多少の割引があってもレセプトを発行したときすぐに入金されればありがたいのではないか。ん、これは「手形割引」と同じことだ。支払われるのが60日後の1,000万円の手形があったとして、60日後ではなく今すぐに現金が欲しい、現金をくれるなら5%を割り引いた950万円でもかまわない、と考える者がいるから「手形割引」という制度があるわけで、いわば「レセプト割引」を医療機関に提案すればいいのでは、と考えたというストーリーです。

 例えばある月のレセプトの請求合計額が1,000万円の医療機関があったとしましょう。2か月後に1,000万円を受け取れることができるが950万円でいいから今すぐに現金がほしいと考えたとします。ファンド会社は950万円でこのレセプトを買い取れば、その医療機関にも喜んでもらえて、自社は2か月後に50万円の利益がでます。2か月で50万円ですからファンド会社が半分の25万円を取ったとしても、ひとりの顧客が950万円投資すれば2か月後に975万円が戻ります。ということは、2か月での利率は2.63%、これを年利にすればx6で15.78%ということになり、驚くほどの高金利ということになります(計算、あってますでしょうか…?)

 もしも私に医療の知識がないとすればレセプト債は魅力的な商品にうつったかもしれません(金銭的な余裕があれば、の話ですが…)。なにしろ年利15.78%という高金利で、なおかつ医療の需要は減ることはないでしょうから低リスクと考えるのも無理はありません。しかし、レセプトというものがどういうものかを私は知っていますから、このようなものが商品として成り立たないことはすぐにわかるのです。では、その理由を解説していきましょう。

 まず1つめの理由は「レセプトは請求額がそのまま支払われるわけではない」ということです。我々医師は、患者さんの負担をできるだけ少なくすることも考え、検査や処置、薬は必要最小限のものにします。過剰診療にならないように注意しているのです。にもかかわらず当局からは「認められない」とされ支払ってもらえないことが多々あります。これを「査定」と呼びます(注1)。以前にも述べましたが、「医療機関が不正請求をしている」、と言われた場合、大部分はこの「医師は必要と判断したが当局から認められない」という場合のことを指しています。ですから、マスコミが報じる「医療機関の不正請求」というのは実態を反映していません。

 査定された場合、もちろん医師は納得できませんから「再請求」をします。これで医療機関の言い分が認められることもありますが、理由も明かされぬまま「やはり認められない」とされることも多々あります。

 レセプトを医療機関から買い取ったとしても、実際に入金される金額は予定よりも少なくなると考えるべきなのです。レセプト債を考案した人たちはおそらくこういったことまで考えなかったのではないでしょうか。また、買い取ったレセプトが査定されても「再請求」はできません。その患者さんを知らない者は、(たとえ医師であったとしても)なぜその治療が必要だったかについての詳細が分からないからです。

 レセプト債が非現実的である2つめの理由は、そもそも医師には「守秘義務」があるということです。患者さんの情報が詰まったレセプトを他人に見せるということは守秘義務違反ではないのか、という疑問があります。しかし世の中には「レセプト代行業者」というものが実際に存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)もオープンした頃にはそういった業者からの営業活動もありました。私自身は、自分が診察した患者さんの情報を他の機関に見せることに同意できません。法的な守秘義務違反に当たらないのだとしても医師の良心がこれを許しません。そしてこのように考えるのは私だけではないはずです。まともな医師ならレセプト業務(これが大変な作業なのは事実ですが…)を他人に任せるようなことはしません。実際、一部のマスコミは「(レセプト債を企画した)オプティ社は、(レセプトを)売ってくれる病院を探すのに苦労していた」と報道しています。

 理由はまだあります。そしてこの3つ目が、レセプト債が非現実的であると私が考える最大の理由です。証券会社やファンド会社のミッションは「利益を出すこと」ですから、レセプトの金銭的な価値が下がると困ります。レセプト債の顧客を増やすには、高い配当を維持し続けなければなりません。ということは、今月よりも来月、来月よりも来々月の方がレセプトの請求金額が上がることを期待するようになります。もしも、これがサービス業であれば問題ないでしょう。なぜならサービスをおこなう会社のミッションも「利益を出すこと」だからです。サービスをおこなう会社とレセプト債の会社の利益が一致する、つまり「共に儲かる」わけです。
 
 しかし医療機関はサービス業ではありませんし、そもそも利益を増やすことを目的としていません。実際にはその逆で、患者さんの受診をどのようにして減らすか、ということを日々考えているわけです。生活習慣病なら生活習慣の改善を指導し、アレルギー疾患ならアレルゲンや他の悪化因子を取り除く指導をおこない、感染症ならどのように予防すべきかということを伝えるのが医師の使命です。薬を減らすこと、検査の頻度を減らすことがミッションなのです(注2)。

 レセプト債を販売する証券会社やファンド会社は「医療機関も儲かるんだからレセプトの点数は上昇することが期待できる」と考えたのでしょうが、我々医療者はむしろその反対のことを考えているのです。向いている方向がまったく正反対ですから、医療機関と金融機関のタイアップなど、初めから上手くいくはずがないのです(注3)。

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注1:理不尽な査定の例を少し挙げると、問診から明らかに糖尿病を疑ったときに「糖尿病の疑い」という病名でHbA1Cを測定すると認められなかったり、全身の湿疹で外用剤を処方するときに軟膏を塗りにくい部位にクリームを処方して認められなかったり、しばらく抗ヒスタミン薬を続ける必要がある慢性蕁麻疹に2か月分の処方をして査定されたり…、と切りがありません。ちなみに、今述べた慢性蕁麻疹に対する抗ヒスタミン薬の査定は当院ではある月のみに複数例ありました。ところが、それ以前も以降も一度も査定されていません。査定された症例に対してもちろん「再請求」をおこないましたが、理由があかされないまま「再請求は認められない」という結果でした。

注2:ここは誤解されやすいところなので少し補足をしておきます。医療機関もある程度は利益を出さなければつぶれてしまうんじゃないの?、という質問があります。しかし、原則としてそのような心配は不要です。なぜなら医療については「需要」が「供給」よりも圧倒的に多いからです。例えば、美容室なら「需要=供給」あるいは「需要<供給」となっているでしょうから、派手な宣伝をおこない人件費を削減し他店との競争をしなければ生き残れません。一方、医療機関の場合は「どこに行っても長時間待たされる」という声が多いことからも分かるように、あきらかに「需要>>供給」です。圧倒的な供給不足があるが故に、いかがわしい代替療法や健康食品が流行るのです。

また、「そうはいっても医療機関も儲けたいんじゃないの?」という声があるかもしれません。しかし、医療機関が儲けることを考えていないことは簡単に示すことができます。「医療法人」は解散するときに「余剰金」があれば全額を国に没収されるのです。国に持っていかれるお金のために収益を上げることを考えるはずがありません。このことだけでも、初めから利益を目的としてないということが分かるでしょう。

注3:ちなみに医療機関とタイアップしてうまくいかないのは金融機関だけではありません。谷口医院はオープンした頃、あるエステティックサロンから協力を要請されました。私としては「皮膚症状で悩んでいる人の力になれるなら…」と考えましたが、実際に紹介されて来る人から「エステティシャンに勧められたのですが、金銭的にどうかと…」という相談をもちかけられたときに、「そのお金を払って施術を受ければどうですか」と言える例はひとつもありませんでした。高額な料金で施術をおこなうことを目的としているエステティックサロンと、いかなる場合も患者さんの負担を最小限にすべきと考えている医療機関がうまくやっていけるはずがないことがよく分かりました。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年2月23日 木曜日

第162回(2017年2月) 危険な性交痛~犬とキウイとラテックス~

 性交痛を訴えて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する女性の患者さんは少なくありません。谷口医院をかかりつけ医としている患者さんはもちろん、「どこに行っていいか分からないから(遠くから)来ました」とか、「今までいくつかの医療機関を受診したけれど診断がつかなくて…」という人もいます。なかには「婦人科に行くと皮膚科に行けと言われて、皮膚科に行くと婦人科に行けと言われた…」という気の毒な方もいます。谷口医院のような総合診療のクリニックには、「どこの科に行っていいかわからない」という患者さんが大勢受診されるのです。

 さて、女性の性交痛の原因は様々で、頻度の多いものから挙げていくと、「性行為による摩擦が原因の皮膚炎」「性行為で生じた微細な外傷」が最も多く、次いでカンジダ性外陰部炎が多数を占めます。カンジダは真菌感染ですから、顕微鏡の検査で簡単に診断がつくのですが、婦人科では顕微鏡の検査を実施しているところが少なく、皮膚科では外陰部の診察をしないところが多いようです。性交痛の原因が「心因性」ということも少なくなく、この場合は治療に時間がかかり、カウンセリングに近いことや、精神に作用するような薬を用いることもあります。

 今回紹介したい女性の性交痛は、頻度は多いとは言えないものの、重症化し、ときに命に関わるかもしれないもので、2つを紹介します。2つともアレルギー疾患です。

 ひとつはラテックスアレルギーです。周知のように、ほとんどのコンドームはラテックスでつくられています。ラテックスとは天然ゴムとほぼ同じものと考えればいいと思います。天然ゴムはゴムの木の樹液から精製します。ラテックスアレルギーがあると、コンドームが外陰部に触れたときに重症なアレルギー症状が起こることがあるのです。

 ここでよくある誤解について説明しておきます。ラテックスアレルギーを「かぶれ」と思っている人がいますがこれは誤りです。ラテックス製のグローブを使うと、1~2日後にアレルギー症状が出る人がいますが、ラテックスアレルギーはこのことを指しているわけではありません。1~2日後に出現するのは、ラテックス以外の化学物質(例えばチウラム)によるかぶれ(接触皮膚炎)であることがほとんどです。

 ラテックスアレルギーのアレルギーは接触皮膚炎のアレルギーとメカニズムが異なります。ここではそのメカニズムを詳細に説明することは避け、ポイントだけ述べていきます。ラテックスアレルギーは「即時型」であり、接触して比較的短時間(多くは数分から1時間以内)に症状が出現します。そして最重要ポイントは、「次第に重症化する」ということです。最初のうちは、ラテックスに触れた表皮や粘膜がかゆくなるだけですが、そのうち全身のじんましんや喘息症状が出現することもあり、最悪の場合は生命も脅かされることになります。

 ラテックスアレルギーがある人はラテックス製のコンドームを避ければいいんじゃないの?という問いに対しては、まったくその通りです。問題は、「あなたにラテックスアレルギーがないと言い切れるか?」ということです。ラテックスアレルギーは、エピソードからそれを疑い、そして検査をしないことには分かりません。エピソードだけで診断をつけることもありますが、まったく何の症状もないのに疑うことはできませんし、健康診断でも調べられるわけではありません。

 そしてラテックスアレルギーは「ある日突然発症」します。先述したようにいきなり最重症の症状が出るわけではありませんが、子供の頃にはなくて成人してから発症します。職業でみれば多いのは医療者などグローブを使う仕事をしている人です。「グローブなんて使わないから大丈夫、わたしはラテックスに触れない」と考えている人もいるでしょう。しかしどこかで触れている可能性もあります。指サックや風船もそうです。甲子園球場に行く度に口元がかゆくなる、というエピソードから診断がつくこともあります。

 そんなエピソードは一切ない、という人もまだ安心できません。キウイやアボカドなど野菜や果物を食べると口のなかに違和感が出る、という人はこれらのアレルギーがあるかもしれません。いくつかの野菜や果物は、表面のタンパク質の構造がラテックスと似ていることから、ラテックスに一度も触れたことがなくてもアレルギーを起こす可能性があるのです。これを「ラテックス・フルーツ症候群」と呼びます。

 ただ、私の印象でいえばコンドームを含むラテックスアレルギーはここ数年で減少しています。過去にも述べたように(注1)、天然ゴムからアレルゲンとなるタンパク質を取り除く技術が発達したからではないかと私は考えています。となると、高品質のコンドームでは大丈夫だけれど、普通の薬局にはおいていないような安物の場合は……、ということがあるかもしれません。

 ここからは性交痛が危険な状態になるかもしれないもうひとつのアレルギーを紹介したいと思います。それは「イヌアレルギー」です。なんで犬で性交痛?と意外に思う人もいるでしょうし、おそらく頻度はそれほど多くはないと思います。性交痛を訴える患者さんに対して原因がイヌアレルギーだと100%の確証を持って診断したことは私はありません。ですが、私が診た患者さんのなかにも疑い例はありますし、海外では重症例の報告もあります。

 なぜイヌにアレルギーがあると性交痛が起こるのか。それはイヌの精液に含まれるPSAと呼ばれるタンパク質がヒトのPSAと似ているからです。つまりイヌアレルギーがあると「(ヒトの)精液アレルギー」があるかもしれない、ということです。

 ここで疑問が出てきます。アレルギーというのはその物質に過剰に触れることによって発症します。ということは、精液アレルギーはイヌの精液に何度も触れたから発症するということになります。しかし、いくらなんでもイヌと性交を持つ人はいないわけで(いるかもしれませんが)、イヌの精液がヒトの皮膚や粘膜に付着することは考えられません。

 けれどもPSAは尿中にも含まれています。イヌにおしっこをかけられた、という体験はイヌを(特に室内で)飼っている多くの人が経験しているでしょう。また、それだけではありません。このアレルゲンは正確にいうとPSAに含まれる「can f 5」と呼ばれる物質です。そして「can f 5」はイヌのPSAからだけではなく、フケからも検出されたという報告があります(注2)。イヌを飼っている人ならほぼ全員がイヌのフケに触れているはずです。

 精液アレルギーというのはそれほど多い疾患ではありません。ドイツのネットメディア「Deutsche Welle(DW)」の報告(注3)によれば、1958年にオランダの医師によって報告されたこのアレルギーは、症例報告がこれまでに100例程度しかなく正確な統計がないそうです。しかし、1万人に1人くらいはいるのではないかと考えられているそうです。

 ラテックスアレルギーと精液アレルギー、共に重症化を懸念しなければなりませんが、どちらが厄介かというと精液アレルギーの方でしょう。ラテックスアレルギーはあったとしても、ラテックスに触れなければいいだけの話です。避妊にはポリウレタン製のコンドームを用いて、妊娠を希望するときはコンドームを用いなければいいのです。

 一方、精液アレルギーは妊娠希望時には対策が必要になります。おそらく抗ヒスタミン薬やステロイドの内服をしておけば重症化はしないことが予想されますが、薬の副作用のリスクや、すでに妊娠の可能性があるときには薬の胎児への影響も考えなければなりません。イヌアレルギーと性交痛、その両方が疑われるときは、かかりつけ医に相談すべきかもしれません。

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注1:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」

注2:この論文は医学誌『International Archives of Allergy and Immunology』2012年5月30日号(オンライン版)に掲載されています。タイトルは「Involvement of Can f 5 in a Case of Human Seminal Plasma Allergy」で下記URLで概要を読むことができます。

http://beta.karger.com/Article/Abstract/336388

注3:レポートのタイトルは「Allergic to sperm – when sex becomes dangerous」です。下記URLを参照ください。

http://www.dw.com/en/allergic-to-sperm-when-sex-becomes-dangerous/a-19251475

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2017年2月16日 木曜日

2017年2月 私が医師を目指した理由と許せない行為

 なんで医師になろうと思ったんですか?

 医師になってからこの質問をもう何百回受けたか分かりません。医師になろうと思えばかなりの時間を「犠牲」にしなければなりませんし、いろんな意味で「自由」ではありませんから一般の人からすれば医師を目指す動機が気になるのは当然だと思います。また、この質問は医師からも聞かれますし、私自身も他の医師に尋ねることがあります。

 こういう質問は単なる社交辞令ではなく、本当に興味を持って聞いてくれていることがほとんどですから、私はできるだけ丁寧に答えているつもりです。ここでそれを披露してみたいと思います。

 まず私は医学部に入学した時点では医師になるつもりはありませんでした。医学部を目指した理由は「医学を学びたかったから」です。医学部受験の前は、母校の関西学院大学社会学部の大学院進学を考えていました。社会学部の大学院で本格的に勉強したかったテーマは、「人間の行動・感情・思考について」です。そのため私は社会学関連の文献のみならず、生命科学系の書籍も読み漁っていました。もちろん当時の私には本格的な論文などは敷居が高すぎて読めませんでしたが、講談社ブルーバックスをはじめとした初心者向けの生命科学の本を片っ端から読んでいたのです。

 生命科学のおもしろさに魅せられた私は、そのうちに、私が研究したかった「人間の行動・感情・思考」といったテーマは社会学的なアプローチよりも生命科学から追及すべきではないか、あるいはいったん生命科学を本格的に勉強してから社会学に戻るべきではないか、と考えるようになり、この気持ちが医学部受験につながったのです。

 ところが、です。医学部も4回生くらいになってくると、自分には研究者としてやっていく能力もセンスもないことに気づくようになります。この現実を受け入れるのはそれなりに辛いものではあったのですが、同時期にある種の「使命」のようなものに気づき始めました。これを「使命」と言ってしまうのはおこがましいのですが、「お前ならできる」と期待の声(それはもちろん「おせじ」なのですが)を繰り返し聞くようになり、その気にさせられた、というのが最も真実に近いでしょうか。

 説明しましょう。当時の私は、多くの友人や知人から健康上の相談を持ちかけられていました。私以外に医師や医学生の知り合いがいないのであればそれは当然でしょう。もちろん、まだ医師になっていない私ができることなどほとんどないのですが、それでも話を聞くことはできます。

 彼(女)らは、医師への不平・不満を容赦なく私にぶつけてきます。そのなかの多くは「それは医師が悪いんじゃなくて、そういう制度だから仕方がない」「気持ちはわかるけど、その病気は治らなくて他に治療がない」といったものなのですが、なかには「たしかに…。そんな説明じゃ分からないよね」「えっ、そんなひどいこと言われたの?」といったようなものもあり、「医療機関で患者さんにこんな思いをさせてはいけない…。自分ならこうする!」と感じることがあり、その思いが度重なるにつれて、「もしかして自分が進むべき道は研究なんかじゃなくて臨床じゃないのか…。これが自分の”使命”なのでは?」と思うようになってきたのです。

 さて、このあたりまでは、私が「なんで医師になろうと思ったんですか?」と聞かれたときにいつも話していることです。たいていはここまで話すと、理解・共感してもらえますのでこのあたりで終わりになるのですが、今回はもう少し掘り下げて話してみたいと思います。

 医療の不満といったことが語られるとき、治療の結果に満足できない、副作用について知らされてなかった、説明が足らない、といったことを指す場合が多いのですが、私が最も心を動かされた「不平・不満」というのはこのようなことではありません。私が医師のあり方に疑問や、ときには憤りを感じ、「自分ならこうする!」と思ったのは「病気に伴う差別」についてです。

 例を挙げましょう。アトピー性皮膚炎というのは痒みが辛い疾患ですが、それだけではありません。「見た目の問題」が決して小さなものではないのです。当時医学部生の私に相談してきた患者さん(というか知人)は、見た目のせいでどれだけ社会生活で辛い思いをしているかというようなことは医師や看護師は理解してくれない、と言います。もっとも、医療者にとっての「目標」は痒みを解消することであり、それ以上の治療については医療者を責めても仕方がないことかもしれません。けれどもその見た目のせいで社会から差別を受けているとすればどうでしょう。子どもが口にするような無神経で露骨で残酷な言葉を浴びせられることはないにしても、かげで容姿の悪口を言われたり、言われなくても外出に躊躇してしまうことはあるわけです。それで就職活動に消極的になり、恋愛も諦める。さらには引きこもりにも…、という人もなかにはいました。

 アトピーに限らず、皮膚症状が目立つ疾患に罹患すれば、それを隠さなければならなくなります。プールにも海にも銭湯にも行けなくなります。他人の「かわいそうに…」という言葉はときに彼(女)らを傷つけることになります。いつしか私は、患者さんの痛みや痒み、あるいは手足の不自由さそのものよりも、社会的に不利益を被ることに関心を持つようになりました。このときに患者さんに「かわいそう」などと思ってはいけない、ということを強く感じました。医療者は患者に憐れみを持ってはいけません。患者の人格を尊重し、社会的な不利益があるならばそんな社会と闘っていかねばならないのです。

 研修医の頃、タイのエイズホスピスに短期間のボランティアに赴くことになり、この体験がその後の医師としての進路に大きな影響を与えることになります。エイズという病のために、食堂や雑貨屋から追い払われ、病院では診療を拒否され、地域社会から追い出された人たちがその施設に大勢いました。彼(女)らの苦痛を聞く度に、心の底から沸々とあふれてくる憤りを抑えられなくなってきました。

 病気やケガで困っている人を救いたい…。医師であれば誰もがこのように思います。私も例外ではないのですが、私の場合、それ以上に「病気のせいで差別を受けることが許せない」という気持ちが抑えられないのです。これは理性では説明できないようなものです。

 そんな私が最近どうしても許せない行動を目にしました。米国の女優メリル・ストリープのスピーチの原稿で見つけたトランプ大統領の行為です。大統領は、なんと、障害をもつリポーターの真似をしてこきおろしたというのです。メリル・ストリープは次のように述べています。

It kind of broke my heart when I saw it, and I still can’t get it out of my head, because it wasn’t in a movie. It was real life. (そのシーンを見たとき、私の心が壊される思いがしました。そのシーンを頭から取り除くことができません。映画ではなく、現実の話だからです)

  このシーンはyoutubeで見ることができます。メリル・ストリープが「心が壊される思い」をしたのがよく分かります。私は政治的にはニュートラルな立場であり、特定の支持政党を持っていません。また、政権与党に対し何らかの「抗議」をしたこともありません。しかし、今回ばかりは、他国とはいえ、そして就任前のこととはいえ、トランプ大統領のこの行為を許すことは絶対にできません。

  差別をしない人はいない、と言われることがあります。それが事実だとすれば、私が差別をするのは「病気や障害を理由に差別をする輩」です。トランプ大統領の行動を知ったことにより、私が医師を目指すことになったきっかけである「心の底から沸々とあふれてくる憤り」を再び思い出すことになりました。

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2017年2月10日 金曜日

2017年2月10日 片頭痛があると術後脳卒中のリスク上昇か

 片頭痛について、数年前からしばしば言われるのが「脳梗塞のリスク」です。医学誌『Neurological Sciences』2010年6月号(オンライン版)に掲載された論文(注1)で指摘され、マスコミでも何度か取り上げられたからなのか、診察室でもよく質問されます。私がいつも患者さんに言っているのは、「あまり気にしすぎないこと。そして、脳梗塞のリスク、例えば肥満や生活習慣病、喫煙などには注意すること」と話しています。最近、同じような研究が報告されたので紹介します。

 片頭痛のある患者は手術の後、脳梗塞を起こしやすく、再入院の率も高い

 医学誌『British Medical Journal』2017年1月10日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)です。

 対象者は2007年1月~2014年8月に、マサチューセッツ総合病院と2つの関連施設で手術を受けた12万4,558例(平均年齢52.6歳、女性が4.5%)です。対象者のなかで片頭痛の診断を受けたことがある人が10,179人(8.2%)で、そのうち(閃輝暗点などの)前兆がある人が1,278人(片頭痛患者の12.6%)、前兆がない人が8,901人(87.4%)です。手術を受けてから30日以内に脳梗塞を起こしたのは771人(全体の0.6%)です。

 これらを分析すると、全体では術後に脳梗塞を起こすリスクは1000件あたり2.4。すべての片頭痛患者でみると1000件あたり4.3。さらに片頭痛患者を前兆なし・ありで分けて解析すると、前兆なしで3.9、ありで6.3となっています。これらから、片頭痛があれば術後に脳梗塞を起こすリスクは1.75倍に、さらに前兆がある場合は2.61倍になることがわかりました。

 また、片頭痛があれば、退院後30日以内に再入院になるリスクが1.31倍と上昇していました。

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 太融寺町谷口医院の患者さんでいえば、特に女性で片頭痛のある人は、ナイーブな人が多く、本文にも述べたように脳梗塞への不安をしばしば口にします。(元々ナイーブな人が多いのか、度重なる頭痛からナイーブな側面がでてきたのかはわかりません)

 片頭痛は通常の鎮痛薬が無効である場合が多く、高価なトリプタン製剤や予防薬が必要になることも多々あります。しかし、規則正しい生活を実践するだけでも頭痛の頻度が劇的に少なくなる人も大勢います。

 月並みな言い方ですが、規則正しい生活を心がけ、脳梗塞のリスクとなるような生活習慣を改めるのが、最善の治療であるのは事実です。
 

注1:この論文のタイトルは「Migraine and cerebral infarction in young people」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10072-009-0195-7

注2:この論文のタイトルは「Migraine and risk of perioperative ischemic stroke and hospital readmission: hospital based registry study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/356/bmj.i6635

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2017年1月25日 水曜日

2017年1月25日 胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる

 胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が最近になって様々な危険性が指摘されるようになり、先日も新たなリスクを紹介(注1)したばかりですが、また新たな報告がありましたのでお伝えします。

 胃薬PPIやH2ブロッカーはクロストリジウム・ディフィシルやカンビロバクターといった消化器感染症のリスクを上昇させる…

 医学誌『British Journal of Clinical Pharmacology』2016年1月5日号(オンライン版)でこのような報告(注2)がおこなわれました。

 今回の研究の対象者はスコットランド東部のTayside在住の成人です。PPIもしくはH2ブロッカーの内服歴のある188,323人と、そういった胃薬を内服していない376,646人が比較されています。調査期間は1999年から2013年です。細菌検査は、入院していない人は外来で、入院した人は病院でおこなわれており、外来と入院で別々に検討されています。

 結果、入院しなかった人たちでは、胃薬を飲んでいれば飲んでいない場合に比べて細菌性腸炎を起こすリスクが2.72倍になり、入院した人たちでは、そのリスクが1.28倍になっていました。

 この研究は細菌ごとに検討されています。クロストリジウム・ディフィシル感染症は、入院しなかった人たちでは胃薬を内服していると感染するリスクが1.7倍に、入院した人では1.42倍になっていました。カンビロバクター感染症は、入院しなかった人たちで3.71倍、入院した人たちで4.53倍にもなっていました。

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 クロストリジウム・ディフィシルは、他の細菌感染治療目的で抗菌薬を投与しているうちに増殖してくる「薬剤耐性菌」としてよく知られており、ときに致死的になる感染症です。最近では、抗菌薬を投与された患者が使用していたベッドをその次に使用した患者がクロストリジウム・ディフィシルに感染するリスクが上昇するという報告(注3)もあり注目されています。

 カンピロバクターは細菌性腸炎の原因菌として有名で、鶏肉の刺身やタタキから感染することが多いのが特徴です。頻度が小さいとはいえ、感染するとギラン・バレー症候群(注4)を発症することもあります。

 今回の研究だけで、PPIとH2ブロッカーがこういった感染症を起こしやすいと断言できるわけではありません。しかし、実は、FDAは2012年の時点で、PPIがクロストリジウム・ディフィシルのリスクになることを発表しています(注5)。(この発表はそれほど注目されておらず、日本で発売されているPPIの添付文書には一応記載がありますが(注6)、処方時にすべての患者さんに説明されているわけではありません。私はPPIの処方が長期に及ばない限りは診察室で説明していません)

注1:医療ニュース 2017年1月23日「胃薬PPIは精子の数を減らす」

注2:この論文のタイトルは「Acid suppression medications and bacterial gastroenteritis: a population-based cohort study」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/bcp.13205/abstract

注3:この論文のタイトルは「Receipt of Antibiotics in Hospitalized Patients and Risk for Clostridium difficile Infection in Subsequent Patients Who Occupy the Same Bed」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/article-abstract/2565687

注4:ギラン・バレー症候群については下記を参照ください。

はやりの病気第73回(2009年9月)「ギラン・バレー症候群」

注5:この発表のタイトルは「FDA Drug Safety Communication: Clostridium difficile-associated diarrhea can be associated with stomach acid drugs known as proton pump inhibitors (PPIs)」で、下記URLで読むことができます。

http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm290510.htm

注6:例えば、PPIで最もよく処方されるひとつである「ネキシウム」の添付文書には、4ページ目の「10 その他の注意」の(6)に記載があります。下記URLを参照ください。

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00059751.pdf

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2017年1月23日 月曜日

2017年1月23日 胃薬PPIは精子の数を減らす

 高い効果と安全性から世界中で幅広く使用されている胃薬PPI(プロトンポンプインヒビター)が、最近になって危険性が次々と指摘されるようになってきた、ということを何度かお伝えしてきました。簡単に振り返っておくと、「認知症のリスクになる可能性」(注1)、「血管の老化を促し動脈硬化のリスクを高める」(注2)、「脳梗塞のリスクとなる」(注3)、などです。

 今回お伝えするのは、PPIの新たなリスクかもしれない「精子の数が減る」という報告についてです。医学誌『Fertility and Sterility』2016年12月号(オンライン版)に論文が掲載されています(注4)。

 オランダの研究チームは、妊娠を計画しているオランダ在住の男性2,473人から、精子量の少ない241人を選抜し、対象グループとして精子数が正常の714人を選び、両グループとPPI使用との関係を分析しました。

 結果、精子の検査日の6~12ヶ月前にPPIを開始していた場合は精子数が減少するリスクが2.96倍高いことが判りました。一方、PPIを開始して6ヶ月以内であれば減少するリスクは認められなかったそうです。

 PPIは胃酸の分泌を強力に抑制する薬剤です。この研究から言えることは、PPIを長期服用し長期間胃内のpH値を上昇させることが精子に悪影響を与える可能性があるということです。(そのメカニズムは不明です) 尚、胃酸の分泌を下げる他の薬H2ブロッカーについては調査されていないようです。

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 妊娠を考えている男性、あるいはすでに不妊治療を開始している男性であっても、医師からPPIを中止するように言われている人はほとんどいないのではないでしょうか。女性の場合は妊娠中に飲んではいけない薬がたくさんありますが、男性の場合は精子に影響を与える薬はそれほど多くありません。

 一部の抗癌剤、リウマチの薬、免疫抑制剤、抗ウイルス薬などが該当しますが、おおまかにいってこれらは軽症でない疾患に使われることが多く、処方する際には医師や薬剤師から注意があります。比較的多く処方されている薬ではSSRIと呼ばれる抗うつ薬があります。これは海外で受精率が低下するという報告がありますが、大規模調査で認められているわけではありません。

 SSRIよりもPPIの方が処方量が多いのは間違いありません。今後、PPIの内服が長期にわたる可能性がある場合、あらかじめこの精子が減るリスクについて説明がおこなわれるべきかもしれません。

注1:はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」

注2:医療ニュース(2016年8月29日)「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

注3:医療ニュース(2016年12月8日)「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」

注4:この論文のタイトルは「Are proton-pump inhibitors harmful for the semen quality of men in couples who are planning pregnancy?」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.fertstert.org/article/S0015-0282(16)62800-5/abstract

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2017年1月21日 土曜日

第161回(2017年1月) 保湿剤の処方制限と効果的な使用法

 ステロイドでもタクロリムスでも、あるいは抗真菌薬でも抗菌薬でも外用薬(塗り薬)というのは、ただ単に処方してもほとんど意味はなく、しっかりと使い方を覚えてもらう必要があります。対して、内服薬(飲み薬)の場合は、いつ何錠飲まないといけないのか、途中でやめてもいいのか増やしてもいいのか、といったことはしっかりと理解してもらう必要がありますが、「飲む」という行為自体はいたって単純です。

 外用薬の場合はそうはいきません。身体のどの部位にどれくらいの量を塗るのか、タイミングはいつなのか、量の調節は自分の判断でしていいのか、といったことを理解しなければなりませんし、さらに複雑なことに、外用する量を日によって変えるべき、といった場合もあります。これらの説明にはある程度の時間がかかります。今回述べたいことの本質から外れますから多くは語りませんが、私は外用薬については(院外でなく)院内処方の方がいいと考えています。診察の内容を知らず実際に皮膚を診ていない処方箋薬局の薬剤師が説明をするのは事実上不可能だからです。

 今回述べたいのは「保湿剤」の効果的な使い方ですが、この話を始める前に、私が医師になってからずっと”理不尽”だと思っていた保湿剤処方にまつわる保険診療上の「ルール」について話をしたいと思います。

 保湿剤のいくつかは保険診療が可能です。医療機関を受診するとそれなりに待ち時間が発生しますから時間はかかりますが、保険で薬を処方してもらえるというのは費用面ではいいことです。しかし、です。処方量に「制限」があります。保湿剤は副作用がほとんどありませんから、比較的”気軽に”使っていいものです。そして、実際に保湿剤を効果的に使うことによってステロイドを減らすことも可能です。安全で効果がある保湿剤は充分な量を使うべきです。しかし、制限があるためにたくさん処方することができないのです。

 制限だけなら理解できなくはないのですが、問題はその制限が都道府県によって異なる、あるいは保険診療の審査員によって異なる、ということです。こういった事実は公表すべきでなく、一般の人たちには伏せておいた方がいいという意見がありますが、この理不尽さは私が医師になってからずっと感じていたことであり、私自身がどこからか批判されようがこのことは伝えるべきだと考えています。

 ヘパリン類似物質と呼ばれるすぐれた保湿剤があります。商品名でいえば「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が該当します。これらは、例えばA県に住んでいたときは月に300グラムまでが認められていたのが、B県に引っ越して新たなクリニックを受診すると150グラムまでしか認められない、といったことが実際にあります。

 診察した結果、この症例は全身の乾燥が目立つために最低でも月に300グラムは必要と判断したとしても、150グラムしか認められなければそれに従うしかないのです。ときどき「保険診療で処方できる最大量を処方してください。それから不足分を自費で売ってください」という人がいますが、これは混合診療に該当するために禁じられています。どうしても200グラムは必要というときに、レセプト(診療報酬明細書)に「この患者さんにはどうしても必要ですから認めてください」といった記載をおこなえば、認めてくれることもありますが(それでも多くの量は認められません)、たいがいは容赦なく「認められません」と返答されます。(この場合、医療機関が損失を被り赤字になります)

 医療費を削減しなければならないのはよく分かります。ならばヘパリン類似物質を保険から外してすべて薬局で購入できるようにすればいいのではないでしょうか。しかし、この意見は医療者からも反対されます。保険から外し薬局で購入しなければならなくなると患者さんの費用負担が増えるからです。ですから、処方量の制限を設けるべきではないという意見にはほとんどの医師が賛同しますが、「保険適用から外すべき」という私の意見は大勢から反対されるのです。

 けれども、都道府県(あるいは審査員)により認められる量が違うというのはどう考えても筋が通りません。そして、私がヘパリン類似物質を保険診療から外すようにすべきだと考える理由は他にもあります。そもそもヘパリン類似物質というのは副作用がほとんどなく安全な薬であり、すでに薬局でも販売されています。ところが、薬局で販売されているものは「ヒルドイド」「ビーソフテン」といった”一流の”ヘパリン類似物質と使用感が異なるのです。(私自身もいくつか試したことがありますし、太融寺町谷口医院の患者さんに尋ねても同じことを言われます) おそらく有効成分(ヘパリン類似物質そのもの)の配合量、あるいは香料や保存剤の違いが原因ではないかと思われます。私には、なぜ「ヒルドイド」や「ビーソフテン」を販売している製薬会社がスイッチOTC(従来処方薬だったものが薬局で買えるようになった薬のこと)への申請をしないのかが不思議でなりません。

 そろそろ話を本題に持っていきます。ステロイドやタクロリムスに比べると保湿剤については医師はさほど熱心に説明しません。教科書にも保湿剤に関する詳しい記述はほとんどありませんし、私自身も皮膚科で研修を受けていたときに先輩医師から詳しい説明を聞いたことがありません。

 最近になり、少しずつ保湿剤の機序や効果が科学的に解明されるようになってきてはいます。そして、保湿剤を「エモリエント」と「モイスチャライザー」に分類するという考え方が少しずつ支持されるようになってきました。おおまかにいえば、エモリエントは皮膚の表面を覆い体内からの水分蒸発を防ぐ作用のある物質のこと、モイスチャライザーは皮膚の中に浸透し水分保持作用をもつ物質のことです。ですが、どの保湿剤がどちらに分類できるかをクリアカットに説明できるわけではありません。

 保湿剤と言われているものには、ヘパリン類似物質の他に、尿素軟膏、セラミド、ワセリン、オリーブオイル、ツバキ油、ヒアルロン酸、スクワランなどがあります。このなかで、尿素製剤やヘパリン類似物質はモイチャライザーに分類されることが多いのですが、エモリエントの作用(表面を覆う)もまったくないとは言えないと思います。セラミドは細胞間脂質ですから、モイスチャライザーに分類されそうなものですが、皮膚表面の保護作用もありエモリエントの効果もあると言えます。(「モイスチャライザー」という言葉は製品名にも使われることがあり、これが話をややこしくさせています)、

 保湿剤は1日に何回塗るべきかということにはまったくコンセンサスがありません。添付文書にも1日1~数回と書かれているものが多く、これではまったく説明になっていません。私自身は「シャワーをする度に」と説明しています。1日に何回くらいシャワーをすべきかはその人の皮膚の状態によりますが、典型的なアトピー性皮膚炎であれば最低3回はシャワーをしてもらっています。

 ステロイドやタクロリムスを併用する場合、保湿剤を先に塗るべきか後にすべきか、ということもよく分かっていません。先にステロイドやタクロリムスを塗った方がこれらがしっかりと浸透し高い効果が期待できそうですが、それを証明した研究はなく、むしろ「両者に差はない」とする報告があります。また、患者さんの心理としては、先に保湿剤を塗って、その上で痒みや赤みのある部位に薬を塗る方が分かりやすいのではないかと思います。

 結局のところ、現時点では、保湿剤については、副作用がほとんどないわけですから、各自が試行錯誤を繰り返すのが最も現実的ではないかと私は考えています。しかしまったく方向性を示せないわけではありません。少なくともヘパリン類似物質とセラミドはそれなりに高い保湿効果があるのは間違いありません。そしてこれら2種の保湿剤は作用機序が異なるために、併用することにより、少なくとも相加効果、さらに相乗効果が期待できるかもしれません。

 セラミド配合の保湿剤は多くの企業が製造しており薬局や化粧品売り場で購入することができます。ヘパリン類似物質は先に述べたように医療機関でしか入手できないものもありますが薬局で購入できるものもあります。「ヒルドイド」や「ビーソフテン」が当分の間、医療機関でしか入手できず、しかも処方制限があるのが現実なら、処方箋なしで購入できるこれらに匹敵する優れたヘパリン類似物質が登場することを願いたいものです。

 

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2017年1月21日 土曜日

第168回(2017年1月) 患者と医師のすれ違い

 読売新聞オンライン版の「ヨミドクター」という医療サイトに、「わたしの医見」というタイトルの投稿コラムが掲載されています。診察室では言えないことも、新聞への投稿というかたちでならホンネが出るようで、日によってはなかなか興味深いものもあります。今回は、そのなかで医師の間で特に”不評”だった2つの投稿を取り上げ、なぜこのような医師と患者の「ズレ」が生じるのかを考え、さらに改善策を提案したいと思います。

 ひとつめの投稿は、2016年12月19日におこなわれたもので、タイトルは「3時間待たせる病院、患者の立場で対応を」です。これを投稿した40代女性は、いつも病院で長く待たされるそうで、「病院に行く日は、通院時間も含めて半日はつぶれてしまう。もっと患者の立場になって対応してほしい」と書いています。

 この女性は、医療者が患者の立場になっていないから待ち時間が長くなると考えています。この女性が望んでいるのは、待ち時間なくすぐに診てほしい、ということでしょうが、医師の数に比べて患者数が多すぎるから待ち時間が長くなるわけです。実際に医療者が考えていることは、この女性の主張とは真逆であり、常に患者の立場になっています。反対意見もあるかもしれませんが、少なくとも「患者の立場になりたくない」と考えている医療者は皆無です。

 医療者というのは目の前の患者さんが困っていれば放っておけません。そして、患者さんの訴えが多数あったり複雑であったりすることもしばしばあり、そういった場合診察時間は予想以上に長引きます。すると、当初の予定の診察時間はどんどん後ろにずれこんでいき、順番が後の人は結果として長時間待つことになるのです。

 この女性が通院している医療機関は予約制を採用しているのかどうか分かりませんが、3時間待ったなら、おそらく完全予約制ではないのではないかと思われます。受診した人から順番の診察ということであれば現在の日本の医療機関で3時間待ちというのはあり得ます。また、予約制であったとしても、重症の患者さんが相次げば3時間くらいずれこむことはあります。

 3時間待ちが苦痛であることはもちろん我々も理解できます。医師が自分自身や家族が医療機関を受診して長時間待たなければならないことももちろんあり(医師だからという理由で優先されることはありません)、その場合、この女性と同じように3時間待つこともあるのです。

 ではどうすればいいか。根本的には医師の数を増やすということになりますがこれはすぐには無理でしょう。ではどうすればいいか。住んでいる地域にもよるでしょうが、他の医療機関に変更することをまずは考えるべきです。そして、この場合自分自身で探すのではなく、現在かかっている医師に相談してみるのが最善です。医師は(当たり前ですが)患者さんよりもその地域の医療機関の情報を把握しています。

 この女性は「病院」という言葉を用いていて「さんざん待たされた揚げ句、主治医でない医師にまわされることもある」という表現がありますから、受診したのは文字通り「病院」であり「診療所/クリニック」ではないと思われます。特殊な疾患や、重症化している場合は病院でなければ診察できないこともありますが、多くは診療所/クリニックでも診察することは可能です。

 ただしクリニックでも待ち時間が長くなることはよくあります。太融寺町谷口医院は、オープンした当初は、午前の診察は「予約がある人を優先しますが、予約がなくても診察します」という方針を取りました。すると、予約がなければ3~4時間待ち、という事態になり、あわてて「完全予約制」に変更し、さらに待ち時間が長くならないように予約の枠の数をどんどん減らしていきました。これにより待ち時間は大幅に短くなり、現在では30分以上待つことはほとんどなくなりました。(午後は以前から予約制をひいていません。一度試みたことがあるのですが、午後は仕事帰りの人が大半であり、予定通り仕事を終われない人が多くキャンセルや変更が相次ぎ、予約制が成立しなかったのです)

 この女性の話に戻すと、この次その病院に行ったときに「待ち時間が長くない医療機関を紹介してもらえませんか」と尋ねるのが最適です。おそらく主治医は「では紹介します。ただし、あなたを見放すわけではありませんから、今後は新しい先生と連絡を取りながらあなたにとって最善の治療を考えます」といった回答をしてくれると思います。

 もうひとつ紹介したい「わたしの医見」は、2016年12月12日に掲載された72歳男性のものです。この男性は、「様々な医者に出会ったが、新聞やテレビで紹介された治療法を尋ねたり、あの薬を使ってみたい、この検査を受けられないか、と依頼したりして、嫌な顔をされたことが一度ならずある」と述べています。

 これはそれほどむつかしい話ではなく、ちょっとした工夫で医師との関係を良好にすることができて、その希望の検査や治療について正確な知識を教えてもらうことができます。

 ただし、マスコミで報道されている斬新な薬や検査というのは奇を衒ったものが多いのは事実です。そもそも従来からおこなわれている当たり前の治療法を報道しても視聴者の関心が惹けないでしょうから、マスコミの性質を考えればそれは当然かもしれません。マスコミで紹介されていた薬や検査に興味がでてきたなら、それをそのままかかりつけ医に伝えればいいのです。医師としてもマスコミの報道で患者さんが新しい薬や検査に興味を持つ気持ちは理解できます。しかし、医師は自分の患者を守らなければなりません。有害になるような情報も世の中にはあふれていますから、自分が診ている患者さんが不利益を被らないようにする義務があるわけです。

 もしもこの男性が日ごろから信頼している「かかりつけ医」を持っていれば、考えていることや希望を充分聞いてもらった上で最善と思われる対処法を教えてもらえたはずです。希望する治療が受けられることもあれば、現状の治療の方が安全で優れていることを教えてもらえることもあるでしょう。では、なぜこの男性は医師とのコミュニケーションがうまくいかなかったのか。

 おそらく「様々な医者に出会ったが」というコメントがありますから、この男性はドクターショッピングを繰り替えしているのではないでしょうか。これは私の推測ですが、この男性は、初めからテレビで聞いた治療法を目的として次々に医療機関を受診しているように思えます。

 そうではなく、まずは自宅から最も通院しやすいところにある診療所/クリニックをひとつ見つけて、そこで健康上のことを何でも相談するようにすればいいのです。もちろん医師と患者の相性という問題もありますから、一番近いところにこだわる必要はありません。比較的健康であれば少し遠くに位置したところでもいいと思います。覚えておいてほしいのは、医師は患者さんの健康に貢献したいと常に思っている、ということです。患者さんが希望をいえば、それに対して適切なコメントをおこない、もしもその希望の治療が新しい知見であれば、医師は詳しい情報を収集して患者さんに分かりやすく伝える義務があります。

 日本医師会のかかりつけ医の定義は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」です。すべての医師があてはまるとは言えないかもしれませんが、少なくとも「最新の医療情報を熟知する」努力は怠りません。

 この二人だけでなく、ほとんどの医師への不満はコミュニケーション不足からきているように思えます。信頼できるかかりつけ医を持つことさえできれば、随分と安心できるはずです。

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